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アメリカはソ連が1991年12月に消滅した後、立て続けに侵略戦争を行なってきた。例えば、1999年3月にはユーゴスラビア、9/11を経て2001年10月にアフガニスタン、2003年3月にイラク。ここまではアメリカ軍を主体とする軍隊が攻撃しているが、アフガニスタンやイラクでつまずく。 そこでバラク・オバマ大統領は師匠であるズビグネフ・ブレジンスキーに倣い、サラフィー主義者(ワッハーブ主義者やタクフィール主義者と渾然一体)やムスリム同胞団を主体とするアル・カイダ系の武装集団を編成。そして2011年2月にリビア、同年3月にはシリア。リビアはその年の10月にムアンマル・アル・カダフィ体制を倒し、カダフィ本人を惨殺したが、シリアのバシャール・アル・アサド政権は倒れていない。 シリアでは新たな武装集団ダーイッシュ(IS、ISIS、イスラム国)などとも表記)を組織、残虐さを演出し、それを口実としてアメリカ/NATOが軍事侵略しようと目論んだが、その前にシリア政府はロシアに軍事介入を要請、ロシア軍はアメリカの手先であるジハード傭兵軍を敗走させた。その際、ロシア軍の強さ、ロシア製兵器の優秀さを世界の人びとが知ることになる。 2004年にアメリカはロシアの隣国であるウクライナに内政干渉して自分たちの手先を大統領に据えたが、その政策が貧富の差を拡大させる新自由主義だったため、2010年の大統領選挙では中立を掲げるビクトル・ヤヌコビッチが当選、その政権を倒すため、2013年11月から2014年2月にかけてクーデターを実行、ヤヌコビッチ政権を倒した。ウクライナのクーデターでアメリカはネオ・ナチを手先として使い、新体制はナチズムの影響を強く受けることになる。 2023年10月にはガザで戦闘が始まる。パレスチナでの戦闘は1948年5月にシオニストがイスラエルを「建国」したところから本格化する。「建国」への道筋を作ったのはイギリスだが、フランスの富豪も支援していた。アメリカがイスラエルを支援するようになるのはジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された後、「親イスラエル」のリンドン・ジョンソンが大統領に就任してからだ。ジョンソンのスポンサーはハリー・トルーマンと同じシオニストの富豪だった。 昨年10月にハマスはイスラエル領へ攻め込んだのだが、その前にイスラエルはイスラム教徒に対して挑発を繰り返していた。例えば、2023年4月1日にイスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺し、4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/昨年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃、さらにユダヤ教の「仮庵の祭り」(昨年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入しているのだ。それをアメリカなど西側諸国は黙認した。 昨年10月の攻撃直後、イスラエルのハーレツ紙は記事の中で「ハンニバル指令」について触れている。攻撃の際、約1400名のイスラエル人が殺されたとされたされたのだが、その中にハマスと交戦したイスラエルの軍人や治安機関員が含まれていると指摘されて1200名に訂正されたが、相当数はイスラエル軍の攻撃で殺されたと伝えたのだ。 同紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したとしていた。ハーレツの記事を補充した報道もある。 その後、ハーレツ紙は当初の報道を補強する情報を入手した。文書のほかイスラエル軍将兵の証言からイスラエル人を殺害した命令が具体的に示されている。誘拐されたイスラエル人の多くが、イスラエル軍に銃撃され、危険にさらされていたのである。パレスチナの武装集団にイスラエル人拉致され、人質になることを避けるため、自国の兵士や民間人を殺害するよう指示されたということだ。 ハマスは10月7日に民間人を虐殺、子どもの首が切り落とし、女性をレイプしたと西側では宣伝されてきたが、殺害したのはイスラエル軍、子どもの首を切り落としたり女性をレイプしたとする話は証拠が示されていない。作り話である可能性が高いと考えられている。 戦闘が始まった直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスチナ人虐殺を正当化するため、「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用している。虐殺を正当化するため、ネタニヤフや彼の仲間はヘブライ語聖書(キリスト教の旧約聖書と重なる)を持ち出す。ネタニヤフたちの発言はカルトに他ならない。 旧約聖書には「アマレク人」を家畜ともども殺した後、イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたとは記述されている。アマレク人は歴史の上で存在が確認されていないが、この民族をイスラエルが敵視している勢力に重ねて見せた。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。イスラエル政府はガザの人びとを皆殺しにしようとしている。 神に選ばれたと信じている人びとはイスラエルが負けるはずがないと考えているようだが、イスラエルはハマスに勝つことができず、その一方で非武装の市民を虐殺しているだけだ。すでに4万人が殺されていると言われているが、瓦礫の下には数千人の死体があり、その約4割が子ども、女性を含めると約7割に達すると推測されている。大量虐殺と言わざるをえない。 そのイスラエルをアメリカの支配層は賛美している。イスラエルはイギリスやアメリカを拠点とする帝国主義者の手先だからだ。そのアメリカに従属しているいのが日本にほかならない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.31
日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)が7月28日に開かれ、日本側からは上川陽子外務大臣、木原稔防衛大臣が、またアメリカ側からアントニー・ブリンケン国務長官、ロイド・オースティン国防長官が出席した。 自衛隊は今年度末までに陸海空を一元的に指揮する「JJOC(統合作戦司令部)」を市ヶ谷に設立する予定だが、それに合わせてアメリカ政府はUSFJ(在日アメリカ軍)を「JFHQ(統合軍司令部)」へ格上げするようだ。 自衛隊とアメリカ軍は連携するという建前だが、日本側の主体的な判断に基づいて自衛隊が活動するということは考えられず、アメリカ軍の指揮下、その手先としてロシアや中国と最前線で日本人が戦う態勢が整備されつつあると言える。 ソ連消滅後、中立を掲げていたウクライナを支配下に置くため、アメリカは介入した。2004年のことである。この選挙では東部や南部を支持基盤にし、中立を主張していたビクトル・ヤヌコビッチが勝利したのだが、これをジョージ・W・ブッシュ政権は許さなかった。 そこで2004年から05年にかけて内政干渉し、「オレンジ革命」を引き起こし、配下のビクトル・ユシチェンコを大統領に就任させた。この人物は金融界の出身で、新自由主義的な政策を推進、人びとの生活を破壊した。そこで有権者は2010年の選挙で再びヤヌコビッチを選んだ。 それに対し、アメリカの外交や軍事を支配してきたネオコンは2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛け、ヤヌコビッチ政権を倒すことに成功するのだが、軍や治安機関でも約7割はネオ・ナチが主導権を握るクーデター体制を拒否、離脱したと言われている。 クーデター後にクリミアはロシアの保護下に入り、東部のドンバスはロシアの支援を得られなかったことから武装闘争を開始、内戦に発展した。この反クーデター軍はキエフのクーデター軍より強く、アメリカはクーデター体制の戦力を増強するために時間稼ぎをする。それがミンスク合意だ。 アメリカ政府は8年かけてウクライナ軍の戦力を増強すると同時にドンバスの周辺に要塞線を築く。2022年に入ると十分に兵力を増強できたと判断したようで、ドンバスの周辺に兵力を集中させ、ドンバスの民間人に対する砲撃を激化させた。その年の春に大規模な攻撃を始める計画だったが、その直前にロシア軍が介入、ウクライナ軍を一気に壊滅させた。軍事介入から2週間ほどでキエフ政権が停戦に合意したのはそのためだ。戦争が続いたのはアメリカやイギリスが圧力をかけたからである。 しかし、アメリカ/NATOはロシアに圧倒されている。すでにウクライナ軍は壊滅状態で、戦争を続けるならNATO諸国が前面に出てロシアと直接戦わなければならない。 日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは1995年のことである。1991年12月にソ連が消滅した直後、アメリカの国際問題や安全保障政策を仕切っていたネオコンはDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」である。 その目的は新たなライバルの出現を防ぐことで、その対象には旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアも含まれる。ドイツと日本の場合、アメリカ主導の集団安全保障体制、つまり戦争マシーンに組み入れて「民主的な平和地域」を創設するともされている。 しかし、細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、ネオコンの怒りを買うことになり、1994年4月に倒された。その年の6月に自民、社民、さきがけの連立政権が誕生、村山富市が首相に就任して抵抗してネオコンを怒らせた。 そうした状況をネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に訴え、1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表する。そこには、10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、在日米軍基地の機能を強化、その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われていた。 こうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。 1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。この旅客機が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは、この1995年だと言えるだろう。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンをベースにしてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」というタイトルの報告書を発表、それに基づいてジョージ・W・ブッシュ政権は世界戦略を作成していく。その戦略を起動させたのは報告書が発表された翌年の9月11日に引き起こされた「9/11」だ。それを利用してアメリカは2001年10月にアフガニスタン、03年3月にはイラクを先制攻撃しているが、いずれも9月11日の攻撃とは無関係な国だった。 日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれてから今年で29年。そのひとつの結果がJJOCだ。ウクライナ軍はアメリカ軍の命令でロシアと戦争を始めた。兵器や情報、そして作戦はアメリカから与えられているが、戦場で殺されるのはウクライナ人だ。すでにウクライナは崩壊している。
2024.07.30
7月26日にパリで夏季オリンピックが開幕した。オリンピックは政治とカネがこびりついたドス黒いイベントだが、今回のオープニング・セレモニーは最悪だと批判する人が少なくない。 マリー・アントワネットが切り落とされた自分の首を抱えさせる演出はグロテスクとしか言いようがなく、またレオナルド・ダ・ビンチが描いた「最後の晩餐」をドラッグ・クイーンや同性愛者などにイエスやその使徒を演じさせ、新約聖書の「ヨハネの黙示録」に出てくる「青白い馬に乗った騎士」を登場させたことに注目する人もいる。 黙示録の第6章には「白い馬の騎士」、「火焔色の騎士」、「黒い馬の騎士」、そして「青白い馬の騎士」が出てくる。黙示録はギリシャ語の能力が全く違う複数の人物によって書かれていることは間違いないのだが、田川建三によると、第6章は原著者が書いている。 馬と騎士はローマ軍の象徴だと解釈すると、そのローマ軍が侵略して平和を奪い、インフレを引き起こして人びとを苦しめ、死をもたらすということになるだろう。アメリカを中心とする帝国主義国が行なっていることに重なるのだが、この記述を人類を破滅させる最終戦争への過程を示しているのだと信じている人もいるらしい。。 オリンピックは帝国主義者のイベントであり、その開幕の式典で帝国主義者を揶揄することはないはず。太刀、飢饉、死、地の獣によって人びとが殺されることをオリンピックの主催者は望んでいると思われても仕方がない。キリスト教を愚弄していると批判する人もいるが、それ以上の闇を感じさせる。 その主催者はロシアを排除したが、その理由は帝国主義国の利益に反することをしているからだ。アメリカは2001年9月11日から世界制覇戦争を開始、中立政策を掲げるウクライナを乗っ取るため、2004年の大統領選挙に介入した。この選挙で勝利したビクトル・ヤヌコビッチはアメリカへの従属を拒んでいたからだ。 そこで2004年から05年にかけて内政干渉し、「オレンジ革命」を引き起こした。この「革命」で大統領に就任したビクトル・ユシチェンコは金融資本の手先で、新自由主義的な政策を推進し、人びとの生活を破壊。有権者は2010年の選挙で再びヤヌコビッチを選ぶ。 それに対し、ネオコンは2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛け、ヤヌコビッチ政権を倒すことに成功したが、拘束、あるいは殺害することはできなかった。 クーデター体制は西側が支援していたのだが、ウクライナ人の大多数はロシアと敵対する意思はなかったと見られている。2010年の選挙でヤヌコビッチが勝利したのはそのためであり、ウォロディミル・ゼレンスキーがロシアとの関係修復を訴えて大統領に選ばれたのもそのためである。ウクライナの軍や治安機関でも約7割がクーデター体制を拒否、離脱したと言われている。 クーデター後にクリミアはロシアの保護下に入り、東部のドンバスはロシアの支援を得られなかったことから武装闘争を開始、内戦に発展した。この反クーデター軍はキエフのクーデター軍より強く、アメリカはクーデター体制の戦力を増強するために時間稼ぎをする。それがミンスク合意だ。 アメリカ政府は8年かけてウクライナ軍の戦力を増強すると同時にドンバスの周辺に要塞線を築く。2022年に入ると十分に兵力を増強できたと判断したようで、ドンバスの周辺に兵力を集中させ、ドンバスの民間人に対する砲撃を激化させた。その年の春に大規模な攻撃を始める計画だったが、その直前にロシア軍が介入、ウクライナ軍を一気に壊滅させた。軍事介入から2週間ほどでキエフ政権が停戦に合意したのはそのためだ。戦争が続いたのはアメリカやイギリスが圧力をかけたからである。 しかし、アメリカ/NATOはロシアに圧倒されている。すでにウクライナ軍は壊滅状態で、戦争を続けるならNATO諸国が前面に出てロシアと直接戦わなければならない。オリンピックからロシアを追い出したのは、西側はロシアより強いというイメージを自分たちの国民に刷り込みたいのだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.29
ウクライナのドミトロ・クレバ外相は7月24日に広東省で中国の王毅外相と会談した際、ウクライナ政府はロシア政府と「対話と交渉を行う用意がある」と述べたという。今年に入ってからローマ教皇フランシスコやハンガリーのヴィクトール・オルバン首相が戦闘の終結を訴えたものの、ゼレンスキーは拒否していた。 キエフ政権の態度が急変する直前、7月13日にドナルド・トランプは銃撃され、発射された銃弾の1発がトランプの右耳を掠めるという暗殺未遂事件があった。その直前にトランプは頭を少し右へ回している。それがなければ後頭部は吹き飛ばされていただろう。7月15日には共和党の全国大会でウクライナでの戦争継続に反対してきたJ. D. バンス上院議員が副大統領候補に正式指名されている。 暗殺未遂の前、大統領選はトランプが優勢だと言われていたが、もし暗殺されていたなら、トランプが大統領になることはできない。混乱が生じて戒厳令が敷かれ、選挙が中止になった可能性もあるだろうが、そうしたシナリオはトランプが生き延びたことでとりあえずなくなった。そこで「対話と交渉」を言い始めたわけだが、この段階で停戦を実現するためにはロシア政府の要求を呑む必要がある。 しかし、ウクライナを利用してロシアを攻撃して疲弊させ、あわよくばウラジミル・プーチン政権を崩壊させようとしていた西側の支配層はロシアに敗北したことを認めるわけにはいかない。 西側の好戦派は自分たちを無敵だと信じ、戦争になればソ連/ロシアを簡単に倒せると信じ、1991年12月のソ連消滅はアメリカが冷戦に勝利したことを意味し、西側の強さを証明したと考えたようだ。その直後に彼らは世界征服プロジェクトを作成、2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎への攻撃を利用してプロジェクトを始動させた。 その段階でネオコンをはじめとするアメリカの好戦派がロシアや中国に対してどのように考えていたかは、外交問題評議会(CFR)の定期刊行物「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載された論考に示されている。アメリカは近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てるというのだ。 バラク・オバマは2008年11月に実施されたアメリカの大統領選挙で勝利するが、その3カ月前にジョージアが南オセチアを奇襲攻撃し、ロシア軍の反撃で惨敗している。アメリカ支配層の状況判断が間違っていたのだが、彼らはそう考えなかった。それでもアメリカの好戦派はロシアを簡単に倒せると信じ続けたのである。 ジョージアは2001年からイスラエルの軍事支援を受け、兵器を含む軍事物資を提供され、将兵が訓練を受けている。後にアメリカの傭兵会社も教官を派遣した。事実上、イスラエル軍とアメリカ軍がジョージア軍を使ってロシアに対する軍事作戦を実施したのだ。 ジョー・H・ブッシュ政権は中東に続いて南オセチアへの奇襲攻撃でも失敗、次のバラク・オバマ政権はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で編成されたアル・カイダ系武装集団を利用して北アフリカから中東にかけての地中海に面した国々の体制を転覆させる作戦、いわゆる「アラブの春」を実行する。そのためにオバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出した。2011年春にはリビアやシリアに対する軍事作戦が始まるのだが、この作戦はシリアのバシャール・アル・アサド政権を倒すことができず、暗礁に乗り上げる。 オバマ大統領は2012年から新たな傭兵組織の編成に取り掛かるのだが、その危険性をアメリカ軍の情報機関DIAが2012年8月に警告している。オバマ政権が支援している反シリア政府軍の主力はアル・カイダ系武装集団のAQI(イラクのアル・カイダ)で、アル・ヌスラと実態は同じだと指摘、その中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だとしているのだ。2012年当時のDIA局長はマイケル・フリン中将である。 報告書の中で、オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告、それがダーイッシュという形で現実になった。そしてダーイッシュは残虐さを演出、それを口実にしてアメリカ/NATOは軍事介入を目論んだようだが、2015年9月にシリア政府はロシア政府に軍事介入を要請、ロシア軍がダーイッシュなどジハード傭兵を敗走させた。 2016年にはヒラリー・クリントンを大統領にするため、共和党のドナルド・トランプや民主党のバーニー・サンダースを潰す裏工作が露見してしまう。そうした事実から人びとの目を背けさせるためか、民主党の幹部はCIAやFBIと手を組み、「ロシアゲート」キャンペーンを始めた。勿論、これは作り話だ。 大統領選挙ではロシアとの関係修復を訴えていたトランプが勝利、オバマはトランプが大統領に就任するまでにロシアとの関係を悪化させようとする。そこで行ったのがロシア外交官の追放と領事館閉鎖だ。アメリカはロシア外交官60人を追い出し、シアトルのロシア領事館を閉鎖したが、それに同調してイギリスは23名のロシア外交官を追放、カナダ、ウクライナ、ドイツ、フランス、ポーランド、リトアニア、チェコ、オランダ、デンマーク、イタリア、ラトビア、エストニア、クロアチア、ルーマニア、フィンランドも追い出している。このオバマ政権の副大統領がジョー・バイデンであり、その時の反ロシア人脈がバイデン政権へ入った。 そのバイデン政権はロシアや中国を破壊するつもりでEU諸国を破壊し、アメリカや日本もダメージを受けている。アメリカが仕掛けて経済戦争でロシアや中国に完敗したのだ。 ドイツのシュピーゲル誌によると、ベルリンはドイツ軍とNATO諸国軍約80万人が自国の港、高速道路、鉄道を使って「東」へ向かうと予想している。ロシアとの戦争計画だ。テレグラフ紙は、NATOが将来のロシアとの仮想戦争に必要な兵員や装備を移動させるための陸上「回廊」計画を拡大していると報じた。 しかし、NATO諸国の生産能力はロシアの数分の1にすぎない。しかも兵器の性能、将兵の戦闘能力もアメリカ/NATOはロシアに劣る。アメリカにしろNATOにしろ、ロシアに通常兵器で勝てる見込みはないのだ。 こうした事態に立ち至った原因は西側好戦派の傲慢さにあると言えるだろう。アメリカ支配層の対ロシア戦争は1991年12月にソ連が消滅した直後から始まるが、ウクライナが破滅への道を進み始めたのもその頃だ。 ウクライナは「独立」してロシアから離れ、その一方でロシアへの復帰を希望していた東部や南部のロシア文化圏の民意は封印されてしまうのだが、それでも1990年代は中立を宣言していた。 しかし、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてアメリカが世界征服戦争を本格化させ、ウクライナの中立政策も許されない状況になった。 2004年の大統領選挙でアメリカへの従属を拒否するビクトル・ヤヌコビッチが勝利したが、この結果をアメリカ政府は容認できなかった。そこでジョージ・W・ブッシュ政権は2004年から05年にかけてウクライナに内政干渉したのだ。いわゆる「オレンジ革命」である。この革命で大統領に就任したのは金融資本の手先であるビクトル・ユシチェンコだった。 ユシチェンコは新自由主義に基づく政策を進め、大多数の国民は貧困化。西側の正体を知ったウクライナ人は2010年の選挙でヤヌコビッチを選ぶ。そこでネオコンは2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛けた。 しかし、ネオ・ナチ体制に反発するウクライナ人は多く、軍や治安機関でや約7割が離脱、一部は東部ドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。クリミアはロシアの保護下に入る。 バラク・オバマ政権でウクライナの体制転覆を指揮したのは副大統領だったジョー・バイデン、国務次官補だったビクトリア・ヌランド、副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めていたジェイク・サリバンだ。バイデンは現在の大統領、ヌランドは国務次官になった。サリバンは国家安全保障補佐官を務めている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.28
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が7月22日にアメリカを訪問、24日には連邦議会の上下両院合同会議で演説した。イスラエル軍がガザで続けている住民虐殺を正当化するために作り話を延々と続け、議員たちは何度も立ち上がって拍手喝采するという茶番劇が繰り広げられたのである。 証拠を示さずに敵を「悪魔化」して見せるだけでなく、ハマスが「赤ん坊を生きたまま焼き殺した」、ハマスが「1200人を虐殺した」といったすでに嘘だということが明確になっている話も堂々と主張、それをアメリカの議員は受け入れたわけだ。先住民であるアメリカ・インディアンを虐殺、生き残りを「居留地」へ押し込めて建設されたアメリカの議員だけある。 ちなみに、昨年10月にハマスがイスラエルを攻撃した際、約1400名のイスラエル人が殺されたとされたのだが、その中にハマスと交戦したイスラエルの軍人や治安機関員が含まれていると指摘されて1200名に訂正された。その1200名の大半がイスラエル軍に殺害されたことをイスラエルのハーレツ紙が伝えている。敵に人質になる可能性があるイスラエル人は殺して構わないという「ハンニバル指令」が出たという。 同紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したとしていた。ハーレツの記事を補充した報道もあるのだが、西側の有力メディアはそうした報道を無視する。 イスラエル軍によるガザでの虐殺を西側は支援しているが、中東だけでなく「グローバル・サウス」と呼ばれる国々はイスラエルとその支援国に対して厳しい姿勢を示している。 中東ではサウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、ヨルダンなどアメリカの影響下にあり、イスラエルと友好的な関係を結んでいる国もあるのだが、イエメンのアンサール・アッラー(フーシ派)はイスラエルやアメリカなど、イスラエルへ物資を運ぶ船舶を攻撃攻撃、イスラエル経済は破綻しつつある。 7月19日にイエメンはテル・アビブにあるアメリカ領事館の近くをドローンで攻撃、それに対してイスラエルは20日にフダイダ港を攻撃したが、イエメンは報復を宣言、軍事施設と治安施設を標的にするとしている。紅海を迂回する陸路や空路を提供している「一部のアラブ国」、つまりヨルダンへの報復も示唆している。 そのヨルダンにNATOは連絡事務所を設立することを決定したと今月、発表したが、すでに約3000名のアメリカ兵をはじめとする西側の部隊が駐留、軍事インフラも存在している。 イエメンに続き、昨年10月8日からイスラエルを攻撃しているのはレバノンのヒズボラ。イスラエル北部の軍事施設にミサイルを発射、北部に住むイスラエル人入植者8万人が自宅から逃げ出した。 ヒズボラには2500人の特殊部隊員、訓練を受けた2万人の兵士、3万人の予備役、さらに5万人がいると言われている。つまり兵力は10万人を超え、イラク、アフガニスタン、パキスタンの反帝国主義勢力、そしてイエメンのアンサール・アッラーの戦闘員がレバノンへ派遣される可能性もあり、戦闘陣地とトンネルが縦横に張り巡らされ、15万発以上のミサイル(その多くは長距離)が準備されている。こうした勢力と戦い、勝利する力をイスラエルは持っていない。アメリカの支援頼みだと言えるだろう。 昨年10月に戦闘が始まった直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスチナ人虐殺を正当化するため、「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用している。 「アマレク人」を家畜ともども殺し、その後に「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたと旧約聖書では記述されている。アメリカやイスラエルの傭兵として活動しているダーイッシュ(IS、ISISなどとも表記)が中東の遺跡を破壊した理由もそこにあるかもしれない。 アマレク人は歴史の上で存在が確認されていないが、この民族をイスラエルが敵視している勢力に重ねて見せた。パレスチナ人が生活していた歴史を破壊で消し去るということだろう。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。 ネタニヤフはリクードの政治家だが、同じようにこの政党に所属する元国会議員のモシェ・ファイグリンはガザをドレスデンや広島のように破壊するべきだと主張している。実際、破壊されたガザの様子は両都市を彷彿とさせるものがある。 リクードはウラジミール・ヤボチンスキーが1925年に結成した「修正主義シオニスト世界連合」の流れの中から生まれた。彼は第1次世界大戦でイギリス軍の「ユダヤ人部隊」に参加している。イギリスと「ユダヤ人」の関係はヤボチンスキーに限らず、武装組織のハガナや情報組織のニリもイギリス軍に協力していた。 その後、1933年にドイツではナチスが国会議事堂放火事件を利用して実権を握るが、この年の8月にシオニストはナチス政権とユダヤ系ドイツ人をパレスチナへ移住させることで合意した。「ハーバラ合意」である。 ナチスの「ユダヤ人弾圧」によってユダヤ系の人びとをパレスチナへ向かわせることができるとシオニストは考えたようだが、ユダヤ教徒の多数派はパレスチナへ移住しない。ヨーロッパでの生活に慣れている人びとの多くはオーストラリアやアメリカへ向かった。1938年11月にドイツではナチスがユダヤ系住民を襲撃、多くの人が殺され、収容所へ入られ始めるが、この「水晶の夜」以降もユダヤ教徒はパレスチナでなくアメリカやオーストラリアへ逃れた。つまり、ユダヤ人の行き場を作るためにイスラエルが必要だったわけではない。 アメリカへ亡命していたヤボチンスキーは1940年にニューヨークで心臓発作のために死亡、後継者に選ばれたのは後に首相となるメナヘム・ベギン。アメリカでヤボチンスキーの秘書を務めていたベンシオン・ネタニヤフの息子、ベンヤミン・ネタニヤフは現在、イスラエルの首相である。 リクードが力を得る切っ掛けは1967年6月の第3次中東戦争だ。イスラエルがエジプト、シリア、ヨルダンを奇襲攻撃したのだが、戦争勃発の直前、5月30日にイスラエルの情報機関モサドのメイール・アミート長官がアメリカを訪問している。 戦争の最中、6月8日にアメリカ政府は情報収集船の「リバティ」を地中海の東部、イスラエルの沖へ派遣。この艦船をイスラエル軍が沈没寸前まで攻撃している。この攻撃についてリンドン・ジョンソン大統領はすぐに報告を受けるが、ロバート・マクナマラ国防長官は第6艦隊に対し、救援のために離陸した戦闘機をすぐに引き返させるようにと叫んでいる。救援のために戦闘機を空母から向かわせたのは、しばらくしてからだ。 リバティ攻撃はジョンソン政権の意向だという疑惑がある。この政権で秘密工作を統括していた「303委員会」において、1967年4月に「フロントレット615」という計画が説明されたという。リバティを潜水艦と一緒に地中海の東岸、イスラエル沖へ派遣するというもので、実際、後にリバティや潜水艦は派遣されていた。 この計画の中に含まれる「サイアナイド作戦」はリバティを沈没させて責任をエジプト、あるいはソ連に押しつけて戦争を始めようとしたという推測がある。これが事実なら、ジョンソン政権はトンキン湾事件の再現を狙ったということになるだろう。 リバティの近くにいたアメリカの潜水艦アンバージャックが潜望鏡を使って見ていたとする証言もある。リバティの乗組員も潜望鏡を見たとしている。ただ、記録したはずのデータは見つからない。存在していたとしても破棄されてしまっただろう。 第3次中東戦争をアメリカでは「六日戦争」と呼ぶが、それだけ短期間にイスラエル軍は勝利したのだ。ベトナム戦争で苦戦していたアメリカ軍に苛立っていた人びとがイスラエル軍に飛びついたのだ。 アメリカのキリスト教系カルト、いわゆる「聖書根本主義者」はアメリカ軍を「神の軍隊」だと信じていた。彼らの教義によると、キリストに従う「善の軍勢」と反キリストの「悪の軍勢」が「ハルマゲドン」で最終戦争を行い、人類の歴史は幕を閉じる。その際、再臨するキリストによって自分たちは救われるのだという。 ジェリー・フォルウエルなど有名なテレビ説教師の大半がこの説を信じていたのだが、そのォルウエルを政治の世界へと導いたのはエド・マクティールなる人物。彼はフォルウエルをロナルド・レーガン、ジェシー・ヘルムズ上院議員、そしてジョージ・W・ブッシュ政権で司法長官を務めたジョン・アシュクロフトなどに引き合わせている。それ以降、ヤボチンスキーの後継者をキリスト教系カルトが支えるという構図が出来上がった。(Ken Silverstein & Michael Scherer, "Born-Aain Zionist", Mother Jones, September/October, 2002) 1972年に行われたアメリカの大統領選挙には戦争反対を明確にしていたジョージ・マクガバン上院議員が民主党の候補として選ばれたのだが、これは民主党の支配層にとって衝撃だった。党の内部ではヘンリー・ジャクソン上院議員を中心にして、反マクガバンのグループが出来上がる。CDM(民主党多数派連合)だ。 ジャクソン議員のオフィスにはリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、エリオット・エイブラムズ、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキーなど後にネオコンの中核グループを形成する人々が在籍していた。 こうした工作もあり、マクガバンは共和党のリチャード・ニクソンに敗れる。ニクソンはアレン・ダレスに近く、平和的な人物とは言えないのだが、それでもデタント(緊張緩和)を主張する。そこで好戦派は送るのだが、その中にはネオコンも含まれていた。 そのニクソンは1974年8月にウォーターゲート事件で失脚、副大統領だったジェラルド・フォードが昇格、この政権でネオコンは台頭してくる。 新政権でデタント派はパージされ、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニーなどネオコンがホワイトハウスの主導権を握ったのだ。ポール・ウォルフォウィッツがCIAで反ソ連プロパガンダを行なっていたグループ「チームB」に入ったのもこの時だ。こうした人びとはロナルド・レーガン政権で要職に就く。 チームBの活動には国防総省内のシンクタンクであるONA(ネット評価室)が協力したと言われているが、その室長だったアンドリュー・マーシャルはネオコンに戦略を提供してきた人物。ラムズフェルドはこの人物に心酔していた。またマーシャルの師と言われている人物がバーナード・ルイス。ルイスはサミュエル・ハンチントンと同じように「文明の衝突」を主張、シオニストを支持している。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005) イスラエルの強さはアメリカのキリスト教系カルトの支援を受けているためだけではない。世界の有力者を脅す材料を握っていると言われている。 イスラエルの電子情報機関、8200部隊は少なからぬ「民間企業」を創設し、電子技術を利用して情報を収集しているが、それ以外にも脅迫のための仕組みが存在する。 有力者の弱みを握り、操り、自分たちの利益を図る人たちは昔からいた。そのひとりが禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールだと言われている。ローゼンスティールと「親子のように」親しく、犯罪組織ガンビーノ・ファミリーのメンバー、例えばジョン・ゴッチの法律顧問にもなっていたのがロイ・コーンなる弁護士だ。 コーンはコロンビア法科大学院を卒業後、親のコネを使ってマンハッタンの地方検事だったアービン・セイポールの下で働き始めたが、この検事はコミュニストの摘発で有名。1950年にソ連のスパイとして逮捕されたジュリアス・ローゼンバーグとエセル・ローゼンバーグの夫妻の裁判でコーンが重要や役割を果たしたことも知られている。 コーンは1950年代にジョセフ・マッカーシー上院議員の側近として活動、反ファシスト派の粛清でも重要な役割を果たした。この粛清劇は「マッカーシー旋風」や「レッド・バージ」とも呼ばれている。マッカーシーの黒幕はFBI長官だったJ・エドガー・フーバーで、コーンはマッカーシーとフーバーの間に入っていた。 化粧品で有名なエステイ・ローダーもコーンが親しくしていたひとりで、エスティの息子であるロバート・ローダーはドナルド・とペンシルベニア大学時代からの友人。ベンヤミン・ネタニヤフと親しく、「世界ユダヤ人会議」の議長だ。1973年にコーンはトランプの法律顧問になり、AIDSで死亡する85年までその職にあった。 このコーンの後継者ではないかと疑われているのが2019年7月に性犯罪の容疑で逮捕され、同年8月に房の中で死亡たジェフリー・エプスタイン。自殺とされているが、その刑務所の事情に詳しい人はありえないとしている。 ロバート・ローダーの前に「世界ユダヤ人会議」の議長を務めたエドガー・ブロンフマンも密造酒の家系で、父親のサミュエル・ブロンフマンはローゼンスティールの仲間。エドガーの弟、チャールズが1991年に創設した「メガ・グループ」はイスラエル・ロビーとされているが、イスラエルの情報機関と緊密な関係にあると言われている。エドガー・ブロンフマンの関係でイスラエルの情報機関へ引き込まれたひとりがエプスタインだ。 エプスタインは未成年の女性と有力者を引き合わせ、ふたりの行為を盗撮し、それを利用して後に恫喝の材料に使っていたと言われている。そのエプスタインは2011年にビル・ゲイツと親しくしていたとニューヨーク・タイムズ紙が伝えたのは2019年10月12日のことだった。 エプスタイン、彼と親密な関係にあったギスレイン・マクスウェル、そして彼女の父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルはいずれもイスラエルの情報機関のために働いていたと言われている。マクスウェルはエプスタインをイランとの武器取引に加えようとしていたようだ。 イスラエル軍の情報機関ERDに所属、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経験のあるアリ・ベンメナシェによると、3名ともイスラエル軍の情報機関(AMAM)に所属していた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ギスレインとエプスタインは1990年代に知り合ったとされているが、ベンメナシェによると、ふたりは1980年代に親しくなっている。ニューヨーク・ポスト紙の元発行人、スティーブン・ホッフェンバーグによると、ふたりはあるパーティで知り合ったという。 ロバート・マクスウェルがAMANのエージェントになったのは1960年代だとも言われ、ソ連消滅でも重要な役割を果たしたと言われいるが、ソ連消滅の前の月、つまり1991年11月にカナリア諸島沖で死体となって発見されている。
2024.07.27
アメリカ上院で7月9日に円卓会議が開かれ、保健福祉省(HHS)の内部告発者であるデボラ・ホワイトが移民の子どもたちが人身売買の対象になっていると語った。ジョー・バイデン政権下で南部の国境で拘束された付き添いのいない移民の子ども約50万人の処置に問題があり、安い労働力として使われるほか、性ビジネスへも売られているとしている。当然のことながら、こうした子どもの人身売買には犯罪組織も関係しているのだが、HHSの幹部は見て見ぬふりだという。 こうした人身売買の事例が報告されているにも関わらず、HHSの下部機関である難民再定住局(ORR)は適切な対応をせず、昨年2月には付き添いのいない状態で南部の国境を超えてきた子ども8万5000人の行方を見失ったとニューヨーク・タイムズ紙は報道している。こうした子どもの実態に関する調査にHHS長官や国土安全保障長官も上院の調査官に協力しなかったとロン・ジョンソン上院議員は批判している。 別の内部告発者であるタラ・リー・ロダスはノースカロライナ州で解放されたグアテマラから入国した16歳の少女について語った。偽者の兄に引き取られた後、ソーシャルメディアで「売り」に出されているところを発見された。薬物を投与されていたと見られている。 エルサルバドルから入国した13歳の少女の場合、犯罪組織と関係がある「スポンサー」へ引き渡されたことを知ったロダスはこの事実を報告したのだが、数日後に彼女は捜査の対象になり、職場から連行されたという。 HHS長官は保護している子どもが行方不明になったことはないと議会で発言しているが、子どもを「スポンサー」の元へ送り出した時点で自分たちの管理下にはなく、その先で行方不明になっても責任はないという姿勢だ。 ネオコン主導のクーデターで西側の支配下に入ったウクライナでも人身売買は横行している。若い女性が性ビジネスへ売られていることは以前から指摘されていたが、2022年後半から子どもの売買が注目されている。その多くは「ホワイト・エンジェル」によって拉致されたロシア語系住民だという。 ウクライナにおいて奴隷として取り引きされた人数は30万人とも55万人以上とも言われ、その中心地はウクライナ西部にあるテルノピリ、ウジゴロド、チェルニフチ。ウクライナでは人身売買だけでなく、臓器売買も行われている。 子どもの売買で重要な役割を果たしていると疑われている慈善団体がある。ウォロディミル・ゼレンスキーの妻、エレナ・ゼレンスカヤの財団だ。フランス人記者のロベル・シュミットの調査によると、財団の元従業員の証言から、未成年の子ども数十人がウクライナから連れ出されて、その多くが性的搾取を稼業とする犯罪組織に引き渡されている。ゼレンスカヤの財団がフランス、イギリス、ドイツの小児性愛者へ子どもを組織的に引き渡していたことを示す内部文書をシュミットは入手したともいう。 自分の子どもをゼレンスカ財団へ引き渡したシングル・マザーのオクサナ・ゴロバチュクによると、2023年6月に避難が発表された後、家族は「かろうじてやりくりしている」状態のため、避難しないことに決めたところ、数日後にゼレンスカ財団のスタッフが予告なしに自宅を訪れ、書類を見せ、ゴロバチュク家は低所得者支援プログラムの対象であると述べた。下の子どもふたりを安全な場所へ避難させるという話で、彼女は同意したという。 ゼレンスカ財団の元従業員によると、財団には「プロの霊能者や詐欺的なリクルーターがいて、さまざまな口実で親を騙し、子どもを渡すよう説得している」。 子どもはポーランドへ一旦運び込まれるのだが、その際、国際刑事裁判所元長官の妻が設立した組織がゼレンスカ財団と協力していると主張する人もいる。子どもたちが売られていく先はイギリスのNGOで、小児性愛の有力者へ子どもを提供する元締めは王室とも関係のある某公爵だとする情報もある。 アメリカを支配している好戦派はクーデターで手に入れたウクライナで生物兵器の研究開発、マネーロンダリング、人身売買などを行なってきた。昨年の夏頃までネオコンはロシアを簡単に倒せると信じ、アメリカの従属国はネオコンのシナリオを信じたが、そのシナリオは崩れている。ロシアの勝利を西側が認めたなら、ウクライナで行われていた犯罪的な行為が噴出するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.26
8月16日午後7時から駒込の「東京琉球館」で、また10月18日午後7時から「としま区民センター7階会議室」で「櫻井ジャーナルトーク」を開催します。8月のテーマは「トランプ暗殺未遂の背景と影響」、10月のテーマは「米英金融帝国は逆襲できるのか?」を予定しています。予約受付はいずれも8月1日午前9時からですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。東京琉球館http://dotouch.cocolog-nifty.com/住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:makato@luna.zaq.jp 大統領候補のドナルド・トランプがペンシルベニア州バトラーで演説中に銃撃され、1発がトランプの右耳を掠めているのですが、その直前にトランプは頭を少し右へ回しているので、それがなければ後頭部は吹き飛ばされていたと見られています。その際、集会の参加者ひとりが殺され、ふたりが重傷を負いました。 狙撃したのはトーマス・マシュー・クルックスなる人物で、AR-15半自動ライフルを使ったようですが、銃声の分析から複数の銃から発射されていることが判明したとされています。ひとつはクルックスのライフルでしょうが、残りは警察やシークレット・サービスなのか、別の狙撃犯がいたのかは不明です。クルックスはその場で射殺されました。 トランプを狙った人物がクルックスだけだったとしても、ある程度の期間、銃の専門家から訓練を受け、精度を上げるためにゼロイン調整を慎重に行なっていたはずだとされています。つまり、クルックスには支援者がいたはずで、彼が単独で事件を起こしたとは考えられていません。 この暗殺未遂事件では、シークレット・サービスが現場を事前に必要な調査を行なっていない上、当日の警備体制にも問題があったと指摘されています。複数の観衆がライフルを手に屋根の上へ登る不審者を目撃し、警官などに知らせているのですが、適切な対応をしなかったようです。 銃撃された2日後、7月15日に共和党の全国大会でJ. D. バンス上院議員が副大統領候補に正式指名されましたが、この人物はウクライナで行なっているロシアを相手にした戦争に反対している数少ない議員のひとりで、ネオコンには嫌われているようです。ただ、バンスのスポンサーはCIAと関係が深いと言われ、あまり期待しない方が良いと言われています。 トランプが急死に一生を得て、ウクライナでの戦争に反対してきたバンスが副大統領に選ばれたことから、11月に予定されている大統領選挙では副大統領の時代からロシアとの戦争に向かって突き進んできた現職のジョー・バイデン大統領と戦争にブレーキをかけると期待されているトランプ前大統領との対決という構図になりそうでした。 しかし、バイデンは7月17日にCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)の陽性反応を示したとして公の席から姿を消します。そして7月21日にはバイデンが次期大統領の候補者選びレースから離脱すると発表され、バイデンはカマラ・ハリス副大統領を民主党の新大統領候補として支持したと伝えられました。 バイデンはパーキンソン病に伴う認知症で大統領としての職務を果たせる状態だとは思えず、民主党の内部にも早く辞めることを願う人が少なくありませんが、任期は半年残っています。ネオコンを中心とする好戦派はその間に勝負をかけてくる可能性も否定できません。 こうした好戦派の背後にはシティやウォール街を拠点とする金融資本が存在しています。軍事産業、インターネット産業、有力メディア、さまざまなビジネスは金融資本の配下にあるのです。その金融資本は19世紀に中国(清)を征服して富を奪おうとしてアヘン戦争を仕掛け、海軍力で海運を支配しましたが、内陸部を制圧することはできませんでした。イギリスに代わって地上部隊を送り込んだのは日本にほかなりません。その一方、ロシアとドイツを戦わせ、共倒れにさせようともしていました。 その長期戦略は現在も生きているようです。米英金融帝国の支配体制は揺らいでいますが、彼らは諦めず、逆襲しようとしているはずです。そうした意味でも11月のアメリカ大統領選挙は大きな意味があると言えるでしょう。
2024.07.25
パレスチナを拠点として活動しているハマス、ファタハ、イスラム聖戦、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)、DFLP(パレスチナ解放民主戦線)など14グループの代表団が中国の仲介で7月21日から北京の釣魚台国賓館で会談し、23日には分断の終結とパレスチナ民族の団結強化のための「北京宣言」に署名、「暫定国家和解政府」を設立することで合意したという。すでにパレスチナのグループは中東全域に協力網を築いている。 ガザやヨルダン側西岸でパレスチナ人を虐殺しているイスラエルはアメリカやヨーロッパから支援を受けているほか、サウジアラビア、エジプト、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンと協定を結んで軍事的な情報を交換、UAEとバーレーンのイスラエル向け輸出品はヨルダン経由で運ばれてきた。イエメン(アンサール・アッラー)がイスラエルへの輸送を阻止しているアラビア海から公開のルートを避けるためだ。 しかし、中東では一部の上層部を除く大多数の人びとがパレスチナ人を支持、イスラエルに協力しているヨルダンの支配層は神経質になっているようだ。パレスチナには中国のほか、ロシアやアルジェリアなどが後ろ盾になっている。 イエメンはガザでの虐殺を続けるイスラエルや虐殺を支援しているアメリカなどの船舶を攻撃してきたが、7月19日にはテル・アビブにあるアメリカ領事館の近くをドローンで攻撃した。それに対してイスラエルは20日にフダイダ港を攻撃したが、イエメンは報復を宣言、軍事施設と治安施設を標的にするとしている。紅海を迂回する陸路や空路を提供している「一部のアラブ国」、つまりヨルダンへの報復も示唆している。そのヨルダンにNATOは連絡事務所を設立することを決定したと今月、発表したが、すでに約3000名のアメリカ兵をはじめとする西側の部隊が駐留、軍事インフラも存在している。 アメリカの重要な「同盟国」だったサウジラビアの場合、ロシアへ接近しつつある。2015年にシリア政府の要請で軍事介入したロシア軍の強さ、ロシア製兵器の性能の高さを目の当たりにしたことが大きいのだろう。2017年10月にサルマン国王はモスクワを訪問、ロシア製防空システムのS-400を購入したいという意向を伝え、ロシア側は受け入れる姿勢を示したと伝えられた。 その後、サウジアラビはイランとの関係修復に乗り出すのだが、それに対してアメリカはイスラエルの協力を受け、2020年1月3日にイラクのバグダッド国際空港でイスラム革命防衛隊のコッズ軍を指揮していたガーセム・ソレイマーニーをドローンで暗殺している。怒ったイラクの議会は暗殺の2日後、アメリカ軍に国外へ出て行くように求める決議を採択した。イラクにも反米感情が蔓延している。 最近では西側諸国によるロシアの資産を差し押さえる動きをサウジアラビアは批判、差し押さえを決定した場合には保有する欧州債の一部を売却する可能性を内々にほのめかしていたという。また、ウクライナへの支援にも反対している。 ところで、イスラエルによるガザでの虐殺を受け、レバノンのヒズボラが昨年10月8日からイスラエルを攻撃した。イスラエル北部の軍事施設にミサイルを発射、北部に住むイスラエル人入植者8万人が自宅から逃げ出している。 ヒズボラには2500人の特殊部隊員、訓練を受けた2万人の兵士、3万人の予備役、さらに5万人がいると言われている。つまりヒズボラの兵力は10万人を超えるのだが、それだけでなく、戦闘陣地とトンネルが縦横に張り巡らされ、15万発以上のミサイル(その多くは長距離)が準備されている。さらにイラク、アフガニスタン、パキスタンの反帝国主義勢力、そしてイエメンのアンサール・アッラーの戦闘員がレバノンへ派遣される可能性もある。 イスラエル軍の地上部隊は2006年7月から9月にかけてレバノンへ軍事侵攻したが、その際にイスラエルが誇る「メルカバ4」戦車が破壊され、ヒズボラに敗北している。ヒズボラはその時より格段に強くなっている。イスラエルがレバノンに攻め込んだ場合、単独では敗北するのだが、欧米諸国に対応する力があるとは思えない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.24
ジョー・バイデン大統領がCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)の陽性反応を示したとしたとホワイトハウスは7月17日に発表、公の席から姿を消した。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査を行ったのだろうが、この検査が当てにならないことは本ブログでも繰り返し書いてきた。 PCR検査は特定の遺伝子型を試験管の中で増幅、分析する技術だが、増幅できる遺伝子の長さはウイルス全体の数百分の1程度。つまりウイルス自体を見つけることはできない。しかも増幅の回数(Ct値)を増やしていけば医学的に意味のないほど微量の遺伝子が存在しても陽性になり、偽陽性も増える。偽陽性を排除するためにはCt値を17以下にしなければならず、35を超すと偽陽性の比率は97%になるとも報告されている。バイデンの場合、隔離して人びとの目に触れさせないようにするため、陽性にしたのだろう。 そして7月21日、バイデンは次期大統領の候補者選びレースから離脱すると発表した。側近のスティーブ・リチェッティが書いたという手紙をXに投稿したのである。その際、バイデンはカマラ・ハリス副大統領を民主党の新大統領候補として支持したとされている。 6月27日に行われたドナルド・トランプとのテレビ討論会でバイデンは醜態を演じた。まともな議論ができなかったのだが、こうなることは事前に予想されていた。このタイミングで討論会をセッティングしたのはバイデンを辞めさせるためだと言われていた。少なからぬ医師がバイデンはパーキンソン病による認知症を患っていると推測していた。大統領は「飾り」にすぎないとは言うものの、さすがに認知症では困るだろう。人形としても役に立たない。 アメリカの外交や安全保障政策はシオニストが仕切っている。ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ、そしてバイデンはこうした政策をネオコンが動かしているが、ネオコンはシオニストの一派だ。 このネオコンが台頭したのはジェラルド・フォード大統領の時代。リチャード・ニクソンがスキャンダルで失脚、副大統領から昇格した人物で、FBIとの関係が深いと言われていた。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺未遂を調べたウォーレン委員会のメンバーでもある。 ニクソンが再選された1972年の大統領選挙で民主党の候補者はJFKに近く、戦争に反対していたジョージ・マクガバン上院議員だった。この結果に驚いたのが民主党の幹部で、マクガバン潰しが始まる。その中心になったのがヘンリー・ジャクソン上院議員だった。結局、選挙ではニクソンが再選されたが、デタントを主張したことから好戦派が反発、ウォーターゲート事件で失脚したのだ。そして登場したフォード政権はデタント派を粛清する。 ジャクソン議員のオフィスには若い頃のリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、エリオット・エイブラムズ、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキーなど後にネオコンの中核グループを形成する人々が在籍していた。フォード政権ではジョージ・H・W・ブッシュがCIA長官、ドナルド・ラムズフェルドが国防長官に就任、そのほかリチャード・チェイニーやウォルフォウィッツらが要職についた。 1991年12月のソ連が消滅した直後に世界制覇プランを作成したのはウォルフォウィッツ。このプランはネオコンの戦略に沿うもの。ネオコン系シンクタンクPNACが2000年に発表した「アメリカ国防の再構築」はウォルフォウィッツのプランをベースにしている。2001年9月11日の世界貿易センターや国防総省本部庁舎への攻撃は、ネオコンの世界制覇プランを始動させることになる。そのネオコンの世界制覇プランがバイデン政権で行き詰まった。 しかし、ネオコンはこのプランを放棄していない。ロシアの追い詰められているが、核戦争へ向かうという狂気の戦略でロシアを屈服させようとしている。そのネオコンにはカルト的な側面があるのだが、背後には米英金融資本も存在している。19世紀に世界支配を計画した帝国主義者だ。 この人脈が今も健在で、次のアメリカ大統領も彼らに操られることになる。現在の支配システムが機能している限り、そうしたことになる。そのシステムは健全で、悪いのは個人や特定のグループにすぎないとハリウッド映画、有力メディア、教育機関は人びとを洗脳してきたが、悪いのはシステムそのものだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.23
FBIと関係の深いサイバーセキュリティー会社、クラウドストライクがソフトウェアのファルコンをアップデートした際に大規模なシステム障害が発生、銀行、航空会社、報道機関、医療機関、政府機関など世界中のユーザーがシステムを利用できない状態になった。この欠陥ソフトウェアが入ったマイクロソフトのOS「ウィンドウズ」の動作に支障が出たようだ。 クラウドストライクの存在が広く知られるようになったのは2016年のこと。この年に実施されたアメリカの大統領選挙で共和党のドナルド・トランプが民主党のヒラリー・クリントンに勝利。その事実を受け入れられない民主党は「ロシアゲート」なるファンタジーを考え出し、キャンペーンを始めたのだが、その演出にクラウドストライクが協力している。 ウクライナのクーデター政権が武器管理に使っていたアプリケーション・ソフトをロシアがハッキングしたのと同じ手法でDNC(民主党全国委員会)のサーバーがハッキングされたのだとクラウドストライクは報告書の中で主張しているのだが、証拠は示していない。しかも同社を雇ったのはDNC。問題のサーバーを調べることが許されたのはクラウドストライクだけで、公的な機関はチェックしていない。 クラウドストライクの分析ではIISS(国際戦略研究所)のデータを利用したとされているのだが、そのIISSはクラウドストライクによるデータの使い方が誤っていると主張、IISSとクラウドストライクの報告書との関係を否定し、クラウドストライクはIISSに接触していないともしている。 選挙で敗北したヒラリー・クリントンだが、私的権力の一部は2015年6月に彼女を次期大統領にすることを内定していたと言われている。この月の中旬、オーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合にジム・メッシナというヒラリーの旧友が出席していたからだ。 その流れが変わったとする噂が流れ始めたのは2016年2月10日。この日、ヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問し、ウラジミル・プーチン露大統領と会談している。 そして3月16日にWikiLeaksがヒラリー・クリントンの電子メールを公表し始める。7月22日にはDNCに関係した1万9000件以上の電子メールと8000件の添付資料を明らかにしたが、その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害することを民主党の幹部へ求めるものも含まれていたことからサンダースの支持者を怒らせることになった。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもあった。 この電子メールはロシア政府によってハッキングされたと民主党/クリントン陣営は主張したが、NSAの不正を内部告発したウィリアム・ビニーも指摘しているように、それが事実なら証拠をNSAは握っている。それを出せないと言うことは、証拠がない、つまりハッキング話が嘘だと言うことを示している。ちなみに、ビニーは情報機関で通信傍受システムの開発を主導し、NSA史上最高の数学者にひとりと言われている人物だ。 また、IBMのプログラム・マネージャーだったスキップ・フォルデンは転送速度など技術的な分析からインターネットを通じたハッキングではないという結論に達している。DNCの内部でダウンロードされ、外へ持ち出されたというわけだ。 電子メールをウィキリークスへ渡したのはDNCのコンピュータ担当スタッフだったセス・リッチだと推測する人は少なくない。その漏洩した電子メールをロシア政府がハッキングしたとする偽情報を流たのはCIA長官だったジョン・ブレナンだと言われている。そのリッチは2万件近い電子メールが公表される12日前、強盗に殺されたとされている。 同じ趣旨のことはリッチの両親が雇った元殺人課刑事の私立探偵リッチ・ウィーラーも主張していた。この探偵はセスがWikiLeaksと連絡を取り合い、DNC幹部の間で2015年1月から16年5月までの期間に遣り取りされた4万4053通の電子メールと1万7761通の添付ファイルがセスからWikiLeaksへ渡されているという結論に達したという。 2001年から2012年までFBI長官を務めたロバート・ミューラーの部下で、サイバー犯罪捜査部門の責任者を務めていたショーン・ヘンリーは下院情報委員会でDNCに関するデータがDNCから流出したことを示す証拠はないと発言している。ヘンリーはFBIを2012年に退職し、クラウドストライクの上級職に就いていた。 ハッキング説に説得力はないのだが、FBIはDNCのサーバーを調べずにクラウドストライクの主張を無批判に受け入れた。FBIとクラウドストライクは緊密な関係にあるわけで、「猿芝居」だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.22
ペンシルベニア州バトラーで演説中のドナルド・トランプをAR-15半自動ライフルで銃撃した人物はトーマス・マシュー・クルックスだと発表されている。別の狙撃手がいたとする説もあるが、今のところ真偽は不明だ。 クルックスは少なくとも5発の銃弾を発射、1発がトランプの右耳を掠めた。その直前にトランプは頭を少し右へ回しているので、それがなければ後頭部は吹き飛ばされていただろう。クルックスはその場でシークレット・サービスに射殺されたという。その際、集会の参加者ひとりが殺され、ふたりが重傷を負っている。 当日、シークレット・サービスのカウンタースナイパーは2チーム配備されていたが、映像に残っているチームからクルックスがいた場所は森の陰にあるため見えない。射殺したのはもうひとつのシークレット・サービスのチームだと考えられているが、州または地元の警官で構成される別のカウンタースナイパー・チームがいたとする人もいる。 当日配備されていたシークレット・サービスのチームは通常のチームでなかったことも注目されている。通常のチームは休暇、あるいは配置転換で現場にはいなかったのだ。 警備の担当者は数日前に現地を詳細にチェックしなければならないのだが、事前の調査を怠ったと指摘されている。この問題とも関連するのだが、容疑者が狙撃に使ったとされる建物を封鎖していない。しかも警備担当者を識別するための「色」を身につけず、ドローンによる警備も行われていない。クルックスは狙撃の1時間ほど前から注目されていたが、20分ほど前には屋根にいるライフルを手にしたクルックスが観衆らに目撃され、騒ぎになった。それでも警護担当者は動かなかったのである。そのクルックスは7月13日未明に会場を調べるためにドローンを飛行させていた。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.21
テル・アビブにあるアメリカ領事館の近くで7月19日未明、ドローンの攻撃による爆発があったと伝えられている。ドローンは地中海の方から侵入、イスラエルの防空システムが機能しなかった。パレスチナのムジャヒディーン旅団はこの攻撃を称賛している。 イスラエル軍(IDF)はアンサール・アッラー(フーシ派)がイエメンから発射したものだと確認、イエメン軍のヤヒヤ・サリー准将はテル・アビブに対する攻撃を始めたと語っている。今後も攻撃するということなのだろう。 アンサール・アッラーはイスラエル軍によるガザでの住民虐殺を止めるために攻撃しているとしている。ガザで昨年10月7日から今年6月19日までに殺された人は3万7396人だとガザ保健省は発表、その約4割が子ども、女性を含めると約7割に達すると言われている。 この数字は確認されたもので、瓦礫の下には数千の遺体があると言われているほか、ランサットによると間接的な死者は直接死者の3倍から15倍にのぼるとされている。12万人から60万人がイスラエル軍の攻撃で犠牲になるということだ。大量殺戮以外の何ものでもない。 そうした虐殺を続けているイスラエルはサウジアラビア、エジプト、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンと協定を結び、軍事的な情報を交換している。イスラエル軍が6月22日の夜にレバノンを攻撃するとイスラエル軍の参謀総長は協定に基づき、各国の参謀たちと会談で伝え、イスラエルとサウジアラビアは合意に達したという。UAEとバーレーンのイスラエル向け輸出品をヨルダン経由で運んでいたことも明らかにされている。この事実を伝えたジャーナリストのヒバ・アブ・タハはヨルダンで懲役1年を言い渡された。 イスラエル軍は南レバノンを攻撃する動きを見せているが、2006年7月から9月にかけて軍事侵攻した際には地上戦でヒズボラに敗北、「メルカバ4」戦車が破壊されている。今のヒズボラは当時より強い。しかもヒズボラは南レバノンに深さ100メートル、全長1600キロメートル以上のトンネルを掘っている。 レバノンへ軍事侵攻した場合、イスラエル軍は厳しい状況に陥る可能性が高く、米英軍が物資や兵員を輸送する拠点にしているキプロスからアメリカ軍やイギリス軍が支援しなければならなくなるかもしれない。そうなった場合、ヨルダン、イラク、シリアでアメリカ軍が勝手に建設した施設が攻撃の対象になると言われている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.20
プロパガンダは支配の重要な要素である。アメリカではウッドロー・ウィルソン政権下の1917年4月に設立されたCPI(広報委員会)が組織的プロパガンダの始まりだと言えるかもしれない。委員長に選ばれたのはジョージ・クリールだ。(Chris Hedges, “Death of the Liberal Class,” Nation Books, 2010) クリールの下で働いていたエドワード・バーネイズは精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトの甥にあたり、1929年には女性の喫煙を推進した「自由のたいまつ」なるキャンペーンを成功させ、54年にはユナイテッド・フルーツに雇われてCIAのグアテマラにおけるクーデターを正当化する宣伝を展開した。 第2次世界大戦後におけるアメリカのプロパガンダで「モッキンバード」が果たした役割は大きい。これは1948年にスタートしたCIAの極秘プロジェクトで、責任者はコード・メイヤー。実際の工作で中心的な役割を果たしたのはアレン・ダレス、ダレスの側近だったフランク・ウィズナーとリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだという。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) 同じ時期、CIAではヘルムズ長官の下、人間の心理を操作する研究も進められていた。「MKウルトラ」だ。ヘルムズは退任時に関係書類の廃棄を命令し、後任のウィリアム・コルビーも工作の詳細を知らないというが、個人や集団を操る技術を研究していたことは間違いない。プロパガンダの技術は企業の「宣伝」にも応用されている。 おそらく、その延長線上にWEF(世界経済フォーラム)を創設したクラウス・シュワブが2016年1月にスイスのテレビ番組で明らかにしたマイクロチップを利用した人間の端末化計画もある。脳へチップを埋め込む研究は第2次世界大戦が終わって間もない頃からアメリカで進められてきたと言われている。 ロナルド・レーガン大統領は1982年6月、イギリス下院で「プロジェクト・デモクラシー」という用語を公の席で初めて使った。勿論、この「デモクラシー」は本来の民主主義と全く関係がなく、アメリカの支配層にとって都合の悪い国家、体制を崩壊させることを意味する。いわゆるレジーム・チェンジ。国内での作戦は「プロジェクト・トゥルース」と名づけられた。 このプロジェクトを始動させるため、レーガンは1983年1月にNSDD(国家安全保障決定指示)77に署名、プロジェクトの中枢機関としてSPGをNSCに設置した。ここが心理戦の中心になる。(Robert Parry, “Secrecy & Privilege”, The Media Consortium, 2004) アメリカ議会では1970年代の半ばにCIAの秘密工作について調査された。1975年1月には上院で「情報活動に関する政府の工作を調べる特別委員会」が設置されてフランク・チャーチ上院議員が委員長に就任、下院ではルシエン・ネジ下院議員を委員長とする「情報特別委員会」が設立された。下院の委員会は当初、ルシエン・ネジ議員が委員長に就任したのだが、すぐにオーティス・パイク議員へ交代した。 こうした動きに対抗するため、CIAは内部規約を変更して内部告発を難しくし、巨大資本がメディアを支配しやすくするために規制緩和を進めて有力メディアを少数の大株主に集中させた。COMCAST(NBCなど)、ディズニー(ABC、FOXなど)、CPB(NPR、PBSなど)、Verizon(Yahooニュース、ハッフィントン・ポスト)、ナショナル・アミューズメンツ(VIACOM、CBS、MTVなど)、AT&T(CNN、TIME、ワーナー・ブラザーズなど)、グーグル、ニューズ・コープ(FOXニュース、ウォール・ストリート・ジャーナルなど)といった具合だ。 20世紀の終盤、メディア支配はさらに強化される。その象徴的な出来事がCNNであった。NATOがユーゴスラビアを先制攻撃して破壊した1999年にアメリカ陸軍の第4心理作戦群の第3心理作戦大隊に所属する隊員が2、3週間ほどCNNの本部で活動していたことも明らかになっている。この部隊の主要な仕事のひとつは「選別された情報」、つまり支配層にとって都合に良い話を広めることだ。 この事実を最初に報じたのはフランスのインテリジェンス・ニューズレターで、オランダのトロウ紙が2000年2月に後を追う。アメリカ陸軍情報部のトーマス・コリンズ少佐によると、派遣された軍人はCNNの正社員として働き、ニュースにも携わったという。またコソボ紛争中も彼らは記事を書いていただろうとしている。(Trouw, 21 February 2000) 心理戦部隊の隊員を社会のさまざまな分野に一時的に配置転換することは1997年頃から始まっていて、その契約期間は数週間から1年までさまざまだという。 こうした軍の心理戦部隊が有力メディアへ入り込み、影響力を強めようとし始めていた1998年、CNNはラオスにおける神経ガスのサリン使用に関する情報を伝えていた。その年の6月に放送された。 それによると、1970年にアメリカ軍のMACV-SOG(ベトナム軍事援助司令部・調査偵察グループ)がベトナム戦争で、逃亡兵を殺害するためにサリンを使用したというのだ。その作戦名は「テイルウィンド」だという。 SOGは統合参謀本部(JCS)直属の秘密工作部隊で、1964年2月から北ベトナムに対する破壊工作をスタートさせ、トンキン湾事件を引き起こして本格的な軍事介入への道を作っている。戦争の泥沼化した1967年からCIAは軍の特殊部隊と共同で住民皆殺し作戦のフェニックス・プログラムを始動させているのだ、CIAと特殊部隊で編成されたチームがサリンを使用しても不思議ではない。CIAと特殊部隊で編成された戦闘集団はアメリカの正規軍とは指揮系統が違う。フェニックス・プログラムに正規軍は関与していなかった。 CNNのサリン報道で最も重要な証人は、1970年7月から74年7月までJCS議長を務めたトーマス・ムーラー提督。同提督の部下がサリンが使用される事実を確認したというが、捕虜になり、北ベトナムに協力していたアメリカ人を殺害することがサリンを使用した理由だとする報道にある種の勢力は激しく反発した。 CNNの経営陣は報道内容のチェックを弁護士のフロイド・エイブラムズに依頼し、1カ月にも満たない短期間で報告書を作成させた。報告書の結論は報道内容を否定するものだったのだが、引用に不正確な部分があり、慎重に調べたとは到底言えない代物だ。 例えば、エイブラムズは報告書の中でムーラー提督を認知症の老人であるかのように表現しているのだが、報告書が作成された当時でもゴルフ場で普通にブレー、別の事件で記者会見に登場するほどの健康体だった。番組を担当したプロデューサーのエイプリル・オリバーによると、放送では示されなかった重要な情報をCNNは隠しているという。 結局、番組を担当したふたりのプロデューサー、ジャック・スミスとエイプリル・オリバーは報道を事実だ主張し続けたため、解雇されてしまう。CNNは不自然な形で幕引きを図った。この時期、CNNは残っていたジャーナリストの魂を捨て去ったと言えるだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.19
ドナルド・トランプは銃撃された2日後、7月15日に共和党の全国大会でJ. D. バンス上院議員を副大統領候補に正式指名した。この議員はバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員と共同で企業の説明責任に関する法案を提出するなど大企業が嫌う政策を支持してきたが、最も注目されているのはウクライナで行なっているロシアを相手にした戦争に反対している数少ない議員のひとりだということだ。トランプ自身もウクライナでの戦争に反対している。 それに対し、ジョー・バイデン大統領はウクライナ人を使い、ロシアとの戦争を続けている。すでにウクライナ軍は壊滅状態で、兵士も兵器も枯渇しているが、戦争を仕掛けたアメリカやイギリスの支配層はウクライナに対し、最後のひとりまでロシア軍と戦い、ロシアにダメージを与えるように命令している。「総員玉砕せよ」だが、そのように命令しても限界はある。 すでにウクライナ軍だけでなくNATOの兵器庫も空だと言われ、兵士がいなくなっていることは昨年10月1日にイギリスのベン・ウォレス元国防大臣が明らかにしている。テレグラフ紙に寄稿した論考の中で、ウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、ウクライナ政府に対し、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求しているのだ。実際、今年に入ってからウクライナの街頭で成人男性が徴兵担当者と思われるグループに拉致される光景が撮影され、その映像がインターネット上に流されている。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、2022年2月末の段階でウクライナにおける戦闘でキエフ政権は敗北したと認識、ロシアと停戦交渉を始めていた。仲介役はイスラエルとトルコだ。 イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットによると、話し合いでロシアとウクライナは互いに妥協、停戦は実現しそうだった。3月5日にベネットはモスクワでウラジミル・プーチンと数時間にわたって話し合い、ウォロディミル・ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた。その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会っている。ウクライナの治安機関SBU(事実上、CIAの下部機関)がキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 そもそもゼレンスキーは2019年の大統領選挙でロシアとの関係修復を訴えて当選した人物だが、大統領に就任するとネオ・ナチから脅されている。ネオ・ナチを率いるドミトロ・ヤロシュやアンドリー・ビレツキーはゼレンスキーに政策を撤回させた。 ヤロシュとビレツキーはネオ・ナチの「右派セクター」を2013年11月に組織、13年から14年にかけてのクーデターで中心的な役割を果たした人物。クーデター後の2014年5月、右派セクターが中心になって内務省に「アゾフ大隊(アゾフ特殊作戦分遣隊)」が発足。この組織がネオ・ナチだということは当初、西側の有力メディアもアメリカのFBIも日本の公安当局も認めていた。 1991年12月のソ連消滅と同時にウクライナは独立を宣言して西側から認められたが、その際に東部と南部は住民投票を経てウクライナからの独立を決めるが、これを西側は認めなかった。 それでもウクライナは東部や南部以外もロシアとの関係が深く、中立を謳っていたが、アメリカをはじめとする西側はウクライナの資源や耕作地を手に入れたかっただけでなく、ロシアを征服するための拠点として支配したかった。「新バルバロッサ」だ。 アメリカは2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、それを利用して世界制覇戦争を本格化させる。 ところが、ウクライナではアメリカへの従属を拒んだビクトル・ヤヌコビッチが2004年の大統領選挙で勝利してしまう。そこでジョージ・W・ブッシュ政権は2004年から05年にかけてウクライナに内政干渉する。いわゆる「オレンジ革命」だ。この革命で大統領に就任したのは金融資本の手先であるビクトル・ユシチェンコだった。 ユシチェンコは新自由主義に基づく政策を進め、大多数の国民は貧困化。西側の正体を知ったウクライナ人は2010年の選挙でヤヌコビッチを選ぶ。そこでネオコンは2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛けた。 しかし、ネオ・ナチ体制に反発するウクライナ人は多く、軍や治安機関でや約7割が離脱、一部は東部ドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。クリミアはロシアの保護下に入った。 バラク・オバマ政権でウクライナの体制転覆を指揮したのは副大統領だったジョー・バイデン、国務次官補だったビクトリア・ヌランド、副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めていたジェイク・サリバンだ。バイデンは現在の大統領、ヌランドは国務次官になった。サリバンは国家安全保障補佐官を務めている。現在、バイデンは認知症を患い、ヌランドは政府の外へ出た。ホワイトハウスでロシアとの戦争を仕切っているのはサリバンだろう。 その下でロシアとの戦争を支援してきたEUやNATOの幹部はNATO加盟国を前面に出しつつある。7月9日から11日にかけてワシントンDCで開かれたNATOの首脳会談がワシントンDCで、ウクライナにNATO事務所を設立すると発表された。この事務所はウクライナでの戦争を監督するNATO司令部の設立に伴うものだという。 すでに「ウクライナ対ロシア」という演出を続ける余裕がなくなっているのだが、NATOにも兵器はなく、NATO諸国の生産能力はロシアの数分の1にすぎない。通常兵器での戦闘は勿論、ロシア国内へのテロ攻撃で戦況が変化することはないだろう。生物兵器の開発は途上だと思われ、西側の好戦派に残された手段は核兵器だ。 ウクライナにおいてロシアに敗北するということは、米英支配層やその支配層に従属している西側各国のエリートにとって破滅を意味する。そうした状況の中、トランプが大統領候補になり、バンスが副大統領候補になった。予定通り大統領選挙が実施された場合、ウクライナでの戦争に反対するふたりが当選する可能性が高い。戦争を継続するためにはこのふたりをホワイトハウスへ入れるわけにはいかない、と考えている人がいるはずだ。
2024.07.18
NATO(北大西洋条約機構)の首脳会談がワシントンDCで始まる前日の7月8日にインドのナレンドラ・モディ首相がロシアを訪問、9日にはウラジミル・プーチン露大統領と会談、貿易決済についても話し合ったようだ。 アメリカやその従属国は別として、世界の多くの国々はアメリカ政府が金融システムを支配の道具として使ったことを懸念、SWIFT(国際銀行間金融通信協会)への信頼をなくしている。新たな決済の仕組みを築く必要があると考える国が増えているようだ。 モディはロシアとインドの関係は重要であり、世界全体にとっても大きな意味を持つと発言、両国のパートナーシップは重要性を帯びているとしている。「世界の安定と平和」も口にしたが、戦争について話し合うNATOの首脳会談に合わせてロシアを訪問することにより、行動でも示した。 ロシアと中国は多極化した世界を作り上げようとしているが、中国とインドの間には国境問題があり、軍事的な緊張が高まった時期もある。それをアメリカは利用して中国とインドの分断を強め、インドを従属させようとしてきた。 アメリカはインド洋から太平洋にかけての地域における支配力を強めるため、2017年11月にオーストラリア、インド、アメリカ、日本で組織されるクワドの復活を協議、2018年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。太平洋の拠点は日本、インド洋の拠点はインド、ふたつをつなぐ役割をインドネシアが担うとされた。 しかし、インドネシアはアメリカと一線を隠す動きを見せ、ここにきてインドもアメリカに従属しない姿勢を見せている。インドと歴史的に関係の深いロシアが動いているのだろう。そこでアメリカが目をつけたのがフィリピンにほかならない。日本がフィリピンと軍事兵站協定を締結した目的もそこにあると言われている。 ワシントンDCで開かれたNATOの首脳会談ではウクライナ情勢について議論したというが、すでにウクライナは国として機能していない。兵士も兵器もない。西側諸国は特殊部隊を含む軍人、あるいはオペレーターをウクライナへ派遣、軍事衛星、偵察機、地上のスパイ網などで入手した機密情報をウクライナへ提供、さらに各国から傭兵を送り込んでいるようだが、限界に来ている。「ウクライナ対ロシア」という見掛けを維持できなくなった。 NATOが前面に出てロシアと戦争するしかなくなっているのだが、そのNATOはひとつの組織として動かすことが難しい。そのため、戦争の準備としてRAA(相互アクセス協定/部隊間協力円滑化協定)の交渉や調印が進められている。日本も昨年はじめにイギリスとRAAに調印した。岸田文雄首相がNATOの首脳会談に出席した、あるいは出席させられた目的も同じだ。東アジアでは日本とアメリカが中心になり、韓国やフィリピンと軍事同盟が築かれようとしている。 これまでモディはアメリカやイスラエルとの関係を深めていたが、ロシアや中国との関係をそれ以上に深めている。インドは歴史的にイギリスやアメリカの私的権力、シティやウォール街を拠点にする金融資本の支配下にあったが、そうした構造が揺らいでいるようだ。それを補う核にしようと米英支配層が考えている国が日本だ。日本は再び「東アジアの疫病神」になろうとしている。
2024.07.17
今から25年前の7月16日、ジョン・F・ケネディ・ジュニア、つまり第35代大統領の息子が搭乗したパイパー・サラトガがマサチューセッツ州ビンヤード沖で墜落、同乗していた妻のキャロラインとその姉であるローレン・ベッセッテと共に死亡した。 その航空機は目的地であるマサチューセッツ州マーサズ・ビンヤード島へあと12キロメートルのあたりを飛行中で、パイパー・サラトガは自動操縦で飛んでいた可能性が高い。しかも、ケネディ・ジュニアは優秀なパイロットで、しかも几帳面で慎重だとCFI(公認飛行教官)に評価されている。 また、墜落した飛行機にはDVR300iというボイス・レコーダーが搭載されていて、音声に反応して動く仕掛けになっていた。直前の5分間を記録できるのだが、その装置には何も記録されていなかったという。また緊急時に位置を通報するELTを搭載していた。ELTが作動していれば、短時間で墜落現場を特定できたはずだが、墜落から発見までに5日間を要している。 墜落の直前、JFKジュニアは航空管制官に対し、着陸の指示を求めている。その管制官によると、落ち着いた声だった。パイパー・サラトガの機影がレーダーから消えたのはその2分後。航空機は毎分1400メートルという速度で海へダイブしている。近くの海にいた釣り人は島に向かって落ちる航空機に気付き、地元紙に伝えている。ELTが作動していなくても墜落現場はすぐにわかったはずだ。釣り人は爆発音が聞こえたとも証言しているのだが、この証言は封印された。 アメリカのNTSB(国家運輸安全委員会)は「夜間に水上を降下中にパイロットが飛行機を制御できなかった」とし、「事故の要因は煙霧と暗い夜だった」としているのだが、その日は視界が良く、別のパイロットは10マイルから12マイル(16キロメートルから19キロメートル)先の空港が見えたと報告している。 事故の翌年、2000年はアメリカ大統領を決める選挙があった。有力候補とされていたのは共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のアル・ゴアだったが、1999年の段階で最も人気があった人物はジョン・F・ケネディ・ジュニア。1999年前半に行われた世論調査ではブッシュとゴアが30%程度で拮抗していたのに対し、ケネディ・ジュニアは約35%だったのだ。 JFKジュニア本人は2000年の大統領選挙に立候補しないとしていたようだが、彼は1960年11月25日生まれで、投票日の2000年11月7日には39歳。2期後の2008年でも47歳だ。それまで上院議員を務め、2008年の大統領選挙に立候補する可能性は十分にあった。父親を誰が暗殺したのかを明らかにし、犯人を処罰すると決意しているJFKジュニアは犯行集団にとって危険な存在だ。(リー・ハーベイ・オズワルドの単独反抗説がありえないことは本ブログでも繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。) ところで、2000年の上院議員選挙では投票日の3週間前、ブッシュ・ジュニア陣営と対立関係にあったメル・カーナハンが飛行機事故で死んでいる。このカーナハンと議席を争っていたのがジョン・アシュクロフト。ジョージ・W・ブッシュ政権の司法長官だ。ちなみに、選挙では死亡していたカーナハンがアシュクロフトに勝っている。 2002年には中間選挙が行われたが、この段階でイラク攻撃に反対する政治家は極めて少なかった。例外的なひとりがミネソタ州選出のポール・ウェルストン上院議員だが、同議員は投票日の直前、2002年10月に飛行機事故で死んでいる。 「雪まじりの雨」という悪天候が原因だったと報道されたが、同じ頃に近くを飛行していたパイロットは事故を引き起こすような悪天候ではなかったと証言、しかも議員が乗っていた飛行機には防氷装置がついていた。しかも、その飛行機のパイロットは氷の付着を避けるため、飛行高度を1万フィートから4000フィートへ下降すると報告している。その高度では8キロメートル先まで見えたという。
2024.07.16
アメリカのペンシルベニア州バトラーで演説中のドナルド・トランプが7月13日に銃撃されて負傷、銃撃したとされる人物はシークレット・サービスの隊員に射殺されたという。 演説会場をシークレット・サービスは数日前に調べていたはずだが、無能なための見落としか、意図的なものなのか、会場の外で狙撃できる場所をチェックできていなかったとCIAの元分析官のラリー・ジョンソンは指摘。またアメリカ陸軍の元心理戦将校であるスコット・ベネットはシークレット・サービスの動きが鈍かったと指摘、近くの屋根の上に銃を手にした人物が這っているという報告に対応しなかったともしている。 この事件の背景は不明だが、ジョー・バイデン自身が銃撃を指示した可能性は小さい。少なからぬ医師がパーキンソン病による認知症を疑っているような人物がそうした指示を出すようには思えない。ワシントンDCで開かれたNATOの首脳会議でバイデン大統領はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーを「プーチン大統領」と呼び、カマラ・ハリス副大統領を「トランプ副大統領」と呼んだと話題になっていた。 ただ、バイデンの周辺に銃撃を指示した人物がいる可能性はある。認知症を患っているように見える人物を大統領として担ぎ、再選させようとしているのだ。正気とは思えない。この人びとはバラク・オバマ政権の時代からロシアを外交的、そして軍事的に挑発し、その時に副大統領だったバイデンは大統領へ就任した直後にルビコンを渡った。ロシアに戦争で勝利するか、破滅するかという領域へ入ったのだ。ウクライナでロシアが勝利することを彼らは受け入れられない。それは自分たちの破滅を意味するからだ。 バイデンやオバマだけでなく、ジョージ・W・ブッシュもトランプも外交や安全保障問題はネオコン、つまりシオニストの一派が仕切っている。この一派が1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。ヨーロッパでアメリカはNATOを東へ拡大させるが、これは新たなバルバロッサ作戦にほかならず、ユーゴスラビアを先制攻撃で破壊するという形でスタートしている。 このドクトリンに基づいてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」を発表、それに従ってジョージ・W・ブッシュ政権は軍事政策を進めるのだが、その政策を実行する引き金になったのが2001年9月11日の世界貿易センターや国防総省本部庁舎への攻撃。これを利用してアメリカ政府は中東を戦争で破壊し始めた。 新バルバロッサ作戦はウクライナに到達、アメリカへの従属を拒んだビクトル・ヤヌコビッチ政権を2度に渡って転覆させる。2004年の大統領選挙でヤヌコビッチが勝利すると、それをひっくり返すためにジョージ・W・ブッシュ政権は04年から05年にかけてウクライナの内政に干渉。いわゆる「オレンジ革命」だ。 この革命で大統領に就任したビクトル・ユシチェンコは金融資本の手先で、新自由主義に基づく政策を進め、大多数の国民は貧困化。西側の正体を知ったウクライナ人は2010年の選挙でヤヌコビッチを選ぶ。 しかし、ネオコンはその結果を許さない。そこで2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターを実行したのだが、ヤヌコビッチの支持基盤である東部と南部の住民はクーデター体制を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバスでは内戦が始まったのだ。 クーデター体制は西側を後ろ盾とするネオ・ナチが動かす。その体制ではネオ・ナチ体制に批判的な政治家や体制に都合の悪い情報を流すメディアは許されず、ロシア語を公用語として使うことも禁じられた。ロシア正教も弾圧されている。 ウォロディミル・ゼレンスキーは戦乱を終結させ、ロシアとの関係を改善すると主張して当選したが、その主張はネオ・ナチ勢力が許さない。ネオ・ナチのドミトロ・ヤロシュやアンドリー・ビレツキーはゼレンスキーを脅し、政策を撤回させている。 ヤロシュとビレツキーはネオ・ナチの「右派セクター」を2013年11月に組織、13年から14年にかけてのクーデターで中心的な役割を果たした。クーデター後の2014年5月、右派セクターが中心になって内務省に「アゾフ大隊(アゾフ特殊作戦分遣隊)」が発足した。 この組織がネオ・ナチだということは当初、西側の有力メディアもアメリカのFBIも日本の公安当局も認めていたが、ネオコンをはじめとする西側の好戦派が手先として使っていたことから、そうした事実を西側では口にしなくなったようだ。 イスラエルの場合、バイデンもトランプも絶対的に支援すると公言してきた。それは先住民であるアラブ系のパレスチナ人をこの世から抹殺することを意味する。イスラエル「建国」の際に達成できなかった「民族浄化」だ。 昨年10月7日にハマスなどがイスラエルへ攻め込んだ直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化した。「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用、この「アマレク人」をパレスチナ人に重ねて見せたのだ。 旧約聖書には、アマレク人を家畜と一緒に殺した後、イスラエルの民は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたと記述されている。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだ。 ところで、ハマスは1987年にムスリム同胞団の中から生まれた。その際にイスラエルが重要な役割を果たしたことを本ブログでも繰り返し書いてきた。PLOを率いていたヤセル・アラファトの力を弱めるため、ライバルを作り上げることにしたのだ。 そこでイスラエルが目をつけたのがムスリム同胞団のシーク・アーメド・ヤシン。イスラエルの治安機関であるシン・ベトの監視下、ヤシンは1973年にムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を、そして76年にはイスラム協会を設立。そしてハマスは1987年にイスラム協会の軍事部門として作られた。 しかし、時間が経過するにつれ、ハマスの内部にパレスチナ解放を目指そうというメンバーが増えてくる。元々のメンバーはカタールで保護されているが、パレスチナ解放を目指すメンバーはレバノンなどへ移動させられているようだ。 シーモア・ハーシュによると、2009年にネタニヤフは首相へ返り咲いた際、PLOでなくハマスにパレスチナを支配させようとした。そのため、ネヤニヤフはカタールと協定を結び、カタールはハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたという。イスラエルとハマスとの関係は切れていないということだろう。 2019年3月にクネセト(イスラエル議会)のリクード党議員との会合でネタニヤフは「パレスチナ国家の樹立を阻止したい者はハマスを支援し、ハマスに資金を送金することを支持しなければならない」と語ったと伝えられている。 昨年10月7日のハマスによる攻撃は偽旗作戦ではないかという噂が当初から流れていた。 攻撃の準備に1年程度は必要だと見られているが、ガザの内部にはイスラエルの情報機関がスパイのネットワークを張り巡らせている。それで察知できなかったのなら、情報機関の大変な失態だ。ガザを収容所化している壁には電子的な監視システムが設置され、人が近づけば警報がなるはずであり、そうした面からも気づかなかったとは考えにくい。 また、アメリカ政府はハマスの奇襲攻撃から数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させた。それほど早く艦隊を移動できたのは事前に攻撃を知っていたからではないかと考える人もいる。 ハマスもイスラエル政府も一枚岩ではない。内部では複雑な動きがあるだろうが、アメリカの政界は「イスラエル支持」、つまりパレスチナ人虐殺で一致している。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.15
NATO(北大西洋条約機構)の首脳会談が7月9日から11日にかけてアメリカのワシントンDCで開催され、ウクライナや東アジアの問題が話し合われたという。この会議に岸田文雄首相も出席した。 ウクライナの戦乱は欧米の好戦派がソ連消滅後にNATOを拡大、「新バルバロッサ作戦」を始めたことが原因だ。その作戦が西側諸国の思惑通りに進まず、ウクライナ軍は崩壊しただけでなく、NATO諸国の兵器庫も空になり、内部分裂が始まった。 そのNATOでは事務総長がイェンス・ストルテンベルグからマーク・ルッテへ交代になる。ルッテはオランダの首相を務めている人物で、ロシアを敵視、「ウクライナの勝利を確実にしなければならない」と主張している。オランダにはロシアと戦う力がないが、NATOの主要国が揺らぐ中、NATOという看板を背負ったルッテは張り切っている。 2014年2月にアメリカ政府がネオ・ナチを利用したクーデターをキエフで成功させ、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したが、その後、ロシアと中国は急速に接近して同盟関係を結んだ。ライバルを分断するという基本戦略を西側の好戦派は壊してしまったわけだ。その関係を揺さぶろうというのか、NATOの幹部はウクライナの戦闘で中国がロシアを支援していると非難していたが、御笑種である。 岸田に与えられた任務は揺らぐNATOを日本に支えさせることなのだろうが、彼は出発する前、「インド太平洋のパートナーとNATOの持続的な協力関係を確認する機会としたい」と強調していた。 アメリカはインド洋から太平洋にかけての海域で軍事同盟を編成しようと画策、オーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を編成している。また、ストルテンベルグNATO事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言した。 2021年9月にはオーストラリア、イギリス、アメリカがAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があり、アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられた。山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明している。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。着実に日本はアメリカの戦争マシーンと一体化しつつある。 こうしたアメリカ主導の軍事同盟が表面化する前、同国の国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書には日本へミサイルを配備する計画が書かれていた。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画が記載されているのだ。 まず2016年に与那国島でミサイル発射施設が建設され、17年4月には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器が運び込まれ始める。 2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視する政策を推進、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていたことからミサイル・システムを搬入できた。結局、朴槿恵は失脚している。 THAADが韓国へ搬入された後、2019年に奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成した。ミサイルが配備されることになる。さらに波照間島を軍事拠点にしようとしているようだ。 ウクライナでアメリカがロシアに圧倒された2022年の10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。 そして2023年2月、浜田靖一防衛大臣は亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。 さらに、フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)も取り込んでJAPHUS(日本、フィリピン、アメリカ)なるものを作り上げ、アメリカの軍事顧問団は金門諸島と澎湖諸島に駐留して台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。 NATOの初代事務総長でウィンストン・チャーチルの側近だったヘイスティング・ライオネル・イスメイはNATOを創設した目的について、ソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえつけることのあると公言しているが、実際はアメリカやイギリスの支配層がヨーロッパを支配することにある。 アメリカやイギリスの支配層とは、ウォール街とシティを拠点にしている金融資本にほかならない。この勢力はフランクリン・ルーズベルトを中心とするニューディール派と対立していたが、ルーズベルトが1945年4月に急死、その翌月にドイツが降伏、その直後にイギリスのウィンストン・チャーチル首相はソ連への奇襲攻撃を目論み、JPS(合同作戦本部)に対し、ソ連に対する奇襲攻撃作戦を立案を命令、そして5月22日にアンシンカブル作戦は提出された。 その作戦によると、攻撃を始めるのはその年の7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていたが、この作戦は発動していない。その理由は参謀本部が5月末に計画を拒否したからである。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) この奇襲攻撃作戦が頓挫した後にチャーチルは下野するが、1946年3月に彼は冷戦の開幕を告げ、47年にはソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン米大統領に働きかけている。その後、アメリカでは軍の内部で大戦の直後からソ連に対する先制核攻撃が計画された イギリスとアメリカの支配層は1948年にACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)を創設、翌年の4月にはNATOが作られた。当初の参加国はアメリカとカナダの北米2カ国、ヨーロッパはイギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクだ。 大戦でソ連はドイツと死闘を演じ、2000万人以上の国民が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊されていた。そうした惨憺たる状態だったソ連が西ヨーロッパへ軍事侵攻する余裕はない。当然、西側の人びともわかっていたはずだ。 大戦の終盤、イギリスとアメリカはドイツが降伏した後のヨーロッパを見据え、コミュニストが主体だったレジスタンスを抑え込む準備を始めている。そして作られたゲリラ戦組織がジェドバラである。 戦争が終わった後、その部隊を基盤にして米英両国はCCWU(西側連合秘密委員会)の下に秘密部隊を組織、NATOが創設されると秘密部隊はその中へ組み込まれた。1951年にNATOの最高司令官はCPC(秘密計画委員会)を設置、その下で秘密部隊は活動するようになる。CPCの下部期間がACC(連合軍秘密委員会)だ。 秘密部隊は全NATO加盟国で設置され、それぞれ固有の名称がつけられている。イタリアのグラディオは有名だろう。こうしたNATOの秘密部隊は米英の情報機関、つまりCIAとMI6のコントロール下にあった、いや「ある」だろう。このネットワークは米英支配層がNATO各国政府を監視、コントロールするために使われてきた。NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があると言われ(Philip Willan, “Puppetmaster”, Constable, 1991)、「右翼過激派を守る」ことが秘密の議定書によって義務づけられているという。コミュニストと戦うために彼らは役に立つという理由からだという。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005) 第2次世界大戦でドイツ軍と戦ったのは東部戦線のソ連と西部戦線のレジスタンス。当時のヨーロッパ人はこうした事実を知っていた。フランスやイタリアでコミュニストの人気が戦ったのはそのためだが、アメリカやイギリスの情報機関はそうした状況を変える秘密工作を展開することになる。そうした工作が特に盛んだったのはイタリアで、選挙への介入だけでなく、クーデター計画は爆弾テロを繰り返した。工作資金の送金で中心的な役割を果たしたのがIOR(バチカン銀行)。その不正送金が発覚し、「バチカン・スキャンダル」と呼ばれるようになる。送金先はポーランドの労働組合「連帯」だった。 大戦後、アメリカの支配層はローマ教皇庁と共同でナチスの幹部らを保護、逃走させているが、その関係はその後も続いた。1970年代までそのネットワークの中心にいたジェームズ・アングルトンはCIAの幹部で、彼の人脈にはジョバンニ・バティスタ・モンティニ、後のローマ教皇パウロ6世も含まれていた。パウロ6世の右腕と呼ばれていたポール・マルチンクスは後にIORの頭取に就任する。 このルートでは資金だけでなく、当時のポーランドでは入手が困難なファクシミリのほか印刷機械、送信機、電話、短波ラジオ、ビデオ・カメラ、コピー機、テレックス、コンピュータ、ワープロなどが数トン、ポーランドへアメリカ側から密輸されたという。(Carl Bernstein, "The Holy Alliance", TIME, February 24 1992)連帯の指導者だったレフ・ワレサも自伝の中で、戒厳令布告後に「書籍・新聞の自立出版所のネットワークが一気に拡大」したと認めている。(レフ・ワレサ著、筑紫哲也、水谷驍訳『ワレサ自伝』社会思想社、1988年) CIAやMI6の指揮下、ヨーロッパで繰り返されたテロ活動とその「人脈にメスを入れようとした判事が現れる。ジョバンニ・タンブリーノである。同判事は1974年10月、イタリアの情報機関SIDのビト・ミッチェリ長官の逮捕令状を出し、ネットワークの実態を暴こうとしたと言われている。(Jeffrey M. Bale, “The Darkest Sides Of Politics, I,” Routledge, 2018) 米英情報機関を中心とするテロ人脈はアメリカのジョン・F・ケネディやフランスのシャルル・ド・ゴールも敵視していた。ケネディ大統領はソ連との平和共存を訴え、ド・ゴールは大戦中にレジスタンで活動していた米英に従属しようとしない人物だった。 1947年6月にフランスで社会党系の政権が誕生した際、アメリカとイギリスの情報機関はジェドバラ系の秘密部隊を使ってクーデターを計画したのだが、その際にド・ゴールを暗殺する予定だったという。 この計画は事前に発覚したが、その計画によると、まず政治的な緊張を高めるために左翼を装った「テロ」を実行し、クーデターを実行しやすい環境を作り出するという流れだった。イタリアの「緊張戦略」と基本的に同じである。この事件ではフランスの情報機関SDECEが関与していたと疑われたが、調査を行ったのはそのSDECEの長官だ。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005) ド・ゴールに反発する軍人らは1961年にOAS(秘密軍事機構)を組織、その年の4月にスペインのマドリッドで秘密会議を開き、アルジェリアでのクーデター計画について討議している。会議にはCIAの人間も参加、シャルル・ド・ゴールの政策はNATOを麻痺させ、ヨーロッパ防衛をズタズタにしてしまうと非難していた。 1961年4月22日にクーデターは実行に移されるが、ケネディ大統領はジェームズ・ガビン駐仏大使に対し、必要なあらゆる支援をする用意があるとド・ゴールへ伝えるように命じている。CIAがクーデターを強行すれば、アメリカ軍と戦闘になるということだ。こうしたケネディ大統領の対応はCIAやアメリカ軍の好戦派を驚愕させたと見られている。結局、クーデターは4日間で崩壊した。フランスのクーデターを失敗させたとも言えるジョン・F・ケネディ米大統領は1963年11月にテキサス州ダラスで暗殺されている。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) クーデター後、ド・ゴール大統領はポール・グロッシンSDECE長官を解任、第11ショック・パラシュート大隊を解散させた。グロッシンはアメリカの破壊工作(テロ)機関であるOPCの初代局長でアレン・ダレスの側近だったフランク・ウィズナーと親しい。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) ケネディ大統領が暗殺されてから3年後の1966年にド・ゴール大統領はフランス軍をNATOの軍事機構から離脱させ、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出してしまった。 フランスでは1968年5月から6月にかけてゼネラル・ストライキがあり、運動はフランス全土に広がった。「五月危機」だ。その翌年、ド・ゴールは辞任して政界から去った。後任大統領のジョルジュ・ポンピドゥーはアメリカとの関係を強化、SDECEの局長には親米派のアレクサンドル・ド・マレンシェを据える。 岸田が行っていることの意味を理解するにはNATOを理解する必要がある。NATOは防衛のための組織ではなく、支配の仕組みであり、ソ連消滅後には侵略の道具としての色彩が濃くなった。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.14
WEF(世界経済フォーラム)を創設したクラウス・シュワブの顧問を務めるユバル・ノア・ハラリはAI(人工知能)によって不必要な人間が生み出されると主張している。現在、欧米では兵士が不足、徴兵制の復活が議論されているが、この制度は若者の怒りを呼び起こすことになる一方、富裕層の子どもが戦場へ送られないようにする仕組みが必要になる。ベトナム戦争の当時には「シャンパン部隊」と呼ばれる決して戦場へ行かない部隊があり、そこに支配層の子どもは登録されていた。 間に合うかどうかは不明だが、おそらく西側の支配層はAI付きロボットに戦争をさせるつもりではないだろうか。イスラエル軍はガザでの虐殺で2種類のAI、「ラベンダー」と「ゴスペル」を使っている。 ハラリたちはAIをナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術、認知科学と融合、自然の摂理を否定し、「トランスヒューマニズム」の世界を築き、「スーパー兵士」を作り出そうとしているはずだ。そうした兵器は人間が指示しなくても偵察衛星などの情報から全体の戦況をAIが判断して戦える。 この分野で西側は中国やロシアを圧倒していると信じているのだが、すでに通常兵器やECM(電子対抗手段)の能力はロシアがアメリカを圧倒している。エレクトロニクスの分野でアメリカの優位は急速に失われている。アメリカはGPS(全地球測位システム)を軍事的に利用した兵器を開発していているが、すでにロシアのECMはアメリカのシステムを無力化することに成功した。 ネオコンは1992年2月、ソ連の消滅でアメリカが唯一の超大国になったという前提で世界制覇プロジェクトを作成、2001年9月11日の出来事を利用して本格的な世界制圧戦争を始めた。世界制覇は間近だと信じていたのだろうが、計画通りには進んでいない。 2003年3月にアメリカ主導軍が始めたイラクへの先制攻撃でサダム・フセイン政権を倒すことには成功したものの、親イスラエル体制の樹立には失敗、11年春にバラク・オバマ政権がムスリム同胞団を中心とする武装集団を使って始めた侵略戦争がシリアで失敗、やはりオバマが13年11月に始めたウクラナでのクーデターは東部や南部での抵抗で思惑通りに進まなかった。 そこでアメリカをはじめとする西側諸国は8年掛かりでクーデター政権の軍事力を増強、2022年に入るとドンバスに対する大規模な軍事作戦を始める動きを見せた。その時にロシア軍は先手を打ってウクライナ軍を攻撃、その段階でウクライナの敗北は決定的だった。 そこでイギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンは2022年4月9日にキエフへ乗り込んで戦争を継続するように命令、4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。それ以降、ウクライナでの戦闘はロシア軍とアメリカ/NATO軍との戦いという様相を深めている。 アメリカ/NATOの代理軍として動いているウクライナ軍は兵士も兵器も枯渇している。イギリスの国防大臣だったベン・ウォレスは昨年10月1日、テレグラフ紙にウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘していた。最近では街頭で成人男性が徴兵担当者に拉致される様子が撮影されている。そうして集められて人びとは基礎的な軍事訓練を受けないまま戦場へ放り出されるため、ウクライナ側の死傷者数のその後、大幅に増えていると推測されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.13
イスラエル軍はガザへの攻撃を継続、建造物を破壊し、人びとを虐殺している。ハマスとの戦闘は苦戦しているとされているが、ハーレツ紙によると、イスラエル軍はガザの約26%を制圧し、基地の建設や道路の舗装などを進めているようだ。 7月7日にイスラエル軍はガザ東部3地区の住民に対し、西側の「安全な場所」へ直ちに避難するよう命令、何千の家族が避難所を放棄し、指定された西側の地区へ移動した。その数時間後、イスラエル軍は「安全な場所」を攻撃している。イスラエル軍は非武装の住民を意図的に虐殺しているのだ。パレスチナ人をこの世から抹殺、つまり絶滅させようとしている。 イスラエル情報省が作成したと言われる昨年10月13日付の文書にはガザのあり方について3つの選択肢が書かれている。オプションAは住民をガザに留め、パレスチナ自治政府(PA)の統治を導入。オプションBは住民をガザに留め、地元政府の設立。つまりハマス体制を公認するということだろう。そしてオプションCは住民220万人をシナイ半島への強制的かつ恒久的移住。言うまでもなく、イスラエル政府が望んでいたのはオプションCだ。 そのオプションCを実現させるため、まずシナイ半島にテント村を設営、シナイ北部に再定住用地域を建設、エジプト国内に数キロメートルの荒地帯を作り、移住させられたパレスチナ人がイスラエルとの国境近くで活動したり住んだりできないようにするとされていた。移住に応じない人びとは皆殺しということになる。この計画の実現をアメリカを始めとする欧米諸国は支援してきた。 こうした計画の背後には、19世紀にイギリスの帝国主義者が立てた長期戦略とシオニストの「大イスラエル構想」がある。 ユーフラテス川とナイル川で挟まれた地域は神がユダヤ人に与えたのだと主張する人がいる。パレスチナ、レバノン、ヨルダン、クウェート、シリア、イラクの大半、そしてエジプトやサウジアラビアの一部は「ユダヤ人」に与えられた「約束の地」だというのである。 その根拠とされているのがキリスト教徒が言うところの旧約聖書。ユダヤ教では旧約聖書の初めにある部分を「モーセ5書(トーラー)」と呼ぶ。そこに書かれているというのだが、トーラーは神が土地を所有しているとしている。ユダヤ教徒はトーラーを守るという条件の下で、その土地に住むことを許されただけだ。 シオニストは1948年5月にイスラエルの建国を宣言するが、先住民であるアラブ系住民は彼らにとって邪魔な存在。その邪魔な住民を追い出すため、シオニストは1948年4月4日に「ダーレット作戦」を発動しているが、1936年から39年にかけての時期にもパレスチナ人殲滅作戦が実施されていた。 1948年4月8日にシオニストの武装組織であるハガナはエルサレム近郊のカスタルを占領、9日午前4時半にはハガナからスピンオフしたテロ組織のイルグンとスターン・ギャングがデイル・ヤシン村を襲撃した。 襲撃の直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官、アラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしなかった。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) この虐殺を見たアラブ系住民は恐怖のために逃げ出し、約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザ地区やトランスヨルダン(現在のヨルダン)に移住、その後、1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人にすぎない。 それに対し、国際連合は1948年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。そして同年5月14日にイスラエルの建国が宣言された。 この時と同じ手法をイスラエル政府は実行しようとしたのだろう。昨年10月7日から今年6月19日までにガザでは3万7396人が殺されたとガザ保健省の発表、その約4割が子ども、女性を含めると約7割に達すると言われている。 実際の死亡者数はこうした数字よりも大きい。瓦礫の下には数千の遺体があると言われているほか、ランサットによると間接的な死者は直接死者の3倍から15倍にのぼるとされているので、12万人から60万人がイスラエル軍の攻撃で殺されたことになる。大量殺戮以外の何ものでもない。 しかし、パレスチナ人はイスラエルによる破壊と虐殺に立ち向かい、中東全域でガザを支援する声が高まっている。こうした声を各国の支配者も無視はできないだろう。
2024.07.12
世界は核戦争へ向かった歩み続けている。そうした状況を懸念する人は少なくないが、アメリカをはじめとする西側諸国の支配層はアクセルを踏み続けるしかないのだ。ブレーキをかけると彼らは破滅する。 1991年12月にソ連が消滅した直後、アメリカの国際問題や安全保障政策を仕切っていたネオコンはDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。その時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。DPG草案はウォルフォウィッツが中心になって書き上げられた。そこでこの世界制覇計画は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 ドクトリンの目的は新たなライバルの出現を防ぐこと。旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアも含まれる。ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制、つまり戦争マシーンに組み入れて「民主的な平和地域」を創設するともしている。 しかし、日本側はアメリカ支配層の思惑通りには動かなかった。細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、ネオコンの怒りを買うことになり、1994年4月に倒された。同年6月に自民、社民、さきがけの連立政権が誕生、村山富市が首相に就任して抵抗する。 そうした動きをネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に訴え、1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表する。そこには、10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、在日米軍基地の機能を強化、その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われていた。 こうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。 1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。この旅客機が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは、この1995年だと言えるだろう。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンをベースにしてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」というタイトルの報告書を発表、それに基づいてジョージ・W・ブッシュ政権は世界戦略を作成していく。その戦略を起動させたのは報告書が発表された翌年の9月11日に引き起こされた「9/11」だ。それを利用してアメリカは2001年10月にアフガニスタン、03年3月にはイラクを先制攻撃しているが、いずれも9月11日の攻撃とは無関係な国だった。 ミハイル・ゴルバチョフが西側の体制を民主主義だと錯覚したところから破滅へ向かう人類の歩調は速まった。ニコライ・ブハーリンを研究していた彼は西側支配層の魔の手にかかったと言える。ゴルバチョフが打ち出した「ペレストロイカ(建て直し)」を考え出したのはKGBの頭脳とも言われ、政治警察局を指揮していたフィリップ・ボブコフだ。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018) ゴルバチョフがトップになる前、奇妙な出来事が続いた。1982年11月にレオニード・ブレジネフが死亡、後継者に選ばれたユーリ・アンドロポフは84年2月に腎臓病で死亡し、その後を継いだコンスタンチン・チェルネンコは85年3月に心臓病で死亡。そして登場してくるのがゴルバチョフにほかならない。 そのゴルバチョフは1990年に東西ドイツの統一を認めた。NATOを東へ拡大させないという条件がついていたことは記録に残っているが、そのような「約束」を西側の帝国主義者が守ると信じたゴルバチョフは愚かだった。この愚かさが世界を破滅へと導くことになる。 1990年5月30日にゴルバチョフはワシントンDCでジョージ・H・W・ブッシュ大統領と会談、ミネソタ州のCDC(コントロール・データ社)を訪問したが、その際、ミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルも同行している。 ロバートの娘、ギスレイン・マクスウェルのパートナーだったジェフリー・エプスタインは未成年の女性らを世界の有力者に提供、その一方で行為を撮影して恐喝に利用していた。マクスウェル親子とエプスタインはイスラエル軍の情報機関(AMAM)に所属していたとする証言がある。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ロバート・マクスウェルの情報源だったウラジミル・クリュチコフはKGBの幹部で、ゴルバチョフを失脚させるためのクーデターを計画したひとり。マクスウェルは1991年11月、カナリア諸島沖で死体が発見されている。ロバートの部下だったジョン・タワー元上院議員は同じ年の4月、搭乗していた近距離定期便がジョージア州ブランズウィック空港付近で墜落して死亡している。 クーデター騒動で実権を握ったボリス・エリツィンは1991年12月にベラルーシにあるベロベーシの森で秘密会議を開き、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決めた。いわゆる「ベロベーシ合意」である。 この段階でネオコンはアメリカが冷戦でソ連に勝ったと認識、中国は新自由主義を導入する方向へ動いていたので、自分たちは「唯一の超大国」になったと信じた。好き勝手に侵略戦争を始められると考えたのだ。その考えを実現する切っ掛けに使われたのが9/11にほかならない。 アメリカが侵略戦争を本格化させてもロシアや中国は出てこず、核戦争になっても先制第一撃で勝てるとネオコンは信じていた。外交問題評議会(CFR)の定期刊行物「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号には、アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張する論考が載っていた。 この誤った分析の根底にはスラブ人蔑視があり、プーチンたちが「技術革新と起業家精神を阻害する腐敗した経済」を作り上げ、ロシアを貧困化させたと信じる「専門家」がアメリカの主流だった。バラク・オバマやジョー・バイデンがロシアとの関係を悪化させ、軍事的な緊張を高めた背景には、こうした信仰があった。そしてバイデンは大統領に就任した直後、ルビコンを渡った。 アメリカは短期間にシリアやイランを含む中東だけでなくロシアや中国を屈服させられるとEU諸国や日本など従属国の支配層を説得することに成功したようだが、シリアでつまずき、ウクライナではロシアに敗北しつつある。ウクライナは第2次世界大戦中の沖縄に似た状態だ。 ロシア軍はウクライナでじっくり戦っている。これを批判する声も西側から出ているが、大規模な戦力で短期間にウクライナを叩いてもアングロ・サクソンはロシア征服を諦めない。短期間なら、NATOは余力を残しての停戦になり、さほど時間を経ずに新たな戦闘が始まるだろう。大規模な攻撃を実施すれば、経済への負荷が大きく、国民の生活にも影響が出てくる。ロシアはじっくり戦うことで生産力を向上させ、アメリカ/NATOの兵器庫を枯渇させることにも成功した。短期間で勝利できるという前提でロシアとの戦争に突入した西側は戦争の長期化で苦境に陥っている。
2024.07.11
ウォロディミル・ゼレンスキー政権はロシア軍が7月8日にキエフを38機のミサイルで攻撃、そのうち30機を撃墜したと発表したが、少なくとも5機が目標に命中している様子を撮影した映像がインターネット上に流れている。元CIA分析官のラリー・ジョンソンによると、命中した後、二次的な爆発が見られることから目標は軍事施設だ。 アルジャジーラを含む西側のメディアは軍事施設に対する攻撃には触れず、破壊された小児病院の様子を大々的に取り上げているのだが、これは迎撃に失敗したウクライナ側のミサイルによるものだと言われている。 ウクライナ軍は作戦として非武装の市民を狙う。例えば、クラスター爆弾を搭載したATACMS(陸軍戦術ミサイル・システム)で6月23日にクリミアのセバストポリ近郊の海岸を攻撃し、海水浴を楽しんでいた人びとを殺傷した。その時に使われたミサイルは5機で、そのうち4機は途中で無力化されたものの、残りの1機が浜辺の空中でクラスター弾頭を爆発させ、2名の子どもを含む4名が死亡、150名以上が負傷している。勿論、こうした攻撃を西側の有力メディアは無視する。 こうしたことを西側メディアは繰り返してきたが、今回の場合、イスラエル軍によるガザでの虐殺が世界に知られてアメリカやイギリスなどイスラエル支援国は厳しい状況に陥っていることから飛びき、イスラエルの受けているダメージを軽減させようとしたようにも思える。 イギリスの国防大臣だったベン・ウォレスは昨年10月1日、テレグラフ紙にウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、もっと多くの若者を前線へ送り出すようにゼレンスキー政権に要求していた。まつもな訓練を受けないまま戦場へ放り出されるため、ウクライナ側の死傷者数のその後、大幅に増えていると推測されている。 最近では街頭で軍の徴兵担当と思われるグループが青年男性を拉致する様子を撮影した映像がアップロードされている。それだけ戦況はウクライナにとって悪いということ。戦争を継続できるような状態ではないのだ。 それでもウクライナを支配する欧米の支配者は「最後のひとりまで」ロシア軍と戦えと命令してきたのだが、それでは間に合わなくなっている。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、ウクライナにある軍事施設には少なからぬ西側の戦闘員や技術スタッフがいるが、それだけでなく、早い段階から特殊部隊はウクライナへ入り、戦闘に参加していたと言われている。正規軍の兵士や傭兵、あるいはオペレーターも入っている。 特にフランスの戦闘員派遣が目立つ。フランスのエマニュエル・マクロン大統領はNATOの地上軍をウクライナへ派遣すると口にし、フランス軍部隊約1000名がオデッサへ入り、さらに部隊が送り込まれる予定だとも伝えられていた。セルゲイ・ナリシキンSVR(ロシアの連邦対外情報庁)長官は3月19日、フランス政府がウクライナへ派遣する部隊を準備しているとする情報を確認、初期段階では約2000人を派遣する予定だとしている。ロシア軍が昼間に攻撃したのは兵器の製造や修理に従事する人びと、おそらく外国人を狙ったからだろう。 ロシア軍は1月16日にハリコフを攻撃した際、軍事施設のほか旧ハリコフ・パレス・ホテルを破壊したが、この旧ホテルは西側の情報機関や軍関係者に使われていて、爆撃された際、200人近くの外国人傭兵が滞在していたと言われている。その攻撃で死傷した戦闘員の大半はフランス人傭兵で、そのうち約60名が死亡、20人以上が医療施設に搬送されたと伝えられている。 ル・フィガロ紙の特派員、ジョージ・マルブルノによると、ウクライナではアメリカ陸軍のデルタ・フォース(第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊)やイギリス陸軍のSAS(特殊空挺部隊)が戦闘に参加、フランス軍も兵士を送り込んでいる疑いがあるのだが、自衛隊が隊員を派遣していたとしても驚きではない。
2024.07.10
ガザ保健省の発表によると、昨年10月7日から今年6月19日までにガザでは3万7396人が殺された。瓦礫の下には数千の遺体があると言われているほか、ランサットによると間接的な死者は直接死者の3倍から15倍にのぼるとされているので、12万人から60万人がイスラエル軍の攻撃で殺されたことになる。大量殺戮以外の何者でもない。 この大量殺戮を正当化するため、西側の政府や有力メディアはイスラエルという国が先住民であるアラブ系住民の虐殺、いわゆる民族浄化から始まったことから目を背けてきた。 今回の虐殺に限っても、イスラエルは2023年春から挑発を繰り返していた。2023年4月1日にイスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺し、4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/昨年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃、さらにユダヤ教の「仮庵の祭り」(昨年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入しているのだ。それをアメリカなど西側諸国は黙認した。 昨年10月の攻撃直後、イスラエルのハーレツ紙は記事の中で「ハンニバル指令」について触れている。攻撃の際、約1400名のイスラエル人が殺されたとされたされたのだが、その中にハマスと交戦したイスラエルの軍人や治安機関員が含まれていると指摘されて1200名に訂正されたが、相当数はイスラエル軍の攻撃で殺されたと伝えたのだ。 同紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したとしていた。ハーレツの記事を補充した報道もある。 その後、ハーレツ紙は当初の報道を補強する情報を入手した。文書のほかイスラエル軍将兵の証言からイスラエル人を殺害した命令が具体的に示されている。誘拐されたイスラエル人の多くが、イスラエル軍に銃撃され、危険にさらされていたのである。パレスチナの武装集団にイスラエル人拉致され、人質になることを避けるため、自国の兵士や民間人を殺害するよう指示されたということだ。 ハマスは10月7日に民間人を虐殺、子どもの首が切り落とし、女性をレイプしたと西側では宣伝されてきたが、殺害したのはイスラエル軍、子どもの首を切り落としたり女性をレイプしたとする話は証拠が示されていない。作り話である可能性が高いと考えられている。 戦闘が始まった直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスチナ人虐殺を正当化するため、「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用している。 「アマレク人」を家畜ともども殺した後、イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたと旧約聖書では記述されている。 アマレク人は歴史の上で存在が確認されていないが、この民族をイスラエルが敵視している勢力に重ねて見せた。パレスチナ人が生活していた歴史を破壊で消し去るということだろう。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。 ネタニヤフはリクードの政治家だが、同じようにこの政党に所属する元国会議員のモシェ・ファイグリンはガザをドレスデンや広島のように破壊するべきだと主張している。実際、破壊されたガザの様子は両都市を彷彿とさせるものがある。
2024.07.09
次の東京都知事を決める選挙の投票が7月7日にあり、自民党、公明党、国民民主党都連、地域政党の都民ファーストの会を後ろ盾とする現職の小池百合子が当選、立憲民主党、共産党、社民党が支援した蓮舫は小池に敗れただけでなく、石丸伸二の後塵を拝した。「リセット」なるフレーズを使う時点でアウトである。 石丸は三菱UFJ銀行の元社員で、2020年7月から安芸高田市の市長を務めていたが、今年5月に辞職して都知事選へ立候補していた。政治家として目立った業績はないようだが、経歴を見る限り、現支配体制に従っているように判断できる。 この選挙結果からいくつかのことがわかる。例えば有権者は政治家の嘘に寛大だが、印象には敏感。今回の場合、2020年から現在に至るまで政府が強引に推進している「COVID-19ワクチン」と称する遺伝子操作薬の問題がある。この薬物の危険性を知る人が増える中、与党の自民党や公明党だけでなく、野党の立憲民主党、共産党、社民党も危険薬物を国民に打たせようとしてきた。 小池が初めて東京都知事になったのは2016年8月のことである。その当時、築地市場を閉場して豊洲に新市場を作るという計画が進められていたのだが、この計画には例によって黒い噂が流れていた。しかも移転先は豊洲ガス埠頭跡地で、豊洲の安全性が懸念されていたのである。 東京都が豊洲へ市場を移転させると決めたのは2001年のこと。同年7月に東京ガスと基本合意し、12月に正式決定したのだが、創業時のガス製造過程で排出されたベンジンや重金属などは工場の敷地内に放棄され、そのまま封じ込められていた。 問題の土地が汚染されていることは明白で、東京ガスの調査でもベンゼンが環境基準の1500倍、ヒ素が49倍、水銀が24倍、六価クロムが15倍、鉛が9倍といった数値が出ている。その結果、東ガスは都と契約を結ぶ前に「豊洲用地の対策工事」を開始、地区全体の汚染土壌を掘削除去し、新しい汚染されていない土壌に入れ替える手法を採用したとされていた。 2007年に再選された石原慎太郎都知事は土地の再調査を指示、その結果、ベンゼンは環境基準の4万3000倍、シアン化合物は860倍。しかも床の耐荷重が弱く、仲卸店舗の1区画の間口が狭くてマグロ包丁が使えないうえ、交通アクセスが貧弱で円滑な輸送は望めそうにないといったことが指摘された。汚染対策として盛り土をすることになっていたのだが、実際はコンクリートで囲まれた空間になっていたことが明らかにされ、移転を予定通りに行うことは不可能になった。 小池知事は2017年の東京都議会議員選挙の際、築地市場で豊洲市場の土壌汚染問題を謝罪した上で、築地のブランド力を守ると述べた。築地跡地の市場機能を有した「食のテーマパーク」構想をぶち上げ、築地市場へ戻ってくるかのようなことを口にしたのである。 そして2018年10月、築地市場が閉場し、洲新市場が誕生、小池知事の約束は雲散霧消した。この時から小池百合子が嘘つきなことははっきりしていた。その後、東京の有権者は彼女の嘘を許してきたのである。その都民にとって学歴詐称など大した問題ではないのかもしれない。 石原が市場を築地から豊洲へ移転させると強引に決めた背景には臨海副都心開発の赤字がある。この事実を誤魔化すために「臨海副都心事業会計」を黒字の「埋立事業会計」や「羽田沖埋立事業会計」と統合、帳簿の上で赤字と借金の一部を帳消しにするという詐欺的なことを東京都は行っている。勿論、地方債と金利負担がなくなるわけではない。 都の財政にとって大きな負担になった臨海副都心開発は鈴木俊一知事の置き土産である。1979年に初当選した鈴木は巨大企業が求める政策を打ち出し、新宿へ都庁を移転させて巨大庁舎を建設したほか、江戸東京博物館や東京芸術劇場も作り、臨海副都心開発の検討を開始、1989年には臨海副都心で建設を始めている。 臨海副都心の台場エリアにカジノを建設しようとした人物がいる。シオニストの富豪で、ドナルド・トランプに対する最大のスポンサーだったシェルドン・アデルソンである。 彼はアメリカのラスベガス(ネバダ州)、ベスレヘム(ペンシルベニア州)、さらにマカオ(中国)、マリナ湾(シンガポール)でカジノを経営、日本にもカジノを作らせるように要求していた。 アデルソンはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいことでも知られ、2013年にはイランを核攻撃で脅すべきだと語っていた。核攻撃発言から間もない2013年11月にアデルソンは来日、自民党幹事長代行だった細田博之と会った際、東京の台場エリアで複合リゾート施設、つまりカジノを作るという構想を模型やスライドを使って説明している。 日本では2010年4月に「国際観光産業振興議員連盟(IR議連)」が発足していたが、このグループが動き、カジノ解禁を含めたIR(特定複合観光施設)を整備するための法案が国会に提出された。 カジノ計画は2020年の東京オリンピックに間に合わせて実現するつもりで、アデルソンは14年2月に日本へ100億ドルを投資したいと語ったと伝えられている。 アデルソンは単にカジノを経営したかっただけではないという見方もある。ラスベガス、マカオ、モナコといったカジノのある場所はタックスヘイブン(租税回避地)と関係があり、地下経済と地上経済を資金が移動する役割も果たしている。出所のわからない多額の資金が動くカジノはマネーロンダリングの拠点として好ましい環境にある。 アデルソンの要望に対する日本側の動きが鈍かったため、2014年5月に来日したネタニヤフ首相は日本政府の高官に対し、アデルソンへカジノのライセンスを速やかに出すよう求めたとイスラエルのハーレツ紙が2015年2月5日付け紙面で伝えた。(この記事をハーレツ紙はすぐに削除している。) 東京地下鉄株式会社(東京メトロ)や三井不動産グループを含む「天下り」が整備されているところを見ると、この騒動を経て東京都庁の腐敗は進んでいるのだろう。 自然を破壊する「開発」を利用し、巨大企業は政治家や官僚を巻き込んで庶民から富を巻き上げてきた。最近では明治神宮外苑の「再開発」が問題になっている。石丸は神宮外苑再開発を「ひっくり返せば、むしろ混乱」と語ったようだが、すでに多額のカネが裏で企業から政治家や官僚をはじめとする関係者へ流れているはずで、確かに「大変」なことになるだろう。 現在、世界は存続の危機にある。そうした問題を都知事選の候補者たちが取り上げたのだろうか? 1991年12月のソ連消滅で自分たちが世界の覇者になったと認識したアメリカの好戦派のネオコンは世界制覇戦争を始めた。まずソ連を解体し、ユーゴスラビアを先制攻撃して破壊、さらにアフガニスタン、イラク、リビア、シリアを軍事侵略、ウクライナでは欧米への従属を拒否したビクトル・ヤヌコビッチ政権をクーデターで倒してネオ・ナチ体制を樹立、さらにガザでイスラエル軍によるパレスチナ人虐を支援、東アジアでの軍事的な緊張を高め、日本に戦争の準備をさせている。 その一方、アメリカの国防総省は軍事作戦として「COVID-19ワクチン」の接種を世界規模で推進。世界の大多数は接種開始から1年ほどで危険性に気づいてブレーキをかけたが、日本はアクセルを踏み続けてきた。 国防総省はウクライナで生物兵器の研究開発を実施、生体実験も行っていた。その研究に関した文書を改修したロシアでは議会が報告書を作成、その中で「アメリカは人間だけでなく動物や農作物も標的にできる普遍的な遺伝子操作生物兵器の開発を目指している。その使用はとりわけ敵に大規模で回復不可能な経済的損害を与えることを前提としている。」と書いている。この特性は日本で治験が始まった「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」のそれと似ている。 日本をこうした国にした責任の一端はマスコミにある。むのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言したという(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、その通りだ。1980年代にメディアの腐敗は日本以外でも急速に進んだ。
2024.07.09
イギリスで7月4日に実施された総選挙でキア・スターマーが率いる労働党が650議席のうち412議席を獲得、圧勝したとされているが、得票数は前回の1027万票から970万票へ減少している。労働党が勝利したというより、保守党が惨敗したのだ。実際、新首相のスターマーを批判する人は少なくない。彼の主張は保守党と大差がないからだ。 スターマーはMI6と緊密な関係にあるとされているが、2008年11月から13年11月までCPS(王立検察局)を検察局長として率いていた。その検察時代、韓国の尹錫悦と同じように政治的に疑惑の行動がある。日本でも「検察クーデター」と言えそうなことが何度かあった。 2012年10月、BBCの人気パーソナリティだったジミー・サビルの小児性愛スキャンダルをITVがドキュメンタリーで明らかにした。サビル本人は前年に死亡していたが、数十年にわたり、彼が虐待していた疑いが浮上したのだ。そしてサビルの関係していた複数の施設に公式調査が行われた。 実は、2007年の段階でサビルから暴行やレイプを受けたと証言する少なからぬ女性が警察と接触、サビルは警察から事情聴取を受けることになったが、捜査は打ち切られ、捜査資料は2010年に破棄された。これはCPSのガイドラインに違反した行為だ。警察当局がCPSの指示で捜査を打ち切ったことは確かだと見られている。 この件をボリス・ジョンソンは2022年2月に取り上げ、スターマーがCPS局長として「ジャーナリストを起訴し、ジミー・サビルを起訴できなかった」と非難している。この発言はイギリスの政治家や有力メディアから名誉毀損だと非難され、ジョンソンは3日間で発言を撤回した。 2010年11月にスウェーデンの検察当局はWikiLeaksのジュリアン・アッサンジに対する逮捕令状を出し、イギリスの裁判所は身柄の引き渡しを認めた。ふたりの女性が2010年8月にスウェーデンの警察へ出向いて被害を訴え、「臨時検事」が逮捕令状を出したのだが、主任検事はその翌日、容疑が曖昧だということで令状を取り消している。ところが、取り消しの前に警察がスウェーデンのタブロイド紙へリーク、「レイプ事件」として報道することになった。 アッサンジは警察から事情を聞かれ、容疑を否認しているが、その翌日、9月1日に検事局長だったマリアンヌ・ナイが介入して主任検事の決定を翻し、捜査再開を決め、その捜査の打ち切りをスウェーデン当局は2017年5月に決めた。 しかし、その後もイギリスの司法当局はアッサンジを逮捕する意思を変えない。そして2019年4月11日、ロンドン警視庁はアッサンジをエクアドル大使館の中で逮捕した。エクアドルのラファエル・コレア大統領が2012年に政治亡命を認め、大使館が保護していたのだが、次のレニン・モレノ大統領が亡命を取り消して逮捕させたのである。アッサンジの弁護団によると、アメリカからの引き渡し要請に基づくものだという。 アッサンジを保護していたエクアドル大使館の内部でどのような動きがあるかを調べるため、大使館の警備を請け負ったUCグローバルSLのデイヴィッド・モラレスは建物内に盗聴器を設置し、アサンジらに関する機密事項をCIAへ報告していたことが判明している。 モラレスがCIAと連絡を取り合っていたと見られているサムスンの携帯電話は2019年9月、モラレスの自宅を警察が捜索した際に押収され、データに関する報告書がスペイン高等裁判所へ提出されたが、通信記録を含むデータの一部を提供しなかったと伝えられている。 スターマーは2009年、11年、12年、13年、4度にわたってワシントンDCを訪問している。2011年にはイギリスの代表団を率いて訪米、司法長官だったエリック・ホルダーらと45分にわたって会談した。代表団にはアッサンジの身柄引き渡しを担当するイギリスの対米連絡検察官も含まれていたという。この4回の訪米に関するイギリス側の資料は全て破棄された。 スターマーはイスラエルとの緊密な関係を自慢しているが、アメリカ政府とも密接な関係にある。
2024.07.08
ウクライナでは2014年から内戦状態にある。2013年11月から14年2月にかけてアメリカのバラク・オバマ政権はビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、ネオ・ナチを手先に利用してクーデターを仕掛けてキエフを制圧したが、ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏にある東部や南部の地域では反クーデターの動きが活発化した。ウクライナに標準的な「ウクライナ人」は存在しない。 南部のオデッサではネオ・ナチの武装勢力が反クーデターの住民を虐殺して制圧に成功したが、いち早く動いたクリミアはロシアの保護下に入り、東部のドンバスでは内戦が始まったのである。 クーデター後、軍人や治安機関メンバーの約7割が組織を離脱したと言われ、その一部は反クーデター軍に合流したと言われている。その結果、クーデター体制軍は劣勢になり、オバマ政権は新政権を支えるためにCIAやFBIの専門家数十名を顧問として送り込み、傭兵会社「アカデミ(旧社名はブラックウォーター)」の戦闘員約400名もウクライナ東部の作戦に参加したと伝えられていた。2015年になると、CIAはウクライナ軍の特殊部隊をアメリカの南部で訓練し始めたともいう。 そうしたテコ入れでは戦況を逆転できないため、クーデター政権の戦力を増強しなければならなくなった。アメリカ/NATOは「ミンスク合意」を利用し、武器弾薬の供給や軍事訓練などを実施、8年かけて戦力の増強を図った。その際、ドンバス(ドネツクやルガンスク)周辺に要塞線を築いている。少年少女が軍事訓練の対象になったが、その際、戦闘術だけでなく反ロシア感情も叩き込まれている。 クーデター体制を支援しているアメリカなど西側諸国は2022年に入ると準備が整ったと判断したのか、ドンバス周辺に部隊を配置し、砲撃を激化させた。それまでの8年間にドンバスの住民約1万4000人が殺されたと言われているが、それ以上の大規模な攻勢を計画していたことを示す文書が存在する。 オバマ政権がクーデターを実行した理由はウクライナで彼らの政治経済政策が破綻していたからだ。破綻した最大の理由は金融人脈のビクトル・ユシチェンコ政権が推進した新自由主義的な政策にある。その政策によって庶民は貧困化、一部の腐敗勢力が巨万の富を築いてオリガルヒと呼ばれるようになる。 ユシチェンコは2005年1月から大統領を務めたが、04年に行われた選挙ではビクトル・ヤヌコビッチが勝っていた。それをひっくり返すためにジョージ・W・ブッシュ政権は2004年から05年にかけてウクライナの内政に干渉した。いわゆる「オレンジ革命」だ。 庶民は自分たちを貧困化させたユシチェンコ政権から離れ、2010年の大統領選挙ではヤヌコビッチが勝つ可能性が高まった。オレンジ革命ではヤヌコビッチを抹殺することができず、復活してきたのだ。そこで2014年のクーデターでは抹殺する予定だったとも言われている。 2010年の大統領選挙が視界に入ってきた2009年6月、WHOはパンデミックを宣言、ウクライナで致死的な豚インフルエンザが発生したとも報道された。そうした実態はなく、戒厳令を発令するための政治的な報道だったと言われている。 西側の有力メディアはウクライナが「黒死病」のような病気の脅威にさらされているというイメージを描いた。そうした恐怖を広める上で重要な役割を果たしたとされているのがオランダのアルベルト・オスターハウス。ヘンリー・ニマンなる学者は感染の拡大を予言する地図を発表、安全性を確認できていない「ワクチン」の接種が必要だとしていた。 2009年1月から10年8月にかけて豚インフルエンザが流行していると騒ぎになる直前、パンデミックの定義が変更されていることを本ブログでも繰り返し書いてきた。この変更によって「病気の重大さ」、つまり死者数が多いという条件が削られたのだ。この豚インフルエンザは通常のインフルエンザより穏やかで、パンデミックを宣言するような状態ではなかった。COVID-19のケースでも、以前の定義ならパンデミックは宣言できなかったはずだ。 しかし、豚インフルエンザによってウクライナの選挙でアメリカの手先であるユーリヤ・ティモシェンコを勝たせることはできなかった。そして実行されたのがネオ・ナチを利用したクーデターだ。
2024.07.07
イギリスでは7月4日に総選挙が実施され、キア・スターマーが率いる労働党が210議席増の412議席を獲得し、「地滑り勝利」と表現されている。リシ・スナク首相の保守党は244議席減の121議席。2010年から続いた保守党政権が終わるわけだ。 この間、イギリスはアメリカと共同でリビアやシリアへ軍事侵略、ウクライナではネオ・ナチを使ってクーデターを実行、2019年12月からは「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)パンデミック」を演出し、社会の収容所化を進めた。 帝国主義国の面目躍如だが、COVID-19騒動やウクライナを舞台としてロシアとの戦争における政策はイギリス社会にダメージを与え、ガザでパレスチナ人を虐殺するイスラエルに対する支援も国民を怒らせた。 COVID-19騒動の問題はウイルスでなく「ワクチン」と称する遺伝子操作薬。つまり政府の政策が遺伝子操作薬による深刻な副作用を引き起こし、国民を殺傷した。ウクライナではロシアを弱体化するためにネオ・ナチ体制を樹立させ、ヨーロッパへパイプラインで運ばれていたロシアの安価な天然ガスをストップさせた。しかも、ウクライナを迂回してバルト海に建設した2本のパイプライン「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム(NS2)」が2022年9月26日に爆破されている。アメリカが主犯だった可能性が高い。その結果、ヨーロッパ経済は破綻、国民の生活は苦しくなったわけだ。 5月15日に銃撃されたスロバキアのロベルト・フィツォ首相はイギリスを含むEUの政策を批判していた。ロシアとの戦争がスロバキア社会に悪い影響を及ぼしている主張、選挙の際にウクライナへの武器供与を阻止すると宣言し、ウクライナのNATO加盟に反対している。3月2日に公開された動画では、EUとNATOからウクライナに兵士を派遣することは、世界的な終末を招く恐れがあると述べている。また「COVID-19ワクチン」にも批判的で、その接種によってさまざまな心血管疾患による死亡を増加させていると議会で発言。この「ワクチン」は「実験的」で「不必要」なものだとしているのだ。こうした声がヨーロッパに広がっているが、イギリスも例外ではない。 しかし、イギリスの労働党は保守党と大差がない。トニー・ブレアが党首になってから差が縮まった。 労働党は歴史的に親イスラエルだが、1982年9月にレバノンのパレスチナ難民キャンプのサブラとシャティーラで引き起こされた虐殺事件で党内の雰囲気が変わり、親パレスチナへ変化する。 この虐殺はベイルートのキリスト教勢力、ファランジスト党が実行したのだが、同党の武装勢力はイスラエル軍の支援を受けながら無防備の難民キャンプを制圧し、その際に数百人、あるいは3000人以上の難民が殺されたと言われている。虐殺の黒幕はイスラエルだった。そしてイギリス労働党の内部でイスラエルの責任を問い、パレスチナを支援する声が大きくなったのだ。 現在、ガザではイスラエル軍がパレスチナ住民を虐殺、すでに4万人以上が殺されたと推測されている。その約4割が子どもであり、女性を含めると約7割に達する。その無惨な姿は連日、ガザから世界へ発信されているが、「国際社会」を自称する欧米諸国はイスラエルを支援している。 この虐殺劇は2023年4月1日から始まった。イスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺したのである。 4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクに突入し、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/今年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃した。ユダヤ教の「仮庵の祭り」(今年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入している。 そして10月7日、ハマス(イスラム抵抗運動)はイスラエルを陸海空から「奇襲攻撃」したのだが、ニューヨーク・タイムズ紙は12月1日、ハマスの攻撃計画を1年以上前に知っていたと報道している。実際、イスラエル軍やアメリカ軍の動きはその報道と合致していた。 ハマスが攻撃した際、約1400名のイスラエル人が死亡したとされ、その後、犠牲者数は1200名に訂正される。ハマスは交渉に使うためイスラエル人を人質にすると考えられていたので、これだけの犠牲者が出たのは奇妙だったが、すぐにその理由が判明する。 イスラエルの新聞ハーレツによると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊したという。イスラエル軍は自国民を殺害したということだ。ハーレツの記事を補充した報道もある。 イスラエル軍は自国の兵士が敵に囚われるのを嫌い、かつて、自軍を攻撃し傷つける代償を払ってでも、あらゆる手段で誘拐を阻止しなければならないという指令を出した。「ハンニバル指令」だ。1986年にレバノンでイスラエル軍の兵士が拘束され、捕虜交換に使われたことが理由だという。発想としては「生きて虜囚の辱を受けず」と似ている。昨年10月の攻撃ではイスラエル人が人質に取られることを阻止したかったと言われている。 1982年9月の虐殺はイギリスだけでなく世界の人びとがイスラエルを批判することになる。そうした情況を懸念したのがアメリカのロナルド・レーガン政権だ。 同政権はイギリスとの結びつきを強めようと考え、メディア界の大物を呼び寄せて善後策を協議。そこで組織されたのがBAP(英米後継世代プロジェクト)である。アメリカとイギリスのエリートを一体化させることが組織の目的で、少なからぬメディアの記者や編集者が参加していた。 そうした中、イスラエルに接近していくのがトニー・ブレア。1994年1月にブレアは妻と一緒にイスラエルへ招待され、3月にはロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介された。その後、ブレアの重要なスポンサーになるのだが、言うまでもなく真のスポンサーはイスラエルだ。 そのブレアが労働党の党首になるチャンスが1994年に訪れる。当時の党首、ジョン・スミスがその年の5月に急死、その1カ月後に行われた投票でブレアが勝利して新しい党首になったのである。 レビーだけでなく、イスラエルとイギリスとの関係強化を目的としているという団体LFIを資金源にしていたブレアは労働組合を頼る必要がない。1997年5月に首相となったブレアの政策は国内でマーガレット・サッチャーと同じ新自由主義を推進、国外では親イスラエル的で好戦的なものだった。 ブレアはジェイコブ・ロスチャイルドやエブリン・ロベルト・デ・ロスチャイルドと親しいが、首相を辞めた後、JPモルガンやチューリッヒ・インターナショナルから報酬を得るようになる。 こうしたブレアのネオコン的な政策への反発に後押しされて2015年9月から党首を務めることになったのがジェレミー・コービン。労働党的な政策を推進しようとした政治家で、イスラエルのパレスチナ人弾圧を批判している。 そうした姿勢に米英の支配層は怒り、アメリカやイギリスの情報機関はコービンを引きずり下ろそうと必死になる。有力メディアからも「反ユダヤ主義者」だと攻撃されて党首の座から引き摺り下ろされた。 そして2020年4月4日に労働党の党首はキア・スターマーに交代。新党首はイスラエルへ接近し、自分の妻ビクトリア・アレキサンダーの家族はユダヤ系だということをアピールしている。彼女の父親の家族はポーランドから移住してきたユダヤ人で、テル・アビブにも親戚がいるのだという。イスラエル軍によるガザにおける住民虐殺にスターマーは反対していない。 今回のイギリス総選挙は国民の怒りを緩和させる「ガス抜き」としては機能するだろうが、それ以上のことは期待できない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.06
2019年12月に中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかった発表された。翌年の1月30日にWHO(世界保健機関)は緊急事態を宣言、3月11日にパンデミックを宣言して「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動」は始まる。 しかし、この騒動がインチキであり、問題はウイルスではなく「ワクチン」というタグがつけられた遺伝子操作薬だということが明確になってきた。その遺伝子操作薬を全世界で接種を推進させるプロジェクトの中心にアメリカの国防総省が存在していることもわかっている。 2009年1月から10年8月にかけて「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行していると騒ぎになり、この時もWHOはパンデミックを宣言しているが、その直前にパンデミックの定義が変更されていなければ、この宣言はできなかった。この変更で「病気の重大さ」、つまり死者数が多いという条件が削られたのだ。この豚インフルエンザは通常のインフルエンザより穏やかで、パンデミックを宣言するような状態ではなかった。COVID-19のケースでも、以前の定義ならパンデミックは宣言できなかった。 そうした舞台裏が知られるようになったにも関わらず、今年1月15日から19日にかけて開かれたWEF(世界経済フォーラム)の年次総会では「疾病Xに備える」というセッションがあった。未知の病原体によって深刻な国際的大流行が引き起こされると脅しているのだ。 疾病Xを宣伝している組織のひとつがCEPI(疫病対策革新連合)である。この組織の概念はジェレミー・ファラーとスタンリー・プロトキンが執筆、2015年7月に「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された論文「世界的なワクチン開発基金の設立」に示されている。CEPIは2017年1月、WEFがダボスで開いた会議で発足した。ファラーが理事長を務めたウェルカム・トラストはCEPIの主要スポンサーのひとつだ。また、ファラー自身は2023年にWHOの主任科学者に就任している。 CEPIが設立された2017年の10月にはジョンズ・ホプキンズ健康安全保障センターが「SPARSパンデミック:2025 - 2028」なる報告書を発表している。そこにはミネソタ州セントポールでSARSタイプの感染爆発が起こるというシナリオが書かれ、その架空の感染症は「セントポール急性呼吸器症候群(Saint Paul Acute Respiratory Syndrome)」の頭文字を取って「SPARS」とされている。SARSをもじったのだろう。感染期間は2025年から28年と設定されている。 CEPIの理事会にはラジーブ・ベンカヤという人物が含まれている。ジョージ・W・ブッシュが大統領だった2002年から03年にかけての時期にホワイトハウス・フェローを務め、さらにバイオ防衛担当ディレクターを経て大統領特別補佐官およびバイオ防衛担当シニアディレクターとして活動、バイオ・テロリズム研究グループを率いていた。ホワイトハウス時代、ベンカヤはフランシス・タウンゼント国土安全保障担当補佐官の直属で、その時、ロックダウンを考え出したとも言われている。 ホワイトハウスを離れたベンカヤはビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団でグローバル・ヘルス・プログラムのワクチン・デリバリー・ディレクターを務め、2011年には武田薬品のグローバル・ワクチン・ビジネス・ユニットを率いることになった。Gaviの理事を務め、CEPIのほかIAVI(国際エイズワクチン推進構想)の理事会メンバー。CFR(外交問題評議会)の終身会員でもある。 Gaviはワクチン推進団体で、1990年に発足した「子どものワクチン計画」の後継組織として2000年にWEFの年次総会で設立された。活動資金はWHO、UNICEF(国連児童基金)、世界銀行、ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団などから得ている。 CEPIはWHOを含め、ワクチン利権集団に支えられている。疾病Xをこの組織が宣伝する理由は明白だろう。CEPIは新たな疾病に対し、迅速に対応するプログラムを開始する。その中に「mRNAワクチン」が含まれていた。最初の疾病Xとして登場したのがCOVID-19にほかならない。 COVID-19の病原体にはSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)という名前がつけられたが、その病原体は単離されていなかった。存在が確認されていなかったのだが、なぜかCOVID-19のゲノム配列が公表されたのだ。 おそらく、そのゲノムの一部をPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査に利用し、「陽性者」を「感染者」とみなし、WHOや日欧米の政府はパンデミックを演出した。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、PCRは特定の遺伝子型を試験管の中で増幅する技術で、その増幅サイクル(Ct)を増やしていけば医学的に意味のないほど微量の遺伝子が存在しても陽性になり、しかも偽陽性が増えていく。偽陽性を排除するためにはCt値を17以下にしなければならず、35を超すと偽陽性の比率は97%になるとも報告されている。PCRを開発、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスはこの技術は分析のものであり、診断を目的にしていないと語っていた。 PCRの問題は西側の有力メディアも認識していたはずである。例えばニューヨーク・タイムズ紙は2007年1月に掲載した記事で、PCRのような高感度の簡易検査は、伝染病が蔓延していると誤って判断させる原因になりうると警鐘を鳴らしている。同紙によると、ニューハンプシャー州にあるダートマース・ヒッチコック医療センターで2006年4月にあった出来事がそうした一例。 PCRを診断に使うことが不適切だということを隠しけれなくなったのか、WHOは2021年1月にPCRについて「診断の助け」だと表現するようになる。PCRの陽性者と「感染者」を同義語として扱ってはならないということだ。そして2021年7月、アメリカのCDC(疾病予防管理センター)はこのパネルを同年12月31日に取り下げると発表した。2021年以降、PCRでパンデミックを演出していた人びとは詐欺師だと言われても仕方がない。 COVID-19の前にもWHOはパンデミックを演出してる。2009年1月から10年8月にかけて騒がれた新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)だ。この時もWHOがパンデミックを宣言、有力メディアが危機感を煽っていた。パンデミックだったと言い張る人もいるが、これについては西側の有名メディアもインチキだと報じていた。 2009年5月30日付けのフランス紙『ル・ジャーナル・デュ・ディマンシュ』は「豚インフルエンザ・ワクチン」を全てのフランス国民に接種させる極秘計画を作成中だと報じていた。 また当時、BSE(牛海綿状脳症)、いわゆる「狂牛病」は、牛の皮膚の下に入り込んだ昆虫を殺すため、牛に接種したワクチンが原因だとする証拠が示されている。 2006年にベルギーとオランダで「青舌病」が発生したと報告された後、ドイツ、スイス、オーストリアの当局は家畜を守るとしてワクチン接種や薬物治療を義務付けた。この病気は通常、気づかれないほど軽いもので、死亡する例は稀だったが、ワクチンによって大量死、出生率の低下、乳量の減少、心臓発作、その他の深刻な影響をもたらしたという。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.05
ウクライナ軍はクラスター爆弾を搭載したATACMS(陸軍戦術ミサイル・システム)で6月23日、クリミアのセバストポリ近郊の海岸を攻撃した。使われたミサイルは5機で、そのうち4機は途中で無力化されたものの、残りの1機が浜辺の空中でクラスター弾頭を爆発させ、2名の子どもを含む4名が死亡、150名以上が負傷した。 これまでもATACMSをウクライナ軍は攻撃に使ってきたが、このミサイルは複数の慣性航法ユニットをソフトウェアで組み合わせて使用しているため、ロシアのECM(電子対抗手段)でGPSを利用したシステムが機能しなくなっても目標に到達しやすい。それでも、ロシア軍の別の防空システムによって大半は撃墜されているようだ。 このミサイルを目標へ到達させるためのオペレーターはミサイルを供給した国が派遣し、偵察衛星からの情報も必要だという。つまり、ミサイルの発射場所はウクライナでも、攻撃しているのはアメリカ人である可能性が高い。ロシアは攻撃の詳細を知っているようだ。 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はリン・トレーシー米大使をロシア外務省へ召喚、ロシアとアメリカは平和な状態ではなくなったと伝えたと言われている。今後、ロシアはアメリカと同じように、シリア、イラン、朝鮮といった国だけでなく、ハマス、ヒズボラ、アンサール・アッラー(通称、フーシ派)へもロシア製の高性能兵器を提供する可能性が高まった。 ラブロフの発言が強いものだったと指摘する人もいる。虐殺の責任者であるアメリカは報復されると警告しているように理解できるというのだ。アメリカと違い、ロシアは口にしたことを実行する。このメッセージを出して何もしなかった場合、プーチンやラブロフは国民から激しく非難されることになる。 ミハイル・ゴルバチョフからウラジミル・プーチンに至るまで、ソ連やロシアの指導者はアメリカやヨーロッパを信頼できる体制だと信じていたようだ。ゴルバチョフはニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループのひとりで、西側の「民主主義」を信じ、アメリカの支配層を信頼していた。 実権を握ったゴルバチョフはソ連の「改革」に乗り出し、打ち出したのがペレストロイカ(建て直し)だが、これを考え出したのはKGBの頭脳とされ、政治警察局を指揮していたフィリップ・ボブコフだと言われている。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018) このボブコフは同僚のアレクセイ・コンドーロフと同じようにジョージ・H・W・ブッシュをはじめとするCIAのネットワークと連携していたとする情報がある。CIA人脈とKGB中枢が手を組み、ソ連を解体して資産を盗んだというのだ。このクーデターは「ハンマー作戦」と呼ばれている。私利私欲が絡んでいるかどうかはともかく、ソ連の仕組みは機能しないとKGBは考えたのだろう。 しかし、ソ連が消滅して間もなく、西側が帝国主義体制にすぎず、信頼できない相手だということをロシア人は理解したはずだが、西側幻想を完全に払拭することのできない人もいた。そのひとりがプーチンだろう。 しかし、西側の私的権力は約束を無視してNATOを東へ拡大させ、隣国のウクライナで2度にわたってビクトル・ヤヌコビッチ政権を転覆させた。アメリカに従属せず中立を主張する政権をネオコンは許せなかった。2004年から05年にかけて抗議活動を演出して倒したのが最初。いわゆるオレンジ革命だ。 この革命で大統領に就任したビクトル・ユシチェンコは金融資本の手先で、新自由主義に基づく政策を進め、大多数の国民は貧困化した。西側の正体を知ったウクライナ人は2010年の選挙でヤヌコビッチを選ぶのだが、これをネオコンは許さない。そこで2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターを実行したのだが、ヤヌコビッチの支持基盤である東部と南部の住民はクーデター体制を拒否、クリミアはロシアの保護下に入り、ドンバスでは内戦が始まったのだ。 それでもプーチン政権は穏便な形での解決を目指したが、西側にはそうした姿勢を嘲笑する人がいた。西側を支配している米英仏の金融資本にそうしたことが通じないことを西側の人間なら知っている。 2014年の段階では軍や治安機関の内部ではネオ・ナチ体制を拒否する人が少なくなく、一部はドンバス軍へ合流したと言われている。そこで西側はロシアと「停戦交渉」するポーズを見せ、ミンスク合意という幻影を見せた。その「交渉」で戦力を増強するために8年稼いだ。そして2022年に入るとキエフ政権はドンバス周辺に部隊を集め、砲撃を激化させ、本格的な軍事攻撃を始める兆候を見せ始めた。 8年の間に軍事訓練を行なって兵士を育てただけでなく、兵器を供給し、偵察衛星や偵察機で収集した情報をウクライナ軍へ知らせる体制を整えていた。 また、ドンバス周辺に要塞線を築いている。地下要塞のあったアゾフ大隊が拠点にしたマリウポリ、岩塩の採掘場があるソレダル、その中間に位置するマリーインカ、そしてアブディフカには地下要塞が建設されていたという。ドンバスで住民を虐殺、ロシア軍を要塞線の中へ誘い込み、そこで足止めさせている間にクリミアを別働隊が攻撃して制圧するという作戦だったとも言われている。ロシア軍がキエフへ迫った理由は別働隊の動きを止めることにあったと考えるべきだろう。 その間、ロシア政府とウクライナ政府はイスラエルやトルコを仲介役として停戦交渉を進め、3月に入ることにはほぼ合意した。ロシア軍は約束通りにキエフ周辺から撤退を開始、3月30日にはブチャから撤退を完了した。31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えている。 市長は虐殺の話をしていないが、ロシア軍が撤退した後に西側のメディアはロシア軍による虐殺という話を流し始める。その後の調査で、ロシア軍が撤退した後に現地へ入ったウクライナの親衛隊が住民を虐殺したと考えられている。 停戦交渉を止めさせるため、イギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンは4月9日にキエフへ乗り込む。4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 この後、ロシア政府は9月21日に部分的動員を発表したが、本格的な戦闘は始めない。それでもウクライナ軍は壊滅状態になり、NATOの兵器庫は空になった。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.04
ドイツのロベルト・ハベック副首相は6月21日から3日間にわたって中国を訪問、経済摩擦を修復しようと試みたが、中国は李強首相が面会を拒否するなど厳しい姿勢を示した。EV(電気自動車)をめぐる中国とEUとの摩擦が注目されているが、問題の根幹はEUがアメリカやイギリスの反ロシア、反中国勢力に従属していることにある。 アメリカやイギリスの支配層は基本的にロシアや中国を敵視、世界を制覇しようとしてきた。要するに帝国主義だ。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、その勢力は19世紀に長期戦略を描き、それに基づいて現在も動いている。その帝国主義勢力の中核はシティとウォール街、つまりイギリスとアメリカを拠点にする金融資本だ。 この金融資本の手先として動いているシオニストのネオコンはソ連が消滅した1991年12月当時、アメリカ国防総省を支配、同省は1992年2月、DPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。 当時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。そのウォルフォウィッツが中心になって作成されたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。 そのドクトリンの柱は「新たなライバルの出現を許さない」ということであり、ドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込んだともしているが、1990年代前半の日本はアメリカに抵抗、細川護煕政権は国連中心主義を打ち出している。 そうした細川政権の姿勢にネオコンは怒り、1994年4月に倒すが、同年6月に自民、社民、さきがけの連立政権が誕生、村山富市が首相に就任して抵抗する。 そうした動きをネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に訴え、95年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表する。そこには、10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、在日米軍基地の機能を強化、その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われていた。 こうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。この旅客機が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。この1995年から日本はウォルフォウィッツ・ドクトリンに書かれている通り、アメリカの戦争マシーンに組み込まれていくのだ。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンはソ連の消滅とロシアの弱体化が前提になっている。そのロシアが21世紀に入って再独立に成功、急速に国力を回復させてドクトリンの前提が崩れた。本来なら軌道修正しなければならないのだが、スラブ人を蔑視しているアングロ・サクソンの支配層はそうした現実を受け入れることができず、世界制覇戦争を本格的に始めた。 19世紀の後半、イギリスではビクトリア女王にアドバイスしていたネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてセシル・ローズらが大きな権力を握っていた。 NMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引で成功、大儲けしたセシル・ローズはアングロ・サクソンを最も高貴な人種だと考えていた人物。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会、『信仰告白』を書いているが、その中でアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張している。その優秀な人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとって良く、大英帝国の繁栄につながるとしている。秘密結社はそのために必要だというわけだ。そうした思想をローズは1890年にロンドンでナサニエル・ド・ロスチャイルドのほかステッド、ブレットらに説明している。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) ステッドによると、ローズはチャールズ・ダーウィンの信奉者で、トーマス・マルサスの『人口論』から影響を受けたとされている。ダーウィンの従兄弟にあたるフランシス・ゴールトンは優生学の創始者だが、その優生学は人口論と結びつく。人口の爆発的増加を防ぐために「劣等」な人間を削減の対象にしようというわけだ。ハーバート・スペンサーもダーウィンの仮説を社会へ持ち込んだ人物である。ローズも優生学を信奉していた。 貧困問題の原因を社会構造でなく先天的な知能の問題に求め、産児制限を提唱、フェミニストの運動を支持していたマーガレット・サンガーもマルサスの人口論やゴールトンの優生学を信奉していた。彼女は劣等な人間は生まれつきだと考え、そうした人間が生まれないようにしようということになるからだ。イギリスで生まれ、アメリカで発展した優生思想に魅了されたひとりがアドルフ・ヒトラーにほかならない。 キャロル・クィグリーによると、1901年まで「選民秘密協会」を支配していたのはローズ。彼以降はアルフレッド・ミルナーを中心に活動した。ミルナーはシンクタンクのRIIA(王立国際問題研究所)を創設した人物としても有名で、「ミルナー幼稚園」や「円卓グループ」も彼を中心に組織されたという。アメリカのCFR(外交問題評議会)はRIIAの姉妹組織だ。 この優生思想の背景には「失われた十支族」という神話がある。イギリスでは16世紀から自分たちをそうした支族の後継者だと信じる人が現れたのだが、そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。ピューリタン革命を指揮したオリヴァー・クロムウェルの私設秘書を務めていたジョン・サドラーもジェームズ6世同じように考えていたようだ。 クロムウェル自身はキリストの再臨を信じ、「道徳的純粋さ」を達成しようと考えたという。そのため、ユダヤ人をパレスチナへ再集結させてソロモン神殿を再建すると考えていたとされている。 しかし、彼の一派は打倒され、国教会の君主制が復活、ユダヤ人のための国家創設提案(シオニズム)は放棄された。それが復活するのは18世紀、アメリカにおいてだ。 18世紀以降、数秘術などオカルト的な要素が優生学を結びつくことになる。アメリカを支配していると言われている「WASP」は白人、アングロ・サクソン、そしてプロテスタントを意味していると言われているが、アメリカの友人によると、「P」はプロテスタントではなくピューリタンのイニシャルであり、WASPはクロムウェルの後継者だともいう。 イギリス政府は1838年にエルサレムで領事館を建設、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、68年2月から12月、74年2月から80年4月までの期間、イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。買収資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) イギリス、アメリカ、イスラエルの支配層はクロムウェルの妄想を受け継いでいるとも言える。彼らがスラブ人、アラブ人、アメリカ・インディアンに対して行なっていることが似ているのは必然なのだ。虐殺して土地や資源を奪うという手法に変化はない。その手先になっているのがヨーロッパや日本の「エリート」たちだ。そうした実態を中国人も理解している。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.07.03
NATO(北大西洋条約機構)の事務総長がイェンス・ストルテンベルグからマーク・ルッテへ、またEU(欧州連合)の外務安全保障政策上級代表はジョゼップ・ボレルからカヤ・カラスへ交代するようだ。このふたりをNATO事務総長やEUの外務安全保障政策上級代表は背後にいる支配者に選ばれたと言えるだろう。 オランダの首相を務めるルッテはロシアを敵対者と表現、「ウクライナの勝利を確実にしなければならない」と主張している。それを実現する手立てを持ち合わせている国であるようには思えないが、ウクライナ政府へアメリカのF16戦闘機を供給すると約束した。F16は旧式の戦闘機だが、核ミサイルを発射できることからロシア政府は反発している。 エストニアの首相であるカラスはルッテ以上のロシアを憎んでいることで知られ、「モスクワは負けなければならない」と繰り返し発言している。自国の首相としてこうした発言をしても嘲笑されるだけだが、NATOやEUという背景ができると事情は違ってくる。エストニアにはラトビアやリトアニアと同じようにNATO系の軍事訓練施設があり、リトアニアにはポーランドと同じようにCIAの秘密尋問(拷問)施設が設置されているという。 また、今年3月にNATOへ加盟したスウェーデンでは6月18日に議会が防衛協定を採択した。アメリカ軍はスウェーデンにある17の軍事基地と訓練場にアクセスでき、武器、軍事装備、弾薬の保管が可能になる。自国をアメリカの空母になることを承認、イスラエルや日本と同じようにアメリカ軍の攻撃拠点になるということだ。 ロシアとの戦争を継続して勝利すると主張する人物を登用しているようだが、これは妄想にすぎない。ウクライナだけでなくNATOの武器弾薬は底をつき、戦闘員不足からウクライナの街角で成人男性が拉致される映像がしばしばインターネット上にアップデートされている。核兵器を使わない限り、戦場でNATO(アメリカ)はロシアに敗れる。そこでアメリカ政府はロシア市民に対するテロ攻撃を始めたのだが、それでも西側の反ロシア派はロシアに勝つという幻想を抱いているのだろう。 この戦争はNATOが東へ拡大したことから始まる。1990年に東西ドイツが統一された際、アメリカのジェームズ・ベイカー国務長官はソ連側に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、NATO軍の支配地域は1インチたりとも東へ拡大させないと1990年に語ったとする記録が公開されている。これ以外にもNATOを東へ拡大させないという約束を繰り返された。 ロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックはソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフに対してNATOを東へ拡大させないと約束、ドイツの外相を務めていたハンス-ディートリヒ・ゲンシャーは1990年にエドゥアルド・シェワルナゼと会った際、「NATOは東へ拡大しない」と確約し、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) その約束を無視したのはネオコンだ。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1期で終わったのはNATO拡大に消極的だったからだとする説もある。1993年1月に就任したビル・クリントン大統領も当初は軍事侵攻に消極的だった。 そうした流れが大きく変化したのは国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代した1997年に1月からだ。1998年4月にアメリカ上院はソ連との約束を無視してNATOの拡大を承認、その年の秋にオルブライト国務長官はユーゴスラビア空爆を支持すると表明、チェコ、ハンガリー、ポーランドが加盟した1999年3月にアメリカ/NATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃、その際にスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊し、中国大使館を爆撃している。その際にスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊し、中国大使館を爆撃、この時からNATOは旧ソ連圏を侵食していく。 米英支配層の傀儡だったボリス・エリツィンもこの展開には反発したというが、国民の怒りはエリツィンの比ではなかった。そしてウラジミル・プーチンが登場してくる。 元々ウクライナとロシアはひとつの国だったが、ふたつの文化圏に分かれることは確かだ。言語的にも宗教的にもウクライナの東部と南部はロシアだ。1991年8月にウクライナが独立を宣言した当時、東部や南部の人びとはウクライナから離れようとしたが、それを「国際社会」と称する西側の支配層は認めなかった。ウクライナを支配し、次にロシアを征服するのが彼らの計画だったからだ。 その東部と南部を支持基盤にしていたのがビクトル・ヤヌコビッチである。そのヤヌコビッチが2004年の大統領選挙で勝利したのだが、それを認めたくないアメリカが介入、2004年11月から05年1月にかけて反ヤヌコビッチ運動を仕掛けた。これが「オレンジ革命」である。 ヤヌコビッチの大統領就任を阻止したアメリカは自分たちの手先で金融界の人間であるビクトル・ユシチェンコを大統領に就任させたが、彼が推進した新自由主義的な政策は貧富の差を拡大させ、国民は怒る。そこで2010年の大統領選挙で有権者は再びヤヌコビッチを選んだ。 そこでバラク・オバマ政権はヤヌコビッチ政権を倒すため、ナチズムを信奉するグループを使ったクーデターを成功させている。オバマ政権はロシアとの関係を悪化させ、外交的な挑発を繰り広げた。この政権で副大統領を務めたのがジョー・バイデンにほかならない。 オバマ政権は2013年11月にクーデターを始動させ、年明け後にはネオ・ナチを前面に出してきた。ネオ・ナチはチェーン、ナイフ、棍棒を手にしながら石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、スナイパーを使って広場にいた警官や住民を射殺、有力メディアを使い、その責任を政府になすりつけた。 そうした展開の中、EUは混乱を話し合いで解決しようとしたようだが、これに怒ったアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補はウクライナ駐在アメリカ大使のジェオフリー・パイアットに対し、電話で「EUなんかくそくらえ」と口にしている。アメリカは暴力によって2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したが、東部や南部の人びとはクーデター体制を拒否する。 キエフでネオ・ナチが行っている残虐行為を知ったクリミアの住民は2014年3月16日の住民投票を経てロシアと統合する道を選ぶ。80%を超える住民が投票に参加して95%以上が加盟に賛成したのだ。 それに対し、4月12日にCIA長官だったジョン・ブレナンがキエフを極秘訪問、22日には副大統領だったジョー・バイデンもキエフを訪問する。そして5月2日、クーデター軍が制圧していたオデッサでは反クーデター派の住民が労働組合会館の中でネオ・ナチの右派セクターによって虐殺された。 5月9日にはクーデター軍がドネツクのマリウポリへ戦車部隊を突入させ、住民を殺している。デレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りした6月2日にキエフ政権はルガンスクの住宅街を空爆している。このマリウポリは内務省の親衛隊がドンバス支配の拠点にし、要塞化するのだが、親衛隊の主力はネオ・ナチにほかならない。 その間、ドンバス(ドネツクやルガンスク)でも自治(ドネツク)や独立(ルガンスク)の是非を問う住民投票が5月11日に実施され、ドンバスでは89%が賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が賛成(投票率75%)している。これが住民の意志であり、クーデター体制と戦うことになった。 それから8年かけてアメリカ/NATOはクーデター体制の戦闘力を増強させるが、そのための時間稼ぎが「ミンスク合意」だったことは本ブログでも繰り返し書いた。 そして2022年2月21日にロシアのウラジミル・プーチン大統領はドンバスの独立を承認、2月24日にウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを巡航ミサイル「カリブル」などで攻撃しはじめた。部隊がドンバス周辺に集まっていたこともあり、短期間にキエフ政権側は大きなダメージを受け、そして停戦交渉が始まる。 その交渉を仲介したのはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットだ。そのベネットをインタビューした5時間近い映像が昨年2月4日に公開された。話し合いで双方は妥協に応じ、停戦は実現しそうだった。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はNATOへの加盟を諦めるとしたようだ。 2022年3月5日にベネットはモスクワでプーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた。その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会っている。ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日だ。 4月に入ると西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。マクサー・テクノロジーズなる会社から提供された写真を持ち出し、3月19日に死体が路上に存在していたと主張しているが、疑問が噴出した。 そうした中、4月9日にボリス・ジョンソン英首相はキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令。4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。 ジェイク・サリバン国家安全保障補佐官とサマンサ・パワーUSAID長官は今年2月23日にCNNタウン・ホールでスピーチ、その中でサリバンは「ロシアはすでに(ウクライナでの)戦争で負けている」と主張、パワーはウクライナでの戦争をアメリカとロシアによるもので、アメリカが支持されていると語っている。 言うまでもなくサリバンの主張は嘘で、ウクライナでの戦闘でロシア軍が勝っていることは確実。ゼレンスキー政権は崩壊しつつある。ウクライナを舞台にした戦争でアメリカが支持されているわけではなく、この点、パワーの主張は正しくないが、アメリカとロシアの戦争だと言うことは事実だ。 ロシア軍のミサイル攻撃が始まって間もない段階でゼレンスキー政権はロシア政府と停戦交渉を始めていたが、その交渉はアメリカやイギリスによって壊された。両国はロシアを疲弊させ、最終的には破壊しようとしているわけで、ウクライナが破壊されてもウクライナ人が殺されても気にかけない。 どうしても「ロシアに負けた」という現実を受け入れられない西側諸国のエリートたちは兵器のオペレーターや特殊部隊だけでなく、兵士をウクライナへ派遣し、相当数の死傷者が出ているという。 そうした中、欧米では徴兵制の復活が議論されているが、そうなると支配層の子どもを徴兵を回避させる仕組みを作らなければならない。ベトナム戦争当時、アメリカには決して戦場へ派遣されない「シャンパン部隊」が存在していた。名簿に名前が記載されているだけという人物をいたようだが、次回はもう少し巧妙な仕組みを作る必要があるだろう。
2024.07.02
日本の自衛隊は7月19日から25日まで北海道でドイツ軍、スペイン軍と合同軍事演習を実施する予定だ。これに対してロシア外務省は6月28日に強く抗議したという。ロシアにとって戦略的な重要性が高まっている極東の軍事的な緊張を日本がアメリカの傀儡として高めようとしていると見ているのだろう。 ロシア外務省が抗議した6月28日、ガスプロムのアレクセイ・ミレルCEOはサハリン島沖の天然ガスを極東ルートを利用して2027年から中国へ供給しはじめる予定だと述べている。すでにロシアは「シベリアの力」パイプラインを2019年12月に完成させ、天然ガスの供給を始めているが、今後、ロシアと中国の同盟関係を強化する上で天然ガスは重要なファクターだ。 アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から翌年の2月にかけてウクライナでネオ・ナチを利用したクーデターを実行、10年の選挙で当選したビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除した。ヤヌコビッチが「中立政策」を打ち出し、米英への従属を拒否したからだ。 ウクライナに傀儡体制を築くことにより、ロシアと西ヨーロッパを結ぶつけていた天然ガスのパイプラインを抑えることでロシアから西ヨーロッパという市場を奪い、西ヨーロッパからロシアという安価なエネルギー資源の供給源を奪うことで西ヨーロッパとロシアを弱体化させようとしたのである。 安価で輸送リスクの小さいロシア産天然ガスを日本も購入するためのプロジェクが存在する。日本の製造業は長年、高い電気料金で苦労してきた。その原因はコストの高い中東の石油を買っていたからだ。軍事的な緊張が高い中東を出港してからアラビア海、アメリカ軍が支配するインド洋を経由して難所のマラッカ海峡を通過して運べば高くなる。 そこで、日本はサハリンにLNG(液化天然ガス)や石油を生産するプラントの「サハリン1」と「サハリン2」を建設した。このプロジェクトをアメリカの支配層が嫌がっていることは明白である。 日本とヨーロッパを結ぶ航路がある。マラッカ海峡を通過してインド洋、紅海、そしてスエズ運河を通過して地中海へ入るのだが、中東で戦乱が広がれば、この航路は麻痺する。現在、イスラエル軍がガザで住民を虐殺しているが、それをやめさせるために行動している数少ない勢力のひとつがイエメンのアンサール・アッラー(通称、フーシ派)。 この攻撃は効果的で、アメリカもイスラエルも止められない。そこでUAEとバーレーンはイスラエル向けの輸出品をヨルダン経由で運んでいた。この事実を伝えたジャーナリストのヒバ・アブ・タハはヨルダンで懲役1年を言い渡されている。 この不安定な航路を避け、しかも短時間に輸送できるのが北極航路。北極海をロシアの沿岸沿いに航行するルートで、中国にとってもメリットが大きい。ロシアの港から出た船は千島列島を横切り、ベーリング海峡を通って北極海へ入るのだ。 アメリカ軍に従属している自衛隊はロシアと中国を結ぶパイプラインや北極海航路にも狙いを定めているが、それだけではない。 アメリカの国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書には、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画が記載されている。2016年に与那国島でミサイル発射施設が建設された理由はそこにある。 2017年4月には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器が運び込まれ始めた。2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていたことからミサイル・システムを搬入できたのである。結局、朴槿恵は失脚した。 THAADが韓国へ搬入された後、2019年に奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成した。ミサイルが配備されることになる。さらに波照間島を軍事拠点にしようとしているようだ。 5月17日にはアメリカのラーム・エマニュエル駐日大使が与那国島と石垣島を訪れ、陸上自衛隊の駐屯地や海上保安庁の巡視船を視察したというが、与那国島、奄美大島、宮古島、石垣島のミサイル施設はアメリカ軍の戦略に基づいて建設された。アメリカ大使が与那国島と石垣島を訪問したのは何らかのテコ入れが必要になったからだろう。この人物、イスラエルに忠誠を誓っていると言われるシオニストで、好戦派だ。 アメリカはオーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を編成、NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言した。 2021年9月にはオーストラリア、イギリス、アメリカがAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があり、アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられた。そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。 山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明、岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。 2022年10月には、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。 そして2023年2月、浜田靖一防衛大臣は亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。 さらに、フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)も取り込んでJAPHUS(日本、フィリピン、アメリカ)なるものを作り上げ、アメリカの軍事顧問団は金門諸島と澎湖諸島に駐留して台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。 2024年6月26日から8月2日まで、太平洋中部で世界最大規模の海戦演習が行われる。約29カ国が参加する2024年環太平洋海戦演習(リムパック)だ。アメリカやカナダだけでなく、ヨーロッパからベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、イギリスというNATO加盟国が演習に参加している。そこにアメリカと軍事同盟を結んでいるオーストラリア、ニュージーランド、日本、韓国も加わる。 ウクライナや中東に続き、東アジアも軍事的な緊張が高まっている。その切掛けを作ったのは2010年6月に発足した菅直人内閣だ。1972年9月に日中共同声明の調印を実現するために田中角栄と周恩来が合意した「棚上げ」を壊し、中国との取り決めを無視して2010年9月に海上保安庁は尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を取り締まり、漁船の船長を逮捕した。 その時に国土交通大臣だった前原誠司はその月のうちに外務大臣になり、10月には衆議院安全保障委員会で「棚上げ論について中国と合意したという事実はございません」と事実に反する答弁をしている こうした状況について総理大臣だった安倍晋三は2015年6月、赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。安倍政権下、着々と対中国戦争の準備が進められていることを明らかにしたのだ。
2024.07.01
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