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『妻』田山花袋(岩波文庫) 上記の「自然主義小説の一代表作」(吉田精一)の読書報告、後編です。前編は思わぬ「『おじいさんのランプ』化現象」に触れていたらスペースがなくなってしまいました。どうもすみません。 何とか半分から持ち直して述べていたのが、「平面描写」とは何かということですが、具体的内容に全く到らず終わってしまいました。2回目どうもすみません。 気を取り直してがんばって考えてみます。 さて前回も触れました本書「解説」の筆者吉田精一ですが、その解説文に書いてある「平面描写」の説明を引用してみます。 要するに、主観を交えず、結構を加えず、客観の材料を材料として書きあらわす手法であり、客観の事象に対して内部に立入らず、見たまま、聴いたまま、ふれたままの現象をさながら描こうとする行き方である。 ……どうですか。分かるような気もするし、なんかもひとつぴんとこない気もしませんか。それは私の理解力がとっても弱いせいですかね。 でもなんか文学理論って、みんなそんな気、しません? しかしそんなことばかりも言ってられないので、自らの理解力のなさを棚上げにしつつ上記の文を考えてみます。結局「平面描写」とは、この3要素ではないか、と。 1、作者自身の評価を下さない。 2、ストーリーを作らない。 3、登場人物の心理を書かない。 ……えー、あー、いかがでしょう。って、ちょっと困ってしまいませんか。 こうしてまとめてみますと、ほぼ小説の全否定ではありませんか。こんなので小説が書けるのですかね、書かれた「小説」は本当に「小説」なんでしょうか。 「ストーリーを作らない」というのが、特に刺激的ですよねー。ひょっとしたら、私のまとめ方が間違っているのでしょうか。……うーん。 でも花袋の時代の自然主義の方々は、本当に真面目にこんなことを考えていたんでしょうねぇ。なんか変に感心してしまいます。 ところで、本書が上記の「ルール」をしっかり守って作られているかといいますと、それはもちろん作られていないんですね。 なあんだとお思いの貴兄、そんなの当たり前じゃないですか。こんな「ルール」をきっちり守った文章は、小説になんかなりっこありません。(たぶん) というところで、「平面描写」的ということで私が興味深く感じたのは、「3」の逆の部分なんですね。逆というのはこういうことです。 普通描写は、たとえ三人称の文章であっても登場人物の誰か、普通は主人公に寄り添っているものです。それは当然といえば当然で、普通は主人公の行動を多く描くからです。だから書くつもりはなくてもまた直接書かれてはいなくても、描写は結果的に主人公に寄り添います。 そして普通ならその描写の性格は、ほぼ作品全体にわたって統一しているはずです。 「普通」「普通」と書きましたが、私が本書を読んで興味深いと思ったのは最後の「普通」の部分です。本書はここが、「普通」じゃなく場面場面でバラバラなんですね。 ある部分では「妻」に描写が寄り添っているかと思うと、別の場面では「夫」に寄り添い、次にはまた別の人物に寄り添っていたりします。 さらに面白いのは、例えば「妻」から「夫」に寄り添いが変わった瞬間、「妻」の心理が見えなくなってしまうことですね。このちぐはぐさが、結構新鮮で面白かったです。 結局の所「3」の逆現象は、心理を書かないつもりでいながら、書かなくては小説にならないことから起こった現象だと思います。変にこだわってしまうから生まれた「瓢箪から駒」現象ともいえそうで、しかしこれは結果的に、作品世界に巧まぬ(かつ少し歪でコミカルな)奥行きを与えたように感じました。 さて全文を通して、本書の描写は素直で丁寧でゆったりしていて、本当は私はまずここに好感を持ちました。花袋は確かになかなかの名文家で、風俗小説的な興味がとてもかき立てられます。(明治期のプチブルジョワジー新婚夫婦の生活風俗という歴史的資料としても読めそうです。) 例えば漱石の作品なら、風俗が描かれていてもその方向への書き込みはあまり広がって行かないように思います。漱石のテーマはあくまで登場人物の「心理」です。一作一作それをえぐるように突き詰めていくのが漱石作品の最大の魅力ではありながら、ただ時に、少し息苦しく窮屈な感じがします。(漱石も胃を痛め、最後には彼の命取りになりました。) 一方「見たまま、聴いたまま、ふれたまま」という本書の記述は、ストーリー的には冗漫さを振りまきつつ、またなんだかよく切れないなまくら刀のようでもありながら、淡々とした「結構を加え」ない展開は、どこかほっとした懐かしい印象を読者に与えます。 こういう小説って、わたくしふっと思い出したのですが、確かに現代小説にもありますよね。私が思いついたのは保坂和志の小説です。それは、殆ど日常生活の裂け目を書かない「ご近所づきあい」のような展開でありながら、多様な小説の有り様の中で、極めて独創性に富んだ興味深いたたずまいを創り出しています。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.02.25
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『妻』田山花袋(岩波文庫) 先日、久しぶりに本屋に行きまして、久しぶりに新刊書を買いました。 私が久しぶりに本屋に行ったというのは、考えてみれば激しい世間の栄枯盛衰の結果でありまして、昔若かりし頃の私は週に一、二度は必ず本屋に行っていました。ところが最近はご多分に漏れずネットで買うんですね、新しい本も古い本も。 だから街の本屋さんがどんどん潰れていくというニュースなんかを読んで、少し心が痛み気の毒にも思う一方、もうこれはいかんともしがたく、『おじいさんのランプ』化現象でやむを得ないのだと考えているこの頃であります。 ……えー、ここでちょっと説明させていただきます。『おじいさんのランプ』化現象とは何かということですね。 そもそも『おじいさんのランプ』とは新美南吉の書いた児童文学の名作で、確か昔、小学校の教科書に載っていたように記憶します。 たぶんこんな話じゃなかったかと思い出しながら以下に書きますが、なにぶん大昔に読んだきりでかなり間違っていそうな気もします。すみませんがそこのところ、よろしくお願いします。 明治の文明開化の時代、ランプ屋をしていたおじいさんが、ランプからどんどん電灯に変わっていく開化風俗を激しく憎み、電灯の悪い評判を立ててやろうと考えます。そして街の電灯に放火をしようという恐ろしく人の道から外れた(かつややリアリズムにムリのありそうな)悪心を起こし、さて火を付けようと火打ち石を使いますが、石が不良品なのかいっこうに着火しません。おじいさんは腹を立て、だから古くさい火打ち石などはだめなのだ、マッチを持ってくればよかったと考えたところで、はっとするというお話ですね。 マッチと火打ち石の関係が、憎い電灯と我がランプの関係に重なることにおじいさんが気付くというお話であります。なかなかいい話ですね。 閑話休題、さて久しぶりに私が買ったのは『〆切本』という本で、この本のユニークさを紹介していくとこれまた切りがないのでそれは後日に置くとして、この本に田山花袋の随筆が収録されています。 小説が書けない時の塗炭の苦しみと、何かの拍子に書け始めてさらにペンが滑るように進んでいった時の天にも昇るような喜びが対照的に書かれているのですが、小説が書けない時の花袋夫婦の遣り取りがこの様に書かれてあります。「どうしても、出来ませんか。」 妻も心配らしい顔をしていう。「こうして歩き廻っているところを見ると、どうしても動物園の虎だね。」「本当ですよ。」 妻も辛いらしい。本当にその辛いのを見ていられないらしい。それに、そういう時に限って、私は機嫌がわるくなる。いろいろなことに当り散らす。妻を罵る。子を罵る。「ああ、いやだ、いやだ。小説なんか書くのはいやだ。」「出来なければ仕方がないじゃありませんか。」こうは言うが、妻は決して、「好い加減で好いじゃありませんか。」とは言わない。それがまた一層苦痛の種になる。 大の男が「いやだ、いやだ」と駄々をこねているような個所なんか思わず笑ってしまいますが、しかしこの遣り取りには、どこかウォームフルな雰囲気が流れていますね。ちょっといい話になっています。 というところでやっと、冒頭の小説『妻』です。 ご存じのように自然主義・私小説の大家田山花袋でありまして、本書も辛気くさい小説家の夫婦がそのまま主人公になっています。 本作の文学史的な評価について、本書の解説文を書いている吉田精一はこの様に綴っています。 「妻」はとりわけ「生」とともに彼の「平面描写」論の応用としての意味をもち、その点で日本の自然主義小説の一代表作たる位置を占めるのである。内容的にいえば「生」に書かれたすぐ次の時代を対象として、花袋の私生活をほぼ忠実にたどっている。 この文には二つの内容が書かれていますが、二つめの「私生活をほぼ忠実にたどっている」というところは、なるほど「私小説」だからなとも思い、花袋の新婚生活の頃から3人目の子供が生まれるあたりまで、特に終盤には例の『蒲団』のモデルとなる女性が登場してきて『蒲団』の内容と被ったり被らなかったりしながら、なかなか興味深い展開になっています。 一方一つめに書かれている「平面描写」ですが、実はわたくし、これが今までもう一つ分からなかったんですね。いえ、今でもしっかり分かっているわけではありませんが、ただ本書を読んでいて、なるほどこんなことかぁと思った個所がありました。 ……えーっと、そのことについて、次回ちょっと考えてみたいと思います。続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.02.18
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『中原中也』大岡昇平(講談社文芸文庫) 前回の続きです。 前回は中原中也について、私が若輩で愚かだった頃の(今でも十分愚かなままですが)、中也詩体験について書いてしまいました。すみません。 でも今回もあまり変わらないような内容になりそうで、重ねてすみません。 さて、筆者大岡昇平は本書の基本のテーマをこの様に書いています。 中原の不幸は果して人間という存在の根本的条件を持っているか。いい換えれば、人間は誰でも中原のように不幸にならなければならないものであるか。おそらく答えは否定的であろうが、それなら彼の不幸な詩が、今日これほど人々の共感を喚び醒すのは何故であるか。 どうですか。この表現の中には、筆者ののっぴきならないほど強烈な中原中也への思い入れがあると共に、中也に対するかなり屈折した尋常ならざる感情が含まれていることが読み取れ、少し驚くほどです。 というのも、本書にも再三、一緒に時と場所を同じくして付き合う生身の人物としての中原中也を、うんざりだと感じている複数名の証言が書かれています。 例えば、小林秀雄による文章。 私はN(中也のこと・引用者注)に対して初対面かの時から、魅力と嫌悪を同時に感じた。Nは確かに私の持つてゐないものを持つてゐた。ダダイスト風な、私と正反対の虚無を持つてゐた。しかし嫌悪はどこから来るか解らなかつた。彼は自分でそれを早熟の不潔さなのだと説明した。 ……しかしまー、小林秀雄は長谷川康子を間に挟んで中也の生涯に最大の影響を与えた「三角関係」の当事者でありますから、上記の文章もいろいろ足したり引いたりして読まねばならないかも知れません。 一方下文は、中也が小林秀雄について書いた辛辣きわまりない文章を引用した後に書かれた部分です。 河上徹太郎は全集だけを読んで、好きなだけ中原を愛せる人が羨しいといった。ここにその見本がひとつあるわけだ。読者はここに書いてあるようなことを、面と向っていわれるのを想像してみればいいのである。そういう目に我々は始終中原に会わせられて来たのである。 ここには人間味がないばかりか、真実も一つもないのである。部分的に当っているところもあるかも知れない。しかし全体の組立が間違っているから、部分も歪んで来る。嫉妬と羨望があるだけなのである。孤独の裡ではあれほど美しい魂を開く人間が、他人に向うと忽ち意地悪と変る、文学者の心の在り方の例の一つが示されているわけである。 また、別の個所にはこんな表現があります。 世の中の多くの馬鹿のそしりによって祈ることを知ったというのには、いつわりはないにしても、馬鹿者を嘲笑するのが中原はうまかった。奇妙な物真似の才能にもめぐまれていて、「酒をのみ、弱い人に毒づく」のは始終だった。深夜の個室では「孤独の肌に唾吐きかけて、/あとで泣いたるわたくしは/滅法界の大馬鹿者で」と反省し、「かくまで強く後悔する自分を、なぜ人は責めなければならないのか」と食ってかかったりする。そういう風に自分を被害者に仕立てるのは彼の詩法の一部で、ほんとうの被害者は世の馬鹿者の方だった、という河上徹太郎の指摘は正しいのである。 ……私は上記の文章を読んで、酒の席で中也が太宰治に絡んできて、太宰がたじたじになりながらも、ぎりぎりの面目をほどこした有名なエピソードを思い出しました。 結局の所、人生の中でしかも青春期に、この様な強烈な人格の知人を持つ経験というものが、本人にどれほど拭い難い影響を残し続けるのかの例として、本書は読めるのかも知れません。 そう感じるくらいに、筆者の中原中也へのこだわりは微に入り細を穿って激しく、そしてその正体を曝かずにはおかないといったような少し歪な執念深さが感じられます。 ではさらに、そんな青春群像が本書に魅力的に描かれているかというと、私には残念ながらそうは読み切れなかったです。 それは、中也も小林秀雄もそして筆者も含めた文学者達の若き日々の描かれ方が、筆者自身によって驚くほどに痛ましく不毛にまとめられてあるからだと私は思います。 本書が小説ではなく評伝という形を取っているのがその主な理由でしょうが、描写ではなく客観的にまとめて説明しようとするほどに、そこには身も蓋もない未熟であることの愚かさだけが残ります。 いえ本来は、未熟であることは、大いに魅力的な要素を備えてるはずでありますのに。……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.02.12
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『中原中也』大岡昇平(講談社文芸文庫) ……えー、詩人中原中也です。 いえ本当は、大岡昇平が書いた中原中也の評伝なんですが、詩や詩人について語ることは、魅力的ではありながらなかなか難しいと私はずっと感じてきました。本書にもこんな表現があります。 詩人の才能はあらゆる才能と同じく天賦である。我々は習練によってそれに到ることはできないし、その成立要素を文芸評論をもって再構成し得るかどうかも疑わしい。我々はこの言語結合の能力が一個人に帰せられるという不思議を素直に容認するほかはない。その能力はあらゆる能力と同じく、内容は無であり、思想とはなり得ないものである。 確か三好達治もよく似たことを書いていました。読んだ詩に対して我々はそれを丸ごと呑み込むしか方法はない、という内容だったと思います。 さてそんな詩人中原中也ですが、この度本書を読んだついでに昔買った角川文庫の『中原中也詩集』をぱらぱらとめくってみたら、多くの詩に読んだ覚えがあることに気づきました。私は発刊された二つの詩集『山羊の歌』と『在りし日の歌』を読んでいたんですね、すっかり忘れていましたが。 そういう風に思い出していくと、そう言えば大学時代、中原中也がテーマの講義を取っていたこと、またその頃の友人に中也好きがいて(複数名)、何度か酒を飲みながら中也詩について語り合ったことなどを思い出しました。 しかし今に至るまで、顧みますれば実に貧弱なわたくしの詩理解と詩嗜好において、中也がフェイヴァレットだったことはたぶん一度もありません。 私は、自らの貧弱かつ尊大な詩理解によって、中也は例えば朔太郎や白秋とは並び得ないだろうと思ってきました。 確かそのころ読んだ詩人の山本太郎の、中也詩はほぼ北原白秋の詩の傘下にあるのではないかといった文章を読んで、大いに納得した覚えがあります。(今思い出してみると、この記憶は反対で、山本の文章を読んだから中也詩をそう評価するようになったのかも知れません。) でもこの度久しぶりに中也の詩を読んで、とにかく中也詩は短いフレーズが実に執拗かつ強靱に読者の心に残り続けることに感心しました。例えば、こんな感じ。 「手にてなす なにごともなし。」 「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました」 「これが私の故里だ さやかに風も吹いてゐる」 「なにゆゑに こころかくは羞ぢらふ」 「ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けませう。」 「海にゐるのは、あれは人魚ではないのです。」 「シュバちやんかベトちやんか、」 「さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました…」 「また来ん春と人は云ふ」 詩集をぱらぱらさせながらこうして抜き出していくと、暗記している短いフレーズが切りも無く挙がってきます。抜き出すに当たってあまりに有名な個所はわざと外すつもりでしたが、にもかかわらずどんどん目に耳に付いてきます。改めて全くすごいものですね。 何故そうなのかは、何となく思いつきますね。 それは中也詩の多くが、日本語に何故かぴったりとフィットする五七調(七五調)のフレーズだからですね。 実はこんなところが、若き日の私は嫌いだったんですね。非芸術的な気がしていました。 しかしそんな部分について、本書にはこんな記述があります。 (略)童謡は十八歳の中原に自然な口調だったに過ぎないと思われる。中原には何処か大人になる暇がなく齢を取ってしまったようなところがあったから、童謡調はずっと彼の詩について廻り、中原独特の形に完成されて行ったと考えたい。 彼は詩人として当然であるが、いい耳を持っていた。翻訳語に限らず俗語から響きのいいものを選んで、自分の詩にはめこむことも知っていた。何よりもこれは朗誦し易く、歌いよい詩であった。 ……うーん、なるほど。 こんなことを書けば、中也ファンには叱られるかも知れませんが、中也が今生きていたら、彼は一流の流行歌の作詞家になっていたかも知れませんね。 次回に、続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2017.02.03
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