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いつも的確な書き込みを下さる明彦さん(ゲストさん)から、「グッバイ・レーニン」についてのぼくの日記に対して、次の意見をいただいた。抜粋して紹介しよう。(全文は掲示板をご覧下さい)-----------------------------------------------------ところで「体制・価値観の変化」を題材にした作品ですが・・・。日本映画で、南米ブラジル移民の「勝ち組・負け組み」の争いを出来ないものでしょうか?日本の敗戦当時、勝ち戦を信ずる人々が多数派で、真実を語る人が殺されたことさえあったそうですが・・・。今の問題にも迫る、痛切で残酷な喜劇が出来ると思うのですが、色々な意味で実現は難しいでしょうね。-----------------------------------------------------これについて私の提案を。「ワイルド・ソウル」という小説がありますが、これの映画化を提案したい。原作者は垣根涼介。「大藪春彦賞」、「吉川英治文学新人賞」、「日本推理作家協会賞」の3賞受賞(史上初)で、小説としての質は高いし、何より面白い。久々の反権力の魂がみなぎった熱い内容。テーマは日本国政府に復讐せよ!日本映画から反権力の精神が希薄になっている今、この作品の映画化は是非、実現すべきと思う。================================================さて、話は変わるが、本日(5月31日)は、クリント・イーストウッドの誕生日である。
2004年05月31日
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「グッバイ・レーニン」は「2001年宇宙の旅」から最も影響を受けた、あるいは触発された映画かもしれない。映画を見た者のほとんどが驚嘆した「猿人が放り投げた骨が、宇宙船に変化するシーン」がキーである。「2001年宇宙の旅」が変化に至るドラマであるのに対して、「グッバイ・レーニン」は変化の後のドラマである。「体制の変化・価値観の変化」には多くのドラマが生じる。そのドラマとは、二つの世界をまたがるものであり、以前の価値観に対する新しい価値観へのあてはめ、あるいは対応・翻訳におけるドラマである。もしかしたら、それらの作業には、全く意味がないのかもしれないにもかかわらずである。それは、1989年のドイツ(主として東ドイツ)の人々のみの物語ではない。私たちにもあった。1945年8月15日を境にして連合赤軍事件を境にしてバブル崩壊を境にして湾岸戦争を境にして私たちは、常にロスト(迷子)・イン・トランスレーションなのである。
2004年05月30日
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「うるさいぞ!」これは別に映画館でのおしゃべりではない。映画館でこういう目にあう方が、まだ幸せかも知れない。先日、「コールド・マウンテン」に行ったら、座席数約500の大劇場で観客は、私一人、かと思ったら、スロープになっている最上部あたりに一人おられて計2名であった。これでは、うるさくなりようがない。さて、それはさておき、私が、何に対して「うるさいぞ!」と言っているかというと、拉致被害者家族会へ「批判のメールや手紙」のこと。批判といやがらせは違う。批判には論理があるが、これは、いやがらせと言いがかりでしかない。マスコミもしっかりしろ!「家族会にいやがらせメール」と書くべし!当事者でもなく、自分は安全な場にいて、のうのうとしている人間は、当事者の場にしゃしゃり出るな。「うるさいぞ!」
2004年05月29日
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ソフィヤ・セミョーノヴァナさんから「遠い夜明け」(1987年)という映画を掲示板で紹介いただいた。内容は黒人の運動家スティーブ・ビコと最初は彼を批判しながらも、やがては彼を支持し、あつい友情にむすばれる新聞記者ドナルド・ウッズについての物語。ちょうど、南アフリカの反アパルトヘイト運動が盛り上がった時期に公開された。南アフリカのアパルトヘイト体制は1950年代に確立して、1994年のマンデラ大統領就任まで続くのであった。さて、この南アのアパルトヘイト体制の中で日本人は、どのように扱われていたかというと法的には白人として扱われていたのである。黄色人種である日本人は、本来なら白人とレストランで同席したり、白人が住む地域に居住すると罰せられるというのがアパルトヘイト体制のもとでの本来の扱われ方であったが、現実には「名誉白人」として扱われていたのである。世界各国が南アを批判する中で、日本だけは南ア政府を支持していたのである。それは、日本にとって重要な資源(レアメタル)確保の国であり、その依存度は、非常に高かった為である。考えてみれば「名誉白人」という名称自体が極めて不愉快ではないか。その前提として「白人優位」があり、黄色人種・日本人は、本来は、その白人が構成する社会の一員にはなれないが、あえて便宜的に「白人」として扱おうというものでしかない。愛国者を自認する人ならとても我慢できるものではあるまい。国連が呼びかける経済制裁やアパルトヘイトへの批判を無視して、当時の日本政府は、「貿易立国・日本としてはその重要な相手国である南アとの通商関係を絶つわけにはいかない」という論理で南アのアパルトヘイト体制を認め続けた。しかし、この論理は、現在のイラクへの対応でも生きている。企業や自国の経済的利益しか考えの範疇になく、相手国の人権や生命などほとんど考えない、そしてそれでいいと考えていること、それこそが「テロ」を生んでいるのではなかろうか。
2004年05月28日
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エメラマリンさんの日記(5月24日)で「テネシー・ワルツ」について書かれていた。この曲を使った映画はないだろうかというご質問を受けたが、私が知っているのは日活ロマンポルノのある作品のみである。それは「天使のはらわた・赤い眩暈」。これは原作者の石井隆が初めての監督に挑戦して、成功をおさめたもの。その後に東映系で公開された「死んでもいい」もまた、このシリーズの一作。「赤い眩暈」のストーリーは恋人に裏切られた女・奈美とお客の金を使い込んだ証券マンのふたりの絶望的な道行を描いている。その彼が買い物に行った際にやくざにからまれ、殺されてしまうのだが、彼の魂が待ちわびる彼女の持っているカセットレコーダーを動かして「テネシーワルツ」を奏でるという効果的な使われ方であった。ふたりの逃避行を見ていて、アメリカン・ニューシネマとトリュフォー映画を連想させるが、そのことについては、また別の機会に。(私の5月23日の日記を参照)「テネシーワルツ」はメロディーといい、内容(エメラマリンさんの日記参照)といい、映画に使われるのに相応しいが、さて、「赤い眩暈」以外で使われた作品は?ご存知の方、御教示願います。
2004年05月27日
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カンヌ映画祭の最優秀男優賞に14歳の柳楽さんが選ばれました。おめでとうございます。最近は、各国で開催される国際映画祭では、日本映画が受賞しないまでも候補にあがって、常に話題になっています。こうした状況から「日本映画は優れている」、「復活した」とか「日本映画界が活性化してきた」と判断することには「ちょっと待った!」と言っておきたい気持ちがします。このように国際的に高い評価を受けている作品は、あくまでも「点」の存在で、日本映画を「面」でとらえると非常に寒い状況ではないでしょうか。興行的な面でもいくつかの大ヒット作がありますが、これも「点」でしかありません。現在、日本では年間に約290本の映画が封切られています。これらのうちのごく2~3作品が、国際的に高い評価を受けたり、興行的に大ヒットするのではなく、200本ほどの作品が、「入場料を払った観客に対して、『なかなか楽しめた』とか『来週の公開作品も見よう』と思わせること」が大事だと思います。敢えて言わせてもらえれば、1本の「うなぎ」より200本の「ゼブラーマン」です。
2004年05月26日
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わが町では、ある市民グループが主催してウォークラリーが行われます。これは市内の歴史などをテーマにそれにちなんだ場所をチェックポイントにして歩き回るものです。昨日は、その実行委員会があり、私も参加。私はメンバーではないのですが、今回のラリーのテーマが「映画」なのでポイント設定の為に協力を依頼されたもの。この町の映画の歴史に因んだ場所映画のロケ場所になった場所などを選びましたが、こうした観点で住んでいる町を見ると、また新たな発見があるものです。映画の歴史からみると次のような重要なことがあります。1.この町で最初に映画が公開されたのは、1897年。 世界最初の映画公開が1895年なので、これは早い!2.日本最初の映画製作配給会社の設立者が生まれた。こういうウォークラリーも楽しいと思いませんか。ラリーは11月です。
2004年05月25日
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「ドーン・オブ・ザ・デッド」は、このジャンルの傑作と言われる「ゾンビ」のリメークである。「遊星からの物体X」でも同様であるが、この種の作品では自分の周囲の人々がいつの間にか、人間以外の怪物に乗っ取られていて襲ってくるというサスペンスにある。そのサスペンスを際立たせるのは、相互の人間不信である。かってのハリウッドの赤狩り時代を体験した作家たちにこのドラマを演出させたら、説得力ある作品が生まれたのではないかと思う。しかし、現代でもそれは通用する。国内にテロリストが紛れ込んでいないのか、自分の周辺にいる人は、実はテロリストではないのかという相互不信の時代であれば、この物語は、まさに現代に最も相応しいものであると思う。「ドーン・オブ・ザ・デッド」の出来は大したことはないが、見ている私にそういうことを感じさせるのであるから、やはり映画は現代に生きている生き物である。
2004年05月24日
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開設100日目となりました。現在のヒット数12473。さて、本日5月23日はどういう日かというと、ボニーとクライドが、警官たちに87発の銃弾を浴びせられ、殺された日。ボニーとクライドとは、あの「俺たちに明日はない」の二人のこと。映画「俺たちに明日はない」は、1967年のアメリカ公開当時は雑誌「タイム」が「アメリカン・ニューシネマの衝撃」として特集を組むなど、衝撃の登場であった。しかし、この作品は、67年に初めて登場したのではなく、それまでのアメリカ映画史の中にその足跡を残している。1937年 「暗黒街の弾痕」(フリッツ・ラング監督)1948年 「夜の人々」(ニコラス・レイ監督)1949年 「拳銃魔」(J・H・ルイス監督)そして67年に「俺たちに明日はない」の登場となるが、その登場までにトリュフォーやゴダールが絡んでくる。まさに映画は、「いくつかの限られた物語を繰り返しながら越境する」という法則があてはまる。トリュフォーやゴダールの絡み方については、また後日に。
2004年05月23日
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ban4649さんが主催する「人儲けの会」のメンバーになったばかりであるが、「繁盛の種おすそわけ」リレー日記のバトンが渡された。今日の日記は、その当番としてのものである。先日、市内の大型書店のパーティに出席した。多くの出版社の営業の方々も出席されており、非常に楽しいひとときであった。その席上である出版社の方の挨拶で、「書店の中には出版社や取次店だけを見て、最終ユーザーである本を買われるお客様のことを考えない書店が多い中で、この書店は違う」という言葉が印象的であった。さて、映画館について考えてみたい。本が作家から出版社へ、そして取次店を経て書店に並び、我々のもとに届けられるように、映画も監督が手がけたものが、映画製作会社から配給会社を経て映画館に届けられる。上記の書店の例に倣って言えば、「映画館が配給会社の方だけを見て、観客の方をきちんと考えているのか」ということである。現実には、映画館は配給会社の方をのみ見ているというのが実態であると思う。それは番組に穴をあけることは許されないという、ある種、番組編成という「人質」をとられているという現実ゆえであろう。しかし、ここで映画館の姿勢を非難するのは妥当ではない。配給会社が映画館に示す様々な条件にも問題があるようだ。地方都市に対しても東京や大阪と同じ条件で配給することが正しいのか。地方には地方の観客の傾向・事情があり、それをもっと考慮すべきではないかと思う。東京のミニシアター系の作品が、地方ではなかなか公開されないことについて我々観客はよく映画館に対して批判を行うが、問題は配給会社にもありそうだ。映画館閉館のニュースが報じられる度に、その原因に映画興行の不振やビデオやDVDの登場が決まり文句のように言われるが、それは正しいのだろうか。不特定多数の観客の組織化、周辺の商店街を巻き込んだ観客動員の仕組み作りなどと並行して配給会社と映画館の構造改革にも着手すれば、映画館経営には、もっと多くの可能性があるのではなかろうか。現在、映画館と共同してフランソワ・トリュフォー映画祭を準備中であるが、その実体験の中から、いろんな可能性を発見できそうである。という予告編的な内容で、次の方にバトンタッチしよう。次は、日本の映画の歴史としては、長崎より少し先輩の神戸のある兵庫のルッチェさんにお願い致します。よろしく!
2004年05月22日
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エメラマリンさんの5月19日の日記に次の文章があった。『暗黒街のふたり』と同じ監督である。数日前にこの作品を見たときと同じ気持ちになった。ジョゼ・ジョヴァンニ監督とアラン・ドロンとの間には、何か同志的な思いがあるようだ。それが何なのか知りたくなった。今回のアラン・ドロン特集で放映された「暗黒街のふたり」と「ブーメランのように」の監督は、先頃、訃報が伝えられたジョゼ・ジョバンニである。ジョゼ・ジョバンニはいささか異色の経歴の持ち主である。1923年生まれ。レジスタンスの時代から刑務所暮らしが続き、戦後は銀行強盗をやり、結局は十数年間を刑務所で過ごしたというものである。そのときの経験から「穴」、「ラ・スクムーン」が生まれた。ジョバンニ原作の小説、監督した映画は、すべて彼の実体験が反映されているといってもいいであろう。一方、主演者アラン・ドロンもまた、彼のボディガードが殺害された事件をはじめとして暗黒街との関係と殺人容疑者というスキャンダルがある。彼自身は無罪を主張して警察とは徹底的に対決姿勢を見せるのであるが、司法、警察当局からのしつこい仕打ちに対しては非常な怨みをもっているといわれている。ジョバンニもまた一流の作家であり、監督となっても、やはり常に前科者として監視のもとにおかれるという立場にある。おそらく、この二人にはそうした偏見と仕打ちに対するたぎるような怨念という点で共通した情念があるのではなかろうか。「暗黒街のふたり」と「ブーメランのように」は、こうした監督と主演スターの二人の情念が合致して生まれた作品であるといえよう。監督と主演スターのそれぞれのたぎるような情念が出会って生まれた作品は、少ないが、実現したときは傑作になる。深作欣二と菅原文太の「仁義なき戦い」もまたそうした作品である。
2004年05月21日
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一ヶ月ほど前、日本中にうずまいていた「被害者」への「責任」追求の声はどこに行ったのであろうか?今こそ、政治家に対して「責任」を追求するときであるにもかかわらず、全くその声は聞こえない。結局は、あの声は権力に阿っているということか。今では、後味の悪さしか残っていない。さて、「小泉首相に観て欲しい映画」へのご意見をありがとうございました。またまた、それに該当しそうなその作品が登場する。カンヌ国際映画祭で上映されたマイケル・ムーアの「華氏911度」である。アメリカ本国での上映にはいろいろと横槍(その実態は諸説ある)が入っているが、日本では配給会社も決定しており、公開されるようだ。どのようなものか大いに期待している。タイトルは、ご存知の通りブラッドベリの小説(あるいはトリュフォーの映画)「華氏451度」からのもので、華氏451度とは紙が燃え出す温度。ならば911度は知性は溶解する温度ということか。マイケル・ムーアにとっては最も観て欲しい観客はブッシュ大統領であろう。マスコミ、作家たちは権力の監視役であり、批判者であるべきなのだ。
2004年05月20日
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三橋達也さんが亡くなられた。新聞の訃報記事では、黒澤明の「天国と地獄」や「悪い奴ほどよく眠る」が出演作として紹介されてるが、川島雄三作品に多く出ていた。北野武の「ドールズ」におけるヤクザの親分役は非常に印象に残ったが、あの作品が公開されて間もなく、ご夫人の安西郷子さんが亡くなられた。あの孤独感、絶望感は既に病床にあったご夫人への思いであったのであろう。1951年のデビュー以来140本の映画出演があるが、まさに戦後映画史を体現された方であった。最後の作品が「CASSHERN」であったことはこの大スターにとって幸福なことであったのだろうか?ご冥福をお祈りしたい。
2004年05月19日
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大々的に宣伝されているわけでもなく、雑誌で特集が組まれていたりしているわけでもなく、さほど知名度の高い作品ではなかったが、見た人が「あれはいいよ」と周辺に伝えながら口コミで広がっている映画というのがある。そういう映画には、あまりはずれがない。「スクール・オブ・ロック」は、そんな映画である。所属するバンドから追放され、働き口もなく、居候先からも立ち退きを要求されている、どちらかというと落ちこぼれのロック・ミュージシャンが名門小学校の代用教員になりすまし、生徒にロック魂をたたきこみ、バンドを結成してバンドコンテストに出場するという物語。物語としては「七人の侍」の変形応用である。20人程度のクラスでバンドになれる人は楽器の技量などから限られているが、この主人公のいいところは、衣装、照明、警備、マネージャーなど裏方の仕事の重要性を説明し、一人一人の持っている才能を見抜きながら、クラスのみんなにそれらの仕事にあてていくところ。演奏が終った後でも、照明の担当になった子どもを抱きしめながら、「実にいい照明だったぞ」とほめる。バンドが結成され、練習から本番までのすべてが、どのように展開され、その為にどのような人によって支えられているかがよく判る。これは映画でも、演劇でも、いや世の中のすべてのことにおいて大事なこと。我々は裏側に隠れている仕事と人のことを忘れがちであるが、この映画はそういうこともきちんと教えてくれる。そして、その精神はエンドタイトルにも表れる。長々と続くエンドタイトルは、その映画に関わったすべての人々への謝辞の意味もあるが、多くの映画では、それらは文字列に過ぎず、退屈なだけであろう。しかし、この映画はエンドタイトルも退屈しないようにきちんと見せてくれる。最後まで、面白い、そして感動の一作である。おすすめです!ロックが嫌いな方にもおすすめできます!
2004年05月18日
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先日、映画「パッション」についての小泉首相の感想をひきあいに出して日記を書いたが、首相はどのくらいの頻度で映画を見ているのだろうか?見る場合の選択基準はどうなっているのだろうか?非常に知りたいことである。例えば、お友だちが激しく批判されていた「ボーリング・フォー・コロンバイン」は見たのであろうか?ご子息が出演していた「踊る大捜査線 THE MOVIE2」は?さて、ここで私が小泉首相に見てもらいたいと考えている映画をあげてみよう。私としては次の3作品を是非、見ていただきたい。「セプテンバー11」「少女の髪どめ」「イン・ディス・ワールド」その心は、「世界にはアメリカ以外の国がある」である。皆さん方、いかがでしょうか。この日記を読まれた方、もし、よろしければ、「小泉首相に見て欲しい映画」をあげてみませんか?
2004年05月17日
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この日記を訪問される方にはゲストの方も非常に多い。その方々にも心よりお礼を申し上げたい。ゲストであるから、どのような方かは全く判らないが、訪問者履歴にあるドメイン名から推察すると、個人以外では、新聞社、誰でも知っている有名企業、大学、各種団体、役所など実に様々。先日はshugiin.go.jpというのもあった。(議員の方が議会中に見ておられるのではないでしょうね(笑))また、国内だけではなく、韓国、英国、フランス、カナダと国外にも拡がっていてうれしい。ゲストの中には、明彦さんのようにいつもいいコメントを残していって下さる方もおられ、実にありがたい。実は、私もゲストからいつの間にかこの日記に参加したという経歴の持ち主。ゲストの方、もし、日記を読まれて、ひとこと言いたいという方は、書き込みができますので、遠慮なくどうぞ。さて、本日のお話。「ラスト・サムライ」のDVDが発売される。テレビのCMのキャッチコピーは、「世界が感動した日本の魂」である。世界的にヒットしているのだから、「世界が感動した」はいいとしても「日本の魂」と書かれて素直には喜べない。要するに、この作品でのポイントは渡辺謙演じる勝元の特攻隊精神にあるのではないか。今風に言えば、自爆。テロかどうかは、意見が分かれるであろうが、当時の政府の立場から言えば、これは反政府武装集団であろう。その解釈はともかく、感動のポイントは、勝元のカミカゼ精神(=日本の魂)になっていることには間違いない。これでは、ゲイシャ・フジヤマと全く変わらない。結局はハリウッド商業主義の中の日本ではないか。この作品の評価は様々であろう。私自身は、この評価以前に、こういう観点で「日本の魂」と言われたり、これに感動する風潮に違和感を覚えている。カミカゼ精神、特攻隊精神も「自爆テロ」も同じ理屈だと思うのだが・・・。
2004年05月16日
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韓国映画についての本や特集した雑誌は数多いが、おすすめをひとつ。季刊誌「映画芸術」が2004年春季号(407号)で韓国映画特集を組んでいる。特集のタイトルは「韓国/映画」である。「シュリ」を配給して大ヒットさせ、韓国映画ブームの火付け役ともなった映画製作・配給会社シネカノンの代表である李鳳宇氏、そして、東京フィルメックスのプロデューサー市川尚三氏、それぞれへのインタビューがいい。現在の韓国映画界、そして日本映画界双方の状況を俯瞰する形での意見である。作品評論としては、「殺人の追憶」、「シルミド」、「ブラザーフッド」などの新作の批評と共に、韓国のアニメも含めたインディペンデントの状況についてのレポートがある。ここ数年間に公開された韓国映画のほぼ全部への星取り採点表もついている。なかなかの充実の特集で、読みごたえがあるので、是非、おすすめしたい。「韓国映画への高い評価は、日本映画への間接的な批判である」という李鳳宇氏の発言が印象に残る。-------------------------------------------「映画芸術」(2004年春季号・407号)発行:編集プロダクション映芸1300円全国の書店で発売中。
2004年05月15日
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「残酷すぎるね」これは映画「パッション」を見た後の小泉首相の感想である。人が映画に対してどのような感想を持つかは自由であるし、私はこの映画を見ていないので、小泉首相の感想については何も言わない。しかし、小泉首相よ、あなたが現実の社会でやっていることは、とんでもない残酷なことだとは思わないのか!小泉政権になって実現できたことは、すべて人々への精神の内面にまで踏み込んだ弾圧であり、それを強制する政策である。そしてイラクで起きている大虐殺。これを支持していることも忘れてはいけない。「残酷すぎる」のは、あなたがやっていることだ。
2004年05月14日
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新藤兼人監督作品ではなく、アンドレ・テシネの新作である。上映時間は95分。ちょうどいい長さ。舞台は第二次大戦下のフランス。ナチの侵攻を逃れて、南へ逃れる二人の子どもを連れた未亡人。彼らの前に突然現れた不思議な青年。その彼に導かれて行った森の奥の屋敷で、4人は共同生活を始める。ナチスという突然の来訪者によって日常生活が破られ、そこで得られた日常は青年の出現によって破られ、彼を交えての共同生活の日常もまた新たな来訪者によって破られて・・・。この物語が深い森と田舎の風景の中で繰り広げられる。画面はほとんどが自然の緑である。この作品が描かなかったものは、「結末」である。そこに至る道は迷路である。この作品のほとんどを占める緑の森は物語の結末を隠しているものの象徴であろう。--------------------------------------「かげろう」2003年・フランス映画監督:アンドレ・テシネ主演:エマニュエル・ベアール、ギャスパー・ウリエル「かげろう」1969年・日本映画監督:新藤兼人主演:乙羽信子、伊丹十三
2004年05月13日
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私の「『トロイ』はどんな映画になっているのだろうか」に対してはなびらさんが、次のように書き込みをされている。------------------------------------------------------この映画、まったく食指が動きません。もうどんなスペクタルシーンもCGだと思うと、映像の感動も薄くなってきますし。------------------------------------------------------これは、もしかしたら多くの人の思いではなかろうか。この作品のことではないが、私の周辺でもこのようなことを言う人は多い。「最近の映画って、CGばかりでしょう」と言って、嫌がる人が多い。通常の撮影や、従来の合成や模型などの特殊撮影では表現できない、あるいは出来てもさらにリアルで迫力のある画面を生み出す為にコンピュータ・グラフィックス(CG)が活用された。こういう表現の幅が広がることは、本来は映画ファンには喜ばしいことのはず。しかし、今やこのような意見が出る有様である。これは一体、どうしてであろうか?CG以前の特殊撮影では、このような意見はなかったと思う。例えば、「あれはどうせ模型だろう」とか「あれは合成だろう」とかいう意見はなかったはずある。今や作品本体以前にCGの活用自体が評価を受けている有様である。CGによる表現技術がまずいのであれば、そのような意見も仕方がないが、決してそうではない。にもかかわらず、CGに対して、このような意見が出るということは、もしかしたら、CGによる表現は、映画鑑賞になじまない何かがあるのではなかろうか。
2004年05月12日
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これまで何度となく自主上映に取り組み、今回は事業として映画館と共同で「フランソワ・トリュフォー映画祭」を準備中である。こうした活動の中で映画館や映画配給会社というものをある断面から見てきたし、時には、実際に映画を作っておられる監督をはじめとして製作者の方のお話をお伺いすることから映画業界の一面を見たりしてきた。映画業界の中で、一番身近なものは映画館であるが、経営という観点からは、映画館とは、実に不思議なものである。素人の独断であるが、感じたことをあげてみよう。(1)定休日がない。とにかくよく働く。(2)現金商売である。(3)商品(この場合は作品)の出来が悪くても、観客に失望を 与えても、その責めを負う必要はないし、観客のクレーム もない。 (但し、映写や音響は責任あり)(4)いかなる商品であっても同じ値段。 映画史に残る名作も上映が終ったらすぐに忘れ去られる C級作品も商品の値段としては同じ。また製作コストに も関係ない。(5)輸入品(洋画)でも円高差益はない。(6)観客が欲しい商品(作品)があっても、 それを叶えることはない。まだあるかも知れないが、以上は、いつも思うことである。映画は大衆娯楽と言われながらも、ここでもお客の存在は忘れさられている。作品は、映画製作会社→配給会社→映画館→観客という流れで観客に届くが、ほとんど観客のニーズや希望は無視されているのではないか?一番下流の映画館にしても固定された配給ルートの中で、配給会社の方しか向いていないのではないかと思う。しかし、映画館には「人が集まる」という強みがある。これを利用すれば、映画館はもっと利益があがり、周辺の商店も巻き込んだ町の賑わいを生み出し、その町の文化向上にも寄与できるはずである。そもそも映画ほど、多くの人をひきつける商品はないし、映画館ほど性別、年代を超えてあらゆる層が集まる場所は他には、そうはない。こういうことを考えれば、映画館はもっと経営改善ができるはず。そのような観点でコンサルタントを行う経営コンサルタントがいればと考える。ポイントは「映画館に集まる人」をいかに活用するかである。こういうことを考えているが、この楽天広場にも経営コンサルタントがおられるではないか。私もリンクさせていただいている「ban4649さん」である。この方のモットーは「人儲け」である。この考えは映画館経営者こそ持つべきものと思うが、ban4649さんのお考え、あるいはこれまで映画館のコンサルタントを行った経験がおありであれば、是非、お伺いしたいことである。ban4649さんの「人儲け」については以下をご参照願います。http://plaza.rakuten.co.jp/bantakao/3000とにかく映画館はもっと改善できると思うし、業界全体の構造改革も必要であろう。
2004年05月11日
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昨日の日記で9990からの訪問者を紹介したが、よくみるとみなさん女性である。おお、私は女性に人気があるのだな、女性にもてないというのは自分の勝手な思い込みであったかと考えております。さて、それはさておき、「アドルフの日記」について再度書いてみる。会員以外でよく書き込んでいただいている明彦さんが、ご自分でも「アドルフの日記」をご覧になって次のような書き込みをされていた。------------------------------------------------------「社会から認められない」という青年アドルフの焦り、そして彼が大勢の人々を動かすことが出来る「政治」に生き甲斐を見つけてしまう過程は、強く印象に残りました。アドルフ役のノア・テイラーという俳優は、深く内面に入り込んでいたと思います。実は観ていて、アドルフ青年が他人とは思えませんでした。-----------------------------------------------------ぼくもこれについては全く同感で、焦燥感と孤独感にさいなまされる青年アドルフに感情移入できた。おそらく彼は、自分の才能や思想を誰かに認めてもらいたかったのであろう。それが、ほんの偶然で、美術の世界ではなく政治の世界に入っていったということである。その最大の理由は、政治の世界が彼を認めてくれたということである。オウム事件のとき、多くの人が「あれだけの高学歴の人が、どうしてあのような犯罪集団に入っていったのか」と言ったが、それは、その人をオウムが認めてくれたということに理由のひとつがあったのであろう。人によっては、それが、企業であったり、球団であったり、芸能プロダクションであったり、政党であったりということだ。人は自分を認めてくれるところに、その活躍の場を求めるのである。青年アドルフは、あの時点で政治にその場を求めたということであろう。歴史には、このようなケースは多くあるのではなかろうか。例えば、映画において、もし、フランソワ・トリュフォーがアンドレ・バザンに出会わなかったら、どうなっていたであろう。さて、偶然にも、「ヒットラー」というテレビ映画が放映される。ヒットラーを演じるのはロバート・カーライルである。このテレビ映画については下記を参照願いたい。http://www.wowow.co.jp/drama/hitler/contents.htmlこれと「アドルフの画集」とを比較するのも一興だと思う。
2004年05月10日
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5月8日の朝、ついにヒット数が10000となりました。9990からの訪問者履歴を見ると「くりむーぶ389さん」、「osmanthusさん」、「エメラマリンさん」、「はなびらさん」、「k-nanaさん」、「まっきい1107さん」とおなじみの方々があり、その合間にゲストさんが。そんな中で10000をゲットされたのは「まっきい1107さん」でした。そして、「osmanthusさん」が10001。実は、こんなに早く10000に到達するとは思わなかった。ここにあげられている方々以外にも、日記をリンクされている方、そして、毎日訪問して下さる方々にお礼を申し上げますと同時にこれからもよろしくお願い致します。本日は「アドルフの画集」を見た。アドルフ・ヒトラーが画家志望であったことは知られているが、もしかしたら、ヒトラー総統ではなく、画家ヒトラーが誕生したかもしれないという内容である。画家志望の孤独な青年ヒトラーと彼に注目した画商、それぞれの人物像にもう少しの深みが欲しかったが、時代背景など丹念に描かれ、ドラマにひきこまれた。画家を目指すという自らの希望が叶えられ、世に出る機会も与えられることもない中での焦燥感にかられながら政治の世界に入っていくその過程と心情はよく描かれていたと思う。それが利用されていると判っていても、そして、それがどのような人や集団であろうとも、人はみな、自分を認めてくれる側についていくものである。
2004年05月09日
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この日記に参加されている方には古代ギリシアに詳しい方も多いと思われるので、補足・訂正をしていただければ、ありがたいのですが、トロイア戦争の原因と結果に至る出来事はすべて、現代の政治・経済の出来事になぞらえることができると思う。まずヘレンの婿選びは、列強が群がる石油採掘権を誰に与えるか?争いが起きないように、採掘権を得た国に協力してくれということと同じ。パリスは、神のお告げを受けて、正式な客人として訪問しながら、相手の隙をついてヘレンを奪うなど、これは神の名を借りた巧妙な侵略である。奪われたヘレンを奪回する為にギリシアの都市国家が協力してトロイアに向かうのは、現在でいえば多国籍軍に相当。トロイの木馬は、ソフト面で安心させて、軍事制圧をねらう、これもまた侵略のひとつのパターン。「トロイの木馬」とは、現在では文化侵略に相当するのではなかろうか。このようにトロイア戦争の原因やそこに至る過程には現在の国際関係の様々な要因があてはまる。そのトロイア戦争を題材とした大作「トロイ」が公開されるが、どのような映画に仕上がっているのであろうか。娯楽スペクタクルに仕上げるのは当然であろうが、多くの観客は、そこに現代の国際政治の縮図を見るであろうから、映画作家としては、ある程度の姿勢が必要であろう。作品に社会性や政治性を入れることは、娯楽性を損なうものではないと思う。監督はウォルフガング・ペーターゼンである。「Uボート」を見たときにはすごい監督だと思ったが、その後の作品では着実に力を落としており、今では器用なだけの御用監督。今回はどうなのか?
2004年05月08日
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エメラマリンさんが、テレビでアラン・ドロンの作品をきちんと見ておこうと書いておられた。それに水をかけるわけではないが、アラン・ドロンというスターが、実は、作品の上では「大したことのないスターである」ということを述べてみたい。しかし、これは決してドロンへの誹謗中傷ではないので、ファンの方、怒らないで最後まで読んでいただきたい。次にあげるのは、いずれも彼のキャリアの中では重要な人気の高い作品であるが、実は、みな共演者に食われているのである。「太陽がいっぱい」(59年) 鮮烈なデビューであるが、共演のモーリス・ロネの 方が勝っているのは、新人であるから、仕方がないか?「地下室のメロディー」(62年) 大御所ジャン・ギャバンとの初の共演であるが、 ジャン・ギャバンに比べてあまりのチンピラぶりに愕然。 「山猫」(63年) バート・ランカスターとの共演は、ヴィスコンティの希望に よるもの。 この時点でバート・ランカスターは 「ヤンキーのアクションスターにイタリア貴族がやれる ものか」と中傷めいたことを言われていたが、結果は、 圧倒的にランカスターの貫禄勝ち。 ドロンはみるかげもない。これでランカスターは本格的な 演技者としてのキャリアを重ねていく。 「冒険者たち」(67年) 青春の挽歌を演じてドロンは素晴らしい。 しかし、共演のリノ・バンチュラはもっと素晴らしい。 あの死にっぷりと最後のセリフのかっこよさ。 そして、忘れてはいけないジョアンナ・シムカスの 強烈な印象。「さらば友よ」(68年) ラスト・シーンも含めてチャールス・ブロンソンに さらわれてしまった。 このラスト・シーンの見事さは当時、話題であった。 ブロンソンはこの作品でスターダムに。 「あの胸にもういちど」(68年) この映画ではマリアンヌ・フェイスフルとハーレーしか 印象に残っていない。 そういえば、ドロンも出ていたっけ。 「南極物語」に高倉健が出ていたことを覚えていないのと 同じ。 「シシリアン」(70年) ジャン・ギャバン、リノ・バンチュラとの共演が話題に。 食われ方は、前ほどでもないが、やはりチンピラ感は 否めない。 「レッド・サン」(71年) よせばいいのに、三船敏郎とブロンソンとの共演。 ここでも三船と当時勢いのあったブロンソンのみが印象に 残る。以上が「実録・共演者に食われっぱなしのアラン・ドロン」であるが、実は、まだある。ここで誤解のないように言っておくと、これらの作品は、アラン・ドロンの主演作品としては非常に評価の高いもので、興行的にも成功している。また、ドロン自身も共演者に食われているからと言って、これらの作品でキャリアを汚したということはないのである。これらの公開当時、やはりファンの間では「共演のxxxに食われてたよな」と話題にはなったが、話はそこまで。それでファンの間でドロンの価値が低下したわけではない。多少、共演者に食われようと、印象が薄かろうと、それでも堂々たる主演スターとしての存在感、あるいはオーラというものを放っているのである。そこにスターたるものの条件を見た思いである。
2004年05月07日
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見学中にあるシーンの本番が終ったところで、見学している私たちの前に山田監督が来てました。本来なら撮影に集中して、見学者など無視してもいいのでしょうが、今では監督自身が営業マン同様に「よろしくお願いします」と言わなくてはいけない状況なのかと思うと、複雑な気持ちになります。その山田監督が一番強調されたことは次です。「このスタジオの床を見て下さい。これは自然の地面そのままで、土です。」ということでした。傍にいた製作の方が「これがテレビ局のスタジオなら、コンクリートかリノリウムの床なのですが、我々の場合は、ここに木を植えることもできます」と言われました。自然の土の上で映画を撮っていること。これが撮影所の映画人が、テレビとは違うと主張する誇りなのかも知れません。確かに、同じ作られたものであっても、テレビには人工の匂いしかありませんが、映画には自然の匂いがします。名前は忘れましたが、ある有名な映画スターが、しばらくテレビに出ていて映画に復帰したとき、「スタジオの土の上に戻ってきてうれしい」と言っておりましたが、そのことが判りました。
2004年05月06日
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京都は映画の町である。かっては東洋最大と言われた大映撮影所が、そして日活撮影所もあったと。現在、残っているのは東映(映画村がある)、と今回見学した松竹のみ。大映撮影所の跡地には、大きなマンションなどが建っている。かっての映画全盛期においては、このあたりは大変な賑わいであったはずであろうが、現在は閑静な住宅地である。映画産業の衰退、撮影所の閉鎖と共にそこにあった様々な会社や人が分散し、消えていったのではないかと思う。そうした人々もまたまぎれもなく日本映画を支えていたはずで、そうした人々が持っていた技術力は、今は、誰にも継承されることなく現在に至っているのではなかろうか。日本映画復活といえば、脚本家、監督、俳優の育成があげられるが、映画を支える多数のスタッフ(技術者)にももっと目を向ける必要があるのではなかろうか。見学させてもらった現場を見ると監督、撮影監督、照明監督、録音の主要スタッフとその下で働いているスタッフたちの年齢の差が目立った。その中間層が少ないという感じである。見学したそのときが、たまたまそうであったのかは判らない。中間層がいないというのは、普通の会社であれば、技術伝承、また若手の意見を取り入れて新しい技術を生み出すことができにくいのである。映画製作が組織的に行われていない、つまり、ほとんどの映画会社が配給会社になってしまったということを解決しなくては、日本映画の復興は難しいのではないかと思ったのである。
2004年05月05日
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撮影所見学をした。観光用、あるいは模擬的な撮影所の見学は確かにあるが、今回は実際の作品の撮影現場の見学である。めったにないことなので、映画ファンとしてはうれしい限りで、やや興奮。行き先は松竹の京都撮影所。作品は山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」。いろいろと注意事項を受けて、スタジオに入る。異様な緊張感、熱気、強烈な照明が浴びせられる。熱気とは「温度」も含めてである。つまり、ライトの熱である。撮影中のシーンは、農家の中での主演二人のやりとりで物語の中ではクライマックスに相当するもの。実際に画面に映し出される俳優は2人。その二人を囲んで監督を中心に30人程度のスタッフが取り囲んでの撮影である。我々、見学者は役者の目線の先に入らないように、スタッフの動きの邪魔にならないように、音を立てないようにして見学。感想や気付いたことを箇条書きで書いてみよう。1.映画撮影とは、試行錯誤の連続でつくりあげるもの。2.登場する俳優の数やそのシーンの上映時間に関係なく、 とにかく時間がかかる。 その積み重ねが「説得力ある画面」となって観客が感動する のであろう。3.スタッフは臨機応変に、自分がやるべきことの先を読んで てきぱきと動くことが大事。とにかく、一本の映画がいかに大変な努力で作られているかを目の当たりにした。今回見学した場面は、照明効果が大きな役割をはたしているように思われるが、実際の画面としてはどのようになるのか、公開日が楽しみである。
2004年05月04日
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久し振りに連続して映画を見た。まず、「オーシャン・オブ・ファイヤー」、そして「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」である。俳優としては、ヴィゴ・モーテンセンが共通しているが、別にファンではない。「オーシャン・オブ・ファイヤー」の舞台はアラビアの砂漠であるが、物語の発端は、何とウーンデッド・ニーの虐殺である。この部分は、現在のアメリカの軍事行動も、その通りであろうと推察させて秀逸である。こうやって建国したテロ国家だからね、アメリカは。その軍事行動を指示する電報を届けたことで、主人公は先住民虐殺に加担したことで贖罪意識にさいなまれ、アル中になってウエスタン・ショーの役者となっている。この導入部が「ラスト・サムライ」と全く同じであるが、作品の出来は、こちらの方が断然いい。「王の帰還」は、やっと見たが、今や小さいスクリーンに移っており、これは、もっと大きなスクリーンで音響効果もいいところで見るべきであったと後悔。大いに楽しんだが、原作を読んでいないこと、そして1部、2部にも伏線があって、そういうことを知っておれば、もっと楽しめたはずと、ちょっとばかりもどかしい。さて、3日は大阪へ移動。4日は撮影所見学である。これは、今年のGWの最大のお楽しみ!見学内容と感想は日記でも紹介したい。
2004年05月03日
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最近の映画館はシネコンを中心に入れ替え制をとっている劇場が多い。東京のロードショー劇場のことは知らないが、地方都市であるわが町では、かっては、封切館でも入れ替え制にはなっていなかった。しかし、シネコンが進出してきて、従来からの映画館でも入れ替え制を実施するところが主流になりつつある。最近では、ひとつのスクリーン(映画館)で、ひとつの番組を一日中上映するのではなく、複数番組を交互に上映する、あるいは昼間と夜との番組を替えるなどの方式になっている。それで必然的に「入れ替え制」が出てくるわけだ。どうしてこういう現象が起きるのか?どうやら、地方では、スクリーン数(映画館数)に対して作品数が多すぎるようである。地方の観客も、より多くの映画を見たいことは確か。しかし、映画館で公開される場合は、必ずしもいい条件(時間帯、回数)で公開できるわけではない。せっかく公開されても、その作品の上映時間帯や回数によっては、自分の都合と合わないで、見逃すという事態すら起きるのである。おそらく、これは地方都市だけの問題であろう。こういう状況は、仕方がないと諦めるべきか、それとも何らかの解決策があるのか?非常に悩ましい問題である。
2004年05月02日
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最近の公開作品での鑑賞制限をあげてみた。「殺人の追憶」(PG-12)「コールド・マウンテン」(R-15)「パッション」(PG-12)「ラブ・アクチュアリー」(PG-12)「ゴシカ」(PG-12)このうち「PG-12」とは、「12歳未満(小学生以下)の鑑賞には不適切な表現が含まれるものには、成人保護者の同伴が適当」という意味で、必ずしも鑑賞禁止ではない。しかし、保護者の同伴があれば、見てもいいというのも、なんとなくしっくりこない。このような鑑賞制限を見る度に次のようなことを考える。(1)このような鑑賞制限は、窓口で守られているのであろうか。(2)「PG-12」とは「保護者同伴と同時にガイド」が 必要と思うが、 実際には、どのようなガイドがなされているのだろうか?(3)そもそも、このような鑑賞制限は必要なのだろうか?(4)必要とすれば、作品にとっても観客にとっても、 共に有益な方法とは、どのようなものであろうか。ところで、「コールド。マウンテン」をご覧の方は、何故、「R-15」であるのかお判りでしょうか?
2004年05月01日
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