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大和高田というところでレンタカーを借りて法隆寺から奈良の社寺を見学。久しぶりの自動車運転をする。
2006年09月30日
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奈良のホテルから飛鳥に行き、飛鳥の遺跡を自転車で回る。更に薬師寺、唐招提寺などを見学。
2006年09月29日
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なんばから南海電車で和歌山へもまたなんばに戻り天王寺経由で高野山を見学。なんばに戻り近鉄で奈良に入る。
2006年09月28日
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梅田から、阪神線に乗って姫路へ、姫路城の見学をした後、新幹線で新神戸へ、そこから三宮に出て阪急で梅田へ、市内を見学後ホテルで休憩。
2006年09月27日
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朝に大阪駅に到着、梅田のホテルに入る。ちょうどラッシュの時間だったので、その時は休憩する。 ある程度すいてきたら、南海電車で堺にいって史跡見学をしました。更になんばを散策後、甲子園球場に行き、阪神対広島を見てホテルに帰りました。
2006年09月26日
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では、大阪へ行ってきます。ただいま、荷造りしています。といってもバック一つでほっつき歩くので、必要なのは地図類が中心。泊まるホテルもカプセルなんかで節約三昧・・・・旅館なんか泊まるお金ありまへん。 更新が一時期停まりますが、東京に戻り次第たくさんご報告しますのでよろしくお待ちください!!
2006年09月25日
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いきなり秋が本番になってしまった感のある今日の朝ですが、まだ日中は暖かくなるようですね。 昨日、あたたかい「クリームスープ」を載せましたので、今度はデザート?として先日ハマスタで食べたかき氷を載せてみました。 かき氷といえば私はなぜか子供の頃から「ブルーハワイ」なんです。このヘンな色になにが原料だかよくわからないところに魅せられてしまっています。 暑い日はたまに浅草寺の屋台でも食べていることがあったりします。でも、さすがに9月も終わり、もう時期は過ぎたでしょうね。
2006年09月25日
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東京をしばらくはなれるということで、当然、東京でしか食べれない「食」を食べておこうと思い、昨日でかけたのは、東京高輪台にある「壇太」というお気に入りラーメン屋。 ここは近くに議員宿舎があるため、政治家がよく来る店です。私が行くとテレビで見る、ある国会議員の方がレバニラ炒めとかラーメンを食べていることがよくあります。また以前紹介したことがあると思いますが、ここの餃子はもう首相を辞任する小泉さんの大好物です。 そんな中私の好きなものはここの「壇太らーめん」というもの。実際は「クリームスープ風」とメニューにある通りクリームスープラーメンです。 これが美味いんですよ。友人とかは嫌がるのですが、私は大好物なので、この店では必ずこれしか食べないくらいです。 そういえば、高輪の議員宿舎が移転するという話を聞きましたが、そうなるとこのお店のお客さんも減ってしまうのではないでしょうか?ただ、高輪台あたりは食事処が本当にない場所なので宿舎関係の人が来なくなっても大丈夫かと思いますね。
2006年09月24日
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大阪に行くにあたって、大阪という町は誰が作ったのかというのを自分の復習も含めて書いてみたいと思います。 「大阪といえば豊臣秀吉」というくらい秀吉が有名ですが、実は大阪の歴史は東京などと比べるともっと古く1400年位前にさかのぼります。古墳時代も含めるともっとでしょう。 古代には日本の「首都」だったこともありますし、戦国時代には「石山本願寺」というお寺と城郭をミックスしたものもありました。そして桃山時代、上の秀吉により城下町が形成され、江戸時代に更に発展、今に至っています。 詳しいことは実際現地の写真でお伝えすることといたしましょう。
2006年09月24日
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今日は先にご報告申し上げた関西行きの準備で本を積み重ねる状態が続いています。 ちなみに、大阪に行く手段は飛行機でも新幹線でもありません。ズバリ「寝台急行」銀河でいきます。夜の11時に東京を出て大阪に着くのが朝の7時とちと早めです。でも新幹線より安く乗れて私は寝台車が好きな珍しいタチなので、楽しんでいってきたいと思っております。 大阪ではたくさんの史跡を見学予定です。今から楽しみです。
2006年09月23日
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今回はオールコット著の「若草物語」を読んでみました。これはアニメになっていたり、映画にもなっていたり、日本ではかなりポピュラーな作品の一つですね。 性格の違う4人姉妹がお父さんが戦争(南北戦争)に行っている間、母親を含む5人の女で生活している様は、不安を覚えながらも楽しい、ほのぼのとしたものです。 最終的に戦争に行っていたお父さんがなんとか帰ってきて「ハッピーエンド」で終わるところは、やはり女性や子供に人気の作品の一つであるということが頷けます。 子供に読ませたい本の一つですね。
2006年09月23日
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私はヘンなクセがあります。部屋にベッドがあるのですが、ベッドで寝ることがあまりなく、床に布団を敷いて寝るのです。ベッドの上で寝れないわけではないのですが、なんか床のほうが寝やすいんですよね・・・・ 私の友人に話してみると肯定する人と否定する人が半々ほどでした。意外とそういう方がいるかもしれません。 じゃあベッドはどうしているのか?というと普通の人で言う「ソファー」として使っています。起きていて横になるときなどに。だから寝るときだけ布団を出してきて寝るのです。 でも部屋が狭いから・・・・ベッドかたしちゃおうかな・・・・・
2006年09月22日
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今日の昼食は久しぶりに炒飯でもいただこうかと思い、近くの「王将」へ。ふだんあまり食べない炒飯ですが、たま~に食べたくなるんですよね。(この種の食べ物にケンタッキーフライドチキンとどんべえの「そば」があったりします。) 一応セットにしたのですが、けっこうボリュームがあるなぁ。この間たべた亀有定食みたいだ・・・・薄い汁のそばやうどんが好きな私は、関西へいったら殆ど主食は「そば」か「うどん」になるのでこんな食べ物も旅行中は食べないでしょう。 美味しくいただきました。
2006年09月22日
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私、まだ「夏休み」というのを取っておりません。そこで、来週遅ればせながら夏休みをいただくことになり、感謝して休憩させていただきます。 しばらく東京を出ようと思っていたのですが、どこに行こうかまだ決めていません。そこで今日、行く場所を決めました。そこは関西!! 大阪を中心に奈良、和歌山などに行きたいと思っております。具体的な場所は決めていませんが、私の性格から、史跡めぐりと流通市場を観て回ることは必至です。 これから色々調べようと、地図や歴史書を広げている最中です。
2006年09月22日
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すでに新聞などの報道各社が報じているところですが、中日落合監督のバックが横浜スタジアムの監督室から盗まれてしまったそうです。 ちょうど、試合中に盗難にあった可能性があるそうで・・・ということは上の写真、投手交代時に監督がマウンドまで来ているときのものです。左端が監督、岡本、谷繁、荒木らと話し合っていますが、この時に盗難にあった可能性もあるのですね・・・・ はやく無傷で戻ればいいのですが・・・・
2006年09月21日
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なんなんだこの試合は!!終わったばかりのスコアーボード。 両チームで28安打、16得点、しかも最終回に中日が打者一巡で5点を挙げるという、とんでもない試合になってしまいました。 やはり中日は強い!こりゃ優勝でしょうかね・・・ これで横浜スタジアムの巻もおしまいとおもいきやまだあったりします!!ご期待?ください。
2006年09月21日
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今回の試合はかなりの好試合になりました。 上の写真は7回の裏、ラッキーセブンのベイスターズの攻撃前のものです。4点を取って逃げ切るかと思っていた横浜ですが、さすがに強い中日が徐々に点差を縮め3点をとります。スコアボードもそのようになっています。 ここで横浜が逃げ切りせめて50勝に王手をかけるか、中日が優勝へ更に近づくか、とくに中日の優勝は全国野球ファンが注目していたと思います。面白いことになってきました。 一万人ほどしかか入らない球場ですが、全国野球ファン注目の試合はこのあと劇的なものとなります。
2006年09月21日
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私は昭和48年生まれなのですが、この歳産まれの野球選手は以外に多いのをご存知でしょうか? たとえば、メジャーのイチローとか、日本球界でいうと ヤクルトの石井一 阪神の中村豊 横浜の門倉 オリックスの中村紀 日ハムの小笠原 ソフトバンクの松中 読売の小坂 ロッテの黒木 楽天の益田、鷹野、カツノリ と、すぐ思い浮かんだだけで他にも多くいます。 そしてなにより先発の上の写真の横浜三浦も同じ歳。エースとして頑張って投げております。
2006年09月21日
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「果報は寝て待て」ということわざがありますが、私は野球観戦をするときは「野球は寝てみよ」をモットー?にしています。 大の野球好きなのですが、ずっと座っているのは疲れるものです。したがって寝れる試合=空いている平日の試合にいくことが多くなるというわけです。 上の写真は横浜先発三浦と中日井端との対決シーン。これだけ客が入らなきゃ寝れますわな。優勝まじかの球団と最下位の球団との戦い、どうなるのでしょうか?
2006年09月21日
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今日は仕事も早く終わり、明日が休みになったものですから、帰り道にある横浜スタジアムで横浜ベイスターズ対中日ドラゴンズを見ていました。 試合時間なんと4時間半ほど・・・終わったのが10時半という相変わらず長い試合の多い横浜ですが、相手が優勝目前の中日であり、すでにニュースでも出ている通り、大波乱の試合になってしまいました。 家に帰ったら日付が変わっていたので、次回ブログよりちょっとこの件を取り上げてみたいと思います。野球に興味の無い方もぜひ見てみてください。
2006年09月20日
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先日お話しました、小石川後楽園のミニチュア嵐山ですが、もうじき秋になると上の写真のようになり、一段と風情がでてきます。 秋のこの場所もいいですよ~。
2006年09月19日
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上松松園といえば近代日本を代表する日本画家ですね。とりわけ江戸末から明治にかけての着物の美人画がとても多く、そのホンワリとした画風は個人的には大好きです。 上の画は白生地を作っている「晴日」という題名のもの。ほかに言葉はいらないでしょう。 松園の画はまたこれからも載せていきたいと思います。
2006年09月19日
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私は今日、休日なのに出勤なのでさすが、「休日出勤はしたくないな~」という意見は多いですね。 しかし私は仕事をするのには「休日に限る」と思っています。なんていったって「通勤が楽」。それに私は人ごみが好きでなく、日祝日は家にいて、平日に休んで出かけるのが大好きなのです。 人ごみ・・・それだけは避けたいものです。どこいってものんびりしていたい・・・・私の成果行くからでしょうか・・・・
2006年09月18日
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ついに本格的に台風が日本内に入ってくる季節になりました。九州の方ではすでに災害が起こっているとのことで、毎年のことながら心配しています。 明日は東京も雨がかなり降ると予想されています。これから本州に入る台風もあるでしょう。コレばかりは天災なので防ぎようがないもの、多くの人々がみんなで手を取り合って備えたいものです。
2006年09月17日
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夏も終わりになってきましたが、そういえば今年「夏のうなぎ」を食べていないことに気がつきまして、ちょっと最後に食べておこうかと・・・・ というわけでうなぎ屋へ!うなぎといえばここで取り上げたように浜松や三島など水の綺麗なところのものは最高ですが、そこまでいけないとき、東京で美味しい店があります。 私のお気に入りは神田の「きくかわ」といううなぎ屋、かなり前からいっているけれど結構有名らしいです。 ここの特色はボリューム。うなぎが入りきらず折り返されています。ここまで大きいうな重もなかなかないのではないでしょうか? いつもここに行くときはおなかを空かせていくのですが、出るときは腹いっぱい、満足感があります。さすがに予算の関係でしょっちゅういけまんが・・・・
2006年09月17日
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谷崎潤一郎の代表的小説「細雪」を読んでみました。持っていた本の再読なのですが。 「細雪」は戦前の大阪のちょつと没落しかかっている家の4姉妹の姿を描いたものです。独特の古語のようなぎっしり文字のつまった文体が長く続く長編小説なところから、名作といわれながら「あまり好きでない」とか「読んでて眠くなる」とかご意見が分かれるところです。 私は谷崎潤一郎の初期のころが大好きでして、細雪も結構楽しく読めました。この本は当時、大東亜戦争中だったので、中身が戦時下にそぐうわないという理由で休載していたというものでもあります。大変な時代だったんですね。 上の場所は人形町の谷崎の生家跡。戦後まで木造家屋が建っていましたが、今ではビルになってしまいました。
2006年09月16日
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上の写真、う~ん、模型とはいえ宿場町の趣がありますね~。落ち着く世界です。江戸時代のとある宿場町を再現した模型なのですが、ここ、実は江戸時代の新宿です。 「新宿」とは、まさに「新しい宿場町」の略でして、甲州街道を四谷で江戸を出てから高井戸の宿場町まで距離が離れていることから、そのまん中に造った新しい宿場町が「新宿」です。 いまでこそ新宿なんて東京の代表的な場所になっていますが、当時は「江戸」の外にあったのですね。当時の江戸の市街地は今の山手線圏内と江東墨田あたりまでですから。 新宿から西の「武蔵野」は大自然が広がる広大な場所だったのですが、今では殆どすべて人家で埋め尽くされてしまっています。 う~ん、違いすぎる・・・・・
2006年09月16日
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最近、酢の入ったしょっぱいラーメンを食べ続けていたのですが、その兆候が少しずつ薄れていっています。ま~暑い日がなくなってきたですからね。 そこで、新たに私の勝手なブームになっているのが「ニンニク!!!」です。よく鬢で売っているおろしたニンニクをおかずのうえに思いっきりかけて食べるという恐ろしい食事が続いています。このワザはちょっと外食ではしにくいですね。 お陰さまで、食後、私はあまりの悪臭を放つ嫌われ者となり、完全に家族から孤立していなければらならない羽目に陥いっています。また、食後の外出も禁物だったりします。でも、やっぱりニンニク食べると体調がすごくいいのです。体が軽くなった感じですかね。 当分、この食事は続きそうです。
2006年09月15日
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現在、唐突な好景気で、様々な業種で「バブルの繰り返し」をしよーこりもなくし始めている笑える企業や業種があるようです。 「景気がいい」ということは悪いときがあったから。バブル期と不景気を一応生きた私もこの歳になってようやく確信しましたが、まさに人間は「同じことの繰り返し」をし続けている、ある意味「崇高な」ある意味「愚かな」生き物ですね。だからこそ私の好きな「歴史」を学ぶことが生きてくる気がします。 私たちは全員、特別でもなんでもない、ただの「ある時代を生きたもの」に過ぎないのですね。「人生はすばらしい」「生きることはすばらしい」とか美辞麗句を並べる人がいるが、私はそうは思わないです。「時代に生きる」ということはそれが戦争やってるかも、平和かも解らないでたまたまその世に産まれただけ。 今、私の友で仕事のストレスから体調を大きく崩している人がいます。こう考えれば、楽になるでしょうか?人生なんてそんなもの。人から何をいわれようとたまたま産まれた今の時代、楽しくいきりゃいい。すばらしいことなんか全くする必要はない。そんなことは第三者が勝手に決めることです。 今、好景気だと騒いでいるが、絶対そのうち不況になるんだから。 友人を励ますためのものがちょっと排他的になってしまった感がありますが、未熟ながら自分の正直に思っていることなんで書いてみました。
2006年09月15日
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武田信玄といえば、知らない人はいないくらい有名ですが、なにが有名かっていうと、やはり領地の統治の仕方でしょう。 「人は城、人は石垣・・・」なんていったといわれていますが、実際はずいぶん当時にしては立派な城があったりします。ただ、「人の心をひきつけるのがうまい」のは知られているエピソード以外にもかなりあったと思います。そんな信玄の有名な事業の一つが「信玄堤」といわれる川の土手を造ったことでしょう。 ここは山梨のの中心地甲府の郊外で釜無川に小さな川が合流する場所で、しょっちゅう洪水が起こることから、小さな川の流れを変え、合流地点に土手を造って水害をなくしたというものです。 今でもこの堤はしっかり機能していて、公園になっているほか、甲府の町守り続けています。しかし、今からは想像もできない難工事だったでしょうね。
2006年09月15日
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最近、パン食に凝っています。我が家は私以外、あまりパンを食べないので、私は食べたいときは自分で買ってきます。 とりわけ四角のいわゆる「食パン」より、硬いフランス系のパンが大好きです。そのパンで駅近くのパン屋で売っている「ジャガイモ入りのパン」をほぼ毎日買って食べています。 これはよくパン屋さんにありますが、ジャガイモがブールパンの中にまるまる1個入っていて、上からチーズがかけられているもの。大好きです!! 今日も食べてしまった・・・・
2006年09月15日
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総武線で、錦糸町と亀戸の間を通るとき、運河をわたります。これは江戸時代からある運河で、かつて江東区中を走っていた運河が埋め立てられる中、ここはよく残っています。東京大空襲では甚大な被害を出した地域でもあります。 ここを電車で渡るとき、北側の右岸をよく見ると、なんだか変な柱がポツンとたっています。「これは何だろう?」と近寄ってもよくわかりません。 実は、この柱、明治に造られたもので、かつて水運が盛んだったころに船の荷物を荷揚げするために造られたクレーンの棒の部分が残ったものです。かつては同じものが周囲にあったのですが、今はここだけポツンと残っています。 多くの人がわからず通り過ぎる柱ですが、100年近くここにある名も無い「歴史の証人」です。
2006年09月14日
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日本料理の大きな特色として「切る料理」ということがあげられると思います。確かに飾り物は別としてドーンと食材がそのまま食卓に載ることは少ないきがしますね。なにかしら加工している・・・ということは「切る文化」すなわち包丁の文化も進んでいたのではないでしょうか? その通りで、日本には日本刀に見られるような技術が芸術にまでなってしまうところがあり、料理用の包丁もかなり発達していたようです。 上の画は大阪堺の包丁有名店「山上屋」の店頭風景です。ここの鍛冶技術は有名だったらしく、かなり人気がありました。 店頭を見ると普通の包丁は勿論、出刃包丁や煙草を切る包丁なんてのもあります。早速品定めしている人がいますね。奥では包丁をまさに作っている職人が・・・まるでうどんの実演販売みたいです。 料理のよしあしを左右する「包丁」。これからもいい包丁がうまれる事でしょうね。
2006年09月14日
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最近、世界名作劇場系にはまっている私ですが、今回はモンゴメリの「赤毛のアン」を読んでみました。 ご存知の方も多いと思いますが、モンゴメリの「アンシリーズ」は膨大な量になりますね。私は今回初めてモンゴメリの本を読みましたが、楽しく読むことが出来ました。 間違って孤児院から引き取られてしまうアンは大人たちを巻き込んで、ほのぼのと幸せにしていくという話ですね。 やっぱり大人から子供まで未だに続くロングセラーだなと思いました。
2006年09月13日
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もう涼しくなって納涼することもすくなくなりました。夏の暑い日はもちろん昔の人も「納涼」していたのですが、それを描いたのが上の「納涼図」です。 これは江戸時代初期の画家「久隅守景」という人が描いたものですが、瓢箪の実のなる秋の初めの棚の下で、3人の一般庶民の家族が左上の月を眺めながら納涼しています。 ちょうど今の時期の400弱年前の同じ時期の家族の姿は趣があり、また高い評価をされていて国宝に指定されています。 う~ん、いい画ですね。
2006年09月13日
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大正時代、だんだん日本に欧州の文化が定着してくると、当然住宅も変わってきました。和風のそのままの部分と、「洋間」がくっついた、ある意味、今の「一戸建て住宅」の形が出てきます。 でも当時はあくまで洋間は「応接間」であることが多く、「外側は様式」「内側の生活部分は使い慣れた和式」という感じです。この当時流行ったそのような住宅を「文化住宅」といい、上の写真はその復元されたものです。玄関と手前は和式ですが、奥は思いっきり洋式のドッキング形式ですね。 この文化住宅は関東大震災の後に東京でとりわけ作られるようになりました。でも戦争もあったので当時の一般住宅は今ではほとんどみられなくなりましたね。このような文化住宅とならぶ当時の画期的住宅である「同潤会アパート」も今では様変わりして時代の流れを感じますね。
2006年09月12日
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暑いある日、いつもの酸辛麺ではなく、タンタンメンを食べてみようと思ってブラブラしていました。そしていつもの浅草へ・・・・ 浅草ではいつも「そば」なのですで、中華屋は殆ど知らないのですが、意外とないんですね中華屋が。そんななか、メトロ通りの「宝来楼」へ始めてはいってみました。 「タンタンメン」という名前ではないんですが、それらしいものを注文してみました。 うん、やはりこの手の麺は「細麺」なのね。私は秋冬には酸辛麺やタンタンメンは食べないので、もうじきこの種の料理を食べるのも終わりです。
2006年09月12日
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では、くだらないかも知れませんが、私の石をみてください。 上の写真は前のブログに載っている「嵐山」の上流部分ですが、蛇行していて、かすかに手前に向かって流れています。この横木が走っている部分が「音羽の滝」です。かつてはもっとちゃんとした滝だったようですが、今ではなんとかこのような木を置いて滝にしているだけのものです。 この写真手前の丸っこい石!これが私のお気に入り「奄太郎石」です。この石に足を乗っけて右岸の岩に座って読書しているヤツがいたら間違いなく私です。 ここは都心とは思えない静寂な森を、さらさら透明な水が流れる大変趣のある場所です。東京の場所でも大好きな場所で、春や秋の平日に空きができるとよくいます。 ちなみにここは国の指定史跡と名勝を兼ねた場所です。石を勝手に動かしたりするいたずらはやめましょうね。(そんな人いないか・・・・)でも、勝手に名前付けるくらいいいですよね??
2006年09月11日
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私ことですみませんが、今日は読書しまくるということで、書籍を持って(マンガも含む)外で読もうとしたところ、東京は恐ろしいくらいの暑さ!!この環境で読んでいたら具合が悪くなってしまいそうです。 というわけで、これから「読書の秋」ということもあり、こんなときでも読書が出来る究極の「読書スポット」のお話をしたいと思います。あくまで私の勝手なものです。 上の写真は水道橋にある「小石川後楽園」ご存知、水戸徳川家の屋敷跡の庭園が残ったものです。写真の部分は水戸光圀のお父さんの徳川頼房が作庭したその名も「嵐山」、京都の嵐山のミニチュアで、江戸にいて京都に行った気分になれるというものです。 この奥の森の部分に小さな滝があり、その辺りが、緑も多く、夏は涼しく、昼も薄暗く、思索したり、読み物をするには最高の場所です。私はそこに一つの石に「奄太郎石」と勝手に命名し、そこで読書します。ではその「奄太郎石」とは??? 次回、見てやってください・・・・・
2006年09月10日
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私は、社会人になってから、ビジネス書とか、実利に結びつく本ばかり読んできました。でも学生時代は全くそうではなく小説からまんがまで読みまくっていました。社会人になるとき、「もう実利以外の本は読まないだろう」と書棚を整理したのです。(すでに置けないくらいの本があった) しかし、数年前に病気をしてから、また、今日まで、仕事と全く関係の無い小説や本を読むようになりました。ここで紹介した「小公女」や「家なき娘」はかろうじて残していた学生時代の蔵書です。 今日は、会社も休みなので、仕事のことはさっぱり忘れ「読書にあけくれる日」にしました。一円にもなりませんが、学生時代を思い出し、楽しく読書しています。
2006年09月10日
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だんだん涼しくなってきました。こうなると夏もひと段落、秋の気配を感じますね。 秋といえば、やはり月見!!というわけで旧暦の8月15日は最高の月を鑑賞できるとして「仲秋節」として祝ってきました。 これはもともと、「雪月花」を好む中国の受け売りでして、平安時代に日本に入ってきて宮中でも宴が開かれたそうですが、実はもっと前からこのお祭りは存在していたそうです。 それはこの8月15日よりちょっと後の日に、農民たちが収穫月にあわせて「月祭り」をやっていたそうです。ですからススキをさげ、栗、芋とならんで、例のお団子15個を月の前に出して月と一緒に食べるような、あくまで「農村」のお祭りだったわけですね。 上の写真は江戸時代の町屋のこのお祭りの再現風景です。う~ん、秋を感じます。
2006年09月09日
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着物・呉服会社のここ最近は例の「たけうち」倒産という話で大騒ぎです。天皇家の子供さんが生まれてもマスコミのいうように「祝いムード一色」どころじゃない。ほんとうにそれどころじゃない、深刻な事態です。 とりわけ中小企業にとってはたまらないでしょう。また、5300人もの解雇したとされる社員はどうするのか?こんなにたくさんの社員をかかえている会社はほかに無いんです。この状態をこの業界に関わる大小かかわらず全ての関係者で乗り越えていきたいです。
2006年09月09日
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私、今日はお休みをいただけた関係でマッサージへ行ってきました。というよりここはしょっちゅうお世話になっているマッサージ屋です。 秋葉原にあるこりとりくらぶほぐしの国、かれこれ3年か4年くらい通っています。 私は「アキバ系」ではないので、ほかに秋葉原に行く用事が無いのですが、ここに行くためだけに利用しています。いくつかのマッサージ屋を物色したのですが、やはりここが一番よいんですね。けっこう常連になってきました。 ここもオープンのころは6階ということもあり、意外と穴場だったんですが、最近はそうでなくなってしまいました。なぜなら、下の5階から2階までみ~んな「メイド喫茶」になってしまい、アキバ系の皆さんが来るようになってしまったからだとか。。。。 それまで客はサラリーマンだけだったのですが。。。。 客の変化の激しさもよくマッサージしてもらいながら話しますね。
2006年09月08日
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Yahooのニュースより厚生労働省は8日、2006年版厚生労働白書を公表した。白書は、少子化の要因の一つに、30代を中心とした育児世代の長時間労働を挙げ、労働者の仕事と生活の調和を実現する働き方の見直しは企業の社会的責任であると強調した。 国民に対しても、長時間労働を生む原因となる「24時間サービス」「即日配達」など、利便性を際限なく求める姿勢を見直すよう訴えている。 白書によると、25~39歳で「週60時間以上」の長時間労働をしている人は、2004年には20%を超え、10年前より4ポイント前後が増えた。仕事以外の時間が足りない状況は、「少子化の一つの要因で、長期的にみて社会の活力を低下させる」と分析。労働者が仕事に偏った生活から解放され、仕事と家庭の調和がとれた状況「ワークライフバランス」の実現を求めている。 (読売新聞) 利便性をことごとく追求すると、別な言い方をすれば資本主義が徹底すれば徹底するほどこうなります。当然のことですが、このツケは我々が体が動かなくなり始める老後に払うことになるでしょうね。
2006年09月08日
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「尾張名古屋は城で持つ」とは名古屋城があまりにも大きく立派なためつけられた名前。確かに東海道であれだけの堂々とした天守閣を幕末まで持った城はなかった。 当時、各地の藩の殿様は外貨を稼ぐため、自分の土地の「特産品」を作ることを奨励していましたが、尾張徳川のお殿様も同じです。当然その中には衣・食・住の「衣」はかなり重要なポイントでしたが、ここで力が入れられた衣が「有松絞り」です。 江戸時代が始まったころに作られた「有松絞り」は独特の絞り方やどちらかというと浴衣とか、手ぬぐい向きだったため、庶民に大変したしまれました。 でも、この絞りが一番繁盛したわけは、藩の保護と、たまたま東海道に面して生産地があったという、「販売店の立地」でした。もちろん技術もすばらしいのですが、この2つは発展する大きな要素になりました。おかげで、上の画のように描かれ、全国にその名を知らしめることとなりました。 今でも有松は絞りの産地、職人さんと町が頑張って生産してくれています。 http://www.shibori-kaikan.com/
2006年09月08日
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私は、毎年だいたい9月に遅い夏休みをとります。そのほうが、どこ行くにも人がすくなくていいから。 というわけでここ数年「中国」であったのですが、今年は経費上、また時間的にいけなくなりそうなので、日本国内のどこかになりそうです。 候補地は大分(まだ行ったことない)、奈良(史跡が観たい)、和歌山(行ったことない)などでしょうか?今、のんびり検討しています。
2006年09月07日
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先に紹介しました、神保町の「源来酒家」の道の向かいに存在するのが、「感享酒家」です。ここは紹興酒で有名なお店だそうですが、お酒を飲まない私はもっぱらランチのみ。 というわけでここのスーラータンメンを食べてみたのですが、個人的にはちと酢の量が少ないかな?というかんじ、というわけで酢をたくさんかけていただきました。 独特の細麺もいい味です。汗をたくさんかいて食べるのがまた一興ですね。
2006年09月07日
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前にお話しましたように、私、スーラタンメンが好きでして、それが美味いということで、神保町にある「源来酒家」というお店にいったのですが、そこにいた店員の中国人の女の子同士の中国語の会話を聞いていて、中国を思い出し、中国に行ったときの私の「主食」の一つである「焼きそば」を注文、食してみました。(中国の焼きそばは、場所にもよりますが、味が薄く、ご飯代わりに食べます) 私は堅焼きそばが苦手で、このような「上海焼きそば」が好きです。でもこれってなんで「上海焼きそば」っていうんでしょうかね?南へ行けばどこでもある気がします。 私は「酢」が好きなのでこれに酢をかけて食べたんですが、お陰で美味しくいただきました。
2006年09月06日
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先日、ここで書きましたように、ただいま後輩の女の子が体調を崩し休んでいます。私がその分フォローしているのですが、これがけっこう大変なもので・・・・・ 私も足にきてしまい、足が重くてしかたがないんです。そこで仕事が終わると、大好きな健康ランドへまっしぐら!!足の疲れも取れたところでまた仕事します!!
2006年09月06日
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私のある時の食事です。 私は夏になると、食欲減退を防ぐため、食べるのに(咀嚼に)面倒なお米をさけ主食はそばとかうどんになります。 したがって、晩食はごはんがそばうどんに変わるので、上のような感じになります。今日のおかずはトンカツとナス。とろろはそばと一緒に食べました。 今年は去年ほど暑くないようですが、このメニューは当分続きそうです。
2006年09月05日
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