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使えないのが痛い。機械音痴で・・・というのではない。むしろデジカメ購入は比較的早い時期だったと思う。1999年のことだった。携帯電話も早かった。1995年だった。最近のモノと比べるとまるで凶器になるのではないかと思われるような不恰好なものだった。MDだって早かった。10年程前のことだ。で今回は「メカには強いよ」という話ではなく引越しの際にデジカメの電源アダプタを紛失デジカメ本体は無事だが充電できずということである。新潟に落ち延びて8月,9月,10月と素敵な空と山と田んぼと庭のトマトやカエル達が見て見て~と言ってるかのように豊富な被写体があったにもかかわらずそのどれをも撮れなかった。がっかりだよっ!というだけの話。
2006.10.29
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要するに今何が僕を滅入らせているか。1.年齢2.お金がない3.仕事探し4.自分のことがわからない5.将来のことこまかく挙げるときりがないしそれぞれの問題が絡み合っているから分類のしようもない。年齢については明言を避けるが職探しにおいて不利になる微妙な歳である。1番と3番はここでつながっている。そして2番も当然絡んでくる。お金をなんとかしよう。手っ取り早くとりあえずその場しのぎでいいから働こう・・・それでいいのか?今までだってその場しのぎの仕事をやってきた。しかし手を抜いてやってきたわけじゃない。その場しのぎで仕事をやりながら何かを探していた。でも見つからなかった。既に体験済みだ。とりあえずの仕事ではダメなのだ。ではどんな職を探す・・・?根本の問題はこれだ。僕には積み上げてきたものがない。積み上げてきたものがあればそれを拠り所に職探しもできようものだが僕にはそれがない。 いつの日かここではないどこかに 自分の居場所が見つかるはずだから それまでは目の前のことに一生懸命に取り組んでいこうそうやって最近の4年くらいは勤めてきた。でもなにも見つからなかった。 まだ見ぬ将来のことなんて 考えるから不安になるのだなんていう自己啓発のhow-to本やらに載っていそうな言葉に安易に乗せられてしまったのがよくなかったのだろうか。それともただ単に僕の解釈の仕方がまずかっただけだろうか。確かに目の前のことに没頭することで慢性的な不安感は薄らぐ。しかしそれは根本の問題から目を逸らして逃げているだけである。僕に必要なものはなにか?自分が自分であるという実感である。アイデンティティの確立である。自信である。自分が人生の主体となることである。話が逸れたがもう少し簡単な話に戻すとアルバイトをする → 職を探すが手がかり&自信がない → アルバイト先に安住する →→ 歳を取る → 職探しにおいて門が狭まる → とにかく自信がない → ・・・人生に張り合いがない。この歳で未だに「何のために生きているのか」なんて考えていることがおかしいだろうか?手っ取り早くとりあえずというのであれば普通のアルバイトよりも工場で派遣や請負で働いたほうが収入はいい。でも何の将来も描けずにただ食っていくためだけの生存するためだけの人生だとしたら不安を感じずにはいられないのである。もうそれは不安どころではない。恐怖だ。
2006.10.29
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電車に乗り込むと適度に混んでいた。僕は高校生カップルの近くに立つことになった。カップルの会話が聞こえてきた。メス「・・・で,さっきの人はあやまっていった?」オス「いや,何もいわなかったよ」メス「きっとあれだ,もう歳だから鈍感になってるんだよ」オス「自律神経がおかしくなってるんだね」メス「自律神経失調症だよ」クスクス笑っている。自律神経云々は関係があるかどうかは知らないがどうやら体かカバンがカップル・オスにぶつかったが知らん顔をして行ってしまった人がいたようだ。電車が動き出した。しばらく走ったところで大きく揺れた。僕に背中を向けて立っていたカップル・メスもよろめいて左足を一歩後ろに踏み出し(?)て見事に僕の右足を踏んづけた。彼女は あっ と思ったのだろうか一応は振り向いて僕の足もとを見た。まさにカップルがさきほど話していたような事故が発生したわけである。果たしてカップル・メスは僕にあやまるだろうか?僕の足は少し痛かったけれどそれ以上にこれからの展開にわくわくした。果たして彼女は彼の方に向き直り何事もなかったかのように彼氏とのおしゃべりに戻った。僕は思った。僕A: こいつ,ぶっとばしてやろうか? さっきおまえ達が経験した出来事と類似のことを 今度はおまえが惹き起こしているのだぞ。 おまえは確かに振り向いてオレの足もとを見た。 何かをやってしまったという感覚があったにもかかわらず チラ見で終わりかよ。 さっきエラそうに文句をいっていたくせにこのザマはなんだ? 口先だけか? ぶつかっていった相手があやまっていかなかったことを非難するのは 自分が同じようにしたらあやまっていくだろう ということを前提としているのではないか? 他人を非難する前に自分を省みることができないのか? 文句を言うのは簡単だ。問題は文句を言える権利があるかどうかだ。 まず義務を果たしてから権利を主張しろ。 この現代人めが! 死ね!僕B: あれ? 僕の足を踏んだことに気が付かなかったのかな? いや でも振り向いて僕の足もとを確認したぞ。 さっきのおしゃべりの内容から察するに この娘は他人の足を踏んだらあやまる子なのだろうと思うのだが・・・。 もしかしたら 踏んだという感触がそれほどなかったのかもしれない。 彼女自身も (あれぇ? もしかして踏んじゃった? だとすればあやまった方がいいだろうし・・・ でも踏んでなかったのかもしれないし・・・) 迷った挙句なにか一言いうタイミングを逸したのかもしれない。 大目に見ておこうか。どちらも自分。で人を注意するタイミングを逸しつづけて生きてきた。
2006.10.17
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「満足した愚者より不満足なソクラテスの方がよい」 J.S.ミルなるほどとも思うが果たしてどうであろうか。満足した愚者のほうが圧倒的に幸福だと思うが・・・。一見不満足である人間をフォローしているように解釈できるが不満足である故にあなたはソクラテスであるというふうに思わせて自分は愚者ではないという優越感を持ちなさいといっているようにも解釈できる。解釈できるというよりも僕の性格上そう解釈してしまう。ひねくれているだろうか。愚者であろうが満足している方がよいと思うのは僕だけだろうか。そういう僕は自分が不満足であるということをこの言葉で肯定しようとしていないだろうか。そうだとすればそれは傲慢でもあるか。
2006.10.17
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今更であるが大学生の就職活動って職探しではなく会社探しなわけだ。新卒は 就「社」中途は 就「職」といった感じだね。もちろん新卒でも就社ではないケースはある。弁護士だったり,看護士だったり,その他専門的なものはそうだろう。学生時代の就職活動中のなんとなく釈然としない気持ちを言葉で表すならば上記のようなことだったと思う。僕には就社は無理だった。「なぜ当社を志望するのか?」この質問には答えようがない。僕は学生の頃から「社」よりも「職」を強く意識していたほうだと思う。だから会社を選ぶ際にも「職」を重視した。ところが今僕には売れる技術も知識もない。こりゃびっくりさ。
2006.10.13
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こんなタイトルが今日はたくさん見受けられたのではないだろうか。競馬に興味がなければまったく盛り上がらない話。今夜(正確には明けてから)フランスで日本の馬が走る。ディープインパクトである。日本競馬史上最強ではないかと僕は思っているけれど外国で通用するのかとても楽しみである。日本とは違う芝の上でここ最近はレースに出ていないという条件で果たしてどこまでやってくれるだろうか。がんばれ武豊。----------------------------------------追記:10/03・・・というわけで予想通り日本は人間だけじゃなく馬までも本番に弱いということが証明された。というのは大袈裟だがディープインパクトは3着に終わった。予想通り・・・。もちろん応援はしていたしディープインパクトは僕が知る限りでの少なくとも日本競馬史上最強の馬だと今でも思っている。ただハンカチ王子といい今回のディープインパクトといい報道の仕方とそれにとびつくアホどものそのとびつき方が醜くてしかたがない。不快だ。しっかりしろ該当者。
2006.10.01
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