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小侍従という女房は姫君の乳母子なのでした。
姫はご自分の独りごとを若君がお聞きになったとお思いになると恥ずかしく、
思わず夜具の中にお顔を引き入れるのですが、幼いくせに恋をしているなんて、
なかなか隅に置けなくはないでしょうか。
乳母たちが姫の近くに臥していましたので、
身動きなさると目が覚めないかと気が気ではなく、
お二方とも音をたてずにじっとしたままです。
『さ夜中に 友呼びわたる雁がねに うたて吹きそふ 荻のうは風
(真夜中に、はぐれた雁が侘しい声で友を呼びながら渡って行く。
私の心の哀しさを増すように、荻の上をひどく風が吹いていく)
秋風は身に沁みるな......』
と思い続けながら大宮のお部屋に戻って、ため息ばかりついていらっしゃいます。
『もし大宮のお目が覚めて私のため息をお聞きになったら』とお思いになると恥ずかしく、
一晩中寝返りを打ちながらお過ごしになりました。
翌朝は何となく気恥かしくて、
早くお起きになってご自分のお部屋で御文を書いていらっしゃるのですが、
小侍従にも会えず、かといって姫君のお部屋にも行けませんので
お胸がつぶれるようなお気持ちになります。
姫君は、父・内大臣からお諫めをお受けになったことばかりが恥かしく
『これからどうしたらいいのかしら。人は私をどう思うかしら』とお考えにもならず、
いつものようにあどけなく可愛らしく、
女房たちがご自分たちの噂話をする様子をご覧になっても
『疎ましい』とお思いにならないのです。
ご自分たちのことで大騒ぎになっている事にもお気づきにならず、
お世話役の女房たちが厳しく注意申しますので、
御文を通わせることがおできになりません。
もう少し大人びた女君であれば、しかるべき隙を作り出しもしましょう。
若君はといえば、姫君よりいま少しお歳下でいらっしゃいますので如何ともし難く、
姫君に逢えないことがひどく口惜しいと思うばかりなのです。