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9月30日 晴れ 昨日の作業で体が痛い。 また、徹夜で留守録しておいた映画 『世界の中心で愛を叫ぶ』をみたため眠い。 『テープ』という小道具を利用し、 思い出がそのまま形として残ることで さらに物語の感動を深めている。 早朝、一緒に寝ていた愛犬アシリとともに 外に出たら、自分の家の裏庭に鹿がいた。 鹿はどこへ行くこともなく草を食べていた。 アシリをそのままその庭につないでおいた。 アシリは無言で鹿を見続けていた。 昼…昨日、やまびこ学園(一の橋の知的障害の施設)から 本日行う収穫祭の案内が届いた。 場所は、今年から学園が国道沿いで 作っている作物や民芸品などを販売している直売所。 そこで地域との合同収穫祭を呼びかけていた。 拙者も作物を持ってさっそく行ってみた。 住民は数名しか来ていなかったが、 石狩鍋はかなり美味しかったし、 その他、とうきびやおにぎり、 カボチャをごちそうになった。 その後、戻ってしばらくしてから眠気に襲われて たぶん、疲れが残っているようだ。 なのでしばし自宅で休憩した。 そして今日も夜勤なのでござるよ。ニンニン。
2005.09.30
9月29日 晴れ 今日は弟・マー君こと雅典の誕生日である。 昼から一の橋のコミセン裏のおじいちゃんたちの公園作りの手伝い。 弟マー君とともに、刈られた草を寄せ集めて それを特定の場所へひたすら運んだ。 手足腰を使う意外と重労働。 しかし一生懸命夕方までかけてすべて終わらせた。 けっこうくたくたになった。 その後、小田原さんが家でごちそうを用意してくれて 軽くカレーライスを食した。 遠慮したのだが、気持ちだから受け取ってくれと 軽くこづかいまでいただいてしまい、 これは今晩の弟の誕生日資金の一部と させていただいた。 その後、出発準備をして、 弟マー君とファーマーズカフェへ。 じつはファーマーズカフェに、あらかじめ予算内で 誕生日特別メニューをお願いしていた。 弟に誕生日にごちそうする約束をしていたのだ。 誕生日特別フルコースメニューが用意されており つぎつぎにごちそうが出てきた。 スープからそのほかいろんな料理が続々登場。 面白いのは、卵形のコロッケ風のハンバーグに その中にはなんと本当に卵もそのまんま入っているという 遊び心一杯の料理である。 料理の様子をブログに特別に掲載し紹介するでござる。 最後に、あのノースプレインファームの美味しいケーキを バースデイケーキ風に生クリームに包んだ特上ケーキも登場し 弟マー君もお腹一杯で大満足の様子。 イサホ氏も含めカフェSTAFF一同も心を込めて祝ってくださった。 弟マー君充実の1日になったに違いない。23歳の誕生日だ。 その後デザートを買って帰った。ニンニン。
2005.09.29
9月28日 晴れのち雨 昼…一の橋の自分の家の前で 一の橋住民や警察が交通安全運動を行っていた。 車で走ってきて~というので、 車で国道に出て家の前を走って戻ってきた。 ティッシュとか、もらちった。 準備を済ませていざ町へ。 しかし急に洪水のような大雨。 しかも天気雨のようである。 しばらくすると町に虹がかかった。 町の信金でお金をおろし、 六合ボデー渡邊さんのとこへむかった。 長年使用したアベニールを手放し、 再び軽のバンに下取りするためだ。 まだまだ新しく使いここちのいいバンだ。 中古は、乗用車よりも軽、とくに軽のバンや軽トラのほうが はるかに高価なので、なかなか購入は大変なのだ。 分割払いでバンを購入。 数年ぶりに軽のバンに乗ることとなった。 購入するとお金がかかるが、 やはり維持費や燃費などを考えるとこっちのほうがいい。 途中、町で用事を済ませつつ、 一の橋へ戻ってきたのでござる。 10月23日は、拙者のゲルの中で、友人たちが主催となり 音楽を聴きながら食事をしての交流会を行う。 非常に楽しみである。 ちなみにその前日は、しもかわ学会のフォーラムがある。 拙者も参加及びお手伝いするかもでござる。 さて、明日29日は、弟マー君の誕生日であり 名寄のファーマーズカフェでごちそうする予定だ。 特別メニューをお願いしてある。 夜6時~夜8時ぐらいまでを予定。(ちなみに7時で閉店) もし祝ってくれる方、いれば駆けつけ歓迎でおじゃる。ニンニン。
2005.09.28
9月27日 晴れ眠い。朝、作業した後昼寝。アシリは小峰庭で放牧。昼から事務所へ。まず、いろいろまとめようと順番にまとめる作業をしていたら小田原さんが訪れた。なんと、牧場の富士桜の苗を植え始めていたようである。そして小田原さんが数名の老人と町の土地を借りて始めた協働による公園づくり。一の橋桜公園というらしい。拙者も先日、草刈を手伝ったがその後駆り終わった草を集めるらしく、なら、今すぐ御一緒にやろうと、拙者はすぐさま、現場へむかった。そして日が暮れるまでせっせと草を集めていたのでござる。すると小田原さんが食事も用意してくれて一緒に夕食をごちそうになり自宅へ戻ったのでおじゃる。拙者は小田原さんの夢と繋がる事で牧場に新たな夢を抱くことができた。地元のおじいさんたちの夢に少しでも力になれるならば本望でござる。その後、自宅で弟マー君と話しをかわしそれから牧場へもどり夜勤へとむかったのでござる。ニンニン。
2005.09.27
9月26日 晴れ肌寒い季節になって来た。今日は久々に夜勤後の昼寝もした。それから犬の寝床を全部掃除して、まわりを巡回したり畑をみたり、御無沙汰していたので敷地内をいろいろみていた。それから留守中の連絡事項やメールなどもみて返事をかき、エミューの餌も発注したりなどして夕方は、親友夫婦のお土産である美味しいシュウマイをおかずに収穫したズッキーニなどを加えて夕食を食べた。そして今日も夜勤へとむかった。なんかいろいろ疲れているかもなぁ。経費の負担を軽減し、循環していくためにいろいろ整理やまとめて行かなければいけないことも多い。たったひとりぼっちでは、途方にくれそうなこともある。親友S氏に、自分の活動を理解してそのうえ付き合ってくれて、結婚披露宴も自分の味を活かした披露宴を行なえるような素晴らしい奥さんに恵まれて幸せものだなぁ。ということをしみじみ語っていると、奥さんは、いつかそういうひとがきっと現れると思うと言ってくれたが、ほんと、もし自分の活動を理解して支えてくれる人生のパートナーがいれば、ひとりで途方にくれたりすることもないしどんな困難や壁も乗り越えられるだろうと思う。苦難も増えるだろうが、楽しいだろうなぁと思うでござるよ。まぁ、それはさておき、ぜひ活動現場である一の橋及び牧場にて活動を共に出来る仲間が増えれば楽しいなぁと思う。本当は、遊牧喫茶が実現できれば面白いのだが…。ニンニン。
2005.09.26
9月26日 晴れ肌寒い季節になって来た。今日は久々に夜勤後の昼寝もした。それから犬の寝床を全部掃除して、まわりを巡回したり畑をみたり、御無沙汰していたので敷地内をいろいろみていた。それから留守中の連絡事項やメールなどもみて返事をかき、エミューの餌も発注したりなどして夕方は、親友夫婦のお土産である美味しいシュウマイをおかずに収穫したズッキーニなどを加えて夕食を食べた。そして今日も夜勤へとむかった。なんかいろいろ疲れているかもなぁ。経費の負担を軽減し、循環していくためにいろいろ整理やまとめて行かなければいけないことも多い。たったひとりぼっちでは、途方にくれそうなこともある。親友S氏に、自分の活動に理解して付き合ってくれて、結婚披露宴も自分の味を活かした披露宴を行なえて素晴らしい奥さんに恵まれて幸せものだなぁ。ということをしみじみ語っていると、奥さんは、いつかそういうひとがきっと現れると思うと言ってくれたが、ほんと、もし自分の活動を理解して支えてくれる人生のパートナーがいれば、ひとりで途方にくれたりすることもないしどんな困難や壁も乗り越えられるだろうと思う。苦難も増えるだろうが、楽しいだろうなぁと思うでござるよ。まぁ、それはさておき、ぜひ活動現場である一の橋及び牧場にて活動を共に出来る仲間が増えれば楽しいなぁと思う。本当は、遊牧喫茶が実現できれば面白いのだが…。ニンニン。
2005.09.26
9月25日 晴れ下川は晴天なり。久々の一の橋の朝。他の犬達とも再会。午前中、拙者が戻ってきた事を知った友人が会いに来てくれたり、近所のおじいさんたちが留守が続いて心配になってみにきてくれたりした。夜勤先でも顔をみないし寂しいと言ってくれるひともいる。泣けるなぁ~。一の橋に戻ったばかりでなんかまだ調子が戻っていなかったが途端に元気を取り戻せた感じである。そして昼からは東京で活動する親友S氏が春に結婚した奥さんとともに下川を訪問。ちなみに春に拙者も結婚披露宴に行っているでござる。まず、丘の上の工房 美花夢で合流。食事をすることにした。綺麗な景色の中での食事は最高。それからS夫婦と一の橋へ。エミュー牧場及び遊牧村を案内。それからこんどは、ファーマーズカフェへ。S氏の訪問も久々であることもありまた奥さんも偶然下川を訪れているが牧場を案内した事もなかったので一応一通りの今の動きを把握してもらいたかったのだ。親友S氏は、イサホ氏や拙者の活動仲間友達でもあるのだ。そして拙者が今日までに北海道に帰ったのもじつは彼らを歓迎したかったのである。お互いの近況やこれからのことなどを熱く語りつつ明日、彼らが旅をするのにお勧めなコースをイサホ氏とともに紹介していた。そして親友夫婦と夜勤先へ。彼らはそのまま宿泊。拙者は夜勤である。そこでも食事。なんか昼から食事ばっかりしているような??まっ、いいか!!ニンニン。
2005.09.25
9月24日 今日はいよいよ北海道へ帰る。今の母は、おばあちゃんの家の線香をあげにむかった。お父さんにおばあちゃんの経歴をたずねた。農家であることや疎開などの思い出などいろいろ聞きつつ、拙者は家をあとにして空港へとむかったのだった。ぽつぽつと雨が降り始めていた。台風が接近中なのだ。明日には関東のはじをかすめて東にそれるのだが。到着は夜中!!空港から自分の車で帰るのだがガソリンスタンドもあいていなくガソリン残量が少なくてひやひやした。家に帰るとアシリははしゃぎまわる。弟と夕食を食べつつ、そして拙者も休むのであった。ちなみに帰り際の父の様態だがだいぶ良くなっていたでござる。当分は安心であると思う。急いで時間の合間に書いた日記にて書き忘れなどいろいろあるかと思うがその部分は追々書き綴ろうと思う。ニンニン。
2005.09.24
9月23日 実家・川越にて朝を迎える。今日は1日拙者の活動日とした。さっそく拙者と会う事を希望しているひと数名に連絡をとりつつ、予定のつく人と会う事にした。本当は新宿の友人のお店で集合したかったがなんと改修工事ということで断念。しかし池袋でその友人Mさんと再会。喫茶店で食事をしてお互いの暮らしや夢を語り合った。なかなか素晴らしい友人でして、この友人のお店は、拙者の友人を連れていきたいお店の1つだ。そしてこんどは新宿で待ち合わせしていた友人E子さんと会ってきた。拙者が一の橋で移住した時の暮らしなどをとある座談会で話した時に感動して連絡をやり取りしてくれた方で拙者も自分に関心を持ってくださっているのでもっと意見交換や交流を深めてみようとお会いしてみたのだ。適当な喫茶店で食事をしつつ話をした。そして拙者は、また実家へと戻ったのだった。なんというか、語り合える友人と交流を深めているうちに今すぐには無理でもいずれお互いになにかやれたり動きが作れることもあるんではないかと思う。実家滞在中に空いている時間があればひととの交流を深めていこうと思うのである。実家に戻ったときでないとなかなか会えないひとたちなのだから。基本的には急な上京だったので深くは計画などは出来なかったのだが。夜には実家で夕食を食べて過ごした。拙者が実家に行けば、会いたいと言ってくれる仲間や友人がいる。そんな拙者はいい友達を多く持って幸せでござる。ニントモカントモ。
2005.09.23
9月22日 さて、続きだが、おばあちゃんの納骨も終わり翌日、この日は予定のない1日で朝、昼、晩を実家で家族と過ごした。じつを言うとこういう日というのは今までなかった。父は仕事に行っていたし、母は多趣味をこなしていたし拙者は普段は仕事や用事があって関東に来た際に実家に顔を出す程度であったし、家に居てもやることがなく友達に会いに行ったりしていたので、こうやってのんびり実家の家族と過ごすことはまずない。今の母もおばあちゃんの死とお父さんの様態のことで大変で、あれこれほかの事をやっているゆとりはない。お父さんも様態が悪化したため、そろそろ仕事は引退を考え始めている。今まで忙しくしていた家族は、ある意味でのんびりする時間を持つようになった。ただ、兄が精神分裂症で普段は入院しているのだがこのときは実家にいたので、兄といろいろ議論をした。拙者も精神分裂所について改めていろいろ調べてみた。幻聴・幻想などの症状やうつ病や自閉症のような症状まであるらしく薬で抑えるほかないらしく、うつや自閉については、作業などをすることで気分を向上させて行くしかないらしい。つまり長期戦の病気で、なおかつ遺伝的な脳による障害による病気らしい。(精神分裂症の子は、普通よりも精神分裂症が発生しやすい ことからそういわれている。)その治療のためのメカニズムは今だ解明されていない。今、兄が出来ることはこつこつ地道に作業する事なのだがそういう努力の意志はなく、人に世話になることしか頭にない。現実を見つめられない部分は幻想の症状といえるだろう。拙者は、空いている時間は近所を散歩したり、ドラマ『電車男』の最終回などをみたりまぁ、適当に時間を費やした。空いている時間があると、下川の日々が恋しくなる。自分の心はここにあらず。自分の心は、一の橋である。最大の宿敵でありライバルであり良き親である父親とは、ぶつかり合うことなく理想の生き方や暮らしを話し合ったとさ。ニンニン。
2005.09.22
9月21日 晴れ 実家のある埼玉県川越市。 朝、タクシーを呼んで様態の悪い父、 そして父と再婚した今の母。 そして拙者とで、 おばあちゃんの葬式のある会場へむかった。 葬式は親族だけでひっそりと行われた。 おばあちゃんが倒れたは数日前、 しかもお父さんが退院したまさにその日だった。 おばあちゃんは時を選んだんだろうか。 倒れたおばあちゃんはそのまま集中治療となり そのまま亡くなってしまった。 つまり亡くなるまで健康で元気だったのだ。 だからおばあちゃんは死ぬまで人生を楽しんだのだろう。 生きたままあえなかったのが残念でならない。 拙者はずいぶんみんなとご無沙汰している。 北海道移住後、おばあちゃんにも会いに行っていなかった。 親戚やいとことも再会。とてもなつかしさでいっぱいだ。 結婚したり子どもがうまれたりしているいとこもいる。 拙者が幼い頃から仲良く遊んでいた 年下のいとこ・AYAちゃんもすっかりりっぱな女性に育っていた。 幼い頃はおてんばだった。 明るさと思いやりや親しみやすさはそのままだ。 ひさびさの再会で話が盛り上がった。 仙台の姉妹いとこもお元気そうでなによりである。 葬式が行われた。拙者は正座で足がしびれてしばらく立ち上がれなかった。 棺の中のおばあちゃんにお別れをした。花を飾った。 棺を運ぶのを手伝った。そして棺とともに火葬場へ移動した。 それから昼休み。いとこたちと話しをしていた。 拙者は飯を食べる時間がなく持って帰ることにした。 再び火葬場で骨をひろった。お金を入れた。 そして墓へ移動した。寺でお経をきいた。 そして墓へいき、おばあちゃんの骨を墓にいれた。 納骨は若くて身軽で墓の中にもぐるのに適しており 拙者がその役目をいただいた。 墓に入ると、そのには、2つの入れ物が、 1つはおばあちゃんの夫でおじいちゃん。 もう1つは・・・おかあさんの名前が書いてある。 お母さんとじつに長い年月を経て直に再会した。 お母さん・・・。 そして拙者はおばあちゃんの骨を墓におさめた。 それからおばあちゃんの家へ移動した。 だが、鍵がまだきておらず、入ることができず 待ち時間に周りを散歩していた。 仙台のおねえさんいとこもいっしょだった。 ここは、拙者の幼い頃からの思い出の地。 毎年ここに来てはいとこや兄弟と遊んでいた。 変わらぬ公園、そして池。なつかしさであふれていた。 拙者は親が転勤が多かったので、 幼い頃から今のときまで足を運んでいる地はここ以外にない。 しかしおばあちゃんが亡くなった今、 この家や公園に足を運ぶこともほとんどないのだろうなぁ。 おばあちゃんの家には、拙者が誕生したときの 思い出の品もある。 そんな多くの思い出にふれながらその場を立ち去ったのである。 それから持ち帰った弁当と夕食を食べた拙者は 実家で寝たのであった。 おばあちゃん:小峰まつ 88歳であった。 さよならおばあちゃん、ありがとうおばあちゃん。 ニンニン。
2005.09.21
9月20日 夜のうちに実家に連絡。18日深夜、おばあさんは亡くなった。 19日は飛行機があいていなかったので20日、今日出発。 夜勤明け早々に、準備をして旭川空港へむかった。 羽田空港に到着。今日はおばあちゃんのお通夜であるが 時間に間に合わないため、 羽田の近くに住んでいる友人・Eさんと合流。 一緒に軽食を食べて、拙者は、埼玉へむかった。 夜、実家の川越市伊勢原町へ到着。 おばあちゃんの長男であるお父さんも様態が悪く 家でダウンしていた。今日は早めに休んで明日に備えることに。 精神分裂症である兄が実家に滞在していた。 結局、彼と話していたら夜も遅くなってしまった。ニンニン。
2005.09.20
9月19日 晴れ今朝まで雨だった。そして今晩も雨だ。しかし日中は晴天であった。エミュー牧場にある遊牧村。我がゲルの前で焚き火によるダッチオーブン料理。参加したのは、町内外仲間内の男女6名。友人女性3名は、みんな晴れ女だという。S藤氏は料理好き。仕込みはS藤氏担当で各々の収穫物をぶち込みつつ、自前のスパイスで味付けしていた。その間、拙者は現場で準備をしつつ、アシリをお供に、木を燃やして焚き火をして火種を作っていた。風が強くて火が大きく炎上する。もちろん安全な場所を選んでやっているが。今回、キノコ炊き込みご飯、トマト風収穫野菜シチューに、玄米と3つのダッチオーブンを使ったので、沢山焚き火をして燃えて炭になり赤く燃えはじめた物を順番にまわりにのせて温めて行った。ちなみに残りの焚き火を活用してとうもろこしや芋を焼きながら食べたりその場でとったキノコを煮込んで食べたりいろいろ食べて楽しんだ。ちなみにN村さん、さちさんは、イサホ氏畑の収穫作業も手伝っていた。自分も含めみんなで少しづつ参加費を集めそれをみんなで作業をするときに使う道具などの費用に割り当てた。ダッチオーブン2個を寄り添うようにして並べてお互いに支えつつ温めたのでそれを夫婦ダッチオーブンと命名。けっきょく夕方まで楽しんだ。美味しい料理を楽しく食べた。それから小峰ハウスに戻り、片付けを行ない、次回のイベントの話しなどでも盛り上がりつつ残った食材を分け合って解散。もう日も暮れていた。友人と友人が集まりつながっていった。それから、拙者のおばあちゃんが亡くなり拙者は明日より実家へ顔を出す。ということで明日からしばらく日記がおそくなるかも。24日には帰るつもりである。いくつか連絡事項を行なっていた。そして夕食を食べて夜勤へとむかった。ニンニン。
2005.09.19
9月18日 雨雨がふったり弱くなったり。今まで書かずにいたが、おばあちゃんの様態が急激に悪化。父も様態が良くはなく、実家へ行く必要があった。悩んだ末に動けるように手配。イサホ氏にも行く事も伝え、夜勤先にも相談。夜勤先では、休みを相談するから飛行機チケット早くとれというのでその場で即、予約をしてみた。当日チケットは金が掛かり余計にお金が・・・。うう・・・。でも拙者はおばあちゃんの顔を北海道移住後は、ほとんどみていない。なので、急遽、上京するかもでござる。ところで、ミニ収穫祭を行うために、大型ダッチオーブンのさびをとりつつ油を敷きなおした。そして、札幌からN村さんとさちさんが到着。雨がやんできたので残りの芋などをいっしょに収穫してみた。じつは芋の茎とかが原型をとどめておらずただ土だけのところを掘り起こすと掘りそびれていた芋がわんさか。その後は、ファーマーズカフェへ足を運んでみた。するといろんな知り合いが偶然出入りしていた。食事を済ませると拙者は夜勤へむかった。夜勤ではおばあちゃんのことで相談。それと、友人と明日の打ち合わせもしたり。公私ともにいろんな課題や問題があるが明日は楽しもう。一応チケットは片道で20日の羽田行き航空便をとっておいた。ニントモカントモ。
2005.09.18
9月17日 曇りのち雨眠い。ぼーっとするぐらい眠い。風邪なのか?疲れなのか??牧場でささっと作業済ませるなり、自宅へ戻り、アシリに餌をあげたら休んだ。そして昼、体もだるめだが草刈を始めた。草刈していると雨が降り始めた。きりがいいところまで草をかり、それから事務所に戻った。メールなどのチェックをしてから自宅へ戻り休憩した。それから眠りについて夜に起きた。しかし、寝ておいて正解。じつをいうと今日の夜勤は超ハードなのだ。たぶん朝まで休む時間はないだろう。体がだるいまま夜勤を迎えたらおそらく体力が持たないかも。こうして拙者は、多忙な夜勤へとむかった。天気があれから崩れているが19日は晴れて欲しいなぁ・・・。ニンニン。
2005.09.17
9月16日 晴れ アシリと眠り、そして朝。 ゆっくり起きて作業して 飯食べて少し休んで、 それから外で草刈をしていた。 紐からのこに付け替えてやっていた。 すると小田原さんが手を貸してくれという。 現場にいってみると、 そこではY川さんも来ていた。 そこはコミセン裏の広場である。 町とのパートナーシップで、 小田原さんの筆頭に地域住民で 一の橋桜公園づくりを始めるらしい。 Y川さんと拙者はブラシカッターで その広場の草刈をしたのだった。 1時間以上して終了し、 再び牧場の遊牧村へ戻った。 そしてふじ桜公園周辺を燃料が切れるまで草刈して 作業を終えて事務所へ戻った。 夕方は、事務所で作業して そしてこれから拙者はまた夜勤でござる。ニンニン。
2005.09.16
9月15日 晴れ 今日は天気が良さそうだ。 でも肌寒い1日となりそうである。 温泉から一の橋まで戻りつつ Hさんを送った。 そして午前中の作業をすませて 片づけを済ませて、 Hさんはバスに乗って帰っていった。 それからしばらくして 拙者はここ数日の疲れもたまり 夕方まで休んでいた。 それから牧場に行き、用事を済ませて 夜勤もないので 今日の夜は家で休もう。…と思っている。 週末連休はミニ収穫祭予定。ニンニン。
2005.09.15
9月14日 曇り下川商業高校ではインターシップが行なわれ町内企業や商店に職業体験に学生が出向いている。夜勤が終わると一の橋へ。B&Bに滞在中のお客Hさんと合流。弟・マー君も加えつつ、今朝はエミュー飼育体験である。その間に敷地を眺めながら作業を想定。小峰ハウスに戻って採れた野菜とHさんが買ってきた食糧、そして拙者が買ったベーコンを加えてダッチオーブンに入れた。隠し味は下川トマトジュース。愛犬アシリも同行し、遊牧村ゲルへ。まず火を起こして、木っ端を燃やし炭になって芯から燃えはじめたら木の山を崩してダッチオーブンのまわりやうえに並べてその余熱で加熱した。直火は強すぎて短時間で焦げてしまうのでこの余熱でじっくりのほうがいいのだ。焚き火が落ち着きダッチオーブンを置いてそれからすばらく牧場で作業。人手もいるし、冬に備えて牧場に付けた扉を付け直した。1時間半ほどして戻ってきてダッチオーブンをあけてみた。するとちょうどいい火加減でいい感じに仕上がっていた。焦げ目も全くない状態である。ただ、前に火が強かったときは焦げたので今回、水を多く入れすぎたため汁が薄味になってしまったが。だいたいに火加減も水の量もだいぶわかってきた。8年以上前、北海道に移住した当時はじつは拙者は、火を起こすことすら知らなかったのでござる。ここに来て初体験、そしてやりながら学んだ。また、イサホ氏が火起こし達人なので彼の影響もある。食事をして、その後は、自分が栽培した紫蘇をジュースにしたものを飲んでみたり、みんなでコーヒーをゲルの回りで飲んでいた。ダッチオーブンを片付けた後は木をさらに完全に炭になって赤くなるまで加熱して、その余熱に肌寒い外で温まりながらしばしばくつろいだ。そこらへんを鹿が歩いていた。夕方になり、片付けて拙者はHさんを連れてモレーナへ。拙者は客をここに連れて行くのが定番。しかしまたもや偶然が!!大阪の知人・興部の知人と以前も偶然モレーナに再会。それを同じパターンで偶然再会してしまった。なんという縁であろうか・・・。しかも知人の食品を沢山、Hさんに勧めて食べてもらっていたのでそれも奇遇である。以前、モレーナでエミューダンスを踊っていたことがあり、そのときそこの客で声をかけてくれたおじさんが今日も偶然来ていた。さらに拙者が良く知っているおじさんがやっている民宿に東京から来て泊まっているという旅人ともそこで出会った。とまぁ、なぜだか異様に盛り上がった夕食となった。それから拙者は五味温泉へ。Hさんも五味温泉に宿泊する。ニンニン。
2005.09.14
8月13日 曇り時々雨今日はふったりやんだり、大雨だったり晴れたり1日中、天気の変動が激しい日だった。千葉訪問から拙者のB&Bへ訪れる客がいて拙者は名寄のバス停まで迎えに行った。そこの受付の方が、一の橋の方だよね?って声をかけてくれた。拙者のことをご存知で一の橋小学校をはじめとする学校の話題で盛り上がった。しばらくするとバスが到着。来客者Hさんとともに、まずファーマーズカフェへ。昼飯を食べた。拙者はたまには軽食をと、パンの詰め合わせを食べてみた。美味しい!!そのあとデザートを食べて、あらかじめ買い物もすませ、ともに一の橋へ戻った。それから小峰ハウスをみてからアシリをつれながら牧場周辺を散歩しながら案内。そしてアシリの敷地の掃除や柵手直しなど軽くやってHさんは晩飯の準備に・・・。拙者は牧場ででかける準備。小峰ハウスでみんなで食事をしたのち、拙者は夜勤へとむかったのだった。寝ていないので・・・じつは眠い。ニンニン。
2005.09.13
9月12日 晴れ昨日あたりからなんとなく暑い。寒くなってきたのに暖かくなってしまった。今日も昼は草刈をしていた。遊牧村及び富士桜公園周辺をやっていた。紐のカッターはエンジンの負担も多く、燃料も使うので、この使い捨てタイプの安いブラシカッター向きではない気がする。なのでのこのカッターでやれる部分はそっちでやったほうがよさそうだ。トイレに行っているとその間に弟が事務所にやってきてそして外から鍵を閉めて行った。そんで拙者は中から出られなくなりやむをえず窓から外へ。すると拙者を探している弟の姿。町まで散髪に行くという。お金が掛かるから、拙者で良ければ、拙者がかってやる。と話すと、考えた末に弟は拙者に頼んできたので夕方から自分の家で弟の散髪を。どうやら職業訓練を意識してらしい。それから拙者は夕食を食べてから夜勤へとむかったのでござった。ニンニン。
2005.09.12
9月11日 晴れ今日は選挙だ。何度も忘れそうになったがまわりが選挙の話題で一杯なので思い出して朝早くから投票に行った。20歳のとき、初投票は川越市だった。投票するにも列を作って並んだものだが21歳で北海道下川町へ移住し、それ以来、毎回一の橋で投票。会場もすぐだし、投票も並ぶことはないので投票は楽である。ただ、むしろ管理者が複数に対して投票に来ているのが拙者だけという時間もあるぐらい人は少ないので、音や動作で投票しているひとを読まれているんじゃないかとさえ、思えてくる。今日は1日中眠かった。眠気と戦っていた。昼、牧場へ作業に行ったが天気が崩れて家で休んだ。そして夕方前に再び牧場へ。アシリは、どうやったのか柵から出た。ネットの間をくぐったのか?上って出たのか?上って降りるには厳しいような。のちほどどうやって出たかは実験すればわかるだろう。夕方、車の下取りに付いて話しをしていた。アベニールから軽のバンに変えようと思う。問題はお金をどうするかである。どうしても眠くて夜勤前に1時間ほど休んだ。そして夜勤へむかった。ニンニン。おなじみホームページはhttp://www.bioregion.jp/拙者の漫画紹介はhttp://www.bioregion.jp/comicbook.htm近況はhttp://www.bioregion.jp/komine/yuuboku-chakkou2005.htmお勧めエッセイ集はhttp://www.bioregion.jp/Bio/im-komi-emus.htm写真付き日記はhttp://d.hatena.ne.jp/bioregions/でござる。ニンニン。
2005.09.11
9月10日 晴れ今日は夜勤明けから急遽、美深へとむかった。友人の経営するペンションを久々に訪問。それから一の橋へ戻ったのが昼。エミューの世話は弟がやってくれていたので犬の世話をした。そして連絡事項など確認し。そうこうしているとH田(通称:ひらっち)殿が日帰り体験に訪れた。今回は収穫をメインに作業を行なった。あとは餌販売機の補充と草刈である。アシリ放牧地の片付けなど。夜になり、拙者はファーマーズカフェに確認。第2・第4土曜か日曜は、新鮮なカツが入り活きのいい特上カツが食べられるのだ。数量限定なのだ。いつもは手伝いに行くが今回はかつ丼好物の拙者はそれを狙ってむかった。残りの在庫は3人前。H田さん、弟・マー君をつれてむかった。やはり美味しかった。柔らかくて美味しい。拙者はここ数年でカツどんを食べて感動したことがある。1つは、東京で食べた極上・黒豚かつどん、もう1つはじつはファーマーズカフェのかつどんだった。この肉はそのときと同じでしかも新鮮な肉。美味しいわけである。ちょうど下川町内のM橋一家が家族で訪れてくれた。M橋一家とは移住当時からのおつきあいで一緒に居ると楽しいのだ。そして久々に一家そろってのところに会えたので大いに盛り上がったのでござった。こうして拙者は夜勤へとむかったのでござる。今日は朝から大変だったが、ある意味楽しい1日だったのかもしれない。ニンニン。
2005.09.10
9月9日 晴れ 晴れた。徹夜明けである。 徹夜明けで少し眠いが、 注文の荷造りや連絡の返事などをしていた。 明日からまたびしばし作業しよう。 ちなみに拙者は電話ではなかなかつかまらない。 ほとんど電話にはでないからだ。 家にいるときは休んでいるし、 牧場にいるときは、外でずっと作業しているし、 夜は夜勤にでかけているか、あるいは、 打ち合わせにでかけていないし。 最近はカフェでの手伝いなどの打ち合わせもあるので さらに連絡がつかないかも?? でも拙者の動きに詳しい人は 夜勤先に出向いたり連絡してきたり、 カフェに出向いたり、もしくは 留守電やメールで用件を伝えておいてくれる。 連絡するための連絡が必要ということかな。 電話に出ないから不在というわけでもなく、 一の橋にいることは多いでござる。 ちなみに携帯電話というものは持ち合わせていないでござる。 今日も夜勤へとむかうのでござった。ニンニン。
2005.09.09
9月8日 雨のち晴れ 昨晩から激しい雨となり今朝、強い風が吹き始めた。 台風14号が通過したのだ。 下川町周辺の被害も少なく、 牧場やゲルも無事であった。 冷や冷やした2日間だったが、無事にすんでよかった。 昼に、突然旅で来た女性がいて話を聞いた。 本来は、見学は自由見学で、案内や説明とかは 事前予約を持って受け入れているのだが。 しかし本州からはるばると訪れ、 そしてエミューをみに来てくれたのだから神社どおりから 沢山みれる場所を案内してあげたが、理由もきいた。 すると驚いた。拙者は数年前から死んだエミューや 解体時に出る骨などを送り、 恐竜を研究している東京大学の友人たち学生に エミューの研究をしてもらっている。 だが、この女性は動物病院で働いているらしいが そこに、 どうやら同じようにエミューは恐竜であると信じ エミューの骨格を調べている女性がいるらしい。 それで自分も実物を観察しにきたというのだが。 これは偶然か?それとも拙者のしていることと つながりがあるのか? それから弟・マー君と、マー君が作った餌箱を 取り付ける作業を行った。 そして弟・マー君は職業訓練に必要なものを 買いに行きたいとの要望だったので、 買い物へとでかけた。 そしてその後、拙者はファーマーズカフェへ打ち合わせに。 新メニューの試食及び写真撮影と 新メニュー表づくりの打ち合わせだ。 帰り際にS氏と会い、話が盛り上がったが、 一の橋へ戻ると、拙者はさっそく徹夜で新メニュー表を 作り始めた。日が明けて…、とりあえずのところで印刷して 自宅に戻ってしばし休んだ。 翌日朝、イサホ氏がカフェに行く直前に、 訂正箇所があり、その部分だけ作り変えて渡した。 そして昼飯食ったあとは、少しだけ昼寝して 徹夜の疲れを取り除いた。ニンニン。
2005.09.08
9月7日 雨昨年台風18号が北海道を震撼させたが、台風14号の接近は恐怖である。朝から雨も降り始めた。昼から台風対策をと外を見に行こうとしたらちょうど車が走ってきた。しかも驚いた。乗っているのはなつかしの某大学女教授で、今は他へ転勤しているなつかしい知り合いだったのだ。一緒に同行している女学生は、もと教え子らしい。小柄で見た目よりも若く感じるが今年大学を卒業するとか。ゲルの見学がてら、一緒に台風対策を施した。ゲルのゴルチャクチャク(紐)に重い石をつるして重心をかけた。それから拙者は回りをみまわってそして事務所に戻って夕方は福祉センターで弟の交通費支援の手続きを。それから夜勤に行く前に友人Eさんの家へ。ひさびさに訪れた。そしてカレーライスを3杯もごちそうになってしまった。あきらかにお腹が膨れて大きくなった。友人Mさんもやってきて、一の橋のことや近況などを話していた。それと、カフェのことも話し、新しいカフェの輪を作る協力なども話した。台風が接近してくる中、拙者は夜勤へとむかった。ピークは朝と聞いているので、明日一の橋に帰ったときにどうなっているか不安も感じながら夜勤をする。とはいえ、夜勤の間になにかおきなければいいが。ニンニン。
2005.09.07
9月6日 晴れ 今日も涼しい。台風14号が接近中でちと心配だが。 紐で草刈をしていた。紐で刈るのは結構根性が必要である。 でも綺麗に刈れるのでたしかに気持ちいい。 振り返ると目の前にまた鹿がたっていた。 あいかわらず居座っているようである。 拙者の地道な行動は、少しは一の橋のみなさんの心を動かせたかな? まだまだ、頑張るでおじゃる。ニンニン。
2005.09.06
9月5日 晴れ 夜はかなり冷え込むようになってきた。 昼は、数年も前に美深で クリスマスパーティをしたときに 出会った青年が訪れたのだ。 2時間程度しか時間がないのだが 少し話をしつつ、一人では難関だった杭運び。 ちょうどいいと思い、その青年・Yuzu氏に 運搬を手伝ってもらった。 すでになんとかひとりで移動した12本を きちんと並べなおして、 それから5本を再び運んで並べた。 そしてコーヒーを飲みながら 実家が同じ川越同士、川越もしくは 拙者の内地での活動でなにかいっしょにでかけて 活動しよう計画を話し合って 彼は美深へとむかったのであった。 拙者はその後再び日が暮れるまで草刈をした。 紐は歯よりも、時間と燃料を要する。 使う場を効率よく選ばないと大変かも。 なによりも草をふっ飛ばしながらなので 草は細かく綺麗に刈れるのだが なにもかも飛び跳ねるので危ないのだ。 さて今日も夜勤なのでござる。ニンニン。
2005.09.05
9月4日 晴れ 晴れだが肌寒く感じる。 アシリを昨夜から夜中は 家に入れるようにしている。 他の吠えている犬に反応して吠えるのだ。 とくに拙者が夜勤にいっているとき。 拙者の家は近所もいるのでそれを配慮してそうした。 たぶん、狐か猫か鹿も影響していると思われる。 なぜなら側に猫がいるし、 今日久々に側で鹿に会った。 やはり夕方は民家を歩いているのだ。 今日は草刈ブラシカッターの歯をはずして 紐のを取り付けてみた。 砂利道の草などを刈るためにかってきたのだ。 さっそく神社前の公園広場で刈っていると 本州から道内へ移住してきた若夫婦が歩いていた。 本当は一の橋の道をきかれたのだが、 その方のパンフレットに拙者も載っているので、 立ち話になった。 押田さんなど町で生き生きとしている方とも 触れ合ったらしく町で頑張るひとたちの話にもなり、 それで自分も移住してきたという話になり 一の橋の土地のことになり、 一の橋に住むのもいいなぁという話になり 物件を話し、そんじゃ実際に見に行くかという話になり いってみると持ち主が滞在中だったので紹介し、 そんなこんなの急展開に。 陶芸をやっておられるつつぶちさんと話をした。 若夫婦は次の目的地へむかったが 拙者は残っていろいろ話をした。 遊牧村の桜公園他、 いろいろ進んでいない様子を心配してくれていた。 前にも書いたが若者は先の展開がなかなか見えてこなくても じっくり目標に向かって時間をかけてやっていけるけど 高齢の方は、先のことを急ぐのである。 なにかをするときに先が見えてこないと不安なのだ。 だから安心して高齢者が夢をたくせるように 拙者は活動の場であるその土地(空間)を維持して 展開していける姿勢を示すことで 安心して高齢の方も夢を追うことができるように していく必要もあると感じている。 なんせほとんどのひとは 80にもなろうというひとなので。 でもお金もない、人手もない中で場を作っていくには 根気も時間も必要。そんな中でやれることを地道に進めていくしかない。 日が暮れて、拙者は作業していた場所まで戻って すばらく草刈をしていた。見えなくなるまで。 しかし、紐のほうが危ないかも。 地面ごと草を吹っ飛ばせるところがいいが。 草やごみなどの断片があたりに飛び散るので体に浴びることになる。 つまり作業服や防止など防具が必要なんだなぁ。本当は。 今日も夜勤である。ニンニン。
2005.09.04
9月3日 晴れ 晴れているが少々肌寒い。 カフェのメニュー表作り進行中。 今日は杭を運んだ。 敷地の中へ軽トラを乗り入れ、 杭を乗せるのだが、 なんせ大きな杭はひとりで持つには意外と思い。 1本、1本体力を消耗しながらのせた。 6本ずつぐらいにわけ、2度にわたって運搬。 とりあえず敷地拡大予定地の側へ運んだ。 そして並べるのがこれまた楽ではない。 ひとりでやるのは、けっこう大変そうでござる。 収穫の時期なのでちと気になって 芋を2本ほど掘り起こしてみた。 日が暮れるのが少し早くなった。 5時過ぎには暗くなってくる。 今日も夜勤でござる。ニンニン。
2005.09.03
9月2日 ときどき雨 今日は日が明ける前から天気が荒れていた。 風も吹いている。 拙者ものどが痛く、鼻水が出る。 じつはあれからずっと あいかわらず咳が出ていたのだが 昨日の夜、もらった薬をきちんと飲み始めた。 強い薬のようだったので遠慮気味だったが 続けて飲んでみるか・・・。 でもその影響か、それとも風邪か? 眠気が消えなかった。 昼間は雨がひどくそれほど外には出ていないが 夕方頃から草刈などの作業を開始。 日が暮れる頃に家へ戻って夕食を食べ少し休んだ。 弟・マー君は、名寄でついに職業訓練を開始。 ゴミ処理の分別作業をしてきたのだった。 拙者は今日も夜勤でござる。ニンニン。
2005.09.02
9月1日 晴れ ついに9月だ。年度で言えば後半突入時期だ。 朝、夜勤から戻って作業を終えて、 そして畑をみたりしたあとで 再び夜勤先へとむかった。 というのは、じつは新たな時期、 勤務先での辞令交付などがあり全体朝会があるからだ。 それから再び一の橋へ戻った。 そして川越軍団が帰るのでその場で見送った。 その際に頼まれた郵便物をさっそく出してきたら 出かけ先の川越軍団と小田原さんたちとたまたま合流。 川越軍団が帰った後で小田原さんと話し合った。 まず一気にお金をかけられない現状の中、 拙者たちは、こつこつ出来ることから進めていくしかない。 なぜ地道にじっくり時間をかけて行えるかというと、 やはり若さなのでござる。まだまだ先があるのだ。 一方、一の橋の高齢の方は、先よりも今なのだ。 そういうひとたちを巻き込んで活動していくためには 並大抵じゃない努力が必要となってくる。 牧場内のふじ桜公園活動においても 同様なことが言えるのである。 軌道に乗るまでは現状維持もなかなか大変なのだが その中で、まわりに夢を持たせれる努力が必要なのである。 結局、まずは目で見える環境整備から土台作りの部分。 内部では地道に形にしていても、結局まわりは表向きの部分で 大丈夫なのかなぁ?やっていけるのかな?と考えるらしい。 まわりを意識せずにマイペースもいいが・・・、 ただ事業を組み立てる以上に コミュニティーの再生を図ると考えたときに 高齢の方に夢を持たせることも大事だと思う。 日中、自分(拙者)の姿が見えたほうが安心なのだという。 たしかに将来は一の橋に来ればいつでも拙者の姿が見える。 そんな開放的かつ定着した暮らしを目指しているが、 仕組みが出来上がっていかないと、 そればかりでは前に進まない部分があるので辛いところだが だがしかし、なるべく日中は開放的な形で作業を。 と心がけたいところではある。 そして早く場を落ち着けるように頑張りたい。 なかなか目の見える範囲より影で時間を費やすことのほうが 現状では多いと思うのだが・・・。 せめて作業の痕跡だけは残るようなかたちで こつこつ形にはしていきたいが。 夕方…夜勤が休みなので 名寄ファーマーズカフェのメニュー案がまとまってきたので 打ち合わせしないかという呼びかけがあり カフェへとむかった。 落ち着いてきたら拙者がカフェに行く際は、 ぜひ友人・知人にも声をかけてでかけたいなぁと思っている。 同行して食事してくれる方には、 ほんのささやかなサービスも検討するでござる。 なかなかひとりでわざわざ行くのはどうもなぁ~と思っている方は 気軽にお声かけくだされ。 夜勤がないので、弟にお土産を買って帰ってきた。 牧場整地再始動&カフェメニュー更新などなど いろいろやること盛りだくさんだけど楽しみながら頑張るでおじゃる。 今後の発展をぜひ楽しみに見守っていてくだされ。ニンニン。
2005.09.01
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