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夢のなかでせっせと仕事をしていることがある。昨夜もそんな夢をみた。 原稿の締めきり日で(これは事実)、できあがったそれを郵送しようと考えていた(これも事実)。さて、どのように梱包しようかと思案しながら作業にとりかかった。送り状を書いて封入し、包装紙をひろげ、原稿を置いた。それから丁寧に、几帳面に、包んだ。すこし不安だったので、さらに別な包装紙でくるんだ。「よし、これであとは送るだけだ」 目覚めて、今日一日の予定を考えながら、まず梱包した原稿を送らなければならない、と思った。送り状の文面を記憶によって読み返した。・・・なんだか、感覚的に奇妙だ。原稿を丁寧に梱包した映像はよみがえってくるのだが、「そんな物つくったか?」と内心の声がする。・・・いや、梱包などしていないぞ。これからやらなければならないんだ。 「夢か!」・・・どうやら、起床してからの作業を夢のなかでシミュレーションしていたらしいのだ。目覚めてからも、細部にわたってその作業手順がなまなましく脳裡にあった。 私は寝ぼけるタチではない。どんなに熟睡していても、何か事があれば瞬時に覚醒する。だから今日の夢と目覚めの境における意識の混乱は、混乱というよりむしろ、夢がいわゆる夢のあいまいさをまったく具えていず、まさに現実的なシミュレーションだったのだろう。送り状の文面も、したがって、夢のとおりに現実に作成すればよかったのだ。 それにしても、近頃、私の夢はしだいに夢のあいまいさがなくなっている。なぜだろう?
Apr 30, 2007
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家族が園芸店に行くというので、私もいっしょに行くことにした。弟がリビングストーンデイジーと云うちょっと変わった花を母にプレゼントしたので、そのための鉢も買おうというわけであった。 店内を見て回っていると、あれもいい、これもいいとなるのは当然。すでに持っているマリーゴールドの色違い3種とペチュニアの白、ダイアンサスの白。それらを各々数株。あたらしい種類で、ブルーデージーとチョコレートコスモスを2色(ストロベリー・チョコレート、キャラメル・チョコレート)を買った。小粒赤玉土も14リットル購入。これは、198円。ずいぶん安かった。 帰宅後はそれらの植え付け。ついでにシャコバサボテンの土替え。 鉢のなかに見知らぬ芽がでていたのを、雑草と思いつつも、どんな草かとそのまま育てていた。今ではそれが莟をつけるほどになった。そこではじめて、雑草と思っていたのがシルバーリーフだと分った。その葉の茂みのあいだにグラジオラスが首をだしている。 そのシルバーリーフのかたわらにコスモスを寄せ植えにした。が、作業後に調べると、コスモスの根は深く張っていくと知った。鉢植えより地植えが適しているかもしれない。明日にでも再び植替えをしなければなるまい。 さて、先日掲載した新作の部分を拡大してみました。ごらんください。
Apr 29, 2007
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午後、自転車で外出していたところ、一天にわかに掻き曇り、雷鳴とともに叩き付けて雨が来た。私はたちまちずぶ濡れ。肌着をとおし、下着をとおし、まるで服を着たままスイミング・プールに飛び込んだようになった。鼻先から水がしたたり、さぞかし良い男ぶりだったことだろう。店先には雨宿りの人たち。 その人たちを横目に見やりながら、ふと思った。たまたま私は自転車走行中に雨に降られたのだけれど、店先にいたとしても、雨もようをはかりながら小降りになるのを待ちはしなかっただろう。せっかちなのかどうか、私は雨宿りなどしない性分だ。この性分は、もしかすると亡父から受け継いだ気質かもしれない、と。私の父親も、雨が降ろうと槍が降ろうと、不意の天変にとんちゃくする人ではなかった。 私は62のこの歳まで、父に似たところがあると思ったことは一度もない。誰かに似ているなんて真っ平。日本人はかなり頻繁に他人にむかって、「誰それに似ている」と無礼な口をきく。私はそれを認識発達の幼児的な段階と判断し、そんなことを口に出した人とはつきあわないことにしている。ことほどさようであるから、父親と似ていると考えるだけで、生理的に辟易する。 だから、雨宿りの人たちを見やりながらの不意の感慨に、いささかならず愕然としたのである。 ぐっしょり濡れて、ペタルも重く感じる。風も吹き、遅咲きのポッタリした八重桜の花弁が渦をまきながら散った。路傍に吹寄せられ、桃色の厚いちぎれ雲のようだった。掬って持ち帰ろうかと思った。父はそんなことを微塵も思いはすまい・・・ 雨の粒がしだいに大きくなっていた。
Apr 28, 2007
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思わず笑ってしまいました。スタジオに向う途中のこと。街の移り変わりを良く知っている人ならそこに洋菓子店があったのを覚えているはず。ところが、昨日まで気がつかなかったのですが、その店がなくなっていたわけです。そのかわり、あたらしいテナントが入っていました。何が入っていたと思います? なんと、「糖尿病クリニック」です。ケーキ屋さんの次ぎは糖尿病クリニック! 私はいつのまにかケーキ屋さんがなくなったことにビックリしたと同時に、吹き出してしまいました。「ウッソー!!」ってなもんです。「冗談だろー!!」 冗談であるはずがないのですが、ちょっとデキスギ。しばらく笑いつづけていました。 さて、新作の写真撮影がおわり、フィルムができあがった。画集出版まで非公開のつもりでしたが、本日ここでご覧ください。原画は大きな絵なので、細部はご覧になれないでしょうが。中央の目の部分はじつは鏡が二重に貼ってあります。観客の顔がそこに映ることになります。アダムは「あなた」です。 山田維史 《アダムの肖像》 油彩、箔、鏡 2007年4月
Apr 27, 2007
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昼前に家を出て、新橋の写真スタジオに向う。背中に疲労感があるので、途中でマッサージに寄り道。スタジオに着いたときは午後4時になっていた。さっそく撮影済みのポジ・フィルムを点検するも、どうも気にそぐわない。スタッフ4人にも見てもらい、再検討を要請。連休がせまっているので、時間の余裕がない。明日一日待つことにする。再検討部分を説明して、作業については電話連絡してもらうこととした。 帰路につく。 頭のなかに、次善の策をもとめて案がディスプレーされてゆく。ずらりと並んだところで、消去法で答をみつけてゆこうというわけだ。 街のいたるところが警察官だらけだ。なんだろう。じつに鬱陶しい。 その鬱陶しさにつけても、ここにきて国民生活が異常になっている感じが強くする。たとえば金融機関等では自分の金さえ、それが10万円以上の場合、IDカードを持っていないと移動ができない。物を買って、その代金の支払いを送金することさえ、すぐにはできない。自国に住みながら、まるで隷属者のような気分にさせられる。政治家は国民の金をちょろまかしたり、政治資金の支出証明をこばんだり、その提出を義務づけようとすれば「政治に支障をきたす」などと、きいたことを抜かす。法治国家としての支柱である憲法を守る精神、すなわち護憲について学校でおしえようとすると、「思想の自由」に反するなどと狂ったことを言う大馬鹿たち。憲法の意味さえ知らない者が、我が物顔で日本を牛耳ろうとする。首相も閣僚も、私よりも年下がふえてきた。いわゆる戦後教育の、旧文部省のアンシャン・レジーム(旧制度)回帰的な策謀が、ここに実ったとみるべきか。「戦後レジーム」からの脱却だと? クソッタレ! 今日の朝日新聞夕刊が、卜部侍従から委託された32年間の日記の一部を掲載している。昭和天皇の肉声を伝えて、息づまるような思いがする。その中で、「長生きするとろくなことがない」とおっしゃられたとか。あちらの証言こちらの証言が結びついて、愛国者面をした奴等がうやむやに揉み消そうとしていることが、もはや隠しようもない事実となって現われる。 まったくもって、長く生きれば生きるほど、この国の良からぬことがいたるところに見えてくる。 そんな気持がはれるものでもなかろうが、私は調布市の国領神社に「千年藤」を見るため立ち寄った。境内に一本の古い藤の木があり、千年の昔より生き続けているのだという。それが、今はたぶん花を盛と咲いているにちがいないと思ったのだ。 思惑は大当り。境内は藤の花でおおわれていた。一本の藤の木の花が、およそ200坪ほどもあろうか、一面に拡がっている。しっとり滲むような薄紫の花房が何百何千とたれさがっていた。 「あなたは長生きをされていますねー。千年生きてこられましたか。ことしの紫は、一段と濃いではございませんか。」 我宿にさける藤浪立かへり 過ぎがてにのみ人の見るらん 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね) 『古今和歌集』 ・・・〈私の家の庭に咲く藤がまるで波が立ち騒ぐように揺れて、人々は立ち去ることもできず眺めることでしょう。〉
Apr 26, 2007
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先日、思い立って我家の花や樹木の管理ファイルをつくりはじめた。今日はその途中経過の御報告。まず、種類を書き出してみました。まだ不十分で、ほかに2.3種の記入洩れもありそうです。管理についてはまったくの素人、どなたかアドヴァイスをお願いします。とりあえず以下の32種類です。【花】サニー・オステオ(ダークアマンダー、エリザベス) 原名:オステオスペルマム属 科名:キク科 性状:多年草(耐寒性) 適所:好日照、適温5℃~20℃。冬室内育成、早春から野外。 水やり:鉢の表面乾燥したら十分水をあたえる。過湿は根腐れする。 管理:咲き終わった花は枝分かれした上のところで摘み取ると、初夏まで次々と咲く。ダイアンサス(紫系) 学名:Daianthus 原産地:アジア・地中海沿岸 分類:1年草 開花:周年 管理:日当り、水はけの良い所で育成。月1回1000倍の液肥を与え、水は土の表面が乾いたら、たっぷり与える。花殻はこまめに摘み取る。マリー・ゴールド(赤系) 学名:Tagetes patula L. 英名:Frennch Marigold 和名:孔雀草 科名:キク科タゲテス属 原産地:メキシコ 分類:春まき多年草 開花期:7月~11月半ば 特徴:草勢強健 原産地:メキシコ 種蒔:2月末~6月半ば(発芽適温10℃~15℃。発芽までの日数4~7日。開花までの日数30~40日)。 植え変え:4月半ば~7月半ば。 植え付け:花壇へ25cmの株周。5~6号鉢へ1株。 管理:日当り、水はけの良い場所になら直播きも可。発芽後間引き。苗床に播種する場合は、発芽後本葉7~8枚の良い苗を30cm間隔で定植する。いずれも種がかくれる程度覆土し、発芽するまで毎日潅水する。肥料は適時液肥をあたえる。マツバボタン(大輪サンダイヤル) 学名:Portulaca grandiflora Hook 英名:Rose-moss 和名:まつばぼたん 科名:すべりひゆ科 原産地:ブラジル 分類:1年草(花が終わるとがい果ができ、熟すと上半分が蓋のようにとれて多数の種がこぼれる。) 開花期:6月~10月 原産地:南米 種蒔:3月~5月(発芽適温15℃~25℃。発芽までの日数7~12日。開花までの日数70~80日)。 植え変え:4月半ば~6月半ば。 植え付け:鉢植え、コンテナ 管理:日当りの良い場所に直播きし、発芽後間引き。苗床に播種する場合は、発芽後本葉4~5枚の良い苗を10cm間隔で定植する。いずれも種がかくれる程度覆土し、発芽するまで毎日潅水する。はなかんざし 学名:Rhodanthe chlorocephala ssp.rosea 科名:キク科 分類:多年草(耐寒性) 開花期:4月~7月 特徴:開花後はドライフラワー状態になる。 原産地:オーストラリア 植え付け:鉢植え、コンテナ 管理:日当り、水はけの良い場所。植え付け後は十分に水をあたえる。乾燥を好む。寒さに強い(-5℃位まで)が、夏の高温多湿に弱い。夏の水やり過ぎに注意。雨を避けたほうがよい。かんざしひめ 科名:キク科ヘリクリサム属 分類:多年草(耐寒性) 特徴:開花後はドライフラワー状態になる。 原産地:オーストラリア 管理:日当り、水はけの良い、風通しのよい涼しい場所。寒さには強いが、霜に注意。水やりは控えめにする。マツバギク 学名:Mesembryanthemum spectabile Haw. 科名:ツルナ科 分類:常緑多年草 開花期:4月~7月 原産地:南アフリカ 植え付け:鉢植え、地植え。 管理:日当り、水はけの良い場所。植え付け後は十分に水をあたえる。寒さに弱い。 ペチュニアパンジービオラクロッカス桜草芝桜いちごどくだみ(別名;十薬) 学名:Houttuynia cordata Thumb. 科名:ドクダミ科 分類:多年草 原産地:日本本州以南、台湾、中国、ヒマラヤ、東南アジア。 開花期:6~7月 特徴:夏緑性。地下茎や葉は民間薬として用いられている。 生育条件:半日陰および日陰。湿り気味の土壌。耐寒性。耐暑性は普通。 植え付け:3月。 管理:肥料を与え過ぎない。過湿は姿形が乱れる原因。3月に株分けで増やす。ユリラベンダーシクラメンシンビジュームシャコバサボテン 学名:ジゴカクタス・トルンカーツス・アルテンスティーニ 科名:サボテン科 花屋和名:シャコバサボテン 原産地:リオデジャネイロ 分類:森林サボテン、非耐寒性常緑多年草 管理:夏期は明るい日陰に置き、秋から春までは日によく当てる。冬は3~5℃あればよいが、凍傷を起すので屋内で育成。水やりは、常に湿り気味のほうが良いが、水が多いと腐りやすいので過湿には注意。 培養土:ミズゴケの単植か、ミズゴケにピートモスをまぜたものに植える。排水をよくするためにガラを多くいれる。 病虫害:特にない。 肥料:アブラカスの置き肥や、ハイポネックスを液肥で、秋まで月1~2回与える。 植え変え:2年以上の株は植え込み材料が腐るので、花の終わった4~5月ころに植え変える。繁殖は5~9月に、茎状の葉を2~3枚つけ、切口をミズゴケで包み、2~3号鉢に植、日陰に置く。【樹木】椿 学名:Camellia japonica L. 科名:ツバキ科 分類:常緑高木 開花期:冬期 植え付け:地植え。 管理: 蘊蓄:「椿」という文字は、春の盛に咲くところから日本で作った国字。中国の椿(チン)とは異なる。茶 学名:Thea sinensis L. 科名:ツバキ科 分類:常緑低木 開花期:秋期 植え付け:地植え。 管理: 蘊蓄:中国名も「茶」もしくは「茗」。和名「チャ」は漢名の音読み。東京「お茶の水」は茶に適する良水が湧いていたことと谷状の地形から、漢文的に「茗渓」と称した。紫式部(みむらさき) 学名:Callicarpa japonica Thunb. 科名:クマツヅラ科 分類:落葉低木 開花期:6月~7月 植え付け:地植え。 管理:うつぎ 学名:Deutzia crenata Sieb.etZucc. 科名:ユキノシタ科 分類:落葉低木 開花期:5月~6月(円錐花序の白い花) 植え付け:地植え。 管理: 木瓜(ぼけ;もけ) 学名:Chaenomeles lagenaria Koidzumi 科名:バラ科 分類:鑑賞用落葉性低木 原産地:中国 開花期:3月(紅色花) 植え付け:鉢植え、地植え。 管理:白桃(はなもも) 学名:Prunus Persica Batsch.forma 科名:バラ科 分類:落葉性小型高木 開花期:4月(八重咲きの白い花) 植え付け:地植え。 管理:とうぐみ(唐茱萸) 学名:Elaeagnus multiflora Thunb.var.hortensis Servettaz 科名:グミ科 分類:落葉性小型高木 開花期:4~5月(長い花枝の淡黄白色の花) 植え付け:地植え。 管理: 富貴草(吉祥草) 学名:Pachysandra terminalis Sieb. et Zucc 科名:ツゲ科 分類:常緑の草木状の低木 開花期:春~夏 植え付け:地植え。 管理:柿 学名:Diospyros Kaki Thunb. 科名:カキノキ科 分類:落葉高木 開花期:5月 植え付け:地植え。 管理:蔓薔薇(はごろも)ノコギリヤシ黄斑柾(まさき) 学名:Euonymus japonica Thunb. 科名:ニシキギ科 分類:鑑賞用常緑低木(学名は海岸性の大型葉のものを基本型とする) 開花期:6月~7月 植え付け:地植え。 管理:胡桃(おにぐるみ) 学名:Juglans mandshurica Maxim. var. Sieboldiana Makino 科名:クルミ科 分類:落葉高木 開花期:5月 植え付け:地植え。 管理:
Apr 25, 2007
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きょうは作品撮影のため午前11時に出発、新橋のスタジオへ。 車はスムーズに流れていたが、往復の間、路上脇で警察官立会の取り調べを5件も見かけた。事故とも思えなかったが、いったい何だったのか。 撮影は、・・・画面の性格から困難と予測できるところは予め細工をしておいたが、・・・私の希望を説明し、明日1日の余裕を取ってカメラマンに一任することにした。 帰路は寄り道もせずにまっすぐ帰宅。午後3時半。今朝方まで仕事をし、4時間ほどの睡眠だったので、いささか眠い。この後の仕事を中止して休むことにする。
Apr 24, 2007
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ただいま23日の22時55分。国際ニュース速報によると、ロシアのヴォリス・エリツィン元大統領が亡くなったそうだ。死因は急性心不全(第一報より10分後の報道)。享年76歳。ソヴィエト連邦を解体し、ロシア連邦初代大統領となった。 さて、明日、作品撮影のためスタジオに搬入することにする。梱包用のガムテープがきれていたので、購入のため外出した。家人からついでの買い物をたのまれて、あれやこれやを買込んで、その後、古書店に立ち寄って、3册購入。税込み315円也。★ 木下恵介『戦場の固き約束』(1987年;主婦の友社刊) 未発表の大作シナリオ2編「戦場の固き約束」(1963年)および「女たちの戦場」(1981年)、そして自伝エッセイを収録。製作されなかった2編の映画は、著者自身の全映画48作品中「最も強烈に私の思いをぶつけた力作と自負している」と言う。さらにこれらのシナリオは、1952年にパリでたまたま会った三島由紀夫が著者に語ったことばを思いだしながら、それに対して木下氏の姿勢を明らかにするかのように執筆されたらしい。私がはじめて知った事実である。三島由紀夫の自死をめぐって、政治的に解釈しようとする見方があるが、木下氏は暗にそれを全面否定していると読める。それは私自身の見方とまったく一致するものだ。 パリでの若き両人の会話というのは次のようだ(「」内が同書による)。 木下恵介 「三島さんのような頭のいい人が、もっと国の政治に対して発言してくれたらいいと思うんだけど。どうして我関せずみたいな顔をして一言も発言しないんですか。小説家だって日本の運命の中で生きてるんでしょう。だったら、こうなって欲しいという願いはあるはずじゃあないですか?」 三島由紀夫 「小説家ってね、そんなことはどうでもいいんだ。日本の国がどうなろうと、小説家が書くこととは別のことだからね、僕が書きたいことはさ」 木下氏は、この会話から18年後の三島の自死にあたって、三島が「クーデターを呼びかけてまであんなことをした」のは戦時中に大本営陸軍作戦課長であった服部卓四郎が書いた本土決戦基本思想、「本土の特性は、皇国守護の忠誠と不敗の大和魂に凝り固まった一億の国民が、軍に協力し軍と共に戦う外、地の利は絶対的である。・・・本土のこの特質に勝利の基礎を認めて、先ず速かにこの本土の特質を発揮し得べき必勝の戦略態勢を確立し、皇土の万物万象を戦力化する。敵軍の来攻にあたっては、一億特攻の攻撃精神を発揮してこれを激減し、敵軍の一兵といえども生還せしめない覚悟を以て、勝利か然らずんば死かの一念に徹し、刺し違えの戦法を以って戦う。」・・・この笑うべき思想に一脈通じるものがあると看做し、そのうえでおだやかな表現ながら、「日本の国がどうなろうと」という考えにも通じるだろうと喝破している。 三島の小説一般についての考えは、あながち間違いとは言えまい。だが小説家の自己愛的な幻想と切腹願望を、現実社会の国家機関をまきこんで演劇化したことについては、その傲慢さを指弾し、他方でマゾヒスティック・エロティシズムの方面における人間研究の標本とすべきであろう。政治的意味合いなど一切ないというのが私の見方であり、本書の前書きはプライベートな会話の記録だけに意外に重要なその証拠資料といえるかもしれない。★ 大木吉甫『フランス美食物語』(2000年;[株]調理栄養教育公社刊) 「まえがき」冒頭に「この本は、フランスの料理文化がどのような歴史的な経過をたどって今日の絢爛たる姿になったかを、それぞれの時点で人物、レストラン、カフェ、食材などに焦点を合わせて興味ある逸話を交えて書いたものです」とある。さらりと気軽に読めるけれども、その蘊蓄はすでに衆知のそこらへんから掻き集めたものではない。著者は東京学芸大学名誉教授。『フランス料理のフランス語』などの著・訳書が多数あり、全日本司厨士協会アカデミー・金メダル紫章を受章している。★ 佐江衆一『江戸職人綺譚』(1995年;新潮社刊) 私が好んで読む、職人綺譚。錠前師、凧師、葛籠(つづら)師、人形師、大工、化粧(けわい)師、桶師、刺青(ほりもの)師、引札(ひきふだ)師・・・9編を収める時代小説集である。この小説集は後に中山義秀文学賞を受賞している。 佐江氏は本書刊行後もひきつづき江戸職人綺譚を執筆し、2000年に第2集にあたる『自鳴琴からくり人形師:江戸職人綺譚』(2000年;新潮社刊)を出している。包丁人、道具鍛冶、からくり師、団扇師、銀(しろがね)師、花火師、鼈甲師、根付師の8編を収録。私はこちらのほうをすでに所持し、おもしろく読みおえていた。両書を飾る高橋勲氏の挿画が良い。
Apr 23, 2007
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あたらしい50号の作品製作にとりかかった。 下絵をキャンバスに直接描いているが、まだ全部できあがってはいない。またまた技術的にやっかいなことをやろうとしている。そのシミュレーションを頭のなかで組立ながらの下絵つくりである。 できあがりのイメージがもやのように現われたり消えたりしている。そのとき、きらきら輝くような一瞬がある。そこを目指せ、というミューズ女神の指示だ。きょうから始まる長い根気のいる道程を踏めば、その輝きを自作のものとすることができる。 子供っぽい「喝」の入れ方だとは知りつつ、その思いが自分を奮い立たせる。絵とは、実際、思想の物質化である。物として成立することが肝心なのだ。現代美術的なさまざまな意味付けは出てくるだろうし、絵の物質性を否定しようとドンキホーテのように立ち向かうのも、あながち意味のないことではない。だが、私にとっては、まず鉱物の物質的美を実現することが、内的な要求としてあるのだ。私の観念や思想は、そのような鉱物の物性の構造美に還元されなければならない。ミューズは私にそれをお望みなのだ。
Apr 22, 2007
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まだ私が眠っているうちに家人達は「出かけます」と声を残し、鍵をかけて外出してしまった。家のなかは私と猫たちだけ。それをいいことにまたグッスリ寝込んで、起床予定を2時間もオーヴァーしてしまった。 ひとりでブランチをとってから、仕事場にはいった。乾燥させるために壁に掛けてある完成作をおろし、画面の一隅に小さい人体をもう一体描きこんだ。これで全部で21体になった。数が問題なのではなく、構図上のほんのちょっとした気掛りの修整のためである。できあがってからまる1日おいてあったわけだが、その間に、ときどきじっくり見つめたり、ちらりと見てまた目をそらしたりしていた。そのうちに画面のなかに描いてはいない人物像が浮んで来た。私は、しかし、まだ修整する気持はなく、そのまま放置した。 けれども、今日、仕事場に入ったとたんにためらうことなくその人物像を描き込んだ。 それを終わってまもなく、家人達が帰宅した。母が花の鉢を三つ買って来て、外に置いてあるという。私は空いた鉢に寄せ植えにした。ずいぶん花の種類が増えた。18種類ある。 それぞれ管理が微妙にことなる。ずぼらな私はやがて管理ができなくなってしまうかもしれない。 で、・・・コンピューターを起動し、それぞれの花の管理ファイルをつくった。肥料や水の与えかたや、耐寒性、好日照性、嫌湿性等々。また、摘芯や花殻摘みの要・不要について。芽だしの仕方について等。こうして記録しておけば、忘れても大丈夫だろう。 母が、「仏壇に飾るための、何か丈が2,30cmほどの花が、いつも花壇にあるといいのだけれど」と言う。先日は白桃の枝を切っていた。一昨年、父が亡くなったのは3月の半ば過ぎ。亡くなる直前に、母は病床の父に「もう少しでお庭の花が咲き始めますね」と言い、父は「ああ、そうだね」と応えていたのだった。病床から薔薇が見えていたのである。 さて、何の花を植えたらよいだろう。マーガレットにしようか。コスモス、か。ガーベラのような華やかさもいいな。
Apr 21, 2007
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久しぶりの日射しに、朝方に就寝したのを8時に一度起きて雑事をかたづけるついでに、屋内に入れてあった12の花の鉢を庭に出した。 そのひとつの隅っこに、ちいさな桜草が植えてある。「おやっ、いつのまに?」と私は思った。隣家から頂戴した桜草から種が飛んで、玄関から裏へつづくいわゆるセットバックの部分に芽を出し、10cmほどの丈に成長して小さな花を咲かせていた。その桜草をどうやら家人が鉢に移植したらしい。せっかく花を咲かせたのに降りつづく雨と寒さのなかに放っておけなかったのだろう。 作品が完成したので、わりにのんびり過した一日。朝掘り筍を買って来て、夕食は、わがや恒例のごとき初物の筍御飯にした。とてもおいしい香りたかい筍御飯ができた。 ほかに、筍と身欠鰊との炊きあわせ。これは北海道出身の両親から伝来の料理である。身欠鰊はソフト身欠ではなく、乾燥堅身欠がよい。料理にとりかかる数時間前に、米のとぎ汁につけて柔らかくしておく。一匹を5つくらいに切り分け、臭みをとるため一度酒を注いで3,4分茹で、湯をきってから水洗いする。それを筍とともに、出し汁と適宜の醤油でことこと煮付けるのである。野趣にとんだ焼物の器に盛りつけ、木の芽をそえる。我家のきょうの器は黄瀬戸の向付だった。 献立は以上のほかに濃い味の木綿豆腐の冷や奴と、胡瓜と茄子の浅漬け、シジミの味噌汁。デザートは苺(とちおとめ)。 夕食後、テレビを見ていたのだが、何を見ていたかわからないまま、いつのまにかうたた寝していた。猫のサチが耳許で「ニャーニャー」鳴いて何事かをうったえている。それに応じてやることもなく、「うるさいよ」と言ったまま、眠った。しばらくして仕事場にひきあげると、サチは先回りして机のうえに跳びのり、さかんに鳴いてうったえる。私は自分でも気がつかないまま神経が疲れているのかもしれない。サチの要求に応える気力がない。椅子に腰をおろすと、またそのまま眠ってしまったのである。ガクリと頭が落ちて、椅子からころがり落ちそうになって、ようやく目がさめたのだった。
Apr 20, 2007
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ようやく50号(116.7cm×91.0cm)の新作が完成した。午前3時28分、最後の筆を置く。そしてキッチンに行き、ドリップでコーヒーをいれた。コーヒーを飲みながら、横目に作品をながめ、このブログのキー・ボードを叩いている。 難産というのとも違うが、とにかく長い期間を要した。一応完成したのが2002年の11月。そのままどこにも発表することなく、4年3ヵ月が過ぎ、先日突然のようにひらめいた考えのもとに描き直しを始めた。直している最中にも新しいアイデアが生まれ、それも躊躇うことなく取り入れて加筆した。絵はガラガラと変わってしまった。 このたびのようなことは、私の35年ほどになる画歴のなかでとても珍しいことと言ってよい。これ以前には、昨年発表した『アダムとイヴの婚姻』が2001年に起筆して03年に一応完成した。しかし再び(いや実は三たび目である)描き直したのが06年、昨年のことだった。どこを直したかは申しあげないが、どうしても納得できずに大幅に描き直した。が、その作品以外には、製作がグズグズと長期にわたることもなかったし、描き直しの記憶もない。 どうして近年そのような事態が起っているかというと、この10年ほどの作品は、1作ごとにそれまでやったことがない考えを実現しようとしているからで、作品全体とは言わないまでもどこかにかつての経験知では処理できないことが出てくるのだ。あえてそのような事態が起る絵作りを考えているのである。 それは単に技術的な新奇さではなく、主題も技術開発も一緒になった、・・・互の意味が浸透し融合して私の思想そのものの物質化、ということを考えてのことだ。 とはいえ、私は自分がやろうとしていることを、はっきり分っているわけではない。半分わかって、半分はまったくわかっていないだろう。ただそういう方法でしか、人生を絵を描くことに費やしている意味が、それこそ分らなくなってしまいそうなのだ。そうなったら、私はいったい何と言って死ねばいいのだろう。 明日からまた新しい作品に取りかかることになる。
Apr 19, 2007
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冷たい雨が降りつづき、きょうはまるで冬に逆戻りしたような寒い日だった。この雨は木曜日いっぱいつづき、週末には天候が回復するそうだ。雨の中、町内会の仕事でちょこちょこと出歩いていた。庭の薔薇の莟がふくらんできたが、ここ数日、花の鉢はみな屋内にとりこんである。玄関前の敷石に、椿の花が散り敷いている。隣家の椿が風雨にさらされて我家に舞い込んだのだった。 さて、描きつづけている作品は、完成が近づき、もうそこに見えているのだけれど、まだ擱筆していない。たぶん明日には出来上るだろう。もう少しだ。 ゴール・ラインが見えてきたので、むしろ気持を押さえて、丁寧に筆を運んでいる。明日完成すれば、来週には撮影のためスタジオに運ぶことができる。 撮影は、しかし、困難をきわめるかもしれない。例の加工をほどこした部分のためだ。印刷原稿となるフィルムなので、印刷の仕上がりを最優先にしなければならない。そのため、加工部分には、原画における効果を削減することになるけれども、なんらかの細工をして撮影を容易にしなければならないだろう。 作者としてはジレンマである。だが、それはこのアイデアを思いついたときから、明確に分っていたこと。とりあえず画集の印刷効果を優先することにする。原画はいずれ公開する機会があれば、そのときに、「ああ、こういうことだったのか」と見てもらえばいい。 私はイラストレーション原稿も油彩で描いて来たけれど、その場合は、常に印刷効果を念頭に、そのため撮影が容易な画面つくりをしてきた。しかしその反動であろうか、いや、印刷という仕組みを熟知したせいであろうが、1990年以降、イラストレーション以外は、むしろ印刷再現が不可能にちかいような作品を意識して制作して来た。原画のオリジナル性を追究してきたわけだ。ということは、何を描いているかということではなく(もちろんそれも重要ではあるが)、原画だけがもつ目の楽しみを追究してきたということだ。 現在製作中の作品は、そこからさらに、観客にも参加してもらおうというものである。観客の参加があって初めて主題が完成する、もしくは完成したと提出した作品が未完成であることに気がつく、・・・それが今回の私の意図である。 もう少し、もう少しで終わる。
Apr 18, 2007
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17日午後8時前、長崎市長・伊藤一長(いっちょう:かずなが)氏が、広域暴力団幹部の男に背後から銃撃された。伊藤市長は来る22日に投票がおこなわれる市長選挙に4期目となる立候補をしていた。銃撃は、遊説先から選挙事務所に戻った直後のことだという。 市長は病院に運ばれたものの心肺停止状態だったようで、さきほど午前2時28分に大量出血のために亡くなられた。 逮捕された男は、「殺すつもりだった」と自供しているそうだが、動機については今後の警察の捜査をまたなければならない。 動機が何にしろ、現役の市長をリボルバー拳銃で襲撃する異常さを、なんと言ったらよいのか。さらでだに、1990年には当時の本島長崎市長も銃撃されている。同じ市で、2度も市長が銃撃されるているのだ。 偶然かどうか、お二人とも強く平和を訴え、核廃絶を訴えてきた。このお二人のように、口先だけでない、しかも裏のない平和論を唱える政治家は、私個人の目からは実のところ珍しいのだった。伊藤市長のように、国連で核廃絶の演説をする真の勇気を、私は心から讃えていた。 時しも、国会議員の多くが、軽薄なハネッカエリのような思想を振りかざして、あるいは取り返しがつかないかもしれないところに国民を先導しようとしている。失敗したからといって、尻をからげて逃げるわけにはゆかないことを、拙速にすすめようとしている。まるで己個人の手柄争いのような、バカゲタ政治姿勢がありありと見える。 そんな危険な時代だからこそ、ここに居てほしい、主張してほしいという人がいるものだ。伊藤長崎市長もそのお一人だと、私は考えていた。 このたびの銃撃殺人が、政治的なものであるかどうかは不明ながら、いずれにしろ真に必要な人材が無惨にも失われてしまったことに変わりはない。 長崎市長・伊藤一長氏の死を衷心より悼む。
Apr 17, 2007
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大きな仕事が重なると二進も三進も行かなくなるので、今やるべきことをとにかくせっせとやっている。幸いというべきか、今週は雨が降りつづくようなので緊急でない外出の約束をキャンセルし、仕事場に閉じこもることにした。 製作は昨日の続き。ちいさな人物像の描写に入った。何体か描いて、近目でも遠目でもきっちり存在感を表現できているので、なかなかうまく行っていると自画自賛。この人物像20体を描ききれば、作品は完成である。 午前5時15分。そろそろ就寝しよう。若い頃は、頭が疲れていても神経が興奮しているせいか、床に就いてもなかなか眠れなかったものだ。しかし近頃は、たいていバタンキュー。8時に一度起きて、1時間ほど雑事を片付ける。それから再び正午まで眠る。それが私のパターンである。午前中の電話は遠慮願っている。
Apr 16, 2007
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長年の知友、観世流能楽師・梅若猶彦氏としばらくぶりに電話で長い話をした。来る11月に予定されている国立能楽堂における新作能上演プロジェクトへの参加要請である。 梅若氏とは芸術的に共鳴するところがあり、過去に何度も宣伝美術を担当させていただいた。文化を東西に分離して考えたり、古今にわけて安閑としていることに、私たちは共に異をとなえてきた。そして、そのような姿勢を理屈だけですませるよりは、むしろ舞台成果そのもの、作品の出来そのもので示そうとしてきた。 一方で、対談の場面においては、できるだけ細分化した言語によって検証しようと努めてきた。それは無論、暗黙の諒解ではあったけれど。 ここ10年ばかりは、お互いに人生の転機にあたっていたのであろう、疎遠になっていた。そして今日の電話だった。梅若氏のこのたびの企画は、一層先鋭的で、また熟考されているようであった。山また山の困難が待ち受けていることは明白だったが、それだけに私の心を動かした。氏は25年来の私の語ってきた言葉を、こちらが驚いて絶句してしまうほど詳細に記憶してくださっており、まだその言葉が実際に役にたつのだと言わんばかりに、私の情熱を掻き立てた。 「怖いのですよ、お互いの力を渾身をふりしぼってぶっつけあうのですからね」と私は言った。いま再び梅若氏とチームを組んで、私は互角に勝負できるのだろうか。 「引き受けて一緒に取り組んでくださるなら、さっそくお名前を掲げさせていただきます」 じつは新作能上演をめぐって、同時進行しなければならない二つのプロジェクトが企画されている。きょうの話の骨子はその点にあったのだが、いずれも大きな組織が動くことになる。それをどのように立体的にプログラミングするかが最大の問題である。 「さまざまな仕事の過程のタイム・テーブルを想定し、ざっといま逆算してみても、時間にそれほど余裕がありませんね」 「そうなんです。ですから今週中にも御会いして、もう少し詰めた話をしたいのです」 「わかりました。お引き受けいたします。スケジュールをおつくりになってください」 と言うわけで、今日のところは内定であるが、梅若猶彦氏の新作能上演プロジェクトに参加することになった。正式決定したなら、その制作過程もこのブログで書いておしらせしようと思う。
Apr 16, 2007
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ただいま16日の午前4時5分、昨夜9時から開始した執筆が一段落した。就寝前にこのブログを書いている。きのう浮んでスケッチを試みたアイデアを、実際に作品にとりこむ作業をしていた。以前の画面の凹凸を削り、ヤスリをかけた後、下塗りをした。じつは7cmのサイズのさまざまなポーズの人物全身裸体像を20人描きこむことにしたのである。7時間かかってその人物像の下絵をつくり、下塗りを終えた。これで、明日から肉付けした描写にとりかかることができる。このような小さな裸体像を描くというのは、デッサンの力量が隠しようもなく試される。描き込みすぎてもいけないし、逆に省筆しすぎてもいけない。毛筋1本の狂いが作品の質を左右しかねないのだ。それを20人も描こうというわけだ。 下塗りが終わって、なんだかうまくいきそうだ。画面に愉快がでてきたし、私の心にも愉快がきざしている。要するにいままでにない、ヘンな作品である。そのヘンなところに、自分の「美」をみつけることができたのが愉快なのである。
Apr 15, 2007
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さて、よわったぞ。絵具の乾燥を待ちながら眺めているうちに、またぞろ加筆したくなってきたのだ。「どうしよう」と自問しながら、手のほうがいち早くスケッチをとりはじめていた。 この作品は失敗に向っているのだろうか? 私は執筆を始める前に、構図を割にきっちり確定していて、描きながら流動するほうではない。途中での変更は、画肌にとっても好ましいものではない。古い絵具を削り落したり磨いたりしなければならず、それだけ仕上がりの平滑さがそこなわれかねない。ここ10年の私の筆法は、かつての筆触を残さない方法から、荒々しい筆跡をあえて画面に刻み付ける方法に変わってきている。しかし対象描写にはまだ細密画法の痕跡がある。そのアンバランスをおもしろがっているわけだ。そうではあるけれども、やはり何度も途中変更を繰り返すのは好ましいことではない。 しかし、どういうものか、私の気持はいまひどく動いている。未来にむかって走っている。きょう突然浮かんで来たアイデアも、画面に諧謔性と動きをあたえるであろうことだった。私の作品の本質には昔から冗談がひそんでいる。このことはあまり人に気付かれてはいない。まじめに冗談をやっているので、気が付かれないのかも知れない。それはそれでよい。が、きょうのアイデアは、諧謔性がかなり明白にあらわれるだろう。それがほしくなった。そして、主題がより多層的になるだろう。 たぶん、できあがったスケッチに基づいて、今夜にも加筆を開始するだろう。画集の締切りの連絡があったので、その点からは危ない橋を渡ろうとしている。それがどうしたって言うんだ。
Apr 15, 2007
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山田維史 《わが傷の痛み》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月14日
Apr 14, 2007
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昨夜の材料加工が非常にうまくいった。何度か試行錯誤を覚悟していたのだが、たった一度で設計図どおりにできあがった。 このブログを読んでくださっているお客様には、私がいったい何をやっているのか皆目お分かりにならないだろう。申しあげたいのは山々だけれど、この作品は夏に刊行が予定されている画集で初公開するので、それまでは実体は「謎」ということで勘弁していただく。 材料加工がうまくいったので、さっそく画面に融合させるべく取りかかった。第一段回はこれも上々。しかし、この後は絵具を厚塗りしてゆくので、仕上げはむしろ慎重に、ゆっくりゆっくり進めなければならない。完成が目前に迫ってくると、どうしても気が逸って、作業を急ぎ過ぎる。しかし厚塗りの場合、絵具の層の内側は乾燥していずドロドロの状態だ。したがってある程度乾燥を待たなければ、次の層にとりかかるときに媒介油が下の層を溶解してしまうおそれがある。そんなことになっては、すべてが水の泡。いや、油の泡だ。 今日やるべきことを先ほど終了した。時間はたっぷり余っていてもっと仕事をしたいけれど、ここは我慢々々。こうやってブログを書いている。午前零時05分からNHK・BS2で、杉村春子さんの畢生の名舞台『女の一生』の録画を放映するので、それを見ることにしよう。
Apr 13, 2007
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しばらく仕事場に籠りきりだったので、買い物をするために運動をかねて自転車で遠出をした。製作中の50号(116.7cm×91.0cm)の油彩画に使用するある材料を探すためである。通常の画材ではないので、それをキャンバスに油絵の具と共に使用する方法を、頭のなかで工夫しながら・・・。 同じような効果が実現されそうな材料が数種類ある。しかしそれぞれに加工方法がことなり、私がその技術をうまくこなせるかどうかも心配だ。が、いずれの材料を使うにしろ、このアイデアを捨てるつもりはない。また、それを実行するために、ほとんど完成していた作品の半分を描き直した。この作品の製作を開始したのは、じつは2002年のことで、その年のうちに一旦は完成したのだった。絵具の完全乾燥を待ちながら、仕事場に立てかけたままずっと眺めていたのだけれど、「完成したのだろうか?」と自問する内心の声がある。何か気持にストンと落着するものがない。何かが欠けている。でも、それが何かが分らなかった。 以来、4年3ヵ月が経過した。立て掛けた作品の上につぎつぎに別の新作が積み重なっていった。そして、先日、突然ひらめいたのだ。新しいアイデア。主題を一層明確にし、そのうえで新たに問を発するであろうアイデアである。 4年3ヵ月のうちに、私の方向性は微妙に変化していたので、その流れからは少し後戻りすることになる。私の作品の時間的発展を見てくださっている方々には、「何をやっているんだ」と言われそうだ。が、私はここでどうしても解決しておかなければならない。とはいえ、その完成は、私にとってのひとつの未完成となるであろうことは間違いない。けれどもそこで出て来た問題は、次の作品の主題となるであろう。 午後2時半に家を出て、帰ってきたのは6時。買い物は、数種類の材料は結局すべて求め、その加工用の道具もすべて求めた。長時間のサイクリングにもかかわらず、頭のなかは絵のことでいっぱいで、風景を見ている余裕もなかった。 さて、まもなく23時になる。これから買ってきた材料の加工にとりかかる。
Apr 12, 2007
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山田維史 《怒-ヴィヴィッド(ダヴィッド)》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月11日
Apr 11, 2007
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新作の部分描き直しをしているが、どうやらもう1週間ほどで完成しそうだ。今月いっぱいかかるかと予想していたので、順調に進んでいることになる。ただ、まだひとつの山が待ち構えている。新しいことをやろうとしているので、すんなり行くかどうか予想がつかないのだ。しかしその山が気力をかきたてる源泉にもなっている。
Apr 10, 2007
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いやぁ驚きました。午後6時半ころ、東京西部にとつぜん雹(ひょう)が降った。 バシバシと激しく窓ガラスを叩く音。あわてて庭に飛び出し、花の鉢を屋内に取り込んだ。大小合わせて16鉢。地植の蘭にはビニール・シートをかぶせた。敷石が氷の粒でおおわれてゆく。15分くらいつづいただろうか。やがて大粒の雨に変わった。使っていない鉢のなかが暗がりに靄のようにボーッと白くなっている。直径5,6ミリの氷の粒が堆積していた。 このところしょっちゅう鉢を取り込んでいる。4月に入って天候不順の日がつづき、鉢を屋内に運ぶこと2度3度。昨日、園芸用の土を買い、空いている鉢が5つ6つあるので、夏秋用の苗をついでに買おうとしたが、まずはイメージを組み立ててからと思って止めにした。止めてよかった。まさか4月に雹が降るとは想像しなかったけれど、新しく仕立てていたなら、20を越す鉢を運び込まなければならなかっただろう。 夏の休暇などで数日留守にするとき、隣近所同士で庭木や花の鉢の潅水をたのんでいる。しかし、きょうの雹騒ぎ、気がつくと、あわてて取り込んでいたのは我家だけであった。さて、お隣さんの沢山の草花は大丈夫だろうか。すばらしいエンジェル・トランペットは如何か。他人の花ながら気になっている。
Apr 9, 2007
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山田維史 《オレンジ色の影》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月8日
Apr 8, 2007
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都知事選の投票へ行っての帰り、園芸店にまわり25リットルの土を買った。中型の鉢が一つと、小型の鉢がいくつか空いているので、夏から秋にむけての花を寄せ植えにしようと思っている。ことしは一度に種々の花を育てている。摘芯したり、花殻を摘んだり、10日に一度くらいの割で液肥をやったり、樹木とちがって一層手がかかるが、色とりどりの花をみる楽しみはふえた。 住宅街の花々も、次第に彩りを変えている。我家の木瓜(ボケ)の花も散り始め、桜はすでに葉桜となった。薄紫の鉄線(クレマチス)の大輪の花がここそこの庭に覗く。ツツジが咲き始めている。野原はタンポポが満開、スミレも目立つ。 先日、梅の古木がいつのまにか切り倒されたことを書いた。じつは、そのそばに紫の木蓮もあった。そしてその木蓮も、どうやら梅よりも早い時期に切り倒されたらしい。ところが、いまそこに面白い光景が現出している。切り倒された木蓮の根株からひこばえした枝が10本ばかり、真直ぐに1メートルほど伸び、その先端にみごとな花をつけているのだ。想像していただきたい、するすると伸びた細い棹の先に紫のあの大輪の花がひとつのっかている。それが10本ほど、みな同じ高さだ。切り倒した人の心情など知らぬ存ぜぬとばかり、グイッと天に向って咲いているのである。 私はこの光景をおどろきをもって眺めた。哄笑したいような愉快がわきあがってきた。木蓮の10の花が、呵々大笑しているようであった。
Apr 8, 2007
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山田維史 《美しき惑いの自己証明》アナログ・コラージュ 2007年4月7日
Apr 7, 2007
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山田維史 《金曜日のサチュルス》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月6日 長勢法務大臣が「性道徳や貞操義務についても考えないとならない」と発言した(6日閣議後の記者会見)。この発言は、民法772条の「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」という規定が、必ずしも実状に合致しないことからその規定を見直そうという動きがあり、その動きに対する反対意見として発言された。 実状に合致しないのに法改正をしようとせず、「性道徳」だの「貞操義務」だのと言う、その愚かさ。昨今、出産をめぐる法の問題がクローズ・アップされている。人口受精や代理母出産等々。とくに代理母出産については、現在のところ、倫理にからめて、その出産を法的には否定的に判断されている。 しかし、生まれてくる子供や、すでに生まれてしまった子供の福祉はいったいどうなるのだろう。否定的見解は、ずいぶんいい気なものと私は思うのだ。誰のためになっているのだろう。その子の出自を否定して。 法相の発言もまたずいぶんいい気なものだ。1億2千万人の多様な性の有り様を、この男はどんな文言で一元化しようというのか。生物学的見地からは、人間の性の有り様はすべからく異常である。法務大臣の性さえも。それを忘れるなかれ。
Apr 6, 2007
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5日の日記ながら、ただいま午前零時20分をまわって6日となった。仕事場でキャンヴァスにむかっていたが、どうやら第二回目の下塗りと粗描きがすべて終了した。指触乾燥をまって次に細部の描写に入る。 昼間、仕事場のドアがわずかに開いていたらしく、その隙間から弟が製作中の作品をちらと見たようだ。私ひとりが遅い昼食のために階下に行くと、「いま描いている絵、インパクトがあるね」と弟が言った。 「そう? まだまだこれから変わってゆくんだけれどもね」 私は応えたが、悪い気はしなかった。 長年の無言の了解で、家族が私の仕事場を覗くことはない。誰にも作品を制作している姿を見せない。まるで鶴女房のようだ。「布を織っているところは、見ないでくださいね。きっとですよ」 まさか家族とそんな約束をしているわけではない。が、他人からは何を考えているのか分らないようなことを一心に考え、なんにもない真白な布(キャンヴァス)の上に怪し気な図像をつむぎだしている。そんな姿を恥ずかしくて人目にさらせるものではない。 製作中はなるべく身体的圧迫感を排除し、できることなら素裸の状態が一番良いと、数日前に書いた。衣服を身に付けるか否かはともかく、たぶん心は裸になっているのだろう。とても傷つきやすい精神状態になっていることはたしかだ。他人の批評にはほとんど微動だにしない強靱さをそなえているくせに、家族の批評にはじつに脆い。だいいち人の作品を批評するのに、命をかけていないから、こちらとしては怒り心頭にはっすることになる。そうなるとどこかに甘えがあるから、お互いに傷付けあうこと尋常ではなくなる。 そういう経験のうえで、誰も私の仕事場には入れないし、入ろうとは思わなくなっている。弟の今日のことばは、したがって、じつにめずらしいことなのだった。 今夜の仕事はこれでひとまず筆をおいて休息することにしよう。
Apr 5, 2007
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昨夜、午前零時をまわってなんだか急に寒さを感じた。それまでずっと絵筆をふるっていたのだが、足許が冷えびえとする。ラジオのスウィッチを入れると、天気予報が霜注意報を出していた。 あわてて庭に出て、霜に弱い花の鉢を大小8つ、屋内に取り込んだ。 今朝、気温がゆるんだのを見計らって再び庭に出す。すると、なんだか花の香がいちだんと馨しくたちのぼった。 「おやっ!」と思い、2度3度往来してたしかめてみた。あきらかにいつもより香高い。 「そうか、寒さに震えずにすんだことを喜んでいるのか」 私は、植物たちの声を聞いたように思ったのだった。
Apr 5, 2007
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東京はここ三日雨が降ったり止んだりしているが、今日午後5時、赤坂周辺では雪が降り始めているようだ。先日もっとも遅い初雪情報が出たけれど、その記録を更新したということか。 雨に弱い花の鉢を廂のうちに取り入れた。しかし白桃の花は雨のなかで撩乱と咲き誇っている。現在樹高2メートル3,40センチほど。あまり高く伸びないうちに剪定しようと思うが、大きな花冠を頂上の枝先までつけているので、どのように刈り込んだらよいか迷っている。仕事が一段落したなら剪定について少し勉強しなければなるまい。 さて、その仕事だ。新しいアイデアにもとづく描き直しが大分進んでいる。しかし、上半分の描き直しは、おのずと下半分にも影響しないではいない。色調はもちろん、対象の微妙な表情も手直ししなければならなくなってくる。 私の絵画表現は「ムード」ではない。「らしさ」でもない。民族的に、また民俗的に我々がひたっている「文化の正体」を検証し、コスモポリタンとしての新しい文脈を発見したい、それが私の描く目的である。その意味で私にはお手本がない。 しかし時に、世界の思ってもいなかった国から私の作品を理解するというメッセージがとどく。たしか水前寺清子さんが歌っていた、「東京がだめなら、大阪があるさ。大阪がだめなら名古屋があるさ」。私はいつも「此処で」と考えたことがない。世界の60億人の誰かに、と思いながらメッセージを発して来た。その意味では、絵描きとしての私の態度は、自分自身にナルシスティックに固着してそれを個性とし、また芸術理念と考える、近代以降の芸術家の態度とは異なるかもしれない。 「一般人類を愛することが深ければ深いほど、個々の人間を愛することが少なくなるものだよ」 これはドストエーフスキイの『カラマーゾフの兄弟』におけるゾシマ長老の言葉である。私は17,8才の高校生の頃にこの言葉に出会い、衝撃を受けた。以来、ずっとそのことを考えつづけている。
Apr 4, 2007
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山田維史 《アダムを小突きまわす神の手》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月3日
Apr 3, 2007
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このところ油彩画の製作にいそしんでいる。仕事をしながら部屋にCDで音楽を流している。ヘッド・フォンは使わない。身体的な圧迫感を嫌うためだ。じつはほとんど素裸状態がいちばん良い。全身が鋭敏なセンサーになる。 音楽はあまりうるさいものは敬遠するし、日本語による歌曲もほとんど流さない。ことばに反応してしまうからだ。クラシックな器楽曲、あるいはギター曲がいい。鬼太鼓座や鼓童などの太鼓音楽もいい。 しかしさきほど午後3時半までは、選抜高校野球の決勝戦をラジオで聞いていた。「大垣日大附属高校」対「常葉菊川高校」。点差拮抗、実力伯仲のおもしろい試合だった。5回表、5対4で大垣日大が差をつける。しかし常葉菊川は粘る、8回裏に追いつき5対5、そしてさらに逆転する。6対5。それが試合を決した。静岡県勢としては29年ぶりの優勝だそうだ。 野球にしろ音楽にしろ、仕事をしながら聞いているので、もちろん万全の聴き取りではないが、身体のなかにある種のリズムが生まれることはまちがいない。相手のエネルギーを利用しているのでもあろう。 製作中はとかく生活は単調になる。外出もせず、仕事場にとじこもっているのである。音楽を流してそれを少しでも破ろうというわけだ。
Apr 3, 2007
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山田維史 《フラクタルとエックス》アナログ・コラージュをCG加工 2007年4月2日
Apr 2, 2007
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山田維史 《スカイ・ガーデンあるいは類推の魔》コラージュ 2007年4月1日
Apr 1, 2007
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日曜日、桜見物にでかけるつもりだったが、予定を変更。50号の作品製作に没頭している。ほとんど完成していたのだが、突然別のアイデアがでてきた。それは主題を一層表現すると思われるので、急遽、画面半分を描き直すことにした。時間がかかりそうだが、心が動く。花見どころではなくなった。 すでにできあがっている下半分は、新しく開発した技術をもちいたのだが、これは非常にうまくいった。粗いタッチの油絵の具の層のなかに、幅3mmの銀箔を線状に54本、等間隔に埋め込んだ。長い間、頭のなかで技術的な手順をシミュレーションしたのち、いままでつちかってきた手技で、一発勝負をやった。それがみごとにきまった。 下半分がうまくいったので、より良いアイデアが生まれた以上、ためらうことはない。昨夜からやり直しにとりかかった。下の新技術にみあうことを上半分にもさらに取り入れようと、いま筆をはしらせながら、再び頭の中であれやこれや組み立てを試みている。 作業の途中、ひと休みしながらこのブログを書いた。さあ、また仕事にもどろう。
Apr 1, 2007
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