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今日の屋久島は、大荒れの天気となっている。船も飛行機も欠航。なんとバスまで運休。もちろん山へ行く道路は、通行止め。山の方は、大雪だろう。里も、かなり雪が降っている。但し、屋久島の雪は、ものすごい音がする。つまり、雪ではなくて、アラレ。まだ全面的に積もってはいない。草の上などが、白くなっている程度。非常に寒い。間違いなく、この冬一番の寒さ。年末年始の帰省客も観光客も、屋久島には来れない。帰りたい人も、屋久島を出れない。フェリーは、昨日から欠航している。明日も欠航するらしい。これでは、年賀状さえ屋久島には届かないかもしれない。こちらもネットでオーダーした荷物が、年内には届かなくなってしまった。しかし、幸いなことにリクエストのあった水晶類は、すべて29日には発送を終えている。静かに嵐が去るのを待つしかない。台風で飛行機や船が欠航することは、よくある。しかし、年末にこんなことは記憶にない。秘書のぴあのさんも、一年の総決算のような頭痛に見舞われてダウン。全国的に大荒れの年末年始が意味するものは・・・これは、2011年を象徴しているのだろうか。新しい年が、激動の年であることを暗示しているのだろうか。これまで溜まりに溜まった人類の堆積物が、大掃除されることを示唆しているのだろうか。地球の大浄化が近いことを教えてくれているのだろうか。いずれにしても、このままでよいはずがない。人類は、悔い改める必要がある。これまでの生き方を見つめ、もう一度生き直す必要がある。物質化から魂化へ転換する必要がある。先日の子宮や卵巣について書いた日記に、子宮筋腫の方からコメントがあった。一人でも気づく方があれば、日記を書いた甲斐があるというもの。子宮や卵巣が筋腫や癌になっても、感謝する人はいない。ほとんどの人は、天を恨み、自分の運命を呪う。みんなから慰められ、惨めさを噛み締める。健康で幸せそうな人を見ると、どうして自分だけがと憎らしくなる。人類の不幸を一人で背負い込んだ気分になる。人生が暗い雲に覆われる。それが、今の大多数の人の普通の反応。そして、医学界も腫瘍や癌を悪者扱いする。邪魔者は早く取り除くという流れ。みんな表層だけで生きている。子宮や卵巣は、繊細さ故に体内の毒素を吸収する。それによって、全身が毒素で死に至るのを防ぐ。身を犠牲にして全体を救う。まさに菩薩行。その子宮や卵巣を邪魔者扱いして切り取ろうとする。それでも子宮や卵巣は、黙って切られている。ほとんど十字架に架かったキリストのようなもの。みんなキリストは褒め称えるが、子宮や卵巣を褒め称える人はいない。切ってしまえば、再生しない。切らなければ、再生する可能性がある。生き方を変えれば、子宮や卵巣は元気になる。では、どのように変えればいいのだろうか。まずは、子宮や卵巣がこれまで果たしてきた役割に感謝することだろうか。それは、まさに愛の行為以外の何ものでもない。自己犠牲の極み。女性性の頂点。宇宙は、男性性によって創造される。しかし、それだけでは行き過ぎる。今の世界のように、バランスが壊れる。それを調和させるのが、女性性。すべてを受け入れ、すべてを癒す。すべてのバランスを整え、すべてを調和させる。それによって、宇宙はダイナミックな創造活動を続けられる。男性性だけでは、全体の調和は保てない。子宮や卵巣は、体内でそのような役割を果たしている。毒素を吸収し、全体を守っている。その毒素は、誰が生み出したものか。もちろん、食べものや空気や環境にも原因はある。農薬、化学肥料、化学物質・・・衣食住のすべてが汚染されている。水も空気も、汚染されていないものはないくらい。しかし・・・それらは、外側の条件。外側から入ってくるものが、すべてではない。最も汚れているものは、実は内側にある。それは、人の想念。人を恨み、憎み、妬む。怒り、悲しみ、苦しみ。最も毒素をつくりだすものは、不安や心配や恐怖。みんな自分の心がつくり出しているもの。そういうネガティブなものが、暗いエネルギーとなって子宮や卵巣に蓄積される。それが積み重なると、子宮や卵巣まで暗く重たくなる。それが形となったものが、腫瘍であり癌と呼ばれるもの。それは、物質的な毒素と想いの毒の結合体。自分で毒素をつくっておきながら、子宮や卵巣を責める。あたかも子宮や卵巣のせいで自分が苦しんでいるかのように。本末転倒。原因と結果が、逆。何かのせいにして自分を守る。子宮や卵巣のせいにして自己正当化する。そういう自我を子宮や卵巣は、黙って守っている。まさに無償の愛。本当にその行為は、感動するほどすばらしい。キリストの愛は、遠くにあるのではない。自分の体内で生きている。子宮や卵巣は、今も黙って体内の毒素を吸い取り続けている。自分の身の安全が脅かされても、まだ毒素を吸い続けている。それが愛の行為でなくて何だろうか。愛は、体内にインプットされている。それは、宇宙のシステム。肉体は、宇宙の縮図。子宮や卵巣は、愛を育むところ。すべてを受け入れ、すべてを育てる。愛の器官。それは、女性性の真髄。そういう愛のセンターが、肉体のなかにセットされている。それが、愛に反するものを吸収している。愛に反するものとは、自分勝手。自己中心的な思いから、怒りや憎しみや恨みは生まれる。過度の自己保存から、不安や心配や恐怖が生成される。そういうものを子宮や卵巣が引き受けている。子宮や卵巣で中和されている。しかし、あまりにもそれが続くと、子宮や卵巣の限界を超える。個々の小さな子宮や卵巣には、限界というものがある。限界を超えれば、ネガティブなエネルギーはどんどん蓄積される。それは、やがて腫瘍や癌という形になる。別に子宮や卵巣が自分から病気になるわけではない。あまりにも大量のネガティブなエネルギーに対応できないだけ。限界を超えれば、後は蓄積されるしかない。やがて機能不全となる。そういう子宮や卵巣を、原因をつくり出した本人が恨んだり憎んだりする。どこまで恨んだり憎んだりすれば気がすむのだろうか。それは、想念のパターン。自己中心的な自我の思い癖。本当に心から子宮や卵巣に感謝するなら、自分の思い方を変えるしかない。ネガティブな思いが、どれほど心身を痛めているか、よく自覚することだろうか。まだ十分自覚されないから、性懲りもなく同じことを繰り返している。未熟な人類と言わざるを得ない。しかし、いつまでも未熟なままでいいはずがない。赤ちゃんでさえ、時間が経てば大人になる。人類も、そろそろ大人になる時。自分のあり方を理解し、自我を乗り越える時。まず子宮や卵巣に感謝し、自分の思いを見つめ直し、生活を切り替える。自然に即した生き方をする。時間に追われ、金銭に追いかけられる生き方を見直す。表層の世間体で生きるのではなく、もっと本質的に生きる。食べるものも、住むところも、着るものも、一から見直す。自分の思考パターン、感情の反応パターン、そういうものに注意する。生活全般を問い直す。生活すべてを見つめ直す。そこまでやらないと、本質的に変わることはできない。そこまでしないと、子宮や卵巣に恩返しはできない。深く深く理解しないと、真実には生きられない。自分の身を挺して理解しないと、頭でっかちで終わってしまう。時代は、これからますます激動する。しかし、それもこれも人類が真実に目覚めるため。物質ナイズされた精神を、魂に目覚めさせるため。激変を通して、宇宙の真実に気づかせるため。人類は、まだまだ未熟。未熟にもかかわらず、傲慢。だから、自分で自分の首を絞めている。それをこれから理解する必要がある。深く深く自分自身を通して理解する必要がある。病気とは、それを理解する機会。まさに今チャンスに恵まれているということ。不幸と思えることは、実は最大のチャンス。『最大の 不幸が実は 最大の チャンスであれば 人よ目覚めよ!』これが日記を書き始めて2189日目の心境。
2010.12.31
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秘書のぴあのさんが、屋久島ナチュラルヒーリングの掲示板に次のような書き込みをしていました。「kimiさん、最初のメールでは大変失礼なことを羅列してしまい、申し訳ございませんでした。どうして最初あのように感じたのか・・・自分でも不思議なくらいです。実はあのブレスレットを手に取ったとたん、ものすごい激情に襲われて、私は、わーわー泣き出してしまったのです。それは、怒りや憎しみや悲しみが、パンドラの箱を開けたように一気に堰をきったようにあふれ出したかのようでした。とめどなくあふれ出してくるその感情に、私はどうすることもできず、ひたすら泣いていました。ブレスレットを見るのもいやだと思い、箱にしまい遠くに置きました。いったい自分がどうなってしまったのか、自分でもわかりませんでした。この世の私と私の魂の間に、取り除かれるべきものがあったのでしょう。私と魂との間に、大きく厚く遮る様々なもの。過去世から今生にいたるまでに蓄積されてきた、闇、闇、闇。光は瞬時に、私の闇に強烈な光を当てたのでしょう。そしてあのブレスレットによって、光に還されたのですね。もう今ではブレスレットが愛しくて、これは私そのものだと思っています。ブレスレットの波動は私に細やかに浸透し、私は絶えず私のふるさとの美しい魂を感じながら今ここに在ることができます。」ブレスレットを手に取った途端、ものすごい激情に襲われるというのは、すごいですね。たかがブレスレット、されどブレスレット!ブレスレットに秘められたエネルギーが、ぴあのさんの潜在意識を直撃したのでしょう。潜在意識の闇に光が当たって・・・怒りや憎しみや悲しみが、パンドラの箱を開けたように一気に噴き出したのですね。それは、過去世からずっと引きずっていたものです。子供時代のものもあるでしょう。自分では気づいていない闇があったということですね。でも、出て来る時は、消える時。とめどなく出てくる感情と共に、泣いて洗い流せばいいのですよ。涙と共に手放すのですね。そうすれば、スッキリします。泣きたい時は、泣きなさい。笑いたい時は、笑いなさい。自由に、伸びやかに生きればいいのですよ。抑えないで、溜め込まないで・・・見るのもいやだったブレスレットが、もう手離せなくなっています。出すべきものを出してしまえば、本来の自分に戻ります。本来の自分に戻れば、ブレスレットが愛おしくなります。なぜなら、それは魂の波動を秘めているのですから。自分の魂が懐かしくない人はいません。それこそが、真の自分自身です。自分の本体なのです。肉体に入る前にいたところです。それは、自分自身のルーツです。自分のふるさとであり、自分のベースです。ところが、この世に生まれてしまうと、それを忘れてしまいます。物質ナイズされ、物質人間と化してしまうのです。それをもう一度思い出させるのが、ブレスレットの役割です。すぐに思い出す人もいるでしょう。ピンとこない人もいるはずです。逆上する人もいるかもしれません。人それぞれです。この世の人格と魂とのギャップによって、その反応も異なります。違和感を感じる人もいるかもしれません。最初から懐かしい人もいるかもしれません。それは人それぞれなので、それぞれの反応でいいのです。なぜなら、それが今のありのままの自分自身ですから。すべては、そこからスタートです。今の自分が気に入らないからといって、目を背(そむ)けては何も始まりません。まずは、今のありのままの自分自身からスタートするしかありません。秘書のぴあのさんですら、見るのもいやになったブレスレットです。違和感を感じても、拒否反応が出ても、何も心配はいりません。それだけ、人格と魂との波動の差があるというだけのことです。それは、当たり前のことです。まったく次元が違うのですから。それをいかに縮めていくかが、これからの課題です。ブレスレットは、そのサポートの一つにすぎません。ゆっくり魂に還っていくのです。魂と同調していくのですね。そして、魂人間として、この世を生きるのです。この世を魂ナイズするのです。これまでは、物質人間でした。人格が、物質ナイズされていました。これからは、人格が魂ナイズされるのです。物質を霊化していくのです。それは、心身の波動を上げていくことです。波動を上げるというのは、繊細になっていくということです。繊細になればなるほど、いろんなもののなかに浸透できるようになります。そうやって、すべてのものを霊化していくのです。時代の流れが、逆転するのです。物質化から、霊化へ。下降から、上昇へ。それが、アセンションということです。時代の波動は、一段と加速しています。これから更に加速していくでしょう。意識の状態によって、ますます現実が変化していくようになります。すべては、自分の意識しだいです。自分の意識の状態を見守り、心静かに生きることでしょうか。繊細に、細やかに生きることでしょうか。荒っぽく生きないで、一つ一つ丁寧に生きることでしょうか。そうすれば、人格が魂に近づいていくことでしょう。『これまでは 物質ナイズ これからは 魂ナイズ 時代が変わる』これが日記を書き始めて2186日目の心境。
2010.12.29
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今日の屋久島は、晴れている。空には、半月の月がかかっている。寒くはない。水晶の浄化に行く。太陽は出ている。しかし、風が強い。海水は、驚くほど冷たかった。川の水は、更に冷たい。今年最後の水晶の浄化。夏場は楽しいが、冬場は厳しい。でも、たまには自分も浄化されたほうがいい。人も水晶も似たようなもの。昨日は、卵巣や子宮の自己犠牲について書いた。しかし、もう自己犠牲の時代は終わっている。それは、魚座の時代。キリストの磔(はりつけ)に象徴される時代。これからは、共に生きる時代。もう自分を殺す必要はない。みんなのために自分が人柱になることはない。自分も生き、みんなも生きる。共に生きる。共に幸せになる。誰も犠牲を払う必要はない。自分が喜ぶことが、みんなが喜ぶこと。それには、個を超える必要がある。個である限り、自分の喜びは自分だけの喜び。個を超えた時、自分の喜びがみんなの喜びとなる。個であり全体。そこへ行く過渡期として、今がある。過渡期の調整が激しさを増している。次のようなメールが届いた。この方は、2053日目~2056日目の「癒しの旅・屋久島」に登場した美容師さん。「お久しぶりです!実は、11月半ばからひどい頭痛、胸のつまり、背中からすごく熱くなり、汗をかいては治まりの繰り返しが一日何十回もあり、その後、高熱が出て、治ったと思ったら虫歯末期ぐらいの歯痛が起こり、歯医者に診てもらいましたが異常がないとのことでした。すさまじい痛さに耐え一ヶ月が経ち、ようやく収まりました。非常に深い痛みでした。分析すると、今までの精神的な痛みが、体を通して知らせてくれたように感じます。それから、不思議なことに無意識でもネガティブなことを思うたび、すごい痛みで教えてくれます。そして元の状態に正すと治ります。ネガティブになると教えてくれるみたいです。ちょっと思っただけで、体は傷つくのですね。これから、ネガティブにならないようないい訓練ができそうです。」このような原因不明の心身の不調に悩まされる人が増えている。医者に診てもらってもわからない。原因は、別のところにある。単純に体の問題ではない。潜在意識のなかにあるネガティブなものが浮上している。それが体の痛みとなって解放されている。出て来る時は、消える時。ジタバタしないで、ただ見守っていること。何かをすれば、更に痛みが増すばかり。静かに見守るに限る。時代の波動がアップしているために起きている現象。遅かれ早かれ通らなければならない通過点。アセンションのための通過点。自分のなかの重たいものを解放しているだけ。心身に溜まっている必要のないものを手放しているだけ。重たいままでは、アセンション(上昇)はできない。何も心配はいらない。解放されれば、以前よりも軽くなる。楽に生きていけるようになる。一人が解放されることは、人類全体の潜在意識が浄化されること。一人一人の解放を通して、人類全体が解放されている。古く重たい頚木(くびき)から解き放たれている。物質的な条件づけから自由になっている。本来の健全な心身に戻りつつある。これまでは、心身の物質化の歴史。これからは、心身の魂化の時代。物質を魂ナイズする時。魂ベースで物質次元を生きる時期。この日記は、その過渡期にある人々へのメッセージ。一人で苦しまないためのサポート。自分だけが苦しいのではないことの情報提供。共に生きるためのアドバイス。人それぞれペースがある。既にこの激痛を乗り越えた人もいる。これから体験する人もいる。今その渦中にいる人もいる。いずれにしても新しい時代にシフトするための通過点。通過儀礼みたいなもの。なに?そんなものはいらない?確かに。そんな苦しみを味あわずに済むなら、その方がいい。しかし、シコリが解ける時は、えてして熱が出るもの。シコリは、痛みとなって解放されるのが、この肉体のシステム。エネルギーがないと、痛みさえ出ない。痛みを感じないということは、救いようがないということ。生命力があれば、シコリを融かそうとする。いのちにとって、シコリは流れを妨げるもの。抵抗物を融かそうとすると、摩擦が生じる。それが、痛みとなって感じられる。痛みは苦しいけれども、それはシコリが融けている証拠。痛みに囚われないで、解放されているのを喜んだほうがいい。とは言っても、痛みの最中は耐え難いものがある。そういう時は、この日記を読んでほしい。そうすれば、自分だけが苦しいのではないことがわかる。人類規模での浄化であることがわかる。共に生きる時代。体験を共有する時代。共に分かち合う時代。一人ではない。個として孤立した時代が終わろうとしている。ゆるやかにつながりながら生きる時代。お互いを感じながら生きる時代。共に手を取りあって進む時代。もうネガティブは、時代遅れ。もうネガティブは、必要ない。これからの時代は、絶対的ポジティブ。ポジティブオンリー。ネガティブと対のポジティブではない。ネガティブとセットのポジティブは、うまくいかないとネガティブに反転する。それは、いつ逆転するかわからない相対的なポジティブ。そうではなくて、変わることのない絶対的なポジティブ。不安や恐れからポジティブシンキングに走る。願望を達成するためにポジティブシンキングに励む人もいる。しかし、いずれも無理がある。それは、ネガティブの裏返しに過ぎない。たとえうまくいかなくても、反転することのないポジティブ。うまくいかないことが、よいことだと思えるポジティブ。この世に悪いことなどないと言い切れるポジティブ。宇宙はポジティブにできていると信じて疑わないポジティブ。宇宙には、ネガティブなどはない。それは、人の思考がつくっているだけの幻。けっして実体のあるものではない。思考パターン。人類の思考パターン。人類の想念のネガティブ循環。その渦に巻き込まれているだけのこと。過去の惰性。そういうものから離脱する時がきている。ネガティブのない絶対的ポジティブ。反転することのない不動のポジティブ。相対的に揺れ動くことのない不変のポジティブ。これからは、そういうものをベースにして生きるようになる。今は、その過渡期。ネガティブ思考に別れを告げ、絶対的ポジティブ思考に移行する時。だから、ネガティブ思考になると、心身に痛みが走ったりすることが起きる。新しく生き直す時。絶対的ポジティブと共に生きる時。何の心配も不安もなく生きる時。恐れや悲苦から厭離(おんり)して生きる時。『我慢して 自分殺して 人のため 尽くす時代は 既に終わった』『これからは 誰も犠牲に ならないで みんな一緒に 幸せになる』『富む人と 貧しい人の 対立も 男・女の 差別も消える』『人として 同じ立場で つながって 共に進んで いくだけのこと』『ポジティブも ネガティブもない 絶対の ポジティブがある それだけのこと』 これが日記を書き始めて2185日目の心境。
2010.12.28
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愛子岳の頂上に雪が積もっている。屋久島、冬バージョン。今日の天気は、曇。時々、小雨が降ったりしている。食用にするフグは、生まれつき毒を持っているのではないらしい。成長する過程で、肝臓や卵巣に毒が溜まってしまう。どうして毒が溜まるのか。それは・・・肝臓は、解毒作用をする器官。だから毒が溜まりやすいのは、わかる。では、なぜ卵巣に溜まるのだろうか。それは・・・卵巣は、繊細だから。卵巣の中には、卵がいっぱい。卵は、極めて繊細。だから毒を吸収してしまう。人体も同じようなことが言える。卵巣や子宮は、非常に繊細。そのために体内の毒素を吸収してしまう。それによって、卵巣や子宮が病むことになる。体内の最も繊細な部分が、毒素を吸収する。それによって、他の部分が健全に保たれる。赤ちゃんが誕生すると、お母さんは見違えるようにきれいになる。それは、赤ちゃんがお母さんの体内の毒素を吸収してくれたから。受精卵は、母体から栄養を吸収して成長する。その間、母体の毒素をすべて吸収してしまう。それによって母体は甦る。出産すれば、母体はリフレッシュされる。しかし、母体の毒素が多過ぎると、赤ちゃんは生まれながらに病気を持つこととなる。奇形児が生まれることすらある。繊細なものは、毒素を吸収する。それによって、全体を守る。女性が卵巣や子宮の病気になりやすいのは、繊細な部分が毒素を引き受けているから。それは、自己犠牲。女性性の極み。自分を犠牲にして他を生かす愛の姿。体のなかで癌や腫瘍ができている部分も、同じようなことが言える。一般的には、それらは悪者のように扱われる。しかし、真実は、身を犠牲にして全体を守っている部分。同じことが、ハンディを持つ人たちについても言える。昔から心身に障害を持つ人たちは、差別されてきた。何の役にも立たない人たちと見なされてきた。ところが・・・真実は、その逆かもしれない。彼らこそが、競争社会のなかで競争しない生き方を示しているのかもしれない。彼らこそが、人のなかにあるやさしさを引き出しているのかもしれない。家族にハンディのある子が一人いるだけで、家族のなかの愛が引き出される。彼らの存在は、身を犠牲にして愛を引き出している姿かもしれない。これまでの価値観は、すべてが逆なのかもしれない。金持ちや権力者が尊敬され、勢力をふるってきた時代。弱者は、力によって抑えつけられてきた時代。勝ち組がもてはやされる時代。そういう価値観が、もしかすると逆転するかもしれない。すべてが、逆になるかもしれない。トップがビリになり、ビリがトップになる。持てる者が軽蔑され、持たざる者が尊敬される。何も所有しなければしないほど、本当は自由であるということが理解される。力を振るわなければ振るわないほど、真にやさしいということが理解される。弱者であることは、本当は愛の行為であることが理解される。これまでの価値観が、すべて逆であったと理解される。そういう時代が、もうすぐくるかもしれない。繊細であるが故に、みんなからいじめられる。繊細であるが故に、みんなの毒素を吸収してしまう。それは、本当はみんなの役に立っていること。繊細であることが、尊重される時代。繊細過ぎて社会に適応できない人たちが、社会に迎えられる時代。それには、繊細さが理解される必要がある。真の女性性が理解される必要がある。ヒーリングする時、癒す時、繊細さの理解がキーとなる。繊細であるが故に病む。繊細過ぎるために病む。そこを理解し、硬くなってしまった部分をほぐす。否定したり攻撃したりするのではなく、理解し、感謝し、尊敬する。そういう対応をすると、病んだ部分は、ゆっくりとほぐれ始める。切り取ったり、焼き切ったり、その部分を否定している限り、真の健康は遠い。病気に感謝することだけが、病気を癒す道。病気の器官というのは、ほとんど菩薩行。身を犠牲にして体を守っている姿。それに感謝せずに、何に感謝するというのだろうか。ものの見方を180度ひっくり返す必要がある。特に卵巣や子宮などは、女性性の極み。身を犠牲にして全体を守っている姿。繊細さというのは、愛とも言える。何も言わず、黙って愛の行為を続けている。『繊細さ 故に病んでる 部分には 感謝こそすれ 恨む訳なし』これが日記を書き始めて2184日目の心境。
2010.12.27
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今日は、屋久島も寒い。山の方は、雪が降っているようだ。山へつながる道は、積雪のために通行止めとなった。里は、雨。クリスマスイブに届くように、ぴあのさんにブレスレットを送った。秘書の仕事に対する、ささやかなプレゼント。リクエストのあったキラキラ星クラスターと一緒に送った。ところが・・・反応は、意外なものだった。次のようなメールが届いた。「水晶とブレスレット、届いています。ありがとうございました。ブレスレットは、やはり少し大きかったです。でも、あのくらいでも大丈夫です。たくさんのオーダーブレスレットの注文があるなか、わざわざ私のために作ってくださり、ありがとうございました。感想ですが、実は、とても意外な感じがして、ピンとこないんです。(せっかく選んでくださったのに、私の好きではないタイプの石ばかりだったこともあり)正直、よくわからなくて。kimiさんに、私になぜこの石の組み合わせなのか、理由をお聞きしてみたいと思いました。解説?を聞くと、なにかエネルギーが流れ出すかも・・・お時間があって、気が向かれたらでいいです。解説など必要ないと思われたら、結構です。(中略)お時間をさいてせっかく作っていただいたのに、素敵!とか感動!とか、言えなくて、ごめんなさい。真心で、届いたばかりの今現在のストレートな私とブレスレットのエネルギーの交わりを、感想としてお伝えさせていただきました。でも、作っていただいて、こうして送ってくださったkimiさんのご好意は、ほんとうに心よりうれしいんです。キラキラ星さんは、とてもきれいです。素敵なクラスターが聖なる日に届き、とてもうれしいです。ありがとうございました。」「私の好きではないタイプの石ばかり・・・」ずいぶん暗いメールが届いたもの。ぴあのさん、大丈夫?さてさて・・・「私になぜこの石の組み合わせなのか」理由?解説?ブレスレットは、解説するもの?こちらから出した返事は、次のようなもの。「ブレスレットは、ピンときませんでしたか。それは、残念でしたね。まあ、そのうちにわかるかもね。」今朝、ぴあのさんからメールが届いた。そこには、次のように書かれていた。「昨夜、いただいたブレスレットをつけて寝てみました。ブレスレットは左手首に。横向きに寝ている状態で、右手をそっとブレスレットの上に置き、目を瞑りました。そうしたら、数秒もたたないうちに、ブレスレットが宇宙空間で光を放ちはじめました。ブレスレットから、筒状の光が上に向かって放射されはじめました。ものすごく眩い光です。ブレスレットは、くるくる回転しています。その回転から放射される光は、光のパイプとなりました。キラキラ回転しながら輝くブレスレット。そこから放射される光。眩く輝く光のパイプ。光のパイプのなかは、ものすごいエネルギーが満ちています。すごいです。その光景を感動しながら眺めていると、私の手首の周りから光が放たれはじめました。今見ていた宇宙空間の光のビジョンと、私の手首のブレスレットがシンクロし始めました。ブレスレットから光とエネルギーが回転しながら放出され、私の手首を包んでいきました。包帯を巻く時のような、そのような感じで私の手首を光のエネルギーがぐるぐる、ぐるぐる、回りながら包んでいきます。その光は、手首から全身に広がっていきました。それは、あっという間のことでした。私の身体は、回転する光の繭に包まれました。それはそれは眩い白い光でした。その光は、ベースの白い光に、無数の美しい光の粒が煌いていました。その間、左手首がビリビリしていました。ブレスレットの上に置いた右手も、ビリビリしています。ものすごく細やかな振動です。ビリビリというより、ピリピリという感じでしょうか・・・足先も、ビリビリ、ピリピリしてきました。そして、身体中、電気人間のようになりました。眩い白い光は、相変わらず私の身体を包み、高速回転しています。まるで、光は私を護ってくれているようでした。私は、光によって完全に護られ、そして、光の繭のなかで自分が光化しようとしているのを感じました。『すごい!何これ!』と、その感覚を感じていると、白い衣を着た女の人が私の少し上に現れました。いつも見る女神さま系とは、また少しエネルギーが違う感じの人です。身近に来てくださっていながら、少しエネルギーが遠く、お顔も身体もはっきりとクリアーに見ることができません。ですが、その女の人は、とてもはっきりとした声で、『目覚めなさい』と、言いました。その声は、すごくクリアーに、私の頭のなかで音のように、旋律のように響きました。『目覚めなさい』間隔をおいてまた、『目覚めなさい』と、三度ほど言いました。やさしく慈愛に満ちたその声の波動のなかに、真っ直ぐに入ってくるとても強いエネルギーを感じました。美しい声は、今も頭のなかで響いています。そして私は、いつの間にか眠っていました。昨夜、そんな体験をしました。すばらしい体験でした。ブレスレット、初めに見た時はほんとうによくわからなくて、エネルギーも何も感じられなくて、ピンとこなくて、ちょっと落ち込んでいたんです。昨夜は、寝始めたところを思い立ったように起き上がり、ブレスレットをつけてみました。あんなすごい体験ができるなんて、正直、ビジョンを見ながらびっくりでした。ついその先ほどまで、わからない、わからないって思っていたから・・・私は、ブレスレットとひとつになることができました。これから、もっともっといろんなことが感じられることと思います。また時間がある時に、このブレスレットと瞑想してみます。素敵なブレスレット、ありがとうございました!(やっと素敵って言えた。)」やっとブレスレットの真価が理解された様子。やれやれ。こちらも、ひと安心。身近な秘書に理解されないブレスレットでは、どうしようもない訳で・・・これで自信を持ってブレスレットを作れそう。既に隣の女医さんで実績はあるが、やはり秘書がわかってくれないことには、HP作成にも影響する。自分が納得できないブレスレットを、心から薦めることはできないだろう。自分の体験に裏打ちされていれば、HP作りにも心がこもるだろう。ぴあのさんのために作ったブレスレットは、ぴあのさんの魂を感じて作成したもの。だから、「私の好きではないタイプの石ばかりだった」ということになってしまった。今生の人格の好みも大切だが、それ以上に大切なものがある。それは、魂のエネルギー。これは、魂のエネルギーを伝えるためのブレスレット。今生の人格が何と言おうと、魂の波動を正確に伝える必要性がある。高速回転する光の繭に包まれて自分が光化するのを感じたのは、魂のエネルギーが浸透している証拠。人格に魂のエネルギーが注入されているということ。人格は、どうしてもこの世の色に染まっている。魂とは、少し色合いが違うこともある。魂が、いかにピュアーか。いかに美しいか・・・それは、魂を感じてみないとわからない。しかし、ややもすると自分の魂は感じにくいもの。他の人の魂の方が、わかりやすい。そういう意味で、第三者から見た魂の波動のブレスレットは、役に立つ。別にブレスレットの宣伝をしている訳ではない。そのエネルギーが実証されたということの一例。もうしばらくすると、オーダーされた方にブレスレットが届き始める。その際にピンとこないことがあっても、ブレスレットから波動は出続けている。やがてわかる時がくる。だから、慌てないでじっくり付き合ってほしい。臨界点にきた時、一気に花開く。それは、そんなに遠い未来のことではない。時代の波動は、急速に加速している。心身を魂化する必要性が、一段と強まっている。魂の波動を伝えるブレスレット。人格を光化するブレスレット。『魂の 波動によって 心身の 光化促す 光のブレス』『新しい 時代のために 魂の 目覚め促す 光のブレス』これが日記を書き始めて2183日目の心境。
2010.12.26
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今日は、全国的に寒いらしい。屋久島も、例外ではない。奥岳の方は、雪かもしれない。里は、雪は降りそうにないが・・・昨日は、ビーズの整理をした。20枠の箱を12個、12枠の箱を2個使った。色別に仕分け。四分の三ほどの枠が埋まった。昨夜も新しいビーズが大量に届いたので、ほぼ枠は満員になりそう。ということは・・・264種類のビーズがあるということ。もちろん、同じ石の異なるサイズやクオリティも含めてだが。それだけあっても、十分という感じはしない。ブレスレット屋さんも、なかなか大変。初期投資が、意外とかかる。始めてみないとわからないこと。昨日、オーダーメイドのストラップの依頼があった。予算は、1万円以上。エッ?そんなに高いストラップ?そのような高額のストラップを知らないので、ついそう思ってしまった。でも、よく考えてみたら、それは可能だった。このストラップは、喜寿のお祝い。健康と長寿を願う子供たちからの父親への感謝を込めたプレゼント。健康と長寿とくると、思い浮かぶのはスギライト。紫は、長寿の色。そして、スギライトは、世界三大ヒーリングストーンの一つ。完璧に喜寿のお祝いに合っている。ちょうどいいことに、池袋のミネラルショーで11.5ミリの最高レベルのスギライトを買ってきてある。これは、結婚式用に買ってきたもの。指輪交換の変わりに、ブレスレット交換をする新婚さんのため。新郎が紫が好みとのことで。結婚式用には6個しか使わないので、まだ11個が残っている。これなら、最適。市販価格は、16万円。全部で17個なので、1個あたり1万円弱になる。もちろん、卸で買ってきているので、そんなに高くはない。これを1個使って、質の良いゴールドルチルを2個ぐらい使えば、何とか形になりそう。紫と金で、おめでたい。それに透明なヒマラヤ水晶も加えよう。スギライトの癒しのエネルギーが、ゴールドルチルによって倍増される。それをヒマラヤ水晶が、更に増幅する。お年寄りにとっては、最高のストラップになるに違いない。携帯に付けるとのことで、日々、ヒーリングエネルギーに包まれることだろう。しかし、問題がある。それは、まだストラップを作ったことがないということ。製作するための材料は、昨夜、届いた。後は、練習するだけ。何個か試作品を作れば、何とかなるのではないだろうか。ネックレスも依頼がきているので、試作する必要がある。いろいろ新しいことにチャレンジしている。年末年始の休みは、なし!ブレスレット、ストラップ、ネックレスを合わせれば、既に15件ぐらいの依頼がきている。できたのは、ブレスレット一個のみ。これから、これから・・・今は、体制を整えているところ。昨夜届いたビーズたちを浄化すれば、本格的にブレスレット作りを始められる。後は、天気待ち。晴れて暖かい日を、待つのみ。さすがにこの時期は、曇り空では水の中に入る気にはならない。次の常設の水晶祭りや新月の水晶祭りの準備もする必要がある。日記も、毎日書きたい。ガイドは暇だけれども、いろいろやることはある。意外と忙しく暮らしている。まさに貧乏暇なし!でも、好きなことをやっているので、楽しい。美しい水晶たちに囲まれて、不満はない。周りの景色も最高!『健康と 長寿を願う ストラップ 紫と金 スギライト・ルチル』これが日記を書き始めて2183日目の心境。
2010.12.25
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今日の屋久島は、曇っている。風が強く、気温は低い。でも、まだ寒波というほどではない。昨夜、ビーズと収納ボックスが届いた。収納ボックスは、ビーズを入れるためのもの。枠が、20に仕切られている。一ダース買ったので、しめて240枠あることになる。これでなんとか収納できるといいのだが。ゴールドルチル一つをとっても、サイズの違いやクオリティの違いがある。それを別々に入れると、すぐに10枠ぐらいは使ってしまう。それぞれの石にクオリティとサイズの違いがあるので、240枠でも足りないかもしれない。これ以外に12枠のものを二箱同時に購入した。それらとは別に、今夜、アクリル製のものが届くことになっている。なにしろ、まず整理整頓してビーズを並べないことには、何も始まらない。たくさん並んだなかから、イメージに合うビーズを探すことになる。それをいろいろ組み合わせて並べ、ゴム紐を通して、また検討する。試行錯誤を繰り返して、より良いものを作り上げる。それが、この世のやり方。あの世であれば、イメージだけでできる。しかし、この世は、丁寧に積み重ねて現実化するところ。その際に最も大切なものは、感性。繊細な感性。どれだけ相手の人を感じられるか。どれだけ石を深く感じられるか。それには、心身が繊細であることが必須条件。ガサツな心身では、繊細な波動はキャッチできない。いかに繊細に生きるか、いかに細やかに生きるか。それが、日々問われる。繊細になろうとして、突然、繊細になれるものではない。それには、日々、心身の状態を整える必要がある。食事に配慮し、生活のリズムを整え、適度に体を動かす必要もある。暴飲暴食やアルコールは、厳禁。自分自身を見つめ、頭をクリアーにしていかないと、本当の意味での繊細さには届かない。思い込みいっぱいでは、自分のフィルターを通した感受になってしまう。それでは、相手の状態を正確に理解することはできない。まして魂レベルのことを感じるなど、夢のまた夢。いかに自分の潜在意識をクリアーにするか。いかに透明にするかが問われる。そうでない限り、適確な感受は難しい。潜在意識に影響された感受になってしまう。脳神経を繊細にするのは、とても骨の折れること。こちらは、脳の調整をもう20年以上やっている。にもかかわらず、まだ脳は動き続けている。より繊細な脳神経となり、より繊細な波動を受け止められるようになるために、日々、変化し続けている。心身を清浄にし、繊細にすることは、一朝一夕にできることではない。日々の精進の積み重ね。それを痛感する。この世のことは、時間がかかる。精神世界に関わって、もう40年近くになる。それでも、まだまだ。どれだけの波動をキャッチできているのか、心もとない。どうしても物質的、肉体的なものに影響される。この世に生まれてしまえば、いやおうなしにこの世バージョンになってしまう。そのままでは、魂レベルの波動をキャッチすることはできない。せいぜい低次元の魑魅魍魎レベル。高い波動をキャッチするには、清浄な心身が必要となる。清浄な心身をつくるには、日々、繊細に生きること。一つ一つに心を込め、丁寧に生きる。荒っぽく生きている限り、繊細さとは一生縁がない。細やかに配慮することが、やがて繊細な心身に通じる。繊細さの質が、人生の質。繊細な意識は、どこまでも浸透する。限りなく細やかになって、あらゆるものに浸透していく。それによって、いろんなことが理屈ではなく、そのままわかる。繊細になればなるほど、意識は広がる。無限に繊細になれば、無限に広がる。すべてに浸透し、すべてとひとつとなる。すべてとひとつの意識と共に、肉体人間として生きる。『繊細に なるには日々の 積み重ね 日々繊細に 生きるしかない』これが日記を書き始めて2182日目の心境。
2010.12.24
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今日の屋久島は、朝から快晴。でも、ちょっと風が冷たい。さわやかに晴れているので、水晶浄化日和。池袋のミネラルショーで買ってきたクラスターを持って行く。前回は、大きなクラスターを浄化した。今回は、中型と小型。残りわずかと思っていたら、なんとザル8個分にもなってしまった。クラスターは、かさばる。さすがに海も川も冷たかった。長靴をはけば問題ないのだが、それでは人間が浄化されない。水晶だけでなく、人間も浄化されたい。冬場は自宅にいることが多いので、なにかと滞りがち。春から秋にかけては、ガイドの仕事で森へ行く。自然のなかで自動的に浄化され、充電される。ところが、冬場はシーズンオフ。ほとんど家に引きこもっている。海や川のなかは、歩きにくい。両手に水晶を持って歩くと、かなり危険。滑れば、水晶は粉々。でも、体にとっては、ほどよい緊張。世界中から水晶が日本に集まっている。しかし、掘り出した原石には、いろんなものが付着している場合が多い。それらを取り除くために、強烈な酸性液に浸す。そうやって付着物を取り除くのが、一般化している。クラスターなどは、特に薬品の臭いがきつい。一応は水洗いされているのだろうが、一ヶ月以上も浸けていると薬剤が母岩に浸透している。海と川で浄化すると、それが薄れる。セイジの煙だけでは、無理。一般に店頭で売られているものは、薬剤が浸透したままのもの。自然に臭いは薄れていくが・・・やはり浄化した方がいい。水晶本来のパワーが出やすくなる。最近は、水晶に光を入れる際に、これまでと違うことをしている。それは、ヒーリングについても言えることだが・・・できるだけ力を入れない。どちらかと言うと、プラス・マイナス・ゼロよりも、少しマイナスぎみ。エネルギーを入れてあげようとか、治してあげようとすると、この世的なエネルギーになってしまう。物質的、肉体的なエネルギー。それでも体は元気になる。しかし・・・それをやり過ぎると、自我が入ってしまう。自分が、何とかしてあげよう!自分が、治してやった!そうなると、何かが歪んでしまう。そうではなくて・・・力を抜く。自分の力を入れない。力が抜ければ抜けるほど、高い次元のエネルギーが入るようになる。ゴールドルチルとかに、そういう感じで手を当ててみる。そうすると、すごい。ものすごいエネルギーが、ゴールドルチルから抜けていく。それは、この世的なエネルギー。この世的成功や勝利をもたらすエネルギー。いわゆる金運をアップしたりするパワー。そういうものが、まず抜けていく。徐々にこの世的でないゴールドルチルになっていく。最終的には、霊的、宇宙的ゴールドルチルとなる。ゴールドルチルが持つ高い次元の波動が出てくる。ゴールドルチルに限らず、すべての水晶を霊化している。本来水晶が持っている高次元のエネルギーを解放している。それは、この世的にはあまり役に立たない。そうではなくて、この世をスピリチュアルに生きるのに役に立つ。この世を霊化するのに貢献する。物質化されるのではなく、心身が霊化されるのをサポートする。これからの時代の流れは、霊化。物質や肉体や精神の霊化。この地球の霊化。それが、アセンションということ。すべての波動を上げていく。物質から半物質へ昇華させる。それが、これからの流れ。人がやるべきこと。霊化というのは、心身のクリスタル化とも言える。クリスタルのようなピュアーな心身にしていく。それが、これからの方向性。そういう意味で、クリスタルの役割は大きい。クリスタルを見ているだけで、心身のクリスタル化が促進される。身に着ければ、なおさらのこと。常にクリスタルと一緒にいることは、心身のクリスタル化に役に立つ。そういう意味で、クリスタルが担う役割は大きい。そのクリスタルを、まず海と川で浄化し、本来の波動に戻す。それに朝陽や満月のエネルギーを充電する。それだけでなく、この世的なものから霊的なクリスタルへと変容させる。そこまでして、送り出す。何重にも手間がかかっている。そんな水晶屋さんが、他にあるだろうか。世界は広いから、もしかしたらあるかもしれない。しかし、屋久島と同じ自然環境にある水晶屋さんは限られるだろう。こちらから水晶が届くと、どうなるだろうか。ゆっくりと、その波動が周りに浸透していく。気がつかないうちに、周りに影響を及ぼす。水晶は、生きている。他の水晶たちとつながっている。地球を取り巻く光のネットワークにつながっている。地球を越えて、太陽系や銀河系ともつながっている。全宇宙と響き合っている。『水晶の 果たす役割 限りなし 人の意識の 波動を上げる』『心身の クリスタル化を 促進し 物質次元の 波動を超える』これが日記を書き始めて2181日目の心境。
2010.12.23
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今日も屋久島は、暖かかった。朝から水を汲みに行く。しかし、北の方は、天気がイマイチだった。冬場は、いつも南が良くて北は悪い。本当は水晶の浄化にも行きたかったが、帰ってきたら風が冷たくなっていた。水晶の浄化をやめて、ブレスレット作成を始める。最初に取りかかったのは、来春、看護学校に入る女の子の入学祝い。18才のギャルのブレスレットを作る。ギャルのブレスレットを60のオヤジが作っていいのだろうか。客観的に見ると、そうなのだが・・・本人は青年の気分なので、そういうことはまったく意に介さない。そういう発想が、まったく起きない。そういう訳で、気軽に作り始めたのだが・・・これが、けっこう大変だった。既にイメージはある。だから、イメージ通りに作りさえすればいいのだが・・・これが、なかなか。イメージを現実化するのは、そんなに簡単なことではない。まずイメージ通りの石が、なかなかない。いくつも組み合わせていると、なんとなく違う。試作第一号に糸を通す。まあまあのでき。でも、まだ改良の余地あり。不透明なピンクの石を、より透明なものに変える。分解して、また組み立てて糸を通す。今度は、ムーンストーンのなかに、あまり光らないものを発見。これを交換。また分解して、糸を通し直す。それでも、なんとなく青っぽい。イメージでは、もっとピンクぽいはず。今度は、ムーンストーンの数を減らしてローズクオーツを増やす。また分解して、糸を通し直す。しかし、これでも全体的に青が勝る。どうもローズクオーツが、透明過ぎるようだ。あまりにも質の良いものを使い過ぎた?さてさて・・・結局、糸の色を変えてみることにする。いろんな石を通すので、最初は白い糸を使った。しかし、それではピンクの色が飛んでしまう。そこで、淡いピンクの糸を使うことに。また分解して、糸を通し直す。そういうことを何回繰り返したことだろう。やっとイメージに近いものができあがった。ピンクをベースにして、青が輝く。このブレスレットを作るために何種類の石を使っただろうか。ムーンストーン、ローズクオーツ、レインボーオーラ、エンジェルオーラ、ローズオーラ・・・オーラ系が多い。ムーンストーンも含めて、みんな光に反射する。エネルギーを現実化しようとすると、オーラ系が多くなる。それが、最もエネルギーに類似しているから。また、今の時代のエネルギーにも近い。若い人は、オーラ系を好む傾向もある。その人の本来のエネルギーをブレスレットという形にする。そうすることで、物質的誘惑から守られる。魂的なエネルギー状態をキープするのに役に立つ。その人が、本来の自分自身でいられる波動を持つブレスレット。彼女が看護師になる時には、また別のブレスレットが必要になるだろう。過酷な医療現場では、このブレスレットでは弱過ぎる。もっと自分を守り、癒しのエネルギーが出るブレスレットが必要。しかし、学生時代は、のびのびと自分自身を伸ばせばいい。作ったブレスレットは、今、目の前にある。非常に美しい。ブルームーンストーンが、光を反射して青くなっている。このブルームーンストーンは、最高!青のシラーの色も濃く、透明感も抜群。最高クラスのムーンストーン。なかなかこれだけのものを見つけるのは、骨が折れる。ビーズも原石と同様、質の高いものを見つけるのは大変。最初は、ミネラルショーに行けば、希望の石は何でもそろうと思っていた。ところが・・・シトリンもなければ、カテドラルクオーツもない。本当にクオリティの高いものは。そうそうあるものではない。それが、ビーズにも当てはまる。最高レベルの石は、めったに出ない。出ると、すぐに売れてしまう。そのことが、三回ミネラルショーに行って、よくわかった。そういう意味で、このムーンストーンは、極めて貴重。一度にたくさんは、使いたくない。少しずつ使っていきたい。そういう石が、何種類かある。今回は、本当にクオリティの高いものをたくさん買ってきた。しかし、それでも足りない。オーダーメイドのブレスレットを作ろうとすると、いろんな種類の石を用意する必要がある。その人に合ったものを作るためには、多種多様な石がいる。しかも、それぞれ予算が異なる。透明な水晶玉一つにしても、グレードの違うものをそろえる必要がある。透明な水晶玉でも、クラックや透明度で五段階以上の差がある。それに、ヒマラヤ水晶やレムリアンシードで作った玉まである。アクアマリンやスギライトにしても、レベルの差が大きい。価格も天と地ほどの違いがある。特に高いものは、本当にすごい。一個で何万円もするものすらある。このムーンストーンも、市販価格は一個1000円近くする。1cmにも満たない8mm玉なのに・・・これを10個使っただけでも、10000円。質の高いものを使い出したら、キリがない。でも、質の高いものは、さすがにすばらしい。だから、無理をして高品質のものを買ってくることになる。ラピスラズリにしても、最高品質のものを何個も買ってきた。それによって・・・見る度に、心が満たされる。心から落ち着く。実に、すばらしい!ただ見ているだけで、本当に満ち足りる。石は、それだけのエネルギーを持っている。ラピスラズリに限らず、すばらしいものはすばらしい。原石はもちろんだが、玉でも十分癒される。美しいものは、ただそれだけですばらしい。冬場は、ガイドはシーズンオフ。毎日、石たちと付き合うことになる。しかし、見ているだけで満たされる。何も不満はない。『イメージを 現実化する プロセスは 試行錯誤に トライ・チャレンジ』これが日記を書き始めて2180日目の心境。
2010.12.22
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今日の屋久島は、午前中は雨が降っていた。午後からは、雨もやんで暖かくなった。今日は、満月。屋久島ナチュラルヒーリングのHPでは、満月の水晶祭りが始まった。今回は、年末スペシャルバーゲン。21組が、破格のプライスで登場している。このなかには、購入価格よりも大幅に安いものもある。あまり購入価格にこだわらないほうがいい、という感じになってきている。問題は、赤字かどうかではなく、いかに手放すか。いかに回転をよくするか。古いものを手放し、新しいものを招き入れる。それによって、心身が活性化する。購入価格に固執して、いつまでも古いものを持っていると、エネルギーが滞ってしまう。いかに動かすか。いかに流すか。価格よりも、そちらの方が重要。時代は、どんどん流れている。そのスピードは、加速する一方。もう後戻りはできない。前へ進むしかない。前へ進むには、古いものを手放すしかない。よけいなものを手放して、身軽になる。身軽でないと、前へは進めない。重たい荷物を背負っていたら、後ろにひっくり返ってしまう。脳の中が、整理整頓されている。体も整理整頓中。そのため、いろいろ問題が起きてくる。頭痛もあれば、出血もある。突然、体がフリーズしたりもする。それらは、これまでのシコリがほぐれている兆候。だから、何も心配することはない。慌てないで、静かに見守る。医者に行っても、せいぜい痛み止めを処方されるのが関の山。医者には、今の時代の波動はわからない。どうして原因不明の症状が起きるのか理解できない。そんなことは、現代医学の教科書には載っていない。いまだかつてないことが、地球規模で起きている。これまでの経験は、役に立たないことも多い。日々、新鮮に生きることだろうか。できるだけ白紙で生きることだろうか。自分の感性を大切にする。過去の経験よりも今の感性。感性こそが、羅針盤。今ここを真剣に感じていると、進むべき方向が自然に見えてくる。先日のコメント欄に、次のような書き込みがあった。「昨年春からホ・オポノポノをやっていたら、頚性斜頚になり、首が曲がってしまいました。今はまっすぐですが、体の訴えと自己ヒーリングは続いています。このコメントのように、今生で今迄の債務を棚上げにせず、全部引き受けた感じです。(中略)一杯荷物を背負って来たんだな。自分で決めたんだなと思いますが、全身全霊で二度とこんな生は御免です。」人それぞれ、過去の重荷を背負っている。自分の過去世の場合もあれば、先祖代々のものもある。それぞれ縁があって、自分がクリアーする役割となった。それもまた自分が選んだ道。自分が選んだということは、クリアーできるように設計してあるということでもある。できない計画は立てない。ちゃんとすべてをクリアーできるようにプログラムしてある。自分の努力だけでなく、いろんなサポートが来るようになっている。人は、宇宙の孤児ではない。すべてとつながっている。だから、心配は要らない。宇宙からの全面的なバックアップがある。人と共に全宇宙が動く。人は、一人にあらず。すべてと共に生きている。だから、周りを感じながら生きることだろうか。重たい荷物を背負っていればいるほど、それに見合うパワーも秘めている。自分では気がつかないだけで、本当は内在している。重荷から逃げず、真っ直ぐに対峙すれば、そのパワーが出てくる。重荷を避けている限り、そのパワーが発揮されることはない。どんな困難にも真っ直ぐに対峙する。それを活かして活用する。そうすれば、何も問題はない。今の状況をいかに活用するかと、常に発想することだろうか。解決する力は、必ず内在している。自分に解決できない問題は、起こらない。そんな無理な設定は、けっしてしてこない。ただ、ずっと問題を先送りにしていると、一気にツケがやってくる。日々、問題から逃げないで、直面することだろうか。そうすれば、小さな努力で解決できる。溜め込まないで、日々クリアーにしていく。日々、そういう生き方をしていくしかない。日々、新鮮に生きる。朝の空気のように、さわやかに生きる。古いものに引きずられない。今朝の太陽は、昨日の太陽にあらず。『今ここで 感じることが わかること 経験よりも 素直に生きる』これが日記を書き始めて2180日目の心境。
2010.12.21
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今日は、暖かい。薄曇で、たまには太陽も出ている。絶好の水晶浄化日和。さっそく水晶の浄化に行く。海は、大潮のわりには穏やかだった。それほど冷たくもない。ゆっくり水晶を浸す。自分も一緒に海を楽しむ。さすがに川の水は、冷たかった。もう年末に近い。川に入れること自体が、ありがたい。水量も、かなりあった。昨日は、ビーズ類を浄化した。今日は、原石系。大きなクラスターをいくつも持っていった。重たいこと、重たいこと。隣の女医さんのブレスレットも持ってきた。一緒に来たらと言いたかったが、当直明けで疲れている様子。ブレスレットだけ浄化してあげることに。実は・・・帰って来た途端、「ラリマーの色が・・・」と、叫びながらやって来た。「ラリマーがどうしたの?」「色が薄くなってしまった!」確かに、色が薄れている感じ。このラリマーのブレスレットは、数日前に彼女のために作成したばかりのもの。どうもラリマーは、過酷な医療現場には向かないようだ。ラリマーがデリケート過ぎるのか、病院が過酷過ぎるのか・・・先日作ったスギライトとゴールドルチルのブレスレットも、元気がない。心なしかスギライトも色が薄くなっている。それらも含めて、彼女が持っているすべてのブレスを持って出た。さて、結果は・・・ラリマーは、ある程度は回復した。でも、過酷過ぎる環境で傷ついてしまった感じ。しばらくは、休養させたほうがよさそう。これからは、病院にはラリマーはしていかないほうがいいだろう。もっと強い石、パワフルな石が必要。チャロアイトとか・・・ラリマー、スギライト、チャロアイトで、世界三大ヒーリングストーン。でも、ラリマーは自分癒し向きで、大勢の人向きではなさそう。しかし、ラリマーが犠牲になってくれたおかげで、女医さんの状態は悪くなかった。何かが憑いているという感じはなく、わりとすっきりしていた。これには、もう一つ訳がある。実は、もう一個スペシャルなブレスレットを彼女のために作った。それは、スーパーセブン+ゴールドルチルのブレスレット。スギライトのゴールドルチルよりも、更に大きくてクオリティが高いものを使った。これは、右手用。スギライト+ゴールドルチルは、左手用。右手からエネルギーが出る。スーパーセブンであれば、すばらしいヒーリングエネルギーが出ることだろう。ヒーリングエネルギーだけでなく、スピリチュアルなエネルギーも出そう。スーパーセブンであれば、トータルなエネルギーが出るに違いない。左手にはめたスギライト+ゴールドルチルで、ネガティブなエネルギーをブロック。右手にはめたスーパーセブン+ゴールドルチルで、患者さんをヒーリングする。その効果が、今日の彼女の状態だろうか。なかなか良い感じ。実は、もう一つ考えているものがある。それは、ネックレス。心身の保護と癒しと霊性を兼ね備えたネックレスを作れないものかと検討している。なにしろ一日100人近い人を診るのだから。それなりのプロテクトやバックアップが必要になる。そういう石を着けることによって、彼女自身も守られるし、患者さんにも良い影響がある。患者さんに限らず、病院にいるすべての人にプラスの影響があるだろう。女医さんを通して、こちらも間接的に屋久島に貢献していることになる。彼女のブレスレットを作りながら痛感したのは、ゴールドルチルのすばらしさ。ゴールドルチルは、ほぼ万能に近い。邪悪なものを寄せ付けないだけでなく、周りにパワーを振り撒く。隣の石のパワーを倍増してくれる。この世的にもパワフルで、その上スピリチュアルでもある。すごい! すごい!!中国で、あれだけブレイクする訳がわかる気がする。特に今回は最上のゴールドルチルを使ったので、パワフルなだけでなく美しくもある。邪悪なものを跳ねつけ、必要なところには充電もできる。この世的でもあるし、スピリチュアルでもある。パワフルでもあるし、美しくもある。何拍子も揃っている。高いけれども、それだけの価値はある。どういう訳か、無性にゴールドルチルに惹かれる。気がつけば、たくさんのゴールドルチルを買っている。原石もそうだったが、ビーズも良いものがあると買ってしまう。今回も、買ったもののなかではゴールドルチルが一番多かった。意識して買った訳ではないが、結果的にそうなっていた。でも、いろんなところに使えるので重宝。邪悪なものから守り、霊性を高め、宇宙とつなげてくれるゴールドルチルは、すばらしい。ほとんど万能と言っていい。見ているだけでも美しい。当分、ゴールドルチルとの付き合いが続きそう。オーダーメイドのブレスレットの申し込みが続いている。今日現在で、9個のオーダーがきている。ゆっくり、その人を感じながら作るつもり。そのため、少し時間がかかる。ブレスレット作りは、意外と面白い。その人を感じていると、合う石がなんとなくわかってくる。実際に石にゴムを通す作業も悪くない。暇にあかせて、じっくり作っている。『万能の ゴールドルチル 見るだけで 活性化する 心身ともに』これが日記を書き始めて2178日目の心境。
2010.12.20
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今日も屋久島は、寒い。一昨夜の大寒波で、何か流れが変わったような感じになっている。隣の女医さんが、昨夜、当直明けで帰ってきた。すると・・・まるで波動が違っていた。重たいものをあまり背負っていない。当直明けは、いつも疲れきって帰ってきていた。今回は、割と元気。当直になると、昼間働いて、そのまま夜も仕事をする。翌日も、そのまま仕事が続く。ほとんど寝ないで、36時間ぐらい仕事しっぱなし。なんとも信じられない重労働。しかし、医者の世界では、それが当たり前らしい。場合によっては、もっとハードな時もあるとか。これでは、医療ミスが起きないほうがおかしい。医者が少な過ぎるのか、患者が多過ぎるのか・・・ハードな仕事だけに、いつもボロボロになって帰ってくる。背中にいっぱい背負い込んで帰ってくることも珍しくない。これまでは、それをいつもお祓いしていた。ところが、昨夜は、それが必要ないくらいすっきりした状態だった。これは、ブレスレット効果?本人に聞くと、自分も努力したとか。「どんな努力をしたの?」「天使に来てもらって、マッサージしてもらった。」「エッ! それ努力したって言うの?」努力したのは、天使たちでは?なに? 天使を呼ぶ努力をした?いずれにしても、なかなかピュアーな状態。波動が細やかで、癒しのエネルギーが出ている。すごいなぁー!スギライトとゴールドルチルは、すばらしい!!実は、オーダーメイドのブレスレットの日記を書いたら、何人かの方からオーダーがきた。そのなかに、とてもすてきなメールがあった。読んで感動してしまった。本人に内緒で紹介する。「私は、赤ちゃんの時からアトピーで、ずっと強い薬を使ってきましたが、五年程前に薬での治療に限界を感じ薬断ちをしました。その後は薬で抑えていたものが噴き出し、心も身体もボロボロに。全身の痒みと痛みで気が狂いそうな毎日。自分のことさえろくにできない寝たきり老人状態。自律神経もおかしくなってしまい、本当に心が折れそうな毎日でした。それからは、精神面から肉体面から色々なアプローチをしました。お蔭さまで奇跡的に肌も回復し、最近やっと人間らしく生きることができるようになりました。健康のありがたさ、自然治癒力の素晴らしさを身に染みて感じています。今まで自己犠牲を繰り返してきましたが、まず第一に自分が健康で幸せになることで周りの人にも幸せのおすそ分けができるんだ。ということを身に染みて感じています。前置きが長くなり申し訳ありません。というわけで、私のテーマは『健康』そして『癒し』だと思っています。ブレスレットの目的は、『心身の健康』でよろしくお願いします。お時間は、どれだけかかっても構いません。届く日を楽しみに待っています。それでは、よろしくお願いいたします。いつか屋久島でkimiさんにお会いできる日を夢見ています。」このメールを読んで、涙が出るほど感動した。よくぞ薬断ちをしたもの。その勇気が、すばらしい。そして、その後の苦痛にもよく耐えた。もう花丸、二重丸、無限丸。薬を断つと決心するには、まさに清水の舞台から飛び降りるほどの勇気がいっただろう。いや、命懸けだったかもしれない。生きるか死ぬかの覚悟だったかもしれない。その後も、赤ちゃんの時からのアトピーであれば、相当薬が蓄積していたに違いない。それは、お母さんの体の毒素をいっぱい吸収して生まれてきたということを意味する。それは、先祖代々の毒素ということでもある。それらを一掃するのは、きっと並大抵のことではなかっただろう。その苦痛を、よくぞ耐え忍んだ。自暴自棄にならずに、よく乗り越えた。もう手放しで褒めてあげたい。すばらしい、すばらしい・・・実にすばらしい!何度褒めても褒め足りない。それくらい、すばらしいこと。一人が変われば、その影響は人類全体に及ぶ。一人がいのちの真実に目覚めれば、人類全体のいのちが輝く。一人は、一人にあらず。すべての人とつながっている。全人類の潜在意識に影響する。そういう意味で、とてもうれしい。このような方が増えていけば、人類の未来は明るい。今の医療は、薬漬けと検査漬け。真に癒すことはできない。それも無理はない。一日に100人近い人を診ていれば、一人当たりの診察時間は限られる。それでじっくり人の話を聞けるはずがない。相手の状態を正確に把握しなければ、何もできない。それは、機械がやってくれる?確かに。検査技術は、日進月歩している。しかし、心が伴っていない。病気に至った原因が、把握されていない。それでは、症状を抑えても再発してしまう。対症療法で、切り取ったり、抑え込んだりしても、心身のバランスは元には戻らない。ただの一時しのぎ。それを根底的に治そうと思えば、この方のように薬断ちが必要となる。それは、薬で抑えてきた身にとっては、生きる支えを失うようなもの。医者からも見放され、孤独な戦いを強いられる。それでもやろうとするには、並々ならぬ覚悟がいる。しかし、それをやらない限り、根本的に治ることはない。薬で抑えている限り、苦痛が増すばかり。どこかで決断する必要がある。命懸けで健康体に戻るか、それとも一生病気のままか・・・この方は、健康体を選択した。その勇気が、すばらしい。賞賛に値する。誰でもできることではない。多くの人は、世間に流される。今の社会は、体のことは医者任せ。自分の健康は自分でキープするという意識はない。自分の体なのに、他人に委ねてしまう無責任。そういう社会の流れに抗して、自分の体を自分で管理しようとすると抵抗が生じる。農薬や化学肥料のない食べものを確保するのさえ、たいへんなこと。社会全体が、見せかけや手っ取り早く儲かることに偏っている。心を込めるということが、忘れられてしまった。しかし、社会に流されては、真実の生き方はできない。社会の流れに抗してでも、真実に生きる必要がある。なぜなら、そのために生まれてきたのだから。新しい時代を切り開くために。この方は、これまでの自分の経験を活かし、これからは人の役に立つことをやっていかれることだろう。病気で苦しむ人に、真実の生き方をサポートしていかれるだろう。それこそが、これまでの自分の人生を活かす道。そのためにこそ、これまでの苦しい経験があったに違いない。過去世、家系、それらの重荷を背負って、人は生まれてくる。ねじれてしまったものを本来の状態に戻すために、人は覚悟して生まれてくる。そして、過去世と似たような体験をする。体験をした上で、今生で乗り越える。それが、今生の基本プログラム。魂や家系のカルマを一掃したいと思えば、自然に荷物は重くなる。両肩にずっしりと先祖代々の重荷がかかってくる。それでも、自分がやりますと誓って、人は生まれてくる。しかし、この世に生まれてしまえば、みんな忘れてしまう。この世は、物質社会。成長するなかで物質化され、本来の目的を喪失する。何のために生きているのか、わからなくなる。ただ苦しみだけが重たい。どうして自分だけが、このような目に遭うのか。天を恨み、神を憎む。愛は、心の中から姿を消す。それを責めることはできない。肉体という乗りものは、周りから遮断された器。どのような天使も神々も、この世のことには手出しはできない。愛する人が孤独に戦っているのを、ただハラハラしながら見守るのみ。しかし、苦しみのなかでも真実の種は生き続けている。何千年前の蓮の種が生き続けているように。魂の願いは、心の奥で生き続けている。それが、やがて芽を出す。いつまでもこんな生活をしていてはいけない。何かが違う。これは本当の人生ではない。もっと違う人生があるはずだ。悩み、苦しみながら、人は気づいていく。魂の願いを生きることに目覚めていく。それでこそ人生。そのために物質次元に生まれてきたのだから。魂の旅は、続く。肉体人間としての旅が、続く。この物質次元で、魂を花開かせる困難な旅が続く。困難だけれども、やり甲斐のある旅が続く。どうか魂として生きてほしい。物質に呑み込まれないで、物質を霊化してほしい。物質と霊性の調和。それが、この地球に生まれてきた目的なのだから。『薬断ち すべてを捨てて 甦(よみがえ)る いのちがいのち 救ってくれる』『いのちこそ すべてを生かす 元の元 いのちベースに いのちを生きる』これが日記を書き始めて2176日目の心境。
2010.12.18
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昨夜の屋久島は、寒かった。寒すぎて、布団に入っても眠れなかった。あまりに足が冷えるので、湯たんぽを出した。それでも寒いので、ホッカイロも張った。それでも寒かった。もっと衣服を着ればいいのだろうが、いつものように身動きが楽なまま寝た。朝も寒かった。でも、ゴミを出しに行った。ゴミ出しと言っても、車で行かなければならない。帰ってきて、ふと気づくと、ベランダの下にネコが横たわっていた。いつも入ることのないダンボール箱の中にいる。?身動きしない。どうしたの?まさか・・・凍死?横たわっていたのは、一番年長のおにいちゃん。まったく微動だにしない。あまりの寒さに凍死してしまったようだ。別に苦しんだ様子もない。眠りに就いて、そのまま凍死したのだろう。いつもは入ることのないダンボールの中にいたということは、よほど寒かったのだろう。しかし、凍死するとは・・・病気でもなく、元気だったのに・・・屋久島は、ここのところ停電が続いている。土曜、日曜と長時間停電となった。そして、この寒波。来年のシュミレーションだろうか。2011年は、激変の年。何が起きるかわからない。ある程度の食料と水は、常に確保しておいたほうがいいかもしれない。それに、乾電池やホッカイロなども。電気やガスや水道が使えなくなると、かなり厳しい生活を強いられる。特に都会は、なおさらだろう。救援は、あまり当てにならない。必要最小限のものは、自分で確保しておいたほうが間違いない。 停電するということは、ATMも使えなくなるということ。いくら貯金があっても、ないに等しくなる。ある程度の現金は、自宅に置いておいた方がいいかもしれない。燃える心配のない500円玉で。別に恐れたり不安になったりする必要はない。備えあれば、憂いなし。まさかの時のために、一応は準備しておいたほうがいいというだけのこと。それほど大災難が来るとも思わないが・・・人類の意識は、まだまだ暗い。アセンションなど、ほど遠い。意識を変革するために、いろんなアクシデントが起きるのは避けられない。メインは、個人的な浄化だが・・・今の時期は、心身ともに苦しんでいる人が多い。潜在意識のなかのネガティブなものが、ますます浮上している。そういうものは、肉体にも精神にも影響を与える。思わぬ心身の不調が続く。そのような人が多い。長く精神世界にいた人も、最近目覚めた人も、同様に浄化が激しくなっている。この状況から抜け出す道は、ただ一つ。心身をクリスタル化すること。心身のクリスタライゼーション。それは、心身の波動を更にアップし、ピュアーにしていくということ。物質次元から、魂次元へ近づくこと。それこそが、真のアセンションにつながる道。今は、物質的な過去の残滓を整理整頓しているところ。潜在意識は、根深く物質ナイズされている。無意識レベルで物質的な恐怖や不安を抱えている。そういうものが浮上し、解放されている。心のしこりが、体の異常となって現れたりもする。自分では気がついていない潜在意識のなかの塊。それは、執着であり、こだわりであり、囚われ。これから、まだ自分では気づいていないものが更に浮き上がってくる。出てくる時は、解放される時。出てきたものに振り回されないで、静かに見守っていること。ぜんぶ出し切る。何も掴まない。ネコに宿っていたいのちは、ネコを離れた。昨日まで元気だったネコは、もう動かない。無常。無情。自然は、情け容赦ない。変化するのみ。変化するものを掴んでしまえば、苦しみや悲しみが生まれる。変化と共に生きるしかない。変化には、方向がある。その流れに逆らえば、抵抗が生じる。抵抗は、人にとっての悲苦となる。人生が、苦しみの舞台と化す。時代の流れは、心身の波動のアップ。物質から魂への方向性。心身ともに物質的に生きてきたものを、魂とともに生きる方向への転換。心身の魂との融合。アセンションとは、まさに心身の波動を上げること。心身を魂化すること。心身を光化していくこと。心身のクリスタル化。 『心身の 波動を上げて 心身を より魂に 近づけていく』 これが日記を書き始めて2175日目の心境。
2010.12.17
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今日の屋久島は、寒い。深々と冷えて、真冬並みの寒さ。山の上の方は、雪が降っているのではないだろうか。今年の初雪?昨日、隣に住む女医さん用にブレスレットを作った。それは、ちょっと特別なもの。それには、訳がある。実は・・・彼女は、いろいろなものを受けやすい。ただでさえ受けやすい体質なのに、一日に80~100人の患者さんを診る。そこまでは、知っていた。ところが・・・患者さんは、彼女の左側に座るという。エッ?ホント!信じられない・・・病気の患者さんに自分の左側に座られたら・・・彼女曰く。バキュームカーですよ。確かに!患者さんは、いい。病気の気を彼女に吸い取ってもらえるから。しかし、彼女は?毎日80~100人の病んだ気を吸い取っていたら・・・やがて病気になるしかない。どうして患者さんを右側にしないの?そうすれば、女医さんの気を患者さんが受けられるのに・・・それには、訳がある。医者は、患者を診ながらカルテを書く。右手で書くので、右側に机が来るように設置されている。そうすると、自動的に左側に患者さんが来るようになる。しかし・・・彼女が月に一回通っている高知の病院は、そうではないらしい。パソコンでカルテを書くからか、机は左側にあるとのこと。その結果、患者さんは医者の右側に座ることになる。その方が、医者にとっては遥かに楽。人は、右側からエネルギーを出す。左側からエネルギーを受ける。背中からエネルギーを受けて、顔や胸の方からエネルギーを出す。そういう構造になっている。彼女は、しょっちゅう何かを憑けて帰ってくる。屋久島は老人が多いので、病院で亡くなる人も多い。毎日100人近い人を診ていれば、中には魑魅魍魎が憑いている人もいる。受けやすい彼女に、すがりつく霊も多い。そういう状態で、こちらの部屋に入ってこられると、頭が痛くなる。そこで、お祓いをすることになる。そうしなければ、とても一緒にはいられない。しかし、当直の時には、それもできない。どうしても机の配置を変えられなければ、対策を考えるしかない。どうやって左側をブロックするか・・・これまでは、彼女好みのブレスレットをしていた。しかし・・・それらは、アクアマリンなど透明系が多かった。それでは、役に立たない。透明系では、逆に吸い取ってしまう。ブロックするには、透明感のないものにしなければならない。色の濃いものが、ブロックしてくれる。しかし、真っ黒は、彼女には似合わない。彼女に合っている色で、ブロックできるもの・・・さて、何がいいだろう?いろいろ検討した結果、スギライトとゴールドルチルを組み合わせることにした。幸いなことに、東京のミネラルショーで最上のスギライトとゴールドルチルを買ってきた。最上のスギライトというのは、紫色をしている。それは、見ているだけで癒されるようなエネルギー。最高クラスのゴールドルチルは、ものすごいルチルの量。ギラギラ輝いている。これらをミックスする。すると・・・あまりの美しさに感動してしまった。すばらしい!美しいだけでなく、そのパワーがものすごい。スギライトのヒーリングパワーが、爆発した。すごい!すごい、すごい!!予想を遥かに超えて、ものすごいものができてしまった。まるでスギライトまで輝き始めたような・・・これで、彼女は守られる。それだけでなく、癒しのエネルギーを周りに振りまくこともできる。一石二鳥。言うことなし!しかし、これだけでは何かが足りない。それは・・・彼女の色がない。これでは、彼女の個性が活きない。彼女らしさを出すものがいる。彼女特有ののエネルギーを引き出してくれるもの。しかも、透明系ではないもの。そんな石は・・・ラリマーをおいてなかった。そのラリマーも、ちょうど質の良いものを買ってきていた。ラリマーを彼女のサイズに合わせてブレスレットにする。とてもすてきなものができた。これで彼女も満足するだろう。やはり自分の色がないと、アクセサリーとしてはもの足りない。好きなものを身に着けて、しかもエネルギー的にもすばらしい。そういうアクセサリーが、理想だろう。実は、オーダーメイドのブレスレットを作ってほしいというリクエストは既にきている。結婚指輪の代わりに、結婚ブレスレットを作ってほしいとのこと。ミネラルショーで、そのための石も購入してきた。最上のアクアマリンやブルートパーズ・・・ベースはヒマラヤ水晶にしてほしいとのことで、透明なヒマラヤのビーズも購入してきた。他にも、就職祝いに作ってほしいとも言われている。これからは、オーダーメイドのブレスレットも作ろうかと思っている。けっこう面白そうなので・・・ただ何の特徴もなく作っても、売れはしない。何十年も作り続けているプロのデザイナーもいる。すばらしい宝石系の石を使ったブレスレットもある。最近は、ヒーリング系のブレスレットも出回っている。そういうなかで、何を売りにするか・・・原石であれば、屋久島の海と川で浄化したという、他にはない特徴がある。光のネットワークとつながった特別な水晶とも言える。送り出す際には、光のエネルギーも入っている。その点に関しては、ブレスレットも同じ。でも、それだけでは、何かが足りない。何か独自のものがないと・・・さて、何を売りにするか。安さで勝負できるとも思えない。センスで優るとも、さらさら思えない。品質でも、もっと高級な店があるだろう。では、何が・・・何とかできそうなのは、その人に合ったものを作るということぐらいだろうか。この世の人格に合ったもの。魂に合ったもの。用途に合ったもの。この世の人格というのは、生年月日を聞けば、星座的に割り出せる。魂に合ったものは?それは、瞑想しないとわからない。瞑想状態になれば、なんとなくわかる。この世の人格に合わないと、身に着けてもらえない。本人の好みに合わないものは、長続きしない。そういう意味では、この世の人格も重要なポイント。しかし、それだけでは、他のブレスレットと変わらない。最も大切なことは、魂の意向がこの世の人格に反映されること。この世の人格が、この世に生まれてきた目的を達成すること。それには、魂のエネルギーが伝わるようなブレスレットが役に立つ。常に魂のエネルギーが伝わっていれば、この世の人格が道を間違えることはない。魂とつながって生きることができるようなブレスレット。そういうブレスレットを作りたいと思っている。それなら胸を張って人に薦められる。この世的な自己満足や願望実現のためではない。魂とつながりやすくなるブレスレット。魂とつながっていられるブレスレット。真実に生きるためのブレスレット。今生の目的を達成するためのブレスレット。そういうブレスレットができればいいなと思っている。まあ、暇にあかせてゆっくり作ることになるだろう。利益目的のビジネスではない。本当に良いものを作りたいと思っている。『魂の ふるさと思い 出すように 魂の色 ブレスに込める』これが日記を書き始めて2174日目の心境。☆ オーダーメイドのブレスレットをご希望の方は・・・何のためのブレスレットか。(目的)生年月日。血液型。手首のサイズ。希望の石。(もしあれば)(おまかせでも可)予算。をメールでお知らせください。kimi77@m10.alpha-net.ne.jp予算の目安は、最低6千円から。5万円以上の場合は、予約時に半額を振り込んでいただくことになります。(予算に見合ったグレードの石を使うことになるでしょう)
2010.12.16
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昨夜、東京のミネラルショーで買ってきた水晶の第一陣が届いた。ほとんどは、クラスター。ほんの少しポイントもある。一本だけクンツァイトがあった。このクンツァイトは、巨大。長さが、17cmを超える。色もピンクとイエローのバイカラー。明るいところで見ると、すばらしく美しい。なにしろビッグなクンツァイト。これは、ミネラルショーの最初のお客さんだからと言って、特別に安くしてもらったもの。海外から初めて来たバイヤーという感じだった。外人は、最初の一人には格別安くするらしい。ラッキー!昨日届いた水晶たちのメインは、何と言ってもヒマラヤ水晶。その煌(きらめ)き具合は、度を越えている。まさに神の芸術作品。自然の造詣の妙。透明感抜群の小さなポイントたちが、キラキラ輝いている。母岩が紅色なので、先端部はほんのりとピンクがかっている。それはそれは、美しい。会場で見た時も美しかったが、自宅では更に美しく見える。会場は人工的な照明なので、本当の色はわからない。しかし、自宅は、自然光。間違いなく美しい。正真正銘のビューティフルクリスタル。ここまで美しいと、水晶祭りに出すのが惜しくなる。全部で八個。どれも美しい。特に大きい二個は、スペシャル。そのうちには水晶祭りに出すだろう。いつまでも持っているわけにもいかない。しかし、今は見ているだけで幸せ。本当に美しい。東京のミネラルショーは、今回が三回目。しかし、毎回、出てくるものが異なる。ヒマラヤ水晶と一口に言っても、いろいろ種類がある。前回は、ビューティ&パワフルだった。今回は、繊細&煌き。もちろん美しくもある。しかし、この繊細さと煌きは、尋常ではない。これが写真に撮れるだろうか・・・世の中には美しいものがあるものだなぁーと、つくづく思う。言葉を超えた美しさ。言語に絶するとは、まさにこのこと。さてさて・・・キラキラ水晶について、今朝、次のようなメールが届いた。「一昨夜、素敵な体験をしました。夜、お布団に入ってうとうとしかけたら、急に先日アップした常設の水晶祭りのクラスターたちのエネルギー(だと思います)に包まれました。私が寝ている上に、白いエネルギーがキラキラ輝きながら集まってきました。足元の少し上の方に、天使のような、女神さまのようなきれいな人が現れて、やさしく微笑んでいました。キラキラが、一層輝き始めました。なんともいえない美しい聖なる光のイルミネーションでした。私は、この上ない幸せな心持で、その光を見ていました。(といっても、寝ているのですけどね)(第三の目で見ているのかな)女神さまのやさしい波動が、私を芯からリラックスさせてくれていました。キラキラした光たちは、今度私のところに来てくれるクラスターの光なのかしらと思いました。でも、それだけではなくて、たくさんの水晶たちの光が来てくれている感じでした。その時、ホワイトクリスマスにとアップしたクラスターたちのエネルギーだと感じました。たくさんの光たちが輝き、そしてその光を包み込むように、白い光が現れました。光は、私が寝ているお布団の上に大きく広がりました。その時私は、また、なんともいえない聖なる至福感に満たされました。私は聖なる光と聖なる輝きに包まれ、そのまま眠りにつきました。翌朝目覚めると、自分がとても清らかな波動に満ちていることを感じました。一日中、何も波立つことのない、霊性な、静かな自分がいました。(ちょっと、いろいろあったのですけどね)素敵なクラスタターたちのおかげです。キラキラ星さんが届くのを、楽しみにしています。」水晶が持つエネルギーは、すばらしい。それは、天上の世界とリンクしている。女神や天使たちとつながっている。宇宙と響き合う水晶たち。今回届いたヒマラヤ水晶は、どんな宇宙とリンクしているのだろうか。さぞかし美しい宇宙とリンクしていることだろう。そのうちに、幸運な何人かの人のところへ届くことだろう。お楽しみに!『天使さえ 舞い降りそうな 水晶は ヒマラヤに降る 雪の結晶』これが日記を書き始めて2173日目の心境。
2010.12.15
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12月8日から12日まで、東京へ行っていた。目的は、池袋で開催された第19回東京ミネラルショー。業者デーを含めて四日間通った。同じビル内のホテルに泊まったので、ほとんど出歩かなかった。今回の会場は、サンシャイン60の中の文化会館。二階と三階の2フロアー。新宿のミネラネショーに比べると、二倍以上の広さがある。業者の数も多く、日本一のミネラルショー。見に来る人も多く、開場前から長い行列。特にボーナスが出た直後の土曜日は、遅くまで混んでいた。会場が広過ぎて、すべての店をじっくり見ることはできなかった。人も多過ぎて、ちょっと人当たり気味。今回は、本当は大きなカテドラルクオーツを購入するつもりだった。自分用に50cmぐらいの大きなものがほしかった。しかし、気に入ったものはなかった。今回は、カテドラルクオーツは不作だった。同様に、シトリンも見るべきものはなかった。買いたいと思うほどのものは、皆無だった。研磨したものすら少なかった。シトリンは、本当に産出が減っている。逆に、中国やパキスタンの水晶は、たくさんあった。新しいものが、どんどん入ってきている感じ。特に四川省やチベット産の美しいものが目立った。35万8千円という超美しいクラスターもあった。安くしてくれたら買いたかったが、一円もまけられないというので諦めた。日本に7個だけ入荷したが、今後入る見込みはないとか。母岩が紫色で、なんとも美しかった。地球には、まだまだすばらしい水晶が眠っている。ヒマラヤ水晶は、新しいものがたくさん入っていた。キラキラ輝くクラスターを10個ほど買った。三回目のミネラルショーなので、業者も顔を覚えてくれている。前回よりもグラム当たりの単価を安くしてくれた。回数を重ねる度に、良いものが安く買えるようになっている。業者の知り合いも増えるし、目も肥える。毎日、四日間も通い詰めれば、たいていの業者は覚えてくれる。特に「屋久島ナチュラルヒーリング」の名刺を出すと、効果てきめん。わざわざ屋久島から来たのですかと、みんなに驚かれる。それで特別サービスしてくれる業者もいる。基本的には、やはり日本人の方が安くしてくれる。外国人には、屋久島と言っても通用しない。今回は、ビーズをたくさん買ってきた。ネットでは見かけないトップグレードのものを大量に仕入れた。ラピスラズリ、ゴールドルチル、インカローズ。ムーンストーンもスペシャル美しいものが手に入った。アクアマリンは、サンタマリアという最高レベルのものを一個だけ買うことができた。ブルートパーズも、完璧に透明なものがあって驚いた。モルガナイトは、美しい透明感のあるものを買ってきた。ミックスベリルも、質の良いものが手に入った。その他にも、ラリマー、トルマリン、クンツァイト、ガーネット・・・それから、最高級のスギライト。しかし、これは高かった。値札は、なんと160000円!高級品だけでなく、安いものもたくさん買ってきた。一万円以下、あるいは五千円以下で気軽に着けれるようなものもたくさん仕入れた。ブレスレットに加工したら、何百個できるだろうか。一年分ぐらいは、ゆうにありそう。原石での今回の目玉は、ゴールデンヒーラー。30cmぐらいあるアーカンソー産のクラスター。大きいだけでなく、各ポイントも透明感があって美しい。しかも、黄色くコーティングされている。値札は、270000円。確かに、それだけの価値はあるかもしれない。こんなに大きなゴールデンヒーラーは、見たことがない。ネット上でもミネラルショーでも、いまだかつてなかったもの。三日間毎日見に行って、最後に購入した。毎回何十万円分も買っているところなので、かなり安くしてくれた。やはり顔馴染みになると、良いことがある。もう一つ、ここで良い買い物ができた。それは、アホーライト。水晶にライトブルーのインクルージョンがあるもの。南アフリカでしか採れないので、非常に高価。しかも、産出量が限られているのでレア。毎回ミネラルショーに出ているのだが、高くて手が出なかった。それが、思いもかけない価格で手に入った。しかも、非常に美しい。但し、一個のみ。他にも、レインボーボージーストーンを数個買った。こちらは、現地で一緒に採取したという業者から仕入れた。たくさんのボージーを見せてもらって、美しいものだけをセレクトしてきた。これは、どこのお店よりも質が高いと自慢できる。この業者とも顔馴染みになっていたので、良いものを選ばせてもらえた。いかに人間関係をつくるか。やはり、それが良いものを手に入れるための必要条件。初めての人に、ベストのものは売ってくれない。今回もたくさんの良いものを購入することができた。それはよいのだが・・・やはり、東京はきつかった。もう当分は行きたくない、というのが本音。屋久島とは、空気感がまるで違う。アセンション以前と以後ぐらいの違いがある。透明感の質が異なる。クリアー度が、まるで違う。屋久島は、しっとりしていて透き通るようにクリアー。東京は、乾燥している。しっとり感がなく、ザラザラした感じ。ただ、スピード感はある。東京は、頭の世界。上の方のチャクラで成り立っているような感じ。グランディングが、まったくない。宙に浮いているような雰囲気。地球とつながっていない。人間が、頭だけで作り上げた世界。自然と共に生きている世界ではない。虚構に近い。屋久島にいるだけでは、屋久島の良さはわからない。たまに外に出ると、いかに屋久島がすばらしいかがよくわかる。今回は、戸籍謄本を取ってきた。これまでは、東京の世田谷区においてあった。本籍地を屋久島に移そうと思っている。もう当分は、屋久島にいそう。他に行きたいという気が起きない。島外に出る度に、屋久島のすばらしさが再認識される。先のことはわからないが、今は屋久島。屋久島が、自分のベース。ここで更に霊性を高めていくことになりそう。しっかりグランディングして、スピリチュアルに生きる!『しっかりと 地に足着けて 霊静に 自然と共に 澄みきり生きる』これが日記を書き始めて2172日目の心境。
2010.12.14
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今日の屋久島は、暗い。八時を過ぎても、明るくなりきらない。まるで人類の現状?この世を生きるのは、なかなかたいへん。イマジネーションは、役に立つ。童話や小説を構想するにも、イマジネーションを使う。映画や演劇やCMでさえ、イマジネーションが必要。何かを企画するにも、まずはイマジネーション。建築も歌謡曲も、選挙運動でさえ。スポーツもイメージトレーニングが流行っている。何をするにも、まずイメージありき。創造の原型になっているのは、想像力。このイメージを使って、UFOも操作する。ワープするのも、イメージ力が頼り。宇宙創造そのものが、想像力をベースにしている。そういう意味では、イマジネーションというのは必要不可欠。ところが・・・絶対的に必要ではあるのだが・・・それでは、良いことばかりかと言うと、そうでもない。実は、イマジネーションは諸刃の剣。敵がいつ攻めてくるかわからないと思って、軍備を増強する。そうすると、敵もまた戦々恐々となって軍備を拡大する。果てしない軍拡が始まる。恐怖の連鎖。何か失敗をする。すると、また失敗するのではないかと不安になる。不安は、現実化する。負の連鎖が始まる。好きな人が、最近ヘン。どうも私を避けているみたい。他に好きな人でもできたのではないか・・・想像は、尽きることのない妄想へと発展する。夫が浮気をしていないだろうか。子供が隠れて悪い遊びをしていないだろうか。病気がどんどん悪くなりはしないか。このまま仕事が見つからなかったら、どうしよう。負のイマジネーションは、どんどん膨らんでいく。不安、心配、恐れ、疑い・・・想像は想像を呼び、泥沼と化す。やがて、精神は混乱していく。いくつもの思いが、同時に交錯する。自律神経失調症や統合失調症ということもあり得る。イマジネーションは、建設的な創造をすると共に破壊的な結果も生み出す。イメージ力、想像力、イマジネーションは、必要なのだが・・・過ぎたるは、及ばざるが如し。もの思いに耽り過ぎれば、現実から遊離する。イマジネーションの世界に沈殿すれば、現実から乖離してしまう。実は・・・悪霊や迷える霊たちも、そのレベル。想いや想像の次元。想いの世界で、さ迷っているだけ。全体から分離した想いの世界。想いの世界は、幻の世界。現実以前。それを現実化するには、思考力や行動力がいる。ただ想いだけに溺れてしまうと、現実から分離してしまう。想像力もイマジネーションも必要不可欠。しかし、それは、現実創造のための手段であり道具。手段や道具に振り回されていては、本末転倒。それは、いろんなことについて言える。肉体も、この世を生きる乗り船。その肉体の快感に溺れてしまっては、ミイラ取りがミイラとなってしまう。感情も、肉体を維持し、豊かな人生にするには必要。しかし、感情に翻弄されては、感情の僕(しもべ)。お金も、この世を便利にするための手段であり道具。にもかかわらず、金の奴隷となっている人の何と多いことだろう。時間も同様。この世を整理するための決め事に、追いかけられて暮らしている。何事も使いこなすこと。手段や道具に使われないこと。快感や便利さに振り回されないこと。その本質を深く理解して、主体的に活用すること。大切なことは、自分を見失わないこと。肉体の快感や感情やイマジネーションに呑み込まれないこと。それらに振り回されて、人生の主体を喪失しないこと。それらは、すべて手段や道具。それは、運転手がスピードの魔力にとりつかれて交通事故を起こすようなもの。本末転倒。何事も、過ぎたるは及ばざるが如し。ほどほど。調和。バランス。深い理解。そして、使いこなす。肉体も感覚も感情もイマジネーションも・・・すべて、その本質を理解して、使いこなす。共に生きる。すべて必要なもの。理解が足りないので、それらに振り回される。特にイマジネーションは、曲者。注意していないと、すぐに虜になってしまう。イマジネーションの世界に呑み込まれてしまう。それが、思い込み人生。先入観や偏見。固定観念や既成概念。自分勝手なものの見方。想像力は、創造するためのアイテム。そのことを肝に銘じるべきではないだろうか。けっしてイマジネーションの世界に呑み込まれないように。思い込み人生にならないように。冷静に。霊静に。霊聖に。それが、これからのキーワード。それは、霊静な主体を持つことを意味する。魂とつながった主体。全体とつながった人格。個であり全体。肉体や感覚や感情やイマジネーションに振り回されない主体。そういうものの性質を理解し、そういうものに翻弄されない人格。必要に応じて、いつでも活用できる主体。そういうものを適確に管理し、必要に応じて自由に使いこなす。そういう主体が、これからは求められる。それが、新しい時代の主体となる。霊静さを持った主体。全体と共に生きる主体。『霊静な 主体が次の 新しい 時代を開く 振り回されず』これが日記を書き始めて2165日目の心境。
2010.12.07
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今日の屋久島は、さわやかに晴れ上がっている。風もなく、暖かい。海はべた凪で、とても穏やか。冬ではなく、まだ秋の感じ。ほとんどの人は、感情的な思いと共に生きている。けっしてクリアーな思考と共には、生きていない。肉体にまつわる感覚や感情と一体になった思い。論理的でも科学的でもないイメージ主体の思い。それが、自分というものを形作っている。自分というイメージ。自分という思い込み。それを意識の中心として、人は生きている。いや、純粋に論理的に生きている人もいる?科学者や学者は?冷徹な思想家や分析家は?けっして感情的な思いでは生きていない?そうだろうか。確かに、彼らは仕事の上では科学的、論理的思考で生きているかもしれない。しかし、プライベートで怒らない人がいるだろうか。不安や心配をしない人がいるだろうか。不安や心配は、科学的、論理的思考だろうか。それとも、感情的思いだろうか。際限なく不安を募らせることは、けっして科学的でも論理的でもない。失くしたものを嘆き悲しむのも、冷静な思考ではない。不安も心配も恐れも悲しみも・・・みんな感情的な思いから出てくる。けっして科学的で論理的な思考からは出てこない。残念なことに、科学者も学者も、そのような思いから自由な人はいない。つまり、どんなに冷徹な思想家や分析家であっても、自分というイメージをメインに生きている。そうである限り、自己の利害が絡むと、冷静ではいられなくなる。科学的、論理的思考は、自己の利害の前には風前の灯(ともしび)。科学的、論理的思考で日常を生きている人が、いったいどれだけいるだろうか。精神世界に詳しい人も、例外ではない。いくら精神世界に詳しくても、自分というイメージがある限り、思い込みワールドの中。アセンションすら、おぼつかない。いくらアセンションのことに詳しくても、その本質をわかっているとは言い難い。真のアセンションとは、感情的な思いの次元から離脱すること。肉体にまつわる感覚や感情や思いによってできている自分というものから離れること。個という思い込みから自由になること。個であり全体であるという次元にシフトすること。個であり全体であるということは・・・肉体ベースではないことを意味する。これまでは、肉体ベースの思いが意識の中心だった。それが、自我という自己中心的な主体を形成していた。これからの主体は、魂ベースのものになる。魂と純粋な思考が合体したもの。肉体の感覚や感情をベースとしない思考。論理的で科学的な思考。宇宙は、数学的調和によってできあがっている。その数学的思考を用いて、意識の主体を形成する。そのバックには、魂がある。魂をベースとして、肉体次元を生きる。思い込み人生からの離脱。事実ベースの人生への転換。悲苦からの自由。不安や心配や恐れからの解放。悲苦や不安や心配や恐れは、みんな感情的な思いの産物。非論理的な思いが、そのような幻をつくっているだけ。人は、ありもしないものに翻弄されているだけ。すべて思い込み。人は、思い込みワールドで生きている。思いの中身を直視すれば・・・「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」実体は、ない!「私」という幻。「自分」という幻想。自己中心という思い込み。人は、リアリティを生きてはいない。肉体ベースから魂ベースへの転換。それは、感情的思いから、純粋思考への転換。意識の中心が、ドロドロとした自我からクリアーな意識へ変わること。断絶した個として生きるのではなく、全体とつながった個として生きること。体主霊従から霊主体従への転換。そんなことはわかっている?精神世界の本を読めば、どこにでも書かれている?確かに!しかし、自分というイメージからの離脱を説いた本があるだろうか。自我からの自由について書かれた本があるだろうか。そういう本は、非常に少ない。自分自身の存在の根幹を揺るがすような本は、極めて限られる。どの本も、自分は安全圏においてある。周りのことは、よくわかる。しかし、本質的に問われているのは、自分自身。アセンションするのは、自分自身なのだから。その自分が、いつまでも感情的な思いの次元で生きていたら、アセンションは難しい。いつまでも「自分だけはアセンションする」、「自分だけは大丈夫」と、自分にこだわっていたら、ヘンな話。ほとんどの人にとって重要なのは、自分がアセンションするかどうか。自分が救われるかどうか。しかし、そういう意識がある限り、真の意味でのアセンションは無理。それは、アセンションという思い込み。真の意味でのアセンションをわかっていない証拠。まだ思い込みワールドから自由ではないということ。思い込みワールドは、根深い。ありとあらゆることが、思い込みによって成り立っている。生まれてこの方蓄積してきた思い込みは、ものすごい。それは、無意識レベルの先入観や偏見となっている。固定観念であり、既成概念であり、自己中心的ものの見方。反応のパターンであり、思考のパターンであり、行動のパターン。自己正当化のパターンであり、落ち込みのパターンであり、失恋のパターン。潜在意識のなかに蓄積された思い込みは、膨大なもの。そういうものに気づく必要がある。自分の構成要素に気づかなければ、今のままの人生が続く。アセンションなど、夢のまた夢。自分というものは、何によってできあがっているのだろうか。自分の存在を問う。それを徹底的にやっていかないと、自我から自由になることはできない。自分というイメージからの自由はない。個から離れることはできない。個で生きる限り、思い込み人生。けっしてリアルな人生ではない。ただ思いの世界のなかで生きているだけ。肉体ベースの限られた思い込みワールドの住人。さて、あなたはどう生きるのだろうか。いつまでも思い込み人生を続けるのだろうか。不安と恐れと苦しみと悲しみの世界で生き続けるのだろうか。それとも、新しく生き直すのだろうか。『生活の なかですべてを 問い直す 今の思いは 事実かどうか』『日常を 事実ベースで 生きていく 思いの波に 流されないで』これが日記を書き始めて2163日目の心境。
2010.12.05
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今日の屋久島は、朝から快晴。美しい青空が広がっている。気温は低いが、さわやか。時間と共に気温も上昇する予報。人類は、長い間、物質ベースで生きてきた。生きるために物質と格闘する間に、いつの間にか物質の虜になってしまった。自分の本質を忘れ、肉体人間と化してしまった。美しい地球を楽しむつもりが、地球の呪縛にかかってしまった。これまでは、地球を学ぶ時期。物質次元を理解する期間。地球での暮らしに慣れるための時。しかし、これからは・・・これまでの学びを活かして、地球暮らしを楽しむ時。物質の呪縛から解放されて、物質を自由に使いこなす時。自分の本来の姿を思い出し、霊主体従で生きる時。全体と共に個を生きる時。これまでは、この世を生きる主体である人格が、物質ベースだった。これからは、魂ベースとなる。全体から孤立した個ではなく、全体とつながった個となる。自分さえよければよかったのが、みんなと共に生きるようになる。人類は、これまで物質を探求し、地球暮らしを快適にするために努力してきた。その過程で、物質の虜になってしまった。その結果、物欲ベースの競争社会をつくってしまった。物を奪い合って、争いの絶えない社会にしてしまった。別に誰が悪いわけでもない。肉体と同化するプロセスのなかで、いつの間にか自分を肉体そのものと思い込んでしまった結果。この思い込みということが、すべての問題の根底にある。これこそが、今の人類の問題のすべてを解く鍵。人は、思い込みワールドのなかで生きている。けっして事実ベースでは生きていない。自分のイメージが傷つけられたと言っては、怒る。周りから賞賛されると、自己満足する。人は、自分というイメージをメインに生きている。それは、記憶によってつくられた自己イメージ。実態のあるものではなく、単なるイメージ。自我とは、実体のない幻。人は、思い込みによってつくりあげた自分というイメージをベースに生きている。自分は、極めて不安定。褒められれば、舞い上がる。貶(けな)されれば、落ち込む。どこにも実体はない。あるのは、自分というものがあるという思い込みだけ。それは、記憶によって紡がれているだけの虚像。記憶喪失になれば、跡形もなく消えてしまう幻。病気になりはしないか。交通事故に遭わないか。泥棒に入られないか。あの人に嫌われはしないか。不安も心配も恐れも・・・みんな思い込み。けっして実態のあるものではない。人は、ただ思い込み人生を生きているだけ。酒に酔う。歌に酔う。雰囲気に酔う。ムードに酔う。過去の思い出に酔い、懐メロを口ずさむ。昔のアルバムを見て、過去を懐かしむ。自分のなかから消えたものを、いつまでも嘆き悲しむ。贔屓(ひいき)のチームの勝利に祝杯をあげる。ただ酔っているだけ。浸っているだけ。心地よいだけ。満足しているだけ。そのすべては、ただ思い込んでいるだけ。人の意識の中心は、思い。イメージ的な想い。非論理的な思考。その曖昧な思考が、肉体と自己同一化し、自分を肉体と思い込む。肉体と共に成長するために、それもは無理はない。幼い頃は、まだ霊性が残っている。しかし、思春期になると思考力が発達し、物質化していく。人は、成長するに従って自己イメージが強固になる。その自己イメージを自分自身と錯覚する。実際は、自己イメージも日々変化している。肉体も日々変化するように。すべてのものが、刻々と変化している。一定の自分などというものはない。それをあるように思い込むのが、思考のマジック。肉体や記憶と自己同一化した思考の幻想。この思考力は、曖昧。科学的でも、論理的でもない。数学のような純粋な思考ではない。イメージベースの想いに近い。そういう思考は、冷静ではない。感情と結びついており、極めて主観的。自己中心的で、自分勝手な思い込みになりやすい。動揺しやすく、非常に不安定。それが、今の人類の意識の中心。そのために、このような混乱が起きている。人類は、まだまだ未熟。発展途上。霊性が、物質に呑み込まれている。この世では、霊性よりも物質の方が支配力が強い。曖昧な思考力によって、人は物質化してしまった。本来の霊性を喪失してしまった。以上が、これまでの人類史。これからの人類史は、劇的に転換する。体主霊従から、霊主体従へ変わる。人は、物質の奴隷から、物質の主人へと変身する。その鍵を握るのは、冷静さと見守り。客観的な思考力と魂とのつながり。思い込みベースから事実ベースへの転換。人類の意識が、変わる。物質との同化から、霊性の確立へと変化する。意識の物質化から、物質の霊化へ転換する。人類の意識が、シフトする。時代の流れが、変わる。曖昧な思考が、クリアーな思考に昇華される。人類の意識の中心が、クリアーで冷静な思考となる。全体とつながった透き通るような意識になっていく。アクエリアス時代の意識になっていく。『演歌とは 過去に浸って 現在を 慰めている イメージゲーム』『雰囲気に 酔っているだけ イメージの 世界で生きて いるだけのこと』『自己という イメージ抱いて 旅をする この世は夢の イメージゲーム』『イメージは 何かを創る ためのもの 呑み込まれては 元も子もない』『イメージに 酔うな浸るな 留まるな 今刻々を リアルに生きる』これが日記を書き始めて2162日目の心境。
2010.12.04
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(昨日の続き)動物は、本能のままに生きている。人間も本能のままに生きているだろうか。残念ながら、それは違う。人間は、本能のままには生きていない。本能のままであれば、必要以上のものを蓄積しないだろう。動物は、必要以上のものを蓄積しない。確かに、余った肉や木の実を埋めたりする習性もある。しかし、それはわずかなもの。人間のように限りなく蓄積しようとする動物はいない。人間だけが、なぜそれほどまでに蓄積したがるのだろうか。もっと、もっと・・・欲は、際限がない。その根底にあるのは、不安。安心するために蓄積する。しかし、いくら蓄積しても絶対的な安心は得られない。なぜなら、最後には死が待っているから。死は、未知の領域。未知のものは、怖い。不安と恐れは、最後の最後まで付いて回る。いくら蓄積しても、安心立命ということはあり得ない。死を待つまでもなく、この世は不安定。いつ世の中がひっくり返るかもしれない。いつまでも安全である保証はない。コンピューターシステムが麻痺すれば、いくら貯金があってもゼロに等しい。この世は、無常の世界。絶対は、どこにもない。故に、絶対的な安全の保証もない。いくら富を蓄積しても、天変地異が来ればひとたまりもない。いくらお金があっても、病気には勝てない。巨万の富を蓄えても、家族のあたたかさから遠い人もいる。物の蓄積は、人の幸せを保証しない。幸せどころか、安全さえ保証されない。逆に、蓄積すればするほど、危険が増す。他人から奪われはしないかと、不安が募る。多く持てば持つほど、狙われる。安全など夢のまた夢。にもかかわらず、人間は、あくせくと蓄積に励む。その結果、富の偏在が起きる。それによって、餓死する子供が出てくる。それをよそ目に見ながら、夜毎パーティに耽る。それは、仮初(かりそめ)の繁栄。真夏の夜の夢。朝になれば目が覚める幻。何の真実もない。本能を思考が増幅する。自分の身を守ろうとして、「もっと、もっと・・・」と寄せ集める。ありとあらゆるもので自分をガードしようとする。お金だけではない。地位も名誉も財産も、すべて自分を守るための鎧。人脈も組織も会社も、みんな自分の安全のため。ありとあらゆるもので自分を保護しようとする。しかし・・・そんなものは、何の役にも立たない。死を前にすれば、そのようなものは、みんな青菜に塩。ただ孤独だけが、待っている。死神だけが、歓迎してくれる。個である限り、人は救われることはない。どこまで行っても、孤独地獄。いくら物を蓄積しても、そんなものは何の役にも立たない。風の前の塵(ちり)に等しい。この問題を根本的に解決するには、魂とつながるしかない。魂レベルになれば、全体とつながっている。そうなれば、個の寂しさはない。全体と共に個を生きれる。それのみが、唯一救われる道。それ以外に救われる方法はない。ハイアーセルフや魂とつながること。魂を通して全体とつながること。全体とつながった上で、個を生きる。そうなれば、自分さえよければいいという思いは出てこない。今の世界を混乱に陥れているエゴは、影を潜める。それのみが、唯一の人類の希望の光。いくら道徳教育や宗教教育を強化しても、隠れて悪事を働くだけ。良心の呵責を強めるだけ。半強制は、人の自発性を抑圧する。自由な躍動感を殺してしまう。ただ源へ還るしかない。本来の自分に戻るしかない。物質人間から、霊的な人へ変身するしかない。それが、アセンションということ。全体とつながった個として、肉体を持って生きる。全体と共に自由創造を楽しむ。そこには、強制も抑圧もない。ただ共に生きることがあるだけ。それが、本来の人の在りよう。これから、流れは、そのように変化していく。全体とつながって個を生きるようになる。そうなれば、世界の混乱は終わる。そのためには、個と全体の関係を深く理解する必要がある。自分自身を通して実感する必要がある。自分のなかに全体を感じる必要がある。自分自身が、それを体現する必要がある。そういう方向へ向かって、この日記は続いていく。方向性は、はっきりしている。時代のトレンドは、明白。個であり全体。『自分さえ よければいいと 思うのは 物質化した 自我の妄想』『ミイラ取り ミイラとなって 本来の 魂忘れ 物欲地獄』『人類が 救われる道 唯一つ 個であり全体 自覚すること』これが日記を書き始めて2161日目の心境。
2010.12.03
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昨日のコメント欄に、次のような書き込みがありました。「幻想でしかない・・・と、 薄々わかっていても、 どうしてこのエゴ中心の幻想世界に愛着し、しがみつくのでしょうね?それがわざわざしたくて、体験するためにこの世界に生まれてくるのでしょうか。」そういえば、「わかっちゃいるけど、やめられない~♪♪」という歌が流行ったことがありましたね。クレージーキャッツの植木等が、無責任社員を演じていた頃です。もう何十年も前のことですが。人は、どうして個にこだわるのでしょうか。それは、個しか知らないからでしようか。慣れ親しんだものの方が、居心地がいいからでしょうか。未知なものには、不安を感じるのでしょうか。惰性?社会に迎合?流されて?いや、引きずられて?車は、急には止まれない!これまでの生き方を切り替えるには、勇気が要ります。いや、切り替え方がわからない?本当は、どうしたらいいのかわからない・・・人は、この世をさ迷っているのでしょうか。迷子の迷子の子猫ちゃん?なんとなく満たされないけれども、でも、どうしたらいいのかわからない。いえいえ・・・そうではなくて、しっかり物質世界に絡め取られている?物欲と食欲と性欲の虜?いえいえ、そうではありません。生きるのがやっとなのです。サバイバルゲーム真っ最中なので、人生を考える余裕なんてないのです。今日生き残るのに精一杯なのです。人生の目的より、今日の糧です。人生は、そんなに甘くないのです。さてさて・・・人は、どうして自我を生きているのでしようか。それは、自我を生きるために生まれてきたから?まさか・・・泥沼にはまり込んで抜けられないのでしょうか。アリ地獄?物質の甘い蜜に心身ともに骨抜きになってしまったのでしょうか。物質世界の泥沼から立ち上がる気力をなくしてしまったのでしょうか。それとも、切迫感が欠けているのでしょうか。あるいは、モラトリアムを決め込んでいるのでしょうか。人生は、まだ長いと思っているのでしょうか。そのうちに何とかなるだろうと・・・真剣に求め求めている人の、なんと少ないことでしょう。真実を求めている人。この世の苦しみの原因を追究している人。人類の現状を嘆く人は多いのですが・・・なぜ、このような現実があるのか。その原因は何なのか。人生には、どうして苦しみや悲しみがあるのか。人々は、なぜ幸せに暮らせないのか。今の人類の現状は、けっして満足できるものではないでしょう。にもかかわらず、ほとんどの人は、漫然と暮らしています。稀に、この世を改革しようとする人もいます。政治活動や社会運動に奔走する人もいます。宗教こそが人類を救うと信じて、宗教活動に邁進する人もいます。しかし、その宗教どうしが争い、新たな苦しみを生み出します。政治活動も社会運動も、自分と異なる思想を排除しようとします。そこで、新たな混乱が生じます。この世を良くしようとして、更に悪くしています。政治活動も社会運動も宗教活動も、みな悪循環に陥ってしまっているのです。自分だけが善であり、自分と異なるものは悪なのです。そうやって、延々と人類は争い合ってきたのです。この混乱の原因は、何でしょうか。どうして人類は、こうも争い合うのでしょうか。もっと仲良く暮らせばいいのに。そんなことは、子供でもわかることなのに・・・しかし、子供たちもケンカをします。オヤツをめぐって熾烈な兄弟ゲンカを繰り広げます。少しでも大きな方を手に入れようと争います。一方が泣き出すまで、やむことはありません。人類は、限りあるものを奪い合っているのでしようか。実際は、人類平等に分かち合えば、誰も飢える人はいないのですが。では、一部の人が欲張りなのでしょうか。いえいえ、みんな欲張りです。みんな他の人より少しでも良い暮らしをしたいと願っています。他の人より立派に見られたいと心の底では思っているのです。欲張りなのは、一部の人だけではありません。みんなが欲張りなのです。では、みんなが欲張りなのが問題なのでしょうか。では、欲張りとは何でしょうか。どうして欲張りになるのでしょうか。欲張りの源を探っていくと・・・自己の安全に行き着きます。自己保存ですね。それは、本能です!で、終わり?いえ、本能なのは確かですが・・・それは、動物の本能です。あるいは、肉体の本能です。しかし・・・それにも例外はあります。自分を犠牲にして仲間を守るということも起きます。動物たちも、稀にそのような行動を取る時があるのです。それは、例外?人も、そのような行動を取ります。子供を守るために母親が犠牲になることは、珍しくありません。自己保存が、絶対でもないのです。しかし、それは種族保存の本能では?確かにそうかもしれません。種を守るということは、絶対命題です。それは、命の本能と言ってもいいでしょう。でも・・・動物たちは、欲張りではありません。必要以上の食料をストックしようとはしません。自分や種族を守る分で事足ります。人間だけが、必要以上のものを蓄積しようとするのです。それが富の偏りを生み、餓死者を生じさせてしまいます。では、なぜ人は必要以上のものを蓄積しようとするのでしょうか。それは、本能ではありません。本能は、自分に必要なもの以上を欲しません。本能ではない欲望とは?欲望の本質は、何でしょうか。人を欲張りにさせるものは?長くなったので、この続きは明日にしましょう。『人類の 悲苦の源 突き詰める 徹底的に 突き詰めてみる』これが日記を書き始めて2160日目の心境。
2010.12.02
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北極海や南極海には、巨大な氷河が浮かんでいる。海上から見ると、それらは個々に独立しているように見える。しかし、海中では、それらはつながっている。それと似た光景が、高いところでも見られる。ヒマラヤ上空を飛ぶと、多くの峰々が見える。それらは、雲の上から山頂だけが飛び出している。一見、バラバラの山に見えるのだが・・・地上から見れば、それらはすべてつながっている。実は、地球自体も似たような構造をしている。屋久島も日本列島も、海の上に浮かんでいるように見える。アメリカ大陸もアフリカ大陸も、同様。しかし、海底では、みんなつながっている。それは、水晶の原型であるクラスターにも言える。クラスターは、母岩から多くのポイントが生えている。各ポイントだけを見れば、独立しているように見える。しかし、すべてのポイントは、母岩でつながっている。では、人はどうだろうか。人は個々バラバラだろうか、それともつながっているだろうか。肉体だけを見れば、明らかに別々のように見える。ところが・・・実際は、肉体どうしのつながりというものがある。それは、集団活元運動などでよくわかる。意識の束縛を緩めると、肉体は自分で動き出す。本来の状態に戻ろうと自律運動を始める。それを集団でやると・・・肉体どうしが、ぶつかったり重なったりし始める。お互いの肉体をほぐすために、自然に動き始める。肉体どうしには、何らかのつながりがある。百匹目のサル現象というものもある。離れ小島のサルが、イモを海水で洗って食べるようになった。すると、いつの間にか遠く離れた別の島のサルまでが同じことを始める。まったく物理的な交流はないにもかかわらず・・・人は、自分を独立した個と思っている。しかし、本当にそうだろうか。肉体は、つながっていないだろうか。意識は、つながっていないだろうか。実は、肉体も意識も氷河やヒマラヤ山脈と似ているのかもしれない。個々の肉体は、独立しているように見える。そのため、個々の意識も独立しているように思われる。しかし・・・実際は、見えない潜在意識下ではつながっている。氷河やヒマラヤ山脈が、つながっているように。サルたちが、無意識レベルでつながっているように。共通する人類意識というものがある。誰かが百メートルを10秒以内で走ると、他の人も10秒以内で走れるようになる。それは、人類意識がつながっているからだろうか。百匹目のサル現象だろうか。それでは、流行は?何かが一気にブームになったりする。猫も杓子も同じような服装をする。日本では、もうほとんどの人が携帯電話を持っている。アフリカでも、ものすごい勢いで普及している。時代が、一気に変わる時がある。人の意識が、一斉に変化する時がある。それは、人類の意識が潜在的につながっているからだろうか。共通の無意識層があるからだろうか。人は、もしかしたら幻の世界を生きているだけなのかもしれない。人は、自分を離れ小島と思っている。他とは隔絶された個と思い込んでいる。しかし、実際は、すべてが潜在意識下でつながっている。人は、もしかしたら思い込みワールドで生きているだけなのかもしれない。ほんの小さな離れ小島を、自分のすべてと思い込んでいるのかもしれない。海底に広がるベースには、思いが至らないのかもしれない。実際は、すべてのすべてがつながっているのかもしれない。山頂は、個々に異なる。しかし、裾野に降りれば、みんなつながっている。山も地球も人の意識も・・・何も違いはない。自分を孤立した肉体人間と思い込むことが、すべての問題の源。地球から完全に独立した離れ小島など、どこにあるだろうか。海底を見れば、すべてはつながっている。しかし、人間には、その海底が見えない。人に見えるのは、海上の離れ小島のみ。個々の独立した肉体のみ。だから、自分を肉体と思い込む。他とは完全に別々の肉体人間と信じ込んで生きている。それこそが、すべての混乱の源。自分さえよければいいという思いのルーツ。肉体が個々に完結しているように見えるための思い込み。肉体と共に成長した表面意識で生きるが故の幻想。人類の共同幻想。人類全員が、霧のなかを手探りでさ迷っているようなもの。何も本当のことは、わからない。雲の上に出ている山頂を、山の全体と思い込んでいるだけ。深い意識で生きることだろうか。自分の意識を掘り下げることだろうか。表面意識だけで生きないことだろうか。自分のルーツを求め続けることだろうか。人は、離れ小島にあらず。一見そのように見えても、実はすべてがつながっている。氷河のように。ヒマラヤ山脈のように。地球も肉体も意識も、みな同じ構造。宇宙そのものが、似たような構造。ただ、その次元とスケールが異なるだけ。人もまた、多次元、同時存在。肉体の下には、海底があり、地球があり、宇宙がある。人の背後には、魂があり、グループソウルがあり、霊の大海がある。すべては、つながっている。孤立しているものなど、一つとしてない。人は、幻想のなかでさ迷っているだけ。思い込みワールドに絡め取られて、四苦八苦しているだけ。真実が見えず、みな自縄自縛状態。この闇から抜け出す道は・・・『海上に 見える小島が 存在の すべてと思う 幻想ワールド』『肉体を 自分と思う 思い込み 自己限定で 自分を縛る』『全宇宙 ひとつのいのち つながりの ないもの何も 存在しない』これが日記を書き始めて2159日目の心境。
2010.12.01
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