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久々の公園レポート。今年になってから、仕事の事や父の入院など、いろいろな事情で公園散策ができずにいたのだが、秋晴れの今日、久しぶり公園に出かけてみる気になった。前回の公園散策レポートは2005年6月の飛鳥山公園だったから、このブログで公園レポートをするのは実に1年3ヶ月ぶりということになる。とは言っても、その間、全く公園に足を運んでいなかったわけではない。北の丸公園や日比谷公園、芝公園など、過去にレポートしたことがある、事務所から比較的近い公園へは時々出かけていた。今日は飯田橋から自転車で出発。目的地は「横網町公園」。「横網町公園」は墨田区横網、両国駅の北側、隅田川からほど近い位置にある、都立公園の中では非常に小さい公園である。浅草橋から両国橋を渡り、国技館の前を横切って「横網町公園」に到着。自転車でも30分弱の距離である。「横網町公園」は面積19,579平米で、都立公園としては究めて小さい。大田区の区立公園である「洗足池公園」や「多摩川台公園」「萩中公園」がそれぞれ76,950平米、66,661平米、64,114平米であることと比べれば、その小ささが分かる。住宅街の中でブランコやジャングルジムが配置されているような一般的な区立公園並の規模である。この小さな公園が東京都の所管である都立公園に名を連ねているのには、歴史的な背景が大きい。この墨田区横網には、大正11年まで陸軍被服廠があったが、11年の被服廠の移転に伴い、その跡地を公園として造成することとなった。その造成工事の最中に大正12年9月1日の大震災が発生。被服廠跡地は火災で焼け出された近隣住民の避難所となったが、運び込まれた家財道具に火災が延焼し、避難民の多くが焼死した。東京都(当時は東京市)はこの公園の造成を進めるに当たり、震災犠牲者を慰霊すると共に震災からの復興を記念する「震災記念堂」と「復興記念館」を公園内に建設した。「震災記念堂」には震災の犠牲となった身元不明の遺体を安置することとなったが、その後、昭和20年の東京大空襲での犠牲者も併せて安置することとなり、「東京都慰霊堂」と改名された。この公園が小さいながら東京都の所管から外れないのには、大正時代以降、東京を襲った二つの大きな災禍という歴史的背景があるからであり、他の公園とは性質が違っている。「芝生でのんびり」とか「草花や噴水を楽しむ」といった一般的な公園散策の目的で訪れる公園ではないのだが、一度は訪れてみたかった。(従って、友達を誘って一緒に行くような公園ではなかった・・・)「横網町公園」を一回りして、今度は「猿江恩賜公園」に向かう。「猿江恩賜公園」は両国の隣駅・錦糸町の南、地下鉄・住吉駅のすぐ近く。「横網町公園」から自転車で15分程の距離である。「猿江恩賜公園」は「横網町公園」とは対照的で、敷地面積は145,088平米とそれほど広くはないが、野球場やテニスコート、ジョギングコースなど、スポーツ施設が充実した開放的な公園である。時計塔がある中央広場は芝生が敷き詰められ、その周囲のプラタナスの木と相まって、フランスの公園(行ったことはないが)のような風情がある。「市民の憩いの場」といったイメージがピッタリの、感じの良い公園である。この公園、私は15年ほど前に一度だけ訪れたことがある。友達に誘われて、公園内のテニスコートでテニスをしたことがあるのだが、その時は、テニスコートに集合し、テニスが終わった後は皆で近くのファミレスで食事ということになり、公園内を散策はしなかった。従って、この公園を散策するのは、実質的に今回が初めてということになる。今回は午後も遅い時刻に訪れたのだが、プラタナスの広場が印象的だった。もう少し秋が深まれば、さらに味わい深い景観になるだろう。「猿江恩賜公園」の歴史についても、多少触れておこう。猿江は江戸時代から貯木場があった場所で、明治以降は皇室の御用木の貯木場となった。その一部が大正13年に東京都(当時は東京市)に払い下げられ、昭和7年に公園として開園した。その後、東京湾の埋め立てなどに伴い、貯木場が潮見に移転し、その跡地も公園に加えられて現在の公園になっている。「猿江恩賜公園」から、今度は「木場公園」に向かう。「木場公園」は「猿江恩賜公園」から四ツ目通りを南下し、横十間川を西に向かえばすぐである。自転車でなら10分もかからない。秋のつるべ落としの夕暮れが迫る時刻に「木場公園」に到着。この公園は2~3年前に散策しているので、今日は南側のバーベキュー広場をぶらりと歩いて、今日の公園散策を終了。
2006年10月14日
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昨日も夜遅くまで仕事で、現場を解放されたのは22時半近く。下連雀からバスで吉祥寺駅に着いたのは22時40分頃だった。疲労と空腹で、そのまま電車に乗る気になれず、駅の近くで遅い夕食を摂って一息入れる。夕食に入った店はタバコが吸えなかったので、店を出た後、ゲームセンターに立ち寄って喫煙。吉祥寺駅周辺も路上喫煙禁止なので、食後の一服にも場所を選ばなくてはいけない。店内禁煙の飲食店に入ってしまうと、食後の喫煙場所にも困る有様だ。ゲームセンターで一服して吉祥寺駅から電車に乗ったのは23時15分頃だったか・・・電車のシートに腰を降ろし、携帯のメールをチェックしようと思ってポケットの中を探ってみたら、いつもの所に携帯が見つからない。他のポケットや鞄の中を探したけれど、どこにも見あたらない。考えられるのは、「仕事場に忘れてきた」か、「どこかで落とした」の二通りということになる。仕事場に忘れてきたのならさほど実害はないが、どこかに落としたのなら大問題である。今朝、出勤するなり仕事場の部屋の中、めぼしい場所を探してみたが、どこにも見つからない。かなりショックに打ちひしがれながら一日の仕事をこなし、今日は18時前に仕事を上がらせてもらった。昨日の帰り、吉祥寺駅周辺で立ち寄った店を回り、携帯電話の落し物が無かったかを尋ねて回ったが、どこも空振り。次に駅前の小田急バスの案内所で、遺失物はどこに問い合わせれば良いのかを尋ねると、私が乗った路線は二つの営業所が管轄しているので、その2箇所に問い合わせるようにと、営業所の電話番号を教えてくれた。電話番号を渡されても、携帯がないのでその場で電話できないのだ。駅の公衆電話を探し、小銭が無かったので、近くの売店で十数年ぶりにテレカを購入。携帯が無いって、なんて不便なんだ。2箇所の営業所のうち、まず吉祥寺駅に近い方に電話して、昨夜22時半頃のバスの中に携帯電話の落し物がなかったかを尋ねると、それらしい物があるとのこと。「営業所まで来て確認してください」とのことで、駅から徒歩15分ほど営業所に向かう。「電話で問い合わせた者ですが」と言うと、「昨日、携帯の落し物はこれだけですが」と出してくれたたのがビンゴ!!ホッと胸を撫で下ろした瞬間だった。
2006年10月12日
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