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2845 Musim Hujan ムシム フジャン(ムシンウジャンと聞こえる) 雨季ですね。ジャワ島は、この10月辺りから雨季になるのが、まともです。日本の秋から冬にかけて、約半年が雨季です。そして、この時期を、多くのインドネイア人は、ムシン バンジールと言います。洪水の季節と言います。今年も例外ではありません。しっかり、ジャカルタは勿論、第二の都市、スラバヤも、毎日のように、洪水の報道がある。どこも、酷いが、今、一番、ニュースになっている都市は、バンドゥンだ。中心部で水が引いていない。インドネシアの洪水は、一般的に、ムルアップMeruapが原因です。氾濫です。インドネシアの川は、例外的なカリマラン(ジャティルフールから、灌漑や工業、飲料水をジャカルタまで引く、人工河川)のほかは、堤防がない。そして、曲がりくねっている。Sungaiスンガイ、川ですが、Kaliカリ、中小河川をこういいます。雨季になれば、これらに水位が増して、溢れ出るのです。ジャカルタで有名なCi Liwungチリウン川は典型的です。ジャカルタ北部は治水が進んでいて、最近になって、この川からの氾濫はなくなったが、ボゴールのサラック山などの水源から、ジャカルタ南部に掛けては、相変わらず、毎年、場所を変えて、氾濫洪水がある。この川は、ごみ川としても有名だ。川の表面が何キロにもわたって、水が見えなくなるほど浮いているゴミで水面が覆われることがある。ABB アーベーベーと言います。Apa Boleh Buat “どうしようもないね“と、いう意味です。ガパパUgak Apa Apa 大丈夫、問題ないよ、気にしない、という意味です。 これは、ジャバベカ2とチバトゥ間の新しいサッカースタジアムの脇、日系のシニアーハウス(老人ホーム)やモミジ(日本食レストラン)に入る、新興住宅地の昨日の洪水風景です。ここもカリの氾濫でした。三年程前までに整備された片道二車線と三車線の広い道です。両側の側溝も広く深いはず。中央分離帯がKALIになっている。まさか、こんなところで洪水?と思うような場所でも、こんなになるのです。折しもこの道を北に進むと、紅葉祭りの会場がある。アフマッ ダニとそのファミリーが来ていた。ゴルフをしている最中、彼のバンド演奏の大音響と彼の大声が、聞こえてきた。 https://www.youtube.com/watch?v=y3LcVJuw--M JKT48のハルカさんが、レギュらーで出ていたトークショーという、スレとアンドレがメインのバラエティです。日本から戻った遥香さんが、戻っていますね。日本で彼女が、この番組を紹介したシーンも出てきます。しかし、彼女、どうでしょうか。この日、26日だけの登場で、その後、再び、見なくなった。 キャリーパミュパミュ?という女性が、奇妙な歌を歌っている番組、何かのコンテストだったのでしょうか。アジア各国から一人ずつ登場して、その国の言葉で歌っていた。彼女の歌はインドネシア人の相当、受けたようで、観客からの拍手がノリが一番良かったように見えた。 今日のゴルフもいい天気でした。それでも、午後には雨が降った。今日も、スタート(7時)前のボゴール方面の山、サラックやプトゥリが見える、40㎞程南だ。洪水 ABB GaPaPa
2016.10.31
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2844 先ほど、ゴルフを終わっての昼食を取ったうどん屋で、なんとなく眺めたジャカルタ新聞に、スンガイ マハカムの記事があった。読んでみると、ダヤッDayakのことがちらっと書いてあって、そこの子供の写真があった。ダヤッ族と言えば、女性が両耳たぶに穴を開けて飾り物をはめ込み、だんだん大きくしてゆく習慣があった民族として有名だった。多分、もう、いなかったのでしょうね。書いたように、その時には、もう、その習慣は無くなっていて、この人達(当時70歳と聞いた、今の私より3歳若い)が最後だから、と、聞いていた。だから、もう、いなかったのでしょうね。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage022.htmlhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00073.html私が行ったのは10年以上前でした。頭の直ぐ上にある空が近いことと、海でなくても地球の丸さが分かる場所がありました。また、淡水に棲む、川イルカのことに触れていなかった。世界で二か所?のうちの一か所と聞いていた。絶滅したのでしょうか。もし、会っていれば、記事にしたでしょうから。 雨季の快晴が一番、じりじり暑い。その中でゴルフ、リッポチカランで食事をするので、帰りに立ち寄ってみようかなと思いながら、紅葉祭り会場前を通過した。13時前だった。明るい雰囲気に見えた。 こちらは、チバトゥインター脇のフライオーバーからオレンジカントゥリー(こちらは、4月に桜祭りの会場になる。ここもいい天気。 食事を済ませ、オリンピックの清算をし、ジャバベカ2の会社によって、ちょっと仕事を手伝っていたら、大雨になった。直ぐ近くに落雷も派手になった。ゴルフは止めだろう、雨季は、こんなのものだ。午前中快晴でも、一転俄かに掻き曇り、大雨になり、水溜りがあちこちにできてしまい、水はけが悪い場所には、直ぐに膝下浸水になるのは決まった場所だ。帰宅途中の寄るつもりだった祭り会場を通過した。こんな土砂降り、他人の殆どいなくなっていた。16時過ぎだった。去年が一回目だったが、矢張り、大雨に祟られたと記憶している。日本の秋は、インドネシアでは雨季だ。祭りには、適さない時期だ。一方、桜まつりは4月だから、乾季。祭りに適した時期だ。マハカム サマリンダ 天候
2016.10.30
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2843 硬質(高密度)ポリエチレンの異形品の事です。異形品、丸棒、板など、比較的断面積が大きい場合は、固化押出が原則です。小さくても断面が丸い場合は、出来るなら、小さいものまで固化押出で作る必要がある。何故でしょうか。真ん中に、私が言う“ス“空洞?気泡?ができてしまうからです。理屈は、たびたび、触れているが、溶けた樹脂が固まれば体積が小さくなるからです。外側が先に冷えて固まってしまうのが普通です。固まった状態がある程度、固い樹脂は、外側の大きさが先に決まってしまっているのに、中側は、外側に付きながら遅れて体積が小さくなるのですから、真ん中が空洞になってしまうのです。外も中も、とにかく断面で同じ速度で冷却固化されるなら、そんな方法が簡単にあれば、その心配はいらないが、そういう分けにはいかない。比較的柔らかい樹脂の場合は、逆に内側から不規則に引っ張られるので、外側の丸さを保つことができなく、不規則な楕円になってしまう。丸い製品ができないのです。 だから、真ん中辺りの収縮に従ってできる密度が小さい箇所に圧力を掛けて、樹脂を送り込み、“ス“をなくすのです。製造速度、冷却速度、背圧力のバランスが悪ければ、”ス”ができてしまうし、“ス“が出来なくても,歪の問題が生じやすくなる。硬いPOMが一番厄介だ。N6,N66も問題が多いが、水分を吸わせれば解決する場合が多い、POMはアーリングが、欠かせない。 で、今回のHDPEの異形品、比較的断面が小さいし、固化押出の設備はないし、溶融押出で作るしかない。丸ではないので、”ス“が、出来る心配はしていない。というのは、それほど固い樹脂ではないし、冷却速度が遅いので、そこ側が、がっちり固まった状態にはならない。それに、丸ではないから、遅れて収縮する中の樹脂に引っ張られて、外側が変形をする。直線の辺は、内側に退ける。とにかく冷却が遅い方に引っ張られて変形をする。イこれまでの経験から、変形を予測し、冷却金型の製品が通過する穴の形状を作る。その空間で、OKになることは100%ないので、その時、その金型でできない場合は、何処を修正するようになるかも、予測をし、修正の時に金型を新しく作るのではなく、その金型を削って修正できるようにするのがコツです。全ての作業は”勘“の世界です。一発修正でできるようにしたい。 関係ない話かもしれないが、日露戦争の時にバルチック艦隊をやっつけた、秋山真之は、“天気晴朗なれども波高し、”と、つぶやきを打電し、勝ち戦を確信したのも、勘の世界だったと思う。見通しは良い、が、波が高いから、ロシア艦隊は、標的をとらえるのは、難しいだろう、しかし、自分には、それほど難しくないと思ったのです。それは、三回目には必ず命中させるという訓練してきた裏付けがあったからです。一発目を打って、二発目は、一発目が、標的の手前だったか、過ぎたかを見、その反対側で、同じ距離になるように標準を定める、その結果を見て、三発目は、一発目と二発目のほぼ中間あたりに定めれば、100%近く命中させるという訓練をいてきたからだ。少しずつ、近づけようとするのではなく、通り過ぎさせて、戻って、ぴったりにするという手法だ。私は、修正が効く場合はそうしているし、新製品で製造速度を決めるときに、考えよりゆっくり引っ張ってみる、次に,早すぎるだろうと思う速度に上げてやってみる、三回目に、生産速度を決めるように指導している。その速度で、金型を修正や冷却場所やバキュームの強さや位置を最適にするように指導している。この写真の冷却金型には、上に二か所、下に二か所、ホースニップルが取り付けられてある。これに何を繋ぐか、繋がないか、製品の出来具合をみて、調整する。冷媒(水など)空気、バキュームの位置や数や程度など、無限大の組み合わせができる。これも、勘の世界だ。それと、もう一つ、肝心なことを私は書いていません。それも勘ですが、必ずすることがあります。この金型には、それをまだしてありません。した後かどうかは一目で分かります。 この金型も、最初の金型を削っただけで出来上がっている。どう、削ったか分かりますか。そんなに難しくはないですよね。 HDPE 歪 “ス“
2016.10.29
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2842 インドネシアの高速鉄道(ジャカルタ、バンドゥン)について、なんだかんだと、書かれているようですが、現状に関して私の印象です。私が住んでいる場所は、チカランCikarangです。ジャカルタから東、40Kmくらいにある、辺りには、日系企業が腐るほど進出している。高速道路や国道など、優先で整備される地帯です。高速鉄道(KC,Kereta Cepat)も、当然、私が住んでいる辺りを通過するはずです。ジャカルタの出発駅はハリム(Harim)で、ジャカルタの南東に位置し、ハリム空軍基地、空港で知られている。日本人はハリム1,2などのゴルフ場があるので場所を知っている人も多いと思う。空港は民間機も使っている。中国の密漁船を爆沈させてしまうことで有名なスシ産業大臣?が、経営するスシエアーもここから、地元のパンガンダランにセスナ機を飛ばしている。 カラワンに次の駅が計画されているはず。ということは、街の方ではなく、高速道路から南の方を通過し、工業団地でいうと、KIIC,スルヤチプタ、ミトラカラワンなどなどのまだ南を通るのでしょうか。かなり、田舎の少し山岳地帯の入り口地帯に駅ができるのでしょうか。町からはアクセス道路がない場所なので、先ず、その買収や工事から始めなければならないでしょう。多分、チカンペックまで行かないで、カラワンティムールから南に向かうでしょう。ジャティルフール辺りで高速道路の東側になるでしょう。そのまま南下し、ワリニWaliniという、本当に、本当に山の中の何もないところに駅を作る。ジャカルタから130Km地点だ。そこから高速道路に沿って、西に向かう、バンドゥンの南のバイパス的高速道路を跨いで、南に終着駅トゥガルアルTegalluarを作る。田圃の真ん中なので、ここまでも道路を作らなければならない。 この地図のワリニの場所は、違っていると思う、もっと、南になる。バンドゥンにもっと近い。白抜き線が高速道路。私は、この地図のハリムとカラワンのちょうど真ん中辺り、高速道路のちょっと北側です。 私は、この辺りを頻繁に車で走りまわっている。特にカラワンまでは、一月に数回往復している。KCの工事が始まっている気配を一切感じない。関連車両も見たことがない。路線工事の前にアクセス道路を作らなければならない場所が多いはずだが、その気配も全くなし。インドネシア人に、何処を通るのと聞いても、全く、知らないという。ハリム1でゴルフをした人から、ハリム2のゴルフ場が駅の工事の為に閉鎖されているという情報だけ,それが、唯一の関連情報です。 開業、2019年5月?二年半後?100%無理。もう、インドネシア人、誰もがこの話には触れない、半年前までは、このことがテーマの討論会などもあったが、それも、今はない。政府や財界の人も触らない。ジャカルタの地下鉄ニュースは頻繁にやっているが、テレビでも、触れない。工事現場らしい様子がながされたのは、去年の起工式の時だけ、その後の工事の様子や主要人物が様子見なども全くなし。もう、工事が始まらないのではないかと多くの人は思っている。 そう、元々、このルート自体が、誤り。なんで、バンドゥンなんか通るの?火山の多い山の中を抜けて、その先も、中都市まで繋げるのに、そこまで以上の山の中を通らなければならない。バンドゥンまで作ったとしても、大赤字になることは分かっているはず。その先、チレボンまで作ったら尚赤字が増える。近い、カラワンまでKCを使う必要はないし、ワリニ?それ、何処?ていう感じの山に中のド田舎、ここに駅を作ってどうするの?バンドゥンから車で来て利用する人はいるの?トゥガルアル?何もないところだから、駅を作りやすいと思うが、バンドゥン関連の人達だけの利用、大した人数にはならない。滅茶苦茶怖い、起伏とカーブがきつい高速道路だが、それを使った方が安くて便利のはず。興味本位で最初は利用する人がいるかもしれないが、直ぐに、極端に利用客は減ると思う。ジャワ島縦断高速鉄道でバンドゥンを通ることが大間違い。工事費も平地の何倍も掛かるはずだ。バンドゥンからチレボンまで繋げたら、なお、大赤字を覚悟しなければならない。それが、証拠には、バンドゥンからチレボンまでの高速道路はないし、作らないでしょう。 この地図は、日本に依頼しようという話がある、中高速鉄道。スラバヤまでのルートは、バンドゥンを通らないで、北の平坦な田園地帯を通る。(一部の報道では、中国が受注したルートと同じようにバンドゥンを通るように書かれているが、それは、間違いです)このルートが正解。現在の鉄路をそのまま使えるので、複線化と高架化を重点工事になる。第一、競合の空路もスマランとスラバヤにしか飛行場がない。工事アクセス道路もほとんど作る必要はない、高速道路はすでに、チレボンの先、中部ジャワに入っている。この高速道路は何回か走ったことがあるが、全く平坦、トンネルは全くなし、その先、スラバヤまで、トンネルを作ったり拡張したりする必要もない。なんで、高速鉄道もこのルートにしなかったのかなと思う。 経費は、バンドゥンまでは145KM,こちらはスラバヤまで700Kmだが、工事費は半分以下、採算は絶対、合う。この路線なら、政府保証を必要ない。日本企業になら、銀行も積極的に投資するでしょう。 ジャカルタ近郊の通勤列車の多くは日本からの中古をそのまま使っている。非常に人気がある。そのまま使えるには、レール幅が、日本規格の狭い軌道になっているからです。元々、インドネシアの鉄道網は日本が占領した時に新たに敷設した路線が多いのです。インドネシ国民は日本が手伝ったとなれば、無条件で安心するのです。バンドゥンまでの高速鉄道のことは、もう、無視して、次の手伝いのことを考えればいいと思う。私は、むしろ、中国に持っていかれてよかったと思っている。厄介払いをしたと思っている。私は、中国に発注した時から、そう、書いている。中国は、貧乏くじを強引に引いて喜んでいたのに、今になって、気が付き始めたようだ。 高速 中速 頓挫
2016.10.28
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2841 新工場に関して打ち合わせた。もう、いい加減に、見通しをつけてよと言ってやった。遅れ遅れで今に至っていて、この先、いくら何でも、それほど誤差なく、引き渡し日を決めてほしい。 今日の状況と今までの進み方から、推測すると、なお、三週間ほど掛かる。しかし、ここの持ち主、今月中に、全てが終わると言っていた。とんでもない話だが、口から出まかせが癖なのでしょう、この人は。今までの二回の納期約束が大幅に遅れていて、未だに引き渡しができていないことなど、全く、意識していない。私は、来月の12~3日頃、引っ越しと決めた。そても、まだ、多少の不安がある。もしかしたら、もう、一か月、今のところを延長することもある。 その売り主が、銀行の人間を連れてきた。AGと大きく書いてある銀行だ。その人たちに聞いた。この工場は買ったのか、借りたのかと。ENDOTAが買ったという。土地、建物、若干の設備をまとめて、3,5M(ミリヤール)Rp(二千六百万円くらい)で、1Mは、エンダンさんが払ったので、残り2,5M(一千九百万円)を10年ローンでその銀行から借りる。そして、毎月の支払いが30ジュタRpだという。3.6M払うことになる。借り入れの1.5倍の金額を返すことになる。ま、私は、間もなくここにいなくなるのだから構わないが、零細企業としては大変なことだと思う。投資者が決めたことだから、仕方がないが、場所も最悪だし、無茶をするなと思う。 それと、引っ越し費用だ。電気の配線工事をすぐに始めなければならない。見積もりを取ってあるが、150ジュタ(120万円)以上かかる。POを今日、発行した。そんな、余裕はない。この金額を、コミサリスは、頭になかった。今皿びっくりされても困る。オーナーからの借りで、処理するしかない。この新工場について、私に相談することなく、決めてしまったものだから。 新工場前と裏の状態、まだ、この辺り特有の赤土の状態、雨季なので、粘度のようになっている。裸足で泥んこ状態で仕事をしている。コンクリートで覆ってもらいたいと頼んだ、そのつもりだという。これだけでも、二週間以上は掛かりそうだ。 電話もまだ入っていない。一か月半ほど、最初の納期から過ぎているのだし,ほんとは、最初の納期の日までには電話が入っていなければならないはずが、そんなこと、全く、意識していないで、今日、夕方、電話番号を決めてくると言った。また、調子のいいことを言っていた。そんなにすぐできるなら、何故、一か月半前にやらなかったのかと思う。こっちの、頭がおかしくなりそうだ。そして、今日取れたかどうか、明日朝、聞くことになる。多分、まだだと思っている。嘘 出まかせ 未だ
2016.10.27
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2840 また、MM2100の最深部まで行ってきた。とにかく遠い、MM2100のゲートから、カワサン インダストゥリーの南端の目的会社まで、15分かかる。車メーカーとそのサプライヤーのパーツセンターが多い辺りを延々、ポリシティデール、ゴットンゴットン、越えながら行く、広い、新しい、数年以内前の道だが、重量コンテナ車が頻繁に通るのでしょう、既に、広く深い穴ぼこがおおくなっている。ポリシティドゥールが原因だと思う。 目的は、新製品の試作品を届ける事でした。何回か触れている、H-PVCとHDPEのプルファイル、各一種類でした。直ぐに、取り付けテストをしてもらって、OKがでた。ホッ、である。約束の期限は28日だった。 一般的に、溶融金型と冷却金型を作ればできると思う製品は、PO或るいは、金型製作依頼を受け取ってから、試作品提出までの期間を一か月半もらっている。これで、期限を過ぎてもできなかったということは無かった。必ず、期限前に提出していた。そして、寸法は図面の公差内に必ず入れた。もっとも、公差については、元々、製品の図面をもらった時に、こちらから、出来るであろう公差を提案するのが通常だ。今回も、期限前に収めた。 MM2100で私は10年以上仕事をしていた。今でも取引先があるので、偶に出かけてゆく、それでも、まだ、私が行って、入って食事をしたことがない、食事をする場所二か所、一か所は、今日行った会社の手前(工業団地の南端)にある。もう一か所は、チカランバラットのゲートからジャバベカ方面の大渋滞を、来るときに知っていたので、高速道路を使わず、ジャラン カリマランで帰ろうと思い、工業団地の東端の出口へ向かった。その出口手前にある屋台村、ローカル地元のための、地元の人による食事処である。同じような屋台村はもう一か所、団地の西橋にもある。ナンブにいた時には、そこへよく行っていた。 MM2100のレストランというか、食事をする場所は、団地内に多くある。団地が孤立していて、外に出れば、いきなり、ど田舎という雰囲気。リッポチカランやデルタシリコンのように団地の外にいくらでもあるという状況ではない。日本食となると、限られている。ルコに二か所、サービスアパートに一か所、ドライビングレンジの処に一か所、南端の新しい場所は日本食もやっているのでしょうか、知らない。そして、MM2100の日本食は高い。昼食に1000円(12万Rp)が普通だと思う。日本人が価格を上げてしまっているのでしょうね。ちょっと遅く行くと席がなく、空きを待つことになるとか、個室があるところは、予約ができるとか?リッポチカランの日替わり定食価格は平均600円(8万Rp)くらい、いずれも税込み。ローカル色で良ければ、先の三か所とルコの中に二か所、ロッテマートの敷地内に三か所、そして、ドライビングレンジに一か所、ゲートの出口手前を左に入った場所に一か所、ロッテマート脇の出口から高速道路も跨いだ向こう側に一か所ある。但し、日本人はほとんどそういうとことでは食事をしない。MM2100は周囲から孤立感がある。EJIPは目と鼻お先、叫べば聞こえるくらいの距離しかないが、こんな道しかなく、車では通り抜けて行き来できない。試作品 MM2100 食事処
2016.10.26
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2838 久しぶりの雨中のゴルフだった。一応、期限前に新製品のサンプルが出来あがったので、仕事のことを考えずにできたのは良かったが、7時前のスタートで、8時には、雨が降り出し、それ以後、終了12時ごろにも、まだ、降り続いていた。止めてしまうようなひどい雨ではないが、もう少し強ければ、しばし、休憩をしなければならない、ギリギリの雨が降り続いた。コースは水浸し、あちこちに水溜りができているし、ラフはぬかるみになっていた。グリーン上もうっすらと水膜になっていた。転がらない、体も靴も手袋もグシャグシャ、誰も、止めようと言わないまま、最後まで回った。本当に久しぶりに散々ゴルフだった。こんなこともある。雨季は、午後から夕方、夜にかけて降るというのが、ここ何年の状況で、早くてもプレーが終わるころ降り出す程度だった。午後スタートは、ほとんど、雨に祟られる。 こんな日のシャワーは暖かくて気持ちがいい。 今日に白紫の蓮。 昨日できたサンプル、昨日の写真と比較すると、何処が変わったか分かるでしょう。冷却金型の修正は、面白い。まだ、改善の余地がある。速度や温度条件も変える必要がある。 ゴルフの後、昼食、世間話をするのが通例。今日もいろいろ話が出たが、車の自動運転車についてが、その一つだった。そんなことできるの?が結論。考えられない、車線を変更する時、変更するかしないかの判断は行く先によって車線の有り無し、有っても何車線か、どの車線にするか、その先、何メートルくらいで右に曲がるのか左に曲がるのか、その前に、三つの状況を見て、判断しなければならない。それくらいの判断はできるでしょうが、車線幅の事や速度も関係するし、信号機やほかの車の事、渋滞、雨や風、事故や工事や障害物の有無、考えれば考えるほど、難しそうだ。ほとんど不可能だね。生きている間には絶対できないね。出来たとして、今の燃料電池車よりはるかに高くなるだろうね。その前に、ガソリン車が無くなっているんじゃないの。びしょ濡れ 寒い 暖か
2016.10.24
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2837 酒、たばこ、ガソリン、日本ではどうでしょうか、許可された、あるいは認可された、或いは、資格を持った人や業者だけが売ることができるようになっていると思うが、インドネシアではどうでしょうか、多分、同じだと思う。しかし、実態はとなると、ほぼ、自由販売だ。道端で子供か子供に一本売りをしている。小学生がバイクを運転しながら、たばこを吸っている。片手運転も平気だ。 製造に関しては酒、たばこは、矢張り、野放し状態だと思う。ジャワ島以外の多くの島々の田舎では、道端で酒、たばこを売っている、地元産だ。何回か酒を造っている場所に案内してもらったことがあるし、タバコも刻みタバコの手作り家内工場を見学したこともあった。ロンボクやフレーレスの広大なタバコ畑は、盗難が多いとか。ガソリンは、何処に行っても、道端で売っている。これらは、全て、地元の警察や役所が目をつむっている。勿論、コルプシ、プンギリの世界だ。ガソリンスタンドではポリタンクに、いくらでも給油してくれる。 タバコの値上げをすると、ジョコさんが言っている。インドネシアのタバコの消費量は、数字的にはよく知らないが、相当多いと思う。喫煙マナーも無いが、それより、健康への影響を心配してのことだと思う。たばこ税を上げるという、しかし、全部の銘柄ではなくて、安い方の銘柄だけ上げると言っているらしい、子供、若者などお金を持っていない連中が買わないように,低級タバコ、ニコチン、タールの多いタバコを値上げする、という。また、急に極端に売れなくなると、献金や納税が減る心配があるし、たばこ会社の何十万人という雇用に影響が出てしまう可能性があるからだ。 インドネシアの現在のタバコの平均価格は、20本で15000Rp(110円くらい)、1本、1000Rp(8円くらい)、滅茶苦茶安い。日本はいくらですか、シンガポールは?ほとんど、只に近い。 インドネシアは偽物の国です。タバコも今でも偽物が多い、値上げすれば、偽物の売り上げが伸びるだけ、コルプシ、プンギリを助長させるだけ、という説もある。さて、どうなるでしょうか、私は、10年ほど前から、全く吸わなくなったので、関係ない話。 テレビコマーシャルの50%以上は日系企業、30%ほどがインドネシア企業、その中の多分、20%ほどが、たばこのコマーシャル、そして、たばこ会社の宣伝は、斬新でみんなの目を引く、うまい、コマーシャルだと思う。余談、テレビドラマや映画で煙が出ているタバコを口にくわえていたり、撮んでいたりすると、その部分がぼかしになる。これは、徹底している。また、ぼかしが入るのは、ピストルやナイフなどの武器を持って入り状態、女性の胸の谷間らしきところ、短いスカートの奥の方、である。死体もぼかされる。手錠や結束バンドは、ぼかされない。インドネシアのバラエティー番組(アダアダアジャアとかヒタンプティーとかトークショーなど)は、毎日、客を迎えて、基本テーマだけで、ライブでやっている、全て、アドリブでやっている、という。しかし、それにもボカシが入ったり、ピーが入ったりする。ということは、完全、生ではなく、何時間か前に収録して、チェック、修正して流していることがわかる。そりゃそうですよね。インドネシアだって放送禁止語は沢山あるはずだ。イスラム教に反することが流されたら大変な騒ぎになってしまう。 ベルトコンベアーの部品二点の試作をしている。先ほど、一応、満足が行くサンプルが出来あがった。それぞれ、原料は、硬質PVCと高密度PE、PVCの方は、簡単、ほぼ、製品通りの隙間を通しながら、バキュームで引っ張ればできる。押出屋なら、どこでもできる面白くない製品だ。 HDPEの溶融押出のプロファイルは、多分、インドネシアでできる会社はない。日系の三社でもできないでしょう。これは、途中経過、下は、上に反っているが、平らでなければならない、上の四角い部分はほぼ真四角でなければならない。ダメの例。しかし、これらの全ては修正し、先ほど、図面通りに出来上がっている。ゴルフをしている最中に、この会社での一番弟子に任せた。タバコ 酒 石油燃料
2016.10.23
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2836 中学から卓球を始めた。高校も卓球部に入った。しかし、中学でも高校でも同じ学年の仲間では、実力は二番手だった。ほどほどうまく成るのだが、一番にはなれなかった。学校自体は、在学中、二番手三番手としてでた、 団体戦で中学の時は市で二度優勝、高校の時には、県中部で準優勝と三位だった。私は、中途半端に、ほどほどだったと思う。それでも、文武両道を何とかやっていたという意識はあった。静高の時は、滅茶苦茶楽しかった。(大学の時はもっと楽しかった)顧問の先生は一応いたが、いなくてもよかったし、いない方が、自分たちで運営するのに、いちいち、届けや、許可を取らなくていい。だから、顧問は、私たちに全面任せ、遠征の時だけ、学校から離れられると、喜んでついてきた。 キャプテンは実力が一番の者、二番手が、なぜか、マネージャーになることになっていた。私は一学年先輩のマネージャーの仕事をみて、大変だが、経験しておきたいと思った。いろいろの根回し、準備、キャプテンより、よっぽど、いい経験になると思った。二年の秋から、狙い通りマネージャーになった。卓球の方は、ダブルスに一番手と組んだ、団体戦は、シングル2、ダブルス、2シングルになっていて、三勝すれば勝ち、私は、ダブルスとシングルの三番目に決まっていた。大体、私で決めてしまおうという位置だった。一二年の時は5番目のシングルのレギュラーだった。これも、いい役まわりだと思っていた。私が勝って、勝利に貢献したこともあった。 さて、マネージャーの仕事、予算の獲得、先輩や後援会、その他、公共や商店街などから、多くのクラブ応援の資金が寄付されている。それの配分獲得交渉だ。自分たちの運営予算を立てて、それ以上の配分を要求するのです。ユニフーム、ボールがいくらで、いくついるから、合計いくら、卓球台を新たに買いたい、修理もしたい、遠征にいくらなどなどおもしろい。余らせることが出来れば、みんなで、食事会などができるから、掛かりそうな金額より、水増しをして出す。実際、この時から、領収書も金額を多く書いてもらうことをやっていた。有る運動具やと暗黙の提携をしていて、ボールや各種道具を買う時には、実際支払った金額に20%ほど、多い金額を書いてもらうとか、ネットやラバーを余分にもらうなどをしていた。高校の時から、静高生は、将来、官公庁で仕事のやり方を体験学習していたのです、こんなこと、やっていいの?と、思いながら。今でも、当然、やっていると思う。野球部なんかは、甲子園に行けが、多額の寄付金が集まる、そして、一回戦で負けてしまえば、多額が余ってしまう。それを、どうするのでしょうか、後援会費用の残高としておくのでしょうが、皆で適当に分けることにもなるでしょう。それを、他の部でも狙うには当然でしょう。 練習場所の確保や他校との交流。体育館の四分の一が私たち卓球部に与えられた場所でした。三面を置けた。剣道部が隣の四分の一、半分はバスケットでした。バスケットは、インターハイ常連で優勝をしているし、いつも、上位にあったチーム、きつい練習をしていて、気の毒に思ってみていた。と、いうことで、彼ら優先だから、何かと、彼らが全体を使うことがあった。その時は、前もって、知らされていたので、私たちは、他の場所を借りることになる。多くの場合は、近所の女学校に申し込む、今はどうか知らないが、当時は、城北、双葉、英和、精華、常葉がほぼ4km圏内にあった。それらの学校の顧問の先生に電話して、許可を取る、それは、皆さん、快く?OKをしてくれる。試合などで、顔見知りだし、静高だから、歓迎、そして、何より、迎えてくれる生徒は大喜び、男子禁制など問題なし。私立の学校が多いから、静大生がコーチをしている学校もあり、その静大生には私たちの先輩もいた。そのつてで、体育館が使える日でも、のこのこ、出かけて行ったこともあった。 合宿や先輩たちとの交流、新聞発行。夏休み中、年に一度の部内の選手権があって、先輩を招待する。合宿中に行われることが多かった。社会人、大学生などに参加してもらう、先輩名簿に従って手紙を出した。年に一二回部活動報告ミニ新聞でも、その予定は知らせる。55年前のことだが、今でも、私の処にも送られてくる、寄付金の振り込み用紙も丁寧に同封されている。合宿中のコーチを自主的にやって頂く、卒業して間もない先輩は、夜、泊まり込みで、卒業した後の体験談をしてくれた。私も大学生中は、コーチ役もしたし、泊まり込みもした。スイカなど差し入れもした。当時はお米持参だったので、お米も持って行ってやった。先輩の差し入れは当たり前のことだった。 卓球台で練習する前に体操は勿論するが、学校の外へランニングしに行く、学校一周、1kmは十分あった、4周が普通だった。それでは、面白くないから、浅間さんにも行ったし、百段何往復は普通、ずっと登って行って、地獄谷と言われていた急坂を転げ下り、臨済寺に至って、当時の静大の脇を通って帰ってくるコースもよくいった。また、駿府城の内堀一周も何回も行った。時には、外堀一周もやった。これは、目的の一つに女学校巡りのようなものでもあった。一寸、遠回りして、わざわざ、何か所かの女学校の前を通るのです。学校の前に差し掛かると、なぜか、皆、元気になるし、掛け声も出る。校舎の窓から、多くの学生が手を振ってくれる。それに、手を振ってこたえる。なんてこともやっていた。城北へは方向が違ったし、距離もあったが、そちらにも出かけていたし、一緒に練習する機会も多くあった。 それらの段取りを任せられるのがマネージャーでした。良き、思い出になっている。全然、苦にならなかったし、この役、他の人に取れなくてよかったと思った。既に、無意識のうちに、そのころ、色々の根回しのようなことをやってみていたのでした。 新工場の現状、最初の完成予定から一か月過ぎている。二回の完成予定日も4っ日、過ぎている。この様子では、まだ、二週間以上かかりそうだ。それに、おそらく、出来たと言われた時に、あそこがダメ、ここがダメと、クレームを沢山つけることになりそうだ。社会勉強 役志願 楽しい
2016.10.22
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2835 訳のわからない金集めの事。大統領のジョコさんが声を荒げて怒った。Pungutan liar atau pungli adalah pengenaan biaya di tempat yang tidak seharusnya biaya dikenakan atau dipungut. Kebanyakan pungli dipungut oleh pejabat atau aparat,インドネシアでは、あらゆる場所でお金がかかる、それも、領収書や請求書がないままで、道のあちこちで、人が道の真ん中に立って居て、通過する車からお金を受け取っている。その人たちは制服を着ている場合もあれば、そうではない場合もある。なぜか、トラックだけ?バスも?いわゆる日本なら緑ナンバープレートの車?普通の乗用車は止められない。商売の荷物を運んでいる車だけではなさそう、何も積んでいない小型のトラックも払っている。有料道路とは違う。私道でもない、幹線道路ではなく、脇道?幹線道路をつなぐ道?どうも、その種類もわからない。港や空港に近づくと、道端や真ん中でお金を受け取っている。駐車料金ではない。駐車料金は別に払う。 田舎へ行くと、突然、遮断機が現れて、お金を払って、遮断機を上げてもらう道路はいくらでもある。帰りには、払わなくてもいい、道路の使用量ではなく、入場料のようだ。地元の人も払っているようだ。 聞くところによると、運転免許証(SIM)身分証明書(KTP)の発行所でも、ありとあらゆる申請や許可所でも、既定の金額のほかに、領収書が出ない、料金割り増しを当たり前のように要求されるという。外国人は、当然、高額特別料金だ。 公務員が、色々なことで、一般人から金銭をせしめている。民間でも、何の仲間なのか、組織なのか、得体のしれない集団が、お金を巻き上げている。どういう配分をしているのでしょうか、警察官が、ラジアで、自分のポケットの入れている風景は、ほとんど、毎日のように見る。 ジョコさんは、通関の手続きで、何か所かで、申請書にお金が束で添えられているのを目撃した。大金が動くという、それを見て、激怒した。今更?という感じさが、大統領が、今まで知らなかった?その前、ジャカルタ特別地区知事、その前が、ソロ市長だった。自分の管轄の人達の殆どすべての人が集めているプングリPungliを知らなかった。 今後も、永久に、この状態は変わらないでしょう。ゴミを捨てまくるのと同じで、宗教以前の人間の性でしょうね。 チバトゥインターのデルタシリコン側、リッポのオレンジ カントゥリー、大規模な総合施設の建設が本格化している。ジャバベカゴルフのそばといい、チカランバラントインターの付近といい、相当な規模のショッピングモール、アパート、ホテル、スポーツ施設などの集合施設が競っているようだ。 パイプタイプのLEDチューブランプ用のPCカバー、これまでの原料ではなく、自ら配合することによって、価格下げることができたし、さまざまな要望に対応できるようになった。このことは、改めて書く。プングリ 金集め 山分け
2016.10.21
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2834 過去も現在も相当未来もインドネシアでは、普通にある病気です。何も、びっくりすることはありません。死亡率や後遺症の率は無視していいほど少ないし、入院を何日もするようなことなく、治ります。かかっても、何も心配することはありません。チフス アメーバ赤痢 デング熱。今はどうか知りませんが、20年ほど前、私が赴任した頃には、三種混合ワクチンを打ったという証明が必要だと、どこかの誰かから言われたことがあった。当時は、三種って何、と思ったが、日にちを開けて、二回打たなければ意味がないと言われて、その時、時間が無くて、打たなかった。どこから、誰からも、とがめられず、チェックをされず、インドネシアへ赴任した。そして、その後も、ワクチンは打ってない。それでも、普通の日本人より、遥かに、インドネシア庶民に近い生活をしているし、ど田舎にもよく出かけていて、現地の食事をしているが、20年、何事もない。 ただし、私ではなく、周りのインドネシア人は、結構、チフスだ、赤痢だと言って休むやつがいた。しかし、それを聞いて驚くのは日本人だけだった。一週間もかからない内に、治ったと言って、出社してくる。ということで、日本人がもしかかったとしても、慌てることはない、インドネシアの日本人が掛かるような病院では、慣れたもの、お得意さんを迎えるように、インドネシア人が掛かるより、遥かに丁寧に対処してくれます。食事も部屋の状態の最高待遇です。ま、長くて、二三日で、治ってしまうのが普通ですが、一週間くらいは、退院させてくれません。治ったという、検査結果を出すのを、遅らせるのです。長く、ビップルームに泊まっていていただきたいからです。 オリンピックのボート会場で、何やら、トラブルが発生しているようで、そもそも、前回のオリンピックで使った会場のどこが悪いの?もう、消えて無くなってしまっているの?今でもあるのでしょ、都合が悪いところをなおして、或いは、拡張して使ったらいいのに、なぜ、それをしないのかが、分からない。それに、新たに作ろうと計画した人たち?組織?の狙いが分からない。建設と準備予算の根拠が分からない。そして、韓国がどうのこうのという発想も奇妙、不可解。どうなっているの、ボート界は、まさか、競艇賭博を仕切っている人たちが絡んでいるとか、相当な裏金が絡んでいるとか、小池さん、戸田コースに決定したら、万歳だと思うが、庶民には、思いもよらない、業界?ボート界?スポーツ?さて、どうなることでしょうか、どなたが、得するのでしょうか。いやですね。 オレンジ カントゥリーの“桜まつり”に対抗して、“紅葉祭り”の会場がここになったのかと、思いながら通過した。JKT48の誰かを呼ぶのかな。どうでしょうか、詳細内容は知らない。ハリウッド ジャンクションが会場で29.30日に催されると、幟に書いてあった。エリベスというホテル?アパート?が完成したのかな、直ぐ傍にジャイアン スーパーマーケットがあるし、これも、完成したのかな、ホテル イビスも直ぐ傍にある。7番ロング左側の外の道に沿っている。 また、このファーマーズ マーケットの向こうは、3番ショートから4番ミドルに移動するカート道の脇に出口があって、出ると、駐車場があり、5分、待ち時間があれば、スタバーで何とかコーヒーを買って持ってくることができる。ボート会場 ワクチン 紅葉まつり
2016.10.20
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2833 久しぶりに赤尾先生を検索してみた。山梨大学にもどられていることは知っていた。顔写真も眺めた。いつ頃のでしょうか。もう、86歳くらいになっているでしょう。私が師事していたころは、本尾教室の助教授で30歳前半でした。私の恩人です。現在あるのは、先生からの影響が大きい、勉強や研究ではなく、お世話になったということ自体が、影響です。「太田君は、他人が目に見える結果や状態では、評価されにくいが、持っている実力は、評価する人より、ある」と、言われた。実は、私も自身そう思っていたので、妙な自信になった。「太田君は、変わっているから、サラリーマンには向いていないな」と、言われたこともあった。先生に紹介していただいた会社を辞める時に、その言葉が浮かんだし、会社を興したのも、その言葉通りだった。 卒業単位を落とすところだったが、先生に助けてもらったし、テストの結果は思わしくない、論文の発表もうまくない、それでも、テストされた科目について、結果が良い人より分かっている、発表は上手ではないが、内容は、豊富で貴重だ。と、先生は評価してくれた。偕楽園の涙は、決して忘れない。卒業後、卒論を富山で品質管理学会で発表の機会も作っていただいた。昇降法という破壊試験の分析方法でした。 卒業一年ほど前から、オリンピック景気に反動で、当時としてはどん底の不景気、大企業は軒並み採用ゼロ、中小企業もほとんどなく、求人情報が殆どはいらなかった。私は就職するしかないので、先生に紹介していただいた、東プラ精工に入ることができた。その会社では、国立大の工学部からの受け入れは初めてだった。これも、自分で会社を興し、今、インドネシアでプラスチックの押出成形を教えていることに繋がっている。先生にお会いしていなければ、この会社に就職していなければ、現状の私は、存在していなかった。 先生にとっては、始めてだったと思う、私たちの結婚の仲人もお願いしてしまった。最後にお会いしたのは、卒業して何年かのちの同級会だった、もう、40年以上、お会いしていない、何とか、今年の末までには、出かけて行って、お会いしたいと思う。私にとっての恩人と言えるのは、先生だけだ。 実際に一緒の場所にいたのは、一年足らずである。何かを教えていただいたのは、週に数時間しかなかった。卒論もテーマと先輩が残した卒論だけ与えられた、それの未完成部分を見つけて、自分なりに、方法を考え、実施して、検証をすることで、昇降法の有効性を証明することで、応用化学とは、別の事だった。卒論について、指導を受けた記憶はない。 多くの方や会社や学校が先生のお世話になっているはずだし、海外の人達の付き合いも、私が想像できないほど多く、長く、深いと思う。感謝をしている人も多いと思う。しかし、私のような繋がり人は他にいないかもしれない。QFD?の日本の先駆者だ。私には縁のない世界だ。ノーベル賞経済学賞?に匹敵するのでは?密かに、思っている。上高地の旅も楽しかった。 帰宅途中、ウビ バカール チレンブの文字が見える。チレンブ(バンドゥンの南東の山地帯の地名、美味しい芋の産地)焼き芋、大変おいしい、焼き芋、1kg、2万Rp(160円くらい)です。恩師 仲人 恩人
2016.10.19
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2832 あの人、今、どうしているのだろね。あんなに、勉強が出来たのに、あんなに色々やっていたのにね、と、私を子供のころから知っている人に、思われたり、言われたりしたくない、と。そんな、意識が、ずっとある。普段、意識をしているわけではないが、或ることは確かだ。自分としては、そんなに、飛びぬけて、何かですごいという意識はないが、とにかく、中途半端にすべてが上の方だった。小学校の時から、クラスや町内では、役割としても、勉強でも、引っ張る役だった、しかし、学年では、他にそういう役を自らする人が何人かいたので、私は、前に出ることはなかった。 中学でも高校でも大学でも、あまり、頑張ったという意識はないが、なぜか、中途半端な集団の中途半端なリーダーにまつりあげられていた。断るのが下手というか、人が良いというか、おだてられると、しょうがないな、と、その役をやっていた。それで、その集団では、一応、皆さんが、満足してくれたであろうなと思うようには、こなしていたと思う。そして、社会人に、社会人になっても、仕事の方は、全く、未経験なのに、三交替の班長から始まった。やりたくないのに、組合ではいきなり、教宣部長、東レに三島工場の全繊組合幹部が乗り込んできて、仕事の方は良いから、組合の専従になれよ、など、とんでもないことを言うくらい、最初から、引っ張り込まれ、入社二年目の後半から組合長にまつりあげられていた。仕事の方では、三交替勤務を三年やった後、係長に、組合員は、100人程度、仕事の部下ら30人程度だった。社会人になっても、中途半端な規模のリーダーである。 そして、7年のサラリーマン生活から飛び出して、一人で、会社を作ってしまった。そして、小さいお山の大将を20年ほどやった。最大で30(内パートが20人)人ほどの矢張り、中途半端な規模だった。 自分は喋るのが下手だし、酒は飲めないし、赤面症だし、猫背で見た目でも、多くの人の先頭に立つには向いていないと思っていたが、とにかく、なんとなく、誰かの下で、自分の思うようにできない状態には我慢がならない性分だった。何しろ、秋山真之の生き方にあこがれたのだから。その人のために、なろうと、思える上司やトップには恵まれなかったと思っていた。但し、同じ集団の中ではなく、取引先のトップの方には恵まれていたと思う。その人とその人の会社に貢献をしようと思った。 そして、今でも、インドネシアの紹介をしながら、少しでも、技術と経済的な面で、他人の為になればいいなと思いながら、自由な生活をしている。 若いころの私を知っている人から、あの人、いったい、今、何処で何をしているのかね、と、つぶやかれた時に、一応、あの人なら、そのくらいのことをやるよね、と、思われる状態にはなっているとは思う。私の以前を知っている人は、ほとんどいなくなったし、誰も何にも関係ないが、どうでも、いいことだが、勝手に、変なプレッシャーを感じている。 ネットでジャカルタ新聞を見たら、「ガパパ」って何?HARUKA NAKAGAWAさんの本のタイトルだとか、なる程、インドネシア語の若者言葉に慣れているね。普通はTidak apa apaだが、若い人たちはGak apa apa という、その略が「ガパパ」ですね。普通にしゃべるのを聞いていると確かに”ガパパ“としか聞こえない。Apaは、何か、何、という意味です。何?何ですか?と聞く場合に単独で語尾を上げて使う。Ada apaya?何があったの?Tidak (ティダと聞こえる)Gak(ガッと聞こえる)どちらも否定の言葉です。”何もない“が、直訳だが、“何でもないよ”“何にも気にしなくてもいいよ”“問題ないよ“”no problem”という意味になる。インドネシアでは、日本より遥かに、この言葉が使われる。何か、他人が気にしていること、失敗したと思っていること、全て、ティダ アパ アパで解決してしまう傾向がある。日本人としてはちょっと、いい加減な言葉に聞こえる。ティダ アパ アパじゃないでしょ、と思う。一寸ぐらい気にしなよと。自分が間違ったことをしても、周りに”ガパパヤ”という場合も多い。 何故か、一週間ほど前に、ここの橋の架け直し?の工事が始まった。何が問題だったのでしょうか。 家の近くで、買い物をしていたら、こんなミニバス(アンコッタ)が通りかかった。日本の国旗をでかでかと書いてあった。深層心理 潜在意識 無意識
2016.10.18
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2831 昨日は、8時近く、今朝は5;45のティーオフだった。一番スタートだった。南半球のチカランは、日本とは、反対に今、日が長くなっている。天気が良ければ、5;30に、スタートができる明るさになっている。大変、清々しい、風が少しでもあれば、もっと、雰囲気は良いのだが、無風で、ちょっとだけ、蒸した。それでも、早朝スタートに限る。前半は、前を待つことがないので、自分たちのペースでできるのが、また、良い。 この一か月前ほどから、私たちのグループの世話役を私がしなければならなくなっている。というのも、今まで世話役をしていてくれた方の体調がすぐれず、日本やペナンに頻繁に出かけて行って、検査や治療をしているので、参加することもできなくなっている。その方に頼るわけにいかず、その方が回復し、復帰するまで、私が代わりを務めさせてもらっている。やはり、ちょっと、面倒だから、 一刻も早い回復を期待していますよ。頼りにしているんですから。 私が引き継ぐことになって、知ったことは、予約申請は一か月半ほど前からできる。私たちに場合は、毎週土日と祭日に一組、仮の名前を入れて、申請すると、直ぐに、その三分の二は、ティーオ時間を示してくれる。残りの三分の一は、ウェーティングになる。そして、そのWTの日は、直前、その二三日前に、必ずと言っていいキャンセルがあって、スタート時間が知らされる。私の方は、確定した参加メンバーの名前を二三日前から、直前の間に、メールで送る。私たちからキャンセルすることは今まで、なかったと思う。例えば、参加できる人が二人になってしまった場合は、何とかして、もう一人、色々な人に頼んで、三人にしてきた。今度の土曜日は、二人になってしまっていたが、今日、一人の方に頼み込んで参加していただけることになった。 余談だが、二人になってしまった場合でも、どうしても、やりたいなら、割り込みを狙って、偶に一人で来ているインドネシア人がいれば、予め、受付に頼んでおく、どいしても、そういう人が見つからなければ、キャディーの中で、ゴルフの上手な人がいるので、その人に費用を負担して入ってもらい、三人で回ることもできる。 妻の誕生日である。私の誕生日まで、二週間ほど同じ歳になる。私の沢山あるパスワードの中に、必ず、1と6は、どこかに入れてある。予約 キャンセル 早朝
2016.10.17
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2830 今日はちょっと、インドネシア語の勉強、ゴルフを同じカートで一緒に回った人、イジップEJIPのある会社の現地社長さん、よくしゃべる面白い人、“無口の何々さん”と言われている。今日の昼食はどこにしようか、ということで、それじゃ、シンガラジャのうどん屋にしようということになった。そして、その人は、曰く、シガラジャは自分が住んでいるダゴもあるから、近くていいという。私は、シガラジャじゃないよ、シンガラジャだよ、シンガSingaはライオン、ラジャRajaは王様という意味だよ、 “ライオンキング“だよ。シンガポールは、だから、マーライオンをシンボルにしているんだよと、講釈をしてやった。なるほど、納得、何度も、キャディーに、今日はシンガラジャで食事だよ、分かる?と聞いていて、キャディーが分かるよ、と、言うと、してやったりの顔をする。その人、喋りの上に、態度が大げさ、キャディーが、うるさいから“太田さん,ジャンガン ルバイ、と言ってやってと”いう。だから、私が、その人に、ジャンガン ルバイと、その通り、言ってやった。意味が分からないから、“太田さん、何を言ったの?”と、キャディーに聞いている。キャディーは、日本語に訳せないから、“何々さん、ルバイ”、というだけ。そこから、私の講義が始まった。ルバイRebaiは、大袈裟、オーバーアクション、とう意味だよ。その人、そう、大袈裟なくらいの方が良いよね、と、全く、自分が批判されているとは思っていない。 そして、ジャンガンJanganというのは、強い否定の意味で、“大袈裟は止めて!”と、キャディーは、言っているんですよ。ジャンガンは、ティダッTidakより、きつい否定で、何々をするな、という意味になる。誰かが何かをしようとしたり、していたりする時、その時の動詞や名詞を言わなくても、ジャンガン!!というだけで、その動きを、“止めなさい、止めろ“ということになる、頼むというより、命令になる。仕事中に、アイフォーンをいじっていたら、ジャンガン、とだけ、言えば、いいんだねと、納得。自分が、ジャンガン ルバイと言われたことは、その後も、気にしていなかった。大袈裟は直ぐには、治らない。 雨季の晴れは空気が澄んでいる。南50Km程のボゴール方向にある、サラック山が、見える。乾季には全くと言っていいほど見えない。 PPAP,とにかく、あちこちのバラエティー番組で、パロディー化されて登場する。今日の“パナソニックゴーベルアワード”という、テレビ番組に関する表彰式があった。その中でも、司会者のラフィーなどが、やっていたし、ハルカがでていた”トークショー“という番組でも、ハイアールのサンヨー アクアのコマーシャルをやっている、アンドレという、歌手でコメディアンが黄色い衣装を着けて、やっていた。観客もノリノリだ。 ばかばかしいと思うが、世界中、何が、受けるか分からないものだと思う。ガンナンスタイルと違う現象は、多くの人やグループが、色々なバージョンで、真似てみせているのが良いと思うし、アレンジしたり、詩を自分なりに作るのもいいと思う。 この毛虫のような花は何の花でしょうか。ポホン カユ プティー Pohon kayu putih 白い木材の木の花です。“ミニヤック カユ プティー“メンタムのようなにおいがする液体の主原料と言われている木です。私は、この花の写真を撮ったのではありません。よく見てください、小さなトカゲがいますよ。ゴルフ場のあちこちに、ちょろちょろしている。木に登っている姿を見るのは珍しい。Bunglon(ブングロン)ですね。保護色をしている。 ルバイ シンガ ジャンガン
2016.10.16
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2829 と、何年か前から、会う人に言っている。昨日もある人から、いつまでインドネシアにいるのですか、と聞かれた。来年も春に契約が切れるので、それで、終わりにしたいと思っている、と、一応、返事をした。こんなことを、何年も前から言っている自分が変だと思う。インドネシアの生活は、何不自由ないし、気候も合っている、そして、何より、仕事以外は、自分勝手に行動ができる。ということは、気に入っているのです。 日本での生活を考えると、先ず、気候の事、温度差が、大き過ぎる、丁度良い温度が無い、温度変化に体がついていかないので、いつも、暑い、寒いを、感じる、いつも意識をする、インドネシアにいれば、暑い寒いし、意識する時間がほんのわずかだ。インドネシアの気候の方が年寄りの体にはいいに決まっていると思う。 そして、もっと気になるのは、日本にいると、することがなくなって、ぼっとしていなければならない可能性が高い。私が関係した会社に、首を出して、何か、手伝うのか、これも、気を使われて、邪魔になるだけかもしれない。そんなこともないと思うが、呼ばれれば、行って、何かのアドバイスをするくらいなもの、招かれざる者には、なりたくないし、暇つぶしに顔を出すわけにもいかない。勝夫、だから、動いていないと、死んでしまう回遊魚煮たいなもの、また、日本で、ゴルフや旅など動けば、金がかかる。 それに、日本にいることになれば、町内の役を必ずしなければならなくなる。組長ぐらいなら、何のことはないが、町内会の会長などをやる羽目になる。自分からやるとは絶対言わないが、必ず、やってほしいと言われる。すると、断れないし、断る理由がない。動けることがあるではないか、と言われるかもしれないが、のんびり気楽にやるならやるという主義からすると、やはり、やりたくない。日本に帰りたくない理由ばかり、あげている。しかし、いくら何でも、20年を過ぎた。いつまでも、日本の家にいないというわけにはいかない。それに、そんなに長生きをしたいとは思わないが、最終的にゆっくりする場所は、矢張り、自宅。自分で整えた住処を終の棲家としたい。そろそろ、見切りを付けなければならない。 RAZIA WNA (Warga Negara Asing)Ilegal違法の外国人取り締まり、私もWNAです。昨日の関連、画面に、見にくいがDITEMKAN KARTAS CONTOH UANG PALSU,とかかれている。偽札に見本が見つかったと書いてある。 peragaan oleh Bapak Junaidi Saat Dinas Kanjeng Melakukan Rotual Penggandaan もう一枚は、ホットなニュースで、へんてこな男が、新興宗教の教祖を名乗って、金集めをして捕まった。この男の屋敷では、ニセ札が、ところ狭しと積まれていて、自分は、どんどん、お金を出すことができると、両側のポケットからどんどんお金を出して、まき散らす状態のビデオがあり、それ、を見せて、超能力者だと言っている。それを、パロッって、テレビン番組で、見本のお金をばら撒いて見せていた。インドネシアで、PPAPと同じくらい、その金のばらまきがYouTubeで、再生されている。準備 見切り 終の棲家
2016.10.15
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2828 大使館からのお知らせです。ま、いつものことですが、罰金を払わされた話はよく聞きます。ニュースでは、日本人というより、アフリカ系の人や中東系の人が、大量に検挙されている。そんなことってあるのと思ったが、サッカーの選手も、先日、10人ほど、つかまっていた。ま、とにかく、ホテルの従業員や会社のセキュリティーは、イミグレと小遣い稼ぎで繋がっているから、思いがけない時にチェックが入るかもしれません。会社の組織表のポジションも確かめておいた方が良いですよ。申請のポジションと違っているかもしれませんよ。アジトを急襲するとか、手入れとか取り締まりをraziaラジアといいます。バイクや車を止めて、免許証などチェックするのも、ラジアです。ニュースではよく出てくる言葉です。ここだけでも、多額の大人数のアンダーテーブルが動きます。 Subject: 在インドネシア大使館からの注意喚起(入管査察) ●インドネシア入管による外国人滞在者への査察が頻繁に行われている。●KITAS(滞在許可)、IMTA(就労許可)等に登録された住所、職務などに変更がある場合、速やかに変更手続きを行うこと。インドネシアにお住まいの皆様および旅行者の皆様へ平成28年10月13日(大16第41号) 在インドネシア日本国大使館 インドネシア入管(イミグレーション)職員が会社やホテル、アパートを訪問し、外国人が有する滞在許可や就労許可が適切なものか確認するため、査察が頻繁に行われております。 査察の結果、IMTA(就労許可)やKITAS(滞在許可)に登録された内容と実態が異なる場合(居住地、役職、勤務地等の差異)、調査のため当該外国人のパスポートが取り上げられることがある他、インドネシア法令違反であるとして、処罰対象となることがあります。加えて、現場において不当に金銭を要求されたとの事例も報告されています。 詳しくはジャカルタ・ジャパン・クラブの次のホームページをご参照ください。 インドネシアにおける罰金刑の執行に関する法的見解書についてhttp://jjc.or.id/houjin/news/150927_legal_interpretation_letter/ つきましては、皆様が有するIMTAやKITAS等の登録内容につき、住所や職務などに変更がないかご確認願いたく、変更ある場合には速やかに変更手続きを行っていただけますよう、宜しくお願い致します。(参考:当地滞在中のパスポート及び暫定居住許可証携行について)http://www.id.emb-japan.go.jp/oshirase16_25.html 在インドネシア日本国大使館 TEL 021-3192-4308FAX 021- 315-7156○大使館ホームページ: http://www.id.emb-japan.go.jp/index_jp.html ○外務省 海外安全ホームページ: http://www.anzen.mofa.go.jp : http://m.anzen.mofa.go.jp/mbtop.asp (携帯版)○大使館閉館中の緊急連絡(24時間対応) 021―3192-4308(代表) (続けて、1(日本語選択)のあと2(緊急の要件)をプッシュしてください。) 道端で一休みをしているゴミから売れるものを拾い集めている人、こういう人は実に多い。木の箱を引っ張っている。こういう、道具?は、売られている。このリヤカー?は、車のナンバープレートを付けているが、単なるシャレで、一般的には必要ない。役所に申請して許可を得る必要はない。しかし、インドネシアでは、何かをして、収入を得ようとするなら、必ず、その商売、仕事の申請し許可を得なければならない。そして、その仕事以外で、金稼ぎをしてはならない。これだけでも、多額のアンダーテーブル(贈収賄)が動く。インドネシアでは、親指と人差し指をこすれば、それを頂戴という印です。前に書いたが、今の会社は、商社として許可を取っているので、製造をしてはならない、それを、仕事許可丁から指摘されているので、定期的に、アンダーテーブルを払っている。本当かどうか、仕事を製造販売に替える申請をしたが、5年後でないと、変えられないという。本当かな、その道のコンサルタントを使って、その他のことも、必要なものの申請をしなおしているが、そう言っている。 金属加工の現場です。この程度の設備は、インドネシアでは、普通にある姿です。押出の金型は、ここに見える設備でできてしまう。 コタチカランKota Cikarang、リッポチカランではなく、ジャバベカのずっと北のチカランの町です。日本人は、ほとんど、こちらの本物のチカランに行ったことがないと思う。袖の下 机の下 コルプシ
2016.10.14
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2827 迷惑メール、得体のしれない、添付書、写真?を入れて、送ってくる文章、日本語になっていない。私のような、変換間違いではなく、真面目に、日本語になっていない。頭が未発達な人、迷惑メールを送るのを止めなさい。“発注書が添付されてませんが来てますか?送ってください。”“お手元に届き次第、お早めにお手続きください。よろしくお願い申し上げます。””それから、宅配便を装ったやつ、全く、何を考えているのでしょうか、添付書を開いたことがないので、何を送ったのか、全く、知らないが、いったい、何を届けてくれるのでしょかね。請求書を送ったが、確認の上、払ってほしい、請求書らしきものが添付されているらしいが、開いたことがない、いったい、私は何を買ったのか、何を頼んだか、一度、確認してみたいが、開いて、確認したことがない。 多分、添付書を開く人が多いのでしょうね。開いてしまうと、どうなってしまうのか、知らないが、何か、びっくり箱のように、飛び出してくるのでしょうかね。それとも、ウイルスが悪いことをするのでしょうか。 バッカじゃないの、何が楽しんだ。騙すことが生きがいか、民度が超低いね。 新工場の状況をチェックに行ってきた。何か、式をやったのでしょうか、幟が立っていたし、エンドオオタの工場の工事だという、看板も立って居た。間もなく、二回目の約束の完成日17日だ。しかし、思った通り、まだまだ、いつという、見通しが私には立たない。今月末?とても無理、一か月、今の工場を延長して借りているが、ギリギリになることは確実、場合によっては、もう、一か月、延長になる。 排水用の溝というか、パイプの工事がやっと始まっていた。着工してから2か月過ぎて、やっとだ。私は、工事の前から、また、工事中にも、排水は、何処にするのか、いつその工事をするのか、催促していた。工事が始まると同時に、先ず、確保しなければならないからだ。しかし、やっと未だ。それだけでも、後、二週間は掛かりそうだ。段取りがでたらめだ。15日に、配線パネルの設置を始めるという、これも、今月末まで掛かりそうだ。 シンガポールから、日本のエンプラメーカーの人がインドネシアの市場調査の為にやってきた。その会社とは、50年前から、お世話になっていて、若きその方達に、昔話をしてしまった。インドネシアのエンプラ事情も話をしたので、ちょっとは、参考になったかもしれない。ただし、日本の原料は、高いから、商売は難しいよ、っと。遅延 迷惑 期限
2016.10.13
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2826 普通、いえから、出かけるときに、持って出るもの。私にしてみれば、沢山ある。こんなに色々チェックしなければならなくなっている。日本で仕事をしているときには、HPは持っていなかったし、ラップトップも持ち歩く必要なかった。というより、使っていなかった。今は、仕事に限らず、生活必需品だ。 その他、ずっと絶対携行品は、サイフ、これには、現金のほかに、シム(運転免許証)など、様々なカードが入っている。そして、ここは外国です、パスポートとキタス(住民票)は、絶対です。そして、デジカメ。 ここまでの物は、持って出てこなかったと、気が付いた時点で、取りに帰るのが原則。 持っていた方が良い物、ボールペン、名刺、車にはティッシュペーパーは常備してある。 年齢とともに必需品になったもの、分厚いレンズの老眼鏡、涙成分目薬、水が入ったボトル、入れ歯接着材や洗浄剤、レンズ以外は忘れれば、コンビニで手に入る。 泊りがけで出かけるときには、蚊取線香や蚊取スプレー、そして、コンセント(日本式も使える)トイレットペーパー。これらも、コンビニがあれば手に入るが、日本式のコンセント(インドネシアのコンセントに差し込める)は、忘れたら大変。予備のバッテリーとバッテリーチャージャー、Wifi用USBモデム、 特殊なもので、一人で、高速道路で平日ジャカルタやその向こうに行くときに、口が大きめの空のボトルを持て行く、万が一の備え、大渋滞時の緊急トイレ用です。多分これで、全部だと思うが、もしかしたら、忘れていて、他にあるかもしれない。自信がない。 スンガイ カリマランの両側の土手道には、何でもリサイクルの会社というか、倉庫というか、直販所というか、廃品回収場というか、そういう類の場所が多い。プラスチック製のパレット、プラコン、袋、ロールなど、求めるものが安く買うことができるでしょう。もし、求めるものがないとき、時間があるなら、一応頼んでおけば、同業者に聞いて見つけてくれるでしょう。 この信号機は、なんと15年以上前に設置されて、多分、一か月くらいしか機能しなかったと思う。このまま、使われないまま、今では、もし、使おうにも、この四差路の一方が通行止めになっているし、右からの進入もできないようになっているので、信号の位置自体が、ここに、合っていないので、新しく場所を変えて設置しなければならない。そんなことをするはずがないのが、インドネシア、ここには、信号は似合わない。持ち物 忘れ物 必携品
2016.10.12
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2825 ブンガワンソロで水難事故、7人ほど遺体で見つかったらしいが、まだ、10人以上は行方不明、なぜか、宗教学校の集団のようだ。ジャワ島一の大河です。ま、歌詞にあるように、堤防などないから、雨季には、氾濫し、洪水が果てしなく広がる。普通の事です。Perahu pengangkut 25 santri Pondok Pesantren Langitan, Tuban, Jawa Timur terbalik di Sungai Bengawan Solo kemarin pagi. プサントレンというのはイスラムの寄宿制の学校です。 Jenazah 7 Santri Korban Perahu Tenggelam di Bengawan Solo Berhasil Ditemukanブンガワンソロ、ボートが転覆し、犠牲者になった7人の学生の遺体が発見された。25人も、どんなボートに乗っていたのでしょうか。プサントレンって、なにか、人里離れたところに有って、怪しい学校があるような気がする。 日本人がバリの南東の小島の海岸から行方不明、昨日現在、三日目だそうだが、見つかっていないという。ここも、インド洋です。インドネシア人はインド洋側(インドネシアの南海岸)で泳ぎ人はいない。観光地化された海岸は数えきれないくらいあるが、遊泳禁止が一般的、ライフィセーバーがいる海岸なら、スピーカーで頻繁に、注意をしている。私が沖まで泳ぐときには、彼らの許可を取って、見えなくなったら、直ぐに助けに来いよ、あなたたちの訓練にもなるから、と言って、沖に出てゆく、周りにはサーファーがいる。 自信がある人でも、インド洋で泳ぐことは、止めた方が良いと思う。静かな時でも1m以上はあるし、平均、2mくらいでしょうか。潮の流れも速い。昼前から夕方にかけて、平均で2m以上になる海岸が多い。膝位の水位の処でも,背より高い波が来るのが普通です。日本の海岸では想像できない。100m沖に出れば、5m、10mのウネリは普通です。小さい船は見え隠れしてしまうのが普通です。 パナソニック ボゴールの社長が交代ということで、その紹介、お披露目がジャカルタ、アジアアフリカ通りのホテルで催されているはず、招待されていたが、従業員に行ってもらった。それほど、長くない私が行くより、後継の人に経験を積んでもらう方が良い。どんな雰囲気なのか、明日、聞かせてくれるでしょう。雨季 事故 高波
2016.10.11
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2824 インドネシアでも、PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)が、結構、流行っているという。ゴルフをしていたら、付属の野外遊具場Area permainan outdoor Outdoor games areaの方から聞こえてきた。アイハバペーン アイハバアポーと、キャディにあの曲を知っているか、と聞かれて、知らなかった。日本からだという。 ゴルフの後、食事の時に、射出成型の技能検定の話になった。うちの会社では特級を持っている人が6人いて、その人たちは6万円の職能給がプラスになっていると言っていた。他の級の人はいくらでしょうかね。で、前に書いた、バリ、そういう人がいても、バリ取りと全数検査の人海戦術がなくならないのは、どうしてでしょうね。そっちは、金型の製造技術検定の方の話だという。変ですね。射出は成形技術以前に金型が重要でしょう。一体というより、射出成型技術者は、金型のことを熟知していなければならないはずでしょう。現状を見ると、特級を持っている人でも、これは、金型がどうしようもないから、バリは消えないという。何か変!! 射出製品を作るのにあたって、先ず、金型屋でテスト成型をして、OK品ができると確認し、成型やセッティングの条件と共に金型が納品され、成型会社でテストをし、OKなら、受け入れる。そんな、工程だと思う。それなのにバリが出る、また、その他の原因のNGが出る。どうしてでしょうか。扱いというより、金型の出来が悪いからです。勿論、特級を持っている人もそう言うはずです。しかし、その人がOKと、受け入れた金型です。 それでも、納品をしなければならない、ということは、技術検定とは別の世界、射出成型とは限らない、一般的な、後工程の経営の事になる。技術者が作ってしまった製品をどう扱って、客先に文句を言われないように納めるという仕事になる。 どんなテストをして、技能をチェックしているのか知らないが、テストの問題が、製品の良否をコントルールできるかできないか、に、なっていないのではないかと思う。的が外れているのではないか、ただ、差をつけるためだけの試験で、実態と違うのではないか、と、思う。 ところで、プラスチック押出の技能検定はないと思う。聞いたことがない。そりゃそうでしょ。大分前に。硬質塩ビで、成型ライン一式と簡単な金型を与えて、セットから良品ができるまでをやらせて、評価をする、という、テストというか、課題を与えて評価するという案が、あると聞いたことがある。硬質PVCの成形会社の技術者の方々が、それを、提案したらしい。これじゃ、全然だめで、その人たち、押出のことを知っていない。知っていない人が試験問題を作ってどうするの。硬質塩ビで技能試験をするなら、押出機の事や金型の事が重要で、それらを与えて製品を作らせるのは、テストにならない。もし、押出機の事や金型の事を考えさせても、これは、H-PVCだけのことだから、プラスチック押出の技術検定としては、十分の一のもなっていない。だから、技能試験の問題を出すことができる人がいないのです。 向き不向きがある仕事に、向いていない人でも、テスト結果が良くなるような、課題や問題であってはならない。 さて、私が押出成形技能検定を受けたら、超特級になるなと思うが、その、問題を作る人、採点、評価をできる人がいないと思う。 朝食を道端で取る人が多い。昨日の社新と比較すると、建物の大きさが違って見える。検定 技能 的外れ
2016.10.10
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2823 朝から、今にも雨が降りそうな曇天、7時からのスタート、今日は、ちょっとだけ、私にとっては、特別なゴルフだった。かなり、前から、付き合いがある金型屋の社長さん、御年、83歳、何年かの間、月に二回ほど、一緒に回っていて、私より10歳年上だが、気楽に付き合える仲だった。歳を感じるのは、ちょっと、忘れっぽさが増してきて、スコアーやオリンピックの点数の間違いが多くなってきたなと思う時だった。それでも、元気は元気だった。 ところが、4か月くらい前だったと思うが、別の人とゴルフをやっていて、カートを急カーブされて、カートから右足が外に出て、脇の木に足が当たり、骨にひびが入ってしまった。その人は、カートに運転をしない人で、必ず右側に座っている人だった。何故でしょうか、ゴルフのカートは、左ハンドルと決まっている。日本もそうですね。 一か月ほど、ゴルフ場で会ったことがなかったので、どうしたのかな、どこか具合でも悪いのかなと思って、誘ってみたら、そういうことだった。歳だから、治りが遅いよね、まだ、しばらく、ゴルフはできないよ、ということだったが、出来るよと言ってもらうまで3か月ほどかかった。それではやろうよと誘ったが、今は、足は大丈夫だけど、腰の具合が悪くなって、体を回せないから、もうしばらく待ってということで、今日、約、四か月ぶりだそうでした。 久しぶりにその人と一緒に回った、カートの運転をしない人だし、自分で運転しないのに、運転の仕方については、結構、注文を付ける人だとも知っているので、私と同じカートにした。私はちょっと運転が乱暴なので、気を使って慎重に運転したつもりだったが、発進の仕方とか、ブレーキのかけ方を今日もぶつぶつ言っていた。スコアーは100くらいに人だが、今日は久しぶりということでしょうが、108ほどだったし、ワンパットでなかなか入らなくて、オリンピックも低調だった。自分のプレーにかなり不満が有ったようで、ああでもないこうでもない、あそこが悪かった、ここが悪かったと、ご機嫌もあまりよろしくなかった。それでも、私としては久しぶりに一緒に回っていただいたので、慰みになったかどうか、応援し続けたし、励ましもした。多分、スコアーに関しては不満だったと思うが、終わってからの食事では、久しぶりにできたということもあって、ご機嫌で、結構、ゴルフ講釈をしていた。また、誘ってねということだった。 80を超えて、インドネシアでゴルフをしている人は非常に少ない。これからも、ぜひ、ご一緒にということだった。日本でやる時には、ほとんど高齢者ばかりと一緒だし、セルフだから、もっと、気を遣うし、面倒だ。それに比べれば、一人だけだから、なんともない。 ところで、その人、一年会員、今月中旬に期限切れということを、今日、ゴルフ場から知らされたとか、終わって、一緒に、申し込みしに、担当者を訪ねた。な、な、何と、一年会員は、35ジュタになっていた。因みに、永久会員権は150ジュタでした。年会費は15ジュタだった。 チカランバラットのゲートからジャバベカの方に向かったあたりの開発もリッポチカランに負けず劣らず、盛んだ。ますます、日本人が増える。日本語対応は当たり前の日本人の為に作っていると思われる施設がどんどん増えている。 高齢 久しぶり 忘れ
2016.10.09
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2822 インドネシアだからといってもバリ島のことではない。バリ取り 適正テストで、鉛筆削りやジャガイモの皮むきやバリ取りをしてもらって、器用さ、ナイフの使いかたを見たことがある。結構、このテスト、有効だ。プラスチックの製品を作っている会社にとっては、必ず、付き合わなければならない厄介な代物だ。永遠になくならない問題だ。 押出成形では、切断面のバリ、鋸刃で切った場合は、ほとんど100%、切断かすをなくすことと、バリ取りという後工程がある。この会社は、それほど固いものを作っていなかったので、ほとんどの製品は、回転ナイフカッターで自動的に切るか、鋏で切っていた。それらは、かすやバリがないので、仕上げ工程を必要としなかった。しかし、固い製品の時には、それが必要だ。このバリ取りの経験がない、前ダイレクターが、この製品の見積もりを出さなければならなくなった。私がやってしまえば、彼は、経験もできないし、何も考えないし、進歩がないと思い、それを任せた。原料費や製品重量やアワーチャージや収率などからの計算方法を示し、仕上げ工程があれば、一本あたりに価格を上乗せすることも説明しながら、書いて渡した。 射出の会社、これは、凄い。バリによるクレームが一番多いと思う。50年以上前から射出成型の現場は見ている。押出は一部門に過ぎない会社のもいたことがある。50年前と今では、成型機や金型の様子が全く違う。インドネシアで、日系だけでも10社以上、現場の見学をしたことがある。ほとんどというか、全部というか、射出成型は全自動だ。何やらセッティングをすれば、原料を容器に入れておくだけで、製品ができてくる。スプルーランナー?と製品が分離される。置かれた箱の中に落ちてくる。ベルトコンベアーに乗せられて、一定の場所に運ばれる。人は、何台に一人である。射出の現場は人がまばらで、仕事をしているようには見えない。 その製品を次の行程に運ぶだけ、その次の行程には、何十人もの女性がいて、左手で製品をクルクル回しながら、忙しく右手を動かしている。バリ取り工程です。一つの製品で何か所も取る、ものによっては何十カ所、一個のバリ取りが1分以上かかっているものもある。人によって、大いに速度は違う。そのあと、バリや引けなどの全品検査工程がある、ここも、バリ取り工程と同じくらいの女性がいる。OKとNGの種類によって分けている。NG品は、また、別の人がチェックし、リサイクルと先ほどのバリ取りに分けている。ここは射出成型会社というより、仕上げ検査会社?ではないかと思う。全自動と人海戦術。 それでも、返品やクレームが絶えないという。対策書を書きようがないが、一応、書いて出す。立入検査、オーディットも頻繁に行われる。射出屋の日本人は、金型が悪いという。その通りだと思う。射出は、成形屋の技術は10%、金型屋の責任、90%だと自覚しなければならないと思う。バリが出ない金型を作る技術だ、そして、成形屋に扱い技術指導を徹底することだ。自分達の技術の結集で作った金型を、自分たちが思うような使いかたをしてもらうことだ。金型は曲先から支給の場合もあるし、使いまわしているものもある、金型ショット数の保証制限もあるようだし。よく分からない世界ですが、大変ですね。と、言ってやるしかない。 男性で、こんなパイプのバリ取りもできない人がいる。あなたは、この会社の仕事には向いていないですね。他に、向いた仕事があるかもしれません。頑張って探してくださいと言ってやるしかない。 雨季の晴れは、カンカン照りになり、じりじりとした暑さになる。そして、道端の生ごみが悪臭をまき散らす、この街の匂いになる。バリ 永遠 反自動
2016.10.08
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2821 従業員の一人のお父さんが亡くなった。彼は40歳、父親の年齢は71歳、死因は、糖尿病が原因の体の機能全体の不全だそうだ。老衰とも言っていた。おいおい、老衰かよ。私の方が年上だ。彼曰く、私が異常だという。彼らにしてみると、私が高齢者だと思えないらしい。冗談でしょ、もう、既に、立派な高齢者だよ。もっと、私を大事に扱えよと言いたい。いたわれよと言いたい。アバンザに、昨日も500kgの原料を積み込んで、違反を承知で、警察官に呼び止められないことを祈りながら、搬送し、先では、一人手伝ってくれたが、250kgほどは、私が担いで取りだし、ローリーに積み、置き場所まで運び、そこに積み上げた。腰をいたわりながらだった。中には無理をしないでくださいよ、と、言ってくれる人もいるが、自分がやりだせば、止めてくれる人はいない。当たり前か。とにかく、インドネシア人は皆さん、老けて見える。どうも、私が子供のころ当時の老人を見て、60を過ぎれば、僕も、こんな風になってしまうのかな、と思った、感覚と同じようだ。男の平均寿命、日本は80歳を超えていると思うが、インドネシアは70歳に届いていないと思う。医療の水準や保険制度の差は、歴然としているとはっきり得る。それより、それとは関係ないと思うが、見かけが違う。とにかく老けて見える。くたびれて見える、しわくちゃに見える。そういう機会は、山に行ったりジャングルに入ったりした時にある、たまに、私より、大変そうだが、頑張って、若い人と行動を共にしている人がいるから、そういう人に親しみを込めて、おじいさん元気ですね、おいくつですか、と聞くと、私より平均10歳も若い。そういうところで、私より上と言った人に会ったことがない。 タイからPA12などナイロン原料の市場調査に来た方達と一緒に食事をした。インドネシアのこちらの事務所の人が三人、タイからが二人の5人と話をした。タイ語は、無しで、英語、インドネシア語、日本語(一人日本語を話せる人がいた)での会話、非常に面白かった。インジェクションについては知らないが、押出に関しては、高価な原料での製品の需要はほとんどないと、説明した。一寸、ガッカリしていたようだったが、仕方がない。そんなものですから、インドネシアは。 その人たちに、私は、多分皆さんが生まれる前、50年前に既に、PA11や12のチューブを作っていたよ、と、話す。幾つですかと聞かれる。73歳(実際はあと一か月先)だよ、と答える。そりゃそうでしょ、65歳などと言ったら、辻褄が合わない。ナイロンの押出用の原料が日本に出現したのが、私が大学を卒業して間もなくの頃だったから。私の年を聞いてびっくりしていた。60歳くらいに見えると言っていた。私は、私の精神年齢はもっと若いと思っている。この人達の国の人の73歳と言えば、平均寿命からいって半数以上は亡くなっているのだし、外国で走り回るほど、元気な人はほとんどいないはずだから。 ところで、私の平均余命は12~3年である。今、生きている私と同じ年の人の半数が85歳くらいまで生きているでしょう、半数があの世に行っているでしょうということですね。さて、私はいつまで,pura-pura sehatでいられるでしょうか。 ところでを、もう一つ、私が生まれた後、終戦直後の平均寿命は、な、な、なんと、男性50歳くらい、もう、20年以上前にこの世にいないことになっていた。戦死者が多かったから、食料不足で栄養失調の人が多かったから。学校給食が始まって、劇的に寿命が延びたのでしょうか。進駐軍からもらった小麦粉でコッペパン、マーガリン、そして、なんと言っても、あの、なんとも言えない味(私は美味しいと思った)の脱脂粉乳、バケツにお湯と粉を入れて、かき混ぜ作って、金属製のピシャクで、金属製のコップに注いで、底にたまった、溶けきっていない、ねっとりとした固まりを一緒に飲む。これらが効いたのでしょうか。間もなく、燃料電池や電気自動車の接近音を義務付けるという話をきいた。うるさいからと言って運転手が消してしまうことができないようにするという。目が不自由な人への配慮だ。それは良い。しかし、接近音というのだから、何処に、或いは、誰に何メートルに接近した時に、鳴りだすのでしょうか。それとも、接近音というのではなく、常に石油燃料車の様な燃焼音エンジン音と同じレベルの音を出し続けるのでしょうか。言ってくれた人の説明不足で、良くわからない。 ハイアールのはずが、こんな宣伝で売っている。テレビコマーシャルも、こんな感じだ。日本を全面に出している。中国なのに。 多分、一か月後には、移っている工場の周りに牛が一杯いるが、ジャバネカ2の工業団地内にも牛がうろついている。 こんな、バイクを全面に出す場所をはっきり示している交差点を始めてみた。はっきり書かなくても、バイクは、車の前に出てしまうのが普通だ。踏切でも前に出てしまうくらいだから。平均寿命 平均余命 精神年齢
2016.10.07
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2820 そして今。私がナンブに候補地の紹介を頼まれた時、勿論、押出部門も作るから手伝えだった。そこで、私は、MAKUTAをNANBUに売ることを約束した。私も含めて、全員がNANBUに移ることにした。売った金額は2000万円だった。そして、まだ、空っぽだった、工場の奥の方に押出部門が先行して入って、間髪を入れず製造を始めた。押出ラインは8ライン、全て、夜逃げした韓国企業のストロー製造会社から、5ライン200万円くらいで持ってきたものだった。そして、最初から押出部門は黒字を提供した。従業員は既に書いたが、全員、契約ではなく、正規従業員とした。その後、私は、この会社を離れたが、彼らは、安定した業績を上げつつ、もう、あちこち、移る必要もなく、安心して、生活ができるようになっている。時々、行き来しているが、彼らと一緒だと、気持ちが和む。良く、ボーリングやアイススケートに行ったね、パンガンダランやプラブハンラトゥにも行ったね。他にもいろいろ一緒に出掛けていたので、あの時は、ああだったこうだった、という話になる。全て、私が自腹だったことも知っている。ENDOTAで、11月にファミリーギャザリングで多分、タンクバンプラフとチアトルへ行くよ、という話をしたら、一緒に連れて行ってくださいよ、になった。皆さん、小学生の子持ちが殆どだ。とんでもない大人数になってしまうし、そんなことをしたら、他の日本人に恨まれてしまうから駄目だと、言ってやった。ここの皆を見ていると、私は、なんとなく、良い気分になる。 今のENDOTAのインドネシア人トップは元キタガワ(遅れて入社したので、私との接点は1年ほどだった)にいたが、撤退の時に一旦、故郷に帰ってしまった。その後、ナンブに入ったが、正社員ではなく契約だった。そこで、ナンブ契約切れで、私が、ASKAの時に彼を呼び込んだ。そのまま、私についてきて、今の地位になっている。そして、もう一人、重要な人物がいる。メンテナンスをKITAGAWAの時やっていた人で、私の部門ではなかったが、矢張りナンブに契約で入っていた。彼も私の処で仕事をしたいというので、入ってもらった。今、デプナラールやベアチュカイ関係の仕事もしてもらっている。問題だらけの申請や契約書類の改善に努めている。 私がいなくなった後、この二人が、この会社を引っ張るように言ってある。それほど遠くない話になる。彼らも、そのつもりだ。押出という仕事は、日本人でも向いている人はほとんどいないから、現地の押出成形会社に日本人がいても邪魔になるだけだ。現地の人の足を引っ張るだけだ。キタガワもアフミーもアスカもナンブもすべて、私以外の日本人は、自分ができないから、押出部門を嫌っていた。利益を上げているのに評価を下げた。射出部門があれば、利益を上げていなくても、規模が遥かい大きい方の評価を上げた。そして、彼らにとっては、手も足も出ないのに、押出部門は苦労していないと見えるのです。このことは、東プラの時から感じていて、サラリーマンを辞めた一つの原因になっていた。 事実、AFMI(TPR)の工場長だったインドネシア人は、日本人の高給の5分の1ほどしか評価されず、たまりかねて、自分の会社を作って出てしまった。その後のTPRは、押出の仕事を現地で新たに受けることができなくなった、親会社主導の仕事を増やすだけになってしまった。中国からの押出ライン、いい加減な装置なので、変な話だが、改造しなければ使えない。技術者がいなければ、使いこなせない。輸入して半年以上、眠っている。安くしてよ、買ってやるよと、言ってやっている。 プラスチックの押出成形は、ナンブの集団がインドネシアで最強だ。技術的に出来ないと断るものはない。但し、ナンブの押出部門は全員が、今の場所から出てゆきたいと思っている。クレームは全くない、安定はしているが、成長が見込めない環境だからだ。自分たちがもっとやりたいと思っていても、設備を増やす場所がない。それに、会社全体業績と押出部門の業績がかけ離れていて、5Sの状態も、飛びぬけて、行き届いている。大体、日本人を必要としていない、自立している。しかし、適切に評価できる人がいない、適切な評価をされていないと、矢張り、彼らも思っている。 遮断機が下りている、しかし、その向こうの列車との間にはバイクが沢山、入っている。反対車線は出口側なので遮断機がない。そちらから、どんどん入ってきて前に出るのです。止める人はいない。最近、便数が増えたのでしょうか、遮断機が下りている回数が多くなったような気がする、手前の渋滞が車やバイクが増えた以上の長くなっている。それにしても、通過する時間が決まっていない。だから、渋滞になる時間も決まっていない。 通勤途中、建設中のインドネシアンスタイルのレストラン、竹と椰子の葉が主なる材料だ。それにしても、この赤土、泥んこ、雨季の工事場は、こんなものです。画面の全体が赤茶色になっている。ミルナ毒殺事件、ジェシカに20年刑務所の求刑があった。安定 安心 心配なし
2016.10.06
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2819 ナンブへ行って原料を返してきた。彼ら押出部門には、日本人がいない。元々、私が立ち上げた部門で、従業員の殆どは、KITAGAWAの時から一緒だった。私が行くところ彼らがくっついてきた。二十年前からで、平均年齢40歳を超えている。全て、最初から正規従業員にした。KITAGAWAが撤退した時に、押出部門をどこかに譲りたい、というより、引きくけてを探さなければならない時、私に相談があって、当時、私がいた、AFMI(現TPRという)に、橋渡しをした。元々、私が引き受けた客先ばかりなので、話は簡単で、私とKITAGAWAから来た人間がそのまま仕事を続ければいいだけの話だった。当時も、押出部門は利益を出していた(しかし、射出の規模と押出の規模、従業員や日本人の数、専有面積の比率は5対1だったにもかかわらず、固定費を2対1にして損益計算をされていた)ので、移ってきても何も問題なかったどころか、大いに、仕事を増やし、ガスケットなど、赤黒ぎりぎりの仕事をしなくても、利益の上昇は見込まれた。ところが、どちらの社長さんも、自己中心主義、本社に対し、間違った自己アピールが見え見えの手段しかとらなかった。両者とも、私を邪魔者扱いにした人達だ。KITAGAWAから出す従業員への退職金を大いに値切った。次の職場を当てがってやるのだから、退職金は自己都合の金額しか出さないことにした。従業員は不服だったが、中の二人が、それでもいいと言い、抜け駆け的に、AFMIに移ってしまった。その二人は、今もTPRに残っていて、他の人とは行動を共にできなかった。その彼らの給料は、現状維持として、AFMIの社長は引き取った。それ以外の10何人かは、納得しないまま、KITAGAWAでの仕事がなくなってしまったので、止む負えず、AFMIに移った。ところが、彼らの給料は、当時の最低賃金にされた上に、正規雇用ではなかった。やる気がある技術的に上の連中がそういう扱いを受け、優秀な人達が冷遇され、抜け駆けした二人は、彼らより優遇されて、面白くない。私も面白くないし、彼ら裏切ったことになってしまった。一旦は、彼らが行き場所がなくなり、そして、彼らを独立させることにした。 私は、どちらの社長にも、待遇や退職金を良くするように頼んだが、彼らのキャパは小さい、インドネシアの若者のことなどに気を遣う能力はない。それに、私への恐れがあった、後ろめたいことばかりしてきたが、私が、すごすごと、逃げ出して、いなくなってしまわなかったから、なお、私を窮地に追い込めようとしたのでした。私は、キタガワにとってもアフミーにとっても、最良のどちらにも大いに利益になるように、仲介をしたのに、それが、私の手柄にしたくない一心だった。自分の手柄にしたいのです。気の毒な人達だった。被害者はインドネシア人や客先だ。 全ての客先は、今でもそうだが、私を頼って仕事を出してくれていた。当時の客先も大変心配した。AFMIを首になる三か月前から、中古の装置を買って、場所も準備し、止めて私が手伝う会社に期待という人は徐々に退職させた。その中の一人を社長(現在ナンブ押出のトップ、日本人はいない)にし、マクタという会社を立ち上げた。そこで、いったん帰国し、お金をなお準備した。直ぐに三交代で、3ラインの仕事は埋まった。AFMIでは、できなくなったしまった製品を引き受けた。私を頼って直ぐに全員、女性のQCなどを含めて15人ほどが一緒になった。給料は、キタガワを止めた時のままからスタートした。 その一年半の後、今度は、南部がインドネシアに進出したいと、当時の会長から相談があった。その時、KITAGAWAの撤退後の工場の処分ができていなかったので、双方のためと判断し、ナンブにキタガワの工場を買うことを仲介した。ナンブはすぐにその気になったが、肝心のキタガワの方が、例の社長さん、悪意が多い女性の通訳を二人で、会社整理の役をしていたが、なかなか、進まない、金を出せば済むことなのに、それをしないまま、ナンブに売り渡す手続きができる状態にならなかった。機械が無くなって、従業員がいなくなって、二年後にやっとナンブに売ることができた。その前に、その裏のオリエンタルという会社が撤退し、整理も早かったので、そちらにナンブは入った。 MM2100の裏口の一つから、カリマラン川にかかった場所、チカランやチビトゥンに行くとき、他が渋滞していると思えば、この道を使う。雨季で茶色の水がゆっくり流れている。そして、この道も相当な渋滞だ。嫉妬 被害意識 手柄
2016.10.05
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2818 いきなり、初日、ノーベル医学生理学賞、大隅さん、おめでとうございます。日本では、多くの方々が、ノーベル賞級の研究をし、成果を上げている。受賞と非受賞で、何処が、何が違うのだろうと、考えさせられるくらい、多くの人が貰ってもいいと思う。物理、化学と続くが、ぜひ、何人も取れるといいですね。そのために研究や発見をしたのではないと思うが、受賞できない日本人が多くいる事、気の毒のような気がする。インドネシアでは、ノーベル賞と言っても、知らない人が殆ど、全く、ニュースにもならない。そして、もう一つ、思うことは、韓国や中国が悔しがるとか、何かを言いたがる、という、コメントを出す人に、受賞者は、そんなことを、言いたいと思っていませんよ。 とも聞かれた。だから、1200回として、平均、多分、この間中、二倍になっていると思うから、どうでしょうか、一回、50万Rp(プレー費、チップ、交通費、年会費など込み、現在は60万Rpくらい)とすると、500、000×1200=600,000.000Rpですね。平均レートを100Rp、1円とすれば、600万円くらいでしょうか。それほど、大金をつぎ込んでいるとは思わない。ちなみに17年くらい前に買った会員権は15、000US$だった思う。今、いくらするのでしょうか、確かめたことがない。 月、10回なら、6ジュタRpで、円にすれば、4万6千円くらい、体力維持目的で楽しんでいるのですから、贅沢ではありませんね。それに、他の生活費は、インドネシア人平均くらいだから、5万円は掛かっていない。 新工場の出来具合を偵察行ってきた。一週間前に目標にした、20日に引っ越し、後二週間で、入居できるようになるでしょうか、矢張り、出来そうもないというのが、直感でした。私の直感は当たる。やはり後一か月、今月末にはできると思う。約二か月前の着工の時に思った通りになる。私の予想通りになる。ノーベル賞 いくら 新工場
2016.10.04
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2817 ゴルフの話だよ、と、聞かれた。インドネシアで何回くらい?と聞かれた。現在は、今日すべてでやっている。休日は一年、何日あるでしょうか。52×2=104日+祭日10日(土日とからならない日)=114日 日本に帰っているときも、土日や休日ではないが、週に二回平均はやっている。それに、レバラン長期休暇で5日+、合計120回ほど、三日に一回はやる機会がある、と、自分で設定してある。インドネシアで例外はあるが平日にやることはない。実際に、旅に出ていなければ、必ずやっているので、年に、100回ほどやっていると思う。ちなみに、先月9月は、9日の機会がったが、6回やったが、平日一回、お客さんとやったので、7回だった。今月10月は、既に二回、あと8回、合計10回になる予定だ。 パニック障害の時に、何回や抜かした。その他、怪我や病気でやらなかったことはなかったので、年に80回ぐらいとして、始めたのがインドネシア1998年後半からで、18年間だ。ただし、初めの10年ほどは、かなり、旅に出かける日が多かったから、それほどやっていなかった。それでも、年平均50回以上でした。ということで、10×50+8×80回=1140回になる。1200回はやっているでしょう。多分、それ以上だと思う。 自分ですごいと思う。ゴルフをしていない日は、運転して遠くに行っているか、ジャングルに分け入っているか、山に登っているか、インド洋で泳いでいるか、インドネシア全国のどかを歩いているかです。http://otaenplaext.net/newpage120.html基本的に足が丈夫なので、出来ているし、疲れもあるし、体のどこかが痛むことあるが、疲れがたまってしまうということはないので、じっとしていられないし、何もしないで、家で、テレビを監視しているだけ、には、耐えられない。かえって、疲れるし、体のどこかがいたくなってしまう。動いているのが、体力維持と思っている。カロリーの消化が多いと思うが、食べることも苦にならないので、カキリマやテントワルンで食べるし、自分で料理して十分食べていて、胃はないが、身長170、65Kgという体重はここ10年以上、±1,5kg、で維持している。一応、元気な高齢者だと思っている。 今日、聞いた人は、すごいですね、真似したいと思わないですが、という。仕事で大変な、人が多い、それどころの話ではない人が多い。ゴルフは、気分転換と暇つぶしでしょう。何もしないでごロットしているよりまし、と言ったところでしょう。人それぞれですね。 雨季の空です。午前中は晴れていて暑かったが、14時過ぎです。家に帰る途中です。週 何回 体力
2016.10.03
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2816 経理のコンサルタントが毎土曜日に経理担当者にアドバイスをしに来ている。半年の契約だ。ゴルフの後、挨拶の為に会社へ行ってみた。いきなり、その人から、太田さん、資本を出していますか、その証拠はありますかと聞かれた。私が、出資した金額は会社の借りになっているでしょ。その証拠はある。資本の出資者にはなっていない。事実、定款では設立の時に、エンダンさんが、1.5MRpの90% アブドゥールが10%になっているでしょ。と、答えた。ところが、その人曰く、その出資の証拠がないという。その人たちから出資されたなら、銀行口座に振り込まれているとか、現物で出資ならその価格がそれらの人達から示されていなければならないという。ごもっとも、当たり前。ところが、それがはっきりしないし、それらしき金額が、何度かで、振り込まれているとして、それらの合計は、1.5Mには程遠いという。アブドゥールからの金額は全く見当たらないという。定款を書いたノタリスは、何を証拠にしたのでしょうか。証拠書類がないのに、届を受けたBKPM?が、良く受け取ったなと思う。もっとも、この会社、製造販売でなく、商社のような仕入販売の会社として、届けられているということも、つい、二か月ほど前に、デプナカールから指摘されていることで知った。物つくりをしてはいけない会社になっている。コンサルタントは、他のことも合わせて問題が山ほど放置されていたことに、ショックを受けたらしい。頭を抱えていた。 コミサリスも二人の元ダイレクターも元アカウンティングもノタリスもすべてが、手抜きを手抜きと思わないで、いい加減なことをやっていたというか、なにもしていなかった。私はバランスシートを確認していただけなので、その元になるデータを見ていなかった。見るつもりもなかった。質問され、聞かされて、知った・ コミサリスにこれらのことをメールで伝えた。それらのことは、インドネシアだから、ローカルの零細企業、何とかなっている分けで、それらの筋にもお金を出していると、コミサリスから言われた。私が不審に思うことは、それなりに、うやむやにしていたらしい。今、根本的に、修正するチャンスだとして、このことなどをコミサリスに報告し、今月中旬に、来年二月で切れる私のポジションも含めて、打ち合わせをすると約束した。 気分がすっきりのゴルフ、8時と、遅いスタート、スタート時から既に暑い、こんな環境です。明日も8時から、家を出るのは、7時半だ。資本金 証拠 pusin
2016.10.02
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2815 現在、会社が使っているトラックは、前ダイレクターの名義になっている。そして、月々の支払いは会社がしている。帳簿上は会社に固定資産にしてある。また、中国から買った押出ライン一式、良くわからないが、前ダイレクターが契約を交わして買った。そして、頭金をコミサリスが払った、残りに金額はコミサリスが銀行から借金をし、払い、返済はコミサリスがしている。面倒だから、帳簿上はどうなっているのか、見ていない。多分、会社の固定資産にしてあるのでしょう。 引越しようとしている工場について、私は、契約のことノータッチだ。契約内容を全く知らない。土地や工場を買ったのか、買うのか、借りるのか、借りたのか、もっと細かく、土地を借りて、工場は自前で建てるのか、資金は、どうしたのか、どうするのか、どこからか、借りたのか、借りるのか、そもそも、会社が契約したのか、コミサリスが個人で契約したのか、前ダイレクターの時に、そこに決めたようだったが、彼が、何らかの契約に関わったのか。そして、既に書いたように、契約にあるらしい、移転日を過ぎている。トラックやバイクのように、個人で買ったり借りたりしたものを会社が払うのだろうか、私は、払わない、個人で契約したなら、もし、月々払うなら、個人に貸す形になるのだろうか。 こんな話もある。初代ダイレクターが、獲得した韓国系の会社のS-PVCチューブ、私がダイレクターになって、知ったことだが、フィーというアンダーテーブルを売り上げの20%ほど、客先の購買担当者に払っていた。最初からだ。前ダイレクターも払っていた。利益が消えていた。そのうえ、二人のダイレクターは、払った中から分け前を受けていた。だから、彼らにとっては、会社は損をしてもいいのです。私がダイレクターになって、先方からフィーの請求があった。私は、知らん顔をした。そして、約半年、経過した。その会社からの注文が以前の半分以下になった。そんな会社と関わりたくないから、良かったと思う。多分というか、勿論というか、S-PVCチューブだから、ローカルのどこでもできる。フィーを受け取れる他社から買いだしたはずだ。こんな製品で価格や裏金の争いは無駄な話である。経営者の韓国人はそれを知っているのでしょうか。どうでしょうか。多分知らないと思うし、知っても、関わらないで、放って置くでしょ。インドネシアはそういうところです。日本人の皆さん、インドネシア人の一部だろうと思うが、出来る立場の人は、やっていますよ。人事も購買も営業も経理も、皆、やっているでしょうね。 姑息なことをし、自分の利益だけを優先し、自己満足をする、寂しい話ですね。こんな世界にいる私も寂しい気持ちになる。私が手伝った会社にも、そういう日本人がいました。あなたは、大丈夫ですか。 間もなく、完成しそうなホテルだと思う。チカランバラットのゲートを出て、ジャバベカ方面に300mほど行ったところの右手に建設中、というより、ジャバベカの方からチカランバラットのゲートに入る手前300mくらいと言った方が良い。といことで、このホテルには、ジャバベカの入り口辺りまで行ってUターンして戻ってこなければならない場所にある。チカランバラットのゲートやリッポチカランへ行きにはいいが、ジャバベカへ行くには遠回りをしなければならない。いつ閉じててしまうのか、閑散としたカルフールと同じ条件場所だ。 ジャバベカ1の運転免許発行所の近くからカリマラン川を越え、高速道路を跨いで、こちらから、ジャカルタ方面に向かう高速道路に入る道を作っている。この辺りにゲートを作る工事が始まって3年以上過ぎている。あと何年かかるのでしょうか。そして、出来たとしても高速道路の渋滞は増すばかりだ。知らない ノータッチ 矛盾
2016.10.01
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