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昨日の夕方、仕事もあと一時間という頃に携帯が鳴った。以前から神楽坂で呑もうと約束していながら、お互いの都合が合わず、なかなか実現できずにいた友人(カメラマン)からだった。「小石川の客先に納品に行ったら今日は仕事が終わりなので、神楽坂で呑みませんか」という電話だった。私も昨日は残業しない予定でいたので、急遽「神楽坂呑み」となった。6~7年前から気になっていた店があった。日本酒にこだわりがあるらしい看板が表に掲げられているのである。大久保通り沿いの「恒(つね)」日本酒の店に誘うのなら無類の日本酒党の彼だと思っていたのだが、やっと実現することができる。6時20分ぐらいに飯田橋駅で落ち合い、黄昏迫る神楽坂を歩く。表通りの神楽坂は人が多すぎて歩きづらいので、天ぷら「天孝」がある裏路地に入り、本多横丁から毘沙門天の前に出る。陽が永くなったもので、6時半を回ってもまだまだ明るい。まずはウィークデーのこの時間帯でなければ入ることができない「伊勢藤」の暖簾をくぐる。お酒は日本酒「白鷹」一種類しかない、ビールも焼酎も置いていない店である。お銚子2本づつを呑んで「伊勢藤」は小一時間で切り上げて、目的の「恒」へ。日本全国の地酒を常時30種類以上置いているという。初めて目にする銘柄ばかりである。二人でシェアしながら7~8種類の酒を味わっただろうか。気がつくと11時を回っていた。そんなわけで、今朝は若干二日酔い気味。夏至の今日、梅雨の晴れ間、台風のハザマの東京は蒸し暑く、二日酔いのカラダにはキツかった。
2012年06月21日
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昨夜開催された某イベントのスタッフへの差し入れにと、弁当12食分を作った。12食は流石に結構な手間であった。なにせ炊飯器が3合炊きのものしかないのである。名づけて「鶏づくし弁当」。鶏の炊き込みご飯、鶏そぼろ、鶏もも肉の直火焼き、鶏ムネ肉の粕漬け焼き。4種類の鶏料理である。高崎駅の「鶏めし弁当」を意識したものである。「鶏そぼろ」は、酒、みりん、砂糖、醤油の他に、試みで味噌も加えてみた。「鶏ムネ肉の粕漬け焼き」は長野県信濃町の地酒「松尾」の酒粕にみりん、砂糖、と塩麹を加えたものを鶏ムネ肉に塗り、一晩冷蔵庫で寝かせてからフライパンで表面を焼き、さらにオーブンで中まで火を通した。「鶏もも肉の直火焼き」はガスレンジ、魚焼き網で焼いたもの。もも肉の脂が滴り落ち、レンジの火の上に垂れると、凄まじい勢いで煙が上がる。さらに、その脂に火が着くと、煙の量は家庭用の換気扇ではとても間に合わないものとなる。部屋中に煙が充満して、視界が悪くなるほどである。しかし、その鶏の脂の煙が鶏肉を燻して、燻製のような風味が付くのである。春のお花見のときにも同じ手法で作った焼き鳥を持参したが、「炭火焼きだ!」と言われた。そう、多くの人が炭火焼の風味だと思っている焼き鳥の味は、火の上に落ちた鶏の脂から出た煙の風味なのである。フライパンや、水を張って煙が出ないようにした魚焼き用グリルでは出せない風味。部屋中に煙が充満し、レンジ周りが脂でギトギトになることを覚悟しなければならないのである。
2012年06月16日
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「線香臭いヤツ」などと言う表現がある。この場合の「線香臭い」とは、線香の匂いから連想される「葬式」「仏壇」「墓地」など、一般的な「陰気」なイメージにより、「暗い」「負のオーラを持った」といった意味で使われるのではないだろうか。(「葬式」「仏壇」「墓地」は神聖なものです)今日の私はイメージではなく本当に「線香臭いヤツ」だった。というより「蚊取り線香臭いヤツ」だった。現在住んでいるワンルームは、これからの季節、パソコンのように発熱する電化製品を使っていたり、料理などすると、あっという間に部屋に熱が籠ってしまう。そんな時は、窓を開けると共に、玄関のドアを細く開けて風が通るようにするのだが、いつの間にか蚊が入ってきて、夜中に虫刺されや耳元での蚊の羽音で目が覚めてしまうことがよくある。数日前から、夜、寝る前に蚊取り線香を焚いて寝ていた。昨夜は、今日通勤に着ていくためのYシャツを椅子の上に用意して寝たのだが、このYシャツが蚊取り線香の煙に燻されて、匂いが染み付いてしまっていた。今日は金曜日。一週間の最後の出勤日。Yシャツのローテーション的に最後の一枚で、他のものに代えることができず、蚊取り線香の匂いがするシャツを着て出勤したのだ。外を歩いているときはあまり気にならないのだが、エレベータなどの閉鎖された空間に入ると、自分の服の匂いが気になって仕様がない。今日一日、蚊取り線香の匂いが気になって、憂鬱な気分だった。服にシミがあることに気づいたり、髭の剃り残しに気づくなど、周囲の人はほとんど気づかないことでも、本人が一度気になってしまうと、その日一日がブルーになるものである。
2012年06月15日
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松田聖子が再々婚だって。特にどうでも良いことなのだけれども、出勤前の情報番組を見ていると勝手に入ってくる情報である。「塩谷瞬の二股」とか「中島知子が家賃滞納」とか、全く興味ない情報が朝の情報番組で繰り返し報じられると、否応無しに記憶させられてしまう。もっと有意義な情報があるのではないか思うのだが・・・そして、このテの情報を情報番組では「エンタメ・コーナー」と呼んでいる。「エンタメ」はエンタテインメントを略した日本独自の略語である。私は、10年位前にテレビ東京のニュース番組の仕事をしていた時、まだ耳馴れない「エンタメ」という略語が使われたのにかなり違和感を覚えたものである。ところで、聖子ちゃんの再々婚の相手は大学准教授とのことであるが、専門は口腔外科ということで、歯科医の分野に分類されるものである。二番目のお相手も歯医者さんだったはず。最初のお相手は言わずと知れた神田正輝であるが、現在、土曜の朝ワイドショー「旅サラダ」のMCを務めて、くだらないダジャレを連発している。聖子ちゃんはつくづく「シカイシャ」に縁があるらしい・・・・・って、こんな情報いらないですよね。もっと有意義な情報を・・・
2012年06月14日
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この3月、大学時代のクラブの顧問の先生が、定年で大学を退官された。昨日(2日土曜)、その先生を囲んで大学時代のクラブの仲間50人位が集まった。先生がクラブの顧問をされていたのは10年程だったので、約12~3学年のOBが出席したことになる。私が大学2年のときに前任の先生から引き継がれた先生だったので、先生がクラブを担当されていた学年の中では、私は上から3番目ということになり、出席者は圧倒的に後輩が多かった。実社会では40代後半から50過ぎの年代の2~3歳の差など、誤差の範囲内であり、年齢の上下よりも、人生の経験値や社会的な地位、人間的な厚みの方が重んじられるだろうが、学生時代の上下関係(学年)は何年経っても変わらないようである。10年前にOB会があって、大半のメンバーとは10年ぶりの再会ということになるが、中には30年ぶりという人もいた。しかし、あっという間に学生時代の感覚が甦り、思い出話が止め処もなく溢れてきた。「合宿の時にこんなことがあった」とか「何年の文化祭で誰それがあんなことをした」とか・・・未熟で多感な学生時代、今思えば他愛のないないことに悩んだり、怒ったり・・、今となっては全てが笑い話なのだが・・・ただ、若い頃の恥ずかしい出来事は、今思い出しても恥ずかしいものである。
2012年06月03日
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