型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

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2018.11.12
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テーマ: 新しい音楽(16)
カテゴリ: 新しいこと
何か新しいものを作り出せた時、
また新しい発想を持てた時に何が大事かと言うと、
それをいかに公に出せるか、わかる人がそれを認めるかということです。
多くの場合、わかる人や理解しようとする人が周りにおらず、
そのうち他の人が同じことをした時にその人が最初であるとされるのです。

以下は新しいことではありませんが、そのようなことに関わる自分の話です。

平原綾香さんに「ジュピター」(ホルストの組曲「惑星」より「木星」)を、
当時仲町台のキャンパスで平原さんの履修していた授業「音楽概論」で採り上げたのは、
彼女が大学1年ジャズコースにサクソフォーン専攻で入学した4月の授業でした。

その月のテレビ朝日「ミュージックステーション」で授業で聞いて歌いたかったと明かしました。

それ以来、今日もテレビ朝日「関ジャム」でカバー曲の話題や特集があり、
その度にどのようにその曲を歌うことになってヒットしたかという話が出ますが、
今回も「ジュピター」のプロデューサーから明確に固有の授業で聞いたからという話は、
あえてされなかったような気がしました。
特に採り上げられたり認めてもらいたいわけではありませんが、
授業で聴いたとなって「誰から?」となるのは何かと良くないということでしょう。

これは一例ですが、何かが生まれる時に正しく伝わるかどうかは、
歴史上の出来事も含めて真実かどうかわからないこともあるでしょう。
同じ内容のことを発するとしてもその発する人、また取り巻く環境によって、
認められたり認められなかったりということが往々にして起こり得ると考えるのです。





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最終更新日  2018.11.12 00:42:20
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