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年末に、1年のお礼をされる方がお参りになられ、又、「洗心」作成、年末感謝祭の祭詞、元日祭の祭詞作り、信者さんの1年祭(1月3日)の祭詞作りなどで忙しく、ブログを書く余裕がありません。書かずじまいで、新年に突入しそうです。そこで、年末のご挨拶をさせていただいておきます。この1年、このブログ広前にお参りになられ、有り難うございました。又、来年もよろしくお願いいたします。どうぞ、よいお年をお迎えください。
2008.12.28
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今日は少年少女会でご本部へ一年のお礼参拝をさせて頂きました。教会としてのお礼参拝は、23日にさせて頂きましたが、少年少女会として、岡山教会と合同でのお礼参拝でした。そして、教会に帰ってから、今年最初の集会の時、お願い事を書いたのですが、その反省を一人ひとりさせて頂きました。私の願いは、1.金光様のお出ましを頂く。2.前半は550人の人のことを願う。 後半は1100人の人のことを願う。3.結界恪勤でした。1と3は、まあまあ出来ましたが、2は、全く出来ませんでした。しかし、今年の反省として、こうした願いを立てたこと自体を忘れてしまっているので、来年は、コピーして、各自も持ち帰るようにしよう、ということになりました。そして、目に見えるところに貼って、忘れないようにしたいと思います。
2008.12.25
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昨日、楽の練習がありました。毎月1度、行っています。他の教会から来ていただき、指導していただいています。昨日は、新しく太鼓を始めてくださった人がいました。太鼓をしておられた方が、2年前に亡くなられ、それ以来、太鼓がない状態でした。若い(金光教では)女性が、お琴か太鼓をさせていただきます、と言われたので、太鼓をお願いしました。音感がいいようで、指導者の方が、もう出来ますよ、と言われましたが、なかなか本人は、すぐ祭典では・・・、と言われています。今度の30日の年末感謝祭には、無理かな・・・?と淡い期待を抱いていたのですが、ちょっと難しいようです。しかし、新しくやってくださり、とても有り難いです。来年から、新しくお琴をしたい、と言われる方もあり、だんだん楽人が多くなってきています。有り難いことです。
2008.12.24
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今朝、年末のご本部御礼参拝をさせて頂きました。門松も飾られ、御正月の準備も完了していました。奥城へ上がる階段にも、のぼりが立てられていました。のぼりには、「よくご参拝でした」とか「おかげは和賀心にあり」「立教百五十年」と書かれてありました。来年は、立教百五十年、教祖様が、取次に専念されだして百五十年たつのです。私も、来年は、いよいよ結界取次を充実させていただきたいと願っています。その具体的な取り組みは、今、考え中です。いい取り組みを神様にお知らせいただきたい、と願っています。
2008.12.23
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今日は、前教会長のお礼の会がありました。婦人部の方たちがお寿司を作って下さいましたが、今まで中心になってしてくださった方が、事情で今回は作れなくなり、少し若い年齢層のご婦人たちが作って下さいました。お寿司作りも、代替わりが出来ていきました。とてもおいしく出来ていました。和気藹々と楽しいお礼の会ができました。皆さん方に感謝です。
2008.12.21
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今、まだ、明日の月例祭の御供え物をさせていただいている途中で、ちょっとブログを書いています。明日の月例祭の後、来年の教会行事を決める会議をして、その後、前教会長(父)のお礼の会をさせていただきます。新教会長(私)のお礼の会も兼ねているそうですが、私はまだ何もしていませんし、していただく心境でもないので、前教会長へのお礼の会をメインに打ち出させていただいています。父が教会長の時に、教職舎を手始めに、会館、会堂を建てさせていただき、土地も122坪買わせていただきました。今は、充実した施設で、日々の信心の稽古をさせていただいています。有り難いことだと思います。金光教では、寄進勧化を言いません。信者さんの真心のお供えだけで、こうしたことができてきました。そこが金光教の神様のすごいところです。ご本部の斎場ができるときも、お金がない中から、御造営の願いが出て、東洋一の柱のない大きな斎場が出来上がりました。その時も、寄進勧化は言われませんでした。それで出来たら奇跡である、と言った新聞記者がいましたが、奇跡が起こりました。金光教では、奇跡でも何でもありません。当たり前のことです。天地を司る神様がされるのです。出来ない方が不思議なのです。そのようにして、今も金光北ウイングという研修、宿泊施設が建設中です。祭場の耐震補強工事も行われています。両方を合わせると10億近い金額がかかります。これも各教会や信者さんへ強制されることはありません。神様に願い、神様が建てられるのです。私たちは、すごいもんだ、と見ているのです。本当に、この神様はすごいと思います。油を売るのはこれくらいにして、御供え物にかかります。ではでは。
2008.12.20
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白神先生が亡くなられたとき、教祖様が、「ついた病なら、取り除くことも出来るけれども、白神さんは、早く道を伝えたいと思うあまり、無理をして、我が身をもみつぶした。しかし、道のために死んだのであるから、生きても神、死んでも神」と言われました。我が身をもみつぶすほどの修行をされたのでしょう。その心はいかばかりであられたのでしょう。南八幡教会の初代、松田東吉先生も、人を助けるための修行で、我が身をもみつぶされた先生でした。教会新築された翌年から、体に不調を感じるようになられました。57歳まで、荒く激しい修行を重ねてこられました。医者は、「あなたは、酒を飲んでいないのに、肝臓が悪い。それは、よほど体を無理している。非常に体に無理が来ている」と言われました。荒い池行が、身にこたえることは分かっておられた。奥さんがとめられることも、しばしばであられた。しかし、東吉先生は、自分の体のだるさは気力で耐えられたが、願いくる氏子の難儀の助からなさは、到底耐えられることではなかったのです。「これからも信奉者一人ひとりが都合よく行くには、私がもっと辛抱に辛抱を重ねて、修行させていただかんことには、他にどうすることもできない」と信奉者の助かりを願って、不惜身命であられました。その精神に体がついていかない人がいることを、知らされました。東吉先生の、助けを求めてくる人を助けずにはおかない気持ちのすごさを感じます。私も、その思いを強くしていきたいと思います。そして、助けるお徳も頂きたいです。それが、金光様のお徳を頂くことであり、神様の御心を頂くことでもあるのだと思います。
2008.12.19
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これで行けば、絶対幸せになれる。そういう行き方を、あげたいと思います。・金光様のお徳を頂く。・神様の御心を頂く。・一心に願う。・何事も有り難く受ける。・常に神様のお役に立ちたいと思っている。これが天地書附の内容であるとも思っています。これで、しばらくは突っ走ろうと思います。
2008.12.18
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このブログから相互リンクさせていただいている「光り輝く道」さんが新しく出されたCD「光り輝く道」を贈って下さいました。とても有り難かったです。「光り輝く道」さんのブログを読ませていただきながら、CDができたことは知っていましたし、教徒社販売もされることを聞いていましたので、買って聴かせていただこうかと思っていました。それをご本人から、プレゼントして下さいました。気にかけてくださったのが、有り難かったです。さっそく聴いてみました。第一印象は、歌声がきれいだということです。澄んだ声です。そして、祈りがあります。愛があります。特に、玉水教会の二代教会長を讃えた歌「教えのともしび」と玉水教会布教100年を記念して作られた歌「祈りの中で」には、師匠を思う愛がにじみ出ており、感動します。師弟愛、素晴らしいものです。人が人を思う思い、人が神を思う思い、神が人を思う思い、それが純粋な思いであればあるほど、その思いに涙するのです。皆さんにも聴いていただきたいCDです。「光り輝く道」さんとは、知らない間にご縁はあったのです。私が本部青少年室のマネージャーになった時、「青少年活動の歌」をお願いしたのが、「光り輝く道」さんでした。青少年室のスタッフの先生を通してお願いしたので、私はお会いせずじまいでしたが、いい歌を作って下さいました。この歌に振りをつけてフィリピンのスラムの子どもたちと歌ったことも思い出します。この歌も、CDに入っています。このCD、金光教徒社で1800円で販売されています。
2008.12.17
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お願いしていて、おかげがなかった時に、お礼参拝しないのが普通ですが、そういう時にも、参拝される人があります。願いを持ってお参りされていて、結果がよくなくても、神様にご厄介かけたので、ということで、お礼参拝して、その後のお願いもされるのです。そうすると、神様もほってはおかれない気がします。大きなおかげを持って、追いかけてこられます。神様は、そういう人の心がけには、誠意をもって応えて下さいます。ですから、おかげがなかった時のあり方が、大切だと思わされるのです。
2008.12.16
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クリエイトの忘年会の時、クリエイトの歌ができました。りんどうさん作です。「高校三年生」の替え歌の要領でお歌いください。1、人の助かり しあわせ祈る あいよかけよの まことの道を あああ 金光クリエイト われら 一人一人の情熱で この道つなごう いつまでも2、道の教えに 導かれつつ 共に語ろう まことの道を あああ 金光クリエイト われら 一人一人のよろこびを 語りつなごう いつまでもああ、あの時の感動が蘇ってきます。
2008.12.14
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クリエイトの総会・忘年会に20人のメンバーが集まりました。最初に、ご祈念と私の教話「信心の基本」を終え、総会で事業報告、決算報告、来年の計画、予算などを審議しました。そして、待ちに待った忘年会。お弁当と中華オードブルを堪能しました。アルコールも少し入って(飲む人は少なかったですが)、近くの人との会話が弾みました。昼食時間がついついオーバーしました。そして、それぞれのメンバーが、教話について、今年の反省、来年の抱負など、一人ずつスピーチをします。忘年会の席でこのようなことができるのが、クリエイトの強みです。皆が信心に取り組んでいます。その中で、意見交換、アドバイス、お取次(?)などがあり、和やかにスピーチが進みました。皆さん、信心がどんどん進んでおられる。そんな感想を持ちました。来年も、一生懸命、信心をして行きたいと思います。「信心の基本」を基にしてね。(^_^)
2008.12.13
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クリエイトの例会時に15分ぐらいお話をさせていただいています。それをまとめて、冊子にしています。明日話したものを入れて、教話集の7集目ができます。今度の冊子の題名も決まっています。「信心の基本」です。明日は、その講題でお話をする予定です。信心の基本は、天地書附です。明日は、天地書附をどのように頂くかを話したいと思っています。そして、それは、私の来年の信心の取り組みでもあります。話の内容は、明日のお楽しみです。本当は、この前の月例祭で話したのですが、もう少し掘り下げた形で話させていただきます。クリエイトの会員になってくださっている人には、報告書が行きます。そうでない人は、冊子を買って読んでください。教徒社で販売予定です。
2008.12.12
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前に、ホームページの私の予定のことを書きました。しかし、それ以後に見ても、芸備教会へ参拝することが書かれていなかった、という声を聞きました。どうも、手元のところで書き換えて、上書き保存はしたのですが、ウェブ上に転送していなかったようです。早速転送しました。こういうことを忘れるようになってきました。痴呆症にならないよう、神様にお願いしとかなければなりません。神様は、何でも願いをかなえて下さいますから、おかげ頂けるでしょう。
2008.12.11
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今日の昼すぎに、消防車、しかも大きなはしご車が3、4台来て、救急車も来るは、報道陣も来るは、ヘリコプターも飛んできて、すごい騒ぎになってきました。どうやら、数件隣の7階建てマンションで、火事か事故があったようなのです。マンションのセキュリティーが通報したようでした。マンションでの火事ということで、大がかりな出動になったようです。私は、マンションで火事か、と聞いたとき、この近辺は、祈りの範囲なので、そういうことはないはずなのに、そうであれば、祈りの足りなかったことになる、と思いました。しかし、調べた結果、鍋の空焚きだったようで、大したことでありませんでした。金光教では、地念と言って、その土地のことを祈るようにしています。桂松平先生が、小倉に布教に出られたとき、小倉は寂れた村でした。「そこに福の神をお供していくのである。この神様が行かれれば、その土地は繁盛する」という金光四神様のお言葉に従って、小倉に行かれましたら、小倉は大都会に発展しています。金光教の教会があれば、その周りは、安全であり、繁盛していくのです。それぐらいの気概を持って御用をさせていただかなければ、と思っています。
2008.12.10
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金光教岡東教会のホームページで、私の予定として、1ヵ月先までの私の予定を載せることにしています。何時から何時までどこへ行くなどと書いてあります。それを見れば、教会にいない時間などが分かります。私のお取次を頂かれに参られても、私がいなければ、お取次が頂かれないので、こうした予定を載せるようにしました。今日は、午前11時から午後4時まで、芸備教会へ参拝すると載せていました。しかし、出発が遅くなり、帰るのも午後6時ごろになりました。こういう予定外のこともあります。しかし、だいたいは、予定通りに行動しています。このように書くと、全くプライベートな時間がないようですが、まあ、そう言っていいと思います。1年365日、休日がありません。教主金光様がそうですから、部下が休むのは相済まないことです。私は、参拝者があまりなく、お結界で居眠りをしているような、休んでいるような日もありますが、しかし、1日4回のご祈念と教話をしていますから、それは結構しんどいことです。毎日4回15分ぐらいのお話をするのは、大変です。人に聞いていただくのですから、それなりのお話をしなければいけません。最近は、先輩教師の本を読んでからお話しすることが多いのですが、そうでもしなければ、話す内容が、単調になってしまいます。今日のように、芸備教会へ参拝するのでさえ、昼食を外で食べるということもあり、ちょっとしたドライブ気分で、休日のような気持ちになります。そのような金光教教師には、なり手が少なくなってきているのが現実です。しかし、私は、神徳を頂くことができ、人が助かり、神様も喜ばれる、取次の御用ほど、面白いものはないであろう、と思っています。そして、信心ほど、やりがいがあり、意味があることもないであろう、と思っています。
2008.12.09
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湯川安太郎先生は、取次をされたことを反省して、あれはこう言うた方がよかったとか、食事中でも、食べるのをやめられて、じっと考えておられることがあられたということです。それだけ、取次に真剣であられました。私は、もっと低いレベルで、取次を反省しています。今日、久しぶりに参られた方がありました。しかし、「皆さん、お変わりありませんか」ぐらいしか声がかけられませんでした。もっと話を引き出すことができなかったのでしょうか。反省しきりです。後は、祈って、私の不調法は神様に補っていただくしかありません。それがあるのが、金光教の有り難いところでもあります。
2008.12.08
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今日は、月例祭の後、バザーが行なわれました。このバザーのために、1週間前から、毎日午前9時半のご祈念後から、午後5時ごろまで、5~10人の方々が御用をしてくださいました。品物も沢山集まり、盛大なバザーが行なわれました。今日も、朝7時から10人以上の方が御用に来られました。皆さんよくしてくださいます。神様の御用として取り組んでくださるのが有り難いです。御用に来られたときと、帰られる時に、お届けをされます。ここ1週間は、御用の人が出つ入りつするので、お結界をあけることができません。昼食も、15分ぐらいで食べて、又お結界へ。なかなかせわしい感じです。しかし、本来そうしたものなのでしょう。三代金光様は、朝2時半ごろ食事をされ、3時50分にお出ましになられ、昼食抜きで1日御用され、御用を終えられてから食事をされたと聞きました。それまで、ずっとお結界を立たれることがあられなかった。特に、祭典の日は、小用に立たれないように、水分を取られなかったそうです。全く常人業ではありません。それを本来の姿とすると、できる人はいなくなってしまいますが、しかし、闘志が湧いてきます。そのようなことをされた方がおられた、というのが金光教の誇りです。そうしたお徳がすべて、今の教主金光様のところに来ています。そのお徳が各教会のお結界にも来ています。取次者は、教主金光様のお徳を頂いて御用をさせていただかなければなりません。バザーの話から、教主金光様のお徳のお話になりました。関係ないようですが、教主金光様のお取次のお徳によって、バザーも盛大に行なわれたということです。有り難いことでした。
2008.12.07
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2日前に、腹を立てない修行で、腹を立ててしまったことを書きましたら、3人の方が、腹を立てさせたのは自分ではなかったか、と言われました。自分に心当たりがある、と言われるのです。ブログには、ああいうことを書かないほうがよかったと思いました。変な気を遣わせてしまいました。取次者は言動に、よほど気をつけなければなりません。実は、腹が立ったことで、修行が中断したことを、前にも書こうと思いました。しかし、やめたほうがいい、という気がして、やめました。その理由は、前記のようなことだったのです。今回は、書いてしまいました。その結果反省しているわけですが、又、自分が悪かったのではないかと思われた人は、自分を振り返ることができる人であり、それが信心を進めるのには、大切な心であり、その心を持った人たちであることが分かったのも、いいことであったかもしれないと思っています。
2008.12.06
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「通信共励会」から、会員の皆さんに新年のメッセージ(来年の抱負)を書いて出すようにと書かれていました。又、年賀状の文面を考えるとき、来年の願いをどのように書こうかと考えています。又、今度のクリエイト21の総会・忘年会で、今年の反省と来年の抱負の話もしたいと思っています。だんだん、来年、どのような取り組みをすべきを、はっきりさせないといけない時期になっています。来年は、立教150年のお年柄で、金光教にとっては意義深い年です。原点に立ち返っての願いを生み出したいと思っています。
2008.12.05
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私は今年8月12日から腹を立てない修行をしています。3年間するつもりでした。しかし、11月15日に腹を立ててしまいました。3年間が3ヵ月で途切れてしまいました。もう一度一からやり直し、と思っていましたら、12月2日に、又、腹を立ててしまいました。今度は3週間もちませんでした。なんとも情けない限りです。神様は用意してくださったおかげを渡される前に、問題を出されます。「この問題を有り難く受けるかや」と。「有り難く受けられたら、このおかげをやろう」と言われるのです。しかし、有り難く受けられませんでした。仕方ありません。また気を取り直して、12月3日から腹を立てない修行のやり直しです。今度は、3日しかもたないとか。悪い事は言わないようにしましょう。3年間の成就を願います。
2008.12.04
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今日は、長女の24歳の誕生日です。ですので、夕食はご馳走でした。今日の昼は、○○○○さんがクリエイトの忘年会に出す中華のオードブルを試食にと買ってきて下さいました。その人は、内緒にして下さい、と言われたのですが、こうして世界に発信してしまいました。ごめんなさい。酢豚と八宝菜を買ってきてくださいましたが、八宝菜にはアワビが入っており、エビも大きかったですし、おいしかったです。酢豚の味も最高でした。クリエイトの忘年会に出られる人は、楽しみにしていただいていいと思います。そういうことで、今日は、昼夜ともご馳走でした。長女には、おめでとうメールが16件も来たそうです。たくさんの人に祝福され、有り難いことです。昨日は、次女の22歳の誕生日でした。次女は大阪にいますので、おめでとうメールを出しました。そうしましたら、「今まで大きくなれたのも、神様、お父さんお母さん、家族のおかげだと思っています」と書いてきてくれました。このことも、有り難いことでした。
2008.12.03
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まだ、水行が続いています。11月一杯を目標にきましたが、何とか12月を迎えることができました。しかし、寒がりの私が水をかぶるようになろうとは思いませんでした。金光教の行は、火や水の行ではない。家業の業ぞ。と言われており、水行はあまり勧められていません。教会によっては、表行全廃を打ち出しているところもあります。ですから、寒がりの私が、わざわざ水行をする必要性はないのです。しかし、するようになりました。そういえば、私がするようになった行は、苦手なことをするようになっています。以前、私は、寝ないことが苦痛でした。寝ないことほど辛いものはありませんでしたから、徹夜もしたことがありませんでした。それが、睡眠時間を減らす修行をするようになりました。こうしてみると、苦手分野を克服するための修行をさせられてきたように思います。次は何を修行させてくださるでしょうか。
2008.12.02
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神様にお願いするのに、何度も同じことをお願いするのはよくない、と言う人がいます。神様は、一度お願いされれば、覚えておられるので、何度もお願いされると、くどいと思われる、と言うのです。お願いしたら、後は、安心して、そのことを忘れていれば、知らぬ間に成就している、と言う人もいます。そのほうが、神様を信じていることになる、というのでしょう。私は、何度もお願いするように言っています。神様は、日々働いておられるので、毎日、今日もお働き頂き有り難うございました、と御礼をし、明日も、又よろしくお願いします、とお願いするのがいいと思うのです。任せたから、後は、神様よろしく、というのはどうかと思うのです。日に日に生きるが信心ですから、毎日、お礼、お詫び、お願いを繰り返していくのがいいと思うのです。特にお礼が大事でしょう。毎日、毎日、お働きくださり、有り難うございます、とお礼を言わせていただくのが大切だと思います。
2008.12.01
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