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イギリスのPOP/Disco「The Dooleys」の1980年発売のシングル盤。この曲は日本のみのシングルカット曲でした。最近、アラベスク、ノーランズの好きな曲の事を書いたので、ドゥーリーズも書かなければと。日本でドゥーリーズの有名な曲は「Wanted」「Body Language」とこの曲になるのかな。「Wanted」や「Body Language」ほどハッキリと覚えていないこの曲を選んで聴いてた。メンバー構成Jim Dooley - VocalsAnne Dooley - VocalsKathy Dooley - VocalsJohn Dooley - GuitarFrank Dooley - GuitarHelen Dooley - KeyboardsBob Walsh - BassAlan Bogan - DrumsA面「I Spy」作詞・作曲 The Dooleys覚えていないと思ってたのに、イントロが鳴って歌が始まるとメロディを口ずさめるほど思い出せた。キャッチーなストリングスアレンジと4つ打ちが気持ちいい曲。この手の曲は当時、溢れかえってたけどやはり売れた曲はその中でも個性があった。この曲を聴くとピンク・レディーの「Strangers When We Kiss」のメロディーが頭に浮かぶ。ピンク・レディーのアメリカ製作アルバムに収録されている曲です。日本語版の「うたかた」ってタイトルの曲。B面「Meet Me Halfway」作詞・作曲 Ben Findon、Mike Myers、Bob Puzeyメロディーもハーモニーも美しいバラード曲。この曲は聴き始めても完全に記憶から消えてた曲だけど、初めて聴いたような感動があった。Anne Dooleyのリードボーカルだと思うけど、声質の魅力は半端ない。引き込まれる歌唱です。
2026年05月06日

2009年4月8日発売のユーミンのROCK縛りアレンジのトリビュートアルバム。発売当時、あまり聴いてなかったアルバムですが、何年か前に久々に聴いてから聴くようになった。様々なアーティストがユーミンのナンバーを自分達なりのROCKに仕上げたアルバムです。それぞれに、松任谷由実さんをリスペクトしているのが伝わってくる作品です。1曲目「春よ、来い」 かげぼうし2曲目「恋人がサンタクロース」 SNAIL RAMP3曲目「翳りゆく部屋」 椎名林檎さん4曲目「やさしさに包まれたなら」 植村花菜さん5曲目「Hello, my friend」 UNDER THE COUNTER6曲目「卒業写真」 いきものがかり7曲目「ノーサイド」 Fonogenico8曲目「ひこうき雲」 odani misako・ta-ta9曲目「中央フリーウェイ (mix for '80s)」 ケラ & ザ・シンセサイザーズ10曲目「14番目の月 200Qmix」 スピッツ11曲目「卒業写真」 三代目魚武濱田成夫さん12曲目「守ってあげたい」 ねらわれた学園1曲目「春よ、来い」 かげぼうし初めて聴いた時の感想は「なんじゃこれ?」だったのですが、ある時ランダムでPCでiTunesを流していたらこの「春よ、来い」が流れてきてその時、胸に凄く響いた。その頃、大切な人を亡くした直後だったのもあってストレートなロックにしたこの曲の歌詞が素直に入ってきた。変なテクニックを入れないストレートな歌唱が胸に響いたのだと思う。アップテンポのガレージパンクっぽいアレンジになっています。ちょうどその後ぐらいに「黒猫チェルシー」が気に入ってよく聴いてたのもあってアプローチの仕方が似てるようにも思えた。2曲目「恋人がサンタクロース」 SNAIL RAMP80年代に「LÄ-PPISCH」をよく聴いててスカやスカパンクも好きだったので、このバンドは深くは聴いてないけど、気に入ってたので知ってた。まさかの「恋人がサンタクロース」です。歌詞は英語にして歌っています。どんなアレンジにしても楽曲の良さはまったく失われる事がないほどに完璧な楽曲です。3曲目「翳りゆく部屋」 椎名林檎さんこれは名演です。1コーラス目は音はアンプラグドだけど歌唱そのものはROCKです。2コーラス目からのバンド演奏になってからもカッコイイ。存在感のありすぎる歌唱です。それにしてもこの曲、歌うのがめちゃくちゃ難しいのがよくわかる。4曲目「やさしさに包まれたなら」 植村花菜さんこれはロック縛りに入れるのは少し違うかも知れないけど、このカバーは凄く気に入ってた。この曲はシングルとして発売したので聴く機会も多かったし、後にシングルも買った。5曲目「Hello, my friend」 UNDER THE COUNTERこのカバーも初めて聴いた時「なんじゃこれ?」だったのですが、何度か聴くうちにどんどんハマっていったカバー。この曲って1994年発売当時より、年月が過ぎるほどに好きになってくる曲。2021〜2022年「深海の街ツアー」で聴いたこの曲はほんとに感動で泣けた。歳を重ねるほどにこの曲が身近に感じられるようになった。6曲目「卒業写真」 いきものがかりこれもロック縛りではないかも知れないけど、このカバーも凄く良い。いきものがかりはユーミンの「時をかける少女」もカバーしています。2曲ともユーミンをリスペクトしてるのがよくわかるカバーです。7曲目「ノーサイド」 Fonogenicoオリジナルに近いアレンジですが、後半はビートの効いたアレンジになります。声質や歌い方が不思議な空間を感じさせて聞き入ってしまう。8曲目「ひこうき雲」 odani misako・ta-taロックバンドサウンドにアレンジされ、ややHardな演奏で聴くこの曲も新鮮でした。9曲目「中央フリーウェイ (mix for '80s)」 ケラ & ザ・シンセサイザーズ初めて聴いた時の感想は、UNICORNの「PANIC ATTACK」〜「服部」の頃の音のように思った。「大迷惑」にアレンジが似てるからだけかも知れないけど。10曲目「14番目の月 200Qmix」 スピッツこのカバーは、さすがスピッツ!って思ってしまうアレンジです。こんな風にリズムアレンジも変えてしまうのも楽しい。今、現在のユーミンの「WORMHOLE TOUR」のアンコールで超盛り上がるこの曲。20代から80代までの幅広い観客がいっせいにジャンプするのも圧巻です。11曲目「卒業写真」 三代目魚武濱田成夫さん中島みゆきさんの「夜会VOL.13 24時着 0時発」に出演してたのを観て三代目魚武濱田成夫さんを知った。シアターコクーンで最後の夜会だったと思う。12曲目「守ってあげたい」 ねらわれた学園向井秀徳さんと峯田和伸さんのユニットです。映画「少年メリケンサック 」のエンディング曲として使われた。峯田和伸さんといえば「色即ぜねれいしょん」の方が印象が強い。そう言えば「色即ぜねれいしょん」を観て「黒猫チェルシー」にハマったんだった。
2026年05月04日

アメリカのロックバンド「J. Geils Band」の1982年1月発売のシングル盤。10枚目のアルバム「Freeze-Frame」からの2曲目のシングルカット曲。リードシングル「Centerfold(堕ちた天使)」がアメリカでビルボード1位を獲得、大ヒット。それに続くシングルカットがアルバムのタイトル曲のこの曲。バンド構成Peter Wolf – VocalsSeth Justman – Keyboards, vocalsJ. Geils – GuitarDanny Klein – BassMagic Dick – Harmonica, SaxStephen Jo Bladd – Drums(20年ほど前に中古レコード屋で見つけたプロモ盤。衝動買い。 A,B面ともアルバムとバージョンは同じなんだけど)A面「Freeze-Frame」作詞・作曲 Peter Wolf、Seth Justman「Centerfold」が大ヒットしてFMでも頻繁に流され、初めて「J. Geils Band」のアルバムを購入。アルバムは期待以上の作品でした。そして、アルバムの1曲目がこのタイトルナンバー。この曲も大ヒットしました。ビルボード4位にまで上がりMVの評判もよく日本でもメジャーなバンドになった。続いて発売されたライブアルバムも買った。でもそれ以降はあまり聴かなくなった。ライブ盤「Showtime!」も凄く楽しめるアルバムで当時よく聴いたアルバム。B面「Flamethrower」(邦題「炎の女」)作詞・作曲 Seth JustmanアルバムB面1曲目収録の名曲。A面よりもこの曲、凄く好きだった。ファンキーなソウルナンバーです。アルバムもこの曲もよく聴いているように思う。LPでしか持ってないけど、特にB面の4曲が好きだった。「River Blindness」の何とも言えないブラックなノリもカッコ良くてお気に入り。3枚目のシングルカット「Angel in Blue」は70年代前半を思わせるようなシンプルな8ビートのフォークロックなナンバー。凄く好きな曲。アルバムラスト「Piss on the Wall」も最高にカッコいい!J・ガイルズが亡くなってもう9年も経つのか・・・。
2026年05月03日

カナダのシンガー・ソングライター「Bryan Adams」の1981年発売のシングル。この曲は日本デビューシングルで、日本でのみ発売のシングル盤です。2ndアルバム「You Want It You Got It」からのシングルカット。A面「Jealousy」作詞・作曲 Bryan Adams 、Lindsay Mitchellこのシングル盤を買った事は、はっきり覚えてる。FMで流れたのを聴いてタイトルをメモした。1981年と言えばBruce Springsteenにどっぷりハマり込んでいた頃。Bruceのアルバムの中で一番好きな「The River」が発売され初来日を待ち焦がれてた頃。ラジオからBruce Springsteenの「Badlands」と「Hungry Heart」を合わせたような音が聞こえてきた。いつもならパクリか…と気にもならないけど、ブルースとはまた違う魅力を感じてシングルを買いに行った。(日本では1985年頃からBruce Springsteenのクローンアーティストが溢れかえってきたけど)このシングルを買った時はBryan Adamsが今のような超ビッグなアーティストになるとは思いもしなかった。年々、多くの名曲を作り出すBryan Adamsは1984年頃にはBruce Springsteenと重なってるとはまったく思わなくなって深く聴くようになってた。(日本の数人のクローンアーティストはライブでのポーズやバンド編成、服装まで真似てたりして どうも苦手だった。)B面「Tonight」作詞・作曲 Bryan Adams 、Jim Vallance,レコード買ってきてこのB面の「Tonight」を聴いてアルバム買おうと思った。シンプルでタイトなアレンジのミディアムナンバー。イントロの始まり方からめちゃくちゃカッコ良くて、他の曲も聞きたくなったのを覚えてる。アルバムを買うとB面の1曲目、2曲目が「Jealousy」と「Tonight」だった。やっぱり良い曲は何十年経っても感動できる。
2026年05月02日

橋幸夫さんの94枚目のシングル。1967年12月5日発売。1960年に「潮来笠」でデビュー。この曲が大ヒットしたので股旅物を中心に演歌の世界で活躍してました。月刊誌明星、平凡などのアイドル雑誌でアイドルとしての人気もあり、橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さんで「御三家」として売り出すとさらに人気が上がった。テレビでの青春ドラマ主演、映画主演作品が増えていくと股旅物ばかりではなく「青春歌謡」を股旅物と二本柱にして人気を安定させました。青春歌謡としては1962年「若いやつ」「いつでも夢を」など。そして1964年「恋をするなら」でリズム歌謡というジャンルに挑戦してそれも大ヒット。ここからは海外の新しいリズムを真っ先に取り入れたリズム歌謡、歌謡ロックの大ヒット曲を次々と生み出していきました。「ゼッケンNO.1スタートだ」「チェッ・チェッ・チェッ」「恋のインターチェンジ」「あの娘と僕」「僕等はみんな恋人さ」「恋と涙の太陽」「恋のメキシカン・ロック」などが有名。上に書いた曲はブログで全て書いたと思う。中でも特に派手さはないけど「僕等はみんな恋人さ」が今はこの曲がリズム歌謡の中では一番好きかも。「恋をするなら」のB面曲「孤独のブルース」の雰囲気も気に入っています。そして、リズム歌謡シリーズを「恋のメキシカン・ロック」で一旦終了させ、次はその頃、一気にブームになり始めてた「グループ・サウンズ」路線の曲に挑戦。その初めての曲がこの「思い出のカテリーナ」です。A面「思い出のカテリーナ」(演奏 津々美洋とオールスターズ・ワゴン)作詞・橋本淳さん 作曲・編曲 すぎやまこういちさんGS路線第一弾に多くのGSバンドの曲を大ヒットさせている「すぎやまこういち」さんが作曲、編曲を担当。「すぎやまこういち」さんと言えばザ・タイガースの「僕のマリー」「シーサイド・バウンド」「花の首飾り」「君だけに愛を」など誰もが知ってる大ヒット曲を作っています。ヴィレッジ・シンガーズの「亜麻色の髪の乙女」「落葉とくちづけ」も作りました。レコードに針を落とすとイントロもなくいきなり、「♪カテリーナ カテリーナ カテリーナ カテリーナ 抱きしめたい人」ともろにGSです。凄く久しぶりにこのシングル盤に針を落としたけど、「すぎやまこういち」さんはやっぱり凄いわと思いながら聴いていました。演奏は津々美洋とオールスターズ・ワゴンです。上質なエレキサウンドで有名で多くの歌謡曲歌手のレコーディングでも活躍しています。GSブームに乗って橋幸夫さんのように多くの歌謡曲歌手がGSを取り入れてシングルをリリース。津々美洋とオールスターズ・ワゴンがビクター所属だったのか、ほとんどがビクターの歌手でした。B面「銀座で逢った人だから」作詞・橋本淳さん 作曲・編曲 すぎやまこういちさんこのB面ももろにGSな曲です。でもちょっと少し前の橋幸夫さんのリズム歌謡的でもある。1964年だったら、この曲がA面でも大ヒットしたんじゃないかと思う。盤質の状態も良くて、レコーディング自体の音の良さも感じるシングル盤です。
2026年05月01日

アイルランドのボーカルグループ「The Nolans」のヒットシングル。1981年3月21日発売。この曲は日本のみのシングルカット曲でした。アラベスクを書いたのにノーランズも書かないと…。じゃあザ・ドゥーリーズも書かないといけなくなる。シングルの箱の中を探してみるとノーランズ6枚も買ってた事に驚いた。当時、よく聴いてたので、3枚ほどは持ってると思ってたけど6枚も買ってたとは。でもね、これが全部イイ曲なんです。(第10回東京音楽祭世界大会参加曲とジャケットに書かれていますが、 この曲がグランプリを獲得しました)A面「Sexy Music」作詞・作曲 Ben Findon、Bob Puzey、Mike Myers持ってるシングル盤を6枚とも聴いてみた。今日、一番刺さった曲はこの曲だった。聴きながら「こんなカッコ良かったっけ?」って聴いてた。あの当時はアイドルグループのように思って聴いてたけど今、聴くと本格的なディスコナンバー。アレンジも最高だし、何より歌がこんなにパワフルで上手かったのかと。ノーランズと言えばこれ!って「I'm In the Mood for Dancing」(ダンシング・シスター」も何十年かぶりにレコードに針を落としまともに聴いたけど、こりゃ大ヒットするわって改めて思った。そして続く「Gotta Pull Myself Together」(恋のハッピー・デート)もとんでもなくキャッチーで天才的なメロディと楽曲の構成。ヒルサイド・シンガーズのカバー「I'd Like to Teach the World to Sing」も日本のみのシングルカットでしたが、Europopな要素はまったくないこんな曲でも凄くイイ。そして「Chemistry」(夏は16才)とこの「Sexy Music」とどちらを先に書こうか迷った。「Chemistry」のアレンジもメロディもカッコいい!ノーランズはレコードでしか持っていないので、CDでも買ってみようかと思ってる。B面「Don't Make Waves」作詞・作曲 Ben Findon、Bob Puzey、Mike MyersこのB面曲、タイトルを見ただけではまったくどんな曲が思い出せなかったけど、流れ出した途端に鮮明に思い出せた。A面曲にするには弱いかも知れないけど、曲自体は凄く良くて心地よく聞けた。今日、聴きながらフィラデルフィア・ソウルのようにも思えた。
2026年04月30日

1990年6月13日発売の中島みゆきさんのアルバムのタイトルナンバーのCDシングルプロモ盤。アルバム「夜を往け」からはアルバムラストに収録されてる「with」を8月21日にシングルカット。1989年3月15日発売のシングル「あした」もアルバムに収録されていますが、シングルとは別MIXです。このプロモ盤シングルCDは1989年シングルバージョンで収録されています。1曲目「夜を往け」作詞・作曲 中島みゆきさん 編曲 瀬尾一三さんこのプロモ盤の「夜を往け」は、アルバムよりも6秒長く収録されています。発売されたアルバムではアウトロのフェードアウト部分のSAXソロのロングトーン部分で音が消え「ふたつの炎」のイントロが流れ出すのですが、プロモ盤はその後のSAXのフレーズが聞こえてから音が消えます。プロモ盤は5分44秒 発売されたアルバムは5分38秒です。この曲発売当時、かなり何度も聴いた。アルバム発売後すぐに始まったコンサートツアー「Night Wings」でももちろん歌われた。コンサートのオープニングが「夜を往け」のイントロから始まり、コーラスのみでサビ部分を繰り返し歌ってからSAXソロで「お!いきなり「夜を往け」から始まるのか」と思わせておいて、その「インスト夜を往け」はSAXソロの流れのまま曲が終わり、ステージセンター部分だけを隠している長細い幕の後ろで中島さんが「はじめまして」のサビ部分をスローなアレンジで歌い始め、ライブ1曲目の「はじめまして」が始まるっていうオープニングでした。その肝心の「夜を往け」はアンコールのラストで歌われました。珍しく真夏のコンサートツアーだったのもあってアンコールでの「夜を往け」の盛り上がりは凄かった。2曲目「あした」(シングルヴァージョン)作詞・作曲 中島みゆきさん 編曲 瀬尾一三さんアルバムヴァージョンを初めて聴いた時、音をかなり柔らかく感じるようにMIXした印象でした。自分は少し音が硬く感じるシングルヴァージョンの方が好きでした。この曲は何と言っても「1989年 野ウサギのようにツアー」と「夜会 Vol.1」で聴いたのが最高だった。「1990年 Night Wingsツアー」でも「あした」は歌われた。1989年春 野ウサギのようにツアー、1989年冬 夜会 Vol.1、1990年夏 Night Wingsツアーと3回連続でセットリストに入るのはかなり珍しかった。コンサートツアーではそれから23年後の「2013年 縁会ツアー」までセットリストに入らなかった。
2026年04月29日

オーストラリアのシンガー「Olivia Newton John」の初期のシングル。初期のカントリーシンガーだった頃の曲はよく聴いてた。70〜80年代の女性シンガーはジャンル問わず、いろんなシンガーにハマって聴いてたけどなぜかオリビア・ニュートン・ジョンにはほとんど興味が湧かなかった。大ヒット曲はラジオなどで聴いてもちろん知ってたけど買うまでにはいかなかった。映画「グリース」と「Xanadu」のサントラ盤は買って持ってる。でも初期の「If You Love Me, Let Me Know」「Banks Of The Ohio」「Honestly Love You」の3枚は輸入盤屋などで7インチ見つけて買った。そんな中でも、この「Let Me Be There」と「If You Love Me, Let Me Know」の2曲は特に好きな曲だった。A面「Let Me Be There」作詞・作曲 John Rostill1972年発売のEaglesの大ヒット曲「Take It Easy」をどことなく意識したような感じもする曲。まあでも日本でも70年代前半のカントリーフォークな曲は「Take It Easy」の影響をかなり受けてると思うような曲だらけだったけど。この曲の好きな所はバリトンパートの男性コーラスを入れてるアレンジが凄く良い。B面「If Not For You」作詞・作曲 Bob Dylan1970年にBob Dylanが発表した曲のカバー。このカバーはオリジナルとはかなり違うアレンジしていて、それが凄く良く秀逸なカバーです。Bob Dylanのバージョンはテンポも早くシンプルなアレンジですが、無駄の一切ないアレンジ。そりゃどっちが好きかと言えばBob Dylanのアレンジの方が好きですが、オリビア・ニュートン・ジョンのカバーはボトルネックギターをかなり前に出して右スピーカーからはボトルネックギターがずっとかなり前で鳴っています。Gソロになると左からのみGソロが鳴る。イイ曲です!
2026年04月28日

フランスのポップス/ロックシンガー「Michel Polnareff 」の1974年発売シングル。この曲はフランスでは1968年に発売されていました。Michel Polnareffの事も、もうかなり多く書いたように感じる。日本で未発表の楽曲を集めた「ポルナコレクション」を日本編集で日本のみ発売された。そのアルバムのA面1曲目がこの「悲しきマリー」で、日本未発表曲なので新曲のような扱いでシングルカットされました。A面「J'Ai du Chagrin Marie (My Friend) 」(邦題「悲しきマリー」)作詞・作曲 Michel Polnareff この曲は1963年発売のThe Village Stompersの「Washington Square」に影響を受けてるだろうと思う。でもその「Washington Square」を彷彿させるメロディに歌をつけて編曲も進化させている。そうだ、そう言えばダニー飯田とパラダイス・キングも歌詞をつけて歌ってたか…。「Washington Square」はきっと誰でも聞いた事があるんじゃないかと思う曲。この「悲しきマリー」は小学生高学年の頃に買った20曲入りベスト盤『PACK 20』に収録されてて、このベスト盤はかなり聴き込んだので「悲しきマリー」のメロディやアレンジは頭に入ってた。何度か書いてるけど ミッシェル・ポルナレフを聴くきっかけは天地真理さんです。天地真理さんがライブ盤で「愛の休日」をカバーしていて凄く好きになったので、原曲が気になって、ベスト盤を買うきっかけになっていました。天地真理さんが自分に与えた影響は大きかった。天地真理さんがライブで洋楽を多くカバーしてたおかげで、小学生でも洋楽が近くに感じられてた。そしてR&Bやソウルを聴くきっかけになったのはピンク・レディー。ピンク・レディーもコンサートに行けば必ずその時に流行ってるソウル/ディスコの名曲を何曲も生の演奏で聴く事ができたのが大きい。この「悲しきマリー」は寂しいメロディーと寂しいアレンジですが、本当に名曲です。ストリングスの編曲も泣けそうになるほどに美しく物悲しい。それに増してめちゃくちゃ良い音で各楽器のバランスも素晴らしい。B面「mes regrets」(邦題「君の幸福と僕の悔恨」)作詞・作曲 Michel Polnareff この曲も1967年にフランスやヨーロッパ各国では発売されていて日本では未発表だった曲。「ポルナコレクション」には収録されませんでした。バロック調のアレンジでチェンバロのアルペジオを中心に弦楽四重奏とガットギターの編成での演奏。美しい曲です。この曲や「悲しきマリー」が時の流れで埋もれて消えていくような気がして勿体無い曲だなと思いながら今日、聴いてた。
2026年04月27日

甲斐バンドの解散ライブ、武道館5days終了の2日後の1986年6月29日に黒澤フィルムスタジオにて開催されたシークレット・プレミアム・ライブで演奏された曲の中から4曲を選びシングルにした物。1989年6月29日にLPとCDで発売されました。そのプロモシングル盤です。(ジャケットにもレーベルにも「中島みゆき」の名は掲載されていません 見開きジャケの中の解説には、書かれています)Disc1 A面「キラー・ストリート」作詞・作曲 甲斐よしひろさん 編曲:椎名和夫B面「港からやって来た女」with 中島みゆきさん作詞・作曲 甲斐よしひろさんDisc 2A面「HELPLESS」作詞・作曲 Neil YoungB面「東京の冷たい壁にもたれて」作詞・作曲 甲斐よしひろさん「キラー・ストリート」11枚目のアルバム「ラヴ・マイナス・ゼロ」のB面1曲目収録。この曲は椎名和夫さんのアレンジのカッコ良さが光る曲。このアルバムが好きで、このアルバムからシングルカットされた曲の事は全曲書いたように思う。椎名和夫さんがアレンジした甲斐バンドで今、すぐに浮かんだのは「Gold」かな。少し前に聴いた所だったのもあるけど。「港からやって来た女」with 中島みゆきさん甲斐よしひろさんと中島みゆきさんは何度も組んで音楽を作っています。あの頃を知らない人にとっては、意外だと思う人も多いと思う。最初は中島みゆきさんのセルフカバーアルバム「御色なおし」の中の2曲を甲斐よしひろさんにプロデュースをまかせた事から始まった。それまでにも親交はあったのだろうけど、作品として制作したのはこれが最初。研ナオコさんに提供した「ひとりぽっちで踊らせて」と柏原芳恵さんの提供した「カム・フラージュ」の2曲を甲斐よしひろさんが担当。そして、そのお返しのようにこのシークレットギグに中島みゆきさんが出演して共演。次は中島みゆきさん14枚目のアルバム「36.5℃」を甲斐よしひろさんがプロデュース!このアルバムは自分は中島みゆきさんの全アルバムの中で最高作品だと思ってる。続けて中島みゆきさんの15枚目のアルバム「中島みゆき」にも甲斐よしひろさんはSpecial Adviceとして参加。そしてアルバム収録曲「仮面」を甲斐よしひろさんが作曲しました。「仮面」は2011年に甲斐よしひろさんのセルフカバーアルバムに歌詞を少し変えて収録。その15枚目のアルバム「中島みゆき」と同時期に田中一郎さんと甲斐よしひろさんのデュエットシングル「あり、か」を中島みゆきさんが作詞、作曲しました。「あり、か」は1989年発売のセルフカバーアルバム「回帰熱」の中に中島さんがセルフカバー。1985年から1988年頃は甲斐よしひろさんと中島みゆきさんの音楽的な関係が深かった時期です。中島みゆきさんが他のアーティストのライブに飛び入りする事はかなり珍しかったし、自分以外の人が書いた曲を歌う事も凄く珍しかった。後につま恋で吉田拓郎さんを共演はあったけど、やはり甲斐バンドのライブでエレキ弾きながら歌ったのは衝撃的だった。つま恋は自分が書いた曲だったし。特注した透明アクリルで作られたエレキギターを弾きながら歌う中島みゆきさんの姿はDVDも発売されているので観る事ができます。1番を甲斐よしひろさん歌う、2番を中島みゆきさんが歌い、3番を甲斐よしひろさんが歌う。1番〜3番ともサビは甲斐さんと中島さんがハモって歌っています。アウトロでも中島さんはずっと♪ウォウウォウウォウウォウってフェイクで歌い続けています。中島みゆきさんがライブで自分以外の人が書いた曲を歌ったたのは思い出せるだけでボブ・ディランの「Blowin' in the Wind」は1976年と1979年のライブで歌った、ちあきなおみさんの「四つのお願い」の替え歌を作って歌ってたのは1978年のライブだったと思う。松山千春さんの「時のいたずら」は「わかれうた」のサビ歌い終わった後に続けて「時のいたずら」のサビを歌った。「時のわかれうた」とみゆきさん本人は言ってた。サビのコード進行がまったく同じなのでどちらでも歌えるとか。あとは「愛は勝つ」を8小節だけ歌った事もあった。1995年ツアーだったかな。2007年ツアーでは吉田拓郎さんの「唇をかみしめて」がセットリストに入った。コンサートじゃなくラジオの公開録音で到着が遅れてる歌手の曲を歌った事もあったけど、あれはライブではなかったから。今の甲斐よしひろさんが中島みゆきさんのアルバムをプロデュースしたらどんな作品が出来るのか凄く聴いてみたい。枯れたROCKなアルバム作ってくれそう。「HELPLESS」はニール・ヤングの作詞・作曲でCrosby, Stills, Nash & Youngのアルバム「Déjà Vu」収録の曲のカバー。これがめちゃいい!甲斐よしひろさんの声質で聴くと渋くて鳥肌です。演奏も音数の少ないタイトでブルージーな演奏。「東京の冷たい壁にもたれて」甲斐バンドの2ndアルバム「英雄と悪漢」のA面2曲目収録の曲。この時のライブでは昔から自分が持ってた印象よりも少しテンポを遅くして後ノリな感じ。1975年の楽曲です。(見開きジャケの開いた中。プロモ盤にしては丁寧に作り込まれています。)
2026年04月26日

西ドイツのEurodisco「Genghis Khan」の1981年発売のシングル。デビュー曲「ジンギスカン」や「めざぜモスクワ」の頃の勢いはなくなっていましたが、それ以降にリリースする曲もキャッチーで楽しめる曲が多かった。中でも、自分はこのシンプルな曲に惹かれてた。A面「Loreley」(邦題「ローレライ」)作詞・作曲 Ralph Siegel3rdアルバム「Wir sitzen alle im selben Boot」からの第二弾シングルカット曲。テレビ出演時などのパフォーマンスも特殊は扮装する事もなく、得意なフォーメーションを生かした軽いダンスのみです。曲調はシンプルな8ビートなのですが、ハーモニーの美しさとメロディの美しさを楽しむ曲です。あの、おのしろおかしい「ジンギスカン」を期待すると肩透かしかも知れないけど、楽曲として聴くのならクオリティの高い名曲だと思う。日本盤で出た曲ならジンギスカンのシングルは結構持っていました。買ったのも忘れてたのも多かったけど・・・。B面「Windjammer」(邦題「ウインドシャマー」)作詞・作曲 Ralph Siegel、Bernd Meinungerこのシングルの2曲とも3rdアルバム「Wir sitzen alle im selben Boot」に収録されています。自分はこの3枚目のアルバムまでしか聴いてなかったけど、その後にも数枚アルバムをリリースしているようです。このB面曲も「ローレライ」に負けないほどに美しい楽曲です。ちょっと中毒性がある曲で、昔もそうだったけど一度聴くとメロディが耳にずっと残って、また聴きたくなる曲です。この曲もシンプルな8ビートの軽いロックです。ユーロディスコな要素はあまりないのですが、こんな面を持ってるのが「ジンギスカン」の良い所。3rdアルバム「Wir sitzen alle im selben Boot」からの1stシングルは「Pistolero」です。邦題は「哀愁のピストレーロ」でした。この曲はメキシカンな扮装と曲調で話題になりました。
2026年04月25日

イギリスのPop/Rock「Bay City Rollers」の7枚目のアルバム「It's a Game」のタイトルナンバーでリードトラック。このアルバムからは4曲がシングルカットされました。A面「It's a Game 」(邦題「恋のゲーム」)作詞・作曲 Chris Adamsベイ・シティ・ローラーズって当時の洋楽ファンにはなぜかバカにされてるような風潮があった。特に日本ではアイドル色を強めに雑誌もレコード会社も売り出したためだと思うけど、普通にカッコいい曲は多かったし、聴かず嫌いの人が見た目だけで言ってたように思う。この曲もキャッチーな良い曲でなぜ売れたのかがよくわかる曲。ライブ音源やテレビ出演での演奏はレコードよりも荒削りで生々しいけど、ライブではその方がロック色強めに感じられてカッコ良かった。テレビ出演映像もテープに合わせての演奏、リップシンクの歌が多いのですが、(当時はどんなバンドもテレビ出演時はそうだった。Queenでもカラオケに合わせた演奏と歌だった事も多くあった)生演奏してる映像もいくつかあって断然、生で演奏してる方が荒いけど良い。ベイ・シティ・ローラーズのファンはきっとまだ多く残っているのだと思うけど、消えないように語り続ける事も大切。B面「Dance, Dance, Dance」作詞・作曲 Stuart 'Woody' Wood、Eric Faulknerこの曲なんてベイ・シティ・ローラーズって言わなければ、どんな洋楽ファンでも耳を傾けると思う。渋いノリで当時のディスコシーンの中心になってもおかしくないような曲。この曲も7枚目のアルバム「It's a Game」に収録されています。自分はA面よりもこの曲の方が好きだった。アルバムからの2枚目のシングル「You Made Me Believe in Magic」が特に好きだった。「You Made Me Believe in Magic」は曲の良さ、歌と演奏のカッコ良さ、アレンジの良さが今、聴いても色褪せない。
2026年04月23日

1983年8月に発売された9枚目のアルバム「An Innocent Man」からの2枚目のシングルカット曲。前にも書いてると思うけどアルバム「An Innocent Man」は好きな曲だらけです。気がつけば1800万アクセスも超えていた。長い事、だらだらと毎日飽きずに好きな曲を書き続ける事に自分の事ながら関心してしまう^^;A面「An Innocent Man」(邦題「イノセント・マン」)作詞・作曲 Billy Joel9thアルバム「An Innocent Man」一般的に一番有名なのはやはり「Uptown Girl」「Uptown Girl」や「Tell Her About It」キャッチーすぎる完璧な曲。自分もこのアルバムを最初に聴いた時は「Uptown Girl」や「Tell Her About It」「The Longest Time」のようなキャッチーな曲の方に惹かれてたと思う。このタイトル曲も好きではあったけど、そんなに深入りして何度も聴くほどではなかった。でも自分も20代を経て30代、40代となっていくとこの曲がたまらなく好きになってきた。静かで楽器の音数は極力抑えられてるアレンジでビリーの歌声だけがくっきり浮き上がってる。何十回も聴いてるはずなのに、3分40秒過ぎた辺りの突然なブレイクにまだドキッとしてしまう。Billy Joelって日本人の琴線に触れると言うか、海外同様に日本で人気があるのをよく感じる。日本のニューミュージック系ばかりを聴いてる友人たちもBilly JoelのLPは持ってるって奴も多い。B面「I'll Cry Instead」(邦題「僕が泣く」)Live version 作詞・作曲 John Lennon Paul McCartneyこのビートルズのカバーはこのシングルB面のみの収録で、9thアルバム「An Innocent Man」には収録されていません。3rdアルバム「A Hard Day's Night」のB面に収録されてる曲です。地味な存在なイメージだったのですが、ビリーがカバーしたのを聴いてから好きになった曲。Billy Joelのレコード、まだまだ待ってるので少しずつ書いていこうと思う。
2026年04月22日

イギリスのポップシンガー「Hazell Dean」のヒットシングル。80年代は特に音楽シーンは目まぐるしく変化していって、例えば3ヶ月間、FMをまったく聴かなかったとしたら浦島太郎状態になってもおかしくなかった。ディスコシーンもソウルやファンクの基本な物は安定して存在してたけど、シンセや打ち込みの進化で新しい激しいビートが生まれはじめた。かなり前にも書いたけど「hi-NRG」ってジャンルが急速に広まって行ったのが1984年頃から。この曲は邦題に「ハイエナジー」って入れてしまってるwオリジナルのタイトルはまったく「ハイエナジー」なんて関係ないんだけど。A面「Whatever I Do (Wherever I Go)」(邦題「気分はハイエナジー」)作詞・作曲 Stock/Aitkenこの曲を聴けば1984年の流行りの音が全て凝縮されているように思えるほど。「hi-NRG」ってジャンルはわかりやすく言えば荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー」の元のオリジナルAngie Goldの「Eat You Up」もそうです。この曲も邦題が「素敵なハイエナジー・ボーイ」と「ハイエナジー」がタイトルに付いてた。その曲よりも1年早いのが「Whatever I Do (Wherever I Go)」です。「Eat You Up」もハイエナジー感凄いのですが、「Whatever I Do (Wherever I Go)」の方が自分が思う「hi-NRG」って感じがする。ゆっくりとしっとりしたい気分の時には正直あまり聴きたくないけど、気分を上げたい時や何かの作業のバックで流してるのは仕事もはかどりそう。かなり久しぶりに「Hazell Dean」を聴いてて思ったけど、この音って中島みゆきさんの1986年発表の「最悪」「F.O.」などと音がよく似てる。テンポは少し違うけど。「最悪」と「F.O.」も「hi-NRG」なんだろうかw「Whatever I Do (Wherever I Go)」久々に聴いて懐かしさだけじゃなく普通に感動した。B面「Young Boy In The City」作詞・作曲 Hazell DeanA面の「Whatever I Do (Wherever I Go)」よりも少し大人っぽいファンキーな曲。当然、基本の四つ打ちでノリをキープしてます。このB面曲あまり覚えてなかったけど、かなりアレンジもカッコいい!ヘイゼル・ディーン、覚えてる人、少ないかも知れない。当時、聴いてた人は音を聞けば一瞬で記憶がよみがえると思う。
2026年04月21日

近所のスーパーに夏みかんが山積みになってて、一個100円でセール品になってた。安いので商品は良くないんだろう…と思いつつも近づいてみると皮にハリがあるし、色も鮮やかで新鮮そう。家にはっさくが3個あったなと思い出しどうしようかと迷ったが結局一つだけ買ってきた。夏みかんやはっさくのような酸味が強めの柑橘類が好きで良く買って食べてる。ポンカンやせとかのようなベタつくような甘さの物よりは酸味が強めの方が好みなので夏みかんは大好物。(みかんに関しては甘い方が良いと思うのが不思議)買ってきた夏みかんをテーブルの上に置くと、ほのかに柑橘類独特な香りと共に、とある文章が頭に浮かんできた。何だったっけ?と思いながらも次々と文章が浮かんできた。(今日、買ってきた夏みかん)(記憶を思い出しながら書いてみます)とあるタクシー運転手の話。田舎の母親が送ってきてくれた夏みかんを一つ、タクシーの後ろに乗せていた。その香りが車の芳香剤のようにタクシーの中に香っている。たしか・・・乗ってきた客が「レモンの匂いですか?」と運転手に聞く所から話は始まってたと思う。その客を目的地で降ろし走っていると帽子が道端に落ちているのを見つける。車に轢かれて帽子が潰されないようにとタクシーを降りてその帽子を持ち上げるとモンシロチョウが飛び出てきた。きっとこの帽子の持ち主の子供がモンシロチョウを帽子で捕まえてたのだと思って、悪いことをしたと車の中から夏みかんを持ってきてモンシロチョウの代わりに夏みかんに帽子を被せた。車に戻ると白い服を着た少女が後部座席に座っていた。「菜の花畑」まで連れて行ってほしいと。そこにさっきの帽子の持ち主が虫取り網を持って戻ってきた。女の子は怯えたように菜の花畑に早く行ってと運転手を急かせる。車を走らせ始め気がつくと後部座席の女の子は消えていた。そして車は野原に出た。そこにはモンシロチョウが大群で飛んでいた。そしてその蝶たちは小さな声で会話していた。「助かってよかったね」とさっき帽子から放した蝶に話しかけている他の蝶たち。・・・こんな話。小学生の国語の教科書に載ってた話。なぜか、この話だけ細かく思い出せるのが不思議。視覚や嗅覚が覚えてるような感覚。タクシーの中に漂う夏みかんの香りと夏みかんの鮮やかな色、モンシロチョウの白など。小学生の6年間でこの話だけ覚えてる。他の話は何も覚えていない^^;なぜか何度も何度も読んだのを覚えてる。小学5年か4年の教科書だった。この教科書のこの話を授業で習っている時にちょうどアリスの4枚目のアルバムが発売され毎日、毎日凄い回数「アリスIV」を聴いていた。この夏みかんの話と「アリスIV」に収録されてる「レンガ通り」が自分の中で繋がっている。学校から帰ってきたら「アリスIV」を必ず聴いている小学生・・・。その教科書の夏みかんの話にはBGMで頭の中で「レンガ通り」が流れてた。歌詞の内容と、教科書のストーリーはまったく違うかも知れないけど、ミステリアスなイントロやタクシーを春の陽気の中、野原まで走らせてる光景に「レンガ通り」が自分の中でハマった。ちょうど10歳、11歳だと洋画を観に行くようになったり、コンサートに行くようになった時。急に感受性も豊かになってきた頃。中でもアリスと天地真理さんのコンサートには小学3年の終わり頃から行き始めてた。映画だと2本立て、3本立ての二番館で「冒険者たち」「太陽がいっぱい」「スティング」「パピヨン」「タワーリングインフェルノ」「引き潮」「明日に向かって撃て」「俺たちに明日はない」などこの作品は全て小学4年生〜5年生の時に元映やビッグ映劇、新劇会館などで観た映画。コンサートで生の爆音を体感したり意味もまだよくわからない映画をたくさん観始めた頃に教科書に載ってたこの物語に凄く惹かれた。ミステリーだしファンタジーでもあるし母親の子供への想いを感じられる部分もあるし教科書としてじゃなく、凄く興味をもった話。細かい文章は間違えてるとは思うけど、描写や字面は凄く覚えてる。モンシロチョウを霊的なものだと思ってた。突然、現れて消えた少女もその道路で亡くなってモンシロチョウになった霊なのだと考えてた。その考察を授業で先生に話したかどうかは覚えていない。その教科書もとっくに捨ててしまってるからもう読めないけど、何か不思議に今日、夏みかんを買った事で急にそのストーリーを思い出して胸が熱くなった。同級生の友人にその話の事を覚えてるかどうか聞いてみようと思う。きっと誰も覚えていないだろうと思うけど。
2026年04月20日

ノルウェーのSynth-pop/new wave「a-ha」の3枚目のシングル。デビューアルバム「Hunting High and Low」からの3枚目のシングルカット曲。a-haと言えば「Take on Me」がやはり真っ先に頭に浮かぶと思うけど、この「The Sun Always Shines on T.V.」も負けないほどの名曲です。「Take on Me」は当然好きですが、自分はこの曲の方が当時から好きです。メンバーMagne Furuholmen – Keyboards, GuitarsMorten Harket – Lead vocalsPål Waaktaar-Savoy – Guitars, Drum programming, KeyboardsA面「The Sun Always Shines on T.V.」(邦題「シャイン・オン・T.V.」)作詞・作曲 Pål Waaktaar重く物悲しいバラード調のヴァースからすでにドラマチックです。激しいビートに展開してからはシンセの全てのフレーズが最高で、ドラムの音も気持ち良い!チョイスしてるシンセの音質が全て気に入ってます。今、聴くと1985年の音を全て凝縮してるような音質に感じる。この曲のMVも好きでした。荘厳な雰囲気の教会に何百ものマネキン人形を並べ、その前で演奏してる。オーケストラのストリングスやコーラスもマネキンでシュールな映像です。懐かしさと言うよりも今でも新しい曲のように思えるカッコ良さ!B面「Driftwood」作詞・作曲 Pål Waaktaar1stアルバム未収録なので聴く機会もなく完全に忘れてた曲だけど、このシングル盤に針を落として凄く久しぶりに聴くと、すぐに思い出した。Darkな重さのあるシブい曲。ヘッドフォンで聴くとさらに曲に入り込める。今、聴いてるとA面よりも更に良いんじゃないかと思えてしまう。この曲だけ今日は5回以上聴いた。後半で突然入ってくる乾いた音色のアコースティックギターの音になぜか泣きそうになる。80年代、音楽の革命のように新しい物、古い物、全ての音楽が変化し始めたような気がする。ジャンルは更に細分化されていって楽しみもそれに従って倍増していったように自分は感じてた。聴く選択肢も多くなった分、何でも聴きたい自分は楽しみがどんどん増えていった80年代。90年代はまだ更に細分化していくんだけど。何年もブログ書いてて「a-ha」って文字を初めて打った事もちょっと驚いてる。こんな感じで当時よく聴いてたバンドでまだ一度も書いていないバンドが多くある事にも気づいた。「a-ha」やっぱりめっちゃイイね!歌唱も曲も演奏も最高です。
2026年04月19日

西ドイツの女性3人組のグループ「Arabesque」の3枚目のシングル。日本オンリーのシングル発売曲です。デビュー曲「Hello Mr. Monkey」が日本で大ヒット。そこから日本御用達なグループになりました。デビューの1978年から1982年まで日本でリリースしたシングルはほとんどがオリコンベスト50以内に入り、日本を中心に活動しているイメージが強かった。デビューしてからの2年間はメンバーの入れ替わりが激しかった印象で、各シングルでこの曲の時はどのメンバーだったのか分かりにくかったりします。メンバーKaren Ann TepperisHeike RimbeauMichaela RoseA面「Fly High Little Butterfly」(邦題「フライ・ハイ」)作詞・作曲 Jean Frankfurter、John Möring少し前に「恋にメリーゴーランド」の事を書いたけど、この曲は「恋にメリーゴーランド」ほど知られていない隠れた名曲的なシングルです。デビュー曲「Hello Mr. Monkey」と2ndシングル「Friday Night」は大ヒットして一般的にもかなり知られてる楽曲ですが、この3枚目のシングルはやや地味なヒットでディスコに通っている人には人気曲だったようです。前シングル「Friday Night」同様に、この曲でリードボーカルを担当したのはHeike Rimbeauです。でも、よく出来た曲で久々に聴いたけどメロディもアレンジもキャッチーで素晴らしい。B面「Give It Up」作詞・作曲 Jean Frankfurter、John Möringこの曲、完全に記憶から消えてたけど何十年かぶりに聴いたら、めちゃカッコいい。モロにこの頃、流行ってたアメリカのディスコサウンドそのもの。ボーカルもハードな歌唱を聴かせてくれます。あの頃の友人の中にアラベスク好きが数人いて初来日コンサートにも行ってた。自分は行かなかったけど、凄く楽しかったという話を行った友人たちに聞いたのを覚えてる、アラベスク好きな友人は女性の方が多かったように思う。1979〜80年代初頭は自分は「Hot Stuff」の大ヒットでDonna Summerの曲にはまりだしてた。ピンク・レディーがライブでDonna Summerの多くの曲をカバーしてた影響も大きい。
2026年04月18日

イギリスのNew wave/Punk「Billy Idol」のデビューシングル。ビリー・アイドルのレコードは数枚しか持っていないけど、久々にいろいろ聴いてみて曲が良いしアレンジも歌唱も2020年代の今、聴いてもまったく古さを感じさせない曲が何曲もあった。ビリー・アイドルは、昔からオジー・オズボーンを敬愛していて、オジーの最後になったライブにも出演して「No More Tears」を熱唱しました。ビリー・アイドルはオジーが逝去した時にも熱く感動的なメッセージを送った。「俺のような人間にも音楽の扉を開いてくれた」そして「音楽史に消えない足跡を残し、後続のアーティストに道を作ったレジェンドである」と語った。そしてオジーの人柄についても「オジーは最高だった。生まれながらのストーリーテラーで、ユーモアのセンスも同じだった。彼がいてくれて本当によかった。いつも笑わせてくれた」と。自分がこのUS盤のシングルを買った時は、ビリーがオジーを敬愛してたとはまったく知らなかったし、真逆に近い存在のようにも思ってた。でも、この曲を聴いた時にレコードを買おうと思ったのは、ずっとオジー好きだった自分が何か感じたのかも知れない。A面「Dancing With Myself」作詞・作曲 Tony James、Billy Idol このレコードをターンテーブルに乗せたのは多分、40年ぶりぐらいになるのかも。そう言えば当時はDance-punkとも言われてたのを思い出した。この曲の歌詞、いきなり東京が出てきます。東京のディスコで鏡に映る自分とダンスをしているように見えたのがクールに思えてこの曲を作ったとか。「♪鏡に映った自分を相手に 僕は独りで踊るのさ」この曲、やっぱり凄いカッコいい!B面「Love Calling」 (Rub A Dub Dub Mix)作詞・作曲 Keith Forseyこの曲はバージョンが複数あって、この (Rub A Dub Dub Mix)は5分33秒と長尺に編集されています。鳥肌もんでカッコいい曲です。ソロデビューアルバムに収録されています。アルバムバージョンは4分48秒。「Whiplash Smile」も今日久々に聴いたけど、このアルバムかなり回数聴いてたのかほとんどの曲を覚えてた。
2026年04月17日

スコットランド出身のシンガー「Neil reid」の大ヒットシングル。イギリスでは1971年12月に発売されシングルチャート2位に。日本でも1972年2月に日本盤発売されると1972年年間売上22位になるほどの大ヒット。アルバムも発売されると12歳でイギリスチャート1位を獲得し最年少1位の記録を作った。昨日のブログで海外のアーティストが日本語で歌った曲をいろいろと書いたけど、書き終えたあとで思い出したのがこの曲。昨日のつながりで今日はこの曲の事を。(日本盤のみこの宗教画のようなジャケット)A面「Mother of Mine」(邦題「ママに捧げる詩」)作詞・作曲 Bill Parkinson自分がこの曲を知ったのはこのオリジナル盤発売の2年後。アグネス・チャンのライブ盤「フラワー・コンサート」の中でカバーされて歌われてたのを聴いてこの曲の存在を初めて知った。物悲しく寂しいメロディが強く印象に残った。それから数年後にこのシングル盤をレコード店で見つけて買った。アグネスはそのライブ盤以外にも3rdアルバム「草原の輝き」にもスタジオレコーディング版として収録されています。当時、日本の歌謡界はこの「ママに捧げる詩」をこぞってカバーしてアルバムに収録してた。南沙織さん、小柳ルミ子さん、由紀さおりさん、本田路津子さん、森昌子さん、麻丘めぐみさん…まだまだ多くのアイドル歌手を中心に日本のシンガーがカバー。いろいろと日本のシンガーのカバーも聴いたけど、カバーの中ではアグネス・チャンのライブ盤での歌唱が最高だと思う。3rdアルバム「草原の輝き」のバージョンよりもライブ盤のほうが確実良い!本家の「Neil reid」も1972年に日本語バージョンを発売しました。発音も素晴らしく、歌詞もしっかりと胸に届く。この「Neil reid」が歌った日本語バージョンの歌詞でカバーした日本アーティストが多かった。アグネスはオリジナルの英語でのカバーです。(ジュケットは見開きになってて、裏ジャケはこの写真。モノクロでこの写真は選び方が悪いと思う。 もっと違う写真もあっただろうに)B面「If I Could Write A Song」(邦題「歌が書けたら」)作詞・作曲 Howard Greenfield、Neil Sedakaニール・セダカの書いたメロディーはA面以上に心の中に入り込んで残るように感じる。このシングルを買って初めて聴いた時は柔らかく温かいメロディとアレンジにニール・リードの美しい声が乗り凄く平和な世界を感じさせてくれる。当時の日本のアイドル歌手もこのB面もカバーすれば良かったのにと思う。ニール・リードは2年後の1974年に変声期を迎えてプロシンガーを引退しました。声変わり前の男子シンガーによくありがちな事です。「黒猫のタンゴ」の皆川おさむさんも変声期を機にドラム奏者になった。昨年の7月に逝去された時は驚きました。フィンガー5のアキラさんも変声期で活動を休止した。「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」のイメージソングを歌った雷門ケン坊さんも変声期で活動内容が変わっていった。ウルトラマンのホシノ少年を演じた津沢彰秀さんもウルトラマンの撮影の途中で変声期を迎え、撮影では悩んだと最近、桜井浩子さんのYouTube番組で語ってるのを観た。「バンパイヤ」主演の水谷豊さんも撮影途中で変声期を迎えて前半と後半では声の高さがかなり違っていました。「マグマ大使」のマモル少年役を演じた江木俊夫さんはすでに変声期を終えていたのかその後のフォーリーブスでの歌唱の声とそれほど違わないように思える。同じく「マグマ大使」のガム役の二宮秀樹さんは「大魔神」でも大活躍でしたが、「マグマ大使」終了後、俳優を引退しています。変声期と関係あったのかどうかは不明です。
2026年04月16日

フランスのシンガー「Martine Clémenceau」の日本デビューシングル。第二回世界歌謡祭のグランプリ曲です。ちなみに第一回世界歌謡祭グランプリ曲はブログにも書いたヘドバとダビデの「ナオミの夢」です。A面「Un Jour L'Amour」(邦題「ただ愛に生きるだけ」)作詞・作曲 André Popp、Jean-Claude Massoulier第一回世界歌謡祭グランプリ曲「ナオミの夢」は大ヒットしたので子供からお年寄りまで当時は誰もが口ずさめるほどの楽曲になりましたが、この曲はかなり地味な存在のイメージ。それでもイントロのトランペットのフレーズは耳にしたことがある人も多いかも知れない。世界歌謡祭グランプリ曲のシングル盤を集めてたりしてましたが、第十回の頃から話題になる事も少なくなって先細りしていった感じです。この曲はメロディーも美しいし、アレンジの物悲しさも好きだし、何よりマルティーヌ・クレマンソーの歌声が魅力的です。フランス語で歌ってる方が日本語ヴァージョンよりも何倍も魅力的です。この曲を聴いてるとクロード・フランソワの楽曲をいろいろ思い出す。B面「Un Jour L'Amour」(邦題「ただ愛に生きるだけ」)日本語ヴァージョン日本語訳 片桐和子60年代から70年代半ば頃までオリジナルの日本語歌詞をB面に入れたり、新たに日本語版としてシングルを発売する海外のアーティストが多かった。日本語の発音はそのアーティストごとでかなり差があった。ヘドバとダビデの発音は完璧に近かった。The Three Degreesの発音もレコーディングの時でも素晴らしかったけど、その後にテレビで何度も歌ったヴァージョンやライブ盤での「にがい涙」の発音は最高に素晴らしい。アダモの日本語で歌ったヴァージョンの発音も素晴らしい。このマルティーヌ・クレマンソーの日本語はアグネス・チャンと同等な印象。声も何となくアグネス・チャンに似てるからそう感じるのかも知れない。デビュー当時の「ひなげしの花」「妖精の詩」の頃のアグネスよりも発音は良いと思う。欧陽菲菲は歌の時はアグネス・チャン同等な感じですが会話になるとなぜかかなりカタコトに。フレディ・マーキュリーは日本語で歌う「La Japonaise」では素晴らしい日本語です。スコーピオンズのクラウス・マイネの歌う「荒城の月」もどんどん発音が上手くなって1978年ライブ盤「Tokyo Tapes」の時よりも何年か前の来日公演で聴いた「荒城の月」は素晴らしかった。日本ではこの曲しか知られていないけど、フランスでは大ヒット曲を数曲出しています。
2026年04月15日

アメリカのファンクバンド「Midnight Star」の1985年発売シングル。このバンド、日本では少しマイナーなイメージですが、曲自体はFMででもよく流されてた。4枚目のアルバム「No Parking on the Dance Floor」からエレクトリックなアプローチがかなり前面に出るようになってエレクトロファンクと呼ばれるようになった。この曲は5枚目のアルバム「Planetary Invasion」からの第二弾シングル。A面「Scientific Love」作詞・作曲 Belinda Lipscomb、Bo Watson、Kenneth Gant、Melvin Gentry、Vincent Callowayアルバムバージョンは6分超えなのですが、7インチシングルは3分55秒。もうひと回しある所を半分になってたり物足りなさはあるけど、ラジオでオンエアする事を考えるとシングルの方がスッキリしててキャッチーで良いのかも。この曲自体は1984年11月にアルバムで発表されていました。そこから1年後〜2年後に日本はこんなサウンドで溢れかえってた。1986年頃には打ち込みサウンドが日本でも当たり前のようになってた。「Scientific Love」の影響も少なからずあるように感じる。今、この曲が入ってるアルバム聴いてもめちゃくちゃカッコいい音とグルーブ感。B面「Today My Love」作詞・作曲 Bo Watson、Vincent Callowayこの曲はアコースティックな美しいスローバラード。男女のデュエットソングの作りになってて,シングルA面でも売れそうな曲。アルバム「Planetary Invasion」の7曲目に収録されています。歌の上手さ深さを堪能できる素晴らしい歌唱!でも日本盤のみこの曲がB面でアメリカ盤は「Make Time (To Fall In Love)」です。3rdアルバム「Victory」収録の楽曲です。「Make Time (To Fall In Love)」はド派手なファンクナンバーで「Today My Love」とは真逆な楽曲です。「Make Time (To Fall In Love)」も凄く好きな曲です。まだエレクトロをあまり取り込んでなかった頃のMidnight Starの名曲の一つ。
2026年04月14日

森山良子さんの名曲をカップリングして発売したEP盤。フィリップス・ゴールデン・アンコール・シリーズ FX-1004A面「二つの手の想い出」作詞 万里村ゆき子さん 作曲 鈴木邦彦さん 編曲 林一さんレコードジャケには作曲が「銀木邦彦」になっていますが、これは間違いでしょう。オリジナル盤は1967年5月25日発売でデビュー2枚目のシングルでした。自分が持ってるこのシングル盤はオリジナル発売4年後に3rdシングル「恋は水色」のB面曲の「今日の日はさようなら」とカップリングで発売されたもの。この曲、10代半ばになる頃に谷村新司さんの深夜放送で流したのを聴いたのが最初です。その日の放送はカセットに録音してて(ほとんどちんぺいさんのラジオは録音してる)、色々と昔のちんぺいさんのラジオを録音したものを聴いてる中にこの曲があった。このシングル盤は70年代後半に中古レコード屋で購入したもの。悲しいメロディに別れの辛さを綴った歌詞が乗せられています。一人になってしまった事を実感させられる瞬間の苦しさが感じられる曲で重苦しさはあるけど聞き入ってしまう曲。この曲、1991年に吉川忠英さんのアレンジで再レコーディングされています。そのバージョンは、ウドゥドラムらしきパーカッションの音とフレットレスベースが印象的で、好きなアレンジです。ちょっと中島みゆきさんの「ふたつの炎」っぽいアレンジです。B面「今日の日はさようなら」作詞・作曲・編曲 金子昭一さんこの曲はみんな小学校や中学校で歌ったり聴いたりした事があると思う曲。自分も小学校5年生の初めてのキャンプの時にキャンプファイアーを囲んでみんなで歌ったのを思い出す。その時は「何でこんな悲しいような曲を歌うのだろうか」と思ってた。でも、キャンプから帰ってきてからもこの曲が口をついて出てきて口ずさんでる事も多々あった。そして小学校の卒業式でもこの曲をみんなで合唱した。泣いている子も多くいた。幼稚園の時の卒園式の時にも感じたけど、明日からはこの場所に来る事はないって事をこの曲を歌いながら実感したのをはっきり覚えてる。特別、学校生活に思い入れが強くあったわけじゃないし、同級生と遊ぶより年上の人たちとコンサートや映画に行く事の方が好きだったのですが、この曲を歌ったりしてると卒業式でも何かしら感動してた。小学6年だと、もう一人で神戸国際会館や神戸文化ホールにアリスや天地真理さんのコンサートに行ってたし映画も普通に一人で観に行ってた。大阪へコンサート行く時は姉と必ず二人で観に行ってた。帰りも遅くなるし。大阪へ行くのは6時半開演のアリスのコンサートが多かった。家に着くのは11時頃になってた。大阪厚生年金会館、大阪フェスティバルホールへは小学6年になる頃は5回以上行ってた。いつもアリスのコンサートは毎回凄い楽しみでした。多分、まったく小学生らしくない感じだったと思う。話す内容も映画やコンサートの話ばかりだったと思う。その頃からカトリーヌ・ドヌーヴが一番好きな女優さんだったし、オカルト映画なども一人で観に行っても何も怖くなかった。多分、可愛げのない変な子供だと思われてたんだろうな。学校もそれなりに楽しくはあったけど、授業が終わって家に帰ってからが今から思えば楽しい事だらけの毎日だった。
2026年04月13日

アメリカのシンガー・ソングライター「Donna Summer」の大ヒットシングル。これまでにDonna Summerのシングル盤はもうかなり書いたと思う。なのに、この最大のヒット曲の事は書いてなかった。7インチシングルバージョンは短くて当時もほとんど聴かなかった。アルバムオリジナルバージョンをやはり普通に一番多く聴いてた。A面「Bad Girls」作詞・作曲 Donna Summer、Bruce Sudano、Joe Esposito、Edward Hokenson7枚目のアルバム「Bad Girls」のタイトルナンバーでアルバムからの第二弾シングルカット曲。リードシングルはもちろんあの「Hot Stuff」です。自分はやっぱり「Hot Stuff」の方が当時の印象強く聴き続けている。特に「Hot Stuff 12" Single version」は特別カッコ良い。アルバム「Bad Girls」のDeluxe editionが発売されてからはDisc 2の各曲ヴァージョン違いばかり聴くようになった。そうそう!この「Bad Girls」のデモヴァージョンがDeluxe editionに収録されているのですが、これが最高すぎて、デモヴァージョンばかり聴くようになった。「Bad Girls」のデモはイントロでMoogが目立つ正統派ソウルナンバーって感じです。このシングルとアルバムヴァージョンはもろディスコサウンドに仕上がっています。Deluxe editionを買ってきてBad Girls [Demo Version]を初めて聴いた時、鳥肌だった。B面「On My Honor」作詞・作曲 Donna Summer、Bruce Sudano、Harold Faltermeyerアルバムの中にも数曲収録されてる名バラード曲のひとつ。軽いバラードですが、メロディーは頭に残るような美しいものです。優しく歌うDonna Summerの歌唱にも惹きつけられる。歌上手すぎるDonna Summerがかなり抑え気味に引いて歌うバラードです。Donna Summerはディスコサウンドの女王だと思ってる。ディスコと聞くと真っ先にDonna Summerを思い出す。続いてThe Three Degrees、Earth, Wind & Fire、Bee Gees、Van McCoy、Dschinghis Khan、The Commodoresが、自分にとっての特別なディスコアーティスト。ブログで何度も書いてるアーティストばかりです。
2026年04月12日

アメリカのサックス奏者&シンガー「Clarence Clemons」の2ndアルバムからのリードシングル。「Clarence Clemons」と言えば「The E Street Band」のメンバーとして活動。「The E Street Band」は「Bruce Springsteen」のバンドです。たしか1stアルバムの事は書いたように思うけど、それ以降の作品はまだ何も書いていなかった。メンバーClarence Clemons – Saxophone, VocalsJackson Browne – VocalsCorrado Rustici – GuitarsRandy Jackson – BassNarada Michael Walden – DrumsDavid Sancious – KeyboardsBooker T. Jones – OrganPreston Glass –KeyboardsMichael Rado – HarpPremik McFly – Baritone saxA面「You're a Friend of Mine」 Clarence Clemons & Jackson Browne作詞・作曲 Jeffrey Cohen、Narada Michael Waldenアルバム1曲目を飾る最高に気持ちいい名曲。Jackson Browneの弾くシャリってるカッコいいギターフレーズから始まる。そして聴きなれ過ぎてるClarence Clemonsの迫力ある豊かな音量のSAXが重なる。この曲、当時どれだけ聴いたかわからない。MVも凄く好きだった。1985年と言えばロングランだった「Born in the U.S.A. Tour」が1985年10月2日のLA公演で終了して、すぐにリリースされた。レコーディングは「Born in the U.S.A. Tour」真っ只中のライブのない日に行われた。いきなりのJackson Browneとの共演がシングルとして発売されるのを知った時は驚いた。当初はBruce Springsteenとこの曲をレコーディングする予定だったのですが、日程が取れずにブルースが友人のJackson Browneとレコーディングする事を勧めたそうです。結果的にこの曲はJackson Browneとの共演で正解だったように思える。ブルースとの共演してる名曲は数え切れないほどあるし、まったく違う空気感で新鮮だった。MVにも出演しててバックコーラスをしてるDaryl Hannahは当時のJackson Browneの恋人です。観てるだけで幸せな気分にしてくれるようなMVはClarence Clemonsの人柄が溢れ出てる。何度も聴きたくなる楽曲です。B面「Let the Music Say It」作詞・作曲 Clarence Clemons、Michael Jonzunアルバムに未収録の貴重な曲。この曲はBruce Springsteenと歌うと凄く合いそうな曲。ブルースの曲だったっけ?って一瞬思ってしまうようなSAXのフレーズも心地良い。ずっと聴き慣れてるからかも知れないけどClarence Clemonsの奏でるSAXは自分にとって別格で特別、心を震えさせてくれるように感じる。ブルースの歌唱と同等にClarence ClemonsもSAXが頭と心に沁みついてる。
2026年04月11日

松任谷由実さんの「THE WORMHOLE TOUR」鳥取公演に行ってきました。当日の昼12時に電子チケットの座席が発表される。今回はどんな席かと思いながらスマホの電子チケットを開いた。せ列・・・。まさか「いろは」ではないだろうと、さっそく座席表を調べた。「あいうえお」順で良かった。「いろは」だと46列目w46列もあるわけないし。大阪城ホールのアリーナのかなり後ろあたりなら46列目ぐらいかな。「あいうえお」なので14列目!また凄い前の席!それもユーミンが歩く通路から少しだけ後ろ。また、扉開けて入って来る所からバッチリ見えた。そう言えば昔は「いろは」順の座席のホールが結構あった。関西では梅田コマが「いろは」だったし、宝塚大劇場も「いろは」だった。枚方市民会館も「いろは」だったと思う。【ここからネタバレ含みます】鳥取では何度かコンサートを観た。アリス2回と中島みゆきさん。その時は鳥取県立県民文化会館って名前だった。毎回、車で行ってたので街をじっくりと歩く事もなく、砂丘に行って観光する程度だった。今回は電車で行ったので、ホテルからホールまで歩きでいろいろ観て回った。前日に前乗りしてたユーミンが街ブラしてるのをインスタに上げてて、その場所を巡るような形になった。すぐに見つけられたのはファミマと物産展。「たまご直売」の旗で見つける事ができた。1日前にはここにユーミンがいたのか…。次は川沿いの桜並木。ぼんぼりと提灯、そして桜。向こうに赤い欄干の橋。そしてその橋の側にあるユーミンが入った映画館とカフェ。この映画館の真ん前の赤い欄干の橋と桜ライブ終了後、居酒屋探しながら帰る途中。夜はきれいにライトアップ!そしてホールまで歩いた。ホールから20分ほど歩くと砂丘に行けそうでしたが、さすがに疲れた。その日は16000歩歩いてた。鳥取の観客はおとなしいイメージだった。それが今回のユーミンのライブで完全に覆った。始まって序盤は落ち着いた客席だったけど次第に熱くなってきてこの前の大阪以上に多くの曲で総立ちになってた。アンコールの「14番目の月」と「DESTINY」の凄い盛り上がりは感動的だった。そして誰も帰ろうととせずに凄い音量でのダブルアンコールを求める拍手の音。ユーミンも感極まってた。オープニング「ムーンライトセレナーデ」1曲目「ジャコビニ彗星の日」(8th「悲しいほどお天気」1979年12月1日発売)2曲目「不思議な体験」 (15th「VOYAGER」1983年12月1日発売)3曲目「DARK MOON」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)4曲目「キャサリン」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)5曲目「星の物語」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)6曲目「SWEET DREAMS」(19th「ダイアモンドダストが消えぬまに」1987年12月5日発売)7曲目「Nobody Else」 (20th「Delight Slight Light KISS」1988年11月26日発売)8曲目「文通-album version-」(40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)9曲目「ひとつの恋が終るとき」(36th「Road Show」2011年4月6日発売)10曲目「静かなまぼろし」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)11曲目「岩礁のきらめき」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)12曲目「天までとどけ」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)13曲目「烏揚羽」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)14曲目「ずっとそばに」 (14th「REINCARNATION」1983年2月21日発売)15曲目「かんらん車」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)16曲目「小鳥曜日」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)17曲目「CINNAMON」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)18曲目「ベルベット・イースター」(1st「ひこうき雲」1973年11月20日発売)19曲目「ひこうき雲」 (1st「ひこうき雲」1973年11月20日発売)20曲目「時をかける少女」 (15th「VOYAGER」1983年12月1日発売)21曲目「ダンスのように抱き寄せたい」(36th「Road Show」2011年4月6日発売)22曲目「そして誰もいなくなった」(40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)アンコール23曲目「やさしさに包まれたなら」(2nd「MISSLIM」1974年10月5日発売)24曲目「14番目の月」 (4th「14番目の月」1976年11月20日発売)25曲目「DESTINY」 (8th「悲しいほどお天気」1979年12月1日発売)Wアンコール26曲目「卒業写真」 (3rd「COBALT HOUR」1975年6月20日)3曲目「DARK MOON」辺りからユーミンも一気にギアが上がったように迫力のある歌唱に。鳥取での「DARK MOON」、これまでの中で自分にとって確実に最高だった。演奏も歌唱も凄すぎて意識が別世界へトリップしそうになった。4曲目「キャサリン」の演奏の迫力も凄まじかった。ユーミンは異常なカッコ良さ!6曲目「SWEET DREAMS」と7曲目「Nobody Else」で一階席はもうすでに総立ちになってた。9曲目「ひとつの恋が終るとき」のイントロで客席から登場したユーミンに凄いどよめきと共に再び総立ちに。このミディアムスローのシブ過ぎるロックナンバーを全身で楽しむようにノッテる観客を後ろから観るだけでみんながユーミンに酔いしれてるのがわかる。この曲、ほんとにカッコイイ!ドラムもベースラインもギターのオブリもそしてユーミンの歌唱の凄さ!アルバム「Road Show」は名曲のみで出来上がってるアルバム。その1曲目がこの「ひとつの恋が終るとき」です。10曲目「静かなまぼろし」も毎回、泣きそうになるぐらいに感動する。中学生の時に「流線形'80」を初めて聴いた時の光景とかその頃の友人の顔とか毎回思い出してしまう。2026年にこの曲を生で今、聴いてるんだ…と思うだけで涙腺が緩んでしまう。新しいアルバムからの「岩礁のきらめき」と「天までとどけ」「烏揚羽」の3曲連続は今まで観たどこの会場でも観客は凄い盛り上がり集中してる。新しいアルバムの楽曲をみんな本当に凄く聴きたいんだとよくわかる瞬間です。自分はライブで「岩礁のきらめき」は必ずライブでやるだろうとは思ってたけど、こんなに総立ちになって手拍子で盛り上がる事になると想像できなかった。座って聞き入るようなイメージしてた。今では「岩礁のきらめき」の異様な盛り上がりを毎回楽しんで聴いている。「烏揚羽」の時も総立ちのままだった。ステージで起きてる事を凄い集中して誰もが観てる。「ずっとそばに」と「かんらん車」はどれだけ時代が流れても、どれだけ回数ライブで歌われてもまったく色褪せない力のある曲だと今回のツアーで改めて感じてる。鳥取での「ずっとそばに」、何かわからないけど凄かった。16曲目「小鳥曜日」はユーミンの全ての楽曲の中でも不思議は魅力の楽曲で、イントロのあの音が響くだけで異世界に入り込んだような錯覚に陥る。ユーミンが紡ぐ言葉も不思議に溢れてる。大好きな曲です。17曲目「CINNAMON」も不思議な魅力のある曲なのですが「小鳥曜日」と繋がる事でさらに不思議な世界を感じられる。何で今だにこんな名曲の数々が書けるのだろう・・・。「だってユーミンだもん」で終わりそうだけどwピアノ弾き語りの2曲はレジェンドの風格と共に神懸かっている。ユーミンのピアノのタッチは不思議。強くも弱くもなく優しくもなく冷たくもなく。ユーミンが奏でるピアノの音が凄く好きです。また違う曲もピアノ弾き語りを全国ツアーで披露してほしい。21曲目「ダンスのように抱き寄せたい」も名盤「Road Show」に収録されてる曲。今回のツアーでは「Road Show」の1曲目とラスト曲がセットリストに入っていて神セットリスト!22曲目「そして誰もいなくなった」は楽曲もアレンジも演奏も演出もライティングも全てが洗練されてて、その上にユーミンの声が乗ると完全体になる。もし、ここに他の人の声が乗ると完全体には絶対にならない。たとえどんなに歌が上手い人であっても。ユーミンの声から始まらないと「そして誰もいなくなった」の世界は浮かび上がらない。アンコールの4曲は本編のテーマを消し去る事なくずっと余韻の中で楽しめる3曲と自分の生きて来た道のりを思い出す時間をくれる1曲。鳥取でのユーミン、最高にカッコ良かった!なかなかコンサートツアーで大物は来てくれにくい場所だけど、デビュー50年過ぎても観客を出来る限り100%楽しませようとするユーミンに感動する。ユーミンの思いが確実に伝わったと思う。その証拠に誰も帰ろうとせずに2回目のアンコールを求める凄い熱量だった。今回のツアーの観客の集中力と盛り上がりは本当に凄いと思う。自分も毎回、極上の幸せな時間を過ごせてる。ユーミンは2回目のアンコールで「必ずまた来るよ!」って言い放った!この日の鳥取の観客の熱さや集中力に感動したのかも知れない。ユーミンはまだまだロングランの全国ツアーを続ける覚悟があるんだと思うとうれしくて泣けた。涙ながらに歌う「卒業写真」に誰もが涙してた。まだあと50本あまり。このコンサートツアーはまだまだ続く。次は福井に観に行きます!(行きの「スーパーはくと」は、この車両だった。いつも見るのとは違う。 何か古そう。走り出すと友人との会話も聞こえづらいほどモーター音がうるさくて、 ガタガタ音も凄い。揺れも凄い!車内放送もほぼ聞き取れない。 でも、こんな感じの昔の特急好きです。帰りの車両はうるさくなく、揺れも少なく 快適な車内でした)(鳥取駅は「スーパーはくと」推し)(帰りの鳥取駅には「特急はまかぜ」が止まってた。これでも三ノ宮まで直通で帰れた。 行きとは違う路線を走るので、こっちにすれば良かった。 豊岡や玄武洞のところを走る電車です。)(地方に行くとよく見かける車両。門司に行った時にも一緒のを観たような気がする。 黄色だったかな)
2026年04月10日

アメリカのロックバンド「The Beach Boys」の大ヒットシングル。ビーチ・ボーイズと言えば普通に最初に出てくる曲はやはり「Surfin' U.S.A. 」が一番多そう。次は「California Girls」か「Barbara Ann」、それか「Fun, Fun, Fun」とかかな。でもそれらの曲よりも売れたのはこの「Good Vibrations」です。A面「Good Vibrations」(邦題「グッド・バイブレーション」)作詞・作曲 Brian Wilson、Mike Love「Surfin' U.S.A. 」のようなストレートでキャッチーな曲が売れるのはわかるのですが、この複雑な構成の曲が売れたのは不思議。でも自分が知ってるビーチ・ボーイズの曲の中では一番好きかもしれない。この曲の出だしがめちゃくちゃ好きです。そしてどの展開部分も魅力的で引き込まれる。複雑なハーモニーも美しくカッコいい!大ヒットしてるのですが、あまり日本では知られていないように感じるのはなぜだろう。20代の頃だったか中古盤屋で見つけて買った事を何となく覚えてる。なんばの南海電車の高架下の「BIG PINK」だったと思う。あの頃、あの辺りをウロウロよくしてた。その少し先の高架下にバンドの練習スタジオがあったし、そこから日本橋までぶらぶら歩くのが楽しかった。B面「Let's Go Away For Awhile」(邦題「レッツ・ゴー・アウェイ」)作曲 Brian Wilsonビーチ・ボーイズにしたら珍しいように思うインスト曲。聴けばわかると思うけど、このインスト凄い。どう言えば良いのか複雑なタイトルは「少しの間、どこかへ行こう」です。聴いてるとそのタイトルがバッチリはまって聞こえてくるから不思議です。ドラムとベースとローズピアノから始まって、複雑に多くの楽器が絡みついてくる。ティンパニーが派手に鳴ったりブラスセクションが奥で控えめに鳴ってたり不思議な曲。でも凄く好きな曲。ビーチ・ボーイズの曲の事、初めて書いたかも知れない。そんなにたくさんレコード持ってるわけじゃないけど、自分が持ってる数枚は好きな曲ばかり。
2026年04月07日

松任谷由実さんの「THE WORMHOLE TOUR」大阪公演に行ってきました。昨年の11月28日大阪で観て、12月6日7日と神戸で観て、12月14日石川公演と第1期は4回観る事ができた。第2期は3月6日京都から始まっていましたが、京都2daysはまったくチケット取れずに断念。その次の愛知も取れずに今日の大阪のチケットがやっと取れた。【ネタバレ含みます】今日のコンサート、電子チケットの座席が分かるのは当日の昼12時。今回のツアーどこから観ても入れるだけで満足なのですが、今日は1階9列だった!神戸の2日目は3階のほぼてっぺんだったけど、物凄く良かったからもうどこで観てもいい。石川公演はL列で目の前の通路をユーミンが歩く席。これは最高すぎる席だった。今日の9列、ユーミンがすごく近い!ベース音もズシンズシンと内臓に響くほどの音圧、最高!前回の大阪より音圧上がってるように思えた。こんな凄い音だったかな…と爆音に感動してた。「DARK MOON」「キャサリン」が特に凄く重く響いた。確実に前回の大阪公演よりも洗練され進化してた。バンドの白熱の演奏は物凄かった!何よりユーミンが心底楽しそうにステージに立っているのを観られるだけで幸せな気持ちなれる。オープニング「ムーンライトセレナーデ」1曲目「ジャコビニ彗星の日」(8th「悲しいほどお天気」1979年12月1日発売)2曲目「不思議な体験」 (15th「VOYAGER」1983年12月1日発売)3曲目「DARK MOON」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)4曲目「キャサリン」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)5曲目「星の物語」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)6曲目「SWEET DREAMS」(19th「ダイアモンドダストが消えぬまに」1987年12月5日発売)7曲目「Nobody Else」 (20th「Delight Slight Light KISS」1988年11月26日発売)8曲目「文通-album version-」(40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)9曲目「ひとつの恋が終るとき」(36th「Road Show」2011年4月6日発売)10曲目「静かなまぼろし」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)11曲目「岩礁のきらめき」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)12曲目「天までとどけ」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)13曲目「烏揚羽」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)14曲目「ずっとそばに」 (14th「REINCARNATION」1983年2月21日発売)15曲目「かんらん車」 (6th「流線形'80」1978年11月5日発売)16曲目「小鳥曜日」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)17曲目「CINNAMON」 (40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)18曲目「ベルベット・イースター」(1st「ひこうき雲」1973年11月20日発売)19曲目「ひこうき雲」 (1st「ひこうき雲」1973年11月20日発売)20曲目「時をかける少女」 (15th「VOYAGER」1983年12月1日発売)21曲目「ダンスのように抱き寄せたい」(36th「Road Show」2011年4月6日発売)22曲目「そして誰もいなくなった」(40th「Wormhole / Yumi AraI」2025年11月18日発売)アンコール23曲目「やさしさに包まれたなら」(2nd「MISSLIM」1974年10月5日発売)24曲目「14番目の月」 (4th「14番目の月」1976年11月20日発売)25曲目「DESTINY」 (8th「悲しいほどお天気」1979年12月1日発売)Wアンコール26曲目「卒業写真」 (3rd「COBALT HOUR」1975年6月20日)Wアンコールの「卒業写真」が終わっても観客のアンコールを求める手拍子が治らない。追い出しのアナウンスも何度もかき消され、舞台上にスタッフが機材の片付けを始めてもまったくアンコールを求める手拍子は止まない。今日はコンサート終盤まで、今日の観客はかなりおとなしいと思って観てたけど、「時をかける少女」で一気に溜めてたものが爆発したように凄いノリになっていった。「14番目の月」「DESTINY」の客席の熱は凄かった。「14番目の月」では、決まった箇所でジャンプするのですが、ほとんどの観客がジャンプしてたように思えるほどだった。「DESTINY」のフリ付けも客席みんなが揃ってた。15曲目の「かんらん車」なぜか今日、凄く感動した。よくライブのセットリストに入るので特別感はあまりない曲なのですが、何か違って聞こえた。曲の良さをさらに改めて感じる事が出来た。10曲目「静かなまぼろし」もこれまで4回観た中でダントツに歌も演奏も凄くなってた。21曲目「ダンスのように抱き寄せたい」と22曲目「そして誰もいなくなった」の2曲は毎回泣ける。今回のニューアルバム「WORMHOLE」の全ての楽曲が最高だと発売されてからずっとそう思いながら聴いてる。デビュー53年目にこんな凄いアルバムを作れる事自体が奇跡のようでもあるし、ユーミンだから当たり前だとも思えるし。1999年30枚目のアルバム「FROZEN ROSES」から更に進化していくユーミンをリアルタイムで感じてきた。そして2009年35枚目のアルバム「そしてもう一度夢見るだろう」からのアルバムは全て最高です。荒井由実時代の新しい凄さや松任谷由実前期の繊細さや85〜90年代のダイナミックさなど全てを昇華させたような音に感じる。「ダイアモンドダストが消えぬまに」から「U-miz」頃までの最大のブーム時だけ少し心が離れてたけど、今ではその時代のアルバムも全て好きになってる。できれば「ユーミン万歳」のように音を作り直してくれたら最高なんだけど。「ユーミン万歳」に収録されてるその時代の楽曲は全て最高な音になってるし自分の好きな音になったので凄くうれしかった。特に「リフレインが叫んでる」「情熱に届かない」「ダイアモンドダストが消えぬまに」「Wanderers」「Sweet Dreams」「Valentine's Radio」の2022年MIXは自分が求めてる音になった。「ユーミン万歳」はもうどれだけ聴いたかわからないほど聴いてる。今のツアーが終わると、また早く次のアルバムが聴きたい。そして、そのアルバムの全国ツアーが観たい。今日の元気すぎるユーミンを観てると、まだまだ止まらず走っていてくれそう。72歳で72本の全国ツアーって凄い事だと思う。あれだけ踊って走って26曲も歌う。観客はそんなユーミンのパワーに応えるように異様な盛り上がりになっていく。最近のユーミンのコンサートは80年代、ユーミンも観客も汗まみれになってたあの盛り上がり以上の熱を感じる時がある。次は鳥取に行きます!鳥取でコンサート観るなんてすごく久しぶり。
2026年04月06日

Paul McCartney率いる「WINGS」の大ヒットシングル。1977年11月に発売されました。レコーディングメンバーPaul McCartney – Vocal, Bass ,Acoustic guitarLinda McCartney – Backing vocal, PercussionDenny Laine – Backing vocal, Acoustic and Electric guitarsCampbeltown Pipe Band – Bagpipes and DrumsA面「Mull Of Kintyre」(邦題「夢の旅人」)作詞・作曲 Denny Laine、Paul McCartney日本盤のシングルのライナーには、次のアルバムからのスペシャルカットと書かれていますが、この曲はアルバム「London Town」には収録されていませんでした。10代の頃、この曲をヘッドフォンで聴くのが凄く好きだった。シンプルな楽器構成なのにステレオ感を強く感じられて気持ち良く聴いてた。カントリーフォーク調のアコギとボーカルが右チャンネルからだけ流れ始め、そしてもう1本のアコギの音が左から聞こえ出す。ベースはシンプルに曲を支え、バグパイプの突き抜けるような音が全体を包み込んでくる。3拍子のバラードで美しい曲。スコットランドにあるキンタイア半島の岬を歌っています。このMVはその場所で撮影された映像で、音だけで頭の中で想像してた映像の風景とそんなにかけ離れてなく初めてMVを観た時に感動したのを覚えてる。シングル盤引っ張り出して来て何度かリピートして聴いてたけど、良い曲はまったく色褪せない。B面「Girls' School」(邦題「ガールズ・スクール」)作詞・作曲 Paul McCartney海外では両A面で発売されていました。日本盤はA面、B面とはっきりレーベルに記載。ほとんどの海外盤はA面とAA面だったと思う。日本と同様にオーストラリアやベルギー、オランダ盤などA面、B面と記載されてる国もある。自分は断然「Mull Of Kintyre」の方が好きだったのですが、この曲の方が好きな人も多かった。「Girls' School」の方がラジオでオンエアされる回数の方が多かった国も多かったみたい。ストレートで疾走感のあるロックンロールで、もちろん嫌いじゃない。アルバム「London Town」には「Girlfriend」って曲が入ってるので間違いやすいかも。「Girlfriend」は凝ったアレンジでプログレのような展開もあったりする曲で好きな曲。「WINGS」の事って今まで一度も書いてなかったかも知れない。LP盤の中では「Venus and Mars」を一番回数聴いたと思う。
2026年04月05日

今年も桜は咲いています。玄関を出て3分ほど歩いただけで桜に包まれるような場所にたどり着きます。春になって毎年咲く桜をわざわざ観に行く事もなくなっていき毎年、勿体無いことをしてたな…と今頃になって思う。今年はゆっくりと桜並木をひとりで歩いてみた。雨上がりの薄曇りで少し肌寒く誰も歩いていなかった。まだ少し濡れているコンクリートの道は靴底に冷んやりと感じた。桜は7分咲き〜8分咲き。週末には満開でお弁当持って多くの人が花見に来るのだと思う。ここの桜、幼い頃に家族とも来たし、もう会えない友人とも来た。ビニールシート敷いてお花見って感じではなく、ただ桜のトンネルをくぐりながら上まで登るだけ。どんな話をしながら桜の下を歩いてたかなど思い出せるはずもなく、一人の時間を楽しみながら歩いた。ここには何本の桜の木があるのだろうか。葉桜になる頃にもう一度、今年は歩いてみようと思ってる。そしてこの季節になると、国立劇場での谷村新司さんのリサイタルを思い出す。毎年、今年はどんな曲を歌ってくれるのだろうか…と楽しみに東京まで行ってた。谷村新司さんの作詞曲で「桜」が出てくる曲は数多くあります。タイトルに「桜」とつく曲だけでも「櫻守」「サクラサク」「桜は桜」「梅・桃・桜」とこの「さくら」歌詞の中にはさらに多くの曲で「桜」が出て来ます。有名なところでは「サライ」の「♪サクラ吹雪のサライの空は」が浮かぶ人が多いと思う。歳を重ねるごとに、この「さくら」が一番好きになってきた。発売当初は地味に思えていたこの曲なのに、ちんぺいさんの書く「桜」の曲の中で一番胸に沁みるようになった。「さくら」作詞・作曲 谷村新司さん泣きぬれた星の夜も 夕暮れの坂道も夢破れ歩く町も みんな消えて気がつけばまたここにいる想い出のこの場所あの人と見上げていた一面の薄紅色さくらはまた今年も咲いた人の痛みを包み込むようにさくらはただ咲く為に散るただ咲く為に風に散る生きてゆく意味を教えて 誰か教えてほしいさよならが人生なら 私は何さくら さくら 無常の道に風を抱きしめひたすら揺れるさくら さくら 香りと色を空に残して風に散る2007年4月18日発売のアルバム「オリオン13」に収録されています。このアルバム、歳を重ねてから沁みる曲が増えて来た。ちんぺいさんが、その年ごとに生きて感じた事を後を追うように自分も感じているのがわかる。こういう事だったのか…と経験しないとわからない事も多いんだな。アルバム「オリオン13」のラスト曲「River of Life」を作った意味も少しわかるようになってきた。「♪深い河は静かに流れて 時の歩みに呼吸をあわせて 命はやがて光にかわり 天の川へと流れはじめる」
2026年04月03日

ピンク・レディーの9枚目のシングル。1978年9月9日発売。この曲も大ヒットで115万枚売り上げた。6月25日発売の「モンスター」がまだ売れている中、2ヶ月半しか経たないのにこの曲をリリース。振り付けもまだ完成する前にテレビで歌う事になったりして、サビ部分の振り付けが変更されたり練習する間も少なかったのだろうと思う。発売の1週間前まで「モンスター」をまだテレビでかなり歌っていました。「モンスター」もそうだけど、「モンスター」以上にかなり複雑な構成の楽曲なので演奏するバンドもひどい演奏の事が何度かあった。有名なのは「夜のヒットスタジオ」に出演した時に指揮のダン池田さんもバンドも訳わからなくなったようで放送事故と言っても過言じゃないあまりにもひどい演奏になった事があった。イントロからリズムもテンポもわからなくってしまったようで何の曲かわからないほどにグダグダに…。そんな中でも何とかそのひどい演奏に合わせて歌おうとしている二人はプロでした。歌えるわけない他の曲のような演奏なのに振り付けも何とかしてみよう努力してた。このかなりレアな「透明人間」はDVD BOX「ピンク・レディーIN 夜のヒットスタジオ」に収録されています。今日、久しぶりに観たけど、嫌がらせじゃないのかって思うほどです。発売されて1ヶ月以上経っているのに、楽譜がおかしかったのか違う曲と勘違いしたのか…。ケイちゃんが少し不安そうな表情をしてしまってるのもわかる。(ミーちゃんは半笑いになってるし、「ケイちゃんは何の曲?」って表情。 イントロのド頭からこんな状態でした)(どう動けばいいのか、必死に音に合わせようとするけど笑うしかできない状態に)(ケイちゃんの振りは「実は実はわたくし」でミーちゃんの振りは「透明人間なのです〜」の所。 イントロからこの辺りまでめちゃくちゃな演奏でした)A面「透明人間」作詞 阿久悠さん 作曲・編曲 都倉俊一さんDVD「フリツケ完全マスターDVD」でもこの曲は10枚目シングル「カメレオン・アーミー」までで一番振り付け難易度は低い。それでもかなり難しいのですが。急いで作られた振り付けだから、簡単になったのかも知れない。CDシングルBOXのカラオケバージョンを聴いてたら、仕掛けや決めや変拍子や複雑に絡み合ってて、どんな有名なバンドでも難しかったのかも知れない。ピンク・レディーの曲はどれもアレンジが複雑でバンド泣かせだっただろうと思う。ジャンル分け出来ないような曲が多い。「カメレオン・アーミー」のテレビ出演時の演奏でもかなりひどいものが何度かあった。あの曲も難しいし指揮者がいるのに異常に走ってる時とか歌いにくそうだった。もし11枚目のシングル「ジパング」が、最初の予定通りにB面の「事件が起きたらベルが鳴る」だったら、「夜のヒットスタジオ」でもっと悲惨な演奏になってた可能性が高い。アレンジは複雑でかなり難しいと思う。めちゃくちゃカッコイイ曲なのですが。再結成のライブで生で「事件が起きたらベルが鳴る」が聴けた時は鳥肌ものの感動でした。「マンデー・モナリザ・クラブ 」みたいな、もろブラックミュージックな曲の時はビッグバンドは本領発揮でカッコイイ演奏の事が多かった。「Kiss In The Dark」とほぼ同時発売だったのもあって、テレビでそんなに回数は歌っていない曲なのが勿体無い。それとアメリカでの活動が始まってきはじめた頃だったし。(フリツケ完全マスターDVD)B面「スーパーモンキー孫悟空」作詞 阿久悠さん 作曲 都倉俊一さん 編曲 田辺信一さんこの曲は編曲は都倉さんじゃなく田辺信一さんだった。ドリフターズの人形劇「飛べ!孫悟空」の主題歌。ライブでもセットリストに入る事もあったB面曲でした。「飛べ!孫悟空」はBlu-ray BOXにはならないのかと、待っているんだけど・・・。ピンク・レディーの出演場面も多く、自分たちのオリジナル曲の替え歌なんかも歌ったりしてた。そしてゲストが超豪華で京唄子さん、鳳啓助さん、森進一さん、山口百恵さん、八代亜紀さん水前寺清子さん、沢田研二さん、由利徹さん、梓みちよさん…他多数。(2004年のピンク・レディー)
2026年04月02日

アメリカのシンガー・ソングライター、アレンジャー、プロデューサー「Rupert Holmes」が1979年にリリースしたシングル。昨夜書いたブログで1980年代に流行ったトロピカルドリンクの事を書いてた時に、何かまだ有名だったのがあるはず!と考えたけど思い出せなかった。今日の昼に仕事場で急に思い出した。「ピニャ・コラーダだ!」・・・パイナップルの味のやつ。ピニャ・コラーダと言えばすぐに浮かんだのがこの曲。この曲のタイトルは「エスケイプ」ですが、サブタイトルが「ピニャ・コラーダ・ソング」です。思い出せてスッキリして、帰ってきてからこのシングルを家探ししてやっと見つけた。絶対に買ってるはずなのは分かってたけど、EP盤の棚ではなく17cmシングル50枚箱の中から見つけた。レコーディングメンバーRupert Holmes – Vocals, Keyboards, SynthesizerDean Bailin – GuitarFrank Gravis – BassLeo Adamian – DrumsA面「Escape (The Piña Colada Song)」(邦題「エスケイプ」)作詞・作曲・編曲・プロデュース Rupert Holmes軽くラテンのノリを感じる気持ちいい曲。でも歌詞は「私は彼女に飽きていた 一緒にいる時間が長すぎた」と不穏な空気を感じる歌詞から始まる。1番、2番、3番と3つのセクションに分かれている物語。ドラマチックで少し滑稽なストーリー展開なのでフルで聴かないと物語はわからない。3番ともサビの歌詞は「ピニャコラーダ」から始まります。この曲が収録されてる5枚目のアルバム「Partners in Crime」は名曲だらけ。この曲はリードシングルでしたが、2枚目のシングルカット曲「Him」も大ヒットしました。これも超名曲です。B面「Drop It」作詞・作曲・編曲・プロデュース Rupert HolmesアルバムA面ラストに収録されてる軽いレゲエな曲。でもこの曲、完全に忘れてしまってた。初めて聴くような感覚で聴いてました。当時、何度も聴いてるはずなのに。ルパート・ホルムズは現在79歳。音楽にはまだ携わっているのだろうか。昨夜のブログでディスコで流行ってたカクテルの事を書いてなかったら、このシングル、一生聴いてなかったかも知れない。「ピニャコラーダ」のおかげ。
2026年04月01日

西ドイツのEurodisco「Genghis Khan」の2ndシングル。この曲も懐かしすぎる曲。デビューシングル「Dschinghis Khan」の大ヒットで一躍有名になり日本のディスコシーンにも一気に進出して、かなり流れていた。(デビュー曲「ジンギスカン」の日本盤ジャケにも「オリジナル本命盤」と派手に書かれているけど まがい物的な偽物がいたのだろうか・・・)メンバーLouis Hendrik PotgieterEdina Pop Henriette Strobel Wolfgang Heichel Leslie Mándoki Steve Bender A面「Moskau」(邦題「めざせモスクワ」)作詞・作曲 Bernd Meinunger、Ralph Siegelこの曲が流れ出すと、真っ先に頭に浮かぶのはMVのダンス振り付け。そしてそれをアレンジして作られてたディスコの中での振り付け。「♪Ho, ho, ho, ho, ho, hey」と「Ha, ha, ha, ha, ha」の時の振り付けをみんな揃えてたのは今から思えば、笑える・・・。平和な空間だった^^あの頃、急に流行り出した「トロピカルドリンク」というジャンルのお酒。「マイタイ」「チチ」「ブルーハワイ」と他にも何種類かあったなぁ。甘いカクテルで量も多いのでお酒弱い人はすぐに酔ってた。海外のビールもいろいろと入ってきてバトワイザーやクワーズ、コロナビールもこの頃だったかな。それから数年後に「フィズ」って酒が急に流行り出した。ピーチツリーフィズが一番有名で、バイオレットフィズなど、あの頃甘いお酒がやたらと人気だった。その裏で「樹氷」や「純」といった若者向け焼酎もブームになってきて「いいちこ」「二階堂」「神の河」も一気に居酒屋メニューのメインになっていってた。自分は昔から日本酒中心に飲んでたので焼酎に深入りしなかったけど「神の河」や「田苑」のような樽で熟成させた焼酎は好きだった。あ、そのすぐ後に「鍛高譚」が大ブームになったのも懐かしい。酒の話になってしまったけど、「めざせモスクワ」をアナログ盤でフルで聴くのは多分、40年以上ぶり。イントロが流れてくるだけでなぜか顔がにやけてしまう。それはきっとあのMVのせいもある。真面目にやってるから最高におもしろい。曲の終盤の男子メンバー4人がコサックダンスしてるけど、あれかなり難しいししんどい。みんなこの曲の時だけモスクワと言わずに「♪モスカウ モスカウ」って歌ってたのも懐かしい。「めがねは壁に投げすてろ」とか「愛はキャビアのような味がする」とか歌詞もユニーク。塩っぱくて生臭そうに思ってしまう。(♪「Ha, ha, ha, ha, ha」のところ)B面「Rocking Son Of Dschinghis Khan」(邦題「ロッキング・さん」)作詞・作曲 Bernd Meinunger、Ralph SiegelこのB面曲は女性2人が中心になって歌う曲。「めざせモスクワ」で踊りまくりながら歌ってた人はほとんど後ろで座ってるだけ。でも最後だけは踊りまくり。この曲も凄く好きだった。ディスコサウンドと言うよりロックな曲です。人気は凄かったし、インパクト強すぎて忘れられない人も多そう。完璧なエンターテイナーと言っても過言じゃないインパクト。
2026年03月31日

八代亜紀さんの1974年発売のコンパクト盤。多分、これが八代亜紀さん最初のコンパクト盤じゃないかな。大ヒット曲「なみだ恋」をタイトルにして4曲収録されています。(豪華なWジャケットのコンパクト盤)A面1曲目「なみだ恋」 作詞 悠木圭子さん 作曲 鈴木淳さん 編曲 小谷充さん2曲目「雨のカフェテラス」 作詞 二条冬詩夫さん 作曲 鈴木淳さん 編曲 小谷充さんB面1曲目「恋街ブルース」 作詞 悠木圭子さん 作曲 鈴木淳さん 編曲 小谷充さん2曲目「おんな」 作詞 池多充男さん 作曲 野崎真一さん 編曲 伊藤雪彦さん(1980年発売の八代亜紀さんの本「不知火」より)八代亜紀さんは1971年9月25日に「愛は死んでも」でデビュー。2ndシングル「別れてあなたを」、3rdシングル「恋街ブルース」とリリースしましたが、なかなかヒットに恵まれず地方のキャバレー、スナック、レコード店回りをする活動が続いていました。4枚目のシングル「なみだ恋」が1973年2月5日に発売されるとじわじわと売れ始め、最終的には60万枚を超える大ヒットになった。企画の段階ではB面の「雨のカフェテラス」をA面にする計画でレコーディングされた。「なみだ恋」は当初、B面曲として扱われたのでレコーディングも時間をかけずに何度かの歌唱でOKを出したと八代さんが後に語っていました。急遽「なみだ恋」をA面にしようと決めたスタッフは凄い。タイトルも「なみだ」が平仮名というのもインパクトあるし「涙恋」だったら売れてないかも。そして歌い込まずにさらりと歌ったレコーディングも良かったんじゃないかな。本当に良い曲だと思うし、何十年も聴いてても飽きない楽曲と歌唱です。そのB面になった「雨のカフェテラス」ですが、A面だったとしたら「なみだ恋」ほどのヒットはしていないように思う。レコード会社スタッフが一丸となってヒットさせようと制作した楽曲なので、かなり力が入ったアレンジです。仕掛けも多くアレンジは凝りまくりです。「なみだ恋」のようなド演歌ではなく、軽い歌謡演歌です。でも、このシングル発売から2年後に発売された梓みちよさんの「赤いサルビア」の出だしがやばいぐらいに似ているのですが、この「赤いサルビア」はヒットしています。「赤いサルビア」を聴いて、この「雨のカフェテラス」が頭に浮かんだ人も多いと思う。B面1曲目「恋街ブルース」はかなり青江三奈さんを意識してる曲作りだと思ってしまう。スモーキーな声の二人という事でレコード会社も青江三奈さんに寄せていったのだと思う。この曲も軽めの歌謡演歌。日本の街を渡り歩くご当地ソングです。函館→横浜→京都木屋町→神戸元町→博多中洲B面2曲目「おんな」は1973年3月1日発売のアルバムのラストに収録されている曲。シングルの「なみだ恋」を収録したアルバム「演歌のすべて なみだ恋」に収録。1973年9月に早くも2枚目のアルバム「演歌のすべて 女の涙」をリリース。その2枚のアルバムの中からチョイスされた楽曲を1973年秋に4枚のシングルとして一気に発売。何か妙な売り方でした。その中にマニアックな人気曲「恋あざみ」もありました。1970年に男性演歌歌手「勝彩也さん」がリリースしたのがオリジナルで、それを八代さんがカバー。男性歌手の曲ですが女歌なので八代さんが歌うとさらに説得力があると言うか、ばっちりハマっています。2010年代にコンサートで八代さんがセットリストに入れてくれた事があって生で聴く事ができました。八代亜紀さんのシングルやアルバムの事は数え切れないほど書いたと思う。コンサートにもよく行ってたし、まだ元気でどこかで歌ってるようにしか思えない。早く関西でコンサートしてほしいとか思ってしまう。(1977年ツアーパンフより。地元の熊本に帰った時に両親と近所の神社にお参りした時の写真)(これもツアーパンフより)
2026年03月30日

西ドイツのEuro disco女性3人組「アラベスク」のヒットシングル。「アラベスク」のシングル、いつの間にこんな種類買ってたのだろ。日本デビュー曲の「Hello Mr. Monkey」から1982年頃までいろいろ持ってる。「Hello Mr. Monkey」を買ったのは多分、ピンク・レディーがライブでよくカバーして歌ってたので原曲も欲しくなって買った…そんな感じだと思う。(「恋のメリーゴーランド」と思い込んでる人が結構いる。「恋に」です。 「恋人はサンタクロース」じゃなくて「恋人がサンタクロース」みたいなもん)A面「In for a Penny, in for a Pound」(邦題「恋にメリーゴーランド」作詞・作曲 Jean Frankfurter、John Möring当時は「アラベスク」はヨーロッパやアメリカでも売れているグループだと思ってた。実は他のどの国よりも日本で一番売れていました。10枚以上のシングルをオリコンチャートトップ40に入れるほどの人気。この曲はラジオでもテレビでもディスコでもかなりの頻度で流れてた印象が強い。アラベスクはやんちゃ系男子からディスコ通いの大人の女子まで幅広く聴かれてたと思う。爆音で鳴らして走ってる車とか公園でラジカセで流して踊ってる集団とか80年代前半の光景が鮮明に浮かぶ曲。今聴いても、売れるのが分かるいい曲です。B面「The Hero Of My Life」(邦題「私のナイス・ヒーロー」)作詞・作曲 Jean Frankfurter、John MöringAメロが日本風なメロディなのも良い。5枚目のアルバム「In For A Penny」のA面4曲目に収録されています。この曲もPOPで一度聴くと頭の中でグルグル流れそうです。日本ではアイルランドの4人組「ノーランズ」と同時期に人気を博した。どっち派?と言う感じでライバルっぽい2組。
2026年03月29日

アメリカのロックバンド「The Monkees」の大ヒットシングル。「The Monkees」のヒット曲はどれもキャッチーで、忘れてしまってても急に思い出して聴きたくなる曲が多いように感じる。その中でも日本ではこの曲がかなり有名だと思う。メンバー構成Davy Jones – VocalsMicky Dolenz – VocalsMichael Nesmith – Electric guitarPeter Tork – PianoA面「Daydream Believer」(邦題「デイドリーム」)作詞・作曲 John Stewartこの曲を作ったのは「Kingston Trio」のメンバーだった John Stewartって事を知らない人も多いように思う。「Kingston Trio」の楽曲もかなり多く作っています。ギターとバンジョー担当でした。歌詞はたわいもない朝の情景を歌っているようで、そんなたわいもないような事に幸せを見出して贅沢の中の価値を考え直すような反省も含んでるように思える。ま、でも難しく考えなくていい曲なのは確か。日本盤のジャケットには「デイビーの歌う デイドリーム」って書かれてるほどに、この曲はデイビーの声じゃないと成立しない曲。今日、久しぶりにモンキーズをいろいろ聴いてたのですが、デイビーの声質や歌い方を後に郷ひろみさんが意識してたのかな…とか思った。曲が始まる前にちょっとしたセリフの掛け合いがあるのですが、子供の頃は「これ何だろう?」って思ってた。今から演奏を始める前の確認のような寸劇^^;MVにはここの部分はカットしてるけど、MVほどその場面の寸劇があった方がわかりやすいのに。B面「Goin' Down」作詞・作曲 Micky Dolenz、DavyJones、Peter Tork、Michael Nesmith、Diane Hildebrandこの曲のリードボーカルはMicky Dolenzです。A面に負けない名曲です。A面以上かもしれない。アップテンポなジャジーなナンバー。凄い早口でまくしたてるように歌うMicky Dolenzのボーカル最高です。アップテンポで演奏される「Puttin' On The Ritz」が頭に浮かぶ。Fred Astaireがタップ踏んでそうな感じ。Micky Dolenzのボーカルほんとに凄い。(ジャケットに書いてる「デイビーの素敵なカラーポートレイト付き」っていうのはこれの事)
2026年03月28日

QUEENの日本で4枚目のシングル。QUEENのライブで他のどの曲よりも多くセットリストに入った曲でもある。この曲がリリースされてから1986年Magic Tourのツアーラストまでイベントなどのライブ以外でセットリストから外れた事は一度もない曲。それ故に、1980年の来日の頃からこの曲が始まると「違う曲聴きたいな…」とか贅沢な事を思ったりしてた。今となればフレディの声でこの曲だけでもいいからライブで聴きたいと思うようになった。A面「Now I'm Here」(邦題「誘惑のロックン・ロール」)作詞・作曲 Brian May3rdアルバム「Sheer Heart Attack」のA面ラストに収録。イントロを聴くだけでライティングが一斉に点滅する箇所やフレディの動きなど鮮明に頭の浮かぶ。どの来日ツアーのライティングシステムでも思い出せてしまう。1982年の初めての野外ライブで聴いたこの曲は特に印象に残ってる。広い空間に組み込まれたステージセット、音は野外独特の抜け方で広がる。西宮球場に広がる爆音といつも以上に観客を煽るフレディ。西宮球場と西武球場、日本で唯一の野外公演を2本とも観に行けて本当に良かったと思う。特に関西では初めてQUEENのチケットを手に入れる事ができた人が多かった。1979年の来日まで大阪フェス、大阪厚年、神戸国際会館、姫路厚生年金会館といった2000人〜3000人キャパのホールでしかライブをしてなかったので、観たくても観られない人がかなり多かった。それに比べて東京では武道館で3回〜6回など観客動員数は関西の3倍以上。1981年The Game Tourなんて東京の武道館公演4daysのみだったし。一度だけ神戸市中央体育館で公演をしましたが、ここの体育館は特に大きいわけでもなく4000人ほどのキャパだったと思う。現在は改装されて少しはキャパ増えてるけど。あの時は大阪フェス2daysと神戸中央体育館で10000人ほどの人が観る事ができたけど、1979年Jazz Tourの来日はチケット難が激しかった。曲の事を書くつもりが当時の事とか思い出して今更の愚痴のような事を書いてる。そう言えばレコーディングでは「Now I'm Here」のピアノはブライアンが弾いていてハモンドオルガンをフレディが弾いています。(限定盤でシングルCD BOXが発売されています)B面「Lily Of The Valley」(邦題「谷間のゆり」)作詞・作曲 Freddie Mercury3rdアルバム「Sheer Heart Attack」に収録されています。アルバムでは「Tenement Funster」〜「Flick Of The Wrist」〜「Lily Of The Valley」と3曲が繋がっています。「Flick Of The Wrist」の最後の歌詞の「♪Baby you've been had」の歌い終わりとピアノのイントロがクロスフェードで繋がっています。マスタリングする前のテープで「Lily Of The Valley」のド頭のピアノからMixし直してほしかった。「Flick Of The Wrist」のフェードアウトの音が完全に切れた所からのピアノ演奏から始まっています。この曲は2枚組ベスト盤「Queen Forever」の Disc 1にも収録されたけど、やはりイントロのピアノ演奏が欠けてるバージョンでした。3rdアルバム「Sheer Heart Attack」の中でも一番好きな曲です。10代の頃にピアノ譜買ってきて練習して弾き語りをよくしてた曲。「Flick Of The Wrist」の怒りや不満をぶつける激しい曲のあとに、悟ったように孤独と絶望を静かに歌う曲が「Lily Of The Valley」です。少し前にブログで書いた「Seven Seas Of Rhye」から繋がりのある曲です。続けて聴くとより感動するかも。ちなみに「Flick Of The Wrist」で怒りや不満をぶつけている相手は当時のマネージャーや所属事務所の事のように言われていますが、フレディはそれは違うと否定していました。どうなんだろって思うけど…。さらに強烈な怒りを感じる「Death On Two Legs」は「Flick Of The Wrist」の繋がりのように思うんだけど。今日はQUEENのアルバム7枚選んで連続アナログ盤で聴いてた。やっぱり飽きる事はない曲ばかり。小学生の頃にQUEENを知ってから今までずーっと1曲も聴かなかった月はない。必ず何かQUEENかフレディのソロ曲は聴いてる。(1976年5月にはこの曲とデビューシングル曲「炎のロックン・ロール」をカップリングにして 7インチシングルが日本限定で発売されました)
2026年03月27日

アメリカのシンガー・ソングライター「Kenny Loggins」の日本限定発売シングル。キリンビールの「キリンびん生」のCMソングでした。A面「Chain Lightning」作詞・作曲 Kenny Loggins初めて聴いた時は「My Sharona」を思い出すような曲だと感じた。サビからはかなりHeavyなアレンジでシンセギターを取り入れて話題になったJudas Priestの10枚目のアルバム「Turbo」の音のような印象のハードなサビ。イントロからサビ、ギターソロまで至る所で「カンパーイッ!」ってコーラス?(掛け声)が入るのも最初はかなり気になったけど、聞きなれると良く思えてきたから不思議^^;今日、久しぶりに聴いてたら同じ年に発売されたYESの「Big Generator」に入っててもおかしくないようにも感じた。この頃のKenny Logginsは「Footloose」「Danger Zone」と超大ヒットを立て続けに出して、そして映画「Over the Top」の主題歌として「Meet Me Half Way」をリリースした直後にこの曲のリリースでした。世界規模で発売されてると当時は思ってたけど、日本のみの発売でした。キリンビールも人気頂点のKenny LogginsにCMソングを依頼するとか、さすが超大手と思ってしまう。「Meet Me Half Way」は凄く好きな曲だった。「Footloose」「Danger Zone」はあまり聴かなくても「Meet Me Half Way」は急に聴きたくなって聴くことがある。B面「Chain Lightning (Album Version)」作詞・作曲 Kenny Loggins歌詞カードの解説文にニューアルバムが8月に発売されてこの曲も収録されてるとか書いてたけど1987年にはアルバムは発売されていません。アルバムは1988年8月までリリースされず、この曲も収録されていなかった。Album Version?? 2020年に初めてベスト盤に収録された。A面と何が違うかというと、例の「カンパーイッ!」ってコーラス?が全て削除されてる事。そりゃ聴くなら、こっちを聴く方がカッコイイ。でも、「カンパーイッ!」がないのが淋しく感じてしまうのは脳が麻痺してるのかも。この曲、1987年夏に全世界発売してても大ヒットしたと思う。「カンパーイッ!」は日本盤だけにした方がいいとは思うけど。
2026年03月26日

アメリカのFunk/Disco Band「CHIC」の大ヒットシングル。日本では1978年12月発売。この曲が「CHIC」にとって最大のヒット曲。全世界で700万枚以上売り上げた。3枚目のアルバム「C'est Chic」からのリードシングル。レコーディングメンバー構成Alfa Anderson – VocalsDiva Gray – VocalsDavid Lasley – VocalsLuci Martin – VocalsLuther Vandross – VocalsNile Rodgers – Guitar,VocalsRaymond Jones or Andy Schwartz – Fender Rhodes electric pianoRobert Sabino – Piano,ClavinetBernard Edwards – Bass Tony Thompson – DrumsSammy Figueroa – PercussionA面「Le Freak」(邦題「おしゃれフリーク」)作詞・作曲 Nile Rodgers、Bernard Edwards1978年7月に「サタデー・ナイト・フィーバー」が日本公開されて、日本のディスコシーンがさらに盛り上がってピークに達しようとしてた時。そこにこの曲がリリースされ日本でもヒットしました。この7インチシングルバージョンはアルバム収録のオリジナルバージョンよりも2分短く編集されています。Nile RodgersのギターのカッティングとBernard Edwardsのベースのノリの気持ち良さが凄い。ボーカルはパワフル!この曲ほど売れなかったけどアルバムからの第二弾シングルカット曲「I Want Your Love」の方が好きだった事を思い出した。B面「Savoir Faire」作詞・作曲 Nile Rodgers、Bernard Edwardsメロウで美しいインストナンバーです。Nile Rodgersのギターが堪能できます。
2026年03月25日

スペインの女性デュオ「Baccara」の1978年発売のヒットシングル。やはり「Baccara」と言えば最初に大ヒット曲「Yes Sir, I Can Boogie」を思い出す人がほとんどだと思う。日本では1974年頃から女性ソウル/ディスコと言えば「Three Degrees」が子供から年寄りまで知ってるほどに人気女性トリオでした。「Three Degrees」は凄く好きでかなりレコードも集めて聴いていましたが、この「Baccara」も短い期間だったけどレコード買って聴いていました。「Yes Sir, I Can Boogie」は大ヒットして当然と思える名曲なのですが、自分は「Parlez-vous francais? (誘惑のフランセ)」の方がダントツに好きだった。「Baccara」Mayte Mateos – vocalsMaría Mendiola – vocalsA面「Parlez-vous francais?」(邦題「誘惑のフランセ」)作詞・作曲・編曲 Frank Dostal、Peter Zentner、Rolf Soja軽快でコミカルで二人で芝居を演じてるようなディスコナンバーです。黒と白のドレスで歌う映像を後に観たのですが、アメリカで成功してからのピンク・レディーが歌ってるディスコナンバーのようにも感じる。アメリカでピンク・レディーのスタッフは「Baccara」を少し意識した部分もあるのではないかと思った。軽快で美しい音楽が流れる中、二人の会話のようなセリフから始まります。歌が始まってからもこの二人のやりとりが可愛くセクシーです。Three Degreesの「When Will I See You Again(天使のささやき)」の柔らかい感じと可愛さとセクシーさにも似てるような曲です。「When Will I See You Again」は誰もが知るほどに大ヒットしましたが、この「Parlez-vous francais?」も同等に売れてもおかしくないほどにキャッチーでメロディーも美しく、二人のパフォーマンスも素晴らしい。「Parlez-vous francais?」が好きと言いながら、聴いたのは何年ぶりかわからない。でも久々にレコードで聴いてみて、二人の歌、アレンジ、演奏どれも美しく素晴らしい事を再認識。B面「You And Me」作詞・作曲・編曲 Peter Zentner、Rolf Sojaヨーロッパではタイトルが「Amoureux」となっていますが、日本盤は「You And Me」。サビで何度も「♪You And Me〜」と歌っているので当時は「You And Me」が世界共通タイトルだと思ってた。この曲も軽快でキャッチーなディスコナンバーです。Three Degreesもそうですが、この頃の女性グループのディスコナンバーを聴くと、何か懐かしさと優しさに包まれるような温かさを感じる。「Parlez-Vous Francais ?」のライブパフォーマンスはYouTubeにもいくつか上がっているのでぜひ、観てほしい。ピンク・レディーのように振り付け合わせながら歌う姿はプロ中のプロを感じさせられます。
2026年03月24日

イギリス、スコットランド出身のロックバンド「Bay City Rollers」の大ヒットシングル。日本ではこの曲で一気に火がつき一世風靡するほどの大ブームになっていった。A面「Bye Bye Baby」作詞・作曲 Bob Crewe、Bob Gaudioこの曲のオリジナルは1965年に「The Four Seasons」が歌ってヒットしたバージョンです。オリジナルから10年後に「Bay City Rollers」がさらに大きなヒットとしてこの曲を復活させた。日本でも1975年〜1977年頃は「Bay City Rollers」がアイドル雑誌を占領してしまってた印象。いろいろと言われてたけど結局は音楽的な面でも認められていった。「Bay City Rollers」をきっかけにして洋楽を聴くようになっていった人もかなり多いと思う。この曲もオリジナルをテンポアップさせてロック色をさらに強くした演奏で全世界に広まっていった。日本でもかなり多くのアーティストが「Bay City Rollers」の曲をカバーして歌っていた。この曲は郷ひろみさんがシングルとして発売してヒットさせたの事でも有名ですが、自分は何と言ってもピンク・レディーの1stアルバム「ペッパー警部」のB面が全曲「Bay City Rollers」のカバー曲で構成されていた事の印象が強い。そしてピンク・レディーはコンサートのアンコールラストで「Bye Bye Baby」を歌う事も多かった。B面「Hey! Beautiful Dreamer」(邦題「夢見る恋人」)作詞・作曲 Eric Faulkner、Les McKeown、Stuart 'Woody' Wood他の国ではシングル「Bye Bye Baby」のB面曲は「It's for You」なのですが、日本のみアルバム「Once Upon a Star」のラスト曲「Hey! Beautiful Dreamer」です。柔らかいバラード曲でボーカルのレスリーの歌声の良さを再認識できる曲。完全オリジナル曲で、まだ10代の危うさも感じられる演奏なのも新鮮で凄く良い。アルバム「Once Upon a Star」は良い曲が多く収録されています。
2026年03月23日

イギリスの New wave/Pop rock「Duran Duran」の1983年発売大ヒットシングル。日本では1982年春の初来日頃から人気が急上昇した印象。楽曲の良さもあるけど、ルックスの良さでアイドル的な人気も凄かった。バンド構成Simon Le Bon – VocalsAndy Taylor – GuitarJohn Taylor – BassRoger Taylor – DrumsNick Rhodes – KeyboardsA面「Union Of The Snake」作詞・作曲・編曲 Duran DuranMTV系の音楽番組でかなりの回数がオンエアされてました。このシングルの1年前の発売された「Save A Prayer」を聴いた時に「Duran Duran」に興味を持った。民族音楽を少し加えたようなアレンジに惹かれた。それから一つ前のシングル「Hungry Like the Wolf」を買いアルバム「RIO」を購入。そして名盤「Seven and the Ragged Tiger」を購入。そんな流れだったように思う。当時、好きな曲は何曲もあったけど90年代過ぎにはもう聞かなくなってた。まだ最近、思い出したように持ってるレコードに針を落として聴いてみてる。「Union Of The Snake」はイントロからカッコ良さに引き込まれる。Nick RhodesのシンセにAndy Taylorのギターのカッティングが絡んでくる。そして間奏のサポートメンバー「Andy Hamilton」のSAXソロがめちゃくちゃカッコイイ。(タイトルは「Union Of The Snake」だけど、イグアナっぽい怪物がMVに登場します。)(何かに似てると思っててわかった。自分が大好きな日活怪獣映画「ガッパ」に似てる)B面「Secret Oktober」作詞・作曲・編曲 Duran Duranアルバム「Seven and the Ragged Tiger」には未収録のシングルB面だけで聴ける曲でした。後に「Seven and the Ragged Tiger」が発売された時にボーナスCDの方にこの曲が収録された。この曲のこと、完全に忘れてて今日このシングル盤を聴いて思い出した。短い曲なので地味な印象だったけど、この曲凄い良いことに今頃気づいた。日本では音楽雑誌が推しまくりだったので話題は尽きなかった。漫画「8ビートギャグ」の影響も大きかったと思う。(この7インチシングル、どうしてアダプター用の穴じゃないんだろ? ドーナツ盤じゃなくLP盤やコンパクト盤用の穴です)
2026年03月22日

西ドイツのEurodisco、Pop系のグループ「Bad Boys Blue」の日本デビューシングル。この曲は今、聴いても心底素晴らしい楽曲だと思う。ヨーロッパでは1985年春頃から売れ始めアルバムも次のシングルもヒット。日本は1年遅れで1986年3月21日にこのシングルが発売されました。B面にはヨーロッパでは3rdシングル曲の「Pretty Young Girl」を収録。メンバー構成Trevor Taylor – Vocals Andrew Thomas – VocalsJohn McInerney – Backing vocalsClaus-Robert Kruse – SynthesizersTony Hendrik – Synthesizers and Drum machineJohn Parsons – GuitarAndreas Martin – Backing vocalsWolfgang Remling – Backing vocalsA面「You're A Woman」(邦題「ロマンチック・ウーマン」)作詞・作曲 Tony Hendrik、Karin van Haaren、 MarySusan Applegate日本盤の7インチはヨーロッパではmaxi-single収録のLong Version(AlbumVersion)が収録されています。MVでよく観たヴァージョンは3分49秒の7インチシングルバージョン。この曲は今でも普通に受け入れられる曲だと思う。日本人が自然と入り込めるような少しの寂しさを感じさせるメロディラインと物悲しいハーモニカの響き。1998年にはYou're a Woman" (Rap Remix)や新たにRemixしたバージョンを発表。これがまた凄くイイので超おすすめです。Rap Remixは特に鳥肌ものです。B面「Pretty Young Girl」作詞・作曲 Tony Hendrik、Karin van HaarenヨーロッパではA面シングルカット曲だけあってキャッチーでA面に負けていない曲。自分は「You're A Woman」の方が断然好きですが。この曲も日本ではB面なのにFMなどでもよくかかっていました。この2曲が収録されてる1stアルバム「Hot Girls, Bad Boys」も名曲が詰まっています。一番最初にシングルカットされた「L.O.V.E. In My Car」も好きな曲だし、アルバムラスト曲「People Of The Night」もノリが気持ち良く好きな曲だった。でもやはり「You're A Woman」は中でも群を抜いている名曲。
2026年03月20日

アメリカのシンガーソングライター「Marilyn Martin」が1986年2月に日本発売したシングル。完全に忘れかけてた名前だったけど、なぜかyoutubeのおすすめ画像の中に「Night Moves」のMVが出てきて懐かしくて観てました。レコード会社もかなり力を入れて制作したMVで、ホラー映画仕立ての大作です。このシングルと1stソロアルバムは確か買ったと思って探してみると、やはり持ってた。A面「Night Moves」作詞・作曲 Marilyn Martin、John Parr、Jon Astleyマリリン・マーティンと言えばPhil Collinsとのデュエットで大ヒットした「Separate Lives」を真っ先に思い出す人がほとんどだと思う。映画「ホワイト・ナイト」の主題歌のひとつで凄いヒットになった曲。二人の声質の相性が最高で感動的なパワーバラードになっていました。1985年8月に「Separate Lives」をリリースして大ヒット、その勢いで制作されたの1stソロアルバム「Marilyn Martin」です。そのリードシングルがこの曲。アルバムは大物プロデューサーが寄ってたかってMarilyn Martinを盛り上げようと制作。「Night Moves」のこの7インチシングルはアルバムのオリジナルバージョンよりも約50秒短いバージョンです。それでもぶつ切り感はなく満足のシングルバージョンです。1曲の中にいろんな物を詰め込んでる印象のアレンジですが、これはMVの映像と連動してアレンジされたのじゃないかと思える。とにかく楽曲は文句なしにカッコイイ!POPファンでもメタルファンでも納得させてしまう完成度だと思う。Marilyn Martinのボーカルはパワフルで個性的。声質や歌い回しの魅力は強烈。(シングル盤の袋の中に、ジャケットサイズ二つ折りになってるアルバム予約用紙が入ってた。 レコード会社もアルバムをヒットさせてマドンナやシンディ・ローパーのような大スターに 仕立てて行こうとしてるのを感じる。ここまで力入れるアーティストもそんなにはなかった)B面「Wildest Dreams」作詞・作曲 Marilyn Martin、Daryl StuermerアルバムB面4曲目に収録されています。「Wildest Dreams」ってタイトルはASIAのあの名曲を思い出してしまう。おまけにおもしろいのが、Marilyn Martinの1stアルバムには「Wildest Dreams」のみならずB面1曲目が「One Step Closer」ってタイトルの曲です。偶然にしたら2曲もタイトルが被る事って不思議。Marilyn Martinの「Wildest Dreams」はメロウなナンバーです。この曲は印象に残ってなかった曲だけど、何十年かぶりに聴いたら、凄く良い曲だった。
2026年03月19日

QUEENの1978年5月日本発売のシングル盤。この曲は「We Will Rock You」「We Are The Champions」が収録されてる6枚目のアルバム「News Of The World」に収録されてる楽曲。リードシングルは「We Will Rock You/We Are The Champions」です。日本では「It's Late」はアルバムから2枚目のシングルカット。イギリス、ヨーロッパでは「Spread Your Wings」が2枚目のシングルカット曲。自分は圧倒的に「Spread Your Wings」の方が好きですが…。日本では「Spread Your Wings」をシングルカットした方が売り上げは伸びたと思う。来日公演でも「Spread Your Wings」のサビは毎回、大合唱になるぐらいの人気曲です。A面「It's Late」作詞・作曲 Brian Mayアルバム収録のオリジナルは6分28秒の大作ですが、シングルバージョンは3分52秒に大幅に短縮されています。ジャケットにはアルバムバージョンの長さを表記していますが、実際は短縮バージョンです。この曲は3つのセクションに分かれている物語です。3幕物の芝居仕立てのストーリーで、短縮バージョンは歌詞のカットはないのですが、1幕ごとのインターバルのようになっているGソロや間奏がごっそりカット。これで物語の余韻はなく面白みに欠けてしまうように感じる。「Bohemian Rhapsody」の時も5分54秒のシングルは長すぎると揉めたのに、今回も6分28秒ってわかってるのだからシングルカットする時に短縮するぐらいなら、全世界共通で「Spread Your Wings」にすれば良かっただけの話です。「It's Late」も好きな曲ではあるのですが、シングルカット向きではないと思う。3番の歌詞まで聴いてストーリーが成立するので、アルバムでじっくり聴いてもらう曲。「Spread Your Wings」がベストですが、それまでのQUEENのシングルになかったような曲で「Who Needs You」をシングルカットしても面白かったと思う。自分がめちゃ好きって事もあるけど、他のバンドでもあまりないような楽曲だし、歌も演奏もアレンジも洗練されてて最高なのに。もし、シングルカットされてたらライブでも聴けた可能性があった・・・。「It's Late」がライブのセットリストに入ったのはツアー後半から。1977年11月11日から始まった「News of the World Tour」ですが、この曲がセットリスト入りするのは1977年12月1日「Madison Square Garden」公演から。そこから1979年8月までのほとんどの公演でセットリスト入りしていました。「It's Late」のライブバージョンはかなり多くのブートレックで聴く事ができます。1979年の来日公演もすべてブートになっています。でもおすすめは1978年4月からのヨーロッパツアーの頃の「It's Late」が自分は良いと思う。B面「Sheer Heart Attack」作詞・作曲 Roger Taylorその頃までのQUEENといえば綿密に計算されたように作り上げる音の素晴らしさに感動する楽曲のイメージが強かったのですが、この曲は敢えて荒削りにやや乱暴に音創りしています。この曲だけ他のQUEENの曲と何か違うと思える原因は、ベース担当のJohn Deaconがレコーディングには一切、参加していない事も原因の一つだと思う。曲を作ったロジャーがDrums, Rhythm guitar, Bassを演奏しています。ブライアンはノイジーなGソロとオブリ部分を弾き、フレディはロジャーとリードボーカルを分け合う形。正直、発売当時はこの曲を飛ばして聴いてた。時が経って大人になってから、こう言うのもありだなって思えるようになって聴くようになった。自分は「News Of The World」の中でダントツに一番好きな曲はラストの「My Melancholy Blues」です。まだ10代の頃にこの曲ばかり何度も何度も聴いてた。ジャジーだから好きって事ではなかったんだけど、この曲を歌うフレディがカッコ良すぎる!そしてこの曲の次の好きな曲が「Spread Your Wings」です。その次が「We Are The Champions」と「Who Needs You」かな。
2026年03月18日

QUEENの1974年6月発売のシングル盤。日本デビューシングル、1974年3月に「炎のロックンロール Keep Yourself Alive」をリリースして3ヶ月後にこのシングルをリリース。イギリスでは1973年7月に「Keep Yourself Alive」は発売されていましたが、日本でのデビューは約1年2ヶ月後でした。日本ではデビューと同時に人気は上がって行き他のどの国よりも一足先にスーパースターになった。ミュージックライフの編集長の東郷かおる子さんが海外取材の折にサポートバンドとして出演してたQUEENに衝撃を受け初取材して、ミュージックライフで特集を組んだ。そして渡辺プロダクション社長の渡辺晋さんもQUEENを気に入りいきなり大規模な初来日公演を計画して、そして見事に大成功した。デビュー間もない新人バンドが初来日でアリーナクラスの会場を中心に全国8公演開催。A面「Seven Seas Of Rhye」(邦題「輝ける7つの海」)作詞・作曲 Freddie Mercury QUEENは初めて売れたのが日本だと言われていますが、まだまだスターバンドとは言えなかったけどイギリスでは1974年2月にこの曲をリリース、そしてベスト10に入るヒットになっていました。それでもQUEENのメンバーはバンド活動だけでは食べていけずにバイトもしていたそうですが。初来日時には大ヒット曲「Killer Queen」もリリースされた後だったので更に盛り上がった。「Seven Seas Of Rhye」は10代半ばの頃に物凄い回数リピートして聴いた曲。「QUEEN II」自体、凄い回数聴いて曲順や繋がり方とか丸覚えしてるほどでした。QUEENはこの初期のハードロック期からどんどん進化していき、アルバムが出る度に、次はどんな音になってるのか楽しみが尽きなかった。なのでファンク系に傾向した時のQUEENも最高に好きです!初めて「Body Language」を聴いた時もあまりのカッコ良さに驚きまくりだった。「Staying Power」「Cool Cat」など進化しまくるQUEENを最高に楽しんでた。「Seven Seas Of Rhye」は長い間、ライブでは封印されてたけど1985年5月に武道館でフレディがあのピアノのイントロを弾き始めた瞬間に泣いたのを覚えてる。メドレーの中の1曲だった上に、もうあまり聴かなくなってたこの曲だけど、やはり音楽の力は10代の頃に凄く聴いてた事などを一瞬で思い出させて深く感動させてくれた。B面「The Loser In The End」作詞・作曲 Roger Taylorこの曲はロジャー・テイラーがリードボーカルを取るHeavyなハードロックナンバー。日本以外では未発表曲だった「See What a Fool I've Been」がこのシングルのB面でした。なぜか日本だけ「The Loser In The End」です。10代の頃、この曲を聴いてフレディはこの曲の時、何してるだろ?ってそれが一番強く思った事だったかも知れない。ピアノは鳴ってないしハモンドオルガン弾いてるのかな。ライブでもセットリストに入った事はなかったんじゃないかな。「QUEEN II」からの楽曲がセットリストに入り始めた1973年秋のライブツアーでも「QUEEN II」がリリースされた直後のツアーでも「The Loser In The End」はセットリストに入っていないと思う。ミディアムテンポのHeavyな曲なら「Son And Daughter」が3rd「Sheer Heart Attack」がリリースされた後もセットリストに入り続けてた。「Son And Daughter」が人気曲だったので「The Loser In The End」を組み込む事が出来なかったのかも。「QUEEN II」からは意外にもセットリストに一度も入る事がなかったとされてる曲が多い。「Some Day One Day」「The Loser In The End」「The Fairy Feller's Master-Stroke」「Funny How Love Is」の4曲です。「The Fairy Feller's Master-Stroke」なんて何でやらなかったのか不思議すぎる。いや、確かにライブで再現するには複雑すぎるかも知れないけど…。「Some Day One Day」はいつでも出来そうなのに。意外とあのアコギのストロークが始まると凄く盛り上がると思う。そうなるとフレディがアコギを弾かなくてはならなくなるけど。
2026年03月17日

ピンク・レディーの7枚目のシングル盤。1978年3月25日発売。ピンク・レディーのシングル盤は全てブログで書いたと思ってたけど、まだ書いてない曲が何曲かある。この「サウスポー」も書いてない曲でした。「サウスポー」の前のシングルが特大ヒットのあの「UFO」です。「UFO」は売り上げ累計枚数195万枚で、それまでのピンク・レディーの最大にヒットになった。そのプレッシャーもあってか、次のシングルはいつも以上にレコード会社も神経質になっていたのかも知れない。一度、歌入れもマスタリングも終えて完パケが出来上がってから、プロデューサーからのダメ出しで曲自体を作り直す事に。作詞の阿久悠さん、作曲、編曲の都倉俊一さんは急ぎで作り上げた。お蔵入りした曲のタイトルも「サウスポー」で同じタイトルでまったく違う楽曲が完成した!それが日本人なら誰もが知っているあの「サウスポー」です。「サウスポー」は売り上げ累計枚数が180万枚で「UFO」には届かなかったけど、1978年の春はみんながこの歌を歌って踊っていた。ボツになった「サウスポー」の元バージョンは「Singles Premium BOX」のSpecial Bonus CDの1曲目に収録されました。(2011年8月25日発売)A面「サウスポー」作詞 阿久悠さん 作曲・編曲 都倉俊一さん初めて聴いた時はインパクトも今まで通りに大きく、これまでの曲の中で一番テンポが速い曲だった。ボツになったヴァージョンはもっとゆったりとした曲調でした。その後は「透明人間」や「ジパング」といったテンポの速い曲がリリースされた。でも、テレビで「サウスポー」を歌う時は嫌がらせやイジメに思えるほどの速さで演奏される事も多くあった。コンサートでは他の曲はかなりアップテンポで演奏される事が多かったのですが、この曲に関してはレコーディングヴァージョンを大幅にアップテンポで演奏された事はなかったように思う。ピンク・レディーのコンサートには1977年〜毎年、最低でも2本は観てましたが、「ペッパー警部」がかなり速く演奏される事は比較的多かったように思う。「バイ・バイ・カーニバル」のライブ盤を聴いてもわかるように、演奏する方も大変そうな速さ。ピンク・レディーのシングル曲の中では自分は「サウスポー」はそんなに好きではない方かも知れない。好きな曲ベスト10を作ったら10位までには入らない。他に良い曲が多すぎる。(右がボックスでのみ発売されたシングルCD、左が食玩で発売されたミニCD)B面「アクセサリー」作詞 阿久悠さん 作曲・編曲 都倉俊一さんピンク・レディーはシングルB面曲も人気曲が多く、ライブでもよく歌われる。でもこの「アクセサリー」はかなり地味なB面曲のイメージです。「UFO」B面「レディーX」や「ペッパー警部」のB面「乾杯お嬢さん」、「ウォンテッド(指名手配)」のB面「逃げろお嬢さん」、「カルメン'77」のB面「パイプ怪人」、「S・O・S」のB面の「ピンクの林檎」などはライブでも定番に近いほど人気曲。B面だけどその曲にも決まった振り付けがあった。ファンのコールもB面曲でもきっちり決まってた。その中では「渚のシンドバッド」のB面「パパイヤ軍団」だけ歌われる事が少なかった印象。「アクセサリー」は明るくPOPな曲。地味だけど自分は好きだった曲。BOXのみで発売されたシングルCDはボーナストラック4曲入りの6曲収録。ボーナストラック1「サウスポー (「BLOOD NEW」Ver.)」1987年12月1日に発売されたリミックスアルバム「BLOOD NEW」のバージョン。激しい打ち込みにリズム隊を変えてのリミックス。2「サウスポー (ROCK THE PARADISE MIX)」Rare Tracks のDisc 2にも収録されてるメタルヴァージョン。間奏はRainbowの雰囲気だったりGソロも速弾きのメタルソロです。3「サウスポー (オリジナル・カラオケ)」4「アクセサリー (オリジナル・カラオケ)」サウスポー (未発表バージョン)「♪ここはおまかせ私の番よ 大の男も手玉に取ってやる バラ色のハリケーン あいつにゃ打てないさ 見かけ通りのかわい子ちゃんよ ルージュちょっぴり色気もあるけれど ニヤニヤと甘く見たら 泣き面かくかもよ まずはカーブでかわし 次は胸元えぐり ほらほら顔が真っ青になったわ この次が勝負よ サウスポー 私、左利き サウスポー 私、左利き ピンチは私に私にまかせてよ」こんな歌詞でした。「♪背番号1のすごい奴が相手」といきなり王貞治さんをイメージさせる歌詞から始まるのですが、元のバージョンは王貞治さんを連想させる歌詞はまったくありませんでした。「サウスポー」が発売される少し前からスタートしたピンク・レディーの春のコンサートツアータイトルは「ピンク・レディー スプリング・フラッシュ」ツアーパンフの表紙(このツアーのセットリスト。なかなか渋い選曲。ソウル、ディスコのライブのようなセトリ)(ツアーパンフの1ページ目の写真)
2026年03月16日

ピンク・レディーの21枚目のシングル盤。1981年1月21日発売。このシングルは謎が多く、どういった経緯でレコーディングした事になったのか等、不思議なシングルです。1981年3月31日のピンク・レディー解散間近かにリリース。(このシングルの後、3月5日発売「OH!」がラストシングルです)A面「Last Pretender」作詞 糸井重里さん 作曲・編曲 高橋ユキヒロさんこの曲はラジが歌った「偽りの瞳」と同じ曲に糸井重里さんが違う歌詞を乗せたものです。アレンジはラジ版もピンク・レディー版も高橋ユキヒロさんですが、ピンク・レディー版の方がよりテクノ色は強くインパクトが強いのはピンク・レディー版かな。初めて聴いた時は最後の最後まで新しい音に挑戦している事に驚いたし感動した。でも、この曲は一度もライブでもテレビでも歌われた事がなく、二人も封印しているとハッキリとコンサートのMCで話していました。でも、一度くらいはライブバージョンのこの曲とB面曲を聴いてみたかった。(上は食玩のミニシングルCD、下は6曲入りのシングルCD)B面「AMENIC (逆回転のシネマ)」作詞 糸井重里さん 作曲 梅林茂さん 編曲 EXこのB面の方がさらに謎が多い。作曲はニューウェーヴバンド「EX」の梅林茂さんで編曲は「EX」が担当。自分はA面よりもこの「AMENIC (逆回転のシネマ)」の方が好きでした。CINEMA(シネマ)を逆から読んでAMENICです。A面よりさらにテクノな音です。BOXのみで発売されたこのシングルのCDシングルには4曲のボーナストラック入りです。1「AMENIC (逆回転のシネマ) (Promotion Version)」これが最高です!シングルバージョンは2分57秒ですが、これは5分8秒。12インチシングルロングバージョンって感じです。ボイチェンも使用して斬新でテクノなアレンジ。2「CINEMA (逆回転のシネマの逆回転)」これは完全に遊んでる。5分8秒のPromotion Versionを逆回転させたものです。これはこれでおもしろいけど、せっかくならまた違うMIXを作った方が良かったのに。3「Last Pretender (オリジナル・カラオケ)」歌を抜いたヴァージョンは演奏のみ楽しめる。4「AMENIC (逆回転のシネマ) (オリジナル・カラオケ)」このインストヴァージョンは「Last Pretender 」よりも更におもしろ味があって楽しめます。カメレオン・アーミーのオマージュのような音を使っているのに耳がいく。解散があと1年先だったら、ピンク・レディーはもっと違うものにも挑戦してたと思うし、更にファンを楽しませてくれてたのかも知れない。再結成して作られた「PINK EYED SOUL」のような世界に少し早く辿り着いてたのかも知れない。「PINK EYED SOUL」はホントにカッコいい曲です。二人の作詞なのもポイント!
2026年03月15日

1973年11月5日に日本発売した「Elton John」のシングル盤。「Elton John」のシングル盤は自分が思ってたより多く持ってた。リアルタイムで買ったもの、中古盤屋で探して買ったもの、いろいろですが数えたら27枚あった。そのわりには、あまりブログに書いてないなと…。それで今日はこの大好きな曲のこと。A面「Goodbye Yellow Brick Road」作詞・作曲 Elton John & Bernie TaupinこのアルバムをElton Johnのナンバー1に選ぶ人も多い。そしてこのタイトル曲は自分もElton Johnの中でベスト5に入る好きな曲。「Goodbye Yellow Brick Road」「Tumbleweed Connection」「Sleeping With The Past」「Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy」そして「Blue Moves」。「Blue Moves」は地味なイメージで人気なさそうに思うけど自分はかなり聴き込んで大好きな作品。「Goodbye Yellow Brick Road」はなぜか聴いてると子供の頃に経験した辛かった事を思い出す曲だけど、普段は完全に忘れててもそのまま忘れ去るよりは、たまに思い出すのもいいもんだと思えるようになった。何でこの曲を聴くと思い出すのかはわからないけど、そんな曲が何曲かある。ピアノの音、エルトンの静かな歌い出し、リズム隊の入ってくるタイミング、柔らかく包み込むようなストリングス、何年かに一度は必ずアルバム通して聴きたくなる。(ジャケットは見開き)B面「Screw You」作詞・作曲 Elton John & Bernie Taupinアルバム「Goodbye Yellow Brick Road」には未収録でシングルB面のみで聴けた曲。2003年のリマスター盤発売時にボーナストラックで収録されました。この曲も好きで良く聴いてた。やや重めなブルースロックでフォークロック調の柔らかい部分と尖った演奏部分のコントラストも好きです。えぐいほどのSAXのグロウトーンのソロもゾクゾクする。(見開き裏ジャケは来日公演日程とディスコグラフィ。 これ観て思うけど、大阪城ホールが出来るまでは大阪公演って厚年かフェス。 府立体育館は音が悪すぎたし空調もひどかった。QUEENもそうだけど東京は武道館5回としたら 大阪はフェス3日とか。動員人数考えたら大阪はいつも異常にチケット難になってた。 アリスの1979年夏のツアーなんかになると武道館7回公演と横浜スタジアムに対して 関西は大阪フェス3日間のみ。神戸も京都もなし。チケット取るのに何日徹夜で丸ビルに並んだか…)
2026年03月14日

イタリアのシンガー/ミュージシャン「Gazebo」の1983年発売の大ヒットシングル。この曲は翌年の1984年に松任谷由実さんの日本語歌詞で「雨音はショパンの調べ」のタイトルで小林麻美さんが歌って大ヒット。小林麻美さんのバージョンで知ってる人もかなり多いと思う。2003年にはユーミンもセルフカバーアルバム「Yuming Compositions: FACES」に収録。A面「I Like Chopin」作詞・作曲 Gazebo、Pierluigi Giombini初めて聴いた時のインパクトは大きかった。すでに海外では大ヒットしてると知ってから聴いたのもあるけど旋律の美しさにすぐにハマった。この曲が流行る数年前にRichard Claydermanが日本でも大人気になって、ピアノで美しい旋律を聴かせてくれた。その時はその流れっぽいイメージで聴いてたように思う。でも、後にDisco MixやExtended CubCutを聴いて、ニューウエイヴ、ダンス系なんだと認識。小林麻美さんのバージョンでおもいだした事がある。「雨音はショパンの調べ」のMVなのですが、自分がブログにも何度も書いた事がある、アンドレイ・タルコフスキーの名作「ノスタルジア」を確実に意識した映像です。意識と言うより完全なオマージュ。MVを観て気づいた人もかなり多いと思う。B面「I Like Chopin (Instrumental)」B面はインストバージョンですが,A面とまったく同じではなくMIXも違います。演奏だけでも引き込まれる美しいアレンジです。(タルコフスキーの「ノスタルジア」の一場面) (「雨音はショパンの調べ」のMV 床に並べてあるガラス瓶に雨漏りを受けています 他のシーンでもオマージュを感じさせる場面が多い。)
2026年03月13日

海援隊の15枚目のシングル。1980年6月21日発売。大ヒットシングル「贈る言葉」に続くシングルでした。A面「心のかたち」作詞 武田鉄矢さん 作曲 千葉和臣さん 編曲 牧田和夫さん爽やかなウエストコーストサウンドの8ビートナンバー。ドラマの挿入歌にもなりラジオで良く流れていました。「贈る言葉」ほどのヒットにはならなかったけど、そこそこ売れたんじゃないかな。このレコードが発売される1ヶ月半前に兵庫滝野ローンステージで「アリス・海援隊 ジョイントコンサート」が開催されました。1979年春にはアリス単独で20000人動員して凄い話題になりました。その翌年はヤングジャパンも「海援隊」の人気を安定させるためもあって、アリスと海援隊で大規模な野外コンサートを開催。アリスだけでも20000人は動員出来たのですが2バンドのジョイントとあって、その日も超満員でした。海援隊が先に1時間20分のライブをして、アリスが1時間30分のライブ。時間的には物足りない内容になったのは否めません。その翌年の1981年春にも再びアリス単独で滝野ローンステージでの野外ライブ。その日は大雨でしたが、ライブ決行して雨の中の凄い盛り上がりのライブになりました。アンコールも4回応えてくれて最後は伴奏なしで「美しき絆」を客席と一緒に歌った。1980年滝野ローンステージでの海援隊のステージはアルバム「倭人伝」の曲を中心に組まれてました。「肩より低く頭をたれて」「二流の人」「JODAN JODAN」「風景詩」「贈る言葉」などを歌い、そしてアルバム「堕落編」から「ダラクロン」「思えば遠くへ来たもんだ」などが歌われました。その時に一足早くこの「心のかたち」も歌われたんだったと思う。B面「風景詩」作詞 武田鉄矢さん 作曲 中牟田俊男さん 編曲 佐孝康夫さんアルバム「倭人伝」からのシングルカット。この曲が凄く良いのです。ボーカルは中牟田さんがソロで歌う曲です。武田さんのボーカルの魅力とはまた違う柔らかい声が胸に沁みます。メロディも優しく、そして武田さんの書いた歌詞がまた凄く良い。海援隊の隠れた名曲です。隠れてるわけじゃないけど・・・中牟田さんのソロで歌う海援隊の曲にも名曲が多く、聴いた事がない人はぜひおすすめ。8枚目のアルバムのタイトル曲「誰もいないからそこを歩く」はその中でも最高です。「誰もいないからそこを歩く」はアルバムでは中牟田さん一人が歌っていますが、シングル「恋不思議」のB面バージョンは1番を中牟田さん、2番を千葉さん、3番を武田さんが歌う。シングルバージョンも好きですが、中牟田さん一人で歌ってるバージョンが胸に染みる。ありさんのハーモニカも沁みます。海援隊、最近まで全然聴かなくなってたけど、少し前から急にまた聴き始めた。やっぱり良い曲多いわ。
2026年03月12日
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