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心のことを体のほうが理解していることが有る。
その一つが病気であり、心にかかえるストレスのはけ口が、
体ということになり、病気という形で出てくるのである。
気になっていることが有り、心が不安定になっている時、誰かの一言で、体が急に楽になったことはないだろうか?
そして心がうきうきとしてきて、急に鼻歌を歌い出したりすることはないだろうか?
実は自分では結論が出せない事が起きてきた時、
その結論を出す人が、方向性を決めてきて言われた一言が、
私の心を軽くして、うきうきとしたのである。
そういう状態になって初めて、私自身が相手の無理を受け入れようとしていた事が分かった。
それなりにどちらの結論になってもいいように、無理矢理自分の気持ちを納得させていたことに気がついたのである。
体に解放感を感じた。そしてそれに連動するように、心が解放されていった。
そうなって初めて、私自身が結構な割合で無理していたのだと、気付かされたのである。
(体って、正直なんだなぁ~)心は色々なことを考えて、
自分の本当の気持ちを押さえつけてしまうことがある。
違う結論で納得しようと、そのつもりなくでも考えてしまっている。
これは自分よりも相手のことを優先してしまったからなのだが、
自分の心を置き去りにした結果なのだから、
自分を労わっていない‥大切にしていないことになる。
そしてそれは、自分自身も愛される存在だという観点からすると、間違った選択だということになる。
病気を呼び込まないためにも、自分が出した結論が、
本当にそれで正しいのかを、一度は振り返って考えてもいいだろう。
もしかしたらそこに違う自分の気持ちが、存在しているかもしれない。
そして、ストレスによる病気は、
もしかしたらこんな感じで作られてしまうものかもしれないと、
実感したのだった。