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今年一年、多くの方々から大変お世話になりました。本当にありがとうございました。 自分自身も色々ありましたが、周りの人に恵まれ今を生きています。 皆さん来年もよろしくおねがいいたします。またよいお年を!!
2006年12月31日
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ようやく終わりました検査ですが、来年に結果がでるそうです。よい結果であるといいのですが。 それより病院で意外な再会をしました。私の小学校中学校の同級生とばったり会ったのです。もう10年以上あってなかったのですが。 彼は父母がもう亡くなり、自分は耳鼻咽喉科に通院中ということでした。今は社員寮に住んでいるがこれから実家の掃除だと、再会を約してわかれました。 東京に住んでる人の殆どが地方出身者で、師走から年始にかけて帰省で人がいなくなる時期ですが私のような東京で生まれ育った者は新宿のど真ん中でも再会する友人がいるんだと思いました。 「田舎に帰るとホッとする」とは多くの人の言葉ですが、前にも話した通り、私は山手線を見ると、隅田川を見るとホッとします。「多くの人が田舎でないところが私の田舎」。人が多くて変わっていくのは仕方ないですが正月の東京は人が少なくホッとしますね。
2006年12月30日
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継続中です。今日の昼には終わるのであと少し!!がんばります!!
2006年12月29日
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年末のおしせまった時期ですが、ちょっと体の検査を24時間することになりました。 今日は自宅で安静にしています。明日の昼には検査は終わるのでまた更改させていただければと思っています。 コメントいただいた方、返信など送れずスミマセン。再度お伺いいたします。
2006年12月28日
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今日、静岡伊豆に在住の大の千葉ロッテファンの友人Iとその上司Y氏から魚のプレゼントが届きました。 魚といっても種類がわからないのですが、べらぼうな量の魚をいただいて・・・・・ 家族みな感謝しています。ありがとうございました!!私からも送りますんで!!
2006年12月27日
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今年の新春では「特別企画」として誰か歴史人物にスポットをあてて載せてみたいと思っています。 まだ決まっていませんが、やはり面白い人生を歩んだ人がいいかなと思っています。決まり次第ご報告いたしますのでよろしくおねがいいたします。
2006年12月26日
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昨夜はクリスマス!!ということで会社帰りに駅ビルを歩くと24日ほどではないですが、とにかく人がたくさん!!しかも贅沢なものがたくさん並んでいて売れていました。 いくらクリスマスがない人間とはいえ「こりゃ自分も贅沢したいな」と感じた奄太郎は家で贅沢にヨシカミのハヤシライス(レトルト)を開封!!食べていました。 とっても安上がりな贅沢。直接浅草行って食べれるんですが・・・・・
2006年12月26日
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私はまだ仕事中・・・・・・皆さんは楽しんでください!!
2006年12月25日
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家で残務の仕事やって・・・・・・本読んで・・・・ブログ書いて、日記書いて・・・・・寝る。以上です。
2006年12月24日
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最近、吉野家の牛丼が再開してかなり盛況なようですね。 この間、どこで食事しような迷っていてたまたま吉野屋があったので牛丼を食べました。私は前にもお話したことがあるのですが「豚丼派」なのですが、まあたまには牛丼もいいもんですね。 安く美味く早い、これはやはり暇人の私にも捨てがたいものがあるので、これからも豚丼で愛用させていただくことになると思います。
2006年12月23日
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今日は、お世話になった方々への年賀状の作成に1日かかりそうです。そんなにたくさん出すわけではないのですが、一枚一枚感謝して書くので時間はけっこうかかりますね。 一年に一回、この日があると「一年も終わりだな」と感じます。
2006年12月23日
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やっと急な階段を上り天守の最上階までやってきました。結構ハードです!!しかしここからの眺めはさすがいいもんでした。現存天守でこれだけ大きいものもないですからね。 上の写真は姫路駅を眺めたところです。駅前までまっすぐの大道りがありいかにも「お城の町」というのがわかります。もちろん江戸時代にはなかった道ですが。 その更に向こうには瀬戸内海が広がっています。ここが山陽道の要所であったこともわかりますね。真下の広場は三の丸広場といって当時は御殿が建っていました。 姫路城・・・・・始めて行きたいと思ったのが15年ほど前、やっとの思い出行くことができ、感動しながら帰りました。 おわり
2006年12月23日
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たくさんの門をくぐってついに天守の中に入りました。当時のまま残る急な階段がありそれを五層のてっぺんまで上っていきます。 途中、天守を支える柱があるのがわかります。ちょうど中心部の東西に柱が一本づつあるんですね。この天守はこの柱が支えているのです。 改修工事はしていますが、木造建築でここまで残るのは奇跡ですね。 お城の天守や五重塔なんかは地震にとても強いんですが、それはこの柱のオカゲなんです。ヨーロッパの建物のように壁で屋根を支えていない日本の建物は全て柱が支えているのですが、これが地震につよい理由なんですね。地震の揺れが柱から分散されるからだそうです。 ただ火事にはめっぽう弱い!日本の建物は殆ど木造なので、一度火がつくと気持ちがいいくらい燃えてしまうんですね。そんな中、この天守は400年近く残っているのですからスゴイもんです。
2006年12月22日
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上の写真はよくお城関係の本に出てくるシーンですね。千姫の住んでいた場所からジグザグに道が続いています。 ちょうど右側から上がってきて左側の坂を更に上っていきます。ここを上がると門と櫓が幾重にもあり、その櫓が小天守として3つも大天守を取り巻いています。それだけ天守までの道が厳重であるということですね。 ここは世界遺産にもなっていますから、この登城道は欧米人は勿論、中国人や韓国人も多く歩いていました。
2006年12月22日
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姫路城で前に載せた「化粧櫓」には千姫が貝あわせをする千姫が人形になって生きて?おりました。これでは始めて姫路城を訪れた方も解り易いですね。 この化粧櫓も他の部分と違いちゃんと畳敷きでの再現になっています。ちょうど私が訪れたときはこの化粧櫓は一部改修中で外壁なんかを綺麗にしていました。 千姫がここに住んだというのはあくまで江戸初期だけなのですが、やはり「千姫の住んだところ」として大事に残されていました。
2006年12月22日
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現在に残る千姫の肖像画は上のものがとても有名です。さすが父親方、母親方、どちらも有名人の血を受けているらしくとっても美人ですね。 この肖像画は彼女のおばあさんであるお市の方の肖像画と同じく、当時の風俗を語る上でとても貴重なものとなっています。 髪の結い方や着物などは桃山末から江戸時代初期のものを忠実に捉えているといわれています。よく時代劇でみる髪型はまだ出来てない時代です。 こんな千姫、実は姫路城に居られました。姫路城にいったことがある方はご存知とおもいますが、そんな千姫を激写?してきましたので掲載したいと思っています。
2006年12月22日
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千姫という人は勿論実在した人で、徳川家康のお孫さんにあたります。すなわち家光のお姉さん。お父さんは徳川秀忠で、お母さんの達子は織田信長の妹であるお市の娘なので、家康とお市の孫娘なんですね。 最初、豊臣秀吉の子供、秀頼と結婚しましたが、これをおじいさんの家康が大阪の陣でやっつけてしまったため、家康の家来の本多忠刻という人と再婚します。 この忠刻が姫路のお殿様だったころから、姫路城の上の写真にある「化粧櫓」というところに住んでいました。「播磨姫」なんて当時はいわれていたそうです。 後、旦那さんの忠刻が死ぬと江戸に行き、そこで亡くなりました。 では千姫ってどんな人だったのでしょう。顔を見てみましょう。
2006年12月21日
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姫路に行くと、色々なところで「千姫」という人のことがかかれています。お土産が売っていたり、本が売っていたりと。 この「千姫」って一体誰なんでしょうか?どんなことをした人なんでしょうか? 次回、この「千姫」についてお伝えしたく思います。
2006年12月21日
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これが前述しました「石落とし」というものです。その名の通り「石を落とす場所」なんですね。 ちょうど出っ張った下の床が開くようになっていて、その下はすぐ高い石垣と崖になっています。そこを上ってくる敵に対してここから石を落とし応戦します。 このうような構造は日本の城郭によくみられますね。 一見綺麗なお城も、あくまで戦争のものなんですね。ホント改めて感じます。
2006年12月20日
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姫路城にはこのような長い廊下が続いているところがあります。今は一部しか残っていませんが昔はもっとたくさんありました。 でもこの廊下、ただの廊下ではありません。ちょうど写真左側は石垣を経て崖になっていて、石落としというしかけとか銃眼があったり、敵が攻めてきたときに対応する設計になっています。そして廊下の右側はお城に使える人々(特に女子)の住んでいた部屋が並んでいて、まるで長いアパートのようです。 このようなお城の「塀と廊下」をあわせたものを専門用語では「多聞(たもん)」というのですが、ここはその残存状況がとてもいいですね。 城郭として「いかに合理的な設計にするか」の知恵が絞られた建物なんですね。
2006年12月20日
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時代劇や時代映画は今でも人気がありますね。今度「大奥」なんかも封切りされるらしいですが、江戸時代を舞台にしたドラマで「お城」というと必ずといっていいくらいこの姫路城が出てきます。 たとえば、「暴れん暴将軍」なんかでマツケン演じる徳川吉宗が城内にいる場合必ず出てくるのがここです。そのほか水戸黄門とかでもここが出てきます。ここは姫路城の西の丸というところで、今は芝生と植木があるのですが、とても美しく天守が見えます。 こんかいの「大奥」もそうなると思いますが、大奥の舞台になった江戸城の天守はこことは全く違う形をしていますし、大奥の舞台になった江戸時代末期には江戸城にはもう天守じだいがないのですが。 しかし、この天守が写され「江戸城」なんていう字幕が出て時代考証がメチャメチャなので思わず笑ってしまいますが、歴史に詳しくない人は「この形が城だ」と思い込んでいるらしく、逆に受け入れやすいんでしょうね。 時代考証はいいかげんでもここからみる天守の景色は美しいですよ。
2006年12月20日
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日本には「名城」と呼ばれるものがいくつかありますが、その筆頭に上げられるのがやはりこの姫路城でしょう。 日本人が想像する典型的な「日本のお城」らしく時代劇ではテキトーな字幕をつけて必ずといっていいほど姫路城が出てきます。 確かに、天守が現存する城郭、また当時(江戸初期)の城郭設計が見事に残されているというのは他の追随を許さないところがあるので、私が初めてここを訪れたときに感じたことは「よくここまで残ったものだ」というものでした。 江戸時代の城郭建築が残っているという例はとても少ないのです。なぜなら明治初期にカンタンに壊してしまったり、戦災で焼かれたりしてしまったものですから。 今回はこの姫路城に登城してみたいと思います。
2006年12月20日
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寒い時期になりました。ここ新橋も寒いんです・・・が仕事上がりのオジサンたちは景気がいいわりには安くて汚い新橋烏森口に広がる飲み屋に集結しています。 私は酒を飲まないのですが、ちょうど今の時期、例の忘年会シーズンで飲酒量が全体的に増えますね。体調に問題が出てくる中年もいるのではないでしょうか? お酒はほどほどにしましょう!
2006年12月19日
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本日も、仕事上がりの後、プールに行って一時間ほどの水中ウォーキング、最初20分から始めて、少しづつ水中にいる時間を延ばしています。また炭水化物を大幅に制限、昼は食べますが、夜は決して食べないようにしています。 なんとなく体も締まってきた感じがします。これは少し努力して続けなくちゃいけませんね。
2006年12月19日
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私は持っている本が1200冊ほど、その中の200冊はマンガ、更にそのうち150冊がこの「こち亀」こと「こちら葛飾区亀有公園前派出所」です。ご存知な方も多い人気漫画ですね。私はこれを枕元にならべて1日の終わりなどに読むのが日課となっています。 私が読み始めてから小学校4年から延々読んできました、今でも続く「名作」は内容がかなり変わってきました。若いファンは違うでしょうが、私が好きなのが20巻~60巻くらいまでですね。 コマの中のセリフや背景で笑わせる手法は「こち亀フリーク」にはたまらないものがあります。」 たとえば24巻に出てくる背景が「コカコーラ」の看板とみせて「コケコッコ」と書いてある。41巻では「マクドナルド」の看板とみせて「マタノタマ」となっている。など再読すればするほど発見がある漫画はたまりません。他にも山ほどあります。 今では作画も女っぽくなってしまい、かつてのコマで笑わせる絶妙のギャグも少なくなりmしたが、これも連載の宿命で「新しいものを入れれば古いものを捨てねばならない」からだと思います。 上は浅草神社にあるこち亀の記念碑。 ご存知でない方には面白くない記事になってしまいましたが、本当に思い白いです。これは!!
2006年12月19日
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JRの阪和線に乗っていたとき、大阪に向かって左側にごくありふれたなんの変哲もないフツーの森が現れます。必ず意識しないと見落としてしまうでしょう。 実はこの森、「仁徳天皇陵」こと大山古墳。日本は勿論、世界一大きいお墓の森なんです。 上から見るとてるてる坊主のような形をしているのですが、地上からは全く解らずただの森に見えます。当然ですね。 ここは、とっても大事な史跡なのですが、そばにいっても単なる森でしかないので、電車から見学しました。
2006年12月19日
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横浜の馬車道を歩いていると必ず目にするのがこの洋館です。 この洋館は現在、神奈川県立歴史博物館となっていますが、かつての「横浜正金銀行」の建物でして、国の重要文化財になっています。 横浜正金銀行は、幕末開国したときに、外国との金の兌換率が不一致で日本から大量の金が流れてしまったことから、とりわけ外国との貿易で使う生貨(正金)を扱う専門銀行として、福沢諭吉、大隈重信らによって建てられました。戦前生まれの人は必ず知っている銀行ですね。 のち戦後、GHQにより解体され今はなくなってしまったので、横浜正金の名前は歴史用語になってしまいました。 明治初期の日本は、国際貿易もまともに出来ず、国内経済は混乱し3万人もの人が1年で自殺したといわれています(当時の人口はせいぜい3~4000万人くらい)。そんな苦難を乗り越えて創立された建物も今では「横浜名所」になっています。
2006年12月18日
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カレーの専門店は東京に幾つもありますが、カレー店でここを知らない人はいないでしょう。神保町のボンディです。 ここの昼食時の行列は相当なもので、とりわけ日祝日はハンパではありません。「待って食べる」」このが嫌いな私はいつも3時過ぎに行くようにしています。この時間なら並ぶ必要がありません。 値段的には決して安くはないですが、ここは本当に美味しいカレーが出ます。とくにオススメなのは「アサリカレー」でしょう。なんともいえない味ですね。ちなみに上はチキンカレーなんですが・・・ お約束の馬鈴薯を食べながら、至福のカレーを食べるのもたまにはいいものです。
2006年12月18日
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先日ご報告いたしましたように、私一応ダイエット中であります。そこで今回のダイエット法を公開させていただきたいと思います。ここに書かせていただくことにより自分の戒めになりますからね。お付き合い願います!! まず食事! まず、朝飯はおにぎり1個くらい。昼ごはんは普通に食べる。ただし、ごはん、麺類などの炭水化物は7割ほどしか食べず、脂質も極力とらない。外食の場合は必ず少し残す。 晩ごはんは炭水化物は一切摂らず、たんぱく質と脂質、野菜のみ。腹八分ほどたべるので結構食べる。 そして運動! まずヒマがあれば水の中を歩くウォーキングを温水プールでする。1日20分以上歩く。食べてから3時間は寝ない(今まで食べたらすぐ寝ていた)。 これらをすでにスタート!3日間、炭水化物を減らしたらすぐ体重が減りました!!これから頑張ります!!
2006年12月17日
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ある本からの中身の引用です。 写真は京都伏見稲荷の赤い鳥居、膨大な鳥居は名物になっていますが、「なんじゃこりゃ」といく気分でなく自然に景観になじんでいますね。 昔、中国では赤が神聖な色だった文化は韓国や日本にも及んでいたそうで、縄文時代には神聖視されていたようです。ただ、我々が神聖だと考えているのは「赤」ではなく黄色がかった赤、すなわち「朱色」という感じなんですね。 神社の門前にある鳥居が赤いのが多いのは「ここから神域なんだぞ」というのを表しているようですね。「鳥居」についても今度色々勉強したいものです。
2006年12月17日
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このところの東京は冬ながら14度くらいあり過ごしやすい日が続いています。寒暖の差こそあれ、これから思いっきり寒くなるのを考えると今のうちに町を歩いておきたいところ。 こんな日はカメラ片手に散歩なんてするものいいですね。上の写真は勝鬨橋のたもとから隅田川の聖路加病院方面を眺めたところ。 いい下町の香がする・・・・・
2006年12月17日
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じわりじわりと「地上デジタル放送」関係の宣伝が増えてきている気がします。2011年でしたね。まさに企業も一般人も「バスに乗り遅れるな!!」ですね。 ちなみに私の使用しているテレビは今どき「テレビデオ」です。しかも購入してから14年も使っています。 私の性格としてテレビの「高画質」はどうでもよく、テキトーに見れればと思っています。実際に使えなくなるまで今のテレビを買い換えるつもりは全くありません。他に携帯電話なんかもかなりの年式のものを使っています。 新しいものより、使い慣れたものの方がいいですね。ただ企業はそういうわけにはいかないから、いろんな理由をつけて「買わせる」ようにもっていってますね。あ!着物業界もそうだった・・・・・
2006年12月16日
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いきなり不謹慎なタイトルにしてしまい恐縮でございます。 最近「ノロウイルス」なる聞きなれないものが大流行していまして、多くの方が感染されているそうですね。大変なことです。貝の生食は極力避けるよういわれていますね。でも私は貝の生食大好きなんです!! 今日、鮮魚売り場へ行くと「つぶ貝」の刺身がえらい安く売られていました。理由を店のおじさんに聞くと、やはり「ウイルス」のため買い手がつきにくいとのことです。 私は大喜びで2ケースも買ってしまいました。生食の貝は普段買うと高いので中々買えないんですよ!!しかし家にもってかえっても火を通されると思い、自室で1人で貝の刺身を堪能しました。 米騒動のときは外米を喜んで食べ、狂牛病のときは牛肉を喜んで食べ、鳥インフルエンザのときは鶏肉を喜んで食べ、ノロウイルスのときは生貝を喜んで食べる。 これが私の流儀!多くの日本人は騒ぎすぎです。怖けりゃ食うな、なけりゃ食うな、貧乏な私は喜んでいつでも安いものを食べます!!!
2006年12月16日
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先日、静岡に行った折、カレーを物色していた私はついに「静岡カレー」を発見いたしました。友人に連れて行ってもらった時に寄った東名富士川サービスエリアにて静岡名物「桜海老カレー」を発見!!早速食べてみました。 しかし、このカレーという食べ物、すごいもので、静岡産の桜海老天ぷらとマッチしていい味出しています。 カレーとは「何とでもあう食べ物」色々なものと組みあわせそうです。
2006年12月16日
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更に続きを・・・・ 朝倉館のところで述べましたように、日本庭園にある「石」はただ置かれているだけではなく様々な意味があります。 そんな庭石についてもこの庭園では原型が出来上がっていました。岸を岬のようにして奇岩を配しているのですが、中心部に立石を置く形態は今も残っています。 う~ん、この庭園は奥が深い・・・・これ以上やるとこの特集だけで終わってしまうので、ここら辺で終わりにしましょう。 ご興味がある方は奈良までいってみてください!!
2006年12月16日
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前ブログの続き 日本庭園に欠かせない「遣水」。自然を取り入れた究極の「美」だと個人的には思っています。この遣水も日本庭園が出来た最初の頃は上の写真のような感じであまり自然っぽくありませんでした。平城宮では遣水も復元されています。 なんか箱根辺りにある「足湯」みたいです。これも平安時代ごろになると見事な遣水が出来るように技術が発達してきます。 ただ、小さな傾斜を使って水を流すことは出来ていて、川の心地よい流れの音が聞こえます。ここで酒宴を張ったことがあるかもしれない1300年ほど前に思いを寄せて鑑賞しました。
2006年12月15日
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奈良の平城京の中心、平城宮に復元された「東院庭園」。宮(天皇の皇居)の東側にあることから東院とよばれるこの場所はかつて発掘調査で当時の庭園があったことがわかり、数年前に復元されました。 この間の旅行でやっと観ることができたのですが。まさに「日本庭園のルーツ」みたいなものです。周りは全て丸石で囲んであって池の底も見えるくらいなので(水溜り)みたいです。 後の世に出来上がる「和の美」が形成される前の「日本文化」です。
2006年12月15日
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巨人戦中継を大幅削減=日本テレビ放送網、来季地上波は40試合-プロ野球12月14日20時31分配信 時事通信 日本テレビ放送網は14日、視聴率低迷が続くプロ野球巨人戦の来季の生中継について、地上波での放送を大幅に減らし、40試合とする方針を明らかにした。今年は開幕前に63試合を予定し、実際には57試合を放送した。代わりに、地上波で放送しない22試合をBSで放送する。 ビデオリサーチの調査では、他局も含めた今年の巨人戦中継の平均世帯視聴率が、年間視聴率の統計を取り始めた1989年以来最低の9.6%(関東地区)に低迷した。中継削減の方針について久保伸太郎社長は記者会見で、「地上波の視聴率を含む業績の回復と、BSに対するコンテンツ供給のため」と説明。「巨人戦が強力なソフトとして戻ることを強く期待したい」と述べ、4年連続で優勝を逃した巨人が強さを取り戻すことが必要との見方を示した。 日本テレビによると、来季の放送カードや中継の延長対応については調整中。巨人の主催全試合(来季は72試合)のCS中継は継続する。 Yahooのニュースより引用。ついにここまで来ましたね。
2006年12月15日
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今日、いつもの健康ランドで体重計にのってみると・・・・・・お、恐ろしいことに・・・・・・ 最近の「乱れ食い」が効いてしまったようです。昨日は焼肉食べて冷麺食べて家でサンドウィッチ食べてお菓子食べた・・・・・・大変反省いたしております。 というわけで今日から年末の「太る時期」を乗り切るためダイエットさせていただきます!!今日の体重をMAXとしてどうなるか?努力あるのみです!!
2006年12月14日
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さすがに昨日は油っこいものを食べすぎた感があり、胃がちょっと疲労気味・・・・ただ胃腸系はとても丈夫なのでたいしたことはないのですが。 ただ、ちょっと「さっぱりした昼食を」ということで近くの店の海鮮丼にしました。最近ナントカウイルスが蔓延してナマモノを避ける人が多いからこそ食べてしまうのが私のクセ。 美味しくいただきました。
2006年12月14日
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「八坂の塔」こと法観寺は、大きなお寺がどんどんちっちゃくなって五重塔がかすかに残ったお寺。この五重塔も何度も無くなりそうになりながら残ってきた歴史があります。 今残っている五重塔は室町時代に足利義教が建立したものがベースとなり、それを何度も改築して今に至っています。 上の写真は明治時代、今から100年以上前の八坂の塔の様子。今とだいぶん感じが違うことがお解りいただけると思います。 時代によって同じ建物でも違ってたりするので、歴史を見るときは注意が必要ですね。
2006年12月14日
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京都の東山の街中に、にょきっと五重塔が建っています。京都人なら誰もがご存知の「八坂の塔」です。 実はこの五重塔、れっきとしたお寺のもの。その名も「法観寺」といいます。とっても古いお寺で、京都が都になる前からあったといわれています。 すごく伝統のあるお寺なのですが、建物がこの五重塔ともう一つの堂しか残っていないというちょっとかわいそうなお寺でもあります。ただ、この五重塔が様々な災害を逃れて、修復が続けられて残っていて「八坂の塔」と京都人から愛されているのです。 この五重塔が創建されたのが室町時代、昔は今と形が違っていました。その形とは?ちょっとみてみましょう。
2006年12月13日
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本日は横浜で仕事でしたが、この雨と仕事が長引いたことから、すぐに横浜から退散、知り合いのいる自宅近くのホルモン屋でホルモンとホッピーの焼酎抜きといういつものメニューに舌鼓。 やっぱり地元(おもいっきり貧乏人の多い下町)が一番さね~。
2006年12月13日
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今日は1日横浜で業務があります。もちろん横浜の中心関内近辺です。久しぶりに時間があればなにか食べて帰りたいところです。 なにかいい店あるかな・・・・・・
2006年12月13日
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先日、全国にお店のある「揚州商人」にて「黒酢ラーメン」をいただきました。 個人的に「酢」は大好きなので、ここに更に酢をいれて食しました。 中国では日本と違って「お酢」といったら「黒酢」です。これは中国に行くと思い知ることになります。でも、中国は酢の本場だけあってなかなかの美味さです。 ここもでなかなか美味しい黒酢ラーメンをいただきました。
2006年12月13日
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今日、読売新聞を読んでいて各地の公立図書館で、雑誌などから写真や記事を切り取ったり、専門書に蛍光ペンで線を引いたりするなど、図書を傷つける行為が増加している。 中には、閲覧室で堂々と雑誌を切り取り、職員から注意されると「どうしていけないの」と反論する人もいる。 公共の財産を傷つけてはいけないという最低限のルールを破る行為の横行に、図書館側は「社会全体のモラル低下の表れでは」とため息をついている。 東京都世田谷区の区立中央図書館(同区弦巻)で被害が目立ち始めたのは5年ほど前から。徐々に悪化し、資料係の越後信子係長は「最近では1日2、3件のペースで切り取りや書き込みが見つかる」と話す。(ここまで引用) 私の友人で図書館勤めの者がいて、聞いてみるとやはり全国で増えているそうです。その友人の話によると、かつての町にある図書館より、田舎者が都会人ぶって住む新興住宅地の「エセ都会人」が利用する図書館に多いといっていましたが、真相はどうでしょうかね?ちなみにその友人は東京の旧家の出身です。 この間、「給食費を払わない親」のことを書いたら、ある方から「日本は少子化でよかった」といっていました。なぜなら「そんな大人たちに育てられる子供がかわいそうだから」というもの。 ここまでくると本当にそう思いますね。子供以前に「バカ大人」の問題です。
2006年12月12日
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奈良県の柳生の山にあるとあるお地蔵さん。「疱瘡地蔵」と呼ばれています。 このお地蔵さんは、見た目普通ですが、日本史にはあまりにも有名で教科書にもよく出てきます。お地蔵さんが有名ではなくその右下にある碑文が有名なのです。 今から600年ほど前、室町時代に「徳政令」といって一般庶民が「借りている借金を棒引きしろ」という一揆が起こって、結局徳政を勝ち取ったのですが、それを記念して掘られているのです。 「正長元年ヨリ サキ者カンへ四カン カウニヲ井メアル ヘカラス」と書いてあります。当時ここは興福寺の領地で、興福寺が消費者金融をやっていたのですが、それをチャラにした記念です。 当時はこのような「土一揆」が京都を中心に各所で起こりました。この波から民衆の力はどんどん強くなっていきます。
2006年12月12日
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野球体育博物館に展示されていたズバリ「野球盤」これで遊んだ人も多いのではないでしょうか? 私もそんな1人。いや~、、、懐かしい!!
2006年12月12日
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明治初めの「すき焼き」が出来たころの画がありましたので、載せてみました。江戸時代には男性も隠れて、女性では食べるのも疎んじられた「すき焼き」が、堂々と女性も食べていますね。 江戸美人に「牛鍋」。お酒を飲みながら「お替り」も頼んでいるようです。美味しかっただそうな~。
2006年12月11日
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というわけで、自宅でも牛鍋こと「すき焼き」を作ってみました。お陰さまで一年ぶりでございます。 明治の牛鍋は、今の桜鍋のように平らな鉄板に近い鍋で肉を焼くものでしたが、今ではこのようなお鍋でやることが多いような気がします。 寒い日の特権、明日は寒くて雨も降るようですが、これで頑張れそうです。
2006年12月11日
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