2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全32件 (32件中 1-32件目)
1
3月31日 雪のち晴れ 夜勤中は、また木質ボイラーの管理に追われた。 大雑把なチップが燃料供給のタンクに 絡みながら詰まってしまうのだ。 詰まると官のふたが開いて ストップし警報がなるようになっている。 詰まったチップをつついて再起動するしかない。 一応、この管は大きいのに改良されることになっている。 なぜ今、木質ボイラーなのか…それはのちほど話すとして、 夜勤明け、拙者は一の橋に戻った。 すると、雪解けの一の橋では無残な姿が目に入る。 なんと…町の名木として指定されたばかりのあの夫婦松も、 除雪により雪を飛ばされたため無残にも枝がさけ折れている。 神社に向かう桜並木も無残にも折られているではないか。 それも人工的に除雪等で雪を押し付けられたからだ。 町から委託されている除雪業者も、 町から除雪当で特別指示を受けていないとのこと。 町はただ委託し、受ける業者もただ道の雪を除雪しているようだ。 個人の土地や地域の財産のことなどの配慮もなく 雪を捨てる場所の計画などもあまりないようだ。 地域のひとたちで毎年汗水流して育てられている桜の苗木が 植えても植えても毎年、除雪で無残にも折られている。 取り組んでいるおじいさんはなみだ目に悔しいと語っていた。 ほんの少し雪を飛ばす場所を配慮してくれればいいのだ。 しかし役場に投げかけても予算がないという一言で片付けられたそうだ。 今年は建設課の方々も現地を見に来てくれたらしいが、 今までのこともあり不安でしょうがないらしい。 それにしても夫婦松まで雪を飛ばされて無残な姿に・・・ これは酷すぎる…。 きらりと光るまちづくりと役場はうたっている… しかしがんばっている個人個人の自発的な実りを無残な姿にしてしまうのでは まちづくり以前の課題があると痛感せざるおえない…。 きらりと光れるようにまちが守れるぐらいでなければ…。 まずは根本的な土台作りが必要なのではないだろうか・・・。 親戚からいただいた洋菓子を持参して小田原さんの家へ。 食事をしたりしながら夢を語り合った。 小田原さんに首のことを指摘された。 やはりかなり体のバランスが崩れていて 首がおかしいことに気づいたようだ。 親戚や友人からも医者にいきなさいと言われ、 小田原さんも見てもらったほうがいいぞと言う。 たしかにぜんぜん仕事にならない。 少しはよくなったが心配なので、 明日ぐらいに行ってみるかなぁ…。ニントモカントモ。 追伸・・・友人からミクシィという直接の友人同士の交流サイトで なおかつ友人の友人は友人という趣旨で、友達の友達と交流が出来るサイトを 紹介させてもらった。さっそく参加し、自分の友人も何名か誘った。 友人から誘われないとそのサイトには参加できない仕組みだ。 ってことでミクシィというそのサイト、ぜひ参加してみたいという 拙者の知り合いは、ぜひご一報を。すでに参加済みの方は 拙者もぜひ登録してね~。 自分のブログを直接そのサイトに読み込むことができるので そういう意味では便利かもしれないでござる。
2005.03.31
3月30日 雪今日は雪だ!!時々降ったりやんだりしている。首が少しは回るようになったが、体の調子はまだ完全ではないようで少しぼーっとする。弟は拙者のぶんまで飼育作業や他の自主的作業をしているようだ。拙者もやっておきたい作業があるのだが。午前中は安静にしておき、午後から中作業を。でも頭が回らないのだ。まだ首が完治してなくて。亡き母の母、つまりおばあちゃんの実家のほうから洋菓子クッキーが届いた。アイスキャンドルで好評だったあの思い出のクッキーだ。洋菓子レストランの方からの手紙付。おばあちゃんの兄弟の娘さんからの手紙だ。つまり、拙者の母のいとこだ。拙者は子供時代に早くからおばあちゃんもそして母を亡くした。だから母方の親戚のことは詳しくなかったのだ。ただ、おばあちゃんがいつも持ってきてくれるクッキーが非常に美味しかったこと、おばあちゃんの家が昔お店をやっていたこと・・・そんなことが記憶に残っている。いつの日か、歴史あるその洋菓子店も。そして母方の親戚めぐりもしてみたいと思うのでござった。夕方は、しもかわカルチャーウィークエンドの実行委員会。今回は立ち上げの打ち合わせである。その後、推進部で雑談。その間にたまたま取材に来た名寄新聞についでに内閣府座談会のことまで取材を受けた。そのうち機会があれば話します。とのことだったんだけどあまり時期が離れすぎても、ということでそういう形となった。今日も拙者は夜勤へとむかうのであった。ニンニン。
2005.03.30
3月29日 晴れ 昨日今日と首が痛いせいで割りと安静中。 でもだいぶ痛みはなくなってきた。 雪も溶けてきていよいよ春が近づいている。 首を痛めている場合ではない。 孵化室の卵の状態をみてみたが、 検卵すると変化のない卵が多い。 つまり無性卵もしくは孵化できない卵が多いということだ。 もともと少量の卵しか入れていないので 現在の有性卵は、かなり少ないことになる。 だめそうな卵を抜き取り、師匠の卵を器械に入れた。 どれぐらい孵化できるか心配な部分はあるが、 今年は室内を洗浄しての挑戦。最低ラインは超えて欲しい。 エミュー肉の発送準備。 佐賀の知人がみんなで食したいとのこと。 使えそうな羽を選んだ。 4月の友人の結婚式や交流会に使用するためだ。 それから今日は、下川産業クラスター研究会の 活動報告会がある。 拙者も昨年までは若者グループの代表を務め、 いろんな活動をやってきたが、運営上の課題などあり 研究会より個人の自主的な活動による 個々のつながり(クラスター)のほうが活動しやすく、 とりあえず脱会して活動している。 したがってクラスター研究会の動きは今は完全にわからない状態。 場所 林業総合センター2F 内容 各プロジェクトからの報告 ・下川型地域材活用住宅開発 ・ 自然療法 ・環境マネジメント ・手延べ麺の里づくり など4つのプロジェクトの発表がある。ニントモカントモ。
2005.03.29
3月28日 晴れ首が痛い。肩も気になり始めた。午後は首が痛いが、弟がストーブを買いたいとのことで名寄に連れて行く事にした。作業は今朝からしっかりやってもらった。途中、役場に書類も提出した。それから家電屋で購入し、一の橋へ戻った。それから連絡事項確認後、家へ戻って、ビデオに録音してもらった『優しい時間』最終回をみていたが、途中夜勤の時間になってしまったので夜勤へとむかった。首が回らず、物事がし辛いなぁ~。ニンニン。
2005.03.28
3月27日 時々雪時々雪が吹雪く。夜勤が終わりようやく一の橋へ戻ってきた。疲れがたまっているが、結局、弟は留守の間の作業をあんまりこなしておらず、あんまりあてにはならなそうだ。犬の世話をしてから、弟の様子をみて、寝ている弟を起こし、自分のやりたいようにするにしても朝はきちんと起きて行なうことと指摘し、自分で生活管理できないなら、ひとに管理されなきゃいけなくなるぞ。施設とかのように1日中、管理されながら生活したいか?それとも自分で自己管理してやりたいことをやるか?と問いながら拙者は飼育作業へ戻った。それから若干、イサホ氏と話をしてそうしている間に師匠がエミューの卵を持って来てくれた。昼過ぎまで師匠とひさしぶりにおしゃべりをしていた。イサホ氏は、一の橋に戻った拙者と入れ違うようにして出かけてた。4月中はイサホ氏とはそんな感じで時間が流れるかも。そのあと連絡事項をまとめて、午後にようやく少し休憩をとり、それから弟とも話したりしながらまた夜勤へ・・・!!木質ボイラーは含水量のみではなく、チップの大きさ、もしくはボイラーそのものの管の幅や角度など、燃料供給のいろいろな原因による課題が大きいかも。今後、改善されていくらしい。日夜、従業員でドリフのコントみたいに苦労を重ねているのでござった。循環型にむけて、いろいろクリアすることは山積みでござるようでおじゃる。ニンニン。
2005.03.27
3月26日 少し雪実家を訪れ寝泊りし朝、親も出かけるらしくともに家を出て拙者は電車で新宿へむかった。西新宿に知人のお店があるのだ。実際は知人から聞いていたお店でそのお店の2児の母である娘さんとは、メールなどで何度かやりとりをしている。そして今回食事がてら下見を兼ねて訪問する事となった。駅までお子さんと迎えに来てくれた。超元気な息子さんである。面白い。お店は今日はまだ準備中なのだがわざわざ自分を歓迎してくれてなおかつその親でかつ、店主がわざわざ料理してくれたみたいで有難い。美味しいトマトタンメンと餃子をいただいた。そしてお互いの暮らしや夢などを語り合った。あと漫画をプレゼントしようとしたら買って下さったので、かわりにオイルセットをプレゼントした。お会いでき、そして店を訪問することができてよかった。また新たな交流の場やつながりができた。店も歴史深い店なのだ。拙者はこんどは、空港へ行くモノレール乗り場へむかった。そこで待ち合わせしている友人がいたのだ。その友人はかつて一の橋に移住して住んでいた親しい友達。今は帰郷し、東京で働いているが友人から以前手紙をいただいた。春からまた自分のやりたいことに挑戦するために旅に出るというのだ。そして拙者が東京に来る事を知って、見送ると行ってくれたので会えるうちに会っておこうと、お言葉に甘えて見送っていただいた。空港まで一緒に行き、わずかだが喫茶店で話をしてそして拙者は時間ぎりぎりで飛行機へ乗って、そして北海道旭川へ・・・本日は一の橋には戻らず、そのまま夜勤先へむかい、夜勤についた。夜勤の前に、支配人から、内閣府座談会に選ばれて参加した祝いとしてカツどんをおごってもらった。さすがにつかれた~。ニンニン。
2005.03.26
3月25日 やや風強い東京も肌寒い。朝起きて朝食を食べて部屋の風呂にはいっていたら、首に激痛。それから首が痛くなってしまった。まぁ、しょうがない。ホテルをチェックアウトして、表参道へ。渋谷地区で都市農村交流を行なっている良き友人S氏と北海道で互いに活動する友人Uさんと合流し食事をした。じつは4月のS氏の結婚式の打ち合わせをしたかったのだ。S氏といろいろ計画を立てているが奥さんサイドに主導権を握られてしまったらしい?というのは冗談として、でも奥さんサイドで進んでしまっていることもあるので調整のため打ち合わせが必要だったのはある。そして急いでこんどは内閣府の座談会のため霞ヶ関ビルへとむかった。座談会5分前になんとか会場へ到着。凄くりっぱな会館なのだ。ちなみに拙者は普段着にモンゴル風の服。昼2時を過ぎ、内閣府の生活達人事務局による座談会がスタート!!生活達人については、こちらを。http://www.tatsujin2005.jp/index.htmlそして全国(世界)から選ばれた生活達人からさらに20代、30代から若者4人、そして40代以上の方から4人を選んでそれぞれで座談会が行なわれたのだ。拙者は若者4名のひとりに選ばれて招待を受けて訪れたのだ。内閣府のコーディネーターの方の進行で4名がお互いの生き方・夢や活動内容などを話し、そして今後の生き方を意見交換しあった。他の3名は・・・豆腐屋を継ぎながらプロボクサーを行なっていて日本チャンピオンになり将来は宇宙飛行士が夢の小林さん。(東京)あとは、中国人で、中国語を学びつつ中国と日本、お互いの文化を学び会う「チャイナサロン」を日本人とともに営む、うさん。そして佐賀県で民法ニュースデスク、子供達のための塾・夢の学校の設立を目指すNPO法人を営む有岡さんである。拙者は・・・一の橋でコミュニティー再建と地域規模の自給自足を目指し、一の橋で完全燃焼する生き方を目指す「暮らし」をキーワードとして参加。おもに下川町一の橋での暮らしや生き方を伝え話した。経緯として、浪人生活や実家の川越市で出会った家族の息子さんの話を聞き、息子さんが留学先から連れてきたのがエミューでありその場所が一の橋であったこと。彼の元へ勝手に押しかけたことを話した。エミューについては自分では触れていなかったのだがそこで、エミュー?っていう周りの質問になり、少し話しを脱線し、エミューそのものの説明もすることになった。持ってきた羽や漫画、そしてオイルなどもみせた。(ちなみにオイルは売れた。)話は戻って、「遊牧村」について話した。おじいさんたちが自分達に夢を託そうと活動していること、自分も受け継ぎ、生き方をまた次世代へつなげようとしていること・・・そんなことを話した。あと、拙者が毎週木曜日に突撃晩御飯をしていた魔の木曜日事件、車のない頃、近所のひとを起こして町へ連れて行ってもらったことなど助け合いや迷惑をかけあうことの循環が大事であることなど小峰流地域暮らしを話した。しかし参加者には結構うけていた。他の3名の活動には拙者もそれぞれに共感や共通する部分があり良き出会いとなった。みんな自分の展望を持ち夢に向かって活動している。お互いの夢の実現が非常に楽しみだ。座談会は2時間弱という短い時間であっという間。内容は内閣府発行予定の本に掲載される予定でござる。その後、みんなと雑談を交わして今後も交流し会うことを約束し、そして解散した。拙者は、川越市にある実家にむかった。そして夜、実家へ到着し、親と久々に会話を交わした。4月の地域交流会の計画の事、弟の今後の事、自分の今後の展望、また父の様態や現在のこと、今後のことなどお互いに話し合った。さて、親が健在のうちに弟の事もいろいろ体制を整えないと。ニントモカントモ。
2005.03.25
3月24日夜勤明け、一の橋で準備していざ、旭川空港へ。そこから羽田へ!!到着後、埼玉の友人と池袋で合流。ともに、実家のある川越市の知り合いの家族の家へ。なぜなら、拙者が川越に来ていない間に何年間も付き合いのある大事な知人が亡くなられたので線香をあげたくて訪問。川越に訪れたついでに、Rさんの家で食事をしたが、Rさんの家に実家の近所のおばさんがおふたり来てくださった。しかもひとりは、弟の中学時代のガールフレンド?のお母さん。弟は同級生の娘さんには本当に世話になったようである。深夜になり東京目白のホテルへ行き、そこで寝泊りした。ニントモカントモ。
2005.03.24
3月23日 雨のち晴れ朝は少し雨が降っていた。昨晩の時間の合間に、明日からの上京してからの予定を時刻表と照らし合わせて組み立てた。飼育作業をして休憩してから午後は、明日から出かけるので愛犬アシリのまわりの掃除をしてあげていた。すると、約束していたハピネスで一の橋担当をしている方が訪れた。小さな障害を抱える弟関係での福祉的な相談でだ。弟とその方とで話し合った。今回は挨拶も兼ねてである。んで、その担当のひとだが、じつはハピネスで何度か顔を合わせているので全く知らないわけではなかった。ハピネス立ち上げとともに、そこで職についたまだ若い職員であった。弟の現状や今、やりたいことなども含めて自分が描く地域全体の動きの中での弟についての理想像なども加えながら広く話した。拙者は、本当の意味で問題を解決していく事には、本当は、住む地域や暮らしそのものの体制や環境やコミュニティー作りなど、全体を考えていく必要があると思うからだ。だから単純に既存の施設にゆだねるとかではなく根本的な体制作りを情報を得ながら組み立てていきたいのだ。もちろん、障害を抱える人たちと職業訓練や体験することも大事だが、「暮らす」ということを考えたときにやはり普段の生活環境や日々の暮らしから解決策を考えていくことも必要だと思う。あと担当のひとは下川が親の実家で名寄出身と聞くので地元にも定着しているだろうし、地域を取り入れた改善策を相談していけるのではないかと勝手に思ってはいるでござる。さて時間が過ぎて、急いで一の橋の役員会へ!!町は単独を決めての自律元年。一の橋も自律していかなければいけない。公区や地域活動の改善や見直しが今年度の課題となる。年間行事を通じて今後いろいろ話し合うことになるだろう。拙者もどんどん行事の中に自主的な出店やイベントを組み込んでいく方向で考えている。夜勤の時間となり、温泉で肉の注文も受けたので肉を持って夜勤へ・・・!!町内「もりした」さんでは、ニューハーフショーで盛り上がっているとか。明日、拙者は上京し、翌日は内閣府「座談会」へ出席予定。どうなることやら??ニントモカントモ。
2005.03.23
3月22日 晴れのち雨夜勤明け。弟が数日前からあんまし作業に来ない。今朝は拙者がすべて飼育作業をした。ファンヒーターの故障が原因か?しかし居間にはストーブがついているし、牧場のファンヒーターを貸してあげているしなおかつ、寒さのピークは過ぎたから今の寒さぐらい我慢できるだろうに・・・。弟の普段の課題の1つは、些細な部分を気にしすぎては、そのことばかりで悩み、根本的な解決にまで頭が回らずぜんぜん改善されずに悪循環していくところだろうか…。昼からは、牧場で除雪作業をしていた。柵の周りの雪を削る作業だ。そんなこんなで作業していると、N信金のS支店長が訪れた。どうやら人事異動で本店へいくらしい。幸い会えない距離ではないのだが、3年間交流してきた支店長だけにさみしいものがある。だが、移動先でお互いに交流できるといいでござる。その他、今回長年そこで勤めていた知人も移動するらしい。人事異動の季節でござるなぁ~。拙者は自営業だから、しかもその土地を土台にやっているのでそういう心配がないのでいいでござるが。25日の座談会の会場は、霞ヶ関ビル33階の東海大学校友会館。今朝、速達でパンフレットが届いたが、かなり立派なところのようなので驚いたでござる。昨日21日、下川では、春季道北輓曳フェステバルがパンケの田上厩舎特設コースで開かれた。今年で最後らしく、大いに盛り上がったらしい。拙者は出店しなかったが話によると馬関係のイベントなので、他のイベントにはない交流が出来たのことでござった。拙者は興味はあったが、イベント・牧場・夜勤で疲労はMAXだったので牧場優先にしたのでござった。ニントモカントモ。
2005.03.22
3月22日 晴れのち雨 夜勤明け。弟が数日前からあんまし作業に来ない。 今朝は拙者がすべて飼育作業をした。 ファンヒーターの故障が原因か? しかし居間にはストーブがついているし、 牧場のファンヒーターを貸してあげているし なおかつ、寒さのピークは過ぎたから 今の寒さぐらい我慢できるだろうに・・・。 弟の普段の課題の1つは、些細な部分を気にしすぎては、 そのことばかりで悩み、根本的な解決にまで頭が回らず ぜんぜん改善されずに悪循環していくところだろうか…。 昼からは、牧場で除雪作業をしていた。 柵の周りの雪を削る作業だ。 そんなこんなで作業していると、N信金のS支店長が訪れた。 どうやら人事異動で本店へいくらしい。 幸い会えない距離ではないのだが、3年間交流してきた支店長だけに さみしいものがある。だが、移動先でお互いに交流できるといいでござる。 その他、今回長年そこで勤めていた知人も移動するらしい。 人事異動の季節でござるなぁ~。 拙者は自営業だから、しかもその土地を土台にやっているので そういう心配がないのでいいでござるが。 25日の座談会の会場は、霞ヶ関ビル33階の東海大学校友会館。 今朝、速達でパンフレットが届いたが、 かなり立派なところのようなので驚いたでござる。 昨日21日、下川では、春季道北輓曳フェステバルが パンケの田上厩舎特設コースで開かれた。 今年で最後らしく、大いに盛り上がったらしい。 拙者は出店しなかったが話によると 馬関係のイベントなので、他のイベントにはない交流が出来たのことでござった。 拙者は興味はあったが、イベント・牧場・夜勤で疲労はMAXだったので 牧場優先にしたのでござった。ニントモカントモ。
2005.03.22
3月21日 晴れ夜勤明け、久々の休息をとって午後から落ちた雪の始末や補強など。そして食用エミューの捕獲。イサホ氏にも手伝ってもらった。夜にMC氏が肉にする予定だ。ニンニン。
2005.03.21
3月20日 晴れめちゃくちゃ眠い。でも帰ってすぐに準備して、それから名寄の健康の森へ。会場準備をした。今日も犬ぞりレース会場で出店だ。しかし出店場所は、駐車場であり、犬ぞりレースの様子はその場からは伺えない。ま、昨日様子はみたでござるが・・・。名寄でよさこいをやっている友人が会場でよさこいを踊りよさこい参加を募集していた。北鼓童なよろ、興味のある人はぜひ連絡してみては?出店の中には減価償却のような激安メニューを主催側で出しており、他の誘致された出店者にはちときつい。他の出店者はわざわざ出店のために参加しそのためにお金をかけているのだから収益を見込んでいかなければ継続できないのだからそういうのは、出店を誘致する場合は問題かな・・・。それはともかく、主催者側の気遣いはあった。出店に顔を出して買っていったりしてくれた。一般客数は少ないので大きな利益は見込めないがそれなりに交流を楽しんだ。もっと横つながりがきちんとできるともっといいけど。午後はバッテリーの燃料切れで、カセットコンロを利用しながらなんとかやりくりすることになった。北のふるさと塾をコーディネートしている友人とも再会。また、何人か友人もみに来てくれた。片付け後は、沖縄カップルや犬ぞり体験をしている方と会話を楽しんだ後に、一の橋へ戻った。一の橋に戻りモンゴルの家具など片づけして、かなり久々に再会の友人・Y峯っちたちと小峰ハウスで話しを楽しんだ。それから拙者は夜勤へ・・・!!福岡が大地震らしく、福岡にいる何人かの友人の安否が気になる。夜勤では、木質ボイラーがエラーを繰り返しており業務の方も大変苦労していた。拙者もいろいろみたり調べて見た。結局業者の領域のようだ。新たなことをするには、いろいろな問題があるものである。そのためのしっかりとした対策も、木質ボイラーの提案とともにきちんとしなければいけないことだと思う。ニンニン。
2005.03.20
3月19日 曇り・晴れ時々雪、暴風夜勤から戻りすぐ準備を進めて名寄の健康の森へとむかった。今日そして明日は、北のふるさと塾の皆さんや名寄市のひとが開催する「ウィンターフェスタ2005」というのが行なえれ、そこに屋台村と題して出店が並ぶ。半数以上は下川のひとたちが多い。犬の診断相談や犬のグッズなど犬関係が並ぶ。それはそのはず、かつて名寄で行なわれていた犬ぞりレースがここに復活しこのイベントで開催されるからだ。多くの犬ぞり参加者と犬達が集まりタイムを競っていた。出店はというと、イベントは明日がメインでさすがに今回は犬ぞり参加者がメインで、一般客はかなり少数。それに加えて、前半に大雪が・・・。瞬く間に出店の中に雪が降り積もる。雪がやんでほっとしていると、こんどは暴風が突き抜けてテントが吹っ飛び後退し、あやうく倒れかけた。おまけに店に並べてあるものまで吹っ飛んだ。風はその後もふきつづけ、体が凍りつきそうである。そんな思いをしつつ、出店も終了し、明日の一般客が訪れるメインイベントを期待するのだった。久々に沖縄料理カップルともイベントが出来てそれなりに楽しませていただいたが・・・。帰宅後、片付けて、一息ついたらまた夜勤へと向かうのであった。ちとつかれた。五味温泉では、いよいよ木質ボイラーが稼動した。細かく刻まれたチップを燃料にしている。従来の重油ボイラーに、補給するようなかたちである。ただ、従業員の負担は多く、しかも稼動し始めで実験的段階であることもあり、そのままの人手では苦しいのが現状。もう少し念入りな体制作りが必要だと思う。しかし、遠い将来を見据えると、化石燃料には限界がある。サイクル可能な燃料に変えて行く必要があるのもたしかだと思う。明日もイベントでござる。モンゴルの家具を設置しての遊牧風喫茶でモンゴルスタイルでお待ちしている出ござる。ニンニン。
2005.03.19
3月18日 やや雪 また雪が降り始め、シャーベットのような雪が少し積もった。 朝、朝食をみんなで食べて、 そして、学生の希望もあり、エミューの飼育体験をした。 一の橋の小学生はかつて小学生のときから エミューと接していたし、ときどき作業もして遊んだ。 しかしなれない学生は、大きなエミューに驚きながら 恐る恐る餌をあげていた。しょうがないなぁ~と思いつつ、 繰り返しているうちに彼らもなれはじめた。 あと、昨日の夕方、 卵を抱卵しているはずのエミュー・ジュニアが 抱卵を中断して歩いていた気がしたので 気になって確認したら、理由が判明した。 ジュニアが抱卵していた場所は、雪解けの水が流れて水浸しだった。 だから途中でやめてしまったのだ。 これはまずいと思って、直ちに弟に指示して泥を削ってもらい 拙者は削り取った泥を畑の糞を積む場所まで運んだ。 そして弟がきれいにした後を持ってきた木屑を厚めにしいて 一応抱卵できる場所を作ってあげた。 しかし1日中断したので、果たして孵るか不明。 しかも再び抱くのだろうか?? そうこうしているうちに学生たちは 帰りのバスの時間となり、すぐさま帰った。 拙者もイサホ氏とともに、 オイル等商品開発のために オホーツクへ向かった・・・!! だいぶ細かい部分まで詰めていけた。 そして夕方、一の橋に戻ってきて 明日から行われる名寄のウィンターフェスタ2005の 出店準備のため、モンゴルの家具を運んだり その他準備に取り掛かった。 そして拙者も夜勤の時間に・・・!! あ、首の痛みなどはずいぶん和らいだ。ニンニン。
2005.03.18
3月17日 屋根から落ちたことで首や部分部分が痛い。 でも怪我とかはないと思う。 午前中は安静にしつつ、午後はある程度作業をした。 ネットの側の雪などを除雪機で飛ばした。 夕方になり、弟がなにやら気が立っているような感じとの噂。 弟の様子を見に行った。どうやら移動式のストーブが壊れたらしい。 弟なりにフィルターの掃除や、 はたまた灯油でタンクを洗い流す作業までやってみたようである。 原因がわからなければ一度専門のひとにみてもらうしかない。 地元の電気やに相談してみて、 修理にだすのがいいんじゃないかと応対。 さてそうこうしているうちに、今年下川の中学を卒業した 下川在住の少年たちが拙者の家に泊まりにきた。 TくんとRくんだ。 彼らはこれから高校進学で新たな人生を歩む。 中学卒業生とばかな話から、 勉強とは、生きるとはなにか、お金とは、幸せとは・・・。 食事をしながらまじめな話、生き方について、話し合った。 途中、拙者が最近みている唯一のドラマ「優しい時間」をみたが、 その後再び語り合った。 ちなみにドラマが終わるまでの期間はイサホ氏や弟も一緒である。 深夜となりぼちぼち寝た。 下川中学生の面白いエピソードも彼らからいろいろ聞いた。 ニントモカントモ。
2005.03.17
3月16日 晴れ 引き続き暖かく、雪があちこちで落ち始めている。 屋根の雪がとけて固まってエミューの敷地に落ちたら エミューがパニックになったり破損あるかもと思って 新しい屋根の上に上がって 軽く気になる部分だけ雪を落とそうと思った。 しかし悲劇が!!屋根に足を踏み入れた瞬間、 その重みで屋根のすべての雪が滑り落ち、 拙者も雪と一緒に屋根からすべり落とされてしまった。 幸いだったのは、屋根の下にもう1つ屋根があったことと、 屋根の下の屋根の下に、 若干落とした雪が残っていたことで 地面に直接たたきつけられなかったこと。 さらに屋根に上がり雪の上にいたことで、 雪と一緒にそのままスライドして落ちたため、 雪の下敷きにならなかったことである。 もしも、下の屋根からつついて 雪を落とそうとしていたら・・・ 拙者は落ちた雪の下敷きとなり ただではすまなかったかもしれない。 やはり暖かい日や張り替えたばかりのすべりのいい屋根は 注意しないと危ない!! ちなみに自分が落ちた反対側の屋根の雪も落ちた。 そっちにあった細い松の木は、押しつぶされて枝が何本か折れていた。 おっかない目にあったが落ちた雪の後始末をせっせと行った。 しかし、雪が落ち始めた瞬間、 あ、やばい!落ちる!!というのがわかっていたので かなり次の瞬間がおっかなかったでござる。 小田原さんのところへ週末のイベントのために ホットプレートをお借りするためにおじゃました。 少し近況をお聞きした。 除雪車がする除雪の仕方や雪捨て場の問題など 苗を育てるために環境維持や拙者たちが行う遊牧村等を 考えた上での除雪の仕方、及び 雪捨て場の確保など、念入りな準備を小田原さんは行っていた。 多くのひとが新しいことをしよう、良くしようと 新たなに参画して変えていこうとしても、権力のあるひとたちに 押しつぶされて芽を摘まれてしまう時代に、 ライブドアのホリエモンさんが、大健闘している。 時代は変わろうとしているのか・・・ 権力に負けずに若き才能を発揮している彼の検討をたたえたい。 新世代を生きる若者、もちろん拙者にも未来を感じさせる出来事だ。 (でも誤解のないように、拙者は、マネーゲームみたいに、 金だけが回る世の中は、好きではないです。 お金だけが回ることが経済ではなく、 経済は助け合いという考えでいるので。) でもホリエモンがやっていることは、そうではないと思う。 余談でござった。ニントモカントモ。 あ、小田原さん夫婦、最近韓国ドラマに夢中らしいです。 韓国ドラマは純愛ドラマが多いらしく、 たしかに純粋に観ることができると思う。 きっと韓国そのものが、今の日本のようにドロドロしていなく。 純粋なものを楽しむ心があるに違いない。と勝手に思ったりする。ニンニン。
2005.03.16
3月15日 晴れ 昨晩はなにげに雪が積もったのだが 今日は気温上昇で瞬く間に雪が溶け始めていた。 一の橋に戻り除雪車が入る前に 可能な限り雪を出そうとせっせとやっていたら 無理して除雪道具が破損した。 今年購入したばかりだったのに~。 昼からは、北大K教授とともに、 岩手、九州、鹿児島大学の(助)教授や、 茨城の研究所の方などが訪問。 エミュー牧場で談話した。ニントモカントモ。 そうそう、昨日、上名寄でヒグマ出没の通報。 いよいよヒグマも目を覚まし始めたらしい。 腹をすかせたヒグマには、山歩きも注意必要。
2005.03.15
3月14日 天気はやや良い時々雪が降っているが晴れめもみえてきた。夜勤中は結婚祝いとあって宿泊客は賑わい、飲み物等の追加注文なので忙しい。一の橋の知人の家族と渓和の知人の結婚。一の橋の知人の弟さんは道外だが、じつは仲のいい知り合いだったりするので、夜勤に来たとたん声をかけてくれたのでびっくり。夜勤から帰り、ちと作業して、昼寝。弟も飼育を頑張ってくれた。弟が作ったというケーキもイサホ氏といっしょにいただいた。弟が活動的になり、いいことである。旅行プランは実践派でプロのイサホ氏。急な都内での拙者の用事のチケットもいろいろ手配してくれた。午後は屋根と屋根の間の屋根にたまってしまった雪を落とした。それから汗かいたので着替えて、連絡事項をまとめて、そして温泉(夜勤先)の新年会及び菊地さん送別会へ会場の門車”(もんじゃ)へ。あいかわらず食いまくった。みんなのぶんも食べ、3~5人前はたべたと思う。そして拙者は夜勤へ・・・!!宴会で拙者の内閣府(生活達人プロジェクト)の招待の話題がちらりと。そのあと支配人にそういうめでたいことは仕事の仲間で祝いたいから、話してほしいと言われた。拙者は仕事に私事を持ち込むのは遠慮していた。あと、あんまり大事にもしたくなく控えめだったのだ。(とはいえ、拙者が普段自分で活動していることが 温泉内にも反映されることが何度となくあるわけだが…)でも、公私ともにみんなで職場の仲間を祝える関係は理想の職場である。拙者もそうありたいと思う。だからそういっていただくのは有難いのだ。そして支配人にはホームページに掲載するように言われたのでさっそくホームページに、その報告を掲載。http://business3.plala.or.jp/gomi/news.htm従業員の功績は職場にとってもプラスになるというわけでござる。今日は休館日だが、まだ業務の係のひとが作業に追われていた。ニンニン。
2005.03.14
3月13日 粉雪 今日も粉雪が降り続いていた。 からっと晴れない。 夜勤帰りにガソリン購入。 そして帰って除雪をした。 弟も作業をがんばった後に すくーる森の人の森体験に参加しにでかけた。 拙者は昼寝して午後に、 除雪のつづきと屋根の雪下ろし。 夕方に、4月16日・実家の川越市で行う交流会について 実家と連絡をとりながら打ち合わせを進めた。 そして夜勤へ・・・!!ニンニン。
2005.03.13
3月11日 雪昨日からの雪が今朝にはかなりの量の雪を積もらせた。真冬並となった。したがって朝から除雪である。弟は上機嫌で作業も頑張っているし、テンションも高い。あまりハイテンションすぎるのも、ちと心配だが。雪は地味に1日中降り続けた。夕方からは、イサホ氏と拙者の分野による現状報告や、意見交換。打ち合わせなどをした。今日は比較的暖かいのか?カメムシがやたらと飛び交っていた。雑談交えて議論しているうちに夜勤の時間となった。ニントモカントモ。
2005.03.12
3月11日 小雪 今朝は弟が飼育作業をほぼやってくれていた。 しかもかなり上機嫌。それもそのはず。 弟は兼ねてから約束していた押田さんの家で いろいろ体験させてもらうのだから。 午後から弟を美花夢のお店まで送った。 林崎さんのウコッケイの卵で作った 話題のクッキーも食した。 美味しかった。 しかし、鶏卵と食べ比べていないので どのような違いがあるかまではわからなかったが、 一度、鶏卵・ウコッケイ卵、エミュー卵で 試食できたら面白いと思うのだが・・・ 卵祭りなんてあったらどうだろう?? 押田さんのいる渓和と、拙者のいる一の橋は 環境豊かな地域である。 そんな町から離れた地域で楽しむことを どんどん情報発信していこうという話で盛り上がった。 7月に行われるカルチャーウィークエンドも そういう場のきかっけになれば面白いと話していた。 弟は押田ママさんと渓和の山へとでかけた。 ついでに町に出たときに弟の証明写真もとった。 それを役場へ持参し、弟の障害者手帳の作成手続きをした。 これがあると移動面で支援も得られる。 よって活動面でいろいろ動きやすくもなってくる。 一の橋のおじいさんに頼まれて除雪機につける板を持参して 町内の佐藤重工業へ足を運んだ。 おじいさんの持っている板は薄くて弱いのでもっと、 丈夫なものを作ってもらうためである。 それと未納の支払いをいろいろ済ませてきた。 帰ってから屋根の雪下ろしを少し行った。 今日も夜勤である。ニンニン。
2005.03.11
3月10日 晴れ ようやく雪がやんだ。 弟も少しだけ作業を手伝ってバスに乗って 名寄市立総合病院へと検査へでかけた。 拙者は飼育作業と残りの除雪をしてから昼寝。 午後から牧場へ。 シャイアンがまた鎖を切ってしまっていた。 シャイアンはちょうど牧場へ戻ってきた弟と 事務所へやってきた。そしてまたつなぎなおした。 そんなこんなで時間になり、 拙者は「カルチャーナイト」についての話を聞きに 「ハピネス」へと足を運んだ。 そのあと一部のひとたちと嵯峨野へ足を運び S々木R子先生を囲んで 食事をしながら話に盛り上がった。 嵯峨野の手作りのお店の雰囲気と美味しい料理はお勧めでござる。 今日は夜勤もないので、早めに休むとするでござるかな。ニンニン。
2005.03.10
3月9日 吹雪なんと大荒れ天気となった。昨日から雪は、やまず吹雪いていた。そして朝は冬並みの積雪量を記録した。したがって来るはずだった家畜保健所の方々も日程を延期、さらに弟が楽しみにしていた知人の家で体験する予定も延期。午前中、弟とせっせと飼育&除雪作業に追われた。そして昼になり、拙者は昼寝。しかしながら風が強く雪しぶきが窓から拙者の寝ている顔へ降ってくるではないか。そして午後はいろいろ確認&牧場巡回作業。夕方からは友人Yさんが訪問。今後の活動展開や近況を話し合った。午後は吹雪が凄いが積雪はそうでもなさそうだ。そして夜勤へとむかった。ところで「五味温泉」では、鉱泉が性病などに非常によく、かつて医師が診断した書名を読んだこともある。子供が生まれなくて悩むひとにも効果的であるらしい。男はあそこが元気になり、男がまたがっただけで子が出来る。ような内容だったと思う。真相はもう1度確認しないとわからないが、その資料は今、いずこへ・・・。昔の町の様子を知っている方、数名に聞いたところ、やはり20年ぐらい前には、五味温泉に木石で作られたちんこがあったようである。そして温泉に入ると子供に恵まれるという言い伝えがあったらしい。しかし拙者のみた資料のことを考えると言い伝えではなく事実に基づくものではないかと思われる。その真相とあと資料をもう1度確かめたいものである。ニンニン。
2005.03.09
3月8日 雪 昨日は暖かく夜は雨も降りかけたが、 それはすぐに雪に変わり、湿った雪が今日も1日中降り続いた。 暖かい日は1日で終わってしまったようでござる。 昨晩は夜勤に行く前に何件かよったのだが、 お菓子の矢内さんにエミューの卵を持っていった際に、 矢内さんと牧場のお互いの 協働活動に関していろいろ話が盛り上がり あわてて夜勤へ行ったのでした。 でも雪が溶けたので路面が ぐちゃぐちゃのでこぼこでした。 夜勤から戻るとなんと、 シャイアン(犬・アシリの妹)がいないではないか。 一応雪が降っているのでなにかあっては困るので 牧場から出て何度か呼んでみた。 すると返事の鳴き声が返ってくる。 姿が見えた。 こっちに気づいたらしく向こうのほうから走って どんどんこっちへ近づいてきた。 そして拙者が牧場へ歩いて戻っていくと、 元の自分の敷地の定位置へ自分で戻って待っていた。 途切れた鎖をつなぎなおした。 飼育のほうは弟がある程度やってくれた。 そして昼休みをとってから牧場へ戻ると 天候はあれはじめて吹雪いてきた。 屋根の雪も一度溶けているので 落とすにはタイミング的に少々微妙な天候。 (落ちかけている雪とともに自分ごと落ちてしまう。) アシリの様子を久々にいろいろみてみた。 だいぶ毛も濃くなってふっくらしてきた。 といってももう冬も終わりに近づいているが。 たまには開放しようとアシリを開放。 勝手にどこかへいくこともなく、こっちをみながら移動する。 そのまま広場に出てみた。 そして広場から牧場へ戻ってしばらくそのまま アシリを側において事務作業。 それから、アシリを牧場敷地に戻した。 普段はぜんぜんつながなくても問題ないが、 問題は「本能」を制御できないことだろうか。 狐や猫をみたら牧場犬の本能がそれらを追い回すだろう。 そうなると何がいろいろと問題が生じるだろうし、 あと中途半端な小さな集落ではまわりにも迷惑を掛け兼ねないので そういう注意は必要になってくる。 だから監視できる範囲でなければ、開放できないのである。 19日―20日の名寄の犬ぞり大会にも出店を計画中。 名寄の方と打ち合わせ中だ。ニントモカントモ。
2005.03.08
3月7日 なんと暖かい。気温は上昇してプラスに!? よってつぎつぎに雪が溶けていき、 あちこちで屋根の雪が落ちたり雪崩が起きている。 小峰ハウスや牧場でも同様でござる。 落ちた雪の後始末や除雪に追われた。 弟も朝から作業に来て1日がんばっていた。 今のところ調子はまずまずなのかな? ニンニン。 以下、内閣府の座談会関連の問い合わせに応対。 『内閣府では自分印の生き方を持つひと(生活達人)を 推進する事業を行っているらしいです。 おそらくそういうひとを新聞やネット、行政機関等などで 調べ上げて、登録案内を送っているんだと思います。 拙者にも登録のお願いがあり、登録したひとから 数百名を選抜して生活達人として認定し、そのリストを本にして 内閣府で発行しているらしいです。 ちなみに一般応募者も募集しているらしいです。 なので推薦を受けていない方も応募して、 選考の対象になることができます。 ちなみに拙者はメールと、手紙両方で連絡が届きました。 ・・・ので、ネットで調べたのかもしれませんね。 んで、その中から話を聞いてみたいひと若者4名を選んで 座談会を開くらしいです。 また年配者4名も選んで別に座談会を行うらしいです。』
2005.03.07
3月6日 晴れ時々吹雪 本当は一の橋で温泉旅行だったが、 忙しくて申し込む時間がなかったのと、 スケジュール的にきついのもあって見合わせた。 でも弟は朝早くからすでに作業に来て 時間まで作業をして、温泉旅行へ出かけていった。 どうも最近夜勤&牧場で疲れを感じるときがあり、 休憩したいと思うときがある。 もう疲れ知らずの年齢ではなくなってきたってことか? 近所のY川さんが除雪機を動かしていたが、 最新式の除雪機でしかも、雪かき以外に凍り割りまでついており 雪を削りながら氷を砕くこともできるらしい。 雪が固まりがちのこの時期には大変便利だ。 腰をへんに曲げないようにして、 だいぶ腰も痛みがなくなった。 でも意識的な姿勢をとっていたせいで神経は疲れたかも? たしか腰の筋肉を鍛えると腰を痛めなくなるはず。 風邪とかもだいぶ良くなったと思う。 ただやけに足が冷たい。この時期、気温は低くないのだが 半端な冷え込みで体は冷えやすい時期なのかもしれない。 産卵チェック・・・産卵なし。 餌・・・よく食べている。今日も夜勤。 そろそろ雪解けに注意が必要な時期になってきた。ニンニン。
2005.03.06
3月5日 晴れ最近の天気は悪くない。でも必ず雪がちらついている。風もよく吹いている。昨晩の夜勤は明け方の遅くまでいろいろと仕事あり疲れたかも。さて、朝、弟と飼育作業をすませて、一の橋のコミュニティーセンターへ。けっして小峰(COMYU)邸センターではない。世代交流福祉の集いがあるからだ。お年寄りに混じって講演を聞いたり軽い運動を行なった。じゃんけんや風船を使ったいろんな競技や記憶を競うゲームなど。それから昼飯。美味しい豚汁が。山盛り3杯食べたら汗はでるし眠くなってきた。寝不足もあるので帰って休みたい気にもなったが、もう少し我慢しようと、後半のハッピーボウリングをみんなでやって片付けて帰った。昼の3時過ぎ。少し寝た・・・すぐ起きるつもりだったがいつのまにか目覚ましをとめて6時近くまで寝ていた。それから事務所で作業して。そして友人が手あれ乾燥で連絡があり、エミューのオイル商品を注文してくれたので家まで届けにむかい、そのまま夜勤へとむかった。今年も町内の親友にもいろんな動きがあり、何名かは、新たな道を歩む。自分もさらなる飛躍を目指すつもりだし。なかなかお互い忙しい日々だが、お互いに忙しくおくりつつも成長していくのもいいかもでござる。拙者は今日も夜勤へむかうのでござった。ニンニン。
2005.03.05
3月4日 晴れ昨晩雪がちらついたがすぐにやんだ。都内では雪が降っているらしいが・・・。夜はまだまだ凍結するぐらい冷え込むが、昼間はやや暖かい時間帯もあり、屋根の雪が落ちそうである。遅めの飼育作業のまま、屋根から落とした雪を除雪機で飛ばした。25日、東京の日程も確定となった。牧場に持ち帰った風船アイスキャンドルなどを点灯し写真に収めた。この作品を遊牧喫茶に移動してくださった町の方へのお礼も兼ねて記念を残そうと思ったからだ。夜は、3年以上に渡って下川町及び下川の産業クラスターを研究し続けたM崎R氏がこのたび卒業し、内地で就職するので、町内四季の森小日向宅で、M崎氏の発表会が行なわれたので、みにいった。しかし夜勤の時間となり、拙者は夜勤へ・・・!!ニンニン。ちなみに小日向氏は、森の案内人で活躍中だが、弁当等出前サービスを始めており、徐々に地域の話題になってきている。
2005.03.04
3月3日 晴れ時々雪 夜勤帰り。日中は雪下ろし。 夕方は、孵化室稼動・卵移動。 そして小田原さんに借りた ホットプレートを先日掃除して返したが 一緒についていた延長コードを忘れていたので 夜に持っていった。 するとちょうどタイミングよく小田原さんが ホットプレートを使っておりそのまま歓迎された。 拙者が来る気がしたというが・・・。 一緒に肉もごちそうになったが、 霜降り牛肉よりもやはり豚肉がうまい。 牛肉は火を通しすぎると味がなくなる。 それに対して豚肉は火を通しても美味しい。 遊牧村のイベント計画も交えて話をしながら食べた。 それから小田原さんにパソコンのことを聞かれて指導。 イベント用にガスコンロなどいただいた。 なおかつ礼服のズボンをひきずっていた拙者をみて ベルトをいただいてしまった。ニントモカントモ。
2005.03.03
3月2日 晴れ腰の様子がよろしくない。数年前に腰を痛めた後遺症か?それとも風邪の後遺症か?疲れもあるかもしれない。帰りにイベントの仕入先支払いのためお店等に寄って帰宅。帰ってきて連絡を確認すると内閣府というところから座談会の招待の連絡があった。全国中の自分の生き方を持つ若者から4名が選ばれるらしいが、その候補に拙者が選ばれたらしい。ってことで今月末に東京へ行くかもなのだ。さてさて、拙者のホームページ、サーバー停電のため2日間以上不通になっていたが、サーバーを立て直していただき、無事復活しました。作業をすませて、今日の葬式も手伝いに・・・と思ったが、やらなければいけない作業も多く、そして体調も良くはないので、昨日の様子では人手は足りているので無理せず作業の方に専念することにした。午後から屋根の雪おろし。今日はやや冷え込むかもしれない。雪も降っていたが、しかしすぐにやんだ。そして拙者は夜勤へ・・・!!ニンニン。
2005.03.02
3月1日 晴れなんともう3月だ。2月は29日がなかった。今までの疲れがたまってつかれた。夜勤のかえりに会場をもう1度みにいき備品を返却した。それから一の橋へ。でもまた、一の橋の住民がひとり亡くなられ、お通夜と葬式が行なわれる。休み間もなくその準備会議に出席。昼から会場準備にとりかかった。夕方、会場準備の仕事もおちつき、拙者は牧場のことがきになって戻った。そしてひさびさに連絡事項を確認したりもう日も暮れはじめたが、屋根の雪おろしをはじめた。そうそう道路のたまった雪の除雪もあちこちで行なわれており、雪をトラックに積んで運んでいた。夕方になってエミューを見学に来た方もいた。それから産卵チェックを行なって事務作業をして、再び夜勤へむかった。なんか疲れている。体もなんか痛い気がする。明日はまた葬式だが・・・それにいろいろ精算もあるし、除雪もあるし、そろそろ卵もみないと・・・いろいろ山積みでなおかつ休みたいので大変でござる。ニントモカントモ。
2005.03.01
全32件 (32件中 1-32件目)
1


