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〈はじめに〉 以下の文章は「中央公論」から依頼を受けて入稿、編集部より掲載拒否を通告されたものです。本来、ゲラの段階で手を入れて完成原稿とするものですが、直しの前の入稿時のものであることをお断りします。また、映画公開から3か月を経て論壇誌に載る批評文という性格上、文中で『アナと雪の女王』のストーリーを詳しく紹介、いわゆるネタバレしています。映画を未見の方はくれぐれもご注意ください。(中森明夫) ……………… 『アナと雪の女王』が爆発的にヒットしている。昨年秋、全米公開され、既にアニメ映画として歴代世界トップの興行収入を塗り変えた。日本でも3月14日の公開から三か月余りで『ハリー・ポッター』を抜いて、今世紀最高の興行記録になりそうだ。 遅ればせながら、私もゴールデンウィーク明けにこの映画を観たが、正直、ショックを受けた。こんな作品だったのか!? これは大変だ。私の受けた衝撃、“大変”の意味を本稿で明かしたいと思う。 ディズニー映画『アナと雪の女王』は、高度なCGを駆使したアニメ作品で、立体的なキャラクターたちが歌い踊るミュージカルだ。アンデルセンの童話『雪の女王』が原案だが、その内容は画然と異なる。あらすじを紹介しよう(ネタバレに注意されたい)。 雪や氷を作る魔力を持つ王女エルサは、幼い日に妹アナと遊んでいて、魔力を制御できずアナの頭を凍らせてしまう。回復したアナは、引き換えに魔力の記憶を失う。エルサはショックを受けて閉じこもる。時を経て、エルサが王位を継ぐ宴の日、アナはハンス王子と出逢って、恋に落ちる。婚約すると言うアナと口論になったエルサは、魔力を爆発させて王国を雪と氷の世界に変える。バケモノ呼ばわりされた彼女は山奥へと逃げる。姉を探す旅に出るアナ。山男のクリストフや雪ダルマのオラフが彼女を助ける。やっと再会した姉妹だが、またケンカとなり、エルサはアナを凍らせてしまう。“真実の愛”だけがアナを溶かすことができるというのだが……。 真実の愛=ハンス王子とのキス、という構図が浮かぶ。白雪姫から眠れる森の美女に至る古典的童話のパターンだ。ところが、ハンス王子はアナの愛を利用して王国を奪おうとする極悪人だと露見! えっ、すると山男のクリストフの愛がアナを……と思いきや、最後にアナの凍った体を溶かしたのは、なんとエルサ! そう、“真実の愛”とは“姉妹愛”だったのだ!? この結末にはびっくり仰天した。 だって、そうでしょう。ディズニーといえば、これまで先の白雪姫や眠れる森の美女らをアニメ化して、王子様の愛こそ主人公の女性を幸福にする――という古典的童話の価値観を喧伝してきた。ディズニーランドの象徴であるシンデレラ城のシンデレラ物語だってそうだろう。それが、どうだ。王子様の価値を完全に否定したのである。『アナと雪の女王』のメッセージは明白だ。王子様なんかいらない。いや、王子様こそ極悪人だ。真実の愛とは、男女の恋愛ではなく、姉妹愛――女性同士の愛なのだ。いつかきっと王子様が……というこれまでの童話の価値観を全否定した、こんな過激なメッセージを持つ物語が、なんとディズニーアニメとして作られ、記録を塗り変える爆発的大ヒット! 世界中の子供たちが観てしまった。これは大変だ――と私が言った意味が、もうおわかりだろう。『アナと雪の女王』は世界を変革する。世界中の将来世代の意識に、強くそのメッセージは刻みこまれてしまった。 私が驚いたのは、観客たちの反応である。新宿ピカデリーで平日夕刻の回を観たのだが、客層の7割程が女性だった。映画が終わって、館内の灯りがつくと、年配の方から子供たちまで世代の異なる女性たちが、みんな実に生き生きとした顔をしていた。映画館でこんな晴れやかに瞳を輝かせる女たちの顔を見たのは、初めてだ。対照的にカップルで来たと覚しき男性客の釈然としない表情といったら、どうだろう。明らかにこの映画の受け止め方には、男女差があるようである。 劇中、もっとも盛り上がるのはテーマ曲の『レット・イット・ゴー』が流れるシーンだった。オリジナル曲はもとより吹替版の松たか子やMay Jによる日本語バージョンも大ヒット。「レット・イット・ゴー」は「ありのままで」と訳された。映画館で観客たちの大合唱が巻き起こる。本来、映画のテーマ曲はクライマックスに流れるものだろう。ところが『レット・イット・ゴー』はアナが救済される最終盤ではなく、前半部にエルサが王国を追放されてたった一人、山奥で自らの魔力を全開にするシーンで流れるのだ。これは実に示唆的なポイントだと思う。 さて、ここで私独自の見解を明らかにしよう。『アナと雪の女王』は、真実の愛=姉妹の愛を訴えた映画では、ない。雪の女王エルサと妹アナは、見かけは姉妹だが、実は一人の女の内にある二つの人格なのだ。あらゆる女性の内にエルサとアナは共存している。雪の女王とは何か? 自らの能力を制御なく発揮する女のことだ。幼い頃、思いきり能力を発揮した女たちは、ある日、「そんなことは女の子らしくないからやめなさい」と禁止される。傷ついた彼女らは、自らの能力(=魔力)を封印して、凡庸な少女アナとして生きるしかない。王子様を待つことだけを強いられる。それでも制御なく能力を発揮したら? たちまち魔女と指弾され、共同体を追放される憂き目に会うだろう。 私たちは何人かの雪の女王を知っている。この映画の日本語版でアナの吹替を神田沙也加が務めた。そう、彼女の母親、松田聖子こそ雪の女王ではないか! アイドルが自由恋愛を厳しく禁じられていた時代に、王子様=郷ひろみを袖にして、奔放に生きた。制御なく欲望を全開にして、激しいバッシングにさらされ、共同体の良識から追放された。 エルサの吹替の松たか子だって、そうだ。歌舞伎の名門一族に娘として生まれた。女は歌舞伎の舞台に立てない。能力を封じられた。それが舞台を替えて、「ありのまま」能力を発揮して、脚光を浴びる。松たか子自身が雪の女王だった。 あるいは小保方晴子氏はどうか? 最初はその能力が称賛されながら、一転、リケジョならぬ魔女扱い、理化学研究所という名の王子様は彼女を裏切って、烙印を押し、王国を追放した。「STAP細胞はあります!」という宣言は、小保方さんが必死で唄う『レット・イット・ゴー』だったかもしれない。 女は誰もが自らの内なる雪の女王を抑圧し、王子様を待つ凡庸な少女として生きることを強いられる。エルサとアナに引き裂かれている。それを私は“アナ雪症候群”と呼んでみたい。 NHKの経営委員、長谷川三千子氏は埼玉大学名誉教授の哲学者だ。女性が家で子を産み育て、男性が妻と子を養うのが合理的と主張する発言をして、物議をかもした。<女で大学教授であるおまえが言うな><じゃあ、まず自分が専業主婦になれ>等、ネット上で猛バッシングを受けた。たしかに矛盾した発言だが、いや、これぞ“アナ雪症候群”の典型ではないか? 自らは大学教授として社会的能力を発揮する雪の女王でありながら、妹(=後続世代)には王子様を待つアナとして生きることを強いる。こんな長谷川氏のような人物こそが『レット・イット・ゴー』を唄って“アナ雪症候群”から解放されてほしい。どうだろう、いっそ経営委員としてNHK『紅白歌合戦』で「ありのまま」熱唱してみては? 今一人、私たちの国を代表する雪の女王がいた。そう、雅子妃殿下である。小和田雅子氏は外務省の有能なキャリア官僚だった。皇太子妃となって、職業的能力は封じられる。男子のお世継ぎを産むことばかりを期待され、好奇の視線や心ないバッシング報道にさらされた。やがて心労で閉じ籠ることになる。皇太子殿下がハンスのような悪い王子だったわけではない。「雅子の人格を否定する動きがあったことも事実です」と異例の皇室内の体制批判を口にされ、妃殿下を守られた。同世代の男として私は皇太子殿下の姿勢を支持する。雅子妃は『アナと雪の女王』をご覧になったのだろうか? ぜひ、愛子様とご一緒にご覧になって、高らかに『レット・イット・ゴー』を唄っていただきたい。創立90周年を迎えたディズニーは、いわば王制なきアメリカの精神の王室である。それが“アナ雪”で大きな変化の一歩を踏み出した。我が国の皇室はどうだろう? 皇太子妃が「ありのまま」生きられないような場所に、未来があるとは思えない。 『レット・イット・ゴー』=『ありのままで』は世界中で唄われて、21世紀が生んだスタンダードナンバーとなった。『マイ・ウェイ』や『イエスタデイ』、あるいは『インターナショナル』のように。しかし、どうだろう。『ありのままで』という歌が大ヒットして、これほど世界中で唄われているのは、多く人々が「ありのままで」生きていないからではないか? 「ありのままで」生きていない人々こそが『ありのままで』を唄うことで、一時、精神的に解法される。なんとも皮肉なことだ。 私は独身の中年男で、地位や権力もない。もちろん王子様ではないし、山男のクリストフのような勇敢な青年でもありはしない。こんな面白おかしい論を吹きまくることぐらいが取得の……そう、雪ダルマのオラフなのだ! 世界中の女たちが、高らかに『レット・イット・ゴー』を唄うことで、自らの内なる雪の女王を「ありのまま」解放するその様を、転がりながらそっと見つめていきたい。投稿者:中森 明夫 中森明夫 三重県生まれ。作家/アイドル評論家。著書に『午前32時の能年玲奈』(河出書房新社・・・
2014.06.19
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2014年6月4日水曜日解離の治療論 (49)解離性障害を診断する (3) 側頭葉てんかん解離状態が頻発するとみられる場合、それが時にはてんかん症状と区別がつきにくいことがある。特に患者が幼児期にトラウマを体験し、一見子供人格に帰りフラッシュバック用の体験を持っていると思われる状態が、実は側頭葉てんかんによる症状と混同されることがある。清水クリニックの清水先生は側頭葉てんかんについていかにお書きになっている。(http://members3.jcom.home.ne.jp/smzhry/tle-only.html#mokuji)最も一般的なタイプは、まず上腹部の不快感などの前兆があり、虚空を凝視します。顔がチアノーゼで青くなる人もいます。口をペチャペチャさせたり、舌をツパッツパッと鳴らしたりする自動症が見られます。「はい、はい」などの、その場と関係のない言葉を反復することもあります。中には、歩き出したりする徘徊自動症というのもあります。発作の持続時間は,大体1-2分です。その後、5-6分くらいもうろうとした状態が続いて、回復します。患者さんは、発作の前兆ともうろう状態の部分は記憶していますが、発作中のことは全く覚えていません。名前を呼ぶと、返事をすることがあるので、周囲の人は意識があるように錯覚しますが、本人は記憶していません。さらに、発作の間は、熱い、冷たい、痛いなどの感覚がありません。このため、発作中に熱湯が体にかかっても、発作が終わるまでは気づきません。家庭の主婦が、家事の最中に発作を起こして、大やけどをすることもあります。最も怖いのは、入浴中に発作が起きて、風呂の湯を発作中飲み続けて、溺死などの悲劇につながることです。このように、余り目立たない発作ですが、全身けいれんなどよりも、はるかに生命に対する危険性が高いといえます。さらに、やっかいなことは、発作の前兆がない患者さんも少なくありません。前兆がないと、発作があったことすら自覚できず、危険性の高い発作にもかかわらず患者さんの病気に対する自覚が低いこともこの病気の治療が困難な原因の一つとなります。私の体験したあるケースは、その「発作」の最中に、周囲に助けを求めたり、許しを請うたりする言葉が繰り返され、一見幼少時のトラウマを再現しているようであった。しかし繰り返して脳波をとった結果として異常波が見られ、抗てんかん薬が処方されることで症状が軽快した。2014年6月3日火曜日解離の治療論 (48)解離性障害を診断する (2) あんなことがあると、ネットバンキングなんて怖いね。 このうち幻聴は解離性障害が統合失調症と誤診される最大の症状であるとされる(Bliss, E. L., Larson, E. M., & Nakashima, S. R. (1983). Auditory hallucinations and Schizophrenia. Journal of Nervous & Mental Disease, 171(1), 30-33.)。その特徴としては、内容が多様であること、意味が明確であること、出現が幼少時にさかのぼることなどがあげられる(松本俊彦 解離性障害の診断および鑑別 岡野編:精神科臨床リュミエール 20 解離性障害 PP140-150 中山書店 2009年)。以前言われたほど、頭の中で聞こえることは、解離性の幻聴に特異的とは考えられていない(Honig, A., Romme, M. A. J., Ensink, B. J. , Escher, S. D. M.A. C., Pennings, M. H. A. , & deVries, M. W ( 1998). Auditory hallucinations: A comparison between patients and nonpatients. Journal of Nervous & Mental Disease,186(1 0), 646-65 1.←D525より)。 他方の幻視はどうか。統合失調症においては少ないとされる幻視は解離性障害には比較的多く聞かれる。また統合失調症の幻視が奇怪な内容であるのに比べて、解離性障害の幻視の内容はおおむね現実的で、過去の外傷体験のフラッシュバックという色彩を持つ(Douglas Bremner: Neurobiology of Dissociation: A View From the Trauma Field (Dbook 324-339)しかし他方では、幽霊を見るケースも報告されている( Hornstein, N. L., & Putnam, F. W (1992). Clinical phenomenology of child and adolescent dissociative disorders. Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 31, 1077-1085.) またこれは直接の幻視ではないが、解離性の体験における背後からの見られ感は柴山が指摘するが(柴山雅俊 解離性障害-「後ろに誰かがいる」の精神病理 筑摩書房 2007年)、臨床でも非常に聞かれ、これは他方で幽体離脱や自分を背後から見ているという体験とも相補的である可能性がある。関係念慮は筆者もしばしば統合失調症の決め手として用いるが、解離性障害においても同類の体験が聞かれることがある。ただしそれは一過性で、症状の首座を占めることはなく、むしろほかの人格との関係がそれにより表現されているという印象を持つ。2014年6月2日月曜日解離の治療論 (47)解離性障害を診断する (1) 解離性障害を診断する筆者の印象では、ここ10年で解離性障害の診断は以前より頻繁に、かつ正確に下されているという印象がある。統合失調症という見当違いの診断がついたままで「専門家」に紹介されるケースは少なくなってきている。ただし診断を下すことがそのまま治療のベースに乗るということを意味するわけではない。解離性障害の診断をいかに下すかは、その症例を知るということに尽きる。そして症例を知るとは、それを治療的に扱うと言うことを意味する。このように解離性障害の正確な診断は、解離性障害の治療的な扱いから生まれるという一見矛盾した事実がある。本稿では松本(松本俊彦 解離性障害の診断および鑑別 精神科臨床リュミエール 20 解離性障害PP140-150 中山書店 2009年。)にならい解離性障害の鑑別に重要な統合失調症とBPDについて考えたい。さらには特に注意が必要とされる側頭葉てんかんについても触れたい。精神病との鑑別私が薦めるのは、いわゆる精神病性の症状としての幻聴や幻視か関係念慮をひとつの手がかりとすることである。さらには記憶の欠損ないしは健忘も診断の大きな決め手となる。 幻聴、幻視、関係念慮などの症状が聴取された場合、それは統合失調症の可能性とともに解離性障害の可能性を同時に生むということを理解しなければならない。解離性障害の決め手は別の主体性を持った人格が、脳に宿ると言う事実である。その気配、そのメッセージの伝達は容易に「精神病」性の症状として理解される。
2014.06.04
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拉致問題終結の意味 2014年5月30日 田中 宇 5月29日、日本政府が北朝鮮との間で、拉致問題の再調査の見返りに経済制裁を緩和することで合意したと発表した数時間後、米国議会下院の外交委員会が、北朝鮮に対する経済制裁を強化する法案を可決した。新たな制裁は、資金洗浄と人権侵害に関するもので、核開発に対する既存の制裁の上に科される。たとえ北朝鮮がこんご中国などの圧力に応えて核兵器開発をやめたとしても、米国の対北制裁が残る仕組みになっている。北朝鮮に対する制裁を緩和する日本と、強化する米国という、日米が逆方向に動く事態になっている。 (US tightens North Korea sanctions) 米議会が審議中の新たな対北制裁は、北朝鮮がドルを使った国際決済をできないようにするものだ(ドルの国際決済はすべて米国のNY連銀を通過するので、そこで制裁する)。米国は07年にも同様の制裁を北朝鮮に科し、北朝鮮と取り引きしていた中国領マカオのデルタ銀行が制裁対象にされ、中国政府に大きな脅威を与えた。当時の米ブッシュ政権は、北核廃棄を目標にした6カ国協議の主導役を中国に押しつけ、その上で北への金融制裁を発動し、中国の銀行をも対象にすることで、中国に「早く6カ国協議を進めろ」と圧力をかけた。中国が脅威を感じて6カ国協議を進めて合意案を出すと、米国はそれに乗り、北に対する制裁を08年にいったん緩和した。 (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎) しかしその後、米国は北朝鮮との関係を改善せず中国に任せ切りにしたため、北朝鮮は核開発を再開し、3回にわたって核実験を行った。今年に入り、北が4回目の核実験実施をほのめかす中で、中国は北に圧力をかけ、中朝対立が強まった。米議会が北にドル使用禁止の制裁を再開することは、米国が中国に北の面倒を見させようとする動きの再強化を意味する。 (北朝鮮の核実験がもたらすもの) 冷戦時代の東西分断のなごりである北朝鮮を、崩壊させるにせよ、国際社会に受け入れるにせよ、どこかの大国がその軟着陸を主導する必要がある。昨今の米国は、北朝鮮を敵視する米韓合同軍事演習をさかんに行っているが、これは北朝鮮の脅威を煽るばかりだ。米国はもはや、北の脅威を低下させる解決策をほとんどせず、敵視するだけで放置している。1994年の枠組み合意締結から03年の6カ国協議開始まで主導役は米国だったが、その後は米国の希望により、主導役が中国に移っている。 (North Korea needs 'strategic shaping') 米国が北朝鮮問題の解決役だった時代に、米国は、北朝鮮の問題を解決することを通じて、極東の国際的な安全保障体制を、日韓の対米従属と中朝への敵視で構成されていた冷戦時代の体制から、日韓朝米中露が対等に協調するかたちに転換しようとしていた。94年の枠組み合意は、北が核開発施設を廃棄する見返りに、日韓が北に軽水炉を提供し、日韓から北への経済支援で北を経済的に安定させるシナリオだった。03年からの6カ国協議は、北が核を廃棄し、北朝鮮と日米韓が和解し、6カ国協議を朝鮮半島関連6カ国の地域安保協定に昇格することが最終目的だった。 (日米安保から北東アジア安保へ) いずれのシナリオでも、日韓は、北朝鮮と和解することで、北の脅威があるので対米従属が必要だという従来の国是を棄て、米国に頼らず独自の外交姿勢を持つ国是への転換を迫られる。日本が何も考えずに枠組み合意や6カ国協議に参加していると、米国の傘下から外されていきかねなかった。そこで日本政府は、98年から拉致問題を重要な外交案件に掲げて「たとえ米朝が和解しても、日本は拉致問題がある限り、北朝鮮と和解できず、敵視せざるを得ない」と言えるようにした。拉致問題は、ロシアとの和解を避けられる北方領土問題や、中国との和解を避けられる尖閣問題と同質の、日本が対米自立を避けるための「外交防波堤」だった。 (ヤルタ体制の復活) (6者協議進展で困る日本) 米国がずっと北朝鮮問題解決の主導役をしていたら、日本政府は拉致問題をずっと「解決」しなかっただろう。北朝鮮が謝罪しても、同時に渡してきた遺骨をDNA鑑定したところニセモノだったと憤って見せ(長く土の中にあって、地中の雑多な生物にさらされてきた遺骨を、DNA鑑定して本人のものと特定することは不可能だと、英国の科学誌ネイチャーが指摘したが、日本では無視された)、日本は拉致問題の解決を拒否した。 (北朝鮮6カ国合意と拉致問題) しかし03年から米国が中国に北朝鮮問題の解決役を押しつけ、胡錦涛の時代に消極的だった中国が、習近平政権になって北朝鮮問題の解決役をすることに本腰を入れるに至り、拉致問題に対する日本政府の姿勢が変化し始めた。米国が北朝鮮と和解して日韓を対米従属から押し出す見通しが消えた以上、拉致問題を使って日本が独自の北朝鮮敵視策を続ける必要はない。 今年3月には、日本政府が北朝鮮側と交渉し、モンゴルで、拉致被害者の横田めぐみさんの両親が、めぐみさんの娘キム・ウンギョンさんと面会する場を設けた。ウンギョンさんは、めぐみさんがすでに亡くなっていることを面会した祖父母に伝え、遺骨は別人のものだとする日本側の主張を全面否定した。この面会は、めぐみさんがすでに死んでいるとする北朝鮮の主張を日本側が追認せざるを得ない状況を作ることが事前に予測されていたが、それでも安倍政権は面会を実施した。 外交防波堤にする策を乗り越えて拉致問題を解決しようと02年に首相だった小泉純一郎が訪朝したが、事後の官僚機構のプロパガンダ策にかなわず失敗した。安倍首相は、小泉がやり切れなかった拉致問題の解決を成し遂げて、小泉を乗り越えることを目標にしている。外交防波堤としての拉致問題の政治的必要性が低下している以上、安倍は自分が訪朝し、拉致問題を解決した首相として歴史に名を残したいだろう。 (安倍靖国参拝の背景) 中国は、韓国と協調しつつ、北朝鮮に核兵器開発をやめさせようとしている。この策が成功すると、中国は、韓国と北朝鮮の両方を傘下に入れ、米国に在韓米軍の撤退を迫るだろう。朝鮮半島は、冷戦の場から中国覇権下に変質する。日本が拉致問題を解決して北を支援することは、この中国の覇権拡大を妨害する策でもある。北朝鮮の対外経済関係の大半は中国が相手だ。日本が貿易や経済支援を再開してくれると、北朝鮮は「中国や韓国から関係を切られても日本がいるのでかまわない」と強気に言えるようになり、中国や韓国の言うことを聞かないようになる。今のタイミングで日本が北との関係を復活することは、北の核兵器開発を助長することにもなる。日本は独自の核兵器を持っていないので、北の核を使って代理的に中国を威嚇させる戦略という見方もできる。 (China agrees North Korea's nuclear activities a serious threat, says South) 日本は、北朝鮮だけでなくロシアに対しても「中国の言うことだけ聞く必要はない」と言えるようにする接近策をやっている。安倍政権は、プーチンのロシアとの関係を悪化させたがらず、ウクライナ危機で米国がロシアを制裁するのに一応乗ったが最小限の制裁にとどめている。5月28日には、日本の国会議員33人が、ロシアのサハリン島のガス田から東京近郊まで天然ガスを運ぶパイプラインを敷設する計画を近く提案すると報じられた。 (Japanese Lawmakers Propose $6Bln Gas Pipeline From Sakhalin) サハリンから日本へのパイプライン計画は10年前からあるが、従来は北方領土問題などで日露対立があり、日本がロシアのガスに依存することでロシアが優位になることをおそれ、計画が進まなかった。2011年の大震災後、日本で原発が使いものにならなくなったため、状況が変わったとされる。だが、ロシアのガスに依存すると、EUがロシアに強い態度をとれないのと同様、日本もロシアを敵視できなくなる。 中国は先日、ロシアに恩を売るかたちでロシアから天然ガスを長期輸入する契約を結んだ。いまさら日本がロシアからガスを買ったところで、ロシアと中国を反目させることは困難だ。中国に脅威を与えたかったのなら、日本はロシアとの和解をもっと早くやるべきだった。むしろ今の日本は、中露結束による日本の孤立を防ぐため、ロシアからガスを買おうとしているかのようだ。 (◆プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) 日本が対米従属を続けられるなら、朝鮮半島が中国の覇権下に入ろうが、中露が結束しようが、日本にとって大した問題ではない。だが、米国の覇権はかなり揺らいでいる。オバマ政権は中国包囲網策として「アジア重視策」を掲げるが、その実体は、軍事展開の現状維持の見返りに、日本や東南アジアに米企業による利権食い荒らし容認の体制であるTPPへの加盟を求めるもので、これは「対米従属の値上げ」である。TPPに関する米国の要求はきつすぎて、日本は受容できていない。オバマは訪日時、米国の軍事負担を減らすため日本が自由に海外派兵できるようになれと安倍に求め、安倍はそれを受けて集団的自衛権の拡大解釈を進めている。米国は余力が急減している。いずれ日本は対米従属を続けられなくなる。 (◆WTOの希望とTPPの絶望) (Suspicion undermines US-Japan ties) 米国の覇権が衰退する一方で、中国の台頭やBRICSの結束が強まり、世界の覇権構造が多極化している。日本人は関心を持たないが、中国からコーカサスまでのユーラシア中央部では、中露の覇権が急速に強まっている。そんな中で日本は、対米従属以外の自前の戦略として、今回の、北朝鮮に資金をやって中国の言うことを聞かなくさせる嫌がらせ策を超える戦略を持っていない(嫌がらせ策でも、新たに打ち出しただけ大きな前進だが)。 朝鮮半島は戦前、日本の覇権下(国内)だった。今の日本人の多くは韓国人が大嫌いだから、朝鮮半島なんか中国にやってしまえと思うかもしれないが、これは日本の長期的な国益を無視している。戦前のような上下関係のある植民地化(併合)は「悪」だが、ドイツとフランスなどがEUとして統合したように、日本と韓国(いずれ北朝鮮も)が対等な関係で「日韓併合」するなら、EUよりはるかにゆるやかな統合であったとしても、日本は朝鮮半島を中国に奪われることを防げる。 しかし、このような試論は、日本人と韓国人が小さな無人島をめぐって強く憎悪し合う現状のもとでは、まったく机上の空論だ。このままだと、日本は無策のまま、唯一の依存先である米国をいずれ喪失し、中国沖の孤立した弱小島国に戻るしかない。
2014.06.01
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