アメリカのジャネット・イエレン米財務長官は4月4日に中国を訪問、5日間にわたって政府要人や金融界のリーダーらと会談している。中国では電気自動車、太陽光パネル、半導体などの生産能力が過剰になっているとイエレンは批判、中国の反発を招いたようだ。アメリカの生産力がそれだけ衰えているということだ。
中国では2010年代の半ば過ぎから不動産バブルが問題になり、政府は投機を規制しはじめたが、LGFV(融資平台)なる地方政府系の投資会社を利用した融資によってバブルは膨らみ続けた。中国ではビジネスやアカデミーはアメリカ支配層の影響下にあり、新自由主義的な仕組みを変えられなかったのだろう。
COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動によるロックダウンと不況がひと段落した2021年から中国政府は投機資金の借り入れを止め、不動産バブルを縮小させる政策へ転換した。その政策が今年、厳しくなったようだ。中国実業界の暴走を止めようというのだろう。イエレンの中国訪問がこの政策転換と無関係だとは思えない。
本ブログでも指摘したことだが、アメリカでは1970年代に金融化が推進され、生産力が落ちて富の一極集中が進んだ。貧富の差が拡大したのだが、その結果、社会の荒廃が進み、公教育のシステムが崩壊し、国民の知的レベルが低下してしまう。
アップルのスティーブ・ジョブスは2010年の秋、バラク・オバマ大統領から工場をアメリカで建設してほしいと頼まれたのだが、それを拒否している。ジョブスによると、アップルは中国の工場で70万人の労働者を雇っているが、その工場を機能させるためには3万人のエンジニア必要。アメリカでそれだけのエンジニアを集めることはできないというのだ。アメリカで工場を作って欲しいなら、それだけのエンジニアを育てる教育システムが必要だというのだ。
ジョブスに指摘された状況は改善されていない。COVID-19騒動の後にアメリカでは社会の荒廃がさらに進み、教育体制も悪化しているはずである。
アメリカのエリート校は私立であり、高額の授業料を要求される。トルーマン・カポーティが書いた『叶えられた祈り』の中でウォール街で働いているディック・アンダーソンなる人物は「二人の息子を金のかかるエクセター校に入れたらなんだってやらなきゃならん!」と言っている。(トルーマン・カポーティ著、川本三郎訳、『叶えられた祈り』、新潮文庫)
エクセター校とは「一流大学」を狙う子どもが通う有名な進学校で、授業料も高い。そうしたカネを捻出するため、「ペニスを売り歩く」ようなことをしなければならないとカポーティは書いているのだ。アメリカの中では高い給料を得ているはずのウォール街で働く人でも教育の負担は重いということだ。
ハーバード大学教授から上院議員になったエリザベス・ウォーレンによると、教育費の負担が親の肩に重くのしかかり、破産する人が少なくないという。公立の学校へ通わせようとしても、少しでもまともな学校を選ぼうとするなら、家賃の高い地域へ引っ越さなければならない。
アメリカ人が破産する理由は医療費と不動産だとされているが、不動産で破産する背景には教育の問題がある。アメリカでは経済的に豊かな愚か者が高学歴になり、優秀でも貧しい子どもは排除されていくことになるのだ。それで国力が上がるはずはない。イエレンの主張は経済力に劣る国の泣き言だとも言える。
これに対し、アメリカは東アジアで軍事同盟を強化している。2021年9月に発表があったオーストラリア、イギリス、アメリカで編成されるAUKUSがその中心になりそうだ。そこへ日本とフィリピンを加盟させる意向だとも言われている。
しかし、アメリカは21世紀に入ってから軍事力の低下が明確になってきた。イスラエルやアメリカが支援していたジョージアが2008年に南オセチアを奇襲攻撃した時にロシア軍に惨敗、シリアではロシア製兵器の能力がアメリカを上回ることが実戦で証明されてしまった。ウクライナではアメリカ、ドイツ、フランス、イスラエルなどの兵器がロシアの兵器に粉砕されている。そのロシアから支援された中国や朝鮮にアメリカや日本が勝てる保証はない。アメリカが「唯一の超大国」になったという幻影は消えたのだ。