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朝採りブロッコリー 大サイズ1つ 100円 朝採りスティックセニョール 1袋 100円 朝採りキャベツ 大中小いずれも 1玉 100円 朝採りレタス 大 1玉 150円 大蕪 1玉 100円 温室栽培トマト 中サイズ 1袋4つ入り 200円 安くて、涙が出そうだ。 農家の懐は大丈夫なのだろうか??? 食の安全は、お金では買えない。 今、ヒステリックに回収している食品の ほとんどは、実際には問題がないのだ。 しかし、回収せずにはおれないだろう。 回収後は、廃棄だろうなぁ・・・ 情けない、哀しい話だ。 今回、唯一良かったことは、 輸入野菜は意外と安全性が厳しくチェックされているって、 わかったことだった。 調理済みの料理の中の野菜には、 原産国表示はない。 少なくとも、外食や中食において、 安心できる食材もあるということだ。 反面、調理済み輸入食品を購入し、 加熱しているような廉価な店舗は、 危険度が高いとわかった。。。 そりゃあ、そうだわなぁ・・・ これでもまだ自国の農業を維持する努力をしないなら、 日本の農林水産省は、オオバカである。
2008年01月31日
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風には、色も形もないけど、 風を見ることはできる。 今日、帰宅中の車の中で、ふと口をついて、 中学校の時の国語の教科書が思い出された。 平家物語の「俊寛」の一節だった。 平家物語は、中学生には難しかったかもしれないけど、 今でも覚えているのは、 その時の感動があるからだと思う。 漕ぎゆく舟のならひにて 後には白波ばかりなり。 いまだ遠からぬ舟なれども 涙にくれて見えざりければ、 沖の方をぞ、まねきける。 かの松浦小夜媛が もろこしぶねを慕ひつつ ひれ振りけむも これにはすぎじとぞ見えし 俊寛の話は、人の業の深さを伝えるものだ。 小学校の頃に読んだ平家物語の中でも、 ぼろぼろになった俊寛のもとに、 都で召し使っていた少年が訪ねてくるところがあって、 その少年の絵が、なんとなく記憶に残っている。 下関での高校時代で、 関門海峡は、いつも見ていた。 源平の合戦の跡、 平家一門の墓のある赤間神宮の横の薄暗がりを 歩いた日々も懐かしい。 今、私は、兵庫県に住んでいる。 人生のほとんどを兵庫県で過ごすのだろうが、 やはり、今も、故郷にこだわりがある。 7歳から18歳までの暮らしだけでなく、 両親の住むところ、 妹の家族の住むところ、 空気も空も水も日差しも、 海のにおいも、 木々の色も、 すべてが懐かしい。 仕事を終えて、 定年を迎えたら、 田舎に帰ろう。 ず~っと思っている。 加古川の風は、 私の風じゃないって。 この風は、違うんだって。 見えないんだけど、 そう感じている。。。
2008年01月30日
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朝起きたときも、 まだ、雪が積もっていました。 でも、雪ではなく、霙が降っていて、 凍結はしていませんでした。 ちょっとラッキーでした。 雪のままの寒い朝だったら、 通勤が大変だっただろうと思うのですが、 その点で、とってもラッキーだったと思うんです。 兵庫県の瀬戸内側でも、 特に温暖な場所なので、 滅多に危険な状況にはならないのですが。。。 それでも転居以来これまでの21年間に、何度か、 雪や凍結の朝の大きな事故を見たことがあるので、 緊張します。 一度など、道路沿いのフェンスに、 スリップした車が貼り付いているのを横目に見ながら、 とろとろ車を走らせたことも・・・ 今週はこれからも冷え込みそうです。 朝をいつもより早起きしなくてはね。。。 中国の南は大雪だそうですね。 春節も近いのにと、案じています。。。 早く中国大陸の気候が安定しますように。。。
2008年01月29日
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斎藤茂吉が好きだった。 赤光(しゃっこう)の中の、 おひろ連作が特に。 しんしんと 雪降りし夜に その指の あな冷たよと 言ひて寄りしか 今日の夕方、 いや、7時ごろ、 職場を出るとき、霙だった。 家に着くまでに、 淡い牡丹雪に変わっていたが、 その後どうなったろう・・・ 帰って見ると、私の部屋は5度だった。 さすがに今日はよく冷えている。 明日、凍結してたら、いやだなぁと、 結構真剣に思っている。 この心 ほふり果てむと 秀の光る 錐を畳に 刺しにけるかも 万葉集と斎藤茂吉を併読していると、 万葉集の新しさが突き刺さってくる。 どちらが奈良時代で、どちらが茂吉か、 1000年以上の時を越えて、 和歌は生き続けている。。。 皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば 寝ねかてぬかも 我が形見 見つつ偲はせ あらたまの 年の緒長く 我も偲はむ 思ひつつ 往にし子ゆゑに 我が命の 消ぬがにもとな 思ほゆるかも 色々な地方自治体や団体が、 短歌や俳句を募集している。 我がtozyoko先生のブログでも、 今年初めての句会があった。 歌会始めも同時に挙行されて、 めでたい限り・・・ 俳句は、難しい。 短歌は、やさしい。 短歌の方が、説明的だからだと、 改めて思う。 若い日の茂吉の歌は、 本当に万葉人のあえぎのようだった。 どれが茂吉でどれが万葉集か、 すぐにわかるだろうか? 今しがた、風呂上りに、 玄関から外を見ると、 しっかり積もっていました。。。 淡雪の ほどろほどろに 降りしけば 奈良の京し 思ほゆるかも これは、万葉集・・・
2008年01月28日
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父は、血糖値のコントロールに、 玄米を発芽させて食べるようになった。 いわゆる「発芽玄米」を、自分で作って食べるのだ。 玄米は、汚染の蓄積する糠の層もあるから、 絶対に安全な生産者のでないと困る。 それで、以前から私の買っている玄米を、 送ることにした。 ところで、母は、以前、「白米」に「押し麦」を交ぜて炊いていた。 あるときから、私が送った「発芽玄米」を 「押し麦」の替わりに、「白米」に交ぜて炊いていたが、 玄米発芽器を買う前の父に、 血糖値の管理がしやすいからと、 「発芽玄米」を譲った。 替わりに、私が、母に、 私の発芽させて食べている 「もち米の玄米」5キロ入りを一袋送った。 母は、「精白米」に、少量の「もち米の玄米」を混ぜて炊いている。 それは、母と祖母が食べる。 押し麦 → 発芽玄米 → もち米玄米である。 父は、最初に書いたとおり、 「発芽玄米」を食べている。 しばらくは、母から譲られた「発芽玄米」を食べていたが、 私の勧めで、「玄米」を自分で発芽させるようになり、 おいしいのですっかり気に入って せっせと自分で発芽させては 自分用にご飯を炊いている。 ところが、父の発芽させるための「うるち米の玄米」が、 底をつきかけたので、 父は、母の使っている「もち米の玄米」を分けてもらって、 「うるち米の玄米」と一緒に発芽させて食べはじめた。 もとより、「もち米の玄米」は、「玄米」としては、むっちりとしておいしく、 父はますます気に入ったようだ。。。 ところが、そうこうするうちに、 私が母に送った「もち米の玄米」が、底をついてきた。 で、昨夜の定時便の電話で、 母がそのことを言うので、 私が、買い置きを送るからと伝えた。 なんてことはない、要するに、 私の手元にある、「もち米の玄米」を送るよと言うだけのことだ。 ところが、 私の母親は、 従来の私の送った「もち米の玄米」を 「発芽もち玄米」だと信じていたので、 話が混乱して、 もう、大変だった。 行ってその場で説明すれば早いことを、 わざわざ電話で父と母とが入れ替わりに言うのだから、 話の糸が絡みっぱなし・・・ 今日は、「もち米の玄米」2袋と、 「うるち米の玄米」1袋とを、送った。 思い込みの激しい母に、ちゃんと話が通じたのか、 実は結構不安である。 ちなみに「もち米の玄米」は、なかなか手に入らないものだ。 いわば、大潟村あきたこまち生産者協会の裏メニュー! 非常に手軽に食べられるので、 お勧めです。 我が家では、もち米嫌いな元夫君のために、 玄米のもち米を胚芽米に交ぜる比率を、 徐々に8対3まで上げてきた。 普通の水加減で炊けるところが、 玄米ならでは。 普通、「精白したもち米」は、 うるち米並みに水を入れるとべちゃべちゃになるし、 普通の「うるち米の玄米」は、 炊飯器で精米された米と交ぜて炊くと 硬くてぱさぱさする。 でも、「玄米」でも「もち米」だと、 普通の水加減で交ぜて炊けて、 むちっとした食感になる・・・ おいしいよ・・・ 二日に及ぶ米騒動。 明日、荷物が着いたらどうなりますことやら。。。
2008年01月27日
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以前に、Yahooのセカンドライフで、 介護について投稿した時に、 自分の書いた記事の最後に、 そのときに思いついたことを詠んでみた 他人事と 思へば愚か 何人も 何時かする側 はた受くる側 介護を考えると、どうしても暗くなるけど、 前向きに受ける必要を生じたときのことを 考えないといけないと思った。 私は、足が悪くて、34年近くこの状態で生きてきた。 だから、健康に不安を持たない人に比べて、 ある意味で常に制限があった。 あらゆるスポーツの楽しみも、高校時代に断たれた。 直立の姿勢を保つことが、 どれほど、膝に負担をかけているかを、 知ることになった。 足を浮かして、 たとえば鉄棒に脱力してぶら下がるときも、 私の左足は、緊張している。 そうでないと、膝から下の部分の重さのせいで ロッキングを起こしたことがあるからだ。 自分の体は、何がどこにどうあると、 感じず、考えなくても動いている時が 一番幸せなときなのだろう。 しかし、時が来れば、 老化が進み、それまでとは違う状況が現出する。 備えられることには備えておかなければならない。 父の日々の嘆きを聞いていると、 大変な急な坂のような感じがするし、 母の日々の雑感を聞いていると、 なだらかな坂を、父を横目で見ながら 自転車でほいほい昇っていくようだ。 実際、今年75になる母は、今でも、 自転車でほいほい出かけるし、 目も歯も、耳も、手足も強健だ。 20代で盲腸を切ったと聞いている。 子宮や卵巣は、定年直後60歳で 予防的に筋腫やのう腫で取ったけど、 閉経期を過ぎていたので、何もなかった。 父は、お酒も強かったし、 昔はタバコも吸っていた。 40で足のホウカシキエンで入院し、 50で糖尿病になり、 51で腱鞘炎になって消炎剤を多用した。 毎年胃部検診を受けていたのに、 52で胃癌で、食道から胃と、 転移のある膵臓と脾臓を摘出した。 71で脳梗塞で入院し、 75でヨード過多でふらふらになって入院し、 同じく75で総入歯になってしまった父。 50歳までは、普段は、父の方が丈夫だったけど、 糖尿病と戦いながらのこの25年は、 病気の見本市のように次々と色々なことがおきる。 脳梗塞の時は、初めての軽微な発作の起きた日に、 たまたま私が帰省したので、 早期に発見できたから、 大発作が回避されている。 しかし、思い返せば、 13年前の冬に、 数え年88歳で、ちょっとボケ始めてて、 半年自宅で寝てたおじいちゃんが死んだ時 集まってくれた父の親戚は、その後、 義弟がCOPDの長患いで10年患って亡くなり、 5歳ほど上の叔父は、糖尿性腎症で、 最後は、失明し、寝たきりで亡くなった。 1歳上の叔父は、まだ存命中だが、 ほぼ自宅から出られない状態と聞く。 父は、まだ旅行にも出かけるし、 あれこれと忙しくしている。 それをもってよしとしよう。 まぁ、私は、当面、自分の老後のことを 考えて準備しようか。。。 まずは、倹約、貯金あるのみか?
2008年01月26日
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今日は、どんどん冷えてきた。 肘も寒いくらいだ。 今みたいに太って居なかった頃、 レザーパンツの下に、 普通のスパッツを履いていた。 ところが、見る見る太ってきて、 5号から7号、7号から9号、 今では13号を履いている。 13号だと、今でも下にズボンを履いて、 その上からレザーパンツを履ける。 温かく過ごすための努力を続けている。 室温は6度から8度。。。 首周りは、ネックウォーマー。 馬鹿にならない温かさだ。 厚いのから薄いのまで、 色々ある・・・ もうしばらく、頑張ってみよう。
2008年01月25日
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今日は、寒い夕暮れだった。 冷え切った建物が、 足元からじわじわと責めてくる。 今までと違って、 左膝の外側が痛い。 しかも、何もしない時に痛い。 これはいったいどうしたことか? 考えると怖くて眠れないので、 とりあえず、 思考を中断して、大好きなプリンでも食べて、 寝てしまおうと思う。 睡眠薬も効いてきたし・・・
2008年01月24日
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まあ、今では、 多くの大人が間違って使う言葉だが、 「情けは人の為ならず」 tozyokoさんのところで、 赤毛のアンを読んでいると、 マシューとマリラがアンをどうするかをめぐって 話し合うところがあったり、 アンが、マリラに結論を聞こうとするところがあったりする。 赤毛のアン(グリーンゲイブルスのアン)、 結局のところ、優しいマシューのおかげで また、へそ曲がりなマリラの嫌いなブリュエット夫人のおかげで、 アンは二人の年老いた兄妹と暮らし始める。 アンは11歳、マシューは60歳。 親子と言うよりはこれは孫とおじいさんだ。 スコットランドから入植して以来、 初めて迎える新しい家族。 マシューとマリラは、 当時としてはもう、ずいぶん高齢だといえる。 当時・・・ そう、今年は赤毛のアンが出版されて、 100年目の年なのだから。 100年前の60歳。 赤毛のアンの冒頭、 マリラがリンド夫人に孤児院から男の子を養子に迎える理由を、 マシューの高齢と、心臓発作と説明している。 11歳で手違いによって孤児院から転がり込んできたアン、 5年後には、大学進学の資格と進学のための奨学金と、 教員免許を得て・・・ しかし進学をあきらめて、 16歳の教員としてスタートを切る。 全財産を預けていた銀行が倒産し、 マシューはショックで心臓発作を起こして亡くなり、 マリラも視力と一人の老後に不安を抱えている。 グリーンゲイブルズを売ると言うほどに。 アンは、5年間の愛情深い二人の慈しみに応えて、 大学進学と奨学金とをあきらめ ギルバートから譲られたアヴォンリーの村の先生になるのだ。 マシューがマリラに アンを置いてやりたいと心を伝えた時、 マシューは、それが、 自分にとっても、また独身の妹にとっても どれほどの幸いかを思ってはいない。 ただ、目の前の可哀想な少女、 夢中で新生活への夢を語る少女への、 優しさからそうしたのだった。 情けは人の為ならず 自分にできる最大限のことを 必要とする人のために・・・ 赤毛のアンはロバート・ブラウニングの詩で終わる。 「春の朝」と言う詩だったと思う。 中学の1年生の時の国語の教科書に載っていたから、 今でも覚えている。 時は 春 日は 朝(あした) 朝(あした)は 七時 片丘に 露 満ちて 揚げ雲雀 名告り出で 蝸牛 枝に 這ひ 神 空に しろしめす すべて 世は ことも無し
2008年01月23日
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左膝の調子は、 不安定なまま、安定している? 完全な印象がないのが、 これまでの34年間との大きな違いだ。 従来なら、一度治ったら、 もっときちんとした印象だった。 今回は、発症した時もそうだったけど、 普通の動作をしていても、 また起きそうな気がする。 きちんと治っていないのかなぁ。 膝は伸びるようになったんだけどなぁ。 不安定で、不安。 まったく、情けない日々だ。 その上、仕事はしっかり普通にあるんだからねぇ。。。 今日はさすがに寒かった。 今の室温は6度。 職場に居るときと同じ厚着。 快適な環境ではない職場で、 慣れているから良いようなものの、 明日は少しましだとか・・・
2008年01月22日
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職場の若い子が、 お父さんと喧嘩して 家を出たいと言っていて、 身の上話を聞いていたら、 あまりのことに絶句しちゃった。 生まれてすぐに、 母親は、父親に愛想をつかして離婚。 父親は育てもせずに、 自分の実家に預けたそうだ。 祖母を母親として育っていたら、 小学校六年生の時に 父親が現れて、 「これがあなたの父親」と言われた。 それ以降も、父親らしいこともしてくれなかった上に、 最近、若い奥さんを連れて実家に転がり込んできて、 自分の母親とけんかをして、 実家から追い出し、 若い嫁とほったらかしてきた娘を 実家に同居させていると。 しかも、娘(職場の若い子)とは、 口も聞かず、家でもメールでやり取りし、 帰宅が遅いと、家から閉め出す・・・ だから、職場の若い子は、 独立するんだって・・・ はぁ。。。 人生は色々だ。 その子は、すごくしっかりした子で、 おばあさんのしつけが良かったのだと思うけど、 父親は、話にならない。 おばあさんも、自分の息子と嫁に切れて、 別の子供の家に逃げ出している始末。 泣けてくるような現実だなぁ・・・ 家庭は崩壊していくんだ。 アメリカのように、 ステップファミリーが当たり前になるんだ。 子供は、小学校でも中学校でも、高校でも、 親の都合でころころ苗字を変えながら、 生きていくのかなぁ・・・ 姓をめぐる議論が立ち消えて久しいなぁ。。。
2008年01月21日
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今朝の就寝は4時前だったんですよ。 で、一日寝ていました。 実は、先週の月曜日、 庭で花の写真を撮っていました。 久しぶりにね。 ビオラを植えたり、 三連休の最終日の買い物とかね、 のどかにしていました。 そして、2時半ごろ、 何気なくしゃがんで、写真を撮って、 立ち上がったら、 左膝のロッキングが起きたんですよ。 膝のロッキングと言うのは、 半月板の損傷部分がずれて、 膝関節が動きにくくなる現象です。 私は15歳だった高校1年生以来、 実にほぼ34年間、 この症状に苦しめられてきています。 当初は、軟骨でできている半月板が レントゲンに映らないため、誤診が続き、 間違った治療が続きました。 21歳で、関節鏡を入れて、診断が出て以来、 原因がはっきりわかった! ・・・って言うだけです。 辛いことは、何も改善しません。 でも、原因がはっきりわかっているだけでも、 原因不明よりははるかに良いんですよ。 で、まあ、1月14日にロッキングしてて、 自家用車に常備の松葉杖(MY・松葉杖) これ無しには動けない時間を過ごしていました。 仕事は休みませんよ。 普通に、仕事には行きます。 だって、休んだからって、どうにもならない。 で、火曜・水曜・木曜・金曜・土曜と 空しく日々は過ぎて行きました。 私のロッキング、膝が曲がらないのではありません、 膝が、伸びきらないんです。 普通に歩く時って、 膝は、一瞬真っ直ぐに伸びているんですよ。 それを、普通は意識していないだけで。 曲げるときは少しも困らないんです。 体重をかけるのが怖いですけどね。 今朝、布団に入るとき、決めていました。 完全休養にして、治そうって。 まったく重力をかけないで、 右腰への負担もなくして・・・ 週末には、かなり良くなっていたんです。 伸びる角度が改善していたんです。 だから決めていたんです。 今日、朝4時も、10時も12時も まったく治っていません。 16時、まだです。 1月20日18時、治っていました! とうとう、治っていました。 長かったですよ・・・ 今回、私はすごく困惑していました。 以前は、ロッキングが発症する原因動作がありました。 今回は、原因となる動作がありません。 多分、過労です。 体重を支える右膝、 無理がたたって一昨年あたりから 変形性膝関節症にかかり、 そのために、今までなら右膝にかけていた体重を 両膝にかけてしまっています。 だから、左膝に無理がかかっているんですね・・・ 人間は、今の自分を基準に将来を考えますが、 私の現状では、庭の管理ができなくなるのは、 目に見えています・・・ さぁ、どうする?
2008年01月20日
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夏の穂孕み期の気温が高すぎると、 米は正常には実らなくなる。 田植えの時期に雨の降らない状態が続くと、 田植え自体ができなくなる。 反対に、夏から秋に雨が多すぎると、 稲が育たないし、 大水が出れば、田は、だめになる。 水がついてしまうと、米は商品価値を失う。 米を作っている合鴨米の有名な農家の人が、 何気なくおっしゃっていたけれども、 一生米を作り続けても、 そう何度も作るものではない。 考えてみれば、 農家として独立してから、 60歳までに、できる田植えは 40回以内だろう。 できる稲刈りも同じだ。 今年失敗したら、 数千万の借金をどうする? そんな1年単位の生活なのだ。 耕地の整理や、 大型の農業機械の導入に、 いくらでも費用がかさみ、 農協はいくらでも売りつけ、 いくらでも貸し付けていたのに、 去年、とうとう、米の買い上げ価格を、 前年までよりもはるか低い価格で提示してきた。 農家あっての農業協同組合だろうと思うのは、 素人の浅はかさか? 巨大化しすぎた農業協同組合を維持するために、 農家を切り捨てるのか? 専業農家であればあるほど苦しくなる米価。 私の知り合いは、規模では専業並みだが、 兼業である。 なぜか? 農業だけでは、食べられないから。 だけ、ではない。 今は、農業だけでも十分食べられても、 厚生年金に加入しておきたいから、 サラリーマンをするのだそうだ。 「自分に何かあったとき、 国民年金では、家族はどうにもできないし、 自分達夫婦の老後も、 二人の国民年金だけでは食べられない。 自分がサラリーマンになれば、 妻は、自動的に3号被保険者だから、 払わなくても、年金がもらえる。 それを知らないと、 エライ目にあう・・・」って 農業は、豊かで幸せな産業でなければならない。 今、農業従事者の高齢化は甚だしく、 それこそ、普通なら年金を満額もらうような65歳くらいにまで 平均年齢が上がってきている。 どうするのだろう・・・ アメリカを揺るがしているサブプライムローンの問題、 日本の経済力はもう一流とはいえないそうだ。 輸入に頼れないような国際情勢の変化が起きている。 一層の深刻化が懸念される中、 磐石だったはずの米さえも、 農業の衰退によって、先細り。。。 米国が危ないと、米の国の将来も危ないぞ。 大丈夫・・・私の親戚には、農家が多い? いいえ、私は、あの大飢饉以来、 米は、大潟村から、直接買い付けています。 高くても、安全な米を・・・
2008年01月19日
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乾しイチジク イラン原産 カチカチに乾いているのに、 口の中で、じんわりと溶けていく。 昔からイチジクは好きなんだけど、 乾しイチジクは 以前は口にすることはなかった。 今、乾しイチジクにはまっている状況。 しかし、 栄養価とか、 おいしさとか、 そういうことだけでなく、 とにかく、 このイラン産の乾燥無花果の 一つ一つの形のおもしろさといったら、 なんだか、ドライフルーツを食べているとは 思えない。。。 ・・・・なんだか、 小さな妖怪のとぼけた顔を食べているみたいなんだ。 大笑いするみたいに口の開いた無花果や、 おちょぼ口の無花果や。。。 なんせ、愛嬌があって、本当におかしい。。。 しっとりタイプと違って、 いくらでも食べられるので、 今日も、何十匹も食べたみたいな気がする。。。
2008年01月18日
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私には大好きなものがいっぱいある。 お茶漬けとか いぶりがっことか ムカゴの乾煎りに塩を振ったのとか。 翡翠色のギンナンとか・・・ でも、たとえば、「大好き」って 簡単に言えないときもあるよね。 たとえば、二人から違うものをもらって、 一つは大好きなものだったとする。 もう一つは普通・・・ 気持ちとしては、「大好き」って言いたいけど、 その場はどちらにもにこやかに「ありがとう」って言う。 だって、そうでないと、 失礼かなぁって、思う。 もしも、自分が相手の立場だったらって。 子供の頃、父は、「嫌い」と言ってはいけないとだけ、 私を叱ったのではない。 食べ物については、好きを言うことも、 慎むように言われていた。 「私、それ、好き」 一緒に居る人に気を遣わせるからだって。 ・・・それで、今になって、 職場でもよく分かるんだけど、 同僚の中に、 好きだからって、 他の人とのバランスも考えないで 食べる人が居ると、 パーティーとか、 かなりうんざりするものだ。 子供ならともかく、 大人はすべきではないと、 つくづく思うねぇ。 親の教えには、ちゃんと意味があったのだ。 妹の二人の娘は、 長女の方が私に似ている。 自分の子供の頃の浅ましさを、 拡大鏡で見せられているようで、 この15年間なかなか恥ずかしいものがある。 反対に私の娘は子供の頃、 妹の子供の頃ととっても良く似ていた。 ・・・自分が言われたようなことを、 娘にいう必要はなかったけど、 姪を見ていると、つい説教したくなる!
2008年01月17日
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私にも嫌いなものはいっぱいあるけど、 おばあちゃんや父親から、 「嫌い」って言っちゃだめだよ。 ずっと言われて育った。 私の場合、ずっと言われたのは、 ずっと直らなかったからだ。 「嫌い」を口にすれば、 それを好きな誰かを傷つけるかもしれないし、 「嫌い」なものをくれようとする人に 気を使わせることになる。 「嫌い」を口にすることは、 嫌いなものに心を支配されることなんだ。 昔嫌いだったものも、 いつの間にか嫌いではなくなることもある。 でも、「嫌い」と言う自分がかつて発した言葉だけは いつまでも消し去ることはできない。 いいんだけど。 たとえば、私は、大勲位が嫌い。 たとえば、私は、配慮の無い喫煙者が嫌い。 たとえば、私は、・・・ ほらね、年をとって、 嫌いなものはずいぶん減った。 スーパーで子供を放し飼いにしている母親が嫌い。 列車の中で傍若無人に騒ぐ人が嫌い。 ・・・嫌いな食べ物はありません。 昔は、最中が食べられなかったけど、 今は、食べられます!
2008年01月16日
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2004年09月17日の私の日記から、 私の「千の風」 今日は、北斗さんのために、 私の訳した「千の風」を書きます。 風は空へ 墓前に立って泣かないで 僕はそこにはいないもの 眠ってなんていないんだ 吹き抜けてゆく千の風 雪にきらめくダイアモンド 穀物に恵みを与える陽の光 そして優しい秋の雨 あなたが朝のしじまに覚める時 静かに輪を描(か)く鳥のように 風は空へ すばやく 高く 舞い上がる そして夜 そっとやさしく光る星 墓前に立って泣かないで‥‥ 僕はそこにはいないもの 僕は ずっと 一緒だよ 大好きな英語の原詩を載せますね。 色んな原詩が紹介されていますが、 一番好きなのを選びました。 作者不詳だから、色んな形になったのでしょうね。 原詩は、韻のきれいな詩なので、 音を重視して訳しました。 I AM NOT THERE Do not stand at my grave and weep; I am not there, I do not sreep. I am a thousand winds that blow. I am the diamond glints on snow. I am the sunlight on ripened grain. I am the gentle autumn's rain. When you awaken in the morning's hush, I am the swift uplifting rush of quiet birds in circled flight. I am the soft stars that shine at night. Do not stand at my grave and cry; I am not there, I did not die. < Author unknown >
2008年01月15日
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アンの世界 My name is Anne Shirley. Anne, spelled with an "e" . I was beginning to be afraid you weren't coming for me today, so I made up my mind to climb up that big wild cherry tree and wait for you till morning . It would be lovely to sleep in a cherry tree all silvery in the moonshin, don't you think? 私の名前はアン・シャーリー。 A・N・N・E・・・ 最後に「e」のつくアンよ。 心配になっていたところよ。 今日は私を迎えに来てくださらないんじゃないかって。 そうなったら、って決めてたの。 あの大きなワイルドチェリーの木に登って 来て下さるのを朝まで待つの。 素敵でしょ? ワイルドチェリーに抱かれて、 すべてが銀色に輝く月の光の中で 眠るの・・・ あ、そう思いません? 私は、tozyokoさんのような勤勉さは無いのですが、 赤毛のアンの世界は大好きです。 アンも、ADHDだったのではないかって思います。 ADHDには、愛情深い教育が大切なんです。 マリラとマシューと言う、 厳しさと愛情との絶妙のバランス。 不器用なマシュー、 口下手なマシュー、 でも、なんて優しい、マシュー。 「マタイによる福音書」 私は福音書の中でも、 この「マタイによる福音書」が一番好きです。。。 赤毛のアンを読むとき、 聖書とシェークスピアとは、 必読かな・・・
2008年01月14日
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インドネシアが舞台だった。 インフルエンザ菌は、 もともと、 ユーラシア大陸の野生の水鳥の体内で、 普通に共生しているそうだ。 だから、鴨などの野生の淡水の渡り鳥は、 普通にインフルエンザ菌を持っていてもおかしくない。 この、雁・鴨・白鳥などの水鳥は、 水禽(スイキン)と呼ばれる。 一方、アヒルなどの家禽は、 インフルエンザ菌と共生できないようで、 感染すると発症する。 普通、鳥のインフルエンザは、 人には感染しないのに、 感染した家禽と密接に関わったり、 加熱不十分な状態で摂食したりすると、 感染する。 問題はその後のことなんだと思う。 今、私達が経験してきたインフルエンザも、 かつては、非常に致死性の高い、 恐ろしい未知の病気だった。 人類は、協調してこの幾つかの種類のインフルエンザと戦い、 対処法を共有してきた。 今、タミフルのことが取りざたされているけど、 おそらく、H5型の鳥インフルエンザが 感染爆発を起こしたら、 タミフルに頼らざるを得ないだろう。 今日の番組で、一番印象的だったのは、 患者の居場所が把握できない危険性。 そして、既存のインフルエンザとの融合だ。 私は、高校時代にインフルエンザワクチンの接種を拒否して以来、 長く自発的な接種以外ないと思っていたけれども、 パンデミックを最小限にとどめるには、 既存のワクチンの定期的な接種も必要だと 考えるようになった。 5年前の中国でのSARSの発生は、 今にして思えば、日本人にとっては 大切な訓練になったと思う。 SARSの時には準備ができなかった。 原因もわからなかった。 飛行機の移動で、たくさんの人が 同時に感染する可能性が知られた。 ハクビシンを介したコロナウイルス感染だった? 鳥と豚と人との インフルエンザ感染をもう少し 日本では考えなくてはいけない。 実は、イスラムの国インドネシアでは、 豚が家禽と飼われる心配はない。 しかし、アジアの他の国々では、 家禽と豚とは時に同じ場所で飼われていて、 インフルエンザ菌が 鳥から人だけでなく、 鳥から豚から人と言う より発生し易い状況を想定しなければならない。 昨日のNHKのドラマでは、 国名を出さなかったけれども、 WHOに協力的でない日本海に面した国 貧困に国民があえいでいる国、 その実態が判然としない国、 一般の国民の栄養状態の劣悪さが危惧される国、 私達の国土よりも、 インフルエンザ菌の故郷といわれるシベリアの永久凍土に近く、 陸続きの国。。。 もしも、その半島の付け根の国から、 大量の人々が、感染を恐れて 小舟に乗って、逃げ出してくるような事態になったとき、 あの、ベトナムのボートピープルのような状態で、 感染爆発で生き地獄と化したの秘密主義の国から 実際には既に感染しているかも知れない状態で、 大量に助けを求めて出国してきたら、 ・・・ そのとき、日本はどうするのだろう。 韓国は、 同胞として、 迎え入れるのだろうけれど。。。
2008年01月13日
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今年がスタートしてから、 なんと、もう、 一年の30分の1が過ぎたんだよね。 早すぎるような気がする。 それだけ1月1日からの日々は忙しかったってこと。 12日掛ける30で360日。 これが13だと、 13掛ける30は390日になってしまうんだなぁ。 1年が366日の今年。 夕方、晩御飯の支度を済ましてから、 買い物に行った。 でも、明日の日曜日なら 全商品が5%offなのに気がついた。 で、生鮮品と、半額や30%引きになっている商品だけ買って、 戻ってきた。 5%と言えども馬鹿にならない。 滅多に買い物に行かない私なら、 1度の買い物で6000円とかまとめて買う。 300円になるからね。 明日もう一日往復するとして、 ガソリン代は? そう、1Lで141円。 1L有れば2往復できるくらいの距離に 行きつけのスーパーがあるので、 明日は、ちょっとしたまとめ買いをしよう! 思いがけなく大根を買ったのは、 おいしそうなアキレスを見つけたから。 普段は年明けからはしないおでん、 急遽予定を変更して、おでんを仕込むことにした。 大根は、勿論葉つきのものを買う。 葉っぱは漬物になったし、 外葉は、炒め物にするためにおいてある。 大根の下半分は、皮を引いて下ゆでして、 引いた皮は、細切りにして、 キムチスープに入れました。 鶏肉の皮をひいたので、 それも千切りにして。。。 胸肉もわずかに入れました。 キムチスープにしたのは、 即席の大根のキムチ漬けを作って 即席の容器の中の残りをすすいで、 スープに入れたので・・・ 今年のテーマは、そうだなぁ。。。 野菜クズを生まない! スパイシーなスープで食べきろう! 味見したおでんのアキレス、おいしくて・・・ 感激ですぅ!!
2008年01月12日
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どうも、無料のものをもらうのは、 女性としての品格にかけるらしいが、 下さるものはありがたく頂戴するのが、 小芋の基本です。 今日は、なんと昨日買ったレタスに プラスαのレタスが2つもついてきて、 レタスが3個になりました。 これは、八宝菜を作るしかないかな? 白菜の変わりにレタスを使って八宝菜を作ると、 一瞬でできます? 一瞬はウソですが、 外側の葉に、火が通れば、 内側の方の葉っぱは、火が通らなくても食べられるので、 加熱も短時間です。 ついでに、他のレタスの外葉も、 一緒に炒めます。 他のレタスは生でシャキシャキさせていただいて、 1玉分と2玉の外葉を八宝菜に使う。 普通、レタスは、巻きのゆるい、 大きさの割りに軽いものが良品とされますが、 加熱調理で食べる時は、横に切ってから、 ざく切りにするので、 巻きの堅い締まった重いレタスでも、 非常においしくできるので、 重くて堅い玉のときは、どうぞ。 3連休です。 ちょっと休息をとれそうです・・・ 帰省からの帰宅後の出張で、 休みなしだったので、 さすがにバテ気味です。。。 朝、布団から出るのが辛かった今朝。 毎晩の密かな楽しみがあります。 長野で見た、キャンディロロ様の 「ダルタニアン」の演技を、 ネットの動画で見つけて、 繰り返し見ています。 長野オリンピックのときの あの演技は、 「三銃士」大好き少女だった私には、 もう、他の演技者なんか目に入らなくなるくらい、 素晴らしいものでした。 今でも、どんな演技者よりもあの時の 彼と、彼の演技と会場の雰囲気が好きです。 キャンディロロは、確かに小柄ですが、 あの衣装を着て、 ダルタニアンを演じている時は、 まったくそれを感じません。 子供時代の私を虜にした、 ダルタニアンそのままの、 小粋なプレイボーイです。 愛人との辛い死別とか、 命がけの決闘とか、 イギリスへの旅とか、 色々なシーンが次々と頭に浮かぶ演技。 そして、彼のダルタニアンのために作られた曲。 たっぷりの擬音が演技を盛り上げます。 素晴らしいショーでした。 そんな動画を繰り返し見て、 心を和ませてから、 一日を終える繰り返しでした。 余裕ができたら、また、 「三銃士」読もう。 私の頭の中では、 子供の頃に読んだ本の挿絵そのままの世界が、 35年以上の歳月を経ても、 鮮明です。 大人になって、 当時の世界史もわかって、 当時の夜の闇の暗さも、わかって、 当時の男女の恋愛もわかったので、 子供の頃、中学生の頃とかとは、 また一段と違った楽しみ方で、 物語を楽しめそうです。
2008年01月11日
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今日は、 ブロッコリーの茎をおいしく食べて、 結構ご機嫌で満腹です。 バターと塩で今までは炒める事が多かったけど、 最近は、手早く塩とマヨネーズで炒めて居ます。 酸味はほとんど無くなって、 香ばしいにおいが楽しめるので、 (本当は、簡単だから・・・) 最近は、ブロッコリーの茎をおいしく食べることに 結構凝っている。 勿論ブロッコリーが大好きなんだけど、 採れたてのブロッコリーの茎のおいしさに目覚めて、 その食べ方をあれこれ工夫するのが楽しい。 以前は、蕾の部分と交ぜて、サラダで出してたんだけど、 暖房を止めてから、 暖かい食べ方をしたくて。。。 そう、完全に止めたわけではないけど、 足元の小さな足温器以外は、 私には一切の暖房が無くても過ごせる。 温暖化のおかげで、 この程度で済むのだろうけど、 頑張ろう・・・ それにしても、ひざ掛けって、 本当にありがたいものだ。 すっぽり包んでいるので、 ほとんどコタツに入っているような 温かさが維持できる。 手作りだから不細工だけど、 巻きスカートタイプにしてあるから、 動き易いし・・・ 今年は、少し、エコ暮らし・・・? 去年の春までは、オイルヒーターも使っていたけど、 今年は我慢できるかなぁ。 元夫君も、わんこたちのためにだけど、 ファンヒーター、とうとう使わなくなった。
2008年01月10日
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毎日おいしい野菜を食べていますか? レタスやオータムポエムといった野菜 加熱して食べることもできるし、 生のままでもおいしいので、 この季節にははずせません。 レタスも、キャベツも、 オータムポエムも、 地産地消で新鮮な野菜を安く、 幸福な冬野菜の時間。。。 ブロッコリーもおいしそうだったので、 軽く茹でてから、 マヨネーズと塩で炒めて食べました。 痩せなきゃと思う気持ちと、 食べたいと思う気持ちのせめぎあいですが、 ま、野菜ならいいでしょう! そんな気持ちに甘えて、 ぱこぱこたべて・・・ 昨日の昼間、 保健関係のパンフレットで、 夜の10時からの4時間は、 特に太り易い時間だと書いてあったのを見た・・・ すご~~~く納得しました。 そして、その時間に眠ることが、 美肌に大事だって、知ってるのに。 知っていることが、 実際の生活に生かせないことときたら、 まったく、情けない限りですわ・・・
2008年01月09日
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お隣の今は、 日本の戦後60年の歩みを見るようでしょう? 公害も、乱獲も、 エコノミックアニマルと呼ばれる経済活動も、 乱開発も、何もかも・・・ 今ね、隣の国を見る日本人の目は、 かつて、欧米人が日本人を見ていた目なんじゃないだろうか・・・って。 じゃあ、同じ道を歩んできた我々は、 先輩として、色んなことを教えて上げられるんじゃないでしょうか。 失敗の数では、負けませんからね。 失敗からたくさんのことを学んだはず・・・ 公害は、日本の専売特許だったものね。。。 イタイイタイ病も、水俣病も、光化学スモッグも、 何でも来いですよ。。。 地球環境・生態系破壊においては、 狭く小さな島国といえども、 世界に冠たる国、日本です!
2008年01月08日
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日本以外の東アジアの国々では、 農耕文化の関係からでしょうか、 今でも太陰暦が人々の暮らしに深く根ざしています。 太陽暦 = 西暦 ですからもう新年の今日は1月7日ですが、 一方で、 太陰暦 = 旧暦 でしたら、ちょっとおもしろいことがあります。 太陰暦のくっついたカレンダーで見ると、 今日は、11月の29日なんですが、 明日は、なんと! 12月の1日なんです! え? なんてことない? そうかなぁ・・・ まあ、確かに、旧暦の暦では、 29日の次の日が朔日っていうのは、 珍しくないんですけどね。。。 そんなことなど、 考えながら、新しい年の、 旧暦のカレンダーを見ています。 新年を祝う気持ちは、 私達日本人にとっても大事ですが、 アジアのほかの東洋人の中では、 すごく大切な「心の行事」なので、 旧暦のお正月を知っておくと、 色々なビジネス上の不都合も少ないと思います。 ちなみに、旧暦のお正月、 今年は、太陽暦の2月7日です。 お正月を家族揃って迎えるのが、 非常に大切なことなので、 2月の6日(大晦日)の晩は、 みんなが集まるのだそうです。 あと、一ヶ月になりました。 私の実家のある山口県の寒村にも、 たくさんの中国人研修生が、 厳しい条件で働いています。 彼女達のお正月は、どうするのでしょうか。 中国国内なら大移動するところなんですが、 航空券は、手に入るのかなぁ・・・ などと、 暮れやお正月に見かけた彼女達のことも、 考えていました。 北京や上海といった大都市と違って、 農山村は非常に大きな貧富の差にあえいでいる国。 オリンピックが終わるまでは・・・ そんな指導者達の不断の努力で 国家の対面が保たれているけれども・・・ 中国が豊かになれば、 世界中から食べものが無くなると、 昔言われていたけど、 今、現実に値上がりを更に押し上げてきていますね。。。
2008年01月07日
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仕事を終えて 自宅に戻ってきて、 真っ先にこの花の名前を見ました! 嬉しかったですぅ! 四季咲ネムの木さん、 ありがとうございました。 1999年12月12日の 宮崎での発見が国内での初の報告例? フウリンユキアサガオ アワユキヒルガオ まだ、定まっていないのですが、 なんと、アメリカの種苗会社では、 通信販売で、種が売られていました。 インド原産のヒルガオ科の植物として、 紹介されていました。 温暖化の影響でもぐりこんできたというよりは、 旅行者が種を持ち込んだのではないかと、 思います・・・ 普通に持ち込むような、 紛れ込むようなものでは、 ないんですよ・・・ 中国では、揚子江つまり 長江周辺、江南地方から、雲南、 さらにはインドまで分布しているようです。 日本国内での栽培記録では、 何月に播種しても、 発芽は秋になると書いてありました。 と言うことは、発芽後、越冬することのできる 温暖な気候が必要と思われます。 宮崎・岡山・蒲郡・・・温暖なんでしょうね。 ちなみに、 「ポラナ ラケモサ」で検索したほうが ヒットが多く、 Porana racemosa なら更に多いです。 つまり、私のような未知の野生植物、 あるいは帰化植物からの検索ではなく、 有望な園芸植物として紹介してあるのです。 朝顔の仲間だから、種は有毒かもしれません。 しかし、ヒルガオは、新芽が食べられます。 実際に英語のサイトでは、 インドで蔓先を食べる地域があると、 書いてあった(ような気がします・・・) 今の私の視点では、 有害な帰化植物です。 しかし、種苗会社のカタログで見ると、 非常に有力なグラウンドカバープランツとして、 推奨されていました・・・ 考えてみれば、 私が一杯育てているハーブは、 どれも有害な帰化植物になる可能性があるのです。 庭のアップルミントは、自分が導入したのですが、 本当に駆除できなくて、苦労しています。 園芸植物としても、逸出してしまえば、 有害な帰化植物です。 難しいところです。 それと言うのも、 導入の当初は一年草(2年草)であっても、 気温の上昇が止まらなければ、 話は変わります。 琉球朝顔だって、 本来は地上部が枯れます。 でも、綺麗に枯れてなくなるのではなく、 今の兵庫県では、宿根してしまいます。 難しいかも・・・ それと言うのも、 風鈴雪朝顔・淡雪昼顔 花の咲く量が半端でないのです。 発芽率は高く、 しかも、もし、今の羽がついたままなら、 飛びます。 すごく飛びます。 冬の状態を観察したいと思います。 もしも、羽が付いたままなら、 非常に危険な帰化植物だと思います。 アメリカで葛が大繁殖したように。。。 我が家の弾けるヤブマメどころじゃなく、 飛びますからね・・・ ねぇ、ドクター、あの羽、 付いたままでしょうかねぇ・・・ 大嫌いなアレチウリや、 第二のブタナ(ピギープランツ)に なりませんように・・・ 魅力的な植物であるだけに、 心配しています。 氏素性がわかって、次の心配が始まりました。。。
2008年01月06日
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自宅に戻ったのも束の間、 明日は朝の6時過ぎから 出張です。。。 サラリーマンて、哀しいわ。 飛行機とかバスとか新幹線とか・・・ なんだって、この大混雑の時期にって。 我が身が恨めしいです。 とは言え、 去年の今頃は、大患いで動けなかったのだから、 元気に年を越せたことを、 喜ばなくちゃね・・・ 元気に、出張に行ってきます! 戻るのは6日の夜遅く・・・はぁ。
2008年01月03日
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去年の夏、 私の車、着苔行進(苔の生えたマーチ) 相次いで故障やパンクを経験した。 故障のときは、 その前に同僚の車が故障したときの教訓があって、 すぐに、日産のお店に電話して、 その日のうちに取りに来てもらった。 引取りのときに、大失敗をしたことを、 さっき7月の日記を読み返していて思い出した。 で、確か、パンクはそのあとすぐだったと読み直したら、 一月もたたないくらいで、 すぐにパンクしている。 「なんでパンクか」というと、 今日、父の車で、 私の帰宅用の荷物を宅急便に出しに行こうとしたら、 駐車場ですぐ見えるほうの右の後輪が パンクしていたのだった。 奇しくも、私のマーチと同じ場所。 見えるほうで良かった。 すぐに分かったので、 荷物を出しに行く前に、 取り敢えずスペアタイヤと交換した。 前に、私のマーチがパンクしたとき、 我が家には元夫君が帰宅していたので、 彼が交換してくれた。 そのときに一部始終見ていたので、 今回は、私が手早く交換できた。 つまり、こういうことが起きた時の、 役に立つようにと、 去年の8月9日のパンクがあったんだなぁ。 日記を振り返ってみると、8月9日には書かないで、 翌日の8月10日の記事に書いている。 故障の時といい、パンクのときといい、 なにか、意味があることの連続線上に、 事象は位置づけられるんだと、 自分の能天気さを感心している。 見える場所で良かったし、 天気が良くて良かったし、 私が居るときで良かった。 父が暮れの31日に車で買い物に出かけているから、 たぶんその時だったのだろう。 明日、帰る直前に気がついたのだったら、 せっかくの新幹線もキャンセルになるところだった。。。 そんなわけで、明日は、在来線を乗り継いで、 九州の小倉から新幹線に乗ることに・・・ 妹に電話して、パンクのことを伝えた。 妹ではなく、妹の主人を当てにしてのことだが、 昨日から主人のほうの実家に帰っている。 妹の主人の実家は、昔、車の修理屋さんをしていたので、 妹の主人は車に詳しいのだ。 父の乗る車。 事故でも起こして他人様に迷惑をかけたら、 これまでの父の人生までもが台無しになるから、 車のことには、神経を使う。。。 無事に一年が過ぎますように、 改めて祈ったことだった・・・
2008年01月02日
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十二支は子年から始まりますよね。 これからの12年が、 良いことの続く12年でありますように。 地球温暖化に歯止めがかかりますように。 皆様の上に、佳い事が重なりますように。。。 新年明けましておめでとうございます。
2008年01月01日
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