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4月の終わり。5月の始まり。あっという間の4月だった。年初の予想通りやっぱり毎月 あっという間だ。日本はGWというものに突入した。ゴールデンウィークね。NHKでは大型連休というらしい。それにしてもディープインパクトは強かった。4月最後の日曜日第133回天皇賞(春)が開催された。競馬の話である。競馬をかじり始めて10年ほど経つがそれほど詳しいわけじゃない。それでもこの10年間であれほど強い馬を僕は知らない。賭け事はね・・・そんなに好きじゃない。パチンコもパチスロもやらない。正確にはパチンコは3回か4回パチスロも1回だけやったことがある。いずれも友人に連れられて やむなく とか友人との待ち合わせ場所に指定されて やむなく とかである。そしてパチンコもパチスロもトータルで勝っている。でもはまらなかった。勝ったまま終えておくのが賢明だ。さてスポーツの初夏だ。初夏・・・陰暦四月の異称ということらしいから5月ということでよかったのかな。競馬はスポーツではないね。でもこの季節の良く晴れた日の競馬場はとても気分がいい。競馬の話はもういいや。動きやすい季節だ。スポーツといえばいろいろある。今年 という大きな枠でみても大きな大会が・・・・・・大会って大きな会のことか?WBCがあったしサッカーのワールドカップがある。WBCといえば世界ボクシング評議会のことだったのに と思う。今や野球のワールドベースボール・クラシックのことになりつつある。サッカーのワールドカップによって毎度のことながら「あれから4年かあ・・・」と 時が流れたことを思い知らされる。スポーツは観戦するのが好きだ。テレビで。本当は観戦するだけじゃなく実際に体を動かすことも嫌いじゃなかった。過去形であるのは年を取ったと感じるから。続ける機会があったら続けていただろう。格闘技などでは体重によってクラスが分かれていることが多い。身長が高いほうが有利なスポーツというものも多い。身長の高低による身長別にクラスを分けるそういう案は受け入れられないだろうか。バレーボールやバスケットボールが身長の高い人たちのスポーツである必要はないと 思ったりする。例えば150cm~160cm級161cm~165cm級166cm~170cm級・・・無差別級こんな感じだ。ちっちゃいチームやでっかいチームに分かれてそれぞれのクラスで競う。それはそれでおもしろそうだと思うのだが。ボクシングや柔道などの体重別の場合有利なクラスでたたかうためにクラスを1ランク下げるというケースがある。いわゆる減量をするわけであるが身長別が採用された場合身長を低くする工夫をする人が現れるだろうか。まあどーでもいい話で。ちなみに今一番興味のある競技は自転車ロードレース。実際はママチャリさえ持っていない。今月も・・・見つけてくれてありがとう。君にYELLを。
2006.04.30
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あの日駅前の商店街をあなたと一緒に歩いた。僕にとっては歩きなれた道なのにいつもと違って見えた。夏はとっくに過ぎていて空は少し晴れていて足もとには枯葉が落ちていてもうすぐこの街の秋のイベントジャズ・フェスティバルの季節だった。目的もなくただ二人でゆっくりと歩いた。総菜屋ゲームセンター喫茶店八百屋カラオケ屋小間物屋大衆食堂・・・商店街はそれなりに賑わっていた。道の途中にある有名人の実家といわれる雑貨屋があった。あなたはそれほど関心を示さなかった。立ち並ぶ店と店の隙間に野良猫の家族を見つけた。あなたはそちらに興味を惹かれていた。猫達は僕らの手の届かない距離でじっとこちらの様子を窺っていた。僕らもしばらく腰をかがめて彼らの様子を観察していた。気がつくとあなたの肩は僕の肩に触れていて僕は不思議な気持ちが抑えられなくて静かにゆっくりと立ちあがった。猫の家族を見守っているあなたをあなたの小さく華奢だけどそのサイズほどには小さく見えない体をはにかむようだけどやさしくあかるい笑顔を僕はやはり不思議な気持ちで見守っていた。穏やかで暖かくてやさしくてうれしくてちょっと切なくて不安で。半年後にあなたは遠く離れた故郷に帰っていった。その間僕からあなたを誘うことはなかった。いつもあなたの誘いを待っていた。そしてあなたの笑顔に会いたくて外に出る。疲れ果てていた僕にはただもう あなたの笑顔があるだけでよかった。ふたりで歩いてふたりで食事してあるときは東京タワーに行きあるときは動物園に行った。ゆっくりと そして しっかりと時間は過ぎていった。短い間だったけど僕は確かに 何かを感じていた。あの感じが 幸せ なのだろうか。あの感じを感じることができたことが 幸せ だったと いうべきだろう。あなたは何を感じていたのだろう。あれから幾年も過ぎた。また会えるだろうか。次に会うときにはあのときと同じやさしくあかるい笑顔を見せてくれるだろうか。あのときと同じ駅前の広場で一緒にジャズを聴いてくれるだろうか。お互いに分かっていたことは友達の関係を脱し得ないこと。あなたは元気にしているだろうかやさしく素敵だった 人妻さん。
2006.04.29
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24日午前10時半ごろJR山手線,埼京線が緊急停車した。線路の一部が盛り上がり変形しているのが見つかったという。夜のトップニュースだった。東京の出来事だから?それとも規模の問題か?約32万人に影響があったといわれる。まあどちらもだろう。約32万人とは正確には何人だろうか。たとえば31万5000人は約32万人だろうか。いないはずの5000人は何者だろうか。たとえば32万4000人は約32万人だろうか。4000人の存在がなんだかかなしい。野球場の観客数などなら約3万5千人といわれたところで多かろうが少なかろうがそれほどの問題ではない。球団のオーナーや経営者は気にするかもしれないが。約32万人というのが死者の数だったら?だれの言葉だったか「1人の死は悲劇だが、100万人の死は統計にすぎない」最近テレビやラジオで 命は大切だ。 命を大切に。 そんなこと、 何千何万回 言われるより、 「あなたが大切だ」 誰かが そう言ってくれたら、 それだけで 生きていける。 公共広告機構です。というCMを見聞きする。大勢の中の漠然としたひとりではなく「あなた」というひとりとして認識されることでようやく人は人として存在しうる。たとえば子どもに対してたとえばサークル内で仲間に対してたとえば職場で同僚に対して あなたのことを見ています あなたの存在を尊重してますと 感じさせることで彼・彼女らは輝きだす。人はみな自分の存在の手がかりを欲している。
2006.04.24
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いやな事件が多すぎて「容疑者が逮捕されました」って いわれてもどの事件のことなのかすぐには分からない。 なぜあの少年が・・・ そんなことするような子じゃなかったのに・・・ いい子でしたよ・・・たとえば僕が地元に戻って何か派手な事件を起こしたとする。近所の人たちは restless heartさんちのあの子がねえ・・・ いい子だったのにねえ・・・ おとなしい奴だったのに・・・って 声を揃えていうだろう。事件を起こすヤツと起こさないヤツの差は紙一重でしかない。僕は僕で自分が何か事件を起こしてしまうのではないだろうかと自分で自分を漠然とではあるが恐れてきた時期がある。『罪と罰』を読んで主人公に共感できた時期だった。それはともかくとりあえず無事にここまでやってくることができた。こんなことを書いていると正気の沙汰ではないと思われるのかもしれない。でも本当に紙一重だと思うのである。だから僕は精神的に異常だといわれるような事件について容疑者を全面的に責めることができない。もちろんやっていいこととやってはいけないことくらいは常識の範囲で知っているつもりである。いい子を演じることなんていくらでもできる。でもいい子を演じなきゃならない理由やその子の気持ちは周りの人間には分からないし分かろうともしない。そこが問題の根本であろう。周りの人間とはマスコミも含む。マスコミは「何故?」ということを興味本位で報道する。そう報道するだけである。彼らはただ煽るだけだ。おそらく「社会」と いった場合多くの人が自分自身はその「社会」に属していないがごとくイメージするだろう。自分が「社会」に属していないかのように振舞っている最たる例がマスコミであり マスコミが流す情報を他人事のように見聞きしている世間である。たとえば痛みをともなう構造改革 といわれて自分のところには痛みがこないと思っているような世間である。・・・違ったか?表面上は突発的な犯行にみえる。しかし本人でさえいつ爆発するかわからない火種が心の中にはくすぶっていただろう。その爆発は自殺という形で表れることもあるだろう。しかしその場合はニュースにはならない。ニュースにはならないが潜在的には多いはずだ。いわば爆弾を抱えていてそれを誰かに投げつけるか自分で抱えて自爆するかという違いでしかないだろう。しかし当然自爆してもらったほうがいいという単純な話ではない。爆弾処理班が必要だ。爆弾を処理する必要がある。それはどこかに存在する「社会」がやるのではない。「社会」に属する各々がやるのである。と 思う。大きな社会としては日本国から都道府県 市区町村学校,会社といったような地域社会そして家族単位・・・現代ではインターネット上にも社会があるといっていい。とはいってもそれでは僕は何をしたらいいだろうかというところで僕の思考はいつも限界に達する。信じられないような事件がすでにレアケースではない。レアケースではないということは明日は我が身だということである。爆発するのは自分かもしれないし隣の人かもしれない。恐いのは人当たりのいい人だろう。なにかのきっかけで突然 爆弾を投げつけてくることもあれば自爆する可能性もある。知り合いであるといっても古い付き合いでよく知っている人ならばまだよい。古い付き合いであってもよく知らない人 かつ 人当たりのいい人と いうのは危険だ。それは僕のことだ。
2006.04.22
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楽天ポイントが1500くらいあった。期間限定ポイントが含まれていて楽天ブックスで完全送料無料キャンペーン中ということもあり本を購入することにした。くだらないことだが「幸福論」の読み比べをしてみることにした。新規購入「幸福論」 寺山修司「幸福論」 ヘッセそれから積読の「幸福論」 アラン既読の「ラッセル幸福論」 B・ラッセル「私の幸福論」 福田恒存「簡素な生活-一つの幸福論」 シャルル・ヴァグネルもっと他にも読んできたような気がする。・・・どんだけ読めば気が済むねん・・・読んで幸福になれるなら誰も苦労せんわいまあ幸福「論」研究家にはなれるかもしれない。ちなみに既読3冊の評価(5段階)「ラッセル幸福論」 B・ラッセル「私の幸福論」 福田恒存「簡素な生活-一つの幸福論」 シャルル・ヴァグネル絵文字を使ってみたかっただけである。
2006.04.19
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NHK総合テレビでコメディ番組をやっていた。「謎のホームページ・サラリーマンNEO」毎週火曜日 23:00~23:294月4日から全20回の予定らしい。今日なんとなく見てしまった。お笑い芸人のネタ見せ番組ではなく役者さんのシュールなコントが中心のようだ。楽しめた。中田有紀というきれいなおねえさんも気に入った。NHKを見くびっていたようだ。「爆笑オンエアバトル」なら見ていたのだが。興味があれば来週をお楽しみに。再放送もあるようなので詳しくはNHKのホームページ(NHKオンライン)で。受信料 払ってますか?
2006.04.18
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生きるって疲れるなあって思ったり自分はなにものだろうって思ったり何のために生きているのだろうって思ったり。人間ってめんどうくさい。せめて言葉を知らなかったらどれだけ楽だっただろう。痛いとか苦しいとか恐いとか悲しいとか寂しいとか切ないとかそういったことすべてを 思うことがないだろう。きっと ただ 感じるだけだ。それでも生きていくのなら人間を続けていかなけりゃならない。人間ってめんどくせえ。ほんと正直 しんどい。だけど元気でありたいあってほしい。
2006.04.16
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「人は敗れたゲームから教訓を学びとるものである。 私は勝ったゲームから,まだ何も教えられたことがない」 ボビー・ジョーンズ (ゴルファー)敗れたゲームから学んだ教訓といえば 無駄な努力というものは確かにあるということであろうか。その他は知らない。勝ったゲームから教えられたことは確かにない。それはそうだ。勝ったこともないのだから。よくいわれるところの失敗から学ぶ とはどういうことだろう。僕は失敗からの学び方を知らない。
2006.04.13
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「A Song for XX」 浜崎あゆみ♪ いつも つよいこだねって いわれつづけ てた♪ なかないで えらいねって ほめられたりして いたよ♪ そうなふうに まわりが いえばいうほどに♪ わらう ことさえ くつうに なってた♪ ひとり きりで うまれて ひとり きりで いきてゆく♪ きっと そんな まいにちが あたり まえと おもってた何年か前にCDからMDに落としたものだ。整理をしていたら出てきた。本来の自分の趣味ではない。知り合いが強引にアルバムを貸し付けてきたので聴いてみただけだ。しかし聴いてみて驚いた。流行りモノだからもっとチャラチャラしているのかと考えていたのだが歌詞は意外とシリアスだった。作詞は浜崎あゆみである。おもに若い女性に人気があったと記憶するが彼女の何がそんなに人を惹きつけたのだろうかと思っていた。が,歌詞を見る限り,なるほど,と思える。これは要するに女版「尾崎豊」なのだと思う。流行りモノはあまり聴かないし聴かず嫌いも多い。人にすすめられてもなかなか食いつくことがないのだがこれはめずらしく気に入ったもののひとつである。ただ僕にCDを貸してくれたのは若い女性ではなく僕より年上のおねえさんだった。
2006.04.11
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テスト高機能エディタabcdアルジャーノンに花束を
2006.04.07
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「I love youからはじめよう」 安全地帯♪ かぜ~のな~か かぎ~りな~く♪ ゆめ~があ~った~♪ かけ~ぬけ~る とき~めき~で♪ し~んじ あえた~♪ なくさないで ゆ めを~♪ わすれないで あ いを~~♪ こころを ひ らいて♪ I Love You I Love You I Love You more1988年の作品か。先日音楽ソースの整理をした。懐かしいカセットテープやCDやMDが出てきた。タイトルもメモもなにも書いていないカセットケースの中身を確認するため再生してみた。初っ端に聴こえてきたのがこの歌だった。風のなか 限りなく 夢があったなくさないで 夢を 忘れないで 愛をあの頃はこういった歌詞に惹かれたものだった。夢があると信じていられた頃だ。どこかにあると思っていた頃だ。あれから15年以上が経った。その大半の時間をここではないどこかを探し求めることに費やした。あっという間だった。そして今日ラジオからこの歌が流れてきた。驚き,そして嬉しかった。こういった偶然は誰にも経験があるだろう。最近流行のスピリチュアルな経験といったところか。だとすればなにか意味があるのかな。それともなにか意味をでっちあげるのかな。どっちでもいい。とりあえず懐かしく気持ちの良い歌だったということだ。ずっと忘れていた。持ち歌が増えた。
2006.04.04
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