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本当の自分に戻る作業が延々と続いている。どんどん波動が細かくなっているのでちょっとの異差が大きく響く。埋めるための振動が起こる。以前はわりと我慢できたことがすごく気になったりする。「このままいったらどうなっちゃうんだろう?」『完璧に精妙な自分自身として、在るだけだよ』「なんだ、そっか」押さえつけられたり、自分じゃないものを要求されたり何かみたいに振舞うことを要望されたりすることに我慢がならない。そんなふうに生きるのが、心底いやなのだ!!もう、まっぴらごめんなのだ!!!そんな気配すらまといたくないのだ。・・・ってなことを感じつつ羽ばたく元祖インディゴちゃん。今日もがんばる。来週の火曜日ごろには、六本木の地下の小さなスポットが地球のへそのごとく輝くでしょう。・・・ライブ、来てくださいね!
2007.02.28
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昨日と今日は、ジャズパレスで歌って深夜移動明け方生放送、帰宅という感じ。明日朝に股関節の病院、という予定があるんだけどいつ寝ればいいんだろう?明日の昼かな。そろそろ睡眠パターンをいい感じにしたい。今日明日を乗り切ったら。
2007.02.27
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夢の中で声がすることってないですか?今日はすごくおもしろい声が聞こえたので書いときます。夢と声は全然違う内容で進んでるんですよね。歌で仕事をするのが歌手・・・技術で仕事をするのが職人・・・演技で仕事をするのが・・・というような内容のフレーズが続いています。私はそれを聞きながらうーん私はどれだろう、それでもない、それでもない、というように聞いているんです。結構たくさんあったけど忘れてしまいました。で、最後に、ひかりで仕事をするのが、ライトワーカーというんです。で、それを聞いて私はあぁ、それだ!全部それだった!これからは誰に訊かれても大丈夫!ってものすごく納得するんです。それで納得^^って気分で目が覚めました。その瞬間は、人生の大きな問題が片付いたってくらいすっきりした気分でしたがあとから思うと、それ、なんでしょう?なにが大丈夫なんだかようわかりませんけど・・^^;ま、いっか
2007.02.26
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私のなかのかみさまは私がいいことをしてもまちがったことをしても褒めたり叱ったりしません。ただ、ふうん、そう、と言って私をみています。それで私は、勝手に自分を褒めたり反省したりしています。もっとこうしよう、とか、もっとこうなろう、というように。私が泣いたり笑ったり怒ったりしても私のなかのかみさまははいはい、と、待っていてくれます。なので私はじっくりと泣いたり笑ったり怒ったりします。思い切り泣いたり笑ったり怒ったりしていろんなことを感じます。すると私のなかのかみさまはふうん、そうなの、と私をみています。それで私はこんどはいろんなことを発見したりして喜んでいます。私のなかのかみさまはふうん、そう、と私をみています。私は納得したり安心したりしています。かみさまは、ふうん、そう、とみています。私は「ほら!みててね!」と言ってはりきっています。かみさまは、ふうん・・そうなの、とみています。「ねえ、かみさま、あなただってもし私だったらきっとこうするでしょう?」
2007.02.24
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ちょっと書きます。豆乳おからパンケーキホットケーキミックスのもと、で、普通のパンケーキの生地を作る分量のうち粉の半分をおからにかえます。牛乳の変わりに豆乳にします。(普通のパンケーキの時でも、牛乳より豆乳のほうがきめ細かくおいしいです)混ぜてみて、硬いようなら豆乳を増やしてとろっとした生地にします。あとはホットケーキの要領で焼きます。以上!おいしくてはまってます。おからの分量はお好みで。おからを多くするほど、豆乳を含んだおからがしっとりして違うケーキのような食感になります。分量を変えて楽しんでください。ダイエットおからクッキーって流行りましたよね?確かにおいしいんだろうな。結構お高かったよね?何か特別なもの入ってるんだっけ?ダイエットはおいといても味がおいしいです!摂り方によっては美容にもいいかもね。なんたって、おからメインだもん。みんなやってるのかしら?ほんと、おいしいですよ
2007.02.24
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今日は頭と咽喉が痛いです。ずっとくすぶっていたけど、今日は結構痛い。エナジーアラートでは少し前からエネルギーの統合に際して肉体的にこういう症状がある、と予告していますがそうでもないな、わたし、なんて思っていたら思い切りそんな感じ。痛いので電車でうとうとしていたら西荻窪だった。折り返し、中野止まりでカムバックしました。おつかれさまです^^;なので日記はおやすみしようと思いなんとなく、ふと、生支州さんのことが心をよぎったのでネットで名前を検索してみました。生支州さんとは、私がとっても信頼していて実際、ある時期を支えてくださったスピリチュアル・カウンセラーです。生支州さん自身はHPを持っていないのでヒットしたのは彼女のことを書いた別の人のHPやブログでした。その中に私のブログでの日記がヒット。軽く覗いてみると、なるほど、書いてました。生支州さんのこと。ふむふむ、なかなかいいことかいてるじゃない、と日付を見てびっくり。それは昨年の2月23日。明けて今日ですよ。この日記の日付は22日ですけどね。きゃーひさびさのときめきシンクロちゃん。このメッセージはなんなんだろうな。久々にみてもらっちゃったりしてみようかな。そういえば、こないだ友達から生支州さんが会いたがってたよ~なんて言われたんだったな。連絡してみましょ。
2007.02.22
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大学の時(演劇専攻)に仲良しで感性がずば抜けてた典子ちゃんからおもむろに「みおちゃんは生き方に型がない!!」って言われた。20年たったけどますます型がない。言われた言葉を時々かみしめている。歌を歌って女優さんをしていてセラピストだ。どれも私の一部。これからやってみたいこともたくさんある。本を書きたい。書きたいことはいくらでもある。地球を冒険したい。せっかくこんな時代に地球に来れたから世界中を味わってみたい。自然も文化も人間も。子供を産み育てる。子供を小脇に抱えてステージで歌うのは昔からやってみたいビジョンにある。映画で大ブレイクしたい。大ブレイクするのは私のどのピースを通してもいいんだけど映画では大ブレイクしたいな。フィルムに乗って世界を旅してもいい。私の出るステージはいつもチケット完売だ。私の出る劇場にはいつでも行列ができる。というのも結構ビジョンがある。行列のほうは早めに実現したいと思う。ヒプノセラピーに関してもかなりしっかりコミットメントしてやってるんだけど映画や表現で大ブレイクしてしまうと一対一のセラピーはあまりできないだろうと思うので今のうちにご縁のある人とのセッションはしっかりとやっておこうと思っている。やりたいことは子供の頃とほとんどあまりかわらない。ただ、20世紀までは海外には全然行きたくなかった。21世紀に目覚めたエンコードメントだ。あと、20代までは全然結婚したくなかった。これも時間が必要だった。セラピスト、と思ったことはなかったけど看護婦さん、って思ったのは幼稚園の時一瞬あったしあとはもう全部やりたいようにやってる。今、歌ったりセラピーができるのは演劇が基礎になっているので私にとってはどちらも演技の一バージョンみたいに感じている。以前は早くすべてかなえたいと焦っていたんだけど今はそういうのが全然ない。今やっていることをしっかりやっていればどうせ全部かなうだろうと思っている。チャンスが来た時にもうやりたくなくなっていて選ばないという可能性はあるけれど。選ぶタイミングも順を追って完璧なタイミングでくるだろう。一番の違いは以前は「誰かに」選ばれなければと思っていたが今は「私が」選ぶものだと思っている。そうなるには結構年月がかかった。ちなみにこれまでの人生での現実化でとてもエキサイティングだったもの。まず、芝居で看板女優というものになりやりたい役を次々と演じたこと。理想のヒロインを演じまくり観客を魅了したこと。自分で脚本を書いてプロデュースして演じたこと。でもこの時は演技に集中できず演技には不満が残った。20代前半。おおばこのキャバクラでナンバー1になったこと。それまでの人生、一般受けタイプでなかったのでかなりの自己変革。そして、舞台ではお金が稼げなかったので自分の魅力と努力でどこまでかたちにできるのか数字とか順位とかお金とかに疎かったが自分の想念をかたちにする実験と実証がかなりできた。人間力の基礎を学んだ。できないと思っていたことを全部覆すくらいがんばった。おかげでいつも誰かが仕事を紹介してくれたので自分のエネルギーを制限なしに出していれば必ずキャッチされるものだと身をもって学んだ。そこでの実話を元に芝居を一本作った。おもしろかったです。30代前半。もうこの頃は波動や意識の勉強をしていたのでひたすら実践と考察の日々。毎日が驚きだった。キャバクラや銀座のクラブでカラオケを歌うと人気が出た。オールウェイズラブユーを歌うたびにいつかニューヨークで、黒人の観客がいっぱいのステージで歌って感動さっせるんだとビジュアライズしていた。どうしてもNYに行きたくなって友達と100万円持ってNYで自分試しと勉強三昧しようとイメージしたところ2ヵ月後には投資の申し出があり100万円持ってNYへ。(友達は来れなくて1人でした)そして、何百人ものブラザーが週末に集まる熱いライブハウスでオールウェイズラブユーを歌い歌う前はブーイング気味だった聴衆は曲が進むにつれて歓声に変わりスモークが焚かれ、ミラーボールが回り(盛り上がった時にだけそうなる)最後にはスタンディングオベイションで大勢がハイタッチ。劇場を出てからも何人もの人が「ありがとう!楽しませてくれて」と声をかけてくれた。マライアのツアーメンバーのベーシストが「きみの声、特にYOU~のところが、最高!」と言ってくれ2度目にそこに出た時、彼が選んでくれた曲がWIND BENEATH MY WINGS。その時の歓声は1度目をさらに上回り東洋からきた小さい女の子にみんなが興奮しそして祝福の声をあげた。自分でも、なにか不思議なちからが働いているのがわかる。ぞっとするぐらい、自分で泣きそうになるくらい、いい歌が私から出てきた。それは、映画の主人公が画面から飛び出して現実になったようだった。30代後半。それから、私の人生でもっともだいじなことのひとつがもうすぐかたちになります。それについてはまた。
2007.02.21
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今日は目覚めてからもなんとなくからだがこわばって硬くて重い、嫌な感じだった。かぜかなぁと思いつつ(風邪はなんとなくずーっと抜けきらない)もやもやしながら何かを探していた。多分、解決策を探していたんだと思う。瞑想したかったんですね。でもなんとなく入りづらくて・・・で、いつもチラ見するサイトになぜか今日はひきつけられて読んでいたらやってみたくなったのがエンコードメント・テクニックどっかで似たようなテクニックに出会ってた気もしたけど今日はこれ。で、やってみました。そしたら、終わったときにはからだが嘘のように軽かったのです。その瞑想をしている間に、それと関係するメールが2通も来ていました。ああ、うまくいったんだなその間多分、ものの5分か10分でした。その後はとってもすっきりしたので瞑想がとてもしやすくてすいすいといろんな瞑想をしてその後の体感もばっちりでした。必要だったんだなぁ。
2007.02.20
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押し付けないというのは魂の健康のためには結構大事な事だ。私たちのエゴの欲求の中には相手をこちらの意に沿うようにしたいという願望がある。言葉を変えると「相手をコントロール支配する」ということになる。なんでそんなことをするのかというと自己のこころの満たされない部分を満たすための代用である。相手をコントロール支配するための方法はその人のこころのクセによりいくつかパターンがあるがそのパターンもたかが知れている。あからさまに甘えたり怒ってみたり泣きおとしたりダダをこねたりというのは子供じみているので相手をするほうも疲れてしまって徐々にその人から離れていく。わかりやすくてまあ罪がない。やっかいのなのは権力を振りかざす(まぁこれもわりとわかりやすいけど)とか理論で正論を言って相手を服従させるとか手が込んでくると相手を褒めておいて懐に入ってから相手の弱みを言ったりして傷つけることで相手を精神的に弱者にしてしまうなんていうやり方もある。これは理解者を装って自分はわかっている、見えていると見せかけてから弱点をつくので結構罠にかかりやすい。気がついたときには相手に服従してしまっているのでその人のことが嫌でもなかなか離れられなかったりする。こころのどこかで相手に認められたいという欲求が起こってしまうからだ。親切の押し売りというのもこれに似たコントロールだ。親切でいい人、と思わせておいてじわじわと自分の欲求を押し付ける。本人すらいいことをしているという自覚しかないので相手が意に沿ってくれないと裏切られた、こんなにしてあげたのに、と気分を害してしまったり今度は攻撃が始まったりする。スピリチュアル的には「パワーゲーム」といいます。人間はエゴを持った生き物なので、多少なりともこういった傾向を持っている。人格の端々にちょこっとこういう傾向が出たりするのはうまくすると魅力だと思う。かわいいところってやつ。でも、このコントロールゲームに意識をのっとられてしまうと愛を見失うことになってしまう。予防対策として肝心なのはまずは自分の中のこのパターンに気づき手放すこと。波動は類友なので、自分の内面がそうでなくなればおのずとそういう類の人から遠ざかるもの。たとえそういう人に試されそうになっても相手にしなくて済みます。でも、さっきも言ったように人間はエゴを持った生き物なので多少なりともそういう部分を持っています。持ってない人間になろう!とがんばるよりもみんな持ってるもんな、とそれを許し客観的に眺めて観ることの方が現実的だし精神衛生上いいと思います。そうこうしているうち、そういう傾向も自分の中でだんだんパワーを持たなくなっていくものです。ちなみに私の場合、村上春樹さんのエッセイの言葉が予防策としてとても役に立ちました。『表現をしていると、なにかといちゃもんつけてくる人は多い。的を得ている内容もあれば、ちょっとそれはないぜというものもある。気をつけたほうがいいのは、やたらと的外れなことまで褒めてくる人だ。的外れにけなされるよりいいやと思って言わせておくとそういう、的外れに褒めてくる人は必ずどこかで的外れにいちゃもんをつけてくるものだ。だから、的外れに褒めてくる人の言うことは信用しないようにしている。』というような内容だ。私にとって春樹さんのエッセイはある意味バイブル的なところがある。この教訓は、私の体験から言ってもかなり正しいと思う。人間はあまり欲張っていいことばっかり言われようとしないで自分が本当にいい、と思うことを黙々と誠実にやっていくに限ると思う。特に芸術なんてものは10人いいと言ってくれたら90人ぐらい敵がいて900人ぐらいは日和見だと思う。マスコミに出る(売れる)ということは900人の日和見をどう見方につけるか、という話しだ。ところで今日の話は、表現をしている人が飲み屋でくだらないオヤジにくだらない押しつけにあった時の対処法から健全な人間社会の創造家庭での子育て人間の心理分析とスピリチュアルの基礎までを網羅してみました。マジメなはなし。
2007.02.19
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最近お気に入りの野菜スープをご紹介します。しかも恐ろしく簡単。大きいなべにお水とだし昆布を適量入れます。にんじん1~2本を薄めのいちょう切りにして4分の1~半たまのキャベツを荒めの千切りに。基本はこれだけなんだけど今はセロリが安くておいしいからちょこっと小口切りに。全部をおなべに入れてあとは煮るだけ。野菜が煮えたら、岩塩をしこーしずつ、味をみながら入れて味付け。以上です・・・!昆布は煮える前に取り出すのが正しいかもしれないけど私は一緒に煮て、食べちゃいます。野菜は小さく薄く切ったほうがいけます。味付けは、ほんとうにこれだけのほうがおいしいんです。ブラックペッパーをちらりと振ってもいいです。鶏肉を薄切りにして少し入れてもおいしい。(だし代わり程度)びっくりするくらいおいしいですよ。岩塩がものすごくまろやかにとろっとした野菜の甘みを引き出してくれるみたい。これを食べるたびに、野菜ってすごい!岩塩って、こんぶって、えら~い!と感動してしまいます。
2007.02.18
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一週間が一瞬の束になって過ぎた!びっくりしたぁ・・・今週は月曜が祝日だったからだと思うでしょ。いえ、私は今週は月曜から仕事しましたぁ^^いーこいーこ明日は一件お仕事が延期になったのでおやすみになりました。昨日はとうとう行って来ました。股関節の検査に。朝の10時に受付して、順番が来たのが2時。全部終わったの3時です。レントゲン撮って問診しただけなんですけど。でも、意外と明るく親切な雰囲気だったので助かりました。新しく股関節専門という科ができてたそうで、そういうのもあるんだな。もちろんそこにかかりました。診断としてはやっぱり赤ちゃんの時の股関節脱臼が原因だろうということです。症状を聞いて先生は「即手術かも」と思ったそうですがレントゲンの結果では「そこまでじゃなくてよかった」そうです。お母さん、「私のオムツの仕方がきちんとしすぎてなったんだって~」ってちょっと自慢げに昔話していたけど、大変なことになってるょ。そんなこと知らないわよって言われそうで言えないですけど。これからお母さんになる方は気をつけてね。赤ちゃんの足をオムツで矯正(強制)しないように。関節のはまり具合が浅くて足りないそうで、スムーズじゃないために炎症を起こしていると考えられるそう。さらにおそらく骨の足りないところに軟骨みたいなものを付け足そうとからだが働いているため、それがまた変形したりして痛いらしいです。その軟骨みたいのがどうなってるかとか内臓とは関係ないかなど見るので今度はMRI検査をすることになりました。はぁ・・・ま、はっきりしたのでとてもよかったです。でも手術しない限りは治らないらしいし年とともにひどくなるものみたいなのでこれからはジョギングとか登山とかダッシュとかは・・・(どれもすごくやりたい)あまりできなくなっちゃうのかも。30代から、椅子から立ち上がるのはそおっとだったんだけどこれからももっとそうなるのかと思うとちょっと悲しいです。以前からよく思っていたのが、じっとしているのが苦手なので文を書く仕事はできないからからだが動かなくなってきたら物書きになろう、なんて思っていたけどそんなこと思ってるからなったのかなぁ。そろそろ物書きになれってことかなぁなんて思ったりしてね。いや!でも私、歩くの大好きだし山登り得意だし世界中を冒険してそのこととかを書きたいというのが夢なのでそんな現実化はいりません。断じて。ライブを控えて、自分の歌というものを見つめなおし作業中。今できる、(なるべく)最高のものを目指して日々試行錯誤。やってみよう、と思ったことができた時ってほんと嬉しいよね。ベースの超ベテラン奈良さんから今日も暖かいお言葉をちょうだいしました。「少しずつやっていけばいいから。どんどん変わってきてるじゃない。そういうのちゃんとわかるから。僕も、少しずつ、はは・・若輩者とは・・言えないけど」あぁほんと、そういうお言葉に甘えることなく進化し続けたいです。ありがとう。それから、音大のピアノを出られた若い女性のお客さまが私に質問があるっておっしゃってどこでどんな歌の勉強したのか、尋ねられました。大学の演劇専攻出身でそこで声楽をやったのと舞台で歌うことが多かったのとあとはほとんど独学であることをお話しました。ものすごく納得なさって「その声は、すごいなと思って。太くてドスが利いてるでしょ。作って出せる声じゃないです。天性です。習うものじゃないですよね!歌って」私最近、なるべくかる~く声を出す取り組み中。今日なんかかな~りライトにソフトに歌えたぞと思っていたけどそれでも太いんだなぁ、それって結構すごいことだな。そして私がサンクで歌い始めた頃に今のジャズパレスを紹介してくださった某氏にライブのお話しをしたところ、ご一緒にみえたお友達に「一緒に行こう。8000円でAZUちゃんの歌が聴けて飲めるなんてなんて随分安いゾ。」なんて。うれしかった。
2007.02.16
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水曜日ですが、臨時でジャズパレスに出ます。もしお時間ある方はいらしてください!お待ちしています^^
2007.02.14
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タイムスケジュールが続いたためすっかり体内時計が狂う。無理やり戻そうとすると苦痛が伴う。(うまくいかないのでストレス)よくよく考えてみれば、タイムスケジュールがめちゃくちゃなのだから睡眠や食事だけ普通の時間帯にしようなんて考えがそもそもからだの都合を無視している。そうだな、無茶をさせたんだから、その分からだの言い分をよぉく聴いてみようと思った。そっちのほうがずっと健全で健康的な考えだ。困った結果が出たのならもたらしたほうの要因を変えるか結果を甘んじて受け入れるかその両方(甘んじて受け入れ、なおかつ要因を変化させる)というのが無理のないやり方。考え方は理論的だが、実践はとても野性的だ。(からだに訊け!みたいな感じ)やってみると、自分に合ったスタイルがおのずと見えてくる。そんなわけででたらめはもうしばらく続くのかな。でも結局からだの言い分に素直に従ったほうが物事はスムーズに運ぶし能率も上がるし笑顔も増え、結果的に周囲も幸せになる。合理化とはこんな感じであってほしい。
2007.02.12
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20年くらい欠かさずしているのはからだの歪みをとる体操と筋肉を落とさない体操。やり方は時々で変わる。流行りものは一応試してみる。そして効果的で自然でフィットするスタイルに淘汰される。大事なのは骨格と筋肉が、いいポジションにあること。20年くらいかけて、徐々にいい形になってきている。心に歪みがあると、たらだも歪む。いつも『結果』を見ながら『要因』を変えるのが私のスタイルなのでからだのかたちを見て、中身のどこが歪んでいるかチェックする。体重はほとんど平均してあまり変わらない。今はやや多めで安定している。(1.5キロ余分。)だけど、以前はちょっと太めと言われることが多かったのに最近は細めと言われる。(決して細くはない。)多分、体型のバランスのせい。以前は力んだ性格だったので、肩がもりもりしていた。腕も太かった。息を吐くのが下手だったので、いつも息を吸ったかたちのからだになっていた。そういう体型がいやだったので、性格のほうを直したらかたちもずいぶんすっきりしてきた。それから頭で考えることと感じることにずれが大きかったので首にいつも負担がかかっていてなんとなく首が太く見えた。エネルギーが詰まっていたのだと思う。今はだいぶ首がすっとしてきて、軽やかに見えるようになってきた。地に足が着いていなかったので、足がもっと曲がっていた。地面と仲がよくなかったため、足にも不細工な肉がついていた。地に足が着かないと、立っていることに自信がないから変に力が入るのだ。今は地に着いた足が好きなので、だいぶすっきり見える。おなかには全然肉がなく、太るとおしりにばかりについていたが今は均等につくようになった。多分、以前は体面を気にしていたからだと思う。均等についたほうがきれいだし、自分でもすぐに気づくのでリセットしやすい。心のクセで体型は作られていると私は確信している。だから、いろいろな人を観察していると、体型からその人の心のクセというのが読みとれるようになる。いちいち考えなくてもぱっと見ただけでその人の内面からのメッセージはたくさん受け取れる。だからそういうのは、霊能力とか透視ではないけど観察と分析の目があれば結構正確にたくさんのことは読める。私は子供の頃から観察と分析がクセなのでその蓄積は結構すごいのだ。シェイプアップからセラピー、接客と、いろんなことに役立つ。時々、どこからどこまでがどんなちからなんだかわからなくなる。前世療法をやっているので、結構質問されるのだ。霊能力みたいなものがあるのか、と。基本的には、そういうものはない、とお答えしているが全然ないかというとそうでもない。例えば、話題の、オーラは見える。予知夢、正夢は見る。(一番すごいのは、淀川長治さんが亡くなった夜に夢に出ていらっしゃった。宇宙空間に額縁が浮かんで、その中に淀川さんがいる。そして「私はこれから宇宙で仕事をします。さよなら、さよなら、さよなら・・」と言って去っていかれたのだ。翌日ニュースで訃報を聞いた。びっくりしたけど、どうして私のところに現れてくれたのかが不思議。)虫の知らせがある。ダウジングで、人が触ったものを当てられる。思いをかたちにするのが得意。望んだことはだいたいかなう。シンクロニシティを意図的に起こせる。(ほとんどこれに頼って生計を立ててきた。)チャネルも使う。人の心の声が聞こえる。(これはちょっと変わった能力かも。サトラレの反対。)でもそういうことは、瞑想と、エネルギーの観察とそれに伴った行動をしていれば当然のように身につくものだ。どっちかというと人間力の延長だと思う。それよりも自分の中では、歌が歌えることのほうが超能力に近い。歌はそこそこ歌えたけど今みたいでは全然なかった。私の歌の学び方は、まず、ものすごい歌手をイメージしてなりきる。憑依し、ダウンロードする。そして徐々に自分の肉体を鍛えて声の出し方やコントロールを身につけていく。そういうのの繰り返しだ。そういうやり方でなければ、とてもじゃないけど間に合わない。もともと私は音楽の勉強などほとんどしてないし特にいい音楽を熱心に聴いて育ったわけでもない。霊能力を身につけないとスピリチュアルじゃないと思っている方も多いみたいだけど私はそうは思っていない。そういうのは足が速い、とかそういうチャームポイントの一つだと思う。だけど、潜在意識の世界を知り、観察力とか想像力とか思いやり、といった人間力を鍛えると人間はかなりおもしろい力がつくと思う。人生を思い通りにデザインして生きるというやり方は人間力でマスターできますよ^^
2007.02.07
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女性は産む機械発言について身の回りでコメントしてくる男性が多い。しかも私含めて話してるのに、私の意見は聞かない。「そんなに問題なんだろうか」みたいなことを話している。私は最初テレビで見たときは、あまりにばかばかしくて全然腹も立たないし不快ですらなかった。だって、そんなの、あまりに全然そうじゃないに決まってるからだ。怒る気も起こらない。あまりにタイプじゃない男から「きみ、タイプじゃないんだ」と言われても痛くも痒くもない。カンチガイおとこだわ~と思うだけだ。ついでに種なし男は廃棄、位のことも言ってみたらいいのに。同じようなことでしょ?でも、ああいった発言をあり、だと思う男性はみんなどこかで男はやるマシーンだと思ってるんだろうな。オレ、やるマシーン、オマエ、産むマシーン、みたいに。もちろん、間違っています。あなたはそうでも私は違います。だけど、その話題を私含めての席で話題にしてそんなに目くじらをたてるのはどうか、みたいなことをふっといて全く私の存在を無視して話しを適当に流されるのは正直むかついた。あげくに「おれのかあちゃんは怒らなかった」「実際産んだ人と産まない人ではまた違うのかもしれないね」「うんうん」・・・・・以上、みたいなのは、なんなんだろう?そんなのは、断然無礼にもほどがある。どうしたいの?どうされたかったの?びっこの人の前でびっこ差別発言ってさぁ、あってもいいよね、うんうん、ってやってるようなもんでしょ?違いますか?せめて、そういう会話するなら、びっこに発言を促すくらいのデリカシーと責任感を持てよ。そこでぶち切れられて逆切れするくらいの信念があっての発言なのか?ほんと、軽くてやんなる。きっと、とほうもなく、想像力が欠落してるんだろうな。そういう人と触れ合うと、すごく疲れてしまう。どんな人でも笑顔で受け入れたいと思うからこそ。もちろんそういう人にだっていいところもある。そういうことがわかるから、もっと疲れてしまう。だから、そういういいところもあるけどダメなところもある人に対してむかついてる自分自身を受け入れてあげようと思う。私は今、一生懸命に、怒ってみているのだ。じゃないと、人間に絶望しそうになってしまう。そんな、やるマシーンみたいな生き物と同種だなんて。
2007.02.04
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生クリームいっぱいのケーキ。ただし、混ざり物いっさいナシの。生クリームはもちろん特別おいしい牧場の牛乳からつくったやつ。コーヒーは酸味の少ない軽いのにコクがある薫り高いコロンビアかマンデリン。オーガニック豆。痛みのない足。寝る時に痛いので睡眠がうまく取れないのです。おかげでものすごくたくさん寝ないと疲れが取れないのでだんだんご機嫌も悪くなります。歩く時痛いのも歌う時痛いのも我慢してるんだから寝る時くらい寝かせて。ロバート・デ・ニーロが、もう一度若くなってもっとたくさんの作品に出てほしい。本当にかっこいい役者って少ない。彼の作品は何十回見たっていいんだけどできたらもう一回20代から生き直してまた作品を増やしておいてほしい。私が一生退屈しないように。彼を見るたびに、うちのパパちゃん(声優の仲村秀生)に声当ててもらいたかったと思う。どうしてうちのパパがデニーロ持ち役じゃなかったのでしょう。あんな天才でかっこいい男の声をできるのはうちのパパ以外には永遠にいないと私は思う。声優さんの演技ってなんとなく2次元的なんですよ。紙の文字を読んでるからああなっちゃうんですけどうちのパパは、声だけで異次元を表現できる役者なんです。何本かビデオを持ってますけど何十回見てもおんなじところで号泣しますよ。その声のトーンに。ジェームズ・キャメロン監督の「アビス」って映画の主演のエド・ハリスを当てているんですが完全にオリジナルの演技を超えています。吹き替え版のほうがいい洋画なんて他に見たことがありません。父の主演のもの以外でそう思ったことがありません。もう一本、これは飛行機の機内放送でしかみられない吹き替え版ですが「Nobody's Fool」って映画、これは主演のポール・ニューマンを父が当てています。ポール・ニューマンがさえない田舎のへんくつオヤジを見事に演じた淡々とした映画ですがこの声の演技には参りました。最高なセリフは「おぃ泣くなよ~」ってとこです。友達の頭の弱いオカマに言うせりふです。多分誰もご覧になれないと思いますが・・・・アビスの方は、レンタル用のビデオでもしかしたらあるかもしれません。アビスでのぶっ飛びセリフは「たたかえ!たたかえ!たたかえ!・・」というところです。なんであの人(父)は実生活がないのに演技ではあんなにもあんなにも愛に満ち溢れた繊細で大胆で琴線に触れるような美しいみごとな演技ができるんでしょう。だから私は、実生活で学んだことを演技にするなんてことは信じないのです。演技というのは、宇宙のアカシック・レコードから引っ張ってくるものなのです。最初っから私は知っていましたよ。演技を初めてしたときから。だから私も天才だと言われたものでした。大体、日常でやってることを演技でまねするなんてただのまねじゃないですか。まねなんかで人間を感動させるなんて間違っています。演技はもっと超越したものなんです。魔法であり、変身なんです。それは限られた人にしか絶対できません!そういう才能を持ってる人だけです。だからなんだということはないです。プロであってもそうでない人がほとんどですから。ただ、私はそういう魔法が使える人の演技じゃないとつまんないだけです。えばってもいないし、だれにもわかってもらえなくてもいいです。マーチン・スコセッシは最近ディカプリオと組んでるけどディカプリオは、もっとださいいい感じの役どころでがんばればよかったんじゃないかな。スコセッシは本当にすごい監督なんだけど彼のすごいところはすごい役者を思いっきり泳がせるところだから本当にすごい役者を真ん中に置かないと・・そして配置だけはしっかりしないと成立しないのだよ。アル・パチーノのセント・オブ・ウーマンがまた見たいな。本当にかっこよかったよ。彼はおっさんになったほうがかっこいいからもう一度若がえらなくていいです。・・・・・・あれ?なんか私、飢えてるな。今の心理を読むと、明日はケーキ買ってDVDレンタルだな。決まりっぽい。P.S こないだの銭金見ました?舞踏の先生が貧乏として出てたんですがあれは貧乏とかを超越してて、なんで出てきたんだか全然わからなかったんだけどもう私としては父を見てるみたいで・・・今度誰かに父を説明する時は例に出そうと思いました。どこがそうかと言うと、またちょっと難しいんですがもう、普通の人間とは波動が違いすぎて、言葉がまず誰ともかみ合ってないです。ぼけてるみたいだけど、ぼけてるわけじゃない。「じゃ、この曲で踊ってください」って言われたら「いいですよ」ってひっどい曲でも違う次元でぱっと捉えて踊ってしまう。踊りに入った瞬時に人間が変わっている。一家離散している。離散を悪いと思っていない。普通には理解しがたい絆がある。でも一緒には暮らせない。(多分暮らすとみんな不幸になる。)稽古の鬼。草とかをてんぷらにしてたべちゃう。かといってエコライフをやってるわけではない。畑があるけどやってない。野菜は買う。一部の人間からは乞食のようにさげすまれまた一部からは神さまのように扱われる。そんな感じ。
2007.02.03
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私は自分が輝きたいと同時に輝いている人がとても好きだ。セラピーをやっていておもしろいのは目の前で人が生き返るみたいに輝き始める時だ。思い込み、という鎧の存在に気がつき脱ぎたい、と思ったとたん人は輝き始めるものだ。人が輝くのを阻害しているものは常に、その人の心の中にある。どんな環境にあっても、その人の人格や霊性のレベルがどうであろうともたった「今」から人は輝き始められる。「そうだ!私は、真実を生きよう!私自身の真実を!」と決めた瞬間から宇宙はサポートを始める。そのようになるように、周りが動き出す。たとえ見た目には都合がよろしくないように見えたとしてもそれは真実を生きるのにふさわしい道だ。苦しそうに見えても病弱でも怒りに満ちていてもさびしそうでも貧乏でも頭が悪くても真実を生きると決めて人生と向かい合っている人はただ輝いている。名優が演じる悪役が、かっこいいのとおんなじだ。そういうふうに、かっこよく生きたい。私の思うかっこいいは目いっぱいその人であるということだ。困った時の私のお祈りは『ああどうか、魂の行きたいように生きられますように!』
2007.02.01
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