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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(324) 花火で遊ぼ(2枚) 1990年前半 ※夏の終わりには、家の前や公園などで花火に興じた思い出は誰しもあるだろう。一徹氏もそんな風景をモチーフにした切り絵をたびたび制作しているが、これもそんな作品。服装が浴衣姿なので、夏祭りか地蔵盆の夜の光景だろうか。同時期に2枚を制作しており、一つは男の子&女の子、もう一つは男の子だけのバージョン。いずれも自著の切り絵入門書の作例として収録されているが、何かの媒体で発表されたのかどうかは不明である。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/31
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恐れていたことですが…と言うか、コロナ禍の現況から「悪い予感」がしていた通り、どうやら、9月12日で宣言解除とはならないみたいですね。政府は、国会開催要求にも応じず、人流抑制に何ら有効な対策も取らないで単純に延長して、いったい何をどうしたいのかよく分かりません。ワクチン接種率の増加と集団免疫の拡大をただ待つつもりなんでしょうか。政治家や専門家の皆さん、お酒の提供を禁止して飲食店に休業要請しても、感染者は減るどころか増えるばかりでしたね。エビデンスもない、理不尽な責任転嫁(飲食店いじめ)と言うしかありません。街では、行政からの要請には従わず、お酒を提供しながら営業する店が増える一方です。菅首相、無意味な規制はそろそろ本当にやめませんか? 吉村知事、せめて「ゴールドステッカー認証店」くらい、時短営業の範囲内でお酒を提供させてくれませんか?
2021/08/30
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久しぶりに言葉(方言)をテーマに。「他県人を震えさせる大阪弁の”罵(ののし)り”フレーズ」14選。本当に腹の立つ相手に使ってみてください。ただし関西人以外の方は、使うときはくれぐれもよく注意して使ってください。後で、どうなっても私は一切の責任は負えませんから(笑)。 1.しばいたろか、このガキ(or オッサン)! 2.いてこましたろかー! 3.いてまうど(or いてこますぞ)、オラァ! 4.いわしたろか! 5.どついたろか、オンどれ! 6.なめとんのかー、このバッハやろう! 7.たいがいにせーや!ワレェ、血ぃ見るどー! 8.何さらしてけつかんねん(or けつかるねん)! 9.どたまかち割ったろかー、ワレェ! 10. ドラム缶にコンクリ詰めして大阪湾に沈めたろかー! 11. 何ごたごた ぬかしとんねん! 12. どたまかち割ったろかー、ワレェ! 13. どたまカチ割って脳みそチューチューしたろかー! (※吉本新喜劇・未知やすえの決めゼリフ) 14. ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろかー! (※同じく吉本のご存知、故・岡八朗の名ゼリフ)
2021/08/30
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(323) 谷中の長久院 1990年頃 ※1988年、神戸でのサラリーマン生活に終止符を打って上京した一徹氏は、台東区谷中(やなか)のアパートの一室に居を構えた。そして、結果的に東京ではそこで最も長く暮らすことになった。 「なぜ谷中に?」という私の問いかけに対して、「東京では珍しく空襲被害に遭わず、古い寺院も多くて、戦前の長閑な下町の良さがよく残っている。暮す人たち同士の距離も程良くて、時間や空間が心地よいんだよ」と語っていた。生涯、都内の下町を数多くの切り絵作品に残した一徹氏。谷中での暮らしがその画業に大きな影響を与えたことは間違いない。 この絵に描かれた長久院は、自宅アパートのすぐそばにあった。慶長16年(1611)創建の真言宗の寺。地元では「谷中のあじさい寺」として知られ、6月には小さい境内で約30種類のあじさいが楽しめる。一徹氏にとっても、仕事の疲れを癒す場所であったのかもしれない。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/30
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(322) プロレスラーたち 1990年代前半 ※子どもの頃、日本テレビ系の金曜夜8時から放映されるプロレスリング中継(末尾【注】ご参照)が好きだった。番組では通常3試合(30分~60分1本勝負)が開催されたが、毎回、トータルで1時間弱の番組枠に必ず収まるのがいつも不思議でならなかった(後に、それは「大人の事情」だということを知った)。 意外かもしれないが、一徹氏もプロレスラーが好きだった。とくにジャイアント馬場さんのファンだったらしく、実家に残された遺品の中に本物の馬場さんを撮った生写真(モノクロ)も残っていた。これは昭和の人気レスラー3人を描いた作品。あるエッセイの挿絵に使われた。 馬場さん、アントニオ猪木さん、そして、もう一人は(最初は誰かと思ったが)山本小鉄さん。馬場さん、小鉄さんは今や天上の人。猪木さんはベッドで闘病中だ。プロレスリングも今や様々な団体が乱立している。あぁ、昭和は遠くなりにけり。【注】日テレ系でのプロレス中継は1958年からスタート。当初は米国のバラエティ番組「ディズニーランド」との隔週での放映だったが、力道山人気で高い視聴率をあげるようになり、1968年2月からはプロレス中継が毎週放映されるようになった。番組のスポンサーは三菱電機。試合前にはいつも、当時まだ珍しかった電気掃除機が登場し、リングアナウンサーが「ただいま三菱電機の風神がリングを掃除しております!」とアピールするのが恒例だった。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/29
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ITTETSU GALLERY:もう一つの成田一徹(301)~(320) バー・シーンを描いた切り絵で有名な成田一徹(1949~2012)ですが、実は、バー以外をテーマにした幅広いジャンルの切り絵も、数多く手掛けています。花、鳥、動物、職人の仕事、街の風景、庶民の暮らし、歴史、時代物(江戸情緒など)、歴史上の人物、伝統行事・習俗、生まれ故郷の神戸、小説やエッセイの挿絵、切り絵教則本のためのお手本等々。 今回、バー・シーンとは一味違った「一徹アート」の魅力を、一人でも多くの皆さんに知ってもらいたいと願って、膨大な作品群のなかから、厳選した逸品を1点ずつ紹介していこうと思います(※一部、バー関係をテーマにした作品も含まれますが、ご了承ください)。 ※故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします。(301)カモメに見送られて 1990年代後半 ※港町・神戸で生まれ育った一徹氏にとっては、港や船は生涯お気に入りモチーフだった。第3回、第187回の作品(下の画像ご参照)でも同じような図柄で、少し違うヴァージョンを制作している。(302)「琥珀色の幻影」の表紙のために 1992年 ※作家・山崎秀雄氏の推理小説「琥珀色の幻影」(1992年、月刊「ハヤカワミステリ」掲載)の表紙のために制作。山崎氏は前年の1991年、短編推理小説の公募新人賞・ハヤカワ・ミステリコンテストにおいて、「隣に良心ありき」で最優秀賞に輝いた。これは受賞後の第1作。絵の上部の黒いスペースはタイトル等が入るための部分。ご参考までに、残されていた「仕上がりゲラ(絵)」(2枚目)も添えておく。(303)吉 原 2005年頃 ※第26回で紹介した「江戸情緒:吉原」(下の画像ご参照)とほぼ同時期に制作された作品。遊女も格子もシルエットだけですべてを描かれているが、妖しげで艶めかしい遊郭の雰囲気が見事に表現されている。(304)切り絵入門書のための作例 1990年代前半 ※第69回でも紹介(下の画像ご参照)したが、一徹氏はその生涯でたびたび、一枚の紙に小さい「作例」を4~6点集めた作品(全体でA4~B5サイズくらいの大きさ)を数多く制作している。自著の切り絵入門書で「作例」として掲載するためだった。「花」「動物」とか一つのテーマに絞ったものが多かったが、これは何だろう? 共通項があるようでないようで…。私には「スパイの7つ道具」に見えてきたが、貴方は?(305)水辺の鳥 1990年代前半 ※久しぶりに鳥の切り絵。種類は、図鑑で調べたところ、セキレイの1種ではないかと思う。鳥を描いた作品は多いが、この種のものは珍しい。(306)引っかいたような月の夜 1980年代後半~90年代前半? ※おそらく小説かエッセイの挿絵として制作された作品。実際に印刷物で使用されたのかどうかは、定かでない。スクリーントーンが大きなスペースを占めているのは、実験的意味合いもあるのだろう。実際、この後、トーンの多用を控えるようになってくる。「切り絵作家は安易にトーンに頼らず、白と黒、グレーの陰影だけで勝負すべきだ」と思ったに違いないと想像する。(307)往復書簡「冷蔵庫」の表紙のために 1991年 ※フリーライター木村聖哉氏&芸能プロデューサー麻生芳伸氏による共著「往復書簡『冷蔵庫』」第1巻(紅ファクトリー刊)の表紙のために制作された(2カ所ある黒いベタの部分には、それぞれ書名と共著者名が入る)。どういう経緯でこの仕事を依頼されたのか詳細は不明。この往復書簡本は、その後97年までに第8巻まで出版されたが、一徹氏が担当したのはこの第1巻だけだったようだ。(308)ダグラス・マッカーサー 2012年 ※きょうは76回目の終戦記念日。先の大戦の犠牲者を追悼し、再び無謀な戦争を起こさないことを誓う日である。敗戦国の日本は、戦後、サンフランシスコ講和条約で独立するまで米国など連合国の占領下に置かれた。ダグラス・マッカーサー(Douglas McArthur、1880~1964)は、1945年9月から約5年半、占領軍最高司令官として日本に君臨した人間である。 占領下の日本では、マッカーサーは誰よりも偉かった。彼の発言・決定は絶対で、昭和天皇でさえ、彼の言葉には反駁はできなかった(まかり間違えば、戦犯として戦争責任を問われるかもしれなかった微妙な立場だった)。 マッカーサーは1951年4月16日、トルーマン大統領から解任され、日本を離れた(朝鮮戦争時に再び原爆を使用しようとして大統領の逆鱗に触れたのが主な理由だという)。 54年生まれの私は、直接マッカーサーを知らない。占領軍の置き土産でもあった脱脂粉乳が、唯一、マッカーサーのイメージに重なる。小学校低学年の給食で出された脱脂粉乳は、65歳以上の人間なら、私も含め忘れられない「まずい味」だろう。60年代前半までは、街では物乞いする傷痍軍人の姿が普通に見られた。 マッカーサーは着任当初、横浜のホテル・ニューグランドを常宿とした。この切り絵は、マッカーサーと彼がホテルで愛飲していたマティーニを描く。当時ジンはあったが、物資不足でベルモットを入手できなかった。最高司令官のために、ホテル側が機転を利かし、代わりにシェリーを使ったマティーニだった(読売新聞神奈川版での連載「ヨコハマ・バー物語」初回=2012年3月1日付=の挿絵として使われた)。 日本は独立したが、今なお、日本の航空管制は事実上米軍に握られ、全国各地(とくに沖縄)に数多く、治外法権の米軍基地が存在し、「地位協定」もドイツのようには改定されず、不公平なままだ。敗戦国になることは、苦しみをこれだけ後世にひきずる。資源を持たぬ日本は「絶対に戦争をしない国」にならねば、同じ愚を繰り返すことになる。(マッカーサーについては、半藤一利氏の連載「歴史探偵かんじん帳」(1995年)でも一徹氏は切り絵にしています。下に紹介しておきます)。(309)第77回全国高等学校野球大会のために 1995年 ※コロナ禍で昨年2020年の甲子園の全国大会は中止となったが、1995年、あの阪神大震災の年の全国大会はなんとか開催にこぎつけた。一徹氏は朝日新聞社大阪本社からの依頼を受けて、この年の全国大会別刷り特集(全8頁)の表紙を飾る切り絵を制作した。かつては、あの手塚治虫氏も腕を振るったという高校野球の別刷り特集。「漫画の神様」と同じ舞台に立てたことを一徹氏は大いに喜び、ご覧のような力作を完成させた。 (なお、当時の紙面からスキャンしたため、画質が原画よりは粗く見えるのはご容赦頂きたい。この絵の原画は朝日新聞社のコレクションとして収蔵され、現在、大阪本社内の会議室で展示されているという)。(310)1907年のクリケット・チーム(スケッチ) 1980年代前半 ペン画 ※一徹氏のスケッチブックに残されていたペン画だが、何のために描いたのかはよく分からない。1907年という言葉に何か意味があるのか調べてもみたが、詳細は不明である。 ベースボールの起源とも言われるクリケットは16世紀に英国で生まれ、17世紀、大英帝国の植民地拡大に伴って世界中に普及した。海外ではプロチームもある人気スポーツ。日本にも明治維新に伴い伝わり、外国人居留地では開港当初から、来日外国人の間で試合も盛んに行われた。 神戸居留地でも1870年(明治3年)には外国人たちが兵庫クリケットクラブを設立。三宮の東遊園地内の公園では毎週のように試合が行われたという(このペン画もひょっとしたら、神戸外国人居留地のチームの姿かもしれない)。しかし残念ながら、日本国内では野球の方が人気スポーツとなり、今なおクリケット人口はそう多くない。(311)草津温泉・熱乃湯 1980年代後半もしくは90年代前半 ※何かの媒体のために依頼されて制作したと思われる、初期の作品。「熱乃湯」は江戸時代発祥の草津温泉のシンボルとも言える施設(共同浴場)。絵に登場する人たちの服装からすれば、明治~大正期の風景か。現在の「熱乃湯」は、昔の風情を残しつつ2015年に改築されている。施設内では、「湯もみ唄」を歌い踊りながら長い棒で湯を冷ます、伝統のパフォーマンスを観光客に見せる公演も行われている。(312)函館開拓使医学所 1980年代後半もしくは90年代前半 ※昨日紹介した草津温泉「熱乃湯」とほぼ同時期に制作された作品。何かの媒体で発表された形跡はあるが、詳細は不明である。安政元年(1854年)、日米和親条約締結に基づき、江戸幕府は下田と函館を「開港」する。函館には外国人居留地もつくられた(後に米英露仏蘭の5カ国と修好通商条約を結ぶ)。函館開拓使医学所は、和親条約から7年後の文久元年(1861年)、地域の医学教育・医療・防疫の拠点として開設された(その後、発展・整備され現在の市立函館病院の前身となったという)。(313)ファロス島の大燈台 1995年 ※曽野綾子さんの小説「アレキサンドリア」(1995年~96年、月刊「オール読物」連載)のために制作された挿絵のうちの1枚。ファロス島の大燈台は、紀元前3世紀、古代エジプト・アレキサンドリアの湾岸に造られた石づくりの燈台。高さは約130mもあったといい、ピラミッドなどとともに「古代世界の七不思議」にも選ばれている(燈台は残念ながら14世紀の2度の地震で倒壊し、現在は残っていない)。この連載では、毎回小さいカット絵(切り絵)を6~7枚を使用したが、絵はいずれも古代エジプト文明にちなんだモチーフとなっている。(314)立ち呑みバー北京 2012年 ※1980年代半ば、自ら友人と一緒に設立したグッドバー同好会会員向けの「グッドバー通信」(葉書)のために制作。「通信」は95年頃一時休止となったが2005年頃再開され、2012年に急逝するまで続いた。これは生前つくられた最後の「通信」。絵に添えらえた私の文章を少し引用する。 「JR大阪駅高架下の食堂街。そこに『北京』という看板。だが中華料理屋ではなく、れっきとした立ち呑みバーである。旨い、早い、安いが自慢の、知る人ぞ知る人気酒場だ。(中略)常連はスマートだ。混んでくれば自然と"ダーク・スタイル"になり、すき間をあける。そして、ささっと飲んでさっと引き揚げる。新米は常連を見て"飲み方"を学ぶ。北京は『酒呑みの学校』である」 店は1950年(昭和25年)オープン。旧満鉄職員だった先代マスターが引き揚げ後に開いた。7年間暮らした大陸の地への思いもあって、「北京」と名付けたという。名物は客の約8割が注文するアテの「エッグ」「北京味噌」だが、店を訪れた一徹氏は、のんびりとスローな風を起こす天井の大型の羽根に惹かれ、絵のモチーフとした。(ちなみに、一徹氏この次号の「グッドバー通信」用の取材を終えて、絵の制作にとりかかろうとしていた矢先、帰らぬ人となった。次号取り上げる予定だったのは、神戸のバー「サヴォイ・オマージュ」だった)。(315)猫ですが、それが何か?(1) 2000年代前半 ※個展で販売することを目的に制作された、猫をテーマにした一連のカラー作品の一つ。シンプルで柔らかい体のラインと、おしゃれな小道具(ボウタイとリボン)、少し漫画チックで、人間のようにも見える表情。ファンタジーではあるが、猫好きだった一徹氏ならではの温かい"視線"も感じる。(316)猫ですが、それが何か?(2) 2000年代前半 ※前回に続き、「人間みたいな雰囲気」を持つ猫シリーズ。きょうはピンクのリボン(小道具)との共演。(317)猫ですが、それが何か?(3)完 2000年代前半 ※「人間みたいな雰囲気」を持つ猫シリーズの最終回。きょうは紫のリボン(小道具)との共演です。(318)夏の思い出(貝殻) 1990年代前半 ※8月も残り1週間。子どもの頃は、海を訪れたら必ず貝殻をいくつか「思い出」として持ち帰った。この切り絵は何のために制作されたのかは不明。しかし、黒いバックの中に浮かびあがる貝殻はなぜか寂しげだ。コロナ禍の今、緊急事態宣言で県境を越える移動は抑制され、各地の海水浴場など浜辺も閉鎖されている。ささやかな楽しみでさえ奪われた夏、皆さんのせめてもの思い出は何かあっただろうか。(319)大好きなソフトクリーム 1990年代前半 ※自著の切り絵入門書の作例の一つとして制作された作品。ソフトクリームを嬉しそうに頬張るこの子(女の子?)。真っ黒に日焼けして夏休みに戸外でしっかり遊んだらしいことが伺えるが、この夏、日本で日焼けするほど外でたくさん遊べた子どもはどれくらいいるかなぁ…。(320)島の少女 1990年代前半 ※昨日に続き、これも自著の切り絵入門書の作例の一つとして制作された作品。水着姿の少女の後ろ姿。濡れた髪には花が一輪。あとは見る人の想像力に任せるという一徹氏「得意な図柄」です。★過去の総集編ページをご覧になりたい方は、こちらへ。 【Office Ittetsuからのお願い】成田一徹が残したバー以外のジャンルの切り絵について、近い将来「作品集」の刊行を計画しております。もしこの企画に乗ってくださる出版社がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡ください。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/28
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(321) カクテルグラスと朝顔 2000年頃 ※一徹氏は生前、一度だけ限定の複製画2種を制作した。原画から高精細にスキャニングして、高品質の紙に高度な技術で印刷した作品。一つはフルート型のシャンパングラスが6個並ぶ図柄(下の絵ご参照)、そしてもう一つはこのカクテルグラスに朝顔がからまる不思議な図柄の絵だった。複製画は馴染みの神戸・海文堂書店で販売されたが、原画の約10分の1というお手頃価格とあって、いずれも短期間で売り切れたという。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/28
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60年代にデビューして今なお現役で活躍し続けるバンド、ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツ(Charlie Watts)が24日、ロンドンの病院で家族に看取られて天上へ旅立ちました。80歳。死因は公表されていません。ストーンズの音楽は、曲づくりを担うミック・ジャガー(Vo)とキース・リチャーズ(Gt)の存在がもちろん大きいのですが、リズム・セクションの要であったチャーリーという存在があって初めて完成したと誰もが認めています。(Photo (C) AP & Asahi shimbun)。 私は、1998年の「ブリッジ・トゥ・バビロン」ツアー(3月21日、京セラドーム大阪)で見た貴方の姿が目に焼き付いています。決して目立たず、派手ではなく、淡々とドラミングし続ける貴方の姿が…。RIP. チャーリー、貴方のことはずっと忘れません!
2021/08/27
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(320) 島の少女 1990年代前半 ※昨日に続き、これも自著の切り絵入門書の作例の一つとして制作された作品。水着姿の少女の後ろ姿。濡れた髪には花が一輪。あとは見る人の想像力に任せるという一徹氏「得意な図柄」です。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/27
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(319) 大好きなソフトクリーム 1990年代前半 ※自著の切り絵入門書の作例の一つとして制作された作品。ソフトクリームを嬉しそうに頬張るこの子(女の子?)。真っ黒に日焼けして夏休みに戸外でしっかり遊んだらしいことが伺えるが、この夏、日本で日焼けするほど外でたくさん遊べた子どもはどれくらいいるんだろうか。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/26
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(318) 夏の思い出(貝殻) 1990年代前半 ※8月も残り1週間。子どもの頃は、海を訪れたら必ず貝殻をいくつか「思い出」として持ち帰った。この切り絵は何のために制作されたのかは不明。しかし、黒いバックの中に浮かびあがる貝殻はなぜか寂しげだ。コロナ禍の今、緊急事態宣言で県境を越える移動は抑制され、各地の海水浴場など浜辺も閉鎖されている。ささやかな楽しみでさえ奪われた夏、皆さんのせめてもの思い出は何かあっただろうか。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/25
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先日、病院の定期検査帰りに大阪・天神橋筋商店街を歩きました。驚いたのは、(昼間から)酒類OKの飲食店を結構見かけたことです。1軒や2軒ではありません。数えただけでも10軒近くありました。度重なる休業要請に応じてきても一向に減らない新規感染者、苦労して手に入れたゴールドステッカー認証も何の意味もなかったという現実。「もはや、政治家や知事や専門家の言うことを聞いていたら、自分や従業員の生活が守れない」と思うところまで追い詰められた店舗の”反乱”が始まっています。私の店(バーUK)は原則、最後まで行政の要請には従うつもりですが、そういう「要請に応じない」店を責めるつもりはありません。むしろ店主の気持ちはよく理解できます。「30万円の罰金(過料)覚悟でやっているし、実際すでに罰金も払った」という店もありました。そもそも、酒類や飲食店の存在が新規感染者を増やしているのでしょうか? 9割以上の店が酒類提供中止や休業要請にずっと応じてきているのに、新規感染者は減らないどころか急増しているという事実こそ、現在の規制がいかに非科学的で、根拠のない理不尽なものかを証明しています。無策な国(政治家)や専門家のせいで、飲食業界が破壊され、街はだんだんコントロールを失っていきます。欧米やオセアニアでは、厳しいロックダウンやワクチン接種の進展で、「日常」を取り戻した国もあります。それらの国の対策(政策)は、日本にもとても参考になるはずですが、なぜか政府は真似することに否定的です。現状で日本がとる最善の戦略は、医療体制の拡充とロックダウン的な人流規制(期限を設けた上で)しかないだろうと思います。少なくとも都道府県単位の「夜間外出禁止令」なら、法的根拠をつくればすぐにでも出来るでしょう。そのためにも、政府・与党は野党からの国会開催要求に直ちに応じるべきです。
2021/08/24
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(317) 猫ですが、それが何か?(3)完 2000年代前半 ※3日連続で「人間みたいな雰囲気」を持つ猫シリーズ。きょうは紫のリボン(小道具)との共演です(この猫シリーズの作品紹介は、とりあえず本日でおしまい)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/24
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(316) 猫ですが、それが何か?(2) 2000年代前半 ※昨日に続き、「人間みたいな雰囲気」を持つ猫シリーズ。きょうはピンクのリボン(小道具)との共演です(この猫シリーズの作品紹介は、明日も続きます)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/23
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(315) 猫ですが、それが何か?(1) 2000年代前半 ※個展で販売することを目的に制作された、猫をテーマにした一連のカラー作品の一つ。シンプルで柔らかい体のラインと、おしゃれな小道具(ボウタイとリボン)、少し漫画チックで、人間のようにも見える表情。ファンタジーではあるが、猫好きだった一徹氏ならではの温かい"視線"も感じる(明日、明後日も続きます)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/22
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(314) 立ち呑みバー北京 2012年 ※1980年代半ば、自ら友人と一緒に設立したグッドバー同好会会員向けの「グッドバー通信」(葉書)のために制作。「通信」は95年頃一時休止となったが2005年頃再開され、2012年に急逝するまで続いた。これは生前つくられた最後の「通信」。絵に添えらえた私の文章を少し引用する。 「JR大阪駅高架下の食堂街。そこに『北京』という看板。だが中華料理屋ではなく、れっきとした立ち呑みバーである。旨い、早い、安いが自慢の、知る人ぞ知る人気酒場だ。(中略)常連はスマートだ。混んでくれば自然と"ダーク・スタイル"になり、すき間をあける。そして、ささっと飲んでさっと引き揚げる。新米は常連を見て"飲み方"を学ぶ。北京は『酒呑みの学校』である」 店は1950年(昭和25年)オープン。旧満鉄職員だった先代マスターが引き揚げ後に開いた。7年間暮らした大陸の地への思いもあって、「北京」と名付けたという。名物は客の約8割が注文するアテの「エッグ」「北京味噌」だが、店を訪れた一徹氏は、のんびりとスローな風を起こす天井の大型の羽根に惹かれ、絵のモチーフとした。(ちなみに、一徹氏この次号の「グッドバー通信」用の取材を終えて、絵の制作にとりかかろうとしていた矢先、帰らぬ人となった。次号取り上げる予定だったのは、神戸のバー「サヴォイ・オマージュ」だった)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/21
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(313) ファロス島の大燈台 1995年 ※曽野綾子さんの小説「アレキサンドリア」(1995年~96年、月刊「オール読物」連載)のために制作された挿絵のうちの1枚。ファロス島の大燈台は、紀元前3世紀、古代エジプト・アレキサンドリアの湾岸に造られた石づくりの燈台。高さは約130mもあったといい、ピラミッドなどとともに「古代世界の七不思議」にも選ばれている(燈台は残念ながら14世紀の2度の地震で倒壊し、現在は残っていない)。この連載では、毎回小さいカット絵(切り絵)を6~7枚を使用したが、絵はいずれも古代エジプト文明にちなんだモチーフとなっている。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/20
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(312) 函館開拓使医学所 1980年代後半もしくは90年代前半 ※昨日紹介した草津温泉「熱乃湯」とほぼ同時期に制作された作品。何かの媒体で発表された形跡はあるが、詳細は不明である。安政元年(1854年)、日米和親条約締結に基づき、江戸幕府は下田と函館を「開港」する。函館には外国人居留地もつくられた(後に米英露仏蘭の5カ国と修好通商条約を結ぶ)。函館開拓使医学所は、和親条約から7年後の文久元年(1861年)、地域の医学教育・医療・防疫の拠点として開設された(その後、発展・整備され現在の市立函館病院の前身となったという)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/19
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(311) 草津温泉・熱乃湯 1980年代後半もしくは90年代前半 ※何かの媒体のために依頼されて制作したと思われる、初期の作品。「熱乃湯」は江戸時代発祥の草津温泉のシンボルとも言える施設(共同浴場)。絵に登場する人たちの服装からすれば、明治~大正期の風景か。現在の「熱乃湯」は、昔の風情を残しつつ2015年に改築されている。施設内では、「湯もみ唄」を歌い踊りながら長い棒で湯を冷ます、伝統のパフォーマンスを観光客に見せる公演も行われている。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/18
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尾身・政府分科会会長がきょうの会合の後、「行動制限は完全にお願いベースで行ってきた。感染状況がここまでくると、個人についても感染リスクの高い行動を避けてもらえるよう、新たな法律の仕組みをつくることや、あるいは現行の法律で対応できるならその活用をお願いしたいと考えている」と語りました。また、「これまで医療機関や医療従事者にお願いベースで行ってきたコロナ対応への協力要請も同じだ。単に協力をお願いするだけではこの事態を乗り越えられない」とも語り、強制力を伴った人流抑制策、医療政策を政府に検討するよう求めたことを明かしました。憲法に保障された私権や行動の自由の制限は、個人的には可能な限り避けるべきだとは考えますが、危機的な現状ではもはや、やむを得ないでしょう。さて、ボールを投げられた政府に「やる気」はあるのか? コロナが収束に向かうかどうかの分岐点かもしれません。
2021/08/17
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(310) 1907年のクリケット・チーム(スケッチ) 1980年代前半 ペン画 ※一徹氏のスケッチブックに残されていたペン画だが、何のために描いたのかはよく分からない。1907年という言葉に何か意味があるのか調べてもみたが、詳細は不明である。 ベースボールの起源とも言われるクリケットは16世紀に英国で生まれ、17世紀、大英帝国の植民地拡大に伴って世界中に普及した。海外ではプロチームもある人気スポーツ。日本にも明治維新に伴い伝わり、外国人居留地では開港当初から、来日外国人の間で試合も盛んに行われた。 神戸居留地でも1870年(明治3年)には外国人たちが兵庫クリケットクラブを設立。三宮の東遊園地内の公園では毎週のように試合が行われたという(このペン画もひょっとしたら、神戸外国人居留地のチームの姿かもしれない)。しかし残念ながら、日本国内では野球の方が人気スポーツとなり、今なおクリケット人口はそう多くない。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/17
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憲法で保障された国民の私権や移動の自由を制限するロックダウンについては、個人的には、原則賛成できません。しかし、昨今のコロナ新規感染者の急増や医療現場のひっ迫状況を見ると、もはや、「お願い」ベースでは何の効果もないことは明らかです。私は期間限定でもいいので、国民に対して、何らかの形で強制力を持った罰則付きの行動制限も必要ではないかと、ここ数日思うようになりました。例えば、法的根拠を伴った(欧州で実施されたような)「夜間外出制限」に加えて、新幹線(とくに東京~新神戸間)や航空路線(とくに羽田~伊丹・関空・神戸間)の利用制限、さらに首都圏や京阪神圏での公共交通機関を大胆な利用抑制策はぜひもので必要でしょう。しかし、現状では法的根拠がなく、臨時の新法が必要となります。ワクチン2回接種の証明についても、国内でも、何らかの形で「意味あるもの」にすべき時期かもしれません(大規模イベント、屋内イベントでの入場で活用したり、遠距離移動を伴う公共交通機関利用の条件にしたりとか…)。外出制限」を実施するにしても、すべての人を制限する必要はないのです。最低限必要なエッセンシャル・ワーカー(医療・保健、食料品・薬品販売、公共交通機関、警察・自衛隊、消防、郵便、ゴミ収集など)には外出許可証を発行したうえで、それ以外の人たちには家に留まってもらうように制限し、違反者には高額の罰金を課するようにすればいいのです。要は、単に「人流を50%削減」とスローガンを言うだけでなく、一日も早く、外出できる人とそうでない人の具体的な「線引き」をすべきなのに、政府や専門家は具体的なことを何にも言いいません。政府・与党は国会開催要求にも応じません。まったくもって責任放棄というか、言語道断だと思います。一番問題なのは、世の中がこんな状況で国会を開催することを拒否している政府与党(自民&公明)です。どうか、すぐにでも国会を召集して、議員立法でもいいので法的整備をして、本気の人流抑制策をつくってください。政府分科会の専門家の皆さんも政府・与党に強く要請してください。政府(政治家)や専門家がダメなら、官僚が前に出て政治を動かせばいいのに、忖度官僚ばかりで、国の役所(省庁)がほとんど機能していません。ほんと情けないです。週明けからの政治家、専門家の動きを注視しています。彼らの本気度を見て、私は次の総選挙での一票に生かすことにします。
2021/08/16
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(309) 第77回全国高等学校野球大会のために 1995年 ※コロナ禍で昨年2020年の甲子園の全国大会は中止となったが、1995年、あの阪神大震災の年の全国大会はなんとか開催にこぎつけた。一徹氏は朝日新聞社大阪本社からの依頼を受けて、この年の全国大会別刷り特集(全8頁)の表紙を飾る切り絵を制作した。かつては、あの手塚治虫氏も腕を振るったという高校野球の別刷り特集。「漫画の神様」と同じ舞台に立てたことを一徹氏は大いに喜び、ご覧のような力作を完成させた。 (なお、当時の紙面からスキャンしたため、画質が原画よりは粗く見えるのはご容赦頂きたい。この絵の原画は朝日新聞社のコレクションとして収蔵され、現在、大阪本社内の会議室で展示されているという)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/16
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WEBマガジン「リカル(LIQUL)」連載 【カクテル・ヒストリア第18回】 もう1人のハリー(下) ◆45歳で突然「引退表明」、経営者の道へ 「モーニング・グローリー・フィズ」(末尾【注1】ご参照)=写真左下=など数多くの歴史的カクテルを考案し、バーテンダーとして、大きな成功を収めたハリー・ジョンソン(1845~1930)は、45歳になった1890年、突然、「バーテンディングからの引退」を表明した。 バーテンダーとしての名声を確立し、「バーテンダーズ・マニュアル」の爆発的な売れ行きで莫大な収入も得た。そして、自ら経営するサロン・バー「リトル・ジャンボ」が成功するとともに、チーフ・バーテンダーを務めるレストラン「デルモニコ」でニューヨークの幅広い名士たちの信頼を勝ち得たジョンソンの興味は、次第に、飲食・娯楽ビジネスへ移っていった。 90年代のジョンソンは年々、経営者としてバーやホテル、社交クラブを運営し、新しい物件を買収しながら、事業の拡大を図っていく道を歩み始める。ニューヨークでは新たに自らのホテル「パブスト・グランド・サークル」を開業した。 1902年に開業した「パブスト…」は、豪華なレストラン・バー、サロン・バーのほかミュージカル用の劇場も備え、ニューヨークのセレブたちの集うスポットとして愛された。劇場ではあの「オズの魔法使い」も初演されたほど。 ジョンソンはまもなくして「パブスト」の運営を、信頼できる甥のポール・ヘンケルに託し、自らはニューヨーク・レストラン協会の会長にも就任するなど文字通り、米国内の「名士」となった(写真右=「Bartender's Manual」に初めて活字になったマティーニ)。 ◆大怪我、経営危機、離婚訴訟…次々と逆風 しかし、そんな彼に逆風が吹き始める。1903年、ジョンソンは自ら経営するホテル内で転倒事故に遭い、大怪我を負う。経営の実権をヘンケルに委任。自らは治療のため、母国ドイツに帰国した。ジョンソンから託されたヘンケルだったが、その後の事業は様々なトラブルもあって、負債も膨らみ、多くの事業が経営危機に陥った。 さらにジョンソンにとって不幸だったのは、妻との不和だった。1910年以降、怪我の後遺症の治療やドイツでの離婚訴訟のため、長期間米国を離れることが多くなった。 また、ほぼ同時に、第一次大戦が勃発したため、ドイツ系米国人だったジョンソンは、米国政府や地域社会から「適性外国人」のような扱いを受け、(米国の市民権は持っていたのに)出入国もすんなり行かないようになった(写真左=ジョンソンの著書に掲載されたマティーニのイラスト)。 大戦終結後、ジョンソンは再び米国に戻ったが、今度は禁酒法が経営危機に追い打ちをかけた。酒類の販売が禁止されると、彼の経営するバーや社交クラブ、ホテルなどの収益は大きく落ち込み、ヘンケルが引き継いだ事業のほとんどが廃業に追い込まれた。かと言って、ニューヨーク社交界・実業界の名士であるジョンソンは、「もぐり酒場」へ事業転換して、水面下で儲けるようなことまでは大胆なことは出来なかった。 ◆ドイツ系、第一次大戦、禁酒法という3つの不幸 禁酒法施行後、ジョンソンはビジネスの第一線から退き、主に欧州で自著のPR販売とバーテンディングの講師として活動を続けたが、体調はあまり回復でせず、1930年1月5日、心臓病と老衰のため、ベルリンで84歳の生涯を終える。臨終の際、付き添ったのは再婚した妻と主治医だけだった(写真右=晩年のハリー・ジョンソン)。 ハリー・ジョンソンにとっての晩年の「3つの不幸」は、彼がドイツ系だったこと、第一次大戦でドイツが米国の敵国になったこと、そして大戦終結後に米国に禁酒法が施行されたことだった。こうした時代的逆風と重なり、残念ながらビジネスマンとしての成功は叶わなかった。 しかし、米国のバー業界は彼のことを忘れていなかった。禁酒法時代(1920~33年)が明けた翌年の1934年、長らく絶版となっていた彼の『Bartender’s Manual』は、没後再び世に出て、ベストセラーになった(写真左は、1934年に復刻再刊された1890年版の「Bartender's Manual」。復刻版は現在でもAmazonなどで入手できる)。 ◆19世紀後半のカクテル事情の貴重な記録 彼の著書は、ジョン・コリンズ、プース・カフェ(以上1882年版)、マンハッタン、マティーニ(1888年版)、ハイボール、ジン・リッキー、オールド・ファッションド、ホーセズ・ネック、スノー・ボール(1890年版)など今なおバーで愛されているカクテルの初出文献なのである。この時代のフィズ類のカクテル、アブサン系のカクテルなど、19世紀後半のカクテルを数多く記録してくれている。 一方、ビジュー・カクテルやモーニング・グローリー・フィズなど彼の考案したカクテルは、近年のクラシック・カクテル再評価の流れに乗って、欧米のバーの現場では、再び人気カクテルの一つとして定着しつつある。ジョンソンはビジネスとしてバーの可能性を広げながら、カクテルの発展にも大きく貢献したことは疑いないと私は信じている。【注1】ウイスキー45ml、レモン・ジュース15ml、シュガー・シロップ2tsp、卵白1個分、アブサン(兄ゼットやペルノーなど)2dash、シェイクしてコブレットに注ぎ、ソーダで満たす(シェイク)※ハリー・ジョンソンの生涯は、欧米でもこれまで文献で詳しく紹介されることはなかった。しかし2013年、アニスタシア・ミラー(Anistatia Miller)とジャレッド・ブラウン(Jared Brown)という2人の研究者の共著として出版された「The Deans of Drink」が、ジョンソンの生涯に初めて光を当ててくれた。この稿の執筆でもこの本にはとてもお世話になった。この場をかりてお二人には厚く御礼を申し上げたい(日本語版の出版を心から願っています)。・WEBマガジン「リカル(LIQUL)」上での連載をご覧になりたい方は、こちらへ・連載「カクテル・ヒストリア」過去分は、こちらへ
2021/08/15
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(308) ダグラス・マッカーサー 2012年 ※きょうは76回目の終戦記念日。先の大戦の犠牲者を追悼し、再び無謀な戦争を起こさないことを誓う日である。敗戦国の日本は、戦後、サンフランシスコ講和条約で独立するまで米国など連合国の占領下に置かれた。ダグラス・マッカーサー(Douglas McArthur、1880~1964)は、1945年9月から約5年半、占領軍最高司令官として日本に君臨した人間である。 占領下の日本では、マッカーサーは誰よりも偉かった。彼の発言・決定は絶対で、昭和天皇でさえ、彼の言葉には反駁はできなかった(まかり間違えば、戦犯として戦争責任を問われるかもしれなかった微妙な立場だった)。 マッカーサーは1951年4月16日、トルーマン大統領から解任され、日本を離れた(朝鮮戦争時に再び原爆を使用しようとして大統領の逆鱗に触れたのが主な理由だという)。 54年生まれの私は、直接マッカーサーを知らない。占領軍の置き土産でもあった脱脂粉乳が、唯一、マッカーサーのイメージに重なる。小学校低学年の給食で出された脱脂粉乳は、65歳以上の人間なら、私も含め忘れられない「まずい味」だろう。60年代前半までは、街では物乞いする傷痍軍人の姿が普通に見られた。 マッカーサーは着任当初、横浜のホテル・ニューグランドを常宿とした。この切り絵は、マッカーサーと彼がホテルで愛飲していたマティーニを描く。当時ジンはあったが、物資不足でベルモットを入手できなかった。最高司令官のために、ホテル側が機転を利かし、代わりにシェリーを使ったマティーニだった(読売新聞神奈川版での連載「ヨコハマ・バー物語」初回=2012年3月1日付=の挿絵として使われた)。 日本は独立したが、今なお、日本の航空管制は事実上米軍に握られ、全国各地(とくに沖縄)に数多く、治外法権の米軍基地が存在し、「地位協定」もドイツのようには改定されず、不公平なままだ。敗戦国になることは、苦しみをこれだけ後世にひきずる。資源を持たぬ日本は「絶対に戦争をしない国」にならねば、同じ愚を繰り返すことになる。(マッカーサーについては、半藤一利氏の連載「歴史探偵かんじん帳」(1995年)でも一徹氏は切り絵にしています。下に紹介しておきます)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/15
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(307) 往復書簡「冷蔵庫」の表紙のために 1991年 ※フリーライター木村聖哉氏&芸能プロデューサー麻生芳伸氏による共著「往復書簡『冷蔵庫』」第1巻(紅ファクトリー刊)の表紙のために制作された(2カ所ある黒いベタの部分には、それぞれ書名と共著者名が入る)。どういう経緯でこの仕事を依頼されたのか詳細は不明。この往復書簡本は、その後97年までに第8巻まで出版されたが、一徹氏が担当したのはこの第1巻だけだったようだ。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/14
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国内の新規感染者が連日急増しています。専門家や政治家は「制御不能です」とか「災害級だ」とか言っていますが、対策の責務を担うリーダーがそんなことを言って、どうするんですか? 自分たちで有効な対策が考えられないなら、即刻、別の人間と交代してください。飲食店が酒類提供やめて、休業していても感染者が急増しているということは、「酒は主たる原因ではない」ということの証じゃないのですか? 政府や専門家は、これまでずっと「酒類提供と感染者の増加の相関は経験則で明らか」という言い方をしてきました。しかし、この現実を見れば「酒は主たる原因でない」ことは明らかで、政府や専門家の説明はエビデンスもない虚偽の主張です。「経験則」を根拠にするなら、この1カ月間の状況を見ただけでも、「飲食店での酒の提供と感染者の数に相関関係はない」ことを証明しています。いったいいつまで、酒や飲食店を「悪者」にして、非科学的な無意味な規制を続けるんでしょうか⁈ 飲食店に休業要請をする前に、コンビニでの酒類販売を禁止する方が先だと思う私はおかしいのでしょうか?人流を抑えたいと本気で思うなら、首都圏とそれ以外の地域だけでも、交通機関を遮断するようJRや民鉄に要請したらどうですか? 当面、ワクチン2回接種した人以外は新幹線や航空路線を利用できないように制限したらどうなんですか? 飲食店も、例えばフランスのように、ワクチン2回接種した人なら利用可能という方向にすべきです。「法的根拠がない」と言うなら、臨時国会を召集して立法すればいいのです。現状では、政府が何か新たな効果的な対策を打ち出す気配はなく、まったくやる気が見えません。たぶん、政府は「パラ五輪も終わった頃には、ワクチン接種率も上がって、新規感染者数も減っているだろう。それまではどんなに批判されても無視しよう。だって、みんな言うこと聞かないし、日本じゃロックダウンなんてできないんだから、もう、何やっても効果ないしね」と思ってるんでしょうね。重ねて言います。責務も権限も持っている政治家や専門家がその役割を果たすつもりがないなら、早く退場してください。このままでは医療分野だけでなく、経済も含めて日本全体が崩壊してしまいます。私は、ほんとに怒ってます。
2021/08/13
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(306) 引っかいたような月の夜 1980年代後半~90年代前半? ※おそらく小説かエッセイの挿絵として制作された作品。実際に印刷物で使用されたのかどうかは、定かでない。スクリーントーンが大きなスペースを占めているのは、実験的意味合いもあるのだろう。実際、この後、トーンの多用を控えるようになってくる。「切り絵作家は安易にトーンに頼らず、白と黒、グレーの陰影だけで勝負すべきだ」と思ったに違いないと想像する。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/13
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コロナ禍や飲食店への休業要請と関係ないつぶやきで、失礼します。日本はここ5~10年ほど、毎年天候不順が続いています。高校野球の全国大会はまだ2日目なのにいきなり雨で順延。今週は残りずっと雨予報で、試合消化に不安の声も出ています。甲子園球場も、そろそろ開閉式の屋根を付ける時期に来ているんじゃないでしょうか。天候に振り回される高校球児が可哀想ですし、阪神タイガースにとっても、雨での日程変更にほとんどなくなるメリットは大きいはずです。屋根を付けるには数百億円単位の巨額な費用がかかるとは思いますが、全国の高校野球ファンやタイガースファンの数を考えたら、クラウドファンディングしたらすぐに集まりそうな気がします。近年は高校野球の期間中、ケタ違いの猛暑になることが多く、熱中症など球児たちの身体への影響も心配されています。屋根はあまりに暑い時は半分閉めればいいですし、爽やかな気候で青空なら全開放すればいいのです。阪神電鉄さん、ここは英断を持ってクラウドファンディングしてくれませんか?
2021/08/12
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(305) 水辺の鳥 1990年代前半 ※久しぶりに鳥の切り絵。種類は、図鑑で調べたところ、セキレイの1種ではないかと思う。鳥を描いた作品は多いが、この種のものは珍しい。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/12
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(304) 切り絵入門書のための作例 1990年代前半 ※第69回でも紹介(下の画像ご参照)したが、一徹氏はその生涯でたびたび、一枚の紙に小さい「作例」を4~6点集めた作品(全体でA4~B5サイズくらいの大きさ)を数多く制作している。自著の切り絵入門書で「作例」として掲載するためだった。「花」「動物」とか一つのテーマに絞ったものが多かったが、これは何だろう? 共通項があるようでないようで…。私には「スパイの7つ道具」に見えてきたが、貴方は?◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/11
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(303) 吉 原 2005年頃 ※第26回で紹介した「江戸情緒:吉原」(下の画像ご参照)とほぼ同時期に制作された作品。遊女も格子もシルエットだけですべてを描かれているが、妖しげで艶めかしい遊郭の雰囲気が見事に表現されている。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/10
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ITTETSU GALLERY:もう一つの成田一徹(281)~(300) バー・シーンを描いた切り絵で有名な成田一徹(1949~2012)ですが、実は、バー以外をテーマにした幅広いジャンルの切り絵も、数多く手掛けています。花、鳥、動物、職人の仕事、街の風景、庶民の暮らし、歴史、時代物(江戸情緒など)、歴史上の人物、伝統行事・習俗、生まれ故郷の神戸、小説やエッセイの挿絵、切り絵教則本のためのお手本等々。 今回、バー・シーンとは一味違った「一徹アート」の魅力を、一人でも多くの皆さんに知ってもらいたいと願って、膨大な作品群のなかから、厳選した逸品を1点ずつ紹介していこうと思います(※一部、バー関係をテーマにした作品も含まれますが、ご了承ください)。 ※故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします。(281)風 鈴 1990年代前半 ※梅雨も明けて、これからは本格的な夏。街角からも風鈴の音が聞こえる季節になってきた。一徹氏も「風鈴」は何度か切り絵のモチーフにしており、この連載の第63回でも別作品(下の画像ご参照)を紹介しているが、この作品はもっとシンプルな構図。切り絵技法書の作例としても掲載された。(282)風 鈴 1990年代前半 ※昨日に続いてもう1枚、風鈴の切り絵を紹介する。これは珍しいカラー版の作品。何かの媒体用ではなく、自身の暑中見舞い葉書の原版として制作したもの。黒と青と赤のコントラストが美しい。(283)団扇(うちわ) 1990年代前半 ※昨日に続いて、夏らしい切り絵を。たかが1本の団扇であるが、デザインは細かく、作品としても結構手は込んでいる。元々は切り絵技法書の「作例」として制作されたものだが、個人的にはこんな団扇があれば、一つ欲しいと思う。(284)扇 子 1990年代前半 ※昨日の団扇(うちわ)とペアのような形で、ほぼ同時期に制作された扇子の切り絵。シンプルな梅の図柄だが、黒い紙1枚で制作した繊細な作品だ。これも、切り絵技法書の「作例」として収録されている。(285)東京のモグラ 1992年 ※石川雄一郎氏の連載エッセイ「東京あなロジー」(1992年6月~11月、計19回、週刊「サンデー毎日」誌上)のための挿絵=10月11日号掲載分。大都会・東京の地下土壌や空間をテーマにした連載だが、この回は東京のモグラが登場した。描かれたモグラが食べているのは、巨大なミミズ。気持ち悪いという方もおられようが、モグラにとってはご馳走なのである(まぁ、手にしたワイングラスは当然、一徹氏によるジョークであるが…)。(286)勝利を目指し、より速く 1984年 ※賛否の議論が渦巻く中、東京五輪は開幕した。まぁ、とりあえずここは、選手の皆さんの頑張りを応援しよう。という訳で、本日は「より速く」を目標に頑張るアスリートの姿を2題。これはただし五輪ではなく、一徹氏が1985年のユニバーシアード神戸大会のために、前年(1984年)に依頼された作品。「開発途上国の若い選手をユニバーシアードに招こう」という資金集めのためのチャリティ絵葉書(毎日ユニタン寄金)に使われた。競泳と陸上の選手をモチーフにしてるが、描かれている人物が外国人選手なのは、寄金の趣旨に合わせたのだろう。(287)花 火 1990年代前半 ※浴衣姿の母子らしき女性二人が、楽しそうに花火に興じている。昔は、路地裏でもよく見られた光景だが、昨今は浴衣を着るのは何か特別の時だけ。このような日常的な”ゆとり”を感じることも少なくなった。この絵も自身の切り絵技法書の作例として掲載されている。(288)花 火(カラー) 1990年代半ば ※外国人向けの英文日本観光パンフの挿絵として制作されたカラー作品。よく見ると、昨日紹介した「花火」の切り絵をベースにして、細かい部分ではあれこれとアレンジを加えている。一徹氏の作品にはこのように、過去の作品をベースにして、さらに進化・変化させているものも多く、制作年代の特定はなかなか大変だ。(289)Same ワン Please 1997年 ※故・伊藤精介氏の連載エッセイ「今宵どこかのBARで」(「スーパー・ジャンプ」誌上、1995~97年)の第67回「犬も歩けば棒に当たる⁈」のために制作された作品。 米ジョージア州アトランタを訪れた伊藤氏が、現地で味わった「ミント・ジュレップ」のベースの酒が、定番のバーボンではなく、ブランデーとアプリコット・ブランデーをブレンドしたものだったことへの驚きを綴っている(実はこのカクテル、「ジョージアン・ジュレップ」の名で古い時代のカクテルブックにはしばしば登場する)。 擬人化した犬がカウンターに立ち、酒を注文する姿を描いた切り絵は、この回のエッセイのタイトルと、文中に登場する伊藤氏のセリフ「Same one please」からの発想だろうが、一徹氏が考えたのか、編集者のアイデアかは今となっては知るすべはない。 ちなみに、この切り絵の原画は現在、大阪キタのバー「スタンドアルル」の店内に飾られている。ご興味のある方はぜひ現物をご覧くださいませ。(290)鰻(うなぎ) 1990年代前半? ※きょう7月28日は「土用の丑」、日本全国、鰻を食らう、鰻ととっては受難の日である。一徹氏の切り絵に鰻はないかと探したら……生き生きとした「2匹の鰻」があった。いつ頃の作品かは定かでないが、絵のタッチから、プロデビュー間もない頃であろう。(291)暗闇に浮かぶ横顔 1990年代後半 ※小説かエッセイの挿絵として依頼された作品。黒い紙1枚だけで、シンプルな曲線だけで、どれだけ人物を表現できるのか。そんなテーマに挑戦したかのような1枚だ。人物を切ろうとしたはずなのに、出来上がった作品を見ると、大きな光るイヤリングの効果で、まるで、大きな耳たぶを持つ弥勒菩薩像の優しい横顔にも見えるのは、私だけだろうか。(292)「サンデー毎日」のための挿絵(1) 1990年代前半 ※一徹氏は神戸港振興協会でのサラリーマン時代から、毎日新聞の地方版(神戸版)でたびたび挿絵の仕事を頼まれた。その縁からなのか、プロデビュー後は、週刊「サンデー毎日」からも、たびたび仕事の依頼が来るようになった。 小説やエッセイの挿絵、あるいは記者の取材記事の挿絵など、不定期で、テーマはさまざまだった。これは「年金問題」をテーマにした記事に添えられた作品。一徹氏は「ギャラは安くても、デビュー前からお世話になってきたからね」と語り、義理を大切にする姿勢を終生貫いた。(293)「サンデー毎日」のための挿絵(2) 1980年代後半 ※昨日に続いて、週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。バブル崩壊前の80年代、右肩上がりの経済の中で、サラリーマンの「働きすぎ」が問題になっていた頃。この頃はまだ携帯電話はさほど普及していなかった。バブルが崩壊して、リーマン・ショックの洗礼を受けた日本は、今なお経済の低迷から立ち直っていない。(294)「サンデー毎日」のための挿絵(3) 1990年代前半 ※一昨日、昨日に続いて、週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。どんな記事だったのかは不明。(295)「サンデー毎日」のための挿絵(4) 1980年代後半 ※4日連続で、かつて週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。この托鉢僧の切り絵もどんな記事に添えられていたのかは不明です。(296)「サンデー毎日」のための挿絵(5) 1990年代前半 ※5日連続で、かつて週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。とりあえず、この「サン毎」シリーズはきょうでおしまい。一連の5枚は、繊細でシャープな切れ味が持ち味の一徹氏の作品にしては、いずれも肩の力抜けた、柔らかい、ユーモラスなタッチで仕上げられており、自分自身の表現の幅を広げることを目指した、実験的な意味合いもあったのかもしれない。(297)「新大陸へ」のための習作 1992年頃 ペン画に手彩色 ※第58回で紹介した「新大陸へ」(下の画像ご参照)を制作する前に、習作としてつくった作品。58回の絵よりはかなり横長の構図である。彩色が未完のまま終わっている理由はよく分からない。彩色ペン画にも秀でて、とても味わいある作品を残した一徹氏。私個人としては、切り絵だけでなくペン画も終生手掛け続けてほしかったと思う(なお第58回の絵は、トリノまさる氏との共著「ペンとカラーインクで描く」(1993年、グラフィック社・刊)に作例として掲載されている)。(298)Dylan Thomas at the White Horse Tavern 1993年 ※エッセイスト&作家・常盤新平さん(故人=1931~2013)のエッセイの挿絵として制作された作品。ディラン・トーマス(1914~1953)は、英ウェールズ出身の作家、詩人。この絵は、トーマスが愛したニューヨークの老舗パブ、「ホワイトホース・タバーン」とを組み合わせて描いた。 トーマスは米国でのプロモーション旅行中の1953年11月4日、ホワイトホース・タバーンでの過度の飲酒の後に倒れ、5日後、当地の病院で死去した。39歳の若さだった。ちなみに、歌手ボブ・ディラン(芸名)の「ディラン」はこのトーマスの名前にちなんで付けたのは有名な話。(299)空しき大戦の記憶 1995年 ※きょうは原爆忌。悲惨な結果を招いた、先の無謀な大戦を思い起こす日である。という訳で本日は、ある意味、大平洋戦争での「無謀さ」を示す最大の象徴でもある戦艦大和の切り絵である。エッセイスト&作家・半藤一利氏(故人)の連載エッセイ「歴史探偵かんじん帳」(1994~95年、毎日新聞日曜版掲載)の挿絵として制作され、「戦時下の巻(4)」に添えられた。 ウイスキーを嗜みながら写真を見つめるのは半藤氏自身である。氏は綴る。「食うもの食わずに働きずくめに働いて、かかる大艦隊をつくり、すべて水底に送り込んだ近代日本の得体の知れぬ国家意思というものには、改めて仰天せざるを得ないでいる。(中略)貧しい日本人は全精魂を傾けて、このほとんど役立たなかった戦艦をつくり、失い、空しき栄光のみを遺産として将来に伝えることになった」と。 半藤氏も今や天上の人となった。76年後の今、我々は「過去」からどれだけ学んだのだろうか。人類はどれだけ進歩したのだろうか。(300)ピッコロシアター30周年のために 2008年 ※兵庫県尼崎市にある「ピッコロシアター」(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)は1978年に開館した、関西では有数の「舞台演劇」発信の拠点である。2008年、劇場関係者との個人的なつながりもあって、一徹氏はその30周年に際して、記念ポストカードのための切り絵を依頼された。そして出来上がったのがこの4枚。いずれも非常に丁寧で、繊細で、手の込んだ作品に仕上がっており、関係者からとても喜ばれたと伝わっている。★過去の総集編ページをご覧になりたい方は、こちらへ。 【Office Ittetsuからのお願い】成田一徹が残したバー以外のジャンルの切り絵について、近い将来「作品集」の刊行を計画しております。もしこの企画に乗ってくださる出版社がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡ください。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/09
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(302) 「琥珀色の幻影」の表紙のために 1992年 ※作家・山崎秀雄氏の推理小説「琥珀色の幻影」(1992年、月刊「ハヤカワミステリ」掲載)の表紙のために制作。山崎氏は前年の1991年、短編推理小説の公募新人賞・ハヤカワ・ミステリコンテストにおいて、「隣に良心ありき」で最優秀賞に輝いた。これは受賞後の第1作。絵の上部の黒いスペースはタイトル等が入るための部分。ご参考までに、残されていた「仕上がりゲラ(絵)」(2枚目)も添えておく。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/09
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コロナ禍の東京五輪の競技は、事実上、終わりました。国内の新規感染者はこの間、激しく増え続けました。緊急事態宣言や「まん延防止等重点措置」の地域も8日から大幅に広がりました。 政府は「ほとんどの国民は、家でおとなしくテレビ観戦していた。人流は減っている」と言いたいのでしょうか? いや、都市部では場所によっては人流は増えています。街で若者に聞けば「だって、五輪で騒いでいるのに、なんで家でじっとしとかないといけないの?」と反発されるのがオチでしょう。 「無観客で実施」と言いながら、競技会場の観客席には各国の選手団や関係者らが数多く座っていました。男女ゴルフ競技のコース周辺や野球の決勝戦のスタンドには、スポンサー関係者らしき人たちも目立っていました。そこまでやるなら、女子バスケの決勝戦の応援に招待された五輪ボランティアの皆さんのように、地元の小中学生を招待すべきでした。 五輪に批判的だったテレビや新聞は、開幕した途端、「頑張れ、ニッポン!」と放送時間や紙面を割いて伝え続けました。だが、それを「手のひらを返したように」と私は批判はしません。事実や結果を伝えることも、記録として必要であり、メディアの重要な役割です。大事なのは、それぞれのメディアがどの程度、バランスを取って五輪の功罪をきちんと伝えたかでしょう(終了後もきちんと総括・検証していけるか、そこにメディアの真の価値が問われます)。 感動好きな日本人の過半数は「それでも、五輪はやって良かった」と言うでしょうし、強行したIOCや日本政府はあまり批判されないないでしょう。政府やバッハ会長は「五輪開催と日本国内の感染者増加とは直接関係ない」と否定しますが、果たして、本当にそうなのかどうか? 「潮目」が変わった明日からは、再び厳しい目を向け始めるはずです。 五輪は終わりましたが、まだパラ五輪は続きます。コロナ禍は収束が見えないどころか、まだまだ爆発しそうな雰囲気です。いくらノーテンキな首相でも、これで「コロナ禍に打ち勝った証」とは、まだ口が腐っても言えないでしょう。
2021/08/08
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(301) カモメに見送られて 1990年代後半 ※港町・神戸で生まれ育った一徹氏にとっては、港や船は生涯お気に入りモチーフだった。第3回、第187回の作品(下の画像ご参照)でも同じような図柄で、少し違うヴァージョンを制作している。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/08
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(300) ピッコロシアター30周年のために(4点) 2008年 ※兵庫県尼崎市にある「ピッコロシアター」(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)は1978年に開館した、関西では有数の「舞台演劇」発信の拠点である。2008年、劇場関係者との個人的なつながりもあって、一徹氏はその30周年に際して、記念ポストカードのための切り絵を依頼された。そして出来上がったのがこの4枚。いずれも非常に丁寧で、繊細で、手の込んだ作品に仕上がっており、関係者からとても喜ばれたと伝わっている。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/07
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(299) 空しき大戦の記憶 1995年 ※きょうは原爆忌。悲惨な結果を招いた、先の無謀な大戦を思い起こす日である。という訳で本日は、ある意味、大平洋戦争での「無謀さ」を示す最大の象徴でもある戦艦大和の切り絵である。エッセイスト&作家・半藤一利氏(故人)の連載エッセイ「歴史探偵かんじん帳」(1994~95年、毎日新聞日曜版掲載)の挿絵として制作され、「戦時下の巻(4)」に添えられた。 ウイスキーを嗜みながら写真を見つめるのは半藤氏自身である。氏は綴る。「食うもの食わずに働きずくめに働いて、かかる大艦隊をつくり、すべて水底に送り込んだ近代日本の得体の知れぬ国家意思というものには、改めて仰天せざるを得ないでいる。(中略)貧しい日本人は全精魂を傾けて、このほとんど役立たなかった戦艦をつくり、失い、空しき栄光のみを遺産として将来に伝えることになった」と。 半藤氏も今や天上の人となった。76年後の今、我々は「過去」からどれだけ学んだのだろうか。人類はどれだけ進歩したのだろうか。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/06
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(298) Dylan Thomas at the White Horse Tavern 1993年 ※エッセイスト&作家・常盤新平さん(故人=1931~2013)のエッセイの挿絵として制作された作品。ディラン・トーマス(1914~1953)は、英ウェールズ出身の作家、詩人。この絵は、トーマスが愛したニューヨークの老舗パブ、「ホワイトホース・タバーン」とを組み合わせて描いた。 トーマスは米国でのプロモーション旅行中の1953年11月4日、ホワイトホース・タバーンでの過度の飲酒の後に倒れ、5日後、当地の病院で死去した。39歳の若さだった。ちなみに、歌手ボブ・ディラン(芸名)の「ディラン」はこのトーマスの名前にちなんで付けたのは有名な話。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/05
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(297) 「新大陸へ」のための習作 1992年頃 ペン画に手彩色 ※第58回で紹介した「新大陸へ」(下の画像ご参照)を制作する前に、習作としてつくった作品。58回の絵よりはかなり横長の構図である。彩色が未完のまま終わっている理由はよく分からない。彩色ペン画にも秀でて、とても味わいある作品を残した一徹氏。私個人としては、切り絵だけでなくペン画も終生手掛け続けてほしかったと思う(なお第58回の絵は、トリノまさる氏との共著「ペンとカラーインクで描く」(1993年、グラフィック社・刊)に作例として掲載されている)。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/04
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(296) 「サンデー毎日」のための挿絵(5) 1990年代前半 ※5日連続で、かつて週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。とりあえず、この「サン毎」シリーズはきょうでおしまい。一連の5枚は、繊細でシャープな切れ味が持ち味の一徹氏の作品にしては、いずれも肩の力抜けた、柔らかい、ユーモラスなタッチで仕上げられており、自分自身の表現の幅を広げることを目指した、実験的な意味合いもあったのかもしれない。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/03
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(295) 「サンデー毎日」のための挿絵(4) 1980年代後半 ※4日連続で、かつて週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。この托鉢僧の切り絵もどんな記事に添えられていたのかは不明です。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/02
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【長文ですが、ご容赦ください】一昨日の大阪府のコロナ対策幹部会議の様子が、大阪維新の会のHPで(You Tube上でも)公開されていましたので、視聴しました。会議が始まって50分過ぎくらいから、2人の副知事がそれぞれ、「病床使用率などにまだ余裕があると知事が発言した翌日の発令には、唐突感が否めない」「せっかく飲食店の協力を得て進めているゴールドステッカー認証はどうなるのか」などと、(政府の)緊急事態宣言適用や飲食店への一律の酒類規制ついての違和感を口にしていました。しかし、府の幹部らは「デルタ株による首都圏の異常な感染拡大は、必ずや関西圏にも遅れて波及するというデータを政府の分科会から示された。なので今回は、先手を打っての適用を受け入れた」「感染拡大防止には、やはり酒類の提供禁止は欠かせない。感染者数急増が懸念される中、今回はゴールド認証を受けた店も含めてお願いすることになる」という趣旨以上のことはあまり語りませんでした。最後に、吉村知事は「今回は飲食店主らの協力が大事。ゴールステッカー認証の審査をスピードアップする中で、現地調査の機会に直接丁寧に説明し、協力をお願いしてほしい。早い協力金支給にも努めてほしい」と幹部に指示するなど、それなりに認証店(や認証申請店)を気遣っている様子でしたが、そもそも、手間も金もかけた「ゴールドステッカー認証」制度は何のためにつくったのか、府の幹部は「ゴールド認証をどう位置付けているのか」がまったく見えない、物足りない議論でした。過去3度の緊急事態宣言下では、1回目と2回目では時短営業ながら酒類の提供は容認されました。その後3回目では酒類が禁止され、その後に「ゴールドステッカー認証」制度が出来ました。それは、感染症の流行時でも経済活動を止めないという行政の意思ではなかったのですか?「真面目に対策に取り組んでいる店、安心して飲食できる店の営業は支援していきたい」と知事は以前から言っていたはずなのに、やっていることは真逆です。オーセンティック・バーに「酒類を提供するな」というのは即ち「休業しろ」と言ってることと同じです。自分たちがつくった制度ですら活用しないことは、まったく理解に苦しみます。何度も書かせてもらいますが、お酒の中や飲食店内にコロナウイルスが潜んでいる訳ではありません。特定の屋内に誰かが持ち込んで、そこで拡散させることが問題なのです。それは飲食店以外だってあり得る話です。しかし、行政は相変わらず、お酒や飲食店を「悪者扱い」しています。問題にすべきは、お酒の提供の有無や営業時間帯ではなく、「飲み方(飲むスタイル)や距離・空間や騒ぎ方、滞在時間等」であるはずです。少なくとも大阪では、この1年以上、バーでクラスターが発生したという話も聞きません。飲食店への酒類提供禁止(バーにとっては事実上の”休業命令”)は、エビデンスもない非科学的なもので、理不尽というしかありません。私の店では、アクリル板やCO2センサー、サーキュレーターなど指示された感染対策は取ったうえで、「ドアは全開放」「入店は2人客まで」「在店時間は原則90分以内」「総在店客は6人まで」という自分の店なりの追加ルールも課すなど、出来る限りの対策は取ってきたつもりです。それでも心配なら、例えば「1人客に限る」「滞在は60分以内」「在店客数はキャパの50%まで」等々のさらに厳しい条件を課せばよいのに、コンビニの酒類販売は野放しにしておいて、そういう現実的な対案を検討した形跡もありません。知事や府の幹部、専門家会議の皆さんが、なぜか非科学的な規制を推奨し、現実的な提案をしてくれないのか、私にはまったく理解できません。ただ、悲しいと言うしかありません。バー業界では、「もはや行政の要請には従わない。協力金も要らない」という店も増えてきています。私はそういう仲間を責める気にはなれません。
2021/08/01
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成田一徹・バー切り絵作品集 『NARITA ITTETSU to the BAR』 完全改訂増補版 発刊記念! ITTETSU Gallery:もう一つの成田一徹(294) 「サンデー毎日」のための挿絵(3) 1990年代前半 ※一昨日、昨日に続いて、週刊「サンデー毎日」での記事に添えられた作品。どんな記事だったのかは不明。◆故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします(著作権侵害に対する刑罰は、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という結構重いものです)。※「ITTETSU GALLERY:もうひとつの成田一徹」過去分は、こちらへ★こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2021/08/01
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