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November 18, 2006
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カテゴリ: 教授の読書日記



そういうと、何だかとっても難しそうに聞こえますし、事実、難しいところもあるんですけど、基本的には、二人がしゃべっているのを記録した対談録ですから、そんな鹿爪らしい本じゃないですよ。

で、じゃ、どんなことが書いてあるんだ、と言いますと、幕末から明治維新の頃、日本は急速な近代化を迫られたわけですが、その際、西欧の文明をとにかく採り入れようってんで、やたらに「翻訳」をした。で、翻訳をするという以上、「何を翻訳したか」「どう翻訳したか」「その翻訳がどんな影響を及ぼしたか」という問題が出てくる。だから、この3点を見ていくと、日本の近代化が何を目指し、どのような形で成し遂げられたか、ということが分かっちゃうわけですよ。日本近代化の苦労の足跡が、「翻訳」という形のあるものの中に残っちゃうわけ。それを見ていこう、という企画です。

ま、コンセプトはそういうものなんですけど、具体的な内容となると、これはどうしても多岐にわたります。ですからいちいちそれを全部紹介することは出来ませんが、「ひょえ~、なるほど!」と思うことも随分あるので、それを幾つか紹介しましょうか。

たとえば、西欧列強のパワーに触れた時の、日本と中国の差、とかね。中国は阿片戦争なんかで西欧のパワーに圧倒されるんですが、中国というのは基本的に中華思想に基づく「礼の国・文の国」なのであって、もともと「野蛮人の腕力は強い」と思っているんですって。だから、西欧諸国に武力で負けたって大して驚かない。「あいつらは野蛮人だから強いんだ、バーカ、バーカ」というわけです。だから、国土の端っこくらい、くれてやったって痛くも痒くもない。

ところが日本は「尚武の国・サムライの国」なので、今まで尊敬してきた中国があっけなく西欧諸国の「武力」に負けたことがものすごくショックだった。「こりゃ、イカン!」と思っちゃったんですな。だから、すぐヨーロッパに留学生送って敵の内情調査をしつつ、近代化を急いだ、と。直接西欧との戦争に破れた中国がのんびりしているのに、まだ本格的な戦争をしていない日本がむしろ大慌てで近代化したことのは、そういう思想的・伝統的背景がある、というわけ。面白いでしょ?

また翻訳を通じて敵情視察、となった時、まず何を翻訳したかというと、「歴史書」なんですって。西欧列強の歴史だけでなく、ギリシャ・ローマの歴史まで翻訳しちゃう。つまり、「相手を知るには、歴史から」という骨太な考え方が当時の日本にはあった。ま、これには儒教的な影響もあるようですが、それにしても今日の「歴史離れ・世界史離れ」とはえらい違いでございます。

もっとも「異文化」を知ろうとする伝統というのは、幕末に限らず日本には大昔からあるので、たとえば中国文化なんてのは、まさにその対象だったわけですね。しかも、17世紀から18世紀にかけての日本では、単に漢文を日本文に読み下すなんてのじゃ、本当に中国文化を理解したことにならない、という考え方をする荻生徂徠なんて学者も出てくる。つまり、異文化を異文化として理解しないとダメだ、という考え方をする人まで、もともと日本には居た。これなんか、翻訳という認識過程の弊害と対応策をちゃんと意識していたということですから、ものすごく成熟した翻訳観だと言っていい。

ちなみに、「翻訳」の話題からはちょっと逸れますが、本居宣長なんかが、和歌の心を知るためには実際に自分で作ってみないとダメだ、なーんて言いながら、「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」みたいなヘタクソな歌を作って後々まで人々の失笑を買ったのも、荻生徂徠的な「現地のことは現地の通り、昔のことは昔の通り」に解さなくてはダメだ、という発想があったかららしいですよ。



『玉勝間』に書いてあるらしいですけど、たとえば「母親から子供が生まれる」というようなことを、普通の言葉ではなく、客観的に記述したらどうなるか。「母乳が出る」といわず、「やがて日が進むにつれ、その身体の一部が隆起し、その突端から何やら白い液体が流れ・・・」などと書いたとしたら、まったく知識なしにそれを読んだ人は「何を馬鹿なことを」と思うだろう、と言うんですな。でも、実際には、これは事実なわけですよ。母乳が出るというのは、そういうことなんですから。それと同じように、古事記などに書かれている国産みの神話にしても、「何を馬鹿なことを」と思うかもしれないけど、実際に起こったのだ、と言うわけ。

うーん、賢い! 本居宣長の言っていることにも、ちゃんと一理あるじゃないですか!!

ま、その他、この本には色々面白いことが書いてあります。たとえば西欧の学術書を翻訳するにも、完全にアカデミックな本を訳するのと同時に、大衆的啓蒙書まで訳してしまい、それらが同じように明治の日本社会に大きな影響を与えてしまった、なんてこととかね。

あるいは、「火薬」だとか「肥料」なんかに応用できる「化学的知識」については、日本はそれほど驚かなかったけど、「ニュートン力学」に代表される「物理学的知識」についてはまったく圧倒されてしまったのであって、福澤諭吉が「西洋文明とは、要するにニュートンの数学的物理学である」と喝破したのはさすがにすごい洞察だ、なんて話とか。つまり人間と自然が混じり合うところに東洋文明が発するのに対し、西欧文明は人間が自然と対峙し、それを克服しようとするところから始まったという、この彼我の差に気づいちゃった、ということですよね。幕末から明治にかけて、日本の近代化というのは、こういう認識の大転換があった時代だったんですなあ・・・。

その他、日本語と外国語の言語的相違だとか、訳語が定まっていないことなどから、翻訳上の勘違いというのが沢山あって、これがそのまま当時の日本の思想的大混乱につながってしまった、なんてことについても色々例が出ています。その辺りもすごく面白い。

とまあ、色々ありますけど、「翻訳」という形で急速な近代化を成し遂げた日本の裏事情がよく分かる本です。ま、いわばドタバタの連続なんですが、そのドタバタの中に日本の文化の底力なんかも窺えるところがいい。私もこの辺の知識がまるでないものですから、随分勉強させてもらいました。この本、おすすめ! ですよ~。

しかし、それにしても丸山真男って人は、色々なことをよく知っている人ですなあ! 私は学生時代に丸山さんの名著と言われている『現代政治の思想と行動』を読んで感心したことを覚えているのですが、その後、その著書を直接読んだことはほとんどなく、むしろ丸山学を批判する立場の人の物言いばかり聞かされて、さらに敬遠するようになっちゃったんですけど、今回こうして対談集のような気軽な形式の本で丸山さんの言うことを読んでみて、やっぱり大した人だな、ということをあらためて思わされました。これを機に、丸山さんの本をもう少し読んでみましょうかね。またそれに加えて、新井白石だ、荻生徂徠だ、本居宣長だ、福澤諭吉だ、といった日本の学者・思想家の本も、もっと読まないとまずいな、と思いました。私なんか、そういうこと、まるで知らないんですもん。日本人として自分が恥ずかしいですわ。

も少し、日本のことも勉強しないといけませんね。反省!!


これこれ!


『翻訳と日本の近代』(岩波新書)





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Last updated  November 18, 2006 07:10:04 PM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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