道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の「現成公案(げんじょうこうあん)」巻の冒頭である。番号は便宜上つけた。道元思想や仏教の考え方についてほとんど知らないので、このままでは理解に苦しむ。そこでまず文章の構成を調べてみよう。文1「諸法の仏法なる時節・・・」と文2「万法ともにわれにあらざる時節・・・」が対照的に書かれているのは確かだ。文1では、迷悟、修行、生、死、諸仏、衆生が「あり」、文2では修行を除いたそれらが「なし」となる。さて文3で再び「あり」に戻るが、この文はある「時節」のことではなく、「もとより」つまり「本来は・・・」という内容だ。文4では、これらすべてを受けて、そうはいっても花は散るし草は嫌われると締めくくっている。
2.万法ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。
3.仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり。
4.しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜にちり、草は棄嫌におふるのみなり。
PR
キーワードサーチ
コメント新着
フリーページ
カテゴリ