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遂に、今日、婚姻届を出してきました~~~。パチパチパチ~~~~!!去年の夏にニューヨークでニューヨーク州の法律にのっとり結婚してからやく10ヶ月。やっとこれで私らの結婚が日本でも合法に。報告式婚姻届というわけで「備考欄」に「平成17年8月21日、アメリカの法律により結婚」みたいな一文を書くように言われました。それと、証人もなし。うちの市役所は便利、簡単、親切。本籍地を今までの本籍地のままにすると言ったらば「新本籍地とは月野さんの新しい戸籍を作るのでどこでもいいのですが、」と何回も念を押されましたが。笑。婚姻届やらいろんな書類も一通のみでオッケー。本当、良かった。ついでに近い。家から散歩がてら田んぼを突っ切って昔ながらの住宅街やらをちょっと通って、20分ぶらぶら歩くとすぐそこ。そんなわけで昨日は、デートがてら市役所に行ってから街中に行き、(これがちょっと遠いんだけど)昔、私の住んでた辺りをAに見せて回ったり。私の住んでた辺りは本当にほとんど変ってなくてびっくりした。ついでにすごく嬉しかった。昔したことが自分は変ってしまったけれどもまた同じように辿れるそれがなぜかすごく嬉しかった。昔の家から6年間通った小学校までの道。あの頃より20歳ぐらい年上の自分がまた辿る。すごく短い道のりだったのにその道のりのあいだにしたことや考えてたことなどが鮮明によみがえってきてことさら細かく覚えている最初に眼の開いていない子猫4匹を拾ったときのことを場所つきで語る相手がいるのが楽しかった。小学校についてみると直ぐ隣には4年間通った保育園があり、その隣には、やっぱりよく通った児童館があった。私の人生の9年間ほどはほとんど同じ場所で展開されてたわけでそれが今でもこうやってまとまって存在しているのがわけもなく嬉しかった。それを、Aにそのままの姿で見せられるのもすごく楽しかった。もういない、小さい頃の自分が歩いていた風景を見せられるのが嬉しかった。ぷちっ。
2006年06月27日
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またちょっと愚痴りたくなった。多分これで最後にするけれど。以下、まじで愚痴一本なので今そういうのを聞きたくない・読みたくない方はお進みにならないでください。いい加減、やめてくれや、A家族。特にA両親。今年の1月から1年間、Aが私とともに日本に来ることを本人達には「論理的」と思える方法で阻止できないと分るや「絶対後悔するわよ」と意味不明の脅しにかかったらしい。・・・・はあああああ~~~~~???来ないほうがもっと後悔する、って判断したAが私と一緒に来る、って決めたんですが??なんか、ソウルから(Aにとっては)帰ってきたときに日本出身だと分っている私に、両親から離れて住むようになってから10年近くなっていた私に「Aには遠くに行って欲しくないの・・・」と話し始めたA母の話を聞いたときの戸惑い兼恐怖感を思い出す。そのあとに決まって「でも、私も自分の両親の住んでるところから離れていってしまったしね」と付け加えるくせにあなたは何を言おうとしてるのか。しかも、あなたの息子は2年間、ソウルという、遠隔の地に住んでたばかりなんですが特別仲が良い訳でもなく、良かれと思ってすることが原因でしょっちゅうケンカをするくせに。なんでそこまで束縛したがるんだ。しかも、「日本に1年も行ったら絶対後悔する。」なんて、一体何を根拠に・・・・。お願いだからそんなところでAのエネルギーを無駄遣いさせてないでサポートする側に回ってよね。これで、「どうして家の息子はもっと伸びなかったのだろう」って・・・・。聞けばやることなすことにいちいち文句つけてて(大学での専攻のことで、何年にも渡ってもめてたらしい・・・・しかも、大学を卒業して、すぐ職が見つからなかったときもそら言わんこっちゃない、とことあるごとに言われたらしい)それでここまでまともに育ったんだから感謝しろよ、ちっとは、って思うけど・・・・。なんなんだよ、一体。日本に行ったら後悔する、なんて私の親は、南下したら絶対後悔する、なんて口が裂けても言わなかったぞ。私のほうが今のAよりも不安要素はたくさんあったのに。うるさい。A家族、いろいろと文句つけてくるわりにはアドバイスが全く見当はずれで本当に疲れるわ。ぷちっ。
2006年06月26日
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ある人にこう呼ばれてました。うら若き15才の頃。もちろん、私のことよ?(笑)本人は、いたく気に入っていたらしい。そして当然、悪気も毛頭なく本当のことを言ってるだけ、という意識。周りは「ちょっと性質の悪いジョークね」と思ってる程度だったよう。ちょっと風邪気味だというと「どうしたの?かぐやちゃんは雑種なんだから強いはずでしょ?犬とかだって、雑種は強いんだから。」と、返された。・・・・あの~~~、そういう問題じゃないんですが。(大汗)今更、どうでもいいことだけど。けっこうあの人に関連したことはすっぽり記憶から抜け落ちてたりして自分でびっくりした。まあ、むちゃくちゃな人でそれ以外にも数え切れないぐらい嫌な気持ちをさせられた相手だったからなぁ~~~。嫌な思いをしてたのはもちろん私一人じゃなかったけどね。ぷちっ。
2006年06月25日
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経済的に自立してないと人間として自立してないことになるのかって問題。観念的にはそんなこともないと思う。経済的自立がとっても大切になる背景には動産・不動産などのお金に換算できる経済力が非常に大切に思われている、まあ、資本主義的価値観があることがまず大前提かと思われますが。そして、その「お金」を持って帰れることが人間としての偉さ、自立程度を測ってるって価値観にすりかえられてしまうこともあるかもしれない。ようは、すぐにお金に換算できない「お仕事」の価値が認められてないと「お金」を振り込めない人はとっても苦しい思いをすることになる。でも、だからといってそのすぐ「お金」に換算できない仕事をしてる人が「これは~~(例えば、女、とか)にしかできない仕事でぇ~~~その<お仕事>を破棄してぇ~~~<お金>にばっかり走ってる人ってぇ~~~寂しくない?」と言うのは違うと思う。理想を言えばより効率がよいように労働を分けるのは問題ない。でも、その配分の仕方は個人個人の自由にしてあげたい。そして、自分の可能性のどの部分を開花するかも本人の自由にさせて欲しい。でも。実際問題として総てがお金で動いているように見える世の中でお金を稼いでいない人の無力感はすごいのかもしれない。それは、お金を請求していない分の「労働力」が甘んじられてるからなのだろうか。家事にもいろんな力の入れようがあるけれど「全然、何もやってない」って感じる人でも多分、実はけっこうやってるのだと思う。家事なんてやった直後から元の状態に戻されて目に見える進歩、とか達成感とかが感じられにくいもんだもんね。それこそ、他人と比べられるものじゃないし。専業主婦・夫やっててお金を稼いでない=お金を稼いでるほうの言いなりって気分は辛いだろうなぁ~と想像してみる。ぷちっ。
2006年06月21日
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最近の私は書くものがすごく多い。とにかく与えられたものを読んで、適当に消化して自分なりになんとか意見をまとめ、口頭でそれを言えばいい、という(私的には)極楽な立場からは程遠く、しっかり書かなければならないものが多い。はっきり言って・・・・今まで自分に楽なものばかりを選んできてそれまでの自分のグータラ・モードで消化しきれないものは後回しにしていたここ5年のツケがここらで、相当回ってきてます。ふぇぇぇ~~~んん、いてぇ~~よぉぉお~~~。(涙)・・・・った!!完全に末っ子体質の私。(笑)まあまあ、そんなわけで仏様と呼んだらよろしいのでしょうかあるいは、女神様と・・・・な~~んて、本人が聞いたらちょ~嫌がりそうな言葉が頭を掠めるぐらい尊敬してやまないティーチャーに(指導教官ですがね♪)頂いたアドバイスどおり30分作業して5~15分休憩する30分作業して5~15分休憩・・・なんてことを何回か続けていたらなんと、あまりストレスがたまらず迅速に、とは言い難いけれどやらなければならないことがとりあえず徐々にですが片付いて行くのです。あら、不思議~~~~。どうやらコツは作業に飽きる、またはテンパッちゃう前に休憩して集中力を持続させる、という点にあるようでして・・・・。こんな調子でやってましたら本業の作業は、実質一日4時間以上、調子が悪くても3時間は片付いて・・・・。ここ2ヶ月とは雲泥の差であります。すごいです。一日だけ、調子がいいから、そのまんま調子こいて2時間近く作業したら、それだけですっごい疲れちゃってフラストレーションが高まっちゃってその日は危うく一日のノルマがこなせなくなりそうになってしまいました。危ない、危ない・・・。(笑)それで、今、深夜に作業をしようとしたら・・・・。明らかに脳の働きが悪い・・・。今までこんなことに気づいただろうか、私。3日3晩徹夜派の私は夜の「多分、脳活動は活発ではないけれど自分ではバリバリやってる気分になれる~~」的感覚がけっこう好きだったりするのですが実は脳の働きは半減以下になっている、ということを改めて実感・・・・。まあ、授業とかのあるときにそんなことは言ってられないのが本当ですが・・・。(苦笑)と、とりとめもなくつらつらと書いてしまいましたが似たような立場にいる方におすすめ!そんなわけで「えええ~~~、そんだけ!?」と言われそうな恐怖を抑え、暴露ってみました。今、自分に求めてるのは瞬発力でなくて持続力。ぷちっ。
2006年06月20日
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夢の中で泣いていたのは誰?私の心臓はしくしくしていた。でも、泣いている人の姿も見えた。あれは私じゃない。でも、私の心は泣いていた。どうして泣いているのかもわかっていた。どうしてこんなに痛いのだろう。見知らぬ人の涙じゃないか。もしかしてそれは血のつながっていないキョウダイの痛みだからか。あの人は他人?あの人は自分?私もあの人?あの人も自分?違う。私たちの間をわける空間はある。私たちの間に距離はある。現に、私にはあの人の姿が見えている。あの人も眼をあげれば私の姿を認めるはず。じゃあ、なんなんだ、これは。どうして痛むのだ、私の心は。**********「共感する」ということを言葉にしてみました。・・・なんか自分で書いててもちょっとおセンチすぎ、うげげ・・・という声が響いてくるのですが・・・。(笑)ま、たまにはいいよねちょっとぐらい、というわけで。(クスッ☆)どうぞ~~~~。ぷちっ。
2006年06月19日
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「歴史を見直す」って響きはかっこいいけどさ、すんごく難しいことなんですが・・・・。と、あるコミュでのある人の発言を見てて思ふ・・・。***************え~~と。それで・・・・文字と映像に関してちょっと考えてみた。本のアダプテーションで映画として成功するものは少ない。本を映像にしようとしたら筋が30~40ページぐらいのものが適当なんでは?(あ、ページ数は適当に見当つけただけだけどね。)でも、逆に映画を本にしようとしたらいちシーンにあふれるムードとか具体性とかがいちじるしく欠けるよね。そういう意味でどうして人は本や映画を似たような情報媒介として見出したのかよくわからなくなってきた。映画は舞台の延長として見られてたから?う~~~~~ん。舞台と映画もまた全然違うのにねぇ~~。全部、虚構世界を作り上げる場だからということで一緒くたにされることが多いのだろうか?不思議だ・・・・。ぷちっ。
2006年06月18日
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ある人のおうちで食事を頂いていたとき。そのおじさまはこう言った。「僕には、アジア、特に韓国からの学生がたくさんいるんだけど彼らはよく僕の服をほめてくるんだよね。人の着てる服をほめるのは、アジア人にはよくあること?」そのときの私はグググッと言葉に詰まって何も言えなかった。なぜなら、そのときすでに「そのネクタイ、素敵ですね」っていつ言おうか、とタイミングを狙い始めてすでに何時間か経過していたから。「タイミングなんか狙ってないで思ったときにサッサと言っときゃ良かったよ」とあの時は後悔した。でも、今でもその人に会うとそのときの、いかにも「僕はほめられるような格好をしない。ほめるやつはなんか、変。」的態度が思い出されるので、今でも素敵なものを着てると思っても何も言えない・・・。人の身につけてる、素敵なものをほめるの好きなんだけどなぁ~~。なんか、ささいなことでお互いすごく楽しくなれるじゃない。なんか、そういう私のささやかな楽しみを奪わないでくれ~~~!!!ぷちっ。
2006年06月15日
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私はアメリカはニューヨークで過ごした大学時代ひょんなことから、ある特殊コミュニティ内でリーダー的役割を担うことになった。はっきり言って、単なる偶然。というか、日本的感覚で「毎朝あるものには出席する」を普通に実行して(といっても、私は根がグータラなので実際の出席率は90パーぐらい)顔をほぼ毎朝見せてたら「そんなに熱心に参加してくれるなんて!」と感動されて、1年生なのに参加人数のちょー少ない、弱小クラブのリーダーシップを4年生から引き継ぐはめになってしまった。ほんと、いろんな意味で、知識も全然足りない私に普通だったら絶対ありえないことだったんだけどそのおかげで私はいろいろとお勉強をさせてもらった。そのうちの一つに「怒るところを見せる」という処世術がそう。これは、西海岸では通用しない東海岸(どころか、ニューヨーク)限定の処世術なんだけどこれは実はすごく必要だった。じゃないとなめられるんだよね。「アジア人でいつもニコニコしてる女の子」って。それは我慢ならないし、何よりも、それだと自分の意見や法案が通らない。(=自分の部が損をこうむる。)というわけで笑顔は必要なときに見せる口調はちょっと厳しくてきぱきと場合によってはこれ見よがしに「怒ってるんだぞ!」という態度を見せることを覚えました。別に対して頭きてないときでも「ここはちょっと怒って見せないと損するわ」と判断した場合はちょっと声のボリュームを上げて「どういうこと!?だってそれだと~~~じゃないの!!!」な~~んて、やったこともあります。ちらっとね、ちらっとよ。ちょっと取り乱しそうに見えそうになるぐらいが、グッ!(笑)くどいようですが、これをニューヨーク外の人にやると「あなた、ちょっと、大丈夫?」と逆に心配されたり逆にほっとかれて、余計損をする場合が多い・・・。はい、経験済みですわ。笑。で、サンフランシスコは「えええ~~~?そんなぁ~~~」と悲しんで見せたり弱みを見せると良くって・・・という印象。(笑)人間間のやり取りの仕方にも土地柄って出ますねぇ~~。私は自分の地元出身の人が他の日本人と交わったときの浮き方が私そっくりで嬉しくなってしまいます。(笑)そして、東京と京都の人のマナーの違いの大きさにびっくりして未だにショックから立ち直れてません。(爆)もろいやつなんですよ、私。優しくしてね♪(爆)ぷちっ。
2006年06月14日
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はい!今日はジョイアさんから回ってきましたぁ~~お久しぶりのバトンです♪\(*´∀`*)/[指定型★バトン]のルール\(*´∀`*)/ ★廻してくれた人から貰った『指定』を 『』の中に入れて答える事♪(*´∀`*) ★また、廻す時、その人に指定する事♪ ◆最近思う『日本』 よくわからんなぁ。10年前からはかなり変わってしまったのは、確か。変化が早いよねぇ、ほんと。 ◆この『日本』には感動 文房具の使いやすさ。ものごとの使い勝手の良さを追求するその姿勢。適当に周りに合わせるのがうまい。◆直感的『日本』 複雑。故郷。 ◆好きな『日本』 ベジ食の多い日本。ものごとをちゃっちゃか済ませる日本。前以て話をつけておけば、当日、すべての用意が整ってる日本。食べ物の飾り付けがきれいな日本。無駄のない日本。相手の気持ちを察そうとする日本。◆こんな『日本』は嫌だ 自国は単一民族だとしゃらっと言い切る日本。「島国根性」がどうのこうのという日本。「島国で鎖国が長かったから」を言い訳にする日本。(「鎖国」って、誰に対して?とまず自問してくれ。)◆この世に『日本』がなかったら 悲しくて死んじゃう・・・・とか?(笑)私の中で日本に変る何かを探し当てたことは、必須!!「日本」は私の中でなんとでも入れ替え可能っちゅーわけで。笑。◆次に回す人(『指定』付きで) 以下、一応「指定」しておきますが、時間が見つかり、かつやってみたい方、どうぞ。 ・リー姐さん→『キムチ』 ・ななやんさん→『仕事』 ・おやびんさん→『ネコ』 ・Kyokoちゃん→『授業』 ・YURI-eyoさん→『看護』 ・cieloさん→『教育』 ・はらだよしひろさん→『詩』・N☆氏→『言葉』 ぷちっ。
2006年06月13日
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私は大人であること=冷めていることだと思っていた。そういうわけで恋愛ごとは自分の本業の邪魔にならない相手と邪魔にならない程度の好意を持ち合い落ち着いて進めるもの社会でのできごとに関してはカァーッと熱くならずに論理的に淡々と考えることそして、その考えを理路整然と述べること自分に起こったことに関しても論理的に淡々と考えそれが私にどういう意味を持たせるのかを理路整然と述べられることが理想だと思っていた。甘かったね。私はそんなに落ち着いた人ではない。まだまだ自分を「大人」だと呼ぶには早いと思うのだけれど「大人」が「なる」ものだとして「大人」に「なる」入口に差し掛かってるものとしてはこれは、他の人にだったらともかく私には生きられない道だということがよくよくわかった。私は冷徹にいろいろと計算をして緻密に行動できる人ではない。私は、自分の情熱に突き動かされるタイプの人であってだからって無謀になりはしないけれども(少なくともそのつもりはないけれども。笑)だから、何かを感じたときに、その気持ちを押さえつけて、何事もなかったようにふるまおう、という気にはなれない。自分の感じたこと・考えたことは隠してしまったらずっと伝わらないもの。「冷める」とは人に伝えて行くことをあきらめる、そういうことなんじゃないかと思う。私が「大人」になっていく過程で学んできていることといえば私にとって表現するのが一番大切なのはどの気持ちか、どの考えか、であって自分の情熱の分配法であって「冷める」ことではない。昔は「冷めている」=かっこいい、と思っていたものだけど今はそう思わない。やっぱり、年をとるっておもしろい。ぷちっ。
2006年06月12日
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ソウルで韓国語を習っていた頃のお話。その週の課は「かがみ」。冒頭の話は、鏡が中心の昔話だったのだけれどそこらへんは語学教材よろしく使えるものは全て使ってしまおう精神で鏡に関する話題も出る。で、最初の話題が「みなさんは一日に何回ぐらい鏡を見ますか?1時間ぐらい?2時間ぐらい?」その質問を聞いて、私はびっくりした。1時間?2時間??へ?誰の話??私、鏡を見るのなんて~~、一日に数えるほどでしかも、顔を洗った直後と歯を磨いてるときに見ることがあるかないかぐらい・・・。多分、一日を総合して5分見てるか、見てないか・・・。いや、5分も行ってるか、どうか、怪しい・・・・。でも、他のみんなは1日に2~3時間?とかって言われて「う~~ん」と考え込んでました。えええええ~~~~~!?そうなの??でもさ、でもさ、あまり自分の顔を見てないと、たまにじっくり見たときに新鮮な驚きがあるよ!なんちゃって。(笑)ぷちっ。
2006年06月11日
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最近、あまりこっちに書いてないんだけどねぇ~~そうするとそれに比例してミクシィでの書き込みやら他の人んところでのコメント量が倍増してしまい結局、書いてる総数は変わってないんじゃないか、ということに気づいてしまい・・・・また、ちょくちょくこちらにもアップするようにしようかと。というか、ミクシィはまってしまうと話題がわんさかわんさか、出るわ出るわ。ちゅーか、自分で黙ってられない系の話題がどっちゃり!出てきますわ。そういうわけで、今日は在日コリアン・コミュ・ネタ。ど~ゆ~ことかというと、ありきたりだけどさ、在日コミュがアラシのターゲットになってる。なんか、アラシしてるなんて、なんて暇なやつらや、と思うけど(それを読んでる私もだけどね。失笑)同時に、なんでここだけなんだろ~~、と思う。でも、わらわら出てくる、トピと全く関係ないコメントを書き残していく輩を見ていて私の中にふつふつと起こってきていた感情は怒りだった。ああ、もう、ごく普通に。そんで、それについて、なんか書こうかな、と思ったときに、この気持ちをどういうふうに表現しようか、って思ったときに、最初自分の中でしてた声が「怒ってるなんて言っちゃダメ!!」という自己抑制の声でした。うん、まじで。それで、「そっか・・・。じゃあ、こういう場合はどういうふうにやわれげればいいのかな?」と自問してみたら「こんな様子を見て、悲しい・・・」とか「悲しくなっちゃう・・・」って言うんだよ、って自分に指示出してる自分がいました。ここまで来たとき、正直、自分でまた別なところから「うへぇ~」という声が聞こえてきました。頭にくることを「悲しい」と言い換えていたのは、見かけで違うもの扱いされる、いつでも日本人以上に日本人らしくいようとする自分がそれでも「日本人」と認められないことが悔しくてたまらなく、でも、そういうことを言ったりそれに関わることを言ったりすると「まあまあ」とたしなめられたり「仕方がないじゃない」と言われたりするから「じゃあ、この気持ちを批判されずに、黙って聞いてもらえて、それを元にどうにかこの人の行動だけでも変えてもらうためには」という考えを無意識に突き詰めて行ったときに身につけた自己防衛機能。と同時に、自分ひとりではどうにもできない社会的な風潮に直面したときに感じた痛みを自分に向けることで今、目の前にいる相手に向かって自分の感情を噴出さずにおくための処世術、と同時に、自分を呪縛する言葉でもあったわけです。いやだいやだ、またあの呪縛にとらわれたくない。はっきり言って、不快なんだよ。あんたのその「嫌韓」なんてかっこいい名前のついてる差別行動、いじめ、スケープゴート。反吐が出るほど不愉快だ。そんな、在日コリアン・コミュをあらしてる人はMulticultural とか、「バイリンガル」とか、「ハーフ」とかそういう、横文字で「かっこいい」とされてるコミュのアラシはしてますか?してないじゃん。勝手に「朝鮮人」やら「韓国人」やらを(をそもそも「在日コリアン」とイコールにする時点で無知のほどが知れるってもんですが。笑。)弱いものとみなし、いじめている。まあ、アラシをしてる人間にとっては残念でしょうけど在日コリアン・コミュはそんなにへなちょこじゃないですから十分対応できてますが。それでも、私が見てて気分が悪くなるのには変わりない。そして、「怒り」を抑えて一般的に恐がられない「悲しみ」という感情に言い換えることは本当は感じてる「不快感」や「痛み」を表現することを抑えて一般に受け入れられる感情に消化させてしまうこと。それはもうしたくない。それは本当に消化されるのではなくて結局は自分の中でくすぶって、自分を内側からゆっくりと蝕んでいくものに変わるだけだから。「怒り」を「悲しみ」と言い換えることだけはもうしたくない。ぷちっ。
2006年06月09日
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うちら、ただいま実家に帰省中。Aはずっと「やりたい、やりたい」と言ってた日本語習得にさらに熱を入れております。Aは韓国語を知っているので日本語の文法や語彙を説明するときでも一般の西洋語話者に説明するときにはありえないぐらい簡単な説明でいい。おかげで、日本語を西洋語しか話さない人にどう説明したらいいかわからない私は大助かり♪まずはとっても基本的な「が」「は」「を」などを一言、韓国語の(ここ、ハングル使えないので、失礼してカタカナで)「イ・ガ」「ウン・ヌン」「ウル・ルル」だと言えば事足りる。楽ち~~~ん♪♪で、さらにAは、韓国でもなぜか漢字の勉強に身を入れていた。というわけで、日本にいると「これは日本語でどう読むの?」とよく質問される。今日は、思い切りいろんな線が縦横に走っていて通っている地下鉄、私鉄、JR線をすべて書き出してしまったら地図が真っ黒になってしまう、という東京の中心地で外出先で別れてからお互い別のところに行きその後、待ち合わせて再会するという難行(笑)をやり遂げた。いや、乗換えとかまじ複雑だしややこしいからねぇ。特に日本語がまともにできないと。日本語がまともに読み書き話すことができる人でさえ慣れてないと迷ってしまうようなところなんだからねぇ。で、結果は大成功だったんだけどその後、「ねえ、ところでチュルグってなんていうの?」と聞かれた。これは、もしや・・・・と思ったら案の定、「いやあ、漢字を見れば分かるし、ペンがあれば書けるんだけどさぁ日本語でどう発音したらよいか分からなかったからどこにあるか聞くにも聞けなくてけっこう歩いちゃった」と言ってた。私は笑った。そして、待ち合わせ場所を出口のA1番と指定したのは私だったのに「出口」は日本語では「デグチ」と言うんだよ、と教えておいてあげなくて、うかつだったかなとちょっと反省した。ぷちっ。
2006年06月08日
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こんなタイトルにすると、すごいTBがつきそうだけど。(苦笑)スパムTBが恐くて話題を制限させられるかいってんだぁ~~~!!でも、やっぱり嫌なので伏字テクを利用させていただきました。(笑)さて、本題。はまりまくってるミクシィのあるコミュで話題になっているア○ルトビデオについて。議論の焦点は、元は違ったのだけれど、今はアダ○トビデオが世の中の性犯罪の元凶かどうなのかって点に焦点が移ってるような気がする。私はぁ~~~、はっきり言ってぇぇぇ~~~う~~~んん・・・・、かぐや、わかんなぁ~~~~~い♪♪♪ああああ~~~~、不真面目でごめんなさい!! だってさぁ~正直なところ、日本のア○ルトビデオをまともに通して1本も見たことのない私には答えられないことだと思うのよぉ~~~。アメリカの○ダルトビデオの世界のドキュメンタリーならば見たことがある。で、そのドキュメンタリーは別にエロくなかった。AV撮影シーンもちょこっとはあったけど明らかに「お仕事」のシーンだしねぇ~~~。なんか、○ロビデオっていろんな妄想に包まれてるけどさあのドキュメンタリーみたいなの見るとさアメリカのAV世界に限って言えば(なんか、日本の場合はかなり違うようなイメージ)やはりと言うか、なんというか、すごい淡々としてる。インタビューされてる人たちのほとんどはAV世界ではかなり名の知れてる女優、男優中心だったようだけどみんな口々に言うのは「あんなん、お仕事。みんな、すごく楽しそうとか言うけれど体力すごい消耗するし、セッ○スなんて面白くもなんとも感じなくなる」って目がどんよりしちゃってる人がほとんど。いや、約1名、そうじゃない人もいたけれど。それに、女優・男優同士で結婚してそれ以来、その相手以外とはお仕事しないカップルもいたりして。あのドキュメンタリーを見て心底、「面白かった~~~~」と思いました。で、で、で、なんかミクシィコミュの議論ではビデオやそれに出演してる女優さんたちが槍玉にあげられてて規制対象にあげられたりしてるんだけど私は「なんか、そういうのに出演してる女優さんたちを批難するのって自分の夫が不貞をはたらいたときに夫を責めずに、相手の女性を責めてるようなもんだよなぁ~~」と納得がいかなかった。って言うか、今でも納得いってない。(笑)そして、ビデオ産業やビデオを規制の対象にしてもそういうのはどうせすぐ裏で流通しだすのだから意味がない、とも思う。(アメリカ―1920年代の禁酒法時代のお酒の流通、日本―「裏」ビデオや「裏」エ○本の流通とか)だったら、それを上手く利用しちゃったほうがいいんじゃない?と思うのだけどどうもそういう意見は(私がたらたらと長く書くせいもあって)なかなか伝わらないらしい。(苦笑)性教育や性犯罪教育がしっかりしてればビデオ産業や性産業の弊害なんかも最小限に抑えられると思うんだけどねぇ。ぷちっ。
2006年06月04日
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