私訳・源氏物語

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July 6, 2018
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カテゴリ: 源氏物語
出家なさった後に見苦しいようなお文などでも
『捨てるには惜しい』とお思いになったからでしょうか、
多少残しておいでだったのを何かのついでにお見つけになって、
破り捨てさせなさいます。

かの、須磨にわび住まいしていらしたころに、あちらこちらから届いた中で、
亡き御方のご筆跡のお文は特別にまとめて引き結んであるのでした。

それはご自分でなさったこととはいえ、
『ずいぶん昔のことになってしまったものよ』
とお思いになります。

二十五年も昔のお文ですのに、たった今書いたような墨の付き具合などが、
まさに「千年の形見」にできるほどなのですが、
出家なさればもう見ることもできなくなりますので、
残して置く甲斐もないとお思いになって、
気の置けないニ・三人の女房にお命じになって、御前で破り捨てさせなさいます。

それほど深くもない間柄のことを書いたものであっても、
すでに亡くなった人の筆跡である場合には
しみじみと心を引き付けられるものですのに、
まして恋しい紫の上のお文をご覧になったせいで目の前が真っ暗になり、
それと読めぬほどに降り落ちる涙が水茎のような文字に流れ添いますのを、
女房たちに呆れられるのではないかときまり悪く、みっともないので、
あちらに押しやり給いて、

「死出の山 越えにし人を慕ふとて 跡を見つゝも なほ惑ふかな

(死出の山を越えてしまった人を恋い慕い、
私もその後を追って行こうとしながらも、
筆跡を見るとやはり悲しみに心が惑うてしまいます)」。

お側に仕える人々もよう広げては拝見しないのですけれども、
何となく分かりますので、心の動揺は一通りではありません。

同じこの世で、しかも都からそれほど遠くもない須磨との別れのお悲しみを
素直にお書きになった言の葉は、ほんにその当時よりも感慨深く、
涙が流れてせき止めることがおできになりません。

我ながら情けないほど女々しくみっともないので、もうお読みにならず、
上が細やかにお書きになったお文の片隅に、

「かきつめて 見るもかひなきもしほ草 同じ雲井の 煙とをなれ

(こうして搔き集めてみたところで何の甲斐もない藻塩草ではないか。
それならば亡き御方と同じ雲井の煙におなり)」

と書きつけて、みんな焼かせておしまいになりました。





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最終更新日  July 6, 2018 11:30:38 PM
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