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バンコクのショーベタにありがちな問題点、続いては尾鰭先のフリル化?です。要するに、尾ビレの外縁がフリルが付いたかのようにギザギザと言うか襞があるタイプでの事なんですが、最近バンコクで非常にこのタイプが多くなってきました。尾鰭外縁がギザギザと言うとクラウンテールを想像してしまいますが、クラウンのようにヒレの軟条が伸びているのではありません。園芸に詳しい方ならば、最近パンジーでこのように花弁の外縁がフリル状になった品種が多く見受けられますが、ちょうどあんな感じです。 このタイプは、その由来が今の所よく判りません・・・と言うか私は知りません。クラウンテールとの関連性も不詳です。まぁ、パンジーなどでは意識して改良されている訳ですから、この表現形に関しては一概に「短所」とは言い難いのかもしれませんけど、個人的にはなんだかうるさい感じがしてあまり好きではありません。画像で紹介している様な若魚の時期には、まだ可愛らしく感じる場合もあるんですけど、老成した個体になるとなんだかバサバサした感じになってしまいます。
2010/03/29
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前回からの続きですが、小川祐忠自体は結構能力のある人物だったように思えます。織田信長に下った際も、信長の旗本としてそこそこ重用され、なんと信長から「茶会開催」の許可までもらってます。これは、当時の信長家臣としては非常に名誉な事だった訳で、彼は信長にそれなりに認められていた証拠と考えて間違いないでしょう。 秀吉家臣時代にも、小田原征伐や朝鮮渡海で結構活躍して伊予今治7万石を拝領してますし、秀吉晩年の大行事である「醍醐の花見会」では、そうそうたる顔ぶれに混じり三番茶屋を建て秀吉一行をもてなしたようです。所謂、文武両道の人だったように見受けられます。 関が原の合戦後には、石田三成の居城である佐和山城攻略戦にももちろん東軍として参加して奮戦したんですが、残念ながら戦後あえなく領地没収の憂き目に(涙)。改易の理由としては「事前に通款を明らかにしなかったから」以外にも「領内悪政」「子供が石田三成と入魂」などあるようですが、要するに家康だって小川祐忠のあまりの運勢の悪さを嫌ったんじゃないでしょうか。「悪い運気を自分の所に持ち込んでくる家来」な訳ですから。彼を家臣にした主人は、全員あまり幸せではない死に方してます。現在だって、過去に入社した会社が片っ端から倒産する男をわざわざ社員として迎え入れたい社長なんていないと思います(苦笑)。なまじ、彼が有能な男だけに余計始末が悪いですね~。 小川祐忠は領地を没収された後は、京でひっそりとその短い余生を送り、関が原の合戦から1年もしないうちに死去したようです。まぁ、彼の場合赤座直保とは違い、武士を辞めてる訳ですから、家康の手の者に殺されたと言うよりは、失意のあまりって奴なんだと考えます。もっとも、息子の一人が京で両替商を営み大成功を収めたと言う事ですから、領地没収とは言っても、何らかの資産は没収されずに残ったんでしょう。生活面では不自由がなかった感じですから、案外平穏で心安らかな大往生だったのかもしれません。 それにしても、彼のような生き様はあまりにも悲しすぎてしかもロマンとか悲壮感とかそう言う所からもかけ離れている為、あんまり小説の題材にはならなそうな感じです。・・・って言うか、こんな人物の人生描いているとこっちまで気が滅入って来そうですから(苦笑)。まさしく諸行無常のひびきあり・・・って感じです。 強いて無理やり面白そうな題材見つけるとすれば、柴田家家臣時代に主人である柴田勝豊を調略したのが、関が原でお隣さんだった悲劇の名将「大谷吉継」その人だったようです。自分の主人である柴田勝豊を口先三寸で羽柴側に寝返らせた大谷吉継の事を、当時家老職にあった小川祐忠がその場に居合わせ、その事で嫌いだったと設定してもそれ程無理ではないと思いますね~。羽柴側に寝返った主人の柴田勝豊のその後もあまり幸せではなさそうな生涯でしたし。
2010/03/28
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カラーバリエーションがとにかく豊富で価格も安いタイのショーベタですが、あらゆる面において最高かというとそうとは言い切れない部分もあります。これから数回に分けて、バンコクで生産されるショーベタの問題点に関して思いついたことを挙げていこうと思います。 まず、バンコクのショーベタで一番多い問題点は背ビレの湾曲でしょう。本来はまっすぐ天に向かって伸長すべき背ビレが写真でも御分かりのように先端がカールしちゃってます。これは、決して稀なケースではなくバンコクで見かけるショーベタの1/3位は程度の差こそあれ背ビレが左右どちらかに折れ曲がっています。まぁ、この画像の個体クラスまで背ビレが巻いちゃうとダメですが、先端部分がほんの少しどちらかに傾いているぐらいの個体の場合、是非の判断は結構微妙です。 この現象が先天性の欠陥なのかそれとも育成管理途上の後天的なものなのかは諸説あって定まりません。「水深が浅い容器で飼育していると曲がりやすい」とか「元来浮き袋の異常(一種のベリースライダー)で静止中水面に浮きやすい個体がなる」とか色々聞きますが、今の所本当の原因が何なのか私には判りません。ただ、バンコクで仕入れた時点で背ビレの湾曲がない個体が、私の温室で管理中に湾曲したと言うケースには当たった事がないので、ある程度の若魚にまで成長した時点で背ビレが巻いていない個体は、その後も大丈夫なのかもしれません。 それと、これはヒレの長いタイプに固有なのか、少なくとも私はプラカットやメスベタで背ビレが湾曲した個体を目にした事はありません。脊椎骨グチャグチャの完全な奇形個体は論外としてですけど。 もちろん、バンコクでもこの点に気が付いた個体は仕入れないよう心がけています。ただ、あの猛暑・多湿の中マラリアを媒介する蚊に付きまとわれながら薄暗いファームで個体を選別していると、結構見落としちゃうんですよね~。市場内のショップはまだしも、ファームでは円筒状のガラス瓶とかで管理しているので、中のベタが細部まで観察できない事も見落とす原因の一つです。飼育水もマジックリーフでまっ茶色の事がありますしね。帰国後自分の温室で飼育容器に移した時点でその事が判明しがっかりする割合も決して少なくはありません。
2010/03/28
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バンコクのショーベタ事情を御紹介するに当たっては、やはりマーブル系は欠かす事が出来ません。事「ショーベタのマーブル」と言う事になれば、ショーベタの本場アメリカをはじめとして世界中のどの国もバンコクのブリーダー達には敵わないと思います。とにかく、模様が固定せず、同一個体でさえ成長に伴い大きくマーブルパターンが変化するこの系統は、生産個体数がとにかく膨大なブリーダーが絶対に有利です。 裏読みすれば、それだけバンコクのブリーダー達が「下手な鉄砲も数打てば当たる」方式だって事の証でもあるんですけどね(笑)。とにかく、「ショーベタは累代繁殖させて系統の固定化を・・・」なんて考えている人にマーブル系は絶対に向きません。「なぁ~に、メンドクサイ事言ってるんだか。ベタなんぞは思いつくまま自由奔放に交配しちゃって、その中から見た目のいい奴だけ残せばいいじゃん!」と言う、実にタイ人向きのリベラルな(ちょっと違うか?)発想がマーブル系の作出には必要です。 現に私の知っているバンコクのマーブルブリーダーは「固定率?そんな物全然必要なしだよ。親と同じ個体が10%しか出ないなら、子供を1000でも2000でもとにかく数採ればいいじゃん!」って自信満々に言い切ってます。まぁ、人件費が物凄く安くて生き餌も豊富、しかも保温の必要なしというベタの管理にはもってこいの環境が揃っているタイならではの考え方ですね~。 そんな訳で、事マーブル系に関してはエンドユーザーもあまり固定率を追い求めない方がよろしいかと思われます。今日の画像の個体レベルになると、どうしても次世代に繋ぎたくなっちゃいますけど非常に困難です。植物で言えば庭で丹精込めて育成したバラと、その瞬間を楽しむ切花のバラの違いみたいなもんです。まぁ、刹那的にって事ですな。
2010/03/27
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本当は来週からバンコクにベタを仕入に行く予定だったのですが、現地の知人が「来週が危ない」って言う物ですから、1週間延期しました。今回の赤シャツ(タクシン支持者)は平和にデモしてるみたいですけど、バンコク市民は「そのうち暴徒と化す」ってかなりの人が思っているようです。タイ政府はひたすら「安全です」って言ってますけどね。まぁ、無理やり危ない橋渡る必要もないので、以前に確保していた来週のエアチケットをキャンセルし再来週のチケットを手配・・・ って、これがないんです!まぁ、確かに春休みや大学の卒業旅行シーズンですから、海外に出かける人が多いのはわかってました。でも、「バンコク行きなんて考える奴はいないだろう」って甘く考えた私が馬鹿でした(涙)。結局、ようやく確保できたのがベトナム航空です。もちろん、成田から直接バンコクに行く訳ではなく、一度ハノイ空港に立ち寄りトランジットでバンコクと言うコースです。 ほぼ毎月海外出張に出かけてますが、本業の為ヨーロッパに行く際はルフトハンザ、副業の逸品堂の仕入の為にバンコクにだけ行く場合は基本ANAで、場合によってはタイ航空と言うのがいつものパターン。最近仕事で出向くようになったベトナム行きのときでさえ、帰路にバンコクに立ち寄りベタを仕入れる事から、タイ航空で一度バンコク入りしてからトランジットでベトナム入りです。 要するに今回が「初ベトナムエア」って言う訳です。結構好奇心旺盛なおやじですから(笑)、初めての場所に行ったり、初めての乗り物に乗るのとか大好きです。まぁ、人によっては「ベトナム航空って聞くと、なんとなく安全性が不安」とか言ってる知人もいますけど、そんな事は別に気になりません。もっとも家族は「別に飛行機が落ちちゃうのは運命だろうから仕方ないけど、ベトナム航空じゃ補償金が少なそうだから、掛け捨ての生命保険だけは忘れずにねっ!」って、恐ろしいほどドライで冷静なのが少々心配です(苦笑)。 そんな、ベトナムエアですが先ほど航空券の手配を依頼した旅行代理店からメールが来まして、「お帰りの際のバンコクでのリコンファーム先は、以下の電話番号です・・・」って書いてありました。はぁ??「リコンファーム??」。最近は大部分の航空会社はリコンファームなんてしなくて良くなりましたから、これには少々ビックリです。まぁ、昔はどの航空会社でも当たり前でしたから、リコンファーム自体は大した問題じゃありません。でも、バンコク滞在中にベトナム航空バンコク支店に電話するって事は・・・。 実はバンコク(に限らず東南アジア全般)では、公衆電話は基本的に使えません。・・・って言うか壊れてます。バンコクではそこらかしこに公衆電話ありますが、コインを入れても電話が掛けられないのは当たり前ですが、さらに投入したコインが戻ってこないと言う実に素晴らしい構造になっている公衆電話が非常に多いのです。しかも、道端の公衆電話掛けてる時って、スリやかっぱらいに非常に狙われやすいのも事実です。 私の携帯はソフトバンクなので、国内ではやたらに電波が入らない地域が多くて使えませんが、さすが前身がVordaphonだけあって海外ではほとんどの国でそのまま携帯が使えます。だから携帯で電話すればいいんですが、この場合バンコク市内からベトナムエアバンコク支店に電話しているにもかかわらず、国際電話扱いになります。つまりは、帰国して信じられないほど高額の請求が来るって訳でして・・・。また、ホテルの部屋の電話を使うとこれまた「ふざけんじゃねえぞっ!」って激怒したくなるくらい高額の請求をチェックアウトの際にされる事があります。一流ホテルならそんな事ないでしょうけど、私の常宿クラスだと結構ありえる話です。もちろん、高額と言っても日本人の感覚からすれば問題にする額ではないのかもしれませんが「この機会にこの客からむしりとってやろうっ」って言う感じがムカつく訳です(笑)。 この際だから、バンコクで携帯買っちゃおうかなぁ~。たぶん、リコンファームで国際電話通話料金払うくらいなら、一番安いタイの携帯買えちゃうと思います。通話料金はコンビニとかで販売しているプリペイドカードで支払いますが、本当に安い物なので全然OKです。皆さんもタイ旅行に行かれる際に、バンコク国際空港で携帯電話レンタル頼むくらいなら、現地で携帯購入しちゃった方が絶対お得だと思います。日本と韓国以外の国は基本的にSIMフリーですから、その携帯もっていれば他の諸外国に行った際に、その国のSIMカード購入すればその国で通話可能(2G、3Gなど形式で使用可能な国は少々異なる)になりますしね。
2010/03/26
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「関が原の合戦寝返り4人衆」続いては小川祐忠さんの登場です!(笑) まずは例によって、彼の簡単な経歴を調べてみましょう。・小川祐忠(1549?~1601)・小川氏は代々近江に割拠した土豪らしい。・先祖は六角氏の家臣だったが、祐忠の代には浅井家家臣として小川城を預かっていた。・織田家と浅井・朝倉連合軍の戦いの後、織田信長に降服し織田家家臣となる。・本能寺の変の後、「山崎の合戦」では明智光秀に味方するも敗北。・明智家滅亡の後は柴田勝家に臣従する。・羽柴VS柴田の戦いで柴田家が滅亡後は秀吉家臣となり伊予今治7万石を領する。・関が原の合戦では西軍から東軍に寝返るも、戦後領地を没収される。・・・とまぁ、こんな感じです。 赤座直保と違いあまり怪しい点はありませんが、なんと言っても彼の場合運が悪すぎます!(笑)。代々近江に住んでいたのがいけなかったのでしょうか?浅井→織田の際も、単に近江の支配権が織田に移ったから。織田→明智も、本能寺の変直後の近江周辺で反明智色を打ち出した土豪などは100%確実に光秀軍によって蹂躙されちゃいますから、選択の余地はなかったでしょう。山崎の合戦後に、小川家が代々支配してきた地域は柴田勝家の養子である柴田勝豊の物となりましたから、そこでも否応無しに柴田側に・・・。さらには、羽柴vs柴田の際には秀吉の調略を受けた柴田勝豊が羽柴側に寝返っちゃいましたから、その家臣に過ぎない小川祐忠には、これまた選択の余地なく秀吉の軍門に下る事に。そして、関が原では背後の小早川秀秋率いる16,000人もの大軍が西軍から東軍に寝返って背後から迫ってきた訳ですから、ここでもまた定番の「選択の余地なし!」。 そうそう、あまり知られていませんが秀吉vs家康の「小牧・長久手の合戦」の際にも、彼はしっかり豊臣秀次の下で家康軍と戦い見事ボロボロに負けると言う、彼の経歴にまた一つ花を添える華々しい(笑)出来事を経験してます。もっとも、これだって別に彼が悪かった訳ではなく、その時の主力級の武将たちの判断の拙さが原因な訳ですからかわいそうなもんです。 この小川祐忠って人は前世でよっぽど酷い行いでもしちゃったんでしょうか?ここまで運がないと言うか自分の意思とは関係なく周囲に翻弄される人も珍しいんじゃないでしょうか。
2010/03/26
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最近バンコクで意外と簡単に目にする事が出来るようになってきたのが、今日紹介するような個体です。まぁ、バタフライ系な訳です。ただ、通常のバタフライはヒレの基部とボディは同じカラーで、ヒレ先だけが別の色(基本はホワイト)に縁取られているのですが、こちらのタイプではヒレの基部はヒレ先と同じ色調になっている為、リング状にバタフライがあるように見えます。以前は、このようなタイプを作出者の名前から「タットワイラー」と呼んでいました。この系統は要所などで写真だけはあるのですが、実物を見ることはまったくできない「幻の品種」と言う事で、ショーベタのオールドマニアの間では結構有名(無実)な品種だったんです。 今から20年以上前に、この系統に取り付かれてひたすら交配を繰り返した時期がありましたね~。他の同好の士がコンテスト目指してショーベタを繁殖させている時に、温室の中は「ブラックとタットワイラーもどき」ばっかりだった訳ですから、コンテストでは悲惨な物でした(苦笑)。当時は色々な組み合わせを試しても、まったくタットワイラーパターンの子供は出現せず、挫折しました。その時、「この系統は本来のバタフライではなく、マーブル由来の個体で偶然の産物」と結論付けてしまいましたが、最近の個体を見るとそういう訳でもなさそうです。 おそらく、大元のタットワイラーはレッド&ホワイトなんでしょう。・・・と言うのは、私の知っているタットワイラーの写真は、モノクロの奴1枚だけなもんですから実際のカラーリングが判明しないのです。でも個人的にはブラックベースでメタリックブルーのリングがあるタットワイラー見てみたいです。なんだか、この色の組み合わせ好きなんです(笑)。卵生メダカのコスタイみたいな感じです・まぁ、現実問題としてブラック&ブルーというバタフライ自体見た事ありませんから、現時点では作出不可能なんでしょうけど。 「思い立ったらすぐ行動するっ!」がモットーの尻軽男ですから、先日早速この幻の品種を作るスタートとすべく、手持ちの個体の中から適当なペアを作り3腹ほど繁殖させました。ただ、すぐに行動するのは私の数少ない長所の一つだとは思うんですが、持続力と言うか根気がなくてね~(苦笑)。
2010/03/25
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赤座直保の謎はまだまだ続きます(笑)。晴れて?前田家藩士として7,000石を領し前田家重臣となった彼ですが、関が原の合戦から6年後の1606年に領内の大門川という川が大水で氾濫した際に、現場を検分中濁流に飲み込まれて溺死したとされています。うーん、これも思い切り怪しいですね~(笑)。領内の天災をわざわざ重臣が検分に行くのがそもそも怪しいですし、何で彼だけが濁流に飲み込まれなくっちゃならんのでしょう? どう考えても謀殺されちゃったとしか思えません。関が原後もずっと「赤座直保」に目を光らせていた徳川家が手を下したのか、それとも徳川の目を恐れ彼の存在が邪魔になった前田家がやっちゃったのかは微妙な所ですけどね。彼の死後赤座家は改易にならず、子供の「赤座孝治」が後を継いでいるところから想像すると、犯人は前田家じゃなくて徳川でしょうか? これを裏付けるかのように、後を継いだ直保の子「赤座孝治」はまもなく「徳川家をはばかって永原と改姓し、その後子孫は代々前田家藩士として存続した」とあります。関が原から6年も経過し、しかも父親は「溺死」したのになんで徳川家に遠慮して改姓したんでしょう?もし、本当に徳川家に遠慮したのであれば、父「赤座直保」の代に改姓すべきだと思います。また、父の死の背後に「徳川家の影」がちらついていなければ、わざわざ徳川家にはばかったりはしないでしょうからね。とにかく、この「赤座直保」に限らず、徳川家にとって目障りな人物は、ことごとく都合よく(徳川にとって)死んでますからね~。怪しい限りです。 ・・・って、以上「関が原の雑魚キャラ武将」一人を取って見ても、謎だらけでしょ?この辺りを膨らませていけば、小説だって楽勝っ!って言う気になります。・・・これで、文章表現力さえあればね~(涙)。
2010/03/21
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最近のバンコクのベタ市場でもっとも勢いのある品種と言えばレッド・ドラゴン系と言うことになるでしょう。プラカットではかなり古典的な品種ですが、ショーベタとしては結構最近になって出回るようになったにもかかわらず、最近バンコクでよく見かけるようになりました。レッド・ドラゴンと言っても、以前のタイプのようにボディの基調色がレッドなタイプではなく、ボディはほぼ銀色一色に染まるメタルドラゴンタイプが主流のようです。 我が国でも人気の高い品種なのですが、仕入れるにあたってやや困った点が幾つかあります。まず、第一は輸送が難しい事。何故かは良く判りませんが、このレッド・ドラゴンタイプのショーベタはバンコクから持ち帰る際に往々にしてヒレが溶けちゃいます。これが品種的な問題なのか、それともこの系統を仕入れているブリーダーのパッキングの際の問題なのかは今の所定かではありません。ただ、以前国内の他のベタ専門店のオーナーさんと話をしていた際に、その人の所でも「レッド・ドラゴン系はヒレが傷みやすくて困る」とおっしゃってましたから、品種的な問題の可能性が高そうです。ちなみに同様の傾向はイエロー系にも見られます。 もう一つの問題点は、バンコクでレッド・ドラゴン系を主力に生産しているブリーダーの所が我が国の某ショップの主たる仕入先であると言う事です。おさかな逸品堂をスタートするにあたって「国内の同業者の方々とトラブルを起こさない」事をポリシーにしてまして、その観点から言うと、そのブリーダーから積極的にベタを仕入れる訳にも行かず・・・(苦笑)。もちろん、ショップの方から何らかの申し入れが有った訳でもありませんし、ブリーダーが「うちは××さんの専属だから」と言った訳でもありません。単なる自主規制にすぎませんが、ポリシーはポリシーですからね~。そのバンコクのブリーダーは、なぜ私が彼の友人のところでは魚を仕入れるのに、彼の所ではほとんど購入しないのか不思議みたいで、訪問するたびに「一体私の魚のどこが気に入らないんだっ?」ってぼやいてます。御免なっ(笑)。 ショーベタタイプのレッド・ドラゴンに関しては質・量ともに私の知っているバンコクのベタブリーダーの中ではNo1の彼から魚を仕入れないと言う事は、どうしても逸品堂のレッド・ドラゴン系は貧弱なラインナップにならざるを得ない訳でして(涙)、色々困った物です。一応、対策として親しくしているブリーダーにレッド・ドラゴン系の生産を依頼してますが、今の所まだまだ満足できるレベルではありません。
2010/03/20
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「関が原裏切り4人組」のトップバッター「赤座直保」の謎は他にもいっぱいあります。2番目の謎は、関が原では途中で寝返ったにもかかわらず「西軍」とみなされ、戦後所領没収の憂き目にあった彼が、なぜ前田利長に7,000石もの大禄で召抱えられたかって言う事です。 言って見れば、彼は「負け組み=賊軍」な訳です。当時、徳川家から嫌疑の目で見られることに戦々恐々だった前田家が、何故わざわざ彼のような「危険分子」を家臣としたのでしょうか?当時の前田家当主の前田利長が気骨のある人物ならば、関が原以前に家康から戦を仕掛けられそうになった際、ひたすら弁明に努め最終的には実の母親である芳春院を人質として江戸表に差し出すような真似はしなかったでしょう。 個人的には「赤座直保」の関が原前後の行動には前田家の意向が少なからず影響していた物と考えます。つまり、ある程度は赤座家と前田家は事前の連携がなされていたのではないかと言う事なのです。当時、加賀の大藩であった前田家とその周辺部分の小領主に過ぎない赤座家には、少なからず主従関係のようなものが存在していたと考えるのが自然でしょう。 しかも、関が原前後の前田家の行動もかなり怪しさに満ち満ちています。関が原では家康率いる東軍に属すると旗色を明らかにした前田家ですが、実際には関が原の合戦には参戦していません。一応史実では「東軍に属した前田利長率いる前田軍25,000人は金沢を出撃し東西軍決戦の地を目指す。途中、大聖寺城・北の庄城を落とし関が原に向かうが、西軍に属した敦賀領主大谷吉継が救援の兵を差し向け、さらに前田家の本拠地である金沢を海路攻め込むと言う情報を得て、反転金沢にもどる。その後、再度出撃を試みるが、すでに関が原の合戦は終了した後だった」と言う事になってます。 うーん、あまりにも怪しすぎます!(笑)。当時前田軍は25,000人、対する大谷軍は関が原に参戦した兵士数でも僅か1,000人前後に過ぎません。敦賀の小領主に過ぎない大谷吉継が、金沢を陥れるような大軍を擁する訳がないのは誰が考えたって明らかでしょう。にもかかわらず、噂を耳にして金沢に反転するのはどう考えても前田家がはじめから東西両軍のどちらにも味方したくないと考えていたからに違いありません。その後の行動を見ると、この「前田利長」と言う人物は家康に負けず劣らずの「クセモノ」みたいで、一筋縄では行かない様なので、この想像はいよいよ現実味を帯びてきます。 前田家の不可解な行動は後述するとして、関が原の合戦後に路頭に迷うことなく「赤座直保」が前田家に仕官できたのは、その辺りの裏事情を他の人間に漏らされては困る「前田利長」による口止め料だったと考える事も決して無理ではありますまい。
2010/03/19
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ショーベタではかなり希少と言えるドラゴン系にあって、ブラック・ドラゴンはかなり安定して生産がなされている品種と言えるでしょう。一口にブラック・ドラゴンと言っても、ボディはほとんどシルバーに輝くメタルドラゴンから、逆に全身にほとんど金属光沢のないブラック&カッパーまでバリエーションは非常に豊富です。しかも、それらのカラーリングをベースに、ヒレにレッドやイエローが入ったり、ボディがマーブルパターンだったりと、その色彩の変化は千差万別です。まぁ、逸品堂では細かく品種設定するのがメンドクサイので(苦笑)、これをひとまとめにして「ブラック・ドラゴン」って名称にしちゃってます。 ただ、個体数自体はバンコクでかなり豊富なブラック・ドラゴンですがヒレが見事に伸長した完品はそれ程見かけません。もちろん、逸品堂では意識して出来るだけ若い個体を仕入れるようにしている事もありますが、それだけではなく成魚になってもソリッド系やマルチ系などのショーベタに較べてヒレの身長の度合いがやや劣る気がします。少なくともバンコクで仕入の際に、びっくりするほどヒレの伸長したブラック・ドラゴンを見かけることはまずありません。まぁ、もし見かけても仕入れてきませんけどね(笑)。 あくまでも個人的な考えですが、ブラック・ドラゴンのショーベタを作出する際にプラカットの血を導入してまだ古典的な品種に較べて時が経っていないため、若干プラカットの影響が出ているのではないでしょうか。
2010/03/18
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まずトップバッターは「赤座 直保」!以下に彼の簡単な経歴を記してみました。・赤座 直保(生年不祥~1606年)・関が原合戦当時は従五位下備後守、越前今庄2万石領主・父の赤座直則は越前朝倉家、そして美濃斎藤家の後、織田信長に仕える。・後を継いだ直保は秀吉の家臣となり、小田原城攻めで功を現し越前今庄2万石を拝領。・関が原では、当初西軍に属しながら戦の途中で東軍に寝返る。・戦後「事前に去就を明らかにしていなかった」との理由で所領を没収される。・所領没収後加賀前田家に仕え、7,000石を領する。・1606年に所領内の川が氾濫した際に検分に出向き、濁流に飲み込まれ溺死する。・直保の子の孝治は、徳川家に気を使い「永原」と改姓する。 ざっとこんなもんですが、たったこれだけの事を見ても「怪しい箇所」がいっぱいです。まず、最大の謎は「なぜ関が原で寝返ったのか?」ですが、通説では背後の「小早川秀秋軍16,000」が東軍に寝返った為、連鎖的に寝返ったと言う説が一番受け入れられているようです。確かに、関が原に陣取った赤座軍は僅かに600人ですから、背後の「小早川軍16,000」が寝返ったのに対して、あくまでも西軍側を主張すればどうなるかは火を見るよりも明らかです。 でも、本当にそれだけなんでしょうかね~?実は、赤座家が領主だった越前国には短期間ではありますが「小早川秀秋」が国主として赴任してきた時期があるんです。秀吉の朝鮮出兵の際に、総指揮官として大陸に渡った小早川秀秋は、目付け役の石田三成らに「総指揮官不適格」との報告を秀吉にされ、それが元で秀吉の怒りを買いそれまでの領地「筑前・筑後」を没収され、越前北の庄に転封されちゃってます。 この「小早川秀秋の転封」は明らかに秀吉の方に非があると思います。少々軽率であったと言うものの、朝鮮では兵の先頭に立って敵陣に突撃し敵兵を槍で付き伏せたと言われています。まぁ、実際にこの男がそこまでの度胸があったかどうかは怪しい物ですが(笑)。それでも、石田三成の報告を受けて激怒した秀吉が彼を日本に呼び戻した際、「小早川秀秋」自身は、養父秀吉から褒めてもらえると思い込み、意気揚々と帰国したとあります。少なくとも、この時の彼の行動には、秀吉の叱責を受けるような物は含まれていない気がします。まぁ、当時は秀吉もすでにかなり耄碌してたんでしょう。 とにかく、自身では見に覚えのない事で秀吉から譴責を受け、旧領を没収され北の庄に流されてきた傷心の少年(当時小早川秀秋は10台半ば)と、その寄騎武将となった「赤座直保」との間に、何らかの心の交流があったとしても決して無理ではありません。・・・って言うより、小説書くなら是非そうしたいところです。 つまり、私個人としては「赤座直保」の関が原における寝返りは、その場の状況で行った「成り行き返り忠」ではなく、あくまでも旧主「小早川秀秋」に殉した物であったと考えたいのです。「寝返り前」に旧主の「小早川秀秋」と事前協議があったか否かは、個人的にはなかったものと考えたいところです。小説的には、「小早川秀秋」の境遇に同情した「赤座直保」側の一方的な思い入れがあり、それが関が原で「赤座直保」の自発的な行動となって表面化したと言う事に話をもって行く予定です。 戦後の論功行賞で家康が彼の所領を没収したのも、彼「赤座直保」の寝返りが家康に対する忠誠心からではなく、「小早川秀秋」に対する同情心から出た物である事を知っていたからではないでしょうか。つまり、関が原において「小早川秀秋」が西軍にそのまま属していたら「赤座直保」もそのまま西軍に居残ったと思われ、彼の行動は論功行賞に値しないと判断されたと想像します。
2010/03/17
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一応、改良ベタの世界でバタフライ系と言えば「ヒレの外縁が白く縁取られている」訳ですから。今日紹介する系統は厳密にはバタフライとは言わないのでしょう。でも、一般的には「バタフライ」もしくは「~バンド」と言う呼び方をされているので、逸品堂でもこの系統に限らず「ヒレ先がヒレの中心部分とは異なるカラーで縁取られている個体=バタフライ(の一種)」と言う事にしちゃってます。 バンコクでは、今日の個体のようにヒレの外縁が黒く縁取られている個体はかなりポピュラーです。まぁ、我が国では「黒く縁取られる」って言う事は社会的な常識ではあまり良い意味ではない訳ですけど、それは抜きにすればかなり魅力的なカラーリングだと思います。ボディやヒレの黒の発色が鮮やかで、ほぼ漆黒になるのがこの系統の最大の魅力と言えるんじゃないでしょうか。個人的にも好きな品種の一つで、よさげな個体を見かけたときは躊躇なく仕入れる事にしています。 ソリッドのブラックの品質は見る影もなく凋落しているバンコクですが、事ブラック系ということになると、結構次から次へと魅力的な新品種が市場に出回っています。ただ、この手の個体から再度ソリッド・ブラック作るのは至難の業でしょうね~。おそらく、何世代にも渡って、ヒレの付け根に他の色が発色しちゃうと思われます。まぁ、この系統は変に手を加えず、このまま系統維持していった方が正解と言う事でしょう。
2010/03/17
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まぁ、そんな影の薄い(涙)「雑魚キャラ4人組」ですが、関が原の合戦後の論功行賞ではその扱いに大きな差が出てます。・赤座 直保:事前に家康に通款を明らかにしていなかったとして領地没収。・小川 祐忠:事前に家康に通款を明らかにしていなかったとして領地没収。・朽木 元綱:事前に家康に通款を明らかにしていなかったとして減封(9,900石)。・脇坂 安治:事前に家康に通款を明らかにしていた為所領安堵(最終的に加増)。 最後の「脇坂安治」は、確かに関が原以前に家康に宛てた「東軍への寝返りを約束する手紙」が残っている様なので仕方ないにしても、赤座・小川と朽木の差はなんなのさ?3者とも事前にはその去就を明らかにせず、その場の状況で寝返ったのは同じなのになんでさ??確かに合戦後に非常に大きな権力を手中に収めた徳川家康ですが、いまだ豊臣家の家臣である立場に変わりはないはず。事実、戦後「福島正則」「黒田長政」「加藤清正」などのいわゆる豊臣恩顧の大名達の取り扱いには非常に気を使ってます。そんな状況で、一時はかなり苦境に立たされた「関が原」で寝返ってくれた赤座・小川に対する扱いはチョット厳しすぎるんじゃないでしょうか? そんな辺りが気になったので、もう少しこの「雑魚キャラ4人組」について調べてみる事にしました。すると、この程度の人物達でも結構「???」な部分が次々と出てくるんですよね~。そうなれなこっちの物で(笑)、後はこの曖昧模糊とした部分に勝手に想像を加味して行って、話を膨らませばイッチョ上がりって訳ですね。次回からはこの「雑魚キャラ4人組」個々をもう少し詳しく見て行きたいと思います。
2010/03/16
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ショーベタのバタフライ系としては最もポピュラーなのが、今日紹介するブルー&ホワイト・バタフライでしょう。基調色のブルーに関しては、ロイヤル・ターコイズ・スチール・マットなどバリエーションが豊富ですが、いずれにせよブルーとヒレ先の純白のバタフライバンドの組み合わせは爽やかなイメージがあり、我が国でも人気があります。 もちろん、バンコクでも一番良く見かけるバタフライなのですが、最近は少しクオリティが低下しつつあるような気がします。大部分の個体では、バタフライバンドが均質な太さの綺麗な縁取りになっていません。これが、作出の難しい品種ならば一々目くじらを立てる必要もないのですが、ポピュラーな品種だけに少々気になります。 また、マーブル系との交配も盛んなようで、こちらは更にバタフライバンドの乱れは顕著になっています。そして、マーブル系の血が混ざった系統では、頭部などにマーブルパターンが出現してしてしまう事も多く、純粋にバタフライとしてみた場合の価値は低くなります。 個人的な好みを言わせて頂くと、ロイヤルブルーの基調色にやや細めながらくっきりとした純白のバタフライバンドって言うのがいいんですけど、そう言う個体はとんと見かけなくなりました。また、良質のメスが入手しにくいのも、バンコクにおけるこの系統の難点の一つです。
2010/03/16
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例えば「関が原の合戦途中で西軍から東軍に寝返った武将」って言うテーマで考えて見ましょう。まず、ちょっと歴史好きな方ならば「小早川秀秋」と言う名前が出てくるのではないでしょうか。この小早川秀秋と言う人物は、豊臣秀吉の妻「寧々」の兄の子、つまり秀吉の甥にあたり、当時実子のなかった秀吉夫婦に養子として引き取られ、一時期は後継者候補の一人となっていた人物です。 彼の様に豊臣家と非常につながりの強い人物がなぜ家康に組したのかは、後々彼を語る段になってご紹介するとして、結果的に約16,000人と言う関が原に集まった全大名中堂々3番目の大兵力を擁する「小早川軍」が開戦当初西軍に属していながら不戦を決め込み、最終的に家康率いる東軍に寝返った事が「関が原の合戦」の勝敗を左右する最大のポイントであった事は間違いのないところです。 ところで、この「小早川秀秋」が合戦途中で東軍に寝返った際に、小早川軍の近くに配されていた西軍側の「雑魚キャラ武将4人組」が一緒になって寝返りをした事はご存知でしょうか。その事実を知っているだけでもかなりの歴史マニア、4人の名前をスラスラ答えられる様ならば、あなたは完全に「歴史オタク」です(笑)。 ちなみに、その「ついでに返り忠4人組」は以下の4大名です。・赤座 直保:越前今庄2万石領主 兵力600人・小川 祐忠:伊予7万石領主 兵力2000人・朽木 元綱:近江朽木谷2万石領主 兵力600人・脇坂 安治:淡路国洲本3万石領主 兵力1000人 彼ら4将は、西軍が鶴が翼を広げたように横長の陣形「鶴翼の陣」を敷いたはじっこの方に布陣してます。位置的には西軍側の悲運の名将「大谷吉継」のお隣、で背後の松尾山には例の「小早川秀秋軍16,000」が控えてます。そして正面、つまり敵側には「藤堂高虎」、「京極高知」辺りがいます。まぁ、正直言って味方の西軍側からも、敵方の東軍側からもあまり重要視されてなかったんじゃないかと思われます(涙)。 実際彼らが合戦中に寝返ろうが寝返るまいが、背後に位置する「小早川軍16,000」が東軍に寝返ってしまえば、4将合わせても4,200人前後の勢力では大勢に影響を及ぼす事は出来なかったと思われます。
2010/03/15
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今ひとつパットしないバンコクのラベンダー・バタフライとは対照的に、ボディがブルー系のサラマンダー・バタフライは見事な個体がコンスタントに生産されています。鮮やかな発色、ヒレの開き、体型、明瞭なバタフライバンドなどショーベタに要求されるあらゆる要素が合格点レベルです。しいて、問題点を挙げるとすればバタフライバンドの太さが均一ではない所でしょうか。それと、この個体では胸ビレにバタフライバンドが見られません。コンテストでは「バタフライ系では胸ビレにもバタフライバンドがある事が好ましい」のですが、個人的な好みを言わせていただくと、胸ビレがバタフライになっていない方がすっきりとしていると思います。そんな訳で、バンコクでベタを仕入れる際にどちらかと言うと胸ビレのすっきりした個体を多く仕入れてきちゃう癖が私にはあります。実際にはバンコクで見かけるバタフライのかなりの数は、きちんと胸ビレにもバタフライバンドが存在すると言う事を、ブリーダー達の名誉の為に付け加えておきますね。 もっとも、一見絶好調に見えるサラマンダーですが、不安要素がない訳ではありません。実は、良質のサラマンダーを作出しているブリーダーが私の知っている人間の中ではたった一人だけなのです。他のブリーダーの作るサラマンダーは、ラベンダーと同じく今ひとつパットしない感じです。現時点では、良質のサラマンダーを作出しているブリーダーがコンスタントに市場に出してますから問題ないとしても、何らかの事情で彼が生産をストップしてしまうと、少なくとも逸品堂に入荷するサラマンダーのレベルはガクンとダウンする事必至です。まぁ、もちろん、バンコクにはベタブリーダーが沢山いますから、私が知らないブリーダーの中にも良質のサラマンダーを作っているブリーダーは複数存在しているでしょうけどね。 それと、このブリーダーは頑として自家繁殖系統のメスを販売しないのも困った物です(苦笑)。コンテストでも入賞常連者らしい彼の信念なんでしょうけど、個人的には「日本のアクアリストに販売しても、あなたの商売が脅かされるとは思えない」と確信してます。まぁ、飼育設備の規模の事もあり、私個人はショーベタの繁殖までは手を出すつもりがまったくないのですが、逸品堂のお客様から「ペアで欲しい」と言う要望が結構寄せられてます。
2010/03/15
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さすがに日本人でありながら、日本史上最大規模の国内合戦である「関が原の合戦」を知らない人はいないでしょう。まぁ、物凄く簡単に説明しちゃうと「豊臣秀吉の死後急速に台頭してきた徳川家康に危機感を感じた石田三成が戦争を仕掛け、1600年に関が原で石田三成を中心とする西軍85,000と徳川家康率いる東軍75,000、合わせて160,000人と言う未曾有の大軍勢が激突し、わずか半日ほどの戦いで家康率いる東軍の勝利に終わった」と言うもので、この結果家康の権勢は更に増大し、最終的には豊臣家を滅ぼして天下を手中に収める訳です。 最初、この「関が原」を題材にした小説を書こうと考えていたのですが、あまりにも規模が大きすぎて今の技量ではとてもとても(苦笑)。仕方がないので、まずは関が原に参加した武将でも「比較的小物」を題材に習作をと考えました。 歴史小説を書く場合には大きく2つの方法があると思います。一つは「関連資料を可能な限り収集して史実に基づいた小説に仕上げる方法」、もう一方は「史実は捻じ曲げないにしても、ある程度は作者の想像を取り入れて小説を書く方法」です。生来ずぼらな私が選んだのは、当然の事ながら後者!もちろん、ただ単に「性格的に不精だから資料を集めるのがメンドクサイ!」という事だけが、後者を採用した理由ではありません。あくまでも私見ではありますが「歴史的資料」ってそこまで信用すべきではないと言う考えが根底にあるのは確かです。 例えば徳川家康が天下を手中に収めた江戸時代の歴史学者が前支配者である豊臣秀吉の事は相当に貶めて記述した様に、「歴史書は常に勝者に都合の良い様に書かれる」事は間違いないからです。同様に「××家由来書」みたいな奴も、自分のご先祖様を悪く書く子孫なんている筈がありませんから、相当に美化されていると考えるべきでしょう。まぁ、なんだかんだご大層な御託並べてますけど、結局はある程度想像入れてお話を膨らませた方が、小説書くのに楽だって言うのが実情ですけどね(笑)。それと、小説の主人公が「雑魚キャラ武将」の場合、良質な資料がほとんど存在しないって言うのも事実です。「雑魚キャラ」クラスとはいえ、一応大名クラスの武将なのに、その生没年を含めほとんど何も伝わっていないなんて事はざらです。せいぜい500年位前の事なのにね~。そんな事例を幾つか実際に見ていきたいと思います。
2010/03/13
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マスタードガスと並ぶポピュラーかつ人気品種であるラベンダー・バタフライの方はなんだかあまり芳しくない状況のようです。もちろん、人気品種だけにバンコクでも大量に生産されていますが、品質的に劣化の一途を辿っている気がします。 本来は非常に鮮やかなローズピンクがベースで、ヒレの外縁だけが純白のバタフライバンドで縁取られる品種だった筈なんですが、最近の個体はピンクの発色があまり綺麗ではありません。元々、似たような品種にボディがブルー系のサラマンダー・バタフライというのがいますが、こちらとの交配が無差別に進んだ結果、ラベンダーともサラマンダーともつかない個体ばかりになってしまったようです。もはや、鮮やかな濁りのないローズピンクの個体は天然記念物並みの希少価値となりました。今日の個体でも、ピンクの発色に深みがないというか、やや白が混ざったような感じがします。それでも、最近のバンコクのラベンダーの中では間違いなく綺麗な個体の一つですけどね。 とにかく思いつくままに品種交配するのが得意なバンコクのブリーダー達は、今まで見た事がないようなカラーリングを作出する事に関しては間違いなく世界一なんですが、事純系を維持するって言う話になると、完全に不向きって事のようですね~(苦笑)。ソリッド系もそうですが、表現形がビシッと決まっている品種に関しては、他の品種との交配結果は悪い方向にしか進んでいきません。また、一度崩してしまうとそこから以前のタイプを復元するのは至難の業です。ラベンダー・バタフライに関してはショーベタ、プラカット共に複数のお客様から逸品個体の仕入希望を頂戴しているのですが、胸を張ってお勧めできる個体にはまったくと言って良いほど出会えないのが現状です。
2010/03/13
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これはあまり友人や知人達にも知られていない事ですが、実は私は大の歴史好き・・・と言うより厳密には「日本の戦国時代マニア」です。自宅には、関連資料や歴史小説など物凄い量の蔵書が山積みになってまして、常日頃から家族の顰蹙を買っております(苦笑)。もちろん徳川家康や織田信長級の超大物にも興味がありますが、結構好きなのが「B級、C級クラスの小物武将達」でして、彼らのはかなくも懸命な生き様にひどく惹かれるものがあります。 もっとも、ただ純粋に戦国武将が好きなのではなく、「将来的には小説家として生計を立てて行きたいっ!」と言うスケベ根性も大きな要因の一つとなっております(笑)。一応、私の人生プランによると「歴史小説で名を売り、その後世界中を放浪しながら軽薄なエッセイを滞在各地で量産し、どこかの国の安ホテルで誰に見取られる事もなく没する」って言うのが理想型になってます。 若い頃にはもう少し夢があって、あくまでも「芥川賞作家」を目指してたんですけどね~。家族にも見せた事ありませんが、若かりし頃の駄作「烏賊釣り船」で某文学賞に応募した事も(当然落選)。でも、その後こうして年を経てくると「自分には純文学を書くだけの文才がない」事を痛感しました。原稿を書いている時に頭の中に浮かんでくるイメージを文章に表現するだけのボキャブラリーがないんです。頭の中のイメージをそのまま原稿用紙に表現できたら、間違いなく「芥川賞」なんですけどね(爆笑)。あっ、別に歴史小説を軽視してる訳じゃありませんからね。あくまでも、私の最終目的は「世界中を勝手気ままに放浪する事」な訳で、その為には市場性の低い純文学よりは、印税ガッポリの歴史小説って言う訳でして・・・ そんな「偏った歴史マニアで小説家志望(苦笑)」の私ですから、常日頃から暇な時は小説を書く準備をしています。まぁ、準備って言うよりかは習作ですけど。「さかなおやじのひとりごと」の本来の範疇からは大きく外れてしまいますが、時々は「さかなおやじの戦国史」みたいなものも披露して行きたいと思ったりしています。
2010/03/12
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もののついでって言う事で(笑)、この際だからオレンジ・マスタードガスも紹介しときましょう。まぁ、一応定義づけしておけば「ブルー系のボディにブルー&オレンジのヒレを持った品種」って言う事になります。もっとも、あくまでもブルーボディにブルー&イエローのヒレを持つ本家本元のマスタードガス由来の品種と言うだけで、この品種自体に「マスタード」な所はありません。 ちなみに、語源になった「マスタードガス」は、毒兵器の一種で、本来は無色・無臭なのが不純物を含むとからし色になる事(もしくはからしに似た臭気が名の由来と言う説もあり)から付けられた物で、なんでまたベタの品種名にこんな物騒で不愉快な名前付けたのか理解に苦しみます。ヒレのからし色を意味するなら、単純に「マスタード」にすればいいものを。実際にこの毒兵器で苦しんだ方が世の中に存在する事を考えると、できれば今からでも品種名の変更をすべきではないかと思います。ベタマニアの中には「マスタードガス」と「マスタード」と言う品種は別物と言う人がいますが、実際にはこの両者を明確に分ける境界線は存在しない為、厳密な区分は不可能です。その事を考え合わせれば、この手の品種全体を「マスタード」って言う呼び名に変えてしまっても構わない気もしています。 また、「マスタードガス」と言う品種は、同じ親から生まれてきた子供でも表現形は非常にバラエティに富んでいます。例えば、画像の個体の同腹の兄弟をブリーダーの所で見ていますが、ほとんどソリッド・ブルーのものからボディはブルーでヒレはほとんどオレンジ一色のバイカラー的な個体まで様々でした。そうなると販売する側としては困った物で、あくまでも両親の系統を考慮してすべての個体を「マスタードガス」として扱うのか、それとも見た目を重視して、ソリッド・ブルー、オレンジ・マスタードガス、ブルー&オレンジ・バイカラーって細分化して販売するのか悩ましい所です。私の所では、めんどくさいので(苦笑)基本的に全部マスタードガスで統一しちゃってますけど。一番簡単でなおかつ間違いないのは、すべての個体を「ブルー&オレンジ・マルチ」って言う名称にしちゃう事なんですけどね。「マルチ=多色」って事で、すべてをカバーしてくれます。
2010/03/12
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昨日、マスタードガスのバリエーションがもはや収拾がつかない所まできているって書きましたが、それを思い切り証明しているかのような個体が今日の画像のベタです。一つのベタの中に一体いくつの品種の血を導入してるんでしょう。ベースはマスタードガスですが、ヒレ先を見るとバタフライ、さらにボディを見ると・・・なんとこれはマーブルです。麻雀で言えば「数えのダブル役満」みたいなもんです(笑)。 さすがに、ここまでカラーリングにこだわっちゃうと体型やヒレの開きは二の次になってしまうようで、ショーベタとしてのクオリティは決して高いとはいえません。しかし、ここまでに作り上げる努力が、オーバーハーフムーンの個体を作出する労力に劣るとは少しも思いません。むしろ、難易度で言えばこちらの方が遥かに上を行くでしょう。 こう言った、筆舌に尽くしがたい逸品があるからバンコクでのベタ行脚はいつまでたってもあきがこないんだと思います。なんだか、バンコクは非常にきな臭い状況になりつつあるようで、諸外国の中には渡航自粛を決定した国も出始めたようです。なんとか平和裏に解決していただいて、来月もまた暖かく私を迎えて欲しいものです。
2010/03/11
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海外出張で間が開いてしまいましたが、シリーズを再開しましょう。今日紹介するのはマスタードガスです。ブルー系の基調色とヒレのイエローの対比が実に爽やかで、我が国でも非常に高い人気を誇るポピュラーな品種の一つです。まぁ、ブルーと一口に言ってもその色調はロイヤル、ターコイズ、スチール、マット、メタルグリーンとバラエティに富んでいる訳ですから、当然のごとくマスタードガスと言う品種も、その表現は千差万別です。更に、最近ではヒレにイエローの代わりにオレンジ系のカラーが入るタイプや、真紅のダルメシアンスポットを持つものまで登場しましたから、はっきり言ってもう収拾がつかない状態になっています。 まぁ、単純に観賞を楽しむのであればカラーバリエーションが豊富なのは大歓迎です。それこそ、自分の好みにピッタリの個体を探す楽しみがありますから。ただ、その系統の表現形をキープしながら累代飼育していくのはかなり苦労しそうです。元々ソリッド(単色)系と違い、見た目がそっくりのペアで繁殖させたからと言って、子供世代に金太郎飴状態で両親と同じ表現形の個体が出てくれるとは限らないマルチカラー系で、しかもバンコクではおそらく無差別に交配がなされていると考えて間違いないと思います。 バンコクのブリーダー達の多くは「系統維持よりも、見た目が美しくすぐに売り捌ける個体を量産したい」と言う考えですから、彼らの作った個体に固定度を求めるのは愚かって言う物でしょう。もっとも、私自身彼らに非常に近い考え方なのであまり違和感ないんですけどね(笑)。バンコク産やシンガポール産のベタの固定度を問題視するアクアリストは、それこそ自分で数年かけて系統確立すれば良いだけの話だと思います。 カラーバリエーションが豊富なマスタードガスですが、やはりバンコクでも流行廃りはあるようで、最近ではロイヤルブルー系の系統は本当に見掛けなくなってしまいました。その代わりに、鱗がキラキラとメタリックグリーンに光り輝くタイプが急増しているように感じます。また、まだ完全なパターンを持ってはいませんがヒレ先がバタフライバンドになっている個体も結構良く見掛けます。ただどうした事か、マスタードガス・バタフライってボディのブルーの発色が薄い気がします。
2010/03/10
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ソリッド(単色)系といえば、もう一つ忘れてはならないのがイエローです。かつてはイエローと言うと、やや肌色味を帯びた感じであまり良いイメージを持っていない方もいらっしゃるのではないでしょうか。確かに、以前のタイプは華やかさに欠けましたし、体色が薄い事もあって体内の血管が透けて見えると事があると言う実に嫌な(苦笑)特徴を持っていました。最近ではまったく見かけなくなりましたが、昔は食用の鶏卵を割ると稀に受精卵らしく黄身の上を血管が発達しつつある実に不気味な奴があり、子供達の食欲減退に一役買ってくれてましたが、それと同じような見ためって言う訳です。 さらに日本人は、ベタの体色に限らずイエローと言うカラーをあまり好まない民族であると言うデータもあるように、古典的な品種であるにもかかわらず我が国ではソリッド・イエローの人気は高い物とは言いがたい様です。所が、お国が変われば好みも変わるって訳で、前から何回も紹介しているように、華僑の方々を中心にアジアの他の国のアクアリストたちはイエローと言うカラーが大好きです。なんでも、風水学的に金運を招く色なんだそうです。そんな訳で、バンコクでもイエロー系はかなり盛んに作出されています。当然、そのカラーリングも日々改良されている訳でして、かつてのような肌色っぽいタイプは影を潜め、よりビビッドな色調の個体が多く出回るようになっています。山吹色の個体からレモンイエローのタイプまで、最近ではそのカラーバリエーションは非常に豊富になっています。 ちなみに、ソリッド・イエローの場合ヒレは透明度が高く向こうが透けてボンヤリ見える様な個体が多いのですが、ボディに関しては透明って言う訳にも行きませんので(笑)、厳密に言うと外見上ヒレとボディの色調が異なるバイカラーと言う事も出来そうです。しかし、改良ベタの世界では、そんな事言ってるとソリッド・イエロー自体がこの世の中に存在しなくなっちゃう為、今日の画像のような個体でも立派にソリッド・イエローで世の中に通用する事になっています。 ただ、最近になってイエロー・ドラゴンやカッパー&ゴールド・マルチなどより金色(風水学的により金運を招くらしい)の品種が作出されて人気を博している為、生産の中心はそちらにシフトしつつあるようです。
2010/03/02
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さて本日は我が国のショーベタ界で長年人気スターの座をキープしているオペック・ホワイトの登場です。本来はソリッド・ホワイトと言いたい所ですが、おなじソリッドカラー(単色)と言っても、白にもカラーバリエーションがあり、人気品種だけに細分化されています。その辺りはブルー系と同じですね。 まず、表題のオペックと言うのは、我々が通常イメージする水彩絵の具の白に最も近いタイプです。これが、やや青味がかったりグリーンを帯びているとパステル・ホワイトと呼びます。また、最近では絹の様な光沢を持つシルキー・ホワイトも良く見かけるようになってきました。 このうちパステル・ホワイトは元々がパステル・マルチから出来ただけにヒレやボディに何らかのパステルカラーが残ってしまう事が大部分です。個人的には幻想的で好きな品種なのですが、コンテストレベルで考えるとオペックの方が上に評価される事が多いようです。シルキー・ホワイトはキラキラと純白のウエディングドレスのように輝き本当にきれいなのですが、惜しむらくはヒレ先がクリア(透明)に抜けてしまう事が多いようです。 それと、クリームホワイトの個体もたまに見かけますが、こちらはカンボジア系の色抜けなのでほとんど評価されません。クリームホワイトの場合、メラニン欠乏の為ヒレには色が乗らず完全にクリアになるので、この事も観賞価値を低くしています。まぁ、無理して作出する必要はない系統ですが、どうしても得たい場合はブルーが少なく白がちのブルー&ホワイト・マーブルどうしでペアリングすれば、かなり大量のクリームホワイトを得る事が出来ます(笑)。 日本人に特に愛されるオペック・ホワイトですが、一つだけ困った特徴を持っています。基本的にオペックはクリームホワイトの地色に上から粉砂糖を振掛けたみたいなもんです。この粉砂糖が、よせばいいのに目玉にも降りかかっちゃう事があるんですよね~。こうなると、眼球が白銀色に染まって、完全にホラーな雰囲気になります(苦笑)。個人的に、このパターンは物凄く大嫌いなので、バンコクでいくらヒレの形状や体型が良くても眼球が白濁した個体は仕入れないのですが、なんとコイツは後から徐々に出現したりするんですよね。ちょうどホラー映画で、はじめは普通の人間に見えた登場人物が、徐々にあっちの世界に行っちゃうみたいなもんです(涙)。まったく、困ったもんですわ。
2010/03/01
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