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自分より年の若い元同僚の訃報を聞くのは、衝撃だ。まして、一つ違い、密度の濃い上下関係だったこともあって、辛い。退職からわずか2年での訃報だ。極秘の闘病生活で、それも辛かった。4月に、ふとしたことから事実を知り、病状を聞いた時は、もう死を待つばかりだった。再発した癌の末期で、奥さんも、治療の苦しみから解放してあげたいと思っていたようだった。原発部位は大腸だったが、取り切れない病巣があったのか、リンパ郭清が不十分だったのか。初めて一緒に仕事をしたときは38歳だった。やんちゃ盛りの頃だった。3年間。次に一緒に仕事をしたときはもう50代半ば。2年間。いつも彼が直属の上司だった。席も間近だったし、あれこれあった。「まかせた」「たのむで」「あかんて」「わかった」このくらいの言葉で、仕事ができた。私は「はい」「すんません」「おわりました」くらいの返事だった気がする。色々と波乱万丈な人生を送り、結果的に、前の婚姻中に好きだった女性と再婚して、看取ってもらったようだ。その間のことが有り過ぎて、奥さんはひっそりと家族葬にしたのかもしれない。公表していたら、すごい弔問があって、奥さんが耐えられなかったように思う。でも、公人としての立場で色々な人の世話をしていたので、退職後ではあったが、公表してほしかった。そんな気持ちを持ちながら、最小限度の世話になり迷惑をかけた若い衆(かつての)に声をかけた。昨日の通夜の読経の後を見計らって、ちょっとだけ弔問したらしい。看病に専念するために、再婚していた奥さんが公職を去ってから、わずか45日ほどだ。とは言え、コロナ禍では、入院先への付き添いも見舞いも難しかったことを思えば、ちょっと、一段落した時期で、良かったのかもしれない。前の奥さんとの子等はもう成人していて、今の奥さんとの間に子は無い。しかし、胃瘻で特養に入って寝た切りのお母さんが遺されている。前に、同僚が白血病で10年闘病して、センター試験の直前、在職死した時、今回亡くなった元同僚が、自宅に、死の床を見舞っていた。もう、在宅で、寝たきり、死を待つばかりの時だった。思い出される。それから10年ほどで、彼の訃報に接するなんて、思いもしなかった。だって、その間に2度目の職場でのチームを組んでいたのだし。。。60歳、退職直後に死ぬなよな。一度も年金をもらわずに。退職して無職になっている奥さんは遺族年金をもらうらしい。遺産の分割とか、円滑に進むようにせめて祈っている。今週は、色々あって、気が滅入る週末だ。来週忙しくなるから、週末切り替えて、月曜日を迎えたい。
2022年05月20日
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行きつけの美容院でいつもの如くいい加減に話をしつつ髪を夏仕様に切ってもらい、白髪を染めてもらい、帰省の証拠はここに残した。まあ、取り敢えず、母の作ってくれるご飯を食べて、母と他愛もない話をして、帰省は明日の晩まで。明日の晩御飯を食べたら、新幹線に乗ることになる。コロナ以来、指定席を取るので、ゆとりを持って行動できる。母の耳は、確実に少しずつ聞こえが悪くなっているのだが、本人が不自由でないなら、一人暮らしでどんな音でテレビをつけていても誰も困らない近所の様子だ。田舎はありがたい。今日は、昨日とは別の姪とも会えて、妹の娘二人とは取り敢えず面会終了だ。元気そうで何よりだった。栄養教諭をしているのだが、諸物価の高騰で、給食費が赤字になるらしい。市は、来年度の予算については検討するらしいが、今の目の前にある赤字については、無視らしい。校長会が教育委員会に陳情上げる資料を欲しいと2日に言われ、提出は6日らしいので、データを上げて資料を整理しているところらしい。パソコンでなんでもできる時代だし、できる子だから、さっさとやって実家に顔出しているようだ。通勤しても30分ほどの距離なのに、実家から出てアパートに暮らしているのは、それだけ経済的にも余裕があるからだろう。下の姪の方はコロナで施設の引き受ける仕事が無くなって、養護施設の事務職を整理解雇されているので、相当不憫。。。仕方ないご時世なのかなぁ。なんだかなぁと、思うばかりだ。田舎では、本当に仕事自体が無いから、英語やパソコンなどが活きない。かと言って、都会に出て一人で暮らすほどのスキルや資格を持っているわけでもない。嫁に行くようなタイプでもなく、なんとなく、居てくれると、通院介助の必要な父方の祖母のほうも、ありがたい状態。アメリカからの癌の新薬の治験に参加して、劇的に末期癌が消失したが、副作用の痴ほう症が強く出ていて、健康でかつ、認知症の進行した状態になったらしい。コロナのせいもあり、癌の治療のほうは、医者任せだったが、完治しているのはすごい。痛みも強く、死を待つのみだったことを思えば。でも、我が子を認識することも難しく、排泄も思うに任せない状態は、きびしい。むごい二者択一の選択だった。緩和ケアのまま、穏やかに死を迎えていたであろう今も、元気で、垂れ流している。。。長い勤務経験があって、遺族年金も併せて経済的な不安が一切ないのは、高度な介護を要する施設での暮らしが続いても大丈夫で、ありがたいことだけれども。妹の主人は、90分くらいかけて実家に通っているようだが、平日の通院は結局のところ、施設から妹がついていくことになる。昨日は、非常に久しぶりに、弟たちとその妻たちも面会に来たらしい。コロナでなくても、みんなそんなに来てなかったから、当然だな。。。妹が、長男の嫁だったことを思うわ。
2022年05月05日
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前々回の反省から、4月最終日とうとう神戸にランチに出かけた。そして、帰りに、オリックスのグッズをショップによって買った。動きがあったのだ。そう、実家に明日から二泊三日で帰る。山口県知事が、県外からの動きを妨げないと言ったらしい。母から、いつ来るかと、当然の如く電話がかかってきた。県知事が何を言ったのかなんか知るはずないだろう!私は、2日も6日も仕事だっちゅうの!!とは言え、連休の後半3~5は帰省することに決定。で、前半に神戸へ。オリックスファンの姪に電話をかけて、オフィシャルショップに居るけど欲しいものは無いかと聞いたら、ちょっと考えて「山本由伸の神タオル」と言う。欲しいものがあるのは、健全な情動だ。良かった。早速店員に尋ねて、その神タオルとやらの応援グッズを買った。自分用には、選手の顔写真入りのクリアファイルを調達した。投手のと野手のと。それから、一応、来田涼斗君のグッズを買う。これは自分用。地元の高校出身の選手だから、多分感情移入が容易だろうと。それと、これも姪の一押しの宮城大弥君のグッズ。なんだかなぁだけど、少なくとも大谷君よりは会いに行ける可能性のある20歳そこそこの二人。本当は日ハムの金足農業出の吉田輝星君を応援しているけど、まあ、いいかぁ。。。今日は、普通に出勤して仕事。結局、完全休業日は、その買い物の日だけで、あとは前後の荒天の2日は午後から仕事に。そして、3・4・5は移動して帰省して、6はまた普通に仕事して、7・8は次の週の準備だろうなぁ。こうやって、少しずつ少しずつ完全リタイアの日に向けて進んでいくんだなぁ。。。先週末に買ったハーブやミニ野菜は、一応順調に育っている。摘芯を兼ねて2度ほどバジルを摘んだ。美味しいトマトを買える季節が来たので、バジルも彩り。昨日摘んだ自宅の庭の三つ葉は、またお浸しで食べた。温かくなって後に、雨もあって、庭の雑草はすごい勢いで伸びている。スイバやギシギシだけでも抜きたかったけど、時間に余裕が無くなってしまった。元夫君は、どうするつもりなんだろうか。。。このままだと、週末は私が少しずつ抜くのかな?????
2022年05月02日
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