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その人は、先日のまるの日さんの講演会に出ていたので
講演会がどんな感じだったか、聞きたかったのだ
「とても、楽しかった。まるの日さんも、ムンクさんも楽しい人達で、考えていた通りの人達だった」 と話してくれた
私はヒプノのコースと重なったので、行くことは出来なかったがおぼろげな考えの中で、行けないだろうなぁ‥ とは予測していた
行けないと分かった時に、ホッとした自分もあった
彼の開けっぴろげで楽しげな性格に、追いつけないと感じていたのだ
まだ、私が会う時期では無いのだろう‥
彼らが、全国にヘミシンクを広めてくれるなら私としては、心が落ち着ける
私がヘミシンクを伝えるために、背伸びしなくてもいいわけで私は私のペースで、ヘミシンクを進めていけばいいのだから‥
話しをする中で、ガイドという存在の話しになったガイドは高次の自分でもあり、私という人間を良く知っている存在だ
だから、その人に合ったやり方でコンタクトをとってくる
私のブログに乗せるガイドは、当然私のガイドだから
私を良く知っていて、導きの手を差し出してくれる
だから、少々乱暴なやり方でも、それは私だからであって私にはこれ位しないと、響かないだろうというガイドの考えである
だから、勘違いしないで欲しいそれぞれに合ったガイドが付くわけだから、当然優しいガイドも居る
妖精のようなガイドも、居ることだろう私は妖精を否定してしまうから、妖精のガイドは出てこない
もっとも、一度その考えを捨てるようにと
モーメント・オブ・レバレーションを聴いていた時、ガイドに怒られた
男の子のガイドに会った時も、即座にガイドと認めなかった
それは私の中で、ガイドは女性で有って欲しいという考えと
子供では私を導けないだろう‥ という奢った考え方からだった
今でもそのガイドの容貌は、私の脳裏にくっきりと残っているでも、否定してしまったから、もう二度と私の前に現れてくれない
こういう姿で現れるのも、ガイドの考え方なのだだからそれぞれに必要な形で、ガイドは現れる
決して、私のようなガイドばかりではない
その人に合ったガイドが、必要に応じて現れるという事を
忘れないで欲しい
私達は愛されている、愛されてない人はいない
愛される形は人それぞれ違うが、愛されて見守られているのである
ガイドに、見守られているのである