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旧仙台城三の丸の入口である。大型連休期間中の5月2日に、ここを訪れた。 元々この場所には藩祖政宗公のお屋敷などが建てられていた由。だが別の場所に新たな二の丸が造られると、ここは三の丸に変わったようだ。 この閑静な三の丸跡に、仙台市博物館が建てられている。私がこの日、博物館を訪れたのは特別展「黄金のファラオと大ピラミッド展」を観るためだった。そのことは既に紹介した。 今日紹介するのは博物館ではなく、その敷地に建てられている小さな茶室である。以前から何か建ってるなとは思っていたのだが、何気なく通り過ぎるのが常だった。 これが残月亭への道。案外雰囲気は良い。 敷石は茶室に向かって続いている。三の丸は歴史的な文化財なので、本来ならば恒久的な施設は造れないはずなのだが。 茶室が見えて来る。日頃は無人なので、とても静かな佇まいだ。 うっすらと亭の名前が残る扁額は、江戸時代のもの。きっと長い風雪に曝されて来たのだろう。 説明板によれば、扁額の文字は仙台藩の第5代藩主伊達吉村が、藩祖政宗公の筆跡を摸刻させたもののようだ。そしてこの茶室は明治期に入ってから民間人が、江戸時代の古材を使用して再建したみたい。今では仙台市民へも貸し出されている。 そう言われれば、江戸の風格を感じないわけでもない。かつては藩主も使った茶室のような。 これが残月亭の間取り図。四畳半の茶室、三畳の次の間、一畳分の水屋。後は濡れ縁があるだけの簡素な造りだ。 これが茶室の東側に当たる、三畳分の次の間部分。 そしてこれが茶室の北側の濡れ縁部分。かなり風雨に曝された感じを受ける。 亭の東南隅に当たる壁と塀。 庭の一角の井戸は封鎖されたが、かつての雰囲気は残っている。 今は小さな石灯籠が、残月亭を見守っている。 エジプトの秘宝を観た興奮が、この茶室を訪れているうちにすっかり鎮まったのは言うまでもない。私が暫く眺めていたら、警備員が怪しんで駆けつけて来たのには笑えた。文化財を損傷するとでも思ったのだろうか。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独挑戦中のO川さんは、昨日の第26日目も無事ゴールしたようで嬉しいです。昨日は島根県西端の津和野町をスタートし国道9号線を西行、ゴールの県都山口市まで52kmを10時間での走破でした。 県境のトンネル内は赤色灯(フラッシャー)を点け、反射材がついたタスキを肩にかけての通過。無事トンネルを抜けて「山口県」の標識を観た時は感激したそうです。それは当然でしょうねえ。青森、秋田、山形、新潟、富山、石川、福井、京都府、兵庫、鳥取、島根と連日走破し、とうとうゴール下関市のある山口県に入ったのですから。山口県は彼にとって実に12番目の県なのですよね。凄いなあ!! 最後の県である山口県に入った時、そして県庁のある山口市内では、大会本部に無事到着をメールした由。これは決められたルールで、本部からチェックを受けるためのものとか。峠から下り切った時は、疲労と空腹で走れなくなり、一時休憩して予備のパンを食べたそうです。きっと嬉しくなって下り坂を飛ばしたのかも。 今日は山口市をスタートして小野田市の厚狭(あさ)駅前がゴールの予定。いよいよ明日はゴールのある下関市へ向かいます。残り2日。ゴールは当初の予定通り6月1日(水)の午後2時から3時ごろと飽くまでも冷静なO川さんです。きっと今日も慎重に走ってくれることでしょう。O川さんガンバ~!!そしてファイト~!!安全と健康に注意して前進してくださいね~♪
2016.05.31
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TVの人気番組「笑点」の司会者が変わった。初回以来のメンバーだった桂歌丸が病気で引退し、春風亭昇太にバトンタッチされた。昨夜はその初めての会で、珍しく生放送となった。歌丸は病気でやせ細り、まるで骸骨のような容貌になりながらも、50年間出続けた唯一のメンバー。後継者は円楽だと思われていたのに違った。これは東京に在る3つの落語団体から順番に起用するとのルールを適用したためのようだ。 そして新メンバーには林家三平が入った。親父ほどの芸はまだないのだろうが、暫く見ないうちにやはり大人になっていて、それなりの雰囲気は備えていた。第一明るいのが良い。きっと盛り上げてくれると思う。そして24時間TVのランナーとして走るのが林家たい平。緊張した面持ちで抱負を述べていた。 NHKの番組「ブラタモリ」がこのたび国土地理院の賞を受賞した。地理や地形に関して国民の関心を大いに深めてくれたと言うのが受賞理由。私も良く観るが、タモリの地理や地形に関する洞察は並み大抵のものではなく、解説の専門家も舌を巻くほどだ。それに雰囲気がフランクで洒脱だから、内容が堅くならないのも良い。全国の色んな箇所に出かけ、風景や地形の成り立ちを丁寧に案内してくれる。それに歴史、文化、暮らしぶりの紹介と相まって、良い味を醸し出している好番組だ。 NHKの「トットてれび」も愉快だった。昭和20年代から30年代初めにかけてのTVの黎明期に、燦然と現れた国民的アイドル黒柳徹子が主人公。若き日の彼女は怖い物知らず。当時は全て生放送だったため、彼女の度胸や機転が何度も番組の進行を救ったのだ。「ブーフーウー」、「ひょっこりヒョウタン島」、「夢で逢いましょう」などの撮影現場が次々に現れて、とても楽しくかつ懐かしい。 黒柳徹子役の満島ひかるが良い。若さと美貌と型にはまらない自由奔放な姿、そして飽くなき挑戦心。まさに適役だった。また森繁や渥美清、坂本九などを演じる俳優も適役だったと思う。思えばあの時代、TVは茶の間の主役だった。力道山の空手チョップに酔い、「バス通り裏」や「ジェスチャー」や「私は誰でしょう」に夢中になった。戦争で敗れた日本人が、あれで笑いと自信を取り戻した時代だったのだ。後半戦は対象の時代を変える由。ますます面白くなりそうだ。 ディズニーのアニメ『ズートピア』を観た。動物王国に起こった恐るべき陰謀の話だ。黒幕は実に意外な動物。恐らくは誰もの予想が外れただろう。それが動物の国を我が物にしようと企み、陰で魔の手を伸ばす。いやいやたかがアニメ、たかが動物王国の話と馬鹿にしてはいけない。まさかと思うような陰謀が渦巻いていたのだ。「絵」はさすがにきれいで観惚れた。夢もあった。そして楽しさだけに終わらず、何かを感じさせるものが心に残った。 『スノーホワイト ~氷の王国~』を観た。ご存知グリム童話『白雪姫』の翻案で、これは「大人の童話」と言うべき作品だろう。だが原作とは似ても似つかない。美女の姉妹がそれぞれ女王となって戦う話。中には戦慄を覚える場面も多い。実写とCGを組み合わせた美しいシーンが次々と展開され、観客は不思議な世界へと引きづり込まれて行く。 数年前、やはりグリム童話を翻案した映画『マレフィセント』を観たことがあった。あれは『眠れる森の美女』が原作だったが、あまりの迫力に驚いたものだ。素晴らしいCGの世界を垣間見て、こんな壮絶な場面が創れるのかと戦慄したものだ。今回の作品もそれに劣らず極めて芸術性の高い作品に仕上がっていた。世界には美女がいるものだ。 映画『海よりもなお深く』を観た。離婚した夫が別れた後もなお、息子の成長を心配し続ける親馬鹿の話。その息子の心情を想う老母の愛の深さにも感じさせられるものがある。私は離婚家庭に育ち、早くから両親を失っているだけに、特に切ないものがある。人が出会って愛し、訳あって別れて暮らすようになる。愛が憎しみに変わる時、人はどんな行動を取るのだろう。父親と母親の愛情は違う。実は私も末っ子の少年時代のユニフォームを、今も大事に隠している。 主な出演者は似顔絵の通り。これにリリー・フランキーや小林聡美、橋爪功、小澤征悦など。探偵助手役の池松壮亮が私は印象に残った。監督は『そして父になる』の是枝裕。リリー・フランキーや真木よう子も同作品に出ていたっけ。夫婦とはなんだろう。家族とは何だろう。そして愛とは一体何なのだろう。そんなものを殺伐として生きる現代人に対して、改めて問いかける作品だ。 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独挑戦中のO川さんは、昨日の第24日目も無事ゴールされたようで、ホッとしています。昨日は島根県浜田市三隅町から同県最西部の津和野町までの53kmを11時間30分で走破した由。午前11時からは雨になって合羽を着用。津和野まで後7kmの地点で、ようやく合羽の上着だけ脱いで走れた由。途中では地区の運動会も見たそうですよ。 さて、昨日の激走で走行距離の累計は1429.2km(私の計算による)に達しました。それを差し引くと、残りは既に100kmを切ったことになります。今日の第26日目は国道9号線をひたすら西行し、山口市がゴール地点。9号線に沿ってJR西日本の山口線が走っており、ここは時折観光用のSLが走っている箇所ですね。連休中は運行していたのでしょうが、果たして今は見られるかどうか。 今日も中国山地のアップダウンのきついコースです。安全と健康には十分注意して、県都山口を目差して欲しいものですね。O川さんファイト~!!今日無事にゴール出来たら、明日には念願の下関到達ですよ~!!油断しないでこのままのペースを守って走ってね~。ファイト、そしてガンバ。前進あるのみだよO川さ~ん♪(笑)
2016.05.30
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大相撲五月場所は横綱白鵬が全勝優勝。見事史上最多37回目の優勝を果たした。綱取りがかかった大関の稀勢の里は13勝2敗の成績で優勝はならなかったものの、千秋楽に横綱日馬富士を破り、来場所に夢をつないだ。帰り入幕の遠藤と新進気鋭の御嶽海は共に11勝4敗の好成績。これに反して一頃注目された大関照ノ富士は怪我のためわずか2勝しか出来ず、怪物逸ノ城は5勝止まり。こちらは全くの稽古不足で話にもならない。 元プロ野球選手清原の公判があった。覚醒剤取締法違反がその罪名。もう誰でも彼が犯した罪のことは知っているだろう。清原は「遅くとも引退以降から覚醒剤に手を出した」と微妙な発言をしているが、検察側は懲役2年6月を求刑。近く判決が下される。 識者によれば、覚醒剤を使用すると脳は破壊され、人格が変わる由。だから執行猶予ではなく、実刑を受けて刑務所に入った方が完全に断ち切れる由。しかし、覚醒剤使用の後遺症は長くかつ厳しいものらしい。盟友の佐々木主浩が救済に名乗りを上げたが、前途はかなり困難だと思われる。はたしてこの地獄から這い上がって来れるかどうか。 わが東北楽天が借金13の泥沼に落ち込み、パリーグ最下位の悲哀を味わっている。開幕当初は勢いがあって首位を突っ走っていたのに、主力選手の怪我と中継ぎ投手の不出来から次第に負けが込み出した。その後も抑えの松井が大崩壊し、守備の要である嶋捕手が左手骨折で戦線から離脱すると、さらに崩壊が進んだ。それでも東北のファンは暖かく、先日は入場者数の新記録を達成した由。清原じゃないが、何とかこの地獄から這い上がって欲しいものだ。 沖縄で若い女性が殺された。犯人は米軍軍属の男。勤務中でなかったことから警察が逮捕したが、県民の怒りは治まらないようだ。犯人の名前を初めて聞いた時に驚いた。シンザトは「新里」で沖縄の姓だったからだ。だが風貌は日系人には見えなかった。彼は沖縄の女性と結婚し、彼女の両親の家近くに住み、妻の姓を入れて複合姓にしていたのだ。赤ちゃんが生まれたばかりだと言うのに、何と言う裏切りだろう。彼も若いころは麻薬常習者だったようだ。 沖縄県民の怒りが分からない訳ではないが、これで基地の撤去を叫ぶのは早計だ。米軍基地の削減と移動計画は以前から日本政府との間で協議されている。ただし、「日米地位協定」の改定は必要だろう。トランプ大統領が誕生したら、この問題は一体どうなるのだろう。日本の防衛は日本自らが行うことになれば、財政負担どころの問題では済まなくなるからだ。 伊勢志摩サミットが終わった。安倍総理の主導の下に、幾つかの重要なテーマに就いて協議された今回のサミット。世界経済に関しては「下方リスクの高まり」からの脱却を目指し、主要国がこれまで以上の協力体制で臨むことになった。北朝鮮の核開発に関しては、今後も断固とした態度で臨むことも確認された。 中国を名指しこそしなかったものの、南シナ海、東シナ海における現状破壊の行動に強い警告を発し、経済面においても余剰鉄鋼のダンピングへの警戒を行うことが表明された。これに対して中国は、早速抗議の意思を示したが、経済減速による国民生活の混迷はさらに加速するだろう。 サミット終了後、オバマ大統領は米軍機で広島に向かった。先ず原爆資料館を訪れ、次に原爆慰霊碑に花束を捧げて「核と平和」に関する自分の考えを述べ、原爆被災者代表と面会して抱き合い、握手を交わした。原爆を落とした国の大統領が原爆を落とされた国の都市を初めて訪れた意義は大きい。 ノーベル平和賞を受賞した彼だが、アメリカでの核開発はさらに進展しており、世界の核廃絶への道は遥かに遠いと言わざるを得ないのが現状だ。人類の未来に、これから一体何が起き、どう変わるのだろう。それとも暗黒の前途が待ち受けているだけなのだろうか。伊勢志摩サミットは終わったが、日本に、アジアに、そして世界に恒久の平和が訪れるのは果たしていつなのだろう。 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独挑戦中のO川さんは、昨日の第24日目も無事ゴールされました。走ったのは島根県大田市温泉津から同県浜田市三隅町までの58km。かかった時間は11時間だったそうです。これでこれまでの累計は1376.2kmとなり、要した時間は277時間20分となっています。これはあくまでも私の計算であり、誤差があるかも知れません。 昨日特筆すべきことはなかった由。だが山陰路で気づいたのは、廃屋と子供の数が多かったことだったそうです。今日の第25日目は島根県浜田市三隅町をスタートし、同県津和野町がゴールです。津和野は中国地方の小京都と呼ばれ、隣はもう山口県です。国道9号線も日本海から山間部へと入って行くようです。今日も安全と健康に十分注意して走って欲しいですね。 驚くべきことに、O川さんは所属走友会の掲示板にこう書いています。「体調は快調そのもの」。う~ん、凄いですねえ。24日間もずっと走り続けて来て、体調に全く問題なしと言うのは鉄人そのもの。でも決して油断せず、これからもペースを守って無事に下関にゴールして欲しいものです。 残りの距離は136km余り。そして残された日は今日を入れて6日間あります。楽々間に合う計算ですが、今日からはアップダウンの多い山道となります。O川さんファイト~!!そして前進前進!!宮城の仲間がみんなで応援してます。ガンバ~!!
2016.05.29
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5月15日(日)の「仙台鉄人会5時間走」に出た翌日から、腰が激しく痛んだ。背骨が変形したのではないかと思うほどの痛みに耐えかねて、近所の整骨院に行った。先生が言うには骨の異常ではなく筋肉の「張り」による痛みだとのこと。あの厳しいコースを必死になって歩いたせいで筋肉が疲労し、痛みが発生したようだ。私の場合、まだ筋肉量は減ってないそうで、痛みがあっても運動した方が良いらしい。幸いなことに、3日間施術を受けたら痛みは緩和した。 「仙台鉄人会」から5時間走の記録と写真が送られて来た。写真は上のとこれがそう。記録は8周で24km。もちろん5時間走では最下位だった。でも私より1周多い27kmの若者ランナーが2人もいたことに驚いた。へえ~っ、一生懸命走ってもまだその程度の人も居たんだね。10時間走のNちゃんは25周で75kmの記録。あの日コースで出会った時、彼女に自分の過去の記録を話した。どうやらそれに発奮して、私と同記録まで頑張ったみたいだ。 昨年の「歴史旅」から JR東日本の「大人の休日倶楽部」のフリーチケットを買った。4日間乗り放題で1万5千円也。既に安い宿は予約してある。フリーチケットはある年齢の会員は誰でも買えるのだが、問題は座席指定が取れるかどうか。そこで3日間通って、予定の座席を全て確保した。たった一人で訪ねる東北の歴史旅は、昨年に続いて2度目のこと。旅の途中にハプニングが起きるのも想定内。それに厳しさもまた「楽しみのうち」ではある。 先日区役所から連絡があって、例の「個人番号カード」を受け取って来た。昨年の秋にわざわざ写真を張って送ったカード。あれからいつまで経っても連絡がないので、これは何か間違えて書いたのかと内心不安に思っていたのだ。これだけ交付が遅れたのは、きっと1か所に申し込みが集中したせいで、「本人確認」の作業が遅れたのだろう。この番号が定着すれば、「預金の名寄せ」が可能になって税金の不正は困難になるはずだ。まあ世の中には困る人もいるだろうが。 用事があって4年前までパートで働いていた会社へ顔を出した。かつての上司に相談しようと思ったのだが、彼の姿はない。そこで受付の女性に尋ねると、何とその上司は課長職から係長に格下げになり、他の現場で勤務中とのこと。会社に派閥があり、こんなことがたまに起きるのは9年間勤務して知ってはいたが、「ゴマすり」が横行し「天国から地獄」のような人事を平気でする企業とは一体何なのだろう。早々に退散した私だった。 岡山に住む筑波勤務当時の後輩から郵便物が届いた。昨年は筑波山のホテルであった同窓会を、今年は岡山で開催するとの案内だ。いや、正確には案内状ではなく、それぞれの日程の都合を確認するための予備調査なのだが。私は暇人なので、全ての期日に◎を付した。だがその後の体調の変化と、何か予定が入れば参加が困難になる事態も生じるだろう。昨年は三重に住む後輩が病気で参加出来なかった。もし今回彼と会えたら、15年ぶりくらいになるだろうか。 本を買った。磯田道史著「無私の日本人」の文庫本。ご存知の映画『殿、利息でござる!」の原作だ。だがこの本にはあの話の他に、2人の人物が紹介されている。穀田屋十三郎の話は映画で知っているので、最初に読み出したのが大田垣蓮月の話。まだ読みかけだが、著者の描写は実に巧みだ。史実に血を通わせ、肉をまとわせることが可能な歴史学者だと痛感。若いのになかなか面白い男だ。確か日本国際研究センターの准教授だったはず。 さる日曜日(23日)に、仙台は31.6度の真夏日になった。その数日後の最低気温18度も5月の新記録みたい。こんな風に最近どんどん気温が上昇しているのが心配だ。少し前に近所の内科で受けた血液検査の結果が届いた。血糖値に僅かな異常が見られたが、心配ない数値と医者のコメントが付されていた。昨日は頭痛がしたため血圧を測ったら、かなり高めの数値。散歩をし、ケルティックウーマンの美しい歌声を聞いたら、体調も戻ったようだ。 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)23日目のO川さんだが、昨日も国道9号線をひたすら走って午後3時にはゴールしたようだ。昨日は朝に島根県出雲市を出発し、同県大田市温泉津(ゆのつ)温泉がゴール。走った距離は46km、10時間の力走だった。これでこれまでの総距離は1318.2km(私の計算)となり、残り200kmを切った。順調に行けば後4、5日でゴール出来、制限の30日間を十分にクリヤー出来そうだ。彼の記述によれば、国道9号線は内陸に入ると景色が詰らなく、見たのは交通事故で死んだ狸の死骸だけ。海岸に出るとホッとするらしい。歩道が切れて道路を横切る時、地元の方がわざわざ車のスピードを落として、笑顔を見せたことが嬉しかった由。う~ん。なかなか良い話だね。 今日の24日目のゴールは島根県浜田市三隅町。いよいよ最後の県である山口が近づいて来ましたよ。O川さん、今日も安全と健康には十分注意して、前進を続けてくださいね。ファイト~!!そしてガンバ~!!O川さん♪
2016.05.28
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5月2日月曜日、私は仙台市博物館へ行った。本来なら月曜日は休館日なのだが、この日は連休の合間で振り替え祝日。地下鉄「国際センター駅」で降り、歩いて博物館へ向かう。 やっていたのはこれ。内心大したことはないだろうとタカを括っていたのだが、どうしてどうして。国立カイロ博物館所蔵の貴重な展示物が103点も貸し出され、とても見応えがあった。会場内は撮影禁止なので、ポスター、図録、協賛の地元紙の紙面、パンフレット、ビデオの映像から写真を借用したことを、予めお断りしておきたい。 ポスターに載った歴代のファラオ(王)像。 左側は第21王朝アメンエムオペト王(治世は紀元前993年~984年)の黄金のマスク。 右側はアメンエムペルムウトの彩色木棺(左)とミイラカバー(右)で、紀元前1069年~945年の第21王朝期のもの。共に新聞から借用。 左側は王の座像。右側はライオンの姿をした神像。共に図録から借用。 ヘプテの方形神像。第12王朝(紀元前1985~1773年)の制作。新聞から借用。 ナクトのナオス(第12王朝時代の制作)。ナオスとは人物の彫像を収める祠のこと。新聞から借用。 メンカウラー王のトリアード。この王の治世は古王国第4王朝時代で紀元前2532年~2503年。トリアードとは三神像のこと。新聞から借用。 イタ王女の襟飾り。王女はアメンエムハト2世王(紀元前1922~1877)の娘。襟飾りは金属とビーズで制作。パンフレットから借用。 クヌムト王女の襟飾り。この王女もアメンエムハト2世王の娘。両端はハヤブサの頭部。新聞から借用。 ロイとマヤのピラミディオン。ロイとマヤは新王国時代第18王朝(紀元前1336年~1295年)の貴族の夫婦。ピラミディオンは夫婦の墓に埋葬されていたピラミッドの模型で、太陽信仰の象徴。パンフレットから借用。 中央のピラミッドは世界最大のクフ王のピラミッド。新聞から借用。 頂上部に大理石の化粧石が残るピラミッドとスフィンクス。図録から借用。 階段型のピラミッド。図録から借用。 ピラミッドの頂上部に載っていたピラミディオン。図録から借用。 パン造り、ビール造り職人の模型。中王国時代第12王朝(紀元前1985年~1773年)の墓に埋葬されていたもの。これによってピラミッドの建設工事に従事したのが奴隷ではなく、農民の労働者であることが判明した。パンやビールは、労働者のために毎日提供されたのだ。新聞から借用。 早稲田大学のエジプト発掘調査隊。隊長は吉村作治教授。(現在は同大名誉教授で、東日本国際大学学長)。かつてはTV番組「世界ふしぎ発見」に良く登場して発掘の現状を解説していた。上のパンとビールの話も、私はこの番組を観て知っていた。ビデオ映像から借用。 クフ王のピラミッド付近の地下から発見された部材を組み立てて再現された太陽の船。吉村博士はこの他にもう一艘、太陽の船が別の地下に埋まっていることを予言し、その数年後に実在が確かめられている。ビデオ映像から借用。 太陽の船の模型。毎日東から出て西へ沈む太陽は「復活と再生のシンボル」として古代エジプト人に崇められた。太陽はこの船に乗って天を移動すると考えられていた。ファラオも死後はこの船に乗って太陽と共に空を移動すると考え、王のため地下に巨大な船を収めたのだ。新聞より借用。 とても充実した展示内容に満足して家路に就いた私だった。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独で参加中のO川さんは、昨日の22日目も無事完走してゴールされたようで嬉しいです。昨日は松江市をスタートして宍道湖沿いを走る途中、名産のシジミ獲りの船が見えたそうです。ゴールは出雲市の湖陵町で走った距離は52km、かかった時間は10時間とのことでした。 心配していた雨は時折パラつく程度で済み、合羽を着る必要はなかった由。元気なようで何よりです。標識の「出雲縁結び空港」の表現を楽しむ余裕もあり、頼もしい限り。今日は出雲市をスタートし、島根県大田市温泉津温泉にゴールの予定です。安全と健康にはくれぐれも注意して、今日も無事に走れることを祈っています。O川さんファイト~!!そしてガンバ~!!
2016.05.27
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昨年たくさん撮って、まだパソコンの中に眠っていた空の写真。それを生かしてやりたくて、この際何枚かを引っ張り出してみました。ただそれだけでは淋しいので、ところどころに他の写真を散りばめています。「余り物」と言えばそうかも知れませんが、近所の何気ない風景とも言えるでしょう。まあちょっと不思議な雰囲気を味わっていただけたら嬉しいです。 私はいま大きな悲しみと共に、あることと戦っています。そんな気持ちを、近所のごく普通の景色を観ながら自分を慰めています。人生とはいったい何なのでしょうねえ。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関1512km余)に単独挑戦中の走友O川さんは、昨日の21日目は鳥取県琴浦町から島根県松江市までの54kmを11時間で完走し、無事ゴールしたようです。嬉しいですね。雨が心配だったのですが、朝の3時半に起きた時は、もう止んでいたとか。途中パラパラふるようなことがあっても、合羽を着るまでには至らなかったようです。良かったですね。 ただし、あまりの暑さに、この日は走りながら「ガリガリ君」を3本も食べたとか。水分と糖分の補給になるので、それもまた好し。きっと彼のことですから、ミネラル分の補給も欠かしてないでしょうし。これまでの累計ですが、私の計算では走った距離の総数は1220.2kmとなり、総時間数は246時間20分に達しています。ゴールの下関まで残り300kmを切りましたよ~!! 今日の第22日目は松江市から同県の出雲市湖陵町まで。雨の中ですが、国道沿いの宍道湖がしっかり見えることでしょう。O川さん嫌な雨にも負けず、元気で前進してくださいね!!安全と体調には万全の注意で走ってね~!!O川さんファイト♪(笑)今日も宮城のウルトラマラソン仲間が、みんなで応援していますよ~!!
2016.05.26
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今日は撮り溜めた写真の中から、私が面白い形だと感じたものを選んで並べてみますね。でも面白さの対象は人によってそれぞれ違うので、ひょっとしたら呆れる人もいるかもね。まあそう仰らず、観るだけでも観てくださいな。そして何かを感じてもらえたら、ヘボ写真も喜んでくれるでしょうから。 いかがでしたか。爺のヘボ写真は。私は自然も大好きなのですが、案外このような無機質でシュールな映像も好きなのですよね。それだけでは淋しいので、合間に「花や緑」も入れてみました。時々自分のブログでこんな写真館を開くのも、楽しいですね。 < 今日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独挑戦中の走友O川さんは、昨日の20日目も無事完走して、目的地にゴールされたようですよ。昨日は鳥取市浜村温泉をスタートしてひたすら国道9号線を西行し、鳥取県琴浦町の赤碕がゴール。早めに出発したせいで、早めに到着したら、宿には誰もおらずにビックリしたそうですよ。41kmを9時間で走り切ったそうです。 昨日走ったコースは砂丘の直ぐ傍で、鳥取名物のラッキョウ、長芋、葉タバコなどの栽培のため、スプリンクラーが常時動いており、タイミングが悪いと水を被るため大変だった由。長い日本列島では、実に色んなことがあるものですねえ。 今日は朝からあいにくの雨。午後には小止みになるようですが、西の方から天気が崩れて来ているので、きっと苦戦するかもね。今日のゴール地は11番目の県である島根県松江市です。途中で「中の海」と「宍道湖」が見えるでしょうか。雨の中でも安全と健康に注意して走ってくださいね。O川さんガンバ~!!そしてファイト~♪
2016.05.25
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高温の今年は、畑の作物や庭の花や樹木の成長がかなり早い。今日は久しぶりに我が家の畑と庭の様子を紹介したい。 キュウリの種はポットに蒔いたものが全部失敗し、発芽しなかった。これは改めて種を買い、畝に直蒔きしたもの。毎日水やりをしてるせいで発芽率はまあまあだが、まだ芽が出てない箇所もあるのがちょっと心配。 オクラもポットに種を蒔いたのだが、発芽したのはこの1株だけだった。その1株を仮の場所に移植した。残りはタマネギ収穫後の畝に、改めて直蒔きする予定。きっと蒔いた時期が早過ぎたのだろう。 ブロッコリーもポット蒔きの分は全滅で、これは空きスペースに直蒔きした株。今は1本ずつ離して仮に移植中。タマネギ収穫後の畝に本移植の予定でいる。 サンチェはお向かいさんから1.5cmほどに育った苗をもらって移植したもの。水やりと追肥が効いて、今では大きなものは10cmほどまでに成長している。肉などを巻いて食べると美味しい野菜で、サラダにも良い。 インゲンは最初に「平さやインゲン」の種を直蒔きしたが発芽したのは3株だけ。このため新たに別の種類のインゲンの種を購入して同じ場所に蒔いた。今は全ての支柱ごとに発芽し、最初の苗は高さ15cmほどまでに成長している。この調子で行けば結構収穫が望めそうな感じなのだが。 2本の苗を購入して植えたミニトマトは、高さ35cmほどまでに成長して幾つか花が咲き出している。これは毎年脇芽を摘まずにそのまま成長させている。小さいけどたくさんの実を収穫するためだ。この他に2本の苗が昨年のこぼれ種から発芽しており、そのうち空きスペースが出来たら、本移植する予定でいる。 裏庭にこの春蒔いた春菊は、現在高さ20cmほどまでに成長した。乾燥を嫌うため、毎日水やりをし、追肥を施したのも効いたのだろう。もうそろそろ切って料理に使えそう。このまま放置すると「薹」が立って花が咲き出すだろう。 これは根っこだけ植木鉢に移植し、冬の間室内に取り込んでいた雲南百薬。それを春先に畝に本移植した。もう立派な葉が出て十分食用になるが、さらに成長させるためそのままにしてある。粘り気のある健康野菜で淡白な味。6本の株のうち3本は今年で4年目を迎える古株で、根元も太い。一体何年冬越しが可能なのか試したい気もするのだが。 トマトの苗は今年10本に減らした。ただし、そのうち6本は大玉が獲れる種類のものを選んだ。花はミニトマトと同じく黄色。脇芽はこれまでに2度摘み、一本立ち状態にする。大きな実を収穫するためだ。毎年1本か2本は実の付き方が悪い苗が混じっているが、今年はどうだろうね。現在40cmほどまで成長しているが、その傾向はまだ見えない。 暖冬の影響で今季はネキリムシ(根切り虫)の食害で枯れた苗が目立ち、2度も苗を追加購入したタマネギもようやく球が太り出した。5月中の収穫は無理だが、6月半ばまでには収穫出来そうな感じ。乾燥続きの昨今は、時々水やりが必要。収穫後の畝にはブロッコリーを本移植し、オクラの種を蒔く予定でいる。 これはジャガイモの花で、品種は「シロハヤ」。14株の間にも茎が伸びてるのは、昨年地中に採り残した小さな芋が発芽したのかも知れない。ほとんどが2本の茎だけだったため、間引きはしないで済んだ。この分で行けば、6月中には収穫が可能な感じ。その後の畝には大根の種を蒔く予定。 左は裏庭のイチジクで、右は梅の実。イチジクは昨年の実が暖冬の影響で、そのまま残ったもの。こんなのは初めてのことだ。梅は今年「裏年」だがアブラムシもつかず、まあまあの収穫量になりそう。 このほか、春に新しい苗を植えた渋柿の成長も順調。野菜ではナス、カラーピーマン、ツルムラサキ、ゴーヤなども順調に育っているのが嬉しい。 ここからは我が家の庭の花。最初の花はミニバラ。一斉に咲き出した春先の賑やかさはないが、今は地面が見えないほど、葉が生い茂っている。その分草取りも大変で、暑さの中の作業はまさに地獄。涼しい朝のうちが良いかもね。 梅の木の根元に咲いているムラサキツユクサ。素朴な花だ。 白いシランの花が、まだ花壇で頑張っている。もう3週間は咲き続けているのだが。 これも地味なサンズンアヤメ(三寸菖蒲)の花。 垣根のバラは散り始めたものもある。だが蕾がたくさんあるので、当分は楽しめそうだ。 こちらは郵便受けのある垣根のバラ。深紅の色がデジカメではあまりきれいに出ていない。 玄関の花瓶。妻は時々庭の花を切って、玄関や和室などに飾って楽しんでいる。この他にも余所の庭で撮ったたくさんの花の写真が、まだパソコンの中で眠ったままだ。さて、どうしたもんじゃろうのう♪ < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独挑戦中のO川さんは、昨日の第19日目も無事完走し、ゴールしたようです。昨日のスタート地は兵庫県新温泉町で、日本海側の国道に戻るため朝4時半に走り始めて、最初の峠越え。国道に出てからも鳥取県境の峠越えが待っており、ここは「蒲生トンネル」を通過。 10番目の県である鳥取県に入ってからは、一時国道9号線を離れて「砂丘道路」へ。ここで記念撮影後、「砂の美術館」を見学する余裕ぶり。そこからさらに鳥取市浜村温泉まで走って、そこがゴール。52kmを11時間で走り切った19日目でした。 今日は鳥取市浜村温泉をスタートし、鳥取県琴浦町赤碕がゴールの予定です。ここはブログ友blue birdさんが住んでいる町です。現地の天気予報によれば、午後3時ころから小雨になるみたい。安全と健康に十分注意し、今日も元気で走ってほしいと願っています。O川さんファイト~!!宮城の走友達が、みんなで応援してますからね~!!
2016.05.24
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5月3日(火)憲法記念日のこの日、私は宮城県美術館を訪れた。 やっていた特別展は『レオナルド・ダヴィンチと「アンギアーリの戦い」展』。あまり聞き慣れない名前だが、イタリアが幾つかの国に分かれて戦っていた中世時代の絵の研究のようだ。もちろん会場内の撮影は禁止されている。そこでこの特別展を協賛した地元紙の紙面に載った写真と、館内で放送されていたビデオの画像を借用することにした。我ながらグッドアイデアだ。 これは現在のフィレンツェの市街地。(ビデオ画面から) そしてこれがヴェッキオ宮殿。(ビデオ画面から) これは同宮殿内の「大評議会広間」で、現在は「500人大広間」と呼ばれている。この右側の壁に、当時のフィレンツェ王国の国家主席が「アンギアーリの戦い」の場面を描くよう2人の画家に依頼した。(ビデオ画面から) 壁画制作を依頼された画家とはレオナルド・ダヴィンチ(左側1452-1519)とミケランジェロ(右側1475-1564)。2人とも当時の美術界の天才。早速2人は制作に取り組んだのだが、残念ながらどちらも未完成のままに終わったようだ。制作中の絵は1560年代に別の絵で覆われるまでは、観賞出来たそうだ。(ビデオ画面から) これはミケランジェロの下絵を模写してサンガッロが1542年に描いた「カッシーナの戦い」の図。(新聞より転載) 一方この絵は「東京富士美術館」が所蔵していたもの。それをイタリアに寄贈した。「ダヴォラ・ドーリア」(ドーリア家の板絵)と呼ばれるこの絵は作者不詳だが、イタリア寄贈後に研究された結果16世紀前半の作品と判明した。しかもダ・ヴィンチのデッサンを参考にしていることも判明。そのことで一躍クローズアップされ、今回の展示となった由。今回の特別展は、当時の戦争画がどう描かれたかが中心の、いわば研究展とも言えよう。 ミケランジェロは古来の作法に則り、形式的に描いた。(上の図参照)ところがダ・ヴィンチはそれを嫌い、戦闘している姿をリアルに描こうとした。そこで様々なデッサンを描き、研究に研究を重ねた。だからこの絵にはダ・ヴィンチの苦心の跡が現れていると言う訳だ。特別展には同時代の作品や、ダ・ヴィンチの発明品(ヘリコプターの原理)の模型なども展示されていた。(同展のポスターを撮影) これは上の絵の一部を拡大したもの(ビデオの画面から。以下同様) こうして見ると、いかにも形式的で古典的なミケランジェロの下絵とは全然違って、生々しい戦闘の場面が描かれていることが分かるだろう。迫真の物とするため、ダ・ヴィンチがいかに研究したかが分かる。 これがダ・ヴィンチのデッサン図(ビデオの画面から) そしてこれがその一部。板絵の構図と酷似していることが分かるだろう。(ビデオの画面から) 戦闘をテーマにしたダ・ヴィンチのデッサン図(ビデオの画面から) 馬の各部位の詳細なデッサン図。(新聞の紙面から) 17世紀初頭にルーベンスが描いた「アンギアーリの戦い」。これもダ・ヴィンチの下絵が基礎になっているそうだ。(新聞の紙面から) 上の絵を立体的に模型化したもので、日本の大学が制作した。これによってダ・ヴィンチが戦闘をどう描いたかが、より理解出来るようになった。兵士達や馬がどう絡み合っていたかが一目瞭然になったためだ。(ビデオの画面から) どちらもダ・ヴィンチの絵を模写した16世紀の作品で、作者は不詳のまま。(新聞の紙面から) こんな風に、通常の美術展とは趣がかなり異なる特別展だったが、作品の真贋を含めて美術品の研究の実態を垣間見たような気分になって面白かったとも言えようか。この日もたくさんの写真を撮った私だった。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独出場中のO川さんですが、昨日の第18日目は兵庫県養父(やぶ)市から同県新温泉町までの39kmを8時間で走破し、無事ゴールしたようです。途中ではあまりの暑さに、渓流に足を突っ込みたくなったとか。 またこの日は距離が短かったため朝もゆっくりで、初めて宿泊先で朝食を摂ったそうです。普段はどんな風に朝食を摂っていたのでしょうねえ。また、この日は早く宿に着いたことで、ゆっくり温泉を楽しむことが出来た由。良かった良かった。たまにはそんな楽しみもないとねえ。 今日の第19日目は兵庫県新温泉町湯村温泉から鳥取県鳥取市の浜村温泉までの予定。いよいよ山陰路に入り、山口県に近くなりますね。これまでの累計は1073.2km(私の計算による)。残りは440kmほどになりました。今日もゴールの温泉を楽しみに、元気で走ってほしいと願っています。O川さんさらに前進だよ~!!ファイト~!!
2016.05.23
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花に寄せてまだ小さかったオオテマリが純白の大きな花房になりその花も変色して落下した垣根のモッコウバラが疎らに咲いていたのは初めのうちだけで満開となって芳香を放ち今は醜悪な姿を曝している若かった日々は一体どこへ消え去ったのだろうあの時確かにあったはずの愛は一体どこへ行ったのだろうあれから五十年の歳月が流れたが人は歳を取るごとに何かを得その代わりに何かを喪失うのだろう五月風がそよぎ雲が光る太陽はまだ天空に在りやがては月も昇るだろう過ぎ去った日々のように何食わぬ貌をしてホオズキの白い花日ごとに膨らむ葉陰の青梅クレマチスは勢いを増し子鴨はずいぶん遠くまで泳げるようになった五月空は俺の頭上に高く道は俺の前に遠いそして心の奥底では不安という生き物が密かに息づいている亡くなる知人が増えたブログを休んだりコメント欄を閉じた友もいる夜逃げして音信不通のクラスメイトいつも電話をかけて来て同じ話を繰り返す認知症の先輩も咲いた花はいつか散り出会いはいつか別れを迎える定め記憶は忘却へと変貌し希望は失望によって谷底へと突き落とされる1512km先のゴールを目指してたった一人黙々と走り続ける後輩4カ月ぶりにブログを更新した友愛する家族を失った友は哀しみに耐えながらも新しい生活をスタートさせた目には見えない季節だが少しずつ変化して止まることを知らない前途に何があるのか分からない俺だがそれでも俺はこの弱り始めた二本の脚で前へと進む老化と死という未知の世界へ手探りのままたった一人で < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に単独で挑戦中のO川さんですが、昨日の第17日目は京都府舞鶴市大江町から兵庫県の養父(やぶ)市までの43kmを9時間で走破し、無事ゴールしました。これで走った距離の累計は1034.2km(私の計算上)となり、残りは500kmを切りました。 昨日はスタートからゴール地点まで、ずっと歩道があることに驚いたそうです。午前10時には気温が29度に達し、暑さに苦しんだようですが、まだまだ元気なようで何よりです。18日目の今日は兵庫県養父市から同県新温泉町(津村温泉)までの予定。いよいよ明日は山陰地方の鳥取県に入りますね。今日も健康と安全に注意して慎重に走ってほしいですね。O川さんガンバ~!!
2016.05.22
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夕方、西の空が明るくなります。一日中空の上で輝いていたお日様が力尽き、とうとう沈んでしまうのです。遊んでいた子供達はそれぞれの家路に就きます。「さようなら、また明日」。「明日また遊ぼうね」。「ウソついたら針千本飲ま~す」。昔は良くこんな光景が見られたものです。 でも今はどうでしょう。子供達も道草は食わず、学校から塾へ直行でしょうか。きっと空を見上げることも少なくなったのでしょうね。もったいないですよ。私達の上にはこんなきれいな空が広がっているのに、見上げて観ないなんて。黄昏時。次第に空の色が変わり、やがて夜になります。その美しくも激しい微妙な色の変化を、今日はお届けしますね。 ここまではいつも散歩しているM公園の夕景色です。ここから家に向かって帰ります。 仙台市太白区のシンボル、太白山の夕景です。 林と林の間から沈んで行く夕陽が見えます。 蔵王連峰方面の空も茜色に染まっています。 その一部をズームして見ました。 公園の近くの中学校です。地表部はまださほど夕焼けに染まってませんね。(以下同様) ここからはA公園の敷地内です。(以下同様) 公園の上空左に、飛んでいるカラスが写っています。カラスも家に帰るのでしょう。 夕日が沈む間際の地表は、不思議な美しさに包まれています。 美しい残照です。 個人のお家と落日です。 まさに西の空に落ちて行く微かな太陽の光です。 お日様が隠れると、その代わりに家々や道路の灯りが一斉に点き始めます。そしてこれから長い夜が始まります。空にはお星さまが輝き出しました。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)単独出場中のO川さんは、昨日16日目でした。福井県おおい町をスタートし、ゴールは京都府舞鶴市大江町。52kmを11時間で走破しましたが、いつの間にか舞鶴市に入っていたと言うのが彼の感想。何とも悠然とした鉄人ですね。でもここには適当な宿が見つからなかったため、付近の福知山市のビジネスホテルに宿泊した由。駅前の大きなスポーツ店で、新しいシューズを購入したそうです。これで一安心ですね。これまでにもう千km近く走り続けても、体の異常や怪我は全くないそうです。ただし浮腫み(むくみ)がある由。恐らくは下肢や腕の先端だと思います。血行不良になってるのかも。ちょっと心配ですね。 今日は早朝の電車で舞鶴市大江町に戻り、そこからスタートして兵庫県養父(やぶ)市に向かいます。走り始めて9kmちょっとで千kmを突破するはず。(新潟県で道に迷ってるため、本当はもう千kmは突破していますが(笑))今日も暑さに負けず、前進して欲しいですね。O川さんファイト~!!
2016.05.21
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久しぶりの花の写真ですが、今日は「秘密の花園」風に仕立ててみました。どうぞお楽しみくださいね~♪ あれまあ。まだ作業中なのに間違って公開してしまいましたが、きっとぐちゃぐちゃの状態でしょうね。多分それも面白いと思うのですが。 <本日のO川さん情報 > 「本州横断レース」を単独で走っているO川さんですが、昨日の15日目も無事ゴールされたようで、一安心です。走ったのは福井県敦賀市から同県おおい町まで。恐らくは「大飯原発」のある町でしょうね。この日の走行距離は53kmで、これに要した時間は13時間30分とのことでした。 宿に着くなりビールを頼み、大急ぎで入浴と洗濯を済ませた後で、自らの一日の健闘を讃えグビグビグビ。きっとこの時が最高の気分でしょうね。日中郵便局で現金を引き落としする時、あまりの色の黒さに女性局員が驚いたとか。そんなことを走友会の掲示板に書いてくれました。 これまでの累積距離は939.2kmに達しました。今日は福井県おおい町から京都府の大井町となってますが、恐らくは舞鶴市大江町の間違いのはず。私は大阪勤務時代に「福知山マラソン」に出たり、ロードレーサーで高槻と舞鶴を往復(約200km)したことがありました。今日も暑さに負けず、頑張ってほしいものです。O川さんファイト~!!
2016.05.20
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私は散歩しながら良く色んなものを撮影します。建物、空、花、自然、彫刻、不思議な形のものなどです。樹木もその一つ。それでついついついついパソコン上に写真が溜まってしまいます。今日はそんな写真の中から、身近な「生の形」を紹介したいと思います。呆れずにお付き合いいただけたら嬉しいです。 A公園のサルスベリです。まだ肌がツルツル状態です。(4月19日撮影) 民有地に植えてあるサルスベリの木です。赤い新芽が出て来ました。(5月13日撮影) T大構内の手入れされてない雑木林です。(4月29日撮影) T大構内の雑木。2番目の職場の仮校舎跡地です。木造の校舎もコンクリートの書庫も壊され、懐かしいこの地に1本の樹が立っているだけです。(4月29日撮影) ケヤキは宮城県の県木であり、仙台市の市木でもあります。冬の間は葉を落としていた木が、今は新緑に包まれています。(宮城県美術館にて 5月3日撮影) 左側は葉の美しさに惹かれて撮りました。(宮城県美術館にて 5月3日撮影) 右側は「地底の森ミュージアム」の庭に、縄文人の食糧の見本として植えてある山ブドウの木です。(5月5日撮影) とある民家の庭に植えられた「ハンカチの木」です。白く見えるのは「苞」です。仙台市野草園のハンカチの木は枯れてしまったのに、こちらでは見事に成長して通行人の目を楽しませてくれています。(4月29日撮影) 左側はある民有地のタケノコです。増え過ぎて困るのか根っこが掘られています。(5月13日撮影) 右側は「縄文の森広場」構内のタケノコ。別な種類ですが、立派に育っています。(5月4日撮影) 空家の庭のヤマナシ(山梨)。誰も住まない家で、見事な大木に育っています。秋には小さな実が生ります。(4月19日撮影) 民有地の山藤。何本もあった木がほとんど切られ、わずか2本だけ残っています。(5月13日撮影) 農家の土手のハハコグサ(母子草)。刈らないためこれだけの群落になったのでしょう。(5月13日撮影) 左側はホオズキの花です。実は誰もが知っていますが、地味な花は知らない人が多いでしょう。(5月13日撮影) 右側は別な民家の青梅です。今年もまた梅の実が生る季節になりました。(5月13日撮影) 左側はワラビで、右側は山ウドです。どちらも食料になりますが、誰も採らないため育ち過ぎてもう食べられません。農家の土手にて。(5月13日撮影) 農家の畑のキャベツ。高温が続いた今シーズンは畑の作物の成長が著しく、キャベツも育ち過ぎて爆裂しています。こうなると出荷出来ず、畑で腐るだけの運命です。(5月13日撮影) 左側はノゲシの綿毛で、右側はタンポポの綿毛です。どちらも空き地に生えていました。綿毛についた種が風で飛び、どんどん繁殖して行きます。(5月13日撮影) 緑地帯に生えたツバナです。正式名はチガヤ(茅萱)で、これの花のチバナが訛ったのでしょう。(5月13日撮影) 「台の原森林公園」で見かけたノリウツギ(糊空木)で、アジサイの仲間です。5時間走でコースを歩きながら撮りました。(5月15日撮影) 民家の庭で咲いていたハマナスの花です。良く見ると2匹のハナアブ(花虻)が花の中で花粉を集めています。(5月13日撮影) < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間1512km余)に参加中のO川さんは、昨日の14日目は福井市から敦賀市(共に福井県)までの61kmを13時間かけて無事完走したようです。途中で道路際で休んでいた5人の運転手さん達とお話し、青森から山口まで走っている途中だと言うと、皆驚いて応援してくれたそうです。全くの余裕ですね。これまでの累計距離は881.2kmに達しています。 15日目の今日は敦賀市から京都府の舞鶴市大江町までの予定。私はその途中の福井県小浜市の海岸を走ったことがありました。今日も日本海側はかなり暑くなりそうです。体調と安全に注意しながら元気で走って欲しいですね。O川さんファイト~!!
2016.05.19
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5月5日こどもの日。私は自転車に乗って「地底の森ミュージアム」へ行った。企画展「地下鉄沿線の遺跡」を見るためだ。ここの地下には旧石器時代の森が、そっくりそのままの形で眠っている。その森の保存館の機能も兼ねているのがこのミュージアムだ。ここのマスコットは富沢博士。アトムの「お茶ノ水博士」にちょっぴり似てるかもね。 これが地下に眠っている「地底の森」ですよ。世界でも唯一の珍しい保存状態です。 では早速企画展が開かれている部屋へご案内しましょう。 <南北線富沢駅周辺> 「下の内遺跡」(縄文時代)の発掘状況です。ここは私のランニングコースでもあります。 同遺跡出土の「土こう墓」と配石遺構です。死者を葬った聖域の雰囲気がありますね。 いずれも同遺跡から出土した深鉢です。 左は1対のイヤリング(土製)で、右は注口土器です。 伊古田遺跡から出土した浅鉢(左)と土偶(右)です。ここも富沢駅の直ぐ傍にある縄文時代の遺跡です。 左は富沢駅の東側500mほどのところにある「春日社古墳」(円墳)の発掘状況です。右はこの古墳の土中に残っていた痕跡から復元した「隼人の盾」です。この盾が出土したのは全国でも珍しく、東北では唯一の場所です。 ここが大和朝廷と深い結びつきがあった東北の最先端文化地帯であったことを証明しています。それらの貴重な遺跡が、開発の名のもとに破壊されてしまいました。30年近くかかって発掘されたこの一帯は、今新しい街並みが出来ています。 <東西線荒井駅周辺> 荒井東遺跡では、弥生時代の田圃が発掘されています。 この周辺はつい最近まで田圃で、弥生時代から既に2千年にも亘って水田が開発されて来た訳です。 左は石鏃(せきぞく:石製の矢じり)で、右は弥生式土器の高杯(たかつき)です。 <東西線薬師堂駅周辺> 薬師堂東遺跡の発掘状況です。ここは奈良時代の初頭に陸奥国分寺と国分尼寺が建立された土地でした。 この遺跡から陸奥国分寺の梵鐘を鋳造した際の遺物が出土しています。 左は出土した梵鐘の鋳型の一部で、右はこの鋳型が梵鐘のどの部位に当たるか図示したもの(赤の矢印)です。 <東西線川内駅周辺> 川内遺跡発掘状況。ここは旧仙台城の二の丸跡地で、江戸初期の遺跡です。 左は徳利で、右は注口器です。 出土した茶碗と小皿です。どちらも現在とあまり変わらない感じを受けます。 左は「亀岡トンネル遺跡」の発掘状況です。ここは武家屋敷跡です。右は軒丸瓦です。 共にここから出土した小皿です。今でもそのままで使えそうですね。 <東西線大町西公園駅周辺> 左は「桜が岡遺跡」の発掘状況。ここも江戸初期の武家屋敷跡です。右はここから出土した花瓶です。 出土した鯱瓦(しゃちがわら)で、立派な物です。恐らくは「鬼瓦」と同様に屋根を飾っていたのでしょう。 同遺跡から出土した徳利(左)と軒丸瓦の紋様(右)です。 同遺跡から出土した急須(左)と茶碗(右)です。 地底の森ミュージアムの企画展を開催するスペースも狭いのですが、前日訪れた「縄文の森広場」に比べればずっとマシな方でしょうか。ともあれ暮らしの身近な場所にあるこれらの遺跡から、私達の祖先が暮らした生活の息吹を感じられたことは幸いで、とても有意義でした。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関1512km余)に挑戦中のO川さんですが、昨日の13日目は石川県白山市から福井県福井市までの63kmを13時間で走破し、無事ゴールしたそうです。朝は雨に苦しんだものの直ぐに晴れ、途中では「一筆啓上 おせん泣かすな馬肥やせ」の短い手紙の逸話で有名な「丸岡城」にも寄り道したとか。まさに余裕ですね。 また逆方向から歩いて来る同じくらいの年齢の男性と話した所、長崎から群馬まで歩いている途中とのこと。まさに奇縁ですね。今日の第14日目は福井市から同県敦賀市までを予定。青森の息子さんが掲示板に「父が無事走れているのは皆さんの応援のお陰です」と書き込まれていました。父と子の暖かい絆に拍手です。今日も頑張って前進してね~。O川さんファイト~!!
2016.05.18
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5月15日日曜日。自転車と地下鉄で台の原森林公園へ向かう。ここが「仙台鉄人会5時間走大会」の会場だ。早速受付で会費2千円を支払い、ゼッケンナンバーなどを受け取る。あの「東日本大震災」の年は開催が中止されたため、私は6年ぶりの参加だった。その間に私は不整脈の症状が見つかり、3度手術を受けた。そして同時に老化も進み、一気に体力、筋力を失ってしまったのだった。 大会名に5時間走とあるが、実際は10時間走の部もあり、早朝6時には既にスタートしている。名簿によれば10時間走の参加者数は11名。またシニアフルマラソンも6時のスタートで参加者数は1名。それ以外の3時間走(12名)、フルマラソン(5名)、5時間走(16名)は10時のスタートだ。選手の合計は全部で45名と言う規模の、こじんまりとした大会。アットホームな雰囲気に溢れている。 5時間走の部で、私はどうやら最長老のようだ。6年間不参加のうちに、すっかりメンバーが変わってしまった感じ。5月の第2日曜にあるこの大会は、私にとっては6月の第1日曜開催の「いわて銀河」100kmの練習台で、10時間走の部に出ていたのだ。半袖シャツにゼッケンナンバーをつける。心配のある膝にはテーピングの上からサポーターを付け、さらにサポート機能のあるハーフタイツを穿いていた。問題は腰。果たして痛みがある状態で、厳しいコースを5時間も歩き通すことが出来るのだろうか。 9時45分。選手が集められ、スタッフから注意事項の説明。10時ジャスト。4つの部の選手が一斉に走り出す。フルの部だけは半端な195mを最初に走り、後は1周3kmのコースを周回する。そして1周するごとに自分のナンバーの「札」を1枚ずつ剥がす。そこに現れた数字が、走り終えた周回数と言う訳だ。私はこれまで7回出場し、いずれも完走している。また足の故障で走れない年は、ボランティアとして選手のお世話に廻ったこともあった。だからコースは熟知している。6年ぶりのコースが何だかとても懐かしい。 これが台の原森林公園の地図で、朱色の楕円形がコース。1周すると3kmで数え易い。だが甘く観てはいけない。コース中には最大高低差が50mもある坂があり、その他にも10mクラスの坂が2か所はある。だから1周するごとに最低でも70mは登り降りすることになる。それが次第に足、膝、腰に効いて来るのだ。だから最後まで走り切るためには「イーブンペース」で行くのが肝要なのだが、初めての参加者は張り切り過ぎて最初から飛ばしてしまう。(◎印が大会本部の設置場所) 公園の中にはこんな距離標示が要所要所に設置されている。ここを練習コースにしてる市民ランナーも多く、この日も大会参加者とは別に、自由に走っているランナーがたくさんいた。最初の1周は時計回りに廻った。これが正式のルールだが、飽きたらコースを逆走しても良いことになっている。 左が最大の高低差がある「激坂」。初めは走って登っているが、やがて歩いて登るようになる。それを最後まで走って登れるランナーはよほど鍛錬した人だ。 私のこれまでの記録を参考までに記しておこう。 平成9年 53歳 フルマラソンの部 4時間07分59秒 平成11年 55歳 フルマラソンの部 4時間26分38秒 平成15年 59歳 5時間走の部 44km 平成17年 61歳 5時間走の部 43km 平成20年 64歳 10時間走の部 72km 平成21年 65歳 10時間走の部 75km 平成22年 66歳 10時間走の部 75km 43kmや44kmと3の倍数にならないのは、フルマラソン以上の距離にするため、制限時間内に自主的に走ったため。因みに75kmは25周分相当。私は地下鉄の始発時間の関係で、10時間走はいつも他のランナーより1周遅れてスタートするのが常だった。この厳しいコースを良くこれだけ走れたものだ。今はそのコースをゆっくり歩いている。 2周目は逆廻りしてみた。走っているランナーの顔を確認するためだ。3周目と4週目は軽く走ってみた。やはり膝に来た。もう最盛期の自分ではない。無理は禁物だ。初めの頃は痛んでいた腰が、周回するうちに腰が伸び、痛みを感じないようになった。やはり姿勢が重要なのだろう。手を振って元気良く歩くと、案外大丈夫だと分かった。 犬を連れて散歩する人、家族連れで公園へ遊びに来た人。音楽の練習をする人。園内には地下鉄の駅もあり、市の科学館もある。そんな園内の景色を楽しみながら写真を撮る私だった。 左の写真は仙台明走会のランナーで、左側がNちゃん。彼女は「いわて銀河」100kmの練習で10時間走の部に出ている。右はKさん。両親とも強いランナーで、彼女はフルマラソンの部。ちょうど1週間前に「仙台国際ハーフマラソン」を完走したばかりで、この日はアーリースタートで颯爽と走っていた。 胸にゼッケンナンバーのないのは走友のHさん。この日は練習で公園内を走っていた由。彼と最初に出会ったのは「秋田内陸ウルトラマラソン」の100kmの部。彼の故郷はそのコースの途中の町なのだ。あれからもう20年近く経つだろうか。 1周すると大会本部に戻る。ここにAS(エイドステーション)があって、飲み物や食べ物が備えてある。これらや「スポーツ保険」加入も含めて2千円のエントリー料は、今の時代激安だ。スタッフは仙台鉄人会の家族や、ランナーのボランティアなど。この日もSさんがスタッフとして働いていた。私の次の「レース」は彼女が所属する走友会主催の「チャリティーラン」で6時間走大会。7月初旬の開催だ。 左は見知らぬランナーからの差し入れ。隣の席にいた女性ランナーがご馳走してくれたもの。右は大会本部が用意したソーメン汁。これがのど越しが良い上に塩分補給にもなって助かる。特に暑い日は、こんなサービスが嬉しいものだ。 10時スタートで5時間走は午後3時に終了するが、最後の1周は20分以上余裕があるランナーだけ走って良いのがルール。私は「歩き」のため、早めに終了した。周回数は8回。1周3kmなので24km歩いた計算だ。まだ元気だった昔のようには行かないが、歩けるだけでも満足しないとねえ。 (因みに8周すると、標高560mの山を登り降りした計算)。ゴール後に記念撮影と「完走証」の授与。また走後に味噌汁のサービスがあり、これで再び塩分の補給が出来た。 濡れタオルで体を拭き、着替えを済ませる。実に清々しい気分。最後に走ったレースは70歳の記念で出た沖縄の「久米島マラソン」(フル)だったので、私にとっては2年半ぶりのレース気分を味わったことになる。スタッフのWさん、Fさん、Yさんなどに挨拶して帰途に就く。地下鉄の駅まで歩いて5分の至近距離。とても気楽な大会だ。ありがとうねスタッフの皆さん。でも10時間走の部は、ゴールまで後1時間残っていて、最後の踏ん張りだ。 右は本部前に在る「茉莉花像」。これで「まつりか」と読み、この公園のシンボル。アラビアジャスミンのことを指すようだ。さようなら茉莉花像。また来年も来れると良いね。<完> < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」参加中のO川さんですが、昨日の12日目は富山県高岡市から石川県白山市までの54kmを12時間で走破し、無事ゴールしたとのこと。この日の気温は28度から30度の猛暑で、汗をかきながらのランになった由。 県境の倶利伽羅トンネル(峠は木曽義仲が牛の角に松明をつけて平家の軍を破ったことで有名)は道幅が狭い上に歩道がなく、照明も暗くてトラックが通ると壁に張り付いて避けたそうで、怖い思いをした由。無事通り抜けた時は、ホッとしたそうです。さらに金沢市内ではコース傍にスポーツ店があり、すり減ったインソールの替えを購入出来たようで、一先ず「足の心配」は解消したようです。 今日は石川県白山市から福井県の福井市までの予定。走後直ぐに渡る「手取川」の上流に、かつて私が単身赴任で勤務した職場があり、この辺りの道路は懐かしい所です。今日も気持ちを切らさず頑張って走って欲しいものですね。O川さんファイト~♪
2016.05.17
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昨日出場した「仙台鉄人会5時間走レース」では、5時間近く歩いて24kmに達しました。朝起きると腰痛で苦しみましたが、最後まで歩けて良かったです。疲労などのせいでまだ写真が整理出来てませんので、今日は「花の絨毯」の3枚目に挑戦してみます。果たして今日の織り具合はどうでしょうね。皆さんもどうぞお楽しみにね~!! 今日は42枚の花の写真を使って、「私なりのレインボーカラー」の絨毯を織り上げた積りですが、果たして首尾はどんなでしょうね。1回に45枚前後を使っていますが、実はまだまだ花の写真はあるのです。次回はどんな絨毯を織ろうかと、密かにアイデアを練っている私です。どうぞお楽しみにお待ちくださいね~。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(1512kmほど)に参加中のO川さんは、昨日富山県の魚津市から高岡市(富山市は錯覚とのこと)までの52kmを10時間かかって無事走破。途中の富山市ではG7に伴う「環境サミット」が開催中で警戒が厳しく、コンビニ弁当を買って食べたとか。それでも体調はすこぶる好調とのことで、鉄人ぶりが頼もしい限りです。 私は高岡市の「万葉マラソン」(ハーフ)を走ったことがありました。また「立山登山マラニック」は3度出場し、標高3003mの雄山頂上に2度立ちました。O川さんの走った累計は700kmを超えて、残りは800kmちょっとに減りました。嬉しいですね。今日は富山県高岡市から途中金沢市を通過して、石川県の白山市までを予定。私が単身赴任をしていた隣の市で、懐かしい町です。O川さん今日も頑張って前進してくださいね~!!
2016.05.16
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大型連休中の5月4日、私は歩いて自宅近くの小さな博物館「縄文の森広場」へ行きました。市の広報で企画展『縄文人の精神性』が開催中と書かれていたからです。それでえっちらおっちら、暇にまかせて出かけてみた訳です。 「縄文の森広場」は自転車で15分。歩くと30分くらいの距離に在ります。私が通院している眼科の直ぐ傍にあります。 これは博物館の屋上からの眺めです。この地下には「山田上ノ台遺跡」と言う縄文時代の遺跡が眠っています。 復元された「掘立小屋」。顔を出しているのはマスコットのハナちゃんです。 これは常設展の案内の一つで、「祈る」。縄文人の宗教観や精神性を概説しています。何せ縄文人の平均寿命は37歳ととても若いのです。乳幼児の死亡率が高いことが平均寿命を極端に引き下げる原因で、そのことが縄文人の「祈り」の気持ちを高めたのでしょうね。 同じく「装う」の案内板です。意外にも縄文人は服装や装飾に強い関心を抱き、弥生人よりはずっとおしゃれだったのです。装身具も種類が豊富でした。 同じく「奏でる」の案内です。縄文時代の楽器は「土笛」くらいしか知られてません。音も恐らくは単調な響きだったことでしょう。きっとそれだけに心を慰める助けとなったように思います。 「企画展」は幅3mほどのガラスケースの中にちんまりと納まっています。これは宮城県内で発掘された縄文人の墓と人骨です。これまでの定説では、縄文人の顔は四角くていかつく、細長い顔立ちの弥生人とは様相が違うとされて来ました。でもこれは作為的に作られた学説で、実際は細長い顔立ちの縄文人も混じっていたそうです。手足を曲げて葬られるこの形は「屈葬」(くっそう)と呼ばれています。 これは人間の墓の傍に埋葬された犬の遺骸です。犬は人間に最も忠実な仲間として、狩りの手伝いをしました。だから日本人は滅多なことでは犬を食べることはしなかったのです。5千年以上にも亘って、縄文人と犬の友好は続いて来たことがこの墓によっても分かりますね。 県内の遺跡から出土した脚付き鉢。 これは装飾を施した深鉢です。(展示品は全て宮城県内の遺跡からの出土品です) この深鉢にも紋様が施されています。 深鉢の一部を拡大すると、こんな人形(ひとがた)の文様がありました。 鉢の側面に施された結び目の文様。岡山県の古墳時代の石に刻まれた紋様と酷似しているように、私は感じました。 朝鉢の底に施された精巧な装飾。これを見ても縄文人の芸術性や精神性の高さが分かります。「企画展」はいつものことながら、スペース的にも内容的にも物足りません。展示品も、解説も少ないためです。屋上には広々とした「休憩コーナー」があるのですが、有効活用されてないように見えました。そこでアンケート用紙に、そのことを書いて投函した次第です。小さな博物館に予算的、施設的な限界があるのは分かりますが、まだ智恵は出せるはずですので。 その代わりと言うのは変ですが、ここでは熱心な実習活動が行われていて、市内の小学校から学習の一環として参加するケースもあるのです。この日も振替休日ながら、親子連れが熱心に「焼物」や「火おこし」の実習を受けていました。 ボランティアの方が実習時に造った作品です。(以下同様) これも現代人の作品です。 勾玉の模造品です。 縄文時代の織り機の見本です。この簡単な装置で編まれたものは編布(あんぎん)と呼ばれ、実物が発掘されています。青森県の三内丸山遺跡で見つかった、いわゆる「縄文ポシェット」などがそうですね。 さて今日私は「仙台鉄人会5時間走レース」に出場する予定です。今は体調が悪く、全く走れません。それどころか歩くのさえやっとの状態ですが、折角参加許可をしてくれた仙台鉄人会さんへお礼を言わなくちゃね。それにきっと仲間も参加してると思うので、久しぶりに会えるのが楽しみです。 たくさんの写真を撮って来ようと思っていますので、どうぞお楽しみに~!!なお、帰宅は夕方になり、ブログ友の皆さんの所へお邪魔するのも遅れます。ゴメンナサイね~!! < 今日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」参加中のO川さんは、昨日の10日目も無事ゴールされたようで安心しています。途中の難関「親不知」は現在全てトンネルになり、長いトンネルにかなり気を使って疲れたようです。トンネルを出た食堂で食べた「モツ煮定食」が美味しかったとか。それが効いたのか、後は元気で走れたみたいです。 昨日走ったのは新潟県糸魚川市から富山県魚津市までの53km。要した時間は12時間だった由。走った合計は650kmを超え、シューズの中敷きが足形通りに磨り減って、足に響くと書かれていました。全く厳しい毎日です。睡眠と洗濯の時間を取るのも大変なはず。それでも頑張って前進して欲しいものです。今日は魚津市から富山市まで。富山湾と立山が見えることを祈っています。O川さんファイト~!!
2016.05.15
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季節外れの感が強い花の写真をお届します。今日の2枚目の絨毯は、白とピンクを基調にして見ました。果たしてどんな絨毯が織り上げられるか、ちょっと心配です。今はまだ真夜中ですが、慎重に作業してみますね~。 さてさて2枚目の絨毯は上手に織れたでしょうか。3枚目はまだ準備してないので、もう少しお待ちくださいね。ではまた~♪ < 今日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(1512kmほど)出場中のO川さんは、昨日9日目は新潟県柏崎市から同県糸魚川市までの66kmを16時間かけての力走でした。それだけ時間がかかったのは、途中でアキレス腱と脹脛(ふくらはぎ)に張りを感じて歩きを多く入れたためとのこと。さすがは冷静な対処ですね。昨日は海岸線に沿って自転車道を走り、懐かしい佐渡島もはっきり見えたようです。また通過した村上市付近からは粟島浦も見えた由。きっと素晴らしい眺めに慰められたことでしょう。 今日の10日目は新潟県糸魚川市から5つ目の県富山県魚津市まで。ここはかつての難所「親不知子不知」があり、国道8号線もきっとトンネル続きだと思います。(高速道路は事情が違いますが、走れませんので)安全に注意して、慎重に走って欲しいもの。そして脹脛やアキレス腱に痛みが出ないことを祈っています。今日は上天気のはず。頑張って前進してね。O川さんファイト~♪
2016.05.14
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今年の大型連休は博物館や美術館を訪れていました。また「仙台国際ハーフマラソン」の応援でも、その付近を通りかかり、その際も写真を撮りました。今日はその時に撮った彫刻や銅像の写真を載せたいと思います。申し訳ありませんが作品名や作者などはメモしませんでした。なお、鑑賞した「特別展」などの紹介は近日中に予定しています。 仙台市博物館にて 博物館前の五色沼 国際センターの庭園にて 国際センターの庭園にて(以下同様) 宮城県美術館にて(以下同様) 上の作品の一部 作品の一部を拡大しています。 宮城県美術館の裏庭です。 美術館の裏庭にあった鉄製のオブジェです。 美術館併設「佐藤忠良館」の「アリスの広場」です。ガラス壁では、物が二重に見えます。 < 本日のO川さん情報> 「本州縦断レース」に挑戦中のO川さんは昨日第8日目で、新潟県長岡市寺泊から同県柏崎市までの51kmを9時間で走破し、無事ゴールしました。昨日は快晴の天気で気持ち良く走れ、コースの途中で見た絵の話も書かれていたほどの余裕です。また私も3回参加したことのある「佐渡島一周マラニック」(206km)の話も書かれていました。 8日間の総計は532.2kmと520kmの「川の道」を突破しました。総時間数は97時間50分です。残りは22日。今日は新潟県柏崎市から同県糸魚川市までの予定です。今日走り終えたらいよいよ5つ目の県、富山県入りが近づきますね。頑張って前進して欲しいです。O川さんファイト~!!今日も元気で走ってね~!!
2016.05.13
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しばらく花の写真を載せずにいたら、すっかり季節外れになってしまった感があります。そこで大慌てで「花の絨毯」仕様に仕上げて見ました。果たして首尾良く出来るかどうか。では早速作業にかかりましょうか。 さて苦労して織り上げた絨毯の出来栄えはどうでしょうね。上手く行ってると良いのですが。この作業中に花を見ていたら、季節の移り変わりの早さに今さらながら驚きました。実はまだまだ花の写真が残っているのですが、整理するのに時間がかかるのですよねえ。さて、どうしたもんじゃろのう? < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(距離1512kmほど)第7日目の昨日は、スマートフォンのアプリで細い道まで表示されるのに苛立ち、暫く見ないで走ったら大廻りをして予定より長く走ったとか。それでも距離は本来の62kmと書いてありました。時間は15時間と苦戦したようです。総距離は481.2kmまで延びました。 昨日は新発田市から長岡市の寺泊まで。今日の8日目は長岡市寺泊から柏崎市までを予定。新潟県はとても長いので、通過するのにまだ時間がかかりそうです。O川さん、気持を切らさずにガンバ~!!前進あるのみだよ~!!
2016.05.12
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庭のオオテマリが緑色から白へと変わり、花も大きくなって来た。冬用の布団をしまい、春秋用のに替えた。毛布、冬用のセーター、ズボンを洗濯。もうパソコン用の指先が開いた手袋は不必要。コタツ用の掛け布団を毛布に替え、敷いていた毛布を取った。布団カバーも洗濯へ。ステテコ3枚とパジャマのズボンのゴムを自分で入れ替え。床屋に行って髪を短く切った。昨日は終日雨。今日も午後の早くまでは雨の予報。 3月に植えた柿の木がさっぱり芽を吹かない。これはおかしいと抜き、根を見たら新しい根は出ていない。この苗は一冬外に出していたと園芸店の男性店員が言っていた。リュックに入れてマウンテンバイクで5km先の店に行き、事情を話して交換してもらった。今度の種類は「大蜂屋」と言う名の渋柿。大きな実で干し柿には最適なのだとか。「桃栗3年、柿8年」で実が生るまでの8年間は、出来たら生きていたいものだ。早速裏庭に植えた。 ポットに蒔いたキュウリも芽が出ないので、種を買って来て畑に直蒔きした。その後に雨が降ったのでちょうど良いお湿りだ。6月の「東北歴史研究の旅」の日程を組み、ネットで宿泊の予約をした。これはJR東日本の「大人の休日倶楽部」フリーパス4日間(1万5千円)を使っての歴史研究の旅だ。今回の訪問先は岩手県遠野市、青森県八戸市是川遺跡、むつ市の恐山、秋田県秋田市の秋田城(出羽柵跡)などの予定。問題は新幹線の座席が取れるかどうかだ。 わが東北楽天は負けが込んでとうとう最下位へ転落してしまった。開幕当初は快調に突っ走り、トップに陣取っていたのになあ。今は中継ぎと抑えが最悪状態だ。サッカーのベガルタ仙台もJ2降格圏内まで落ちたものの、先日の勝利で勝ち点を挙げ、4つほど順位を上げた。プロバスケットの89ナーズの調子が良く、ずっと上位を保っているのが嬉しい。女子サッカーのベガルタレディーズもまあまあ。楽天にはもうちょっと踏ん張って欲しいねえ。頼むよ楽天。 ボクシングの世界タイトルマッチは壮絶だった。IBF世界ライトフライ級では32歳の八重樫東が例によって顔を腫らしながら打ち合いに出、僅差の判定でチャンピオンベルトを守った。WBO世界スーパーフライ級では井上尚弥が同級1位のメキシコ人選手を手玉に取った。だが第2ラウンドで右の拳を傷め、最終ラウンドまで戦ったものの圧勝で、素晴らしい試合運びだった。こちらもしっかりチャンピオンベルトを守った。 大相撲夏場所が始まった。大関の稀勢の里、琴奨菊が元気なのが嬉しい。先場所十両で11勝を挙げた遠藤がようやく幕尻に名を連ね、何とか幕内に復帰した。横綱白鵬は取り口が安定し、早くも幕内での勝利数の新記録を作った。その一方でベテランの安美錦がアキレス腱を切断する大怪我で休場に追い込まれた。以前から満身創痍だったので、今回の怪我が引退につながる恐れがありそうだ。さて、今後の勝負がどうなるか。 北朝鮮の党大会がようやく終了した。36年ぶりの開催とかで鳴り物入りだった割には、一体何が変わったのだろうと言うのが正直なところ。結局は核の開発とミサイルの開発で世界を脅かしているだけではないか。あんな国に未来はない。事実中国に出店していた国営レストランの女性従業員が大量に韓国に亡命している。 フィリピンの大統領選が終わり、フィリピンのトランプ候補と揶揄されていた男が当選した。彼は南シナ海で問題を起こしている中国との関係を見直すと言明している。政治より経済復興を優先する政策みたいだ。またマフィアなどには厳しく対処し、「殺す」と言っている。果たしてこれで東南アジアはどう変わるのか。 アメリカの大統領予備選挙だが、共和党はトランプ氏、民主党はヒラリー・クリントン女史が党の公認候補に落ち着きそうだ。このトランプ氏、過激な発言の真意がどこまで本気なのかが分からない。共和党主流派の有力者の多くが、自分は党大会へは出ないと表明しており、今後も混迷が続きそうな気配。一方のヒラリー女史は国務長官時代に公的メールを私的利用したことでFBIの事情聴取が予定され、こちらも雲行きが妖しい。 G7の会合で日本を訪れるオバマ大統領が今月27日に広島を訪れることが正式に決定した。原爆投下を現職のアメリカ大統領が謝罪することはないだろうが、「核兵器根絶」を世界にアピールする効果はあるだろうし、これが核廃絶への一歩になれば嬉しい。もしそうでなければ、広島、長崎への原爆投下が「人類に対する罪」とはならないだろう。サミットの成功と同様に、無事広島訪問が実現することを祈りたい。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」参加中のO川さんですが、昨日の第6日目は新潟県村上市から同県新発田市までの71kmを12時間30分で走破し、無事ゴールした由。昨日は日本海に沿って走りながら、クロダイ釣りの釣り人を観察していたとか。彼自身も20年間クロダイ釣りをした経験がある由。まさに余裕の鉄人です。これで6日間の累計は419.2kmと400kmを突破しました。残りは1100km余りです。 今日は新発田市をスタートし、途中信濃川を渡ります。そこは彼が520kmのレ-ス「川の道」で2度見た懐かしい風景でしょう。ゴールの長岡市寺泊は漁港で、付近には弥彦山や越後国一宮である弥彦神社があります。今日も頑張ってゴールしてね、O川さ~ん!!
2016.05.11
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5月8日日曜日。この日は「仙台国際ハーフマラソン」の当日。多くの走友が仙台の街を走る抜ける日だ。どうしても応援に行かない訳にはゆかないだろう。だが私の心は重かった。5月4日に近所の小さな博物館を歩いて訪れた際、膝に激痛が走った。 恐らくは前月のランとウォークを頑張り過ぎた反動だろう。しかもその原因は新しく買ったシューズのせいだと思う。慣れないメーカーのシューズは、私の足には少々堅かったようだ。それをカバーしているうちに、他の筋肉も傷めてしまったようだ。 だが泣き言は言ってられない。荷物をまとめ、必要な物をリュックに詰め、短い「棒」をマウンテンバイクの脇腹に輪ゴムで止め、ペダルを踏み出す。山越えで行くのが最短距離だが、さらに足を傷める可能性がある。ここはゆっくり遠回りだ。国道286号線で土樋まで出、そこから米ケ袋経由で大橋のたもとに出る。 ここは仙台城の旧大手門前。恐らくちょうど5km地点辺り。選手はまだ来ていないが、時々大会関係者の車が通って行く。時計を見ると間もなくスタート時間。さて急ごう。 これが第2次世界大戦で焼失した大手門。選手はこの城門を知らないだろう。コースも上の写真の場所から右に曲がって川内に向かうため、ランナーは坂の上まで気が廻らないはず。今は小規模の「隅櫓」が坂道の左隅に建っている。仙台城の残り少ない観光資源だ。 西公園の角、仲の瀬橋から坂を登り、大学病院方面に左折する角に陸橋がある。ここは往路の6km地点辺りか。また市役所手前の折り返し点から帰って来ると9km地点ほどになる、応援に都合の良い場所。リュックから2枚のユニフォームを出して、短い棒にクリップで留める。黄色い方は「南仙台走友会」のもの。オレンジ色のはウルトラマラソン仲間で造った「宮城UMC」のユニフォーム。これを振れば、きっと目立って走友が見つけてくれるはずだが。 その時スタッフと警察官が近づいて来て、歩道橋の上では応援出来ないため直ちに降りろと厳命。折角橋の上に載せたマウンテンバイクも移動を命じられてしまった。間もなく仙台市内ではG7の蔵相会議がある。警察もスタッフも警備上の問題で神経が過敏になっているようだ。場所を移動しているうちに、トップランナーは行ってしまった。レ・ミゼラブル。あちゃ~!! こちらは定禅寺通りから折り返して来たランナー。実は昨日映画の「殿、利息でござる」鑑賞記と抱き合わせてブログを書こうとしたため、折角撮った大量の写真を捨ててしまい、僅かに残った写真を使っている。往路の6km地点で確認出来た走友は、南仙台走友会がO内さん、K野さん、S山さん、A原さん、T野会長、M仙人、K山長老。そして住吉台のI村さん、S藤さんら。仙台鉄人会のF田さん、T橋さんら。何せ1万人の中から探し出すのだから大変な作業だ。 でも黄色とオレンジのユニフォームはやはり抜群の効果があり、自ら見つけてくれたランナーも多かった。ランナーが少なくなった頃、横断橋を移動し、復路9km地点の応援に廻る。選手の姿がかなり減ったのを見計らって、マウンテンバイクで楽天の本拠地「コボスタ前」に移動。街角に自転車を停め、早速「手製の旗」を作る。速いランナーはもう通り過ぎたようだ。ここは13.2km地点辺りか。東京に転勤した仙台明走会のM井前会長が目ざとく手製の「旗」を見つけ、声をかけてくれた。やれやれ良かった。 最終ランナーが通り過ぎて交通規制が解除され、ようやく道路を渡ることが出来た。急いで陸上競技場の前に陣取る。ここは21km地点。もう競技場内のゴールから大きな音声が聞こえて来る。ここでわが走友会のK野(ま)さんと遭遇。彼女は速いランナーだ。A原さんも気づいて手を上げて通過。M仙人は今日の暑さが堪えたようだが、私の声に気づき、手を上げてグラウンドに向かった。制限タイムのギリギリにK野母娘の姿。娘さんとは西公園でも会えたっけ。後刻、母娘と握手した。ここでも最後まで応援し続け、すっかり足が痛くなってしまった。 ゴール後の選手の肩にかかっているのが完走賞代わりのバスタオル。これを広げて記念撮影するのが「フィニッシャー」の誇りなのだ。私もたった1度だけその栄誉に浴することが出来た。コボスタ前で応援を終えたD口さんK藤さんとバッタリ。K藤さんはわざわざ酒田市までO川さんの応援にも行かれたはず。選手の皆さん、そして応援の皆さん、どうもお疲れ様でした。私が帰宅して冷やし中華を作って食べたのは午後の2時近かった。ああしんど。<完> < 本日のO川さん情報 > 5月9日(月)は「本州縦断レース」(青森市~下関市1500km以上)の第5日目。O川さんは仙台から駆け付けた応援仲間と20kmほど並走し、途中のクラゲの飼育で有名な「加茂水族館」を見学。前夜は仲間との歓談を楽しまれた様だ。走友の観察によれば、O川さんには全く疲労の色は見えず、傷めた箇所もないとのこと。まさに鉄人ランナーだ。 この日走った距離は60kmで時間は10時間。これで5日間の累計は348.2km。時間は61時間20分に達した。残りは本日も入れて25日間。今日は新潟県村上市からスタートし、同県の新発田(しばた)市がゴールの予定。O川さん、体調には十分気を付けて安全に走ってくださいね~!!
2016.05.10
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街の画廊で見かけた「河北美術展」顧問のA氏の作品○4月28日(木)仙台市内のデパートで開催中の『第79回河北美術展』を招待券で鑑賞。(ブログで紹介済み)○4月29日(金)祝日。近所のK公園で行われた所属走友会のお花見に参加。今年は気温が高かったせいで、例年満開の八重桜が、珍しくほとんど葉桜になっていた。久しぶりに走友と歓談して痛飲。(ブログで紹介済み)○4月30日(土)13kmランニング。4月分の走行距離を算出。(ブログで紹介済み)○5月1日(日)町内会の草抜きだったが、雨で中止となる。 ○5月2日(月)仙台市博物館で開催中の特別展『ファラオの黄金マスクと大ピラミッド展』鑑賞。近くブログで紹介予定。○5月3日(火)祝日。宮城県美術館で開催中の特別展『レオナルド・ダ・ヴィンチとアンギアーリの戦い』を鑑賞。近く紹介の予定。 縄文の森広場壁面のデザイン ○5月4日(水)振替休日。仙台市縄文の森広場で開催中の企画展『縄文人の精神性』を鑑賞。近く紹介の予定。○5月5日(木)祝日。仙台市地底の森ミュージアムで開催中の企画展『地下鉄沿線の遺跡』を鑑賞。近く紹介の予定。 この日の朝6時。走友のO川さんが青森駅前から「本州縦断レース」(下関市まで1500km余)30日間の旅のスタート。このブログでも毎日紹介することにした。 『殿、利息でござる』のPR画像から○5月7日(土)映画『殿、利息でござる』を鑑賞。原作は歴史家である磯田道史氏(日本国際文化研究センター准教授)の「無私の日本人」穀田屋十三郎編。これは現在の宮城県大和町吉岡(旧奥州街道吉岡宿)で江戸時代中期に起きた実話を映画化したもの。 当時の仙台藩では宿場の維持管理は各宿場の住人に負担させていたが、この経済的な負担が大きく、住民達の生活は困窮を極めていた。そこで宿場の知恵者達が頭をひねって考え出したのが銭をかき集めて藩に貸し、その利子を宿場の管理費に使用すると言うもの。これは史料に残る実話で、磯田准教授が発掘し上梓した経緯がある。 第7代仙台藩主伊達重村に扮した羽生結弦さん 出演者は阿部サダヲ、竹内結子、妻夫木聡、山崎努、瑛太、松田龍平、草笛光子など役者ぞろい。貧しい宿場の住民を思う商人達の気宇壮大な企てが泣かせる。当時の仙台藩は幕府からの財政支援要請で経済的に破綻していたことが、この映画で分かった。またこんな歴史がわが郷土に起きていたことを初めて知り、とても感慨深かった。この映画の舞台の集落の傍は国道4号線で、何度もランニングで通っている。仙台市から20kmほど北へ行った町だ。 磯田道史氏の作品はこれも映画化された『武家の家計簿』で初めて知った。こんな史実を発掘する面白い歴史家がいるものだと思ったものだ。祖先は岡山の武士で、彼は「歴史家は史料から歴史の真実を掘り起こす責任がある」と決意した由。NHKの番組『歴史秘話ヒストリア』などでも親しみ易い解説をしていて私は彼のファンでもある。なお、この映画の全国公開は5月14日(土)からだが、宮城県は「関係地」として1週間早く公開されたものであることを注記しておきたい。 ○5月8日(日)県内の走友がたくさん出場した「仙台国際ハーフマラソン」の応援へ行ったが、長くなるため改めて紹介することにしたい。 < 本日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」に参加中のO川さんだが、5月8日(日)の第4日目は秋田県由利本荘市をスタートして、山形県の酒田市までの65kmを走破し無事ゴールした由。前夜は強風で波の音が激しくて眠れず、未明3時半ころから走る準備を行い、4時10分にスタート。この日は距離が短かったものの、日中は眠くて困った由。夜は仙台から走友7名が合流して応援と懇談。この日の走破で総距離数は288.2km。走った時間の総計は51時間20分に達した。ただし制限は時間ではなく日数で30日間。残りは26日間。 4日間の1日平均距離数は72.05km。今日は国道7号線をひたすら南下して、新潟県村上市勝木町がゴールの予定。O川さんガンバ~!!
2016.05.09
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<見納めの桜編> 4月29日は私が所属している走友会のお花見がありました。いつもの年なら八重桜が満開なのですが、今年はもうすっかり葉桜になっていましたよ。それでもまだ何本かは咲いていました。今日は今シーズンの見納めの桜を紹介しますね。 M公園の中にはこんな石碑があります。恐らくは昔この公園の下にあった東北大学の寮歌の一節ではないかと思うのですが。 水たまりに浮かんだ桜の花びらです。 吹き溜まりに吹き寄せられた桜の花びらです。 ウコン(鬱金)の名札。 ウコン桜がすっかりピンク色に変わっていました。本来は明るい黄色の花びらなんですけどね。きっと花期の最後になると「先祖帰り」するのでしょうね。 これもウコンです。つまり「ウコンは少し黄色味を帯びた花を改良してすっかり黄色になる品種を作ったが、花の終わりになるとかつての色に戻ってしまう」。と言うのが私の推理なのですが。 ギョイコウ(御衣黄)の名札。 ギョイコウの木です。葉桜になっているのではなく、まだ花も咲いているのですが全体が緑に染まっていますね。 こちらは花の中心部分だけがピンクに変わっていますが、その他の部分は緑のまま。つまりウコンよりはより緑色が濃い品種を作ったことが、これでも分かるのではないでしょうか。 青空に映えるギョイコウ。 周囲の樹は既に葉桜状態に変わっています。 広いM公園とギョイコウ。これが見納めですね。 ショウゲツの名札。漢字は確認してませんが「照月」でしょうか? 小さなショウゲツの下で、お花見をしてる人がいました。 ショウゲツの花は、こんな優しい色をしています。 青空を背にして咲くショウゲツ。 アップするとこんなにも柔らかそうな花びらです。 ショウゲツもこれが今シーズンの見納めです。どうもありがとうね~!! カンザンの名札です。漢字は「寒山」じゃ変だよねえ。それなら多分関山かもね♪ 青空を背景にしたカンザン。なかなかの美しさです。 ショウゲツに比べたら、カンザンはずっとピンクの色が濃いんです。 これでカンザンも見納めです。最後まで楽しませてくれてありがとうね。 M公園の桜は30種類以上もあるそうです。これはソメイヨシノの老木。来年まで桜はもう観られません。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ < 今日のO川さん情報 > 「本州縦断レース」(青森~下関間。距離1500km余り)に参加し、1人で日本海沿いを走っている走友のO川さんは昨日が3日目で、五城目町からスタートし無事由利本荘市に着いたとのこと。どちらも秋田県内です。この日走った距離は73km。時間は14時間50分とのことでした。午後の1時半まで雨が降り続け、かなり苦戦をしたようです。今日のゴール地点は山形県の酒田市。O川さんガンバ~!!ファイト~!! 今日5月8日(日)は「仙台国際ハーフマラソン」の当日です。たくさんの走友が出場するので、応援に行く予定でいます。こちらもガンバ~!!みんな楽しんで走ってね~!!
2016.05.08
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<宴会編> 4月29日の「みどりの日」は、毎年わが南仙台走友会のお花見がM公園で開かれる日です。もちろんソメイヨシノは終わっていて、八重桜を愛でるのが通例なんですよね。ところが気温が高い今年は、あっと言う間に桜が咲き、あっと言う間に散ってしまいました。この日にまだ咲いていたのは5、6本ほど。でもわが南走友会は咲いている桜の木の下ではなく、悠然と葉桜を鑑賞したのですよね。今回は「宴会編」と「見納めの桜」の2回に分けてお届けしますね。 ほらね。葉桜の下で悠然と酒を飲んでるのがわが走友達ですよ~!! もっと近づくと、まさに宴たけなわと言った感じで「出来上がって」おりま~す。この日飲んだお飲み物は、日本酒、ビール、すだち焼酎、そしてワインでした。もう腹の中ではカクテル状態です。 「勝負の神様」秋保神社に奉納したわが走友会の幟(のぼり)が一番手前(左端)に見えています。右は挨拶するT野会長。愛称は「おんちゃん」。親しみ易い良い男ですよ~!! 宴会の合間に、各自から短い挨拶を。右は趣味の狩猟を止めて、走りに専念し出したと言うS木弟。左は会計担当のM井さん。彼は撮った写真を自分のHPで紹介しています。 あっち向いてホイ。こっち向いてホイ。これまた、ずいぶん忙しそうですねえ。 この日もまだ咲いていた貴重な八重桜ですよ~!! この日の「つまみ」はプラスチック容器に入ったものが各自に配られ、その他にもたくさんの「おかず」がありました。もちろん恒例の「団子」もね。公園の近くにとても美味しい団子屋さんがあるんですよ。 <左の写真>おんちゃん会長と今でも100kmレースを完走する76歳のM仙人(右側)。<右の写真>S木弟と缶ビールを手にしたたかじいさん(手前)。 天を仰ぐO川さん(右端)。彼は今、青森から下関までの「本州縦断レース」(1500km余り)を30日かけて走っている途中です。 <左の写真>左がほろ酔いの私。右は今でもフルマラソンを完走する79歳のK山長老。<右の写真>1500km余りのレース参加に決意表明するO川さん。このレースに挑戦するため、彼は65歳で仕事を辞めたそうです。全く凄いですね。我らの誇りです。レースでは何とか頑張ってゴールしてね、O川さ~ん!! 宴会終了後、全員で記念撮影。写真を撮ってくれたのは、傍を通りかかった見ず知らずの青年でした。サンキュー♪ 発つ者、跡を濁さず。最後までちゃんとお片づけするわがメンバー。 片付けも無事終了です。やれやれ。 ラブラブの2人の間から顔を出す、「お邪魔虫」のおんちゃん会長(目下独身中)。 帰り道、酔っ払いながらA公園で撮った八重桜。この日撮った写真は140枚ほど。整理するのにかなりの時間がかかりました。結局夜もまだ酔っぱらっていて、夕食も摂らずに爆睡でした。<続く> <「本州縦断レース」のO川さんの記録> 2日目の昨日は秋田県大館市~秋田県五城目町までの70kmを12時間で無事走破したとのこと。天気は良かったものの、気持が切れそうになったと南仙台走友会の掲示板に書いてくれました。3日目の今日は五城目町から同じ秋田県内南部の由利本荘市まで走る予定。お天気が下り坂で雨に悩まされそうです。気持ちを切らさずに頑張れ~っ、O川さ~ん!!
2016.05.07
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この連休中、私は4つの美術館と博物館を訪れました。今日はその時に撮った写真を使って、小さなお話を書いてみますね。退屈しのぎにお付き合いいただけたら嬉しいです。 5月のある日、女の子は郵便受けのふたが閉まる音を聞いた。「変だねえ。今頃郵便屋さんが来るなんて」。そう思ってレースのカーテンを開けて外を見ると、走り去るウサギの背中が見えた。 女の子は急いで郵便受けのところに行ったんだって。そしたら何と中に入っていたのは招待状。でもね、住所は分かったけど差出人の名前が書かれてないんだよ。「ふ~ん。なぜ招待状が来たんだろう。それに誰がわたしに招待状をくれたんだろう。ともかく行ってみなくちゃね」。女の子はそうつぶやいて、街の方に出かけたそうだ。 「ここは1丁目だから違うし・・」。女の子はお店の前を通って行った。 「ここはまだ2丁目か。じゃあ違うね」。すたこらさっさと女の子はここも通過して行った。 「みどり町3丁目1番地は確かにここだわ。でもここは美術館みたい。裏の方から入ってみようかな」。女の子はそう言って、どうやら裏庭の方に向かったようだよ。これはその様子を見ていた風のつぶやき。 ここがね、美術館の裏庭なんだ。女の子はきょろきょろして辺りを捜して見たんだと。「誰かいないかなあ?」。 「犬さん犬さん。この招待状を書いた人は誰ですか?」。「なになに~っ、招待状だって?ちょっと見せてごらん。ふ~む。これはタロウの字だねえ。それなら、そこの道を真っ直ぐ行けばいいよ」。犬は澄ました声でそう言ったんだと。 「犬さんどうもありがとう。じゃあ真っ直ぐ行ってみるね」。そう言うと女の子はとっとことっとこ石畳の道を歩いて行った。 「変ねえ。そろそろ着いてもいいころだけど」。女の子はここでもきょろきょろ辺りを見渡したんだと。これもまた風の話。 「おじさん、おじさん。この招待状をくれたタロウさんはどこにいますか」。「なになに。君はタロウを探しているのか。それならそこのドームを入って、階段を3つ登るといいさ」。「ありがとうおじさん。じゃあ行ってみるね」。女の子はドームに向かって一直線。 「ああ、きっとあそこがドームだわ。行ってみなくちゃ」。そう言うと女の子はドームの中に入って行った。 「1番目の階段ってこれかしら。ずいぶん小さいけどねえ」。女の子は迷いながらも、その階段を登って建物の中へと入ったんだと。ここまでは全部風の話。 「あらっ、変ねえ。ここは真っ暗よ。ははあ、これは地下へ行く道ね。こんなに暗いはずはないもの」。そう言うと女の子は、2つ目の階段を探したんだ。これはね、見ていた壁の話。 「失敗失敗。ふふふ。これがきっと2つ目の階段だわ。だってとっても明るいもの」。女の子は喜んで階段を登って行ったさ。これも壁から聞いた話だけどね。 「あそこが天井だとすると、もうすぐね」。女の子は喜び勇んで3つ目の階段も登ったようだ。これは階段の話。 「あそこに光が見えるわ。きっとあっちの方だと思うんだけど」。女の子はおっかなビックリ光の方に向かって行った。これは光から聞いた話。 「まあ、誰もいないわ。ここじゃないみたいねえ」。女の子はまた前へと進んだ。これは椅子の話。 「変ねえ。ここにも誰もいないよ。いったいタロウ君ってどこにいるんだろう」。これはテーブルから聞いた話。 とうとう少女は疲れて座ってしまった。それを観ていたのがボタンの花。これはボタンの花に聞いたんだ。 「お嬢さんこんにちは~。その招待状を届けたのはボクですよ」。その声に驚いて少女が見上げると、確かにそれはあのウサギのようだ。「まあ、じゃあここで良かったのね。ああ安心した」。少女は初めて小さく笑ったんだと。これはウサギから聞いた話。 「やあ待たせてゴメン。ぼくがタロウだよ。あわてて書いたもんだから、この場所が良く分からなかったでしょ。おわびにこのリンゴ上げるね。ところで君、病気はすっかり良くなったみたいだねえ」。「あら、どうもありがとう。おかげさまで、もうすっかり病気は治ったのよ」。少女の顔に赤みが差した。これはリンゴに聞いた話。 ここはみどり町美術館の不思議な広場。壁が鏡になっていて、物が二重に見えるのさ。これは鏡に聞いた話。 ふふふ。ここは何でも2つに見える不思議な広場。実はあのウサギさんは不思議の国の住人なのさ。それでタロウにお使いを頼まれたって訳。これはこの爺がウサギから聞いたんだけどね。その爺も、ここでは2人になってる。つまり4つの耳で聞いたから、この話は間違いないと思うんだ。爺がそう言うと、風も笑った。ではまたね~!!<おしまい> < 昨日のO川さんの記録 > 雨の中を青森市から秋田県大館市まで80.2kmを13時間かけて走破。今日は秋田県五城目町まで走る予定とのこと。O川さんガンバ~!!
2016.05.06
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今日は5月5日こどもの日の祝日。昔は「端午の節句」と呼ばれていたんでしたね。子供の成長を祈らない親はいないでしょう。まして今の日本は少子化、高齢化が進み、核家族化がますます進行していますものね。そして壮年の人もお年寄りも昔は誰もが子供だったんですものね。だから今日は大人の人も子供時代に帰って、無邪気な気持ちで過ごしたいものです。そんな訳で、今日の写真は「こどもの日バージョン」です。 菖蒲がまだ咲いてないのでジャーマンアイリスにして見ました。そしてこいのぼりはネットからの借用です。 近所のM公園で。やはり5月の空はこんな青空じゃなくちゃね。 こちらはA公園の八重桜。もうそろそろ散り始めていますが。 M公園の雑木林も、今は新緑で溢れています。 こちらはあるお宅の庭のハンカチの木。白く見えるのが「苞」です。ほう♪ こんなところに自転車を乗り捨てて、子供達はどうやら遊びに夢中なようですね。 公園の傍には中学校があります。撮影した日は中学生も公園の中を通っていました。 散歩中のお年寄り。あなたも昔は子供でしたよね。 小母さん、あなたも確か子供だったことがあるんでしょ? そうそう、昔はみんな子供。子供でなかった人なんて誰もいないもんね。 無邪気に遊ぶ子供達。この爺にもあんな時代があったんだよなあ・・。 親子で遊ぶ平和な時間。こんな時が最高の喜びなんだろうね、きっと。 それにしても、家の近くにこんな静かできれいな公園があったら嬉しいよね。 驚かせてゴメンね。自由に遊んで良いんだよ、君たちは。 子供は遊びの天才。夏はここでザリガニを釣る子が多いんだよね。 お~い、自分の自転車はちゃんとあったかな~? さよなら、また明日ね~!!十分に遊んだ子供たちは、こうして家に帰って行くのさ。 アヤメの代わりに今度はシャガで。あらまあ鯉のぼりも一日泳いで疲れてしまったようですねえ。今日も元気で遊べて良かったね、みんな!! さて本日朝の6時に、わが走友会のO川さんがJR青森駅前をスタートします。ゴールは1500km以上も離れた山口県下関市のJR下関駅前。制限は30日以内。彼は今日から毎日約50kmをたった1人で走り続けるのです。 520kmの「川の道」を2度も走破した彼なら、きっと最後まで頑張って走り抜くことでしょう。今回の偉業を達成するため、彼は65歳で辞職を決意した勇気ある人。O川さん頑張れ~!!そして30日間体調には十分に気を付け、沿道の風景を楽しんで走ってね~!!壮大な旅のスタートとゴールを、走友の一人として心から願っていますよ~!!では元気でね~!!
2016.05.05
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今年は花の咲き方がいつもの年よりも早いことを何度か書いた。そのせいもあって、花の写真の「在庫」が凄い。そこで趣向を変えて小さなサイズにし、それを一挙に公開することにした。今日のタイトルは「花の階段」だが、果たして思惑通りに上手く納まるかどうか。 いや~っ、苦労したけど何とか形になったかな?次は別な形にして見るので、どうぞお楽しみにね~。では引き続き、素敵なGWになりますよう~♪
2016.05.04
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左は4月8日時点の広瀬通り。そして右は4月28日現在の青葉通りの風景。この20日間のうちに仙台市内の街路樹にも大きな変化があり、一斉に芽吹いた。青葉通りの新緑はケヤキ。宮城県の県木であり、仙台市の木にも指定されていて市内にはたくさんのケヤキが植えられている。 左はビル内の鉄骨。強化ガラスと鉄骨の組み合わせが新鮮に感じた。右は仙台駅連絡通路の照明。 左はあるビルの屋外風景。右は仙台駅連絡通路のシンボルツリーで、これもケヤキのようだ。(4月8日撮影) 左は駅ビルの換気孔。右は駅前のビル壁面の広告。 左は地下鉄駅のエスカレーター。右はデパートの天井照明。共に90度回転させてある。 左はデパートの照明を90度回転したもの。右は画廊に飾られていた絵で、河北美術展顧問のA氏の作品。 共に一番町のアーケード街。ここは8月6日~8日に開催される「仙台七夕」のメイン会場でもある。 昨日ビルの写真ばかりを載せたら「街を撮る」のタイトルと違うとの指摘があった。「今日はビルを載せる」との説明を読んでないようだ。それに「新しいビルだけに魅力があるのではない」との指摘もあった。魅力を感じる視点は人によって異なると私は思っているのだが。 「阪神淡路大震災」以降、建築基準は大きく変わっている。その後宮城県内では「岩手宮城内陸地震」や「東日本大震災」など大きな地震が相次ぎ、古い基準のビルは全て取り壊された。また古いビルも耐震工事を加えないと許可されない。仙台市内に新しいビルが多いのはこのためだ。 2枚とも青葉通りの風景。ここは「仙台国際ハーフマラソン」のコースでもある。 ガラスが反射して見辛いが、これが「仙台国際ハーフマラソン」のポスター。写真は定禅寺通りのケヤキ並木。私がこの大会に出たのはたった1回だけ。5月8日(日)は、ここを多くの走友達が元気に駆け抜けるはずだ。頑張れ~っ、わが走友達~!!
2016.05.03
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デジカメを買って3年。私は思いつくと何でも撮りたくなる。花、風景、空、家、子供、面白い形など対象は様々。4月のある日、用事で街へ行った時は、ビルを撮ろうと思った。無機質で何の温かみもないビルだが、私は不思議な魅力を感じたのだ。 都会の象徴としてのビルに秘められた機能的な美。冷たそうな外見。形や色、建築の素材としての美。ビルの中では企業としての戦略や活動が展開されているのだろうが、外からは全く分からない。非人間的な建造物だが、やっぱり美しい。第1回の今日は、そんなビルの姿をたっぷりとご覧いただこうと思う。 私が高校生だった昭和30年代後半の頃、仙台市内には4階建て以上のビルは10も無かったろう。それがそれから50年以上も経った現在では、見渡す限りビル、ビル。ビル。人口100万人を超える政令都市になり、企業の支店が多い仙台は東北地方の政治や経済活動の中心地。どうしてもビルが増える運命にあるのかも知れない。 きっと退屈された読者が多かったことだろう。素人写真には技術がないせいもある。それでも最後までお付き合いいただいたことに感謝している。明日は少し違った目で街を眺めてみたいと思っている。<続く>
2016.05.02
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4月23日(土)。久しぶりに映画を観た。洋画の『フィフス・ウエーヴ』だ。直訳すると5つ目の波と言うことになるが、異星人が地球に攻めて来て地球人を次々に支配し、やがては地球を乗っ取ろうとするSF。この手の話にはあまり興味がない私だが、内容紹介の記事が良く出来ていたため観る気になったのだ。初めからSFだと割り切っているため、まああんなものかと思う。途中で「ああ、あれが異星人だな」と「仕掛け」が分かってしまった。 4月24日(日)。町内会の総会の日。出来るだけ委任状を出さずに毎年出席することにしている。我が町内会は小さくて、今年は99世帯に減ったようだ。ほとんどが1戸建て住宅で、アパート住まいの人の中には町内会に入ってない方も居られるようだ。毎年会長の事業報告が30分かかるため、今年は簡単に説明して欲しいと注文をつけた。事前に資料が配られていることと、活動の全てを読み上げる必要はないためだ。 問題なのが役員改選。今回も役員の引き受け手がなく、若干の異動で終わった。私なら規則を改正して役員の任期を短縮するが、きっとそこまでは誰も考えないはず。それで文句を言う人はいないと思うのだが、なかなかふん切れないのが人情。もう少子化、高齢化の波は我が町内会にも押し寄せ、すっかり老人だらけの街と化しているのだが。今日は今年度第1回目の草取りの日だが、きっと雨で中止になるだろう。 4月28日(木)。街に出て『第79回河北美術展』を鑑賞。歴史が長く東北でも最大の定例美術展で、作品数は500点ほどになるのではないか。あるデパートの催事場と別館を使っている。内容は玉石混交で、毎年賞を取るような素晴らしい作品もあれば、「何でこのようなものが?」と驚くような幼稚なものもある。会場内は撮影禁止なので紹介出来ないが、別館などに展示された顧問、参与、選考委員の作品はやはりさすがの内容だ。 2番目の職場で一緒だったW先生もまだ顧問としてご健在のようで、落ち着いた画風の静物画がいつものように飾られていた。この日は大雨。美術展鑑賞後、街の様子を撮影。先日用事で街へ出た時もビルなどを撮った。近いうちにそれらの写真をブログに載せる予定。郊外の住宅地に住んでいると繁華街は刺激的で、やはり写真の素材となるだけの魅力を秘めている。ケヤキ並木もこの20日間ですっかり新緑に変わっていた。 4月29日(金)。この日は正午からM公園で所属走友会のお花見に参加。毎年この時期は八重桜が満開なのだが、気温が高かった今年はほとんどが葉桜になって、開花していたのは5,6本ほどしかなかった。参加者もこれまでの最低の12名で、こんなことも初めて。ここにも高齢化の波が。会費は2千円。団子とおかずがついて、ビール、日本酒、スダチ焼酎、ワインをグビグビ。 昨年は走友会から退会しようとして会場へ行ったのだ。それほど体調が悪く、数日前に救急車で病院へ行ったほど。それが12月に3度目の不整脈手術を受けてからかなり症状が改善し、ゆっくりと走れるようになった。老化で体力と筋力は落ちたが、仲間の活躍を祝う心の余裕も出て来た。長老のK山さんは間もなく80歳だが、まだフルマラソンを完走出来るし、76歳のM仙人は100kmレースに出場している元気ぶりだ。 O川さんは5月5日の朝6時にJR青森駅前を出発し、その後30日間でJR下関駅まで到達する全長1200km余りのレースをたった1人で走る予定。毎日の結果は走友会の掲示板に書く予定の由。壮大な夢の無事成功を祈っている。泥酔しながら写真をたくさんとった。帰宅後は写真の整理。そして夕食も摂らないままで、体重、体脂肪率は良好。この日の写真は今年最後の桜と合わせて、改めて掲載する予定でいる。右から3番目が私。 4月30日(土)。早朝にブログを更新後、早めの朝食。前夜は夕食を食べないままで空腹だったのだ。その後自室の大掃除。ブログ友へのコメント記入後、走りに行く。前夜風呂から上がった時、膝に激痛が走った。これでは5月15日の5時間走は無理かとガッカリしたのだが、その確認のためでもあった。比較的平坦な13kmのコースにし、慣れたシューズを選択。風があったが気持ちは良かった。 名取川の堤防で車を避けるためにスピードを上げた途端、膝付近に痛み発生。「これはやったか!」と諦め、暫く歩いた後ゆっくりランを再開。何とか家まで辿り着いた。ウルトラマラソン仲間だったT田さんからこの日も「東北風土マラソン」の参加記録と写真添付のメールが届く。走友とはありがたいもの。早速お礼のメールを出すと、「元気なようで嬉しい」との返信。彼はその1週間前にもフルマラソンの「かすみがうら」に出ている鉄人だ。 この日のランも加え、4月の記録は次の通り。ラン回数:9回 同距離:99km ウォーク回数:21回 同距離:83km 月間合計30回、182km。不調だった割には整骨院に通いながら、良く頑張った方。年合計557km(うちラン392km)、これまでの累計86977km。頼りない歩みだが、まだ前進中。「仙台鉄人会5時間走大会」の参加許可証が届く。
2016.05.01
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