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この作品は、昨年秋に公開された。監督の李相日はほとんど新人ながら、多くの支持を受けて、国内で大ヒットを記録した映画です。今年のアメリカ・アカデミー賞でも、外国語映画賞の日本代表作品としてノミネートされたものです。先日のテレビ放映を見逃してしまったために、DVDで鑑賞しました。昭和40年(1965年)、エネルギーが石炭から石油へと移り変わる世の中の流れから、大幅な規模縮小に追い込まれた福島県の常磐炭鉱。数千人規模の人員削減と滅び行く炭鉱の町の再興を願って考え出された常磐ハワイアンセンターの誕生の様子が描かれています。「求むハワイアンダンサー」の張り紙を見た早苗=徳永えりは、友達の紀美子=蒼井優を誘い、炭鉱の娘達にフラダンスを教えるために東京からやってきた平山まどか=松雪泰子の面接を受けることになる。そこには子持ちの初子=池津祥子 、大柄でさえない小百合=山崎静代だけが。その後ダンサー志望者は増えるのだが、どの面々もフラダンスを踊ることは勿論、全てにおいて全くの素人で、この先どうなってしまうのだろうかと思わせられます。現在は、スパ・リゾート・ハワイアンズと名前が変わっていますが、この映画に描かれているのは、目標へ向かって努力をする女性達の青春ムービーとしてだけではなく、昭和40年代の日本が抱えていた問題が背景となった大人たちの物語でもあるのです。私達世代には懐かしい、視聴者参加クイズ番組「アップダウンクイズ」・・・「ハワイへのご招待。10問正解して、夢のハワイへ行きましょう。」=キャッチコピーです。今では笑ってしまいますね。10問正解すると賞金10万円とハワイ旅行獲得。 飛行機のタラップが上昇したゴンドラに横付けされ、当時ハワイ旅行を提供していた日本航空のCA=その頃はスチュワーデスが旅行獲得者をエスコートするシーンが印象的でした。1ドル=360円の時代。ハワイへの旅が夢であった、丁度その頃・・・舞台となった炭鉱町の、人々の暮らしの驚くような貧しさ。突然ハワイやフラダンスといわれても、多くの反対や抵抗があったことは想像出来ます。困難を乗り越えた後の、オープンのステージ上の、ダンスシーンの素晴らしさ!迫力満点の激しい踊り、優雅な手つきと身体の動き、なによりもそれぞれの表情が輝いて!主演の蒼井優の笑顔の可愛らしさ!平山まどか=松雪泰子は「シェーン」を始めとする西部劇のヒーローの役割ですから、あくまでも強く=ここではそこにプラス美しくなくてはなりません。数々の映画、テレビ出演があるに関わらず、「白鳥麗子でございます!」での強烈なキャラクターがハマリ役となってしまって、それ以降の代表作のなかった彼女でしたが、これはやったと思います。だた全体的に気になったのは、ここ最近の日本映画全般に言える事=出演者達の涙が多過ぎる。泣かせるということはたやすい事です。観客のともに泣かせる=感動とする、安易な製作側の意図が見えすぎてしまうのです。泣かせるよりも、笑わせてほしい・・・そう思うのは私だけでしょうか。全体的には、今の日本映画のレベルの中では、よく出来た映画といえるものと思います。この映画を見ると、ハワイまでとは言わず、スパ・リゾート・ハワイアンズ、行ってみたくなることでしょう。
Oct 31, 2007

今朝の空を見上げたら、青空に昨夜の月が残っていました。画面の右下のほうに浮かぶ白い丸い月・・・解りますか。今日、火曜日は全く何もない日です。いつもの日もお仕事をしている訳でもありませんから、何もないといったら何もないのですが・・・午前中に訪問マッサージの元気なお姉さまが来てくれる以外、リハビリの全くないといった意味です。そこで今朝は、朝6時に起きてひとりで歩いてきました。1時間ほどでしたが、やはりひとりと言うのは緊張感が違いますね。それでも、早朝の露に濡れた草木がさわやかでした。しばらくお留守だったお隣の奥様、今回は南アフリカへ行って、豪華列車とサファリの旅をしてきたんですって!アフリカと聞くと、すごい遠くと思ってしまいますが、香港経由で14時間だそう。そのくらいでしたら、私の行ったスコットランドやイタリアと変わりませんわ。しかし私は、途中の香港にもまだ行ったことがない。南アフリカは私のオバもかつて旅行していますが、アパルトヘイト以後のヨハネスブルグの様子、最も興味があったのは途中の下車地でも観光をして歩く、豪華列車の旅の様子でした。夜のお食事用にロングドレスとかは買ったの?靴も特別に必要ね、旅費だって想像を超える額になるはずです。だってこれからだって、今の私には行けそうもない。こんなことににさえならなければ、今頃は世界中どこへでも行けたはずですのに。。。。お土産に頂いた、ドライフルーツ。白いのはりんご、プルーン、杏、イチジク、この大きなのは何かな?右は象さんが付いています、「COTE D'OR BOUCHEE 」コートドールブーシェ・・・チョコの本場・ベルギーでも一番多く食べられていると言われるほど人気のあるチョコレート。 トラディショナルなパッケージデザインの板のミルクチョコレートは食べたことがあります。これは、象さんの形のホワイトチョコレートです。中身のクリームも気になるし、かなり期待が持てそうです。それから四角い缶は、寄港地の香港のお茶です。午後はこのチョコレートでも食べながら、自分だけのアフリカの大地へでも飛ぶことに致しましょう。空想の中のアフリカへ!
Oct 30, 2007

芸術の秋も良いのですが、まずその前に食欲の秋。お腹を満たしませんとね。昨日のランチは、洋食屋さん「明治レストラン赤煉瓦」で頂きました。ここはまだオープンして間もないものですから、ナビにものっていません。行く前に書いたメモを頼りに行きますと、普通の住宅街の中に突然レンガ造りの建物が現れます。1時前と言うのに、待っている方も沢山いるくらいに人気がある模様です。中は一見ファミレス風に小さく区切られたテーブル席が、お肉を焼いている様子や厨房が見えるカウンター席もあります。ウェイトレスさんも矢羽模様の着物に袴と「はいからさん」のコスチュ-ムで接客。黒のワンピース姿は、デパートの食堂のウェイトレスさんみたいで懐かしい。お勧めメニューは、牛タン、ハンバーグ、オムライス、エビフライのよう・・・夫は、テールスープ・とろろ・麦飯付きの熟成牛タン定食です。牛タンは結構厚め、でも柔らかい、仙台で食べる時と同じように塩もみのキャベツが付け合せてあります。そして、牛タンのしたには丸い石が、石焼になっている?それとも冷めないために?私はデミグラソースのハンバーグを、こちらにも温野菜がトッピングされています。このメニューも、お味噌汁か、テールスープが選べました。食後は、コーヒーとコーヒーゼリーを。どちらも美味しかったです(牛タンも半分くらいは私が食べてしまったかも。でもハンバーグもあげましたからね。)サラダのドレッシングは、2種類クリーミーナッツとゆずドレッシングからチョイスできますので、次は大きなエビフライか、オムライスを食べるぞ~~!などと思ってしまう。。。広いのでちょっと一息や、コーヒータイムにも便利そうです。 宇都宮市御幸ヶ原町88-4 TEL 028-662-0860 営業時間: 11:00~22:00 ランチタイム: 11:00~14:00 定休日: 無休 駐車場: 25台 席数: 73席
Oct 29, 2007

金曜日からの雨が嘘のように晴れ渡った日曜日です。そう、台風が来ていたのでしたね。昨日、お掃除もお洗濯もしてしまっているし、こんな日は近くても良いからお出かけしたい・・・そこで、市内の美術館へ行ってきました。なにしろ季節は、美術の秋ですもの。現在開催中の企画展は「ノリタケデザイン100年の歴史」です。1904年、明治37年、名古屋則武に創業された日本陶器合名会社は、現在ノリタケカンパニーとして日本を代表する陶器の会社なのです。日本初のディナー皿を開発、数多くのディナーウェアも創作して、わが国の洋食器産業の礎を築いてきました。中でも明治末から昭和初期にかけて製作された「オールドノリタケ」と呼ばれる輸出用陶磁器類は、アールヌーヴォー、アールデコといった美術様式を取り入れた、華やかで美術的価値の高い作品として近年注目を集めているそうです。6月から7月の中旬までは、横浜そごうにて開催されていたこの展示、ポスターを見た時から私も是非行き、この目でオールドノリタケの素晴らしさを観察してきたいものと思っておりました。いつもお馴染みの森の中の美術館です、里山の姿を残す緑豊かな自然環境の中にあります。大谷石で造られた美術館の庭にも、こうしたアートが点在しています。展示室の外の、休憩スペースです。ホッとする空間です。椅子の上には、展示内容の解説がされた、美術書が置いてあります。この辺りでも、少しずつ木々の紅葉が始まって。。。第一展示室は、花瓶、鉢、食器類などの「オールドノリタケ」が展示されていました。次の部屋に、大正期から昭和期に製作されたディナーウェアなど、それらのもととなったデザイン画帖の展示がされていて、どちらも見ごたえがあります。ディナーウェアの展示の最後には、日本初のディナー皿のデザインを手がけたと思われる本県出身の画家、古田土雅堂(こたとがどう)の特集もされています。細密な線と鮮やかな色合いのオールドノリタケは、特に素晴らしかったです。100年以上の歴史を感じさせる重厚さと気品を備えて・・・当時の工房の写真を見ると、子供のような年齢の、若者ばかり・・・視力の良さと、細かい作業に適した器用な手が必要とされたものからでしょう。デザインの変遷を今に伝える色鮮やかな画帖だって、それだけで充分美術品のようにさえ見えてしまう美しさでした。以前、母と見に行ったドイツ・マイセンの展示作品も想像以上に素晴らしくて、ずっと見ていても飽きのこない物ばかりでしたが、今回のノリタケ陶器も同じでした。 今でこそ廉価版が大量生産されて、我家で使用している食器類もほとんどがノリタケですが、こんなに美しいのでしたら、オールドノリタケ・・・ひとつくらいは欲しいものです(笑)人気があるのも納得して帰ってきたのでした。
Oct 28, 2007
私のブログでいつもコメントしてくださっている、darumaさんの企画です。病気や後遺症があると閉鎖的になってしまうと言う事がきっかけとなった、発案はgooの小児麻痺の女性だそうです。ヤフーやgooの方も一緒です。☆募集しています☆障害をお持ちの方(先天性、後天性は問いません)紙上作品展を行いたいと思います。または、介護をされている方や病院関係者にも窓口を広げたいそうです。出品作品は自由です。 折り紙・絵画・生け花・日曜大工・日ごろ行っている趣味など何でも結構です。 デジカメで撮影してメールで送信してくださる方ならokです。作られたものをデジカメで撮り下記までお送り下さい。なお、秘密は厳守いたします。出来ますれば下記をお知らせ下さい。1,ニックネーム 2,出身地方 3,ブログHP URL4,病名(先天性・後天性)5,後遺症または現在の障害6,作品名7,作品の種類は問いません。(折り紙とか絵画、書道等)8,画像は 500x400ピクセル程度の大きさ(葉書半分くらい)9,なにかございましたら一言or苦心談など10,差し支えなければ“性別・年齢など” 年齢は○○代とかこの位でもOKです。 年齢は必須ではありません。公開は12月中旬を予定しています。 投稿(応募)方法はすべてメールと致しますが画像がしっかり出る方法があればそれでも可です。公開方法はホームページを利用いたします応募用メールアドレスは、だるまさんのサイトから、お願い致します。私も入院中、退院後、自宅で描いた絵を出品致しました。是非、これをお読みになっている皆様も、該当される方、ぜひご参加を!私からもお待ちいたしております。これをきっかけに、皆で元気に!!送り先のメールアドレスは、どうぞこちらから書かれていたアドレスがどうしてもリンク出来ずに、失礼しました。
Oct 26, 2007

一般に日光というと、市街地の日光市内のことを呼ぶ場合が多いのです。これに対して、中禅寺湖(ちゅうぜんじこ)や男体山(なんたいさん)周辺、さらに湯元方面まで含むエリアを奥日光と言います。さてその中禅寺湖まで戻った私達、いつも行く紅葉の撮影スポット=立木観音から半月峠への途中の駐車場から撮った画像です。奥日光の歴史は、奈良朝末期から平安朝初期にかけて活躍した僧侶の勝道上人(しょうどうしょうにん)が二荒山(男体山)登頂に成功したことに始まりました。この地に立つと、江戸時代までは修験の地として、明治以降はリゾート地として発展した歴史が感じられまする。中禅寺湖の藍色の水面、秀麗な男体山の姿、目の覚めるような錦秋と共に見事な風景が広がっているはずでしたが。。。今年の紅葉はまだまだでした。1~2週間早く感じます。私達が早く行きすぎてしまったのか、それとも紅葉が今年は遅れているためか。そんなことをしている間に、もうお昼を過ぎています。お腹が空きました。お昼ごは~~ん!以前から気になっていたお店、日光市内の「翠園」へ。鱒料理と、湯波尽くしのコース料理が有名な日光市内で、ここは本格的な中華料理が食べられるお店です。店構えは小さいのですが、奥の厨房から聞こえてくるのは広東語とカタコトの日本語、出てくるお茶はポットに入ったプーアル茶と、なかなかに雰囲気があります。夫はランチの野菜ラーメンとマーボー豆腐丼を。私は同じくランチの、エビチリと若鶏のオーロラソースを頼みました。ランチには全て、杏仁豆腐が付きます。この杏仁豆腐が美味しい!評判通りの味の良さ!アンズの種=杏仁(きょうにん)、の中の仁(じん」を粉末にしたもの=杏仁霜を、甘くして服用しやすくした料理が杏仁豆腐なのです。日本では杏仁を使っていないものが多いようですが、これはどうなのでしょう。食べてみるととても香りがあって味の濃い、出来上がりでした。ここの杏仁豆腐、とても美味しいと評判が高く、県内の大きなショッピングセンターにも置いてあります。「翠園」 日光市安川町6-42 TEL 0288-54-2819 11:00~21:00 紅葉時期になると道路が渋滞するのが解っていても、一度は日光の紅葉を見たくなる・・・これも先日のご当地チェック・栃木編に入れてもらわなくては・・・
Oct 25, 2007

日曜日に行ってきた紅葉に彩られた奥日光。その続きです。湯元温泉のある、湯ノ湖は中禅寺湖よりも西にある湖。火山の噴火で流れ出した溶岩が川をせき止めて造った湖です。知名度ではかないませんが、ここ湯ノ湖周辺もカラマツや白樺が続く自然がいっぱいのハイキングロードがあるのです。朝を過ぎてもさすがにこの辺りまで来ると寒い!ダウンを持ってきて正解でした。しっかりと着込んでお散歩しました。寒いけれど気持ちが良い、きらきら輝く湖水の色と、木々の赤や黄色。湖面に落ちた葉っぱさえも、綺麗。ここにくる途中、沢山の人々が紅葉を楽しんでいた、湯滝まで戻りました。テレビなどでは丁度紅葉の見頃は「華厳の滝」と言っていますが、ここ湯滝の周りも美しいです。奥日光三名瀑のひとつである湯滝。落差は、 約60メートルあります。湯滝と言っても「お湯の滝」ではなく、湯ノ湖の水が流れ落ちているのでこの名前がついています。どちらも国道120号線の橋の上から撮った写真です。湯滝に沿って歩道があり、この歩道からも良い写真が撮れそうですが、急な坂道でしたので今回は歩きませんでした。ずっと以前には下まで歩いたことがあります。滝の下から眺めると、大変な迫力を感じることが出来ました。本格的な冬になるとすっかり白銀の世界に様変わりしてしまう、その前のほんのひと時・・木々が黄金色に染まる晩秋の景色は、神秘的とも言えました。
Oct 24, 2007

ずーと神奈川の横須賀へ行ったいた、我家の息子ちゃん。やっと横須賀勤務が終わり、帰ってきました。と言っても、お仕事は東京でですから、自宅に帰ってきたわけではないのです。しかし日曜日の夜に急に連絡があり、「今から帰る」と。そして夜中に帰ってきました。新幹線も止まる大きな駅からは、少し距離のある我が家。日光へのドライブから帰ってきても、遅くに駅にお迎えに行ったり、家のお父さんは「たいへ~ん!です。」その前に旅行先の山梨から送ってきてもらっていたワインを冷やして、昨夜は三人で飲みました。夕ご飯のメニューは、焼肉です。いつも遊びに行っている志津ママさんのところで、浅草・米久のローストビーフセットのお買い物を見て、私も早速真似してショッピングしました。その時に一緒に、牛肉のハラミも頼んだのです。東京浅草に本店のある米久は、牛肉どっさりの牛鍋が名物。その味は明治より100年続くと言われています。熟成ハラミブロック450グラムをスライスして(でも私が切るのですから、そんなに上手に切れたわけではありません。かなりの厚切りになってしまいました)ハラミは牛の横隔膜の部分。独特な柔らかさと旨みが今大人気だそうです。たれはご存知「牛角」のしょうゆだれで、厚めであった為かお肉の味がしっかりとして美味しかったです。飲んだワインは、白百合醸造のアジロンの新酒でした。山梨だけの品種「アジロン」、かつて勝沼で最も古い赤ワインはこのぶどうで作られたともいわれるほど勝沼には古くから定着しているぶどうだそうです。私は初めて飲んだのですが、フル-ティな薫り高い、甘みのまさる飲みやすい美味しいワインでした。白のほうは、ボジョレーヌーボーの時にでもまた頂くことにしましょう。先日の松茸の時もそうでしたが、こうしたチョッと美味しい物を食べた時には、すぐに写真を撮り、ブログにも載せてしまう・・・悲しいけれど貧乏人の証拠ですね。きっとお金持ちは、お肉やステーキなんかすっかり食べ飽きていて、かえって自家製の梅干やたくわんなどを「美味しい!」とか「珍しい~~」とか言って珍重するものなのでしょう。ビュッフェやバイキングで、すぐにステーキやカニ、メロンに目がいってしまう私(今は沢山食べられない、落ち着いてゆっくりお食事したいので、そういったものを利用することはほとんどありませんが)久しぶりに三人揃った、楽しい夕ご飯でした!
Oct 23, 2007

二日ほど前に降った雨、奥日光では途中から雪に変わって、男体山では例年よりも早い初冠雪を記録したそう。そんな日光へ、日曜日は紅葉を見に行ってきました。張り切って5時20分に起きたのですが、お薬を飲んで、着替えて、血圧を測って、お茶の用意をして、出かける前にまたおトイレへ行ってとしていると・・・なぜかもう6時半に。以前でしたら20分あれば家を出られたのに、こうなってからはなぜか?着替えて家を出るだけでたっぷり1時間かかってしまう・・・・どうしてでしょうね。そんなに早くお出かけする訳、この時期に日光へ行ったことのある方はお解りでしょう。そうなんです。車の渋滞がひどくて日中の日光市内など全く身動きできなくなってしまうくらいにとっても混むのです。それでも1時間チョッとで、日光市内に。いろは坂も順調に上り、中禅寺湖へ。昨年に比べて今年は私達が行ったのが早かったのか、中禅寺湖周辺の紅葉はこれからといった感じです。湖の周りに、少しだけ赤や黄が。「これではね」と思って、奥日光を目ざします。大湿原の戦場ヶ原を通り過ぎて、湯元まで行ってしまいましょう。途中の竜頭の滝までは、混んでいました。戦場ヶ原、湯滝を過ぎて(ここで撮った画像は、後日に)奥日光の湯元まで。最後の小さく見える湖は、中禅寺湖ではありません。金精道路へ通じる石楠花峠から見た、湯ノ湖、そして裏側から見た男体山なのです。湯ノ湖の湖畔沿いは見頃です。それに、車からおりた途端に、鼻には温泉の硫黄の臭いが。温泉寺は湯の湖にある温泉のお寺でです。本堂の左手には湯小屋が見えました。温泉寺はその名の通りに温泉が引かれており、一般の人も入浴することが出来ます。 日帰り入浴は500円で入浴と休憩、私達が見たときには靴が6足あり、6名が入浴中ということですね。私が発病する前はふたりで温泉にかなりはまっていて、北から南へと各地の温泉に入りまくっていました。元気でしたら絶対にここでも入浴を楽しんでいたはずです。「ここも入らずに終わってしまったなぁ」と、少し寂しくなってしまいました。温泉寺の手前の木道を右へ行きますと、ますます濃厚な硫黄の香りがしてくるのです。湯元温泉の歴史は古く、1200年前にさかのぼり、湯ノ平湿原では、源泉が自然湧出しているのを見ることが出来るのです。主な源泉には、木製の小屋根がかけられていて中に湯がたまっているのが見えました。老舗の旅館は、自分の源泉を持っているので、小屋に旅館名がかかれているものもあります。この紅葉シリーズ、写真も沢山撮ってきましたし、今週いっぱい位は続くかも・・・そんなにいらないって、はい解りました。でも明日もね。
Oct 22, 2007

私は毎晩のように、お土産がもらえます。外で仕事をしている夫がいつも何かしら持って、帰ってきてくれるのです。だから帰宅すると、すぐにバックの中を見る・・・もう相当いい年なのに(笑)お土産で嬉しいものは、なんと言っても甘いお菓子やケーキですね。次はお野菜や果物。柿は中国・韓国にもありますが、日本の特産果樹として昔から栽培されています。北海道と沖縄県を除く全国各地で栽培されているそうです。日本で代表的な果物ですが、「KAKI」の名で世界に通用するようになりスーパーでもKAKIの名前で売られています。ほかの果物には見られない東洋的な形と味、独特な色をしています。山野や庭に自生もしていて、この柿は農家の庭になっていたものだそうです。ねっとりとした舌ざわりの洋ナシです。私はラ・フランスだとばっかり思っていましたが、これは形と大きさからいってイギリスが原産の洋ナシのようです。ラ・フランスはフランスが原産です。夏に雨が少ない地域の山形県産のものが有名ですね。キノコの王様、松茸です。秋にアカマツ林の地面にはえます。しいたけのように人工栽培ができないので、天然のものだけが売られています。これは福島産の松茸だそうです。生のまま焼き松茸、土びん蒸し、お吸いものとありますが、一番簡単な松茸ご飯にしました。やはり松茸です、香りがいっぱいで、こんなものでも贅沢な気分になりました!松茸の買えないあなた(笑)、松茸がなくても松茸ご飯が出来るのです。そっとお教え致しましょう。テレビCMで玉木宏(のだめカンタビレでブレークした人ね)が永谷園の「松茸の味お吸いもの」でパスタを作っています。あれのご飯バージョンです。・お米を研いでおく。・お米一合につき、お吸いものは一~二袋。普通にお吸いものを作るように、お湯で溶かしておく。・お吸いものをざるでこす(中にノリやおふが入っているため)、こした汁でご飯を炊く。・あれば、ご飯を炊く時に油揚げ、しめじ等を入れても。ね、お手軽に本物の味!(笑)私も一度やったことあります。
Oct 21, 2007

秋の山は以外に近く、山襞も深く、澄んで見えます。丁度今頃からの紅葉に彩られたさまを見ると、山が装うと言うにふさわしい時期と思ってしまいます。果実と同じく木々に実る木の実も、春から初夏にかけてひっそりと花が咲き、秋に実ります。左上から、ヨウシュヤマゴボウ・・・誰でも一度は目にしている、道の脇にやたらと見かける大型の雑草です。黒く熟した果実が房状に鈴なりに、下がっているのです。次は山茶花の実、早春に鮮やかな花が咲いてから今は実になっていました。右端は椿の実でしょうか。高いところになっていましたので、背伸びして撮ってみました。どんぐりは、まだ青くて赤ちゃんです。赤くて小さな実、見えますか。アメリカハナミズキにもこうして実がなるのです。「すっかり秋ですわね~」「そうですわ、もう毎日が忙しくて!」「今頃が一番大変ですわ!」「そうなんですの、子供達がお腹を空かせて待っておりますからね」・・・・セッセ、セッセ・・・・そんな会話まで聞こえてきそうな・・・・・・いつものお散歩中に、家のご近所で見かけた風景でした。
Oct 20, 2007
日中は汗ばむくらいの、秋晴れの日々が続きましたが、今朝はどんより曇っています。どうやら午後からは雨になる模様です。きっと気温も下がることでしょう。そんな寂しい午後に、ひとりでお家にいる時には・・・・こんな遊びも。「ご当地チェック」って、知っていますか。脳内メーカーもその後色々なバージョンが出来て遊べますが、これも結構楽しめます。早速、私も「栃木」でやってみました。・ドラッグストアといえば「マツキヨ」より「カワチ」だ。・山口智子の実家を見に行ったことがある。・質問するときは、語尾が必要以上にあがってしまう。・なまりをすべて栃木弁ときめつけネタにするとんねるずが嫌いだ。・「イマイチ!」使う時に「日光の手前!」というオヤジを知っている。・ガッツ石松を見て素直に笑えない。・海無し県のくせに、市内には廻り寿司がやたら多い。・立松和平に日光のよさを語られるのは、正直言って迷惑だ。 ・桜金造を見ると、小山ゆうえんちのことを思い出す。・茨城よりは都会だと思っているが、千葉や埼玉には、素直に軍配を譲る。 ・しかし、かろうじて関東圏なので、隣の福島をバカにしていることは否めない。・塩分のとり過ぎで、高血圧が心配だ。・「栃木の名産品は?」と聞かれたら、「イチゴ」とこたえるようにしている。餃子は控え、 ましてかんぴょうであることは隠し通したい。・実際の渡良瀬橋を見たとき、森高千里はいったいこの橋のなにがよかったのかと疑問に思う。 ・そして熊本出身の森高千里を名誉市民としてしまった、足利市の必死さを悲しく感じてしまった。 ね、結構笑えました?県民でしたら納得。でもその他の皆さんも何となく記憶にあるのかな。その名の通り、決して地域の素晴らしさを讚えるコンテンツではありません。基本的に不真面目なおバカサイトかな?ご当地以外の方が読んでも楽しめるために、ご当地の人が見て「そうそうそう」というもの。ご当地の人が「んなことない」けど、他府県からみると「よく知らないけど、イメージとしてそんな感じ」というもの。・・・で、つくられたものだそうです。「東京」でも遊んでみましたが、(非東京生まれ)・・・結婚前に少し都内にいましたので、これはかなりの数「そうそう」と思うものが多くて、笑えましたね。江戸人チェック(東京生まれ)、西の東京人チェックもあります。お暇なあなた、早速やってみますか~~
Oct 19, 2007

さて先日小布施で買ってきた栗です。例年通りに、栗の渋皮煮を作りました。昨年の小布施で見た栗、その栗の見事さが忘れられずに、今回の長野も栗に会いに行ったようなものですから。。。「栗の渋皮煮」の作り方栗 800gを二袋 重曹 5g~6g 水 グラニュー糖 1.2Kg(栗の重量の80パーセント位)ブランデー・・・作り方・・・・栗の皮をむく 栗は大きめの鍋などに入れてしばらく置いておく。鬼皮がやわらかくなってむきやすくなる。 渋皮になるべく傷をつけぬように気をつけて鬼皮をむく(とても注意深くやる作業なので、病気になる前も私はやらせてもらえませんでした。私がするといい加減なので、綺麗に出来ないそうです) ・下茹で・渋抜き あとで蜜で煮る時もそうですが火はなるべく小さくして、静かにコトコト煮ます。そっと加熱するのが煮崩れたりさせないコツだそう。 重曹を入れ、中火にかける。沸騰してきたら火をとろ火にして役1時間ゆでる。水を少しづつ替えながら、1時間くらい茹でてお水を替える作業を10~13回くらい繰り返す。栗の筋を竹串を使って一つ一つていねいに取り除く。この作業にかなりの時間がかかるが、根気よく渋皮になるべく傷をつけないようにとる。栗の皮のお掃除は二度くらいすると、綺麗な渋皮だけになる。・栗の渋みが抜けていたら蜜で煮る作業に入る。 鍋に栗を入れ、たっぷりかぶるくらいの水を注ぐ。分量のグラニュー糖を鍋に入れて火にかけて溶かす。紙ふたをして煮ていく。沸騰してきたらとろ火にして1時間程煮ふくめる。煮あがったらそのまま冷めるまで置いて味を含ませる。 ブランデーを蜜に加えて、冷めるまで置いておく。・びんに詰めて殺菌する。 出来上がった渋皮煮は消毒したびんに詰めて殺菌すると1年ほどは持つようです。その隣は、そのついでに作った「栗ジャム」です。材料は、渋皮煮と同じ、グラニュー糖の量は栗の80パーセントくらいに(もっと甘くても良いかもしれません。こうして作ってみると、市販のケーキ・モンブランには相当な量のお砂糖が入っていることが解ります)・栗をそのままゆでて火を通します。・茹で上がった栗を包丁で割って、中身をくりぬきます。・その中身と水とグラニュー糖を合わせて鍋でことこと煮ます。・出てくる灰汁をすくいながら煮たら、ミキサーにかけてからもう一度日を通します。最後にブランデーを入れて、味と香り付けをして出来上がり。・・・・・このように作ってくれたようです。とにかく手間と時間がかかります、この作り方でも二日ほどかかってしまいます。私はその間疲れてほどんど熟睡中、または自分のお時間中で・・・全くのノータッチ!長野まで往復して疲れたかと思いましたが、良くやってくれました。我が夫ながら、感心!感心!そして、どうもありがとう~~~
Oct 18, 2007

いつものように朝のお散歩をしていたら、とても良いことがありました。お会いするといつもお花を下さる、ご近所の奥様・・・一番初めにバラを頂いたことから、私達はひそかにバラのお宅と呼んでいるのです。私の顔を見て、またも「お花を持っていきませんか」と、早速、お玄関から花バサミを持ってきてお花を切って下さいました。コスモス、ムラサキシキブ、うす紫の小さな花、でも良い香りのするのはオーデコロン・ミント、黄色の花はルドベキア?をあっという間に切って下さいました。一緒に歩いていた訪問看護士さんに家まで持っていただいて、花瓶に活けてみました。紫系の花々の中に黄色がアクセントとなって、いかにも秋という感じ・・・がしてまいりませんか。もうひとつ秋といえば、このアケビも。山で見つけた夫が取ってきてくれました。アケビはつる性の植物です。これは白っぽいのですが通常は紫色の実を付け、木の実は熟するとパカっと口を開けたように割れます。新芽も酢の物やお浸し、和え物、汁物の具などの山菜として利用されているようですが、何と言っても中に入っている白い果実の部分が、秋の山の珍味なのです。白い部分には小さな黒い種が多くて、結構食べにくいものですが、ほんのりとした甘みのあるこの部分。お行儀悪く、口に入れては種だけ吐き出して食べます。こんな事、都会に住んでいたら出来ない、田舎だけの楽しみと言っても良いことでしょう。またアケビのつる、つる細工に使うと、素晴らしいかごが出来るのです。家にもアケビの木がありますが、何年経っても花は咲いても実はなりません。どうしてでしょうね。
Oct 17, 2007
横山作品と言えば、警察小説と思ってしまいますが、この作品の主人公は地方紙の新聞記者です。タイトルの「クライマーズ・ハイ」 とは、興奮状態が極限に達してしまうと恐怖心が麻痺してしまうということを言います。1985年、群馬・長野県境の御巣鷹山に日航のジャンボ機が墜落する未曾有の航空機事故が発生する。谷川岳の衝立岩登攀を予定していた地元紙の記者、悠木和雅は全権デスクに任命される。一方、共に登る予定だった同僚の安西も、登山することなく病院に搬送されていた。悠木は40歳になった今も社内で最古参の記者である、そんなアウトロー記者が、事故の全権デスクを命じられたことをきっかけに、会社という組織や家族と否応なく向き合うことになってしまう。友と挑戦するはずだった谷川岳の絶壁の代わりに御巣鷹山への挑戦を、新聞報道という形で行うことになるのです。凶悪な断崖に、絶望しとどまる事もしばしば、それでも登るのを諦めない悠木。家族や社内の軋轢と正面から向かい合い、そこに同僚の不可解な死の謎も交錯しながら、物語が進んでいきます。群馬県内で発生した過去の大事件「大久保事件」「連合赤軍・浅間山荘事件」以上の「二度と起こらない事件」か、戦後40年の節目となる終戦記念日行事か、中曽根首相の靖国神社公式参拝か。そのどれを優先すべきか。報道を巡り、組織内の抗争や派閥争いが絡んで、組織との壮絶な闘いは非常な熱さで描かれています。「下りるために登る」と言い残した安西の言葉も深い、読者に多くのことを突きつけるものです。スクープと思われる記事も、遺族や読者の感情に配慮して、局面で悠木が出した答えは果たして正しかったのか・・・・高揚した気分で一気に読ませてしまう辺りは、さすがはこの作者ならではと思ってしまいます。自身が上毛新聞社で12年間記者生活を送り、その間に現場取材した事件でもあり、この作品を著者は次のように語っています。 ――記録でも記憶でもないものを書くために、18年の歳月が必要だった。 小説の最後に悠木は、社長の白河から退職か飼い犬(山奥の支社にとばして、もう二度と本社へは戻さない)になるか、決断を迫られます。北関のペンバッチをはずそうとする悠木に、「山にでもどこでも行けよ!飼い犬が嫌なら野犬にでも山犬にでもなればいいじゃないか。そこで書き続けろ。桜便りやアユの放流や、何でもかんでも書け!って」と言う同期の仲間の言葉が。この男達の発する熱い言葉の数々、そして小説のラストは明るく希望に満ちて・・・思わず私も感涙してしまいました。あれからすでに20年、私も当時作者と同じく群馬県内に住んでいたため、あの事故のことは鮮明に覚えています。事故発生のあの日は、幼稚園児だった息子が腕に怪我をしてしまい、救急病院の待合室のテレビでニュース見て「スゴイことになった!」と思ったものでした。その息子もすでに社会人となり、その間は悠木の味わったような家族間の行き違いも感じることのない平和な日々でした。しかし一昨年の突然の発病、それまでの生活とは一変してしまって、自分だけは何事もない人生と思っておりましたが。。。でも人生なんて終わってみないと解らないものです。私だってこれからも強くしぶとく生きていくつもりです、これからも希望を求めつつ。
Oct 16, 2007
とっても暑かった今年の夏、その夏中ほったらかし状態の我家のお庭。木の枝は伸び放題、草刈はしていましたが、芝生もすっかり伸びきってしまっていました。小さくて狭い庭なのですが、それでもこのままではいけないと思った夫。土曜日から昨日の午前中にかけては、庭のお掃除です。大人しくお利口さんで待ったいた私(笑)、お昼ごはんを食べてから、午後は一緒にプールに行ってきました。プールでの水中歩行の為です。ここで、水中歩行の効能などを・・・1 浮力 人間の体重は、肩まで水に浸かった状態では浮力により陸上の約1/10に減少します。この浮力により体の一部分、特に膝や腰に大きな負荷が加わらないことだけが水泳・水中運動の優れている点のように言われています。この他にも、陸上での運動は、常に重力に対して姿勢を保持しながら運動しなければなりません。その運動に必要な筋肉以外も常に緊張している筋肉が存在するということになります。しかし水中運動は浮力により、運動に直接必要な筋肉以外をリラックスさせることができます。 2 水圧 水にもぐらなくても、肩まで浸かっているだけで、胸郭に対して適度に圧力をかけ呼吸筋を刺激します。 水中運動が喘息や呼吸器系のリハビリテーションに優れていることはいうまでもありません。 3 水温 体温よりも低い水温では寒冷刺激を受け、体温調節機能が発達して、防衛体力の向上を促します。 水中では、エネルギー消費量が高くなるのです。4 抵抗 抵抗を上手に利用して運動は、局所筋運動としての効果も得ることができます。日曜日の午後、更衣の時間も含めて2時間をしっかりと過ごすことができました。昨年のを見ますと、11月の初旬まで行っていたことが解ります。水中に入り始めは、水が冷たい、でもすぐに慣れて気持ちも良いのです。頑張れば、プールの季節はまだまだ続きそうです。さて、今年はいつまで行くことが出来るでしょうか・・・・・
Oct 15, 2007
最近、母のリクエストにより購入したアルバムは、徳永英明のロングヒットを記録したVOCALISTシリーズの第3弾で最終作。本作も女性ボーカル曲のカヴァーで構成されているアルバムです。我が母、結構ミーハーなのです(笑)1,恋におちて -Fall in Love-小林明子のカヴァー。 2,PRIDE今井美樹のカヴァー。 3,桃色吐息高橋真梨子のカヴァー。 4,わかれうた中島みゆきのカヴァー。 5,やさしいキスをしてREAMS COME TRUEのカヴァー。 6,Time goes byEvery Little Thingのカヴァー。 7,たそがれマイ・ラブ大橋純子のカヴァー。 8,元気を出して竹内まりやのカヴァー。 9,ENDLESS STORYREIRA starring YUNA ITO(伊藤由奈)のカヴァー。 10,まちぶせ石川ひとみのカヴァー。 11,月のしずくRUI(柴咲コウ)のカヴァー。 12,迷い道渡辺真知子のカヴァー。 13,CAN YOU CELEBRATE?安室奈美恵のカヴァー。 1986年、シングル「Rainy Blue」でRadio Cityレコードよりデビュー。1990年7月、シングル「壊れかけのRadio」をリリース、同年、アルバム「JUSTIC」にてオリコン初登場1位を獲得する。 01年、もやもや病(脳血管障害の一種)のため、コンサートツアーを中止。2005年9月、女性ボーカルの曲ばかりをカヴァーしたアルバム[VOCALIST]を発表。[12月「NHK紅白歌合戦」にデビュー21年目にして初出場、「壊れかけのRadio」を披露する。2007年8月15日、「VOCALIST 3」発売。約30年3か月ぶり、史上2人目の男性ソロアーティストでカバーアルバム1位を獲得する。徳永英明がデビューして、彼が最も売れていた頃に、私もコンサートに行ったことがありました。それは別にファンであったからではありません。チケットを買っていた方が行けなくなってしまった為に、頂いたチケットで息子ちゃんとふたりで行ったのです。まだ若くて、ほっそり、なかなかハンサムだったように思いました。歌も勿論素敵でした!それからもやもや病、脳血管障害の一種です。後遺症もなく完治したようで良かったですね。上のアルバム、聞き始めの一曲目は確かに独特のハスキーボイスが曲と相まって「なかなか良い!」と思います。でもカヴァー曲、スローテンポのバラードぽい曲が続くためか、途中で少し飽きてきてしまいます。「1」と「2」を聞いていないので、他のアルバムについてはどうか解りません。今回が最後ですから、曲のセレクトも仕方のない面もあるかと思います。このヒット、女性ボーカル曲のカヴァーを男性がするという、今までにありそうでなかった企画の勝利と言えそうです。昨日もいつものように私を心配して母が来てくれましたので、昨日早速プレゼントです。自分の分はしっかりコピーしておいたのは、勿論のことですね。昨日の午後は、私の髪がすっかり伸びてしまっていましたので、一緒に美容院へ行ってもらいました。家のご近所に新しく美容院がオープンしましたので、丁度良かったのです。今までは床屋さんでおかっぱさんにカットしてもらっていましたが、退院後、初めて美容院へ。行って色々聞かれたりしたら、イヤだわなどと思っていましたが、別に何も言われませんでした。心配するほどのことではありません。私やっと、美容院再デビューが出来ました。髪をばっさり短くして、ショートヘアにイメチェンです!・・・何、そんなの関係ない!・・・ですと!
Oct 13, 2007

夜はもう涼しくなって、そろそろ厚いお布団も恋しいような・・・すっかり秋になってしまいましたね。寒い夜に、ピッタリなものは。昨夜は夫のリクエストで、けんちん汁にしました。なかにはいっているのは、里芋、大根、人参、牛蒡、白菜と季節の野菜ばかりです。他にはお豆腐に油揚げ、お肉を少々。家のけんちんは、ヘルシーに油で炒めないのです。だし汁にだたお野菜を入れて煮てしまうだけ・・・そして味付けは、お味噌とお醤油を半々くらいにしています。ブロッコリーを茹でて、長野で買ってきた野沢菜漬けも。鮭を沢山頂いたので、焼鮭をほぐして、三色丼にしました。いり卵は簡単です。そしてこちらも簡単に、生協製の鳥そぼろを一緒に。「まこもだけ」って、知っていました?先日の長野の夕食にこのまこもだけの天ぷらが出ましたが、私達はその時に初めて食べました。そして、たまたま翌日に立ち寄った野菜の産直所に置いてありましたので、買ってきましたが。中華料理に多く使用されるとかで、中国野菜に分類されることが多いようです。その独特の食感は甘みのあるタケノコのようで、ちょっと違います。まこも(真菰)とは水辺に生えるイネ科の水生植物です。野生のものは茎が肥大化していないため食べられません。「食用まこも」は、4月から5月頃に水を張った水田に、1平米に1本程度定植した後、水稲と同じような管理をすると、その若茎に黒穂菌(くろぼきん)が寄生して、肥大化し、秋の収穫時になると草丈は1.5メートルから2メートルほどになり、茎の根元の部分が肥大化して竹の子状になります。この株の部分20センチほどを『まこもだけ』といい、ここを収穫し食用にします。 9月から10月が収穫時期です。その名前からキノコをイメージしてしまいそうですがキノコではありません。レジの方に聞いてきた食べ方では、きんぴら風に炒め煮するのが最も簡単で美味しいのだと。最後にゴマを、パラパラかけて・・・中国などからの輸入品がほとんどで、中華料理などに使う野菜の大部分は国内産でまかなわれていますが、生産上の問題などで輸入に頼らざるを得ない部分もまだまだあるそうです。珍しい野菜の「まこもだけ」、このように野菜や果物は基本的にはそれぞれの地域に根ざしてるものなんですね。
Oct 12, 2007

江戸時代には、六斎市が立つ北信濃の経済の中心地として栄えた町・小布施。その繁栄により北斎や一茶など多くの文人墨客を招き その中から小布施独自の文化が生まれてきました。北斎館から高井鴻山記念館、おぶせミュージアム・中島千波館、日本のあかり博物館、岩松院などを巡りながら、北斎が愛した小布施の風情を感じるには、秋はぴったりな季節なのです。また、小布施の古い伝統と磨きぬかれた本物の味!600年もの時を越え親しまれ続ける栗菓子や栗おこわも、小布施の魅力のひとつです。 昨年もそうでしたが、やはりこの季節・栗の旬の季節ですから、メインストリートは午前中に関わらずもう車と人でいっぱいです。朽ちかけた土塀や路地に咲く花、木々の梢を渡る風・・・。小布施の町を歩いてみると、何気ない風景も良いなあと思ってしまう。高井鴻山は、幕末維新の激動期に陽明学の教え知行合一の精神で、「国利民福」の信条をつらぬいた人であり、浮世絵師葛飾北斎など多くの文人墨客を招き小布施を文化の香り高い地に育んだ人でもあります。日本唯一の北斎の肉筆画を展示している「北斎館」。 天才絵師葛飾北斎が、その晩年に長く逗留し、画業の集大成をはかった特別な場所です。北斎が小布施滞在中に描いた掛け軸や額装、屏風などの肉筆画40余点のほか、2台の祭屋台も常設展示してあります。マンホールの蓋までもが「北斎」風でした。この周辺には、昨年お昼を食べた寄り付き料理の「蔵部」、「枡一酒造本店」、洋食レストランの傘風楼(さんぷうろう)、などと共に、ホテルの「枡一客殿」も今年オープンしました。「小布施堂本店」は栗菓子のお店です。店の奥で、栗菓子やお抹茶がいただけるようになっていました。右にあるのは、季節限定の「朱雀」(スザク)。名前の由来は雀(すずめ)の巣に似ている所からきているようです。一件見た目は蕎麦を挙げた物に似ていますが、採れたての新栗を蒸して栗の皮を除き、素麺状に裏ごししたものを、「栗餡」の上にふわりと盛りつけてあります。栗餡&栗素麺さらに栗餡&栗素麺の二重になっています。栗の香がして、栗本来の味でとっても美味しい!新栗の繊細な風味を損なわぬように、栗の郷にあっても新栗の仕込み期、仕込み場界隈でのみ味わえる究極の味。砂糖も何も加えず、栗そのものをいただく、究極の栗のお菓子とも言えましょう。朱雀が味わえるのは、9月下旬から10月上旬までとの事。平日限定で1日に約40個程を製造し仕込みの都合によっては作らない日もあるようです。日曜日でしたが、1時間待ちと聞いて、私達も予約をして食べることが出来ました。しかしその大きさ、直径が15センチ近く、高さも10センチもありました。かなりの栗好きでも、これは見ただけで驚くほどの大きさです!お昼のことを考えて、お抹茶付きのセットをひとつ注文して、ふたりで分けて食べたのですが、これは大正解でした!スプーンや箸おきにも、栗の模様です。皆さん、どなたも半分も食べずにもてあましてしまって、「どうしよう」とか、「ふたりで一個で良かったなあ」「ひとつは栗アイスを頼めばよかった」と言った声が周りから聞こえてきます。そんな様子や会話の面白さもありますから、是非この季節に小布施へ行かれる方、朱雀を食べてみてくださいね。でもこれを食べたお陰でか、お腹がいっぱいになってしまって、楽しみにしていた栗おこわを食べそびれてしまいました。朱雀単品----------840円(税込)抹茶+朱雀セット-----1050円(税込)「小布施堂本店」営業時間本店/10:00~16:00定休日本店/年中無休 〒381-0293 長野県上高井郡小布施町808TEL/026-247-2027・FAX/026-247-5345りんごに、栗、、おやきやお蕎麦も食べて、楽しかった小布施への旅も、無事に終わりました。買ってきた栗は、どうなったでしょうか。。。。それは、また後日。行く前はそれ程乗り気でもなかった夫ですが、「来年も行くぞ~~」などと、張り切っております(笑)
Oct 11, 2007

サイホクカン・ホテルのガーデンテラスの付きのメインバー「SEIJI」へは入りませんでした。朝のお散歩で館内を見て回りました。館内には、絵画や彫刻がたくさん飾られています。チャペルです。私達が到着した日には、結婚式もあったようです。さて、朝ごはんを食べましょう。昨夜あれほど食べたと言うのに、お腹が空きました。上のようなホテルのお庭を見ながら、朝食を頂きました。夫は和朝食を。私はアメリカンブレックファストに。コーヒー、紅茶、水はテーブルから好きなものを選ぶビュッフェ形式で、パンと卵料理は席で注文すると焼きたて、作りたてのものが運ばれてきます。トーストorクロワッサン、ハムかベーコンか、ウィンナーか。卵はオムレツをチョイス、柔らかめでお願いしました。オムレツには、ケチャップでなく、軽めのトマトソースが別添えで出てきたのですが、このソースがしつこくなくて、すっぱさも無くて上品な味でした。ヨーグルトの中に、干しイチジクのシロップ煮が添えられていたのも面白いですね。長野市内から、目的地の小布施へ向かいます。道の両側には、延々とりんご畑が続きます。緑の木々の間に、真っ赤なりんごの実は可愛いですね!私達がりんごを買ったのは、言うまでもありません。赤が濃くて小さめの「秋映え」、立派な大きさの「豊秋」、名前が素敵な「シナスィート」。こうして、栗を求めて小布施へ向かった私達。小布施編はまた明日です(もう、しつこいですね)
Oct 10, 2007

旅先での楽しみのひとつに、夕食の時間があります。今回温泉地ではなく長野市内のホテルに宿泊した目的は、次の日に行く小布施町に近いことでした。そしてせっかく市内のホテルに宿泊したのですから、お食事もホテル内ではなくてどこかへ食べに行きたいもの、夜遊びするチャンスというものですね。以前から良く見させていただいていた長野市内にお住まいの温泉通のご夫婦のHP。昨年の小布施でのお昼ごはんを食べた所「蔵部(クラブ)」も、ここはかなり有名なところですから以前から知ってはいましたが、そのHPで拝見してからはもうどうしても行かなくては・・・状態になってしまい行って来たのでした。この日の食事場所は、「和食屋 膳」。市内の中心部にあるTOiGO(トイーゴ)SBC2階にあります。トイーゴは長野駅と善光寺の中間に位置します、この場所の地名が「問御所(トイゴショ)」だからトイーゴという名前のようです。このお店は昨年行った上田市内にもお店があり、良く出来たHPを見ると、益々行きたくなってしまい、地図を見ますとホテルから私の足でもどうにか歩いて行けそうな距離です。「おまかせ会席」は予約になっていて、せっかくですから4000円と、6000円のコースを予約しておきました・・・色々食べてみたい、2000円の差はどうかなと比較もしてみたい(笑)暖簾をくぐって店内に入ると、落ち着いた和風モダンのインテリアです。清潔感のある、センスの感じられるお店です。押さえた、でも計算された照明。個別に区切られたテーブル席と、カウンターエリアがあって予約していたカウンター席に着きます。日本酒が自慢となっていますので、さっそく長野県上田市産の、純米熟成酒「醇」をオーダーしました。箸染めの菊花と焼野菜のだしジュレがけ。碗は蓼科豚角煮のせ稲庭うどん。お造りも新鮮です、天然鯛、甘エビ、煽烏賊、メジマグロ、それに炙りサバですが、夫のほうはこの代わりにのどぐろがのっていました。ごらんのように酒器、グラス、器全てがとても素敵!お料理も手がかかっていて、勿論美味しい!次は何をいただく事ができるのか、ワクワクしてしまうような、そんな空間です。天然鰤の照り焼き、ここでビールのお替りへ。キリンのゴールデンホップにします。中鉢が片方は、甘鯛の蓮根蒸し、豊野産のまこもの天ぷらと、少し違っていて。石川小芋の胡桃和えは、ねっとりとした小芋の上に濃厚な和え衣、香りと歯ごたえの良い季節の胡桃がアクセントになっていました。メインは信州黒毛和牛のヒレステーキ、同じくリブロースの重ね焼です。どのお料理にもさすがは長野、生わさびが(少し粉わさびも混ぜてあるのか)たっぷり!食事はご飯、お味噌汁、自家製いくら、でしたので、自家製のいくら丼にしてしまいました。デザートの、フローズンヨーグルトまで全てが美味しくて、器のセンスの良さと共に大満足です。カウンター席は、板前さんの仕事ぶりを見ながら頂くことの出来る所と、私達の座った外の夜景を眺めながら食事が出来る席とありました。どちらにしようか迷いましたが、カップルシートのようなこのお席(お隣との仕切りに白いシェードが下がっていて、落ち着いて食べたりお喋りしたり出来ます)良い感じでしょう~~!私は食べ比べてみたかったのですが、お店のほうで気を利かせてくれて、丁度5000円くらいのコースにして下さったようでした。そしてトイーゴ内には、エレベーターもバリアフリートイレもありますから、安心です。帰りはタクシーでと思っていましたが、楽しい気分でそのままホテルまで歩いて帰ってきてしまいました・・少し道は暗かったけれど・・・長野市TOiGO SBC2F026-219-5330ランチタイム 11:30~14:30ディナータイム17:30~22:00(L.O.21:30)定休日:不定休
Oct 9, 2007

暑い暑い夏が終わって、終わったと同時に秋風が・・・・・その秋風に誘われてか、連休に長野へ遊びに行ってきました。幸い土日は良く晴れて、日中は暑いくらいの天候の良さです。我家から長野へ、まだ北関東自動車道路の佐野・伊勢崎間が完成されていませんが、東北道は空き空きで、いつもでしたら渋滞する軽井沢付近もそれほどではありませんでした。さて長野と言えば、信州蕎麦に、「善光寺 」ですね。予定にはなかったのですが、ホテルのチェックインまで少し時間があったので行って見ました。長野へは何度か来ているのですが、ここ善光寺へ来たのは20年以上も前、随分久しぶりでかえって新鮮な気持ちがしました。国宝善光寺本堂は1707年に完成、高さ30M、間口は24M、奥行54Mとその規模は広大で、江戸時代を代表する仏教建築と言われています。この本堂前で参拝をすませて、他の皆さんの真似をしてこの大きな高炉にお線香をあげました。今まででしたら絶対このようなこともなかったことでしょうが、今回は一生懸命に(笑)そして、「どうぞ身体を少しでも良くして下さい」とお願いして、煙を身体にあててきたのです。門前の仲見世通りには、やはりお蕎麦屋さんに、おやき屋さん、有名な七味唐辛子のお店も。私も美味しいおやきを買って、食べました。宿泊したホテルは、長野駅と善光寺の中間に立地する、1890年に開業した長野市有数の老舗ホテルの「THE SAIHOKUKAN HOTEL(サイホクカンホテル)」です。上の画像は、夜食事に行って帰ってきたときの画像です。1890年に犀北館という名前の旅館として創業したホテルは、1977年に南館、96年長野市景観賞を受賞した本館が建てられ、シティホテルになりました。夏目漱石も宿泊したことがあり、その時々にゆかりのあった芸術家の作品・東郷青児作のステンドグラスも含めて数多くの絵画、彫刻などが館内に飾られていました。冬季オリンピックの際には世界各国からのVIPも迎えたそうです。私が宿泊したバリアフリールーム4001号室、ベットの反対側に、ミニバー、ミラー付きのデスク、テレビが位置するごく普通の造りです。近くに向かいのビルも見えますが、ベッドに寝転んで見ると山の緑も視界に入ってきて悪くはありませんでした。バスルームは広めで、浴槽も大きかった。タオル類にはホテル名が金文字で刺繍され、ボディタオル、バスジェルもあるアメニティーはとっても豊富で質も高いものでした。女性には嬉しい柔らかいカラーコットンや、使い捨てのタオル地のスリッパも(これは私は履くことが出来ませんでしたが、勿論持ち帰るのもOKです)浴衣ではなくて、パジャマの上着を長く伸ばしたロングパジャマも久しぶりでした。浴衣は自分で帯を結ぶことが出来ない、朝起きた時には凄いことになっている(笑)ので、この方が好きです。事前に依頼しておいたシャワーチェア、滑り止めのマットも用意されていました。お出かけ先で出会った自然、人々、そして食べ物も・・・現地で食べるから余計に美味しい。今回の小さな旅、美味しい物、楽しいことにいっぱい出会うことが出来たでしょうか。このシリーズ、しばらく続きそうです。
Oct 8, 2007

昨日からはまた、秋晴れの日々です。午後は暑いほどでした、でも夜になるとさすがに気温も下がり熟睡してしまいます(疲れるようなことは何もしていないのに)同じに一日中何もしなくても、お腹が空いてしまうのはどうしてでしょう(笑)今朝の空です。寝室の前の、ブドウの葉っぱ越しにお空を。その後散歩中にも空を見上げましたが、本当に真っ青で!高く!澄み切ったお空です。とても気持ちが良いですね。お隣は、季節の野菜、カボチャと栗。昨日は母が来てくれたのですが、途中に拾ってきた栗も大きくて!・・やはり季節感が感じられます。久しぶりに絵を描いてみました。材料は、家にあったお野菜で。サツマイモもこの季節は美味しいですね。ふとっちょさんと、ほっそりさんと、あなたはどちらがお好みですか?右側は、キッチンで芽を出してしまっていた玉ねぎです。絵に描いて役目を果たして、捨ててしまいましょう。どちらも絵手紙風に簡単に描きました。サインペンで下書きして、色塗りも短時間にさっと。両方とも10分くらいで描いてしまいました。こんな絵でしたら、手軽で良いですね。絵も描き始めると楽しいのですが、近頃は全くご無沙汰しておりました。せっかく描いた絵手紙です、さあ!どなたに出しましょうか。。。
Oct 5, 2007

黄金色に大地が染まる秋。野辺に咲く花や草、今までの艶やかさと違った趣があるのです。秋の七草の代表ともいえる、萩の花。「万葉集」の中でも、最も多く歌に歌われています。中でも珍しい白い萩の花です。普通に見かける萩に比べると、葉の緑も濃いように感じられます。庭のウメモドキの実も赤く色づいてきました。今はこんなに沢山の実がなっていますが・・・新年を迎える頃に、ちょっと活けようと見ますと、その頃にはほとんどなくなってしまっている。鳥達はちゃんと見ていて、知っている。そしていつのまにか食べてしまうのです。ひめじょおん?の綿毛かな。このポワポワを見ると、触ってみたくなってしまいます。秋にふさわしい花、このように寄り添うように咲く小さな花が多くて、またその様が似合うと感じます。風に優しく揺れる姿ははかなくて・・しかし力強い。ひとり静かに歩いていると、どこかから甘い香りが漂ってきました・・・ある日突然、ここで咲いていますよ・・と主張する、金木犀の香りでした。秋の真ん中に、今私は立っているのです。
Oct 3, 2007
今日の一冊は、ハードボイルドの世界、冒険小説といっていいものかと思います。三浦半島で小さなボート屋を経営する渋谷は、かつては登山家として名をはせていたが、一緒に登山中の友人=高梨を山で亡くしてからは山から遠ざかる生活をしていた。ある日、日米学際協力振興会と名乗るふたりの男、樋口とオスカー・シュタインが訪ねて来る。パタゴニアの岩壁の写真を見せて、ここに登って欲しいと言う。海を舞台に若いスタッフ=北原と今は世間とはかけ離れた生活をして生きている渋谷はその依頼を断るが、その日から彼の周りでおかしな事件が起こり始める。彼は海上で大型クルーザーに襲われてしまうばかりか、時を同じく何者かに経営する店を焼かれ、北原も殺されるのである。今後の生活もあり、店を畳んで郷里へ帰ろうとする老夫婦との約束を果たす為にも、喫茶店「かわの」を買い取る為の資金の一部700万円で、択捉島へ渡る約束を樋口の上司=青柳CIAと交わしてしまう。それは愛する順子=無くなった友人・高梨の妻への思い、北原の父親への責任、自己弁護、高揚感などがからみ合って出した結論からか。。。第二部の択捉島・萌消湾登坂、そして潜入はするるものの待ち受けるソ連の諜報機関に阻止されて、島に家族が眠る老人=蛭間(彼も魅力的なキャラとして描かれている)とも別れることに。択捉から国後へ、国後からは目の前に見える北海道の知床半島を目指す。波に打ち上げられた板を使った筏でのソ連の領海からの脱出・・・自らの能力のすべてを投じて脱出するこの場面が一番面白く、息もつがせず一気に読ませます。そして第三部、日本に生還した渋谷は降りかかる厄災の真実を掴むための孤独な闘いを開始する。襲いかかる大きな力に、個人はどう抗うことが出来るのか。作者がこの本を書いたきっかけとして・・・志水辰夫本人のHP上で語っているのは以下の通りです・・国後、択捉出身者の回顧談や地誌、営林局や漁業関係者の活動記録など、昭和十五年の国後島古釜布、根室間の汽船運賃表だとか、古釜布中心部の住宅地図だとか、断片的な資料を見ているうちにあることを思いついた。 千島出身者がどんどん老齢化している現在、いまのうちに記録を残しておかないと、そのうち完全に失われてしまう。あとに残るのは北方領土を返せ、という空疎なスローガンだけである。そうなってからでは遅いから、いまのうちに、かつての記録を、商業ベースに乗る本にして残しておきたいと思ったのだ。択捉島出身者の書いた地誌があった。そこに、択捉島西部にある萌消湾という噴火湾の記述が出ていた。火山の噴火によってできた直径数キロの小さな湾である。周囲は赤茶けた火山岩の絶壁、不気味なので近寄るものがなかった。やむなく避難した人が、湾内にいる間、生きた心地がしなかったという感想を残している。島民でさえ、湾内に入った人はほとんどいなかったのである。まさに人跡未踏の地、なんとも想像力をかき立てられるところではないか。これからもなんとかして文章を書いて生きていくほかない。となると、あとは小説でも書いてみようかと思いはじめるのは当然のことだろう。となったとき、思い出したのがこの萌消湾だった。日本領土でありながら日本支配の及んでいない望郷の島、ここに日本人を潜入させ、高さ四、五百メートルもある絶壁を攀じ登らせたらどうだろう。ということで、元クライマーなる人物が、ヒーローとして生まれてきたわけだ。ほとばしり出てくる創作意欲があって、そこから必然的に生み出されたストーリーではない。人に知られていない題材があったから、それに合いそうなストーリーをこしらえてむりやり当てはめただけなのだ。なんとまあ安直な、と思われるかもしれないが、事実安直だったのだからしようがない。 このとき八百枚の原稿を、二年かかって書きあげた。仕事の合間を見てというか、おりをみて、すこしずつ書き足していったものだ。これは、いま思い出してみてもぞっとするくらい苦しかった。精神的にである。金になるやらならぬやら、ものになるやらならぬやら、読んでもらえるあてすらない原稿を、貧乏生活の合間に書いてゆくのだから、これはつらい。書きあげたら、どこかの懸賞小説に応募しよう、というあてすらなかった。こういう小説の応募できる舞台は、まだなかったのである。 とにかく最後まで書いてみよう、というその一念にだけすがって書き終えた。中途半端に生きてきたそれまでの自分の、生き方を変えるためのひとつのハードルなのだ、と言い聞かせながらの作業でもあった。畳み掛けるような事件の連続、裏切り、逃避行と過剰なまでのサービスが。凝ったデディールに、緊迫感のある文章。本作は1981年に刊行された志水辰夫のデビュー作でした。この作者の代表作とされる「行きずりの街」「いまひとたびの」等と読み比べてみるのも一興かと思います。冒険小説好きにもお勧めできる一冊です。
Oct 2, 2007

先週末は、せっかくの土日も雨でしたね。我家の土曜日は、夫が月末のためにお仕事。日曜日も特別に依頼されてお仕事のはずでしたが・・・朝出かけて30分ほどで帰ってきました。雨で中止になったそうです。昨日も朝早く目覚めた私、そのようなわけでしたので昨日もひとりでお散歩タ~~イムを。しばらく写真も撮っていないと、カメラを首から提げて(これってかっこ悪いですけれど、今までに何度もカメラを落としてしまっているので仕方がありません。どうしてカメラはあんなにするっと落ちてしまうのでしょう。)夏の終わり頃から良く見かける花、クジャクソウです。花壇で大きな株になって、小さな菊によく似た花をたくさんつけている様・・・孔雀が羽を広げたときのようなのでこの名前がついたのでしょうか。秋バラも咲いていました。でも初夏に咲くバラに比べると、どうしても美しさが劣ってしまうように感じるのは私だけ?ニチニチソウはまだ元気です。霜が下りるくらいまではまだまだ咲き続けます。濃い紫がかったこの色は、チョッと変わっていますね。まだまだ頑張っていると言えば、アジサイも。これは咲いたままで、天然のドライフラワーになっております・・・この位に綺麗でしたら、許せると思ってしまう。。。やっぱり好きな秋明菊、真っ白な花びらのも良いでしょう!小さい赤いほうは、花びらが八重になっています。秋明菊にしても、シュウカイドウにしても、すでにその名で秋を感じさせてくれる花です。こうして身近なところでも少しずつ秋が深まっていくのですね。朝はそれほどでもなかった雨も、結局一日中降り続けて・・・お部屋のお掃除をしただけの、ゆっくり、のんびりとした日曜日になりました。仕事の疲れが溜まっていた夫は、午後は二階でひとりお昼寝です。身体が少し休まったでしょうか・・・私も少しホッと。
Oct 1, 2007
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