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木曜日の夜の打撲以来、今日まで2日間大人しく過ごしていた。心配していたけど、お陰でそれほど右足は悪化せずにきている。でも今日からは掃除もあるので、そうはいっていられない。そこで、友達が日本から送ってくれたキネシオテープで右足をテーピングして掃除を開始した。お昼に1時間摂って、お昼前2時間、お昼後2時間と約4時間掃除したかな。バイロンの家は島のウチに比べたら小さいから、早く済むはずだったけど、椎間板ヘルニア以来、体力は衰えたし、なおかつ加えて右足の打撲もあったので、無理しないようにゆっくりしたスピードだった。それでも疲れてその後ベッドでバタンキューだった。おまけに右足もやっぱり痛み出したので、念のために消炎剤入りの湿布を夜に貼ってから寝た。全部済まなかったので、残りは明日の朝片付けることにした。
2007年09月30日
今日よりバイロンへ移動だったけど、メインはジーニーのアポだったので、殆ど掃除の作業は行わず。彼女に木曜日捻挫(?)の件を話しチェックしてもらった。恐らく捻挫ではないだろうと。それまで夜は患部を湿布(某まさこさん、ありがとう!)して、さらに包帯で固定していたので、ジーニーに会うまで患部は自分でも前夜以来見ていなかったのだな。見た感じは同じ。腫れあがったり内出血なども見られない。患部は打撲に効くという薬を塗ってもらい、優しくマッサージしてもらった程度。でも、このジーニーの後から、歩く度にあった痛みが殆ど出なくなったので、予約してあって良かったよ~さて、最後のバイロンの週末だからCを呼びたい、折角だし一緒にお寿司を食べに連れて行こうという話はしていたのね。マッサージから戻って、バイロンの家で休憩している間にエックスから連絡があったらしい。ダーリン・ママへ訪問する車中にどうなったのか聞いたら、何でもエックスはバイロンの家へCを届けるから、私達がダーリン・ママの所を出るときに連絡するいう手はずになったらしい。ここで、女の勘がピピピと。過去の実績では、エックスはCの送り迎えで彼女の家から車で15分のバイロンの私達の家に行くのもなかった。そーいえば、昔Cの歯の矯正機具でウチにそっちに届けに来い、来ないでもめたこともあったし・・・彼女はガソリン代が勿体無くて、来ないのがスタンダード。こっちに来るときは、何らかの目的があるとき以外なかった。恐らく、Cからバイロンの家をダーリンが所有する最後の週末であることを聞いているに違いない。だもんで、詮索好きの彼女だから最後のチャンス!とばかりにバイロンの家にやってきてあれこれチェックしまくるに違いない。もう彼女には節目節目毎に色々と嫌な目に遭わされているので学習したわ。なのにダーリンときたら、バイロンの家が売却となったから、お金目当てでエックスが親切にしようとしていると勘違いしているし・・・(まあそれも少しは当たっているかもね)そこで、車中こんこんと「オンナのキモチ」を説明した。ダーリンは「・・・そう言われると、確かに彼女ならあり得るねー」と納得。「そんな風には思わなかったなー」と感心していた。まあ、この辺りはオンナゴコロの世界だからねー。で、私がダーリン・ママの家でベンがむずかり散歩に連れ出している間にエックスからまだ出ないの?という確認の電話があった際、ダーリンはウチサイドが彼女の所へCを迎えに行くので、お気遣い無用!と彼女に伝えて、事なきを得た。ベンがいたので家の前まで行けないから、私は顔を合わさずにいれるかな?と思ったけど、施設の外で出てきたので彼女を見る羽目にはなった。まあ思ったよりはあっさりしていたから良かった。いや、でもこれが彼女がバイロンに来ていたら・・・これまでの実績で、Cを降ろして3分で帰ったことなんて『ありません』ので。お越しいただかなくて本当に良かったわ。
2007年09月29日
最近、ブログに書く話題が短くなってきているのは・・・労災の件がどうなるか分からないので、どーしたものかーと気持ち的に落ち着かないから。待つのはツライ・・・と思ってきたら、各方面から連絡があった。でも、それもちょっと現時点で詳細を書くのが億劫で。というのは、待っているだけでは流されるような気もするので、自分からコントロールしたほうがいいのかな?と思えるような状況になりつつもあるし。何を書いているのだか、と思うかもしれませんけど、私本人もここで書けるほどハッキリ・スッキリとしていないので、そーいう閉塞感も感じてうつっとなっている状態です。足の件ですが、歩くと辛いので大人しくしていた。幸い骨折しているとは思えないので、GPに慌てて行くほどでもない。それにGPとは花粉症の件で来週の連休明け火曜日にアポを偶然入れていたのでそのときに話せばいいか~と。それで今朝フィジオに連絡して話すと、私が痛み止めでパナディン・フォルテを使っているので、それ以外の痛み止めでかつ消炎剤が入っているものを薦めてくれた。"Nurofen"といい、もしかしたら豪のスーパーでも入手できるかも?今回は薬局で買ったけど。イブプロフェンが入っている。午後には足にクッションを重ねて休んでいたら、その内寝てしまった。しばらく安静といわれたが、これで掃除する予定だったのにどーなるのやら?それにリハビリは?と思うと情けない。でも、2週間前にも膝がカクンとなったことはブログに書いている。まだ普通の体じゃないからしょうがないのかもしれないけど・・・でも、くじいたなんて学生時代以来だからなぁーーー
2007年09月28日
30分ほど前に、ランドリールームにラウンドリールームへのステップ、三段しかないのだけど、真ん中で足を踏み外して、しかもヘンな形で床に着地。(右足の甲側の前の足首に全体重がかかった状態でドスンと)。現在、右足首が痛いです。まずいなぁ・・・土曜日からバイロンのお家の最後の掃除なのに。大丈夫か?
2007年09月27日
昨日は結局殆ど掃除できなかった。引越し業者というか運送業者の人がやってくる前に何とかしないと・・・と、今朝少しは気合を入れたつもりだけど、やっぱりまだ体調は元に戻っていない。ゆっくりとした掃除となった。ほぼ80%掃除終えたかな。その内に運送業者の人が来た。ダーリンも15分遅れで出発したが、トラックより5分遅れで島のウチに戻ったので、私があまり口出す必要はなくなったので楽チン。今、家は家具であふれている。しかし、これまでに殆ど荷物はここにあるもので何とかしてきたので(主にダーリンの書類などがはみ出した状態だったけど)、家具が数点来ても、さて何を入れようか・・・と。これまでは何もなくてスッキリと見えたのが、家具が来てごちゃごちゃし始めたような気がするのですが・・・とりあえず夜中、トイレに行く際は家具でつまずかないように気をつけんと。今週で学校が終わり2週間ホリデーなので、その期間に家の整理にあてる予定。しかし、大切なのは明日学童を終わらせたら、金曜日にバイロンに再び移動し、この週末は大掃除が待っている・・・最後のバイロンでの日々だものね・・・
2007年09月26日
引越し作業のため、ダーリンはバイロンへ朝向かった。今晩はお泊り。私は島のウチで残ることにした。水曜日に引越し業者がバイロンに来て、島のウチまで大型家具を持ってくるので、両方の家で立会いできるようにするため。それと、島のウチでの受け入れ準備がまだ進んでいなかったので、私がそっちを担当することに。バイロン側は主に力仕事だしね。しかし、花粉症と女の子2日目にヒットしたので・・・掃除する予定だったけど、午後には辛くて休んでいました。起きてからは座って出来る作業をしたていど。夕方になって、ちょっとマシになったので荷物を動かし始めた。明日忙しくなりそう。
2007年09月25日

今週でNSW州の学校は終了。ということは学童も今週まで。来週から2週間のオフ。ウチではホリデー・ケアは今のところする予定はない。何故なら、ホリデーだと終日面倒みなくてはいけないからねー私の体調も完全ではないし、ダーリンも同じく。これまでは月曜日の午後だったのが、今週から月曜の朝へと変更と。ただ今花粉症のピークなので、朝起きはかなり辛かった・・・。これがあと2ヶ月ほど続くのか?と思うとキツイな~。ホメオパシーのドロップももうすぐ切れるので、今日ナチュラルオパシーに連絡して、追加でリメディーを頼んだ。が、前回で懲りたので今回は500mlにした。これで2ヶ月は安泰だろうと。ホリデーになったら、Cがまとめて泊まりにくるののだろう、恐らく。この辺りに関してはダーリンとエックス、そして何よりCが自分の言いたいことを主張できる年になったので、これまでに比べたら気持ち的には楽。このホリデーは島のウチが正式な「我が家」になって初めてなので、ここでゆっくりしたいものだわ。引越し作業もあるし。ちょっと色々ここではまだ書けない、そしてずーっと書けないかもしれない悩みや心配事もあったりするのだが。解決して、後で振り返って書けるようになれればなぁと思ってます。そんなモヤモヤ進行中、なごませてくれるのがベン。先日、プールで学童の子供を撮影中でのショット。PCにダウンロードするまで気づかなかったのだけど、見た瞬間から噴出してしまい、ダーリンに見せて二人で笑い転げてしまいました~(この写真はベンの部分を拡大しました)プールで子供達といっぱい遊べて、満足!という表情だけど、もう何なの、この舌は?!ちなみにベンの頭の向こうにいるのは妹ちゃんです。
2007年09月24日

昨日はいつもならバイロンの家は近所のティーネージャなどでうるさいのだが、夜中も雨降りだったお陰で静かだった。でも、雨で寒かったな。一晩明けたら、雨も止んで再び快晴。ダーリンは、今日するべき事を早く終えて島のウチに帰ろうって。二人の意見は一致したので、荷物詰めや簡単な掃除を済ませて、お昼前に出発。戻ってから、バイロンから運んだ荷物の整理や、買出ししたものを整理に1時間以上かかったな。肉はまとめ買いしている。豚肉2キロだと16ドル、牛肉2キロだと19ドルで、etc.。それらを帰ってから、フリーザーバッグに小分けして全て冷凍庫へ。今日は合計8669ドル払った。牛肉(Yボーン)2キロ、豚肉(クッション)2キロ、豚肉(別部位)1キロ、ベーコン1キロ、リソル0.5キロ、チキン・ドラムスティック1キロ、チキンモモ1キロ、ソーセージ1キロ、チェリオ10本、ハム6枚(日本のハムの倍サイズ)。ベン用の骨付き肉1キロ、ベン用のミンス2キロ、人間用だけで10キロのお買い物だものねーーーモチロン、運搬はダーリンにお願いしました。私、2キロ以上持つのは医者から止められておりますので。仕分け作業が終わって、次は家庭菜園のチェック。1日開けただけだし、恐らくこのエリアでも雨は降ったであろう。なので見た目も元気だし大丈夫だった。それしても1日開けただけで雑草が復活してきたのには驚いたが。ちなみに、現在収穫できるのは;パクチ、バジル、パセリ、ネギ、ピーマン、トマト、スピナチ、ロケット、シルバービート、フェネル、パッションフルーツ、ブロッコリ、レモングラス。これがブロッコリです。こんな風になるのねー。一玉取ったら、それで苗は終わりになるのか分からない(ダーリンも収穫までこぎつけたの初めでだそう)ので、ただ今実験中です。シルバービート(ほうれん草の一種)とパセリ。パセリは2年目に突入です。すごく繁殖力が強くて。6株植えてどれもどんどん増殖して広がるし、たべきれましぇん。2株で充分だわ。現在成長中はなすび、きゅうり、さやえんどう、オクラ、レタス、チンゲン菜、成長中のレタスとチンゲン菜。肥料は馬のフンとコンポスト(家庭で出た生ゴミが肥料)なのでオーガニックです。やっぱり島の家は落ち着きますわ。ベンもこっちにいるほうがハッピーだし。あと1週間、バイロンでの最後の作業を乗り切らなくては!
2007年09月23日

バイロンへ一泊だったのだけど、起きて早々ダーリンは頭痛がすると。あれ?と外を見たら、美しいばかりの晴天。しかし、ダーリに頭痛があるということは、間違いなく低気圧の通過で天気が崩れるのが間違いない。北上するから暑くなると予想して軽装をバッグに詰め込んだが、彼の頭痛発言を聞いて、念のために長袖シャツも用意した。北上するにつれて暑くなった。バイロンに着いた頃には半そでのTシャツに着替えてから出かけた。バイロンのビーチ。このとき(11時過ぎ)は晴れていたけど、雲が出ているのが分かるでしょ。それから、3時間ほどして、ダーリン・ママ宅でお昼を頂いてくつろいでいたら。来ました!パラパラと雨が。その後、ダーリン・ママ宅からお義兄さんの家にお邪魔している間に本降りになった。寒いくらいで、持っているジャンパーを2枚重ねして過ごした。いや、本当にダーリンの雨予報には外れがない!というのが分かりました。あ、からかっている場合ではないか。本人はツライので。でも2年前に比べたら、こういうケースでも確実に回復具合なども向上したので、余裕があって、本人もジョーク言えるほどになったけどね。
2007年09月22日
その後、私の家族で話し合いがあったのだけど。(前の話はこちらからどうぞ)やっぱり、来年の1月半ばまでには母親は家をでるらしいので、その前に行かないとって。うーん、どうしよう。ちょうど航空運賃が最も高いときではないか・・・そして、気候も日本の雪国の冬。荒れたら低気圧にダメージを受けるダーリンにとってはきびしいかろ。どーしよう・・・彼に結果を話したら、今はバイロンの家に集中したいからって。そーなの、彼は私に比べたらマルチタスクは嫌いなので。まあ彼のお家を明け渡すし、私にとっては限られたことしか出来ないので(せいぜいお掃除)、私とは違って考えることがいっぱいあるからなーでも、彼のことだから10月あけてイザ話したら、「じゃあ・・・」って急遽翌月に里帰りとなるかもしれないし。下準備だけはしておこうっと。
2007年09月21日
私のリハビリ・プロバイダから連絡がありました。2週間前に医者に行って、軽い仕事なら出来る、ただし清掃業ではなくアドミニ的な仕事であることという診断。その診断書を持って、彼女が職場に連絡して、アドミニ的な仕事があるのかと交渉していたのだな。その連絡だった。なんでも私の職場のオーナーが別に代わったそうで。そのためスタッフの削減が進んでいるらしく、アドミニなんて今いる人員を辞めさせているらしい。ということで、職場に戻ることはなくなった。一体いつから職場と正式に辞める事になるなどは不明。うろ覚えだけど、保険会社は1年間は労災の保証金は支払い続けなければいけなかったのかな?新たな仕事探しが始まるので、仕事のコンサルと連絡を始めることになった。ずーっと神様に祈っていたら、こういう結果になったので、「あ、そうなんだ・・・」と。淡々と結果を受け止めた。前の職場は労災認定でもめたから、復帰については不安もあったのだな。。。まあどうなっても、決まってから考えようと思っていたので。なので、こんな形になって正直ホッとした。でも次のステップは一からの仕事探しなので。これから大変になるかな・・・まあそれまでには引越しが終わるので、少しは落ち着くかなぁ。
2007年09月20日

今日も夕方、暑さも収まってからベンを連れて散歩に出かけた。足の筋肉痛はお陰さまでかなり取れた。でも、やっぱり後半には足元がおぼつかない。さてウォーキングの途中。川岸に牛の放牧エリアがある。といっても小さいエリアのためか、常にいるのは2頭。何故知っているのかといったら、以前いたのが白い牛と黒い牛だったのに、ある日いなくなり、その後2頭の黒い牛に代わったので。ドナドナ♪・・・の世界だったのだろう。いつもこのエリアに来ると、ベンをリードにつける。何せベンは牧羊犬のボーダ・コリー。こういう家畜類を見ると流れる血が騒ぐようですごく興奮するのだな。でも3度目だからもう慣れただろうと思い、少し気を許していたら。何と、牛(といっても子牛)が有刺鉄線の間からいきなり頭を出してきた。その瞬間、ベンの制御が効かなくなり(すごい馬鹿力!)グイっと近づいて牛の鼻を威嚇のためにカプっとやったみたい。いや、血が出るとかじゃなかったけど・・・それなのに牛は一瞬ひるんだけど、その後別の1頭も近づき、私が何とか鉄線近くから離して歩き始めても、その傍を追って歩いてくるのよ~モチロン、ベンの興奮は収まらないし・・・参りました。これからは道路の逆側を歩行しようかなぁ~~どういう躾が良いのだろうか。折り返し地点から家に向かう途中です。道路の両方に見える黄緑色はサトウキビ。道を進むと、前述した牛の放牧地があります。以前も書いたバナナ畑です。畑といっても小さくて、20本生えているかという状態。綺麗だったので撮りました。つつじっぽい花。地元の小学校の近くです。
2007年09月19日
昨日のHydrotherapyの成果が早速現れたのかしらん?ええ、筋肉痛という形になって。お昼を食べた後、ベンを連れてのお散歩。足の調子はどんなものかな~と気にしながら歩いていたら、半分過ぎてから足が~~痛いといえば痛いけど、とにかく動きません。夢で逃げなきゃいけない場面なのに、思ったように足が動かない・・・というの見たことありますか?まさにああいう感じで、もどかしかった。或いは水中でウォーキングしている感覚で歩いているような。でも、痛みがまた良くなるサインだと信じてゆっくりでも歩いた。しかしロボットみたいな動きだったに違いない、きっと。家に戻ってからはまともに歩けなかったので休憩。今もまだ筋肉痛です。木曜日家の事情で行けないから、1週間に一度ののハイドロなのだけど。良かったのか悪かったのか・・・次の月曜日までに向上し、あまり筋肉の退化がないようにしておけば大丈夫かな?ハイドロのフィジオも、鋭い痛みがなければエクササイズするべきと言っていたので。ちょっと辛いけど、ウォーキングを続けるぞ。
2007年09月18日
最後のハイドロが終わったのが丁度1ヶ月前。医者とも話して、2度目のセッションをしようということで、医者のアポから次の週にフィジオに照会をお願いした。それに手間がかかり、しかも結局そこではもう私にはハイドロが不要だという判断で分かったのが、2週間後。つまり3週間は経ってしまったのね。医者の診断書は1ヶ月しかないのに。新たに次の1ヶ月の診断書をもらった足で、フィジオに行きハイドロの事情を話したら、他のプライベートでハイドロをやっているところがあると言われたので照会してもらうことに。よーやく先週連絡が取れて、今日が初日。同じ温水プールの施設を使うけど、前回とは違うハイドロのフィジオ・セラピストがやっている。それが、もう~衝撃だったわ。eye openerってもの。何故って、前回のは確かにプール前にアセスメントがあって、私の体の具合は見た。でもプールに入ってからは、決まったエクササイズが与えられて自習形態。なので、途中エクササイズの一つがなくなり、一つが追加したけどそれだけ。事実、慣れてきたら早く終わるので、何か他にやることがあると聞いたけどないって。まー初めてだったので、こんなもんか・・・と思っていた(事実もらったパンフにも1度に10人が利用するので、自習形式とあったし)。それが今回は、プールの中で新しいエクササイズを紹介しながらアセスメントが進められ、新しいフィジオはそこから私のどこをもっと鍛えるべきかをチェックしていた。サービスがパーソナルで、きめ細かい。でハイドロのフィジオ曰く、私の場合左足が麻痺していたので、左側の腹部の筋肉が右側に比べたら劣っている。それを鍛えましょう。それから、左足の前側の筋肉が固まっている話もしたら、左でん部の筋肉が固まっているから、そこから筋肉に痛みが足の下まで通り、左足の前側の筋肉にも影響しているって。だから、そのバランスを戻しましょうって。どこが、ハイドロの必要がないんじゃ!と前のハイドロのいい加減さと低いサービスの質に腹が立った。日曜日に、家で歩いていたら膝がいきなりガクンとなった。こけなかったけど、そのまま立てひざの状態で左ひざが地面についた。それから今日も階段をあがっていたら、左足がちゃんと上がらずつまずきそうになったり。しかも三段しかないのに。まだまだ自信を持って生活できる状態ではないのだな。モチロン徐々には改善していると思うけど・・・メディケア適用とかでタダなので、いい加減なのか?と思っていたが、実はお金がかかるのだとか(私は労災からなのでタダで知らなかった)。前のハイドロでは「これ以上は不要」と断れたときはムッとしたのだけど。今となっては、もっと良いサービスのハイドロに結果的に通えることになったので、断ってくれてありがとう!って思った。色々教えてもらいながらやったエクササイズは無理はないけど、それでも前回のに比べたらバラエティーあり、更にお腹を使うものが多かったなーお腹がひっこむかしら?
2007年09月17日

今日もワーシップ・ソングからファンキーなヒルソングの曲からスタートしてエキサイティングだった。サービスはシニアー・パスターではなくて、パスター・デービットのお話。彼はかなり早口で、初めて通った頃は私の英語ヒヤリングでは付いていけなかった。が、8ヶ月経って慣れたのか大まかなメッセージは分かった。彼自身の証の中で、色んな病気にかかったのが祈りを通じて癒された。腰痛から皮膚ガンまで!それを聞いて思ったのは、私の場合は椎間板ヘルニアになったけど、確かに苦悶したときはあったけど、神様に祈り幸い強烈な痛みは2晩で済んだし、思い切って手術してその後の回復は目覚しいものがあったし。何よりも私にとって良かったのは、椎間板ヘルニアになったことで「自分の教会」と出会え、神様ともっと近づく機会が持てた。なので、椎間板ヘルニアになったことでネガティブになっていない。これこそ怪我の功名と思ったくらい。サービスが終わりフェローシップでおしゃべりを楽しんだ後、ビーチへ。ダーリンにとって魅力的な波ではなかったので、ビーチにボーイズ(Cと、昨日から泊まりに来たS君)を残して買い物へ出かけた。今日は特別なミッションがあって。クリスチャン団体が行っているチャリティーが目的で。貧困、戦争、災害に苦しんでいる国や地域の子供達に、クリスマス・プレゼントを贈ろうという試み。3軒ほど店をハシゴして、必要なものが揃ったのでビーチに戻った。ボーイズはパーティ・ウェーブで楽しんでいたみたい。ダーリンも短めのサーフィン。水にぬれて楽しんだ感。戻ってから、早速靴箱に詰めてみました。靴箱が分かるかしら?一番奥にあるのがそうです。内訳は、キャップ、Tシャツ、石鹸、歯磨き粉、歯ブラシ、フェイスタオル、手鏡、くまのプーさんのぬいぐるみ、テニスボール、定規、色鉛筆、鉛筆、消しゴム、ノート、飴以上。もらったパンフを参考にして選びました。見て分かるとおり女の子用です。こんなに入るの?と思ったけど、何とか詰め込みました。でも手鏡、定規が入りきらず、テニスボールは1個のみだったけど。まあ残りはベン用のボールになることでしょう。もし興味がありやってみたいということでしたら、元の団体のサイトを下に貼りますのでお訪ねください。がオーストラリアのサイトの説明は分かりづらいので、本家のアメリカで、このオペレーション・クリスマス・チャイルドの説明をしているサイトも貼っておきます。ただし本家の情報はさすがにアメリカに特化しているので、概要が分かりオーストラリアの情報を知りたい場合は、オーストラリアのサイトに戻ってください。私達は、後は教会に持って行けば一括してデリバリー・センターへ届けてくれるので簡単です。その辺りも、近くの教会などでやっていたらコレクション・センターで教えてくれるかもしれません。
2007年09月16日
暖かくなり、春らしく?夏らしく?もなったので花粉症がいよいよ本格化した。これまでホメオパシーの薬を飲んで、一日1度飲めば症状は治まっていたのが、昨日辺りから1日1度では効かなくなってきたので、今日は2度飲んだ。そんな中、ずーっと出来なかった部分の掃除をした。バスルームの天井と壁。カビがうっすらとしているので、まだそれほどひどくないうちに掃除しようと。でも天井半分したらバテてきたので、バスタブに近くないエリアはそれほどひどくないか・・・と思いそれでおしまいにした。後で見たら、どうせなら残りの部分もやれば良かったかなぁ~と思ったけど。でも、足もフラフラになったので。足の調子は、日中は暑いくらいの気候なので悪くないです。数日前から頑張って、散歩も30分かけてます。だんだん距離を伸ばして、これまで車でしか通っていないエリアをベンを連れてトボトボ?ヨタヨタ(まだすいすいと歩けない)。しばらくすると車線がせまくなり、でも家が少ないせいか、結構車が飛ばしてくるので、ちょっとベンのリードを外すのは心配でリードをつけて散歩した。歩くことで新たな発見もあって散歩も楽しい(花粉症さえなければ言うことないのに)。今度カメラを持って散歩に出てみます。
2007年09月15日
先日の水曜日は、昨日書いたWork Agencyからの手紙でセンターリンクに連絡した以外にも色々あった。いや、てんこ盛りの水曜日から怒涛の木曜日と続いたので疲れたす。その一つが医者とのアポ。私のリハビリ・プロバイダーも来た。結論から言うと、そろそろ軽い仕事を始めてもいいだろうとなった。診断書には、「仕事として出来ること。1日2時間まで、週4日まで。」「持ち上げ:不可、歩行:10分、椅子に座る:15分、直立:10分、移動:60分。」、更には「以下の動作禁止:押す、引く、体の折り曲げ、前かがみ」。もっとビックリしたのが、「清掃業務禁止、事務職や監督業務が望ましい。」って。何でも、神経外科医が私のGP宛てに手紙を送り、その中に「清掃の業務には戻らないほうがよい」という推奨があったのだとか。専門医からの推薦では、一般開業医はそのまま自動的にそうするしかないのかな?1ヶ月前彼と直接会った際には、「これからは痛みに堪えながらどんどんリハビリして普通の生活に戻るように」みたいなメッセージだったのに。あれ、どうしたのだろう?とビックリした。ううむ、もしかしてこれが神様への祈りの答えなのかな・・・リハビリ・プロバイダーは、神経外科医に再度確認してみるとは言ってたが、現時点では、私が職場にハウスキーピングの補助として戻る可能性はないということね。しかし、その他事務職のような仕事の空きがあるのだろうか。まーこればっかりは私がコントロールできることじゃないので、今のところ待つだけですわ。神様に祈り続けます。
2007年09月14日
以前書いた、Work Agencyの担当者とのトラブルの件。その後続きがあるので載せます。水曜日に医者のアポから戻って、島のお店で郵便物を取りに行くと、例のWork Agencyから手紙が。医者の診断書が切れて2日後の週明け(9月18日)にアポに来いと。はぁ?と思ったが、もう担当者に連絡したくない。まだ島のウチの地元での移動作業が進んでいないし、アポは4営業日後のことだし・・・ダーリンは「とりあえず義務を果たすだけと割り切って出て、公式に他社へ移りますって言ったら?」と言うが、わざわざ会いたくない人にあって、嫌味言われるのも耐えられない。前回、電話ごしにワーワー言われた際で、もう私の中で彼への耐性はなくなりましたので。ダーリンのコンサルタント(同業他社)の人に、このトラブルを相談した際、センターリンクに連絡して事情を話せば、このケースなら欠席しても問題ないと言われた事を思い出した。で、私はかなり手紙でストレスを受けて感情的だったので、代わりにダーリンがセンターリンクと話してもらうようお願いした。応対したオペレータが出た時点でダーリンに電話を代わってもらった。8月22日の日記に書いた概要を彼は説明してくれた。オペレータも明らかにそれは明らかにプロとして問題行動であると。そしてオペレータは、「そんな人物がコンサルタントとして働くべきではない」と。私の担当者の詳細を聞いて、これから彼に直接連絡するからと保留にして待ってと言われた。しばらくするとオペレータが電話に戻った。私の担当者はまだホリデー中で直接話が出来なかった。が受付に、18日のアポをキャンセルし、私が『そちらのオフィスに行く必要はないから』と言ったそう。しかも、私の担当者はプロフェッショナルではないし、そういう態度は受け入れられるものではないとも伝言しろと言ったらしい・・・更にオペレータから、そんなコンサルは業界に留まるべきではない、正式に抗議するべきと薦められた。私としては、今後顔をあわせることがなければそれで良いし、これ以上はどうこうする気もないしと断った。私が女であり、しかもマイナー・グループ(Ethnic)であるという事実は、オーストラリアでは非常に繊細なものである。つまりマイナーグループを差別するのは"Politically incorrect"「道徳的に不正」に当たるし。政府系だから必要以上に気を遣われたのかな?ともチラッと頭をよぎったので。私がこの国の制度を悪用し、大騒ぎにし公式に抗議をしたら、男性である私のコンサルは「女性で非白人系」を差別したということで、立場上マズイと思う。最悪失業しゃうのでは?しかもバイロンだからなぁ…この事実がある以上私のコンサルが私に何ができる?必要以上にコトを大騒ぎしたくないので。ちょっと後味の悪さを感じた。だけど冷静に考えても、恫喝されたり契約書を目の前で破られたのは事実であり、それはプロとしておかしいと思うので・・・まあ、この件はこれでオシマイでもう考えずに済むことが出来るのなら、それで良しとしよう。
2007年09月13日

今日はとっても忙しい1日となるので、更新しちゃいます。先日、ダーリンが裏庭を芝刈りしたとき。キッチンで洗い物をしていたら、ヒルズホイスト(オーストラリア独特の洗濯物干し)に止まっている鳥発見。サイズ的にはスズメかと思ったけど、見たことない種類に見えたので、双眼鏡をすばやく取り出して観察。初めて見る鳥で、Chestnut-breasted Mannikinというフィンチの一種でした。でも英訳でみると「キンパラ」だってさ。33番目の島のウチ訪問の鳥。その内大胆になって近づいてきたので、写真を撮ってみました。くちばしがフィンチぽいよね。上のはメスだと思ったら、幼鳥でした。そういえば、下のと同じ模様のがもう1羽いたので、親子連れだったのかしら?胸の色が栗色よりも鮮やかだと思うけど・・・お菓子のモンブランに近い?
2007年09月12日
Jere Longman氏著作。少し前に読み終えたのだけど、今日がそのメモリアルということで書くのを待った。そう、本日は9-11の当日だったので。この事件は私達の世代にとってかなりのインパクトを与えた事件だと思う。私にとっては、様々なことを思い出す事件だった。当時、私はアメリカが本社である外資で仕事をしていた。そこは社員が常にアメリカ出張するのが当たり前だった。幸い、職場の中で惨劇に遭われた方はいなかったが、事件のあおりでアメリカで足止めを食って、1ヶ月ほど帰国できなかったのが何人もいたのを覚えている。それから日本支社でもアメリカ企業であるから、テロの対象になるのではないかという噂も流れた(外資企業は日本でも有名なビルを借りていることが多かったので、そういうビルが日本でもテロの対象になるのではないかと。)もう一つは、この事件があったときがダーリンと知り合ったときだった。彼に初めて会いに行ったのが、約1ヶ月後。米軍のアフガニスタン開戦から10日後。その間に、無事に飛行機が飛べるのか、規制などがあるのか。現実として、航空運賃に保険料が追加されたときも、非常事態の中で飛行機に乗ることを痛感した。。。でも、彼に会いたい事の方が勝ったけどね。9-11については、当時の報道やタイム誌などを読んで概要は覚えていた。それが、"United 93"という映画を観てから、特にこのストーリーについて、興味を持つようになった。それまではWTCやペンタゴン突っ込んだ飛行機にばかり焦点が当たり、あまりこのフライトについては広く知られていなかったような気がする。アメリカのAmazonの"United 93"のDVDレビューを読んでいると、タイトルの本の存在を知り、日本のアマゾンで購入しました。映画は、なるべく真実に基づいて描かれている(亡くなられたかたが家族や友人へ電話した会話はそのままだし)。本ではその以外の情報があるのかな?とも期待して。率直に本について言うと、eulogy(死者への追悼文)の記述が多かった。出版されたのが2002年らしく、遺族全てにインタビューを敢行しているから(一遺族だけインタビュー拒否したそう)、そうなるのも理解できるけど。"United 93"を観て以来、私が惹かれているのは反旗を翻した中心人物にクリスチャンがいたことと。トッド・ビーマー(クリスチャン)マーク・ビンガムトム・バーネット(クリスチャン)ジャレミー・グリックモチロン9/11がクリスチャンとして考えさせられる事件であったこと。もう一つは、ハイジャックが起きてからテロリストに抵抗するまでわずか30分だったこと。つまり、問題発生(テロ)、地上の家族に電話して情報収集・分析、決断(投票)、実行(反旗)までが30分という短時間に行われたこと。以下に本書の中に書かれていた通話の流れを載せます。モチロンこの人たち以外でも電話連絡した人は大勢いましたが、時間が記載されたものだけを載せました。ハイジャックされたフライトについても書きます。 9:27 トム・バーネット、妻のディーナへ1度目の連絡9:32 クリーブランド管制塔がテロリストのUnited 93便コックピットへの侵入を記録 9:34 トム・バーネット、妻のディーナへ2度目の連絡9:37 ジャレミー・グリック、妻のリズへ連絡 9:45 トム・バーネット、妻のディーナへ3度目の連絡 + トッド・ビーマーの電話が GTEのリサ・ジェファーソンと繋がる9:47 シーシー・ライルズ、夫へ1度目の連絡9:50 エリザベス・ワイニオが継母へ連絡。10AMまで会話が続く(ウィキでは 彼女の通話は4分半となっている)9:53 リンダ・グロンランドが妹へメッセージを残す9:54 トム・バーネット、妻のディーナへ4度目の連絡9:57 エド・フェルト、911(警察)へ連絡9:58 シーシー・ライルズ、夫へ2度目の連絡10:03 シャンクスヴィルにて墜落自分が、同じ立場に立ったら、わずか30分でここまでの行動を起こせるのだろうか?ということをときどき問うてみることがある。それを考えると、この人たちの勇気と決断にいつも勇気つけられる。一方で、この事件をアメリカ政府の陰謀説を唱える人たちがいるのには信じられない思い。米軍のミサイルに打ち落とされただの・・・本書では、墜落したことについていくつかの証言がある。1.シーシー・ライルズが夫へ2度目の連絡をした際。シーシーが夫に「コックピットの奪取を試みる人たちがいる」と言った後、電話の向こう側で叫び声が聞こえた。彼女も叫び始め、シューという風のような音も聞こえ、風と叫び声の後、連絡が途絶えた。2.ジャレミー・グリックが妻のリズへ連絡して、ハイジャッカーに攻撃する案に加わると言った後、その内戻るから、そのまま電話を切らないようにと言って去った後、リズの父親が電話を引き継いだ。しばらくは無音状態だったのが、一斉に人々の叫び声が聞こえた。それから1・2分近く再び無音状態になってから、再び悲鳴が聞こえた。まるでジェットコースターに乗っている人が叫ぶようなもので、一斉に始まり、一斉に止まった。記録によると通話が切れたのは10時3分。3. シャンクスヴィルの住民がUnited 93便の最後の飛行を目撃している。Rick King、妹のJody Walsh。Lee Puebaugh氏は墜落の瞬間を目撃している。なのに、何故このような噂が起こるのか?ここに、アメリカの国としての力が落ちていることを感じる。60年前、日本軍が真珠湾を攻撃したときに、『真珠湾攻撃は嘘だった。政府の陰謀だ』と唱えたものは一人もいなかっただろう。共和党であれ民主党であれ、一致団結して開戦に向かったからね。本書のオススメ度については、eulogyの部分がちょっと長くて興味を持続するのが辛かった。でもコックピットのボイス・レコーダの部分は興味深い。あまりネタバレするといけないので、ここには書きませんが。私の中では、エピローグの部分が納得できたのでこの事件に興味がある人には読む価値があると思います(英語版しかないようだけど)。一方、"United 93"DVDの売り上げはメモリアル・サイトの建設費用に寄付される。作品としても観るのはつらいものがあるけど、2006年のベスト・ムービーだと思う。是非購入してみてはいかがでしょうか。以下は、本書と"United 93"DVDからの雑感です。久下季哉さん以外のノン・アメリカ人であるクリスチャン・アダムス(ドイツ人)の遺族がどうも本書のインタビューを拒否したよう。映画製作にも遺族は協力を拒否したので。それで映画では抵抗に反対する立場になったのかな?でもこれは事実に基づいたもの?じゃなかったら、あれは遺族としては堪らないと思う。トッド・ビーマーの未亡人であるリサ・ビーマーはこの悲劇の後、ブッシュ大統領から議会でのスピーチに招かれ、CNNのラリー・キング氏のプログラムで、彼女と残された子供達のクリスマスの様子が流された。彼女だけが遺族の中で突出した存在となったため、他の遺族から妬みや、中傷の対象となったそう。そのためか、"United 93"DVDの特典『遺族と映画』では、彼女のインタビューや姿が一切出てきません。
2007年09月11日

また、椎間板ヘルニアネタから始まるが・・・昨晩、お風呂で温まったはずだったのに、ベッドに入った途端に痛みが増したので、ナディン・フォルテを摂った。薬のお陰で眠りについたのだが・・・一体いつ頃だろう?突然の両足の痛みに襲われた。幸い痛みで完全に目が覚めなかったが、それでも痛みで半分意識が戻りかけた。おまけにいつもの左足だけじゃなくて、右足も痛かったので、半分意識が戻りながら(これはマズイかも・・・)と思ったが、起きないように意識をそらしていたのを何となく覚えている。半分寝ぼけていたので、どれだけの時間痛みで苦しんでいたのかは覚えていない。だけど、翌日起きるのが辛かったなぁーーーでも、Cのランチ作りと朝食作りがあるので、早起き。それでも10分くらい「まだ起きたくないよぉー」とダーリンに愚痴っていた。ま、家族で一番早起きだったけど。でも、朝食を食べて一息ついたところで、疲れた。ダーリンがCを島のウチから車で30分の町に降ろして戻ってきた後、サーフィンに行くけど一緒にビーチに行く?とお誘い。元気じゃなかったので、遠慮すると断った。が、折角天気も良いから家にいてもなぁ・・と考えを変えてついていくことに。しかし、車の中でも腰が痛くてドライブが苦痛だったので、何で来ちゃったのだろう・・・とちょっと後悔した。ビーチに着いたものの、こんな状態で(写真はピクニック・テーブルから撮った)。多少波はあるけど、すんばらしい波で大興奮でカメラを構えているほどでもなく・・・ピクニック・テーブルからダーリンの動きを少し見ていたけど、その内疲れちゃったので、長いすに横になることに。ちょっと姿勢的に腰に負担がかかるなか?と心配だったけど、仰向けになり膝を立てると腰に負担じゃなく大丈夫だった。その内ポカポカ陽気(暑いくらい・・・)と、波の音がよい子守唄になって、気づいたら多分30分ほど寝ていたのでは?人が傍を通った音で目が覚めた。かなり警戒心が強いほうなので、まさか外で眠るなんて思わず。自分でもビックリ。よほど疲れていたのかなぁ。ビーチって、マイナス・イオンが一杯だから効果バッチリなのかな?って。でも、マイナス・イオンって言葉だけなんだっけ?確か。それでも自然の元で、波の音が心地よく、リラックスできたのは確か。その後は、腰の状態はまあまあです。ベッドに入るのがこのところ怖いので、この後が何ともいえないけど・・・
2007年09月10日
一週間が待ち遠しかった。そういえば、先週教会から戻った後の夜から腰が突然痛くなった。それ以来、まだすっきりせず。今日も調子良かったり、痛くなったり。なかなか心晴れ晴れという心境じゃなかった。腰の状態に加えて、仕事の事(元の職場と学童)、日本行き…と。自分で考えてもしょうがないので(自分だけの問題じゃないから)考えないようにはしているけど、心に霧がかかったようで、どよーんとしている。今日は、そんな中パスターのお話が心に響いた。祈りのお話だったのだけど。祈るときは目立つように祈るのではなく、自室に入って個人的に祈るように。When you pray, go into your room, close the door and pray to your Father, who is unseen. Then youf father, who sees what is done is secret, will reward you. And when you pray, do not keep on babbling like pagans, for they think they will be heard beause of their many words. Do not be like them, for your Father knows what you need beforeyou ask him. (Matthew C6 V6&7)「祈るときには、自分の部屋に入って扉を閉めて、見えない父のために祈りなさい。そこで、あなたの父があなたの密かな祈りを知り、それに報いるでしょう。それから、ペーガン教信者のように長々と無駄に祈らないこと。彼らは言葉が多いほうが聞いてもらえると思っているので。彼らを真似しないこと。あなたがたの父は、あなたがお願いする前にあなたが必要なものを既に知っているからです」(マタイ)もし、神様がおのおのの心を知っていても何故それぞれに祈って欲しいのか?祈りとは、神様と私の個人的な関係を強化するもの。だから、積極的に祈り神様との関係を深めていくこと。ただし、祈るときに「・・・だったら良いなぁ」という希望的観測は止めて自信を持って自分の希望を述べる。Let us approach the throne of grace with confidence, so that we may receive mercy and find grace to help us to our time of need (Hebrew C4 V16)「自信を持って恵みの玉座に近づけば、必要なときに私達を助けてくれる哀れみや恵みを受け取ることができるでしょう」(ヘブル)だからといって、自分の欲望を述べてかなうものではないと。When you ask, you do not receive, because you ask with wrong motives, that you may spend what you get on your pleasures. (James C4 V3)「願っても受け取れないのは、自分の快楽のために得ようとする間違った動機のためです。」(ヤコブ)サービスが終わってから、ビーチへ。そこで教会のメンバーと再び会ったので、30分ほど波を観察しつつおしゃべりしていた。そーしたら、イルカが7頭波間にいるのが見えた。が、何とその内半数がイルカのサーフィン?波間からジャーンプ!二度見られて、一度目は1頭だったのが二度目は2頭でジャンプ。すごーく幸福に感じたひとときでした。いつもならいい加減帰ろう~と言い出す側なのに、ダーリンが帰ろうと言い出してもその場を去るのが名残惜しかった。帰りの車の中で、ダーリンと今日のサービスの話から私の個人的な希望にへとなった。元の職場に戻ったとしても、日曜日は教会へ行くために仕事が入らないようにと願っているのだな。そこで、彼と共に職場復帰となっても日曜日には教会へ行けるように祈った。神様、お願いします。・・・
2007年09月09日
腰は・・・ようやく落ち着いたような、そうでもないような。まだ、何か重いのよね。幸い歩くには問題ないから、今日もベンを連れて散歩に出かけて20分くらい散歩したけど。天気は回復したけど強風はおさまらず。久しく飲んでいなかったパナディン・フォルテを飲んでいるし、朝は痛くて中々起き上がれないのもある。というので、何だか落ち着かない。来週には医者とのアポがあって、ケース・コンファレンスといって、私の労災に関連する人たちが集まる会議があるけど、どういう判断なのだろう、こういう状態で。だってさ、先週の日曜日に激痛で、まあ確かに激痛は治まったけど、痛みはあるし、日常生活に支障はあるし。宙ぶらりんなのよね。
2007年09月08日
3週間前にも書いた件。その前から続いているので8月19日の日記で確認ください。その後は、まあ問題はあるにせよ、改善も見られたのよ。が、先週末での夕食時の会話で、Cが「僕が本を読むなんて事は未来永劫ない」と発した。これで、ダーリンは彼の読書嫌いがそこまで深刻な状態であることを認識したよう。即座に、今後その態度が変わるまではコンピュータ禁止、となった。と、言い渡したものの、その場だけなのかなぁ・・・とも思って、彼がエックス側にいる間に訊いてみた。そうしたら、気持ちは変わらないって。何が問題かというと、子供にありがちかなぁ(まあ人間の性かもしれないけど)。彼にはその場が楽しければよい、という刹那主義な面が強く出てきてたのだな。だから、コンピュータ、テレビなどお手軽に楽しい思いが出来るものにすごく固執する。ウチにはテレビがないからまだいいけど。でも、そうしたらコンピュータだけを考えているのよね、サーフィンに出かけなければ(家=コンピュータ)。そのためにサイクリング、釣り、他の人生の趣味をやらなくなったのは、問題ありと私は思うのだが・・・ダーリンは強制は出来ないとは言ってる。が読解力というのは、生きていく上で必要不可欠なもの。この先、彼の人生は色んな書類を読むのが待ち受けている。ダーリンは、さすがにCがそれをおろそかにするわけにはいけないからねーって。今日、先日のコンピュータ禁止宣言から初めて彼がこちらに来た。ダーリンがゲームしているのは見学できたが、彼がコンピュータを触るのは禁止だって。どういう風に話したのかは、私はその場にいなかったけど、すごく時間を持て余しているよ~な。。。今9時半だけど、ベッドに入ったし。すねモードかなぁ。さて、これからどうするのか。ダーリンも強制はしたくないけど・・・とは言っているものの、まだ答えが出していない。どうやって態度が改まったかを見るのもね・・・
2007年09月07日

お天気も体調も。いや、天気が悪いために体調も下降気味なのかしら?荒れた天気のためかモデムが不調で夕方から夜まで使い物にならず。ダーリンはゲームができないのでフテ寝って?すっきりしな体調の中で、新聞デリバリの手伝いと、学童を出来る範囲で手伝った。でも、なぜか今日は妹ちゃんが折り紙をしたい、というリクエストがあったので楽チンだった。兄・妹というせいか、とても負けず嫌いで、ゲームをしても、すごく勝ちにこだわり、それはいいのだけど、ズルもするのがね・・・かなりエキサイトするので・・・一方折り紙だとじっくり作業ができるので。しかし、日本で購入し持ってきた折り紙の本、説明文と図がわかりづらくて四苦八苦した。今日作ったもの。豚の親子だす。ダーリンが、色んな動物達を作って折り紙牧場を作ろうと提案。妹ちゃんはヤル気いっぱいだった。しばらく折り紙続くのかな?
2007年09月06日
実は、日本に里帰りする話がちょっと前からあって・・・実家が建て直し・・・二世帯住宅にするために取り壊しになるのだな。そうなる前に、一度荷物の整理をしに行きたいとは話していた。いよいよ具体的になりつつあるようで・・・だけど、ウチサイドもご存知のように色々バタバタしている。10月に引越しだから、ダーリン・私の体力的に1ヶ月後に日本行きどうよ?とも思うし、かといって年末を外して1月もダーリンの体調で心配でもあり。なので、日程についてお互い調整できる可能性があるか母親と話した。彼女は私の姉とももう一度話し合ってみると言っていた。二世帯住宅には、元々両親の家を姉夫妻が住めるように建て直すもの。女二人だったので、ウチを継ぐ・・・ということを両親は全然気にしていなかったけど、姉が気にして、相手の人が次男だったこともあって、旦那さん(私にとってはお義兄さん)が、ウチの名前を名乗ってくれることになったのだな。私は、国際結婚をした組でも恵まれていると思う。これまでも姉達が母親の近くにいたし、これからは一緒に住んでくれるので。実家が取り壊されるのは淋しい気もちょっとはある。でも以前書いたが、父親の暴力にあった家でもあるから・・・まあ今となっては家を見て昔のトラウマどうこうはないけど、あまり楽しい思い出が残っている家でもない。ただもっとショックなのは、数年前に近くに幹線道路が作られたため、実家の周りは昔の面影は全く残っていないそうな。田舎で何もなくて自然がいっぱいだったのが、もうそういうのが残っていないらしいので、そっちのほうがもっと悲しいかも。家族が写真を送ってこないので、未だに想像するだけだが・・・場合によってはすぐか、来年の頭に日本に里帰りとなりそうです。
2007年09月05日
今日は電話で起こされたけど、また寝なおして起きたの10時前。春の嵐?という天気で朝は曇りがちで強風。その内雨にも。そのせいでか腰の状態も悪し。痛いので休んで、いい加減シャワーしてましになったけど、遅めのお昼を食べてから起きているのが辛くて、ベッドに入りなおして5時までお休み。すごく一日無駄にしたような気がする。けどしょうがないか、病気療養中だしって。話題もないし、まだゆっくり座ってパソコンも打てないので今日はこの辺りで。
2007年09月04日

最後の引越し1ヶ月を切っているのだけど、腰の調子は悪化するわ、色んなことがいっぺんに起きて、どこから話していいのやら状態。気分的にも落ち着きません。腰については、昨晩、お風呂に1時間入って少し治まってから眠った。が、眠れません!久しぶりにパナディン・フォルテを飲んだ。手術した後に発生した腰の痛みと似ていたなぁ・・・モルヒネちょうだい!と一時期思ったくらいだったが、何とか眠りについたよう。それにしても、今日チラっとリハビリ・プロバイダと話したところ、私の手術は主に足の痛みや麻痺を取るのが目的であって、腰についての手術ではなかったのでは?・・・と言われたのにはビックリ。ああ、だからこれからも腰については注意しなくてはいけないのね。知らなかった・・・こんなので、子供のたちの世話も特に人手は足りていたのでカメラ係だった。これはダーリンと子供達が遊び。"Steal and freeze"と言って、基本的には「ダルマさんが転んだ」と同じ。ウチの地元では「兵隊さんが通る」だったか。鬼が後ろを向いて数を数えている間に、他の人たちは近づいて、鬼が振り向いた際に動きを止めないといけない、ってそのままや。今の私にはとても出来ません。いやぁーもうずいぶん腰をひねるのしてませんからね。未だに怖くて寝返りも丸太状、腰だけをひねらず、全体でえいっと寝返り打っていますから。また腰が痛くなってきたので、ソロソロこの辺で。
2007年09月03日
うぉおお、腰が痛い。座って書くことはできないので、立ったまま書きます。今日は父の日である・・・に加えて、初めてダーリンとコンタクトを取った日でもある記念日(6年前♪…早いものね)。おめでとうとキスをして、何故かCが早起きだったので、カードとギフトを渡した。結局カードは手作りにしました。教会でも、今日は父の日にちなんだサービスだった。私も父の日だから…とバナナ・ブレッドを作って持っていった。サービスが終わってから、お父さん達にちょっとしたお菓子の詰め合わせが贈られた。後でおすそ分けしてもらった。うう。。。かつてない腰痛なので、今日はこれで止めておきます。大丈夫かな・・・・
2007年09月02日

昨日からCがきて、バイロンの家へ一泊したのだが・・・隣の家でティーネージャがパーティ。恐らく深夜には大音量の音楽は止んだと思うが、その後も彼らは真夜中うるさい(恐らく酒を飲んで・・・)汚い言葉ででかい声でしゃべるのが止まず・・・住宅地なんで大迷惑だわ。女の子になって眠くてしょうがなかったから、ベッドに入ったのは早かったが、眠りについたのは遅かった。寝坊せずに起きて、それからは早く島のウチに戻るための作業。私はここに残してある荷物を詰める作業をし、ダーリンとCは庭の掃除。考えたら、こんな作業もあと1ヶ月ほどのこと・・・いや、実質10月の4日に引渡しのため、最後の週末は今月なのよね・・・バタバタしているところへ、心和むショット。わざと?狙って?こんな写真受けが良いところで休憩するのだものーしかも、花の部分が前足の間にあるし。ポーズ取りすぎ!って思った。でも可愛いから許す。
2007年09月01日
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