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三味線を抱いて門並(かどなみ)に5厘1銭を乞(こ)うて歩く女芸人でさえも、どんな歌を唄(うた)えば時の人気に歓(よろこ)ばれるかを絶えず研究しているそうだ。時代がどんなに変わっても大衆の動き一ツ考察しないで「宗教芸人」たらんとするまた難いかなだ。
2022年01月31日
今の宗教家などに「 告白」などを持って行ったら直ぐ自家商売の宣伝材料にされるから滅多に油断がならぬと訴えた苦労性の青年が居た。薬一服をを買えばたちまち広告に利用される。精神上の苦悶は所詮肺病や梅毒と同じ効用を飢えたる宗教家に捧げている。
2022年01月31日
横 井 さ ん 襲 う 異 常 な 興 奮「 戦 友 の 亡 霊 が 」 突 然 の ” 文 明 に シ ョ ッ ク ”?「 死んだ戦友を残して行くのは気が狂いそうだ 」「Ⅰ日も早く帰りたい 」「 天皇陛下がかわいそうだ 」と28日は、4度の記者会見に現れた横井さんの感情は激しく揺れ動いた。28年あとで人間社会に投げ込まれたショックに襲われているかのように。付添いの大鹿時義さんとの短いやりとりが終わったあと、記者団に向かって両手をみせ「 このとおり元気になりました。あしたでも帰れますよ。見てちょうだい、この腕を 」とニコニコする横井さん。ところがそのあと顔をこわばらせ「 ゆうべちょっと気違いになりました 」どうしたのですかという質問に両手を頭の上でぐるぐる回しながら「 頭がこんなになりました。亡霊にやられました 」と顔をっ真っ青にする。どうしたのだろうか。横井さんの説明によると「 興奮したせいか眠れずにいると戦友のことが次々と頭に浮かんだ。そばに置いてあった日本の新聞を何気なく見ると、その新聞の字が全部死んでいった戦友の亡霊にみえて、踊り狂っているのだ。私は日本に帰るべきか、それとも死んだこの戦友たちを残して日本に帰るべきでないか、あるいはここに踏みとどまるべきか、どうしていいのかわからなくなってしまった 」という。新聞の字が ”なぜお前はおれを置いて帰るのだ” と呼びかける戦友の顔にみえてくるのだという。しばらく間を置いた横井さんは、じっと考え込むように「 ですから、自分の病室のマクラ元に英霊をこしらえました 」という。仏壇がわりの何かをつくったという意味らしい。病院での食事について横井さんはなんでもおいしく、全部食べるという。一番おいしかったのは、オモチのぞうにとミソ汁だったという。この二つはいずれもグアム政庁観光局次長のエドワード・筒井さんが差し入れたもの。横井さんは記者会見の席でぞうにのことがすぐに思い浮かばず、そばにいた中村厚生省援護局長に「 あれはなんというのでしたか 」とたずねたほど。もっとも日本的な料理を横井さんはどわすれしていた訳だ。記者団から「 天皇陛下とお会いになれるそうですが、どうですか 」とたずねると「 ハイ、その話は聞きました。びっくりしています 」と。最後に「 日本に帰ったら、だれに会いたいか 」という質問には「 まず靖国神社に行き英霊に会いたいと思います 」と堅い表情に変わった。2.3日前の答えと大部ニュアンスが変わってきた。ちょっと間をおいて「 そりゃ、父や母に会いたかった。けど、死んじゃ・・・・・ 」と涙ぐむ。この日の記者会見は4度目になるが、会うたびに横井さんの感情の起伏は激しくなるばかり。28年間文明社会と断絶していた横井さんの心は、悲しみと喜びの間を激しく行き来しているようだ。上記・記述は、1972年( 昭和47 )1月29日、新聞に掲載されたものです。
2022年01月31日
風鈴文楽短歌集1月も終わりとなりて何したる自宅で過ごす時もよかれや
2022年01月31日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 情にほだされる 」( じょうにほだされる )(「 ほだされる 」は身の自由を束縛される意 )人情に引かれて、そうあってはいけないと思いながらも、つい甘い態度を取る。「親子の情にほだされて、つい我が子をかばってしまう」
2022年01月31日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 情 に 脆 い 」( じ ょ う に も ろ い )おもいやりが深い性質で、相手の立場に同情して厳しい態度がとれなくなる様子。「情に脆いもんで、涙ながらに窮状を訴えられると、借金の催促ができなくなった」
2022年01月31日
あなたの信仰は?と問われて「 常時休業中 」と答えたものがある。ようやく壮年に入って社会的に勢力を有すようになると大抵は信仰など忘れてしまうものだ。
2022年01月30日
「 信仰などと口に出して論究しているものは実は生命の遅刻者だ。今の世、それが商売でない限り信仰なんか語られるもんじゃない。魂に猿轡( さるぐつわ )をはめて人形を踊らして見たってそれが何になる? 」
2022年01月30日
グ ア ム 島 に 日 本 兵28年 密 林 で 生 き て い た川 で 魚 取 り 中 発 見元 気、記 憶 も は っ き りグアム島で元日本兵一人が1月24日発見された。「名古屋市出身、ヨコイ・ショーイチ」と名乗ったが、毎日新聞の調べなどで名古屋市中川区富田町千音寺3983、横井庄一さん(56)とわかった。ジャングルの中で現地人漁民にみつかったもので、魚や木の実を食べ「終戦は知っていたが、こわくてジャングルから出られなかった」という。グアム島の生存日本兵は35年に皆川文蔵さんと伊藤正さん(共に東京在住)が発見されたことがある。その後、39年に厚生省が現地で40日間にわたって生存日本兵捜しをしたが、発見できなかった。グアム島といえば太平洋上の巨大な米軍基地だが、いまやレジャーの地としても有名。そこにタイムトンネルをくぐり抜けて現れた4半世紀前の旧日本兵。戦争ー平和という激動の28年を鮮烈に描いた文字どおりのドラマである。横井さんは24日グアム島の漁民2人に発見され、逃げようとしたが、捕えられた。ミクロネシア旅行中に同夜、横井さんと対面し、25日朝、TWA機で那覇に帰った太田斎(ひとし)さん(28)によると、横井さんは上下半身ともカーキ色の毛布をまとい、ハダシ。ヒゲもじゃもじゃで、やせてはいたが、足どりはしっかりしていた。ジェームス・新宅日本名誉総領事も付添い、横井さんは、しっかりとした日本語で話していた。住所氏名や大正4年3月31日生まれという生年月日の記憶も鮮明で、8年前までは3人で生きていたが、2人が病死した後、観光地からほど遠いタロフォフォ村の滝の近くのどうくつで川エビや魚、野生のブタなどを捕えて生きてきた。火を起こすのが一番苦労だった、という。横井さんが漁民たちに発見されたところは、グアム島の首都アガナから内陸に16キロはいった地点にあるタロフォフォという小さな村から約6.4キロのタロフォフォ川。漁民ジーザス・ドエナスさん(48)とマヌエル・ガーシアさんが(36)の2人が、網を調べに行こうとして網を仕掛けている横井さんを発見した。初めは家を逃げ出した子供だと思ったが、近づくと魚を落とし、飛びかかってきたという。しかし2人がかりで取押え、村へ連れて来た。横井さんは、警官などに守られながら救急車でアガナのグアム・メモリアル病院に収容されたが、医師の話では血圧が少し低いほかは、至って元気。上記、記述は1972年(昭和47)1月発見当時の新聞掲載より。
2022年01月30日
風鈴文楽短歌集生きて見る世相は悲しオミクロン明日のあかりに眠るこころよ
2022年01月30日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 性根を据えてかかる 」( しょうねをすえてかかる )いかなる苦難にも耐え抜こうと覚悟を決めてその事に打ち込む。「性根を据えてかからねばならない難事業」
2022年01月30日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 小の虫を殺して大の虫を生かす 」( しょうのむしをころしてだいのむしをいかす )大きな目的を成就させるためには、多少何かを犠牲にすることもやむを得ないということ。「 小の虫を殺して大の虫を助ける 」とも。「「小の虫を殺して大の虫を生かすためには、人員整理もやむを得ない」
2022年01月30日
飢寒に泣くものに念仏の効力は一杯の饂飩に及ばない。
2022年01月29日
一信徒の述懐に曰く、北国は神仏の交際費多くして生計意外に困難なりと、肺肝の声なり。
2022年01月29日
風鈴文楽短歌集お茶飲みて週末しずかこの心大事にしたり未来思わん
2022年01月29日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 焦 眉 の 急 」( し ょ う び の き ゅ う )( 火が眉を焦がすほどに近づく意から )事態が切迫して、一刻の猶予もなく何かをしなければならない状態にあること。「石油に代わるエネルギー源の開発が今や焦眉の急である」
2022年01月29日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 正面切って 」( しょうめんきって )遠慮せずに、言うべきことを口に出してはっきり言う様子。「彼にいられては迷惑だと、正面切っては言いにくい」
2022年01月29日
「 たとい1日でもいい、祈らないで生活したい 」というのが現代牧師の裏の真実だという。そんな心を以て祈るよりもむしろ脱宗した方が神に近づける良法ではないかと思う。
2022年01月28日
人によって煩悶は一の趣味なり。この煩悶に托して自ら慰むるなり。懺悔もまた一の道楽なり。自ら懺悔を弄( もてあそ )びて人の敬慕を求めんとす。生活術に巧妙なる霊界の香具師(やし)なり。
2022年01月28日
風鈴文楽短歌集優しさは言葉にあるやありがとう言いて我が身の幸はひろがり
2022年01月28日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 小を捨てて大に就く 」( しょうをすててだいにつく )大局を見渡して、末梢的な利害にこだわらず、より重要な面に力を注ぐ。「彼がボランティア活動に身を投じたのは、小を捨てて大に就いたというわけだ」
2022年01月28日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 情に通じる 」( じょうにつうじる )① 敵に内通する。 「政府の要職にありながら、敵国に情を通じる」② 夫婦関係にない男女が関係を結ぶ。 「妻子のある男性とひそかに情を通じる」
2022年01月28日
そ の 1大 戦 の 悪 夢 晩 年 ま で元 日 本 兵・横 井 庄 一 さ ん 発 見 50 年「恥ずかしながら生きて帰ってまいりました」先の大戦の激戦地グアム島で終戦を知らされないまま潜伏生活を続けていた元日本兵の故横井庄一さんが昭和47年に発見されてから、2022年1月24日で50年。帰国時の「 恥ずかしながら生きて帰ってまいりました 」の第一声は当時大流行語になった。密林でのサバイバル生活が注目される一方、自身の戦争体験は多くを語らず平成9年に亡くなった横井さんの思いや発見時の様子を、妻や関係者が振り返った。妻 「 戦 争 続 い て い た 」公の場で戦争体験を語ることはほとんどなかった一方、晩年までグアムの悪夢にうなされていた。「 横井の中で戦争は続いていた 」。横井庄一さんの妻、美保子さんが(94)が取材に応じ、横井さんの思いや帰国後の暮らしぶりを振り返った。横井さんは昭和47年1月24日夕に地元住民に発見、保護され、同2月に帰国した。 56歳だった。直後に「 グアム島敗戦の状況をつぶさに知っていただきたい 」と述べ、2年後に出版した回顧録で米軍の猛攻撃の中を逃げ回った様子を「 軍隊とは名ばかりの敗残の群れ 」と表現。「 軍指導者の無責任、人命軽視に、いうにいわれぬ憤りを覚えた 」と記した。しかし、社会の関心は密林でのサバイバル生活に集中。進んで戦争の悲惨さを語ることはなくなり、帰国後にお見合い結婚した美保子さんには「 日本は皆、戦争のことを忘れたような顔をして暮らしている。だから自分もそれに合わせる 」と打ち明けた。美保子さんは「( 戦争のことを )話しても、もう仕方ないと思って心を閉じた 」と思いやる。その後は生活評論家として質素な暮らしやサバイバルに関する講演で各地を巡り、49年には無所属で参院選に出馬し落選した。50年代からは幼なじみの陶芸家の勧めで陶芸に打ち込んだ。平成に入ってからは病気がちになり自宅で過ごすことが増えたが、夜中に「 グアムの現地の人に追われる夢を見た 」と突然起きることがあった。潜伏を共にする中で死亡した2人の戦友のことは、自身が平成9年9月に82歳で亡くなる直前まで「 3人で生きて日本に帰りたかった 」と話していたという。美保子さんは「 かけがえのない命が無残に失われた。生きて戻ったとしても、横井のように多くのことが犠牲になった人もいる 」と強調。「 戦争は防がなければならない 」と訴えた。グ ア ム 潜 伏 日 本 語 で 返 答横井庄一さんはグアム島南部のタロホホ川でエビや魚といった食料確保に向かうところ地元住民に発見、保護された。「 日本語を話す男が見つかった。病院に収容するが、日本人かどうか確認してほしい 」当時グァムで旅行会社の駐在所長だった京免(きょうめん)宣昭さん(79)は夜になってグアム政府観光局幹部から電話で連絡を受けた。グアムは昭和40年代後半に入り、日本からのハネムーン先として人気で年間10万人が訪れる観光地に。一方で35年には残留日本兵が見つかっており、京免さんは「 まさかと思った 」。駐在員仲間と駆け付けた病院で、警官に囲まれた、汚れた半袖ズボン姿の男性に「 ご苦労さまです 」と声を掛けると「 どうも、どうも・・・ 」と弱々しい日本語が返ってきた。長いひげ、ピョンピョンと跳ねるような歩き方。「 鋭い視線が印象的だった 」と振り返る。京免さんによると、病院のカルテには「 Shoichi Yokoi 」住所は「 Aichi-ken 」と記され、地元の警察署長が「 彼は元日本兵だ 」と明かしたため、急いで日本の本社に国際電話で連絡。当時グアムにはまだ日本の総領事館などはなく、これが日本への「 横井さん発見 」の一報になった。横井さんが潜伏していた穴は深さ約2.5メートルで、それが約3メートルの横穴に続く構造。かまどやトイレを備え、パゴ( ハイビスカス )の繊維で織った布を手縫いした服や、竹で編んだ籠、ココナツの実をくりぬいたおわんなどを自作していた。多くは日本に持ち帰られ、現在は名古屋市博物館が所蔵している。妻、美保子さんは平成18年、名古屋市の自宅を改装し、潜伏した穴の再現模型や横井さんの出版物などを展示した記念館を開いた。親族は一部資料のデジタル保存も考えている。上記記述は、産経新聞、令和4年(2022年)1月22日に掲載されたものです。( その2につづく )。
2022年01月27日
そ の 2横 井 庄 一 さ ん大正4年3月、愛知県生まれ。県内で洋服仕立て業を営んでいたが、昭和16年に旧満州( 現中国東北部 )へ出征し、19年に歩兵第38連隊としてグアム島へ転戦。同7月の米軍上陸後に戦死したとされたが、終戦後も密林に潜み、47年1月に発見された。同2月に帰国した際の第一声「 恥ずかしながら生きて帰ってまいりました 」は流行語になった。同11月に美保子さんと結婚。「 耐乏生活評論家 」としての講演や、陶芸に力を入れ、平成9年9月に82歳で死去した。横 井 庄 一 さ ん を め ぐ る 経 過昭和16年 8月 招集され、中国大陸に上陸 12月 太平洋戦争開戦。 日本軍がグアム島占領 19年3月 歩兵第38連隊としてグアムに移動 7月 米軍がグアム島上陸。 米軍の奪還後、残存日本兵はゲリラ戦に移行。 横井さんは戦死扱いに 20年8月 終戦 35年 グアム島で元日本兵2人が発見され帰国 39年 厚生省(当時)がグアム島へ元日本兵調査団派遣 47年 1月24日 横井さん発見、保護 2月 2日 帰国 11月 美保子さんと結婚 49年 参院選に出馬、落選平成 3年5月 春の園遊会に出席 9年9月 死去 18年6月 名古屋市の自宅を改装し記念館 として開放上記は、令和4 年( 2022年 )1月22日、産 経 新 聞 に掲 載されたものです。
2022年01月27日
あらかじめ懇志金の多かるべきを見越して答礼物品を用意して「 親教 」を行商するの「 上人 」あり。
2022年01月27日
自家食料用として「 鳩 」を飼養する本山あり。仏前一夕の美味羨むべし。
2022年01月27日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 食 が 進 む 」( し ょ く が す す む )食欲が出て、食事の際にたくさん食べられる。「このところ、暑さ負けであまり食が進まない」
2022年01月27日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしょう\(^o^)/「 食 が 細 い )( し ょ く が ほ そ い )体質的にたくさん食べることができない様子。「この子は小さい時から食が細くて、いくつになっても体が貧弱だ」
2022年01月27日
在監人6万9千余、日本は犯罪において世界の第一等国なり。「 仏耶のお坊さん達が何と言ったって駄目ですよ 」とは某典獄 ( てんごく ) の素破らしき痛罵( つうば )。
2022年01月26日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 食指が動く 」( しょくしがうごく )ある物事に関心をもち、それを手に入れたい、また、してみたいなどと思う気持ちが起る。「仕事を紹介されたが、あまり食指が動かず、まだそのままにしている」
2022年01月26日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 触手を伸ばす 」( しょくしゅをのばす )それを得ようとして積極的に働きかける。「かって、欧米諸国はこぞってアジア諸国に触手を伸ばして来た」
2022年01月26日
風鈴文楽短歌集寝て食べて排泄するが基本なり呼吸しずかに肺にはいるか
2022年01月26日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 食 膳 に 供 す る 」( しょくぜんにきょうする )何か料理をして、食事の時に出す。「取れたばかりの魚を食膳に供する」
2022年01月26日
誰もに訪れる、年齢による病と身体の衰えをどう超えるのか?戦後最大の思想家が、自らの身心の老いを徹底的に分析。身体・社会・思想・死をテーマに「 超人間 」たる老人について語り尽くした、画期的な吉本老体論!日々の吉本式体操法と道具を紹介するカラー口絵付き。老 い の 超 え 方あ と が き身体の運動性がにぶくなってくるとともに、精神現象が身体に対して内向してくる。それまで、自己の身体に関心をもつのは怪我か病気のときだけだったのに、内向の度合いが、だんだんと増してゆく。そして内向の程度が精神の動きの半分以上になったとき、老齢の自意識が始まるのだという気がする。この自意識がどれだけ続くのか、外の人間社会の関係に戻るのかは、個人的にちがってくるだろう。わたし自身を振り返ってみると、飽きもせず現在も続いている。まるで少年がはじめてのことにぶつかったような調子で、まだ< 考えること > が存在している。そして、決してこの精神状態をあなどったり、軽んじたりする気にはなれない。しかし、青春期から成人期の前半くらいの活動の盛んな人からみたら、ばかげたことに精力をさいていると思うに違ない。わたし自身もそうだったし、もっと悪たれていえば、無関心に近かったと言うべきかもしれない。それでいいのだ。しかし現在のわたし自身を顧みれば、自分の身体を素材に考古学の発掘をやっているような気がしている。考古学者が日本列島と周辺を全部掘り返すのは大変なように、1メートル70~80センチの自分の身体とその周辺を掘りかえすのも大変だとおもう。幸いにも身体については、男女の専門家が古代から現在まで沢山のことを解明してくれている。そして現在も発掘にたずさわる人たちの探求は続けられている。わたしは発掘される方の身体として、他人には見たり聴いたりできないかもしれない身体のつぶやきや独り言を漏らせばいいことになっている。 以 下 省 略著者:吉 本 隆 明( よしもと たかあき )1924年 東京・月島生まれ。詩人、思想家、評論家。東京工業大学卒。詩人として出発し、54年「 転移のための十篇 」で荒地詩人賞を受賞。一方で思索・言論活動を幅広く展開し、日本の戦後思想に大きな影響を与えた。著作に「 言語にとって美とはなにか 」( 勁草書房 )、「 共同幻想論 」( 河出書房新社 )、「 心的現象論序説 」( 北洋社 )など多数。2003年「 夏目漱石を読む 」で小林秀雄賞を、「 吉本隆明全詩集 」で藤村記念歴程賞を受賞。近著に「 吉本隆明自著を語る 」( ロッキング・オン )、「 真贋 」( 講談社インターナショナル )、「 思想のアンソロジー 」( 筑摩書房 )、「 日本語のゆくえ 」( 光文社 )、「 貧困と思想 」( 青土社 )など。2012年3月16日 肺炎により死去(87歳)
2022年01月25日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 食 膳 に 上 る 」( しょくぜんにのぼる )何かが料理として食事の時に出る。「近ごろはマツタケなどというものはめったに庶民の食膳には上がらなくなった」
2022年01月25日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 食膳を賑わせる 」( しょくぜんをにぎわせる )珍しい料理などが数多く出て、食事を豪華な感じにする。「山海の珍味が食膳を賑わせた」
2022年01月25日
信念を売る宗教家は却って信念に乏しく、宗教を排する科学者は強い信念に生きている。この正しい逆調は終に何物を語っているのか、悲しいことではあるが動かぬ事実だ。
2022年01月24日
外での夜の発展に疲れて朝寝ずきの寺僧には、朝早く門前に響くお婆さんの念仏の声が第一の恐ろしい禁物なるべし。
2022年01月24日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 曙光を見出す 」( しょこうをみいだす )(「 曙光 」は夜明けの光 )前途にかすかな希望が見えてくる。「停戦協定の締結に人々は平和の曙光を見出した」
2022年01月24日
風鈴文楽短歌集自粛して新聞テレビ見る時の嘆く心や新型コロナ
2022年01月24日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 所在が無い 」( しょざいがない )これといってすることがなく、退屈する様子。「病後の静養に山奥の温泉に来たが、所在が無くて閉口している」
2022年01月24日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 如才が無い 」( じょさいがない )(「 如才 」は「 如在( じょさい )」の変化で、手抜かりの意 )相手の気持ちをそらさないように、要領よくふるまう様子。「 如才無い 」とも。「田中君は如才の無い人だから、だれとでもうまくつきあえる」
2022年01月24日
笑は幸福の門、特に商売人などは愛嬌タップリの笑が資本以上に働く。ただし一ツ笑ってはいけない商売がある。待合貸席の主人だ。もし人目を忍んで相擁して来る二人の客、之を迎える刹那に微笑でもしたらもう再び来なくなるそうだ。真面目腐ることを資本とするものは待合と布教師くらいだろう。
2022年01月23日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 諸式が上がる 」( しょしきがあがる )(「 諸式 」は、いろいろの品。また、その値段の意。物価が上がること。「近頃は諸式が上がって、生活も楽でない」
2022年01月23日
風鈴文楽短歌集この身体どこが悪いか考えりゃ頭が悪き天にささげぬ
2022年01月23日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 初心に返る 」( しょしんにかえる )そのことを始めようと思い立った時の純粋で真剣な気持ちを改めて思い出し、もう一度そのような態度で事に当たる。「定年で大学を辞めるのを機に、初心に返って研究をし直そう」
2022年01月23日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしょう\(^o^)/「 所帯を畳む 」( しょたいをたたむ )一家を構えていたのをやめる。「夫に死別し、所帯を畳んで実家に戻った」
2022年01月23日
都会において不景気の第一の影響を受くるものは寺院にして遊郭はその最後なりと、僧侶の生活難もまた無理ならじ。
2022年01月22日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 所帯を持つ 」( しょたいをもつ )一家を構えて、独立した生計を営む。特に、結婚して親元から独立する意に用いる。「所帯を持つと何かと出費がかさみ、好きな酒も思うように飲めなくなる。
2022年01月22日
慣用句を知る豊かな会話や文章表現に強くなる心ワクワク・日々を豊かに・・・毎日ルンルンスキップしよう\(^o^)/「 背負って立つ 」( し ょ っ て た つ )組織などで、全責任を負い、自ら進んでその発展を図る。「彼は会社を一人で背負って立っているような気でいる」
2022年01月22日
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