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「検査結果報告」検査結果は「以前より良好」でした。今日病院へ行き、その胃カメラ検査等をして来ました。以前の医師とは違ってましたが、それが返って、私には新鮮さを醸し出したような感じがした。そして、突然に楽天ブログの休止宣言をしたものの心配して頂いた皆様へ検査結果を何も連絡をせずに、ブログを休止するのも大変失礼な事と下記にご連絡。すい臓の方は、小康状態ですが、いつ炎症を起こすか、またすい臓の位置が普通の人と違うので、合併症を起こさないためにも、飲酒は絶対禁酒。3ヶ月前には脂肪肝も進んでいる事を指摘されました。今回の検査で、その脂肪肝がなくなってました。医師は中国でも脂肪肝の問題に始まり、肥満問題から始まる心臓病など十代で深刻な問題になっていると話す。その中で、食事療法だけで脂肪肝の治癒は大変なことと、この3ヶ月間の食事の内容を聞かれました。熱湯で全てのおかずの油の60%を取り除き、黒酢を付け食べていると話すと、そんな味気ないものは食べれないと、閉口していました。体重測定で78キロが63キロまでになっていたし、血圧も「154×118」が「112×75」までに下がっており、血圧が平均より相当低くなってますねとも言われた。高脂血症に関しては、採血をしたので1週間後に結果が出る。何はともあれ、体の方は、我慢と努力で回復に向かってます。それと、既に文章のない「タイトルと画像だけ」のブログを、始めましたが、画像のアップが早くて驚いてます。ブログタイトル「上海の街角から(徒然なるままに)」音楽を聴き、お茶でも飲みながら見て頂ければと思います。
2006.10.27
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「上海豫園旅情75(最終)」質問--鬼瓦は何の為に置いたのか?魔よけ・災いから身を守る・代々繁栄の三択。回答は「魔よけの為」でした。皆さんの回答のトップは「魔よけのため」でした。文献によると、どれも正解なのでした。最近、体の不調により、中国語の勉強ブログや、若者サイトまた「上海画像の更新」などなど・・。更新が滞っているのが現状である。特に、この楽天ブログの「上海画像の更新」では、画像の登録最中にエラーを起こし、登録できない。ゆえに、夜中2時からの登録に挑戦しても、思うようには登録できないと言う事態に陥った。体の調子の良い時ならまだしも、最近は目に見えて、疲れが残って、仕事にも影響を及ぼし出して来た。(豫園城隍廟の中は撮影禁止)中国のネット事情の問題でもあり、日本の速さとは、比べ物にならない。よくコメントを頂く広東省在住の、通りすがりさんも、そのような事を訴えていた。-------8月27日の日記から--------昨日2006年8月25日上海○○人民病院へ行った。胃潰瘍と膵(すい)臓炎再検査をする為である。78キロあった体重が、2ヶ月間で67キロまで落ちた。膵臓が再度炎症を起こせば、胃液の調整が出来ず、それにより成人病を併発し最悪死に至ると・・。確かに、この半年はネットでのイライラで、酒の量が倍増していた事は確かだった。----------抜粋ここまで---------(豫園城隍廟の干支の鼠)現在は、63キロにまでなってしまっている。ここに「禁酒宣言」を発表し、それにより、永らえた命で、自分の夢に向かって進めれば良いと、決断したが、決断までには1ヶ月掛かった。この禁酒宣言をしてから、既に2ヶ月が過ぎ、実際に、自主的に禁酒を始めて3ヵ月半が過ぎた。そして、再々検査の日が、あと5日と迫った。今度の検査は、体の全ての検査をする事になっている。私が加入している傷害保険より、年3回事故日・傷病名年齢やその処理方法が記載されているコーナーがある。(豫園城隍廟の干支の牛)死因のトップは、くも膜下出血などの脳出血と心筋梗塞突然死と交通事故死と自殺など細かく記載されている。最近は、30代の心筋梗塞やくも膜下も増えているし、自殺は20代に多い。ストレスによるものだろうか。いずれにしても、企業戦士が疲れ果て去って行く。私も、その中の一人にならないようにしたいと願う。そこで、突然ではありますが「楽天ブログの休止」を、ご報告させて頂きます。最近の更新状態で、この休止を感じていた人も居られたのではないかと察します。多分、私の事ですから、もっと手早く簡単に画像が、登録更新できるブログを始めると思います。(豫園城隍廟の干支の蛇)勿論タイトルと画像のみで、文章はなしです。文章は誤解を招き、その誤解が攻撃的な文章を誘発します。画像は、六十星宿あるいは本命星君と言い、すべての人々の干支それぞれに守神がいる。豫園城隍廟の中に作られた多くの武将たちの姿です。日本でも「干支」人形っていうのがあるそうである。ここ城隍廟でも「十干」と「十二支」の掛け合わせから、例えば甲戌(きのえいぬ)1934(昭和9)年 1994(平成6)年乙亥(きのとい)1935(昭和10)年 1995(平成7)年丙子(ひのえね)1936(昭和11)年 1996(平成8)年(豫園城隍廟の干支の狗)60年を周期で入れ替わっている。60歳は還暦である。70歳を古希、77歳を喜寿、80歳を傘寿、88歳を米寿と呼び、90歳を卒寿、99歳を白寿で、108歳を茶寿と呼ぶ。60年を周期で廻るが、干支と書くように「十干」と、「十二支」の組み合わせ60種類を干支と呼ぶ。この城隍廟での武将たちは60体ありそれぞれに、干支と十二支を組み合わせた名前が付けてあった。質問--家族か親戚に白寿の人いますか?居ない・居る・近所に居るの三択。(豫園城隍廟の干支の辰)-------長い間ありがとう御座いました。-------
2006.10.22
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「上海豫園旅情74」質問--祈りはどんな時に捧げますか?困った時・感謝の時・祈った事がないの三択。回答は「困った時と感謝の時」でした。皆さんの年齢は私も含めて、それなりの年齢に、なっているのではと推察致します。私が子供の頃に育った熊本阿蘇では、朝仏様に、ご飯とお水を持って行くのが私の当番でした。広い屋敷の奥に金ぴかの大きな仏壇が置いてあり、そこへ行くのが怖くて仕方がなかった。この年齢になってしまえば怖いと言うこともないのだが、あの頃の私は5歳から9歳と幼かった頃だった。また人一倍、純真な心を持っていたような気もしてならない。子供心にも、大人がご飯を捧げに行けば良いと思っていた。(豫園の事を城隍廟とも言う)しかし、真実は私の実母が乳飲み子の弟を背負って入水自殺。その不憫さから、私にその役目をさせていたようだった。だが、その当時はそのような深い意味も分からなかったし、理解する事も出来なかっただろう。人は神代の昔から、人の死を見送ってきた。その数は天文学的な数字になるのではないだろうか。私も色々な人の死を見送って来た。しかし、私は僧侶ではない。ただの名も無き20世紀後半から21世紀初頭に生きた者だ。私は3歳半の子供にして母親の死を思い知らされたが、悲しくて胸が苦しいとの感情は無く、年を経ると共に、その辛い苦しい思いは大きくなって行ったような気がする。(豫園城隍廟の境内にて) その事を思うにつけ人の苦しみの思いに国境は無く、イラクなどでも悲惨な死がその人たちを悲しみの渦に、包み込んで、やるせない思いでいっぱいだ。寿命と言う言葉をよく耳にする。ある人は、この世に、その人の使命が無くなったから、天に召されたと言う。その意味が未だに分からない。人はいつ死を迎えるのか、分からない。分からないからこそ逆に生きて行けるのだろう。ネット友人の隣の家で父親より早く逝ってしまったと言う、記事を目にしたが、一人一人の人生の時間とは何だろう。飲酒運転の犠牲になった幼い3人の命、子供達の使命は、飲酒運転撲滅運動の切っ掛けを作ると言う使命なのか?幼い命が、いとも簡単に奪い取られて行く事に対し、憤りを感じずにはおれない最近の心境である。(豫園城隍廟の境内にて)画像は、城隍廟の屋根の上の飾り物である。中国に限らず、東南アジアの建物の瓦の上には、シーサーのような魔よけが多く飾られている。今回蘇州に行ってきたが、ほとんど同じ造りの屋根だった。また魔よけなども同じく芸術品を思わせるものだった。日本の瓦で言うならば「鬼瓦」であろう。日本の鬼瓦の歴史は奈良時代から始まっている。710年から74年続いた奈良時代、今から1222年前のこと。家内安全や長寿を願い厄を払う儀式や信仰心との事だが、それ以外に意味があるようである。質問--鬼瓦は何の為に置いたのか?魔よけ・災いから身を守る・代々繁栄の三択。(豫園城隍廟の境内にて)
2006.10.12
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「上海豫園旅情73」質問--線香を炊くのはどんな意味があるか?儀式決まり・心身を清める・香りが良いの三択。回答は「心身を清める」でした。線香を炊く事は、邪気を払うという意味と、体や心の汚れを取り除き清浄になるとの意味がある。ですから皆さんの中に「邪気を払う」との回答も、正解ですね。私はどうしても心を清めたいという、強い気持ちがいつも有るのでしょうね。今回、蘇州までの「一人旅」へ行きました。今までの疲れが出たのか、蘇州へ着いてより、その日の夜中から高熱で大変な目に遭いました。(豫園の事を城隍廟とも言う)二日目の朝にホテルの近くに病院が有った事も、手伝いまたホテルの管理者の進めもあり、病院へ行ってきました。ペニシリンは、アレルギーなので他の薬を、点滴に入れて打って頂きました。すい臓の事や胃潰瘍の事など心配でしたが、その心配も他所にぐっすり眠ってしまいました。医師より、ホテルの部屋で安静にしているように、釘を刺され、余程観光に出かけようかと思ったが、目が回ってそんな気分にはならなかった。(豫園城隍廟の境内にて) 3日目にタクシーを使い、蘇州の市内にある寺や、園林を急ぎまわったが、どこの寺でも、この画像のように、カラフルな太く長い線香を、自分の顔の前に持っていた。そして、真剣に祈る姿にシャッターを切ったが、蘇州の画像はまだまだ相当先の更新になりそうだ。皆の祈りの内容は、私には計り知れないが、祈りは、漠然であってはならない。具体的に祈った方が良い。私は全く信じてはいないので、祈ることも線香を、炊く事もなかったが、女性の祈る姿は美しいと思った。神や仏は一体何処に存在するのかと思ったことも有るが、こんな私も何かを信じて生きている。質問--祈りはどんな時に捧げますか?困った時・感謝の時・祈った事がないの三択。(豫園城隍廟の境内にて)
2006.10.10
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「上海豫園旅情72」質問--十干にふり仮名をふって下さい?じゅっかん・じっかん・とかんの三択。回答は「じっかん」でした。前回の十二支の中で、順序は合っていたものの、読み方を間違えてタイプしてしまいました。子(鼠ね)、丑(牛うし)、寅(虎とら)、卯(兎う)辰(龍たつ)、巳(蛇み)、午(馬うま)、未(羊ひつじ)申(猿さる)、酉(鳥とり)、戌(犬いぬ)、亥(猪い)そして、十干(じっかん)については下記のとおり。甲(こう)乙(おつ)丙(へい)丁(てい)戊(ぼ)己(き)庚(こう)辛(しん)壬(じん)癸(き)であり、きのえ・きのと・ひのえ・ひのとなどと呼ぶ。(豫園の事を城隍廟とも言う)深く考えるとまたタイプミスが起こりそうである。簡単に説明も出来ないが「木火土金水」の五行説。 五行説と陰陽道とが結びつき陰陽五行説になり、十干は、陰陽五行説と結びついている。つまり「木火土金水」には、陰と陽の二つがあり、五行を陰陽に分けた十の区切りを十干と呼ぶ。十干と十二支を組み合わせたものを干支と呼び、甲子(きのえね)乙丑(きのとうし)丙寅(ひのえとら)・・・丙午(ひのえうま)・・など丁度60周期になる。還暦を60歳の時に祝うのは、この六十干支からだ。画像は、城隍廟で日本とは違う線香を持ち、火に当てて煙を出して身を清めようとしている。中国の若者に、何故線香を炊くか分かりますか?と、質問をしたところ、正確な解答は少なかった。(豫園城隍廟の境内にて) そればかりか、「日本でも神社にお参りする時に、手を三回叩くでしょう?それと同じですよ!」と、上手に切り返されてしまった。中国の若者にも、日本の仏教信仰は根強いのに、直ぐに神社のイメージが、沸き起こるのは、小泉さんの影響が相当強いのだろう。そして、日本の線香の長さや太さなどを説明したところ、そんな細くて短いのでは有り難味が少ないと言われた。中国の禅宗のお寺に行っても、この様な太くて長い、線香が売られているし、日本のような細いものは無かった。質問--線香を炊くのはどんな意味があるか?儀式決まり・心身を清める・香りが良いの三択。(豫園城隍廟の境内にて)
2006.10.04
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