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6月のはじめから都内のマンスリーマンションで生活していた長女が、今日帰ってきた。家内と次女が、車で長女の学校まで行って鍵を預かり、マンションから荷物を運んできた。長女は授業を受け、後から電車で帰って来るという。「何だか、これっておかしいわね~。」と、不満げながらも、雨の月末の大渋滞の中、二人は都内まで行ってきた。夜は次女がアルバイトしている、市内の焼鳥屋さんで、電車で帰ってきた長女と家内と3人で食事。次女の言うところに拠ると、「私って、かなりてきぱきと仕事していると思うよ。」となるのだが、私達のテーブルに注文を取りに来たり、オーダーの連絡を取り合っている姿を見ると、少し、はてなマークが付いてしまう。このお店、新感覚のメニューがあり、味も美味しいのだが、どうも私は普通のものを普通に食べたい。お店を出た後、嫌がる家内と長女に付き合ってもらい「銀次」の月見山かけとホッピーを一杯飲んできた。今、土曜日の夕方にこの日記を書いているのだが、娘は相変わらず早く出て遅く帰ってくるので、木曜日の夜以来娘と会っていない。私には、都内のマンションだろうが自宅だろうが、長女とは疎遠である。
2005.06.30
久しぶりに1.5ラウンドのゴルフをした。朝から雨が降っていて、今日は中止にしようという電話が来るかなと思ったが何もない。心配で、迎えに来てくれる人に電話をしたら、「今日は予定通りと言うことで・・・。」フェリーの中でも、ゴルフ場に着いてからもずう~と雨。スタートホールから3ホール目までぐらいは小降りだったが、後はほとんど雨中のゴルフだった。昼食中に雨が上がり、後半は小降りの中だったが傘をさしたりささなかったりの中でプレーだった。最後のホールで完全に雨が上がったら、メンバーの一人が、「もう一回行こうよ。マスター室に聞いてみて。」と言う。マスター室に聞いたら、オーケーが出たので後ハーフ、ゴルフをしてきた。今日のメンバーの二人には昔時々誘われたが、行くと1.5Rは当たり前。時間が許せば2R回った人達である。私はいなかったのだが、ある時土砂降りの雨で、プレーしているのは一組だけだったらしい。わずか4人のために、ゴルフ場ではレストランを開け、お風呂を沸かし、全てのスタッフを揃えなければならない。「昼飯の時は冷たい視線を感じたよ。」なんて笑い話をしている人達である。その人達と今月、もう一回ゴルフに行くことになった。今度は自分でカートを運転して、セルフで回る。第1組でスタートすると最短1時間半で回る人達だ。出来るだけ早いスタートを取ると言う。2ランドは覚悟しよう。
2005.06.29
今日は横須賀中央駅のそばの本屋に「散歩の達人」を買いに行き、その本をぶら下げて、特集「横須賀ホッピーの泉」に載っていた、「興津屋」「鳥好」に行ってみた。この二店はまだ入ったことがなかった。「興津屋」では男性2名女性2名のグループがカウンターで飲んでいた。また別のカウンターでは若い男性が一人。その他3人のお客さんがいたが、女将さんとのやりとりで常連さんと分かる。一人で来ていた若い男性が、店を出る時明らかに「散歩の達人」の記事と分かるコピーを見せながら、4人グループと話していた。この人達も私と同様、「散歩の達人」を見てやって来たのだろう。次に「鳥好」。鳥皮のみそ煮が美味しかった。この2軒で軽く切り上げるつもりだったが、「Chama's」のマスターの顔が見たくて、寄ってみた。マスターに「散歩の達人」見たよ!と言ったら、「や~、お恥ずかしい。」なんて言いながらも、店の入り口にはさりげなく「散歩の達人」が置いてあった。55ホッピーを頼んだら、あれは限定品で、今はないという。ここは黒ホッピーも置いてあって、家内と行く時など普通のホッピーとハーフ&ハーフにして飲んだりする。マスターの作る料理は何を食べても美味しいので、お腹が空いた時などお任せで出してもう。今日はもうお腹が一杯だったので、「トマト味で、さっぱりして、量が多くないの」と頼んだが、まさにこんなのが食べたかったというのが出てきた。久しぶりだったので、話が弾んでいたら、さっき「興津屋」に居たグループが3人で入ってきて、私の隣に座った。話しかけてみたら、「散歩の達人」のスタッフで、今日は取材のお礼で各店を回っていたのだという。そういえばライターの女性は「ホッピー仙人」で見かけたことがある。私が帰る頃には、女性2名だけが生き残っていた。横須賀ホッピーのお礼回りは厳しかろう。
2005.06.24
昨日ホッピー仙人にいたとき、はくぶんさんが「散歩の達人」という雑誌を見せてくれた。そこでは「横須賀のホッピー」の特集が組まれていた。仙人の話しでは、ホッピー仙人に集まるお客さん達が横須賀ホッピーツアーをして、それを自分たちのブログに書いているのを参考にしたらしい。と言うことは、ホッピー仙人に集まる人達のブログは注目の的?その中でも特に嬉しかったのが、私が紹介したお店が取り上げられていたことだ。私が取り上げたから、雑誌に載ったという程うぬぼれてはいないが、私の話を聞いて、行ってくれた人がいたのは確かである。マスコミに取り上げられることが全てではないが、少しでも注目を浴びるようになり、お店のためになるなら、これほど嬉しいことはない。
2005.06.23
ホッピー仙人の通常営業が今週の月曜日から始まった。本来であれば休みの前日である火曜日に来るはずであったが、地元では市長選の真っ最中。劣勢が伝えられる、県議一人と市議三人しか支持されぬ候補の応援に駆け付けるという、急な用事が入ってしまい、水曜日に来ることになった。水曜日はjayさんや、せっちゃんが必ずのように顔を出すので、それも楽しみだ。ただ翌日が仕事なので、気持ち的にゆっくり出来ないのが難点である。今日もホッピー仙人までの間に2軒程回ったので、ホッピー仙人では1時間程で帰るつもりであった。なのに気がつけばすでに閉店時間。ひろたろうさんが、間に合って良かったと言いながら入ってきたので、時計を見れば、もう閉店時間の10時である。でもこの店は本当にくつろげる店だ。入れ替わりのお客さんがすべて知った顔で、話題も共通のものがある。数ヶ月ぶりで会った人達とも、毎日会っているように話が弾む。帰り道、家内と「やっぱり仙人の人柄と、お客さんの人柄だね」と確認しながら歩いた。一月も休業されると、ホッピー仙人のありがたさがしみじみ分かる
2005.06.22
娘達が中学生だった頃であろうか。私は甚平が気に入って、夏の夕方はいつも甚平に着替えていた。祭が近づいた夏のある日、私はいつものように甚平に着替えて、晩酌を通り越してすっかいり酔っぱらった状態で、近くの町内会館でお囃子の練習をしている娘達を見に行った。酔っぱらいの常として、自分のみっともなさには気がつかない物だ。私は目はとろ~んとして、赤ら顔で、顔中の筋肉が弛緩しているような状態で、見るからにだらしない酔っぱらい状態だったらしい。しかも着ている甚平が、胸をはだけ、見るからに見苦しい状態だったようだ。お囃子の練習を終えて帰ってきた娘達が、もうすでに酔っぱらって眠っていた私に代わって、家内を責めたらしい。「何であんなお父さんを来させたの?」「あんなだらしない格好させないでよ!」それ以来、甚平が着にくくなって、ほとんど着ていなかった。ところが先週の父の日に、娘達がお金を出し合って買ってくれた父の日プレゼントが甚平だった。私にとって甚平は鬼門だと思っていたのだが、プレゼントが甚平というのは実に微妙である。娘達が大人になって、甚平を着たがる私に配慮したのか、もう親離れをして、オヤジがどんな格好をしても気にしないという意思表示なのか?取り敢えず甚平を着る時は、居住まいを正し、姿勢を正しく、懲罰動議など出されぬように着なければいけないと身構えている。
2005.06.21

ヤマホウシの芽がどんなになるのか、毎日の楽しみになってしまった。狭いベランダでも、変化があると世界が広がったような気がする。また2週間ぐらい経ったら、同じ場所を写してみよう。
2005.06.20

私の家のすぐ近くに、町内の神輿小屋がある。大、中、小の神輿や、引き太鼓などがしまってある。そこでもう今年の祭の準備が始まった。祭礼は9月の第二土日だから、まる三ヶ月も前である。いつもは町内会館に御神輿を運んで作業するのだが、今年は都合で町内会館が使えないらしい。そこで近くにある我が家から電気コードを引っ張っていって、神輿小屋で作業をしている。何故そんなに早くからとお思いだろうが、私の街の祭礼は神社の御神輿の渡御より、付け祭である氏子町内の連合渡御の方が派手である。氏子三十町内ぐらいが山車と町内神輿を繰り出し、特に本日(ほんび)の日曜日の午後6時過ぎからは、各町内の山車や神輿がそれぞれに灯りを点けて動き出す。それが実に綺麗で、それを目当てにお祭りを見に来る人も多い。私の町内の御神輿御神輿好きの神輿保存会の人達は、よそのお祭りに出役と言って、担ぎに出かけたりしながら、毎週の休みを祭礼の準備に当ててくれる。本当に頭の下がる思いだ。
2005.06.19
もう20年程前になるが、初めて家を買った時、庭に株立ちのヤマホウシを植えた。昔から雑木林が好きで、庭を雑木林風にしたかったが、イメージ的には株立ちの落葉樹が沢山ある林である。雑木林というのは、人が手を加え続けた林であり、木を薪などに使うために根元から切ると、切り株の周りから新しい芽が沢山出て、それが株立ちの姿になるのである。近くの造園業者に行った時、まさに求めていたような姿をした木があって、それがヤマホウシだった。数年後近くに家を建てて引っ越しをしたが、その木は移植して新しい庭に植えた。また数年して今の家に引っ越してきたのだが、今度は庭のない家である。ベランダを広くしたのだが、あのヤマホウシを持ってくるのは無理であった。鉢植えに出来るような株立ちのヤマホウシを探したが、なかなかイメージ通りの木が見つからず、近くの花屋さんに要望を伝えて探してもらった。ありました、といわれた持ってこられたのはだいぶ私のイメージとは違っていたが、大きめな鉢に植えてベランダに置いた。結局数年放置状態で、株立ちの一本は鉄砲虫にやられて枯れてしまった。そのベランダの植木達を、風水に目覚めた家内がいじりだした。鉢の雑草を抜き、枯れた枝を大胆に切り落とし、鉢の場所も移動した。そうしたらどうであろう。今頃になって、幹の中頃や下の方から次々と新芽が出てくるではないか。今は毎日が感動で、こんな所からまた芽が出てきたよと、家内と新芽探しを続けている。もう鉢の中は根が回っていて、土も取り換えてあげねばならないだろう。今年の秋は植え替えと剪定で、ヤマホウシを理想の姿に作り変えようと、今から楽しみにしている。
2005.06.18
昨日から、家内は所属している会の、何周年かの記念旅行で愛地球博に行っている。この会が今年の春に香港に研修旅行に行ったのだが、研修旅行だと念を押したにも拘わらず、旅行会社が持ってきた旅行プランの名前が「香港満腹グルメツアー」「研修旅行だと言っているのに、こんな名前を付けるなんて信じられない!」と家内は憤慨していたが、会員の要望を聞いていたら、自然にこんな名前が浮かんできたのだろう。研修旅行にこんな名前を付ける旅行会社が悪いのか、研修旅行といってもこんな名前を付けられてしまう会が悪いのか。今回の愛地球博は純粋にお遊びの旅行なんだろう。でも家内の歳でも若手である。添乗員も付けない40人弱の女性ばかりの会で、しかも役員をしている彼女がどういう役目を期待されてるかは想像に難くない。まあ、どんな場面でも必ず楽しんでくる家内のことだ。小間使いさせられながらも、どの様にしたたかに反撃しつつ楽しんだかの話しを、今晩ゆっくり聞かせてもらう事にしよう。
2005.06.17
家内が風水の本を読んで、家中の片付けを始めた。大量の物を捨てて、家がスッキリしたが、部屋が片づくと何か飾りたくなる。ということで、先日ハイドロカルチャーに植えた小物の観葉植物をいくつか買ってきた。下の娘もハーブの寄せ植えなどして、満足げである。それから数日経ったある日、トイレの棚にそのうちの一つが置いてあった。我が家のトイレは暗い廊下にわずかな明かり窓はあるが、扉を閉めるとほとんど真っ暗状態である。私は植物は光合成によって生長する物と信じているので、暗がりに置かれた植物が可哀想で、中から取りだして部屋の窓の近くに置いておいた。それを見た家内が、「風水によれば、トイレに植物を飾るのは良いことなんだから余計なことはしないでよ。」と言うではないか。風水であれなんであれ、間接的でも植物が太陽光を喜ばない訳はない。暗闇に植物を置くなんて自然の摂理に反することである。その会話のすぐ後にたまたま家内がトイレに入ったので、トイレの灯りを消してあげた。家内が「何するの!」と叫ぶので、「これで観葉植物の気持ちが分かったか!」と言ってあげたが、風水ではこれが良いとかいいながら文句を言っていた。でもそれ以後トイレに観葉植物は置いてない。先日都内のマンスリーマンションに住んでいる長女が帰ってきた時に、家内がそのいきさつを話しているのが聞こえた。「トイレの灯りを消して、こんな馬鹿なことを言ったのよ、信じられないでしょう?」娘は何故か、「お父さん、最高!」といって喜んでいる。「あれから、お母さんトイレに観葉植物を置く気がしなくなってサ~。」自然に対する畏敬の念が家内に通じて、本当に良かった。
2005.06.16
昨年の今頃、家の近くでホトトギスの鳴き声を聞いた事はブログに何度も書いたが、今年も5月の終わりから鳴き続けている。昨日千葉県の金谷港から10分程で行けるゴルフ場に行ってきたが、そこでもホトトギスのつがいが飛びながら鳴き続けていた。今頃の房総半島のゴルフ場はどこでもホトトギスが鳴いている。家内に「東京特許許可局と鳴くんだよ」と教えてあげたが、そうは聞こえなかったようだ。だが、あるホールでティーショットを打とうと構えながら、「今言ってた!」と叫んでいた。余裕なのか、集中していないのか。そのティーグランドからは、東京湾を挟んで横須賀の東電久里浜火力発電所の煙突が見える。ホトトギスにとって浦賀水道を間にした三浦半島と房総半島はほんのお隣なのだろうか?秋には房総半島から三浦半島の武山に渡ってくるタカの群れが有名だが、インドシナ半島やフィリピン、ニューギニアなどから渡ってくる夏鳥にとって、東京湾など海ではないのだろう。開発が進んでしまった三浦半島よりは、房総半島の方が野鳥にははるかに住みやすいに違いない。それでも宅地に囲まれてしまったわずかな緑の周りで、今年も鳴き続けてくれるホトトギスに、頑張れと声援を送りたい。
2005.06.15
昨年の夏は長女が免許合宿で3週間あまり山形に行っていた。今年の4月は次女がやはり免許合宿で新潟に行っていた。その期間家内はかなり寂しそうであった。家から通える範囲で一番遠くの大学に通うことになってしまった長女が、下宿させて欲しいが、それが無理なら試験や部活で忙しい6月だけでも学校近くのマンスリーマンションに住まわせてくれないかと申し出てきたので、今日から一月だけそれを許すことにした。その引っ越しが今日で、私の休みの日である。長女は当然私が車で荷物を運ぶことを想定していたらしいが、私は貴重な自分の休みがそのようなことでつぶされるのはまっぴらである。娘にはそう公言していたのだが、別に予定は入っていなかった。でも仲間からゴルフのお誘いがあった。一応家内にはお伺いを立ててみたのだが、ここの所遊び歩き過ぎていた家内は一度に借りが返せると思ったらしく、是非行ってらっしゃいという。そこで家内は娘のお供、私はゴルフの一日になった。夕方家に帰って来ても家内は娘の所で留守である。私は久しぶりに中央酒場に出向いて、ホッピーを飲みながら入院中の「ホッピー仙人」の仙人から頂いたメールに返信を打っていた。娘達は順調に親離れしているようだ。家内はそうはいかないようだが、私は上手に子離れしているように思える。娘の結婚式でボロボロ涙を流す父親にだけはなりたくないのだが、今のところ大丈夫そうな予感がする。
2005.06.01
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