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1月31日 雪吹雪いている。昨日から除雪の疲れで腰がおかしい。疲労もあるので雪の中、飼育しながら簡易な雪かきだけで済ませて休憩した。そして昼から郵便局、すえたけ商店(ラベル購入)と走り回りそして、観光協会でアイスキャンドルフェステバルの出店者会議に出席。商品の確認やて手続き、当日の場所の確認や決まりごとなど。S子さんも来ていたが、どうやらキッズスクールでも出店するらしい。キッズスクールの取り組みは興味があるのだが、なかなかボランティアでやる余力がないので残念。でも自分の活動がいずれそれらとつながればと願う。その後、拙者はアイスキャンドルパークでも遊牧喫茶を出店するので事務所へ立ち寄った。すると今回、沖縄料理を作る上名寄在住の若夫婦もパークに出店を検討中なのだが相談に来ており実践者としてアドバイスがてら、ともにさっそく役場へいっしょに、会場申請のため足を運ぶことにした。拙者も少し前に彼らのことを聞き、興味を持っていたが彼らも拙者に関心を持っていてくれており、すっかり意気投合!!良き仲間友達であり、良きライバルになれそうだ。今後の展開が楽しみである。その後、役場でそのまま、弟の障害者年金のことで心身障害総合相談所からいただいた書類を持って申請に。それからイサホ氏やMC氏と合流し、名寄へ移動。そしてMC氏はカフェへ。拙者らは、買い物と弟のお見舞いに名寄市立総合病院へ。弟は注射で薬を入れながら、レントゲン検査などを受けていたようだ。それも大きなレントゲンの機械で行った様子。弟には始めての経験で不安で一杯らしい。少し衰弱気味でもあり。胸の周りにちょっとあざもあった。病院に来てから過剰に胸を気にし始めたようだ。まだ検査段階なのにこれでは困る。元気を出して欲しいものだ。それからちょっと知り合いに頼まれていたものも購入。そして町へ戻り、念願の?セイコーマートの特製あんまんを食べながら一の橋へ戻った。そして産卵チェック。ジュニアの卵あり。ニンニン。
2005.01.31
1月30日 雪のち晴れようやく雪がやんできた。道は除雪が追いつかず朝はみんな交通に苦労していた。夜勤から戻ってからは除雪に追われた。道を作り、放牧敷地までの道も除雪機で作って、それから飼育や放牧地の除雪を開始。雪に深さと重みがあり、終わりの頃には腰も疲れ体が疲労し、続けて行うのがちときつかったがなんとか除雪してようやく休憩ができた。産卵チェック…プレイボーイエミューの卵発見。ニンニン。★下川町情報ニュース★<商工会では、只今得々メールの新規会員を募集しております。今後更に身近で便利な、お買得情報・交通情報・ご登録者様からの流して欲しい情報等を賜り発信していきますのでご家族、お友達、知人等を是非ご紹介下さい!登録は shoukoukai.??????@mint.hokkai.net まで 登録される方の住所、お名前を打ち込み送信して下さい。 >
2005.01.30
1月29日 雪昨日から雪が降り止むことなく降り続いている。しかもややしめりっけのあるべたつく雪だ。飼育して少し休憩してからまた時間まで作業して昼から昨晩帰宅したイサホ氏と興部へむかった。ピュアオイルもいろいろみたが、最高。細かい内容は、今は内緒!!オイルの中間打ち合わせとそれに付随してちと知人の店へたちよった。弟のことも気になっているのだが検査で明確になるまでなるべく気にしないように努力している。知人の家で夕食までごちそうになった。知人の奥さんと拙者の共通点は、自分の言っている事を言い通してしまう才能、それは才能だという。拙者は自分が自信のある商品を通して接客交流するのが好きだ。催事ではまわりのひとを巻きこんでこっちへ引き寄せてしまう。それは才能だという。実家の近隣で催事ができたらいいとおもうが、そのまえに売るものが必要である。知人の家で夕食までごちそうになった。食事しながら純粋に会話を楽しみ、そして夜勤へ出発。道は雪が固まりでこぼこで走りづらい。いろいろ最近大変なことが多い中、みんなの暖かいメッセージを受けながら拙者はまた頑張るのであった。ニントモカントモ。
2005.01.29
1月28日 雪時々吹雪朝から飼育を済ませて即効で、弟を連れて名寄市立総合病院へ!!弟、書類も印鑑も忘れてしまいやがった・・・。やはり拙者が持っていたほうがよかった。ま、こんど持って行けばいい。病院について、手続きをすませて、弟の病室へ案内された。それから館内を案内された後、再び部屋へ。それから簡単な聞き取りと検査がされた。やれやれ、臆病で心配性で気の弱いところがある弟、これから根性で厳しい検査を受けなければならないがちと不安。その後、弟をおいたまま、拙者は家へ帰った。途中、信金で振込みとかして家へ。疲れたしおなかもすいて、へとへとである。おまけに外は吹雪いている。食事を済ませて外へと思ったが、すぐに動ける状態ではなく、少しその場で横たわって疲れをとってからにした。迫るイベント、オイルの開発・・・、牧場の作業、そして夜勤・・・。慌ただしい中の弟の入院はこたえたかも。ニントモカントモ。http://d.hatena.ne.jp/bioregions/
2005.01.28
1月27日 時々雪下川町の冷え込みは全国のいろんなニュースで紹介されたようだ。何点か電話が来ていたが、なぜか最初はわからなかったが、どうやらその冷え込みとともにエミュー牧場が全国ニュースで同時にでたらしいのだが・・・覚えがない。1つは、自分が留守のときに外から撮影したのか?それとも町内で動物を飼っている知り合いにエミューを飼っていただいているが、そこのエミューが紹介されたのか・・・??夜勤から戻るなりすぐに弟をつれて名寄市立総合病院へむかった。そして再度胸部レントゲンをとった。やはり肺のあたりに白い影が・・・。考えられる原因は3つ。肺の炎症。もともと体にある物(生まれつきいろいろ体に出来ているものがある場合がある)。そして考えたくないができものがある場合である。内臓カメラや薬等の苦痛を伴う精密検査を受けることと綯った。弟は、明日からさっそく入院することに・・・。弟、がんばれ!!帰る途中で買い物をした。そして弟の入院に必要な書類もかかねば。自分ともうひとり家族以外の保証人が必要だ。弟は飯を食いたいというので、せっかくだから仲間がやっているファーマーズカフェで食事をすることにした。同時にMC氏に保証人の相談もした。なおかつアイスキャンドルの打ち合わせも。拙者はやはり「みそかつどん」を注文。都市部の特製カツどんとかよりもこっちのほうが圧倒的にうまかった!!一の橋へ戻ると小峰宅に弟が頼んだ風呂のボイラー取り付けが。弟は入院の準備を始めた。やれやれ・・・本当に心配をかける弟だ。産卵チェック・・・プレイボーイエミューとジュニアの卵あり!!ニンニン。
2005.01.27
1月26日 晴れ時々雪冷え込んだ。-30℃以下を記録したようだ。昼までもけっこう冷える。飼育してたまった問い合わせを整理した。弟の病院は明日になった。弟も雪かきや寝床掃除を頑張っていた。かなり頑張っていた。拙者も除雪作業を少々。あとは郵便物なども発送した。夕方は戻ってきたイサホ氏とアイスキャンドルのイベントの打ち合わせとオイルの今後の展開などを話し合った。すると夜勤の時間になり慌てて夜勤へと向かったのだった。ニンニン。
2005.01.26
1月25日 最近、札幌方面は雪も多く天気も崩れるようだ。拙者は弟と「心身障害相談所」へきている。児童相談所もくっついている。心や身やもしくは障害などの検査や相談を受けれる道が運営する施設である。各専門医が診察できるようになっている。弟の悩みを解決するために弟の心身を検査するために来たのだ。朝7時半に朝食に案内され食事をすませて9時には待合所へ案内され弟についての聞き取りを受けた。その後は弟自身の検査にはいった。がんばれ弟。いきなり呼び出された・・・。なんと健康診断までしていたらしいがレントゲンに影が・・・。念のため病院で検査したほうがいいとお手紙をいただいた。なんてこったい、弟、健康診断にひっかかっている。病院に行くまで不安だが・・・なんともない可能性もあるし見てもらうまで悩んでもしかたがないし、動揺して弟を不安にさせてはだめなので悩まないことにした。弟は、知能や職業訓練検査など様様な適用検査なども受けていた・・・。昼・・・弟と食堂で食事をした。ラーメンを食べた。それからまた昼1時から弟は検査にはいった。そして・・・2時半頃。すべての検査が終わり、最後に専門医と話をした。専門医は、「よく来てくれました。本当によかったです。 お兄さんが言われるように たしかに普通のひとと同じ事を こなすのには不自由があるようです。 今まで普通のひとたちと同様に 学校生活をこなし、今まで生きてきて それは普通のひと以上の大変な努力が あったと思います。 弟さん、本当に頑張りましたね。 これから若干の支援が得られるように 書類を送りますから、 今よりもきっといい方向に進めると思います。 障害といっても弟さんは、 でもほとんど普通のひとと変わるわけではありません。 だから今までと変わらずに頑張ってください。 今までと変わらないように接してあげてください。 お兄さんがいて本当によかったですね。」拙者は思わず感動していた・・・。今までの弟の抱えていた悩み、苦労が認められた…受け入れられた気がした。それが嬉しかった。弟を助けることができる。そう思った。そして拙者はこのあと、世話になっているS・R子先生の事務所へ立ち寄る予定だったので弟と急ぎ足でそこへとむかった。帰りのバス停留所は、雪まみれで見えない。道もかなり狭いのだ。あとから来たおばさんにそんな話題を話していたらどうやら、バスの停留所については住民運動が起きているようである。札幌駅へもどり、そしてR先生の事務所へたどり着いた。ここはたまたま用事があり弟が移住するときに弟を札幌まで迎えにいって最初にいっしょに立ち寄った思い出の場所なのだ。弟はとっても嬉しそう。札幌のカルチャーナイト2005年の準備が今から着々と進んでいる様子だった。本当に多忙なR先生なのだが、中華レストランで夕食を御馳走になりながら話が弾んだ。昨夜の学生との話しまでした。今の若者は自分の道を見出せなかったりなかなか実行に移せなくて悩むひとが多い…拙者はそんな現状に悩むという話し。エミューの活動のことも話した。弟や家族のことも話した。食事の後はジャスミン茶を飲みながら・・・。父との関係の話題にもなった。父って立ち向かう相手なんだよね。(いい意味で)多忙なR先生は時間になって仕事へ。拙者と弟は駅へむかい、そしてJRへ乗って帰った。名寄でM橋さんといっしょになり。下川まで小峰カーで一緒に帰った。今夜は凄い冷え込みである。一の橋に戻ると夜中の11時。家に戻って少しくつろいで親にも報告をして、夜中の1時に休もうとしたら、弟が声をかけた・・・。「お兄ちゃん…ありがとう。」弟にはさんざん苦労掛けさせられたが、感謝の言葉は嬉しかった。ニントモカントモ。
2005.01.25
1月24日 朝、夜勤から戻り飼育作業を済ませて、準備を整えて、いざ、弟を連れて札幌へむかった。名寄からJRに乗って札幌へ向かう。電車好きの弟は、目的そっちのけで電車を楽しむ。夕方4時。札幌へ到着。そこには、就職活動を向かえている学生さんが待っていてくれていた。もともと下川で何度か会ってお知り合いである先生の生徒さんで、かつて五味温泉で出会い、温泉の周りの楽しみ方や地域の楽しみ方や様子を話してあげ、翌日はエミュー牧場でも話をしたことがあり、今回再会した学生さんは、自分や一の橋での活動に特に魅かれて積極的に話しかけてきた生徒さんなのだ。温泉で夜も徹夜で拙者の漫画を読んでいたのも覚えている。その後もメールをくれて、何度かメールでのやり取りをし、機会があれば会って直接話してみようと思っていた。その学生である友人Aさんは、超難関大学の生徒だが、3年生で就職活動が始まっている。しかしやりたいことや自分のこれからの道が見出せずにいて、また知らない世界へ飛び込むのが怖くて立ち往生し、わけもわからないまま、なんとなく就職活動に追われていた。だからこそ、自分の生きる道をみつけ、それに向かって生きている拙者のようなひとに憧れを抱くようだ。正直、拙者は意味もなく就職活動する事に理解を苦しむ。仕事をするのには、なにか目標や目的があるはずである。やりたい仕事だったり、何かをするためにお金が必要だったり・・・なにかのステップのためのはずだ。それらがないのに就職活動とは・・・。拙者は、生きる道を見出せないその生徒に自分の生き方を通して、自分に素直に自分が生きたいと思う生き方を目指せるように・・・あとで後悔のない生き方ができるようになにかを伝えればと思った。弟と相談所へ行く前にどのみち夕食をとっていかねばならずその時間を有効に利用してその学生さんに会うことにしたのだ。現地での段取りはその学生・Aさんが積極的に進めてくれたのですべておまかせした。まず拙者の好物・かつどん、特上かつどんを食べた。とはいえ、話しに夢中でじっくりと味わなかったかも。お土産をプレゼントしたら喜んでくれた。そしていろいろな雑談を話した。お互いの今やっていることとか面白い話題や体験だとを話した。夜景を眺める場所へ案内してくれた。それはJRタワータワースリーエイト(T38)という展望台だ。38Fまで一気に上ってそこから札幌やその周辺の景色を一望できるのだ。石狩湾や富良野の山まで一望出来るらしい。吹雪であったため、ドリンクのサービスがついた。しばらくすると天候も良くなり遠くの景色まで見渡せるようになった。鉄道はまるで模型をみているよう。そして東西南北、多様な夜景が楽しめる。ネオンだらけの都会的光景。雪のほのかな光もまじった札幌の可愛らしいメルヘンチックな夜景風景・・・この展望台には喫茶店があり、そこで静かに話しを楽しむ。生き方について話した。やらないで後悔するよりも、むしろ失敗や挫折する生き方の方がいい。どうしたらいいか、答えは行動しなければわからない。やらないでわかることなんてない。どこまで自分が目指していく道へ近づけれるか・・・それを達成することが大事なのではない。本能のままに、自分の直感を信じ、後悔のないように生きろ…そんな感じの話しだ。ちなみにお約束の子孫繁栄・本能の底力を、動物的観点から話をした。そして拙者が最近自分でも思うことで・・・賢くなることがいいとは限らない。バカでいられることがいいことがある。最近、知識が抱負になり経験も積み、自分がいろいろ考えれるようになり、しかしそのために失われてしまったものがある。行動する前に考えてしまうようになったり昔のようにおもむくままに行動できなくなった部分もある・・・。そんな話もした。時間がたち…円山公園駅へと足を運ぶ。そして一の橋でそのうち実践をすることを約束し、拙者は弟とバスへ乗り込む。そして相談所へとむかった。相談所はけっこう山奥にあった。吹雪の中を歩いていった。そうそう、拙者は相談所の場所を調べてこなかった。Aさんは、大丈夫なんですか?小峰さんのことだからまさかとは思ったので現地まで調べようと思ったのですが・・・」と心配そう。でも拙者は言った・・・。「目指す道が、はっきりしていれば、 迷ったり道を見失ったとしても そこがはっきりしていれば、 絶対いつかはたどり着く。 それは人生だって同じだ!! 自分は下調べなしでよく出かけるが、 迷ってもそこへたどり着けなかったことは 1度もなかった!!」にょほー!うまく話がまとまった。Aさんはこのたとえ非常に理解できた様子。早く自分の生き方を見つけて欲しい。夜中の10時・・・当然相談所は閉鎖されていたが夜警の方にいれてもらって、係の方の案内で泊まる部屋へ連れて行っていただいた・・・。消灯時間がすぎており、ボイラーも泊まっていたが、しばらくくつろいで夜中の12時に弟と布団を敷いて休んだ。ニンニン。
2005.01.24
1月23日 晴れ晴れたからか冷え込みが激しい。午前中、飼育作業。午後から除雪作業。でも内心、体が疲れてきたらしい。今日は日が暮れて暗くなる前に終わり事務所へ。明日の札幌へ控える。明日は弟を心身相談所へ連れて行くのだ。実際は明日は泊まって翌日検査や相談となる。夜勤明け飼育の後での出発なので札幌が到着夕方になる。だから拙者は半年ぶりに「下川で語り合った札幌滞在中の友」と再会をし、夕食をいっしょに食べてから目的地へむかうことにした。その段取りもばっちりだ。あとは当日25日はどうなるかは未定。ってことで、24日午後・25日は久々に小峰氏不在となる。ニンニン。
2005.01.23
1月22日 晴れかなり冷え込んだ。凍り付いて車のドアが開かなくなるぐらい冷え込んだ。相変わらず慌しく時間が過ぎていく。現代社会の中で田舎暮らしを実践するとなると実際はとてもやることいっぱいで忙しいのだ。飼育のあとは、郵便局などで荷物の発送などして、昼は昼寝をして夜勤の疲れを癒す。ここ1週間、日中は肉体労働、夕方は受注や事務、企画などやっていたからか、精神的には大丈夫だのだが、さすがに体に披露がたまっており、思うように動けない・・・また細かいところを除雪とおもったが、身の回りの軽い除雪等作業にとどめておいた。おまけに今夜は新年会、だから大掛かりな作業は控えた。一の橋の新年会には、40人近くの出席者。とはいえ、実際の定住住民は10人弱で、公務員や自立センターなどで大半の数になるだろう。地域のおばさんが数人という少なさが残念である。交流会は楽しく交流した。ところである若者は問う、『なぜ、極寒で繁殖も厳しく雪も多くて手間もかかる。人も少なく若者もいない、そんな一の橋でエミューを飼うのか??もっと暖かいところでやったほうが維持も楽だし、効率もいいのではないのか?埼玉や本州にだって豊かな環境があるし、同じような目的の団体が協働で自給自足の基盤を作っている場所だってあるし、そこへいけばこんな苦労をしなくたって楽に夢が実現できるんじゃないの?なぜ、消えていきそうな、こんな集落に住もうとするの?』たしかに理想の暮らしを目指すだけならそのとおりであるかもしれない。しかし、拙者は一の橋の環境にほれ込みそして可能性を感じている。豊かな環境の厳しさと恵みを受けて暮らせておまけに、ほどほどの小さな集落がある。さらに国道が通っており車があれば交通的にも不便はない。町にも近いしその上、海にも近い。拙者にとってはとても恵まれた環境だ。さらに魅力は、何かをするには大変だけど、極寒で豪雪地帯であること!!自然の厳しさを肌で感じることが出来る。自然に挑む。それが拙者には生きている実感を感じさせてくれるのだ。拙者はエミューを飼うために住んでいるのではない。一の橋を住む糧や暮らしの基盤の核として、エミューに夢を抱いているだけなのだ。消えていきそうな集落だからこそこれから先に未知の可能性を秘めているのだ。エミューもそうである。その未知数なのが魅力。挑戦する気持ちを振るいおこす。はじめから基盤ができている地域でただ理想の暮らしをしているだけではつまらない。自分の描く暮らしを実現するために苦労をするから楽しいのだ!!「苦労」から学ぶことや得る事は非常に大きいはずだ。それをみてみたい。感じて見たい。拙者の目指すのは理想の暮らしを実現することではなく少しでもその暮らしの基盤を築き、それに近づくこと。生きている間に達成しなくたっていいのだ。過程を楽しみたいのだ。そういうとその若者は納得していた。しかし便利社会の今、その生き方や考え方ははっきりいって変わりものかもしれない。そして理解できないひとも多いかもしれない。しかし自分の思いを少しでも形にしていく事で伝えていきたい・・・自分でも今は変わった考えだろうと思うが、変態(ヘンタイ)・・・ひとと変わっている。変態する・・・成長する・変化していく事・・・!そんな意味を含めて拙者は自称・変態小峰なのだ!!そして・・・また夜勤へむかのうだった。ニントモカントモ。
2005.01.22
1月21日 雪一晩がすぎ、そこそこ雪が積もった。朝は飼育・・・そしてまわりの雪はねをして朝食兼昼飯を食す。その際に寝ている弟も起こし一緒に話しながら食事をし、除雪作業にも誘う。昼から敷地内の除雪を除雪機で行った。日が暮れて時刻は夜6時…作業を終えて戻った。雪もやみ、晴れてきたのか・・・冷え込みが激しくなってきた。それから懐中電灯を身につきえて、巡回をした。産卵なし。そして事務所へ戻り、連絡事項をまとめつつ夜勤へでかける準備もすすめるのであった。ニンニン。<毎日行う除雪(普段は手で除雪)>家・小屋の周り、敷地内の歩道・犬の放牧地・駐車場繁殖エミューの敷地 8箇所・幼鳥敷地 などである。放牧敷地は主に柵のまわりに道を作るような形で除雪。(雪で柵が壊れるためとエミューははじを歩くから。)
2005.01.21
1月20日 雪昨日の日記で、12年前から拙者って行ってますから~・・・早い斬りっていうじゃない。でも本当は、12年前から言っていますから~拙者のほうが早い斬りだったぁ~、残念!!拙者は誤字が多い斬り!!切腹!!ちなみに拙者は高校1年時代から、拙者用語でおじゃった。とくに文面はそう書くようにしてました。まじめな文章を書くのがちと苦手だった拙者。ならば思いっきり文章をおかしくしてしまおうと始めたのが拙者用語及びおじゃる語だったのでござる。しかも終わりという意味でにんにん。と、文末に付け加えるようにした。それが12年以上たつ今も続いているのでござった。さて、今日は午後からは雪がふぶいていたが、除雪機で敷地の雪はねをした。日が暮れるまで続けた。発送したオイル商品が1つだけ戻ってきてしまった。宛名の名前を1文字書き間違えたからだ。電話連絡を沢山うけたから間違えも可能性としてありうると思ってはいたが、住所も電話番号も他、すべてあっているのに、なぜに宛名の1部だけの違いで、戻ってくるのだろうか?家のひとに訪ねればいいことなのに・・・。普通便にしたから、そこまでのことは取り扱ってくれないのだろうか・・・。一の橋なら、名前がぜんぜん違っても届くのに・・・。ま、拙者が間違えたからしょうがないか。残念!!巡回、プレイボーイエミューペアー産卵あり!!ニンニン。あ、あとモンゴルの友人が京都へ留学に・・・!!★大阪情報★1月21日~24日までの4日間、北海道物産展がメルカート・ピッコロであります。JR環状線・天王寺駅下車 中央改札口を出て右手にステーションプラザてんのうじという駅管轄のお店がたくさんありますので、そちらの地下1Fです。エミューの卵やエミューの卵使用のお菓子が販売されます!!★
2005.01.20
1月19日 雪のち晴れ昨晩は夜勤疲れがたまった。朝、飼育後休憩し、昼から屋根の雪下ろし&除雪機による雪はね。そして放牧地の敷地をはずして敷地の雪はね準備。日が暮れて事務所へ戻った。注文オイルの発送準備、受注したお菓子の注文などなどすすめ、そうしているうちに久々にM原氏が訪問してくれた。今日は弟が復活し、家の玄関の除雪、牧場の雛の寝床掃除、夕方の巡回にも顔を出した。産卵なし。そして今日も夜勤へ行くのであった。ギター侍?拙者っていうじゃない?だけど、拙者は、12年前から拙者って行っていますから~残念!!拙者のほうが早い切り!!ニントモカントモ。
2005.01.19
1月18日 曇り雪がだんだんやんできた。昨日の晩ようやく現在考え込んでいる内容がみえた。こんどは、風呂場の水をいれっぱなしにしてボイラーを壊したらしい。風呂が入れなくなって悩んでいたのだ。拙者がいる時間という制限で事務所のシャワー使用を許可。それとボイラーはみてもらうように言った。そもそも、今使用しているボイラーは、拾ってきたもの。つまり、もともと捨てるような物を利用していただけ。壊れたということは、買い時ということだ。本当は木質ボイラーとかにしたいが、まぁ、今は贅沢言えぬか。弟はさっそく丹羽商店に相談して見てもらっていた。拙者は昼から長く連なった繁殖鳥小屋の落とした屋根の雪とともに敷地を除雪するために除雪機で雪を飛ばしていた。飛ばしながら屋根に上りまた雪を落とす。その間、エミューは小屋の中・・・これから一通り雪を飛ばすまで繁殖小屋のエミューは出せない。そのため、やり始めてしまった以上ここ数日は時間との勝負にもなる。餌タンク、餌補給。産卵・・・なし。ニンニン。
2005.01.18
1月17日 雪今日は雪が降っている。でも気温は上昇気味でマイナス5℃まで上がった。夜勤明けでまずすかさず除雪を軽くしてすぐに放牧しているエミューをある程度可能な範囲で小屋へしまった。除雪前に雪を踏み固められないためにだ。そして、飼育作業と荷物発送のあと、夜勤先へ再びむかった。事前にまたオイルの問い合わせなども入り、出発がやっぱり遅れてしまった。新年の礼拝時間に遅れてしまった。式が終わり信金で通帳記帳をすませて帰宅。用事を済ませて少し休憩をとった。夕方もオイルの問い合わせもあった。産卵はなかった。それからいよいよ弟との札幌の心身相談の日程も煮詰まってきたので、その旨をいよいよ実家にいる血のつながらない今の母親に電話をして報告した。強く理解を示してくれており、立ち向かう心の準備も整ってきた。弟自身は、だんだん落ち込んできている。もともと撃沈しているが長く続くのは良くない。長年の蓄積があると思うが、改善できる今こそ、弟の悩みを解放しなければ。事業決算や、アイスキャンドルへの準備、オイル関係の次へのステップ・・・牧場作業以外でもいろいろやること目白押しではあるが。またそろそろ溜め込んだ雪や残りの屋根の雪下ろしもどんどんやろうと思う。2月からは繁殖も多忙になるし、4月まで忙しい日が続きそうだ。ニンニン。
2005.01.17
1月16日 晴れ晴れが続いたせいか、冷え込みは厳しい。マイナス25℃ぐらいまで下がったらしい。車のフロントガラスは凍結し、エンジンもすぐにはかからない。昨夜の夜勤は落ち着かず疲れたが、夜勤から帰宅。飼育作業をすませて犬の世話をしてからすかさず休憩。午後からは、少し屋根の雪下ろしをした。下ろした雪は後日飛ばそうと思う。冷え込むので夕方には戻って、事務作業でもしていた。そして5時過ぎに産卵を確認。小峰ジュニアたちの卵を発見し戻ってきた。なにやら風が吹いている・・・荒れるのだろうか・・・。明日の午前中は少々忙しい。夜勤から戻って飼育したらすぐにまた温泉へ行かねばならない。儀式・・・いや新年の礼拝があるからだ。ちなみにここ週末は名寄・下川で全道中学スキー大会があり、各地から中学生がスキー競技に集まっていた。夜勤先も中学生の滞在で大忙しだったようだ。また、男女別競技が今年から男女共同競技になったらしく?女子中学生も男子と競ったらしい??とまぁ、余談でござった。ニンニン。
2005.01.16
1月15日 晴れにょほー・ちん!!(こみ流新挨拶)天気ははれて再び冷え込み始めた。初日分の注文のオイルセットをさっそく送った。飼育作業をし、そして放牧地の除雪を行った。朝も数件オイルの問い合わせもかかってきた。作業を終えると昼の1時ぐらい。休憩に家へ戻った。弟は相変わらずだ。それから夕方、牧場へ戻って餌の食べ具合を確認しつつ産卵チェックをして歩いた。夜空の星がとても綺麗だ。「ライス」の卵発見!!今回は無事入手だ!!それから夜勤の時間まで事務所で事務作業を進めた。ニンニン。
2005.01.15
1月14日 雪弟がなぜか撃沈中でひとりでの作業が続く。事務所の留守電をみてびっくり・・・20件近くあるのだ。どうやら道新に遊牧村オイルセットの紹介がされたようで、それに関する問い合わせがほとんどだ。確認をとっている間にも問い合わせが・・・だいたい合計が30件近くになったのではないだろうか。注文をとった方の名簿をまとめて発送準備も進めているとすっかり日が暮れてしまった・・・。産卵の様子を見に行くと、プレイボーイ夫婦の卵を発見。慌ただしく今日も夜勤へむかうのであった。ニンニン。
2005.01.14
1月13日 時々雪気温は上昇中。一転してマイナス5℃ぐらいまで上昇。痛い寒さの昨日とかわって、やや暖かい日となった。相変わらず撃沈中の弟。拙者は飼育作業などをして、午後は残りの屋根の雪下ろしを進めた。あと小屋の屋根の修理に板金屋がやってきてくれた。まず、煙突の取り外しをして帰っていった。夕方から中村人間さんの住む山へむかって人間さんの家へ訪問し、家族と交流した。卵とじお好み焼きは美味しかった。相変わらず子供たちがはしゃいでいた。「ゲル」計画についても話し合った。また春には、人間さんとともに改良を加えて設置しようと思う。さっきまで雪がちらついていたのに夜中は綺麗な星空が広がっていた。こうして1週間で唯一の夜の休暇を過ごし一の橋へ戻ってきた。最近、すえたけ商店で拙者の漫画が良く売れている。最新刊もだが、過去の作品も持っていない人は買っていくそうでとてもありがたく思うのでござった。ニンニン。
2005.01.13
1月12日 晴れ午後少し天気崩れ今日もかなり冷え込んだ。2日間連続晴れたからかな?零下20℃ぐらいではないだろうか。痛みをこらえつつ飼育作業をすすめた。それから道新のI氏が訪問。オイルの取材を受けた。仲間とあらかじめまとめた内容をもとに話をした。それから牧場の小屋の屋根の雪下ろしを行った。ひとりで作業するのは落ちたとき発見されないので危険。落ちないように気を配りつつ作業を進めた。午後まで作業した。ちなみに弟の自閉症傾向の診断・カウセリングを検討中。そして弟が自立していくための支援や改善にむけて検討。現在、拙者は撃沈している弟救出へ動き出している。来る24日―25日、弟とともに札幌へ行く予定だ。作業や相談連絡などすませて、自宅へ戻った。汗がぼとぼとなので、乾かしつつ、以前録画していた「踊る大捜査線~レインボーブリッジを閉鎖せよ」をみた。それから軽く休憩して、また夕方の牧場巡回へ。ビデオまで見てしまったとはいえ、さすがにあまり寝てないので眠い。そしてまた夜勤の時間なのだ。ニンニン。
2005.01.12
1月11日 晴れ今日も冷え込みが激しい。マイナス20度ぐらいだろうか。夜勤から戻りいつものように作業。今日の弟は、沈没か。それから郵便局にいったり西沢さんのパソコンをみたり、S々木先生と連絡とったり、町のお店と連絡とったり・・・それから昼に休憩し、夕方町へとでかけた。Y下さんに会ってきたり、Tさんにあったりしてから、マルウささきさんに町のひとが手軽にエミューオイルを買いにいける場所としておいてもらった。それと除雪道具をいろいろ買い足した。じつはいくつか破損して除雪道具がなくなってしまっていたのだ。これで雪が降っても安心?女優を目指す知人から発売された自身の音楽CDが届いた。彼女が作詞して歌っている歌が入っている。拙者もあとでお礼に自分の漫画でも送ろうかな。夢を抱くもの同志、つながっていくのは面白いでござる。帰ってからエミューの産卵を見に行った。エミューは冬の夜に産卵するので暗くて冷え込む時間に見に行くのも大変である。予想通り、「ライス」と「ボス」の卵が生まれていた。しかし、拙者が繁殖にまわしたい「ライス」の卵に小さな穴が・・・産卵時にできたものなのか、エミューがつっついたのか??たまに起きることなので、なんとか防止したい。今回、6時半になってしまったが、やはり5時前が妥当な気がする。なかなか忙しい時間帯なので大変だが回収に気をつけたい。そして今日も夜勤なのである。ニンニン。
2005.01.11
1月10日 雪のち曇り★ 8日の日記に、放尿の長さについて語ったのですが、40分、50分。というのは、40秒、50秒の間違いでした。びっくりさせました。ニンニン。夜勤では…たまにあることなのだが酔ったお客さんに絡まれてしまった…。夜勤出稼ぎ先の館内にあるタバコの自販機がまた故障し、お客様が酔って自販機に当たっていらした。自販機はタバコの販売業者の管理なので、こちらではどうにも出来ない。事情を話してお金を立て替えて返金するしかなかった。別のタバコを買って行かれたのだが・・・。それはそれで終わったのだがまた別件でその方を注意したのであるが、酔いながら先ほどの話まで持ち込んで絡まれてしまったのだ。酔ったお客さんを注意するのは難しいのである。さてさて、夜勤明けで帰宅してから作業をして今回は連日続く疲労をなくすために、肉体労働は控えめにしてある程度休憩を取った。それから午後に少し事務のことをしてから夜勤へと向かうのであった。ニンニン。
2005.01.10
1月9日 雪夜勤から戻るなり犬の世話をして、それからはしごや板や釘などを用意してエミューの雛たちを小屋に追い込み板でふさぎ、屋根の雪下ろしの準備をした。その後ちょうどN村・ごんぞう氏が到着。あとからイサホ氏もやってきた。弟も普段の作業を行った。そして雛小屋の雪を落としつつ、放牧地の雪を吹っ飛ばしたのだった。11時半頃終了。開放された雛たちはおおはしゃぎしていた。それから海外の紅茶やオーガニックコーヒー(ジャカランダ農場・ブラジル)の豆のコーヒーを飲みながら雑談し、12時半に着替えていざ町の出初め式の会場へ・・・。本日は消防の出初式だったのだ。新年の挨拶をかわし、食事をし。そして夕方に帰ってきた。そして夜勤である。まわりが作業しながら漫画のネタを意識しているので、本日のネタ!!N村さんが最後にはじの雪をかき集めていたが、イサホ氏がそのまま除雪機をしまってしまい残念。拙者が雪を崩している後方で除雪機を回転させたので反射的にびっくりした拙者。(除雪機が迫ってきたかと思った。)そして今日も夜勤である。ニンニン。
2005.01.09
1月8日 小雪犬の世話・エミューの餌をやって少し休憩。そしてすぐ起きて除雪。敷地の除雪を少々やってから屋根の雪おろしを開始。しばらくするとごんぞう氏とN村さんがやってきた。作業を手伝ってもらった。N村さんも屋根の雪おろしに挑戦。みんなと除雪を楽しむ様子は漫画第7巻にも描いた。ごんぞう氏は漫画のネタを増やそうとこんどは除雪の合間の遊びを披露した。スコップを使ってすべったり・・・。あと拙者⇒最後が疑問系になる隊長としてネタとして突っ込まれた。「明日は10時からここの敷地の雪おろしと除雪を しますか?」「~しますか?」すでに時刻は夕方5時。事務所でアイスキャンドルについての作戦会議。と、思いきや、オイルを使った製品の話題や、はたまた、バイアグラの話し。まちづくり=繁殖=祭り=商品開発と話しは発展。拙者は子孫繁栄のできる環境こそ、豊かな暮らしであり、まちづくりの目的だったり人類の目的だと思うのである。祭りもそもそもは、子孫繁栄が目的だ。夏にむけたイベント(祭り)の計画も盛り上がった。すでにアイスキャンドルの計画がどこかへ飛んでしまった??さらに小便の長さの話題になり、拙者は貯めていたときの放尿時間は2分ぐらいになると力説。しかしそんなに掛かるわけがないとまわりは否定。そこで各々、放尿の長さを測った。50分近くかかることが判明。今回は拙者は47分だったが50分を越えたひとも。沢山溜め込めば1分は超えるのだ!!などとまじめにぐだらないことを会議で話しあいながら時間は夜になり、拙者も夜勤の時間となった。ここでは潤滑・繁殖、現在の繁殖力の低下の問題など現代の問題をまじめに話し合いつつ企画について話し合ったのだがある意味企業秘密なので、その内容は、また後日に!!あ、N村さんが拙者の生まれた地・博多の名物お菓子を持ってきてくれたのだがこれが美味しかった。N村さんの実家は福岡なのだw。ニンニン。
2005.01.08
1月7日 雪少し湿ったかんじの雪が降り続く・・・昨晩からけっこう雪が降ったようだ。少し遅めの朝。エミューの飼育や犬の世話。そして郵便局へきのう引き取ったエミューの代金やエミューの会費やら事務経費やそのほかいろいろ振込に行ってきた。それから除雪作業や、きのうのエミューを持ってきた箱から小屋の中へ移動。弟はまたなぜか悩みこんでいたが、それは弟にヒヤリングしながら聞きだした。たいした事ではない。それにやりたいことがあるなら悩んだり寝込まないでやれるようにやればいいだろ。といつも思うのだが…。手紙をだしたいのではがきや切手を買ってきた。しかもただ買うのではなく牧場が切手・はがきの販売窓口にもなっているので牧場名義で購入して来た。はがき・切手使う人がいればぜひ牧場に・・・一の橋の応援も兼ねて♪買いに行ったが財布を忘れてまた戻ってきてそれからまたでかけた。まるでサザエさんではないか。夕方、エミューのペアー名:ボスとライスの卵が。まだ暖かい。夕方4時・・・早目の産卵。そしてその後、牧場で話し合いをしてから夜勤へ・・・だが途中で、町のお店に営業&話し合いに立ち寄った。話しに夢中になっているとうっかり夜勤へ遅れてしまった。ニンニン。
2005.01.07
1月6日 木曜日 雪のち晴れのち雪朝、除雪などを行い軽トラに荷物を乗せ、いざ、イサホ氏とともに十勝へとむかった。じつはあっちのほうで数年前からエミューを買い出したおじいさんがいたのだが、卵をなかなか産まないというのでこっちの卵を産んでいるエミューと交換してあげたのだが昨年もやはり産卵しないというので、さらに卵を産んでいる実績のあるつがいを譲り今年こそはということだったのだが・・・せっかくのトレードも虚しく、おじいさんは年末になくなられたようで、年始に急遽連絡があった。飼い主がいなくなったエミューを引き取って欲しいとのことだった。この冬にいきなり言われては、こちらも準備などできずこまったが、事情が事情なので引き取って肉にするために食用価格で引き取ることにした。どうやらおじいさんは飼い始める前からすでに体が悪かったらしくそれでも聞かずにエミューを飼ったらしいのだ。十勝のある町へ長い道を渡ってむかった。そしてそのおじいさんのエミューの放牧地へむかい地元のひとたちと2羽のエミューを捕獲し、そして夜の10時頃、名寄のファーマーズカフェに立ち寄りつつ夜11時過ぎに一の橋に戻ってきた。目がぐるぐる回りそうである。ニンニン。エミューに余命をかけたおじいさんのご冥福を祈ります。
2005.01.06
1月5日 晴れ雪はやんだ。夜勤から一の橋へ戻って除雪。そして納品物を発送するため郵便局へ。それから弟とも合流し、エミューの敷地の除雪を午後まで行った。明日は帯広へエミュー関係の仕事で行く予定。それとは直接関係があるわけではないが久々にエミューつながりのひとに電話。極寒の地での産卵や繁殖はオーストリッチ(ダチョウ)の世界もエミューの世界でも苦労している模様でやめていく農場も後を立たないとか。もともと採算のあう世界ならば、とっくに普及している。量産社会では割のあわない産業も、自分達のライフスタイルであれば成り立つ。今までの価値観ではできないことへの挑戦なのだ。我々の牧場は基盤をこつこつ積み上げていき確実に起動に乗りつつある。他の農場が輸入品の販売を手がけているが、拙者たちはすべて自分達の飼育したエミューを使って肉やオイルを販売している。おそらく現在も国内産エミューの肉とオイルの商品は、他にはないのではないだろうか?量産では採算のあわないエミューだからこそ個々の個性を活かし、今までにない可能性を生み出せる。「物」の価値観を見直したとき、きっとこのような生き方が活かされる時代が来る。再び冷え込みが激しくなり重い雪も粉雪に変わった。そして拙者は夜勤へいくのであった。ニンニン。
2005.01.05
1月4日 雪昨晩は暖かく屋根から雪が落ちたり溶けた雪が凍りついたりしていた。湿った雪が降っていた。午前中は普段の飼育作業以外に商品の搬入や肉の発送などを行った。昼寝して昼からは、除雪作業を行った。除雪機で雪を飛ばしたりしていた。弟もはりきっていた。夕方は、名寄・下川方面の帰りに友人Nさんが訪問。雑談を楽しんだ。拙者は思う。下川町が個々の思いや活動が活かされる地域になって欲しいと。型にはめていくのではなく、点と点が結ばれることで個々が活きてくるような地域づくりができればと思う。それが自律へとつながっていくと思う。友人も移住を考えているようである。本人の意志や自発的な活動が活かされながらそれが地域の活動にも活かされていけばいいんじゃないかなぁと思う。拙者は、1年以上前から表での活動を控えめにし、牧場や日々の暮らしの基盤を整えていくことをこつこつやっている。地域づくり!と表立ってやって負担を抱えながらやるよりも、日常の暮らしを大事にし、きちんとした基盤を作っていく事が継続的な活動をうみ、やがては地域にとってもそれ自体がプラスになり貢献することになると信じている。ていねいな生き方、スローライフである。スローフードブームの世の中だが拙者はスローライフが成り立たなければスローフードも成り立つわけがないと思っている。それから準備して拙者は夜勤へとでかけた。ニンニン。
2005.01.04
1月3日 晴れ時々雪&雨今朝からなんと暖かい!!雪が溶け始めた。プラス1℃だった。ちなみにここの冬は・・・マイナス10℃よりも気温が高ければ、「寒くない。」「少し暖かい」気温がプラスなら「暖かい」という表現になると思う。帰宅後、犬などの世話や事務作業をし、飼育も途中までしたが、あとは弟に託し、五味温泉にエミューの肉を配達した。その後、昼からは興部へでかけた。興部の友人達と新年の抱負などを語りつつ、新年夕食会を楽しんだ。豪勢な料理。そして拙者はそのまま夜勤へとでかけた。外は暖かくときには、雪が雨に変わったりしていた。拙者も手伝ったスライド動画編集。好評のうちに無事成功し終わったようだ。今年はさらなる飛躍のために日常の当たり前のことをさらにきちんと処理していけるようにこつこつ頑張って飛躍したいでござる。ニンニン。
2005.01.03
1月2日 雪雪と言うよりは風のある1日だった。だが、気温はやや暖かい気がする。弟も調子が回復し、頑張っていた。拙者は軽く犬の世話などの作業のみし、弟に任せて、通称:にれ氏が本日帰るのでその時間まで小峰ハウスで交流。にれ氏は、東京在住・秋田出身。夜勤疲れとかで少々疲れていたので午後からはしばし休憩した。そして夕方から手紙などを書いていた。そして再び夜勤の時間が訪れて拙者は夜勤へと行くのであった。ニンニン。★★★★「ヒクイドリとエミュー」エミューは、オーストラリア原産のヒクイドリ目エミュー科の走鳥類である。ヒクイドリは、ニューギニア森林地帯やオーストラリア北部に生息し、頭部に派手なかぶとをつけている。性質はおとなしいエミューとは違ってとても攻撃的で、3本の鋭いつめで犬や豚をまっぷたつに切り裂くほどの強さを持っているでござる。そしてその肉は大変美味しく貴重だったとされる。また泳ぎがうまく魚もとって食べるらしい。訪れた子供たちの中にはエミューをみて駱駝(ラクダ)と間違える子がいる。しかしその感性こそ、「駝鳥(ダチョウ)」という名の由来なのだ。つまり昔の人々は、駱駝に似た鳥を駝鳥と呼んだのでござった。そして江戸時代に駝鳥といわれた鳥は、今のダチョウではなくヒクイドリのことを呼んだと思われる。その証拠にヒクイドリの特徴が描かれた絵に駝鳥という名で示されていたり、「駝鳥、火喰鳥と云う。」と昔の文献にはっきり描かれているものもある。ちなみに火食鳥は、エミューもそうであるが、炭を好んで食べる。火がついたままの炭を食べるのをみた人々は、火を食べる鳥と思い込んだのだ。そして今のダチョウは明治19年以降、サーカス団が連れてきたのが、最初ではないかといわれているのでござる。昔の日本人は異国から来た大きな鳥であれば、ダチョウと思い込んで楽しんだのでござろう。まれにエミューをダチョウ目エミュー科と記すものがある。ダチョウの一種と勘違いしているか、あるいは元祖駝鳥であるヒクイドリのことを指しているのかもしれない。1930年代オーストラリアの歴史上に「エミュー戦争」というものがある。エミューに麦畑を荒らされた農民の要請によって軍隊が出動し、エミューを機関銃で一掃しようとしたのでござる。しかしながらあまり効果はなく、それどころか農民が開拓した井戸などのおかげで今まで水がなくて生息できなかった乾燥地にまで生息地を伸ばしたのでござった。そんなたくましい鳥…それがエミューでござる。ニンニン。
2005.01.02
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。今年は酉年、エミュー年ですね。2005年 元旦夜勤中に年を越して西暦2005年。帰宅中、ガス欠しそうに、ガソリンスタンドに駆け込んだがなんと、元旦で休みだった。一の橋に戻り、小峰ハウスに泊まる友人に朝食を届ける。そのあと弟と犬、エミューの世話。弟は飼育の後も寝床掃除もしていたらしい。それから拙者は少し休憩し、午後から宿泊中の友人と記念写真撮影や屋根の雪おろし作業を行った。日が暮れて事務所に戻り、年賀状や年賀メールをみていると、小田原さんが夕食に誘ってくれたのでさっそくみんなでおじゃました。しかし弟の姿が見当たらず探した。拙者たちとは別の場所で寝床掃除をしていたようだ。小田原さんの家でカレーライスや焼肉などをごちそうになりながら、新年を祝いつつ、会話を楽しんだ。そして再び拙者は夜勤へいくのであった。ニンニン。皆さんにとって、自分にとっても今年1年が良い年でありますように・・・。
2005.01.01
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