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今朝、夢を見た。久しぶりにUFOを見た。赤い色をしていた。それが、とても印象的だった。そのUFOは、目の前でデモンストレーション飛行をしてくれた。そのUFOには、懐かしい人たちが乗っていた。いつもこちらを見守っているUFO。懐かしくて泣けてしまった。目が覚めて、すぐに水晶を見に行った。昨夜からベランダで月光浴中。まだ西の空には、満月が浮かんでいた。丸いきれいな月だった。昨夜は、自宅にある大きなポイントたちが月光浴。それから、最も大きなクラスターも。こちらは、10kgぐらいはあるのではないだろうか。富士山よりも高いヒマラヤからやって来た巨大なクラスター。気がつけば、ヒマラヤの岩石が自宅に移動している。大きな母岩の上に、数え切れないほどのポイントが育っている。まさにヒマラヤの岩石そのもの。それが自宅にあるという不思議。ヒマラヤの一部が、切り取られて自宅にある。なんとも不思議な気分。そのポイントたちは、ものすごく透明。すばらしくきれいなクラスター。贅沢この上なし。ヒマラヤ山脈の一部が、自宅にある。それは、自宅のエネルギーを変える。これだけたくさんの水晶があるということは・・・それぞれの場のエネルギーが、集結しているということ。ヒマラヤだけではない。ブラジル、アメリカ、中国、アフリカ、アルプス・・・世界中から水晶が結集している。まるで地球のエッセンス。地球のエネルギーの高いところから、その代表を迎えているようなもの。水晶が採れるところは、どこもエネルギーが高い。特に美しい水晶が採れるところは、その傾向が顕著。よく考えてみると、地球のエッセンスと一緒に暮らしているようなもの。しかも、その水晶たちは、それぞれ宇宙と繋がっている。すばらしきかな水晶ライフ!もう止まらない、やめられない・・・月光浴させていた水晶たちを家に入れたら、雨が降り出した。ジャストタイミング。しばらくすると、激しい雨が嘘のようにやんだ。そして、太陽が出た。その太陽が、月光浴したばかりのヒマラヤクラスターに当たった。ヨシッ!これで完璧。これで当分、強烈なエネルギーを発してくれることだろう。縁あって世界中の水晶たちと暮らしている。水晶は、見れば見るほどすばらしい。見飽きることがない。その形、色、艶、エネルギー・・・それらが心身に与える影響は、計り知れない。水晶の波動は、安定している。人間のように刻々に変化しない。常に心身を浄めてくれる。その波動が心身と共鳴し、心身を安定させる。水晶を見ているだけで、意識がクリアーになる。いろんなところが刺激され、心身が活性化する。常に意識を純粋にしてくれる水晶たち。数えてみると、ざっと800個近くある。常に増減しているけれども、一堂に会すると壮観。それぞれに個性があって美しい。よくぞこんなに美しいものが集まってきたもの。見ているだけで、何とも言えない気持ちになる。心が満たされる。すばらしいとしか言いようがない。当分、水晶ライフが続きそう。『世界から 自宅に集まる 水晶は 選び抜かれた 地球(ほし)のエッセンス』これが日記を書き始めて2061日目の心境。
2010.08.26
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昨日、今日と、二日続けて水晶の浄化に行く。今の時期は、海も川も気持ちがいい。いつまででも入っていたい気分。水晶の浄化が終わると、顔を洗ったり、水を飲んだり・・・人間の方も少し浄化する。「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPでは、今日から乙女座の水晶祭りが始まっている。乙女座は、思考力が本格的に発達する時期。何でも分析して理解しようとする。今の科学文明のベース。牡羊座で、いのちの種が生まれる。牡牛座は、地球に根づく時。双子座では、好奇心が目覚める。蟹座では、感情が発達する。獅子座は、自己の確立。そして、乙女座で純粋な思考力が発達する。ここで、感覚、感情、思考が出揃う。個人的な領域が完成する。次の天秤座からは、社会的な領域となる。社会との切磋琢磨によって、人格が磨かれていく。12星座は、愛の完成に向かって進む。到達点は、無償の愛。乙女座というのは、高校生や大学生ぐらいだろうか。最も思考力が発達する時期。天才たちは、この時期に新しい発明や発見をする場合が多い。将棋やチェスの天才たちも、この頃が最も頭が冴える。この時期を過ぎると、そんなに発達はしない。せいぜい現状維持。大半の人は、退化し始める。使わなければ、退化するしかない。それぞれ発達する時期がある。一気に身長が伸びる時期もあれば、男性性や女性性が成熟する時期もある。感覚が発達する時期、感情が発達する時期、思考が発達する時期・・・その時期に見合ったものを発達させる方がいい。今は、小さい頃から知育一辺倒。感情を発達させる時期に思考力を発達させようとしても無理がある。感情が発達せず、逆に歪(いびつ)になってしまう。豊かな情操は、思考力のベースとして必要なもの。それがないと、冷徹な思考人間になってしまう。私利私欲に走ったり、人の気持ちを無視した思考になりやすい。バランスや調和のない思考は、あまりにも危険。人類や地球を破壊してしまう。肉体も感覚も、感情も思考も、それぞれ発達させる必要がある。それが偏ると、歪んだ人間になる。そういう人は、間違いなく問題を起こす。まずは、自分の可能性を万遍なく伸ばしてあげることだろうか。そういうなかから個性を育てる必要がある。基礎があって、初めてユニークな個性が育つ。思考だけに頼る人は、やがて思考の罠に落ちる。才あるものは、才に溺れる。ムーの時代は、思考力はそんなに発達していなかった。アトランティスの時代は、思考力が全盛だった。しかし、結果は、自らを滅ぼした。思考の独り歩きは、やがて自滅へとつながる。肉体も感覚も、感情も思考も、更にそれ以上のものも、バランスよく発達させる必要がある。そうでないと、調和が乱れる。個の調和が、全体の調和につながる。全体性と共に生きないと、真の幸せはない。自分さえよければいいというのは、思考の独りよがり。そういう思考に未来はない。全体と共にある思考だけが、これからも生き続けられる。思考は、理解のための一つの方法に過ぎない。思考人間は、そのことに気づいていない。狭い了見で、思考の世界だけで生きている。思考を理解し、思考を使いこなし、思考を超える。乙女座の思考から、更なる飛躍が必要な時代。『肉体も 感覚・感情 思考まで 発達させて 個性育てる』これが日記を書き始めて2060日目の心境。
2010.08.25
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(昨日の続き)朝の8時半に宿に迎えに行く。宿から虹が見えたらしい。大きな虹が、海に架かったとか。実は・・・彼女は、昨日も虹を見た。宿へ向かう途中、車中から一瞬見えたらしい。こちらが振り向いた時には、既になかった。運転手は、辛いね。今日は、3泊4日の旅の最終日。11時半頃の飛行機で帰ることになっている。そんなに時間はない。でも、最後まで心身の浄化をしよう。ということで、川で泳ぐことに。場所は、いつも水晶を浄化するところ。朝早いので、誰もいない。彼女は、宿を出る際に既に水着着用。川の水は、澄みきっていた。底まではっきり見える。それだけでなく、飲みたければ飲むことさえできる。屋久島でも、とびきりきれいな川。しかし・・・・・水清ければ?そう。冷たい!真夏だというのに、超冷たい。長いこと入っていられない。あまりにも冷たいので、また海に行く。一昨日、彼女が滑ったところ。さすがに今日は、慎重。でも、歩き方が不自然。まだまだ調整中。ゆっくり時間をかけて潮溜りに着く。海水は、温かい。まるで温泉。一昨日泳いだところで、また泳ぐ。しばらく泳いで、場所を変える。新しいところは、完璧な潮溜り。最初のところは、川の水や海水が少し流れ込んでいた。今度は、浅いけれども水温の変化がなくて楽。入ってみると・・・驚くほどの熱帯魚の群。たくさんの熱帯魚が、取り残されていた。色とりどりの熱帯魚が、目の前で泳いでいる。こちらは、ただ浮かんでいればいい。まるで宇宙遊泳。全身の力を抜いて、静かに海に浮かぶ。目をつぶってもいいし、ただ熱帯魚を見つめていてもいい。超リラックスタイム。彼女にも全身の力を抜いて海に浮かぶようにアドバイス。これで、これまで不自然に圧力がかかっていたところの緊張がほぐれていく。普段は、立っていても寝ていても、どこかに圧迫がある。ところが、海中に浮くと、どこにも圧迫がなくなる。超リラックス。全身リラックス。浅くて波もない安全なところなので、安心して力が抜ける。しかも、目の前は、竜宮城。彼女は、長いこと海中浮遊していた。よほど気持ちがいいらしい。なかなかこんなにのんびりできることはない。しかも、海水は、透き通るほど美しい。朝の短い時間の割には、のんびりできた。帰りの飛行機の時間が気になる。川に戻って、もう一度泳ぐ。海水を付けたままでは、帰れない。時計を確認したら、まだ余裕があった。さっぱりしたところで、ちょっと遊ぶ。川の上に吊るしてあるブランコに乗る。本当は、子供のためのものだが・・・彼女が乗ったところで、綱を引く。そうすると、木に吊るされたブランコが動く。川の上のブランコ遊び。こんなことは、そうそうできるものではない。のんびり遊んで、着替える。車に乗り込んで、空港へ向かう。ところが・・・もう一つあった。途中で、無農薬のお茶屋さんに寄る。目的は、抹茶のソフトクリームを食べるため。泳いだ後のソフトクリームは、格別おいしい。彼女曰(いわ)く、これなら毎日来たかった!空港に着いて、チェックイン。空港は、混んでいた。大阪直行便は、満員の様子。まだ夏休み中。手続きが完了して、空港の前で記念撮影。こうして、3泊4日の旅が終了。非常に充実した旅だった。3泊4日とは思えないほど、豊かだった。その原因は、質。量ではなく、質。彼女は、意外と動いていない。他の3泊4日の旅と比べると、行動範囲は狭い。しかし、何倍も充実していた気がする。なぜ?それは、一つ一つを深く体験していたから。サッと通り過ぎる旅ではなかった。いかに深く体験するか。それに尽きる。量ではない。まさに質が問われる。大川の滝でも、長いことミストを浴びていた。巨木の森では、一本一本の屋久杉と向き合っていた。木霊の森では、体が自然に動き始めた。海でも、熱帯魚たちと仲良くなるぐらい見つめ合っていた。一つ一つのことを丁寧にやることだろうか。そうすれば、充実する。人生の質が違ってくる。通り過ぎるだけでは、深みは生まれない。彼女は、たくさん涙を流した。体が、喜んでいるようだった。体だけでなく、魂も喜んでいた。屋久島に来て、再スタートできるのを喜んでいた。自分自身の状態を明確に自覚して生きることのスタート。ただ世間の波に流されて生きるのではなくて。自分自身として生きる。自分の人生を生きる。もちろん、これまでも自分の人生を生きてきただろう。しかし、もっと自分をよく知ることだろうか。自分自身を深く理解することだろうか。そうすれば、人生がまるで違ってくる。屋久島の大自然に抱(いだ)かれると、まず体が喜ぶ。本来の自然な状態に戻ろうとする。しかし、それだけではない。更に深いものがある。魂の目覚めが起きる。本人が自覚しようとしまいと、そういう流れになる。なぜなら、そういう方向性を持ったガイドだから。単なる自然案内人ではない。魂の願いを実現する。それ以上のことがあるだろうか。そのために生れてきたのだから。魂こそが、自分の故郷(ふるさと)なのだから。屋久島の大自然に抱かれて魂の目覚め。個であり全体である本来の自分へ還るスタート。そのきっかけであり、始まり。そういう時が来たということ。まだ始まったばかり。これから本格化するだろう。本来の自分自身を花開かせることが。ナチュラルヒーリングとは、そのサポート。自然なサポート。無理のないサポート。何もしないサポート。自分で気づくサポート。今回の旅で、こちらも更に明確になった気がする。自分が為すべきこと。これからやろうとすること。エコガイドではなく、ヒーリングガイドであり、スピリチュアルガイドであるということ。真剣に自分の人生に向き合うこと。本来の自分自身を取り戻すこと。魂の目覚め。そういうサポート。『屋久島に 抱かれて気づく 本来の 自分自身の 真の人生』これが日記を書き始めて2056日目の心境。* これは、2010年8月15日から18日までの3泊4日の屋久島の旅のレポートです。
2010.08.21
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(昨日の続き)朝8時半に宿に迎えに行く。天気は、晴。木霊の森へ向かう。昨日の打撲は、どうなっただろうか。普通に歩く分には、痛くはないらしい。ただ、腰を曲げて何かを取ろうとすると、尾てい骨の辺りが痛いとのこと。どうもまだ調整が必要な感じ。木霊の森へ行けば、調整されるだろうか・・・白谷雲水峡の駐車場は、もう満員だった。車を路上に停めて、歩き始める。途中でトイレに寄ろうとしたら、女性用は長蛇の列。あまりにも時間がかかりそうなので、パス。白谷雲水峡がどんなに混んでいても、木霊の森には誰もいない。いつも貸切。最初の大きな岩の上にマットを広げる。今日はお客さんは一人だけなので、何をするにも余裕がある。とりあえず、靴と靴下を脱いで横になってもらう。ゆっくりリラックスしてくださいと言い残して、更に上に登る。こちらも、岩の上で瞑想。30分ぐらいして戻ってみると・・・お客さんが、体をクネクネ動かしている。どうも自然に動いている感じ。明らかに自律的に調整している。しばらく様子を見て、近づく。体が、自分から動き始めたとのこと。左右にくねらせたり、胸をそらしたりしている。尾てい骨を中心に、全身を調整している感じ。きっと体が歪んでいたのだろう。以前にヒーリングをやる人から、腰が動かないと言われたことがあるとのこと。腰を動かすためのショック療法?尾てい骨を打ったのは、そのため?強い刺激を与えないと、固まってしまったものは動かない。確かに、尾てい骨も頭も詰まっている感じ。スーッとエネルギーが通り抜けていない。エネルギーを通すために、尾てい骨を刺激したのだろうか。あり得ないことではない。体には、体の叡智がある。ハイアーセルフも、健全な心身に戻ってほしいと願っている。そういうことが相まって、アクシデントが起きたりもする。しかし、これはケガの功名!人生の基本は、災い転じて福と為す。元々、災いなどと言うものはない。自分が災いと思い込んでいるだけ。ただ必要なことが起きているだけ。すべては、チャンス。何が起きても、それを活かせばいいだけ。すべてをチャンスととらえて活用すれば、何も問題はない。事態は、良くなる一方。一時間以上、体の自立運動は続いた。落ち着いたところで、歩き始める。木霊の森へ来る前より、かなり歩きやすくなったとのこと。体の調整が進んだようだ。ゆっくり味わいながら歩く。沢のせせらぎを感じるところで、しばし休憩。沢の流れに聴き入ってもらう。ここでも、お客さんは長いこと動かなかった。沢の流れる音を聴いていると、血液やリンパの流れが整う。これまで詰まっていたものが、流れ出す。実際、そのような感じがするとのこと。これまで、かなり無理をしてきた様子。50年も生きていれば、体は相当痛んでくる。メンテナンスをしなければ、やがてボロボロになって使えなくなる。ちょうど良いタイミングだったのだろう。あるいは、もう限界だったのかもしれない。いや、そうではなくて、これをきっかけに新しい生き方にシフトするべく屋久島に来たのではないだろうか。これまでは、一生懸命頑張ってきた。心身共に無理を重ねてきた。ゆっくり味わいながら生きるという余裕はなかった。そういう人生を見直し、もっと落ち着いて生きる時期にきたのではないだろうか。何でも自分でやろうとしないで、人にまかせる。人が働きやすいような環境を整える。自分は、見守る。この方は、美容院を経営している。そのため、若い頃は無理をしたらしい。今もめいっぱい働いている。人を使っているので、なかなか大変そう。でも、もう限界。このままでは、倒れてしまう。もっと心身のケアーをしないと。自分自身と一緒にいる時間を増やさないと。そのための屋久島。自然に還るための屋久島。本来の状態に復帰するための屋久島。心身ともに健全な状態に戻すための屋久島。その後、沢に手が届く岩の上で、腹這いになって休憩してもらう。ここでも30分以上、動かないままだった。よほど調整が急務なのだろう。こちらは、その様子を切り株の上から見守っていた。超スローペースなので、かなり時間が経過してしまった。最後まで行くことをあきらめ、途中で木霊の森を出る。もう十分。この先は、次回来た時に案内することに。車で里に下りる途中、かなりの雨が降ってきた。森では、まったく降らなかったのに・・・とりあえず、カッパとトレッキングシューズを返しに行く。カッパはまったく使わなかったので、500円のキャッシュバックがあった。本当は、海で泳ぐ予定だった。しかし、天気が不安定なので、予定を変更。kimi水晶館で水晶を見ることに。実は・・・この方は、普通ではない美容院にしたいと願っていた。これまでも特殊なジェルを使ったりしていた。更に充実したものにしたいとのことで、水晶の話になった。美容院に水晶を置いたら!美容院のエネルギーが、格段にアップするだろう。しかも、屋久島のエネルギーが入った水晶であれば、尚更のこと。この方は、既にこちらの水晶をたくさん持っておられた。水晶祭りの度に、毎回、リクエストされていた。しかし、それらは、自分用。みんな鏡台の上に飾ってあるとのこと。それは、もったいない。美容院にも置けばいいのに・・・そういうことで、美容院に置く水晶を見たいという話になる。6月に東京に行った際に、たくさんのクラスターを買ってきた。美容院には、クラスターが向いている。気に入ったものを選んでもらうことに。まず従業員のお土産用の小さな水晶を選び。次に美容院用の大きなクラスター。自宅にある大きなクラスターを、みんな並べる。テーブルの上が、水晶でいっぱいになる。結局、アーカンソーの大きなクラスターを3個チョイス。その他に、両親の部屋に置くためのカテドラルクオーツを1個選択。オイオイ、オイオイ・・・これは、泣き声。誰の?顔で笑って心で泣いているkimi。あまりにもすばらしいものだけを選択されたから・・・ハ?本当にすばらしいクラスターがチョイスされた。これを美容院に置けば、明らかに美容院の雰囲気が変わるだろう。それほどすばらしい水晶たち。その割には、安い。近くの水晶店と比べて、あまりにも安いと感激。日頃の行いが良かったね!というわけで、かなり長い時間、水晶見学。こんなに水晶を見まくった人は、これまでにいない。水晶の魅力に取り憑かれている二人なので、水晶のことになると話が尽きない。楽しい時間を過ごして、宿へ送る。今日は泳げなかったけれども、十分満足した様子。なにしろお気に入りのクラスターをゲットできたのだから・・・自宅にいる時に、宿から電話がある。料理人の具合が悪く、夕食は近くの料理店に連れて行きたいとのこと。元々、あまり夕食は食べない人なので、料理店はパスすることに。森の生気を吸っているので、食べないに越したことはない。森を歩いていると、あまりお腹が空かない。エネルギーが満ちているので、食事の必要がない。彼女は、二日間とも昼食を摂らなかった。その方が、エネルギーがヒーリングに集中されるので望ましい。三日目も非常に充実していた。量ではない。質。いかに深く味わうか。彼女は、そんなに歩いてはいない。でも、深く屋久島の自然を体験している。じっくり屋久島と触れ合っている。すばらしい屋久島の旅が続いている。(明日へ続く)
2010.08.20
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(昨日の続き)二日目は、朝8時半に宿に迎えに行く。天気は、上々。宿の目の前に、青空を背にしたモッチョム岳が見える。宿の食事も美味しかったとのこと。天気が良いので、巨木の森へ向かう。ほぼ海抜ゼロメートルから、一気に1350メートル辺りまで車で駆け上がる。途中で紀元杉を見る。樹齢3000年の屋久杉の大きさを確認してもらう。しかし、紀元杉は、元気がない。多くの人が行くところは、自然の気が弱くなっている。更に奥へ進むと、川上杉が現れる。ここは観光客があまり来ないので、自然の生気に満ちている。樹齢2000年の川上杉は、単独で風雪に耐えている。本当は、ここに道路を造る際に切られるはずだった。それを当時の営林署の川上さんという人が、道路を曲げて、この木を守った。そこから、川上杉という名前になった。切ってしまえば、それで終わり。あと2000年待たないと雄姿を見ることはできない。よくぞ守ってくれました!こんな杉を切ってはいけない。更に車で上がって、山の水を汲む。海抜1300mを超える水は、格別。冷たくて、体に染み渡る。自宅用に2リットルのペットボトルに2本汲む。車を停めて歩き始める。ここから予想外の展開が始まった。大きな屋久杉に出会う度に、お客さんは動かなくなる。屋久杉の前で、しばらく座り込む。これまでにも、たくさんの人を案内してきた。しかし、こんなに屋久杉の前から動かない人は、初めて。よほど感動したのだろうか。屋久杉のエネルギーを感じている様子。屋久杉と一口に言っても、一本一本違う。大きさも、形も、勢いも異なる。それぞれに深い味わいがある。数千年を生きた杉には、何とも言えぬ趣がある。個々の屋久杉の前で座り込み、しばらく感じる。それを繰り返す。そのため、超スローペース。一人だけの貸切なので、別に問題はないが・・・最後の大きな屋久杉で、奇跡が起きた。樹齢3000年はあろうかという古木。たくさんのコブがあり、これぞ屋久杉のなかの屋久杉という感じ。観光客が来ないので、屋久島の自然をそのまま体現している。彼女は、五十肩で右手が思うように上がらなかった。半年ほど整体に通ったが、まだ斜めに上がる程度。それが・・・気がつけば、垂直に上がるようになっていた。屋久杉に長いこと寄りかかっていた。自然に右肩を屋久杉にくっつける感じになったらしい。20~30分も、そうしていただろうか。そして、そこから離れると、奇跡が起きていた。これには、こちらも驚いた。多くの人を連れてきたが、こんなことは初めて。五十肩というのは、そんなに簡単に治るものではない。長年の疲労の蓄積の結果なので、完治には時間がかかる。それが、わずか20~30分で癒されてしまうとは・・・恐るべし屋久杉パワー!元々感受性の強い人だが、よくぞ屋久杉のパワーを受け止めてくれました。屋久島に来た甲斐があったというもの。予想外に想定外。思わぬことが起きるから人生は面白い。なぜ屋久島に来たのか。その謎が、だんだん明らかになり始めた。ゆっくり山を下りて、車を停めたところへ戻る。あれ?ブレーキランプが点いている。どうしてライトが点いてるの?いろいろやってみたが、ブレーキランプの赤い点灯はそのまま。しかたがないので、里に下りて、ガソリンスタンドへ行く。しかし、そこでも原因不明。ブレーキランプは点きっぱなしなので、熱く加熱している。一週間前に車検したばかり。オイオイ、どうなっているんだ?そういえば、バカに安かったけど・・・車検をした自動車修理工場へ向かう。ところが・・・なんと、まだお盆休み。お盆は、昨日で終わったのでは?しかたがないので、屋久島で最も大きな修理工場へ行く。ところが・・・なんと、ここもお盆休み。屋久島は、いつまでお盆休みなの?やむを得ないので、更に遠くの工場へ向かう。三度目の正直!三つ目の工場は、真面目にやっていた。見てもらうと・・・電気系統の部品が壊れていた。もう13年も乗っているので、寿命だろうか。いや、もしかしたら、先日、悪路を走ったので、その時にヒビが入ったのかもしれない。小犬のロンさんと行った花山歩道が思い出される。未舗装のひどいガタガタ道だった。いろんなことがある。想定外は、まだまだ続く。車の修理で宮之浦まで来てしまったので、ついでに益救神社に寄る。屋久島の大元締めの神社を体験してもらう。かなり遅くなったので、急いで川に向かう。いつも水晶を浄化する川。この時間であれば、もう子供たちも帰っている頃だろう。着いてみると、誰もいなかった。しかし・・・水は、あまりにも冷たかった。冷た過ぎて長い時間は入っていられない。早々に海へ移動する。海は、潮溜りが少しできていた。川に比べれば、ものすごく温かい。これならゆっくり泳げる。海に入ると、熱帯魚がいーっぱい。川の水が流れ込み、海水も流れ込む。そのため、泳いでいると水温が変化する。ちょっと心臓に悪い。それに、海水が流れてくると、透明度が落ちる。海水が濁るわけではないが、流れている海水は視界を遮る。目の前の熱帯魚が、ぼやけてしまう。近くで鹿児島から来たというファミリーが、泳いでいた。シュノーケルを貸して、熱帯魚を楽しんでもらう。しばらく海を楽しんで、帰途に就く。ところが、ここでまたハプニングが・・・お客さんが、岩の間を流れる小さな沢で滑ってしまった。その姿は、まるでスローモーションのようだった。滑った直後は、それほどでもなさそうだった。お尻から滑ったので、大丈夫かなと思われた。ところが・・・したたか尾てい骨を打っていた。尾てい骨を打ったために、歩くのがぎこちなくなった。なぜ?どうして?思わぬことが起きる屋久島の旅・・・(明日へ続く)
2010.08.19
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12時45分着の大阪からの直行便で、お客さんが見えた。遠い富山県からのお客さん。3泊4日の屋久島の旅の始まり。天気は、晴。まず永田いなか浜へ行く。暑いけれども、裸足になって砂浜を歩く。ところが・・・確かに陽射しは、強い。でも、風がある。涼やかな風が、絶えず吹いている。そのため、それほど暑いとも感じない。風に救われながら、砂浜をずーっと歩く。川が流れているところまで行って、一休み。川の水は、冷たい。涼をとる感じで、しばらく川のなかにいる。少し休んで、また砂浜を戻る。波は、ほとんどない。澄んだマリンブルーの海水が、やさしい。駐車場の近くでは、泳いでいる人もいる。波がないので、今日は安全。北国にはない明るい海に、お客さんは大喜び。突然寄せてくる大波を、キャーキャー言いながら避ける。それでも、ズボンの下の方は濡れてしまう。それもまた心地よい。永田いなか浜から、西部林道に入る。シカがたくさん出ていた。今年は、シカが多い。角のある雄のシカが、目につく。途中で車から降りて、写真を撮る。でも、今日は逃げ足が速い。それでも、人のいない西部林道は気持がいい。自然の生気が満ちている。お盆のせいか、車が多い。普段であれば滅多に車に出会わないのに、次から次と車が現れる。かなりの観光客がきている感じ。西部林道を抜けて、大川の滝に着く。滝壺の前まで行って、大きな岩の上に座る。滝のミストが、まともに当たる。夏は、これが最高。心ゆくまで涼しいミストに当たる。二本ある滝の右側には、虹が架かっている。美しい。その虹に見とれながら、長い間ミストを浴びる。その間、たくさんの観光客が、入れ替わり立ち替わりやって来た。それでも、滝壺に一番近いところにいたので、そこまで来る人は少なかった。滝と直に対峙している感じ。滝のミストは、浄化のミスト。全身を洗い浄めてくれる。後で聞いた話では、お客さんは泣いていたらしい。涙がこみ上げて、どうにも止まらなかったとか。浄化の涙だろうか。深いところから癒されていたのだろうか。1時間ほどミストを浴びて、宿に向かう。今日の宿は、癒しの宿「とんとん」。これが、癒しの旅の始まり。涙で始まった旅は、どのように展開していくのだろうか。(明日へ続く)
2010.08.18
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今日の屋久島は、台風。ではなくて、の余波。風が強く、波の音も高い。でも、それほど雨は降っていない。朝から水晶の浄化に行く。なにもこんな日に行かなくても・・・実は、お客さんが水晶を持ってきたので、その浄化に行ったもの。ついでに自分のものも少し浄化。すごい波だった。台風の余波に加えて新月の大潮。干満の差が激しいので、ものすごい勢いで海水が増減した。海は早めに切り上げて、川でゆっくり過ごす。川の水は、澄んでいた。まだ気温が上がらないので、誰も泳いではいなかった。とても気持ちのよい川。長い間、水晶と同時に人も浄化する。水晶たちは、見違えるようにきれいになった。新月のエネルギーは、すべてを一新する。新たなスタート。新月の浄化も悪くはない。今日から「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPでは、新月の水晶祭りが始まっている。今回は、ゴールドルチル特集。研磨されたゴールドルチルクオーツが、24組登場している。全部が一同に並ぶと、豪華絢爛。ゴールドルチルクオーツとは、水晶のなかに金色の針が入っているもの。その金色の鉱物は、金紅石。そのままでは脆いものだが、水晶のなかに入ると安定する。安定するだけではなく、水晶のパワーを増幅する。金紅石は、細いものから太いものまである。太いものは、タイチンルチルと呼ばれる。細いものは、ヘアールチル。黒いヘマタイトから六方向に放射したものは、太陽ルチル。ゴールドルチルクオーツの産出は、減少の一途を辿っている。逆に、需要はうなぎ登り。これでは、価格が高騰するしかない。6月に行ったミネラルフェアーでも、ゴールドルチルは少なかった。専門業者によれば、以前に買ってあったストックを加工しているとのこと。今は高過ぎて、とても買えないと嘆いていた。クオリティの高いものは、極端に少ない。しかも、高価。安ものは、それなりに出回っている。しかし、水晶の透明度も、ルチルの色も量も劣る。水晶が、白濁しているものが多い。高価であっても質の高いものは、そこそこ売れている。水晶のなかのゴールドルチルは、アンテナの役割を果たす。勘が鋭くなる。その結果、投機やギャンブル運がアップする。勘が働くので、重要な取引などでも使われる。この世的には、金運の石として有名。「金線」が入るのが、「金銭」が入るに通じるからだろうか。実際、金色の針が入ることによって、金の波動が強まるとも言われる。見るからにゴージャスな水晶。ゴールドルチルクオーツは、水晶のなかでも極めてパワーが強い。その訳は・・・ゴールドルチルクオーツは、風水的に言うと「火」に当たる。そのため、物事を強めたり、高めたりする作用がある。刺激し、活気づけ、元気にし、向上させる。本来持っているものを活性化させる。前向きに生きようとする力を与える。行動力や勝負強さをもたらす。生命エネルギーを強め、生殖腺の機能を正常にする。それによって、体力も気力も充実する。性的にも魅力的になる。何事にも積極的になれる。頭痛や歯痛にも効果がある。痛むところにゴールドルチルクオーツを当てると、針先から痛みが放出される。なにしろゴールドルチルクオーツは、パワフル。ゴールドルチルクオーツがあることによって・・・確信が湧く。自信が漲(みなぎ)る。内在するものが活性化し、自然に内側から存在感が増す。本来持っているパワーが開放される。それは、この世的なことについて言えるだけではない。むしろ、スピリチュアルな面において、一層効果がある。水晶のなかの金針は、霊的なアンテナとなる。霊的なエネルギーを受けとめることが、より容易になる。多くの人の霊的アンテナは、不活発な状態。ほとんど眠っている。それを目覚めさせてくれる。本来の霊性を取り戻してくれる。そういう意味では、水晶のなかでも極めて貴重なものと言える。物質次元の虜になっている人に、本来の霊性を取り戻すきっかけとなる水晶。霊的に生きようとする人には、霊性を高めるサポートをしてくれる。その効果は、すばらしいものがある。霊的センターである松果体や脳下垂体が、活性化する。まるで、そこにアンテナが立ったかのように霊的エネルギーが入ってくる。それは、直観力や洞察力となって現れる。インスピレーションも盛んに湧くようになる。感性が研ぎ澄まされ、集中力が増す。それは、瞑想につながる。真実を見分ける力、本質を見抜く目が育つ。不動の自己信頼が、内側から自然に湧いてくる。物質的、肉体的な自分から、霊的、スピリチュアルな自分へと変身していく。ゴールドルチルクオーツがあることによって、それが加速される。ゴールドルチルクオーツを、この世的なものだけに使うのはもったいない。極めてスピリチュアルな水晶。ゴールドルチルクオーツは、金銭も、肉体も、精神も活性化する。あらゆるものを活気づけ、元気にする。パワーに満ちた水晶。キング・オブ・パワーストーン。ヨーロッパでは、「ヴィーナスの髪の毛」とも「キューピットの矢」とも呼ばれる。すてきな恋を取り持ってくれる。恋愛も結婚もサポートしてくれる。但し、これは太いタイチンルチルではなくて、細いヘアールチルの方。人生は、日々、取捨選択の繰り返し。どのような選択をするかで、人生が変わってしまう。その際に、直観力や洞察力は、何物にも代えがたい価値がある。インスピレーションは、自分を救う。そういうものをアップしてくれるゴールドルチルクオーツは、すばらしい水晶。水晶に頼り過ぎるのは問題だが、活用する分には問題はない。それも自我我欲でなければ、サポートは計り知れない。ゴールドルチルクオーツを通して、霊的なサポートがくる。ハイアーセルフや天使や守護霊など、いろんなレベルからのサポートがしやすくなる。魂との絆も太くなる。霊的な源ともつながりやすくなる。自分の本質に目覚めるのが容易になる。良いことだらけのゴールドルチルクオーツだが、水晶まかせでは何事も起きない。まず自分自身がその気になること。そうすれば、水晶はそれをサポートしてくれる。共に同じ方向へ向かって進むということ。その性質を理解して、活用する。それは、何事についても言えること。そのようにすれば、可能性はどんどん開かれていく。行く手には、無限の可能性が満ちている。『霊的な アンテナ刺激し 活性化 ゴールドルチルは 稀有(けう)な水晶』『金針は 人の霊性 刺激して 人本来の 姿に還す』これが日記を書き始めて2045日目の心境。
2010.08.10
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大きな黒アゲハが飛んでいる。一昨日は、二羽が仲良くペアーで飛んでいた。写真に撮りたかったが、飛んで行ってしまった。屋久島は、夏真っ盛り。ここのところ、連日、悪夢を見ている人がいるようだ。もしかしたら、かなりの人が見ているのかもしれない。既に悪夢を卒業した人もいる。まだまだ悪夢を溜め込んでいる人もいる。それぞれが、それぞれのペースで悪夢を解放している。それは、自然現象ともリンクしている。異常気象が続いている。天変地異も後を絶たない。すべてが、浄化に向かっている。本来のシステムへの復元。自我の我がままの終焉。これまで溜まったカルマの解放。カルマとは、我がまま。自然を無視した恣意。人間の都合に合わせた地球の破壊。地球や自分自身の無理解。理解が深まれば、恣意は許されなくなる。自然と共に自然に生きるしかなくなる。無知であるが故に、自然を破壊する。未熟であるが故に、我がままになる。悪夢とは、人間の我がままの解放。人類規模での悪夢の解放が起きている。もう我がままは、許されなくなっている。本来の状態への回帰が始まっている。悪夢を恐れる必要はない。それは、潜在意識を大掃除しているだけ。悪夢を見れば見るほど、潜在意識はきれいになる。そう思っていれば、何も心配はない。人類の蓄積された悪夢がある。自分のなかにまだ悪夢の素材が残っている人は、人類の悪夢にコンタクトする。悪夢を見ることは、自分の悪夢と同時に人類の悪夢も解放すること。人類の役に立っていると思えば、気が楽。大切なことは、悪夢に振り回されないこと。ただ見守り、それ以上のことは何もしないこと。必要以上に詮索しないこと。ただ解放していると思い定めること。やがて悪夢の種も尽きる。今解放している人は、早目に解放に取り掛かった人。まだまだ未解放の人が、圧倒的に多い。重たい荷物を背負って生きている人の、なんと多いことだろう。悪夢を解放すれば、心身共に軽くなる。人生の新しいステージが開く。そういう意味では、悪夢を見ることは喜ばしいこと。別に嫌がることはない。とは言っても、気分がよくないのは事実。しかし、それも解放のプロセス。自分が溜め込んできたものを解放しているだけ。みんな手放して身軽になろうとしているところ。それを潜在意識レベルでやっているのが、悪夢。顕在意識レベルでやるのが、アクシデント。この世的には、不幸と思える出来事。そういうものも、悪夢の解放の一環。何が起ころうと、静かに見守る。冷静に対応する。慌てて余計なことをしない。ジタバタして自分を見失わない。これまでしっかり掴んでいたものを解放するプロセスが続いている。それは、人類規模での解放のプロセス。早くやれば、早く楽になれる。遅くやれば、いつまでも重たいまま。しかし、それは、それぞれが決めること。それぞれが、自分のペースで解放している。早い遅いについては、コメントする立場にない。ただ悪夢を見だしたら、悲観しないで喜んだ方がいい。今の流れは、蓄積ではなく、解放。古いものを一旦手放さなければ、新しいものはやってこない。古いものが一掃された時に、まったく新しいものがやってくる。それは、古いものを持っている限りわからない。手放して、手放して、手放し抜いて・・・この日記が始まって以来、ずっと言い続けてきたこと。もう五年以上言い続けている。ハー・・・それぞれのペースなので、何とも言えない。それでも、やっと本格的に手放すことが始まっている感じ。かなりの人が、手放すことに本気で取り組んでいる。それも表面だけでなく、潜在意識レベルから。それでも、まだしっかり掴んで放さない人もいる。やがてそういう人も手放す時がくる。いつまでも握りしめていると、強制的に手放さざるを得なくなる。無理やり、泣く泣く・・・そうなる前に手放した方が、賢明というもの。手放した時点から楽に生きられる。たくさん持っていなくても、安心して生きることはできる。たくさん持ち過ぎているから、安心して生きられない。何かにすがって安心を得ようとするから、いつまでも不安が続く。安心を得ようとすること自体に、不安がインプットされている。安心は、得るものではない。安心は、自分が安心そのものになること。自分が安心そのものになれば、安心を得ようなどとは思わない。安心そのものなので、不安もない。安心という自覚さえない。不安なので安心をほしがるだけ。その不安の源は、自我として孤立して生きているから。全体から分離した自我で生きている限り、孤独や寂しさは付いて回る。自我から離れない限り、安心立命は得られない。自分の外に求めても、永遠の青い鳥。手放して、手放して、すべての拠り所を手放す。悪夢というのは、自分の拠り所。ネガティブなものも自分を守るための拠り所。保身のために、しっかり掴んで放さないもの。風のように、さわやかに生きる時代になる。水のように、さらさらと流れる時代になる。土のように、しっかりと安定した時代になる。火のように、エネルギーで生きる時代になる。新しい時代は、もう目の前。そのための準備が続いている。悪夢の解放も、そのためのプロセス。軽やかに、さわやかに生きるための前段階。『悪夢とは 自分のものと 思い込み 掴んだものを 放さないこと』『自由とは 何も持たずに 生きること 自分のものと 思わないこと』『何もない 自分のものは 何もない それは幻想 ひとときの夢』『目の前に 広がる自然 すばらしい ただそれだけで 既に満足』これが日記を書き始めて2039日目の心境。
2010.08.04
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屋久島は、暑い日が続いている。夏の朝は、早起きするに限る。早朝は、気持がいい。何とも言えず、さわやか。陽が高くなれば、気温はどんどん上昇する。自宅にいるだけで、汗が吹き出す。一日に何回も風呂に入って、シャワーを浴びる。最低でも3回ぐらいは、入ることになる。これが、冬に風邪をひかないコツ。体内の毒素を汗で出してしまう。クーラーは、使わない。自然が、一番健康的。最近は、水晶ライフが変わった。以前は、インターネットで購入するのが楽しみだった。新しい水晶のアップをワクワクしながら待った。ところが・・・最近は、あまり魅力的なものがない。その上、高い。別に価格が上昇したわけではない。東京で卸値を知ってしまったから。6月にミネラルフェアーと卸の店で大量に買ってきた。それを整理して水晶祭りに出すのが、楽しみになった。大量に買った時には見落としていたこともある。一つ一つ写真を撮ると、細かい特徴がわかる。意外な掘り出し物もある。レコードキーパー(△)を発見するのは、珍しくない。他にもダウクリスタルだったりする。レインボーが出ているものもある。一つ一つ丁寧に見るのは、楽しい。写真を撮り、解説文を書くのも楽しい。買う楽しみから、別の楽しみに変わってしまった。楽しみも変化する。60年生きてきて、いろんな楽しみがあった。それは、年と共に変化した。たぶん、これからも変化するだろう。それは、楽しいこと。こんなにもパソコンをやるようになるとは、夢にも思わなかった。同様に、これほど水晶を買い求めるとは、夢のまた夢。そもそも屋久島に住むこと自体が、想定外。ガイドも、まったく予想だにしなかった。人生そのものが、思ってもみない展開になっている。出会った人も様々。付き合った人もいろいろ。みんな想定外。現実生活は、想定外の人生が続いている。しかし、一つだけ変わらないものがある。それは、精神生活。一貫しているものがある。実は、精神生活も変化している。表面的な理解から、どんどん深まっている。最初の頃は、一般的な精神世界。この世を超えた次元をいろいろ学んだ。それが、クリシュナムルティに出会って劇的に変わった。人生が、180度転換した。外に向かっていたものが、内に向かうようになった。それから、クリシュナムルティから離れて、また変わった。正確に言うと、屋久島に来て変わったのかもしれない。より正確に言うと、ブログ日記を書き出してから変わった。思ってもみない展開となった。クリシュナムルティでさえ、外からの情報だった。一切の精神世界の本から離れて、書くことに専念した。その結果、自分のなかがどんどん開いてきた。それは、思ってもみない展開だった。自分のなかに、すべてがあった。それは、想像以上だった。宇宙の仕組みがわかりつつある。宇宙の構造は、思ったよりもシンプル。多様性に満ちてシンプル。現実生活は、日々、変化している。精神世界も、どんどん開いている。そのなかで一貫しているものがある。それは・・・絶えず求め続けてきたということだろうか。真実を求め続けてきた。宇宙の真理を希求し続けてきた。ひたすら求め続けてきた。それが、常に人生の根底に流れていたもの。それが、人生のベース。意識の底流には、絶えず真理への流れがあった。それは・・・生まれる以前は、もちろんそのようなことは知っていただろう。魂として真理を知っていたに違いない。それは、当たり前のこと。みんな同じ。大切なのは、それをこの世で体現すること。この世で実感し、それを生きること。この世まで真理を降ろすこと。この世に真理を行き渡らせること。この世を真理の世界にすること。物質的な世の中を精神的なものに昇華させること。新しい時代を開くこと。そういうビジョンを持って、この世に生まれてきている。日常生活のベースに流れるもの。人生の根底に流れ続けるもの。一貫して揺るがないもの。自分の人生の根本。真理が、真理に出会う。真理が、真理を求めさせる。元々潜在的にあったものに、現実のなかで出会う。この世で真理を体現する。真理とは、宇宙の構造。宇宙の成り立ち。魂としてわかっていたものを、人としてわかる。この世に生きる人として、真理を自覚する。求め続けて60年。気がつけば、目の前に真理がある。真理と共にある。真理と共に生きている。変化するものと、変化しないもの。色と空。個と全体。エネルギーと形。宇宙創造のドラマ。展開する宇宙。繰り広げられる現実。そこに流れる方向性。変化のなかで、揺るぎないもの。真理とは、揺るぎないもの。不動のもの。ひとつであること。『根底の 安心感は 揺るがない 不動のものが 今ここにある』『しっかりと 裡で真理が 生きている 理屈ではない 真理そのもの』『ここにある ことに気づいた だけのこと 元々ここに 最初からある』『生きている 真理と共に 生きていく 自分自身が 真理そのもの』これが日記を書き始めて2037日目の心境。
2010.08.02
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宇宙の図書館へ行った報告には、深い意味が隠されていました。それについてコメントしてみます。まず、宇宙の図書館ですが・・・これは、具体的なビジョンでした。しかし、それは、わかりやすくデフォルメされたものです。一人一人の意識にとって理解しやすい形をとったに過ぎません。実際は、一人一人の意識の奥にあるものです。すべての人の意識の奥に宇宙の図書館があります。カテドラルクオーツも、そこへつながるきっかけです。本や魔法陣なども、エネルギー状態を整えるための方便です。すべては、エネルギー状態です。形というのは、エネルギー状態の象徴に過ぎません。実は、この宇宙そのものが、それと同じ構造なのです。すべての現象は、エネルギーを形に変えたものです。エネルギーを現象化したものが、現実世界です。エネルギーを、わかりやすいように形にしただけです。宇宙の森羅万象は、そのようになっています。まず家のビジョンがあり、それから設計図を書き、最後に建築に取り掛かります。まずエネルギーがあります。エネルギーが具現化したのが、この目に見える世界です。物質次元は、その最も具体的な世界です。わかりやすいように形の変化が遅くなっています。波動が上がるにつれて、その変化も速くなります。それが、次元の差です。すべては、エネルギーを形にしているだけです。それが、現実創造です。形というのは、エネルギーの象徴です。エネルギーを形化したものです。この肉体も、エネルギーの現象化したものです。ですから、そんなに固定したものではありません。すべて可変的です。固定しているように見えるのは、固定観念があるからです。もちろんDNA情報もあります。しかし、そのDNAさえ可変的です。すべてはエネルギーなのですから、すべて変化可能です。肉体は単にエネルギーが形になったものに過ぎず、エネルギー自体を変えれば変化可能です。フランス王妃、マリー・アントワネットは、革命によって一夜にして白髪になったと伝えられています。そうであれば、その逆も可能なはずです。固定観念さえ取り除けば、不可能はありません。要は、エネルギー状態を転換すればいいだけです。本質的に、この宇宙に固定的なものはありません。すべて変化可能です。固定しているように思うのは、固定観念があるからです。これまでの人生経験が、現象を固定的にとらえさせるのです。過去世で黒魔術をやっていたのでしょうか。今は、それを光に変える作業をしているようですね。闇を光に転換することも可能です。この宇宙に不可能はありません。しかし・・・現実世界では、恐ろしいことが多発しています。戦争もあれば、殺人も後を絶ちません。詐欺や強盗や暴力なども日常茶飯事です。なぜこのような悲惨な現実があるのでしょうか。疑問に思ったことのない人は、一人もいないでしょう。なぜ?どうして?それもまた許されているということです。光の許容範囲内であるということです。すべては、光のなかで営まれていることです。それらすべても、やがて光に統合されるでしょう。宇宙の図書館で瞑想している人たちがいたように、闇を光に変えようとしている存在がいます。多くの存在が、そのように働いています。闇が許された時期が終わりに近づいているからです。すべての闇は、地球から一掃されるでしょう。永いプロセスのなかで、一時的に光から離れることがあるかもしれません。しかし、やがて光に戻ってきます。なぜなら、すべては光からできているからです。やがてすべては、光に帰一するのです。宇宙に多くの星雲があるように、光のグループもたくさんあります。それらも、すべてはひとつの光から分かれているものです。ひとつの光が細分化し多様化したものです。それが創造宇宙です。今は、自分の内なる闇に気づく時です。そして、闇から光へ還る時です。本来の光を取り戻す時です。その一環として、このような情報が伝えられています。一人が光に目覚めれば、それが周りに伝わっていきます。宇宙から見ると、地上に光の基地ができたようなものです。そこへ光を送れば、地上に広がっていきます。そのような拠点が、地球上にたくさんあるのです。あらゆる次元がつながっており、影響し合っています。地上に生きる人が目覚めれば、それがまた別の次元にも影響します。人は、一人にあらず!同時に多次元に存在するのです。水晶は、光のアイテムです。今の時代に光を広げるために用意されたものです。自我我欲で願望実現に使うものではありません。人の生き方が問われます。水晶は、現実創造の際に共に協力するものです。光の時代を開くための光の増幅器です。光の受信機であり、光の発信器です。自分の周りに光を広げていく存在です。しっかり落ち着いて、光と共に生きていきましょう。出てくる闇に囚われないで、見守りながら解放しましょう。やがて闇は消え、光が花開きます。今は、そのプロセスです。『人の世の 闇は光の 範囲内 やがて光に 統合される』『目の前の 小さな闇に 囚われて 光の本質 忘れないこと』『掌(てのひら)で 踊る(孫)悟空の ようなもの 闇は光の なかにあるもの』『朝がきて 闇が姿を 消すように 光当たれば 闇は消滅』『真実を 知らぬが故に 闇となる 夜明け間近の 薄靄(もや)のなか』『朝靄(もや)の 地球の闇に 光(ひ)が当たり 人真実に 目覚める夜明け』これが日記を書き始めて2036日目の心境。
2010.08.01
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