2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全14件 (14件中 1-14件目)
1

月曜日朝から雨で空はどんよりしている。先日ユーミンのアルバムを久々に聴くアルバム名はミスリム実家にレコードがあったはずだ。最近なんとなくテレビやラジオで聞いただけで松任谷時代以前の荒井由実時代の曲が流れてくるのでなんとなく聴きたくなった。あまりにぴったりなドライブBGM憂鬱な天気に最適。MISSLIM会社に到着してCDを取り出すとなぜかAMのニッポン放送からあまりにも偶然、同時代の曲「翳りゆく部屋」が流れていた。そういえば最近ライブドアがらみで登場したニッポン放送の社長はこの曲も当時DJとして紹介したに違いない。YUMING BRAND恐らく同世代以上のリスナーからのリクエストだろう。当時聴いていた音楽はその時代の缶詰。聴いた瞬間にその頃の空気も友人も好きだった人もすべて同時に現れる。誤解なきように補足。私が高校生の頃のアルバムはリ・インカネーションでありユーミンはすでに松任谷由実であって名前は変わっていたのである。ちなみにカーグラのオープニングが大好きだった。好きな曲は最近だと(最近でもないけど。つーかかなり古いだろ?)「遠雷」昔の曲だと「消灯飛行」アルバムだと下記の水の中のアジア。【レコード・LP盤】 中古松任谷由実/水の中のASIAへそういえば大阪で生活していた頃意味もなくドライブするランクルの中でユーミンのサウンドアドベンチャー(サタデーアドベンチャー)はよく聴いていた。ラジオから偶然流れてくる曲は自分で意志を持って聴く以上に偶然から来る感動を覚えるのはなぜだろう。
March 28, 2005
永谷園の松茸吸い物を使ってチープな松茸ご飯風なごはんが意外と美味しい!というのをテレビで観た!という話が会社の休憩時間に出たのでその曖昧な話を元にさっそく作ってみた。永谷園の松茸お吸い物は、同社のお茶漬けを買うと時々?オマケで一袋入っているやつだ。分量がわからなかったのでテキトーにご飯2合に、吸い物二袋やや吸い物の分量が多すぎたかもしれないが食べて見ると美味しかった(笑)なぜか突然、子供の頃に空き地で捨ててあった金網の上で意味もなくポテチを焼いて友人とうめえうめえ!と食った日の事をなぜか思い出しつつなんちゃって松茸ごはんを食べたのである。ちなみに松茸くんの代役はエリンギを指名。キノコ類ならばなんでも代役できそうだ。エリンギってどうもイタリア製のオイルヒーターを連想してしまうが(それはデロンギだろう)なかなか使い勝手のいい食材だ。輪切りにして中華系の酢豚とかに入っているとなんちゃってホタテにもなるという(笑)秋にこのご飯の中に本物の松茸を混ぜてみるのも楽しい。名付けて「本物はどれだ!松茸ご飯!」いちいち食事にまでクイズ形式を持ち込みたくないという家庭には栗ご飯のベースとしてもよさそうだ。今後はご飯3合に吸い物二袋ぐらいお好みで日本酒や醤油を入れて最後はなるべく高級な?器に(笑)盛りつけ。そして三つ葉でものせればかなりいい感じだと思う。庭園のあるような和食処で、和服の似合う美女・香織34才(仮名)なんて方がお盆に香の物なんぞといっしょに持ってきたりしたらまず、永谷園の吸い物にエリンギとは思わないのではないだろうか。(つーかそんなシチュエーションねえよな)だいたい松茸ごときに目の色を変えてワーワー叫ぶ秋のデパ地下とかが信じられない。そんな松茸を買った人のかごには高価な蕎麦が入っていたりするから笑える。(乾麺ですぜ旦那)おまえは、今までに本物の松茸ご飯を食べたことないから!本物のあの高貴な香りを知らないから!と、日本松茸愛護団体協会理事の松 茸労代表幹事よりお叱りを受けてしまいそうだが、(そんな団体ねえか?)わたしはちびまるこちゃん(※註1)と同じ位置づけでしかない。※註1・ちびまるこちゃんの松茸に関する話題を参照してください。
March 22, 2005
掟を破ってしまった。男として一生の不覚。また彼女の求愛に負けて一夜を明かしてしまったのだ。なんて事などあるはずもなくまるちゃんのカップラーメンを食ってしまったのだ!インスタント食品はじめジャンクフードの数々は体にもよくない。コンビニ弁当やコンビニ系の食品も極力買わないでおいたところ以前は風邪をひきやすかった私がめっきり風邪をひかなくなりしかも風邪を引いてもすぐ治るようになったのだ。だいたいフリー&イージー誌の男の50カ条でもよく登場するが大の男はジャンクフードをパクパク食べていてはみっともないのである。今年に入ってからはまだ一度も食べていなかったのでもうこのままオサラバじゃ!カップヌードル君!よ。ははははは!と天から語りかける昔の正義の味方のような声を上げていたのであるが不肖Hitton。わずか3ヶ月にしてその掟をやぶってしまったのである。嗚呼。海外旅行の土産を、地元の友人にあげたらその友達Tちゃんがおかえしにくれたの~。ということらしくカミさんの友人がくれた品らしい。コストコだとかいうスットコドッコイな名称の大手スーパーで箱ごと買ったカップラーメンでよくみると日本のまるちゃんである。食べてみたら久々にカップラーメン!堪能したのでありました。食べおえた頃に2階の方から「ハハハハハ!食べてしまったようだね!明智くん!」と怪人21面相・・じゃなくてカミさんの声がした。もちろんこれが今年最初で最後のカップラーメンとなるはずです。(たぶん)
March 18, 2005

列車に乗った男先日久々にDVDを借りて映画を観た。タイトルをよく読まずに借りたが直感通りの主題を描いた映画だった。全く別の人生を歩んできた男二人が偶然出会うところからはじまる。男の人生なんて結局最後は長い間おなじ列車に乗ったまま終着駅に到着する。その終着駅の直前に乗っていなかった列車に憧れるのだろう。という精神構造は万国共通なのかもしれない。
March 18, 2005
身分不相応という言葉がある。幸い日本には現在身分階級は存在しない。では身分不相応という言葉を使う時はどんな時か。それは自分自身の定義である。自分自身で相応しいと思えばそれでOKだしあえて世間体や常識にとらわれる必要もないだろう。だが一方で、これはあまりに場違いだな。身分不相応だなと思う空間や買い物がある。まあこりゃ主観の問題ですな。(といきなり文体がここから変わるのはわけがあってですね・・この前の行との間には1時間以上の落差があるんですよ。書き始めは空腹でしたがお昼を食べて満腹。なにを書こうとしてたっけ?どうでもいいですがなという心境?)確かに収入や財産とかがダイレクトに影響するのは確かなのですが、これは単にお金さえあればいいという問題ではないのです。成金趣味という言葉がありますが、一気にお金持ちになってしまったパターンでは一品豪華主義やあるいは無分別に高級品という事態になりかねない。金の腕時計に金の風見鶏、あげくの果てには金歯はもちろん便器まで金!金!(笑)こういったわかりやすい成金趣味はともかく高級ブランドの鞄を電車とかで10代20代が手に持っているとなんか違和感を感じます。じょしこーせーとか。 「ラ・フェスタ・ミッレミリア2003」 のレーススタートを観にいった時の事ですが参加車両のビンテージ・スポーツカーのトランクに大型のやれたルイヴィトンを積んでいる姿の絵になることため息モノでした。そうなんです。我々LVはここに本来いたのですと言わんばかりのオーラを放っていました。また先日数百万もする高級腕時計なんて興味もないし生涯買うなんてなさそうだなという日記を書いたところ、ハーレー系の友人で代々続く家業の当主であるアルさんがこんなコメントをくれました。>専門店でYシャツをオーダーすると腕時計の分だけ左カフスを広く作る。>皮バンドできっちり装着して作ると、メタルバンドをルーズにはめたりするとカフスがすぐに痛んじまう。高級腕時計もお金さえ出せば買えるのだろうけどやっぱりこれを読むと、専門店でYシャツをオーダーしたりテーラーでスーツを新調したりするような生活の方に相応しい。と改めて自分の庶民ぶりを痛感した次第。
March 18, 2005
カーグライベントレポートいよいよ最終章です。といっても HittonBLOG からの投稿利用(笑)最近ブツログネタが少ないので・・カーグライベントレポート前半を読みたい方は上記のHittonブログをお読みください。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとしまえんにいくのも今回初めてでした。としまえんって中学生の頃に横尾忠則氏の原画展を観に行ったのですが、たしかその時にこの豊島園関係のポスターがあったような気がします。記憶が曖昧なのですが・・。なにが感動したってあーた!このメリーゴーランドですよ!そこいらのインチキメリーゴーランドとは訳が違います。このメリーゴーランドは「カルーセル・エルドラド」という名前で、「カルーセル」は「メリーゴーランド」「エルドラド」は「黄金郷」という意味だそうです。1907年、ドイツのミュンヘンで名工といわれたHugo Hasseヒューゴ・ハッセの手によって造られたヨーロッパ各地をめぐった後、かの有名なアメリカの遊園地コニーアイランドへ渡りその「スティープル・チェイス・パーク」が閉鎖された後1971年より豊島園で稼動しているとか。現在稼動しているメリーゴーランドでは世界最古の物と言われているそうです。アルファでもハーレーでも1907年がどんな時代だったかを考えればこのメリーゴーランドに今でも乗れることがいかに凄いかわかりますよね!!ね!ね!わたしは看板の前でその歴史にわなわなと心が揺さぶられました。壊れたから・・採算がとれないから・・・といとも簡単に歴史的な建造物や建物をバッカンバッカンと壊しまくってきた人たちにこの回転木馬の油でも煎じて煮え湯にして無理矢理口に流し込んでやりたいと思いましたよ。わたしは。いまでも300円を払えばこの約1世紀前の歴史的な回転木馬に乗れる贅沢。いやはや・・やるじゃん!としまえん!と私は叫びつつ、としまえんを後にしたのでした。
March 16, 2005
新聞は取ったり取らなかったりする。いまはとっている時期で、朝の30分ぐらいの間に目を通す。元々テレビも新聞も素直に読む方ではないのでおおむね社説を読んでもコラムを読んでも、え?そうかああ?と批判的な感想を持つ日が多い。ところが最近3日に1回ぐらい読売新聞のコラムには頷くことがある。今朝は東京大空襲についてのコラムに頷いた気がする。それにしても社説は酷すぎる(笑)まあもう少ししたら今度は朝日だ。読売でも朝日でも似たようなものだが・・それにしても先日友人がブログの中で>マスコミの影響で、健康という病名に冒されている人が多い。と書いていたが、同じく高齢化社会の不安という単語におびえを誘うビジネスや話も目につく。朝からうんざりした気持ちになるだけでも充分新聞を止めるに値するのだがそれでも時々、おっ!と思う記事がある。ネットや図書などの選定ははじめから自分の趣味や主観で選定した情報しか入ってこなくなるのである意味情報の偏食になってしまう。いつもおきに入りの曲ばかり聴いているとたまにFMから流れてくる未知の曲に心を奪われるような事が新聞でも時々はある。教育分野の記事も、自分では気にする領域ではないのだが今朝は、「論理エンジン」と単語に目がとまった。どうやら出口汪氏というカリスマ受験講師の方が提唱している勉強法らしく、例題ではある文章が載っていて、そこから主語と述語だけを選べという内容だった。いまさらなにかに受験するわけでないが、なんだか楽しそうな勉強ができそうな気配濃厚だ。【楽天ブックス】出口汪のメキメキ力がつく現代文(ライブ5)
March 10, 2005

アルファロメオの小物屋さんで以前パネライ製の価格も安くてデザインもよさげな腕時計をみたのが最近では一番食指が動いた例(笑)パネライにしてもジラールペルゴにしてもいいなあと思うとすぐ50まん!とかしちゃうのでまあないな・・買うことは・・(笑)
March 10, 2005
車はアルファロメオバイクはハーレーロードキングカメラはライカとくれば当然時計も好きなんでしょ!??と尋ねてくる人が多いがはっきりいえば腕時計は目下のところどうでもいい(笑)今まで10万を超える時計なんて買った事がない。ましてや数百万もする腕時計なんてただ驚くばかりだ。よほどの金持ちにでもならない限り生涯数百万もする時計はかわないだろう。そんな金があるなら先にオートバイか車かカメラに使うはずだ。だいたいそんな高額なモノを見につけていたら落ち着いてツーリング先で露天風呂にも入れないではないか。(笑)いままで買った時計で一番価格的に高価だったのは20代の頃に買ったタグ・ホイヤーだけだ。なぜか無性に欲しくなったのだが今から考えると特に理由はなかったのだ。現在している腕時計はカミさんが誕生日プレゼントに買ってくれたルミノックスの腕時計。たしか5年ほど前?に買ってもらった。今でこそ日本の代理店もあるし楽天でもなに!いまこんな価格だったのか・・のルミノックスよ!って感じでかなり安い。当時はモノマガジンの通販で3~4万はしたような気がする。ちなみにNAVY SEALSだ。200mと書いてあるので200mの水深までOKなのだろう。考えてみると200mはおろか通常は20mの水深までいく機会はない。プールでも2mの水深のプールには長いこといってないなあ(笑)時計はもはや実用品としてではなく完全にスーツなどと同じファッションアイテムなのだと思う。携帯電話で時刻はわかるのでとりあえずケータイを忘れると不便だが腕時計はしなくても平気だ。最近はなんとなくまた腕時計をしているが一時期はしばらく腕時計をしていない時期があった。と書いてみたがもちろんお金がざくざくあれば欲しい時計はいくつかある(笑)たとえばパネライ。あるいはジラールベルゴ。ディティールで言えば茶色い革ベルトで少し丸みのある表面にシンプルな文字盤。ヘリテイジなムードが漂う大人な時計が欲しいなあとは思う今日この頃である。
March 10, 2005
久しぶりにCG誌(カーグラフィック)を買う。表紙はポルシェだ。メイン特集である最新ドイツ車試乗記事に興味はない。ベールを脱いだマツダロードスターもやや気になる。フェラーリ美術館のオーナー松田さんが美味しい蕎麦を食べに行くという記事は正直やや気になった。だが今回CGを買ったのは別にある。タイトルに「飛来したイタリアの国宝」とまで書かれたアルファロメオ ティーポ 1900 C52 ”ディスコ・ヴォランテ”2000のDVDが観たかったからだ。円盤。しかも20世紀半ばに予想図でみたような円盤。まさに言い得て妙なネーミングである。造形もアルファロメオらしい妖しさとわけのわからない魅力に満ちている。DVDの長さは15分ほどだが、実際のエンジン音や走行シーンが収録された内容は個人的にはかなりうれしい付属DVDだ。ミッレミリアのシーンはもっとたくさん観たかった。しかも後半には、あのカーグラテレビ放映で慣れ親しんだ古谷徹氏の声で解説を聞くことができる。我々スーパーカー時代では、星飛雄馬。もう少し若い世代にはアムロの声優だ。いまアルファに乗る友人たちの多くは同世代に多い。いずれも子供の頃にあの空前のスーパーカーブームやサーキットの狼で生まれ育ち高校生の頃はバリバリ伝説やテレビではカーグラを観ていた世代だ。わたしが4駆好きになったのも子供の頃に放映していた30分ドラマ・ラットパトロールのJEEPの影響が大きい。いまの子供たちが大きくなった頃に果たして趣味としての車文化はどこまで育つのだろうかとふと心配になってみたりもする。まあそれはともかくいつもアルファロメオの往年の名車たちの画像や映像を見るたびに思うのは実にあの造形と赤いボディがよく似合うという事。曲線に反射する赤い色は躍動感と情熱にあふれている。そしてひときわ映えるのがアルファロメオのエンブレムや随所のエンブレム。ほれぼれする美しさだ。エンジンルームは往年のレシプロ飛行機を彷彿させる。ヴェリアのタコメーターの動きにため息が出る。タイトルの「飛来したイタリアの国宝」とは実に的確な表現であることをこのDVDを観れば納得するだろう。
March 9, 2005
友人のアニキブログからのトラックバック一項目一品主義という言葉が文中にあったので反応してしまった。思えばわたしはモノ好きでいろいろ買っては失敗を繰り返してきたが最近になってようやく一項目一品主義に落ち着いてきた。まずは車だが、一時期2台の4輪車を所有していたが結局乗るのは1台なのでいまのアルファロメオ1台に落ち着いている。特に欲しい車やどうしても買い換えたい車はない。全くない。と断言できる比率に限りなく近い。次にオートバイはシングルから2スト・4ストカウル付きからオフロードバイクまで様々なジャンルを乗り継いできたが、97年よりいまのハーレーその名もロードキングに落ち着いている。名前が王道であることも気に入っている。バイクに関してもわざわざ買い換えたいオートバイはどこにもない。全くない。多少は気になるオートバイがあってもすぐ消えてゆく。これもまた全くない。と断言できる比率に限りなく近い。車・オートバイ以外にわたしの所有物で最も変遷が激しかったのはカメラだ。元々コレクターではないのだが一時期は危うくコレクターレベルになりそうだった。コレクターを否定しているわけではないのだがわたしの場合は、精神衛生上同じ目的の道具が複数所有していると、なんだかとてもよろしくない状況であることが判明している。ちなみにこのカメラの領域も、1990年代初頭にライカM6を入手して以来、一項目一品主義の銀塩カメラの領域はこれ一台に落ち着いた。確かに時々M3が欲しいなあ、あるいはフォクトレンダーもいいなあとか思うが、結局のところ買うほどのレベルには到達しないのである。ニコンのF3システムもヤフオクで売却したので結局のところいま手元にある銀塩(フィルムを使用する)カメラはこのライカ1台である。恐らく生涯、サントリーの山崎のCMコピーのように銀塩カメラにおいては、なにも足さない。なにも引かない(笑)と思う。デジカメは?EOSキッスデジタルは?IXYはどうした?と指摘されるだろうが、あれは銀塩カメラではなくデジカメだ(笑)デジカメはカメラというよりレンズ付きの小さなPCのような存在なので今後も、いずれかの機種に落ち着くことはないように思う。落ち着く時はかなり技術が成熟し、落ち着けるだけの商品が市場に出回る頃だ。相変わらず他品種大量生産が根底にあり過去のブランド力だけに頼っているメーカーは将来つぶれると思う。いろいろな分野で一項目一品主義、あるいはオンリーワンの気持ちよさを一度知ってしまうとコレクターが趣味です!という人を除いては、まさにオンリーワンな商品しか生き残れなくなる。製造メーカーの仕組みは人が喜ぶモノ・欲しいモノを企画して設計して製造して販売し、その利益を元に次の商品を生み出す。白物家電が三種の神器と呼ばれた時代にはそれらの道具は、ない状況に比べるとまさに神業的な効率のよさで仕事をこなし、時間という有限な利益をユーザーは得ることができたがいまの日本製品には、もはやあれがないと後戻りできないほど生活に密接した製品はほとんどない。もしあげるとすれば、携帯電話やPCなどの通信手段だろう。家電品の多くがそのモノそのモノがなにかの仕事をこなす道具であったのに対して、携帯電話やPCは、メールやインターネットという通信をすることにより初めて、モノが道具として機能するウェィトが高いのである。話が違う方向にそれてしまったがこれからの時代。一項目一品主義な人は増えてくる。本物を見抜く目がユーザーの多くに備わってくると多少の価格差では売りにつながらなくなり、目先のオマケや表面的な装飾は見破られてしまうだろう。個人差。主観や使用目的により差が出てくるので従来の手法。ユーザー動向や意見のデータを元にすべてを最大公約数的に網羅した商品は売れなくなってくるのではないかと思う。そしてその突出した項目で売れるのは本物の一品という時代になる。1位の商品だけが売れて2位以下は大差なく売れないという事になる。わたしが今使用しているソニーエリクソンのドコモのケータイは大変満足している。大げさな言い方をすればもうしばらくこれでいいや!と思えるほどの満足度だ。その前に使用していた同じソニーエリクソンのドコモ・ケータイと比べるとまさに地獄から天国ほどの差がある(笑)大きくて操作性は悪くなかったが、ケータイを常時携帯するにはあまりに分厚く大きくて、肝心のカメラ機能もレンズの暗さ故にお粗末であった。それと比べるといま使っているケータイは同じメーカーながら、限りなく小さくていつでも携帯できる。まさにケータイ電話の主目的にもっともシンプルに追求しているのである。反面キーは小さくて押しづらくメールも打ちにくい。流行のカメラもついていないが、ケータイのメールは使わず、カメラもIXYを常に携帯しているので特に不自由はない。ケータイ電話の電話機能だけを求めていたユーザーにとってはほぼ100%に近い満足度なのだ。もちろん全てのユーザーがこう言ったタイプを求めているわけではないし、むしろそう言ったユーザーは全体の中でも少ないかもしれないが今後生き残って行く製品の一端を見た気がする。ドコモ以外では、最近おおきなボタンのかんたんなケータイも出ているがあれも同じで、その項目(ユーザー領域)の中でのベスト商品であることに間違いない。より1位となる売れる商品を生み出すにはどうすればよいか。それは別の項目。今までにない項目を新設することだ。SONYのウォークマンが世に出て売れた時は、ウォークマンという項目を生み出したからだ。同じく今、iPodが売れているのもiPodという新しい項目であるためにヒットしたのだと思う。
March 8, 2005
昨日書いたブログに関して友人がコメントをくれた。悩ましい選択肢があり、ロジカルな方法で最終候補を選んだ場合は後悔の度合い、リスクが少なく大きな後悔をしないけども大きな後悔は、後に大きな喜びに転じるという話。最終的にはインスピレーションで選ぶと選択する行為そのものも賭のようで面白いと。重要な事を決定するにはなるべくリスクが少ないものを選ぶべきだが、ローリスクはローリターンでしかない。金銭的な世界なら当たり前の話だが、多くの場合は職業にしても衣食住にしてもなるべくローリスクな選択をしてしまうだろう。もちろん後で失敗したなあと思っても結局自分で理由づけすなわちいいわけをして取り繕ってしまう。ロジカルな選択方法で選ぼうとすれば様々な条件をポイント化、数値化してその総合得点で決めるしかないのだが、それによって決まったデータには肝心な主観データが欠落している。ロジカルに選択した客観的な選択には本人の価値観、最終的にどれほど満足するかうれしいさ、ワクワク、ドキドキ、という感受性の領域や心の指数が含まれていない。そしてこの領域は土地や有価証券などの資産のように金銭換算したり、あるいは血圧のような数値データを得ることができないので目に見えない。そのためにおごそかになってしまいがちだ。この主観なきデータから得られる結果は、結局のところ退屈でしかなく。その退屈さとは、精神的な負債でしかない。データから得られないデータをどう得るか。これは結局自分の五感が動員された直感・インスピレーションでしかない。私論だが、この直感は男性よりも女性の方がはるかに優れているような気がする。子を産み育てる母親としてあるいは、子孫繁栄のための生物上の雌として備わっているのかもしれない。よく、男からみれば博打に明け暮れ女にだらしないどうしようもない男でも、妙に女性にもてる奴がいる。逆に、男らしくて仕事もでき、収入も安定してまじめなやつなのになぜもてない?と思うやつもいる。生理的に受け付けない!という表現を女性の方はよくするが、あれも理由はとにかくなくてインスピレーションでキライ!という現れだ。それが正しいか間違えだったかは別としてとりあえずインスピレーションでかわいい!とか、キライ!とかを子供のうちから判断するのかもしれない。いやもしろ正しいとか間違いとかの基準そのものも社会的な常識や良識に基づいて第三者的な立場で言う客観的な立場にすぎないのでそもそも幸か不幸か、正しいか間違いかなども全て主観でしかないのだ。ろくでなしの男に限って、いつまでもなんとか面倒を見ようとする女性がついていたりする。たいがいは周囲からあんな男とはとっとと別れてしまいなさい!なんていう友人が登場する。というシーンをドラマなどでもよく見かけるが、当事者にとってそうすることが幸せなのであれば余計なお世話なのだろう。最もらしい常識や良識ほど恐いものはない。辛かったりきつかった仕事ほど達成感があったり、テントの中までびしょ濡れで、寒くこごえながらシェラカップで食べたチキンラーメンの方が、高級旅館で食べた懐石料理のメニューよりも記憶上では遙かにエキサイティングで楽しかったりするのとよく似ている。あるいは新幹線で行く旅行とオートバイで行くツーリングも然りだ。快適で確実なものが、危険で快適でないものよりも必ずしも価値があるわけでないことは、オートバイやオープンカーが好きな人ならばわかると思う。一般的にはなにもかも平均的以上にこなす事や物が日本では評価が高い。なにかが決定的に魅力があっても他が犠牲になってしまうと敬遠されるのである。ものごとの真理にはトレード-オフが存在すると思う。たとえばお店でいえば、安くて美味しくて高級感があるきれいな店内でボリュームもあって愛想もよくて大勢一度に店内に入れてしかも空いていて(笑)・・・とそんな理想のお店なんてありえないのである。高級食材で美味しい店ならば当然価格も高くなるし、また安くて美味しい店ならばいつも繁盛していて店内に入るには並ばなくてはならない。必ずトレードオフが発生すると思う。トレード-オフ [trade-off]とは一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の関係を指す語だそうだが、オープンカーの選択はまさに自動車選択におけるトレードオフだ。かなり前の話だが、車選びに悩んでいた実の妹の相談に電話でこう話した記憶がある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2シーターの場合二人しか乗れず、しかもバタバタと幌の騒音はうるさい。室内の小物などの盗難も不安材料だ。雨が突然降り出すと濡れてしまう。だがその引き替えとして、最高のワインディングロードを最高の季節の時に爽快に走り抜ける爽快感がある。たとえその快感が1年のうちに数回だったとしてもその感動をとるか?あるいは、将来結婚して家族ができても、毎日そこそこに全てをこなし少し退屈だけども便利で安い5ドアの中古車を選ぶか?。それは本人が最終的に決めることだ。と。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー実はわたしがユーノス・ロードスターに興味があったので無責任にも(笑)妹をその気にさせて、結局しばらくあとにユーノス・ロードスターのVスペを買ったという話を聞いた。トレードオフの悩みはまさにジレンマだらけだが、最終的にはインスピレーションという結論しかないのだと思う。
March 5, 2005
選択の悩みがあるとき、結局決まらなくて、あの手、この手と表にしてみたり消去法や得点方式で決めようとしてもその表の作り方次第ですぐ逆転しまうような場合ってはやい話が決定打に欠けているんですよね。ただこれだけの事なんですね。ものを買ったりするときや、重大なことを決める時って最終的にはリストとかポイントとか長所・短所のようなチマチマした内容というよりももっとこうでっかいおおきな直感というかインスピレーションのようなこれだ!と思えるなにか強烈なあたり。あるいは決定打!そういえば車をアルファロメオに決めた時もその日の朝まではロジカルモードで総合ポイント評価の高いポロを買う予定だったのにその日の夕方にはなぜかアルファロメオの契約書にサインを・・(笑)なにかフォースのちからを感じたのでした(そういえばアルファってダースベーダー系だもんね。ちなみに147のビアンコのリアビューは兵士に似てます)ふと思った独り言でした。ぜんぜん話は違いますが・・え~昨日のホリエモンの読書感想文を書きましたがその続き。仕事の質は「集中力×時間」で決まる!という文がありこれはなるほどと思いました。ここからはわたしの解釈ですが、以前どこかで聞いた(たぶん楽天関係?)一橋大学の米倉教授の話をヒントにこの集中力の話を拡大解釈します。その前のこの米倉教授の話はノリの話でした。これからの時代はノリの悪いやつはだめだよ。仕事でも会社でもノリがよくないとね。ノリのいい奴は1.1の反応をする。ノリの悪い奴は0.9の反応をする。ノリのいい奴ばかり集まると1.1×1.1×1.1×1.1×1.1×1.1×1.1×1.1×1.1×1.1・・・どんどん数が膨らむけどこれとは逆に、のりの悪いやつらが集まると0.9×0.9××0.9×0.9×0.9×0.9×0.9×0.9×0.9×0.9・・・どんどんマイナスになってしまう。この話が印象的でした。この話を集中力の話におきかえると集中力があるときを1.2~1.5集中力に欠けるときを0.8~0.9だとすれば集中力1.5×5時間で、7.5の仕事の質が得られるけれど集中力が0.9だと8時間働いても7.3しかないんですね。いまの日本の会社って原則的に8時間労働というはじめに時間ありきみたいな尺度が根底にあるし、一概に尺度で算出できない仕事もあるだろうけど一律1×8ではなんだか日本全体の生産能力の質が無駄に流失しているような気がしてなりません。中には2×4や8×1時間でできる人も多いはずですしね。あーなんだかよくわからない話になってきました。以上今日の独り言。
March 3, 2005

いま世間を賑わしているホリエモン。滅多にテレビをつけない私ですら、あれだけ見かけるのだから相当の視聴率が稼げるのであろう。以前のロン毛時代のホリエモンを私はみたことがないのだがその時代を週刊誌などでみたことのある人の話では生理的に受け付けない。あるいはキライとの意見が多い。良かれ悪かれ、好むと好まざるとにかかわらずこれだけ世間に登場する男の意見をテレビのようなメディアではなく活字として読んでみたくなった。たまたま書店で目につくところに文庫本があったので他の本と合わせて買う。いわゆるマスコミ報道をみるかぎり、お金さえあればなんでもできる。金こそすべての守銭奴扱いだが(笑)実際に自分に都合の悪い報道をするマスコミもないだろうからいっそ本人が、どのように考え、どのようなビジョンで生きてきたかを知るには本人の著書をひとまず読んでみた。ライブドア社長の著書を、楽天ブックスで、ソフトバンクパブリッシングで・・・ってなんだか時代ですなあ(笑)とりあえずわたしが買ったのはハード本ではなく文庫本です。内容的には過去の職歴と仕事術。まあ言ってみれば予想通りのサクセスストーリーではあったが下手なビジネス本や啓蒙書よりも遙かに面白かった。とりあえず実践しているからだろう。その日の仕事はその日のうちに・・仕事は集中して効率よく・・人間が集中できて効率のいい時間なんてせいぜい数時間。睡眠はたっぷりと、徹夜や長時間労働は効率が悪い・・どんなに忙しくても休日はとる。・・・等々のあたりまえの話ではあるが、私が常々思っていることと共感することが多かった。仕事ができない奴に限ってもう○日も徹夜だよ~♪とか睡眠時間は最近2時間とか、さも武勇伝のように言うがこの事を的確に指摘していた。また最近はやりのパワーポイント等のソフトもライブドアでは使用しないそうだ。MLやメールのテキストで充分伝わるものをわざわざたいしてよくもない体裁ばかりを整えて肝心のプレゼでは意図が伝わらなければ確かに本末転倒である。マスコミの言う「マネーゲームは許せない」という表現は株式の世界にいない私にとっては不思議な言葉だ。たとえば「人生はゲームだ」というような広義な意味でとらえるならばそもそも資本主義社会はゲームのような仕組みではないか?。バブル経済を経験した日本そのものがまさに大きなゲームをしていたのではないか?いやアレとコレは違う。というのならばその違いが私にはよくわからない。読み終えたわたしは特別ホリエモンのファンになったわけではないし、今回の件はどうなろうと多くの庶民(まっ、わたしですな)には関係のない話ではあるが、テレビ・新聞・ラジオといった巨大マスコミの流す情報だけを鵜呑みにするわけにもいかないという方には読んで面白い1冊である。
March 2, 2005
全14件 (14件中 1-14件目)
1


