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2014.11.12
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カテゴリ: 政治
自民会派道議:「アイヌ先住民族か疑念」議会で発言
北海道議会の最大会派「自民党・道民会議」の小野寺秀議員(51)が11日の道議会決算特別委員会で、「アイヌが先住民族かどうかには非常に疑念がある。グレーのまま政策が進んでいることに危機感を持っている」と発言した。アイヌを巡っては、2007年の国連「先住民族の権利宣言」を受け、国会が08年に先住民族とする決議を採択。道は高校や大学に進学するアイヌを対象に奨学金制度を設けている。
毎日新聞の取材に小野寺氏は「アイヌ民族の存在は否定しないが、北海道と本州の間は昔から多くの人が往来している。北海道がアイヌだけの島だったことは誰も証明できない」と主張。決算委では「我々の祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない。自虐的な歴史を植え付けるのはいかがなものか」とも述べた。
これに対し北海道アイヌ協会の阿部一司副理事長は「9月に国連本部で開かれた先住民族世界会議に日本政府代表団の一員として参加したばかりで、(発言は)悲しくて情けない。経緯をしっかり勉強してほしい」と批判した。

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何というか、勘違いの上に勘違いを重ねたような、とても、みっともない発言であるように思います。
「北海道がアイヌだけの島だったことは誰も証明できない」のだそうですが、そもそも「北海道はアイヌ『だけ』の島」なんてことを、いったい誰が主張しているのでしょうか。
当事者である 公益社団法人北海道アイヌ協会は、アイヌ民族の歴史について

アイヌ民族は、おおよそ17世紀から19世紀において東北地方北部から北海道(蝦夷ヶ島)、サハリン(樺太)、千島列島に及ぶ広い範囲をアイヌモシリ(人間の住む大地)として先住していました。
この時期の前後には 、アイヌ民族がこの隣接地域に移動したり、逆にその地域の 他民族が移動し接触した ことも認められております。
これら居住域はもとより、さらに広い範囲においてアイヌ語由来の地名が分布していることが実証されています。


としています。「北海道には元々アイヌ以外の民族は住んでいなかった」なんてことを、アイヌ自身が主張していません。そして、「先住民」という言葉の定義には、「一番最初に住んでいた者」などという条件はないのです。

Wikipedia「先住民族の定義」によれば、先住民族とは
政治的に劣勢な地位にある集団で、その国の支配的な地位にある集団のものとは異なった、同じエスニック・アイデンティティを共有し、現在統治している国家が支配を及ぼす以前から、その地域において、エスニックな実体をなしていたもの
(中略)
「先住」は、必ずしも、その土地の「最初の」占有者であることには限られない。対象となる国家・地域の一部及び全部において、現在多数派、あるいは優勢を占める集団に対して、主として近代国家による支配の過程において、その時点ですでに歴史的にその土地と結びついた住民集団であったことが想定されている。

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とされています。
近代統一国家としての日本が北海道を実効支配したのは、道南では室町末期、道東・道北は江戸時代以降(厳密に言えば明治以降ともいえる)ですが、室町時代末期を起点として考えても、アイヌ民族はそれ以前から存在していたことは確実ですから、アイヌ民族が北海道の先住民族であることに疑いの余地はありません。



日本人の民族的な成り立ちについては、以下のように考えられています。
日本に最初に住み始めた人は、最終氷期かそれ以前の旧石器時代人です。ただし、旧石器時代人とその後の日本人の関係はよく分かっていません。旧石器時代人が単一の民族だったのかどうかも不明確ですが、おそらくは複数の民族集団だったのでしょう。
現在に続く日本人の系譜として分かっている最初の日本人は、後氷期に渡来した(一部は、前述の旧石器時代人の子孫かもしれない)縄文人で、もっぱら南方系だと見られています。
その後、弥生時代頃になって、北方系の弥生人が日本に入ってきました。先住民である縄文人に対して弥生人の方が優勢だったようですが、縄文人は完全に駆逐されたわけではなく、概ね弥生7対縄文3くらいの割合で混血化して、現在に続く「日本人」につながります。
ただし、弥生人の勢力は、日本列島の主要部には及んだものの、北端と南端には及ばず、そこでは引き続き、縄文人の血を色濃く残した人々が住み続けました。すなわち、九州南部と沖縄、東北と北海道です。すなわち、アイヌとは(沖縄の人たちも同じですが)縄文人の血を色濃く残した「原日本人」とでもいうべき人たちの、直系の子孫だといえます。
歴史的に言えば、平安時代ころまでは、東北地方も「蝦夷」と呼ばれていました。源頼朝に与えられた称号「征夷大将軍」の「征夷」とは、蝦夷を征伐するという意味であることは言うまでもないでしょう。
その時代の東北地方の「蝦夷」と北海道のアイヌとの関係はよく分かっていませんが、おそらくは同系統の民族だったでしょう。少なくとも、その時代の東北地方が、和人から見て異民族の土地だったことは確かです。ただし、奥州藤原氏の滅亡によって、鎌倉時代には東北は完全に日本と同化し、その住民も文化的には和人と同化しました。おそらく、血筋が置き換わったのではなく、文化が置き換わっただけです。

北海道のアイヌも、おそらく同じです。文化的に側面から言えば、北海道にはアイヌより古い民族の痕跡はあります。でも、その文化の担い手は、おそらくアイヌの祖先筋の人たち(あるいは、少なくとも祖先筋の一部)です。だから、血筋の上でいえば、アイヌは北海道で最古の民族(の血筋の末裔)である可能性は高いでしょう。ただし、同じ血筋は、東北地方(文化的には、平安時代には和人と同化していた)にも受け継がれているかも知れません。

民族というのは、必ずしも血筋ではなく、本人の自意識に基づくものなので、こういった曖昧な側面は、いかなる民族においても不可避的に発生します。それをつついて、先住民と言うのはおかしいとか、そんな民族はいない、などと言い出すなら、民族とか先住民族という言葉、概念自体が意味をなさなくなります。「和人」(日本民族)の定義だって、あるいは世界のどんな民族集団だって、同様の曖昧さいい加減さを含んでいるからです。

表面的な「先住民族」の理解に乗った挙句、「自虐的な歴史を植え付けるのはいかがなものか」なんて、お決まりのネトウヨ言説に結びつけるあたりは、この議員、頭が悪くて単細胞としか思えません。





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最終更新日  2014.11.13 00:24:44
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