PR
カレンダー
キーワードサーチ
出立前日の夕方には桐壺院の御墓参りをなさるとて、北山に詣でなさいます。
夜更けから明け方にかけて月が昇る頃ですので、
先ず入道なされた藤壺の宮をご訪問なさいます。
宮の御座所に近い御簾の前に御座を設けて、宮ご自身がお話しなさいます。
宮はこれからの春宮の御事を、何よりも心配していらっしゃるのです。
お二人ともお互いに心に深い物思いを秘めた間柄でいらっしゃいますから、
お話もまたさまざまに感慨も増すのでしょう。
懐かしく申し分のない宮のご様子は昔と少しもお変わりがなく、
あの辛かった薄情なお仕打ちについて、
恨み事をほのめかしたいとお思いになるのですが、
「今さら厭な事を」と不愉快にお思いになることでしょうし、
ご自分でも反って御心乱れがまさるようですので、お思い返しになり、
「このような思いもかけぬ咎めを受けますのも、
胸に思い当たります事がただ一節ございまして、
空を仰ぎ見るのも恐ろしい事でございます。
私の身などどうなろうとも惜しくはございませぬが、
春宮の御代さえ平穏無事であらせられますならば、どんなに嬉しい事でしょう」
とだけ申し上げるのは、尤もなのです。
入道の宮も思い知られる事ですので、
御心ばかりが動揺なさってお返事がおできになりません。
大将の頭の中にはさまざまな事が次々とめぐり、
お泣きになるご様子が限りなくあでやかなのでした。
「桐壺院の御陵に参拝いたしますので、お言伝がございますれば」
と申し上げますと、宮は涙で物も仰せになれないのですが、
何とか気を鎮めようとしていらっしゃるご様子なのです。
「見しはなく あるは悲しき世の果てを 背きし甲斐も なくなくぞ経る
(かつて相見た桐壺院はこの世にはなく、生きてこの世にあるあなたさまは、
こうして悲しい目に遇っていらっしゃる。
私は出家した甲斐もなく、泣く泣く過ごしておりまする)」
お二方ともひどく心が乱れていらっしゃいますので、あれこれ御心内で思う事が多く、
それを御歌に続けることがおできにならないのです。
「別れしに 悲しき事は尽きにしを またぞこの世の 憂さはまされる
(父・桐壺院と死別した時に悲しみの限りを尽くしたはずですのに、
更にまた、春宮との別れを思いますと、辛さが増すばかりです)