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新聞の片隅のちいさな記事だったけど、何年か前に世界各国の幸福度を調査した結果が載っていた。それぞれの国でアンケート調査して、その国の何パーセントの人が「自分はシアワセだ」と感じているかのランキングなんだけど・・。<自分は、たいへんしあわせに感じてる>と言う、答えがとても多い国と、かなり少ない国との差が統計上で、意外なほど大きく開いていた。そこで、タイは堂々の世界第3位。実は、タイランドという国、幸せな人の割合が、世界で3番目に多い国だったのだ☆もちろん調査のタイミングというものもある。社会の情勢や景気の変動で、ランキングも大きく変わることもあり得る。けれどこの調査をした1990年代末のタイは、日本以上の不況の真っ只中で、クビ切りの嵐が吹き荒れている最悪の頃だった。それでもなお、こんな逆風の中でさえ3位とはーー。ふつうの時だったら、ひょっとして金メダルかもね?!しあわせだと感じているひとが、いつも沢山いるタイランド。ふしあわせだと思ってるひとが多い、不満だらけの日本という国。タイの誇るべき世界第3位、よ~くわかる気がする。仕事のパートナーとしてのタイ人は最悪だ、などと日本の企業人などによく言われるけれど。ひょっとして、それは短所ではなくって長所なのかも知れない。笑お金に換算される「モノ」にかこまれてゆくことこそ、しあわせだという価値観で突き進んで来た国と。楽しい笑顔の「ひと」にかこまれて、ただひたすらに気持ち良く過ごすことこそが一番と思って来た国との差。ここまで来てしまったら、便利な暮らしは捨てられず、なかなか引き返せない日本。★トラックの荷台にいっぱい、こぼれる笑顔たち♪もちろん、シアワセのタイランドでもなかなか大変なことも多い。汗前々回のタイ一人旅で、実は、はるるさんの目の前で9日間に3回も交通事故が起きたっ!これは、なかなかの確率だ~っ(苦笑)★まず、中華街の入り口付近のタイ国有鉄道バンコク中央駅の近くの交差点でベンツに轢かれてた、どうやら物乞いらしい中年の歩行者の男性。★クラビのゆかこさんのお店の前で、トロそうなふたりの女性の運転するクルマとぶつかって、ノーヘルのバイクが横転した若いお兄ちゃん。★最後の目撃は、冷汗もの(笑)はるるのメーター・タクシー(四輪)と抜きつ抜かれつしてた、タイ名物の三輪タクシー(トゥクトゥク)が、スピードが出ていたおかげでカーブを曲がりきれずに、もろに横転したのだ。乗客の若い白人旅行者カップルは、道路に投げ出されたけれど、幸いにして後続車には轢かれなかった・・・。汗弱者にやさしく、なんて言ってられるのは、世界のごく一部分の国々のことで、あとのだいぶぶんの国には、えらいひと、とえらくないひと、の間には絶望的なほどに、えらい隔たりがあります。そもそもタイでは、ずっと前から・・・道路は、ひとにやさしくはなくって、ひたすらにクルマにやさしい構造なのだ。だもんで、当然のことながら6車線の道路など、地元のひとたちは行き交うクルマの流れの中を、ひらりひらりと牛若丸のごとくナナメ横断しちゃったり、してる。特に、ラッシュ時などは、ほとんど動かなくなったクルマの間を、みんなしてぞろぞろぞろぞろ渡っちゃう。けれど、どんな隙間でも小回りが利いてひょいひょいすり抜けるトゥクトゥクなんかが、飛び出して来たり、ゼッケンを着けたバイク・タクシーなどがぶつかって来るから油断できない。ましてや、ふつうのクルマの流れの時など、いかに免許皆伝のバンコクっ子でも、たまには間違っちゃうこともある(苦笑)自動車保険など、入ってないクルマもまだまだ多いし、入っていたとしてもその補償金額は悲しくなるほどスズメの涙。日本で事故に遭ったら、明らかにいばってるのは被害者のほうで、加害者のほうはひたすらに低姿勢だけれど、タイではそうとばかりも言えないオソロシイ世界(笑)★いつも、スナックと一緒にビールやワイン・クーラーのほか、コーラやジュースなんかをいろいろ買ってる雑貨屋さん。 タイの首都バンコクでは、しばらくまえから出来ているのに、無視されている法律がある。(←こう言うのって、この国には多いんだけどね、笑)幹線道路で歩行者が横断歩道以外の場所を横切ると、罰金を科すと言う法律なんだけど、気に留めている住人は居ない。 だって基本的に、道路ってのは日本と違って車を優先して作られているみたいで、横断歩道そのものが極端に少ない。ただでさえ暑い中を、余分に歩いたりするのが大嫌いなタイ人のこと、6車線くらいの車の洪水の中をすいすい渡ってゆく・・・。慣れない旅行者は、必死になってその後を追うが、かなり危なっかしいひとも多い。当然ながら、車と人の人身事故の話も良く聞くし、目撃することも少なくない・・・。 バンコクの交通ルールってのは、「こうだったら良いかな」ていどの事が多い。だから、有名無実のものが沢山あるし、ルールそのものもしょっちゅう変わる(笑) そもそも、タイの人に定見と言うものがあるんだろうか?あるとすれば、それはマイペンライ(どうにかなるさ!)の精神で、サヌック(快適・心地よい)をひたすら追求すること、かな。(←これは、はるるとしてはすごく誉めてるつもりなんです) でも日本の社会の中で、ものごとに対する定見と言うものを持てない性質の人間は、例えば『広い心・しなやかな生きかた』と言う姿勢を評価されるひとも居るかもしれないけれど、大多数の普通のひとびとは『優柔不断・押し切られやすい』存在として、うろうろと不器用に生きてゆくばかりの事が多い。そんなひとたちに、すこぶる寛容なのがタイという国の社会そのものだ。「いいかげん」なものが、「いいかげん」なまま、生きていられる社会だから。もちろん、真面目で几帳面で、一直線な日本人なら、たちまち気が変になるくらいイライラしてしまうだろう(笑)・・・だから、タイが好きなんだ♪
2004年01月31日
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非売品で、滅多なことではお目にかかれない本があるそうなっ!☆本屋さんでも、ネットの通信販売でも売ってないけれど・・。普段は雑誌やマンガしか読まないようなひとでも、みんなが絶対に読んでみたいと思わずにはいられないスゴイ本だ。。それって。ーーいったい、どんな本だろう?!この本の存在を紹介しているのは、経済アナリストの森永卓郎さん。UFJ総合研究所の経済・社会政策部部長兼首席研究員。と言うよりも、テレビ朝日系「ニュース・ステーション」の経済関係の解説者と言ったほうが判りやすいかな。年間に100万円以上の当籤金をもらったひとは、全国自治宝くじだけでも1万3千人以上も居ます。毎年の東大合格者の数は3000人程度ですが、東大に受かった人を知っている人はたくさん居るでしょう。なぜ東大合格者はたくさん知っているのに、その4倍もいる宝くじの高額当選者は周りに存在しないのか。その答えは、たったひとつ。宝くじの大金が当ると、どうしてだか、みんな黙っちゃうから。な・ん・で・だ・ろ~~~~っ???ところが、当選者が告白しない重要な理由を、経済アナリストの森永卓郎さんは、最近になって知ったそうです。宝くじに高額当籤すると、宝くじの取り扱いをしているみずほ銀行から【「その日」から読む本~突然の幸福に戸惑わないために】という冊子を渡されるらしい。そこにはーー。★当籤金はとりあえず金融機関に預けること。★当籤証明書をもらっておかないと、あとで税務署から大金の出所の追及を受ける可能性があること。★むやみに当籤金を分与すると、受け取った人に贈与税がかかること。と言った、具体的なアドバイスがいくつも書かれてるそうだ。そして、そのなかのひとつがーー。★一人にでも話せば、うわさが広がるのは覚悟しよう。と、言うモノ。何でも、この本はある程度以上の高額当籤金をもらった人だけに渡されるもので、一般にはけっして公開されないとのこと。ネット・オークションでも、古本屋でもお目にかからないなあーー。だから、これを手に入れる唯一の方法は、宝くじで高額当籤するしかないんだよなあ。ね、どうせならみんなも一度くらいは読んでみたい本でしょう?!笑★はるるが、『最近読んだ本、& 読んでる途中の本』で~す。◎宮本輝「天の夜曲」~大河小説<流転の海シリーズ>第4部それにしても、あの強烈な父親とたおやかな母親のドラマで始まる親子の物語。第一部を読んでからもう10年以上も経ってるなあ・・・生きてるうちに完結してくれるといいんだけどな。まだ、第4部。◎北方謙三「水滸伝」9-11~古典じゃなくって、現代小説のテイストでぐいぐい読める、ちからわざが小気味良い。この人はどうしてもハードボイルドのイメージが強いけど、時代小説も定評がある。血の通った人間のドラマが、時に泣かせる。それにしても、やはり水滸伝らしく、素晴らしいキャラクターたちがバタバタと死んで行く。◎大判のビジュアル・ガイドブック「関東周辺のロマンティック美術館」◎海野弘「江戸妖かし草子」~資生堂のPR誌【花椿】に長期連載しているものをまとめたもの。もう、何冊目だろう。このひとは確か、海外文学の権威なんだけどな~。何故か、江戸のディープな風俗・文化にハマってるらしい。マニアックなのに読みやすくオモシロイし、時代考証も確か。◎シオドア・スタージョン短篇集「不思議のひと触れ」大森望・訳SFというより、幻想文学の巨人の真髄に触れる・・・アンソロジー。SFマガジン創刊当時は、よくブラッドベリと並ぶポジションで評価されてたんだけど、ちょっと現在は忘れられてるかなあ。映画「ソラリス」のリメイクもあって、レムなんかも再評価されたりしてるのに・・。◎清水靖子「森と魚と激戦地」~語られなかった【南洋】と呼ばれた太平洋の島々の住民の側からの太平洋戦争のドキュメント・ルポ。ぼくたちが気軽にリゾートしちゃってる楽園にも、確かにあの時代には鉄の雨が降り注いでたという報告。◎山之口洋「瑠璃の翼」~あまり知られることのなかったノモンハンの航空戦を舞台にした小説。◎真保裕一「繋がらない明日」◎木下直之「ハリボテの町」~ハリボテであることを隠そうとする町についての考察。◎赤瀬川源平「ブータン目撃」~あの路上観察学の権威が、ふしぎの国ブータンに行った。◎小説現代◎文学界◎ダ・ヴィンチ◎ジェイムズ・M・バリ「小さな白い鳥」~25章からなるこの長篇の一部のエピソード、13~18章の部分は、【ピーターパン】の物語としてよく知られている。◎ザ・ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー”タイ”~写真集のようにゆたかな、ビジュアル・ガイドブック。◎たちいりハルコ「パンクポンク総集編1・2」小学館発行~愛すべき巨大ウサギのコミックが、とうとう復刊☆しちゃいました。はるるの、ふる~いおともだちの漫画家さんです☆1980年代に小学生だったひとなら、このキャラ一度は目にしたことがあるはず。十数年に渡って学年誌に長期連載されていた、人気漫画。復刊ドットコムでも多数の支持を得て、うれしい総集編でピカピカのメジャー出版社からの2月新刊で~す♪むかし愛読してた心当たりのあるひとはみんな、本屋さんへ行こうっ!!あとで、もっと詳しくお知らせしますね。★ゆめの共演?!パンクと天使うさぎのオリジナル・イラスト
2004年01月30日
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一週間ぶりにおいらの愛車のビッグ・ホーンとご対面。はるるがヘンなものを食べさせちゃったおかげで、食あたりしていた4WDが、やっと病院から退院してきた。そりゃ、やっぱりディーゼル車のエンジンに軽油じゃなくってガソリン入れてしまったら、食中毒するって・・・・。汗どうせ入院するついでに、一年にいっぺんの「人間ドック」みたいなもん(車検整備)も、やってもらったから、余計に時間がかかった・・・。車検切れになるのは来月の2月なんだけど、ちょっと早めにそっちも。下町の自動車整備工場に代車のスターレット(数年前に製造中止になっていて、現在は生産されてない。)を返しに行って、替わりにそれよりもさらに古くてぼろっちい、15年前に製造された平成元年車のビッグホーン(自分のクルマ)を受け取る。夏にログハウスに行ったとき、高速道路でオーバーヒートさせちゃったのも、整備のひとには、すっかりバレていた。笑(そんときの日記↓)高速道路で大噴水☆えらいこっちゃ!!たまに、他人がアタフタやってるとこは見てて、笑っちゃったことなんかはあるんだけど、まさか自分がその当事者になろうとは思わなんだぁ・・・汗。★ログハウスの近くの小川でぼんやりする天使うさぎ♪ 整備工場はJR駅東にあるので、久しぶりに足を伸ばして、宇都宮市立東図書館とヤマダ電気に寄り道。ぼくにとって、一回、図書館や電気屋さんに入って行くと一時間では出て来ないことが多いから、ちょっとしたちいさな旅みたいなもんだ。古本屋とかおおきな文具店をひやかすのなんかも、同じ。駅東のヤマダはパソコン関連の中古コーナーが、うちの近くの西店よりも充実しているので、デジカメの掘り出し物が無いか、ときどき遠征してチェックしてる。オリンパスの光学10倍ズーム(普通6万円ほど)のデジカメを1万円ちょっとで手に入れたのも、ここ。宇都宮は日本一宣言してたコジマ電気の本社もある発祥の地なのに・・・最近はいろんな面で、ちょっと負けてるなあ。図書館には「海辺のカフカ」を含む6~7冊、読み終わったのを返却。けれどかわりに、12冊ほど読みたい本があって借りてしまったから、来る時よりもかえって荷物が重くなっちまった・・・。別に、現在の流行本には特にこだわらない。今すぐに興味のある本はいくらでも涌いて来るので、半年や一年くらいはいくらでも待てる。図書館でも、人気の本を予約することは無いな~。それに、気になるような長篇小説なんかは、ブームになったりする前に、雑誌連載時に読んでいることも多いし、ね。どうしても今すぐに読みたい!と言う本も、そりゃたまにあるにはあるけど、その場合は本屋さんに行って新刊で買う。うちのなかが、おいらの手に入れた本であふれかえってるもんで、ふるほんやも含めてここ最近はずいぶん買うのを控えてる・・・けど。ここんとこ快調に、いち日に1・2冊読んでる。うすっぺらい新書とか文庫みたいのなら3冊くらいは。なんてったって、いつも言ってるけどーーー勤務時間中に好きなだけ本が読めて、おまけに好きな音楽を流していられる環境だからね・・♪(そのかわりに、給料が安いケド、笑)ときどき、大当たりの本にも出会うけれど・・・ここんとこ、はずれの本に遭遇しちゃうことが多いな~。でも、そんなのは紹介しないけどね。必然的にゴミもいっぱい読んじゃう。
2004年01月29日
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さむたいむす・あい・ふぃーる・らいく・あ・まざーれす・ちゃいるど「時には母のない子のように」と。寺山修司さんは訳していた・・・・もともと、黒人霊歌の有名な曲のタイトル☆ただ、カルメン・マキが唄って流行ったのは、1970年代初頭の日本のオリジナル曲で、まったくの別物だけどーー。あふれるお風呂がわいたらお茶をいれて、起してあげようみなしごだったわたしの心をほっこり、ふわりと包んでくれるあなたに感謝してひとの意識しないやさしさはさりげない言の葉の数々はなんだろう・・さむい季節にこそ思い知るひとのつめたさひとのぬくもり天に星地に花ひとに・・・ひとには、いま、なんだろう。天に星地には平和をひとに理性をーー?!天に星地には あこがれ人の心の海水のなかには 海の星天に星地には死びとのむれだから ひとの目の中から しょっぱい海の水が天に星地におさなごのほほえみひらくおさなごの目に しずかに海水たゆとう しあわせって さがしたら 見つかるもの なの?かなしみって しみは どんな色した しみ??かぜにつつまれても どんな柄の ラッピングなのか わからない。あなたのうでに だきとめられても ここにいる あたしが誰なのか わからない。見えない しあわせ。見えない あなた。あなたには わたしをだきとめてるうでと胸と そのいきづかい しか ないんだもの。きよらかに つめたいままでみずのなかの つめたい太陽のかがやきこおりのなかの とうめいないろの 沈黙そらのむこうの 絶対零度の 漆黒の宇宙のひろがりふゆのうみの しろいなみ あおいなみ ぎんいろのなみ万華鏡 くるくる みんなの地球も くるくる
2004年01月28日
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さっき、読了したばかりの、「海辺のカフカ」15歳になったばかりの少年と、むかし15歳だった50代の女性との寓話的な恋のおはなし。寓話的ーーということは、目に見えているけれど、実は目に見えていないもののこととか、その反対のことなんかが、やさしいことばでシュールに表現されているってことだ。いま東京に住んでいるあきらは、金がなくなると宇都宮の自宅に帰ってくる。笑(そうならないと、なかなか戻って来ない。ま、オトナになるって、そんなもんだよね~)こないだ、ふたりで居酒屋のランチタイムに飯を食いに入ったら、いつのまにか最近読んでる本の話題になった・・。小中学生のころは、マンガとゲーム本しか読まないようなオトコのコだったのに、自宅を離れて一人暮しをするようになってから、いつの間にかすっかり読書好きになって、よく都内の住まい近くの地域の図書館なんかにも、徒歩や自転車なんかで通ってるようだ。家に帰って来ると、玄関とか廊下とかリビングや和室なんかの至る所にある、はるるの本棚から好きな本を物色して黙って持って行く。写真学校時代の仲間の影響か、マイナーな新作映画などの情報も詳しいので、ときどきレクチャーしてもらうことも。そのかわり、古今東西の読書案内なら、こっちのもん~♪居酒屋でのその時点ではるるが、まだ上巻しか読んでいなかった村上春樹「海辺のカフカ」を、あきらはとっくに読了してた。「あの、ナカタさんのキャラクターが、いいな~。好きだなあ♪」と言う。うん。たしかに、ナカタさんって、ピュアでぬくもりがあって、魅力的だ。知的障害者の年金生活の老人として、かなり世間からずれてしまっていても、そのほのぼのしちゃう人格も、ドリトル先生じゃないのに、そこいらへんのネコさんたちとすらすらと会話が出来るのも、いい。根本的なひとの「痛み」を、無自覚なままに治してしまう、ふしぎなパワーも、あたたかい。ついでに、結末のことも言いそうになったので、あわてて押しとどめる。ながいながい旅の末に、ヒロインに出会う。>ナカタさんはいつまでも彼女の手に自分の手を重ねていた。佐伯さんはやがて目を閉じ、思い出の中に静かに身を沈めていった。そこにはもう痛みはなかった。誰かが痛みを永遠に吸い上げてくれたのだ。 15歳の少女を内包したままの、魅力的な中年女性。いいなあ・・。時に、惚れっぽいはるる。作中の人物にあこがれたり、しちゃいます。>彼女は遠い部屋のドアを開け、そこの壁に、ふたつの美しい和音がとかげのようなかっこうで眠っているのを目にした。彼女はそのとかげたちにそっと指をふれる。彼らの安らかな眠りを指先に感じ取ることができる。かすかに風が吹いている。古いカーテンがときおり揺れることでそれがわかる。それはまるで何かの「たとえ」のように、意味深く揺れる。彼女は裾の長い蒼い服を着ている。ずっと昔どこかで着たことがあるドレスだ。歩くとその裾がかすかな音を立てる。窓の外には浜辺がある。波の音が聞こえる。誰かの声も聞こえる。風の中に潮の匂いが感じられる。季節は夏だ。季節はいつでも夏だ。窓にはくっきりとした輪郭をもった白い小さな雲がいくつか浮かんでいる。 日本国中で1970年代に大ヒットしたという設定の「海辺のカフカ」という唄の歌詞なんかも、そうなんだけどーー。この小説の平易なことばの連なりの中に、はっとするような観念的なフレーズが時折、顔を出す。>頭上でまた鳥が鋭い鳴き声をあげる。空を見上げる。そこにはのっぺりとした灰色の雲があるだけだ。風はない。僕はただ歩きつづける。意識の波打ちぎわを僕は歩いている。そこには意識の寄せ波があり、引き波がある。それらはやってきて文字を残し、すぐにまたやってきて、文字を消し去る。僕はそこに書かれている言葉を、波と波との合間にすばやく読み取ろうとする。でもそれは簡単なことじゃない。最後まで読み取る前に、その文章は次の波に洗い流されてしまう。謎めいた単語の切れ端が意識に残されるだけだ。 作中に、くりかえし出て来たことば。これが重要なテーマ、なんだろな。>「あなたに私のことを覚えていてほしいの」と佐伯さんは言う。そしてぼくの目をまっすぐに見る。「あなたさえ覚えていてくれたら、ほかのすべての人に忘れられてもかまわない」こないだの日曜日の結果です。第39回関東高等学校演劇研究大会―黒磯会場― 結果最優秀賞 作新学院高校「超正義のヒト」優秀賞 松本深志高校「南京の早春賦」 田川高校「くじらの墓標」 宇都宮女子高校「流星パスル」優良賞 長岡大手高校「夏芙蓉」 秩父農工高校「ビミョー」 伊勢崎工業高校「7・7・15」 大田原女子高校「Let’s show(笑) time☆」 六日町高校「莫逆系」創作脚本賞 作新学院高校 大垣ヤスシ作「超正義のヒト」娘のユメも出場することになった全国決勝の会場は、四国の徳島だそうです。
2004年01月27日
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まったく、思いがけない原因だったので、ガーン!でした。汗はるるの平成元年車の4WDなんだけど、ある日、突然にエンジン出力がおかしくなってしまった。走ろうとしても、スピードがせいぜい20キロしか出なくなっちゃったもんで、先週始めに、いつもの修理工場に持って行ってもらった。せいぜい2~3日もあれば大丈夫ですよ、と工場のエンジニアが言ってたもんでそのつもりでいたら、なかなか連絡が来ないなぁ~。と・・・思ってたら、やっと週明けの今日になって連絡が来たけど、電話で聞かされた真相は、実にお粗末なつまんない原因だった。本来、ディーゼル車なので、燃料としては軽油を入れなきゃならないところに、レギュラー・ガソリンが入ったおかげで、エンジンの正常な燃焼が出来なくなってしまってたワケ。苦笑ここんとこ、原付バイクに乗ることが多いので、よくスタンドではレギュラー・ガソリンを入れてる。原付の燃料タンクは、容量がせいぜい4リッターくらい。だから、てきと-に通勤で走ってても、毎週一回くらいの割合で給油することになる。一方、はるるのビッグホーンは容量が80リッターほどあって、いったん満タンにしちゃえばぶっ通しで800キロ走れてしまう4WDなので、平日はあまりクルマを使わないこともあって、滅多にディーゼルの軽油を給油しない。そこに登場するのが、最近流行しているセルフのガソリン・スタンドだ。無意識に、ここでレギュラーを入れちまった、おばかなオイラ。自業自得・自縄自縛・天にむかってツバを吐いたら、自分の顔にかかったようなもん。とほほ・・・お恥かしや。そろそろ、15年目のエンジンも寿命かもしれないから、ほんとに新しいクルマに買い換えようか、などと、ホンキで配偶者と相談までしちゃってた。けど、それはとんだ誤解で、エンジンそのものはきわめて正常そのもの、だったのに。ごめんね、愛車ちゃん。長い付き合いなのにねえ。去年の年末(11月の旅行直前)に、義弟のうちのまだまだ新しい4WDミストラルを、無料でくれる話なんかも出ていたけれど、カンボジアやタイをお気楽に数週間ほっつき歩いてるうちに、千葉の大学に通ってる甥っ子に、いつの間にかひょいと奪われちまったぃ。涙・笑11月9日の日記:4WD車をやるよ!と言われた。 そんな訳で、このクルマにはまだまだ、あとしばらくはおつきあいすることになりそうです。ところで、昨日、決定したゆめの所属する演劇部の高校演劇関東大会での優勝、ですが・・・。野球の甲子園大会で言えば、全国から集まって勝ち進んだベスト8のちょっと手前、全国レベルのベスト16程度のランキングに位置するようです。日本全体ではおよそ数千もある演劇部の中の、選び抜かれた16校のひとつ、って考えると、やっぱり大変なことなんですね。親としては、つい、うれしくなって今朝ーーーお祝いに「おこずかい」をあげてしまいました♪こんな時だけは「わ~い」なんて、子供っぽい声で「ありがと」と言う。17才のむすめのしあわせそうな笑顔は、シンプルに周りを輝かせる。きみがうれしそうにしていると、ぼくたちもすなおにうれしくなる。こーゆーのも、ほんのいっとき、なんだよなあ、きっと。
2004年01月26日
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昨夜は、6時から義弟の「文部大臣賞受賞を祝う会」のパーティーがあった。県のPTA連合会の会長などPTAや教育団体関連での永年の貢献が評価されてのこと、らしい。ロータリークラブや地方の議員さんなども、顔を出している。はるるの日常からは、物理的にも精神的にも、はるかに遠いポジションのひとたちだ。会場は駅東のチャイニーズ・レストラン、集まったのは90人程度・・・これでも、内輪で済ませた人数らしいけど。コース料理が一通り出終わって・・・。デザートの杏仁豆腐のあとに、かわいらしい出来立ての桃饅頭が、各丸テーブルに並んだ。お正月など、中国では縁起の良いものとして、祝いごとに出るものらしい。2月始めの旧正月なんかに、よく旅先のチャイナタウンでみかけた。いちばん最後に、この宴の主役が自分の母親に花束を渡すシーンがあって、万感きわまったように涙ぐむ母親の姿が感慨深かった。もちろん、うちの配偶者の母親でもあるひとだからね。嬉しい事だったにちがいないんだろうな。ほんとに親孝行にも、いろんなかたちがある。はるるさん、日曜日の今日は、これから県北まで高速を使って一時間ちょっとのドライブ。昨日の日記で紹介した、高校演劇の北関東大会を観に行きます。松永さんのファンの東京のともだちもわざわざ来るので、新幹線の那須塩原駅までお出迎え。今朝は良く晴れたもので、放射冷却もあって宇都宮も冷え込みがきびしかったな・・・。報告は、のちほど。 *** *** ***戻って来ました・・・どこまでも白い雲が流れる那須高原の青い空は広かったです。会場の黒磯市文化会館は、JRの那須塩原駅と黒磯駅の中間地点。正面入り口では、地元ボランティアらしき人達が、あつあつの「なめこ汁」を無料で配ってました。ムスメの情報では、昨日はあったかい牧場牛乳がとっても美味しかったそうです。第39回関東高等学校演劇研究大会の結果。おいらの娘、ゆめの高校演劇部がグランプリに輝きました。それぞれの県代表11校の中から選ばれてーー。たった一枚の全国大会決勝への切符を手にしました。2位は長野県松本深志高。南京大虐殺を正面からテーマにすえた、迫力の芝居でかなりの部分が現地の中国語のセリフという異色作。3位は栃木県立宇都宮女子高校、松永さんの脚本「流星パズル」でしたようです・・・。決勝の全国大会は、四国の徳島県。選んだ者を選んでやろう美しいものをもっと美しくしてやろう見つめるものを見つめてやろうあのひとは ただのばかな まちがいだったのだそんな生涯を 生きようかなしみを 全部引き出しに 収めて目を閉じるとあの昼下がりの夢 が 見えるこれは 悲劇だね何だか見たことない街まで 見えるここの詩とは、直接関係はありませんが---。今の季節になると、あるきっかけがあって思い出します。ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」が、昔から好きでした。直訳すると<おかのうえのばか>・・・なんだか、いいでしょう?モトの唄も、とっても好きです。丘の上で ぼんやり笑ってる ひとりの男なにを思い なにを考え聞こえない声で たったひとりで叫んでいるよ 丘の上で・・・(はるる・訳)と言う、出だしの曲でした。
2004年01月25日
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妻が浮気しているかもしれない・・。でも、証拠はない。そんな時、あなたはどんな方法で調べるだろう? 興信所を使う、というのが一般的だけど、今回紹介する男性は、パソコンでは絶対必要な「アレ」の履歴を記録することで、みごとに浮気の証拠を押さえたらしい。□夫が就寝中、毎晩パソコンを…首都圏に住む30代のある男性は、日ごろから奥さんに疑いを抱いていた。「どうやら浮気しているみたいでねぇ。最近は夜も携帯メールが届くようになったんですよ。そして、私が寝たのを見計らって、毎晩パソコンをやっているんです」彼は2年ほど前、「暇つぶしに」と奥さんにパソコンをプレゼントした。「最初はオークションや故郷の同級生たちとメール交換していましたが、数カ月ほど前からパソコンを使う時間帯が遅くなり始めた。同時に、昼に家にいないことも多くなり、怪しいなと思い始めました」□キーボードの「タイプ履歴」で発覚!なんとか証拠をつかもうとしたけど、昼間は会社なので動けない。「探偵を雇うほどでもないし…と悩んでいるうちに、以前、部下が話していたキーボードのタイプ履歴を自動記録するソフトのことを思い出したんです」そこで早速、部下からソフトを入手して、奥さんに気付かれないように自宅のパソコンに仕掛けてみた。すると、とんでもない記録が大量に出てきた。「どうやら妻は毎晩、浮気相手とチャットしていたようです。履歴の中には2人の会話内容や、妻が書いたメールもすべて残っていました」会話の内容は実に親密で、実際に会う日時や場所までも特定できた。もちろん、浮気相手のメールアドレスも記録されていたという。□離婚も考えた…心当たりある人はご用心!その動かぬ証拠をすべて印刷し、彼は奥さんを問い詰めた。「さすがに妻も認めざるを得なかったようで、しきりに謝っていました。離婚も考えたのですが、私も仕事にかまけて妻をほったらかしにしていましたから…。いろいろ話し合った結果、仲直りしました」マウスやキーボードなどの利用履歴を調べるソフトは、操作履歴を残すことで、誤って消去した文章などを復活できるツールとして開発されたけれど、裏ネット界では「スパイツール」としてけっこう一般的に出回っている。その用途はさまざまで、浮気調査のほか、ストーカーがお目当ての女性のパソコンに仕掛けたりもしているというから、心当たりのある人は用心したほうがいいかも。苦笑はるるも経験あるんだけど、国内の旅先でネットカフェに入って楽天のこのHPを更新しようと、ログインしたら・・・いきなり、パスワードも打ち込まないうちに他人のHP編集画面が出て来ちゃったことがある!ぶったまげた。これって、そのひとがネットカフェでHPを編集したあとに、楽天にログインしたまま、ログアウトせずに通常の手順で終了しちゃったんだよね。するとコンピュータの中に、自動的に赤の他人のそのひとのログインのデータが保存されちゃってたみたいで・・。汗ネットカフェなんてまったく無防備な、誰でもが通る大通りみたいな公道なのに。こんなネットカフェにも、ときどき利用履歴を調べるソフトが仕掛けられている話を聞く。インターネットバンキングやオークション取引、株式なんかの証券売買まで、カフェでやっちゃう無防備な利用者のデータが、ハッカーに密かに盗まれてる訳で、もちろん悪用されちゃう訳だ。仕掛けるのはカフェの従業員などの内部犯行もあるし、常連客などの場合もあって、いろいろらしい。暗証番号もなにも筒抜け状態だもんね。こわいよね~。でもでも、被害者のひとは無知なまま、いったい何処で自分個人の秘密データが漏れたのか判らず、オークション・サイトやネット銀行のセキュリティの甘さなんかを責めてるかも。けれど、それはお門違いで、ほんとは自分の認識の甘さのせいーー。だよね★(平成15年)関東高等学校演劇研究大会―黒磯市文化会館―1月24日(土) 9:10 開場 9:30~ 9:50 開会式 10:00~11:00 新潟県立長岡大手高等学校 11:20~12:20 作新学院高等学校 (昼休み) 13:20~14:20 埼玉県立秩父農工高等学校 14:40~15:40 群馬県立伊勢崎工業高等学校 16:00~17:00 長野県松本深志高等学校 17:20~18:20 群馬県立安中高等学校1月25日(日) 9:30 開場 10:00~11:00 埼玉県立南稜高等学校 11:20~12:20 長野県田川高等学校 (昼休み) 13:20~14:20 栃木県立宇都宮女子高等学校 14:40~15:40 栃木県立大田原女子高等学校 16:00~17:00 新潟県立六日町高等学校 17:20~18:20 講評 18:20~18:50 表彰・閉会式きょう、うちのゆめちゃんの高校の演劇部の本番の舞台です。ここ数ヶ月、勉強はともかく(苦笑)部活に命を賭けて、とにかく熱心にやってました。その総ての成果が、この一日に集約されています。そして明日の日曜日は、去年、全国決勝大会でベスト4まで行った、松永さんの高校の発表もあります。この関東大会、出場11校のうち、全国の決勝大会に出場出来るのは、たった一校のみ。すでに、それぞれ県大会で数十校のなかから選ばれて来た、県代表の学校ばかり。フレッシュな粒ぞろいの高校生たちのステージが、無料で観られます★お近くの方は、ぜひ。去年の大会全国決勝と今回の県内予選の様子は、こちらでーー。映像21枚】美術室より流星パズル☆ 2004年にふと、気が向いて・・はるるも、広場オブザイヤー に、参加してみました。楽天広場の日記の中の自分のお気に入りを推薦するものです。はるるの日記が気になったひと。よろしかったら、どーぞ投票を、おねげーしますだ。汗///////////////////////////////////////////////////////こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー ★まどのそとは、さむいさむい季節。 さらに、そのつづきで、出来立てのホヤホヤ☆こちらにはアルバムが20種類、600枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2 ★南の島のバンガロー村に下がっていた、ちいさな硝子の風鈴のお月さま。
2004年01月24日
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はるるんちでは、しょっちゅう配偶者が家出する。ゆめが「おかあさんは?」とたずねると、はるるはよく、「家出ちゅうだよ」と、答える。娘のゆめも平然としてる。うちでは、出張のことや、旅行のことをよく、「家出」と呼んでいる(笑)もちろん、はるるも年に何度か長期の「家出」するけどさぁ~(汗)それから、生まれてこの方、こどもたちには絶対に「パパ」「ママ」などとは呼ばせていない。なんだか、日本人なのにこっぱずかしいではないか(汗)ほんとは、故・伊丹十三さんちみたく「とうちゃん」「かあちゃん」も、人間らしくていいなあ・・・とも思うのだが、そこまではやってない。「とうさん」「かあさん」または「おとうさん」「おかあさん」が、うちではふつうかなあ。ただ、配偶者がぼくを呼ぶときはけっこう「とうちゃん」と呼ぶ(涙)はるると言えば、ちゃんとファーストネームの名前とか、「きみ」とかで呼んでるのに・・・・ナニカウラミデモアルンダロウカ??! ↑家の正面のカーブ・ミラー泊りがけの出張仕事がひと月に何回もあるので、洗濯は娘のゆめが、炊事ははるるがやったりする(こともある)のだ。けなげに、ツマの無事な帰りを待つオットって、ヤツだね。世間の家庭とは反対で、オットが「今度の出張は、いつ帰るの?」なあんて。しょっちゅうやってる会話だ(笑)17年間の自営業時代は、多いときには3つの店を同時経営したりして、妻子と親を養って住宅ローンを組んで家を購入した。つまり、おいらがみんなを食べさせていた。けれど、自分の経営する店を自主廃業して、今はただの平社員。家計の補助をしてる立場かな。配偶者はけっこう忙しい会社役員。いっぽう、はるると言えば、ひとに給料やボーナスを払いつづける生活より、ひとから給料やボーナスをもらう生活になって、とても気楽だ。攻守交替(笑)で、何とかうまくやっている。いろんな経費の計算に追われる、自営業の日々のそれなりの苦労は、やったものしか判らないだろう。たぶん。このご時世で最近はどこも大変な中小企業で常務をやってる配偶者が、昨日から雪の山形と福島に泊まりに行ってるので、朝方に「ぶたキムチ」の材料をそろえていたんだけど、帰って来てからゆめに確認したら、そう言えばあいつ、キムチはキライなんだった(笑)そこで、あやしい探検隊ごっこをやってた頃、しょっちゅう焚き火をしてたキャンプの、ホイル包み料理を思い出す! ↑はるるの配偶者と息子のあきら。東京・杉並区の久我山駅の北を線路に沿って西へ歩く。「ぶたキムチ」は、明日の自分のお弁当にすることにして、今日は冷蔵庫のチルド室にあった、ちょっと分厚いしゃけの切り身をみっつ、使うことにする。いつもキャンプで、焚き火にそのまま放り込む「サーモンのバター蒸し」に決めて、たまねぎをリング切りにして、まいたけを少し大ぶりに切る。たっぷりのバターを乗せて、切り身をアルミホイルで包み、野菜やまいたけと一緒にオーブンへ!てきとうに火が通ったところで、しょうゆとちょっぴりのワインで香りをつける。保温の状態で、ちょっと蒸し上げてから、それぞれの皿に乗せ、「いただきます♪」とホイルを開くと、ほくほくになったサーモンが湯気を立て、バターを中心にした何とも言えない香りがテーブルに広がった。配偶者が作り置きしておいてくれた、きんぴらごぼうと味噌汁をあたため、炊き立て(はるるが)のご飯で食べた。・・・・こう、書いてしまうといつも料理作ってるみたいだけど、月に何回か、たまに気が向いたときだけ、です。どうせ、はるるのことだもの。あとは、レトルトの「銀座カレー」とか、ほか弁とか回転寿司とか(笑)中華レストランのバーミヤンも、好きだなあ!ところで、実に10万アクセスぶりに、もうすっかり忘れちゃってた【楽天からのおめでとうメール】が届いた。 あなたのホームページのアクセスカウンターが、300000アクセスを超えました。つぎは500000アクセスを超えたときにお知らせします。今後とも引き続き楽天広場でお楽しみください。・・・・・・・・・。あーあ、あと20万アクセス増えないと、再びお目にかかれない!やれやれ、ほんとに何時になることやら。汗 ★これは、タイ国鉄の古都アユタヤ駅のなにげない表示板。
2004年01月23日
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いつものJR宇都宮駅から、いつものように上野行きの上り快速列車ラビットに乗って、古河と栗橋のあいだに架かる利根川のおおきな橋にさしかかった。けれど、この鉄橋が何処までも何時までも果てし無く続いて、終わりにならない。ぼうっと広い水面を見ているうち、気がつかないあいだに海の上を走ってるんだ。見たことも無いようなふしぎな色した海に浮かぶ、熱帯の島々をのんびりと回遊してくんだよね(笑)ちいさな島は無人駅で、使用済みの切符を入れるブリキの箱が、改札口にぽつんと置いてあるきり。だあれも、いない。にぎやかな大きな島の駅でも、改札口は木製で。おすもうさんのようなおばちゃんが、売店で笑ってる。切符のかわりに、さんごのかけら。でもライム・グリーンのやつじゃないと、通用しないのがやっかい。ふと見上げる空にはいつのまにかバスケット・ボールのようにでっかい滴るばかりにみずみずしいレモン色のお月さまゆるやかな風にゆらゆらり♪ヘミングウェイと宮崎駿、そしていつもの旅の記憶がごっちゃになって登場して来たみたいな、へんてこなゆめ・・・♪だったけどーーこれって、どんな意味があるんだろな?!
2004年01月22日
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あ、バイクの打撲傷のほうは、昨日眠ったら、1日でなんともなくなりましたよ。あざも、消えちゃいました。これからはおいらのこと、不死身のたーみねーたー・はるる、と呼んでください。あはは。★バンコクの母なる大河を見下ろすゲストハウスの四階の角部屋のテラスから(ひるまの風景)ここは、ごちゃごちゃした、チャイナタウンのどんづまり。 ある満月の夜、バンコクの母なる大河を見下ろすゲストハウスの四階のテラスにいました。 明日は、日本に帰る晩で、なんとなく眠れないで、ぼんやりと酔いながら。深夜になっても熱帯の風に乗って、中国風のシルエットの木造貨物船のかすかなエンジン音の中にいました。 その夜は、タイの国全体が「ロイ・カトゥ-ン」と言う、灯篭流しでした・・・。花火大会などもあって、まるで日本の夏祭りの風景です。この祭りの本場は、何と言っても世界遺産登録のスコターイ遺跡でのフェスティバル。 実物の遺跡の舞台装置のなかで、数百人の出演者によるミュージカル仕立ての歴史再現ドラマが圧巻です。本物の僧侶や、本物の象さんたちが出演して、激しい戦闘シーンを繰り広げたり。正面の特等指定席でも、日本円で千円ちょっとくらい。エジプトで行なわれた、あのギザのピラミッドの前での歌劇アイーダ公演が、ひとり十万円でもたちまち売り切れたのを思い出すと、申し訳ないくらい素敵な二時間でした。このスコターイ公演の迫力あるシーンは、よく観光ポスターやパンフレットの写真として使われています。 もちろん、池には無数の蓮の花の形をした灯篭が浮かんで、揺れています。★アンコールワット背後の深い森に向かって僧侶たちが歩く。よく、このほむぺに来ると「ほっとする」と、言われることが多い。なんでだろー??!って、考えても、良くワカラナイ☆でもでも、ひとつだけ気がついた。あまりコセコセしないで、<せちがらくない>から、なのかもしれない。2年以上前から、スタートしてずう~~っと。「このHPを利用して、なんとかもうけてやろう」なんて、思うことはなかったので、CMバナーみたいのも、商品レビュー公開でポイントゲット!! みたいのも、余計なものは、一切ないもんね。すきなことを並べて、共感を持ってくださるひとが、ひとりでも多く訪問してくれたらウレシイ。それだけ、だもんね♪けっきょく、やっきょく。いろんなぷれぜんとしちゃって、奪われることはあっても・・うーん、ひとから奪うことはないぞっ!ん?!まてよ??ひょっとして・・・あなたの、はーとなんか、奪っちゃってるかもしんない。カリオストロのルパンじゃないけどさっ。笑ごめんね。もし、そうだったらー。いよいよ残り2ケタと、目前に迫ったので、今夜遅くまでには300000人目の「あやしい」訪問者(笑)が出そうです~。と、言ってたら・・・ほんとに「怪しいゲストさん」になってしまいました。★300000アクセス目は、PM11:00ちょい前に出ましたーー。300005 2004-01-21 23:01:11 *.ocn.ne.jp 300004 2004-01-21 22:59:20 ポストマン1951さん 300003 2004-01-21 22:59:11 アキヨシ♪さん 300002 2004-01-21 22:59:01 ポストマン1951さん 300001 2004-01-21 22:58:52 ☆ANELA☆さん 300000 2004-01-21 22:56:50 *.cc9.ne.jp 299999 2004-01-21 22:56:23 アキヨシ♪さん 299998 2004-01-21 22:55:02 ***.cgocable.net 299997 2004-01-21 22:54:46 *.so-net.ne.jp 299997 2004-01-21 22:54:43 ***.cgocable.net 299996 2004-01-21 22:54:19 Puffer Fishさん 考えるのがめんどくさかったもんで、今回はシンプルにキリ番プレゼント方式にしますよ。ビール券2枚に、はるるのオリジナル写真でこさえた絵葉書セットをつけて、見事ゲットして下さったかたにぷれぜんと★しちゃいますーー。気が向いたひとは、狙ってみてねっ♪よろしゅうに。ったけど、商品は次回繰り越し~~っ!とくに、 アキヨシ♪さん あんど、ポストマン1951さん、 ☆ANELA☆さん 惜しかったです、おつかれしゃん。た~こ89さんたら、ちょっとの差だったのに、おやすみが早かったみたいです。汗
2004年01月21日
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オフ会をやることにしました。定員6~7名。リゾートホテルに泊まって宿泊費は一人2000円です。宴会費&食費はキッチン付きのコンドミニアムで自炊ワリカンだから、せいぜい数千円でOK。つまり、予算合計5千円前後かな~。笑とき】来月です!2/21~22(土・日)の週末。20日(金)からの前日泊は無料。ところ】は新潟県六日町のホテル。参加する「ゆきまつり」は、日本海沿岸では最大スケールの十日町です。★雪のちらつく関越自動車道路の六日町インターを降りて、十日町方面の峠道に向かう。(峠の手前のスキー場にあるリゾートホテルが、オフ会の場所です)★部屋に旅の荷物を置いて、まずは温泉大浴場へ向かう。そのほっかほかの湯上りには、あたたかい宿のロビーから、暮れて行く外のなんだかとっても寒そうな風景にぼんやりと見とれてしまう・・。★とっぷりと暮れて、ますます雪がはげしく降りしきる。ホテルの客室の窓にも、たくさんの灯りが点燈し始めた。(宿のお風呂は、天然温泉♪)六日町観光協会のHP 銘酒八海山のHP 来月の中旬、隣り町の十日町でTV中継もある本州最大の雪祭りイベントもあるし、参加者希望者が居るようなので【オフ会】をやることに。。この雪祭りは、あのサッポロのゆきまつりよりも歴史が古くって、「日本の雪祭り発祥の地」とされています。祭りの期間には、関東方面からも個人やグループだけでなく、大手旅行代理店主催の団体ツアー客までも押し寄せる、意外な穴場になっているようですね。第55回 十日町雪まつり *白い愛の祭典* 去年↑第54回の十日町雪まつりの雪像ステージ(十日町公式HPより)★清酒「吉乃川」で有名な酒蔵の【荒ごし原酒にごり酒】とやらを、配偶者とふたりで差しつ、差されつ、したたかに飲んでしまう。その名も「越美人」さらりと甘さもあるけれど、だまされてはイケナイ。笑アルコール度数は、21度もあるから、ふたりして何時の間にか、しっかりよっぱらっちゃった。・・・そのあとに控えているのは、地元六日町産の本醸造「八海山」と、山ひとつ向こう側の十日町産「天神囃子」。烈しく降り続いていた夜の雪は、夜半になってぴたりと止んだ。★二日酔いもなしに目覚めて、自分たちの部屋の窓を開け、バルコニーから見下ろしたら目の前に広がっていた目の覚める風景。オフ会】参加希望者は今月中に、このHPの私書箱メールへメッセージを!!はるるからメール返信で、くわしい内容をお知らせします。原付バイクにふたたび乗るようになってから半年。いつもコケないように気をつけていたんだけど、今朝の通勤途中でついに転倒してしまいました。うちの近所の日陰の道が、ちょうど20~30メートルくらい、スケートリンクみたいにつるつるに凍ってた。汗忘れ物を思い出したもんで、家に戻ろうとゆっくり方向転換したとたん、あれれれれえ~~っ、という感じで世界が斜めに傾いてーー。すってえ~~~ん、と滑ってしまった。バイクのボディ、サイド・ガードのふちと、マフラーの側面にちいさなかすりきず、が付いてしまった。バイクで走るため防寒用に、ゆきだるまみたいな着ぶくれ重装備だったはるるの本体(笑)には、異常なし。ーーーだったけど、転んだ時に体を支えた左ひじと、左ひざが、軽い打撲かな。やれやれ、みんなも冬の走行は気をつけようねっ!いちど、溶けた雪がまんべんなく道路に広がって凍ってるという状態の日陰の道は、オソロシイ。はるるの住んでいるのは、めったに雪の積もらないからっ風の北関東の県庁所在地、なんだけどね。 ******仕事が終って、自宅に帰って腕をまくってみたら、ひじの下のところが、ちょっとだけあざになってた。今度の週末は、栃木県内の黒磯市で高校演劇北関東大会の本番。新潟・長野・山梨を含めて、それぞれの県代表11校参加だけれど、全国大会の決勝に進出出来るのは、たった1校のみ。演劇に燃える、栃木県代表校のうちのムスメも毎日遅くまで練習して、へろへろになって帰宅する。今夜は、配偶者が雪の山形県に泊りがけの出張なので、ゆめの帰宅を待って、ふたりで外食にした。ここんとこいつも、ワンパターンの回転ずしが多かったので、今夜はとんかつやさん。ゆめがしばらくうなったあげく、オーソドックスなロースカツ定食で、中日ドラゴンズ・ファンのはるるが名古屋名物のみそカツ定食。ふと、気が付いたら、急いで出掛けて来たもんで制服姿のままのムスメと中年のオヤジのふたり連れ。なんだかなあーーの、夜の八時半頃。いまさらだけど、村上春樹「海辺のカフカ」を読んでる途中。さっき、上巻を読み終えた。ジョニ-・ウォ-カーの登場する場面で248ページあたりは、ねこ好きのひとたちにはたまんない描写だろうなあ。良い意味じゃなくって、悪い意味で。図書館でであう大島さんがとってもかっこいいし、15才のおんなのこの佐伯さんと同じくらいに、中年の佐伯さんもカワイイ♪傘をさしてるナカタさん、油絵の中の「少年カフカ」も、魅力的な光を放ってる。下巻が楽しみになって来た。>ドアのかげに立っているのは>文字をなくした言葉ミリオンセラーになった「海辺のカフカ」という題名のレコードから流れる歌声を聴いてみたい・・・♪下巻まで読み終わったら、レビューしますね。(原宿・表参道キディ・ランド近くの歩道橋わき)
2004年01月20日
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今月、ちょっとまえにHPのアクセス数が29万を超えたと思ったら・・・・。あと数日で、30万の大台になりそうな気配です。こんどは、ビール券くらいかな~?!ぷれぜんと☆クイズがいいかな、キリ番なんかじゃ芸がないし・・。それとも、川柳コンテストでもやろうか?!笑あ、「今年は、天使うさぎに何をやらせたいですか?」って、募集するのもあり、なのかな。<一度、天使うさぎとデートしてみたい>と言う声も、前から多いんだよね・・・。そんなこと言われても、けっこう内気なやつ、なんだけど。デートって言えばーー。もちろん、デートの時も在ったけど、永いこと人間やってればみんなも、ほんとうにいろんなひとと、いろんな場所で【待ち合わせ】ってしますよね♪(入場料金無料時代、1980年代半ばのシンガポール、タイガーバーム・ガーデンの門のあたり) はるる、栃木県の県庁所在地に住んでいるから、この町での待ち合わせが一番数多く経験してる。二荒山神社の正面階段の12段目で!とかね。笑けど、それ以外と言ったらやっぱり東京での待ち合わせの数が最も多いかなあ(笑)中学・高校生時代のSF同人誌時代から通算すると、ね。その中でも、おいらにとって定番の待ち合わせ場所は新宿の紀伊国屋書店の本店、がダントツ☆好きな本に囲まれてるっってのはいいもんね♪アマチュアで、コンサートの企画演出をやってた頃に、舞台照明を担当してたともだちを3時間半も待たせてしまった(!!)記録を創ったのもここだし、中央線沿線の前衛舞踏家のひとづまとよく待ち合わせてたのも、ここだった。それにしても、あいつはいいやつだった(笑)恋人でもなんでもないただのマージャン仲間のはるるを、いくらせっぱつまったステージの打ち合わせだと言っても、忠犬ハチ公のように3時間以上待っててくれるなんて!最近、そいつと酒を飲んだ時にそのことを話したら、すっかり忘れていてくれていた♪・・ので、ちょっと救われた気がしたけど。待たせるほうも待たせるほうだけど、待ってるほうは、すごいよねえ・・・・はるるだったら、30分で帰っちゃうよ、ホント☆そう、言ってみたら怒りもせずに「いやあ、あの頃はヒマだったからねえ」なんて、微笑んでる。ほんと、いいやつ!(三蔵法師とはるるさん。うしろに孫悟空・猪八戒・沙梧浄も♪←若い!爆笑) 1997年の春に日比谷の野外音楽堂で野田ともすけさんのイベントをやったときは、紀伊国屋書店の副店長さんともここで待ち合わせた(笑)正面のポスター掲示板に特例として、講演会のポスターを貼っていただいたりするために♪(原則として、あそこは紀伊国屋の主催イベントしか掲示できないそうで・・)20年近く前には、シンガポールのタイガーバームガーデンの前で待ち合わせたことがあった。相手はインドネシア旅行のときに旅先で知り合ったシンガポール大学のメガネっ子の女子大生たち。ちょうどそのころまでは、入場無料だったのをよく覚えてる。ゲートの写真にも、料金ゲートなんて、影も形も無いでしょう・・?!
2004年01月19日
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タイから日本に出した絵葉書のなかで、手元に残ったものを何回かに分けて画像公開しましたが、今日のこの日記でほぼ全部かなあ・・。もっと色んな、オモシロイのもあったんだけど、それはみんなにHP読者プレゼントとして、現地で切手貼って出しちゃったもんね~。(はるるさん、こないだの年末のタイ・カンボジアもそうだけど、いつも旅行にでかけるたび、海の向こうからこの楽天日記を読んでるひとのなかの希望者には、よく絵葉書を出してます・・・モチロン無料で!)ぜんたいを十数枚まとめたものは、こちらから見ることが出来ます。 ↓ デジタル映像あるばむ:タイのえはがき★バンコクの中央を流れる大河チャオプラヤと、暁の寺として知られるワット・アルン。昨日、1月17日の日記は、2003年の11月10日以来、連続して毎日書いていたものを久々にさぼって、お休みしちゃいました。別に、これは楽しみでやってるんだから、いつ、どれだけサボってたって、誰にも文句は言われるもんじゃないからね。好きな時に、好きなだけ休めるって安心感は、いいよな~。★タイ王室の寺でもあり、この国で一番に格式の高いワット・プラケオ(別名・エメラルド寺院)。で、なにをしていたかと言うと、相変わらず夫婦でだらだらと肴をつつきながら晩酌したり、この2年間に撮影して、たまりにたまっている合計5万5千まいくらいのデジカメ画像を整理してたり・・・・。(これは、やってるとキリがありません。汗)たいしたことはやってないな~。苦笑★少年僧たち。貧しい子供達は安心して勉学に励む手段として、親元を離れ寺院内に住みこんで修行しながら学校に通う。そのあと、深夜に映画を見始めてしまったら止らなくなって、とうとう午前5時近くのENDマークまで見届けちゃった。おかげで、今朝は少し寝不足。タイトルは【奴らに深き眠りを】・・ギャング時代のNY・ハーレムの黒人社会を舞台にしたフィルム・ノワール。演出もカメラワークもバックに流れる音楽も、演技者たちもおいらの好みで、20世紀前半のアメリカの風俗も堪能しちゃった。★ビルマ軍に攻め滅ぼされたアユタヤの遺跡が、夕映えに立っている。それにしても、ここ数日の楽天の不調さ加減は、思わず笑っちゃうくらいにメチャクチャだね。新しいバージョンの混乱としては、更新した筈の日記が元のままって言う、手品みたいなやつ。自分の上書きミスなんかじゃないから、しっかり書き込んで更新したひとなんかは脱力しちゃうよね。それが、まったくの白紙状態じゃねえ~、なんだかなあ。★全国民の、約90%が熱心な仏教徒の国なので、僧たちの数も多い。慣れっこのひとはいいけど、初めて楽天HPの混乱に遭遇すると衝撃!だよね。ほんと。あなたの日記はありません、とか言われちゃうんだもんね~。★首都バンコク、大河メナムを上り下りする庶民の足、水上バスの発着所があるタクシン橋付近の上空。スカイトレイン(BTS)の駅や、シャングリラ、オリエンタルなどの一流ホテルが川に沿って並ぶ。
2004年01月18日
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台風は一定の条件の下に「台風」と認定されるが、後から気象図を見て「これも当てはまってた」という事が時々あるらしい。この場合、台風3号と4号の間だったら3.1号、3.2号となるらしい。笑
2004年01月17日
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ふゆのゆうやけのそら、写真コレクションです・・・。映像は沢山ありますから、のんびりお茶でも飲みながら、ごゆっくり、くつろぎのひとときを♪あなたのあたまのうえにも、そらはひろがってます・・・よね。どんなことばもかなわない、すごいやつ★数日前まで何事もなく走っていたクルマの調子が、急に悪くなった。エンジンの出力、というか回転数が上がらない。2000~3000回転するはずのメーターが、いくらアクセルを踏み込んでも、1000回転あたりまでしか行かない。夜遅くになって、ちょっと買いものを思い出し、ガレージからクルマを出したまでは良いけれど、ゆるい坂道を駆け上る手応えが心細い。平らな道になっても、いくらアクセルを踏み込んでも時速20キロちょっとくらいしか出ない。何時まで経っても、ぱすんぱすん、と情けない排気音ばかりがするから、自宅から数百メートルあたりで引き返した。新車だったのは、もう15年前のクルマだもんなあ・・。走行距離も20万キロ近く。★六日町の雪の降りしきる道。からだの具合は、ここんとこすこぶる快調で、文句があると言えば「さむいよぉ~~っ!」って、ことくらい。笑まあでも、こないだ行った雪国の吹雪の夜道を走ることなんかを考えたら、それも「屁」みたいなもん。なんてったって、道路がいつでも乾いているだけで感謝しなくっちゃね。あの新潟の豪雪地帯、六日町から戻って直ぐにモバイル用のノート・パソコンがぶっこわれた。WIN98の重くて分厚い旧式なやつなんだけどね。だもんで、自宅のデスクトップだけなので、いつものようなコマメな更新がままならなかったり・・。★北関東に位置する宇都宮市の夕映えのなかに、巨大なしろうさぎが現われたーー。おまけに、いつもエンジンだけは快調の平成元年の4WDの愛車ビッグ・ホーンが珍しくへそを曲げるし、なんだかここ数日というもの、色んなことが上手く行かない。毎度のことなんだけれど、今夜になって日記リンクの数が265からふたつ減って、263に戻った。また、誰かのHPが消滅したらしい・・・。ここのところ、1週間に3~4人のリンクが増えると、ひとつかふたつ消えてゆくペースが続いている。最初に日記リンクしてくれるときには、だいたい「あいさつ」があるんだけど、その反対にリンクがなくなるときには、なんのメッセージも残らないことが多い。なんだか、それは、さみしい。でも、リンクの数がこのくらいになってしまうと、自然増減はアタリマエなのかも?!でも、こんなことにとらわれてる時に限って、帰り道に素晴らしい夕焼けに出遭ったりしちゃう。日常生活のつまらないストレスでむしゃくしゃしたり、気持ちを沈ませたりしている、くだらない人間を笑い飛ばすように、見事な西の空が、胸いっぱいに水のように広がるんだ。みなしごだったわたしの心をほっこり、ふわりと包んでくれるあなたに感謝してひとの意識しないやさしさはさりげないことばの数々はなんだろう・・もっとたくさんのゆうやけを見たいひとは、デジタル映像:ゆうぐれのそらIN宇都宮さらに大画面の、デジタル映像あるばむ:ゆうやけぐもも、あります。その続編、もっとスケール・アップの、デジタル映像あるばむ:ゆうやけぐも2も、ありまする。笑
2004年01月16日
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ひさびさに、はるるが撮影したインドネシアにあるバリ島のあっちこっちー映像です★じゃらんじゃらん~♪たのしくおさんぽ~。笑★デンパサ-ルの中心にある寺院の守護神。どこを歩いても、みずのおとが、闇のなかをついてくるようだった。なにか、たいせつなことを忘れているような気がしてくる。★天に向かって祈る。じぶんの、うすい皮膚の下に息づいているからだのしくみが、目の前におおきく広がっている風景(宇宙)のすべてと、そう変わりないものだと実感できる気さえ、してしまう。 ↑悪いけど、みんなで思わず笑ってしまった。絶景の段段畑の中、遠くでたったひとりだけ、農民が日常作業をしている、のんびりとした平和な風景。だがしかし、ここは有名なライス・テラスの見晴らしポイント。我々の姿を発見したとたん、突然、農作業を中断した豆粒のような農民の姿が、猛烈ダッシュでこちらに走って来る!なんだなんだなんだ・・??!真下まで来ると、やおら何枚も重ねてアタマにかぶっていた草を編んだ手作りの帽子を、安くするから買わないかと売り込み開始!!恐るべし!兼業農家。(爆)キンタマーニからウブドの途中の渓谷沿いの街道で。★有機的な生物のような不可思議な文様。しかし、必ず目は覚めてしまう。もうひとつの、ここではないどこかの世界に、わたしだけ置き去りになっている。★独特のスタイルを持つ伝統の宮廷料理あたらしいことなんか、なにも気にならない。時間よ、はやく流れてしまえーーー。一日中寝てしまって、たそがれのうすい空気のなかで目が覚めると・・何を食べに行こうかと、ぼんやり考えている自分がいる。★なんだか沖縄のシーサーにも通じるような、屋根の上の住人。もう決してかわらない現実に立ちすくんで、おののいている。そんなとき飼っているねこが、ひょいとベッドに飛び乗って、からだをこすりつけたりしてくると、その熱いからだの柔らかさが沁みてきて、わけもなく涙が流れたりしてしまう。★ふかいふかい海のような空の「青」に、熱帯のエネルギーを凝縮した純白の積乱雲が伸び上がってゆく。空と地面が、何時の間にかくっついていて、たいせつな誰かさんとつないだ手が、汗ばんでしまう。★マンダラ・デパートの男子用洗面所で。ふつう、殺風景なところなんだけどね。こんなところにまで、過剰に「バリ」が咲いて開いている♪★毎日、必ずどこかしらでこんな祭礼の行列が続いてる、神々の島・・・・バリ。特別なことは、なあんにもなくって、日常生活の一部に溶けてしまっているお祭りだから、ひとびとの顔がとってもおだやか。みんな、かみさまに会えて、うれしいんだ~。笑 ★レギャン・ビーチの外れで、地元のひとがあさごはんのおかずを釣ってた早朝。 もっと、もっと沢山の映像を見たいひとはこちらーー、BALIのビーチを歩く さらに、ウインドウ・ショッピングもしてみたいひとーー、BALIの芸術村ウブドを歩く こちらで、100枚を越える写真が見られます!
2004年01月15日
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★デジタル映像あるばむ:王立芸術学院の放課後(これは2003/11/19の現地で書いた日記に、改めてそこで撮影した映像をプラスしたものです)ただ、ここの映像は長いプノンペンのいち日の、ほんのひとときを切り取っただけ、なんですけどねーー。この日のぶんだけでも、みんなに見てもらいたい写真が、まだまだいっぱいありすぎて。汗ふと、目覚めたら、泊まってる宿の窓いっぱいが明るいスミレ色に染まってる。カーテンを開け放って眠ったので、部屋の中もすっかり明るい。あー、よく眠った。毎晩、寝不足でもよくばって深夜にも歩きまわってたので、昨日の夜は、足うらのマッサージをたっぷり1時間やってもらったおかげで、ほんとにぐっすりと午前様にならないうちに睡眠しました。US6ドルでしたけど、まあ、この辺が相場のようでした。日本円で700円くらい?!(芸術大学のキャンパスは、こんなにクラシックな建築物ばかりが緑の中に点在してますーー。この建物の吹き抜けの2階。)しかし、えらい巨乳のおねいさんが、むねの谷間を強調したような露出度の高い服装でマッサージするもんだから・・・。途中で、やたらに足先や足の甲が、ぷにぷにの感触にあたってしまう。汗最初は、ちょっと遠慮して避けたりしたけど、本人が気にしてないみたいなので、あとはもう、なりゆきに任せて楽しませていただきました。笑(授業が終ったばかりの、舞踏を習ってる生徒たちがくつろいでた。)まわりに何人も客がいたんだけど、白人ばかりでなく地元のひとたちもお客で来ているふつうの店。経営&従業員は中国系のひとたちばかりなので、みんな互いに中国語でしゃべってる。そのあとに、餃子を夕食に食べようと思ってたもんで、「ぎょうざ」とたずねたら、もちろん判らない。メモ用紙がわりの日めくりカレンダー(中国バージョン)を持ってきてくれたので、漢字で書いてみる。すると、おねいさんが4人ばからあたまを寄せ合って「しゃおず!!」と、あいずちを打った。(生徒たちが脱ぎ捨てたはきものたち)近くに、ひいきにしている美味い店があるというので、メインの通りからちょっと路地を入ったその場所まで、マッサージのあとにふたりのおねいさん(って、ゆーかおばさん、との間のびみょーな年齢)にはさまれて、広い通りを横切って案内していただいた。(うさぎは、これが昼寝場所に気に入ったみたい。笑)なんと、US1ドル(100円ちょっと、だよね)で12個も、一口サイズで焼きたてのジューシーな餃子が出てきたよっ!プノンペンもぎょうざの街で、種類もお店もいっぱいあるそうです。夫婦喧嘩のさいちゅうで、むずかしい顔してた若夫婦のおくさんが、じぶんたちの食べてるすいかの、でっかいひときれをわかてくれた。笑そんときだけ、むずかしい顔だったのに、満面の笑みになった若奥さんが、ちょっとおかしかったなあ。餃子の調理は、お父さんらしいひとがやってた。アジアホテル裏手の東北餃子館。一夜明けて。朝焼けがもったいないので、おおきな河べりまでバイクタクシー(1000リエル←25円くらい)に乗って。しずかな川辺の日の出の写真が撮れました。河畔の公園の、通りをはさんだ向かい側には旅行者向けの宿泊施設やレストラン、バー、インターネットカフェなどがあまりごちゃごちゃしないでゆったりと並んでます。朝だというのに気が向いて、そのなかのひとつに入って、目のまえをゆるゆると流れるメコンを眺めながら、この日記を書いています。さっきまで涼しかったのに、そろそろ熱帯の日差しが強くなって、暑くなって来ました。お腹も空いた。これから、カリカリ焼きたてのフランスパンの屋台で朝食でーす♪(カンボジアは、長いことフランスの植民地だったからね)仏領インドシナとしての伝統があるから、たくさんの戦乱をくぐってきたにもかかわらず、庶民の食生活にも、フランスの食文化はしっかりと根付いてる。ベトナムと似てるね。笑では、朝、書いてしまったので、ひょっとしたら、また今夜つづきを・・。さぼってしまうくらい遊び呆けていたら、また明日♪ーーーーと、書きましたが、やはり忘れないうちに今日のことを簡単に報告させていただいちゃいます☆夜明けの川風に吹かれた、あつあつカリカリのでっかいオープンサンドのフランスパンの朝食は屋台で済ませて3000リエル。ちょっと高くて、70円くらいでした。でも、ドリンクフリーだし、温野菜がたっぷりだからなあ。宿に戻って、一休みしてから、ロビーで昨日のバイクタクシーのおにいさん(独身・まじめ・GFなし・23歳)と待ち合わせする。最初に向かったのは、町外れの国立芸術大学。ここでは早朝から午前11時頃まで、伝統のアブサラダンスの練習風景がたっぷりと見られる。一般のカンボジアのひとは立ち入り禁止らしいけれど、外国人旅行者の興味あるひとには開放されていた。もちろん無料で、つまらない規則づくめの日本とはえらいちがいで、教室の中でもどこにでも自由に出入りできちゃう。笑小学生くらいの子から、高校生あたりのひとも練習に来ているけれど、やはり大学生の厳しい稽古風景は見応えがあった。何よりも、年齢がまちまちの先生たちの、老いも若きもすばらしい立ち振る舞いと、そのすっきりと立つ凛々しい姿勢にはほとほと感心してしまった。ふつうに立ったまま指導しているだけなのに、それはもうほれぼれするような姿勢で。写真はいっぱい撮ったんだけど、なにしろ各年齢えりすぐりの美女たちが、それぞれ20人ほどのクラスを構成しているから、それが広いホールを埋め尽くしている夢のような光景に舞い上がってしまって、かなり失敗写真だらけだったような。汗ここでも、天うさは人気者になったんだけど、あとで帰国してから映像といっしょにくわしくね。(授業中はとってもきびしかった先生も、天使うさぎとにっこりのツーショット♪)そのあと、さらに郊外にしばらく行ったところにある、有名な大量虐殺のあとを公開している、キリング・フィールドへ。お腹も空いたので帰り道、地元の人だけのカンボジア料理のレストランで、飲み放題のカンボジア・ティー(好みによって、熱いのをそのままか、アイスをいっぱい入れてか)で、食べ放題のライスで、魚と野菜のたっぷりスープ(大盛り)と、豚肉と人参と玉ねぎのあまから炒め。バイタクのドライバー(独身・まじめ・GFなし・23歳)と、はるるのふたりで、何故か150円ほどのお勘定でした?!ほんとに、いいの??って聞いたんだけど、そうでした。市内に戻って、がい骨でカンボジアの地図なんかがつくってある戦争博物館なんかも、見ちゃった。シャワーを浴びて、ちょっと部屋で休んでからは、ジャパニーズ・ブリッジを渡った対岸から、河に映る夕映えを眺めつつ、ビール&炭火であぶったするめイカを。この、あぶったスルメの食べかたが、なかなか良かった。ちいさな醤油皿みたいのに、たっぷりの細かい黒こしょう混じりの食塩。そこにレモンの半切りが添えてあって、塩こしょうの中に絞り汁を入れて、ペースト状にしちゃう。焼き上がったばかりのスルメに、これを少しづつつけながら、冷えたタイガービール。ううーーーむ。参りましたっ!どーでもいいけど、飲み食いの話が多いなあ。苦笑ジジンコさんのおっしゃってた、天火干しの「しじみ」は、キリング・フィールドの帰り道、道端で何個所かでやってたのを見つけたけど、ひるめしの直後だったのでパスしちゃいました。ごめんちゃい。★プノンペン国立芸術大学のアブサラ舞踊練習風景明日は、6時から7時の間に、乗合タクシーでセントラルマーケットから、2時間の距離のメコン河に沿った田舎町に向かいます。首都プノンペンのあとは地方をまわってのんびりして・・・戻りの飛行機はシェムリアップで仮予約してあります。アンコールをアンコールで観賞したくって、さ。はは。つまんないしゃれ。(いちおー、これが学生食堂みたいで、町の屋台よりもさらに安かったです・・)
2004年01月14日
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ネットはこわいです。
2004年01月13日
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昨日と今日、群馬県経由で越後の国(新潟県)の雪景色をたっぷりと堪能して来ました~。初日は、館林市と高崎市のふたつの群馬県立美術館をゆっくりと楽しんだおかげで、関越の大清水トンネルの11kmをくぐって、【白い夜の底】にたどりつきそうな雪国に着いたのは、午後3時過ぎ。それにしても、群馬の公共施設の入場料金は安い!国内や海外の数々の一流アーティストの作品を数百点も鑑賞して、それぞれ200円(館林)と300円(高崎)でしたもん!しかも、建物とそれを取り巻く敷地は広大で、モネの「睡蓮」や、ピカソの「ゲルニカ」タペストリーまで実物を間近にしちゃうんだもんねっ♪ふたつの近代美術館については、あとで写真付きで別の日の日記としてまとめますね・・・☆きれいだよん。笑★雪のちらつく関越自動車道路の六日町インターを降りて、十日町方面の峠道に向かう。(11日の午後)★部屋に旅の荷物を置いて、まずは温泉大浴場へ向かう。そのほっかほかの湯上りには、あたたかい宿のロビーから、暮れて行く外のなんだかとっても寒そうな風景にぼんやりと見とれてしまう・・。★とっぷりと暮れて、ますます雪がはげしく降りしきる。ホテルの客室の窓にも、たくさんの灯りが点燈し始めた。この宿で、現在は社会人になる息子や、高校生の娘たちと、いとこたちも交えてにぎやかにスキーしてた日々は、もう遠い。こどもたちが幼かったあの頃は、何処に行くにも飛び跳ねるように親たちのあとを追って来た。そんなあいつらも、今は演劇に情熱を燃やしたり、恋や進路に悩んだりしてる。★この先は、自動車の通る一般道路なので、スキー移動は禁止!の、標識。(こんなの、道路交通法にはないよねえ。)★清酒「吉乃川」で有名な酒蔵の【荒ごし原酒にごり酒】とやらを、配偶者とふたりで差しつ、差されつ、したたかに飲んでしまう。その名も「越美人」さらりと甘さもあるけれど、だまされてはイケナイ。笑アルコール度数は、21度もあるから、ふたりして何時の間にか、しっかりよっぱらっちゃった。・・・そのあとに控えているのは、地元六日町産の本醸造「八海山」と、山ひとつ向こう側の十日町産「天神囃子」。烈しく降り続いていた夜の雪は、夜半になってぴたりと止んだ。★二日酔いもなしに目覚めて、自分たちの部屋の窓を開け、バルコニーから見下ろしたら目の前に広がっていた目の覚める風景。★越後三山のひとつの巻機山の上空から陽射しが注いだ。ずっと窓を開けていたら、寒くなったもんでまた朝風呂の温泉に入る。★ホテルとJR駅を結ぶシャトル・バスの停留所も、すっかり雪の中。スキー・ウエアの時なんかは、こどもたちと一緒にこんなふわふわでまっさらな雪の中にぶっ倒れて、よく「ひとがた」つくりのスタンプごっこ、やったもんだけど。笑太陽が高く昇るにつれて、みるみる青空が広がった。久々の快晴だね~って、地元のひとたちが嬉しそうに笑う・・。日本でいちばん有名なお米の里。魚沼産コシヒカリの中心生産地がこの六日町周辺です☆
2004年01月12日
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けさ、これから宇都宮を出発して越後の里に1泊してきます。明日の夜まで、日記の更新はできないかもしれません・・・配偶者のお目当ては、小嶋屋の「へぎそば」で越後の地酒。はるるさんは、もっと単純に雪景色を眺めながらの宿の露天風呂。笑さっき、確認の電話したら、年末年始はぜんぜん降らなかったけど、ここんとこ雪の日が数日続いたので、1メートル半くらいの積雪になっているので、運転に気をつけておいで下さい、と宿のひとが言ってた。途中、群馬県を通過するので、美術館などにもよりみちしたり、食事したりしながらのんびり行くつもり。数百室規模のリゾート・ホテルの一部の部屋が簡単なキッチン付きのコンドミニアムになっていて、はるるの勤務している会社がそのひと部屋を保養所あつかいで所有しているので、シーツやタオルのクリーニング代金その他光熱費などの実費のみなので、ひとり数千円で泊まれる。ここの天然温泉の露天風呂からは、八海山を始めとする越後三山が目の前に聳え立つ絶景が広がる。(巻機山に登ると目の前に飛び込んで来るのが越後三山です。左からお酒で有名な八海山、百名山・駒ガ岳、主峰中の岳。)六日町観光協会のHP 銘酒八海山のHP 来月の中旬には、隣り町の十日町でTV中継もある本州最大の雪祭りイベントもあるので、参加者が居れば【オフ会】をやっても良いかなあ・・・と、思う。この雪祭りは、あのサッポロのゆきまつりよりも歴史が古くって、「日本の雪祭り発祥の地」とされている。祭りの期間には、関東方面からも団体ツアー客もたくさん押し寄せる、意外な穴場になっているようだ。第55回 十日町雪まつり *白い愛の祭典* 去年↑第54回の十日町雪まつりの雪像ステージ(十日町公式HPより)【天うさと行く「温泉と地酒&雪祭りツアー」】だね、こりゃ。笑宴会も食事も、キッチンがあるので自炊しちゃえば数千円でOK!「あやしいたんけんたい」ごっこをやってた当時は、5~6人くらいで宇都宮からクルマを乗り合わせて行って、宿泊&交通費&食事込み2泊3日でいつも1万円くらいの参加費で「温泉と地酒&雪祭り」&スキー・ツアーをよくやってた。ここは、ミナミ・スポーツのオフィシャル・スキー場のゲレンデの正面にあるので、玄関からリフト乗り場までは1分。2004年にふと、気が向いて・・はるるも、広場オブザイヤー に、参加してみました。楽天広場の日記の中の自分のお気に入りを推薦するものです。はるるの日記が気になったひと。よろしかったら、どーぞおねげーしますだ。汗///////////////////////////////////////////////////////こちらに、一人旅の映像アルバムなど32種類、ぜんぶで900枚以上の写真が収録されてるよん! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー (アンコールワットの参道でおしゃべりした若いおかあさん、十六歳だそうです!)さらに、そのつづきで、出来立てのホヤホヤ☆こちらにはアルバムが20種類、550枚ほどの写真を収録。ーーまだまだ現在進行形で増殖中です! ↓デジタル映像あるばむ総合メニュー2 (渋谷の路地裏をじてんしゃに乗っておさんぽしてたら・・・ドラちゃんに会った)
2004年01月11日
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<裸足でおおきなイモムシを踏みつけてしまった記憶。>ずいぶん昔なのに、あの足裏の感触だけは今でもありありとよみがえる☆ぷちぷちっとはじけて、中身のなまあたたかい粘液質のものが土踏まずにまでくっついたもの。ちゃいろのイモムシだったのに、そのねばねばの粘液は、何故かみどりいろ、だった・・・。ううう。思い出したくないものほど、超リアルに、まざまざとよみがえって来ちゃうのは、なんでだろ~~~♪?!<気が付かないうちに、中年になっていたおなか。>子供たちとキャンプに行った時、テントなどの後片付けをしてた。湖畔だったので、きらきら光る朝の水面を気持ち良く眺めながら、折りたたみ式のキャンピング用テーブルをぱちんと閉じた・・・・ら、思いきり良くおへその上の肉まで挟んでしまった!!自分としては、感覚的にはそんな場所に「お肉」なんか存在しているハズではなくって、「空間」があるつもりだったのだ。とほほほ。いつのまにか、そんなところにまでお腹が成長しちゃってた。涙忘れもしない1996年の5月の連休、福島県金山町の沼沢湖畔のキャンプ場でのこと。今でもちいさく、ホチキスで止めたような傷あとが残ってる。このときは、カヌーで世界をさすらってる野田知佑さんの愛犬「ガク」の主演映画『ガクの絵本』のロケの見学&お手伝いに来ていたので、なさけないけど良い記念になってしまった(涙)ちなみに、このときの制作は椎名誠さんのホネ・フィルム。監督はイラストレイターで有名な、あの和田誠さんでした。<思えば、もったいないことを・・・>いつものバンコクの定宿にしてるゲストハウスに、場違いな日本人のボディコンおねいさんが投宿していた。ここは飽きたので、旅の最期に思いきりぜいたくなホテルに移ると言う。「荷物が多いので、持ってくの手伝って♪」と言われて、のこのこオリエンタル・ホテルの客室まで付いてったはるる。 途中、名物のタイ風すき焼きが食べたいというので、サヤ-ム・スクエアの<コカ>に連れて行った。食事の最中には、よせばいいのに彼女が前にやられた皮膚のあいだを移動する寄生虫の話を、克明に聞かされる。なんでも、肌の内側に産み付けられた卵が孵って、幼虫になり動き回るそうな。(ぞぞっ!)日本ではしばらく原因不明にされてしまって、色んな病院をたらいまわしされたと言う。数ヶ月のあいだに、気味悪がって恋人も去ったそうだ。なんせ、盛りあがったコブが移動するんだもんね!ようやく人づてに聞いた、熱帯の寄生虫や風土病などの症例に詳しいお医者にたどりついて、的確な治療してもらったら効果覿面、直ぐに完治したらしい。 食事のあと、オート3輪のタクシーで世界のホテルランキングで常にトップクラスを維持している「オリエンテン(←タイの人は、こう呼ぶ)ホテルに乗りつける。ここは、短パンやゴムぞうり姿の人間は丁寧に追い返されるので、珍しくはるるも麻のスラックスに、皮のトレック・シューズに渋めのアロハ・シャツ。客室係の民族衣装すがたのボーイのけげんな視線にもめげないで、はるるが荷物の一部は持ったまま。 ふたりきりで部屋に入る前、「まさか、おそったりしないわよね?(微笑)」と言われてすっかりおとなしくなって、ベッドのはしっこに並んで座って、冷蔵庫の冷たいものを飲んで・・・「でわ、さよおなら♪」と、とってもお行儀良く帰ったはるる。でも、あれって絶対に誘われてたよなあ・・・今、思うと。すごく純情なのか、ウルトラにぶいだけなのか、自分で自分が解からない、相変わらずおばかなぼくちん。仙台のひとで、すれんだーで色白で髪の長い、ちょっと小柄なめちゃタイプだったのにィ。本名かどうか解からんけど、雪野美子さんとゲストハウスの宿帳にはありました。10年以上前のことですが、名は体を表わす典型のような美しいおひとでした。それだけに、寄生虫が体内を移動した話は凄みがあったけど。ああ、なさけなや・・・(笑)この連休、最初は楽天仲間のlalalu2003さん がオープンした伊豆半島のペンションに行こうかと思ってたんだけど、配偶者が北関東から東京を横断してさらに富士山の近くまでドライブするのは「遠すぎるぅ~」と、愚図るもんで・・・。新潟県の豪雪地帯、魚沼産コシヒカリの本場でもある六日町温泉に変更。越後の温泉、ほんとは年末年始に2泊くらいの予定で滞在の予定だったのにーーー。今年は休みもいつもの年より少なかったし、間に小刻みにちいさな用事が重なって、新潟行きが中止になっていたこともあった。
2004年01月10日
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山岳少数民族のおばちゃんたちの、山の空気のようにあっけらかんと澄み切った高笑い★中国の南部からミャンマー・ラオスなどの国を挟んで、タイ北部にかけては、たくさんの民族が混在しています。風を切って走るトゥクトゥク(オート三輪タクシー)★ふつう、カップルで乗り込むのにふさわしいような座席なんだけれど、タイには「定員」という概念はないらしい。笑ドライバーを含めて、3人・4人はアタリマエ!時には、オトナが5~6人もひしめき合ったりしてるのを見かけることがある。その際は、ドライバーのとなりにもしがみついたりしちゃってるケド。汗はるるも、やったことあるよ!人間だけじゃなく、ニワトリ、豚、家具に野菜に電化製品、なんでもOK!日本とちがって、乗車拒否はありません。おおきな川をざぶざぶと横切ってゆく、お仕事がえりのぞうさんたち★トレッキング・ツアーでもこんな水の上をぞうさんに乗って歩くことあるけどね。はるるも、メーホンソンの外れでパイ川を象に乗って渡ったことがある。2時間半、ぞうさんの首の付け根にまたがって、200B(600円弱)だったかな。タイ北部の山岳地帯のトレッキングは、中心になる都市チェンマイでブッキングすることが多いけれど、もっと地方都市のチェンライやメーホンソンなんかの旅行代理店で手配すると、もっと良心的な値段で同じクオリティのツアーを予約できる。さらに、もう少し辺境のパイなんかの現地で頼むと、さらに安くなる。ただ、その場合は選択の余地がちいさくなるし、余りに安過ぎるものは、その分、安全対策がおろそかになっていたりするので注意が必要だったりする。バンコクの中心を流れる母なる大河チャオプラヤーのほとりにそびえる「暁の寺」ワット・アルンの巨大仏塔★巨大都市バンコクを歩き疲れちゃったとき、はるるの昼寝場所のひとつ、がここです♪敷地が広いので、観光客が押し寄せてこない場所が、けっこうある・・。ネコと同じで、涼しくて風通しの良いところを探し当てる本能が発達してる。
2004年01月09日
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熱帯のまっしろい日差しの中。タイ国鉄ファランボン駅前の京華大旅社から、ヤワラ-地区(チャイナタウン)へ向かう。あいかわらず、通りには赤と青のツートンカラーのタクシーや、乗用車、トラック、サムロー(三輪タクシー)、二輪車、赤バス、エアコンバス、私営バス、バイクタクシーなどなど雑多に流れてる。 道教の寺やみすぼらしいソープランドなんかが、幾十年の炎熱とスコールにさらされて、くたびれたようにすすすけて並ぶ表通りを右に歩くと、100メートルほどで三角屋根の時計台のついた礼拝堂にさしかかる。このパブテスト教会と、古びた建物のあいだのひびわれたような路地に入ってゆく。けさの北関東、宇都宮の朝は、いちだんと寒い・・。資源ゴミの日なんだけど、段ボールや新聞・雑誌、ペットボトルなどいっぱいで、一往復ではごみステーションまで運びきれない。吐く白い息が、アラジンのまほうのランプのけむりのように、見事にひろがる。東京でさえ、零下に近いそうだ。いつでも花が咲き乱れて、採れたての色んなくだものが店先に並んでるバンコクとは、えらいちがい。路地には、ナンプラ-と椰子油とばななの腐ったようなにおいと、人間の消耗のにおいが混ざり合ったような臭いがあつぼったく澱んでいる。その空間を左にゆくと、楽宮ホテルの裏口があり、付近に数人の肥ったおばさん連中がしゃがみ込んで、ピーナツをポリポリ食べながら世間話をしている。路地を抜けると、表通りに出る。米屋や肥料屋などの入った古びた店舗の前を歩いて行くうちに、くたびれたアクリルの看板が目に飛び込んで来る。なつかしい楽宮ホテルの看板である。一階は間口一間の北京飯店。7~8坪の薄汚い食堂で、前はよく階上の楽宮ホテルに泊まっている貧乏旅行者がいつもたむろしていたが、いまはがらんとしている。看板に「スワニーの店」と日本語で書かれている。20年前、スワニーは北京飯店の看板ムスメで、楽宮ホテルにたむろしていた旅行者たちがものにしようと、あれこれちょっかいをかけていた。スワニーは中国系タイ人でもあり、働き者で、意欲もあり、日本へ料理修行に行ったりもした。店のおばさんにきくと、ビヤ樽のように肥ってしまい、この数年、店に顔を出さなくなったという。 ーーー谷恒生「バンコク楽宮ホテルの残照」より。はるるも、この楽宮大旅社に数回は行ったことがあるけど、泊まったことは無かった。そこに宿泊中だった旅先での知り合いを訪ねて行った・・・最初のことは覚えてる。1986年の春、だったかな。北京飯店のわきの階段を上がって行くと、10代前半にしか見えない娼婦たちが、2階のひと部屋に共同生活していて、子犬たちのようにお互いじゃれあってた。(国際的にはともかく日本では少女売春なんて、まだ誰も騒いで居なかった時代)旅人たちの個室もドミトリー(雑居で泊まる大部屋)もあるけれど、日常的に数百円で身体を商品にするひとも、同じ屋根の下に暮らしてる、そんな宿だったわけだ。【東南アジア周辺国に関する、はるるさんの日記】(の、ほんの一部!) ↓ ↓映像】路上の看板娘~タイ・チェンマイ篇★ 2005年01月タイ国王在位60年 ★これは↑タイ王室伝統の儀礼用乗り物。2005年にバンコクの国立博物館で撮影。映像】星の宴☆ラオスの美女と床屋さん 映像アルバム】チェンマイの象さん 雨季のラオスで☆ベトナムのフェリーで.森に溶けるアンコール周辺遺跡★カンボジアの時の流れ☆水辺のジプシーのこどもたちが、飽きもせずいつまでもみんなで「なわとび」してました。どーゆーわけか、ルールは日本と殆んど変わらないようで。。。タイ国のことわざ★巨象・コブラ・古い召使・愛妻?! ベトナムのゆめのような風景★天女たちが地上に舞い降りる。映像】カンボジアの田舎町を散歩 ベトナムうわさばなし:森羅万象あれこれタイの友人画家が描いた絵 もし、この日記を気に入っていただけたら、ぜひクリックをお願いしますね。アジアを始めとする世界各地、選りすぐりの旅行好きたちのHPが見られるランキング集にジャンプします♪、所要時間は(ただいま「あやしいふるほんやさん」は、全国ランキング40位前後を漂流中!笑)人気blogランキングへ
2004年01月08日
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バックパッカ-たちの間で、もはや伝説のようになってしまった「バンコク楽宮ホテル」は、タイと国境を接するカンボジアでいつ果てるとも知れない戦火が続いていた時代の、隣国タイが舞台になった20年ほど前に書かれた暗黒旅行小説?!だ。題名にもなった、舞台の安宿はバンコクの喧騒の中に、かろうじてまだ実在している・・。作者の谷恒生(たにこうせい)さんは1945年の東京生まれ。鳥羽商船高校卒業後、一等航海士として世界を巡る。その体験を活かした海洋冒険小説「喜望峰」で、デビュー、一躍、冒険小説界の旗手となる。(ぞうさんたちの曲芸?!いやいや、とんでもない。・・・実は、あれまあ。ぞうさんの、けっこんしき。汗)その頃のタイ・カンボジア国境のアランヤプラテートには、おびただしい難民たちが押し寄せて、国連や国際ボランティア、一発屋の自称ジャーナリストやカメラマンが、難民キャンプに集結していた、原色の熱い混沌がひしめいていた1980年代前半。その主な舞台になったチャイナタウンの最低辺に近い安宿の名前が「バンコク楽宮ホテル」という。ま、実際は「楽宮大旅社」というのが正しいようだけど・・・。前にもちょっとだけ日記に書いた (はるるが旅をはじめたわけ☆) けど、はるるがアジアにこだわる旅に出るきっかけになった本が2冊あって、・・・その1冊は第1巻が出版されたばかりだった「深夜特急」沢木耕太郎。そして、もう1冊がこの「バンコク楽宮ホテル」谷恒生だった。この小説の中に出て来る国境地帯の無政府状態の混乱と、熱帯の陽射しと雨の匂い。無意識レベルに訴えかけてくるような、烈しい磁力を感じてしまった。(ダムヌンサドアクの水上の街並み。川の上に電柱が立っていますね・・)もちろん、他にも色んな原因や要素もあったんだけど、ひとりっきりで未知の国への一歩を踏み出したとき、誰に教えられたわけでもない、自分で発見して出遭ったこの2冊の本は、軽くためらう旅人の背中を押してくれた。(いちばん格式の高い寺院、王室のワット・プラケオでの宗教行事で、僧侶たちの列がつづく)時は20年ほど過ぎて現代。再び、作者の分身である主人公の作家がバンコクを中心とした地獄巡りを再開する。それが、「バンコク楽宮ホテルの残照」だ。作者の谷さんは、もともと首都圏に在住のひとだったのに、十数年前から栃木県内の黒磯に住んでいらっしゃった。那須高原の林の中に、といったほうが正確かもしれない。(ミャンマー国境の辺境にひっそりとたたずむメー・ホンソンの町。周囲を様々な種類の山岳少数民族の村村に囲まれ、まだ飛行場も無かった頃の数十年前の写真。この近くには、現在でもいくつか首長族の集落があります。はるるさん、この手前の池のほとりの宿が大好きで、4-5回ほど滞在したことがあるんです)去年、はるるが一番くやんでいることが、谷恒生さんにお会いしに行かなかったこと、だ。タウン誌や地元新聞のからみで、取材などで谷恒生さんと面識のある知人が何人か居たので、いつでも紹介してもらってお会いしに行けると思ってた。(タイの正月、毎年4月上旬のお釈迦さまの生誕を祝います。水かけ祭りのソンクランでにぎわう、バカ騒ぎの旅行者たちであふれる安宿街のカオサン風景。)だから、去年のうちに訃報を聞かされたときには、悲しい思いと口惜しい思いが半ばした。何年も探しつづけて、数年前にやっと手に入れて居た、20年前の「バンコク楽宮ホテル」初版本を持って、サインいただくつもりだったけれど、それはもう永遠に叶わない。(ぞうさんの親子。でかいおしりがなぜかかわゆい。笑)今日の夕方、「あやしいふるほんやさん」の29万アクセス目を踏んで下さったのは、宇都宮のどなたかさん、でした~♪ありがと★290005 2004-01-07 17:48:09 夫婦鷹さん 290004 2004-01-07 17:48:03 ***.broba.cc 290003 2004-01-07 17:45:53 はるる20さん 290002 2004-01-07 17:42:14 61.121.***.*** 290001 2004-01-07 17:40:34 *.dion.ne.jp 290000 2004-01-07 17:39:13 *.ucatv.ne.jp 289999 2004-01-07 17:37:33 220.88.***.*** 289998 2004-01-07 17:35:33 はるる20さん 289997 2004-01-07 17:35:14 *.ocn.ne.jp 289996 2004-01-07 17:35:13 *.watv.ne.jp
2004年01月07日
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今朝は、通勤前の初ゴミ袋出しの日でした。さむかったよ~~。年末年始の掃除のゴミもあって、5つも運んだ。(家ではいつもはるるが、ゴミ出しの係り)ゴミステーションも、ゴミ袋がものすごい山盛りでした・・・。回収車のみなさま、ごくろうさまでやんす。(うつのみや郊外の今年の冬の空) ↓ここはタイの南部。おおまかにインド洋、正確に言うとアンダマン海ーーに面した、魚影の濃い豊かな海の浜辺です。都会のバンコクから南の田舎の海辺に来たとたんに、すっかり心も身体もゆるゆるにほどけてしまって、夜は日記更新なんてめんどくさい考えは。銀河の彼方に、あっというまに吹き飛んでしまいました・・・苦笑。やっぱり、熱帯のやわらかく全身を包んでくれるような、暖かい潮風になでられながらハンモックに揺られていると、<なんにもしないでいることのぜいたく>ってやつを、しみじみと思います。お金をかける必要なんか要らないんです。たとえば、このランタ島には400円から600円くらいのバンガローもありますし、はるるが今、泊まっているビービーバンガローのデラックス・スイート(と、冗談で呼んでいる)ふた間つづきの高床式のロマンティックなバストイレ付きのところは、1泊で400バーツだから、現在の通貨価格で1100円くらい。これはバンガローの貸切り価格だから、ひとりでもふたりでも同じ。 昨日も今日の夕方も、波がくりかえす潮騒の中で、晴れ男のはるるさんらしく、きれいな夕暮れ空で西の海と空が染まりました・・・。日本を数千キロメートル離れているので、星座の出現してくる位置がずいぶんと違ってて、ほんとうに異国の地に居るんだなあと、改めて思わされます。午後、この島に住んでいるムスリム(イスラム教徒)のおんなのこと、とらじまのねこさんに再会してきました。なんだか、今回はねこたちには逃げ回られて、あんまし写真がとれなかったなあ。そのかわり、きんじょのこどもたちと一緒に海のジプシーの村と呼ばれている集落で、あそびまわりました。バイクは、見かけは日本の原付バイクと同じようなものなんだけど、実際は125CCくらいのが多いので、加速もしっかり、急な坂道もガンガン登っちゃいます。島の中をぐるぐる回ってて、出会ったどうぶつたち。ぞうさんのおやこ。おさるさんのむれ。カラフルなとりさん。からふるなちょうちょ。やぎさん。うしさん。にわとりさん。いぬ。ねこ。とかげ(もちろん、チンチョーも、トッケーも)たくさん。1メートル近いのを見てしまったときは、別にこちらに危害を加えないと分かってても、びびったなー。あと、白人という名前のやばんじんも多かったなあ。ほとんどがまじめなイスラム教徒の島なのに、海辺だけでなく、道端や街中までビキニの水着姿で歩き回ったりしてる。けど、やっぱりこの島が好き。気が付いたら、もう訪問も5回目だ・・・笑。帰ってきたような気にさせてくれて、心からほっとすることが出来る。自己満足かもしれないけれど、それだけの満足を与えてくれる存在ってのは、すごいと思う。はるるのほむぺのあやしい掲示板の写真は、はるるが今、滞在している島の船着場近くに今現在もあるものです。⇒2003/11/27の旅日記より。
2004年01月06日
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前の晩の酒盛りのなかで、まだまだひよっこたちだけど、写真撮影のプロとして現役の舞台で働いているふたりと、たくさん写真の話が出来てオモシロカッタ。話しててーー撮影の対象となるひとにも、ものにも「感情」があって、その心を汲み取れないと、出来た写真がさみしいことになるような気がしたなあ。そういう、はるるの写真もまだまだ「さみしい」の大行進♪・・・なんだけどさ。汗⇒この写真たちは、2003/11/27にはるるが撮影したものです。★陽射しがすっかり傾いて長く伸びた影がかわいたこころのなかを海風といっしょにさらりと横切って行く・・・WEBで映像アルバムをつくるときに、「いちばん時間がかかるのは、沢山ある写真のストックのなかから採用するものだけを選び出すとき」だよね~って、Kくんと意見が一致したときは何となく理解者が現われたようで、胸がときめいた。たぶん、酔っぱらってたせいだろうけどさ。★日光浴してたはだかのじょせいが背中にのこしたたいようのぬくもりたどってみてももう、そこには・・・ほんと、写真を選んでその順番にあれこれ迷うのは、楽しいけれど時間もかかってめんどくさい作業だ。それに較べると画像を加工したり、WEBにアップロードする作業なんて、微々たるモノになってしまう。ホームページ制作を、技術的なテクニックの作業だと思っているひとには、無駄な時間のロスに見えるかも知れない。けれど、どんなに小奇麗にセンス良くまとめたHPでも、その内容に「こころ」が入って居なくては、訪問者の心まで届かないと思う。★ぱらそるの背後にゆうぐれの 闇が とろりわだかまっているばかり・・・いくら技術的な「知識」を集約しても、いろんな感情の葛藤から生まれて来る「智恵」にはかなわないことが良くあるように。デジタルより賢そうなアナログって、ヤツかなあ。笑★おいで おいで知らない誰かがかすかな ないしょばなしのこえ で手招いてるような ふと そんな気配・・・★そらみみは あくまの ささやき・・・まっしろい 絶望が明るい顔して 笑ってるしずかすぎる、美し過ぎるたそがれの空が なんだか 少しだけ こわい
2004年01月05日
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冷え込んだらしく、今朝早くに「霜注意報」のサイレンが鳴っていたと、朝食を食べているはるるに向かって、いつも早起きの配偶者が言う。のんびりした郊外のここは、農産物の影響がある霜の季節には、あたり一帯に注意報のサイレンが鳴っても誰も苦情なんて言わない。笑午前9時半、2階の寝室では、息子のあきらとその友人のKくんがまだ眠っています。夜遅くなって、東京からふたりで来たんだけど、零時過ぎまでぼくたち家族と酒盛りをしてたから、もう少し起さないでおこうかな~。1月7日には仕事を辞めて韓国のソウルに帰国してしまうKくん。このところ、「送別会」が連チャンで続いてるらしいけど、かなり酒が強い。最初はビールだったけど、そのあと地酒の四季桜・純米酒「花宝」を空けてしまい、あとは配偶者がてぐすねをひいて用意した手製のチャーシューと、山盛りの焼き餃子とスープ餃子をつまみに、スコッチ・ウイスキーをストレートでくいくいと。彼が働いていた写真スタジオは、東芝とか資生堂などの製品撮影が多かったらしく、「日本の田舎の風景に飢えている」とつぶやくので、「今は夜中で真っ暗だけど、朝起きたらこの家の周りじゅう田舎だよ」と笑う。こうしてる間に、ふたりともごそごそと起き出して玄関前の自転車にそれぞれまたがって、高速道路の向こう側の丘が続いてるほうに朝食もとらないままで出てったきり、戻ってこない。(はるるんちのまえーー眼の前は雑木林。夕日の方角に里山)ーーきのう3日の昼下がり、昨年9月以来久しぶりになる益子の「陶庫」を訪れた。年末年始で何かとばたばたしていたので、今日は配偶者とふたりきりで静かな山里と田舎道をドライブ。何ヶ所かで、早々と「どんど焼き」の大きなピラミッドが出来ているのを見かけるーーー農村地帯では、子供たちの正月明けのこの行事も、まだまだ健在のようで心強い。正しくもなつかしい日本の源風景は、滅びては居ませんよっ!益子と笠間の街を周遊すると、新しいレストランや思いがけない作家の作品展など、いつも目新しい出会いがあるけれど、今回はささやかだけれど、もう少しちがう出会いがあった。ちょうど1台ぶんだけ空いたギャラリー陶庫の駐車スペースにクルマを入れて、控えめな照明の落ちついたギャラリーを覗いて、気に入ったものをデジカメで撮影などしていたら、ーーふいに「あやしいふるほんやさん、ですよねっ!」と、背後から声をかけられてびっくりしてしまった。9月の半ばに「とんぼ玉」を買いに来たとき、はるるが忘れて行った黒い野球帽を、お店の運営スタッフのおんなの人がずっと覚えて居てくれて、とっておいてくれたらしい。しかも、いったい何時に来るか判らない相手の帽子を、だ。すなおに、「うれしい」と、感じる。 古代(いにしえ)の美玉との邂逅(めぐりあい)悠久の時を越えて・・・【金光一美 とんぼ玉展】2003/9/13----9/28まで☆たぶん、HPをご覧になっていただいたおかげで、気にとめていてくれたんだと思う。HPの中にあるデジカメの写真集の中でも、わりあい気に入ってるもののひとつだったので、あの「とんぼ玉」の写真集がギャラリーの方にも好意を持って受け止められて居たかと思うと、ほんわかする。「いつか、いらっしゃるんじゃないかと思って・・」などと言われながら、自分の汚いベースボール・キャップを受け取った。わあ、ずっと待っててくれてたんだあ。あ~、恥かしい。(うれしはずかし、ってヤツだね、こりゃ♪)ひっそりとした、落ち着いたたたずまいの和室ギャラリ-。その様子は、こちらの映像アルバムで、たっぷりど~ぞ♪ ↓9月23日とんぼ玉色彩の迷宮にくらくらーーー映像40枚の世界。
2004年01月04日
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ちいさなタイム・スリップ★年末年始の休みってのは、飲んで食ってごろごろしてると、夢のように早く過ぎて行く。数日前の自分が何をしていたのか、さえおぼろになる。笑お正月の3が日も休みなく働いてた息子のあきらが、やっと明日から連続の休暇がとれて、今夜の10時半頃に宇都宮駅に着くとメールが入った。もうすぐ韓国に帰ることになってしまった、韓国人の親友Kくんも一緒だ。すっかり物置に近い状態になっているあきらの部屋を整理していたら、大昔のポスターが出て来て、久しぶりのなつかしい対面をしてしまった・・・。スミからスミまで、はるるの思い出がいっぱい詰まってる。はるるが主催者してた「ふらここ」と言う、素人のコンサート企画団体。栃木会館というホール、1300人ほどのキャパシティをホームグランドにして、足掛け5年ほどで25回のコンサートをやりました。地位も金もまったく縁はないけど、心意気だけは【精神貴族】だったかな。現在のブロック化している全国各地のPOP音楽のプロのイベンターの殆どは、この時期に生まれています。もしかして、はるるも根性があったら北関東のコンサート・プロモーターとして、そのまますんなりプロになってたかもしれない。モチロン、今はすっかりご無沙汰だけれどね。(はるるが、デザインしてたコンサート・ポスターそのいち)この旅人の後ろ姿を描いたのは、古川益三さん。あの頃、青林堂の「ガロ」という時代を代表する漫画月刊誌に「紫の伝説」という作品を長期連載していたひと。当時は、とっても売れない漫画家さんで、同じくびんぼなはるるのために、これも無料で描いてもらったものです。(何回か、描いていただいた)後に、日本一の古本漫画専門店【まんだらけ】の社長になった古川さん、と言えばご存知のひとも多いハズ。☆★☆カレッジ・フォークのあとに訪れた、自作自演のフォークソングのブーム。自分の音楽的な実力には、早々と見切りをつけたはるるさん(笑)地元でアマチュアのバンドやソロ・シンガーを集めて、コンサートを企画・運営をする遊びを覚えて、すっかりハマってしまった!栃木県の宇都宮市をベースに、合計25回のコンサートを、足掛け4~5年に渡って主催する「企画集団ふらここ」の代表者を最初から最後までやってた。(B型で、わがままなやつ、だから)ふらここ、と言うのは俳句のふる~い季語で「ぶらんこ」の意味のことば。漢字で書くと、物凄く難解な字になります☆ただ、そのキャリアもあって、編集者などの仕事をやったあと、1980年代には数年間のあいだ、プロのコンサート・プロモーターをやってた時代もあるんでけど、それは別の機会に詳しく書きます。その時代のステージは、日本SF界の初期と同じで垣根がとても低く、プロとアマチュアが一緒に栃木会館のステージに立つばかりでなく、時にはセッションまでしたりすることもあった。最初にゲスト出演してもらったのが、五つの赤い風船、その次が売りだし中で人気絶頂だった「赤い鳥」だったかな。そのほかに宇都宮のはるるたちの楽屋に来てたひとたちは・・・遠藤賢司、はっぴいえんど、加川良、よしだたくろう、泉谷しげる、古井戸、ケメ、かぐや姫、ビリ-・バンバン、五輪真弓、友部正人、アルフィー、太田裕美、GARO,かまやつひろし、武蔵野たんぽぽ団etc・・・ううう~、書ききれない~っ!!でも、何故か縁が無くて、岡林信康と高石ともやのコンサートだけは、やらなかったな~。ぼくのコネクションとしては、たくろう、泉谷、海援隊、かぐや姫などを擁する新宿御苑前の「エレック・レコード」、いわゆるアングラ・フォークの牙城だった「URCレコード」系の表参道近くの音楽舎、森山良子やマイク真木などのカレッジ・フォーク系の新宿ど真ん中のMS(ミュージカル・ステーション)などと親しくさせてもらって、よくアーティストの新譜を見本盤で頂いていた(笑)放送局で一番縁があったのは、日比谷の有楽町駅前に在ったラジオのニッポン放送でした。あの頃ニッポン放送が主催する全国フォーク音楽祭の初代グランプリ獲得者の橋本俊一(当時、県立宇都宮高校在学中)を、はるるたちのアマチュア・コンサートから輩出したこともあって、よくスタジオにも出入りさせて頂いていた。2003年の現在も、彼は「タイロン橋本」の名前で、トヨタ自動車のCMソングなども歌っている、現役の人気ボーカリスト。この全国規模のコンテストの第2回のグランプリ獲得者は、あの中島みゆきさん♪(はるるが、手書き文字でデザインしてたコンサート・ポスターそのに)写ってるのは、あいどるのような人気者だったころのよしだたくろうです。左下に並んでる、いろはかるたをもじった時代風刺のスローガンが、とってもなつかしい!苦笑い>いもがうたえば、フォークソングろ>論よりフィーリングは>腹からロック、鼻からフォークに>憎まれぬカレッジ・フォークほ>放送禁止でよく流行りと>トコロ変われば歌変わりち>地方に生気ありぬ>脱げばロックる>ルックスが取得でジャリ相手わ>若い時だけフォークソングか>金がめあてでフォークを捨てるむ>無情の街に情念の歌流れう>歌は世につれ世は歌につれずい>生きるとはあそぶことの>野に唄い山に伏しく>クラシックにパワーなしや>安物利用のかっこよさま>マスコミゲリラのミニコミ時代け>消すに消せないフォークの炎ふ>フォークは半体制ロックは反体制さ>サブカルチャーガンバラナクチャ-き>聞くとはうたうこと京>京のゆめ、地方の現実(ほんと)母体になったニッポン放送の番組「バイタリス・フォーク・ビレッジ」の脚本を担当していたのが、後に吉田拓郎の『襟裳岬』の作詞などで知られる岡本おさみ、さん。グランプリ記念の公開録音コンサートを、はるるたちの地元の宇都宮でふらこことニッポン放送の共同主催でやったときなども、来ていただき、あとでぼくたちの夏合宿にも参加してくれるほど、おつきあいさせてもらった。もっともっと、詳しくいろんなエピソードを書いていると・・このままじゃぜんぜん終らないので、名前のられつ、にしよ(笑)でもでも、当時、あの歌謡曲のホリ・プロダクションに所属してた鳴かず飛ばずだった売れないシンガー時代の井上陽水のことは、よく覚えてるぞ~!!(ちょうどおいらも行ったけど、レッドツエッペリンやディープパープルが武道館に初来日してた頃。ピンク・フロイド、ユーライア・ヒープ、BST、グランド・ファンク・レイルロード、CSN&Y、ポールやジョンのソロ活動ーーはるるも、日比谷の野音など、ロックやフォークのコンサートにずいぶん通ってた☆)数十人の仲間で、コンサートに企画・運営を楽しんでいた。プロではなかったけれど、1000人以上のホールでの本格的なステージを、照明・PA・企画・警備・演出・交渉・マネジメントのすべてをボランティアでやっていたので、ぼくたちは、よく【こんさーと・ごっこ】なんて、呼んでいた。メンバーの半分は、学生。あとは、学校の教師から家事手伝い、銀行員、フリーター(あの頃は、そんな言葉はなくって、ぷーたろー、とか呼んでた)という名前のヒッピー、まで色々。まだ、音楽で世界が変えられると本気で信じられていた、美しい錯覚の時代。愛と平和をメインテーマにした、大規模な野外ロック・コンサートが世界で初めてウッドストックで開催されて、たちまち社会現象になった頃。ぼくらはあの時、確かに【書を捨てて街に出て】いたのだ。いまでも、みんながやってるピース(平和)サイン。あのVサインの意味が、反戦運動の勝利を祈ってのものとしてスタートしたことなんか、日本の現状ではすっかり風化して忘れ去られてしまって、久しい。この国での始めは、一部の気骨ある若者たちだけに通じる、ちょっぴり誇らしい流行だったのだ。ぼくは、中津川のフォークジャンボリーで覚えた。そうして今も、また再び中東での「あたらしいせんそう」が繰り返されている・・・ ↑これは日光で撮ったものだけど、東北一周ドライブなんかやって、青春してた時代のはるるさん(笑)バックは、家からクルマで1時間ほどの男体山と中禅寺湖です。髪の毛が、肩まで伸びているのがお分かりでしょうか?!今は、おじさんになってしまって<別人28号>と呼ばれてトホホですが・・♪この写真の頃のことは↓音楽がうつくしい錯覚だった頃////////////////////////////////////////////もう少し興味のあるひとは・・↓はるるの出版社での編集者時代 はるるさんに質問してもいいですか? おしごとをして、お金を頂くということ。(その1)(カオサンロードを歩く親子連れ)
2004年01月03日
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もう初詣で、行きましたか?それとも、これからーーですか?そう言えば、あなたのおみくじは、どうだったでしょうか。はるる、今年の「御神籤」は、まだひいてません。なんせ去年のことがあるので、少し慎重になっています・・・と言うのはーー。はるるの↓2003年は、なかなかのもんでしたよ~(笑)近所の護国神社でやったら、末吉だった。なんとなく、冴えないなあ・・・と思って、宇都宮城主が信仰した郊外の山の上にある多気山の神社までドライブ。ここで、御神籤をひきなおしたら、こんどは「凶」が出た。2003年元旦そうそう。(ひるさがりでのんびりしたお不動さまの多気山の境内。いちばん左端に「勝ちダルマ納め所」の棚が写ってますね。笑)観光地とか、人気取りの神社なんかではうわさによると、大吉の割合を増やして凶の数をひそかに減らしたり、するらしい。おめでたいウワサでは、こんなとき「凶」は入れてない所もあるとか(笑)でも、由緒正しいところや、生真面目な神社は、大吉・中吉・小吉・吉・末吉・モトキチ・凶・・・と、一定の割合で配合してあるそうな。(八坂神社の神主さんに、プライベートな酒の席で伺ったことがあるので、たぶん、そうなんでしょう)まあ、しゃーないなあ・・・2日は恒例、じいちゃんやばあちゃんを囲んで、一族16人ほどが集まってのにぎやかな新年会。いいかげん酔っぱらったところで、誰かが「そりゃ、縁起わるいから、げんなおし、してきたら!」なんて話題になった。『わざわい転じて福となす』なんて、気休めしてたはるるなのに。(これはライトアップされた日光の東照宮、雪のなかの初詣で風景。つい昨日2004年1月1日になりたての真夜中、撮影したもの)思い直して3日、車で40分ほどの場所にある日光は世界遺産登録の東照宮へ!家康と家光に挟まれた、巨大な杉木立の中の二荒山神社に行ったら、さすがに世界の観光地!らぶらぶ占いから正統派まで、5~6種類の御神籤が並んでた。京都なんかも、清水寺の舞台の後ろがわに、こんなんがあったなあ・・・。とにかく、そのなかでいちばん由緒正しそうな、200円の御神籤をひいて、目がテンになった!!!『危』そう、一字だけ書いてある。失せもの<出ず>旅立ち<悪し>金運<なし>縁談<あらそいごとになる>―――とにかく、ひどいことしか書いてない。おろおろしながら、近くの職員のひとに意味を尋ねると、さりげなく「ああ、それは『大凶』と、同じですよ」(多気山の「勝ちダルマ納め所」に居た、だるまさんたち。--でも、片目しか入ってないのにここへ来てしまったヤツもいるんだよなあ。どんなドラマがあったのだろうか?!)記念に、そのおみくじの接写の写真を撮った。さて、ふりかえって2003年はどうだったかなあ(笑)――ものすごい人生そのものにかかわるような危機は、無かったような気はしてるんだけど。ことしこそは、『危』が、出ませんように・・・と。ま、日光へ行かなきゃいいんだけどさ。あけまして おめでとさんさん♪ ことしもよろしくね。追伸。ちなみにさっき、ある百貨店に福袋を買いに行った配偶者と娘を迎えに行き、帰り道に初詣でもして来ました。今年も行った護国神社の御神籤は、またしても去年と同じ『末吉』でしたよん♪まあ、いいや。悪あがきせずに、このつづきの御神籤をよそに行ったりしてひかなきゃ、いいんだもん。さて、今年の『末吉』の中身は―――第15番、運勢・末吉:心配事もなくなり以前のままに真面目に働けば幸福になります。家の中も楽しくなりましょう。願事>他人と共に望むことが良く、わがままをしなければ叶うでしょう。(←はるるには、こりゃムリだ)待人>来ますが、おどろくことがあるでしょう。(ナンだ?!)旅行>遠い方が良いでしょう。盗難に注意。(なっとく!)商売>買うのは、よろしいでしょう。(さっそく今日、デジカメ2台目買った)学問>危ないです。努力を尽くしなさい。(ておくれだよ)争事>争いに勝つ事は勝ちますが、難があります。(ナンだ?!)求人>そのひとでよろしいでしょう。(そうか。)お産>安心しなさい。(そう言われても・・・)縁談>人に頼めば早くまとまります。密かにしている事です。(むふふ)(カトマンズの王宮↑の夜明け)あなたは、宇都宮餃子20人前・地元から無料プレゼント のゲームには、参加しましたか?!笑みゆ@さん、とKELIさん、のおふたりが見事に難関を突破しちゃってます♪時間切れで今夜のPM9:00で〆切っちゃいましたのでーーー。【正解発表!】このほむぺのBBSにカキコすると出て来るキーワードは、すぐに気が付いたひと、多かったみたい★<し>ページ一覧>★お年玉あんけーと発表★<て>★<天使うさぎ>アルバム:国内篇(NEW)★<ぎ>★過去の掲示板:12/15~12/20★<う>日記>★わ-るどかっぷ・うさぎ★<な>2003/12/19★ ベトナム、日本人はビザ不要に!★<ん>2002/06/17・・・で、正解の言葉は<てんしうなぎ>笑、でしたっ♪「てんしうさぎ」だと、芸がないし、途中で「ヤマカン」で答えちゃうひとも出てきそうだし・・ね。むかし、赤塚不二雄の漫画に「ウナギいぬ」って、キャラクターが登場して人気があったなあ。うなぎに手足が生えていて「うなぎいぬです。ワンワン♪」って、しゃべってた。(この↑写真は、宇都宮市の広報HPより)で、はるるの独断と偏見で内申書の判定(笑)「得意技とやってみたいこと」を対決させたいのですが・・・。さてさて、決勝戦で~~す☆私の得意技は。。。。みゆ@さん★突然出てくる豆知識。。。。。オイオイ(^^:★今年にやってみたいことはう~~~む。出産!↑痛そうだけど。(これ、なかなかウケました。)一方、KELIさんのは・・・1>とくいわざ:パスタ料理2>今年やってみたいこと:S.F.サンノゼのLINUXかBSDのコンベンションに参加してみたいというもの。はるるの気分でーー。優勝がみゆ@さん、宇都宮餃子20人前クール便で発送。準優勝がKELIさん(餃子10人前)に決まりました。なんでだろーーー?!
2004年01月02日
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↑宇都宮上空の、龍(ドラゴン)のように夕映えを走る雲☆あけましておめでとう&ことしもよろしく~♪と、初日を斜めに浴びてネパールのおさるも。笑 <<宇都宮ぎょうざ争奪戦!スタート★>>★ルールは簡単です。以下の6つの映像を、はるるのほむぺの中のどこかから探し出して、その6つの映像にくっついてるキーワードを、ひとつの言葉にして、私書箱メールにお知らせ下さい。★ひとつの映像には、それぞれひとつの文字のキーワードだけ、です。つまり、ぜんぶで6つの文字で、ひとつの言葉が完成します。(簡単なようで、けっこうムズカシイかも?!)☆夕方になって、捜索に有力な手掛かり情報も、BBSに出現しましたよっ。キーワードは日記にふたつ、ページ一覧にみっつ、そいでもってBBSにカキコしたときだけ見られる画像のとこに、もうひとつ★で、合計がむっつ、のキーワード完成です!さて、チャレンジ中のあなたが苦労してるのは、ど~れ?!きっと、もうすぐ宇都宮餃子20人前に手が届きますね。笑★午後6時すぎて、ついに正解者が登場しました。最初にクリアしたのは・・ 北関東にお住まいの【KELIさん】、でした。おつかれさま&おめでとさん!KELIさんの感想 ↓>最後の(笑ぶき屋?)画像、そんなところに!って感じでした。(笑)まだ、見つかってない人は、手抜きしないで細かく読んでいく様に全部見るといいかも・・・(はるるサン、こんなアドバイスでいいですか?)★つづいて、第2番目の正解者も!みゆ@さん、おめでとう&ごくろうさま~♪あんたは、えらいっ!! キーワード【?】 キーワード【?】 キーワード【?】 キーワード【?】 キーワード【?】 キーワード【?】 ↑注意】コーヒー・カップのカプチーノの画像だけは、すでに幾つかの大きなサイズの画像がHPのなかに存在しています。お探しになるときは、あくまでも↑これと同じ、小さなサイズの画像を探して下さいね。★日記のどこか、ページ一覧のどこかに隠れてるのが多いみたいだけど、その他のとこにもあるみたいです。時間はたっぷりあるから、ゆっくりと宝捜しを楽しんでね♪★そのメールの時に、1>あなたのとくいわざ。2>今年、2004年にやってみたいこと、を、必ず添えておくれ。あと、送り先の住所・氏名・電話など忘れずに。★映像と文字のかくれんぼは、もちろん【お気に入り】のリンク先までは含まれません。あくまでも、はるるのHPの中だけに隠れています。〆切りは1月2日の夜9時まで。★決して先着順ではありません。なぜかというとブロードバンドのひとも、ダイアル・アップのひとも平等なチャンスがあるように、なんです。正解者多数のときは、決勝戦をやるかもしれません。質問はBBSや私書箱メールで受け付けています。★6つのうち、5つの映像を発見して「ビンゴ!」になったひとは、お知らせ下さい。なにか、いいことがあります。笑【宇都宮餃子20人前】プレゼント企画を、【食いしん坊】のひとは、お見逃し無くっ!!半年前にやったときは千葉県のmichiyo1208さんが獲得だったけど、さてさて、今回は誰がゲットするのかなあ??笑よかったら、リンクしてるひとはまざってみてね。思わぬ発見があるかも。笑↑みんみん本店(ちっちゃくって、目立たないお店です)笑でも、宇都宮餃子会の会長さんのお店で、あのユーミンもごひいき☆<餃子店風景> 宇都宮の餃子店は,15人も入ればいっぱいになるようなこじんまりとした店がほとんどです。しかし,そこには庶民の味方・餃子が主役の心なごむ風景があります。また,餃子とビール,餃子とライスぐらいしかおかない餃子専門店が多いのも特徴です。一般的には「ライスと餃子」「ラーメンと餃子」のように注文をするわけですが,宇都宮では「餃子」だけを注文して食べることも珍しくありません。 ある店に入ると,ジューッという餃子を焼く音と匂いにいりまじって,「ダブルにライス」「ヤキ・アゲ・スイ」という声が飛びかっています。これは「焼き餃子2人前にライス」「焼き餃子,揚げ餃子,水餃子それぞれ1人前」という意味です。また,「トリプル」と言えば,「3人前」のこと。どことなく異国の大衆料理店に入り込んだような気分になります。 <餃子の食べ方あれこれ> 餃子といえば「焼き餃子」が一般的ですが,宇都宮では,さまざまなバリエーションの餃子を楽しむことができます。「水餃子」はもちろんのこと,「蒸し餃子」や油で揚げる「揚げ餃子」,野菜スープに餃子が入った「スープ餃子」,はたまたフカヒレの餃子など全部で7品の「餃子のフルコース」など,各店それぞれのメニューと独自の味で競い合っています。 焼き餃子の食べ方も,人それぞれ。餃子の通(自称?)は,酢と醤油とラー油の分量にこだわります。酢をたっぷりに醤油とラー油をちょっとたらす人,ラー油の中の唐辛子をタップリと入れて食べる人,またある人は「通は,酢だけで食うんだ」と自慢げに語ります。水餃子は,スープに酢と醤油とラー油を直接入れて食べ,最後にそれを飲み干すのが宇都宮風とか。あなたも自分流の食べ方を探してみてはいかが。 ///////////////////////////////// (この↑写真は、宇都宮市の広報HPより)あ、そういえば去年2002年12月末の訪問者、ちょうど111111アクセスでしたあ☆・・・・じゅういちまんいっせんひゃくじゅういちにんめ☆ことしの数は222222じゃなくって、284000ちょっと☆・・・・にじゅうはちまんよんせんともうちょい、で終りそう。おかげさまで結局、この「あやしいふるほんやさん」に、日記リンクして下さってる楽天HPのみなさまの数は12/31現在で【256リンク】と言うスゴイ数になっています。これも、いつも訪問していただいてるみなさんのおかげ♪そこでやっぱり、ぼくの住んでいる街の名物といえば・・そう、『宇都宮餃子』だよね~。2004年の新春の感謝ということで、とことん「2004」にこだわって☆本場【ぎょうざ日本一】の宇都宮市から、どど~んと、20人前パックを、クール宅配便でお届け!!とゆー、ことに決定。その感謝の気持ちを込めて、このほむぺにリンクして下さってるひとだけの特典として【宇都宮餃子20人前】プレゼント企画を、したいと思いますので、【食いしん坊】のひとは、お見逃し無くっ!!
2004年01月01日
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