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おはようございます。NHK大河ドラマ「どうする家康」は毎回楽しく拝見しています。「家康公」は浜松、磐田地区の「遠江国」と関係も深く、郷土を中心とした歴史を楽しく調べ、発見する楽しみを感じています。 <5/5「松潤」さん共演者の浜松でのパレードの実施>5/5のこどもの日で「浜松まつり」最終日に主演の「松潤」さん及び一部共演者のパレードが浜松駅周辺にて大観衆なか行われました。自分は見に行けませんでしたが、TVのニュースや番組も制作、放映され楽しく拝見しました。この「どうする家康」はやはり地元がらみがあるドラマなのでどんどん知らず知らずのうちに引き込まれているのがわかります。(5/5「松潤さんと一部共演者のパレード」出典:知人撮影)<「ドラマ」としての楽しみと「史実」に基づいた楽しみ>いま、wifeと二人でやっているのは、①ドラマとしての「どうする家康」を毎回楽しく見る、②史実として細かな描写が感じられる、1983年NHK放映の「徳川家康」を楽しんでいます。原作は山岡荘八、主演滝田栄(家康)、役所広司(信長)を並行してみています(50編)、この「徳川家康」は史実に基いたかなり細かな考証のうえで制作されたものという感じがします。俳優も当時の若々しさも大変魅力的ですが、ドラマの各場面での複雑な心情など理解ができるのでお勧めです。(YOUTUBE)。<史実を自分なりに膨らませたい・・・>ところで、ドラマの影響だと感じていますが、旧跡などを愛知県まで広げて、是非見ておきたいと思いました。具体的には、①桶狭間古戦場、②清州城、大高城ほか織田方砦、④長篠城、④吉田城(西三河)などで、現場を見て、その時代の史実の幅や原風景につながる気づきなどを通じてさらにイメージをふくらませてみたいと思いますね。ちかじか、ドライブを兼ねて遊山してきます。(桶狭間古戦場及び旧跡)以上
2023.05.19
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<家康誕生、幼名は「竹千代」>徳川家康は1142年(天文11年12月26日)に三河岡崎城内にて誕生。父は松平広忠、水野氏於大の方です。幼名は「竹千代」ですが、松平家では代々世継ぎにはこの名前が使われていたようです両親は、於大の実家が織田方についたため。竹千代が3歳の時に離縁しています。家康は生涯で「4度」も名前を変えています。 (撮影筆者、浜松城公園の「家康像」)<家康人質時代、信長との出会い>1547年、竹千代6歳に時に今川家に人質に出すことにしたが、途中戸田康光の裏切りで「織田方」の人質となった。織田の「人質」時に「信長」との出会い、ふれあいがあったことがその後の清州同盟や生涯の絆に育っていった。その後今川、織田の人質交換で今川家の人質になる。8歳のときである。 <松平竹千代から松平元信へ>1555年14歳で、今川義元の下で元服し、」今川義元の「元」の一字をもらって「元信」と名付けている。ところが、「信」という由来を調べてみたが、あまりはっきりした情報はなかったが、どうも「三河松平家」の中興の祖ともいわれている「松平信光」から「信」の一字を使ったようである。松平家当主の中には「信」の文字が使われているようです。<松平元信から松平元康へ>1558年(永禄1年)初陣。このころ「元康」に改名。今川義元の「元」と祖父の松平清康の「康」からもらったようである。 <松平元康から徳川家康へ>1563年の家康20歳のときに、今川義元の偏諱を受けた「元康」から「家康」改名したと言われている。「康」の字は祖父の「松平清康」からもらったようである。分からなかったのは「家」の由来である。諸説ありますが、家康が「三河を一つの家にしたい」と考えたこと、妻の瀬奈が三河の地を居心地がよく感じて、「みんなが一つの家に住む家」ということを語っており「家康」と名付けたというエピソードもあるようです。1566年(元禄9年)名字を松平から徳川に改めています。(撮影筆者、「浜松城」と「どうする家康大河館」)以上
2023.05.12
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たまたま、今日は時間ができたので以前からやりたかった「スマホ」のアプリを深掘りしたり、保存ファイルについて点検してみました。また、頻繁にあることではありませんが、個別の振込となるある「書店」への「書籍」の代金の振込手続きなどやっていました。銀行やATMに行かなくても振込できるのは大変助かります。通常の楽天やアマゾンなどの通販は、支払い方法はクレジットカードと紐付けていますので個別の振込手続きはないので便利です。スマホを操作していて、気が付いたのは、これからの生活を考えた時に、私の造語でやや気取っていて恐縮ですが、「マイHOMEのスマート化」というか、家の内・外についてスマート化を進めることがこれから必要になってくるということに気づいた次第です(※スマート化とはデジタル技術を駆使した環境作り)。 (出典:https://www.android.com/intl/ja_jp/articles/115/)<年を重ねると・・・>私たち、シニアは年々足腰が弱ってきます、すたすた歩けた運動能力もだんだんと思うように動けなくなってきます。車の運転も人にもよりますが、免許返上やできるだけ安全面を考えて運転を控えるようになってくるものです。また、夫婦の内どちらかが床に伏せるようになったり、ひとり身になったりするとがぜん生活面で不自由さが想定されます。これからの生活で考えないといけないのは、好むと好まざるとかかわらず、日常の買い物を含め外出が少なくなると想定して家の中での生活(家にいて用事をこなす)を考えないといけませんね。 <シニアほど、スマホを活用できるように>スマホは電話とインターネット機能を有する最強の器具ですが、「小さくて操作がしにくい、字が小さい」などシニアにするとまず見にくいこと、「操作が面倒くさそう」、「別にスマホ、携帯電話は不要」・・・数えきれないほどのスマホに対する拒否感が感じられます。冷静に考えると、シニアほど「スマホ」をうまく活用すべきかと感じます。スマホと同じような機能をもつのは「パソコン」「タブレット」などもあります。業務的に資料を作成したりする機会があまりなければ、スマホ、タブレットで十分です。特に情報収集や、電話、SNSの活用の他にも、通販や銀行取引、食料品・日用品の購入、タクシーの手配・・・など威力を発揮します。家にいてできないこともありますが、「家にいてできることはスマホの機能に寄せていく」ことが大切な気がしますので、どこまでできるのか考えてみました。 <マイHOMEのスマート化をめざして>「HOME」の内のスマート化とは具体的にはいろいろとありますが、総括すれば便利で機能的で安全な家を目指すということですが、「外部とのスマート化」がこれからますます必要になってくるということです。 <家にいて生活が成り立つ環境作り>そこで、これからも、もちろん体力や運動機能をキープすることはもちろん、友人知人との交友などは必要ですが、家にいて、まずは「衣食住」の手配、修繕などの備えができているか、また想定できる必要な手配などについてランダムに上げてみました。【衣】◇必要な商品の手配(通販など)【食】◇食事の手配(食材注文、弁当の注文(ディナーサービスなど)、出前配達、レストラン予約など)※買い物が出来なくなることが想定されます【住】◇必要な物資の手配(通販での生活関連商品取り寄せ、宅配物の集荷など)※家まで重いものの持ってきていただけるのは大変助かります。◇必要な修繕修理(電気・ガス・水道、屋根、庭植木管理などの依頼)【生活】◇友人知人等の連絡、伝達(電話、LINE、メールなど)◇かかりつけ医療機関への連絡(医師の往信依頼やネット診察環境)など、◇マイカーの不具合、故障(JAF)◇外出時の交通手段手配(タクシーなど)、◇必要事務処理(各種契約、支払い、確定申告、銀行口座の管理・振込など)、【緊急連絡】◇緊急時の連絡(警察、救急車など)◇自然災害時(台風、地震、津波災害など)の情報の入手等◇安否確認システムの利用【知人・友人との交流】◇肉親、親戚への連絡など◇友人知人との交流(LINEやZOOM)、【その他】◇肉親などへの安否カメラの設置 などに対応していくことが求められているようです。今はただ単に思い付きのレベルで記載していますが、どうもインターネットがらみのデジタルな環境を具体的に着々と備えていくことが必要な気がします。 (出典:シニア向けスマホ各種、https://www.mapion.co.jp/news/column/cobs2302377-1-all/)<「スマホ」の活用は老後だからこそ必要性が増してくる>それには、どうも「スマホ」の活用がキーになり、「スマホ」にできるだけやるべきことを集約させる仕組みを考えていくことが必要になりそうです。ただ単に「スマホ」は便利だからということでなく、老後を考えた環境構築が大切なようです。手前味噌ですが、「スマホ」利用を振り返ると、知らないうちにかなりの部分で「スマホ」1台あれば家にいながらできるようになってきました。わたしは、「スマホ」があるこの時代に生まれていて本当に幸せだと考える人種のせいかもしれませんが、こんなに便利なものはないですね。なんとなくイメージが出来上がってきたので、走りながらもう少し、自分なりに体系的にまとめてみたいと考えています。以上
2023.05.02
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