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源氏物語〔34帖 若菜 183〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女三の宮は、自分も成長したと実感しているが、年齢は二十一になっているものの、性格はまだ少女らしい無邪気さが残り、その純真さこそが源氏にも周囲にも一層愛しく映っていた。大人の女性の美しさを備えながら、内面は守られたまま幼く、柔らかく、まさに六条院の 箱入り姫のようだった。長い間お目にかからずにいるのだから、すっかり大人になって立派になったと認めていただけるような姿で会いなさいよと、ことあるごとに院はお諭しになっていた。実際、このような立派な後見人がいなければ、世間のさまざまな噂の的にされていたかもしれないと女房たちは噂していた。一月も二十日を過ぎるころ、すっかり春めいて、ぬるやかな風が吹き、六条院の庭の梅も盛りを迎えていた。ほかの花や木々も、まるで明日にも花開くことを約束されたかのような勢いを見せ、林一面に霞がかかっていた。二月になってからでは賀宴の準備で混み合うようになってきた。
2026.03.31
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源氏物語〔34帖 若菜 182〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。光源氏は、女三の宮に琴を教える日々が続く中で、ある晩、対の女王(紫の上)がいつもあなたの琴を聞きたいと思っているのだから、女ばかりで琴・琵琶・十三弦などを合わせて合奏する宴を開きたいと語りかける。源氏は、現代の名手の音楽家たちより、六条院の女性が純粋に音楽に向き合っていることを高く評価した。自分は大した楽人ではないものの、若い頃から俗世の楽人にも貴族の名家にも学び、本気で音楽を極めようとしてきたと打ち明ける。だが、その経験の中で、真に尊敬すべき芸を備えた者はほとんどいなかったと振り返り、昔よりも今の世の音楽は衰えてしまい、芸が浅く、心も伴わなくなっていると嘆く。琴に至っては、いまや真剣に学ぶ者すらいなくなり、女三の宮のように清らかな腕前を持つ者は滅多にいないだろうと、宮の才を真面目に称賛する。こうした源氏の言葉を聞き、女三の宮は幼さの残る素直な笑みを見せ、自分の琴の腕前が認められ、誉められ、素直にうれしく思う。
2026.03.30
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源氏物語〔34帖 若菜 181〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。気持ちの余裕もなく動き回りながら、それでも時折「春ののどかな夕方などに、静かに座ってこの琴の音をゆっくり聞きたいものだ」と口にすることがあるほど、六条院の音楽生活は魅力に満ちていた。しかし、そう思う間もなく新しい年が明けてしまう。年が変わると、まず帝が朱雀院(法皇)に新年の賀を呈することになっており、光源氏はその日と女三の宮が若菜の賀を奉る日が重ならないよう配慮し、少し日をずらして二月十数日を宮の賀儀の日に定めた。以来、六条院には楽人や舞人が連日のように通う。法皇の前で披露する演奏や舞の練習に励むようになった。六条院は重々しい宮廷儀式に向けたリハーサルが続く賑やかな稽古の場となり、楽器の音が深い冬空に絶えず響き渡り、まさに雅の中心が六条院に移動したかのような華やぎに包まれた。
2026.03.29
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源氏物語〔34帖 若菜 180〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。十一月が過ぎても宮中からは、そろそろ戻るようにと何度も催促が届くが、明石の女御はすぐには受けず、いま六条院で夜ごと響く楽の音色に心を奪われ、離れがたい思いで留まっていた。光源氏は女三の宮には琴を教えたのに、自分には琴を教えてくれなかったと、不満や恨めしさを感じてもいる。そんな複雑な思いを抱えながら、それでも六条院に満ちる音の世界は魅力が大きく、宮中に戻らずに過ごす日々が続いた。光源氏は、冬の月を好む性格で、雪の積もった夜に似つかわしい琴の曲を選んでは弾き、女房の中で楽器の腕前がある者には、即興の合奏を楽しむという優雅な時間をすごしていた。冬の六条院は、冷たく澄む空気の中に、琴や笛の音が漂い、宮廷の中でも屈指の音楽の館となった。年末になると紫の上は忙しさが増し、普段の家事や全体の取り仕切りに加えて、明石の女御や女三の宮のために春を迎える支度にも追われていた。
2026.03.28
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源氏物語〔34帖 若菜 179〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。明石の姫君は、事情あって六条院から離れて出仕していた。すでに皇子を二人出産しており、それだけに帝の寵愛も厚く責任も重い立場ですが、折しも妊娠五か月を迎えていた。春は宮中に神事が多く、儀式の参列には身体に負担がかかる。明石の姫君は、妊娠中なのでしばらく宮中の務めを控えたいと申し出て、ようやく許しを得て六条院へ戻ってきた。彼女にとっても、子を守りながら家に戻れるのはありがたいことで、光源氏と女三の宮の濃密な琴の稽古が六条院で繰り広げられていることは心中穏やかではなかった。華麗な音楽の稽古の裏で、宮中の女性たちの思惑や感情が入り交じっていく雰囲気が、描かれており、法皇の期待に応えるため、光源氏が女三の宮に超一流の琴の奥義を徹底指導し、夜まで泊まり込みで稽古をつけるほどの入れ込みよで、他の女性たちは複雑な思いを抱いき宮廷の人間関係が絡み合う描写になっている。
2026.03.27
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源氏物語〔34帖 若菜 178〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。最初こそ女三の宮も心許ない出来だったが、光源氏が丁寧に指導すると、次第に吸収しはじめ、めきめきと上達していった。素質の良さが本格的に開花し始めた。ところが、昼間は人の出入りや生活音が多く、琴の弦を微妙に押さえたり、細やかな音色を研究するのに向かない。そこで源氏は、静かな夜こそ本格的な稽古にふさわしいと考え、女三の宮の母代わりである紫の上に了解を求めた上で、しばらく宮の殿舎に泊まり込む生活を始めた。朝も夜も、光源氏が付きっきりで琴の上達を助けるという、極めて手厚い指導態勢が整えられた。さらに特筆すべきは、光源氏はふだん、紫の上にも、女御にも琴の教授はしていなかったことだ。だからこそ、今回の稽古では宮廷でも滅多に聞けない秘曲が弾かれているだろうと予想されて、女御(明石の姫君)は、この機会にしか聞けない音色をぜひ聞きたいと強く思うようになった。
2026.03.26
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源氏物語〔34帖 若菜 177〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女三の宮の琴の腕前は優れた素質はあるものの、まだ十分に仕上がっているとは言えない。もし突然法皇の前で弾くよう求められ、立派に弾けなければ、宮自身も恥をかき、また六条院の名誉にもかかわる。そこで源氏は、これまでも折に触れて宮に琴を教えてきたが、まだ実力は完成に至っていない。このまま無防備に法皇の前に出されて困るようなことがあってはならないと考え、女三の宮への琴の教授を本格的に再開した。源氏が教えたのは、ただの曲ではなく、平凡な練習曲でもなく、珍しい曲を二、三種類用意。大曲で四季の気候変化に応じて奏法を変える高度な技法である。宮廷音楽でも最上級の奥義にあたるものばかりで、琴は、気温や湿度、季節によって音の響きが変化するため、押さえ方、音色の出し方まで繊細な調整が求められます。光源氏は、そうした“プロ中のプロ”しか知らない秘伝の技までも女三の宮に伝授し始めた。
2026.03.25
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源氏物語〔34帖 若菜 176〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇は、宮(女三の宮)の琴は上達したのだろうか。一度、こちらへ来たときにはぜひ琴を弾く音を聞いてみたいと、不安と期待を込めて語った。この言葉は宮中にも伝わり、周囲の公達も、法皇がそこまで言われるとは、ただ者でない腕前なのだろう。ぜひ自分も一緒に聞いてみたいものだと評判になる。その評判はまた六条院にも伝わり、女三の宮がいかに周囲の期待を受けているかが明らかになる。朱雀院に伺う際に、ただの訪問ではなく格式ある大規模な祝賀儀式にしようとする光源氏の意図がみえる。儀式のために舞楽の人材が宮廷中から選ばれ稽古で大騒ぎになっていく様子が描かれている。女三の宮が法皇に琴の腕前を期待されていることなどが描いており、雅やかな宮廷の準備風景と、父娘の情愛が同時に表現された場面で、朱雀院(法皇)が女三の宮の琴を、ぜひ聴きたいと言ったことが六条院に伝わると、光源氏はそれを単なる賛辞ではなく、本気で琴の実力を期待していると受けめた。
2026.03.24
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源氏物語〔34帖 若菜 175〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。源氏は舞や演奏に優れた人材を厳選して集め始めるが、具体的には、右大臣(かつての頭中将)の下の息子二人。その上に、大将(長男)と典侍の間に生まれた子の合わせて三人など、身内の少年たちが選び出された。さらに、七歳を超え殿上勤め(宮廷出仕)をしている光源氏の孫たちも数名集める。また兵部卿宮のまだ元服前の王子、そのほか親王家の子息、多くの名家の子供たちが参加を求められる。そして、そうした子供たちだけでなく、成人した殿上人の中からも容姿と芸の優れた者が選ばれ、演目に応じて多彩な曲目が準備された。宴の舞楽は華やかで、専門の師匠たちは指導した。そのため連日忙しく走り回るほどの熱気になっていく。一方で、朱雀院には一つ気になることがあり、愛娘である女三の宮の琴の腕前で、女三の宮は父・朱雀院の手ほどきで琴の稽古をしていたが、まだ幼いころ六条院へ嫁いでしまったため、今では父の前で演奏した姿を見る機会がなくなっていた。
2026.03.23
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源氏物語〔34帖 若菜 174〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇のためにも良い印象ではないと感じ、せっかくの機会なのだから、周囲も感心し、法皇自身も喜ぶような華やかで格式のある儀式を整えたいと決意する。ちょうど翌年、朱雀院は「五十歳」という節目を迎え、この年齢は『若菜』という祝賀の儀(長寿を祝う伝統儀式)に相当する。院(光源氏)は、せっかくなら女三の宮から、若菜の賀を奉らせ、法皇にお祝いの贈り物として差し上げようと思っていた。そして、その際に献上する供養の品や儀式の布施として贈る法服(僧に与える衣服)などを準備させ始め、この祝賀は精進潔斎を徹底した格式ある法会(仏教儀式)である。普通の宴会よりはるかに苦心して準備しなければならないもので、源氏は早い段階から細かい手配を行っていた。また、朱雀院は昔から音楽を好んだ人で、祝賀の場では舞楽が披露されることになり、光源氏は舞や演奏に優れた人材を厳選して集め始めるが、具体的には「若菜 175」にて。
2026.03.22
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源氏物語〔34帖 若菜 173〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。しかし、ただ一つ、女三の宮にだけは、もう一度会っておきたいという未練が残っており、このまま会わずに亡くなってしまえば、心残りになると考え、宮が訪問してくるよう使いを送った。その知らせを聞いた光源氏も、本来ならこちらから先に伺うべきところと思っていた、わざわざ待っていてくださるのだから、期待に応えないのは申し訳ないと考え、どのように機会を作るべきか心を巡らせる。この内容は、光源氏周辺の女性たちの近況や家族の繁栄や世代の交代、また、中年期に入った登場人物それぞれの立場や死を近く感じた朱雀院が最後に果たしたい願いが綴られている。朱雀院(法皇=光源氏の兄)が女三の宮に会いたいという希望を出したことを受け、光源氏が「どうせ伺うなら簡素で控えめなものではなく、法皇に喜ばれる立派な形にしたい」と考えるところから話が進んでいく。源氏は、ただ何事もなくそっと傍に居るだけでは見栄えが悪いと思う。
2026.03.21
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源氏物語〔34帖 若菜 172〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。源氏は、多くの孫に恵まれて繁栄が広がってゆくのを喜び、満ち足りた気持ちで過ごしていた。その一方で、右大臣(かつての頭中将)も相変わらず院を深く尊敬し、昔以上に親密に仕えていた。右大臣の娘である玉鬘(たまかずら)はいつのまにか中年のご夫人となっていた。六条院にもしばしば訪れて紫の上とも語らい、親密な交流が続いていたが、一方、女三の宮だけは、成人しても少女らしいあどけなさと気弱さを残して生活しており、光源氏からは「まだ自分の幼い娘のような存在」と思われ、育成に力を注がれていた。すでに紫の上は宮廷の女性として完成され、もはや手がかからない存在となったため、源氏は自分の教育の力を女三の宮へ向けている。そんな折、朱雀院の法皇(光源氏の異母兄)は、自らの寿命が残り少ないことをしみじみ感じはじめており、世の中のことも、もはや執着しない境地に達していた。
2026.03.20
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源氏物語〔34帖 若菜 171〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。彼女は幼いこの皇女を大切に育てる喜びが生活の支えとなり、院が外泊する夜も、子どもの成長に心を寄せて過ごすことで気持ちを慰めていた。光源氏にとっての孫たちは皆愛しい存在であるが、紫の上もまたその一人ひとりを心から可愛がり、宮廷におけるもう一つの母として、温かくその成長を見守っていた。こうして、表面上は華やかで安定した六条院の生活の内側に、静かだが切ない心の波が確かに揺れていた。花散里夫人は、紫の上や明石の御方が、それぞれに生まれた皇子(御孫宮)の養育に尽くしているのを見て、自分にはそうした立場や役目がなかったから、心の中でうらやましく思っていた。そこで、左大将(頭中将=今の右大臣)と典侍(ないしのすけ)との間に生まれた若君を自分のもとに迎え、非常に慈しんで育てていたが、この若君は容貌も賢さも優れていたため、院(光源氏)もたいへん愛情を寄せていた。源氏は、表面的には子どもが少ないように見える人物だった。
2026.03.19
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源氏物語〔34帖 若菜 170〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。紫の上は賢明に振る舞い、この懸念を自ら口に出すことは控えていたが、心中には常にその影が差していた。光源氏もまた、女三の宮への扱いを慎重にしなければならなかった。あまり世話が行き届かなければ冷淡だと噂されるし、かといって偏愛すると紫の上を傷つけてしまう。そのため近年は六条院で紫の上と過ごす日と、女三の宮のもとへ通う日とが、ほぼ半々になるよう気を配って過ごしていた。道理としては光源氏のこうした行動は十分に理解できる。しかし紫の上にしてみれば、予想していた寂しい未来が現実になり始めていることを実感せざるを得なかった。内心には深い孤独が広がりつつあった。それでも人前ではいつもと変わらぬ穏やかで気品ある振る舞いを見せ、決して弱さを表に出さなかった。紫の上が救われていたのは、第二皇子である東宮に続いて生まれた女一宮の養育を任されていたことである。
2026.03.18
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源氏物語〔34帖 若菜 169〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇はその将来を思い、光源氏がこれまですべてにおいて誠実で信頼できる人物であったことから、形式上の後見人として六条院を頼り、さらに内側からの実質的な保護は帝に託した。女三の宮は政治的にも社会的にも手厚い後援を受け、二品という高い位に引き上げられた。その上、受け取る封戸の数も大幅に増えた。宮中での地位が栄え、輝かしい境遇を得ることとなった。この時、紫の上は静かにその変化を見つめていた。彼女は光源氏の正妻として最も深い愛情を受け、今のところ地位の上でも感情の上でも負けはしていない。しかし、女三の宮は皇女であり、時間が経てば周囲の期待も後ろ盾もいよいよ強まり、いずれ自分が光源氏の心の中で後れを取る時が来るのではないかという不安を抱いていた。だからといって嫉妬深く見えるような態度を取れば、分別のない女と見られてしまった。
2026.03.17
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源氏物語〔34帖 若菜 168〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。太政大臣家の近江の君は、双六でサイコロを振る前に明石の尼様、明石の尼様と唱えるほどで、明石母娘はついに当代随一の幸運の象徴にまでなっていた。貧しい海辺の女性から始まりながら、ついには王家に血を残して栄華の頂点に立ったという、運命の激しい変転が美しく描き出されている。光源氏が院となり、出家した先帝も法皇として余生を送る時代、世の中は安定し華やかである。法皇は仏道修行に専念し、政治的なことにはまったく干渉しない生活を送っており、わずかに春や秋の行幸があるときだけ、宮廷生活の栄華を思い出すような気持ちが胸に甦ることがあった。だが、法皇には一つだけ心に掛かる存在があり、それが女三の宮である。女三の宮は、先帝と藤壺の姉妹である后との間に生まれた娘で、血筋の点でも由緒正しい。しかし世間的には実家の勢いが十分でなく、身の置きどころが薄いという弱点があった。
2026.03.16
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源氏物語〔34帖 若菜 167〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。彼女は光源氏との因縁から娘が皇子を産み、中宮に近い立場へと昇り、今や一族の繁栄を象徴する存在として眩しい視線を浴びていた。一行が参拝に向かう道中では、神に供えるさまざまな貢物や儀式の品が運搬され、警護も厳重だったため、周囲の景色を楽しむ余裕も少なかった。しかし帰り道では安全な上に儀礼から解放され、自由な気分で旅を味わうことができた。光源氏は、この楽しい行列に明石入道本人を加えることができなかったことを残念に思う。だが既に入道は出家して山暮らしに徹しており、世俗の栄華に関わることは今では似つかわしくなかった。むしろ入道は、娘の将来を固く信じて努力し、ついには望みをすべて叶えたのだから、その人生こそ人に模範として誇れるものであるといえる。この帰京後、さまざまな人々の間で明石母娘の運の良さが話題になり、幸福な人物を指して「明石の尼君のようだ」と表現することすら広まった。
2026.03.15
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源氏物語〔34帖 若菜 166〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。海辺の松原を照らす朝の光が人々に旅の終わりを告げる。若い貴公子たちは、夜通しの歌舞や酒宴が終わってしまうのを惜しみ、まるで寄せる波が渚から離れていくように、この場を去らなければならないことを名残惜しく感じ、海辺には長く連なった一行の牛車が並び、その垂れ絹が風に揺れていた。その開いた隙間から見える女房たちの衣裳は、色鮮やかで錦繍の花畑を松林に張りめぐらせたかのように見えた。男性たちはそれぞれの位に応じた衣装を身につけ、次々と供膳や料理を院(光源氏)の車へ運び、身分の低い者たちから見るとうらやましく、華やかな宮廷世界を目の当たりにしていた。それは羨望の眼差しを向けずにはいられないほどで、明石の尼君(明石入道の妻)にも、他の院の家族と同じ扱いで膳が届けられ、浅香の折敷に鈍色の紙を敷き、精進物ながら丁寧に供された。その厚遇を見て、人々は、なんと運の強い女性だとささやき合い、庶民的な噂としても評判が高まっていた。
2026.03.14
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源氏物語〔34帖 若菜 165〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。やがて夜が明けきり、朝日が上るにつれて霜はさらに白さを増す。参加者たちは夜通し酒を酌み交わし、祝い歌や舞を続けていたため、顔は赤く火照り、ほとんど神楽の面のような様相になっている。しかしそれに気づく者もなく、篝火が消えかけてなお、皆は榊を振り合いながら万歳、万歳」と声を挙げていた。祝意を交わし続け、盛り上がるその光景は、この祝福が確かに光源氏一族にも実りある形で未来に現れていくであろうと強く感じさせ、華やかな栄華の行く末がますます躍るように予感される場面で、この一節は、住吉の霜を神の加護の象徴として受け取る人々の気持ちを中心に書かれている。清澄な朝の景色の中に貴人たちの喜びと高揚が生き生きと描かれ、源氏一族の栄華の絶頂と、その吉兆感が美しく立ち上がる印象的な場面で、住吉詣の一夜は、参加した人々にとってまさに忘れ難いほど壮麗で楽しい時間であった。千夜の夢のようにも望んだその夜はあっという間に明けていった。
2026.03.13
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源氏物語〔34帖 若菜 164〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。紫の上は、かつて小野篁(おののたかむら)が、比良山までも雪が降った朝に神意を感じた”と詠んだ歌を思い出し、神の験(しるし)が霜に現れたように感じられ、心強くありがたい気持ちになっていた。明石の御方は、今や皇子(後の冷泉帝)の母として中宮に近い立場にある明石女御も一首を詠む。榊に白い木綿を添えて神にささげるのと同じように、この霜も神人が神の手に代わってかけた深い祝福なのだと、しみじみとした心を込めている。また中務の君も、斎(いわ)う神官が木綿を掛けたように白く降り積もった霜は、いかにも神のご加護を示す証に違いないと詠む。他にも多くの人々が歌を詠んだものの、作者(紫式部)は、これ以上書き残す価値はないとして省略したようだ。こうした場の歌は、普段は文章をつくる才に自信のある男性たちですら、浮き立つ雰囲気に呑まれてか平生より出来が悪く、名歌として後に伝えるほどの調べを持つものが少ないからだと述べている。
2026.03.12
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源氏物語〔34帖 若菜 163〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。普段は自邸での催しには慣れていても、外へ出て見物することの少なかった紫の女王(紫の上)にとっては、京を離れて見た景色も、住吉の社の夜の風情も旅そのものもすべてが新鮮な経験となり、心に深い感動を残したが、住吉参詣という華やかな場面の中に、源氏の人生の浮沈の回想が描かれる。明石母娘の思い、そしてそれぞれの立場から見た人生の重みが丁寧に折り重ねられた場面であり、栄耀と回想が美しく交差している。住吉社での壮麗な宴が続く中、夜が明け始めた頃、社前には深い霜が降り、白い光景が一面に広がっていた。その霜を見て、紫の上は一首の歌を詠む。「住吉の松に夜深く置く霜は、まるで神が松に祝意を表して木綿の飾りを掛けてくれたかのようだ」と詠んだその歌は、神前に供物として木綿をかける古い習慣を踏まえ、今日の住吉詣が確かに神に受け入れられたという清らかで荘厳な実感を込めたものである。
2026.03.11
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源氏物語〔34帖 若菜 162〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。尼君も思いを抑えることができず、返歌を詠んで即座に送り返す。長らく祈り続けてきた住吉の神が、今日の盛大な光景をもって願いを叶えてくれたように感じられ、自分が生きてきた甲斐をようやく知ったという率直な心情が込められている。それでも、それだけでは言い足りず、住吉に願い詣でた昔を忘れるはずがない、今日のすべてが神の御加護として胸に迫る、と独りごとのようにさらに心情をこぼす。このように、過去の辛い記憶と今ある幸福が胸の中で重なり合い、尼君の感情が強く動く場面となっている。その晩、一行は夜を徹して歌や舞を楽しむ。二十日(旧暦)の月が澄み渡り、白く光る海が遠くまで見え、霜に覆われた松原は昨日とは姿も色合いも変え、冬の冷気が肌にしみるように感じられる。社前で迎えた夜明けの景色は、華麗でありながら同時に厳かな清冽さをも漂わせ、源氏たちの美しい遊宴の終わりを象徴する。
2026.03.10
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源氏物語〔34帖 若菜 161〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。光源氏はその昔を最も知る人物である、すでに引退した太政大臣(藤壺一族の長、かつて親しく支えた人)を恋しく思った。一行は貴人らしい優雅さで住吉社から帰ろうとしており、院は自ら乗る車から、第二の車に同行する明石御方の母(明石の尼君)へ、一首の歌を書いた懐紙を託す。その歌では、住吉の松に昔からのことを尋ねたい、という心情が述べられ、源氏が過去への思いを抑えがたくしていることが伝わる。尼君はこの歌を受け取り、深い感慨に打たれてうなだれる。今、目の前で繰り広げられている華麗な景色は、明石の浜で娘を抱え、将来を案じて涙していた。当時からすれば、本当に大きな変化であり、運命に導かれてここまで来られたことを胸にしみじみと感じる。明石御方(のちの明石女御)が幼かったころに心を痛めて過ごした記憶もよみがえり、夫(明石中納言)が山に入り会えずに過ごす身であることへの寂しさも胸に迫り、涙を落とす心境が描かれている。
2026.03.09
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源氏物語〔34帖 若菜 160〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。小雨が通り過ぎて装束の袖をわずかに濡らし、松林の風景は一瞬、自然の紅葉と人の衣が溶け合って視覚的な美しさを深めた。荻の穂を白くふわりと挿した舞人たちは、長々と舞うのではなく、一節だけ印象的に踊ってさっと去る。その短い舞は、潔く、余韻が深く、そこにいる者の心に秋の気配とともに強い印象を残した。この場面全体は、自然と人の技芸が互いに引き立て合い、源氏物語ならではの雅やかな美意識が存分に発揮された情景描写となっている。 院(光源氏)が住吉社で行われた華やかな宴を眺めながら、若いころから今日までの人生をしみじみと思い返している。栄華のただ中にいる今、かつて須磨・明石に流される不遇の時代があったこと、その頃に寄り添ってくれた人々の思いや支えをあらためて思い出し、過ぎ去った日々が目の前に蘇るように感じられるのである。しかし、その苦難を当時ともに語れる者はすでにほとんどそばにいない。
2026.03.08
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源氏物語〔34帖 若菜 159〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。秋の海辺の空気にはよく馴染み、人の心にも波音にも柔らかく寄り添うように響いていく。高い梢で鳴る松風の下、笛の音が松林の静けさに染み通るように流れ、松風そのものが琴の調べを刻む拍子の役目を果たすほどに自然の音が演奏と溶け合い、鼓で拍子を取りながら奏でるよりも穏やかで寂しく美しい響きになっていた。伶人たちは小忌衣の竹模様の装束を身につけており、その衣装の色合いと背後の松の緑が重なり合って野趣と優雅さを併せ持つ景となる。頭には草花や造花を挿しているが、それが秋の野に咲く草花と混ざり合って、踊る者も周りの景色も一つの絵の中にあるように見えていく。「求の子」の舞が終わりに近づいたころ、若い高官たちが袍の肩をすっと脱ぎ、舞の列に加わる。黒い上着の下から臙脂や紅紫の下襲の袖がぱっと現れ、さらにその下に重ねた赤い袙の色も覗き、海辺の舞台に鮮やかな秋の紅葉が一斉に散りかかったかのような華やかさを添える。
2026.03.07
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源氏物語〔34帖 若菜 158〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。この場面は若菜の中でも特に華やかで、同時に深い宗教的意味を持つ場面である。須磨・明石の流謫という苦しみの時代に源氏が祈った願いが、年月を経て完全に実を結んだことを示し、明石の母娘の「信仰」「謙遜」「因果の報い」が物語として結実している。一方で、栄華の極みにあるこの行列の描写の中には、すでに「過ぎゆく幸福」「やがて訪れる衰え」の気配も漂い、源氏物語全体が静かに終末へと向かう兆しを含んでいる場面でもある。秋の十月二十日の浜辺で催される舞や音楽の情景を、視覚・聴覚・季節感を豊かに盛り込んで描いた一節だ。忌垣はうっすらと色づき始めた葛が這い、松林の下にはさまざまな雑木が紅葉していて、波の音だけが秋を知らせるといった素朴な景色ではなく、自然と人の営みが共に調和した美しい眺めが広がる。支那楽や高麗楽のような本格的で格式の高い楽ではなく、東国に伝わる東遊びの音楽の調べが馴染む。
2026.03.06
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源氏物語〔34帖 若菜 157〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女房たちの車は、紫の上付きが五台、女御付きが五台、明石の上の従者のが三台で、それぞれ異なる華やかさと趣があり、見る人に印象を残した。明石の尼君が同行したのは、源氏が「今回の参詣には尼君を優遇して同行してもらおう。老いた心を喜ばせてあげたい」と言い出したからだった。最初、明石の上は「今回は院と姫君が主役ですから、あなたが一緒では私の立場が難しくなり、女御がさらに出世されたあとで、私たちだけでお参りしましょう」と遠慮して尼君を止めようとした。だが尼君は、「そのときまで自分が生きていられるかわからない」と心細く感じ、ひそかに一行に加わった。この日の行列の中では、華やかな運命を当然のように背負う女御や女王よりも、むしろ明石の母と娘、明石の上と女御の二人の身に、前世からの善行の果報が明らかに現れ、彼女たちが今の栄光を得たのは、偶然ではなく、過去の徳の力によるものだと感じさせるほどに、神前への参詣は清らかで輝かしかった。
2026.03.05
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源氏物語〔34帖 若菜 156〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。旅は華やかで壮大なものになった。質素を旨として国に迷惑をかけぬようにと心がけたものの、源氏ほどの身分では、ある程度の格式を保たなければならず、自然と盛大な行列になった。公卿は二人の大臣を除いて皆供奉し、舞人には容姿の整った次将たちを選び、背丈まで揃えて選抜した。選に漏れて嘆く貴公子まで出るほどだった。楽人は石清水や賀茂の祭で演奏する名手たちが集められ、さらに近衛府からも音楽に秀でた者が二人加わった。神楽を奉納する人々も多数にのぼった。宮中や院、東宮に仕える役人までもが命によって供奉に加わり、行列は豪華をきわめた。高官たちの馬や鞍、従者や随身の装束までがきらびやかで、見物の人々の目を奪った。六条院の車には紫の上と女御が並んで乗り、その次の車には明石の上とその母(尼君)が、目立たぬようにそっと乗っていた。その車には昔から親しかった女御の乳母が付き添っていた。
2026.03.04
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源氏物語〔34帖 若菜 155〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。こんなに世を捨てた人の心から、どうしてこれほどまでに現実的で壮大な願いが生まれたのだろうと、女御(明石の姫君)は不思議に感じた。同時に、子や孫を思う愛情の深さが胸にしみ、神仏に対しても申し訳ないような気がした。入道はただの人ではなく、かつて功徳を積んだ聖僧だ。一時この世に現れて自分の祖父の姿を借りていたのではないかと、そんな思いすら浮かび、女御の中には入道への畏敬の念がいっそう強くなった。今回は女御が単独で参詣するのではなく、六条院(源氏)の参詣に同行するという形で京を出発することになった。かつて須磨・明石の頃、源氏が神に誓った願いごとはすでにすべて果たされていた。その後も運が尽きることなく、家の繁栄や子孫の成功を目の当たりにして、源氏は神の加護を忘れぬ思いで、紫の上を伴い、明石の姫君(女御)とともに再び住吉へ参詣することになった。
2026.03.03
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源氏物語〔34帖 若菜 154〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。表面的には穏やかで幸福に満ちているが、内面では、血筋の不安、信仰への憧れ、愛の終焉の気配が交錯し、物語全体が次第に終わりへ向かってゆくことを暗示している。女御(明石の姫君)は、住吉の神への願いを果たそうと思い立ち、参詣の準備を始めた。昔、入道(明石の上の父)から送られてきた箱を開けてみると、そこには神へ誓った願文が丁寧に書きつけてあった。それを読み返してみると、年ごとに春と秋の神楽を奉納し、代々の長久と繁栄を祈るというような、非常に大がかりな内容が並んでいた。普通の人にはとても実現できないようなことばかりだが、今の女御の身分になって初めて、それが叶えられるほどの立場になっていた。その誓文の文面には、入道の深い学識と信仰心がにじみ出ていて、まるで仏や神が確かに聞き届けてくれるように思われた。
2026.03.02
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源氏物語〔34帖 若菜 153〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。源氏は、あなたが一人残されて寂しがったり、私がそばにいたときとは違う世間の目に悲しみを覚えたりするのではないかと思うと、今は実行できずにいるだけだ。いつかその日が来るかもしれない。そのときあなたはそのあとを追ってすればよいと、彼女の願いを静かに押しとどめるように言った。女御(明石の姫君)は今も紫の上を真の母のように慕い、敬っていた。明石の上(明石夫人)は、自分が女御の後ろ盾として影から支えるだけの立場になっても、決して高ぶることなく謙虚に振る舞い続けていた。その慎ましい態度は、むしろ娘の将来にとっても頼もしく見えた。紫の上の養母である尼君(明石の母)は、幸せをかみしめて涙を流すことが多く、目元も涙で赤く腫れ、まさに幸福な老女の姿そのものだった。この場面は、「若菜上」の中でも非常に静かで成熟した時間が流れている部分で、六条院の栄華の頂点と、老いと別れへの予感が同時に描かれている。
2026.03.01
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