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昨日の夕方、突然パソコンが壊れてしまいました。買ってからまだ4年3か月しか経ってないのです。結構値段は高かったんですけどねえ。数か月前から、画面が揺れ出していました。どうやら接触不良があったようです。それに時々おかしな現象も起きていました。バッテリーも弱っていたようです。さて、困った。「ブログ命」の私にとって、パソコンが使えないのは一大事です。 困り果てた私は、近所の電気屋さんに相談しました。私のパソコンは、その店から買ったものでした。今日になって代わりに貸してくれたのがこれ。古くて小さくて、使い勝手が悪く、まだ写真も載せられません。これまでのパソコンにしまっていた大量の写真は当然使えず、新しく始まったシリーズを継続するのは無理です。 今日はしばしパソコン無し、テレビも点けずの時間を過ごしました。静かなひと時でした。パソコンとテレビからの放熱もないため、室内はいつもより涼しく、風も感じることが出来ました。時間が経つのがとてもゆっくりで、一日が長く感じました。ようやく代用のパソコンが届いたものの、いつもと様子が違います。しばらくは不便な日が続きそうです。 今日は高校軟式野球大会の準決勝戦にようやく決着がついたようです。岐阜の中京高校と広島の崇徳高校の戦いは、初日が延長15回まで行って0対0のまま。第2日目が延長30回目まで行ってまだ0対0。3日目も延長45回で両チームが無得点のまま。2人のピッチャーの投球数は600球に達したようです。今日は4度目で46回から始まり、50回でついに中京が3点を取ってゲームに決着をつけました。 その後勝った中京高校は、引き続き決勝戦に臨んだようです。その結果はなんと驚くなかれ、連日の疲れをものともせずに、中京高校が神奈川の三浦学園を2対0で破って優勝。凄まじい精神力、そして驚くべき忍耐力に言葉もありません。私のパソコンが故障したことなど、小さな小さな出来事に過ぎません。でも、この不便さが少しずつ解消すると嬉しいな。今はそれが私の願いです。
2014.08.31
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sumimasenn.mokka paso-konn ga koshou desu.
2014.08.31
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「本質的に俺は探検家なのだ」。そう言い残して男は森へ向かった。きっと昏い森には、祖先達が暮らした痕跡があるのかも知れない。 森を抜けて、男はどこへ行くのだろう。<続く>
2014.08.30
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理研が発生・再生科学総合研究センター(CDB)の改革案を発表した。CDBの規模を現在の半分ほどに縮小すること。管理職を減らし、部門を再編成すること。組織内の意見交換を容易にすることなどである。竹市センター長は退任し、ユニットリーダーも廃止される。自殺した笹井氏が中心となって推進していた新事業も、内容と規模などを見直すようだ。 一方、STAP細胞検証実験の中間報告が出され、4カ月間で細胞の再現は確認されなかったと発表された。また取り下げた論文に新たな疑義が存在するとして、近く再調査を行う由。私には笹井氏が全てを知っていたように思う。知っていながら最後まで細胞があるかのように装い、小保方さんを庇っていたように思えてならない。この闇はとてつもなく深く、日本の科学界に禍根を残した事件と言えよう。 過日、朝日新聞社が慰安婦問題を誤報だったと報じた時、私はとても厭な気分になった。誤報なのはとっくに分かっていたこと。朝日新聞はそれを32年間、いかにも真実であるごとく報道し続けていたのだ。私が暗い気持ちになったのは、誤報を伝える記事に全く反省の色が無く、開き直って論理的とは言えない弁解を繰り返していたからだ。戦時中はもっとも軍部に協力した同社が、戦後は一変して「民主的」になった。 この問題に関する同社の責任はとてつもなく大きい。「河野談話」の引き金となり、韓国が我が国を責める根拠となり、国際社会が日本の野蛮性を認知する原因となったからだ。特に根拠のない「慰安婦像」が建てられ、日系人が責任を問われているアメリカでは、子供達が謂れのない迫害すら受けていると言う。 同社の代表を国会で喚問する動きもある。本来は世界に対してこれまでの報道は誤報だったと各国語で訴えるべきだが、HPに英文の記事を載せただけでお茶を濁した。一体何人がそれを読むと言うのだろう。 24歳の日本人男性が、自分の精子を使ってタイで代理出産を依頼し、17人もの子供を作ったとのニュースには驚いた。タイ以外の国でも、同様に代理出産で産ませた子供がいるそうだ。DNA鑑定の結果、実子であることが判明している。 またタイでは、親権を巡って裁判になってるケースが何件かあるそうで、この男は「子供は不倫の結果生まれ、相手が育児を放棄した」と主張している由。世の中にはとんでもない男がいる。果たしてこんなことが許されて良いのだろうか。 シリアに侵入し、「イスラム国」に捕まった日本人の行動も解せない。職業は「民間軍事業」とのことだが、そんな実績はない。民族と宗教が対立する紛争地に、護身用とは言え銃を持って侵入したらどうなるか明白なのに、この男に危機感はなかったのだろうか。妻に先立たれて悲観し、自らの男性器を切断し、本名も女性的な名前に改名したそうだが、とても正常な精神状態とは言えないだろう。金曜日は「イスラム国」の公開処刑日。迷惑者の運命は一体どうなるのか。 ガザ地区のパレスチナ人組織のハマスとイスラエル政府間の無期限停戦が合意されたようだ。だが、その停戦合意は、これまで何度も破られている。今度の騒動の原因は2人の子供が殺されたこと。それが1200人以上ものパレスチナ人の殺戮につながった。イスラエル政府は理は自国にあるとし、アメリカもいつも通りこれを支持している。 ガザ地区は過去の中東戦争で勝利したイスラエルが、エジプトから割譲させた土地。そこにパレスチナの避難民を閉じ込めた。高い塀で囲い、脱出出来ない彼らに砲撃を加えるイスラエル。今回は避難所として指定された学校にロケット砲を打ち込み、多数の子供達が死んだ。民族と宗教の深い対立は、一向に治まる気配はない。憎しみが新たな憎しみを生む。憎悪の連鎖は永劫に続くのだろうか。 ウクライナとロシア首脳による協議が持たれた。ウクライナ東部の戦闘に関する協議だ。ロシアが突然クリミア半島を奪ってからこの紛争が始まっている。その動きに東部ウクライナのロシア系住民が呼応し、上空を通過中のマレーシア機が撃墜された。その後ろ盾になったロシアに対し、ウクライナを支持する欧米諸国が制裁措置を取った。日本もその一員だ。対抗策としてロシアはウクライナを通過するヨーロッパ向けの天然ガスをストップさせた。 今、ロシアの経済活動はかなり低下し、大きな影響が出ているようだ。だが復讐に燃えるプーチンは、ウクライナ領内にロシア兵を送り込んだ。戦闘が一進一退を続けているのはそのせいだ。両国首脳の協議によって、事態は収拾するのだろうか。私にはそのようには思えない。民族同士の対立は、とてつもなく根深いものがあるからだ。どこまでこの泥濘が続くのか。そしてどれだけの血が流されるのか。 中国と韓国がほんの少しだが軟化して来たようだ。両国は一致して我が国を責め続けて来た。一方は尖閣諸島の領有権問題で、そしてもう一方は慰安婦問題で。だが両国とも今、経済界が大揺れになっている。中国は長年のバブルが弾ける危険な時期に差し掛かった。中国政府から目の敵にされた外国企業。その影響もあって、外国資本が中国から手を引き始めた。我が国からの投資も半分近くまで急落。中国経済にも大きな影響が出始め、ようやく慌て出したようだ。 財閥中心の韓国経済はもっと悲惨だ。「日本叩き」を続けているうちにウォン高円安も手伝って、経済力は一気に落ちた。こちらは知日派の大使を新たに発令し、日本へ派遣した。中国とは軍のOB同士(日本は自衛隊)での協議が持たれ、軍事危機に関して意見交換された。中国も韓国も自国中心の論理がまかり通る国。これまでは国内の反応ばかり気にしていたのだ。北朝鮮も含め、3国との前途は遥かに厳しい。暗雲が晴れるのは、かなり遠そうだ。
2014.08.29
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赤い線の内側が国府多賀城の範囲。地形に起伏があるため歪(いびつ)ではあるが、広さは方8町で約74万平米。標高60mの丘の頂上、つまり枠のほぼ中央に政庁が置かれていた。防備のための西門と東門があり、登城用の南門から政庁までは、直線の石段が築かれていた。国府の周囲は築地塀で囲まれ、湿地に面したわずかな部分は柵が設けられていた。 昨日は発掘調査が戦前から始まったと書いたが、戦前から始めた発掘は多賀城の瓦を焼いた利府村(現在の利府町)の遺跡であり、多賀城の学術的な調査が始まったのは昭和35年(1960年)で、第1次発掘調査の開始は昭和38年(1963年)であり訂正したい。なお発掘早々に重要な歴史遺産であることが確認され、昭和41年(1966年)に国の特別史跡に指定されている。 これは政庁前の石畳である。 これは政庁の基壇。政庁の建物の変遷は4期ある。つまり3度建て直されたことになる。現在再現しているのは、第2期の基壇。これも3年前の「東日本大震災」で被害を受け、補修してある。 政庁の建物の基礎となった礎石である。最初の建物は蝦夷出身の伊治砦麻呂(これはりのあざまろ)の反乱で焼け落ちた。それは発掘調査で焼けた瓦などが出土したことで証明されている。 政庁跡に立つ標識。少し古い時代のもので、この政庁部分だけを多賀城と認識していたのかも知れない。 政庁前に設置された金属製の模型。建物は第2期のものだろう。色彩は昨日の2番目の写真を参照されたい。 政庁のある丘から下りて、南門跡方面を見たところ。この前方下部に第87次発掘調査の現場がある。この後、私と妻は、ここから約1km東方にある、国府多賀城の付属寺院「多賀城廃寺跡」へと歩いて向かった。 <参考資料1:多賀城廃寺復元図> 私が最初にここを訪れた50年前は、地名を採って「高崎廃寺」と呼ばれていた。その後、多賀城付近から「観音」と墨書された皿が発見されたことから、この寺は多賀城の付属寺院と考えられるようになった。九州の太宰府の付属寺院の名称は「観世音寺」。多賀城も同じような役割を持つ政庁であるため付属寺院があったと推定され、それ以降名称を「多賀城廃寺」に改めたのだ。恐らく正式名称は「観世音寺」だろうが、まだ確証はない。 多賀城成立以前も大和朝廷の「前進基地」があった。仙台市太白区の郡山遺跡から出土した郡山官衙(かんが:公の建物のこと)がそれだ。数次の発掘調査により、郡山官衙が多賀城以前の国府だと考えられた。そしてここにも付属寺院が置かれたことが判明している。 また郡山遺跡から西へ2kmほど離れた大野田遺跡からは、官衙の防備に当たった兵士の「隼人の盾」の痕跡が見つかっている。革製の盾は既に腐って存在しないが、紋様が土に転写していたのである。 五重塔遺構。多賀城の丘からも見える立派な塔は、恐らく蝦夷の肝を冷やしたに相違ない。国家が建てた寺も神社も、国府多賀城を精神的に防備する砦として、蝦夷の従属に貢献したのである。 五重塔心礎。この石の上に塔の中心部があった。 金堂遺構。 金堂礎石。この石を土台として金堂を建てた。 多賀城廃寺境内に立つ石塔。 多賀城廃寺の隣にある多賀神社。ここに政庁を置くことが決まってから、近江国の多賀大社の祭神を勧請したのだろう。「多賀城」の名は、この多賀神社から来てるのは相違ない。そして多賀城市の名称の起源にもなった。 前述の郡山遺跡と大野田遺跡(仙台市太白区)の西方にも多賀神社がある。これも国府の鎮護と無関係ではないだろう。名取郡に2社しかない式内社の1つであることを思うと、そう考えざるを得ない。古代東北鎮護のため、わざわざ神が近江国から「出張」して来たのである。 多賀神社本殿。この後私と妻は東北歴史博物館へ向かった。私は同館で開催中の特別展『日本発掘』を観覧し、その間、妻は博物館の外で絵を描きながら私を待っていた。 妻と妻が描いた水彩画 水彩画の対象となった今野家住宅。北上川の河口付近にあった旧家を、博物館の敷地内に移築したもの。<完>
2014.08.28
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6月下旬のある日、私は妻と「多賀城跡あやめ園」へ行った。咲き誇る300万本ものアヤメを見るためだった。500種類ほどのアヤメはさすがに見応えがあった。そして、その後に訪れたのが国府多賀城だった。 ここは大宰府と並ぶ、古代日本の政庁。大宰府が九州の鎮護と大陸や朝鮮半島への備えであるのに対し、多賀城は東北の蝦夷(えみし)に対する備えであり、北辺の政治の中心地であった。 これが国府多賀城の中心となる政庁が置かれた丘の全景。蝦夷の襲撃に備えるため、丘全体が柵や塀で囲まれていたのだ。 <参考資料1:政庁復元模型> 多賀城は神亀元年(724年)大野東人によって創建され、奈良時代から平安時代にかけて陸奥国府が置かれたところ。奈良時代には蝦夷に対する備えとして鎮守府の機能も兼ねていた。これはその中心となる政庁の復元模型。11世紀半ばに終焉を迎えるまで、古代東北地方の政治、軍事の中心地としての役割を果たした。 <参考資料2:東山道官道駅家図> 古代東北に置かれた陸奥国(後に出羽国が分離)には、東山道から続く広い官道が敷かれ、約18kmごとに駅家が置かれた。官道は都から人や文化を運び、朝廷の命令を伝えた。蝦夷を征伐しながら官道は北へと延びて行き、逆にこの道を通って東北の産物が徴税として都へと運ばれたのである。多賀城はまさに開拓と中央国家の前進基地だった。 <参考資料3:国府多賀城及び街路図> 中央の丘の頂上には政庁が置かれ、これを防御するため丘を取り囲むように柵や塀が張り巡らされていた。多賀城で執務する官人の私邸は城の外部にあり、地形に沿って街路が整備されていた。この城を東に向かえば多賀城を守る奥州一宮である塩竃神社があり、塩竃の港があった。また南側を流れる冠川(現在の七北田川)は、川幅を広げ多賀城まで舟による運送が可能だった。陸路だけでなく海路も重要な交通手段だったのだ。 第87次多賀城発掘調査の案内図である。ここでは戦前から継続して発掘調査が行われ、その都度調査報告書が発行されている。これまでの調査結果によって、多賀城の創立時期や機能、規模、官人の暮らしぶりなどが解明されている。 多賀城南門付近の発掘現場1 多賀城南門付近の発掘現場2 <参考資料4:多賀城南門復元図> これは当時の南門の復元想定図。今回は単なる発掘調査と異なり、この南門を復元再建するためのものである。 政庁への石段登り口の発掘現場 <参考資料5:これまでに発掘された人面壺1> <参考資料6:同人面壺2> <参考資料7:発掘された漆紙文書> 壺の中の漆が乾燥しないよう、使用済みの紙でふたをしたもの。その紙に漆がしみ込んだため、後世まで残った。発掘当時は我が国で最も古い漆紙文書だったが、その後他県でさらに古いものが発掘されたと記憶している。 壺の碑(つぼのいしぶみ)。多賀城創建の由来や、再建修復の由来を刻んでいる。歌枕としても有名で、芭蕉もここを訪れている。土中からこの石碑が発見されたのは江戸時代。古い文献に載ってないことや、使用されない文字があることから、長らく偽物だと考えられて来た。その後の研究により、当時の中国の様式に従って製作されたものであることが判明。天平宝字6年(762年)12月1日に創建。 <参考資料8:壺の碑の拓本> 多賀城創建の由来の他、平城京から多賀城までの距離、他国(外国も含む)からの距離などが刻まれている。高さ248cm、最大幅103cmの花崗岩質砂岩で出来ている。多賀城南門付近に西を向いて立てられており、国の重要文化財に指定。石碑を保護するため、現在は覆屋の中にあり、直接手を触れることは出来ない。当時の史料には全く出ておらず、多賀城と古代東北の解明のため重要な手掛かりとなる歴史資料。 「史跡国府多賀城」標識。政庁への石段横に立つ。 南門から政庁へ向かう石段。ここから政庁の華麗な建物を見上げた蝦夷は中央国家の威厳を感じ、恐らくは威圧されたに違いない。 同石段上部。 <明日に続く>
2014.08.27
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喉仏のすぐ上の辺りが痛い。グリグリが出来て赤くなっている。痒みもあって、まるでダニにでも刺されたような痛み。最近藪に入ったことはないが、近所のワンコに触ったことはある。でも、まさかねえ。夜中に目覚めた時に触ると、グリグリが少し小さくなっていた。ああ良かった。 右足の脹脛も痛い。こちらは寝ている時にあった激烈な「こむら返り」が原因。最近こんなことが起きると、「俺も歳だ」と思ってしまう。きっと体だけでなく、心の老化も進んでいるのだろう。 甲子園での戦いがついに終わった。夏の高校野球決勝は、大阪桐蔭が4対3で三重高校を下した。先行したのは三重。王者桐蔭に怯むことなく立ち向かい、2点を先取。一時は勝利の光も見えたのだが、追い着かれ、追い越された。敗因はスクイズの失敗だろう。あそこで追加点を取っていたら、どう転ぶか分からなかった。だが、予想に反しての善戦。両校とも決勝戦に相応しい、見事な試合運びだった。これで今年の夏も終わったね。 ブログにも出会いと別れがある。1年ほど前のこと、私のブログを「お気に入り」に登録してくれた方があった。早速伺うと、相手は若いランナー。そのブログには、「なぜ楽天ブログはアクセス数が増えないのだろう」と書かれていた。答えは簡単。真面目だが、読んでいてちっとも面白くないのだ。走友会に入って仲間と出会えば人間の幅も、ランナーとしての経験も増えるのになあ。そう思いつつ、静かに退散した。 「詩を教えてください」。そうコメントされて困ったことがある。その方は毎日詩を書いている。一方の私は既に「現役」を退いた。それに詩を教えることは人生そのものを教えること。私にそんな大役はとても務まらないのだ。 せめてもにと、「クチコミテーマ」の使い方について記した。詩を書く仲間が訪れたら、新しい交流も出来るだろうと考えてのことだが、その後も「クチコミ」を使う気配はなかった。こちらも静かに退散した。 あることにとても詳しい方が、私のブログにコメントをくれた。それに反論すると即座に2番目のコメントが入り、それにも異論を唱えると、「だから私は嫌われ者だ」と書いて来た。勿論私はそんなことを一言も書いてはいない。 私達一般市民は研究者ではない。だからいくら詳しい分野でも、判断ミスはある。私はそう思っているのだが、どうやらその方はそう考えてなかったようだ。姿が見えないネットの世界では、こんなすれ違いが時々起きる。 ある方のブログに書き込みをしたら、返事がなかった。それから数カ月経った頃、別の方のブログを何気なく見たら、かつて私が書いたことについて愚痴をこぼしていた。どうやら私の真意を曲解し、他の方に「告げ口」したようだ。その後2人のブログを訪れてはいない。 ただ、かつて「お気に入り」に登録したため、相手のブログが更新されれば自動的にその情報が入る。これもシステム上避けられないこと。神ならぬ身の人間が書くブログに誤解はつきもの。そう考えれば「出会い」と「別れ」は必然なのかも知れない。 最近は更新されないままのブログも目立つ。少し前まで各地のレースを転戦した走友達も、きっと歳を取って走れなくなったのだろう。私は走れなくなってもブログテーマに困ることはないが、趣味の幅が狭まるとブログの発信力が急激に衰える。 あれほど「言葉」に煩かった方が、最近は意味不明のことを書かれることがある。老化は自分ではなかなか気づかないもの。だからよほど注意していないと、いつしかブログも魅力を失ってしまうのではないか。 5年もの間ずっとコメントを書いていたのに、一度も来てくれなかった方がいた。ウルトラマラソンを走っていた私は結構辛抱強い方だが、それ以降諦めて読むだけになった。相手は楽天ブログでなかったため仕方なかったのかも知れない。 ところが同じブログで1カ月連続でコメントしても訪れてくれなかった方も。ある時、たまたま別な方のブログに毎日コメントしてるのを見つけてビックリ仰天。ほほう、この人は自分が好きなブログにだけはコメントを書くんだねえ。すっかり呆れ果てた私だった。 ある方からランキングへの「応援」を求められ、丁重にお断りした。つい最近のことだ。その方は既に200万アクセスを遥かに突破されている。だが文章と写真は過去のものを何度も使い回しされているみたいだ。 誰しも老化は防げず病気にもなる。だが、ブログは「等身大」の自分を見せる場。私はそう信じ、敢えて自分の老醜を曝している。たかがブログ、されどブログ。ブログは人間修業の場。ランキングなど争って一体何になる。私のそんな思いが、果たして相手に伝わったかどうか。
2014.08.26
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妻が乗鞍岳登山から帰宅する夜、玄関の上がりかまちにバスタオルと雑巾を置いて先に眠った。翌日の朝に妻と話したら、帰宅したのは11時前で、幸い雨は降ってなかった由。心配していた現地の天候も悪くなく、登山を楽しめたそうだ。唯一の失敗は、折角携帯で撮った高山植物の写真を、間違って消去してしまった由。ともかく無事で良かった。その妻が日曜日には絵の仲間と一緒に、山形へ写生旅行へ出かけた。今回は帰路、豪雨に遭ったみたいだ。 妻の留守中、いつも通りに自家製ヨーグルトを作った。畑仕事もかなり進んだ。キュウリ、モロッコインゲンの処理に続いて、昨日は思い切ってトマト、ゴーヤ、ナスを処分した。ナスとゴーヤは勢いが落ちて収穫が望めなくなったためで、トマトは5段目以上の実を、ヒヨドリが啄んでしまうためだ。 1個を最後まで食べるのならまだしも、赤くなったものを次々に食べ散らかすのが悔しい。結局薄く色づいた実やまだ青いままのものを、50個ほど収穫。これも味は拙いが、やがて食べられるようになる。耕し終えた畝に牛糞、鶏糞、石灰を散布。夕方は物凄い雷雨となった。今日は秋冬野菜の種蒔きが出来そうだ。 過ぎた話だが、お盆の時に妻がおはぎを作った。餡子、黄粉、胡麻、ずんだ(茹でた枝豆を潰したもの)の4種。それを持って墓参りに行く途中、同じ走友会のO川さんに出逢った。雨の中を元気良く走っていた彼。一方私は、ここ10日ほど走れていない。心臓の調子も良くなかったが、色々と用事があったからだ。まあ、走れるのも良し。走れないのもまた良し。そう思うことにしよう。 暫く前のこと、近所のM公園を走っている時に、桜の木の下で何かを探している人がいた。不思議に思って話を聞くと、外国人の男性が日本語で答えてくれた。使っていた道具は金属探知機で、土中のコインを探している由。だが、袋から取り出して見せてくれたのは、幾つものビールの王冠。かつて桜の木の下で、花見をした時に飲んだ瓶ビールのものだろう。世の中には変わった人がいるもんだ。そのうち本物のコインを探し当てられると良いのだが。 7月に観た唯一の映画が『超高速♪参勤交代』。参勤交代で帰国したばかりの湯長谷藩に、5日以内に江戸城へ登城せよとのお達しが届く。藩を取り潰そうとする老中の陰謀だ。藩主(佐々木蔵之介)が、知恵を絞って任務を完遂するのだが、その策が実に奇抜。一時は裏切ろうとした盗賊(伊原剛志)も考え直して弱小藩を助け、最後は宿場の女郎(深田恭子)が殿の側室に治まる。老中の悪だくみも露見。ともかく痛快な映画で、心の底から笑えた。 妻の留守中に観た映画の1つが『マレフィセント』。眠り姫を眠らせた魔女の童話が原作だが、さすがはディズニーの話題作だけあって映像の美しさが半端じゃない。絶世の美女アンジェリーナ・ジョリーが扮した魔女の尖った頬が印象的。慾深い王が領地を巡って魔法の国と対決するのだが、最後は魔女の改心でオーロラ姫が眠りから目覚め、両国は一つになる。真実の愛は、何も異性から与えられるとは限らない。『アナと雪の女王』とも共通するモチーフだった。 「裏切らない」映画の3つ目がハリウッド版『ゴジラ』。私はかつて60本以上製作された日本版ゴジラを一度も観たことがない。今回は外国人の目で捕えたゴジラに興味を持った。放射性物質を餌にして成長したゴキブリ型の雌雄の怪獣と、ライバルのゴジラとの壮絶な戦いに肝を冷やした。ともかく破壊シーンが凄い。CGにしても、あんな場面をどうやって撮影しているのか不思議。人間の「味方」として戦ったゴジラの活躍に興奮。国際派俳優の渡辺謙が好演。 甲子園での高校球児の熱い戦いも、私達の期待を決して裏切らなかった。昨日の準決勝戦。投打のバランスが良い三重が、けれん味のない日本文理を5-0で破った。王者の貫録の大阪桐蔭と破壊力抜群の敦賀気比との戦いは、まさにノーガードでの殴り合いそのもの。結果は15-9で桐蔭が勝利し、日本海側の2校は姿を消した。大阪と三重による決勝戦は、過去大阪が7勝1敗とか。全国の頂点に立つのは果たしてどちらか注目だ。頑張れ、両校の球児達!!
2014.08.25
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さて、私にとってこの夏の最大のイベントは「薬莱山とお足マラニック」でしょうか。これはウルトラマラソン愛好者の合同練習会ですが、長距離を走れなくなった私は3年連続でマウンテンバイクでの参加となりました。 不整脈があり、ドクターに手術を勧められている私には往復110kmの旅は冒険でしたが、仲間の走る姿見たさと、私自身のトレーニングのため、最終的に参加を決断したのです。当日は午後から雨の予報。最高気温もさほど上がらず、途中小雨に遭って低体温と戦いながらの旅でした。 往路32km地点のコンビニ前。(大衡村)5時に自宅を出発し、3時スタートで走った走友会会の仲間と、ようやくここで出会えました。 往路52km地点の薬莱山神社里宮にて。(加美町)国道から入ったこの神社が私は大好きで、今回も立ち寄って見たのです。 往路54地点にある水沼橋のカモシカ像。(加美町)深い谷川に架かる橋の上にあるこの彫刻は、一風変わった雰囲気です。ここまで来たらゴールは間もなくですが、最後にきつい登り坂が待っています。 橋の上の愛車。(同)往復110kmを共に旅した私の相棒です。 坂の途中のクリ。(同)山では秋が近づいていました。 坂の途中のススキ。(同) 坂の途中のツキミソウ。(オオマツヨイグサ) 55km地点にあるゴールの薬莱山薬師の湯。(同)9時40分到着。ここでK藤さんが手を振って待っててくれました。所要時間は4時間40分。ここで40分休憩します。今回もゴールに到着するまでの間、一生懸命に走る多くの走友達の姿を見られて嬉しかったです。 薬師の湯の露天風呂です。ここで冷え切った体を温め、着替えをしました。走友達は入浴後懇親会があるのですが、マウンテンバイクの私は雨の心配があるため参加せず、直ぐに帰途に着きました。 復路59km地点の国道で。(加美町)古川組のT田さん(左)、私、S木さん(右)。いつも元気をありがとうね~!! 復路66km地点。(色麻町) 雨後の川が氾濫し、雑草が乱れています。 復路83km地点の七つ森。(富谷町)七つ森は大和町の特徴ある里山。往路は雲に隠れて見えなかったのですが、復路はようやく顔を出してくれました。途中でラーメンを食べ、自宅に着いたのは3時ちょうど。往復10時間のマウンテンバイクによる冒険旅行。これで11回連続での参加となりました。うち8回はランでの参加です。
2014.08.24
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あれだけ暑かった夏も、東北の仙台ではそろそろ涼しくなる頃です。夜の庭では、エンマコオロギが鳴いています。昨日の甲子園では、応援していたチームが全部負けてしまいました。残ったチームは4校。そして優勝まで、残り試合は後2つですね。 今日は過ぎ去った今年の夏の思い出がテーマです。と言うよりも、載せられなかった写真を今ごろになって載せようと言う魂胆なのですが。そんな訳で、今日は載せそびれた「仙台七夕」の写真です。 これらの吹き流しは8月6日に、仙台市内の一番町や中央通りで撮ったものです。恐らく竹1本分の飾りは150万円を越えるでしょう。でも来年はまた別な物を新しく作ります。大量の竹は、小さく切られて中に灯明を飾るイベントに使われたりするようです。また、昔ながらの素朴な七夕を飾る町内も、まだ幾つか残っています。 季節外れの仙台七夕はいかがだったでしょうか。最後に、東日本大震災で亡くなられた方のために作られた「虹色の吹き流し」を再掲しますね。併せて、豪雨による土砂崩れで亡くなられた広島の方々に、心から哀悼の意を表します。
2014.08.23
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朝起きたら妻の姿が見えない。どうやら予定通り乗鞍岳への登山ツアーへ行ったようだ。先日まで岐阜県高山市では大雨が続き、3人の登山客が増水した沢水に流されている。今は安定したので大丈夫なはず。それに妻が参加したのは安全な初心者用のコースだ。皮肉なもので、すのこを片づけた途端の猛暑復活。今季初の猛暑日と熱帯夜で深夜目覚め、ブログ更新後二度寝した私だった。 妻がいない朝も、やることは普段同様だ。先ず玄関と外を掃除し、家庭菜園の野菜を収穫。そして洗濯物をベランダに干す。食卓には稲荷寿司が用意されていた。冷蔵庫からキュウリの古漬け、ゴーヤの佃煮、そしてミニトマトを出す。それらは全部私が育てた野菜ばかり。芋がらを水で戻し、ミョウガと豆腐を刻んで味噌汁を作る。残った汁も後で飲む。これは塩分補給にちょうど良く、捨てるのは勿体ない。 この朝もゴーヤジュースを作った。材料は完熟ゴーヤ3本程度と果物少々。それに牛乳と缶コーヒーの残りも。果物は適当で良く、この日は桃を半分入れた。苦味もなく、食物繊維たっぷりのゴーヤジュースは、水分補給にも腸の機能調整にも役立つ。毒々しい赤い種も捨てない。周囲のヌルヌルした部分にほんのりとした甘さがあり、食べられるからだ。もちろん中心の堅い部分は捨てるけどね。 楽しみにしていた筑波時代の悪友達との麻雀大会はキャンセルした。今年は箱根開催との案内が来たが、翌週私の古稀を祝う家族会が大阪であるためだ。宿と足の手配は四国の長女が手配済みだが、仙台~東京間は私の担当。行くのはUSJと海遊館。そして次男のリクエストで京都の貴船神社を予定。経費は妻と私が負担することになるはず。2人の孫と7年ぶりに会えるのが楽しみだ。果たしてあの後、どれだけ成長しているのか。 他にも旅の予定がある。10月初めは妻と長野、群馬、埼玉方面へ向かう。「大人の休日倶楽部」のフリーパスだが、宿泊は安い温泉宿を自分で手配した。小布施、榛名湖、そして川越の古い街並みを巡る予定。最終日は東京で2人の息子に会うも良し、博物館や美術館巡りになれば、それもまた良しだ。 11月は再び妻と奈良へ。初日は明日香村をレンタサイクルで巡り、2日目は山野辺の道を終日歩く予定。3日目はまだ決めていないが、多分古墳を巡る旅になるだろう。往復共夜行の長距離バスを使う予定なので、こちらは体力勝負のタフな旅になるはずだ。 さて、猛暑の中で畑仕事をしている。勢いが衰えたモロッコインゲンとキュウリは処分し、その後を耕して白菜、大根、春菊の種を蒔いた。少し古い種で発芽率は下がるが、特に支障はない。種も高いので、捨てるのは勿体ないのだ。その分、朝夕の散水が欠かせない。この日はKさんの車に便乗して堆肥を買いに行った。発酵鶏糞2袋に発酵牛糞が1袋。合計で50kgにはなるだろう。白菜には大量の窒素分が必要。今日はミニトマト2本を処理の予定。 堆肥購入後は、自転車で映画館へ。妻の留守中、こんな楽しみくらいは許されて良いはず。観たのは『マレフィセント』。オーロラ姫を永遠の眠りに落とす呪いをかけた魔女の話だ。今話題のディズニー作品だが、これがなかなか秀逸で、童話やアニメをイメージしていたのが完全に覆えさせられた。内容はいずれ改めて紹介したい。今日は『ゴジラ』を観る予定。これも洋画だが、どんな風にアレンジされているか楽しみ。 映画を観た後、街へ向かった。先ずは銀行でお金を下ろし、次に駅で切符を購入。今日は甲子園の高校野球やランニングの話も書く予定だったのだが、この辺で筆を置く。実は更新寸前に2度、突然消滅した。これ以上書いて3度目の消滅となるのが怖い。楽天ブログは実に困ったもの。今日など既に3時間半もキーを叩いているんだよねえ。
2014.08.22
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昨日の仙台はこの夏最高の35度になったようです。居間も35度でしたが、2階の私の部屋は36度。午後は西日に照らされた上、大型テレビとパソコンを点けているので、熱気がムンムンしていました。だから今夜も寝苦しくて、つい深夜のブログ更新になってしまいました。改めて、残暑お見舞い申し上げます。 また広島では、大雨による土砂崩れで大きな災害になりましたね。心からお悔やみ申し上げます。さて、今日も真夏の花のオンパレードです。美しい花々をご覧になり、元気回復していただけたら嬉しいです。 私はこの暑さの中でモロッコインゲンとキュウリの苗を処分し、畝を耕して大根、白菜、春菊の種を蒔きました。秋冬野菜の準備は、既に始まっているのです。では、皆さんご機嫌よう。
2014.08.21
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仙台は今日も30度を越える真夏日になるとの予報です。でも明日からは当分30度を切る日が続き、徐々に涼しくなるようですね。この機会に、残暑見舞いの挨拶をしておくことにしますね。この夏は色んなことがありましたね。その諸々を心からお見舞い申し上げ、心安らかにお過ごしくださることを願っています。 花の残暑見舞いで、少しは元気になっていただけたら嬉しいです。明日も続きます。
2014.08.20
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旧宅の解体作業から始まり、更地になった土地に新しい家が建つまで、Kさん宅の一連の工事の様子を一部始終伝えて来ました。近所のことであり、人が住まいに対してどんな夢を持つのかを伝えたかったからです。私が住宅リフォームに関するテレビの番組を好んで観ているのも同じ理由です。 現場の写真撮影とブログへの掲載に関しては、Kさんから許可を戴いています。この度完成した「木の家」。木造建築の良さと我が国の建築技術の高さを感じていただければ幸いです。 1階のトイレです。ここにもふんだんに県内産の木材が使われています。木の香りがするトイレは気持ちが良いことでしょうね。 2階への階段です。木の感じがシックですね。 階段の傾斜は極めて緩やかで、壁には手すりがついています。 2階の1室です。床は桜材、収納も全て木製で統一されています。 2階の南側の洋間です。その先にベランダがあります。 これがベランダです。ベランダ部分は家の本体が完成してからの「後付け」で、その方が丈夫なものが出来るようです。 2階の1室です。北側の窓は小さいのですが、さほど暗い感じはありませんね。 2階の西側の1室です。小さな窓から見えるのは我が家です。 2階の洗面コーナーです。2階は2人の息子さん用のスペースです。 ロフトへの階段です。ここにも手すりがついています。 ロフトの室内です。結構広い空間が確保されています。 こちらもロフトの様子です。天井高はさほどありませんが、収容スペースとしては十分です。 Kさん宅の庭です。今回の新築に際して、面積は従来の3分の1ほどに減り、庭が好きなKさんが嘆いていました。玄関の外側や、駐車スペースなどの外構工事は、これから行われます。これで「木の家」の全容のご紹介は終了です。<おまけ> 2階の窓から撮影した我が家です。南側(左側)のガレージと家庭菜園は写っていません。我が家は震災に強い軽量鉄骨を採用しました。オール電化で、屋根の上にはソーラー発電システムを設置しています。
2014.08.19
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春先から工事を進めていたお向いのKさん宅が完成し、引っ越しの前に「内見会」が開かれました。Kさん宅は県内の建築業者が工事を請け負い、主に県内産の木材を使って建てた「木の家」です。このため県から補助金が支給された由。新しい家はオール電化であり、建物内は2台のエアコンで常に空調され、住み心地は抜群のようです。では、早速「木の家」をご案内しますね♪ これがKさん宅の全容で、2階建です。 西側から家の南側を見ています。 ここが玄関です。 近所の方が、見学に見えました。いずれも同じ班の方々です。 玄関の柔らかい照明が素敵です。玄関の大部分に木材が使用され、青森ヒバの良い香りがします。 玄関の天井部分です。木の色合いと質感がとても良い感じですね。 玄関の壁に、アクセント代わりに使われた木材です。多分ケヤキだったと思います。 玄関の靴箱です。上から下まで通した木材の木目が見事です。 1階の部屋の一部です。床の木材は桜だそうです。 右側は洋間への入口で、左側の暗い部分の奥に空調機が設置され、建物内の空調を常時コントロールしています。断熱材の効果と合わせて、夏は涼しく冬は暖かい家を実現しています。 1階の部屋の一部です。棚の収納も、全て木製です。 洗面所の奥にいるのは住人ではなく、メーカーの担当者です。 対面式のキッチンを居間側から見ています。 これも同方向から見た対面式キッチンです。木材から芳香が漂って来ます。<続く>
2014.08.18
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皆さん今日は!!お盆にも関わらず多数ご来訪いただき、ありがとうございます。兵庫や京都では大雨による被害が出ているようですが、皆様のお住まいは大丈夫でしょうか。どうぞ十分にご注意くださいね!! さて、今日のテーマは「実」です。珍しい形の実や、きれいな色の実。そして中には食べられる実もありますね。今日は「答」を探してスクロールする不便さを解消するため、名前は写真の直ぐ下に書いてあります。ええ~っ、こんな木や草に、こんな実が生るの?不思議な実も混じっていますよ。では、始まり始まり~♪ ヒベリカムです。花はオシベ、メシベが長く、黄色い色をしています。きれいな実ですね。 トチの実です。縄文人の大事な食料でした。外見はクルミの実に似てますね。 ハマナスです。本当はハマナシ(浜梨)と言うのですが、いつの間にか訛って、こう呼ばれています。 フジ(藤)の実です。インゲン(ササゲ)に良く似ていますが、これは食べられません。 ジンチョウゲ(沈丁花)の実です。あの良い匂いがする花が咲き終えると、こんな実が生りますよ。 ヒメリンゴです。小さくても立派な果物のように見えますね。 ザクロです。シルクロードを経て、遥々日本へやって来ました。花と実が同時につきます。 モモです。近所の造園業者の畑で撮りました。何だか美味しそうですね♪ カリンです。このままでは食べられませんが、喉の良い薬になるそうですよ。 ミニトマトです。庭に植えて見るのも楽しいし、食べても美味しい野菜ですね。 ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)の実です。漬物にする通称ヤマゴボウと違い、こちらは有毒です。 ホオズキです。まだ青々としていますね。漢字で書くと「鬼灯」。「酸漿」とも書きます。 これはツタの仲間の実です。ツタも種類によって、実の色や形が違っているようです。 クリです。まだ青いけど、ちょっぴり秋の気配を感じませんか~? ブドウです。近所で撮りました。エメラルドグリーンがとても鮮やかですね♪ 先日マウンテンバイクで旅した、薬莱山神社里宮の前の草むらで見つけた白いカボチャです。 さて、明日からはお仕事と言う方も多いと思います。今日一日英気を養い、明日からまた元気で頑張って下さいね。今日の仙台は降ったり止んだりの天気。さて、お墓参りに行けるかな?では皆さん、ご機嫌よう♪
2014.08.17
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皆さん今日は~!!お盆休みの週末を、いかがお過ごしですか?さて、今日のテーマは葉っぱの写真です。色のきれいな葉っぱや、形の面白い葉っぱ。私達の近辺には、そんな葉っぱがたくさんあります。クイズ形式にしたので、写真を観ながら名前を思い出してくださいね。間違っているものや、私が知らないものは、コメントに書いて教えていただけたら嬉しいです。では、早速ご案内しますね。なお、「答」は一番下にあります。 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. こうして見ると、葉っぱはきれいですね。そうそう、ここに答を書くんでしたよね。1.アイビー 2.ハツユキカズラ 3.コウヤマキ(マキでも正解にします) 4.ツタ 5.ユズリハ 6.フウチソウ(ウラハグサ) 7.トウモロコシ 8.オニドコロ(ヤマイモでも正解にします) 9.斑入り(ふいり)ススキ 10.フキ 11.イチジク 12.ハーブの仲間 名前を知ってる方は教えてね♪ 13.ミョウガ(ショウガでも正解にします) 14.シノブ(シダでも正解にします) 15.ヒメシャラ(シャラでも正解にします) 16.ウルイ(大葉ギボシ) 17.斑入りアオキ(アオキでも正解にします) 18.カエデの仲間 19.カツラ 6.の「フウチソウ」はちっちさんが、 8.の「オニドコロ」は86netさんが正しい名前を教えてくれました。わざわざ、どうもありがとうございます。 さて、皆さんは幾つ分かりましたか~? では、どなたも素敵なお盆休みになりますよう。
2014.08.16
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倒れた雲南百薬 台風11号が駆け抜けた翌日畑を見ると、雲南百薬とモロッコインゲンが、支柱ごと倒れていた。強風に煽られたせいもあるが、もともと頑丈な構造でなかった上に葉が茂り過ぎて重かったのだと思う。早速支柱を補強して起こし、モロッコインゲンの方は、ハナモモの木に縛りつけた。これで当面は持つと思うが、来年はもっと太い支柱を施す必要があるだろう。雲南百薬の葉を少しでも軽くなるように収穫。この夏はずいぶん食べたものだ。 モロッコインゲン モロッコインゲンの支柱は細過ぎたのだ。それにたくさんの葉や莢がついて重たくなったのだろう。一頃は70本ほど獲れたのだが、最近は勢いが衰えた。キュウリも変形したのが多くなった。これもそろそろ終わりが近い。8月下旬には苗を抜いて、秋冬野菜の準備をする必要がある。ナスは古い葉と茎の先端を剪定。これで少しは勢いを増すだろう。ミョウガもそろそろ終了の時期。シシトウは当分大丈夫のはず。風で倒れたブロッコリーに支柱を施す。 ある朝の収穫物 トマトは4段目までをほぼ獲り終えて、残るのは5段目以上のものばかり。雨が多かった割には、石灰を撒いて根腐りを防ぐことが出来た。ミニトマトも毎朝40個も獲れた、かつての勢いはない。雨のため実が割れて落ちるものが増えた。ツルムラサキはまだまだ元気で、雲南百薬と共に貴重な葉物。先日の大雨で今は野菜が高いそうだが、我が家はほとんど影響がなくて助かる。 ゴーヤジュースとゴーヤの種 黄色い完熟ゴーヤ 最近は良くゴーヤジュースを飲んでいる。原料は完熟ゴーヤ。今年のゴーヤはなぜか、直ぐに熟す。それが葉にたくさん隠れているのだ。ゴーヤにバナナと牛乳を加え、ジューサーに掛けるだけ。バナナがない時は、リンゴ、ミニトマト、パイナップル、桃、メロンなどを適当に入れる。先日は缶コーヒーを入れたが、コクがあって案外美味しかった。赤い種も食べられる。種の周囲の赤いヌルヌルした部分がほんのりとした甘さで、アケビに近い食感だ。 カラスウリの花 今週の月曜日に循環器内科へ行った。先月受けた市の健康診断は、ほとんど異常な項目はなかった。だが、心電図だけは別。この日も脈拍数が多く、心電図を撮ると不整脈が起きていた。「手術をしてみますか」とドクター。運動をしている私のような場合は、心不全が起きる可能性がある由。「考えておきます」と私。手術を受けた病院での定期検診時に異常が出て再手術を勧められたら、その時は潔く従おうと思う。 確かに苦しい時もあるが、普通の生活が出来る時が多い。このまま歳を取り、病気と共に歩む老後も案外悪くないように思う。水曜日は近所の歯科で歯石を取った。これは定期検診みたいなもの。前回外したインプラント部分の経過は良い。芸能人ではないが、「歯は命」。残り少ない自分の歯は、老後の健康に欠かせない存在だろう。夜は庭で鳴く虫の音が聞こえるようになった。秋が近いようだ。 オニフスベ 「薬莱山とお足マラニック」の疲れもようやく取れた感じ。一昨日は久しぶりにM公園で走った。杉林の中の白いオニフスベ(キノコの1種)が、茶色に変色していた。薄紫色のカントウヨメナの群落が風に揺れている。先日刈られた草原に、薄紅色のキツネノカミソリが咲いている。いつの間にか、もうこんな季節になった。コースから10m以上も離れて咲くクサギの花が匂って来る。私が大好きな香りだ。 クサギの花 夏の甲子園では地元利府高校が、優勝経験のある佐賀北高校を破った。監督の落ち着いた采配が光った。初出場の場合、ヒットエンドランなど目立つ作戦を取るのが普通だが、堅実な作戦には好感が持てた。福島の聖光学院は兵庫の神戸国際大学付属を下し、山形中央は愛媛の小松を破った。南東北の各チームが、揃って野球先進県に勝つとは嬉しい。青森、秋田、岩手の緒戦はこれから。 これに反して、東北楽天の凋落ぶりが酷い。一昨日は期待の新人松井裕が、ようやく先発での初勝利を挙げたが、昨夜はソフトバンクにまたしても逆転負け。これで再び借金が21。昨年優勝した勢いがどこにも感じられない。そろそろ星野監督の交代時期かも知れない。勝負事は勝たなくては意味がない。無様な負けがこう続くと、ファンは悔しい。 カントウヨメナ 朝ドラ「花子とアン」は、花子の愛息「歩」が疫痢で死んだ。まだいたいけない子供の死は辛いものがある。花子はここからどう立ち直るのか。それにしても、美輪明宏のナレーションがストーリーにぴったりだ。あの独特の声と雰囲気が最高だ。台本は1カ月分を渡され、音楽も映像もないままナレーションを吹き込んでいるそうだが、とてもそんな様子には見えない・これこそプロの業と言うべきだろう。
2014.08.15
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薬莱山薬師の湯 温泉に入る。いつもはサウナや水風呂、露天風呂などを何度か「はしご」するのだが、この日は冷え切った体を温めるのが目的。内湯と露天風呂に1回ずつ入っただけで、上がった。体を冷やす元になった服装は全部替えた。Tシャツは「いわて銀河」の真っ赤なもの。パンツはバイク用のもの。これは尻当てが付いており、帰路の長旅に欠かせない。ソックスも替えたが、宮城UMCの帽子はそのまま。オレンジ色のそれは良く目立ち、少しでも事故を防ぐのに役立つ。 食堂でラーメンを食べたかったが、まだ開いていないのが残念。玄関に行くとサポート車から荷物を運んでいたM仙人と遭遇。早速彼の勇姿を撮影。それは昨日載せたもの。10時20分。いよいよ帰路のスタート。入浴と着替えに要した時間は40分。外は少し明るくなり、気温もちょっとだけ上がって来たようだ。往路はマウンテンバイクを押して登った坂道の途中をS山さんが走っていた。彼が実質上のトップランナー。怪訝そうな顔の彼にエールを送り、一気に坂道を下る。 帰路は里宮へは寄らず、直接国道347号線に出た。その方が走友と会える可能性が高いと判断。早速K彦さんら古川組と遭遇。T田さんとS木さんは缶ビールを飲みながら遅れてやって来る由。次にKさん、K野さんのコンビ。早朝富谷町で遭ったK野さんがここまで追い着いたことに驚く。彼女もかなりの走力がついた証拠だろう。T田さんとS木さんが来たのは、その後だったか。なるほど、手には缶ビール。呑ん兵衛ランナーの誉れだ。T脇さんも一緒だった。 T田、T脇、S木の諸氏 ここで記念写真を撮った。自称「戦場カメラマン」のT田氏は、レース中に100枚以上の写真を撮る猛者。この日撮った写真も、後日いつものように送ってくれた。S木さんは時々コメントを書いてくれる私のブログの愛読者。今回もわざわざ書き込んでくれた。こんな出会いがあるからこそ、今回も参加したのだ。4月の「仙台国際ハーフ」と7月の「チャリティーラン」は、心臓の不調で参加出来なかったが、何とかここまで回復してくれた。 国道沿いの水車 暫く行くと前方からO川さん。彼は2年連続で520kmの「川の道」を完走した勇者。「ずいぶんゆっくりだね」と言うと、「水車を見てたの。ここまで来たら慌てる必要はないからね」と王者の貫録。エールを送ってペダルを漕ぐ。間もなく歩いているT橋さん発見。色麻町でも歩いていたが、そのまま歩き通したようだ。住吉台の2人とSさんには遭わなかった。多分里宮経由でゴールへ向かったのだろう。 最初のコンビニにサポートのF田さんと仙台明走会のメンバー。「バイクで大丈夫なの?」とF田氏。彼は登山家であり73歳の現役トライアスリートでもある。ここでお握り2個を買い、店の前でパクつく。これは帰路の大事なエネルギー源。「ようやくここまで来た」。Nちゃんがつぶやきながら、薬莱山へ走って行った。最近ウルトラマラソンに目覚めた彼女も、徐々に力ををつけて来たようだ。体力が衰えた自分を思えば悲しいが、ランナーにはそんな日がいつか必ず訪れる。 曇天下の川 色麻町に入って直ぐ、前からS原さんがやって来た。いつも通りのにこやかな笑顔。私がマウンテンバイクで来たことも驚かない。昨年も同じだったことを知ってるからだ。やがて娘を迎えに逆走したK野ママにも出逢った。「車のキーはどうしたの」。「娘に渡した」と屈託のない彼女。彼女の夫君も現役のランナー。仲の良い良いアスリート一家だ。かなり過ぎてから黙々と走るO内さんを見つけた。彼はサブスリーランナーだが、最後尾を走っているのは、何か用事があったのだろう。 懇親会風景 やがて全員ゴールすれば、賑やかに懇親会が始まるはず。仲間達との楽しい集いに出なかったのは今回が初めてだが、それは覚悟の上。前方を見据えてペダルを漕ぐ。今日はたくさんの走友達の走る姿を観られただけで、十分刺激になった。今回マウンテンバイクで110kmを走破すれば、私自身のトレーニングにもなる。私の今日の目的は、あくまでも無事我が家に到着することだ。(懇親会の写真はT田氏提供) 秋が近い田圃 慎重にも慎重を期し、一心不乱にペダルを漕ぐ。昨年は帰途の途中異音を感じて停車したら、タイヤに釘が刺さっていた。幸いタイヤの「山」の部分だったため事なきを得たが、長い道中では何が起こるか分からない。大和町でラーメンのチェーン店に入る。冷水を2杯、そしてラーメンの汁も若干。これで水分と塩分を補給。結局この日はペットボトル1本で済んだ。過去炎天下を走った時は10本は飲み、アイスキャンデーなども食べるのだが。 左からT田氏、私、S木氏(加美町の国道にて) 家に着いたのは午後3時。朝5時スタートだったので、ちょうど10時間要したことになる。雨が降り出したのは、ゴールの20分ほど前。それも小雨で助かった。こうして今年の「薬莱山とお足マラニック」も、無事に終了した。頭痛が治まったのはその2日後。だが下肢の冷えは未だに治まっていない。あの日、長時間冷たい風を受けたせいか、それとも老化に伴う体温調節機能低下のせいか。心配していた台風11号が温帯性低気圧に変わったのは、その2日後だった。<完>
2014.08.14
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仲間1 大川さん(右) 所属走友会の仲間達の姿を見つけたのは、国道4号線から大衡村へ入った間もなくの頃。前方にオレンジ色のシャツと帽子が見えた。あれは遠目でも良く目立つ、宮城UMCのTシャツと帽子。私も気持ちだけでも一緒に走る積りで、同じものを着用していた。コンビニに入る仲間を追い、ここで休憩することに。中に居たのはO川さん、Kさん、T脇さん、H郷さんの4人。 仲間2 3時にスタートした彼らにようやくここで追い着いた。時刻は7時半。いつもに比べて相当早いペースだ。皆に挨拶して私は残り物の大福を食べた。「ここは何kmくらいだろう」とKさん。「大和警察署が中間地点だから、30km過ぎだよ」と私。「後25kmか。長いね」。マウンテンバイクの私はさほどでもないが、30km以上走ればかなり疲れることは8回のマラニックで経験していた。 Kさん(右)とH郷さん 幹事役のKさんに「薬莱に着いたら、温泉に入ってそのまま帰るね。挨拶しないで」と私。雨が本格的に降り出す前に、極力距離を稼ぐ必要があるからだ。強い雨になれば視界が悪くなり、路面は濡れて危険性が増す。「分かった。じゃあ参加者リストには入れないでおくね」と彼女。懇親会に出られないのは淋しいが、安全には替えられない。 T脇さんはいないけど 私の写真も撮ってもらったが、昨日の冒頭のものがそれだ。皆と別れて先を急ぐ。暫く行くと道路の左手に駐車している車を発見。サポートのM仙人のようだ。その前には仲間のSさんと住吉台のA谷さんのサポート車。M仙人とは先日の朝ランの時に会っていた。その時に三保ノ松原から富士山頂まで走ったことも聞いていた。距離は60kmほどだが、海抜0mから3776mまで登る恐るべき74歳の仙人だ。 ゴール地点のM仙人 「トマトやキュウリがあるよ」と彼。「体が冷えて寒い」と私が言うと、暖かいお湯を出してくれた。立派なミニトマトも1ついただいた。気温が低いのと、走ってないせいで、さほど水分を補給しないで済んでいる。薬莱山から「とんぼ返り」で帰ることを告げて前進。 色麻町の田圃道を歩いている人がいた。近づくと仙台鉄人会のT橋さん。この時間にこの場所まで来てるのは、よほど早い時間に仙台を発ったのだろう。エールを送って前進。今日は涼しいから少しは楽だが、この田圃の中の一本道は、8kmもの間コンビニも自販機もない地獄の道。それが30度を超える真夏日であれば、給水に苦しむ場所でもある。だから私は両手にペットボトルを持って走っていたものだ。それでも倒れそうになった年もあったっけ。 増水した川 さらに行くと住吉台走友会のS荘さんともう1人。スピードランナーの彼らは、かなりのハイペースだ。挨拶して前進すると、今度は前方から日に焼けた女性ランナー。朝出逢ったK野さんのお母さんで、仲間内ではK野シスターと言われる仲良しだが、彼女はゴール地点へ車を置き、娘を迎えるために逆走して来たのだ。 手に持って走っている車のキーを私に見せてくれた。コンビニにK藤さんがいたと言うが、彼女も車のはず。エールを送ってさらに前進。そこから先、ゴールまではもう誰とも会わなかった。 道路標識が最後の加美町に変わった。仙台市太白区、青葉区、泉区、そして富谷町、大和町、大衡村、色麻町と通過し、いよいよゴールの薬莱山が近い。国道347号線から脇道へ入り、薬莱山神社の里宮の前へ出る。ここは車が少なくて安全な道。それに長閑な景色が私は大好きだ。だが今日は雨雲に隠れ、小さな富士山の形をした加美富士こと、薬莱山の姿が見えないのが残念。 霧に霞む里宮の鳥居 里宮へ寄った。薬莱山は太古、坂上田村麻呂が奥州の蝦夷を征伐した時に戦勝を祈願した場所。目出度く勝利した後、社殿を寄進したとの謂れがある。里宮はわざわざ山頂まで登らなくても参拝出来るよう、造営されたもの。神社の手前の草むらに白いカボチャがあった。そこから直進すると、薬莱山薬師の湯への道路にぶつかる。鳴瀬川に架かる水沼橋を渡ると急な坂道。ここはゴール直前の苦しい場所。マウンテンバイクを押して登る。 最後の長い坂道 「薬師の湯」の前で、誰かが手を振っている。近づくとK藤さん。彼女は今年の「萩往還」で230km以上走った女丈夫。仲間のK村さんを迎えに、これから逆走するところだった。ゴールで仲間と会えるのは嬉しい。ここまで頑張った甲斐があったと言うもの。9時40分、薬師の湯に到着。受付で料金を支払い、早速大浴場へと向かう。源泉かけ流しの天然温泉に入るのは、これで12回目だ。<続く>
2014.08.13
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愛車 8月9日(日)朝5時に家を出る。ペダルを踏んだ途端、躊躇いが私を襲った。風が意外に冷たいのだ。これは想定外。前日から頭痛もあった。網戸で寝たため、体が冷えたのが原因かも知れない。服装は上が半袖シャツで、下がハーフタイツ。前日の天気予報によれば、この日は午後から雨。それまで持てば、この服装でも大丈夫と判断したのだが甘かったのだろうか。ここは自分の体力を信じ、55km先の薬莱山を目指してみよう。 自分 想定外の2つ目は北仙台の「す○家」が無くなっていたこと。ここで朝食を摂る予定が、すっかり狂ってしまった。仕方なく付近のコンビニに入り、弁当、味噌汁、大福2個を購入し、店の外で座って食べ、大福1個はポシェットへしまった。誰かが声をかけた。見上げると仙台明走会のT内さん。彼らは6時半に泉中央集合らしい。挨拶だけして彼は走り出した。暫くして後を追ったが、彼の姿はなかなか見えない。ようやく追い着いて声をかけた。 「いわて銀河100km」で5回目の完走を果たしたと彼。これで「ギャラクシーメンバーズクラブ」の会員になり、好きなナンバーをもらえる。そのナンバーが「324」であることは分かっていた。彼と私は同じ誕生日。私もそのナンバーが欲しかったのだが、近年の体調不良で100kmの完走は無理と諦め、彼に譲ったのだ。彼らの仲間は集合場所に8人ほど集まっていた。 G島会長に「チャリティーラン」の会費を払おうとしたが、丁重に断られた。7月のこの大会は彼らの主催。私は心臓の調子が悪く、急遽出場を見合わせた。スポーツ障害保険代くらいは支払いたいと思ったのだ。Hさんが挨拶。彼と初めて会ったのが15年前の「秋田内陸」。昨年10回目の100kmの完走を果たした由。私の「秋田」は4回完走で終わった。彼はようやく50代に入ったばかり。私はその頃からウルトラマラソンを始めたのだ。 富谷町の団地 彼らと別れて「将監トンネル」の階段をマウンテンバイクを押して登る。明走会の距離は41kmになるそうだ。私が所属する南仙台走友会は既に3時にスタートしている。この付近はアップダウンが多く、自転車に辛い地点だ。間もなく富谷町。両側に大きな団地が続く。この風景もこれまでに12回見て来た。ランは8年連続。体調の悪化後はマウンテンバイクで3回参加。一番最初も自転車でコースの下見をしている。私にはとても懐かしいコース風景だ。 クズの花が零れる歩道 富谷町二関辺りで、前方にランナー発見。緑色の服を着た女性で、なかなかのフォーム。きっと仲間のはず。そう思って近づくと、K野さんだった。イヤホンを外して私と話す彼女。たった1人でのロング走とは珍しい。彼女と初めて会ったのは「秋田内陸」の90km過ぎの坂道。そこをDさんと一緒に歩いていたのだ。あの時彼女はまだ20代だったが、あれから10年経って私は老い、もう長距離を走るのは無理になった。 「七つ森」は雲の中 「薬莱山とお足マラニック」は、ウルトラマラソン愛好者の団体「宮城UMC」の、年に1度の合同練習会。それぞれの所属走友会の集合場所から、12時までにゴールの「薬莱山薬師の湯」の到着するのがルール。だから走る距離は走友会によって異なる。私の走友会は最も長い片道55km相当。私は59歳から1回も欠かさず、このマラニックに参加し続けて来た。ここ数年は不整脈が酷くマウンテンバイクでの参加だが、往復110kmは決して楽ではない。 少し色づく田圃 こんな体調なら、普通の人は走友会を辞めるだろう。ましてウルトラマラソンなど到底無理なのだ。昨年はひょっとして死ぬかと思ったことがあった。それは今年も同様だ。だが時々回復して、ゆっくりと走れる時もある。たとえマウンテンバイクでの参加でも決断が伴う。コースには歩道のない個所もガタガタの歩道もあり、事故の危険性は極めて高い。だから全ては自己責任。もちろん私も命は惜しい。そのため最低の練習はして来た積りだ。<続く>(お断り)シリーズで紹介していた「仙台七夕」は後1回分を残しておりましたが、心境的にこれ以上続けることが出来なくなりました。いずれの機会に改めて紹介することとし、今日から新しいシリーズに入らせていただきます。
2014.08.12
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ちょうど今ごろ、台風11号は津軽海峡の西側を通過中のようです。皆様のところでは被害が出ませんでしたでしょうか。我家では、葉っぱが茂って重たくなったモロッコインゲンと雲南百薬が支柱ごと倒れてしまいました。明るくなったら起こしてやりたいと思っています。 さて、仙台七夕まつりも今日で5回目。そろそろ飽きて来た頃でしょうが、もう少しだけお付き合いくださいね。今日も「部分の美」。七夕飾りの細部がどんな風になっているかのご案内です。 単独で飾られていた和服です。 単独で飾られていた巾着(きんちゃく)です。昔はこのような小物が短冊や吹き流しと一緒に竹に飾られていました。 プリントされた浮世絵を裁断した吹き流しです。 先日地元のニュースを見たら、100年前の仙台七夕は白い吹き流しがほとんどだったようです。材料は和紙で出来ていました。それが今では色とりどりの豪華な吹き流しが中心になり、ジンクスの「雨」に当たって壊れないよう、化学繊維を使うものまで出て来ました。やはりその時代を反映して少しずつ変化しているのですね。明日はいよいよ最終回です。どうぞお楽しみに~!!<続く>
2014.08.11
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皆さん今日は~!!台風11号の進路が気がかりですね。既にたくさんの雨が降って、皆様の地区でも被害が出ているのではないかと心配です。どうぞ十分にご注意くださいね。なお、私は昨日無事マウンテンバイクの旅から帰宅しました。途中小雨のため体が冷え切って痙攣が出たりしましたが、高原の温泉で体を温めて何とか復活。仲間との懇親会にも出席せず、とんぼ返りで家路を急ぎました。朝5時にスタートし、10時間かけての帰宅でした。 さて、今年の「仙台七夕まつり」も今日で4回目になります。今日紹介するのは、主に「吹き流し」の下部など。つまり、七夕飾りの細部です。「部分の美」を十分お楽しみいただけたら嬉しいです。 吹き流しの最上部も撮ってみました。 宮城県の公認キャラクター「むすび丸」です。どうぞよろしくね~♪ いかがです?楽しんでいただけたでしょうか。実は「吹き流し」の最下部は大勢の観光客が触るため、次第に傷んで来ます。そのため初日の午前中に出かけ、まだ新しい状態のものを撮影したのです。たくさんの吹き流しには、目を引こうとそれぞれ工夫があります。たまにこのような「部分の美」を、じっくりと見るのも楽しいと思います。明日も続きます。<続く>
2014.08.10
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さて、仙台七夕の紹介も、今日で第3回目になりました。今日は少し傾向の違った吹き流しを載せたいと思います。先ず登場するのは「普通」の飾りです。 ここまではごく普通の七夕飾りです。次に登場するのは「白系」です。100年前の吹き流しは、白がほとんどだったようですよ。 次に登場するのは「赤系」です。なかなか強烈な印象ですよ。 次は「緑系」の飾り。これもなかなか素敵です。 次の登場は「青系」です。違った味わいがありますね。 最後は「紫系」です。色の変化が面白いでしょ? さて、白、赤、緑、青、紫と違った色の吹き流しを順番にご紹介しましたが、これを一つにまとめると、こんな風になります。 そうなんです。5つの色を組み合わせると、こんな虹色の飾りになるのです。 飾りを良く見ると、小さな折り鶴で出来ています。この虹色の大きな飾りは、「東日本大震災」で亡くなられた方の鎮魂のために作られたものです。きっと今ごろは、虹色の国で楽しく暮らしていることと思います。合掌。<続く> さて、私はこれからマウンテンバイクに乗って、110kmを走って来ます。ウルトラマラソンの愛好団体である宮城UMCの合同練習会があるのです。わが走友会の仲間は、既に3時に55km先の温泉に向かって走り出しています。とてもそんなに走れなくなった私は、代わりにマウンテンバイクで参加します。 今日は午後から雨の予報。帰路の道路が心配ですが、頑張って安全に帰宅したいと思います。皆様のところにお邪魔するのは無理かも知れません。留守中にいただいたコメントへの返事は、夜になりますのでご了承願います。では、行って来ますね~!!
2014.08.09
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「仙台七夕まつり」は東北夏祭の一つとして、毎年8月6日から8日までの3日間開催されています。私は初日の午前中に市内の中心街へ出かけて、たくさんの写真を撮って来ました。飾り付けをした竹は3千本。この他に、昔ながらの素朴な七夕を飾る町内もあります。 なお、吹き流しなどを翌年再利用することはなく、毎年新しい物を作るのが仙台商人の心意気です。材質はかつては和紙が大半でしたが、現在では化学繊維なども用いられています。なお「巾着」などの小物は少なくなり、豪華な吹き流しが目立つようになりました。仙台七夕にも時代による流行の影響が、確かに見受けられますね。では、早速ご案内しましょう。 いかがです?今年の仙台七夕を楽しんでいただけたでしょうか。このシリーズはまだまだ続きます。明日は少し変わり種を紹介しますね。どうぞお楽しみに~!!<続く>
2014.08.08
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昨日8月6日から「仙台七夕まつり」が始まりました。前日5日の夜は広瀬川河畔で花火大会がありましたが、家で花火の音だけを聞いていました。仙台七夕は月遅れで開かれ、市内の中心街に2千本の竹が飾られます。かつてはどの町内でも素朴な七夕を飾ったものです。第1回の今日は、街の様子などを紹介しますね。 大きな看板が、仙台駅前のペデストリアンデッキの上にありました。 一番町の様子です。初日の午前中なので、まだ人通りは少ない方ですね。 中央通りのアーケード街の様子です。天井にはいつも、東北楽天の大きなユニフォームが飾ってあります。 中央通り、「三瀧不動尊」の前にも「吹き流し」が飾ってありました。 中央通り名掛丁の七夕飾りです。 東二番丁通りの綿あめ屋さんを撮ってみました。 小さな「吹き流し」のお土産です。一番町にて。 一番町に出ていた唯一の「仕掛け物」です。機械や人が人形を動かしています。 上と同じものです。昔はこのような「仕掛け物」が街中に溢れており、人々が楽しんで見ていたものです。多分娯楽が少なかったために、素朴な人形でも面白かったのでしょうね。かつては「仕掛け物」の部のコンクールもありました。 一番町の風船屋さんです。 一番町アーケード街天井の提灯です。 一番町の七夕飾りと、これを観ながら歩く観光客です。以下に、中心街の吹き流しの一部を紹介しますね。 中央通りのアーケード街は照明が暗く、折角撮った写真も50枚以上捨てました。人間の目にははっきりと大変きれいに見えるのですが、デジカメのレンズを通すと残念ながらくすんでしまい、折角の七夕が汚れたように見えてしまうのですよねえ。赤系統の飾りは明るいためか、まあまあ何とか見られますね。 一番町のアーケード街の方は大丈夫そうですね。この青系統の飾りもきれいに見えました。まだまだ写真はたくさんあります。明日に続きます。<続く>
2014.08.07
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理研の笹井CDB副センター長が昨日自殺した。これまでブログに「STAP細胞事件」に関する記事を7回も書いた手前、本件についても触れざるを得ないだろう。彼は小保方さんを採用した本人として、また職場にあっては上司として、Natureの論文に関しては共著者であり、かつNatureとの調整者として、責任を取る形になったのだろう。それほど調査委員会の結論は厳しかったし、日本学術会議や日本分子生物学会の追及も厳しかったのだ。 Nature論文は最終的に削除された。世界的な研究者としては、自分を否定されたに等しい出来事だったと思う。それも自分がNature誌との交渉窓口になっていたのだから。36歳で京都大学の教授に就任した超エリートの彼が、なぜこんな過ちを犯したのか不思議でならない。ES細胞の世界的な権威者で、ノーベル賞を受賞した京都大学の山中教授のライバル的存在。きっとどこかに無理があったのだと思う。52歳の若過ぎる死に合掌。 長崎県佐世保市の女子高生による殺人は、極めて猟奇的な事件だ。両親は超エリートで、街の有力者。どうやら今回の事件はエリートの両親にも問題があったようだ。小学生時分の給食に漂白剤などを混入させた事件では、東大卒で市の教育委員だった母親が、PTAに働きかけて事件をうやむやにした。またつい最近の金属バット傷害事件では、被害者で重傷を負った慶大卒の父親が、事件を警察に届けなかった。 事件に「もし」や「たら」はないが、もし両親がその都度最適な措置をしたらどうなったのだろう。一人暮らしをしていたマンションの冷蔵庫には、ネコの首が入っていたそうだ。目は刳り抜かれていた由。父親の再婚相手、つまり新しい継母には、「人を殺してみたい」と話していたことも分かっている。両親が精神科医や児童相談所に相談していたようだが結果的に殺人に至り、有為な女子高生の生命が奪われてしまった。 昨日の朝刊で、朝日新聞が「従軍慰安婦問題」に関して謝罪した。私は気づかなかったのだが、ネットのニュースで知り、改めて新聞を読み返した。すると第一面ではなく、中ほどの第12面と13面に朝日新聞社の立場や見解が2ページ分に亘って記されていた。その第一印象は単なる弁解だ。マスコミに誤報はつきものだが、朝日新聞の場合は特に酷く、悪質とも言える。紙面を読んだ誰もがそれを「歴史上の真実」と信じるからだ。 「強制連行の有無」、「済州島での連行証言」、「軍の関与を示す資料」、「女子挺身隊」との混同、「元慰安婦の証言」などの全てで、取材が不十分のため結果的に国民に対して虚偽報道をして来た。それを産経新聞社が長い間追及して来たのだが、昨日読者の質問に答えると言う形を取って、ようやく初めて謝罪したのだ。最初の報道から既に25年近く経過し、他の新聞社は自らの誤報を直ぐに謝罪したにも関わらず、「朝日」は長い間口をつぐんでいたのだ。 本件に関する日本人の罪は重大だ。「日本軍関係者が200名の朝鮮人の若い女性を従軍慰安婦として、済州島で狩り出した」とする吉田清治(死亡)の著書は、全くのでっち上げだったし、国連人権委員会に訴えた日本人弁護士(生存)の「従軍慰安婦強制連行」の事実も存在しなかった。 そして韓国が未だに本件を世界に訴える根拠の「河野談話」は、韓国政府が主導して作成した「政治的決着」だったことが、先日の調査で判明した。だが、「慰安婦の像」は世界に広がり、「歴史的事実」として「定着」しつつある。一部の日本人の勝手な思い込みが、「負の遺産」として未だに重荷となり、我が国への攻撃材料として使われ続けている。「エリートの功罪が大きい」とする所以だ。 この秋にある沖縄県知事選挙に、仲井眞現知事が立候補するそうだ。自民党本部では、辺野古移転賛成の彼では勝てないと推薦を躊躇っていたが、結局他の候補者が見つからなかったようだ。私は仲井眞知事の出馬には賛成だ。と言うより、辺野古移転じゃないと「普天間基地」問題を解決出来ないと考えている。沖縄県民の反対は強く、マスコミもほとんどが反対意見だ。だが、中国共産党が「沖縄を我々の手で奪う」と宣言してることに、ほとんど関心を示さない。 私は「集団的自衛権」に賛成だ。そんなことは世界の常識。また「秘密保護法」も当然だと思っている。前者の施行が「徴兵制度」に繋がることなどあり得ないし、後者の施行で一般市民が逮捕されるケースなど皆無だろう。それなのにマスコミはこぞって煽る。その根拠も示さずにだ。私はオスプレイの訓練飛行にも賛成だ。離島が第三国に奪われる事態になっても、また未曽有の自然災害が生じた際でも、垂直離発着が可能な同機は目覚ましい活躍をするだろう。 恐らく私の意見は少数派だと思う。異端者でも孤立することも私は恐れない。評論家でもなく、知識人でもない1人の老ランナーが、深夜にこんなことを書いている不思議さ。戦後69年。日本は今完全に「平和ボケ」状態だ。もっと世界の現実を直視しろと言いたい。もっと自分なりの意見を持てと言いたい。今日は急遽予定を変え、最近のニュースについて一言書かせてもらった。出来ればこれから二度寝したいのだがねえ。
2014.08.06
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7月11日。眼科へ行く途中、何気なく見た竹の皮が、とてもきれいに見えて引き返した。竹の種類は知らないが、包装にでも使えそうな竹の皮。 思わずデジカメで撮って見た。何に使うかも考えずに。それほど私には美しく感じたのだ。 同じ日。眼科での検査を終えた後、付近の「仙台市縄文の広場」へと向かった。「縄文人の食べ物」を取材するためだったのだが、「広場」への登り口にも竹があった。 こちらは前の竹とは違う種類のようだが、清々しい雰囲気に惹かれた。 凸凹した竹の根元も面白い。それにしてもこんな写真を撮って、「使い道」はあるのだろうか。まあ何かの話の「挿絵」としてなら良いかも知れない。 7月16日。近所のM公園を走った時の写真。公園のある丘の南斜面を造成する目的で、昨年の秋に大量の竹を切ったのだが、そこから一斉に若竹が芽生えていた。まだ根っこが生きていたのだろう。 その帰り路で、竹のある場所を思い出して寄って見た。本当は竹の根っこを撮りたかったのだが、残念ながら根っこは見つからなかった。 そこでその翌日、家の近所の竹藪へ行って見た。7月17日のことだ。これが4か所目。この時には、いつか「竹の特集」を組もうと明確に考えていたのだ。 根っこではないが、古い切り株付近から若い竹が延びている。これも竹の生命力を感じる被写体として、面白いかも知れない。 こちらは既に皮は剥けてしまっているが、青々とした竹の肌が美しい。 さらに移動して6か所目。生まれて間もない若い竹は、まだ葉すら開いていない。 その付近には、途中から伐られた古い竹が。これも竹の雰囲気が良く出ているねえ。 さらに移動してお寺の傍の竹林の中。ここが7か所目。何とか竹の根っこに遭遇することが出来た。節くれだった竹の根っこ。これが竹の生命の源。古い切り株にも趣があるね。ここは毎年その時期になると、立派なタケノコがたくさん生える場所なんだよね。 最後は急な坂道を通って帰宅。坂の途中の家に紫竹があることを知っていたからだ。紫竹もなかなかの風情。四国の松山城の天守閣付近には「紫竹門」があり、立派な紫竹がたくさん生えていたのを思い出す。これで全部で14枚の写真が撮れた。今初めて全体を観たけど、「竹の世界」もなかなかグー。まあ自画自賛だけど、この試みも案外成功したかも知れないね。<続く>
2014.08.05
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台風12号の影響で、四国を中心に九州、関西など西日本で大雨が降り続いています。皆様の地域でも被害に遭わぬよう、どうぞ十分にご注意くださいね。 さて、今回のシリーズは「Form」。さまざまな形です。第1回目の今日は、いつも走っているM公園の樹木です。ここには色んな種類の木が生えており、種類ごとに形も違っています。その形の面白さを感じていただけたら嬉しいです。 今日登場した木は、スギ、ブナ、サクラ、アカマツなどです。形の面白さもさることながら、質感の違いや生命力、森や林の不思議さなども感じますね。私はこんな木の間を縫うようにして走っています。さて、明日登場するのは何でしょうね?どうぞお楽しみに~!!<続く>
2014.08.04
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7月31日、厚生労働省から2013年の日本人の平均寿命が発表された。女性は86.61歳で相変わらず1位を確保し、男性が80.21歳と初めて80歳代の大台に乗った。こちらは1位香港、2位アイスランド、3位スイスに次ぐ堂々の4位である。男女とも世界の高位を占めているが、3年前の「東日本大震災」の影響をようやく払拭したのである。私は男性の平均寿命まで後10歳。出来ればその年齢まで元気で暮らしたいと、密かに願っている。 山梨大学の若山教授が宇宙航空開発機構(JAXA)との共同研究で行っていた「宇宙マウス」が無事誕生したそうだ。国際宇宙ステーション内で冷凍保存していたマウスの精子を地上に持ち帰って卵子との受精に成功したのが実験の内容。これで将来、動物が宇宙で繁栄出来る可能性が見えたのだとか。ふ~む。いつかそんな時代がやって来るのだろうか。 漱石は小説「虞美人草」を東京で書き、「不美人草」を仙台で執筆した。これは全くの冗談なのだが、それくらい仙台は美人とは縁の薄い土地だった。ところがである。なんと2014年ミスワールド日本代表の河合ひかるさん(23歳)は、仙台出身なのだとか。早速女房にこのニュースを教えたら、「ふ~ん、それは珍しいね」と一言。身長176cmのモデルさんで明るそうな人柄。出来れば今後は、仙台も美人の産地に加えられると嬉しいのだが。 連日の暑さで水の事故が続いている。そんな中で伊豆半島の伊東から下田海岸まで40kmを流されながら助かった男性がいた。神戸出身のその人は、25mしか泳げないのだそうだ。それで2km沖の島まで泳ごうとして、強風のために流された。だが、彼はシュノーケル用のマスク、セーフガード、足ひれを着用し、仰向けに浮かんだまま無駄に抵抗しなかったのが良かったらしい。海水温が高かったのも、助かった理由の一つとか。世の中にはこんなこともあるんだねえ。 新聞によれば、香川県の高松市には「墓石の墓場」があるそうだ。お寺でもこのところ「無縁仏」が増えて困っているのだろう。そこで広大な土地の所有者が、1基1万円で墓石の持ち込みを許可したら、たちまち大量の墓石が集まって来たのだとか。このまま日本の少子高齢化や核家族化が進めば、こんなことは当たり前の風景になりかねない。それにしても誰も祀らなくなった墓石を、何とか活かして上げることは出来ないものだろうか。 これも確か新聞で見たと思うのだが、全国で解体出来ないでいる古家が増えているそうだ。親が亡くなっても、遠くに住む子供が帰らない家や、子供がいない家も多いのだろう。それに古家を解体するにも費用がかかるし、いざ解体して更地にすると、逆に固定遺産税が上がってしまうとのこと。そんな理由か、近所にも人が住んでない古家が目立つ。中には倒壊しそうで近所の人が危険と感じる物件もあると、新聞に書かれていた。これはお墓同様深刻な問題だねえ。 さて、8月に入ると直ぐ今年も「東北の夏祭」が始まった。先ず「弘前ねぷたまつり」が8月1日から7日まで。「盛岡さんさ踊り」が8月1日から4日まで。「福島わらじまつり」が8月1日から2日まで。「青森ねぶた祭」が8月2日から7日まで。「秋田竿灯まつり」が8月3日から6日まで。「山形花笠まつり」が8月5日から7日まで。そして「仙台七夕まつり」が8月6日から8日まで。今東北6県は、夏祭の真っ最中だ。 仙台七夕は江戸時代から続く伝統行事だが、もう1カ月近く前から駅や博物館などには、七夕が飾られて人目を引いている。今日のブログに載せたのは、近所のスーパーや床屋さんに飾られていたもの。私は初日の6日(水)にデジカメをぶら下げ、中心街へ撮影に行く予定。今年の七夕がどんなものか、ぜひ期待してほしい。 さて自分のことで恐縮だが、ブログが昨夜の10時前に30万アクセスに到達した。昨年の3月までは1枚の写真すらない地味な存在だったブログが、開設後7年2カ月あまりでここまで来たことに驚く。これも偏に足繁くご来訪下さる皆様のお陰。心から感謝したい。日記の記入率は97.5%。たまには旅行で更新しない日もあるが、ブログは私の命であり、1日たりとも文章が想い浮かばない日はない。 これから歳を取れば、ますますブログを書き、他の方々のブログを訪れる比重が高まるだろう。たかがブログ、されどブログ。これからも内容充実を目指し、一層精進したいと願っている次第。皆さん、これからもどうぞよろしくお願いしますね~!!
2014.08.03
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梅雨明け宣言後、仙台では連日の真夏日が続いている。そこで「よしず」の出番となった。これを居間の外に立てかけると日蔭が出来る。涼しい風が通るので、ひんやりとして気持ち良く過ごせる。ホースも出した。夕方には、これで庭や畑に水を撒く。気化熱が奪われて、これまた涼しい。植木や野菜も元気になり、一石二鳥だ。私は床屋で髪を短く切った。家の中ではランニングシャツに半ズボンで過ごす。それでも暑い時だけ、ミニ扇風機のお世話になっている。 九州の弟と四国の長女に福島の桃を送る手続きを取った。近所のスーパーに行ったのは先月末のこと。ただし桃は成長に合わせ、8月に現地から送るのだ。翌日申し込めばポイントが5倍で、しかも5%引きとのことで、一旦歩いて帰った。カンカン照りの道で、どうも体調がおかしい。途中で腕が冷えて来た。体温調節機能がぶっ壊れたようだ。軽い熱中症にかかったのだろう。幸い家に帰って冷たい水を飲んだら体調は回復した。往復3km歩いただけなのだが、危ない危ない。 土用丑の日の夕食にウナギを食べた。だが1匹まるまるのウナ丼ではなく、錦糸卵の方が多いちらし寿司だ。それでもウナギを食べられて満足だ。最近は日本ウナギが減っているそうだ。今年はたまたまシラスウナギの漁獲量が多かっただけとか。ヨーロッパウナギも激減し、共に絶滅危惧種に指定された。中国経由での輸入も、来年から困難になるのではないか。今後も夏の定番を味わうためには、卵からの完全養殖しかなさそうだが、果たしてどうなるか。 一昨日のお昼頃、突然の雷雨になった。猛烈な雷鳴と豪雨。猛暑で地表と天上での温度差が大きくなったのだろう。「竜巻注意報」まで発令されたが、幸いにして竜巻は起きなかった。畑を見たら、畝の間が水浸しになっていた。ピカピカと雷が光り、割と近くに10発ほど落雷。瞬間的にパソコンとテレビの電源が消えた。「これはヤバイ」と思ったが停電にはならずに無事復活。翌日の日中にも弱い雷雨があった。市内及び県内では停電と水害も起きたそうだ。 高温と適度のお湿りのせいで、野菜の収穫が順調だ。キュウリは時々妻が知人に上げている。ミョウガもモロッコインゲンも獲れ出した。昨日はキュウリのぬか漬け、ミョウガ、ショウガ、シソの葉を刻んで、自家製の「おみ漬け」を作ってみたが美味しかった。キュウリの酢の物もさっぱりして良い。トマトは目下3段目辺りを収穫中で、ミニトマトも最盛期。カボチャ、キノコ、ニンジンなど野菜は数種類しか買わないで済むと妻。自家製野菜と妻の手料理に感謝だ。 心臓の調子が戻り、少しだけまた走り始めた。M公園では走友会のK長老に2度お会いした。最近胃がんの手術をし、近く大腸ポリープの摘出をする由。それでも「坂道トレーニング」を試みる米寿の彼は凄い精神力だ。早朝ざる川の堤防を走っていた時に、ランニング中のM井さんと遭遇。前日は飲み会で車を取りに来たと彼。映画帰りには事務局長のKさんと、また買い物の際にはD堂長老と出会った。体調不良で走友会の行事に出ていない私だが、こうして仲間とたまに会えるのが嬉しい。 7月の月間記録はランが9回87kmに終わった。一時全く走れなかったことを思えば、私にとっては驚異的なことなのだ。ウォークとの月間合計は144km。年間累計は1204kmで、うちランが734km。これまでの走行累計は84885km。寝てる時も110を超える脈拍数。そして時には消え入りそうな気配の鼓動。自分でも良くそこから回復したと思う。 8月上旬、宮城UMC恒例行事の「薬莱山とお足マラニック」への参加を躊躇していたが、締め切り前日に、「自転車で参加予定」とKさんに返信した。当日まで後1週間。何とか体調を維持し、往復110kmをマウンテンバイクで走り抜きたい。30度を超える猛暑の中で、9時間ペダルを漕ぎ続けるのはかなり体に負担をかける。我ながら良くそんな気になったものだ。何とか連続11回参加を果たし、現地の温泉で仲間と会えたら嬉しいのだが。
2014.08.02
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毎日暑い日が続いていますが、皆様お元気でお過ごしのことと思います。早いもので今日から8月ですね。今日も7月中旬に訪れた妻の油絵仲間の展覧会のご紹介です。小さな作品が多く、額縁にはガラスがはめ込んでありました。会場の照明が反射するのを避けるため、斜めから撮影したのがタイトルの由来です。不思議な雰囲気の絵を、楽しんでいただけたら幸いです。 少し見難いのがあったかも知れませんが、どうぞご容赦を。なお妻の絵はないのかとのコメントをいただきましたが、もう少し間を置いて特集する予定です。また当日は違うフロアでも別な展覧会をしており、こちらも撮らせていただきました。芸術の秋にでも披露したいと考えています。どうぞお楽しみに~♪<完>
2014.08.01
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