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2013/06/28
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カテゴリ: エッセイ
夏(14)
  • 028.JPG



 学校の耐震改修工事は阪神大震災以降始まって10年以上になる。だから、大阪府下ではもう殆どが完了している。それでも全てが終わった訳では無いから未だ2年ほどは続くだろう。学校は地域の防災避難所にも成るから工事中の多少の騒音は周辺の住民も辛抱してくれる。尤も、休日は家で休息する人々が多いからなるべく音の出ない工事をする事になる。原則的には休日は工事はしないのが建前になっているのだが、工期が短いから施工業者は休日返上でする。多分に不景気のせいもあるのだろう。だからなのか短い工期内に早く仕事を終えれば次の仕事の段取りも出来るから少ない利益の為にはそうでもしない事には喰って行けないと業者は言う。我々監理者は業者の言う事なぞ鵜呑みにはせず、ちゃんと利益を出しているのを知っているから検査は手抜きをしない。そうでないと検査が不十分であれば後で悔やむことになるからだ。業者と対立関係にある方が仕事はビジネスライクで進め易い。役所からも検査官が来るので監理者は中立の立場で検査に立ち会うが、役所に傾きすぎると業者から憎まれ、業者側の肩を持つと役所から胡散臭い目で見られる立場だ。ボクは昔から民間であれ公共であれ検査は厳しくして来たつもりだ。が、それでも役所の検査官はもっと厳しく見る。まるで業者を疑う態度で終始するから中立の立場の監理者でさえ業者に同情したくなる時もある。そのあたりの接し方で和やかな雰囲気になったり険悪なものに成る訳だ。要は人間のやる事だからミスはあるから如何に事前に上手く対処(業者指導や検査の公平性を堅持)するかで結果が変わる。決して誤魔化しでは無く整合性のある判断で監理の完璧を図るのである。その兼ね合いが経験者の腕の見せ所となる訳である。




続「猫と女と」(03)




Mni1ni2Mni3Mni4Mni5




 「どんな具合だ?」「あ、貴方。心配は要らないと先生は言っているわ、インフルエンザでもない唯の風邪の様で、兎に角熱は下がって今寝た処ヨ」病院に着く迄のタクシーからの電話で麗の容体を確かめた。そんな落ち着いた舞子の声を聴いて大丈夫らしいとは想ったが、それでも顔を観る迄は気になった。10分ほどして病院に着いた。閑散とした病院のカウンターに当直の女性が一人居るだけだった。未だ処置室に居るとの事で言われた方向へ向かった。ドアを開けると舞子と女がベッド脇のパイプ椅子に座っていた。振り返り私を確認すると一安心した表情になった。幾ら気丈な事を言っても矢張り女達には一家の主としての男が必要なのだと想った。子供の病気の事なぞ考えた事も無かったが、こうして風邪をひいて熱を出したぐらいで慌てる女達を観て、親と言うものはこういうものかと自分の冷静さに今更ながら気付いた。自分の子供時分の親の対応はどうだったのだろうと想い返せば、私は風邪でよく学校を休んだ生徒だった。




 虚弱体質でも無いのに一寸した風邪引きぐらいでで休むのはズル休みだと親に思われていると私は薄々感じて居た。特に父は私の心を見透かしていた様だった。それが小学校卒業時に健康優良児として表彰されたのだから尚更ズル休みの常習犯と思われていた様だ。それを肌で感じていた私は父を冷静に観察しながらも怖い父親である事もあって決して好きには成れない親だと想っていた。それにワンマンで不道徳だった。外に女を作っては酒浸りになって散財し、酔った勢いで母に暴力をふるう事もあり決して家庭的では無かった。母は母で、そんな父に不満を抱きながらも仕事が上手く行っている間は黙って父に従って居た。しかし、私の中学時代に父は身体を壊し寝た切りになった。それ以来家運は傾き始め、その頃から父と母との関係が悪化し出し始めた。それでも何とか母の内職で暫くはやり繰りして行けたのだったが、中学を卒業する頃には膨大な借金が出来、その結果、とうとう家を売らねばならない羽目に陥ってしまった。そして両親は離婚し、母と私は小さなアパートに引っ越した。




 生まれ育った大きな家から急に自分の部屋も無い小さなアパートに夜逃げの様に引っ越しをし、誰にも引っ越し先を連絡する心の余裕も無いまま親友を失い孤独になった。私は落胆し精神的に落ち込み絶望し、自分の人生もこれまでかと少年ながらに想った。が、そんな中でも志望する高校に合格出来たのがせめてもの救いだった。ところが高校へ行く様になったある日、生物の授業が始まる前に教室で待ちながら窓から外を眺めていて何気なくコンクリートの犬走りに唾をポトリと落とし、それを見詰め、血が混じっているのを見た。血痰だった。授業が始まっても頭の中は「血痰は結核の症状、結核は死を意味する」という図式が飛び交い虚ろな気分でいた。暗い気持ちで帰宅し母に告げると急かされるまま病院で診察を受ける事になり、肺浸潤を発病している事が分かった。以来、休学はしなかったが体育は見学扱いになり、それまで続けて来た柔道は止めざるを得なくなった。中学二年で初段になった自慢のスポーツマンだった自分が虚像だった様にガラガラと崩れて行く想いだった。




 想い返せば肺浸潤という結核の初期症状は中学時代に知らぬ間に父親の不注意から移されたものだった。ある日、母に連れられて別れた父に会いに行った事がある。「この子が血の混じった唾を吐いたんは、あんたのせいや。責任を取りよし!」と母が攻め立てていたのを想い出す。父はうな垂れて何も弁解しなかった。が、結局の処何も出来ず終いだった。病み上がりで事業に失敗した父は再起を図って居たとしても既に往年の馬力も意気込みも無い単なる中年親父に過ぎなかった。サラリーマンとして再就職する事だけが残された生きる道だった父は、引っ越しをする日の朝「男一匹何とでも成る」と息込んでいた。しかし、既にその意気込みは無かった。それでも母は攻め立てるしか無かったのだろう。やがて、そんな無気力な父親を観て見切りをつけたのか、帰宅してから母は独自の道を模索し始めるのだ。不動産屋を訪ね飲食街の貸店舗を借りうけ、大工を入れ、小さな飲み屋を始めたるのだ。それが私の青春時代の家の様子だった。




 一連のそんな青春時代を想い出し、今、自分がかつての父の様に外に女をつくり子供まで出来た現実をどう観るのかと自問してみても、それを決して父親の真似をしている訳ではないと弁明出来た。むしろ母親に反発しているのだと想った。何故なら、離婚して自由の身になった母は飲み屋の客の何人かと関係を持ち、その中から小金持ちの一人の男をアパートに連れ込む様になったからだ。言わば愛人としての関係だった。「渋谷さんは小さな鉄工所の社長さんやね。色々と相談に乗ってもらってるのや」と母は私に男を紹介した。男は週に数度やって来ては昼食や夕食をとった。そして母の店へ一緒に行くのだ。泊まりこそ無かったが、それは私が居るからで、外では日中、連れ込みホテルを利用しているのだ。見掛けないホテルのマッチ箱が鏡台に置かれているので確信した。男が来る日は下校しても直ぐに帰宅せず友人宅を転々とするのが私の習慣に成った。前の日から帰宅せず友人宅に泊まる事もあった。




 お蔭で不愉快な自宅に戻るよりも気楽な高校生活を送れたと想っている。そういう家庭環境で愚れもせず私が今日在るのは理解ある友人達のお蔭だと想う。高校を卒業して大学に入ると私は下宿生活を始めた。学費もアルバイトで稼いだ。贅沢さえしなければ友人宅を転々と廻り食事もし何とか自活は出来た。私が家を出て間も無く母と愛人はアパートから一軒家に移った。つまり私には実家が無くなった訳だ。だから4年経って卒業した時、就職で京都を離れる事もあって、もうこれで母とは生涯会う事も無いだろうと別れの挨拶に行った。男と出逢えば不愉快になるが、昼過ぎなら男は仕事で鉄工所へ行っているだろうと考えた。果たして男は居ず、寝巻き姿のだらけた母が玄関戸をガラガラと開け「何の用や?」と無愛想に言った。戸口で別れの挨拶に来た旨を伝えると一瞬顔色を変え「何処へ行くのや?」と訊いた。「東京や」「そうか・・・。身体に気つけてな。手紙頂戴な」とポツリと言った。通りの曲がり角で振り返ると母は未だ玄関口に立って私を見ていた。それが母との最後の別れだった。(7月につづく)











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最終更新日  2013/06/29 11:07:12 AM
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