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なかなか再演がなかった作品なのに!(こまつ座では23年ぶり)
なぜ 今。
って全く私の都合なんですが、別の時期に観たかった。
だけど、上演を知ってしまったら、行かねばならぬ。
震災直後、蜷川演出で観た。
京香さんや橋之助さん(当代芝翫さん)の涙が忘れられない
あの「たいこどんどん」だから。
若旦那は勘三郎さんの代役で、橋之助さん。
勘三郎さんが熱望していた
古田新太さんとの共演。
美術などに歌舞伎の良さも生かされて、
素晴らしい舞台だった。
今回は、勘三郎さんとご縁のあるラサールさんの演出。
桃八の役は、喬太郎さんだって。
私は落語は詳しくないけれど、音楽座のたまさんが
敬愛する落語家さん、なので存在を知ってCDで聴いたことあり。
本家こまつ座での「たいこどんどん」はどんなかしら。
最初は喬太郎師匠として高座からスタート。
どんな話かわかりやすい。
巧いこと考えたね。
そして!
毎日のように和服を着て、江戸っ子弁を流ちょうに操る噺家さん。
下地としてこれ以上ないでしょうってキャスティング。
蛇の目傘を持った役者さんが舞台にあがり、
演じる側も観る側も被災地を思って胸がいっぱいだった
あの時が蘇ってきた。
蜷川さんの演出はこうだったな、あのシーンはと
何度も観たので記憶が鮮明でどうしても比較してしまう。
比較はしても、否定ではなく、違いを楽しめて良かった。
登場する俳優さんの数が少ない分
ひとり、ひとりが際立っているのがいいところ。
さっきまで麗しい芸者さんだったのに、お馬さんだったり
コミカルな場面で、和みつつ、桃八さんと一緒に
苦難の旅をしながら、懐かしいお江戸を目指して行くんだ。
いつも舞台や映画で気になっていた有薗さんが見られるのも
観劇の理由のひとつ。
(勘九郎さんの舞台では優しい監督さんだったけど、
怖い人の時もある。役の幅は広いけれど、いつも目がいってしまう)
でも、最前列だったので、目の前に有薗さんが立った時は、
照れて、視線のやり場に困りましたが。
蜷川さんの時よりもっと東北弁が、ネイティブっぽくて
聞き取れない。でも、役者さんの表情等で意味は伝わってくる。
そうそう、方言が理解できないことを逆に利用して、
卑猥な言葉も満載だった気がする。
そして、いつもだったら嫌悪感を抱く下ネタの言葉さえ
美しくというか、温かく大切に感じた自分に驚いた。
こまつ座ですもの、言葉!が一番のウリなわけで
歯切れの良い喬太郎さんの江戸弁も、
あめくみちこさん達の
説得力のある方言も見事だった。
(「中途半端な方言は使うな」と叱咤されたことも
あったとプログラムに書いてあるのが信じられない。
あめくさんの女優魂感じました)
豊かな日本語の洪水に溺れてシアワセ!
二人の気持ちを考えるとつらくてやり切れない、
のだけど
喬太郎さん達と一緒に思いがけず楽しいラスト。
泣きながら笑ってしまった。
初演からそうなのか、ラサールさんの演出なのか。
間近で見た喬太郎さんは、演じているというより
桃八その人がそこにいるようだった。
渾身の演技。熱演なのが一番前の席で観ているとつぶさにわかった。
面白いところ、軽妙なお芝居はもちろんだけど、
啖呵をきるところなど圧巻。
堂々たる主役。
だけでなく、あ、勘三郎さん?
と思うところが度々あって、ハッとした。
勘三郎さんのことを思いながら、観ていたからかしら。
カンザさんが演じたかったのは若旦那のほうだから
そう見えるのは、背格好が似ているせいしら、
なんて思いながら
劇場を後にした。
家に帰って余韻に浸りつつ、関連記事を読んでいて、原因判明 !
ラサールさんが初日の朝に勘三郎さんのお墓参りをして
「千穐楽まで喬太郎さんに乗り移ってくれ」とシャレで
拝んだとか。
そんな渡りに舟のお願いを、勘三郎さんが無視できるわけない。
きっとそうなんだと思う。
江戸者が理由あって江戸を離れ、恋しく思う、
流浪の果てに江戸に戻るが、ってどこかで聞いたことある。
同時期に上演なんて、面白い巡りあわせ。
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