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首位決戦 初戦を落とす タイガース おいっ!あのな~~~~~前にも言ったけど(書いたけど?)中日と阪神、残り試合の数に差があるんだよぉ~5試合、中日のほうが残り試合が多いわけよだから、中日と2.5ゲーム差が会って初めてドウリツってことだろうよ。ってことはさぁ、すでに首位といって良いのか、と言う状況なわけよ、たしかに今年の阪神は、良い試合してるけど、負けるときはどーなってんの!って試合してる。尻に火、ついてるぞ!十分熱いぞ!火傷しちゃうぞ!!たぶん、明日は勝つだろうけど、こんなことしてたらアカンってばぁー!!!しかし・・・昨日試合がなかったので、今日負けても、8月も勝ち越し。死のロードも、勝ち越し、調子が良いはずの阪神なのに、何でこんなにめちゃくちゃ不安なんや!!阪神不安(;_;)/~~~アカン、マジ、不安で・・・おっさんになり切れん!!おなか痛くなってきたわい。ほなっ!
2005年08月31日
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久しぶりに昨日従姉に会ってきた。従姉の様子は、好転せず、どころか悪くなってる印象がぬぐえない。毎日、家から出ることはなく、歩けないという自己申告の元、自室とリビングの範囲しか歩行しない毎日では、筋力も衰えるのだろう・・椅子に長く腰掛けていても、疲れるという。食後すぐに横になりたく、私と話していても、「ちょっと眠たくなってきた」と、すぐにベットに入りたがる。伯母は、ほぼ二十四時間従姉の傍に居り、買い物などに出かけると、従姉がその間落ち着かないので、買い物に行くのも大変だという。伯母が家事をしていると、手持ち無沙汰になる従姉は、うつらうつら、ベットで寝てしまい、その結果か夜は寝付けず、すぐ隣の部屋で寝ている伯母を起すのだという。この春から、従姉の娘が就職のために東京へ行ってしまったから、今従姉の家には伯母と従姉、大学生になった息子、の三人。息子は学校だ、アルバイトだと、ほとんど家にいないし・・・彼なりに気は使ってはいるけれど、母親の介護をしているという風情ではないな~ま、無理もないことなんだけど・・・。昨日は、2時に約束をしていて、結局晩御飯を頂いて帰った。従姉は昨日は私がいたので、結局昼寝をせずに、横になってはまた起きて・・・と言う時間を過ごした午後だった。夕べ、よく眠ってくれたんだろうか。従姉は、地元の大学病院に通いながら、介護サービスを受けましょう!という主治医の指示の元、私の元仕事仲間のケアマネさんに担当をしていただいている。とはいえ、高齢者対象のデイサービスに、なじめるめども立たず、送り出す側の伯母の憐憫の情もあって・・・結局今は、週に一度訪問看護を受けて、リハビリ体操をしているのだった。伯母もこのサービスにようやくなじみ、買い物などに出かける時間に当てている様子でもある。従姉の病気は、これまた良くわからないといわれており、遺伝子検査もしたそうだが、アルツハイマーではないらしい・・・当初、鬱病だと言われていたそれも、それだけではなく、前頭葉の萎縮が進んでいるのだという。従姉の不思議は、過去のことなど、正常に認識しているし、今のことも数回繰り返せば現状を把握することも出来る。家事なども、その気になれば出来なくはない。歩けないというが、勝手なときは歩いている、けど・・椅子から立ち上がったり、ベットでの寝起きのときなど、体が震えているのも事実。擬態かな?と思わないでもないけど、この点については、なんと判断してよいのか私にはわからない。まだ、家族のことも親戚のことも、はっきりとわかる。今は遠方に1人暮らす娘のことは自慢の娘になっているけど、一緒に暮らしているときは、彼女の就職が決まった時などに伯母や私が大喜びの中にいると、自分のことはどうなる?と、周囲に詰め寄ったりもする。娘が就職をし、息子も大学に入り、一応落ち着いている日常の中にいるので、今のところそういった怒りを見せることはないのだが伯母が買い物で遅くなったりすると、自分がホッタラカシにされるというのが我慢ならなかったりするらしい。伯母も、毎日のことなので・・・イチイチやさしくは出来ないよね。これも当たり前のことに思える。何でも遺伝子検査の結果、長寿の遺伝子をお持ちなのだそうで・・・従姉。伯母の亡き後、どうしたら良いのだろう・・私が本格的に実両親の介護を、自分で受け持つようになったのは、40代に入ろうとしているときだった。おそらく、私の親のほうが、私より先に逝くだろう。両親を最後まで見守ることは、年齢的に私には可能だろうけど伯母は?従姉を最後まで見守ることは出来ないだろう・・・伯母の焦燥感は、その点にもあるね。親の次は、従姉か?と思いながら、ため息が出る。子供の頃の思い出などを話しながら、そういうことは覚えている姉のような存在の人。5歳年上の従姉は、幼い日の私には、何でもできるお姉さんだったのにな・・・。
2005年08月31日
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今日は平日だけど、お弟子さんたちと一日、温泉旅館を借りて親睦会の日。朝、10時から会場の設営をして、11時開始、夕刻6時過ぎまで、謡の会をして、夜は宴会。もちろん旦那と舅は全出席。毎年、夏のこの時期と、新年に同じ形態の催しをします。お稽古場所の関係で、夏四箇所、新年四箇所、合計八回こういう日があります。この日があるので、腰を痛めた旦那を毎日送迎してました。今日は休んでもらうと困る。彼の変わりはいない日、でした。お蔭様で(私の)腰の調子も良いようで、送迎習慣もこれで終了にできそうで、安堵。今日も姑は時間延長をしてもらって夜まで宅老所のデイサービスのお世話になっており、私が8時半に迎えに行くことになった。お弟子さんたちとの催しに一日ご一緒することは、すでに私には避けたい仕事になってきておりこの数日の間の旦那の送迎で、家の中のこともおろそかになってもいるし・・と言うこともあって、設営と荷物運びだけで放免されたのは助かった。午後から従姉のところへも顔を出し、晩御飯を一緒に頂いてから、自宅へ戻り、姑を迎えに行った。今日は滝のような雨の降っている時間帯もあり、姑の車の乗り降りに不安を感じていたけど、迎えに行く頃には雨がやんでくれたので、助かった。姑を自宅に送り届け、そろそろ終る頃だろう会場へ荷物と旦那と舅を運びに、出向く。タイミングバッチリで、お弟子さんたちをお送りもして、舅の自宅前に移動。前回からの恒例で、旦那が舅の荷物を持って、自宅へ送り届け、私は車の中で待っていた。離婚する、といきまいてもいたけど、なかなかだな~とりあえず、目の前のことを片付けてから・・と言う目の前に、次々と山積みになる用事の多いこと、ふぅ・・・。今月末の同門会の舞台の通知を、玄人の先生方に送らなくちゃいけない。発送は旦那の請け負っている仕事だけど、封筒に住所をプリントすることと、リハーサルの通知書は、パソコン作業なので、私が一応することになってる。旦那よ、そろそろパソコンも覚えないと、私がいなくなってから、困るよ~。離婚する時間も、作らなくては実現しないもんだ。それに、離婚した後の私の生活をどうする?と言うポイントもあるもんね。ンなことを言っている間に、朝夕、涼しい気温になってきた。実両親の大叔母の、私自身の、また衣替えの季節なんだね。あ、旦那の実家は、舅がするそうですので、手出ししません。資源ごみの整理をしながら、ふと目に止まったちょっと前の雑誌の面白哲学者の人生相談記事に、要約すると「気の合わない人や気に入らない人と結婚生活を続けることが出来るのは、動物の中でも人間だけです。」って意味のことが書いてあった。そりゃそうだ。(笑)ってか、だからなんだ!(ーー;)別に、結婚生活がラブラブのばら色だ、なんてこと、考えて結婚してないし・・とりあえず、サルになりたい。
2005年08月30日
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うわっ!忘れてた!!訳ではないけど・・・忘れてた・・・と言える。今日も旦那の送迎あり、実家のガスメーターの取替え作業のため、一時から五時までお家にいてください、との連絡があり旦那を送り届けて、実家にきている。この夏は姑の様子の変化に始まり舅の発病あれこれ(--)、実父の入院やら、自分の風邪引きやら、今はまた旦那の腰痛で、走り回る日が多く実家にゆっくりくると言うことは殆どなかった。今日は時間があるので、この前実母が便失禁で汚しちゃった絨毯のクリーニングを試みた。そのときすぐに、漂白剤などを使ったので、色が抜けてるのは、なおらないけど・・・。と、大叔母の入院先の病院から、電話があった。およよ・・・ついに?(ごめん)と思いきや、ご本尊はお元気でお変わりなく、と言っても身動きのならない状態であることにお変わりがないわけで・・・保険証が7月末日で切り替わっていたそうで・・・私の住んでいるあたりでは、11月末切り替えだし、今年の4月に新しい大叔母の保険証が送られていたのでこんなに早く切り替えなのだと気付かず、うっかり見過ごしていた。大叔母関係の郵便物は実家に届くことにしていたのに・・・転送期間が切れていて、届いていなかったのだ。病院関係の請求書などは直接我が家に届くことになっているし、うっかりしてた。う~~ん、大失敗。(涙)急いで、大叔母の在住地の市役所に電話をし、健康保険課の担当の方に泣きつく。「すみませ~ん!どうしたらよいでしょう!!」こういうときに実は私は、かわいい声なので助かる。などと不謹慎なことを言っているバヤイカっ!いつものことだが、大叔母の住んでいる町の役所の方たちは、本当に優しい。私の自宅に今回に限り郵送してくださると言う。さらに今後は、郵便局の転送期間が切れないように、注意をしましょうと言うことで月末が迫っているための病院からの問い合わせではないかと思うことを、心配だと告げると市役所から保険証の内容について、病院に通知をしてくださることになった。さらに、僅かな年金以外に収入のない大叔母の入院中の減額措置の書類のことについても追いかけてお電話を下さった。こちらは、国民健康保険課の扱いではなく、福祉課だそうだがそちらに問い合わせてくださると言う。程なく、そのことについてもお電話があり、ご指示いただいた。こんな市役所・・・の対応。めったにないように思うけど、ほんと、ありがたい。もう、この方面に足を向けて寝られないな・・・と、ありがたく思う。いや、このことに甘えてはいけないので、これからは気をつけたいと思います。本当にごめんなさい。そして大叔母さん、9月中にはお顔を見に・・・・行き・・ま・・す・・?う~~~~ん、自分に安請け合いをしていないか、わたし!でも、時間作って、行かなくちゃね。もしかして、また春秋用の寝巻きへの取替えも、必要だもんね。大叔母さん、ごめん!病院の方も、市役所の方も、ありがとうごさいます。これからもよろしくお願いいたします。←ここで言っても・・・ね。(笑)そして・・・今日きたガス屋さん、ご近所の方に実家が留守続きなので様子を聞いて下さったらしい。見知らぬ方に、無用心かなと思ったけど、優しそうなおじさんだったので「実は両親は施設に入っているので、月に数日しか帰宅していないのです。」と不在のお詫びを申し上げた。「ご近所の方から少しお聞きしましたよ」と、ガス屋さん。先週、マンションの管理人さんから、ガス屋さんに連絡を取り、作業にきてもらう日を打ち合わせるといいですよ、と連絡先を知らせるお電話をいただいた。丁度実父の入院中だったので少し先にしてもらって、今日の日を選んだのだけど、今日にしておいてよかった。先週後半に予定していたら、旦那のアクシデントで日延べしなくてはならなかったかもしれない。ガス屋さん、お帰り際に「お嬢さん大変だと思うけど、頑張ってくださいね」って言って下さった。何のご縁もない方から、本当に温かいお言葉をいただいたと思う。実は、胸に迫って涙が出た。市役所バンザイ!ガス屋さんバンザイ!ご近所さん、ありがとうゴザイマス。私自身が不備な事で、ご迷惑をかけているにもかかわらず、暖かい言葉をかけてくださる人もいる。だから人間は止められない。だから、生きてて面白い。ありがとうゴザイマス。
2005年08月29日
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ばかげたことだと、思いながら、送迎してます。(-"-)ぎっくり腰、だけではないのかな?とも思いますが、それにしても・・・手間のかかることだ。(ーー;)今日は、仕事先に近いところに泊まることにしました。(私も)こんな風に息子さんに手がかかるというのに、金曜日また姑がデイサービスを勝手に断ってしまいました。もう、頭にきた。この次からは、送り出しのヘルパーサンを頼んじゃうよっ!(-_-)/~~~ピシー!ピシー!時間がないので、手短に・・・先日から私の怒りポイントになっている義理家の今後のことについて、旦那がキチンと舅の理解を得るということ、案の定、な~~~~~~~んにも、キチンと話していませんでした。もう説明なんかしてやらない。私にこの家にいて欲しいなら、言うことを聞けっ!だ!姑が嫌がっても何だっても、強攻策で推し進めてやる。と言うことで、一件落着・・・してないヤンケっ!であります。説明と説得は、あくまでも旦那の役割と心得ています。その結果手遅れになることも、不備になることも、何か事故につながっても、わたしゃ~知らん!散らかった家の中で、転びなさい、病院には入れてあげる。火事騒ぎでも起して、そのマンションにいられないようなことでもあれば、施設に入れてあげる。痛んだ食べ物を食べて、体を壊しなさい。栄養が偏って、病気になりなさい。転ばぬ先の杖、などと言う言葉は、通じない舅と姑。勝手に転びなさい。もう、知らん!といいながら・・実母の歯医者の手配をしている私は・・・悪い嫁です。悪い嫁で悪いか!←開き直り、入りました。では、名神高速、ぶっ飛ば・・・さないで、安全運転で行ってきます。
2005年08月27日
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今年、初めての試みとして、セ・パ・両リーグの交流戦が行われた。パリーグの各チームで、甲子園球場でダレが投げる?選手の皆さんはある種の興奮を覚えておられたという話を聞いた。「甲子園でダレが投げる?」そう、野球をする人たちにとって、甲子園は特別の場所。プロ野球で活躍をしている人の中には、高校時代に甲子園出場がかなわなかった人たちもいる。高校野球の選手たちは、甲子園を去るとき、その土を持ち帰る。あの場所は特別の、歴代の青春の汗と涙がしみこんだ土。(いや、実際は阪神園芸さんが調合してるわけだけど・・)この夏の高校野球では、後味の悪い話が出た。開会直前になって、高知代表校の差し替え、二連覇を遂げた北の勇者たちに心を熱くしていたら・・・え?なに?少子化を前にして、高校はどこも、公立高校さえもが、生徒獲得に何かウリになるものがほしい野球を志す子供たちは、とにかく甲子園に出たい。競合の多い地域には、リトルリーグなど、子供たちのための野球養成コースも多い。はっきり行って、今年、全国から集まった選手の、出身地は、その学校の地元だっただろうか?私の住む阪神間もリトルリーグが多く、甲子園を目指す野球小僧がまだまだ多い。彼らの中の何人かが、京阪神各府県代表として甲子園に出場することを得る。多くの人はその権利を獲得できないため、他府県に流れるのだ。全国から集まったはずの、彼らの出身地は、実は偏ってはいないのだろうか?応援席の父兄の多くは、甲子園に程近い地域から、集まっていたりする。甲子園は私たちが同世代だった頃から、精鋭が出場する場所であり、高校生がクラブ活動として楽しみながらも切磋琢磨してがんばる運動部、・・・と言う粋をすでに出ていた。私たちの頃は、それでもまだ、全国から精鋭になりそうな中学生を優待するのは強豪私学、と言うことになっていたけど今は、町おこし?だったり、生徒確保の秘策だったり・・・。学校事情もそれぞれだ。そして、出身地でなくても、甲子園出場をかなえたい生徒側の事情もある。そして甲子園で活躍をした選手には、いち早くプロのへの道が開かれる。高校野球は、事ほど作用に純粋なスポーツ、と言い切れないものが昔からある。そして応援団にも、私は良い思い出、って、あまりないな~。球場近くに、十数年間住んでいたことがあるけど、甲子園出場は地元にとっては快挙!だから、その快挙の応援に来て、羽目をはずすのは当たり前!そうか?球場周辺は結構迷惑してたよ。通りがかりの家の塀に、平気でおしっこして歩く、トイレを借りに来た女性に、かわいそうに思って貸すと、我先に人のうちに上がりこんでくる人も居た。最近はだいぶ、いろいろと応援団向きの手配もされたようで、昔とは違うと聞くけれど自分たちは、応援団なんだから特別♪と言う思いで、周辺を闊歩されることは、ご近所側としては怖いことだった。と、まぁ・・・良い思い出ばかりでもない高校野球だけど・・・それはともかくとして、夏の大会は、予選から勝ち越して甲子園に至る。そしてトーナメントを勝ち抜き、優勝を得る。選手の人たちの、長期にわたるこの戦いぶりには、賞賛以外の何物もない。その意味で、強豪の多い高知県大会を勝ち抜いて代表になった明徳は、えらい!選手の皆さんは良くがんばりました。そして、それぞれ、各地の勝ち抜いてきた代表のなかで、さらに勝ち抜いた駒大苫小牧は、本当にすばらしかった。彼らの精神力、集中力は、何ならオキャダにつめの垢、送って欲しかったりする。が、残念なことに、周りの大人が、×印だ。明徳!なぜ、ことが起こったとき、公明正大に対処しなかったのか。ことはタバコであり、公になれば、問題になることだと思わなかったのか?プロとしてマウンドに上がる可能性もありながら、タバコでそれをフイにしたルーキーもいるじゃないの!そのニュース、見なかったのか?明徳!勝てば官軍だと思った?それとも、勝たなければ突っ込まれることもないと思った?自分の学校の生徒たちが、あそこまで活躍するとは、もしかして思っていなかったのか?大人の狭い判断が、子供たちの広い未来を、閉ざしたんだ。そして、駒大苫小牧、なにやってんの?優勝するほど、自分の学校が強いと予定してなかったのね!(-"-)私は関係者じゃないけど、学校サイドに猛烈に怒ってるんだぞ!優勝しなかったら、暴力沙汰が公になっても、これほど騒がれることはなかったものね。神様は見てたんだよ、一番むごい罰を、与えてると思うよ。今年の駒大苫小牧の快挙は、大人のこれまた未熟な判断で、泥まみれにされた。それでも優勝は優勝、と、言えばいえる。でも、汚点にまみれた優勝旗、誇りに思える?学校サイドに潔さが欠ける。しかも、宗教の裏打ちのある学校だそうだが、学校に正義はあるのか?高野連、どういう判断を下すのか、わからないけど、両手を挙げて万歳できる胸を張れる二大会連続優勝の快挙!めったにないほどのこの快挙を、ぶっ潰した大人たちに、子供は怒ってよし!君たちがこの夏、命を燃やして闘った記憶は、君たちが覚えていれば良いよ。それは本物で、この先の君たちの人生に得がたい大切な思い出。大人に汚されたって、高知代表になったことは胸張ってよし!二連覇達成は胸張ってよし!それぞれの学校は処罰されなさい!高野連、学校を罰しなさい、そして生徒は褒めてやってくれ。って・・なぜか機嫌の悪い今日の私は何者?(^^ゞほなっ(^_^)/~
2005年08月25日
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旦那、昨日の朝、腰が痛いといって、仕事を休んじゃいました。お医者様行けば~接骨院でも良いしさ~と、水を向けてみたけど、動かず。今日の仕事は休めない、と言うことで、朝、ぎりぎりの時間に、送ってくれるかと、聞いてきたので、却下。結局朝はタクシーでご出勤。今日の仕事先までは、タクシーだと片道二万円近くかかるのよ(@_@;)だから、帰りは迎えに行き、整形外科へも連れて行き、本人「坐骨神経痛か、ヘルニアか、背骨の変形にちがいない」、こういうところは、父親似か?(-"-)レントゲンを取ってもらうと、立派な骨盤と背骨。要するに筋肉痛、ってことらしかった。痛み止めの注射をしてもらい、痛み止めのお薬などももらったけど、まだ効果が現れないので、「選んだ医者が悪かった」・・・・はいはい、でも選んだのはキミダ!ったく・・・
2005年08月25日
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雨です。車椅子移動の父なので、雨の日の外出は望ましくないことだけど、雨でも退院はうれしいだろうな~病院も施設も、雨にぬれずに車の乗り降りが出来るので、父は大丈夫。ぬれるのは荷物を運ぶ私だ(^_^;)昨日月曜日の血液検査の数値が良いので、退院して良いよ~とお許しが出ました。許されると瞬時に母のところへ帰りたい父(笑)母は今回も、施設内でのプログラムには機嫌よく参加、周りの方とおしゃべりなどをしながら、結構楽しそうに暮らして「お変わりありません」とジム方スタッフからは報告を受けているけれど実際は1人で部屋に戻ると、なぜ父が居ないのか、についてあれこれと考えている様子で夜、お部屋を出て、あるときは父を探し、あるときは自分の部屋を探しているのか、うろうろしているときがあるという父の入院のことなどで、母の言うことを「へぇ~そうですか」相槌を打ちながら、お話してもらって少し時間を過ごし「続きは明日にしましょうか」と部屋に送っていただくのだという夜警も含めたのケアスタッフ(ヘルパーサン達)のお話、毎晩のこと、感謝。いつも、父が合流した日、母は通常になく爆睡するそうで、おそらく1人の夜は、いろんなことが気になって、自宅へ帰ることを思うのか、部屋の荷物の荷造りをしている様子。退院して施設の部屋に戻ると、引越し前夜の様相を呈している。父の血液検査の数値、落ち着いてるとはいえ、健康時のそれではなく、体内のどこかで炎症が起きている様子を、まだ示しても居る。強い薬の副作用なのか、感染症が治まっていないのか父の場合、一種の膠原病なので、対処療法といわれる現れる症状に一つ一つ対抗していく、という手段しか、今のところやりようがないらしいのだがスパッと治して欲しいのが、本音。今回、輸血をせずすんだことは、抵抗力も免疫力も落ちている父に、輸血をして大丈夫なんだろうかと、不安があったので素人判断でほっとした気持ちがあるけど、これもどうなんだろう・・・。このところ診察に来てそのまま入院とか、三日の予定がその後数日延びるとか・・・父が一番辛いと思うけど、そばで見ているこちらも辛く、振り回されることになる。ともかく、今日退院します。
2005年08月23日
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今朝の血液検査の結果、炎症を表す数値が落ちてきて、貧血を表す数値が快復していれば退院できると、父は思ってる。どこまで快復すれば、退院許可が出るのか、私にはわからないけど、今日の今日、ってことは、考えにくいよパパさん。木曜日に入院した時点では、今までになく痛みが激しく、寝返りを打つのも痛む様子で、1人でベットサイドに立って尿瓶を使うことも、大変な苦痛を伴う作業になっていた父。入院直後の血液検査では、炎症数値が跳ね上がっており、そのせいなのか貧血が見られる。体内で出血が起きている可能性もあるとのことで、検便もし、痛む場所のMRIやCTをとり週末までの入院予定を、延ばすお話と、場合によっては輸血、と言う話になった。金曜日にかねての予定のとおり、免疫抑制剤の点滴を三時間半かけて受け、点滴を受けた途端に痛みが消えるということもなく、この日はそれなりに落ち着いており土曜日の朝の血液検査では、炎症数値も貧血状態も、回復傾向の見られる数値を得た。本人も、痛みが減ったといっており、ちょっとほっとする。輸血のことなどを主治医と改めて話をし、私の意向は、必要なことは頼むというものなので、本人が四の五の言っても、お願いすることを伝える。日曜日、あれ?また痛むのぉ?・・・雨のせいだろうか・・・。午後から少し気分転換の喫煙などもし、5メートルほど車椅子を押して歩いてみる。やはり相当疲れる様子、無理をしないことが大切なので、程々にしてもらう。この変化については、弟にメールで知らせているけれど、奴はすぐに返事をくれないんだよね。そういえば、弟が小学校に入ったばかりの頃、高校生だった私と家庭内文通を試みた。弟は口下手で、要点を述べるのが下手(笑)お手紙作戦で彼の口下手も改善されれば・・と意図したのだが「河童ちゃん(弟)は、今日は誰と遊ぶ予定ですか?夜のテレビ、お姉ちゃんは○○を見たいと思っていますが、河童ちゃんは何か見たいテレビがありますか?もし違うテレビを見たいなら、相談して決めましょうね」と返事を促した手紙を送ったところ・・・「ハイ見ます、お返事ください」と、弟。「河童ちゃんは、今度遠足でどこへ行くのかな?おやつは何を持っていくんですか?」と書いて送ると「ハイ、持って行きます。お返事ください」と、弟。お返事くださいバッカリカイ!(-"-)まるで私が遊ばれてる?といった、失敗作戦でした。この話は父も覚えており、今回弟からの応答がないことについて「お返事くださいと、書かなくちゃいけないんじゃないのか?」と父。なるほど、と、ヘンな納得をしながら、弟宛のメールの最後に「追伸・たまには返事くれ」と送ってみたら瞬時に返信が来ました。(失笑)ったく、笑わせてくれる。(;一_一)旦那といい、弟といい、男って奴は、度し難いって!母だけでなく、父にもお笑い効果の、弟です。まさか今日、退院と言うことはないと思いますが、そろそろ病院にいきます。ふぅ・・・。
2005年08月22日
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今回の一連のこと、何より舅のお誕生日を祝いに行かなかったこと、旦那の罵詈雑言を期待・・あ、いや、予想してました。でも、当日帰ってきてからも、口数は少ないものの、機嫌は悪くなく、むしろ機嫌を取ってきてる?様な感じ。そして今朝、やはり上機嫌の旦那は、珍しく優しい口調で「僕の両親のことを考えて怒ってくれたんやろ」だと、「今日は早く帰るから」と、ニコニコ出かけていきました。そう出たか・・・・(;一_一)っていうか・・やっぱり、伝わってないよね。ま、伝わってれば苦労はないわけで・・・・・。ともかく、その手には、乗らない、だまされないぞ!(-"-)
2005年08月22日
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今回の私は激昂してるというより、冷たい感覚の怒り。彼はいつもと違い、私に強い口調で話して来ることはありません。むしろ、上機嫌・・・・(゜o゜)なんじゃろ?私が怒ってることは伝わっているようですが、もしかして、義理家にかかわることを否定しているのが、彼の意にかなっている?(ーー;)多分彼は私の怒りは一過性で、もう落ち着いていると思っているでしょうし、今日の親睦会が盛り上がった宴会で終われそうな事にご機嫌です。8時に荷物を取りに来るように言われていましたので、父の夕食まで付き合い、会場には8時15分前に到着。車に荷物を積み、義理家に移動するとちょうど8時、姑がデイサービスから送り届けて貰う時間になる・・・はずでした。折しも雨が降り出しており、会場と義理家の距離は車で一瞬だけど、2時間かけて自分が信じる名医にブロック注射を受けに行く必要がある?腰痛持ちの舅と、泥酔一歩手前の旦那、雨が止んでも足元滑る石畳、短い距離でも車移動が望ましいのかな~イカンイカン、こういうことをつい考えるから、私の雑用が増えることになる。息子が父親をケアしながら、自宅へ送りお届ければ良いことだ・・・と思っても見たけど「雨が降り出して、すべるかも…」と旦那に伝えると、「宴会終るまで待ってて♪」酔っ払ってるのでご機嫌。(ーー;)デモね、いつもと違って暗くなるまでデイサービスのお世話になって、夕食まで済ませてからの帰宅をしている姑は今日の事情がどの程度わかってるのかな・・・一人で自宅に帰って、不安になってないのかな?イカンイカン、こういうことを一番気にかけるべきは旦那本人なんだ。と、試行錯誤がまた私の内部で渦巻きます。結局、両親よりも自分が楽なことを選んでいるように思える旦那に、またもや我慢ならなさを感じてもいながら姑と二人で過ごす時間を疎ましく思う気持ちもあって・・ボンヤリ、会場になっているホテルのロビーで、携帯でこの日記の下書きを書いてました。大体、迎えにこいと旦那が言う時間には、過去の実績から宴会が終るはずはなく、私はロビーで小一時間、待ちぼうけ、こういう時間のロスも、今の私には惜しい。その間姑から一度電話が入りました。姑はまだ電話をかけるという行為は、出来ます。宴会が終るのを待っている、と言うと、少し安心したようで、その後二度、同じ電話がかかってきました。やはり、記憶は定かじゃない。宴会が終わり、お弟子さんたちの大半がお帰りになるのをお見送り(旦那が)、私は古くからのお弟子さんに、泣かれてしまいました。この方、お酒も入っていたから、と言うこともありますが、相次ぐ親世代の発病に一番苦労するのは私だ、と泣いてくださる・・泣き上戸?(^^ゞその方に、捕まっていたおかげで(笑)、皆さんをお送りするということもせずにすみ、旦那と舅を車に乗せて、舅の自宅前まで移動、旦那が舅の荷物を持ち、ふらふらした足取りながら、自宅まで送っていきました。いつもなら、自宅へ一緒に上がり、舅の着物を片付け、・・・と言うことをしていましたが、今日はやめた。何とかなることは、多少不備でも、自分たちでしてもらう。・・・・・・・・べき?よね?私、実家が不備な状態で居ることには、とても心が痛みました。何とか少しでも快適な生活をして欲しく、奔走しているのは今も同じです。義理家にも、できれば少しでも快適にと思う気持ちが全くないわけではありませんがやはりそれを感じて動くのは旦那であるべき。心を鬼にして、ってとっくになってるか?(笑)ともかく、関わりを最低限に、先のことを考えます。
2005年08月21日
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今朝は9時半に姑のデイサービスのお迎えがあるので、その時刻までに義理家に行き、お風呂用品の準備をするという予定に、してた。お弟子さんたちとの親睦会は11時スタートだけど、準備は10時ごろから浴衣に着替えたりなさるのを今まで私は手伝ってた。でも、やめた。毛氈や見台と言う車で運ばなくてはならない荷物もあるから、旦那と9時に家を出たけど昨日からろくに口も利いてないし、後で入浴をした旦那は、今朝起きてみると湯船の蓋も、また閉めてない(良くあること)。もうどうでも良いや。旦那を義理家の前でおろし、荷物を積んだまま車で会場へ行き、其処へ今日のお世話担当のお弟子さん登場。義理家へ取って返すと、デイサービスのお迎えの人と姑が玄関先に出ていた。今日のお帰り予定は当初5時だったんだけどな・・・お夕食、付き合うことにしてたんだけど、もうそれもやだな・・・と思っていたら、「今息子さんから、8時ごろまでお願いしますといわれました」ふ~~~ん、そうなのか。義理家を覗き、舅の荷物と旦那、舅を積んで再び会場へ移動。姑のお迎え時間を変えたことも、旦那は自分からは言わない。自分たちで何とかするということね?では、と言うわけで、会場に送り届けて、そのまま帰ってきた。これから父の病院へ行きます。旦那は、少し懲りたのかもしれないし、彼も離婚する気になったなら、ありがたい。今まで、旦那の仕事も、義理家のことも、私は結構ちゃんとやってきたと思うけどそのことで他から褒め言葉を頂くことは、旦那には不愉快なことだったから今回みたいに自他共に認めるほったらかし嫁だと、愚痴りやすくて良いんじゃないの?もうやめた。別に、ぶりっ子みたいに、良い子ぶってたつもりはないけど、それなりにやってきたことは、別に誰かに褒めてもらいたいためじゃなかった。それをやらないことは、私らしくないように思ったから・・・でも、やめた。もうどうでも良いの。旦那のことも、姑の今後も、舅のこれからも、私の知ったコッチャナイ。家族なんだからそういうわけにも行かないな~と思ってたけど家族でなくなれば、私の関与するところではないもん。やっぱりこれまで旦那に言われた罵詈雑言が、どうしても頭から離れない。実親の介護について、思いっきり批判してくれて自分の親のこともちゃんと見ない人に、私は批判されてたんだと思うと馬鹿らしくてやってられない。姑とはすれ違いでちょっとだけ、舅は車で会場まで送ったけど私、昨日の欠席のこと、もう謝らないの。舅や姑に良く思ってもらう必要はないし、人として最低だと思ってもらうほうが楽だわ。「おはようございます」以上の挨拶はせず、どちらとも目を合わせないで帰ってきた。視界の隅にチラッと移った舅は、哀願するような眼をしてた。そんな目をしても駄目だ。貴方が頼るべきは、息子。悪い人になりました。(^_^)v
2005年08月21日
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お誕生会、行くのや~めた!夕べ午前一時半ごろ帰宅した旦那とは、言葉を交わさずに、私は就寝。今朝、10時過ぎに、まだ寝ていた旦那を起し、それでも今日はどうする?と言う話をしてから、私は実父の病院に出かけた。舅の誕生日を心から祝いたいと思ってはいないけど、この先舅に倒れられたら、どうにもならない・・・(私が)・・・と思う気持ちがあったので、お誕生日を祝ってもらうことを楽しみにしている舅の気持ちを考えて、今日は我慢することにしてた。旦那には、今日義理家に行って、やって欲しいことがあった。1・夕食をとる予定のお店に、予約を入れること 電話番号の調べ方まで指示。2・舅の遠方への通院について、 その通院先は舅のお弟子さんのご主人の病院なので、 連絡を取り、続けて通うのに遠い距離は無理であることを説明し、 近くの病院への紹介状を書いてもらうことを、頼む。3・姑の転院のこと、 姑の今までの主治医の先生は学会のために海外へ出かけ、今月は不在。 よって、次回通院までに次のお医者様のことを決めること。4・自宅の模様替え、ソファーや机などの配置だけでも、変えること。以上四点を、頼み(私が頼むことか?)なるべく早く、義理家に行き、一緒に時間を過ごすことこそ、何よりのお祝いになるんだよと、伝えて、出かけた。渋滞になることも見越して、早めに病院を出て車に戻ると、携帯に義理家からの不在着信。ん、今日はちゃんと電話かけてきたのね~・・・と、旦那から何か話があるんだろうと、義理家に電話をかけた。ら、舅が、これから姑の散髪に行くことにしたから、あと一時間くらいは居ない。それから来てくれということだった。(゜o゜)?「座敷豚さんは?まだうかがっていませんか?」と聞くと舅「座敷豚は今日は仕事じゃないの?まだ来てないよ。」「あ・・・そうですか・・では、後ほど・・・」と歯切れ悪く電話を切ってから、旦那の携帯にかけてみたけど鳴るのに出ない、留守番電話に切り替わったので伝言はした。旦那も散髪に行ったかもしれないな・・・とは思ったけど、何度かけても出ないし、自宅にもいない。その間、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。なるべく早く義理家に行って、一緒に片付ける作業をするはずじゃなかったの?このブンではお店の予約もどうなってるかわかんないね。もう、この時点で、今日、義両親にハナシを合わせて食事をする気力は、完全に失せていた。旦那はどうせ食べるのに夢中で、ろくに話しに加わらない。舅が調子に乗って、私にあれこれ話しかけてくるのを連想するだけで、吐きそうになった。旦那からやっと電話がかかってきたのは、自宅まであと少しのところ、「僕も散髪に行っていたんだからしょうがないやろ」ナニがしょうがないんだ?はいはい、頭がでかいから、散髪に半日かかる、4,5時間かかったんだろうね。一本づつ切ってもらったのか?面倒のないように抜いてもらえばよかったな!フン、ご苦労様なこった。(-"-)「悪いけど、今日は失礼する。お店にはタクシーで行って・・。それからそちらの家のことは、貴方が何とかしてください。」と言った。旦那は「そんなことイワンと、来てよ」私の涙ながらのその手の依頼を、貴方は聞いたことがある?「明日の名簿を完成させなくちゃいけないし、鍵がなくてお弟子さんに手渡せなかったものを、送る仕事もあるし、何より、早く片付けないと離婚も出来ないから私はそちらへ行く時間はない」旦那、声のトーンが変わって「そうか・・・・」で、今夜は行かないことにしました。旦那に伝えた仕事もあるので、自宅に居ます。もう嫌だ。私には5人も介護は出来ない。自分の親と大叔母は、切っても切れない私につながった人だもん。旦那の両親のことは、そちらでどうぞだ。今回の一連のこと、今日で三日目です。この三日間彼には反省の色は全く見られない。一昨日と言い、昨日と言い、今日と言いもう、疲れた。
2005年08月20日
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実父、点滴治療のための3日間の入院、のはずだったのに血液検査の結果、貧血がひどい、と言うことで今日受けた免疫抑制剤の点滴の効果を見るためと、貧血状態の検査のためとりあえず月曜日まで、延長することになった。月曜の時点で、貧血状態がまだ続いていたら、輸血するんだそうで・・・私の血?とおもったら、最近の輸血は大丈夫なんだそうで、私の血、あんまり健康的な生活してないし、親子だって言うこと以外にオススメ感のある血でもないだろうな~って思ってた。そして、今日も午後からの仕事の後、夕方に義理家の近くで仕事の終る旦那は、わざわざ遠くまでマージャンにお出かけです。仕事をキャンセルしなくても、今日のような日程の日は自分の両親の顔を身に行く、と言うことが出来るはず、だけど、そういうことを彼はしない。彼のしないそういう行為を、私がするのがいやになってきた。明日、舅のお誕生日のお祝いにご飯を食べに行くことになってるけど行きたくないや、食事を1人で取ることが難しい実父に付いていたい。日曜日、姑のデイサービスを時間延長してもらおうと思います。5時までと言うお約束でしたが、夕食を取って変えてもらう時間に変えたいと思います。私は父に付き合って夕食のサポートをし、それから姑を迎えに行こうと思います。そのくらいのこと、いいよね?明日も、親子三人で祝ってもらいたいわ。っていうか・・私、座敷豚のこと、そろそろ潮時かなと思ったりする。付き合いきれん。
2005年08月19日
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>いいな~~~、旦那は血が繋がってなくてー!はい、つくづくそう思ってます。この台詞、ネット仲間のまみんちゃんが思わず漏らした本音の一言。まさに、この言葉にぴったりの今の心境。今日は舅の誕生日、実父の入院初日でもあるけど、このところの義理家の変化著しいことを思うと妖怪だけど、舅の誕生日は祝ってあげたいような気もしてた。だから、夕方、旦那のお稽古先で合流して、一緒にお食事をすることにしてこの件を義理家に伝える連絡係は旦那、そのほうが義両親もうれしいはずだし(^_^)vってことで、私は早朝から夕方まで、実父のところで過ごし、その後は義理家サービス、と言うことになっていたはずだった。私、今朝、5時起床で旦那の朝食の用意をし、一時間半かかる実家の両親の施設に、6時過ぎに出かけたの。今日の旦那が起きるのは、仕事に出かける一時間前の八時、ということで、実父のところで入院支度をしながら、自宅に電話をし、旦那を起した「じゃ、戸締りに気をつけて出かけてください。夕方、病院を出るとき電話するわね」ってことで、約束は出来ているはずだった。夕方、携帯に電話をかけても、すぐに留守電になってしまって繋がらない。メールで、これから病院を出る、と連絡をし、お稽古場所の近くに移動しても、電話繋がらないな~・・・・「携帯電話、忘れたか~」ありがちなことなので、半端ながら納得しながら、旦那が教室を開いている会場を覗くとなんかヘン?あれ??鞄は?ネクタイは?仕事道具・・?(゜_゜)・・ないの?「下の部屋に、鞄を置いたまま夕べ寝てしまったから、鍵がなくて、仕事道具が出せなかった。」と旦那が怒り顔。我が家は仕事部屋として、同じマンションの階下の一部屋を借りている。夕べ、その部屋で夏の親睦会の参加者名簿を作りながら、ネットしていた私が、そろそろ引き上げようかな~と思う頃に、旦那が帰宅。思わず「間の悪いときに帰ってくるね~」言ってしまったけど、それなりの業務連絡などを仕事場で小一時間、それから、自宅へ戻った私たち。今日の朝が早いのに、それでも旦那に先にお風呂にも入ってもらい、その後で入浴をした私も、就寝。今朝は、彼がまだ大いびきの時間に、私は出かけた。彼は、私の鍵で、自宅へ戻り、鍵束は仕事場・・・・そして彼は、今、ココに居る、ということは・・・もしかして????疑惑の目を向ける私を前に旦那は、しゃあしゃあと、言ってのけましたよ。「玄関の鍵、開いてるネン」(ーー;)プチっ・・・・私の堪忍袋の切れた音。実父の病院と私の自宅、道路状況にもよるけど、一時間ほどで帰れる。今日は実父の入院だったので、私は午前中には、その病院についていた。仕事道具に携帯電話も入っているから、私の携帯番号を暗記していない旦那は、私に連絡する方法がなかったと言う。でもね、私が外出するときは、自宅にかかる電話を、携帯電話に転送していることを彼は知っている。自分の家の番号をまわせば、私の携帯に繋がるのだ。自分の家の番号を、忘れたか?そのことに旦那が気づいたのは、夕方近くなってからだったらしい。私の携帯に、公衆電話からの着信履歴があった。たまたま、旦那のあせもの薬を買う為に、薬局に立ち寄っていたときだったので、これまた連絡取れず。そして、舅の誕生日のイベントは、私と連絡が取れないために、中止と言うことになっていた。急いで帰ってきた私は何?何で自宅の鍵を開けたまま、一日平気?私は午前中には、病院についており、連絡が取れれば、自宅の鍵は午後の早い時間にはかけられただろうし副産物として、荷物も届いたんだよ。何とかして、連絡を取ろうと思わない?実父の入院している病院に連絡を取れば、その電話番号は、番号案内で聞けば私と直接離せなくても、私から自分に連絡が取れるように、伝言を看護師さん達に頼むこともれきる。第一私をにらんでる場合じゃないでしょ、(-"-)青くなり、旦那をにらみつけたまま急いで踵を返して帰宅。泥棒が入ったかどうかわからないけど、とりあえず気になっていたものは、無事だった。でも、もう、呆れて、物も言えない。↑言えないから、ここに書いてるのね(^_^)/~
2005年08月18日
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ないんだろうな~・・・・どんな育ち方をしたんだろう?(-_-;)ま、あの親だから・・とつい思う。明日から、実父が入院するので、明日の朝、私は5時起床、車で一時間半近くかかる施設に住んでいる父を迎えに行く。普段なら、入院前夜は実家に戻ってくる父だけど、今回は父自身が歩けない状態にあることから、実家に戻って一緒にお泊りと言うのは勘弁してもらった。旦那は、今朝、今日は昼過ぎに仕事が終るので、マージャンに行きたいと言ってきた。明日の朝、私が早くに出かけることは、知っている。その前の日、当然早く休みたい、と言うことは彼には思いも付かないらしい。「晩御飯、食べてくるの?」と聞くと、「○子(私)に悪いから、遅くなっても一緒に食べる」と言う。どっちが悪いか、よ~~~く、考えて欲しいもんだ。「悪いけど、明日の朝は早いから、夕食もいつものように10時ごろからと言うのは勘弁して欲しい。一緒に食べるなら7時帰宅でお願いします」と送り出したものの案の定、7時になっても帰ってこない。晩御飯のしたくは、出来てるんだよ。明日の朝、今日の晩御飯をそのままスライドさせることは、彼が朝食を食べる時間帯には私はすでに出かけているから無理だし明日の夜は、舅の誕生日なので、義理家で晩御飯を食べることになってるし・・・程なく電話があり、「もうちょっといいかな」と旦那。留守中に入った仕事がらみの電話を伝え、舅情報も伝えて「もう晩御飯、食べてきてね。」ほんとにもぉ・・・死ぬまでやってろ(-"-)舅情報と言うのは・・・実は腰が痛い、と言う舅、老化現象の一つらしいけど、腰を支えている背骨の一箇所、軟骨が痩せて?ヘルニアのような状態になっているらしい。自宅近くのお気に入り接骨医の処方で飽き足らず、お弟子さんのご主人で整形外科のお医者様をしておられる方の病院へ、ブロック注射を受けに行ったらしい。歩けない、腰が痛いと、すぐ近くのお店に買い物に行くことも渋る舅は、片道二時間かかるその病院まで、一回の診察だけではなく、電車で通うんだそうだ。(ーー;)次の通院予定日は、お弟子さんたちとの夏の親睦会の前日。これでまた、当日腰が痛く、調子が悪く、大変お気の毒な大先生、と言うことになるのか(;一_一)旦那にこのことを伝えると、さすがに「なんやそれ!」と、舅の医者選びの不思議さに怒りを覚えた様子。舅はほっとくと暴走する、それをおさえるのは、旦那の仕事だと思うよ。暴走してから怒るんじゃなくて、暴走しないようにサポートする必要があるでしょうよ。あのさ~マ~ジャンもいいけどさ、貴方の両親は結構厳しいところに来てるよ。私は、自分の両親が不自由なことをしたり、困惑したりしているのではないかと思うと、いても立ってもいられなかった。だから、自宅で二人が生活をしていたときは、毎日、実家に通ってた。実際、認知症で怪しい言動をする母と暮らす父のストレスを、私が一緒にいることで少しでも軽減したい思いがあったし家事がおろそかになる母を、それとなくサポートしたかった。義理家の場合は、ヘルパーさんを頼んでいる安心感もあるけど、舅だって今の姑相手で、張り合いのない会話しか出来ないストレスを抱えてる。姑は、そんな舅に、時として急かされ、罵倒されることもある。そんな時、旦那や私がいることで、舅も姑も、笑顔が浮かぶきっかけになる。そんな風に、考えられないんだろうか?私がやると思ってる?少しはやるけど、私は実家に対して思ったように、貴方のご両親に対して、心が動かない。それは、まず、旦那が心を尽くすべきだと思うから、旦那は普段、忙しく仕事をしてる、それはわかる、だから、旦那の代わりに義両親のために楽しい時間を提供する、と言うことそのものが嫌なわけじゃない。旦那よ、貴方は、年に二度は進んで私の両親に会う。それは両親が寂しいだろうから、と言うことではなく、お正月でありお盆の行事の一環として、彼の予定していることだから。ウチの旦那は、男の子が出来ると、後を継がせるため、子供を師匠家にお稽古に出さなくてはならないから、嫌だ、と言った。師匠家に、自分が頭を押さえつけられる場面が増えるから、嫌だと。自分勝手、呆れちゃう。彼にとって結婚って、自分の親元から逃げるためのものだった?家族の輪が広がる事だって、思ってなかったんだな・・・。明日は舅の誕生日、行きたくなさ、がまた募る。何で私がサービスしなくちゃいけないのよ。で、明日、早いので、今日はもう寝ます。明日から土曜日まで、父の入院。日曜日はお弟子さんたちの親睦会。日記、更新が遅れるかもしれないことをご了解ください。ではでは・・・阪神勝った(=^・・^=)これだけが生きがいか?さみし~~~ぃ(^_^)/~
2005年08月17日
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ハナシは、「話し」ではなく、「歯無し」実母、差し歯が、どっかいっちゃったらしい(@_@;)鏡の中でニッと笑うママさん、前歯二本がないことにその都度気付き、大騒ぎ「きゃー、歯が抜けてる~!」って、こっちが「きゃ~」である。「抜けた歯とは違うものを、嵌めようとするネン。」当惑気味の実父の報告である。それは、お箸置きだったりするわけで、当然のことながら入るはずはなくなんせ・・直前のことを忘れる認知症ってやつだから、どこで、どういう状態で外れちゃったのか、皆目わからない。飲み込んじゃった?ってこともある?かもぉ・・・(ToT)/~~~明日から実父入院です。今回は3日間の予定なので、ま、短いんですけど自分の異変に驚きの連続のママさん、一人ぼっちでどうすべ?\(◎o◎)/!う~~~ん、差し歯、どこ行ったぁ・・・・・そして母は、冷蔵庫などをくまなく探し回り、やがて、忘れるのでありました。(ToT)/~~~歯医者・・・探さなきゃ今居る施設には、美容室がある。外部の美容院の人が休業日を利用して、散髪に来てくれるのだ。美容室の椅子はリクライニングになっているので、将来は歯科医の診察も其処で受けられるようにする、というはなしだったけど、いまだに、そういう利用はされた気配もない。歯医者、素直に行ってくれるかな~実家近くの歯医者に行きたいみたいなんだけど・・・どうしようかな・・・また1人で行けるって言うだろうな~・・・(@_@;)
2005年08月17日
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東北で強い地震、ネットのお仲間の皆様にも、お知り合いの方たちにも、被害のないことを心からお祈りしています。毎日暑いな~と思っていたら、今朝はまし?ちょっと涼しい風を今朝は感じたはずなのにな~・・・やっぱりまだまだ猛暑の中ですね。ところで義理家では、姑のためにヘルパーさんに月曜日と木曜日に活動を、水曜日と金曜日はデイサービス利用をお願いしています。火曜と土日は舅が家にいる日なので、介護サービスを頼んでいません。ところが今、舅も腰が痛いとかで・・買い物に行きたくない様子。それに、この暑いのに、クーラーの操作が怪しくて、点けたつもりで点いてない。お盆休みで舅が家にいることが多いので、毎日のように義理家に顔を出しているんですが、クーラーをつけずに、窓も開けず、サウナ状態の家の中、「冷房つけましょうか?」とお聞きすると「点けている。」と、舅さま、・・・・でも点いてない(;一_一)舅は自分の机の前をすき放題広げて、パジャマ姿でそれなりに、やってますけど姑は何をするでもないのに家の中をうろうろ、しかも季節感が怪しいので、下着を何枚も着ており、汗だく、暑いから窓を開けようとすると、舅が「冷房が逃げる」ってだから点いてないってば・・・やっぱり毎日覗きに行かないと、駄目なのかな~と、思いつつ、気力半減。で、ためしに今日はさぽった。(-_-)今度の日曜日と来週の火曜日、お弟子さんたちとの夏の親睦会がある。当然その日は旦那と舅は一日出かけることになり、私も手伝いに行かなくちゃならない日。姑を、年中無給24時間対応のデイサービスに(平素は水曜日のみ利用)臨時で頼むことを、ケアマネさんに月曜日に依頼、今日お返事をもらった。先日の脳検査の結果の話も、ケアマネさんに伝えたうえで、住宅改修などの相談に乗っていただけたら・・・と、お話を持ちかけた。住宅改修もさることながら、「あのお家では危険ですね」と言われてしまった。そうなんだ、舅の趣味で義両親二人が大半の時間を過ごすリビングの電灯はシャンデリアのようなもので、しかも暗い。その場所で仕事をしたい舅は、手元が暗いので、おしゃれな背の高いスタンドなどを複数置き、明るさを確保している。膝が痛く、腰も痛いという舅は、それでも座卓が好きで、座って仕事をしており、その関係で座卓の下には舅の文具類や書類、座卓の周囲にもそれらのものや仕事の資料などが広がって、歩くのにはコツがいる。そして、結構大振りなソファーが二つ、置いてある。そのうちの一つは結構高価なものだったそうで、汚れないため、と言うことでむちゃくちゃ汚いシーツのお古、のようなものが、かけてある。(-_-)座ると、こちらが汚れるか?と思うようなそれは、時々洗濯をしているけど、綺麗にならないんだよね・・(-"-)お台所の食卓には、片付けても片付けても(私が)常に半分近いスペースに、おくすりや手紙類、そのほかあれこれ置いてある。食卓の下にも、なんだかいろいろ置いてあり、椅子に座っても足を入れるスペースはわずかしかない。私たちが一緒に食事をするときは、普段舅が使っている座卓の上を片付け(私が)やっと使えるスペースは半分を確保して、4人で食事をするのだ。台所の食卓も半分くらいしか使えないけど、姑の足が悪いので普段の義両親は其処で食事を取っている。その机の周りも、健康器具やらなんやら・・・・自分の家以外は、結構片付け上手なんだけど(笑)私も自分の家は散らかってるからな~(^^ゞ人のことは言えないけど、もともと散らかっていた義理家、このところ拍車がかかってるのをひしひしと感じる。姑は着替えも、ヘンなんだよね・・・何枚も下着を着ていたり・・・片付けることも、着替えのことも、実母になら、手を出しやすかったけど(そのブン抵抗は激しかったけど)姑には手を出しにくい・・・・生活形態を替える事は難しいですね。大幅に模様替えをしなくちゃいけないんだけど、空スペースが出来たら、舅はまたソファーなどを買ってしまうのではないかと、不安。非常に視野の狭い人なので、大局を見て判断をするということが出来ないのだ。美的感覚を満足させるための、ちょっとした家具を、買い込むという可能性は大いにありえる。姑のために、生活形態を変えて、手すりなど必要な工事もすすめる。という方向については旦那と一致しているが、舅に納得させるのは、誰の仕事?私は旦那の出番だと思うので、「貴方でなくっちゃ~♪(あ♪ヨイッショ♪)」と、持ち上げてお勧めしているが、どんなもんだろうな~・・・。
2005年08月16日
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明日から、ちょっと地元大阪ドームに帰ってきて、横浜との三連戦。先週の試合は、前半の中日戦は良かったのに、巨人戦の二戦を落すとは何事!とはいえ、これがまた、らしかったりしてヘンに納得?する自分が悲しいやないかい!(-"-)先日、スポーツ紙で騒がれた星野さんの巨人監督就任のうわさ一月ほど前から、関西ではブラックジョークとしてささやかされていたそれを、現実に考えている人がいるのかと、驚きましたがな。(@_@;)巨人はいかんね。もともと好きな球団ではないし私の場合、阪神の勝利の嬉しさは、裏試合で巨人が負けているとその嬉しさが倍増する、と言う力関係にあるので巨人を応援するということは、ないんだけどそれにしてもイカンヨ。なぜイカン?といえば他球団で4番を張った主砲を次々と自軍の打席に並べ、全員ホームランでも夢想したのか?野球は1人でやるsportsじゃないのに、ヘンな選手の集め方をして4番候補、フル活用することもなく飼い殺し、しかも、勝てない。自球団の器用な選手を重用せず、外様の主砲に期待する。こんな状態で若手が育ってくるのか?などと言うことをちょっと他のところで書いた。ら、その若手に負けちゃった初物に弱いわが阪神(^_^;)たのむで、ホンマ、アカンがな・・・。巨人も目がさめてるといいけど、阪神戦で活躍したのは誰だったかを巨人の首脳陣は良く考えてみることだ。清水、仁志、二岡、元木、若手の選手たち。ほらね、巨人にもいい選手はいるじゃないのさ、大事にしなよ。そして、他球団の主砲を頼みにする体質そのままに、打倒巨人をうたい続けてきた他球団で実績を上げた監督招聘は、やめれ!巨人は自浄努力をすべし!そして、阪神は・・・オキャダ!起きろ!
2005年08月15日
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おっちゃんは、一勝でもええ、と思っていたら勝ちましたがな~、中日に勝ち越し~~(^_^)vダレや!名古屋ドームは鬼門?死のロード?んなもん、道後温泉で豪遊した時点で、死のロードではないわな(;一_一)苦手の名古屋ドームでも、バッチリ♪でも、キィ抜いたら、アカン。選手もファンも・・・。おっちゃんは知ってるぞ、今日の勝利で中日とは2.5ゲーム差になった。でも、実は中日は阪神より4試合、多くゲームが残ってる。もし、この4試合、中日が勝ったとしたら?な!要注意や!!中日は、この阪神戦に必死の思いで挑んできたとおっちゃんは思う、と言うことはこの後の試合、負けるかもしれん、そこやで、其処が狙い目や。阪神は明日からの巨人戦を、サンタテでいただかなあかん!ココで一気にゲーム差をツケル!んやで!!今の巨人に負けるようでは、負け方にもよるけど、また選手の意気が下がってしまうぞ、大事なのは、首位決戦の後の、試合やで。頼む、ココは絶対や!と言う試合を落とす、愛しい阪神ちゃん、踏ん張るんやで~~~!!余談ながら、昨日の勝利は、ブン姉貴のお友達の声援の賜物と見た!わがタイガースをこよなく愛するお友達に、おっちゃんから、チュウ~♪(*^3^*)ですわ!ほなっ!
2005年08月11日
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姑の脳の検査を受けた土曜日、ふらふらすることも、言動が怪しいことも、どちらも直るものではない、と言う、ある種の最後通告を受けたに等しい日、舅と姑のショックを気にして、朝一の検査後、義理家で夜まで付き合った。舅と姑は以外とショックを受けてない、っていうか、お医者様の話をキチンと理解できてない?舅には、姑の検査より、気になることがあった。それは、舅が払い込む形で最近満期になったウチの旦那が被保険者になっている郵便局の簡易保険のこと、満期金額がかなりの金額になるそれは、姑がこつこつといろんな形で資産つづりをしていたものの一つだった。結婚当初から、旦那や私を被保険者にして、姑は郵便局の保険をあれこれセットして、貯蓄をしてくれていた。それは、まぁ、最終的には私たちが頂く、と言う種類のものらしかったけど、貯蓄の方法として、生命保険に値するものが加味されていることは、ちょっと気持ち悪いことだった。私が死んで、舅にお金が入る?のか?である。どのような保険に入らされているのかも、知らされていなかったので、折に触れて聞くだびに、ヘンな思いがしたものだ。今回何枚か出てきた告知書の被保険者のサインは姑の筆跡。これって、いいの?今までにも、数回、それぞれが満期になったりしてきたけれど、そのとき、その満期金額が私たちにいただけるわけもなくまたそれをあてにしたことはなかった。旦那は自分の収入で、と、何事も考えるので、その点は○だなと思ってる。変な言い方になるけど、どのように資産を使おうと、残そうと、義理家の場合は息子は旦那1人だけ、残ったものは相続させていただくことになるのだろうし、子供のいないわたしたち夫婦は、自分たちのことは自分たちでやって行くだけだよね、と思ってた。義理家の資産形成は、その細かい内容について、舅にはよく説明されておらず、姑が1人で、やったきた事だった。大体、舅には金銭感覚は、ない。それがこの数年、姑自身が怪しくなったことから、どこにナニがどれだけ預けてあるのかが、わからなくなってしまっていた。土曜日、姑の検査を待つ病院の待合室で、今回満期になった簡易保険の満期金を、舅が私たちにくれると言い出した。ウチの旦那は、まじめに仕事もしているけれど、頻繁に通うマージャンでは、借金も時に出来る。恥ずかしい話だけど、過去に、まとまった金額を払ったこともある。それは、ある晩、旦那が私の実家の介護についてキレ、私が介護に通うから自分の家がおろそかになる、と、まるで実家の両親が犯罪者でもあるかのような罵詈雑言を並べられた後でだから自分はマージャンに行かざるを得ない、其処で出来た借金だから、家計から出せ、と言うものだった。彼の収入から出すわけだから、本人は当然だとのたまったものだ。出しましたよ、150万。旦那は節約と言うことをしない人、お蔭様で生活は成り立っているけど、入ってくるだけ使う?に近い生活でもあるので、実は貯蓄はなかなか進んでいないのが我が家の現状。これは私がサボってることもあるよね・・と反省ポイントでもある。しかし、ココでまた、まとまったお金を頂くということは、どうなんだろう?と私は思ってしまった。義理家はこれから住宅改修やもしかしたら転居?と言うことも視野に入れて、今後のことを考える時期に来てる。必要な費用が発生することも考えられる。そのときに・・・今このお金をもらってしまっていいの?そんな気もして、くれるという申し出を断ったんだけど、月曜日に旦那が帰宅してからその話をすると、すでに旦那と舅の間では、もらう話がまとまっていたんだそうだ。だったら舅が私に聞いたのは、何の意味?ま、何ごともお二人の間で決まっているなら、文句を言う必要もないので、あ、そうですか。だ。そして、土曜日に舅の希望で、ややこしくなっている保険証書や通帳のありかなどを家捜ししたが、ないものが多い、今まで見つからなかったもので出てきたものもあるけど、もともとナニがあったのか、が、まずわからない。義理家もウチも、収入は振り込みではなく、現金。こまめに銀行などへ預けなければ、自宅に置いたまま、と言うことになるのだ。家捜しをすると、あちこちの引き出しやら、ポーチやら、のなかに、現金が散在していた。まとめてみると、100万近いよ(@_@;)外出のときはベランダを空けたままだし、無用心この上ない義両親。危なっかしい・・・とはいえ、ま、好きにするさ。お金のことは、後で何を言われるかわからないので、なるべくさわらない私。ちょうど郵便局から満期になった現金が九日に届くということになっており、旦那もその日は休みだったので土曜日に担当者に電話をし、郵便局がらみで姑がセットしていた保険などについて、調べてもらって整理をすることにした。旦那はそういう話は、私よりは得意。私は、ナニがなんだかよくわからない。数字は苦手だ(^^ゞ保険証書や通帳など、まだまだ見つからないものが多いので、再発行の必要もあるかと思う。この夏の間に旦那に整理をしてもらい、この先の生活形態のプランを立てる際の指標にしなくてはならない。義両親の資産だけでやっていける老後なのかどうかも、資産によって替わってくる。この仕事は、旦那の仕事。郵便局が帰ったあと、旦那と土曜日に姑が検査をした病院へ行った。お医者様「アルツハイマー確定ではないよ、(あれ?そなの?)でも、認知症は始まっており、海馬に脳梗塞がある。だから、認知症は進むだろう。まだ初期なのでアルツハイマーの可能性が限りなく高い、脳梗塞もある認知症であるということ。どちらにしても、なおらない、進む病気。」さらに「小脳と脊髄がともに痩せて、萎縮していく病気」ただし、この病気はもっと若い年齢で発症することが多いのだそうだ。まだ働き盛りの方が歩行困難を伴う症状を呈し、徐々に動けなくなるのだそうだ。若い患者の場合は、強い薬を試すこともあるという。ただし、なおらない、進行を遅らせることが期待できるかもしれない、と言う藁をもつかみたい!という状態のときに使用する薬、しかも高価。と言う話。はっきり言えば、手の打ちようがない?ともいえる。その点は、私が今までであったどの医者よりも、正直だ。ただ、実母についてこういわれたら、私は打ちひしがれたと思う。なおらないとわかっていても、医者に通院をすること、その中で実母に対する対処法などを相談できることそのことでこの数年の修羅場を乗り切ってきた身としては、この医師の言葉、良くわかるけど、結構厳しいですな~・・・ただ、旦那はオブラートに包んだ表現をされると、一版軽い解釈をしがちな人、今回はこのお医者様でよかった?旦那かなり突っ込んだことまで一生懸命質問してました。そして、お医者様は「先のことは医者でも分からないこともある」なるほど、そのとおりだよね。実にクリアなお返事をしてくださるお医者さまなので、それはそれで、○だ。ただ・・・舅がこの医者と話が合うだろうか?と言う問題もありながら・・・ともかく、心療内科をやめて、こちらに替わることに、旦那は決めた。舅には旦那から話を進めてもらうことになる。このお医者様、病気についてはなるほどわかりやすい説明が聞ける。家族の対処方法については、もう一つアドバイスが的確とも思えないけど、個人差のある認知症の場合、アドバイスしにくいものだという医師の発言はうなずけるものがある。そして「ご家族のほうがお母さんがどうすれば心地よいかわかるでしょう」それを考えよ、と言う示唆は、旦那にはガツンと堪えたものと思われる。考えるのは旦那の役割。私は結婚前の長い義理家の家族の歴史に立ち会っていないし、姑のことも結婚後の姿しか知らない。家族の思い出話といわれても、旦那の子供時代のことは知らないもん。折に触れて、姑とは昔話もしてきたけど、これからは、旦那の役割だと考える。旦那もちょっとその気になったかもね。「大変ショックを受けていると思う、貴方の受けているショックを私は5年前に受けた。だから気持ちはわかる。お母さん(姑)の今後のことは、ママ(実母)と同じようになるとは限らない、個人差があるのが認知症の手ごわいところだけど、少し、経験があるという意味で、貴方には私が傍にいていろいろと相談できるという点が当初の私より、恵まれているよ」といってみた。旦那「そうやな・・・」といった。この後、義理家に戻り、一緒に夕食をとった。舅は張り切って、また「肉じゃが」を作った。息子に食べさせたかったものと思われる。土曜日に引き続きの「肉じゃ」が、今回は少し手出しする場面を少なくし、舅に作ってもらった。ジャガイモをむくのは姑の仕事。三度豆のスジを取り下茹するのは私、糸こんにゃくの下ごしらえも、私。前回はタマネギを私が切ったが、今回は舅に切ってもらった、一つ進歩。味付けは舅担当。まだ甘めだけどね・・・ま、美味しかったです。ただ・・・6時に作り始めて、食べ始めたのは8時半を過ぎてた。時間がかかりすぎ(笑)帰り際、旦那が「美味しかったよ」と舅にいっていた、これも一つ進歩。変える間際、旦那が頂いたお金をもらって帰ろうとすると姑は「今日は郵便局の人がきたけど、お金は持ってこなかったのよ」だそうでオヨヨ・・・これについては、一歩下がる感じ。姑、自分のこつこつためたものを、息子に渡すのが嫌そうで、舅に怒られてた。いやいや渡してくれるお金を、変な顔して受け取った旦那。いろいろあるよ、これからも。
2005年08月09日
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今日から首位争奪決戦、初戦の今日は落とせない。こういう落とせない試合を落とすのがまた、タイガースらしいともいえる?(T_T)ふぇ~んだ、慣れてるもんね。(T_T)ブッチギリで、優勝かな~なんて甘いことは、考えてなかったもんね。この三連戦、ともかく一勝!が必要なんだ。今日、苦手の山本マサに勝った!と思った時点で、アッシが甘かった。うふん~♪などと思い、応援に気を抜いたアッシが悪うゴザンシタ。が!井川を勝利投手にしてやろうと言う、温情主義が、9失点を招いたのではないのかな?もっと早い段階で投手を交代するべきだったのではないのかな?オキャダ!具合の悪い試合展開になると、嗜好停止状態になっているような表情で、ボ~っとするのは、やめれ!(-"-)とりあえず、井川を散髪に行かせろ!あのな~~~中日とは、最低でも一勝二敗、そしてこの後の巨人戦をサンタテ、今週の六戦は勝ち越しでいかなアカンゾ~~~!ま、このまま順調に、ブッチギリで優勝するとは、思ってない、思ってないけど、でも、本心は、頼むで!
2005年08月09日
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土曜日から遠方に仕事に出かけていた旦那、今朝の飛行機で、帰ってきて、そのまま次の仕事先までほぼ一時間の距離を、車で送った。昨日と一昨日、二日とも夜に電話で姑の病状のことについて、かなり長い時間を旦那とはなしている。今日の送り届ける車の中でも、話題はこの話になる。大体、あなたは私が実母のことで心を悩ませていたときに、こんなに時間をかけて話を聞いてくれたことがあっただろうか?一緒に悩んでくれたことは、ないです。浮世離れ舅の血を引いているだけのことはあって、旦那も反応が極端なひと、例えば、ミミさんご指摘の(別bbsにて)「五年先には廃人宣告」(日記;姑の検査結果参照)と言うのは、今現在、アルツハイマーと認定されて5年目に当たる母をもつ私に対しての配慮のかけらもない発言でもあり、何より「世界一かわいそうな僕」になったのかと、ちょっとぞっとする。この五年の間、私に対して、おりおり、むごい表現で実家のことを責めてきた夫である。姑もアルツハイマーと言う診察結果を得て、舅と旦那の希望のとおりであったことに、私は落胆している。姑には、治る可能性のアル病気であって欲しかった。これは心からそう思ってる。でも、アルツハイマーとはっきりした今、姑に対する対応は、腹をくくらなければならない。腹をくくる必要があるのは、私一人ではなく、舅も夫も、なのだけど、彼らは・・・くくるだろうか?夫は今、極端にショックを受けている、これはこの後だんだんと落ち着いてくると思うけど、一人息子で打たれ弱い性格なので、しばらく時間がかかるんだろうな。舅は全然わかってないから「パーキンソンなのに・・・」ってまだ言ってる。(--)私と一緒に話を聞きながら、まったくショックを受けていない様子に、旦那はこれまたショックを受けている。「お父さんは何で理解してないねん!」と私に言われても困る。あなたの親だし、そういう人じゃないのさ・・・何年子供をやってるんだ?明日、姑の今回の検査をして下さったお医者様に、旦那とお話を聞きに伺うことにした。旦那が、これからどうすればいいのかと、聞いてくるのでこれまた私にわかることは、多くはないのに・・・姑は今、デイサービスに二日、ヘルパーさんに二日、週に四日間、介護サービスを受けている。このことが姑にリハビリ効果をもたらすと言う面で、どうなのか、これはわからないただ、介護のサービスは、究極として、被介護者のためのものではなく、介護者のため。そして、姑が7月からお世話になっている新しいデイサービスは、フレキシブな対応時間なので、普段からつながりを持ちたいと、思うところでもアル。当面、介護サービスについて変更をする必要はないだろうと思える。問題は医者選び、旦那の判断を押しつけると、舅が納得せず問題が出るだろうと思う。旦那には、私たちが納得するだけでは駄目なのだと言うことを、この二日間諄々解いてきた。舅が落ち着いて通える病院であることが必要なのだ。変な解説をする舅の話も、お医者様に聞いていただかなくてはならない。よくお仕事をリタイアされて、奥様の介護に専念なさるお話など、出版されたりしている方がある。舅はそういう存在でありたいようだけど、正確に把握する能力がないもん、そうはいかないだろうな。具体的な問題として、住宅の改装が必要か?転居を考えるべきか・・・今の義両親の住まいは、実は一部屋づつが狭く、二台ベットを置ける部屋がない。震災後の改装で、一部屋をつぶし、リビングを広げた。そのときにも、ベットでの生活をご提案したのだが、聞き入れては下さらなかった。ぎりぎりまで、自宅で過ごし、ご本人が家族のことを認知していようがいまいが、歩けなくなった時点で姑だけ施設、と言う考え方もアル。自宅を大幅に改装、車椅子対応のバリアフリーにして、在宅介護サービスをフル活用する。と言う方法もある。自宅を出て、夫婦二人で介護マンションに移る、と言う方法もある。ホカに・・・きっとまだ選択肢がアル。決めるのは旦那だ、舅に説明するのも、旦那の仕事だ。前にも書いたけど、旦那には、十年近くになる母の怪しさと向き合った経験をもつ私がそばにおり、旦那の不安を先回りして察知すること出来る。私には、誰もいなかった、母の様子を周囲にわかってもらうために説明すると言うことは、母の奇人変人ぶりを、言い募ることになっている時期も、あったのだ。旦那にもこの間、「施設に入れれば」「嫁に出たのだからほっとけ」「お父さんが甘えすぎ」はては「親と心中しろ」次々と励まし?のお言葉、かなり鍛えていただきました。今、恥かしいことだけど、心の中で葛藤が有ります。姑のもともとの依存性格は、本来私は好きではありませんでした。ただ、アルツハイマーは病気です。その病を持ってしまった本人の周囲に対する不安は、実母を見てきて、よくわかる。その病にかかっている姑には、優しくしたい、すべき・・・と思いつつこれまでの旦那や舅姑の言動は、忘れられない。あえて優しくしたくない、と言う気持ちもあります。嫌な人間になっちまった・・。旦那、珍しく、実家の両親のところを尋ねようと、言い出した。珍しいじゃん、今日で二年目に突入した実両親の施設暮し、入居後、旦那が両親を訪ねてくれたのは、昨年の秋と、お正月の二回のみ。三度目の訪問になるのか?です。13日、両親の入居先の目の前で花火が上がる、と言ったら、その日に行こう!だて(笑)目的は花火かもね。ま、いっか~。
2005年08月08日
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実両親の所では、今日の夜近くの町で花火大会があり、施設から花火見物が出来る、と言う話だったので、今日は午後から出かけた。施設に着くと、お祭りの用意をスタッフがしているので、なに???今日は、納涼大会でした。夕食前にスタッフが浴衣を持ってきて、両親に着替えるようにと言う。浴衣は、この施設の母体が近在のホテルなので、そこの物。浴衣を着て食堂でみんなでご飯を食べている風情は、団体の温泉旅行を思わせる。母は「毎日浴衣でご飯を食べてるの」だって、ンなわけないジャン(笑)そして浴衣の下に、またもやボディスーツを着用した母は、今日はその下におパンツを穿いていなかった。(@_@;)オマタ、痛くないん?ボタンもあるのに・・・(+_+)もしかして、洗濯物判別作業の折に、その部分に感じる残り香の強さは、この使用方法からきているのか?と、おもったり・・・。納涼大会は、施設代表者の挨拶から始まり、ビンゴ、カラオケ、盆踊り、スイカ割り、屋台も出て・・・と言う一応お祭りの体裁は整ってるけどビンゴは、数字を探すことが難しい人が多く、勝手にビンゴにしちゃう人やら、出来上がってるのに気付かない人やら、いろいろ、ヘルパーさんがみんなのビンゴカードに、気を配っていなければ進まない。母は、自分のカードにある数字が読み上げられると、「は~い、ビ!」って、言っちゃう。いや、まだ、ビンゴじゃないし・・・ま、ビって言ってるだけだから、許せ!(笑)でも、そんな人ばっかりだもん、ややこしいっす。カラオケは、スタッフの人身御供的な人が、お座敷小唄なんか知らないのに歌わされてるんだよね。これっていじめ?(;一_一)盆踊りは、みようみまねで踊れる人もいる、けど、ママさんは無理だったな~大体、炭坑節の踊りを、「お富さん」の音楽で踊るんだけど、無理がある。テープくらい、入手せよ。(-_-;)スイカ割りは盛り上がった。実際にはスイカを割るんじゃなくて、紙風船で代用、しかも、紙風船の左右に、ヘルメットをかぶったスタッフが並ばされて、一緒に叩かれるんだよね。そして、叩くのも、スタッフの人。目隠しをして、ぐるぐる回されて、「右」「左」「もっと前~」とか黄色い声援が飛んで、入居者さんたちが一応熱狂したゲームだった。屋台は、意味なかったな~、夕食直後だし、自分で取りに行けない人も多いし、実父、お飲み物券二枚をビールに費やし、ご機嫌だった。(笑)ほんまは、アカンゾ!(-"-)この納涼大会、何で家族に知らせないんだろう?私は偶然だったけど、たとえばビンゴなんかも、傍に家族がいれば、やりやすかったと思うし、スイカ割りも、屋台も、意味があったと思うのに・・・ん?スタッフの納涼大会だったのか?な???(@_@;)ジム方、まずい日に私が来たと思ったか?今日の納涼大会、思うこといろいろ、ありましたぜ。(-。-)y-゜゜゜帰り際、ヘルパーの責任者と、ジム方の責任者が、なんか難しい顔をして事務所前で話し込んでるところへ遭遇。父の外泊申請書を書き込もうとしていた私を気にしてか、難しい顔をシテ話していた人たちは、事務所の奥に消えた。しかも、普段開けっ放しのドアを、閉めた。あれ~聞かれると悪いことしてるんだろう?ねぇ?(-。-)y-゜゜゜今日は、実両親入居丸一年の日。去年の今頃、明日に控えた移動に備えて、弟が実家に泊まりに帰ってきていたことを思い出す。明日から、二年目。怪しい施設から見えるはずの今日の花火は、春山さんの新居が邪魔をして、見えにくくなってました。(^_^)v
2005年08月07日
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大量点差で、敗北した日から、なんだか怪しいタイガースだったわい。今日の大量点差での勝利で、怪しい感を払拭!ってことで、たのむぇ~~~(^o^)丿義理家で見てた、ってことは、集中できないんだこれがまた・・。一応舅もタイガースがご贔屓なので、テレビは見れる。ってことで、ま、いっか~明日は実両親のところで、テレビ観戦~♪業務命令、連勝!たのんまっせぇ~(^_^)vほなっ!あ、来年のファンクラブ、申しこまな~~~!ね。(*^_^*)
2005年08月06日
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去年の初めに、MRI検査をしてから、一年半近くたっている今日、姑が二度目のMRI検査をしました。これは、舅が当初から「お母さんはアルツハイマーで、パーキンソンで、だから・・」とあれこれ、言い募ることから、もう一度見てもらおうね、と言うことになって、予約を取った検査でした。前回のMRI検査は、大学病院の内科を窓口にして、姑のふらつくことと、食欲がないこと、気力が失われていることなどを、調べてもらうためのものでした。そのときは、単なる老化現象の範囲で見られる程度の小脳の萎縮はあるものの、深刻な病気が潜んでいるわけではない、と言うことでした。その結果、姑はそれまで同様、近所の家庭医(内科)のお世話になりながら、夏をすごし、言動に姑らしからぬことが増えて、人格が替わったか?と思うような様子が出てきたことをきっかけに、それ以前から、疑っていた鬱病ではないのか?という観点から、心療内科のお世話になるようになって、十ヶ月が過ぎようとしています。今日、検査の後で診察をしてくださった病院は、個人の脳神経外科クリニック。結果は、海馬に萎縮が見られるアルツハイマー、であり、小脳の萎縮も見られるうえ、脊髄の損傷が見られるので、ふらつくのはそのため。だそうです。もとより、アルツハイマーは直らない病気、姑の脊椎損傷を含む小脳の萎縮は、これも直らないものだそうで、あと5年ほどすれば、姑は車椅子の生活を余儀なくされるだろうと言うことでした。ショックです。と同時に、わからなかったとはいえ、方向違いの治療をすすめてきたことについて、反省をしています。反省をしていると言っても、その場では、その選択肢しか考え付かなかったことも、事実です。また、去年の段階で、同じことを言われていたとして、この一年の過ごし方が大幅に変わったとも、正直思いません。でも、旦那には今日、謝りました。彼自身に積極的に動く気持ちがなかったとはいえ、旦那は母親の異常を小脳から来るものだと、かなり強く主張していたのです。でも、前回の検査では、医師からそのようには説明されなかった・・・とはいえ、ごめんなさい。もちろんわざとではないけど、方向が違っていたことで、心療内科からの投薬は、姑のふらつく足元を、危険にさらしたのかもしれません。不必要だったかもしれない歩行訓練なども、負担なだけだったかもしれない。そのことについて、ごめんなさい。なのです。今夜、旦那は遠方での仕事のためホテル泊まりです。母親の検査結果を聞き、旦那は素直にショックを受けていました。今後、どのようにやっていくべきか、について、今日のお医者様が「貴方に話をしたい」と、私の顔を見て、言われました。検査には舅ももちろん同行しており、診察室には三人で入っていましたが、舅が今回の検査を頼むについて、日頃の心配な様子と伝えた姑の情報から医師が想像していた状態と、今日の姑の脳の状態は、かけ離れていたと、医師は言います。もちろん、医師には私1人ではなく、旦那同伴で来週の火曜日、会うことにしました。姑を囲む生活環境を、変えることを見据えて、考えを進めていかなくてはなりません。参った。脳クリニック、にありがちなこととして、一連の話は本人も交えた上で、進められたものですが、舅も姑も同じ話を聞いていたにもかかわらず、全く理解していません。姑は、帰りの車に乗るなり「アルツハイマーでなくてよかったわ」といい舅は、姑に対する対応の悪さを指摘した医師の態度に、ご立腹。本来ショックを受けるべきポイントとずれている。(-_-;)ショックを受けているのではないかと、心配だったため、今日は大サービスをして、朝9時の病院行きから一日ずっと、付き合いました。昼食を付き合い、午後からは通帳や保険の整理・捜索(姑が管理していたため、むちゃくちゃになってます)。夕食は舅が作ると言うことで、姑にジャガイモの皮を剥いてもらうなど、出来ることを頼みながら、舅シェフに、アシスト二名体制で、肉じゃがにトライ。途中、独自の手法も混ざりながら、そこそこのもの、出来上がりました。舅も姑も、楽しかったらしく、ショックを受けている様子は、あまり伺えません。夕食を済ませて帰宅後、旦那から連絡があり、今日の検査結果を伝え、謝りました。心療内科を強く勧めたのは、私ですから。旦那は「五年後に廃人になると宣告されたようなもんや」と言いますがこれはまた、ショックを受けているとはいえ、極端な反応。今後どうするかと言う話をする中で、彼が納得することも必要だけど、何より舅が納得することが必要なんだと言う話をしながら、旦那、時折私のことも批判し、ショックを受けてます。「近くに住んだほうが良いやろな」彼の思うこともわかる、我が家も、第二ステージに、突入ってことかなと、思います。
2005年08月06日
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広島の日、いや、明日のタイガースの対戦相手と言う意味ではなく・・・広島に原爆が落とされた日。実は祖父母の田舎は山口県にあるので、広島にも親戚があります。幸い、直接被爆して亡くなった人はいないのですが爆心地に直後に入ったために、後遺症を抱えて、早くに亡くなった親戚が、数名居ります。広島では毎年、明日の朝、慰霊祭が行われますが、あの時刻、が来るまでの早朝に慰霊塔におまいりに行く方があります、と言うのをご存知でしょうか?政治家などが群れ集い、行われる慰霊祭は、亡くなられた時間のあとで行われる行事。あの日、あの時刻までいつもの生活を営んでいた身内や知り合いをしのぶために、あの時刻がくるまえに、手を合わせ、話をする、と聞きました。あの時刻までは、生きていたのだから・・・。今年は戦後60年と言うことで、記念番組なども多いですね。この国の政治には、どうしても無関心になってしまう昨今ですが過ちを繰り返さないために、私も、年に一度、真摯な気持ちで迎える朝です。終戦記念日よりも、私には印象深い日であります。なんだかんだ言っても、戦争のない国であること、これは世界に誇っていいと、私は思う。この国の子供たちが、悲惨な戦争を知らない子供たちで、あり続けるために大人の出来ることはなんだろう。
2005年08月05日
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夕方弟の携帯に、メールを送った。以下本文「よっ!元気か?泳いでるか?世界水泳見た?やっぱ、メドレーリレーの連続メダル獲得は、感動物だね。日本水泳会のレベルアップをひしひしと感じるぜ。お互い幼少期からスイミングスクールなどと言うものに通い、英才教育を受けていれば今頃は世界を舞台にしていたかもね?・・・と、妄想入りました。で、本題です。パパ、今月○日から3日間、点滴のための予定入院。とりあえずお知らせだぜ・姉」冒頭の泳いでるか?と言うのは実は弟も水泳部出身で、いまだに勤務地近くのスイミングに所属し勤務の合間に泳いでるんです。弟は研究所勤めなので実験の結果待ち、と言う時間があり、規定の勤務時間後、一旦会社からプールに泳ぎに行き、また会社に戻る、と言うよなこともしているらしいのです。そして・・・2000年の年末には、世紀越え24時間耐久水泳、と言うものにチャレンジをし、18時間でリタイア・・と言う実績の持ち主でもあります。そんなわけで、冒頭の話題としては世界水泳が、よかろうかと。と、そんなことより何より、このメール、旦那に送っちゃった(@_@;)と言うことにさっき気がついた。((+_+))弟には送りなおしたけど・・・あ~~~~なにやってるんだ!わたし!!まだ具合悪いのかしら・・私・・・・・・(;一_一)旦那は、ナンノコッチャわからんメールやなと思った。らしいです。(^^ゞ
2005年08月04日
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同一チームにサンタテを食らう、と言うのは今年のタイガースには、ありえな~い!かっかっかっ!(^▽^)v、勝ったぞぃ!今日の八回表のすんばらしかったこと!今おきゃ!よくがんばりました。満塁のときの打率のよさ、スンバらしい~~~!てんさいじゃ~~~イヤァ~四連敗なんて、何てことなかったすね~うぅぅぅ、おっちゃんは生きててよかった。グスン(;_;)これで、同一カードに三連敗、と言うのがない!なんだかんだ言っても、追随してくるチームも、一緒に連敗してるわけだし勝利のムード、選手一同もつかみなおしたんじゃないかな~っておっちゃんはまた期待に胸が膨らんで、女に戻ってしまうがな(*^_^*)もしかして、明日から連勝?なんてね~♪そして、そして、実は阪神は今年も二軍が元気いい~~一軍枠を狙う若手の頑張りが、二軍の今年の優勝も約束しているようなもの。一軍二軍、ダブル優勝!
2005年08月04日
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退院後二週間めの、通院。先月、感染症で二週間の入院をした父、その折、父の体の各部の間接は、リウマチ痛を発していなかった。昨年の秋から受けている免疫抑制剤はリウマチの自己免疫による攻撃を抑えるためのものだから、リウマチ痛がおさまっているので・・・と言う理由から、先月予定されていた免疫抑制剤の点滴治療を見送っていた。このまま、落ち着いてくれたらと思うけれど、やはり今、父はまた体の各所が痛む。右股関節にも痛みがあり、歩行困難。二週間後に入院をし、右股関節のMRI検査と免疫抑制剤の点滴治療を受けることになった。予定は三日間。多分、予定のとおり・・・だろうとは思う。痛みを感じる間は、無理に動かないように、といわれている父。痛いというのは、傍で見ていて辛い。今日の通院は、もちろんママさん憑き(笑)迎えに行くと、「私も行くの?」と最初は不満げこれに誘われて、置いて行こうもんなら・・・当然怒る(笑)ま~たいつもの「駐車場がイッパイだと困るから、一緒に来てくれないと困るんだよ~~」と、三顧の礼を尽くして同行していただく母である。今回は待ち時間も少なく、比較的順調に病院内作業を終える。院内喫茶室でコーヒーで一服。母に「ママおごってよ~」支払いを頼むと、嬉々としてレジへ向かい、「おごれといわれちゃったけど、お金はもともとパパの物もなのに」とかなんだかケラケラ話しかけているご機嫌母である。お店の人も慣れてくださっているので、適当に相手をしてくださる。後ろから最敬礼を送るタンポポ父子。次の入院の手続きをし、診察費を支払い、お薬を頂く。父も母も、お手洗い・・・・と、母と同時期に個室に入った私「あれ~」と言う母の声、うわぁ・・・なんかやったか??!と、用を足しながらとてつもない不安が私を襲う。出てきた母は、異常ないみたいで、あの声は、なんだったんだろう?知りたいような、知りたくないような・・・(@_@;)母使用後の個室を覗いたが、異常は見られなかった・・・けど・・。院外の喫煙コーナーで父おタバコ中の間に、駐車場から車を移動して、はい、帰りましょう~♪父のズボン、二本購入。本日の走行距離は、150キロを越えるものだが、疲れ方が昨夜とは違う。次は日曜日に尋ねる予定。(^_^)v
2005年08月03日
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旦那の実家で晩御飯を一緒に食べるのは、実は久しぶり私の体調が悪かった間、食事を届けることはあっても、一緒に食べるのはごめんしてもらった。これは、こちらの体調や嗜好にかかわらず、舅から食べることについてあれこれと示唆を受ける食事が、辛かったから・・・元気になってきたので、久しぶりに一緒に食べてきた。とはいえ、原則は旦那同伴、私1人で義理家の両親と食事をすることは極力避けたい。今回はお素麺を夕食に消費することを目的に、あれこれと具材を用意していった。そう・・お素麺を茹でる作業以外、すべて自宅で整えて運んで行ったのでした。これは、食材の用意にもいちいち舅からコメントが入ることを想定していた。案の定、素麺を茹でるについても、傍でうろうろ、あれこれ煩い舅、自宅で準備をしてきたことは正解だったと、確信を持った。大体、うるさいことを言う割にはろくな調理器具もない義理家である。冬場は土鍋をこちらから持参して、お鍋を囲むことも多い。土鍋くらい、買えよ!さて、この日のお素麺具材を少しご紹介ひとつは先日朝のNHKで紹介されているのを垣間見た具材にトライ。芝海老(冷凍小海老で代用)+茄子+うすあげさんを甘めのめんつゆのようなもので煮込み、冷やしたもの。ぶっ掛け素麺にして、茗荷とシソをそえるの、美味しかったです。それに加えていつもの、錦糸玉子+椎茸の甘煮+スライスハム+大根+胡瓜+茗荷+シソ+白髪葱+おろし生姜結構豪華な食卓の彩りになりました。お素麺は、お中元で頂くことが多い。実はまだ去年頂いたお素麺が残っているところへ、今年また頂いた。(^_^;)お素麺は好きだけど、こんなに・・・ある(@_@;)冬場も暖かいにゅうめんにして、おつゆの具材にして、と、あれこれ消費を心がけているけど結構減りませんな~~~((+_+))ネットのお友達に、お素麺サイトを教えてもらったのでこの夏は、いろんなメニューにトライしてみます。(^_^)v義理家で食事をすると、義理両親はとてもうれしそうである。私は先天性幇間体質なので、場モチはいい。結婚当初は、無邪気に食卓を盛り上げていた行為だったのにそして、先天性なので、今もつい、一緒にお食事をするときは楽しそうにしちゃうんだけど実は全然楽しくはない。特に、舅が「今日は~」と私に話しかけてくるのは、嫌だ。すがるような目で見るのはやめろ!食卓を楽しく盛り上げるために、な~んにもしないで、ただ食べている息子に話しかけよ!(-"-)そして、姑はいつもこういう時に、まるで生まれてからこの方お素麺を作ったことがないように、あれこれと聞いてお世辞を言ってくれる。今は病気なので仕方ないのかな~と思うけど、病気になる前からこういう感じだった。姑からお料理を伝授されるということもなく、家事のコツを示唆されたこともない。私が何かすると「○子さん、すごいわね~」カレーを作っても感心される。(;一_一)結婚後しばらく、私は姑は無能なのかと、感じた時期があった。彼女に出来ることは、ひたすら舅に仕えること?舅が指図をしてしまうので、失敗しても何でも、とにかく言うことを聞いておけばいい、と言うことだったのだろうか?と・・・思ったりした。満足な食事も与えられない割には大きく育った旦那を、かわいそうに思ったりしたこともあったな~(笑)幅広甲高の26.5の足サイズなのに、彼は25センチ対応の靴下しか結婚当初持っていなかったし~(;一_一)でも、もしかしたら、もうその頃から、姑は発病していたのかもしれない。そして、何かにつけて態度のでかい嫁(笑)の登場で、さらに姑は打ちのめされたのかもしれないな~と、最近は考える。私は仕事のサポートもし、料理もそんなに下手じゃない、割と何でも手早い方だし・・っていうか、義理家に提供するときは失敗してないし(笑)姑は末っ子息子の舅と結婚した。大姑は、おとんぼ(末っ子)の舅がかわいい、嫁も若くて孫みたいな年齢、つい手も口も出して、育てようとした?舅自身も、多分、姑のことをかわいいと思って、あれこれ教えたと思う。きっと、必要のないことにまで、口を出したと思われる。私が義理家で洗濯物を干していると、干し方について舅からあれこれと指示をされる。お蔭様で私はそのほとんどについて、舅から口を出される前にすでにクリアしていることが多いし、狭いベランダに効率よく洗濯物を干す技は、主婦である私のほうが長けている。舅の方法では、洗濯物が全部干せはしないのだ。たとえば電球を替えるときもそう・・・食卓の椅子などにちょっと乗って、さっと替える。舅は、危ないから、と、あれこれ言いながら踏み台を探しに別の部屋に行くが、舅が帰ってくる前に、一瞬で電球は入れ替え済み。こうやって、結婚以来、義理家の家事にも、時々手を出してきたけれど、それまで、何事についても一番よいやり方を提示していた舅より、私のほうが電球を変えたり、ファックス養子を入れ替えたり、電池を変えたり、掃除機の袋を変えたり、ビデオの操作をしたりと言うことについては詳しい・・・って自慢するほどのことかよ?ったく私は舅があれこれと口を出してくることについて、適当に無視をしながら、自分のペースで進めてきたけれど姑ではそうは行かなかったんだろうなと思う。一挙手・一投足、いちいち示唆されて、姑は動けなくなったんだろうかと思う。ともあれ、晩御飯終了♪この後、舅の腰痛のお見舞いとしていただいたメロンを頂く。舅の話によると、食べごろだ、と言うそれは、まだ硬く、青かった(笑)二つ送ってくださったメロンの一つを、息子宅に下さるというものの、食べごろを待って、召し上がっていただくほうがいいだろう?と言うことで置いてきた。こういうやり取りは旦那がいると楽である。
2005年08月02日
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程よくマイナス思考になっているところで、実両親のお世話になっている施設へのクレーム整理。(^_^;)八つ当たり気分なので、過激対策が浮かぶ(▼_▼)v施設のある町の、介護窓口に相談に行っちゃうぞぉ~~~~ムフフ実は、先日の実母の通院日、母が傍にいるとあまりゆっくり施設の人たちと相談事が出来ない父は、以前任命された入居者の代表者云々について、その後どうなったのかを聞こうとした。事務所に話を持ちかけると、本部長(元櫻バンクからの出向社員)は、私からイチャモンが点いたので、代表の件は撤回しています。と返事をしたらしい。撤回は願ってもないことだが、私や父がこの人に不信感を抱くのは、そういうことをこちらから聞く前に、伝えてこないことなのだ。父は、撤回されたことを、その時初めて知った。そして館内に任命を知らせるお知らせのみ掲示されたので、撤回されたことは、誰も知らない。私がこの件でジム方にイチャモンをつけたとき、話の流れで、公取に目をつけられていると、本部長は話していた。誇大広告ではないか、と言うのだ。誇大広告ジャンか、と私は思う。さらに、広告紙面にも入居する契約書類にも、またその折のジム方とのやり取りの中にも、「ココは老人ホームである」と言うニュアンスの言葉すらなかったのに「ココは老人ホームです」とな?あのね・・・今は無所属だけど、私も介護関係の事務所にいたわけよ全くのド素人扱いをしてもらっては困る。老人ホームなら、老人ホームらしい人員の配置や、規定に即したプライバシーの保護システムなどを考えないといけないでしょうよ。でもね、老人ホームです!と何度も言い切られたから、そういうことなら、困って悩んでいる利用者として、介護窓口で相談してくるわよ(;一_一)いいのね?(-。-)y-゜゜゜と、ココですごんでも意味ないけど(笑)今の施設の基本は在宅の介護を受けるというスタイルで、介護保険の適応を受けることになっていたはずヘルパーさんたちの対応についてはジム方はとてもアバウト。賃貸マンションスタイルなら、それも仕方がないと思っていたけど、老人ホームなのに、介護についてはお仕着せの頼りないケアマネ任せで、しかも施設所属以外のサービスを受けることは難しい。たしかに独自にお茶の時間を設けてあれこれとプログラムを提供してくれている部分は、評価に値すると思うけど基本の組織立てがかぎりなくあやしい。両親がそろってお世話になっているわけだし、つぶれてくれると困る。春山さんも、隣接して自宅を立てておられるから(街づくりは遅れているけど?)つぶれると困るんじゃないの?とは思う。だからこそ、もう少しまっとうな施設になってもらいたい。彼らは入居者として、私の周辺ラインからの紹介を、当てにしていた。今の私から、母の担当医や元のケアマネ、私のもとの職場に対して、よい評価が流れると思うのは甘い。県の高齢者疾患センターとも付き合いがある、そこで実両親の施設について、これでよいもんだろうかと、今までも相談しているし、転居先についての相談もしている。つまり、不備が目立つので移りたい、と言う話をしているんだよね。母の主治医とは、いつも医療スタッフの裏づけのなさについて、危惧をして会話をしている。主治医は、母の将来は特養への転居が必要だろうと、考えておられる。父の入院先でもあるかかりつけ病院でも、ケースワーカーに、医療面で不安があることを伝えて、父の入居先についての相談をしている。広い意味で入居者の候補地域である私の周辺にも、営業マンが回ってる。担当者は、営業マンの話と、違いますね~と言っているぞ。入居者の家族の口コミは、大きいよ。せっかくだから、心から皆さんにお勧めできる場所になってもらいたい。これが本音なんだよ。判って欲しいな・・・。今の段階の母のようなタイプには、あっている場所ではある。ただこの先、症状が進んだときに、どういう対応になるのか、心もとない。たとえば、攻撃的な行為があっても、受け入れるだろうと思う、でも、その場合、妄想や攻撃行為を、抑えるために、安定剤みたいなものを使われることになりそうな気配を感じる。その処方をするのは、父のようなややこしい患者はお手上げの、内科医。精神科でも、心療内科でもなく、ヘンな内科医。なんだ・・・。元職場の元両親担当のケアマネさんに、母のように体は健康で社交的、プライドが高い人には、向いている、と伝えてます。っていうか、母のようなタイプの人は、普通のホームスタイルでは、怒っちゃうわけです。この先、母が妄想(今も多少はあるけど)や問題行動を増やしたときの対応は、よく見えない。さらに混乱をして自分のことについての把握が出来なくなってきたら特養などへ移り時なのかもしれない。私を怒らせると、怖いんだってことなのよね。(-。-)y-゜゜゜施設も阪神も、ええ加減にせぇよ~~~!←同列かい?(;一_一)
2005年08月01日
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