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斜めからインドネシアを眺めよう 141 今、どこの会社もご存じのとおり暇です。仕事の量が劇的に減っています。どこの会社も契約社員をほとんど全部やめさせました。それでも、まだ、暇です。もっと減らした方がいいのです。資金に余裕がある体力がある会社は持ちこたえるでしょうが、どこまでもつかです。会社都合で社員に辞めてもらう場合は通常退職金の二倍以上を出すのが通例です。しかし、10年正社員を務めた人でしたら、その通常退職金が止めるときの給料の三年分くらいですから、会社都合の場合はかなりの金額になります。三万円が月給の人は100万円の倍二百万円になります。インドネシアでは一般的な家が建てられます。何度も、書いていますが、インドネシアの労働基準法の残業代と退職金は異常です。ですから、会社を閉じる、撤退するのも大変です。儲からないし、意味がなくなったので畳んでしまおうと思っても、まず、退職金を準備できるかどうか考えなければなりません。畳むなら早い方がいいのですが、退職金を払えなくて、なかなか、クローズに踏みきれないうちに、どんどん退職金がかさんでいってしまいます。韓国系の企業は、夜逃げをしてしまうそうです。突然、何もかもほっぽり出して、帰国してしまうのです。今、身売りかクローズか、とにかく、インドネシアから撤退したがっている会社がいくつかあります。この不景気の時、買ってくれて引き継いでくれる会社を見てけるのは大変ですが、もし、うまい具合に見つかれば条件が悪くても売ってしまったほうがいいと思う。 それでも、従業員には退職金を二倍払わなければなりませんが、働く場所をそのまま残してあげられるということは、退職金の交渉で、会社に有利な条件になります。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/私は、先ほど、4月までの日程を決めた。それに従って行動する。
2009.01.31
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斜めからインドネシアを眺めよう 140会社での私の机は広い事務所の一角の小さな部屋(4m×6m)にあります。私以外に工場長や図面描きなど、私を含めて机が四つあります。私は外に面する窓を背中にしています。前方、5mに入り口の扉があり、常に開かれています。エアコンは私の後ろの窓の上にあります。窓を閉めて、冷房を27℃に設定してスイングで運転していましたが、寒くて仕方がない。そこで、上向きにして前方の入口方向だけにした。今後は、入口の脇に座っている人やそこへ入ってくる人たちから、寒い,風邪をひくと言われてしまった。今度は、エアコンを切って、後ろの窓を開けておくことにした。広い事務所はギンギンに冷房を効かせているので、冷気が入口からはいってきて、後ろの窓にぬける。程よい暖かさになって、時には風が吹き込む、心地よい状態になった。いっしょにいる人達もこのほうがいいという。エアコンは使わないエコ勤務である。ところが、会社全体といえば、事務所、社長室は社長がいない時の方が多いが、20℃以下に設定されていて、寒くて仕方がない。前にいた会社の事務所と現場と温度差が10℃以上あるかのように感じていたが、この会社も同じである。現場を暗くし、電気代節約といっているにもかかわらず、高い電気代のエアコンは使い放題である。自分に甘く、従業員にきびしい。自宅の電気代(エアコンの台数が多い)も会社負担です。私は、寝室にエアコン一台ありますが、寝付く前に二時間のタイマーで使っているだけで、リビングやダイニングは自然の風、利用です。
2009.01.30
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斜めからインドネシアを眺めよう 139ガルーダの日本関連機内は行きも帰りもバリ観光の関連の若者が多い。別にガルーダに限ったことではないが、機内はなぜこんなに寒いのでしょうか、乾燥しているから、20℃くらいに設定しても寒く感じるという人が多い。それなら、設定を25℃以上に上げてくれればいいと思う。昔からそう思っていた。ほとんどの乗客は寒いといっているし、熱いといっている人に会ったことがない。航空会社はアンケートなどを取っているのでしょうか。空気吹き出し口をほとんどの人が閉じる。中には閉じ方を知らない人は他人の方向に向けてしまう。 乗客が乗る前に空気口を全開にして、機内の空気を入れ替えるのでしょうか。そのあと開いたままにしてあるからでしょうか。必ずといっていいほど皆さん閉じる作業をそれぞれします。 ところで、バリ関連の乗客の皆さんは寒くないのでしょうか。ティシャツや短パン、中にはランニング姿、タンクトップ姿、足にはサンダル、見るからに寒そうなスタイル、バリ滞在の時と同じ状態でしょう。 さすがに、この季節、成田に着く前か、着いてから、着替えをするようですが、成田エクスプレスのホームで先ほど機内で肌むき出しの服装をしていた一団が、全員、着ぶくれになっていて、顔だけが同じ、そういう光景はよく見かけます。滑稽な感じがします。ちなみに、インドネシア人はいつも厚い長袖の服を着て、そのうえほっかぶりまでしているので、問題ないようです。日本人が不思議と思う光景の何番目かに入ると思います。
2009.01.29
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斜めからインドネシアを眺めよう 138 ガルーダの日本関連機内は行きも帰りもバリ観光の関連の若者が多い。別にガルーダに限ったことではないが、機内はなぜこんなに寒いのでしょうか、乾燥しているから、20℃くらいに設定しても寒く感じるという人が多い。それなら、設定を25℃以上に上げてくれればいいと思う。昔からそう思っていた。ほとんどの乗客は寒いといっているし、熱いといっている人に会ったことがない。航空会社はアンケートなどを取っているのでしょうか。空気吹き出し口をほとんどの人が閉じる。中には閉じ方を知らない人は他人の方向に向けてしまう。 乗客が乗る前に空気口を全開にして、機内の空気を入れ替えるのでしょうか。そのあと開いたままにしてあるからでしょうか。必ずといっていいほど皆さん閉じる作業をそれぞれします。 ところで、バリ関連の乗客の皆さんは寒くないのでしょうか。ティシャツや短パン、中にはランニング姿、タンクトップ姿、足にはサンダル、見るからに寒そうなスタイル、バリ滞在の時と同じ状態でしょう。 さすがに、この季節、成田に着く前か、着いてから、着替えをするようですが、成田エクスプレスのホームで先ほど機内で肌むき出しの服装をしていた一団が、全員、着ぶくれになっていて、顔だけが同じ、そういう光景はよく見かけます。滑稽な感じがします。ちなみに、インドネシア人はいつも厚い長袖の服を着て、そのうえほっかぶりまでしているので、問題ないようです。日本人が不思議と思う光景の何番目かに入ると思います。
2009.01.28
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斜めからインドネシアを眺めよう 137 インドネシア人と日本人とは現象のとらえ方が違うことがはっきりしている言葉がいくつかあります。インドネシア語講座に追加しますが、考え込んでいる言葉があります。考えると眠れなくなります。jatuh (ジャトゥー)"落ちる""倒れる""ひっくりかえる" tumbang(トゥンバン)"倒れる"という、似た意味の言葉が在ります。しかし、私には全く似ているとは思えない。インドネシア人はほとんどの人がjatuhしか使わない。木や人が倒れても、飛行機が墜落してもジャトゥーです。私には人が落ちたのか倒れたのか分からない。だから、どこからとか、どこでと聞かなければなりません。それで、始めて、落ちたのか倒れたのか分かります。インドネシア人はそれをどちらか分かる必要がないようです。だから何も聞きません、納得します。どちらも同じことなのです。その頭の中身が分からない。書き言葉としては使います。トゥンバンという言葉は話し言葉として全く使いませんが、辞書で引けばあります。そして、こちらが話せば、勿論、倒れたと分かります。インドネシア人に、どちらなのか知りたくないのか、何故区別して使わないのか、聞いても分からないといいます。だから、やはり、落ちると倒れるは、おなじなのです。あるのだから使えばいいと思うのですが・・・
2009.01.27
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斜めからインドネシアを眺めよう 136 二日目、今日が最大のハイライト、と、云っても、ゆったりと、潮の引くのを海岸で待った。刻一刻と変化する海岸の風景は時間を忘れて、半分、居眠りをしながら、満喫した。どこか、他の旅行記に書いたこともあると思うが、このまま、永久に眠ってしまってもいいような、すいこまれるようなうとうと状態だった。インドネシア語にtermenung(物思いにふける、他人から見ると大丈夫かなと心配される状態)というのがあります。そのまま、トゥルムヌングでした。泊まったホテル(HOTEL PONDOK IMPIAH)の前の海岸の潮が引くと見渡す限りの干潟になる。どのくらいの広さか広すぎて分からない。多くの近くの人があらわれて、潮干狩りがはじまる。日本のように入場料を取って、前に日の夕方に撒くのと違い、純粋に自然のままである。私も、皆さんと一緒に掘って、近くにいる家族つれの手伝いをした。何十年ぶりかの潮干狩りである。こしが痛くなったが、二時間ほど付き合った。あいにく、サンセットの状態は満足できなかったが、砂に隠れて息をしている三葉虫のおまけつきで、小さな男の子にあげたら大喜びではしゃぎまわっていた。朝、二時間ほどかけて東海岸へいってみた。期待に反し、景色の奇麗なところはなかった。それでも、岩がごろごろしている海岸は多かった。海の色も西海岸ほどではなかったので、其処に止まるのは止めにして、西海岸のこの島の首都のTanjungpandanタンジュンパンダンで泊まることにしたのが正解だった。昨日はハンドホーンの調子が悪く、コネクトできなかった。三日目 春節 町の中心地へオジャック(バイクタクシー)で行ってみた。バロンサイに出会うことを期待しながら8:00ごろパサールに着いた。其のわきに中国寺があり、そこで始まるのかと聞いたら多分という。時間も分からない。しばらく、パサールを散策し、出ようとしたときに獅子を持った若者連中がトラックでやってきたのに出会った。08:30ごろでした。それは先ほど見た寺の境内に入っていった。私も付いていったが、竜がまだ来ていない。来なければ始まらないのは知っていたので、そのあいだに寺で中国流のお参りをした全く分からないので、そこにいる長老ふうの人に教えてくださいと頼んだら、喜んで教えてやるといってくれた。まず、ローソクと線香の大小と何やら書いてある黄色い紙十枚以上のセットを買った。いくらでも心づくしというので二万ルピア渡した。丁度いい金額だったらしい。初めに何箇所かある神様の内外の向かい側にある祠をお参りした。ローソクを二本ずつ合計五か所で十本立てる。それが悪と、今度は線香を7か所に刺すがその前で、前に掲げておき乗りをする。お王の皆さんなひざまずいてお祈るりしていたのでそれに従った。バロンサイ若者も一緒にお祈りをしていた。それが終わって、最後に外の祠の前で黄色い紙の火を着けて燃やす。それで、終わりかと思ったら、戻って寺の前の両脇に最後にお祈りをして終わりでした。順番が分からないし、何ずつ備えたらいいのか変わらないし、何やら、お酒のような油のような水のようなものをささげている人もいるし、まよったまま、あっと終わってしまったが、かなり、歩いたり座ったり立ったりして疲れてしまった。町の人々が握手を誰彼ともなくしている。私も、多くの人に握手を求められた。間もなく、竜のトラックが到着し、09:30に彼らの催しバロンサイ(獅と竜の舞)が始まった。15分くらいでした。外の町へ繰り出して行った。楽しい経験を始めてさせてもらった。今は、チカランの家に戻っている。
2009.01.26
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斜めからインドネシアを眺めよう 135 26日が、春節、チャイニーズ ニューイヤーでハリラヤ(ナショナルホリデー)です。今日から三連休です。この不景気、この三連休に仕事をする会社は皆無です。だからと言って癒す必要もありませんが、いつものように旅に出ました。今どこに来ているかと云いますと南北に長いスマトラ島の南西にある小さな島ブリトゥン(Belitung)に、来ています。何がこの島にあるかと云いますと、奇岩奇石が海岸のあちこちにあるということでインドネシアでは有名な島で、テレビドラマのロケ地としてよく登場する。今朝、03:00起きで家を出発、06:20スリウイジャヤ航空でジャカルタを出発した。この航空会社を含めて三社がジャカルタから、一日一往復あるだけです。他に場所から来るにはジャカルタ経由になります。他に選ぶことはできません。いつもの通り、まず、タクシーを頼んだ。ホテルを探し、ブッキングをした。そのまま、西海岸のいろいろな岬へよってもらった。奇岩も良かったが、海の色の美しさが印象的だった。白い砂と雲、緑色の海と青い空。明日は東海岸へ行く。旅行記,たくさんの写真は後日27~28日頃ホームページに追加します。 島をめぐりながら感じたことは、景色がユニークでそれほど人が大勢いるわけではないので、南の島のモデル撮影には最適ではないか。近代的なものは目に入らないので邪魔な建造物はない。日本から来るにはジャカルタに一泊翌日早朝出発、二泊三日で島は十分堪能できる。写真撮影だけなら、日帰りでもOK、サンセットサンライズを撮影したいなら島で一泊だけでいい。昼過ぎのフライトでジャカルタに戻り、その日の夜のフライトで日本に戻る。出発から五日目の朝、成田に着く。バリばかり行っていないで、こんな場所も楽しむことを勧めます。旅行社の回しものではないので、純粋な印象でした。
2009.01.24
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斜めからインドネシアを眺めよう 134 おおきな工業団地、ジャカルターチカンペック高速道路の中間地点、ジャカルタに近い側チビトゥンにMM2100がある。一つ向こうのチカランにEJIPがある。MMは高速道路をでてすぐ団地に入る、すべての工場は東側に広がっている。拡張を東側にしている。 一方、イジップは高速道の出口から遠いし、他の工場団地も近くに沢山あるので渋滞が激しくMMに比べれば不便で時間がかかってしまうことが多い。そして、拡張は西側に向かっている。 両工業団地は西から東から二つのインターの南側で接近をしているのです。両工業団地だけのGDPはインドネシアのなん%とか占めていると思うほど広大で、日系の大企業が多く進出しています。今や最接近している場所は二三キロの距離しかないと思う。イジップの工業団地へのジャカルタからや輸出港タンズンプリオクへのアクセスは高速度道しかない、一般道など迂回道がない。大変不便です。 ですから、当然、イズップの管理者も入居企業もMMに繋げてしまいたいのです。そうすればMMの中を通る近道ができるのですから大変便利になります。お互いの納品も交流も高速道路を迂回しなくて済みます。便利なことばかりです。これは、工場団地ができた20年前近くからの懸案でした。イジップからMMに何度も頼んでいます。しかし、MMは頑として受け付けません。私も当然だと思う。MMの中がイジップの車の通過道になって、MMの中やゲートが大渋滞になってしまいます。絶対認めないでしょう。イジップでは虎視眈々とその希望を飲ませるべく、あの手この手を打っているようです。境界に川があるのですが、そこまで道を作っています。橋もイジップ側でかけました。さあ何年先にMMがOKを出すのでしょうか、私は何か政府や行政の大きな力が働かない限り繋がることはないと思う。橋の写真はhttp://blogs.yahoo.co.jp/enplaind橋の向こうには道らしい道はない。丘の向こうがMM2100である。
2009.01.23
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斜めからインドネシアを眺めよう 133 日本は大寒が過ぎて、一番寒い時期に差し掛かっていますが、インドネシアは雨季の真っただ中、これから、二月の中旬にかけて、大洪水の季節になります。ただし、暑さは平地で最低20℃最高で30℃くらい、雨季は温度が低くなりインドネシア人にとっては寒い季節です。ただし、日本人にとってはやはり熱いままです。そのうえ、蒸し暑い、大変住みにくい日本の梅雨の季節に似ています。エアコン(クーラーのみ)の温度調整が難しい。他人と一緒のときのバランス調整が難しい。インドネシアでの滞在が短い人ほど、今の季節は特に蒸し暑く感じるので、お客さんが見えた時は気を使う。私のように長く滞在している人ほど暑さに慣れているので、冷房はきつ過ぎることがおおいが、私が、寒いのを我慢するくらい温度でないと、お客さんは熱いを連発する。最初二三年は、その状態で、我慢をして風邪をひくことが多かった。日本にいる時より良く風邪をひいていた。ホテルはどこもギンギンに冷房が効いているので、私にはつらいが、お客さんにちょうどいいらしい。カラオケやレストランも同じです。私には寒すぎる。一人でいるところではないので、とにかく我慢する。カラオケのお姉ちゃんたちは体をかなり露出して服の表面積が小さいので、寒い寒いといっている。それで、風を引く子も多い。私に着いた女性には上着をまとっていいよといってはおらせます。しかし、店によっては、お客さんがいいといっても上着をまとうことを禁じている店もあるようです。余談でした。飛行機内もそうだが、寒い状態になることが分かっていれば、長袖のメリヤスの下着と長袖のシャツを用意しておいて、到着したら、車の中か、トイレで着替えをする。今は、風を引くことはなくなった。
2009.01.22
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斜めからインドネシアを眺めよう 132 デルタマスとカラワンの中間ほどにある何とか川が氾濫して、田んぼや住宅地が広い範囲で洪水になった。こちらの川は土手がない。治山治水という言葉はない。原始時代から、多分、川を治める、ということを、そこらあたりの支配者はしていなかったのです。今でも、溢れればあふれるなりにし、水が引けば戻ってきて家を建てて暮らす、それの繰り返しである。前にも書きましたが、竹とヤシの葉で組み立てるのですから、建築会社に頼むわけではないし、材料費の只である。何年か前に、JALがジャカルタ空港から飛び立って直ぐにエンジンを一つ落として、引き返した。その時に、エンジンは民家に落ちて、家を全壊させた。人身に被害はなかった。その家に修復費と慰謝料を含めて、200万円払ったとか、その家の人は大儲けをしたと、大喜びだった、テレビでやっていたことがある。三日で、新しい家を建てたといっていた。高速道路は若干高い位置にあるので水をかぶっていなかったし、両側に警察や軍隊のテントが設置され、川の両岸に住んでいる人達が何日か寝泊まった。給水タンクや移動トイレも設置されていた。数年前にはこんなことはなかった。自分達でプラスチックのシートを広げて、屋根にし、皆さん野宿をしていた。今はそれだけ、政府というか行政が、いち早くかどうかは知らないが、とにかく、援助をするよういになってきたのです。もっとも、間もなく国会議員や大統領の選挙があることも関係していると思う。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
2009.01.21
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斜めからインドネシアを眺めよう 131 相変わらずA社のトップは会社に出てこない。そして、工場の中は暗い、雰囲気も暗い。どこの客先がどれほど、逼迫しているのか、客先との話をしていないようです。知識がないので話が出来ないのです。それでは、できる人に任せればいいと思うのですが、それもしないのです。ようするに、知らん顔なのです。インドネシア人スタッフに任せきりで、彼らは先方のインドネシア人に接触するだけなので、客先の日本人に情報が的確に伝わらない。知りたいが、聞いても、答えが戻ってこない。 K社はK社で、すでに、客先から両手を放してしまった。残りの在庫について、インドネシア人スタッフに任せてしまった。 A社とK社のトップが話をすることはもう、ない。 そこで、この会社内のことですが、K社から来た11人ほどのうち、オペレーターが6人で1シフト2人づつ、検査に3人、日勤に2人に振り分けた。オペレーター2人では足りない。満足な製品は三台分しかできない。そのうえ、検査に回った2人は、K社からの退職条件を最初から飲んで、辞めてこちらに来たのでした。A社の社長の約束通り、K社での最終賃金を保障されたが、他の9人は粘って、退職金を若干上乗せさせて、10日遅れて、退社したので、A社の社長はそれを理由に30%近くの減給で彼らを受け入れた。もちろん、彼らは、口に出さないが怒っている、約束が違うと。やる気がある人間が粘って、仕事に自信がない人間がアッラリ脱落したのです。人のことは言えないが、評価基準が間違えている。仕事ができない人間を優遇したのです。これは、この会社にとって悪材料になるでしょう。
2009.01.20
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斜めからインドネシアを眺めよう 130 道端のいろいろな写真は会社への往復やゴルフ場への往復、客先やサプライヤー訪問などの時,自分で車を運転しながら撮ったものです。速度はある程度落としますが、後方の車に迷惑をかけないほどの速度ですから、近い景色はぶれてしまうことが多い。ハッキリ言って危険ですから、決して真似をしてはいけません。もっとも、自分で運転すること自体、してはいけません。厳重注意です。私はバッグやカバンは持っていません。リックサックとラップトップのケースを常に持っています。車の後ろの座席に置いてあります。カメラはその中に常に入っています。ク車から降りるときにはリックサックを背負っております。大体、左片側の肩にかけています。リックサックにはポケットが十以上あります。何はどこという具合に決まっています。貴重品も必ず持っています。真ん中の底のちょっと上に入っています。後ろからナイフでリックサックを切られても落ちないようにしてあります。10何年、そういう被害にあったことはありません。普段の服装は、見た目は汚いが洗濯をしたブカブカの短パンと襟ナシTシャツの上下で、履物はぴらぴらのビーチサンダルです。このスタイルはインドネシア人のおじさんそのものです。100%インドネシア語で話しかけられます。もっとも、話をすればすぐに日本人と気付かれますが。車の中には貴重品は絶対残しません。どんなにセキュリティがしっかりしていそうな場所でも、セキュリティは信用してはいけません。実際に車上狙いに狙われても彼らは見てみない振りをします。日本人の商社マン風な人は特に気をつけましょう。ドライバーも信用してはいけません。狙われる機会を与えてはいけません。
2009.01.19
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斜めからインドネシアを眺めよう 129今日も、また、ゴルフ。ジャパベカの親しい仲間たちと、だった。装置は土曜日中に配線がほぼ終了し、今日は、明日からの試作に向けて金型のセットをした。三年半ぶりくらいに会う設備である。すべて私が手配したものでした。この会社で、長く活躍することはないでしょう。二三年後には、別の場所に移ればまだ十分に活躍できるでしょうが、この装置がこの場にあっては使う仕事はなくなるでしょう。適材適所という言葉は人間の配置のことだけではない。装置も同じこと、その場所に適していなければ無駄になり、邪魔になるだけである。この場所は適所ではない。雰囲気も環境も良くない、システムが良くない、経営者がいつも不在。いても、現場に出ない。従業員と挨拶しない。全く、会社の中で笑わない。従業員全員が怒鳴られるのを恐れているので、私のアドバイスは全く彼らに通じない。経営者が言えばやるが、他からのアドバイスに納得しても実行しない。人事の担当者がインドネシア人のトップで、彼が、経営者の姿勢を忠実に実行しているので、恐れられている。それで、経営者からの評価が高い。彼ににらまれたら、この会社にいられないでしょう。外交的にも、経営者は仕事の話は出来ない。知識が全くない。客先の日本人と親しくなる人柄では全くない。改めて、この会社しか製造できる会社がないので、仕事が来ている。しかし、他でやるところができればやがてすべてこの会社の仕事は消えるでしょう。 準備を進めている会社がる。
2009.01.18
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斜めからインドネシアを眺めよう 128昨年のスコアーがあまりにもひどいので、ハンデキャップ36まで下げてくれたAKRAB会というゴルフの仲間、そのコンペに参加した。カラワン、インターナショナルで07:00スタート、私の家からはほとんど高速道路だけ走って、20分で着く。ここも、今年からプレー費があがって、80万ルピアいじょう近くになってしまった。メンバーでなければここでやるのもつらくなってしまった。既に、10年以上、ゴルフはしているのですが、飛距離が普通の方の三分の二くらしかでないので、どうしても、皆さんより一打余分になる。パーが90になる。そこからボギーペースで回っても108である。ボギーペースができないので110以上になってしまう。パニック障害の薬の影響で、以前より、なお、10%ほど飛距離が落ちて、ドライバーで140mがやっとになっている。 今日も、最初のうちは2オーバーペースだったが、途中から、突然、体が重くなり、体から力が抜けて、チョロが増えて、パットも思った方向に打てず、大叩きするようになり、結局124も叩いて、グロスで断トツの最下位、ナットでBBになってしまった。筋委縮症ではないが、だんだん、飛ばなくなり、スコアーもどんどん悪くなる。残念で仕方がないが、運動の一環として、続ける。仲間も私の事情は分かってくれているので、良く付き合ってくれるし、誘ってくれる。ありだたいことです。 二月の例会は私も幹事の一人になります。今日のうちに、次回の開催の後の打ち上げ場所と、次々回の場所をブッキングした。後は優勝トロフィーを買うだけである。
2009.01.17
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斜めからインドネシアを眺めよう 127ガソリンの価格がインドネシアでも下がってきた。ピーク時は6000ルピアだったのが段階的に下げられて、今は4500ルピア(約40円)にまでなっている。ところで、灯油も2500ルピアまで下がっているので、以前、ここに書いた3kgボンベのLPGがだぶつきはじめて、今では、道の両側の子店の前に高く積んである。売れなくなってしまったのです。ここの近くのボンベを作っていた会社も今となっては、注文が途中でキャンセルされてしまい、プレスの機械が遊んでしまっているとか、そして、材料が山積みになっているとか。やはり、予想どおりでした。ところで、その会社、純然たるローカル企業で、操業して5年目だというのに、今のところ資金は潤沢にあるらしく、金型などの費用はしっかり前払いをしてくれるし、請求を忘れていると、逆に請求書が来ていないから早く出せと催促してくるくらいです。政府の高官の親戚かなにか、強い、コネがあるらしい。それでなければ、単なるプレス成形屋に急にプルタミナ(国営石油会社、独占的にガソリンなど石油製品と天然ガスを扱っている)から、大量にボンベの発注があるはずがない。この不景気に突入したインドネシア、この会社も例外ではないでしょうが、三か月ほど前から、S社の洗濯機の相当数の部品を射出で作ることになって、注文が大量に飛び込んで、それを、立ち上げて、今年に入って、S社が売り出し始めた。25型あるそうで、新モデルだそうです、さて、販売状態はどうでしょうか。線香花火のようにはかなく消えてしまわなければいいと思います。日本人の親しい友人がこの会社のアドバイザーをしている。
2009.01.16
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斜めからインドネシアを眺めよう 126私は、もう来ない方がいいと思っていましたが、この会社の責任者にとっては、待ちに待った?押出成形装置がK社から移動してきた。段取りについての詳細が説明されていない、というより、段取りがないのだと思う。陣頭指揮者というか、プロジェクトの責任者にならなければならない人が会社にいるのかいないのか分からないくらいだから、いくら、SMSやメールで指示していても、実際に自分が切り込み隊長になるわけではないから、前方の様子や雰囲気を確認していない。それでは、指揮者ではない。そんな状態で、良し、としているらしいので、苦労する、大変な人達はインドネシア人従業員です。この、経済危機で仕事が劇減している上に、新しい客先にサンプルを次々に提出していかなければならない。初めての樹脂、初めての形状、初めての成型方法これらをやらせるのですから、それなら、十分な時間があったのだから、装置が移転してくる前にK社で実習させるなどの知恵も働かないで、いきなりやらせるという乱暴な指示をだし、ご本人は、全然現場に入らないし、見ない。書類を提出させて、ロスが多いと怒鳴るだけ、これでは、最高責任者としての義務を果たしていないし、能力もないと評価され、客先はしばらく我慢しても、どこか別にやるところがあれば、そちらへ行ってしまう。まさか、そんなことになるまで、知らん顔を通すつもりでしょうか。本社の方も大丈夫でしょうか、こんな状態を報告していますが、誰もが、インドネシアどころではないのでしょう。ところで、今日、アストラ ホンダの前を通ったら、すぐ眼に着いたことがあった。インドネシア国内どこへでもバイクを運んでゆく、トラックの駐車場が満杯になっていた。出荷に出かけていないのだ。昨年の10月辺りは、駐車しているトラックはなかった。
2009.01.15
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斜めからインドネシアを眺めよう 125今週の日曜日 スラウェジのパレパレからカリマンタンのサマリンダへ向けて出港したフェリーが高波に呑まれて、沈没した。二百何十人は絶望とされた。インドネシアでは、毎年、雨季の一月から二月にかけて何百人乗りかのフェリーが沈没する。本当に毎年である。雨季の豪雨と暴風は突然やってくる。にわかにかき曇り、突風が吹き始め、たちまちのうちにバケツをひっくり返したような豪雨になる。急激に大量の雨が落ちてくるので、空気引っ張られて急激が下降気流になるそれが海面にぶっつかるので、大波が発生する。晴れていれば、海上では遠くからそれが見渡せるが、雨季で曇っていると、それが見えない。もちろんレーダーで見ているだろうけれど、その速度は風速から推測しても何十キロというスピードでフェリーが避けきれないでしょう。方向も予想しにくいはずである。天気予報は日本でもそうだが、最近のゲリラ豪雨は予測で来ていないと同じである。沈没してしまえば、捜索の体制というか、継続性というか、迅速性というか、すべてが考えられないほど、諦めが早い。後はどこかへ流れ着けば疲労だけの話である。 昨日も今日もジャカルタ、ブカシ、チカランは大雨だった。遅れてきたり、出勤ができなくて休みにした人も多いと思う。いよいよ、洪水シーズンの真っただ中になってきた。毎年のことです。 雨季にフェリーを使わない方がいいですよ。日本人で使う人は居ないでしょうが。私もこの時期には車で遠出の旅はしません。道はでこぼこになるし。低い道路は冠水し。渋滞になるし、散々な目にあう。 昨日はバンドンまでの高速道路の一部が地滑りで無くなってしまった。バンドン側からは何か月も高速道路は使えないでしょう。
2009.01.14
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斜めからインドネシアを眺めよう 124 インドネシアでも場合によってはタクシーに置き忘れたHP(携帯電話、ハーペーという、hand phoneの略で、インドネシア語の発音がドイツ語と同じ)が戻ってくることが分かって感激した。 置き忘れたHPは私が日本で購入したノキアの海外どこでも日本の電話番号で使えるという貴重なものでした。また、マリアさんにとっては、チップが大変重要で、無料SMSが100回以上残っているし、プリペイドが5万ルピア分残っていた。それよりもなによりも、電話番号の登録が大量にあって、それをバックアップしてないことでした。もし見つからなければ大損害だった。ことの起こりは、お手伝いのマリアさんが、ブルーバード(ここが肝心)タクシーで空港から家に戻った。約一時間後に、HPが無いことに気づいた。タクシーの中に置き忘れたのでした。 直ぐに、ブルーバード本社に電話した。遺失物処理係のTEL番号を紹介され、電話した。マリアさんはタクシーの登録番号を覚えていたのが幸いでした。夜の8時過ぎだった。それから連絡を待ったが、その日はなかった。翌日、朝、7:00に電話して聞いたところ、HPを預かっていると知らされた。 夕方、バイクで届けてくれた。お金はいらないと言われたが、チップとして、5万ルピア渡した。ブルーバード社の電話番号(予約呼び出しに使っている)を知っていたこと、乗ったタクシーの登録番号を覚えていたことが幸いでした。インドネシアで遺失物が戻ってきたことを身近で体験したのは初めてでした。
2009.01.13
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斜めからインドネシアを眺めよう 123残念だが、インドネシアも例外ではないことは私には分かっていた。案の定、この会社の仕事も徐々にではあるか、確実に減ってきている。私は立場として、受けとった注文書やフォーキャストを見ないが、現場の雰囲気で分かる。車やバイクが売れなくなることは前々から予想していたことだが、冷蔵庫も例外ではなかった。購買力の低下というものはそういうものです。本当は、対策を打たなければいけないが、営業が脆弱なので仕事を確保することができない。中小企業の営業の責任者は経営者と決まっている。自らが動きまわって、売りまくる行動をしなければ何も生まれてこない。P社のS社長(現会長)が良い手本である。価格の決定は客先の日本人の顔を見ながら本人が決めるのが常識だが、この会社の営業のトップは客先の日本人に顔を見せない。こちらから、話し掛けることはしない。これでは、だめの手本である。昨年12月から(PT.K社から従業員だけが来た時点)この会社に何かが起こると予想したが、予想どおりに進行しているようで気の毒である。だいぶ前から警告を発しているにもかかわらず、本社を含めて相当厳しい状況に陥る気配がある。こういうことを思う人がこの会社にいない。 最高責任者が仕事嫌いで、会社にいないし、本社はそれを知っていて、手を打てない、どうなっちゃっているのでしょうか。
2009.01.12
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斜めからインドネシアを眺めよう 122今日も、ゴルフ14:00終了。二日連チャンで疲れるが、パニック障害者としては皆さんの足を引っ張るが、できることがうれしい。金型や押出成形装置の発注をした。ルピア安、ドル安ということもあって、水槽や巻取り機など、日本で手配する金額の三分の一以下である。輸入諸経費を含めれば四分の一の価格で入手できる。申請などの手続きもいらない。一千万の予算で三ライン設置が可能である。納期は二ヶ月である。日本からだと四か月以上かかる。押出機や引取機、自動カッターは日本から中古を手配した。できるだけ早く出荷するように半額の前払いも済ませた。私が社長になるわけではない、あくまでも、インドネシア人が経営する純然たるローカル企業である。私は、お金を貸すだけである。契約書(借用書)を書いて、必ず。いつかは返してもらう。従業員は元、PT.Kの教え子たちを使う。製造も検査も、である。A社用は金型があるので作る必要なし、P社用は金型あり、しかし、プレス機械が必要。原料は支給してもらう。K社用は金型あり、必要はなし、原料があればすぐに生産できる。これだけで、三台はほとんどフル運転になってしまう。それ+硬質PVCの異形の話を持ち込まれている。エコノミークリシスも始めるのはゼロからだから、注文が減ることはない、増えるばかりである。新成人の方々、おめでとうございます。経済危機の折り、何かと大変でしょうが、この世の中は自己責任、自律が、キーワードになるでしょう。外国で活躍する若者が増えている、特に女性の進出が目立つ。男子よ、頑張れと云いたい。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/こういう生き方もあると、参考にしてください。
2009.01.11
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斜めからインドネシアを眺めよう 121ジャバベカゴルフで今年インドネシアでの初めてのゴルフ。今年からだろうか、レストランのウエートレスのユニフォームのデザインが変わっていた。12月はインドネシアで一回しかプレーしていなくて、それも、カラワンだった。キャディさんに年末資金(チップ)を渡すことができなかった。私が指名したわけではないが、決まって私に着くキャディさんがいる。予約表を見て私が入れてあれば優先的に私のゴルフバッグを確保してしまうのだ。キャディ同士でもそれが暗黙の了解になるらしい。私は行かないが、カラオケで行きつけになると他の女性を指名できなくなるのと同じ状態になる。なぜか皆さんがストロベリーさんと呼んでいるので、私もそう呼んでいる。本名は聞いていない。ジャパベカでのゴルフは一か月ぶりだったが、彼女、今日は休みだったようだ。明日も同じ場所でプレーするので、明日は会ってしまうと思う。やはり、日本の冬のゴルフより、常夏のインドネシアのゴルフの方が何段も上の快適さだ。広いし、明るい、キャディと冗談交じりの会話が弾む。ゴルフ仲間との会話も弾む。 昼食時の話は、今は、不景気の話、どこはなん%、そこは何十%注文が減ったとか、従業員を減らしたという話で、増築中のあそこはどうなるだろうかなど、明るい話はない。 この経済危機の中、チャンスとみて、インドネシアのプラスチックの押出成型をどういう方向に持って行くか、重要なミーティングがあった。インドネシア人四人と私がいた。いよいよ、本格的に動き出す。 新成人の方々、おめでとうございます。経済危機の折り、何かと大変でしょうが、この世の中は自己責任、自律が、キーワードになるでしょう。 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/こういう生き方もあると、参考にしてください。
2009.01.10
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斜めからインドネシアを眺めよう 120 インドネシアのテレビの番組は一応番組表があるが、時間どおりに終わったり、始まったりすることはない。一分二分は当たり前、10分以上遅れたり早くなったりすることもある。それは、日本のように時間ぴったりの進行が不思議に思えるほどだ。 テレビの番組で時間を知ろうとしては失敗をします。朝の番組でも、ニュースの時間帯でも、画面の片隅に時間が示されることはありません。インドネシアは三つの時間帯があるので、示されないのでしょうか、いや、地方毎に示そうと思えばできるはずです。しかし、番組が時間どおりにならないので時間は示めさないのでしょう。 私がテレビを見るのは朝の6:00~7:00(日本時間8:00~9:00)NHK、夕方、帰宅してからは、NHKは見ません。インドネシアのニュースを最優先し、コメディやバラエティ番組を中心に見ます。ドラマは筋書きが決まっていて、ヒロインがいじめられる、それに耐える、そして、お祈りする。そんなものばかりなので、全然見る気になれない。学園ものも多いがこれも筋が決まっている。 夜が長い時はHBO(映画専門)が何チャンネルかあるので、アクション物を主体に見る。インドネシア語の勉強になる。日本映画はインドネシア語字幕付きなので、字幕を見ていることが多い。つい最近は長澤まさみ(あっていますか)の幼友達がらみの物語を見ました。その前は、サーファーが亡くなってしまう大沢なんとかと伊東美咲主演のものを見ました。HBOは時間どおりに進行します。
2009.01.09
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斜めからインドネシアを眺めよう 119派遣村 非正規労働者 現在日本で話題になっていますね。長期化すれば、早すぎますが年末の流行語大賞の候補になるかもしれません。インドネシアには仕事からあぶれた人達の面倒をみようなどという考えは全くありません。寒さをしのぐという言葉はありません。住む場所はどうにでもなります。雨が降ったとき濡れなければいいだけです。竹とヤシの葉があれば済む場所はどこにでも作ることができます。土地の所有者がわからない森や野原はいくらでもあります。住んでしまえば、網それで、居住権が確保されたようなもの、それを、集団でやれば、もう、絶対安心です。トイレや下水などはいりません。そこらあたりの小川に目隠し囲いを作れば、そこは公衆トイレです。そんな風景はいくらでもありますし、子店を出そうと思えば、空いている道端にやはり、竹とヤシに葉で店を作ります。そこはまた、寝泊まりができるようになっています。というより、屋根があるのですから、商品の後ろで立って店番をしていた場所に、夜になったら、横になるだけです。行政はジャカルタの中心街でない限りは見ないふりをします。保護や援助をしたくないからです。切りがないからです。民衆も行政に助けを求めません。ボランティアもいません。ボランティアの意味を知っている人は1%もいないでしょう。 新成人の皆さんにお勧め WEB SITE http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ をご覧ください。生き方の見本の一つです。
2009.01.08
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斜めからインドネシアを眺めよう 118自動販売機はドイツにもなかった。インドネシアにあるわけがない。ただ、一国、日本だけが異常なのでしょうか。他の国を知らないので何とも言えませんが。私はインドネシアで自動販売機を作って日本へ輸出している会社を知っています。その会社は日本以外には輸出していませんし、インドネシア国内にも売っていません。ジャカルタ新聞に紹介されていましたが、ある中学校で、有志が学校内に無人販売店を開いたそうです。正直店です。ところが、そう日がたたないうちに、立ち行かなくなってしまった。お金を払わないどころか、お金が払われた箱からお金を持って行ってしまわれたそうです。当然と言えば当然です。イスラム大多数のこの国の教育は一般道徳の教育がなされていないどころか、親や年長者の道徳がかけているからです。教育は歴史が必要ですが、歴史が始まっていないのです。もし、今始まったとしても、日本と同等になるまでには百年に以上かかります。結局、こりゃ、だめだ、というしかないのです。なぜか、どこから手に入れたのか、モナスの地下に一台だけコカコーラの自動販売機が鎮座している。大変な貴重品である。その自動販売機の横に監視員が椅子に座って見張っていることは言うまでもない。モナスへ行った人は地下の歴史画展示場に行って、歴史はどうでもいいので、自動販売機を確認してください。感激します。
2009.01.07
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斜めからインドネシアを眺めよう 117インドネシアの今回の年末年始は12月25日と29日と1月1日がナショナルホリデーだったので、12月25日~1月4日の11連休にした会社がほとんどでした。こんなに長い休みは、レバランの時以上です。基本的にインドネシアの年末年始の休日は暦通りですから、土日とイスラムの休日と本来のクリスマスと元旦休日が、こんなにうまい具合につながることは稀です。休日がつながっても喜んではいられません。不景気の生産調整もあって、休日出勤は全くなかったようです。日本の契約社員切りも大きな問題になっていますが、インドネシアも年末限りで仕事がなくなり、住む家も無くなった人がMM2100だけでも1万人以上に登っていると聞きました。私の会社も昨年末契約切れの人たちの契約継続はありません。自然減になっています。インドネシア独特の傾向でしょうか、他のイスラム大多数国家でもあるでしょうか。スラマットタウンバルとスラマットナタルはくっつけていいます。メリークリスマスとア、ハッピーニューイヤーとくっつけていうのです。英語圏の影響でしょう。イスラムの人達がそういうのです。高速道路の歩道橋に垂れ幕やネオンがそれを表しています。デパート、ショッピングモールは勿論です。間もなく、中国正月(春節)の雰囲気に引き継がれます。これらのことは、一見は、不況知らず、です。 装置については、相変わらず情報なし。
2009.01.06
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斜めからインドネシアを眺めよう 116新年早々、会社内は相変わらずの賑やかさで、皆さん忙しそうである。雑然とした中で、多くの女性が、冷蔵庫のドアのクッション(ガスケット)を作っている。しかし、若干人数が少なくなったような気がするが、気のせいだろうか。12月から来た新しい従業員も何気なく忙しそうにしている。この会社にとって、良い年になることを願う。早速、インドネシアらしい部分に出会った。昨年11月初めから、私がいる工業団地の入口のゲートを増やすため工事をしていた。今日見た限りでは既に完成していて、いつでも使える状態になっているようだった。三つ増やし、今までの一つを通過させるやり方で、道幅が決まっているので、前後に増やす方法としうて、多くのゲートで取り入れている方法です。これはこれでいいのだが、使っているゲートは青ランプが灯っている。インドネシアらしいのは、新しいゲート三か所に青ランプが灯っていた。しかし、実際には使っていないのです。多くの車がその新しいゲートに列を作っていた。当然である。使っていないことを知って、長い行列についてしまったことを皆さん、がっかりしているでしょう。その先の一か所のゲートにその長い三列が集中するのでなお時間がかかる。他の従来のゲートに着いた車をは、すいすいと進んでいるのを横目で見ながらである。私もその中の一人だった。
2009.01.05
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斜めからインドネシアを眺めよう 115インドネシアの自宅にいる。こちら時間21:30家に到着。今回は空港タクシーを使った。メーターで16万ルピアで、MM2100に着き、会社から自分の車で自宅へ戻った。06:20丸子の家をタクシー(暮れの内に予約をしてあった)で出発、ティケッは昨年到着日に買ってあった。静岡駅から新幹線、成田エクスプレスで成田まで、到着ラッシュの成田だが、出発ラッシュではないので、私が乗った便も空いていた。横になって寝ているうちに到着した。この時期にバリへ行く人は少ない。11:00発、ガルーダでデンパサールへ到着、バリからはGA415便でジャカルタ経由バンコク行きだった。ジャカルタまでの乗継時間は一時間三十五分ある。しかし、バリからは帰省ラッシュで満席、寝ることはできなかった。約17時間の旅でした。また、明日から、仕事である。
2009.01.04
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斜めからインドネシアを眺めよう 114 日本最終日、適当に忙しい日本だったが、何と言っても、年末年始の二回のゴルフが重要だった。平均スコアーは108でしたが、パニック障害の私としてはまあまあの出来で、皆さんに大きな迷惑をかけることはなかった。それは重要ではない。 何よりの記憶は、暮れのゴルフが終わって、支払いをしようとしたとき、カードで払うつもりで来たので現金は5000円ほどしか持っていなかった。しかし、カードが財布に入っていないことが分かって愕然とした。その声が向こうのロッカーの方にいたS氏に伝わった。払ってやるから手帳をこちらにもってこいよ、と言われ、支払ってもらった。両手袋とカラーバール八つ。プレー代で、おそらく、三万円位だったと思う。 ついで、元旦ゴルフ、今度はしっかりカードを確認し向かった。カウンターについて、名前を書きながら、前払いでお願いしますと言われた。カードを出したら、今日は現金のみでカードは使えません。と言われて、また愕然。 近くのコンビニへ行ってATMを使ったが、9:00からでしか使えないという文字が冷たく読めるだけだった。 ゴルフ場に戻って、後払いで何とかとお願いしているところへ、S氏が到着し、私の困惑を見て、また、支払ってくれた。1万5千円でした。 結局、借金で二度のゴルフをやってしまった。このお返しは、今月中には来られるインドネシアでするつもりでいる。
2009.01.03
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斜めからインドネシアを眺めよう 114ヤント君は実によく日本の生活に溶け込んでいる。12月28日にインドネシアからの土産物を渡した。食事をしながら、あと一年ちょっとで大学を卒業するので、将来について話し合った。本人の希望は、県立大学の大学院へ入ることでした。奨学金を何種類か受け取っていて、資金的には私の援助は辞退すると言っていた。また、静岡県で学ぶインドネシア人の代表として、さまざまな催し物を引き受けて、各地でやっている。また、どこかにも書いたが、親善大使として、県にも外国人としての頼みもしている。かなり、頼られ、忙しい存在だ。私が、投資しているインドネシアの会社は、今のところ、彼の力は必要ないが、将来、日本とあるいは日本人との橋渡しが必要になったとき、インドネシアへ戻って、インドネシアのために働いてもらうことになるかもしれないと、話した。手伝いを申し出てくれたことには感謝する。私が、4歳から18歳まで過ごした、母親が住んでいる場所を訪問した。毎年、丸子の我が家に来てくれていたが、今回は、大変になってきたので、私の方から行った。年に三回くらいの帰国の際には必ず訪ねることにしている。おふくろは、勿論、年だし、私も年だから。
2009.01.02
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斜めからインドネシアを眺めよう 113新年あけましておめでとうございます。 Selamat tahun baru. A happy new year.2009年、痒くてたまらない両足をポリポリ掻きながら、静岡カントゥリー島田コースで今年最初のゴルフ。S氏、T氏、M氏全員、経営のトップである。ゴルフ場内の東照宮に初もうでをして、何の変哲もない日常的なスタートでした。N社のインドネシア工場がスタートする折には、最大の援助をすることを頼まれた。インドネシアから沢山のメールが入っていた。私は、紅白が終わって、行く年くる年が始まってしばらくして送った。ジャカルタタイムはまだ、31日の22:00過ぎたところでした。また今年も、大部分の時間はインドネシアで過ごすことになります。今年は、今まで、多くの人々が経験したことがいような、バブルがはじけた時より以上に深刻なグローバル エコノミー クリシスに見舞われるでしょう。自己資金があれば積極的に攻めの経営で、新しい展開を生み出すことができるでしょう。チャンスの年でもある。自己資金が貧弱な企業は、只々、出ずるを少なくし、絶えて生き残りを図るしかないでしょう。それができない企業は閉じるしかないでしょう。今年、多くの企業が淘汰されるでしょうが、それは、地球的な経済の法則の一環です。撤退したいと考えている企業は早ければ早いほど怪我は小さいと思う。私は、攻めに出ます。東南アジアでの潜在需要が顕在化する時にインドネシア人の能力が最大に発揮されるようにしたい。
2009.01.01
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